『 7月24日 曇り』
   今日、今回の件の発端と成ったアマノ君を厳重注意し、他のクルーにもカグヤ君の危険性を訴えた。
   艦長が率先して同意してくれた事もあって、概ね納得して貰えたようだ。
   地球のエリナ君にも、今回の一件について伝え警戒を促す。
   夜、遅めの夕食を摂りながら、北斗に二人の見込みを尋ねてみる。
   結果は、胃もたれを起こしそうなものだった。
   天国に一番遠い場所にいる彼らの為に、暫し黙祷を奉げるとしよう。




『 7月27日 晴れ』
   昨日送られてきた大佐からの定時報告によると、訓練生達の訓練は順調に進んでいるらしい。
   丁度、ナカザトが非番だった事もあって、今日、その一部始終を視察する。
   中々有意義な一日だった。

大佐の朝は早い。
日の出と共に宿舎を抜け出し、訓練生達の眠る寮へと侵入する。
従って、訓練生達の朝も早い。
大佐の訪れる前に出迎えの準備が整っていないと、手痛い教訓を受ける事に成るからだ。
日に二〜三人、別の意味で安らかに眠る者が出るが、それも朝食までには復活し、食堂に集合する。
普段は世を拗ねた様な顔の子が少なくないのだが、この時だけは全員に笑顔が宿る。
これまでより食事の質が格段にアップした上に、充分に余裕を見て作っているので奪い合う必要も無い。正に至福だろう。
『衣食足りて礼節を知る』と言うが、皆、和やかに食卓を囲む。
憩いの一時を終え、いよいよ訓練開始である。




『一時間目:座学(1)』

「これが諸君らの主武装となる銃器、SIGザウエルP220(9ミリ拳銃)だ。
 米軍等が採用しているベレッタM92Fの様にダブルカアラム(複列弾倉)ではなく、シングルカアラム(単列弾倉)なので、
 装填弾数には常に注意を払うように」




『二時間目:実技訓練(1)』

本日は射撃訓練初日。

  ガ、ガ、ガ、ガ、ガ、ガ、ガ、ガ〜ン

「「「ほ、ほ、ほ、ほ、………本物!」」」

「今のが銃器を扱う上で最初の壁となる反動だ。しっかりと身体で覚えるように」

「きょ、教官殿。こういったものを扱うには免許なり資格なりが必要なのではありませんか?」

「銃は心で祈りながら引き金を引く。それ以上の資格等いらんよ」

(注:これは大佐のハッタリです。
   帯銃の為の免許は既に偽造してあり、必要な知識も、前述の座学(1)が示す通り、ちゃんと教えています。
   良い子も悪い子も鵜呑みにしないでね)




『 昼  食 』

ここ数日の飽食から、遂にピーマンを残す不届き者が出た。
命知らずな事だ。

   カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ
                         ビュイ〜ン

予想通り、テーブルに突き刺さるナイフの嵐。仰け反る訓練生。
腰を抜かした彼に、シェフ姿の男がニッコリと笑いかける。

「Do you eat perfectly or die also with it? (行儀よく食べるか? それとも死ぬか?) 好きな方を選ぶと良いね」

彼の名は、ポール=サメジマ。
期待の新コックであり、本来なら日々平穏に就職する筈だったのだが、
少年兵達の劣悪な食料事情を放っておけないと言い出し、そのまま彼らの賄いを勤めている男だ。
イギリス人と日本人のハーフで、腕の方はホウメイさんが太鼓判を押すくらい確かなのだが、
完璧なBritish Englishと華麗なナイフ捌きを無駄に誇示したがる辺り、御世辞にも一般向きとは言い難い。

「も…勿論、いただきますとも。(モグモグ)いやあ〜、美味しいな」

「Thank you」

慌てて皿に残ったピーマンを頬張る訓練生を、満足げに見詰るサメジマ。
ちなみに、この男。卓越した白兵戦技も身に付けており、面接の時、『戦う料理人』の元祖は自分だと嘯いた程の自信家でもある。
だが、こうして実例を見る限り、同じ『戦う』でも方向性がかなり違う様だ。
その手の脅しは、やりたくても出来ないぞ、アキトの場合。




「三時間目:実技訓練(2)」

本日は、完全武装での行軍練習。
男の子は89式5.56ミリ小銃(アサルトライフル)、女の子はMP5(サブマシンガン)を持ち、背中に基本装備(寝袋・携帯食料等)と
タップリの予備弾装を背負った、陸自歩兵バージョンにて行われる、全重量・全行程、共に約40キロの徒競走である。

