『 3月17日 曇り時々晴れ』
   ハーリー君の士官学校入学の件で、彼の両親に相談に行く。
   彼の両親は当然渋ったが、ハーリー君の『必ず出世して、そして…そして…(ううっ)』
   と、感極まって慟哭する姿に打たれ(ある程度は勝手な解釈も入って)最後には承諾してくれた。
   かくて、元を正せば俺の妄想でしかなかった『ハーリー君補完計画』は、(成功率に目を瞑るなら)
   この日を境に急速に現実味をおびる事となった。
   ちなみに、元ゲリラ等を取り込む為の口実からか、実戦経験者には無条件で士官学校への入学資格が有った為、
   ハーリー君は、所謂叩き上げの兵士が士官になる為の促成栽培コースへの入学を志望。
   上手くいけば、半年後には軍曹という事になる。

この頃は、主席で卒業するなんて夢にも思ってなかったよな〜
そう言えば、ハーリー君の同期生達は、全員自主退学しちまったって話を聞いたような。
彼の就学中に、一体何が起こったんだろう?



『 3月27日 曇り時々雨』
   予てより、エリナ女史を通して打診していた火星駐屯地の件が、正式に受諾された。

   参加将兵:隊長、俺。
          副官以下、軍関係者17名。
          ナデシコ整備班+生活班の有志、137名。
   場   所:旧火星極冠遺跡調査隊宿泊施設(プレハブ住宅)

   これに加えて、隣にネルガルの実験施設が建設され、パイロット達もそれぞれの部署からの出向という形で参加する事が決定済み。
   この条件の引出す迄に、どんな悪辣な…いや、どんな辣腕が振るわれたかは俺は知らないし、知りたくも無い。
   ちなみに、この辞令を受けるに辺り、俺は准将に昇進すると共に『二度と私達の前に現れるな』と言う暖かい励ましの言葉を頂いた。



『 3月29日 曇り時々晴れ』
   艦長達による記録装置へのファーストコンタクトは、恙無く成功。
   三交代制で引出したデータは、同じくマシンチャイルド達の三交代制によって24時間態勢で各人の元に送られる事となった。



『 4月10日 晴れ』
   ホシノ君が中学校入学、ラピスちゃんが小学校入学。
   この皺寄せは全てハーリー君に向い、ジャンプログの発信処理は、彼が不眠不休で行う事と成った。



『 4月23日 曇り』
   今日、アークの上役より、向こうの世界との回線が繋がったとの連絡が入った。
   これに合わせ、アキトのジャンプログを、不自然に成らない様、無作為に流してもらう。
   いろいろ予定外のアクシデントが続いたが、漸く計画は第二段階に入ったようだ。



『 4月25日 雨』
   延べ二週間に渡るハーリー君の奮闘の甲斐あって、今日、ジャンプログが発見された。
   だが、その代償も少なくは無かった。
   実は、士官学校の受験日は明日なのだ。
   なんかもう、ほとんど死に体だったからなあ〜
   流石の彼も駄目かもしれない。

かくて、紆余曲折をへて、アキトのジャンプログは見つかった。

だが、それを見つけたのは、
超人的な豪運を誇る艦長でも、
圧倒的な情報処理能力を持つホシノ君でも、
多角的な視点をもつエリナ女史でも、
独自の科学体系を持つイネス女史でも、
人海戦術で勝負の某組織でも無く、

   ザパ〜ン

「お〜い、ジュンく〜ん」

「青い空、白い雲」

「お〜いてっば!」

「は〜、まさか14歳の少女に拉致されるなんて。俺は軍人の適正が皆無なんじゃないだろうか」

不思議な事に、何故かこの少女であった。

「ああもう、こんな美少女とプライベートビーチに来ているのに、何でそんな辛気臭い顔してるのよ」

いや、全くだ。
せっかく今回の快挙のご褒美に、1カ月後に開催されるネルガル主催のプレゼント企画、『戦神からの贈り物。誰も居ないプライベートビーチ』
の会場予定地に、エリナ女史がペアで先行招待してくれたというのに、何が不満なんだか、この男は。
とゆ〜か、ユキナちゃんのオマケでの参加の癖に、暢気にパラソルの下で無聊を囲うなんて、態度悪すぎだぞ。

「プライベートビーチって言ってもなあ」

ちなみに、このプライベートビーチ。
赤道直下に点在する無人島の一つで、浜辺のすぐ側に、アキトが打ち洩らしたサツキミドリの破片の一つが刺さって海底温泉が湧き出たのが縁で、
現在はネルガルの保養地に成った物らしい。
セールスポイントは、可能な限り原型を残した形の混浴の温泉設備と、外観からは想像出来ないくらい充実した調理設備を誇る
バンガロー風の宿泊施設だと、エリナ女史は言っていた。

「あのさ、理解してる? 此処は無人島なんだよ。俺達二人しかいないんだよ、冗談抜きで」

そう。このツアーは、食料庫に10日分の食料+非常食を詰め込んだ後、五泊六日後に添乗員が迎えに来るというシステムを取っている。
つまり、本当に二人っきりのプライベートビーチなのがウリなのだ。
便宜上、イベントの為に作った施設という事になっているが、実際には、某同盟メンバーが某人物と使用する為だけに製作させたと思って、
まず間違いないだろう。(笑)

