『11月22日 晴れ』
   明日の就職試験に合わせ、修羅道よりサイトウをサルベージ。その姿に暫し絶句する。
   四ヶ月前とは正に別人。
   一寸ばかり人間辞めちまっている様な気もするが、正に申し分のない仕上がりだ。
   教官ってのは、意外と北斗の天職なのかも知れない。

ヤマダとサイトウが修羅の門を潜ってから早4ヶ月。
二人とも、まだ如何にか冥府の門は潜らずに済んでいる様だ。
モーニング&ランチタイムが終ると、面倒臭そうに稽古を付けにいく北斗の姿が、それを証明している。
なんでも、一寸気を抜くと勝手に死にかけるんで、あの二人の御守りは気疲れするんだそうだ。
最近、頓に疲れ顔の北斗には悪いが、此方としては正に注文通りの展開である。
この経験は将来、シンジ少年の御守りをする時きっと役立つ事だろう。
まあなんだ。アマノ君ではないが、ヤマダやサイトウの御守りに比べれば、まだシンジ少年のそれの方が北斗だって楽しい筈………
あれ? ひょっとして、既に相当毒されてる俺?

身の危険を覚えつつも、脱線していた思考を元の命題へと戻す。
そう、サイトウの今後の予定についてだ。
北斗の情操教育用教材を務めるのも、今日で御終い。
今後は2015年世界への潜伏準備をして貰う事になる。
その手始めがネルフへの就職だ。
明日はその就職試験の日。サイトウの修行期間を今日までとしたのもこの為である。

そんな訳で、俺は彼らの棲む修行地へと赴いた。
駐屯地からジープで約1時間。嘗てユートピア・コロニーと呼ばれた地。
そこには現在、一寸した森が出来ている。
表向きは平和記念公園ということに成っているが、ハッキリ言ってそんな上等な物じゃない。
なにせこの森。地球の各地からやたらと送られてきた国交記念樹林を一箇所に纏めただけの物で、
公園と銘打ちながら、木々の手入れはおろか真っ当な道さえない所なのだ。
とは言え、フォッテンチットだかマイナスイオンだかの働きに代わりは無い。
ほんの10分ばかり歩いただけだと云うのに、日頃の激務が癒されていく。
開放感も相俟ってか、改めて、此処火星に愛着を感じている自分を発見する。
僅か半年足らず暮らしただけだと云うのに、もはや第二の故郷と呼んでも差し支え無い程だ。
だが、この火星が優しき大地であるのも、そう長い事では無い。
もう二〜三年もすれば開発が進み、道路公団や建設公団といった親方国家のヤクザ共がやって来て、さぞ騒がしくなる事だろう。
内心忸怩たるものがあるが、こればっかりは仕方あるまい。
発展と腐敗はワンセットの物と思って割り切るべきだろう。

   シャーッ

そんな物思いに浸っていた俺の心を現実に引き戻す様に、甲高い金属の滑掠音が鳴り響いた。
如何やら目当ての場所に着いた様だ。
視線を上げると、四ヶ月前同様、無数に張り巡らされたワイヤー郡が目に入る。
だが、その内容は全く別の物だった。

   シャーッ、シャーッ、シャーッ、シャーッ ………

滑車を伝い、サイトウの身体が縦横無尽に木々の間を飛び移る。
その姿は、当初予定されていた様なターザンモドキの物とは比較にならない。
着地から再着地までの切り返しのタイミングといい、滑空時のボディバランスのとり方といい、
あれなら撮影アングルによっては、合成無しで空を飛んでいる場面として使えるだろう。
速い。兎に角スピードが段違いに速い。
滑車から滑車へ移る時など、空中ブランコ宜しく本当に飛んでいる程だ。
しかも、遠心力を利用してか、更にスピードが上がっていき、

   シャーッ、………バキッ、ボキッ、ベシャッ

遂には滑車を掴み損ね、宙に放り出されるサイトウ。
いやはや派手な空中ショーだな。特に最後のオチは美味しい………って、ちょっと待て。
しまった。今のは常人にとっては即死しかねないレベルだった。
ヤマダに毒されインフレ気味だった感覚を悔やみつつ、サイトウが落ちた場所へと駆け寄る。
頼むぞ。せめて生きていてくれ………って、あれ?