「ムサシ、僕はもう駄目だ。このまま置いて行ってくれ」

「馬鹿野郎。そんな弱気で如何する。
 二人でマナを迎えに行くって約束しただろうが」

ラピスちゃんが見たら喜びそうな青春模様が繰り広げられる中、
その後ろから、脱落した訓練生の弾薬ケースを背負った大佐が追いついてくる。

「何をしているストラスバーグ。さっさと歩け。失格に成りたいのか」

「りょ、了解。(すまん、ケイタ)」

そして、御約束の罰ゲーム。

「浅利、失格。その場にて腕立て300回」

「さ、300回」

「尚、追加分は自己評価にて行うように」

(豆知識:軍隊式腕立て
     事前に20回と言っても、やり方が悪いとケチをつけて何度もやり直しをさせ、結果として100回以上腕立てをさせる訓練法。
     学生スポーツの世界でも一部採用されている)

過酷な罰則に、へたり込む浅利訓練生。
それを尻目に、大佐は五つ目の弾薬ケース(一個約20キロ)を自分のリュックに収め、悠然と歩き去った。
安全性確保の為とはいえ、御苦労な事である。

「な…何で平然と歩けるんだろう? あの教官」

いや、まったくだ。




『 夕  食 』

午後の訓練がハードだった所為か、全員食が進まない。
だが、背後からのプレッシャーに押され、涙ながらに全員完食。




『四時間目:座学(2)』

『俺のこの手が光って唸る! お前を倒せと輝き叫ぶ!』

ブラウン管の中で(液晶にアラズ。ビデオも中古のVHS。これが軍隊の現実)ド○ン=カッ○ュが高らかに叫ぶのを、呆然と見詰める訓練生達。
う〜ん。やはり、ラピスちゃんが何と言おうと、止めるべきだったのだろうか?

「………なに、これ?」

「一般常識だそうだ」

かくて、訓練生達の一日が過ぎていく。




『 7月30日 晴れ』
   今日、第二回火星全体会議が行われた。
   多少のアクシデントがあったものの概ね順調に進み、団体名及び艦名が決定。
   計画は、いよいよ実行段階への第一歩を踏み出した。

「という訳で、これより第二回火星全体会議を行う」

もはやマンネリと化した感のあるイントロの元、一ヶ月ぶりに勢揃いしたナデシコクルーに、俺は全体会議の開始を宣言した。

「ちょいと待ちな」

そして、これまた御約束と化した制止の声が掛かる。

あれ? イネス女史は既に来ているな。
それに、こんな妙にくぐもった声に聞き覚えは無いぞ。

「誰だ」

   ガチャ

俺の誰何に応じ、タップリと勿体をつけて開け放たれたドアから、まだ昼下がりだと言うのに何故か夕日を背負い、

「その会議、俺も混ぜて貰えるかな?」

まったく似合っていない真っ赤なスーツに身を固めた、矢鱈滅多ら派手なマスクを被った怪人が、悠然とドア口から姿を表した。

   シ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ン

「あ…あの〜、ガイ君。何故此方に?」

周囲の視線に推され、恐る恐る声を掛けるアマノ君。
その決死の問いかけに、仕切りの部分に背をもたれ掛かけつつ、『日本じゃあ二番目だ』が口癖のヒーローのポーズを決めつつ、

「チッ、チッ、チッ。人違いだぜ、眼鏡の御嬢さん。
 俺はダイゴウジ ガイなんて正義の熱血漢じゃない。
 俺の名はルドペギア。故あって君達と共に戦う事になった孤独な傭兵さ。
 まっ、短い付き合いだろうが宜しく頼むぜ。(ピッ)」

訳の判らない口上と共に、胸に挿していた黄色い花(おそらくはルドペギア)を投げて寄越す謎の怪人。

そう、これは謎の怪人さ。
間違っても、一応俺達の仲間であるヤマダ ジロウである筈が無い。

「あのさあ、ガイ君。
 そりゃあ〜再登場って言ったら、マスク被っててキザなのがスタンダードだけどさ、
 それは美形ライバルキャラの場合でしょ」

「し、しまった〜〜〜!!」

俺には良く判らん理屈だが、兎に角イタイ所を突かれたらしく、打ちひしがれる謎の怪人。
取りあえず、あのマスクの下の顔は、美形では無いらしい。
などと、俺がシツコク現実逃避を続けている所へ、