「ひょっとして、心細い?」

「ああ。出来るものなら逃げたしたいね」

「なっ!」

驚愕の新事実に顔色を失うユキナちゃん。
それでも立ち泳ぎを忘れない辺り、流石はお約束で鍛えられた木連人だな。
それにしても、まさかジュンが………

「そんな。ジュン君が、女の子が駄目な人だったなんて」

おお、そういう受け取り方もあったか。俺としては………いや、言うまい。

「そうじゃなくて! 俺が心配してるのは、帰った後の事!
 ツアーの契約書には『安全性を保つ為の最低限の監視装置しかありません』とか書いてあったけど、その『最低限』の判断基準は彼女達なんだぞ。
 某国の大統領官邸も真っ青な位、監視カメラや盗聴器満載に決まってるだろう!」

「大丈夫だって。『プライバシー保護の為、監視装置のデータは、ツアー終了と同時に処分する事を確約致します』って条文もあったじゃない」

「ドン・ファンの愛の囁きよりも信用できないね。
 どうせ、データは処分したが監視員が某組織のメンバー達だった…とかいうオチが付くに決まってるんだ」

ピンポ〜ン。流石は某組織の作戦部長。同胞達の行動パターンを読みきっているな。
ちなみに、俺の執務室でも、火星出向を目前に控えた激務の合間を縫って、絶賛放映中だったりするぞ。

「良いじゃない、どうせ内輪だけの事なんだし」

「冗談じゃない、相手は色恋沙汰に関しちゃ限度ってものを知らない某組織と某同盟の連合軍なんだぞ。
 この旅行に来た事だけでも帰ったら何をされるか判ったもんじゃないのに、ヘラヘラ遊んでいる所なんて見られたりしたら、
 ツアー最終日には、結婚式の準備を整えた彼らが、大挙して押しかけてくる…なんて事に成りかねないじゃないか」

「……………それも良いかも。(ハート)」

「うぎや〜〜!!」

え〜い、何をやってるんだこの男は。

   ビーコン、ビーコン、ビーコン

ん? 警戒警報。妙だな、あの島は本気で絶海の孤島なのに。
島を中心に半径2百海里内はアキト名義の私有地だし、様々な意味での万一に備え、部外者の侵入を許さない鉄壁の警戒網が敷設されて………

   バラ、バラ、バラ、バラ………

高速ヘリだと。
そんな馬鹿な。対空対潜撃墜システム、通称『薔薇色の鉄条網』が作動しないのは、ネルガル所有の特殊VTOLだけの筈だぞ。

あり得ない事態に動揺しつつも、俺は原因を確かめるべく、ナデシコ長屋会議室で同じ映像を見ているであろう、ホシノ君へとコミニュケを繋いだ。

   ピコン

「緊急事態だ、ホシノ君!」

『ああ、提督ですか。高速ヘリでしたら、此方でも確認しています』

まずい。棘のある口調に感情の消え去ったこの顔からして、露骨に機嫌の悪い状態だ。
どうやら手の出せない相手らしいな。

『出来れば問答無用で打ち落とし、一罰百戒の先例としたかったんですが、そういもいかない相手なので、迎撃システムは此方でロックしました。
 (ハア〜)この件に関する情報統制には、細心の注意を払っていたつもりだったんですけど………どうも私は、あの人を甘く見過ぎていた様です』

「それじゃあ、アレは………」

『提督の想像通りの方ですよ。あっ、着いたみたいですね。それでは。(ペコリ)』

   ピコン

ホシノ君との通信が切れ、画面が無人島に戻ると、丁度ヘリが速度を緩め始めた所で、
開け放れた後側部出口には、画面越しにもハッキリと判る程の殺意を撒き散らす、白鳥少佐の姿があった。

「とう!」

島の上空に差し掛かるや否や、着陸を待つのさえもどかしいとばかりに、約7m程の上空から飛び降り、

   ズボッ

予想通り砂浜にめり込む白鳥少佐。
まったく。なまじ武術の心得があるだけに問題無い高さと思ったんだろうが、
引き潮で脆くなっている砂浜が、成人男子の落下衝撃に耐えられる筈が無いだろうに。

「ゲホ、ゲホ、ゲホ………ふん!」

   ズボリ

「うえっ、口の中がシャリシャリする」

「お…お兄ちゃん?」

あっ、ユキナちゃんが呆けてる。
無理も無い、文字通り降って湧いた災難だからな。

「お兄ちゃんじゃない! ユキナ、一体どういうつもりだ!」

「お兄ちゃんこそ、どういうつもりよ! 此処はイベント参加者以外立ち入り禁止なのよ!」

素早く精神的再建を果すと、逆に白鳥少佐に食って掛かるユキナちゃん。
双方共に切り替えが早い処は、流石に兄妹だな。

「案ずるな。俺には外交官特権がある」

「職権乱用よ!」

「ええいっ、そんな事は如何でも良い! 問題なのは、今回お前がしでかした木連人にあるまじき暴挙だ!」

「は?」

「この兄の目を節穴と思ったか? お前の魂胆など、その似合いもしない猥らな水着が証明している!」

「猥らな水着って………極普通のワンピースじゃない」

うん、寧ろ清楚なイメージでよく似合ってる。流石はハルカ君のコーディネイト。

「何を言うか!
 ワンピースとは名ばかりの露出率。ありもしないのに大胆に開けた造りの胸元。しかも、透けて見えると言われる白を選ぶとは………
 情けないとは思わないのか!」

「もう、何時の時代の話をしてんのよ。今は、ちゃんと透けない素材を……」

「話を摩り替えるな! 俺は、栄えある木連女子挺身隊の一員としての気概の話をしているんだ」

「今は、只の交換留学生だもん」

「ならば、尚更慎み深くあるべきだろうが!
 今回のお前の軽率な行動が、木連の貞淑な少女達の名誉をどれほど傷つけたと思っているんだ。
 せめて学生らしく、学校指定の水着を着る位の配慮が、何故出来なかった!」