「あっ、提督。久しぶりですね」

何事も無かったかの様に、挨拶などしてくるサイトウ。
その身体にはアチコチ引っかき傷が出来ているものの、それ以外の異常は見当たらない。

「お…お前、さっき派手に墜落しなかったか?」

「やだなあ、見ていたんですかアレ。いや、みっともない所を」

嗚呼、照れ臭そうに苦笑までしているし。
何故だ。さっきのは、ハーリー君でさえタンコブが出来るレベルの衝撃だった筈。
これも修行の成果? たった半年足らずで、人間の耐久力ってのは此処まで上がるのか? 
おいおい、北斗。お前はコイツに何をしたんだ。

疑念が激しく胸に渦巻いていくが、それを尋ねる度胸が俺には無い。
仕方なく、昨今頓にスペースを拡大してゆく心の棚にそれを放置。
何事も無かったかの様な態度を装いつつ、当初の予定通り、約束の日が来た事を告げた。
地獄からの開放に手離しに喜ぶかと思いきや、何故か神妙な顔になるサイトウ。
暫し逡巡。そして、今回の作戦に於ける自分の戦死の可能性を語った後、

「俺を…俺を西欧州の…メスティ=テアの眠る地へ連れて行って下さい」

振り絞る様な声音で、メティちゃんの墓参りがしたいと言い出した。

「虫の良い願いなのは判っています。ですが俺、悔いを残したくありません」

真っ直ぐな瞳で此方を見据えつつ、尚も言い募るサイトウ。
如何やら、本気で過去の清算を行うつもりの様だ。
良し。そういう事なら是非も無い。

「判った。なら、ナオと一緒に行くと良い。
 アイツもメティちゃんの一周忌に合わせて、来月の頭に里帰りする事に成っている」

これを切っ掛けに、少しでもサイトウの………そしてミリアさんの心の重荷が減ってくれれば。
そう願っての薦め。だが、サイトウは力無く首を振り、

「俺には、その資格がありません」

小さく。だが、決然とそう答えた。

「そうか」

言われてみれば、確かにお前の言う通りだな。
メティちゃんの命日に、余計な事を持ち込むべきじゃない。
もしもあの当時、サイトウにこういう気遣いか出来るだけの心の余裕があったなら………
いや止そう。所詮は繰言に過ぎない。

「話は終ったか?」

沈黙の帳が降りてから、一体何分が経過しただろうか?
何時の間にか、俺のすぐ後ろに北斗が立っていた。
どうも、俺達の間で暗黙の了承が成立するのを、律儀に待っていてくれた様だ。
ジープの後部座席に自転車を乗せつつ浮べる苦笑が、それを肯定していた。




   〜  20分後  〜

「ちっ。ジープってのは随分と鈍臭いんだな。
 何時もだったら、もう駐屯地に着いている頃合だってのに」

ジープの劣悪な乗り心地に飽きたのか、北斗が不平を洩らしだした。
半年前なら背中に冷たい汗が流れた所だろうが、今はその仕種に微笑ましささえ感じる。
そう、これは長時間の乗車に飽きた子供と同じモノなのだ。

「おいおい、そりゃ当然だろ。
 片や、とっくの昔に耐用年数をオーバーしたセコハンジープ。
 片や、ウリバタケ班長が心血を注いで造ったスーパー自転車『百花繚乱』
 この二つを比べる方が間違っている」

「そうですよ師匠。あれに注ぎ込まれた技術は只事じゃありません。
 成型が困難な事で知られる超軽量マグナムスチールで組まれたフレームに、特許出願中の新素材を使ったノーパンクタイヤをはめ込む事で、
 MAX355キロの走破性能を実現したモンスターマシン。
 正に、太陽系に二つと無い逸品です」

「そうか」

サイトウのフォローもあって、狙い通り一寸得意げな顔になる北斗。
そして『先に行く』と言い残し、自慢の玩具で駐屯地へと先行していった。
アッと言う間に見えなくなるその後姿に、思わず微笑を誘われる。
良いねえ。世知辛い昨今の世にあっては、もはや絶滅危惧種とも言うべきあの純粋さ。
近頃では、同じ資質を持ちながら物事をネガティブに捉えがちなアキトや、ああ見えて実は結構ブラックストマックな枝織ちゃんよりも、
ずっと取っ付き易いと感じる位だ。
もっとも、あくまで安全地帯に居る限りはって注釈が付くんだけどね。




   〜  更に40分後  〜

北斗に遅れること約30分。
俺達も漸く駐屯地に到着し、その足で日々平穏へと向う。
夕食には少々早い時間帯だが、サイトウにせっつかれたのだ。
まあ、今日まで某訓練生達よりも劣悪な食生活を送ってきた(何せ自生する木の実等しか食料が無い)身としては当然の反応だろう。
ん? そう言えば、俺はまだ就業時間中だった様な………まっ、黙っていれば判りゃせんだろ。