「(ポン)何をしている、お前」

殺気を撒き散らしつつ、背後から北斗が怪人の肩を叩いた。

「な…何の事かな。俺は孤独な傭兵……」

怪人は、そのプレッッシャー耐えつつ惚けようとするが、

   バリッ

「ったく。そんな根性だから、準備運動すらこなせないんだよ」

北斗は、容赦なくマスクを剥ぎ取り問い詰める。
良くも悪くも、彼にはこの手のタブーが存在しない。
御蔭で俺の目も覚めた。アレは確かにヤマダの様だ。

「たかが腕立て・腹筋・屈伸(スクワット)各三千回じゃないか。
 それを一度も完遂できないなんて………情け無い、実はやる気無いだろお前」

侮蔑の色も顕わに、そう吐き捨てる北斗。
それに触発されたか、或いは開き直ったか、

「やる気云々の問題じゃね〜!
 聖闘士じゃあるまいし、そんなに出来るわけないだろう!
 つ〜か、その前の80qのロードワークだけでも常軌を逸してるぞ!!」

と、絶叫するヤマダ。
う〜ん、今回ばかりは正論の様な気がする。

「判った、判った。今後は五千回にまけてやる」

「増やして如何するんだよ!!」

「五月蝿い。弟子の分際で師匠に口答えするな」

そう言って、ヤマダの襟首を掴むと

「邪魔したな」

その抵抗など有って無きが如しとばかりに、悠然と去っていく北斗。
黙って見送る以外の事等、俺達に出来よう筈も無かった。

「ア…アイ、シャル、リタ〜〜ン!!」

   バタン

「い…今からでも考え直したほうがイイんじゃんじゃね〜か、教官役の件」

遠ざかっていくヤマダの悪足掻きの叫びを聞きながら、スバル君がポツリと言ったその一言が、胸に染みる様だった。




   〜  2時間後 再び火星駐屯地会議室  〜

何時も通り波乱の幕開けを切った本会議だったが、その後は滞り無く進んだ。
この辺、何かジンクスでもあるのかも知れない。
基本方針だけだった我等が死海文書も、現実的側面での肉付けが成されていく。
懸案だった組織名も、シ○ッカーを始めとするラピスちゃんが挙げた百を越えるそれは惜しくも却下され、厳正な審査の結果『ダークネス』と定まった。

かくて、会議が恙無く終ろうとした矢先、一つの問題が立ち上がった。
組織名の方は、わりとアッサリ諦めたラピスちゃんだったが、新造艦の名称についてはゴネにゴネ捲くってくれたのだ。
新造艦にユーチャリスと名付けるのが、どうしても嫌らしい。

まあ、その気持ちは判らなくも無い。
何せ、嘗て黒き王子の御座船として活躍した物に比べれば、玩具の様な性能しか持たない艦だからな。
おまけに、今回の様な任務に付く艦が、『無垢なる心』という意味を持つのもアレだし。

そんなこんなで会議時間は大幅に延長。艦名の選定に、白熱した議論が飛び交う事と成った。




   〜 新戦艦名称選考中  参考文献『気持ちを伝える花言葉』ネルガル文庫 〜

艦長推薦『アイリス』   花言葉:あなたを大切にします。  ……… 変わり易いと言う意味もあるので却下。

イネス女史推薦『カトレア』花言葉:成熟した女性、純粋な愛。 ……… 同盟年少組の猛反対により却下

スバル君推薦『アサガオ』   花言葉:固い約束、愛情の絆。 ……… はかない恋と言う意味もあるので却下

サラ君推薦『アケビ』       花言葉:唯一の恋。      ……… 花より実の方が有名なので却下。

アリサ君推薦『カーネーション』花言葉:あなたを熱愛する。  ……… 絞りの場合、愛の拒絶という意味になるので却下。

アマノ君推薦『アジサイ(青)』 花言葉:忍耐強い愛。     ……… 同盟の辞書に忍耐などという惰弱な言葉は無いので却下。

ラピスちゃん推薦『エリカ』   花言葉:幸福な愛、博愛。   ……… 裏切りという意味もあるので却下。

マキ君推薦『オリーブ』     花言葉:平和。          ……… 『駄目ね。変に纏まり過ぎだわ』と途中で本人が却下。

アカツキ推薦『黒バラ』 花言葉:死ぬまで憎みます。……… 推薦者が『いやその、チョッとしたジョークだよ』との辞世の句を残して殲滅され大却下。




ありとあらゆる意見が、披露されると同時に却下されていく。
そして、このままでは暗礁に乗り上げるかと思われたその時、
決意を秘めた顔をしたレイナード君が、満を持してあの花の名を口にした。