「いやその…アレって却って恥ずかしいんだけど」

的外れな白鳥少佐の主張に虚を突かれ、尻すぼみになるユキナちゃん。
地球の常識を急速に身に付けた事が、この場合は仇と成った様だ。

「いや、この際水着の事も如何でも良い。
 答えろユキナ! 何故この様な旅行に参加した!」

「だって、本当の意味での旅行なんて初めてだったし、折角のペアチケットだったし………
 べ…別にいいじゃない! ジュンちゃんの事は、お兄ちゃんだって知らない訳じゃないでしょう」

「否! 断じて否だ! いかなる理由があろうと、年頃の娘が異性と外泊など言語道断。そういう事は、せめて婚約する様な間柄の………」

「じゃ、ジュンちゃんと婚約するって事で。それなら良いんでしょ?」

   シ〜〜〜〜ン

おお、見事に空気が凍りついたな。
久しぶりに、しかもアキト以外のネタで、人外レベルの修羅場が展開されようとは。
う〜ん、ファンタスティック。

「………そうだな、思えば兄一人妹一人の家族。お前が淑女の嗜みたるものを知らずに育ってしまったのも、無理の無い事かも知れん」

「お兄ちゃん?」

やたら清々しい笑顔を浮かべつつ不気味なオーラを放つ白鳥少佐。
良く言えば覚悟完了、悪く言えば自己完結した様だ。

「許せユキナ。仕事にかまけて家庭を顧みなかった、この愚かな兄を!
 この上は、せめてお前を縛り付けている卑劣な外道をこの手で成敗した後、自刃して果てるまで」

「は?」

「言うな! 言わずともお前の言いたい事は判っている。確かに、何の解決にも為らないかも知れない。
 だが、俺にはもうお前にしてやれる事は、こんな事しか残っておらんのだ。
 既に後事はミナトさんに託してある。黙って、この兄の最後の戦いを見守ってくれ!」

「えっ? えっ?」

言いたい事を言い終えたらしく、ユキナちゃんに背を向け、完全に取り残され呆然としていたジュンに向かい

「アオイ ジュン!」

「はい?」

「テンカワ アキトは、貴様にとってもかけがえ無き戦友の筈。その遺品を利用し己が欲望を満たそうとは、見下げ果てた奴め。
 地獄で閻羅王の前に罷り出て告げるがよい。自分は裏切っては成らぬものを、すべて裏切りましたとな!」

   ドス

「さあ、その刀を抜け! そして、尋常に俺と立合え!」

背中に背負っていた刀の一本を、彼の足元の砂浜に投げ刺し、自分も目の前に掲げた刀をゆっくりと抜き放つ白鳥少佐。
う〜ん、完全に煮詰まってるな。

「安心しろ、俺だって鬼じゃない。木連に於ける決闘の作法通り、武具は望みうる最高の物を用意した。
 こいつは(チャキ)元一朗から無理を言って借り出した長曽弥虎徹。(ながそねこてつ)
 お前に渡した刀は、備州長船和泉守藤原兼定。素人のお前が手にするなど勿体無い様な業物だぞ」

「いや、そうじゃなくて………」

「そうそう。言い忘れていたが、俺は剣術の方は嗜み程度の心得しか無くてな。
 ひょっとしたら長く苦しむ事になるかも知れんが、まあ其処はそれ、悪党の末路とでも思って諦めろ」

と言いつつ、白鳥少佐は剣を腰溜めに構え、重心をやや後ろに下げた瞬間、

「はあっ!」

砂塵を巻き上げつつ一気にジュンの懐へと飛び込み、渾身の力を込めた震脚から、

   ズボッ

砂浜に二つ目の大穴を開けた。

「ゲホ、ゲホ、ゲホ……………
 ふふふっ、まさか『紫電』を破られるとはな。だが、これで勝ったと思うなよ」

いや、単に自爆しただけだろうに。
形意拳の崩拳と飛び込み突きを合わせた様な技だったらしいが、破壊力を伝える足場の無い状態でそんな技を使うとは。(汗)
なんとなく、ヤマダの奴とダブって見えてきたな。

「往くぞ!」

気合一閃、今度は八双に構えたままジュンへと突撃し、やや遠目の間合いから大きく左足を振り上げ、

「どうりゃ〜!」

釣竿を投げる様な感じで大きく振りかぶり、

   ズシャ、ドン

そのまま軸足を滑らせ、ひっくり返った。

「くっ、『紫電』に続き『斬馬剣』まで破られるとは。如何やら貴様を侮り過ぎていた様だな」

いや、そんな負け惜しみを言われても。
今度は遠心力を利用して破壊力を上げた唐竹割りだったらしいが、どうして足場の悪い状況でそんな大技を使うんだよ、この男は。
う〜ん、そろそろ止めんと色んな意味で拙い事になりそうだが、ジュンの奴は状況に付いて行けずに呆然としたままだし、
頼みの綱のユキナちゃんまで、止めるタイミングを失っている様だし………さて、如何したものやら。

   ツギ、アブナイ

おとっと。
アークの警告に我に帰り、画面に注意を戻すと、白鳥少佐が、慎重に摺足で間合いを詰めている所だった。
どうやら、漸く自分の失敗の原因に気付いた様だ。

   ツギ、キマル、ドウスル

大丈夫、そろそろ到着する頃合だ。

   ハ?