「いらっしゃ〜い。
 あっ、ターさん着いたんだ。丁度良かった、今…………」

「いただきます!!」

神速の動きでカウンター席まで踏み込み、用意されていた中華粥の丼に飛び付くサイトウ。
その飢餓感の前には、見ず知らず(?)の女性にいきなりターさんと呼ばれた事など如何でも良いらしい。
この辺、これまで潜った死線の数を窺わせるモノがある。
我に帰った枝織ちゃんに丼を取り上げられ、平謝りに謝る姿も流石と言えよう。
自分より強いか否か。それ以外の瑣末事には疑問を挿し挟まない。
それがDEAD OR ALAVEの世界に生きる者の掟。
そう。遂に泣き落としを始めたあの姿こそ、実は彼女の強さを正確に感じ取れる猛者の証なのだ。

二人の攻防を眺めつつ、俺は明日に控えたネルフの就職試験の事に思いを馳せた。
無論、合格の為の体制は万全である。
偽造受験票や偽造推薦状は言うに及ばず、試験の問題用紙とその模範解答も入手済み。
後は解答を覚えるだけ。正に完璧だ。
あえて懸念材料を挙げるとすれば、足切りラインが85点前後と結構高めな事くらいか。
過酷な修行の副作用で、記憶能力が著しく低下していないと良いのだが。

漸く丼を再ゲットし、欠食児童の様な勢いで中華粥を啜るサイトウの姿に、一抹の不安が胸を過ぎる。

「なあサイトウ、明日は何の日だ」

「何って、(ズルズル)就職試験の日じゃ(ズルズル)なかったんですか?」

良かった。取り敢えずは正常の様だ。
唯一の懸念材料が杞憂に終わり、ホッと一息つく。
だがその夜、それを嘲笑うかの様な事態が勃発した。

「サイトウ、35点だ」

夕食後、対就職試験用の勉強会。
手始めに素のままで試験を受けて貰ったら、その結果がコレだった。

「ちょ…一寸待って下さい。幾らなんでも、そんなに低い訳ないでしょう」

黙って答案用紙と模範解答を差し出す。
正直、今は胃の痛みを堪えるのだけで精一杯。

「何故だ。こんな答えに成る筈が無い」

そんな俺の神経を逆撫でする様に、答え合わせをしつつグダグダと不平を並べるサイトウ。
元は本職。それも一流を自認する腕。おそらく間違った事は言っていまい。だが、

「シャラップ!
 ぶっちゃけありえない答えだろうが何だろうが、それが模範解答なんだよ。
 頭の中カラッポにして、そのまま丸暗記しろ」

「そうは言っても、絶対おかしいですよ。
 例えばこの問題。これなんて、スティングレイの法則上あり得ない………」

「お前なあ。2015年の段階じゃ、まだ生まれてもいない博士の法則を持ち込むなよ」

はあ〜っ、長い夜に成りそうだ。




『12月 2日 晴れ』
   今日、メティちゃんの一周忌に出席する為、ナオが正規のルートで西欧州に里帰りした。
   これと入れ替わりになる形で、さる凶人が我が駐屯地にやってきた。
   ううっ、もうヤダこんな生活。

「それじゃあ行って来ます」

搭乗手続きを終え、ナオが出立の挨拶をしてきた。
久しぶりの帰郷。久しぶりのミリアさんと再会。
にも拘らず、その顔には浮かれた様子は微塵も見られない。
だが、それも無理からぬ事だろう。
メティちゃんの一周忌。しかも、アキトが居ないのだ。

「おう、ミリアさんに宜しくな。
 ああそれと。例の件、ちゃんと彼女に話してくれよ」

「判ってますよ」

途端に不機嫌全開な顔になるナオ。
だが、敢えて不平を述べたりはしなかった。
これは、サイトウが死力を尽くして勝ち取った成果である。

事の起こりは、サイトウが社会復帰を果したあの日に遡る。

『俺から一本取ったら許可してやる』
墓参りの件を打診した際、ナオが出した条件がコレだった。
組み手の訓練にかこつけて、大義名分付きで甚振るつもりなのは疑う余地が無い。
実際、毎回ボコボコにされ、瀕死の状態に成ったものだ。
それでも次の日には復活し、再び挑戦の場へと立つサイトウ。
その姿は、涙無くして語れないモノがあった。いろんな意味で。