「ロサ・カニーナなんて如何です?」

「え〜っ。何でまたそんな、鳴物入りで出てきた挙句、思いっきりコケたのキャラの名前なんか付けるの?
 どうせならロサ・ギガンティア………は白だから避けるとして、ロサ・キネンシスかロサ・フェティダで良いじゃない」

さも『よりによって』と言わんばかりの表情を浮かべつつ反対するラピスちゃん。
どうも件のロサなんとかは、花の名であると同時に何かのキャラクター名でもあるらしい。
だが、俺は生憎と両方とも知らないので、話がまるで見えてこない。

「紅薔薇は主役だし、黄薔薇はチョッと花言葉が良くないから………
 それに、ロザ・カニーナは色がピンクだから無難でしょ?
 ほら、『ナデシコ(白)には成りきれない』って意味も込めて」

成る程、薔薇の事か。各色事に名が変わる所を見ると、戦隊物の一種とみた。
まっ、それはそれとして。レイナード君の彩色的意図は妥当な物だろう。
実際ウチにとって、黒・赤・白という色は、それだけで意味を持つと言っても過言じゃないからな。

と、俺が思索に耽っている間に、何やら同盟だけで円陣を組み始め、

「という訳で、新戦艦の名前はロサ・カニーナに決定しちゃいます!!」

いきなり艦長が鶴の一声。
やや憮然としながらも、他に代案も無かった為、某組織側もこれを承認。
かくて、済崩し的に新戦艦の名前は決定し、会議は終了した。

三々五々家路につく参加者達。
それを見送っているうちに、俺の中に、ある一つの疑念が湧き上がった。
そう言えば、肝心の花言葉はなんだったけ?
好奇心に駆られた俺は、チョッとズルをして、あの時のレイナード君の様子を再チェック。
さて。彼女はネットで、大分細かい所まで見ていた様だったが、

ロサ・カニーナ:花言葉 『貴方を愛します』 蕾『私を愛して』 満開咲き『私は人妻』 大輪の咲き『赤ちゃんができました』

………知らなかった事にしよう。




『 8月 3日 晴れ』
   今日、一人のマッド・エンジニアが誕生した。
   人生とは、何処で如何転ぶか判らないもの。
   それを痛感する一日だった。

早朝、自室にてロサ・カニーナの仕様書を眺めつつ、溜息を吐く。
金属は擦れ、ベアリングは磨り減り、オイルは劣化する。劣化した部品は取り替えなければ成らない。
そんな当たり前の事さえ忘れていた我が身の愚かしさを嘆くと共に、ナデシコAを確保出来なかったの事が、返す返すも悔まれる。
当時のエリナ女史の努力にケチを付ける気は無いが、少々ババを引いてでも確保を優先させて欲しかったと、今更ながら愚痴りたい気分だ。
幾ら実験機と言っても、この部品耐久度は酷すぎる。
その余りの信頼性の低さから、2015年世界にもメンテナンス・ドックが必須と成った程だ。

次いで、もう片方の書類を見る。
過日の全体会議で推挙された、件のメンテナンス・ドック管理人、『時田シロウ』のプロフィールだ。
正直言って、名前が挙がった当初は、何故ポンコツJAの製作者を選ぶのか大いに首を捻ったものである。
だが、ウリバタケ班長に言わせれば、2015年の科学水準で考えるなら、JAは寧ろ賞賛に値する出来らしい。
なんでも、二足歩行、特に両腕部との連動を前提とする兵器の開発は、本来兵器に要求される合理性とは対極にあるものであり、
エステバリスをベースに今日の最先端の技術の惜しみなく注ぎ込んだとしても、エヴァに匹敵しうる滑らかな動きを再現するのは不可能なんだそうだ。
これに加えて、

『ゼロからスタートした筈の彼が、暗中模索の末、曲がりなりにも、当初の命題を満たしうる作品を作り上げたのよ。
 この一点だけとっても敬意に値する実績。親の遺産を食潰しているだけの似非金髪さんにも、少しは見習って欲しい克己心だわ』