「貰った〜!」

「いい加減にしなさ〜い!!」

かくて、白鳥少佐渾身の抜き胴が決まろうという瞬間、俺の予測通り、ハルカ君の制止の声が響き渡った。
ちなみに、ジュンの腹までの距離約3センチ。正に寸止めだな。

「ミ…ミナトさん。違うんです、これはその………」

「あら、何が違うのかしら? 私との約束を破った挙句、無抵抗の相手に切り掛った木連軍人さん」

そう。木連政府からの和平会談の為の使者として、過日正式に任官した白鳥少佐ではあるが、
いまだ正規の国交が無い現状では、有効な権限などある筈も無く、何をするにもナデシコ関係者を頼らざるを得ないのが、現在の彼の立場なのだ。
となれば、この件に関して白鳥少佐が協力を取り付けられる相手と言えば、ハルカ君以外に居る筈が無く
恐らく今回の来襲は、彼女を散々拝み倒した挙句、『様子を見に行くだけ。二人の邪魔をしない』という空手形を切ってのものだろう。

と言っても、当然ながら、彼の目的はジュンの成敗であり、その為の策も一応用意されていた。
高速ヘリを選んだのは、恐らく着水を前提に作られている特別VTOLと違って、ある程度しっかりした足場の所で無いと着陸できない事を計算しての事。
そして、ハルカ君が島中央部にヘリを止めてから砂浜に来るまでの間に勝負を決めるつもりだったのだろう。
だが、自爆に自爆を重ねた挙句、こうしてタイムアップという訳である。

「こ…これは木連軍人にとって到底譲る事の出来ない古き良き伝統と崇高な理念に裏打ちされた………って、その〜、聞いてますミナトさん?」

「聞えないわね。 な・に・か・し・ら?」

「………御免なさい」

「良く出来ました」

必死に抵抗を試みるも、ハルカ君の眼光の前にあっさり陥落し、平謝りに謝る白鳥少佐。
う〜ん、完全に尻に敷かれてるな。結婚前からこんなんで、彼に未来はあるんだろうか?

「謝ってすむ問題じゃないでしょ。今すぐこの島から出てってよ、お兄ちゃん」

ハルカ君の尻馬に乗り、畳み掛けるユキナちゃん。
彼女にして見れば、此処で一気に追い出したいのだろう。
もっとも、ハルカ君の事だから、

「はいはい。ユキナちゃんも、そんな意地悪言わないの。
 そうね〜、私としては、アオイ君の事を信じてない訳じゃないし、このまま帰っても良いんだけど、それだと白鳥さんの胃に穴が開いちゃうでしょ?
 そんな訳だから、このまま私達も混ぜてくれない?」

  「「は?」」

「丁度、ゴールデン・ウィークで暇だったのよね〜
 ああ、ちゃんと許可も取ったし、予備の食料も持ってきてあるから大丈夫よ」

やはり、そうなるか。
彼女は恋する少女の味方である前に、先ず白鳥少佐の味方だからな。
にしても、そこでそんなに嬉しそうな顔するなよジュン。実は理性に自信が無かったろ、お前。

「でも、ミナトさんは兎も角、お兄ちゃんは………」

藁にも縋らんとばかりに、ユキナちゃんが白鳥少佐をダシに必死に反論するが、

「白鳥さんの予定なら、和平会談が始まるまで真っ白けよ」

「ミ…ミナトさん!」

「なにかしら? 毎日下校時間になると、何故か偶然校門の前を通りかかる白鳥九十九さん」

所詮、藁は藁である。
そう。一応連合軍事務所の一室を借り切って、臨時の大使館とその駐在員という体裁こそ採っているものの、
実質的には人質同然の立場の彼に、まともな仕事などある筈も無い。
従って、日がな一日する事と言えば、事務所の隅っこで怪しげな鍛錬を積んでいるだけなんだよな、今の白鳥少佐って。

「な…情けないわね、お兄ちゃん」

「言うな、ユキナ。輝く明日を得る為に、兄は敢えて屈辱の今日を耐え忍んでいるのだ」

「言い繕っても、閑職は閑職でしょ」

「………………………………(クスン)」

白鳥少佐、完全に沈黙。生命維持に支障発生。
あっ、精神汚染の末、幼児退行まで起こし始めた。(笑)

「もう。白鳥さんの仕事は、和平会談が始まってからが本番でしょ。
 こういうモラトリアム期間と言うか、振って湧いたお休みを満喫するくらい良いじゃない。
 ほら、ユキナちゃんも、此処はお兄ちゃん孝行だと思ってさ」

「う〜〜ん」

イジメ過ぎたと思ったのか、白鳥少佐の擁護に廻るハルカ君。
この辺の匙加減は、正にナデシコのお姉さんたる彼女にしか出来ない匠の技だな。
他の人間が真似した処で、八方美人になった挙句に総スカンになるのがオチだろう。

「案ずるなユキナ。もしもアオイ ジュンが、お前の半径3m以内に………」

「白鳥さん!」

「………入って尚且つ目に余る様な振舞いをした場合に限り、非常手段を取るので、そのつもりでいる様に」

白鳥少佐復活! と、同時に調子に乗って自滅。
全く、これで艦長をして『シンプルなだけに付け入る隙が無い』とまで言わしめた戦術家なんだから、世の中間違っている。

「まっ、これ以上は望めないか」

齢14歳にして、悟ってるなあユキナちゃん。

「じゃ、話が纏まった処で、後は宜しくねルリルリ」

へっ。ちょ、ちょと待って……



     ピ〜ン〜ポ〜ン〜パ〜ン〜ポ〜〜〜ン

    ― 今回の放送は総て終了いたしました。  白鳥ユキナ後援会 ― 



俺の必死の願いも虚しく、ハルカ君の合図に合わせて画面がテロップ文字へと切り替わった。
くそ〜っ、これからって時に。とは言え、ハルカ君を敵に回してでも放送を続行しろとも言えないし………