嗚呼、ナオだって当初は、単に覚悟を見たかっただけだろうに。
なまじホイホイ復活するもんだから、もう完全にムキに成っちゃって。

そんなこんなで一週間後。
噂を聞きつけてやってきたラピスちゃんが、一部始終をハンディカメラで嬉しそうに撮影する姿と相俟って、
(何でも、コミニュケの記録画像では、市販品のモニターじゃ見れないんで、友達に自慢できないんだそうだ)
既にギャグ漫画の世界へと堕した二人の戦いは、一発のラッキーパンチによって幕を閉じた。
散々悪態を吐き、喜びに浸るサイトウを蹴倒し、その懐から壊れたサングラス代を徴収。
そして、気絶したサイトウに向って『ミリアが良いと言ったらな』と不貞腐れた様に言い捨てた後、逃げる様に立ち去るナオ。
いい歳こいて、捻くれたガキ大将と変わらない態度である。
まあ、気持ちは判らなくもないがね。

「あっ。言っときますが、アレは大サービスで当った事にしてやっただけ。
 実際は、一寸コレのフックが甘くなっていただけッスよ」

俺の顔色から何を考えているのか察したらしく、サングラスを指差しながら必死に弁明を始めるものの、

「確かに、その通りだな。
 決め手に成った例のショートアッパー。チョッと気に成ったんでコマ送りで確認して見たんだが、お前の『顔』には当っていなかったぞ」

痛い所を突かれ、いじけるナオ
そのまま、『グラサンは、顔の、いちぶ〜です』と、調子パッズレの歌を口ずさみながら搭乗ゲートへと消えていった。

結構、それでこそナオだ。
多少ショボクレていたって、ミリアさんに会えば瞬時に回復するだろうから問題ない。
かくて、似合わないシリアスモードから元の戦うコメディアンに戻った後姿を見送った後、今度は迎えにきた者について想いを馳せる。

そう。本日、サンジェルマンより新たな人材が参戦する。
彼の名はワシズメ マサキ。
本職は戦闘機のパイロットだが、それ以外の機動兵器の扱いにも一流の腕を持つ逸材だ。
訓練生達が基礎訓練を卒業した後、彼には機動兵器戦の教官を務めて貰う事になる。
ちなみに、彼はマツモト女史曰く『最悪の社会不適合者』らしい。
だが、初対面のイメージは殊勝なモノだった。
来年の頭からで構わない所を『早く職場に慣れたいから』と言って早めに参戦してくる辺りも好感が持てる。
実力に於いても文句の付けようが無い。
なんせエステの模擬戦で、アカツキに勝っちまった程の腕なのだ。
いや実際、あの時は我が目を疑ったものだ。
あれでもアカツキは、太陽系で5本の指に入るエースパイロット。
慣れないノーマル機だった事や、舐めて掛かっていた所為で機先を制された事を考慮しても、驚異的な成果と言えよう。
う〜ん、判らん。一体何が問題なんだろう?

「御久しぶりです提督」

30分後。件の人物が、入国審査を終えてやって来た。
大荷物を抱えている所為で、普段の伊達男ぶりが打ち壊しに成ってるが、これはまあ仕方あるまい。
実際問題。あの娘達の様に、手ぶら同然で引越し先に来る方が特殊なケースと言えよう。

「良く来てくれたな、ワシズメ大尉」

「あっ。やだなあ、その他人行儀な呼び方。
 これからやるのは云わば御祭りで、俺もその参加者でしょう?
 もっとこうフレンドリーな感じで、親しみを込めてマサキと呼んで下さいよ」

荷物をジープに積込ながら、アカツキのそれよりも更に軽量化された軽口を叩くマサキ。
実際、彼の言動はティッシュペーパー並に軽薄な物。だが、不思議と嫌な感じはしない。
これもまた、一つの才能だろう。
ちなみに、サンジェルマンでの職種は、送迎車の運転手&各種イベントの司会。正に天職である。

「判った。それじゃマサキ。
 今後キミの立場は、非公式ながらウチのパイロット達と同じモノとなる。
 本来の仕事が始まる来年まで、試運転も兼ねて彼女達と同じ訓練を受けてくれ」

「彼女達?」

「現在、ウチの唯一の男性パイロットは、とある理由で特殊訓練中でな。
 今、駐屯地に居るのは女性パイロットだけなんだ。
 ああ言っとくが、だからって舐めて掛かったら痛い目に合うからな。
 彼女達は全員、先の大戦を戦い抜いた猛者。間違っても、某ロンゲの様に甘くは無いぞ」