と、イネス女史までが時田博士を支持。
かくて、なんとなく騙されている様な気もするが、彼の採用と相成ったのである。

しかし、見れば見るほどナデシコに不向きな人材だよなあ〜
こんなミスター中間管理職が、此処でやっていける行けるんだろうか? ホントに。




スカウトE 時田シロウの場合

   〜   2014年 日本重化学工業 本社応接室  〜

「(ガチャリ)いや、御待たせして申し訳ない。私がJA担当の時田です」

アポは取ってあったのだが、急なトラブルとかで面会は多少遅れ、
結果30分程待たされた後、時田博士が来室。型どおりの挨拶をしつつ名刺を差出してきた。

「これは御丁寧に。  本日はお忙しい中、私共の為に時間を割いて下さり有り難う御座います。あっ、私はこういうものです」

上っ面な建前社会を横目で眺めながら、話が核心部まで進むのをジッと待つ。
此処最近、交渉事の矢面に立つ様に成って初めて気付いた事なのだが、俺は自分で思っていた以上に社交辞令の言えない男らしい。
つまり、この時点で口を挟んだ所で、プロスさんの足を引っ張るだけなのだ。

我ながら些か情けない。
思えば、俺も末席とはいえ提督の一人。今後は、心にも無い事を言わねば成らない場面も少なくないだろう。
何時までも今のままではいけない………って、誰だコイツ?

「えっ! 私を引き抜きたい?」

「はい。私どもの会社は、貴方の持つ技術と経験を必要と………」

「シッ シッ シーーーーーッ(キョロキョロ) よ〜し行きましょう。ええ今すぐに」

「しかし、まだ雇用条件の確認とか契約書とかいったお話が………」

「給料なんて倹しく食べていく分だけあれば充分ですよ。
 それより、有るんでしょう? 二足歩行型機動兵器の最新技術が」

「は…はあ」

「よっしゃあ! それじゃあ、早速行きましょうか」

俺が思索に耽っている間に話はスカウトの部分へと進み、
それに伴い、TV版同様いかにも中間管理職といった雰囲気だった時田博士の態度が一変した。
目を輝かせながら、ヤマダ張りのポージングを決めつつ絶叫している。
一体、何が起こったんだ。

「その〜何と申しますか、この会社に対する恩義とか忠誠心とかは、もう無いのでしょうか?」

恐る恐る、時田博士にスカウト承諾についての確認を取るプロスさん。
良かった。この突然の変貌に驚いているのは、俺だけでは無いようだ。

「冗談じゃない。そんなもの、最初からある訳ないでしょう。
 ロボットの研究をさせてやるって言うから、半ば恩師を裏切る形に成ってまでラボを出て此処に就職したのに、
 回ってきた仕事は、さる特殊機関から依頼された特殊装甲の開発だったんですよ。
 しかも、その仕事も三年程前に打ち切られた挙句『財源確保の為だ』とか言って、あんな出来損ないを作らされる始末。
 いや正直な話。今回の貴方の御誘いは、私にとって渡りに船どころか、天上から垂らされた蜘蛛の糸ですよ」

成る程、漸く話が見えてきたな。そういう事なら話は早い。
時田博士の資質を見誤っていた事を悟った俺は、既に『出来れば断って欲しい』と言わんばかりの引き気味の語調と成ったプロスさんの口上を遮り、

「失礼。要するに貴方は『充分な予算と自由さえあれば、此方の望む結果を出してみせる』と、言いたい訳かな?」

文脈と建前を無視した俺の挑発に、一瞬、呆気に取られた表情になる時田博士。
だが、すぐに不敵な…それでいて歓喜を隠しきれないといった顔で、

「いやはや、大風呂敷と言うか何と言うか……
 良いでしょう。そういう風に受け取って貰って結構です。
 ですが、そこまで仰るからには安売りは出来ませんよ」

予想通りのリアクションを返してきた。

「て、提督!」

嗚呼もう、そんな今にも泣きそうな顔しないでくれブロスさん。
これで2015年の補給基地問題が解決したと思えば安い物だろ?
何より、彼がこういう人間だった事を喜ぶべきだと思うぞ、この場合。

「おや。企業の方ではないとは思っていましたが、其方は軍の方でしたか。
 となると、仕事と言うのは矢張り、トライデントの開発ですか?」

俺の素性を察すると、時田博士は顔を曇らせ、

「そのなんですか………貴方だからハッキリ言いますが、アレはJAとドッコイの欠陥品ですよ。
 否、既に何人もの犠牲者を出している以上、更に性質が悪い」

トライデントに関する苦言を呈してきた。
可笑しいな。この計画って、一応軍の極秘事項だった筈………まあ良い、かえって話が早い。

「いや、耳が痛い。
 実を言いますと、私は最近になってあの計画を引き継いだ者でしてね。初めてアレを見た時には、私自身呆れたものですよ。
 そこで、貴方の出番と言ういわけです。
 既にあの実験機は破棄しました。トライデント計画の名こそそのままですが、内容そのものは別物と思って下さい。
 あの計画に関し踏襲するのは、悪路での走破性をあげる為の脚部マニュピレータの設置という当初のコンセプトだけで、
 それ以外の部分は貴方に御任せします」