そうだ。俺には、シャレに成らないくらい莫大な代償と引き換えに得た特殊能力があるじゃないか。
おい、アーク。

   アイヨ

向こうとの回線をリアルタイムで繋げろ。

   アクシュミ、SP、ムダズカイ

SPは俺持ちだろうが。滅多に無い役得なんだから、さっさと向こうの映像を映せ。

   アイヨ

「貴様! ユキナだけでは飽き足らず、ミナトさんまで毒牙に掛けるつもりか!」

「何故そうなる!」

「人誅〜〜!」

チッ、肝心な処を見逃した様だ。

   ピンポーン

「ちょっとお兄ちゃん! ああもう、ミナトさんも一緒に止めてよ」

「大丈夫よ。あれは半分照れ隠し。男のスキンシップってヤツよ」

確かに。ハルカ君の言葉通り、全身全霊を込めていた先程までとは違う動きだな。
手だけで刀を振っている御蔭で、スムーズに砂浜を走れるし、見た目もハデになり、コメディ色溢れる追いかけっこと成っている。
もっとも、当ったらタダじゃすまない事に代わり無い以上、却ってジュンの死亡率は上がっている様な………

   ピンポーン、ピンポーン

ええい、この肝心な時に間の悪い奴め。
仕方ない、後で総集編でも観るとするか。

「入れ」

   シュイン

「本日付でオオサキ准将の副官に任官致しました、ナカザト ケイジ中尉であります。
 自分は今だ実戦経験さえ無い身故、歴戦の勇者たる提督の目にはさぞ頼りなく映るでしょうが、宜しく御鞭撻の程を」

やれやれ、実に十数年ぶりに見る様なコテコテの新兵だな。
だが、うろ覚えの彼の身上書が確かなら、艦長達の同期生で、しかもトップスリーの一人の筈。
となれば、適正位は期待しても良いだろう。一つ、試してみるか。

「なに、シートに座ったまま戦歴を重ねただけだよ。
 特技と言えば、ハッタリ効かす事と目を開けたまま眠る事だけさ。お望みなら、どちらも格安で教えるぞ」

「御冗談を」

ニコリともせず、そう言うナカザト。
見た目通り、杓子定規を絵に描いた様な男らしい。

とゆ〜か、冗談だと思ったら、せめて微笑む位はしろよな、まったく。
イラ付く心を抑えつつ、俺は、第一次試験を見事に滑ったナカザトに対する補習内容を、素早く検討した。
そう。この堅物にも、せめてクルー達と衝突しない位の愛想を身に付けて貰わねば困るのだ。

「それじゃ、まずはお前の紹介がてら、基地の巡回にでも行くとするか」

「それには及びません。此方の配置でしたら、既に頭に入っております」

はあ〜、コイツは士官学校卒業後の二年間、何処で何をしていたんだか。
今時、親のスネ齧って遊び呆けている大学生達だって、もう少し世間ってものを知っているぞ。

「生憎だが、お前の様な世間知らずを一人で行動させる事など、俺には怖くて出来んよ」

「どの様な意味でしょうか?」

「言葉どおりの意味だよ。
 ウチは戦時中から、大きく分けて二つの派閥に分かれていてな。その両者の思惑を無視した行動をとったら只じゃ済まん。
 そんな訳で、お前にはまず、挨拶回りの傍ら、両陣営との暗黙の了解を覚えて貰う」

「了解致しました。宜しくお願いします」

従順な言葉とは裏腹に、ナカザトの視線に侮蔑の色が混ざる。
どうやら先程の前振りと相俟って、民間船の掌握も出来ない様な無能な男と判断したらしい。
結構。俺としても、そんな夢物語が可能だと思っている馬鹿の同類だと思われたくない。
それにこの態度からして、此方の内情について何も知らされていないのは、まず間違いないだろう。
つまり、コイツは見た目通りの堅物だという訳だ。
更に結構。丁度、慢性的な人手不足に悩んでいた所だ。
コイツには、生涯足抜け出来ない深みに嵌って貰うとしよう。
ふふふっ。このミスター杓子定規が、どんな風に崩れるのかな? 今から実に楽しみだ。

「では、先ず最初に」

と言いつつ、俺は後ろの窓から見える小型プレハブ住居を指差した。

「其処の離れには絶対に近づかない事。
 あそこには、ナデシコ随一の問題児が隔離してあってな。お前の様に何も知らない新人が迷い込んだりしたら、まず助からん」

「御冗談を」

「冗談か。そうだな、まずは常識と言う奴が、貴官が思っているほど絶対の物じゃない事を学んでもらう為、敢えて虎口に飛び込むとするか」

「仰る意味が判りかねます」

「お前の疑念を晴らしてやろうと言ってるんだよ。ナデシコクルーと言う名の現実を見せつける事でな。
 ああそれと。イザとなったら、俺はお前を見捨てて逃げるからな。迷わず成仏してくれ」

「…………了解致しました」

何かに必死で堪える様な顔で拝命するナカザト。
う〜ん、そんなに胡散臭い話だったろうか? 概ね嘘は言って無い筈なのに。
まあ良い。その辺の事は、追々身をもって学んで貰うとしよう。
かくて、俺は心の中の考課表のナカザト欄にコマッタちゃんマークを付けた後、コマッタちゃん……じゃなくてナカザトと連れだって執務室を出た。