「いや〜、望む所ですよ」

そう言ってヘラヘラと笑うマサキ。
だが、その目は己の名字の如く、獲物を狙う猛禽ものだった。
それを頼もしく感じる俺。今思えば、余りにも間抜けな話である。
俺が暢気に構えていられたのは、その日の午後までのこと。
そう、彼は本当に獲物を狙っていたのだ。

「「「キャ〜〜〜ッ!!!」」」

昼食を終えて執務室へと帰る途中、突如響き渡る三重奏。
否、若干だかズレているから輪唱か。何れにせよ、只事ではなさそうだ。
取り急ぎ、叫び声の聞えた方に向う。
その途中、曲がり角でマサキと衝突しそうになった。

「ととっ、すみません提督」

謝罪の言葉を残しつつ、脱兎の如くその場から消えるマサキ。
それに遅れること数秒後、今度はスバル君達と出くわした。

「提督! 新入り見なかったか?」

出会い頭に切り口上で誰何してくるスバル君。
何だか知らないが、三人ともかなり怒っている様だ。

「マサキなら先程すれ違ったが、何かあったのか」

内心、殺気立つ三人の気勢にビビリつつも、平静そのものの顔で返答。
自慢じゃないが、この手のポーカーフェイスには成れている。

「何かあったかだって! え…え〜と、そのなんだ。アリサ、代わりに言ってくれ」

「私だって口にしたくありません。ああ、汚らわしい」

「武士の情け。如何か聞かないでやって下さい、提督。
 そんな事より、あの奸賊めは何処へ?」

いや、俺は武士じゃなくて軍人だし。
とゆ〜かそれ以前に、言葉使いが可笑しく成っちゃってるぞ御剣君。
嗚呼、只でさえ堅い性格だったのに、あり余る暇に任せて池波正太郎なんか読むもんだから………
困惑を押し殺しつつ俺がマサキの向った方向を指差すと、彼女達は獲物を追う肉食獣の如き勢いで三叉路へと消えていった。
う〜ん、一体如何したんだろう?




 〜  更衣室  〜

「きゃ〜っ、痴漢よ!!」




 〜  大浴場  〜

「きゃ〜っ、ノゾキよ!!」




 〜  洗濯場  〜 

「きゃ〜っ、下着ドロよ!!」

次々と齎される凶報の数々。
事此処に至り、俺は漸くマツモト女史の言葉の意味を理解した。
直ちに全軍に非常事態宣言を発令。だが、被害は拡大の一途を辿っていく。
しかも、相手は矢鱈滅多ら身が軽く、安全保障委員たるナオを欠く現在の陣容では、到底捕まりそうも無い。
そして、遂に某同盟メンバーの理性が飛び、あわや大惨事発生かと思われたその時、

「たっだいま〜!」

終業時間を告げる鐘と共に、皆が待ってた枝織ちゃん登場。
かくて、その5分後。彼女の活躍により、夕暮れの駐屯地を震撼させた怪人は、見事生け捕りと成ったのである。

「何か言い残す事はあるかしら?」 

ドライアイスよりも冷たい声で、そう宣うエリナ女史。
周りを固める被害者達の視線も、既に氷点下を下回っている。
にも関わらず、奴の態度といえば全くの自然体。
暖簾に腕押しとばかりに平然としたモノだった。
その挙句、

「マアマア、その辺で勘弁してやんなよ。ヤツもきっと反省しているさ」

「貴方に言っているのよ!!」

あまりの言い草に、氷点下から一気に沸点を越えたエリナ女史の絶叫が鳴り響く。
だが、ワシズメは欠片もめげる事無く、

「OH、SHTI。俺としたことが、貴女の様な美人の言葉を聞き間違えるなんて!
 御詫びの印に、如何です? 今宵、海岸ひっそりと佇む優美なホテルでディナーなど。
 こう見えても顔パスなんですよ、俺」

「………如何してくれるのよ。極楽トンボよりもタチが悪いわよ、コレ」

「スマン。俺が悪かった」

エリナ女史の嘆息に、俺は只、謝罪する事しか出来なかった。

「え…え〜と。それで、コイツの処分は如何するんだい諸君。
 生憎、例の御仕置部屋は此処には無いわけだが、この機に新設するかね?」

   シ〜ン

返ってきたのは静寂のみ。
如何も、今もってヘラヘラと笑っているワシズメ大尉が相手では、アホらしくて怒る気にも成れない様だ。
とは言え、このまま無罪放免にする訳にもいくまい。
そう。被害者達が匙を投げた以上、この一件の処遇は、俺が決めねば成らない。