納得したらしく、再び破顔する時田博士。

「成る程。それで、開発予算の方は………」

「それ(ゲフッ)」

「度外視で結構。
 それと、必要な物資に関しても何でも言って下さい。余程突拍子も無い物でない限り揃えて見せますよ」

「いや、これは頼もしい」

口を挟もうとしたブロスさんを肘撃ちで黙らせ、話を進める。
自慢じゃないが、この手の人物との駆け引きなら、俺の方が慣れている。
本当に何の自慢にも成らないがね。(笑)
かくて、口からエクトプラズムを吐き出しながら白髪化してゆくプロスさんを置き去りにしたまま、
『どうせやるならいデカイ事』といった感じの、交渉と言う名の談笑が続いた。
思っていた以上に、彼は話せる男だった。だが、

「御恥ずかしい話ですが、私には長年追い続けて来た夢が有りまして」

「ほう、夢ですか。宜しければ御教え願えませんかな」

それ以上に、危険な男でもあった。
そう。話の流れから出た俺の何気ない質問に対し、時田博士は『良くぞ聞いてくれた』とばかりに顔を輝かすと、あのBGMを口ずさみ始めたのだ。

「ルッル〜、ルッル〜、ルルルル♪」

こ…これは『夢見るロボット』

「時田博士、貴方は………」

「笑いたければ笑ってもらって結構。
 ですが私は、死ぬ時は『泣きはらす娘の頭を撫でながらの大往生』と決めているんです。
 その為なら、悪魔に魂を売り飛ばす事さえ厭わない」

躊躇いも無くそう言い切る時田博士の目を見た瞬間、俺は悟った。
コイツはウリバタケ班長に匹敵するくらいヤバイ相手だと。

「実は既に、第二の郊外に一戸建てを購入済みでしてね。
 当然、竹箒とモップも最上の物を揃えてあるんですよ」

不味い。経験上、この手の話は早急に切り上げなくては、とんでもなく長引く。
よくない流れを断ち切るべく、決死の覚悟で話題の転換を試みる。

「あ、あの〜」

「いや、仰らずとも言いたい事は判っています。
 肝心の娘の製作が手付かずの状態でそんな事をしても意味が無いと言いたいんでしょう。
 ですが、なんせこの10年『食う、寝る、仕事』の三つしか出来ない毎日でして。
 それなら、せめて形式だけでも整えようと………」

だが時既に遅く、既に逝っちゃた目をした時田博士が正気を取り戻したのは、日本重化学工業が就業時間を終えた二時間後の事だった。

「それじゃあ行きましょうか♪」

長年の胸の支えを吐き出し、如何にも気力充実といった顔の時田博士に促され、俺達は重い足取りで応接室を後にした。
ふっ。イネス女史に比べりゃ、まだまだ甘………ううっ、腰が痛い。

「おっとと、忘れる所だった。一寸待って下さい」

既に電気が落ち薄暗くなっている廊下を歩いている途中、時田博士は如何にも大事な事を忘れていたという表情を浮かべると、
足早に向かいの分室に入り、懐から如何にもヨレヨレな感じの辞表を取り出して、

「一応、けじめですから」

と言いつつ、自分のデスクの上に置いた。
これが、彼が常識の世界と永遠に決別した瞬間であることは言うまでもない。




『 8月 5日 晴れ』
   遂に訓練生達の中から脱落者予備軍が現れ始める。
   だが、残りの訓練生はモノに成りそうだ。
   これを受け、今日よりトライデント中隊の対使徒戦に於ける役割は、大きく変わる事と成った。
   期待のルーキー(?)時田博士の手腕に期待するとしよう。

大佐の主導による訓練が始まって早半月。その訓練内容は、かなりハードなものに成って来た。
それ故、既に半数以上の者が訓練について行けなく成って来ている。
そろそろ脱落者が出る頃だろう。
無論、彼らの社会復帰については何の問題もない。
受け皿と成る施設(名目上は孤児院)と各々の学校に編入する為の経歴の手配も既に整っている。
脱落と言う形式を取るのも、彼らの中に刷込まれた『兵士に成れなかったら未来は無い』という強迫観念に対応する為のものでしかない。
軍人として生きるか否か、それは彼ら自身が決める事なのだ。