   〜 フルコース  ナデシコの愉快な仲間達 アキト不在風味 〜 



   〜 食前酒  ナデシコ長屋南館シミュレーションルーム 〜

「おっ、丁度対戦中か。
 良く見ておけよ、ナカザト。あれが漆黒の戦神に次ぐ実力を持つ、ウチのエース達の戦いだ」

「流石に見事なものですね」

此処に来るまでの事など忘れた様に、スバル君VSアリサ君の一戦に、熱い視線を送るナカザト。
その、良く出来た演舞でも見るかの様な態度からして、コイツは、本当に実戦経験が皆無らしい。

そう。まともな軍事経験のある者ならば、彼女達の駆るエステバリスの有効性、或いは危険性を感じずにはいられまい。
何しろこのカードは、何処から情報を掴んだのかは知らんが、明日の漆黒の戦神を目指して意気揚々と(殆んどはアポも取らずに)やって来た、
三桁を越える野心家エステバリスライダー達の野望を、完膚なきまで打壊した曰く付きのモノなのだ。

その後、アリサ君達への自己紹介をした際に、二人共自分の上官である事を知って狼狽し捲くるその後姿を眺めながら、
俺は、ナカザトの現時点での戦闘指揮能力を諦めた。



   〜 前菜  特別会長室 〜

「あれが、我らがスポンサー様の住まう、特別会長室だ」

と言いつつ、俺は南館の外れにある、やたら無骨なデザインをした剛性チタン合金の塊を指差した。

「なっ! 最新型のユニット式シェルターじゃないですか。
 連合の御膝元とも言うべき此処にまで、こんな物を持ち込むとは………流石に警戒厳重ですね」

「確かにな。だが、お前の想像とは別の意味でだぞ」

「ん? 何ですかアレは」

ナカザトの指差した所を見ると、会長室の屋根の部分に設置されている換気用のダクトのフィルター部分が取り外され、
長髪の男が、しなやかな動きで這出て来る処だった。

「おっ、ツイてるなナカザト。丁度、件の人物のひととなりを知る上での、格好の事例に出食わした様だ」

「はあ?」

ナカザトが理解出来ずにポカンとしている間にも事態は進み、長髪の男はそのままダクトを伝って天井部に登り上がった。
そして、如何にも上手くいったとばかりにニヤリと笑うと、会長室天井部から音も無く飛び降り、
地面に着地するやいなや、まだ見ぬ新天地でも目指すかの様な躍動感溢れる足取りで走り出した。

   ギュル〜〜ルル
                ガチャ
                         ダ〜〜ン

だが、まるでそれを読んでいたかの様に、突如その進路を遮る形でリムジンが横付けされ、
後部座席の窓から放たれた暴徒鎮圧様のゴム・スタン弾によって、長髪の男は無力化された。

「バ…バカな。キミは、明日まで本社詰の筈………」

「こんな事だろうと思って様子を見に来てみれば………情けなさも此処までくると、もう涙も出ないわね」

「後生だから見逃してくれ、エリナ君。死ぬ前に一目、千沙君に会いたいんだ」

「貴方の戯言なんて聞き飽きたわ。千沙さんに会いたければ、書類を総て片付けてからになさい。
 貴方がナデシコで遊び呆けている間に溜まった未決済の書類が、後どれだけ残ってると思ってるのよ」

「嗚呼、我が友テンカワ君。君は、確かに平和を作り上げたかも知れない。
 だがそれは、より深い闇を作り出してしまっただけの様だ。
 命懸けで戦い抜いた僕を待っていた物と言えば、勇者を称える民衆の歓呼の声でも、千沙君が笑顔で迎えてくれる温かい家庭でもない。
 天を突かんばかりに積み上げられた書類の山だけ。それも、賽の河原の逆バジョーンの如く、片付けても片付けても追加されていくんだ。
 しかも、折角我が心の女神がすぐ傍まで来ているというのに、喜び勇んで会いに行こうとすれば、右腕と頼み信頼していた秘書が邪魔をする。
 こんな不条理が罷り通るなんて………この世は、正に地獄だよ」

「何、人聞きの悪い事言ってんのよ。
 空調完全完備の快適な部屋で、食事も三度三度理想的な物を出してるでしょ。一体、何がそんなに不満だっていうのよ」

「ビタミン剤なんて食事じゃない。僕は千沙君の手料理が食べたいんだ!」

   ボクッ
          キュウ〜

「そう言うセリフは、せめて真っ当に告白してから言いなさい。
 なによ。黙って見てれば、思わせ振りな態度を取るだけで、実質的な行動は何もしていないじゃない。
 ハッキリ言って、貴方のやってる事は、アキト君よりもタチが悪いわよ」

いやはや、随分と綺麗に急所に決まったな。
この所、二言目には各務君の事を口にする所為か、エリナ女史の御仕置きも容赦が無いし。
う〜ん、戦時中を思い出すなあ。

   ズル、ズル、ズル……
                    ピッ、ピッ、ピッ、ピッ(暗証番号入力中)
      シュイン

「サイテイ男で終りたくなかったら、サッサと義務を果すのね。
 それからなら、給料三か月分の指輪を発注しようが、地の果てまで逃げる算段をしようが文句は言わないわよ。
 ほら、何時までも気絶しているフリなんかしてないで。此処らで一発踏ん張って見せなさい」