「さ〜て、一緒に来て貰おうかワシズメ大尉。暫くの間、素敵な別荘に御招待だ」

そんな訳で、奴さんの拘束服の端を引っつかみ、そのまま独房へと引き摺っていく。
ウチだって一応は軍隊。これ位はやらないと示しがつかない。

「イタタタ。そんな引っ張らないで下さいよ提督。それに、俺の事はマサキと呼んで………」

「悪いが、お前さんとは一寸距離を置きたくなった」

「そりゃ無いでしょ提督〜!」

それは俺のセリフだよ、まったく。




『12月21日 晴れ』
   メティちゃんの一周忌に遅れること2週間ちょっと。
   今日、サイトウと連れ立って、メティちゃんの墓参りに出かけた。
   許可を得るべくテア家を訪問。無論、ミリアさんは快く承諾してくれた。
   メティちゃんの墓前にて、真摯な祈りを捧げるサイトウ。
   贖罪の時。そして誓約が成された瞬間である。
   それに触発され、俺も一つの誓いを立てた。
   アキトを連れて、再び此処へ訪れる事を。




『12月26日 晴れ』
   今日、第三東京市第一中学校の例のクラスから協力者を募った。
   来年度に於ける、カヲリ君の学生デビューに合わせての人事である。
   改めて新協力者のプロフィールを確認。一抹の不安が胸を過ぎる。
   う〜ん、本当に彼で良かったんだろうか?




スカウトF 相田ケンスケの場合

   〜  2014年 ダークネス秘密基地の仮設大首領室  〜

「ム〜、ム〜、ム〜」

「ちぃ〜す。御注文の品を御届けに参りました」

如何にもダルそうな声で挨拶しつつ、ナオが首領室に入ってきた。
その肩口には、蓑虫縛りのロープに手拭の猿轡という、古式ゆかしい人質スタイルに身を固めた相田少年が担がれている。
失笑しそうになるのを堪えつつ先を促す。

「御苦労。それじゃ梱包を解いてくれ」

「う〜す」

俺の注文を受け、ナオはドサリと担いでいた少年をソファの上に転がし、ナイフ一閃、ロープと猿轡をバラバラに切り刻んだ。
当然、彼の身体には毛筋程の傷さえ負わせてはいない。
一瞬、身体の自由が回復した事でホッとした顔になったが、すぐに現状を認識したらく、今にも泣きそうな顔でガタガタと震えだす相田少年。
良し良し、正に注文通りの反応だ。

『悪役とは、折に触れてのデモンストレーションの質によって格が決まる』
これぞ、実に数百本ものアニメ&特撮物を見続けた末に、俺が開眼した真理である。
そう。彼のエスコートをワザワザ拉致っぽく演出したのは、その方が悪役らしいからなのだ。

「さて。手荒な真似をしてすまなかったね」

顎を杓ってナオを退室させた後、普段より音程を下げた渋い声音で話し掛ける。
これも、悪の秘密結社らしさをアピールする為の演出だ。
相田少年の反応は至って良好。
俺の稚拙な演技でも、舞台装置と前フリの御蔭で抜群の効果を挙げている。
内心その反応に"してやったり"といった感じの充足感を覚えつつ、俺的には精一杯の大物ぶった態度をとりつつ話を進める。

「という訳で、君を我が組織のスパイとして徴用する」

無論、意味も無くこんな事をやっている訳じゃない。
彼に行って貰う役割は、適格者候補生向けのスポークスマン。
ぶっちゃけて言えば、ネルフとダークネスの双方を好き勝手に批判する、タブロイド的な情報通なのだ。
だがこれは、ネルフに目を付けられる可能性の高い行為。
しかも、彼は時田博士とは異なり、『表向きには死んだ事にする』とういうネタの使えない立場(チルドレン候補生)の人間でもある。
そんな訳で、様々な協議の結果、彼には裏面の事情を話さない事になった。
これはイザという時『相田少年、ネルフに捕まる』→『詳しい事は知らない。ダークネスも悪役っぽく彼を見捨てる』→
『適当な理由を付け、北斗もしくはサイトウの手で救出』という、彼の安全を確保するシナリオの為である。
つまり、この一連の茶番は、彼と一定の距離を保つ為の行為。
相田少年にとってダークネスは、あくまで恐怖の対象でなくては成らないのだ。

とは言え、薬も過ぎれば毒となる。
何より、こうも萎縮されたままでは、話の大筋の部分さえ飲込めるか如何か疑わしい。
かくて俺は、威圧という名の鞭を引っ込め、アメの話へと話題を移した。