などと、セルフ・ナレーションを入れながらも、彼らの訓練の視察を続ける。
注目すべきは、この過酷な訓練に適応している子達だ。
その熟達ぶりには目を見張るものがあり、既に一般人とは一線を画すだけの技量を身に付けている。
見込みの方大佐に聞いた所『最低でも10人は使えるようにする』との心強い返答が帰ってきた。
となれば、彼らの役割を対使徒戦に於ける情報収集役に限定するのは勿体無い。
ココは一発、威力偵察も行える様、トライデント以外にも専用機の開発を行うべきだろう。
とは言え、2014年で流通している貨幣は、2198年の現代では、額面の何倍もの価値を持つ骨董品。
大戦中のナデシコの経費の如く、湯水の様に用意するなど出来る筈もない。
そんな訳で、時代を通じて概ね一定の価値で取引される貴金属。金を持ち込むという線で計画書を作成した。
ところが………

「な、な、な」

「如何しました? どこか不備な点でも?」

「不備な点も何もありません。  一体なんなんですこの額は! 先進国の年間予算並の数字じゃないですか!」

怒りも顕にプロスさんが、盛大にゼロの並んだ電卓を俺に突きつけてきた。
その迫力は、某聖戦の後始末の為の予算を組む時と比べても遜色が無い程だ。
だが、此処で引く訳にはいかない。
彼が『オマエをコロス』とか言い出さない事を祈りつつ、俺は必死に抗弁した。

「いやその………なんせ向こうの世界じゃ、軍事兵器は馬鹿みたいに値が張るもんで。
 実際問題、戦闘機一機作るのにもエステバリス50機分の予算が掛かる事を考えれば、これは妥当なものなんじゃないかと………」

「なんと言われようと同じ事です!
 提督! 貴方はネルガルが、金の湧き出す魔法の壷を持っているとでも思っているんですか!」

「其処をなんとか」

「くどいですよ。
 第一、こんな金額に相当する金塊を持ち込んだりしたら、向こうの金相場が破綻しかねません。
 散々値崩れを起こした挙句、予定額の20%も回収出来なくなるのがオチですな」

その後も可能な限り粘り強く交渉を続けたが、色好い返事は貰えず終いに終わった。
嗚呼。これが戦時中、ブローディアを始めとする各専用機の開発に、国が二つ三つ傾く位の資金を注ぎ込んだ会社の熟れの果てかと思うと泣けてくる。
『金払いだけは良い』と言うキャッチフレーズも、もはや過去の栄光でしか無い様だ。
そんな訳で、俺は出し渋りを始めたネルガルに見切りを付け、新たなスポンサーを募る事にした。




   〜 二日後 2015年 第三新東京市某所某貸しビルの一室 〜

「涙は〜無い、涙は〜無い。明日に微笑みあるだけ。カムヒア〜、ダ○タン3、ダイ○ン3」

ワーク・ステーションの初期設定を行いながら、ラピスちゃんが上機嫌でアニソンを歌っている。
なんでも、火星から金塊を運び出して会社を設立する以上、BGMはこれで決まりなんだそうだ。
俺には良く判らない理屈だが、仮にもスポンサー様の御言葉である。
『ごもっとも』と頷くのが筋というものだろう。

「う〜ん。欲を言えば、火星から直接輸送船で乗りつけたかったな。それも120m級の奴で」

「おいおいラピスちゃん。たかがアタッシュケースに収まる程度の金塊運ぶのに、それは無いんじゃないか?」

「ロマンが無いな〜提督は。そんなんじゃ立派な悪の大首領に成れないよ」

そう。冷静になって考えてみれば、プロスさんの言う事はもっともなものだった。
市場の約15%分もの金の流通を一年以上に渡って止めたりしたら、ネルガルは企業としての立場を失いかねないし、
2015年の経済にも大打撃を与える事に成る。
そこで、アキトをネルガル筆頭株主の座に押し上げた名プランナーたるラピスちゃんに、
去年のクリスマスの奇跡を、2015年の世界で再現してもらう事に成ったという訳なのだ。
ちなみに、会社設立の為の資本金も彼女持ちである。
散々駄々を捏ねた所為か、プロスさんが金出してくれなかったもんで。

「それはそれとして。ホントに良かったの、資本金がたったこれだけで。
 あの時と違って、これに割ける時間がチョットしか無いし、この時代の勝手は判らないから、あんまり稼げないかもしれないよ」