   ドサッ
        シュイン

いや、聞えていないと思うぞエリナ女史。
それしても、社会から完全隔離されたあの状態で、どうやって各務君が地球に来ている事を突き止めたんだ、あの男は。
東提督の御忍びの地球観光の事は、白鳥少佐にさえ内密の極秘事項であり、
当然、各務君が護衛として同行している事も、極一部の人間しか知らない筈なのに………
まあ、アカツキのする事だ。一々、論理的根拠を求めても虚しいだけだな。

「立て込んでる様なんで直接の挨拶は又今度にするが、今見た長髪の男が我らがスポンサー様だ。チャンと覚えておく様に」

「な、な、な………」

「なんだ、先程のショートカットの美人の名前が知りたいのか? お前もスミに置けないな。
 もっとも、既に意中の相手が居るから口説いても無駄だぞ。
 彼女の名はエリナ キンジョウ ウォン。ネルガルの屋台骨を支える敏腕秘書で、平たく言えば此処の実質的な最高権力者様だよ。
 そんなワケだから、間違っても彼女の機嫌を損ねる様な真似はするなよ」

「そうじゃなくて! あの長髪の男の人が、ネルガルの会長なんでしょ? 何なんですか、あの扱いは」

「ウチのモットーは『ノーブレス・オブリージュ』だ。己の責務を果さない者は、ああいう末路を迎える事になる」

「いや………だからって、その………」

「ついでに言えば、ウチは女尊男卑の女系社会でもある。嫌なら改革運動でも起こすんだな。
 万一成功すれば、かの漆黒の戦神以上に後世の歴史に多大な影響を及ぼした男として、お前の名は歴史に燦然と刻まれる事に成るぞ」

「………判りました。もう、良いです」

何か大事な物を失ったかの様な寂寥感溢れる顔で、項垂れるナカザト。
漸くコイツにも、この世の真理の一端が見えてきたらしい。
うんうん、矢張り教育は重要だな。



   〜 口直し  庶務室 〜

「こんにちは、プロスさん」

「おや、これは提督。いや〜珍しいですな、此処でお会いするのって。本日は、どの様な御用で」

ふっ、ゴートが居ない事は確認済みさ。でなきゃ、こんな危険な場所(ゴートの職場)に近付くものか。

「今度配属された副官の挨拶回りですよ。
 いいかナカザト。此方はプロスペクターさんと言って、此処の管理を一手に引き受けている方だ。お前もイザとなったら、この人に泣き付けよ」

「初めまして、プロスペクターです。どうかプロスと御呼び下さい。
 提督の様な面倒見の良い方の御傍で働く貴方に、私等が御手伝いする機会などまず無いでしょうが、宜しくお願いしますねナカザトさん」

「「あはははっ」」

チッ、得意の名刺さえ取り出さないなんて。コイツの事は既に調査済みという訳か。
かくて、さり気無く水面下で行われた問題児の押し付け合いは、プロスさんの勝ちと成った。
敗者としては、潔く、速やかに立ち去るべきだろう。

「次行くぞ、ナカザト」

「は…はい。 なんだ。ちゃんとマトモな人も居るじゃないか

やれやれ、プロスさんの危険性には全く気付かなかった様だな。だが、敢えて俺の口からは教えまい。



   〜 一皿目の料理   艦長室 〜 

「そう言えば、お前さん艦長とは同期生だったよな」

「はい。彼女が主席卒業生であり、同時に同期生の出世頭でもあります。
 それにしても、何で艦長室の一角だけ使用建材が違うんですか?」

「そのうち判るよ、嫌でもな」

と言いつつ、俺は艦長室へと続く、防音処理を施された区画への扉を開けた。

   ガチャ

「ユリカ〜〜〜〜!! 帰って来ておくれ〜〜〜!!!」

「忘れたんですか、お父様。現在ナデシコのクルーは、政治的理由から此処に拘留中なんですよ」

「その辺はワシが何とかする。だから帰って来ておくれ」

「もう、お父様ったら。艦長自ら、規律を乱す様な真似が出来るわけ無いでしょう」

「ううっ、ユリカ。立派になって。父さんは嬉しいぞ。だから帰って来ておくれ」

「もう、お父様ったら。今、私の居るべき場所は此処なんです。決して離れるわけにはいきません」

「そ、そんな。ユリカ、ユリカ 
 うお〜〜!、ユリカ〜〜〜〜!! 帰って来ておくれ〜〜〜!!!」

「もう、御父様ッたら………」

   バタン

「さ〜て、次行こうか」

「そうですね」

と言うが早いか、後ろも見ずに逃げ出すナカザト。
この件に関しては、コイツにも素敵な経験があるらしい。
苦労が人を育てるという事の好例と言えよう。

まあなんだ、これで管理職クラスとの顔合わせは終わったな。
今度は、名物職員の紹介に移るとしよう。



   〜 スープ  アマノ ヒカルの個室 〜

   ピンポ〜ン

「は〜い! って、提督じゃないですか。う〜っ、今、提督の顔は見たくなかったな〜」

手始めにアマノ君の自室を訪ねると、丁度修羅場中だったらしく、彼女はドテラ姿にやつれた顔をしていた。
目の下の隈の濃さや、比較的確りした言動から判断するに、徹夜はまだ三日程しかしていない様だ。

「相変わらず、精力的に活動しているようだな。で、今度の新作のジャンルは何だい?」

「へへ〜〜っ、ジャ〜〜〜ン」

と言いつつ、得意げに見せる表紙には、それぞれ大技を放つ体勢のまま見詰め合う某戦神と某羅刹が、
少女漫画風の絵柄で、三割増程美形っぽく描かれていた。

「何々………『赤と黒の狂想曲』って。おいおい、対外的にも版権的にも拙いだろう、これは。
 政府やネルガルは勿論、俺もコイツには出版許可を出せないぞ」

「良いの、良いの。半分はアタシの自己満足だもの。
 それに、ルリルリ達がプレミア価格で買い取ってくれるかもしれないでしょ?
 その為に、態々ヤヲイレスバージョンでもチャンと話が繋がる様に、緻密に計算したストーリ展開なんだから」