「ああ、そう難しく考える必要は無い。
 就業内容は至って簡単。それも、君なら頼まれるまでもなく自発的にやっていた筈の事だよ」

それまでの重厚さを捨て、一転してフランクな調子。
平たく言えば、俺の本来の語り口で話を進める。

「来年の新学期。君のクラスに、とっても美少女な転校生がやってくる。
 そして、君の主な仕事は、その娘の卒業までの学園生活の撮影なんだ」

「成る程。転校生、それも美少女となれば、確かにそう成りますね。
 それで、その娘と言うのは、やはり敵対組織の人間なんですか?」

それにつられてか、相田少年はアッサリと素に戻り、好奇心全開な瞳を此方に向けてきた。
凄いな。ヤマダ顔負けの立直りの早さだ。

「いいや。寧ろ、その逆だよ」

「と、言いますと」

「実は彼女、ウチの組織のスポンサーの御孫さんでな。
 有り体に言えば、君をスカウトする事に成ったのも『カヲリの近況を常に知らせろ』とのスポンサーからの御達しがあったからなんだ」

「は…はあ」

困惑しつつも思案顔の相田少年。如何やら裏面の事情を模索しているらしい。
まあ確かに、幾ら常識外の組織のやる事とはいえ、少々度が過ぎているからな。
実は100%事実と知ったら、どんな顔をするだろうか?
おっと、それが判る様では困るんだったな。仕方ない、誤魔化しを兼ねて少し脅すとしよう。

「そんな訳だから、基本的には危険は無い。
 君が警戒すべき事は、彼女の機嫌を損ねる事のみと思ってくれ」

「あっ、それは大丈夫です。俺、女の子に嫌われるのは慣れてますんで」

「残念だが、事はそこまで甘くない。
 なにせ彼女は、我が組織でも五本の指に入る戦闘力の持ち主。君の言う『女の子』とはモノが違うよ」

これも百パーセント事実である。
なにせ彼女、あの北斗を手玉に取った事もあるのだ。
と言っても、実質的には戦闘と呼べるものでは無く、ATフィールドと短距離ジャンプを駆使して、鬼ごっこ宜しく逃げ回っただけなんだけどね。
ちなみに、主力武器であるこの二つを封じた状態では、御剣君と互角程度の戦闘力しか無かったりするが、
それでも、一般の中学生の目から見れば充分無敵レベルの筈。随って、そう誇大広告には成らないだろう。

「なんと言うか、普段の性格は温厚そのものだから大丈夫だとは思うが、それだけにイザという時の怒りは凄まじいからな〜
 まあその〜なんだ。彼女の機嫌を損ねる様な事をした場合、その経験を次回に生かす事は出来ないものと思ってくれたまえ」

もっとも、ナデシコ整備班の面々が能々と今日を生きている事を考えれば、そんな事はまず無いだろうがね。

「そうですか………」

再び相田少年の顔に緊張が走り、次いでドンドン真っ青に成っていく。
どうやら思い当たる節が幾つもあるらしく、最悪の事態がフル回転で頭を駆け巡っている様だ。
今にも自滅しそうなその顔から鞭の効き過ぎを悟った俺は、再びアメを差出した。

「無論、その苦労に見合うだけの報酬は支払うつもりだ。
 彼女を撮った写真は、君が普段学校で販売している値の3倍で引き取らせて貰うし、撮影に使用するフィルム代も、必要経費として此方で持つ。
 それと、カメラを始めとする機材に関しても、申請が認められれば、無料で君に貸与しよう」

「ほ、本当ですか! あ…でも、申請って?」

「俺にはその手の事がサッパリ判らんので何とも言えんのだが、
 ウチの組織で一番カメラに詳しい人間に言わせると、ヘタクソに高価なカメラを持たせても、
 機能に振回されて、かえって写真の質が落ちるそうなんだ」

と言いつつ、幾枚かの写真を彼に差し出す。

「ちなみに、これがその人物の撮った写真だ。
 これと同じだけの物が撮れるなら、君の申請は無条件に通ると思ってくれて良い」

「こ…これは!」

貪る様にそれらを眺める相田少年。
俺には全く判らないが、彼の目には相等凄い物だと映ったらしい。
その顔には、もはや崇拝の念すら浮かんでいる。
結構。これで彼は、二重の意味で此方の手駒と成った訳だ。
彼が正気を取り戻す頃合を見計らい、駄目押しとばかりに更なるチップを積む。