『そのたったが、俺の年収30年分』と、言いたいのをグッと堪え、俺はラピスちゃんに事情を説明した。

「いや、これでも多すぎる位だよ。
 資金不足よりも、派手なデビューを飾ってネルフに目を付けられる事の方が問題だからな。
 そんな訳で、株操作に関しても、出来るだけ荒稼ぎに成らない様にして欲しい。
 当面は、トライデントの開発資金が稼げれば良い位の感覚でいてくれ」
 

「え〜っ、経済を裏から牛耳るんじゃないの。折角、悪の秘密結社なのに」

「それはもう先口が居るだろ? しかもそれは、自称人類を守る最後の砦だし」

「う〜〜〜ん」

なにやら神妙な顔で考え込むラピスちゃん。
おそらくは、ゼーレに取って代わる方法を模索しているのだろう。
だが、如何なる方法であれ、それを認める訳にはいかない。
何しろあのジーサマ連中ときたら、草壁並に独善的な上に、奴さんとは比べものにならないくらい倫理観が無いときている。
『朱に交われば赤くなる』という諺の見本の様なラピスちゃんを、そんな連中の世界に関わらせる事だけは絶対に避けねば成るまい。
内心の焦りをひた隠しにしつつ、俺は冗談めかした口調で話題の転換を試みた。

「それにしても、この金塊はどっから調達してきたんだい?
 正直言って、『小遣いが足りない』って、よく溢していた君とは思えない様な高価な品なんだが」

「そこはそれ、計画の為に使うって理由だから、アキト名義の株の配当金の使用許可が下りてるもん。
 それを使えば、この程度の金塊の買付けなんてチョロいものよ」

成る程ねえ。
そう言えばあの資金は、ホシノ君が厳重に凍結処理をしていたんだっけ。
それにしても、矢張りホシノ君の胸三寸で決まる事が多すぎるな。
信じていない訳じゃないが、彼女は『押すか押さないか』の選択を迫られた時、躊躇い無く『押す』タイプの娘だからなあ。
やっぱり、何か抑止力となるものが必要だな。

などと、俺がより良き未来を築く為の思索に耽っていると、それを嘲笑うが如く、ラピスちゃんが絶望的な現在について語り出した。

「そんな事より提督。近日中にタキシードを調達しといてね」

「タキシード?」

「ほら。工場の確保や物資の買付けに便利だからって理由で、株式会社にしちゃったでしょ。
 だから代表取締役の名前、提督にしておいたのよ」

湧起る嫌な予感を必至に押さえ込みつつ、俺は先を促した。

「そ…それとタキシードと何の関係があるのかな?」

「やだなあ、だからタキシードなのよ。
 ほら、会社組合かなんかの主催するパーティに出席する都合もあるし」

と、ラピスちゃんが瞳を輝かせながら力説している。
その姿が眩しくて、俺はそっと目を逸らしながら、

「代表取締役就任の件、保留にして置いてくれないか」

と、問題の先延ばしを図った。
見るからに落胆した様子のラピスちゃん
御免よ、俺は汚い大人なんだ。




   〜  翌日 火星駐屯地 司令官執務室  〜

   ガチャリ

「おはようございます、提督」

「(ポロン)アロハ〜」

   バタン!!

ん? 如何したんだナカザトの奴。
来たと思ったらイキナリ出て行くなんて。




   〜  15分後 再び火星駐屯地 司令官執務室  〜

「いったい何を考えているんです提督?」

不敬にも、心底情けないモノを見る目で此方を見詰めるナカザト。
その口調も、何時もの三流教師のヒステリーじみたものではなく、なんとなく可哀想な存在に対する労りの様なものさえ感じられる。
可笑しいな。俺としてはこう、敬意の目で見られる事を狙って行ったのだが。

「いや、ブルジョワな自分ってヤツを演出してみたんだが。(ポロン)似合わないか?」

「それでは、ブルジョワと言うよりコメディアンです」

「そうか? 俺の様な御茶目なタイプは、タキシードより断然コッチだと思ったんだがなあ」

かと言って、高層ビルの最上階からブランデーを片手に『愚民どもめ』なんて嘯くのは趣味じゃないし。
う〜ん。やはり社長役には、別の人間を立てた方が無難な様だ。
畜生。高かったんだぞ、このアロハシャツとバミューダショーツ。
ウクレレはマキ君からの借り物だけどさ。
あん〜ああ、ヤになっちゃうな。

「まっ、それはそれとして一曲どうだ?
 俺としては『小さな竹の橋で』辺りが御勧めなんだが」

「結構です!」

あん〜ああ、驚いたっと。




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