「失礼、ヤヲイレスとは如何なる意味でしょうか?」

ナカザトが、如何にも興味津々といった顔で、俺とアマノ君の、ちょっと特殊な会話に加わってきた。
どうやら、見せられた表紙とそのタイトルから、漆黒の戦神を扱った伝記物と勘違いしたらしい。
ふっ、雉も鳴かずば撃たれまいに。

「ヤダなあ〜、判るでしょ。
 ほらなんて言うか。要するに、前フリから乙女の夢の部分に至るまでをバッサリカットしてあるってことよ。
 いや〜、アタシとしても断腸の思いなんだけど、世の中『泣く子と読者様には勝てない』つ〜ヤツで」

如何にも『冗談ばっかり』と云う態度で、照れ隠しにナカザトの背をバシバシ叩くアマノ君。
彼女にしてみれば常識以前の知識であり、ナカザトが本当に知らないという発想自体が無いらしい。
だが、世間じゃそれは無茶な話なんだぞアマノ君。俺でさえ、つい先日まで知らなかった位だからな。
にしても、北斗×アキトでもヤヲイに成るんだろうか?

「その、かえって判らなくなったですが」

「またまた〜、………ってこの人誰?」

「ああ。今度、俺の副官を勤める事になったナカザトだ。
 此処に慣れるまで色々馬鹿な事もするだろうが、大目にみてやって欲しい」

「ふ〜ん。それじゃあ、そういう事で………って、チョト待った」

興味は無いとばかりに生返事をしつつ、再び修羅場へ向おうとした瞬間、彼女は突如振り返り、今度は熱い視線で嘗める様にナカザトを見据えた。

「ちなみに、彼の階級は?」

「キミと同じ中尉だよ」

「先任だから、アタシの方が偉いんだよね?」

「まあ、概ねそんな感じだ」

「ふっ、ふふふっ」

我が意を得たりとばかりに、アマノ君は一瞬ニヤリと子悪魔的な微笑を浮かべると、彼女としては精一杯軍人らしい態度で命令を下した。

「先任士官としてナカザト中尉に命じます。先の大戦の資料の作成作業に協力しなさい」

「了解致しました。………はっ!?」

アマノ君の態度に乗せられ、つい反射的に拝命してしまい焦り捲くるナカザト。
それにしても、一瞬にしてコイツの最大の弱点を見抜くとは。流石は漫画家、観察力が違う。

「いやその、自分はそういった作業の経験は無くて、その〜………提督、提督からも何か言って下さい」

「駄目、駄目。提督ってば、この手の作業に先天的に向いてないモン」

「なっ! 貴女は提督にまでそんな真似をさせた事があるんですか」

「いや〜、あん時はベタ用のインクを引っ繰り返されるは、消しゴム掛け頼んだ原稿を破られるはで、もう散々だったけ」

「おいおい、その話は打ち上げパーティの代金を俺持ちにした事でチャラって事になった筈だぞ」

「だって〜、超手間の掛かったフルカラーの表紙の上にコーヒー零されたりしたら〜って、この話はもうペケって事でその〜………彼、貸して貰える?」

口にこそ出さないが、『何を馬鹿な事を』と言わんばかりの顔をするナカザト。
既に、アマノ君に言質を取られている事は、コイツの頭に残っていないらしい。
余りにも甘過ぎる考えだな。此処は一つ、教訓を与える意味でも、(ニヤリ)

「おう。好きな様にコキ使ってやてくれ」

「って、何故そうなるんですか、提督」

「何故って、先任士官殿の命令だぞ。それに、お前は断らなかったじゃないか」

「そ…そんな」

「第一、言ってあった筈だぞ。イザと言う時は見捨てるとな。
 ああ。万一の時には、チャンと書類上は戦死扱いにして、お前の両親には、祖国を守る為に果敢に戦って散ったと伝えてやるから心配するな」

「提督〜!」

「はいはい。続きは中で話そうね〜」

   バタン

捨てられた子犬の様なナカザトの瞳に少々良心が痛みはしたが、躾は最初が肝心である。俺は心を鬼にして、厳然とその場を後にした。




   〜 六時間後  再びアマノ ヒカルの個室 〜

   ガチャ

「お〜い、ナカザト。まだ、生きてるか〜?」

ナカザトが限界を迎える頃を見計らい、俺は差し入れを手に、再びアマノ君の自室を訪れた。
だがその結果は、俺の予想を遥かに下回るものだった。

「あっ、提督。この人、全然ダメダメだよ。手先は結構器用だったんだけど、最初の二時間位で突然動かなくなったと思ったら、後はずっとこんなカンジ」

やれやれ。四時間近くもベタ塗りの体制のまま気絶していたのか、コイツは。おまけに、たった二時間でドロップアウトとは………
嗚呼、なんて情けない。俺なんて、アマノ君自身に追い出されるまで粘り続けたっていうのに。

「こんなんじゃ、たぶん此処では生きてけないよ、この人。今の内に転属させてあげた方がイイんじゃない」

いや、全くだ。まさかメインディッシュ(ヤマダ&ウリバタケ)を見る事無く撃沈とはな。
俺はナカザトを背負い上げ、そのまま自室へと送る道すがら、コイツを転属させる為の算段を始めた。




次のページ