「ああそれと。コッチの封筒は君への契約金代わりに用意したモノで、年明けに第二(新東京市)で行われる
 バトル・ディ(一般人への公開を前提にした模擬演習。過去の有名な作戦を再現したものが多い)のS席チケットだ。
 各種交通機関の切符は勿論、昼夜の飯代程度だが現金も同封してある」

「う…嘘? マニア垂涎のプラチナ・チケットが何故!? 嗚呼、夢ならこのまま覚めないでくれ〜〜〜っ!!」

ふっ。なにせマーベリック社は、軍事産業に多大な出資をしている大手証券会社だからな。
この手のチケットは、黙っていても送られてくるという寸法。
彼が今感動に打ち震えているモノも、実は、10枚以上も送られてきた物の一枚に過ぎなかったりする。
………やな世の中だよなホント。

会社というモノに関わった御蔭で、機せず知ってしまった世間の裏事情に心が荒む。
だが、感傷に浸っている暇など俺には無い。
冷静さを取り戻すべく、軽く深呼吸。
その後、相田少年が落ち着くのを見計らい、笑顔の仮面を被りつつ話を締めに掛かる。

「如何やら気に入って貰えた様だな。
 それでは、新学期からの任務に備え、先ずは英気を養ってくれたまえ」

「はい!」

満面の笑みを湛えつつ、元気良く返答。
此方を見詰るその瞳には、もはや一欠けらの疑念すら見受けられない。
良し良し、完全に油断しているな。

「それでは、ごきげんよう」

別れの挨拶を済ませた後、徐に手元のスイッチを押す。

「うわ〜〜〜!」

座っていたソファーの床が抜け、奈落へと落ちて行く相田少年改めダークネス現地工作員ケンスケ君。
下では防災マット&催眠スプレーが待ち受けており、彼の意識が途絶えたのを確認した後、自宅のベットへと搬送する手筈に成っている。

ふっ、しかしなんだな。図面で見た時には馬鹿馬鹿しいと思っていたが、やってみると頗る楽しいなコレ。




『12月31日 晴れ』
   本日で基礎訓練は総て終了。
   それに伴い、今日で訓練生………
   いや、トライデント中隊(カンパニー)の面々は、2015年の世界と決別する事になる。
   例の三人と共に、大首領室にて最後の模擬戦を観戦する。
   皆より一足先に任官した紫堂士長も、病院でこの戦いを見守っていることだろう。
   頑張れ、トライデント中隊!!

   

今年も余す所、後12時間。
そして、熾烈を極めたこの模擬戦も、これが最終決戦となる。
思えば長い道のりだった。




   〜  41日前。模擬訓練2日目  〜

「つ〜ワケで、今日から本格的に模擬戦を開始する訳だが。
 喜べ諸君! 諸般の事情から、今日からの相手は、私とハッちゃんの二人だけだ。
 これなら生き残るチャンスは充分にある………って、こらこら。何やってんだソコ!」

見れば何人かの訓練生達は、エクセル君の訓示そっちのけで、自分の制服に頬擦りをしていた。

「何って、新しい制服の柔らかな感触を堪能していたに決まってるだろ」

振り返りもせずに無茶な答えを返す鷹村訓練生。
まあ彼にしてみれば、その嬉しさも一入なのは判らなくも無いけどね。(笑)

「柔らかって。防刃ジャケットがフワフワなワケ無いしょ。柔軟材だって使っていないし」

「良いだろ。要は気分の問題なんだよ、気分の」

「まっ、好きにしな。それじゃあ今から一時間後。10:00をもってアタックを開始する。解散!」

かくて8時間後。18:00の定時をもって訓練終了。
今回は過半数の訓練生が合格。事実上、失格したのは致命的な隙を作った未熟者だけ。
正に絶妙な難易度だ。
ちなみに、前述にて語られた感動屋達は、全員が眉間にヒットされ死亡した。
うんうん。同じ失格でも、これなら彼らも本望だろう。
ホント。良い仕事をするよな、あの二人。

教訓『人の話はキチンと聞きましょう』




   〜  訓練5日目  〜

「ちっ、今日も死んじまったか。やってられね〜ぜ、まったく」

不貞腐れつつベットに寝転がる鷹村訓練生。
そのまま寝返りをうった先で、同じくベットに寝そべりつつ読書に勤しむ春待訓練生と目が合う。

「あれ? ナニ読んでんッスか姐さん」

「ああコレ? 戦術指南書よ。なんか良い手が無いかと思ってね。
 なんせ毎日が実戦の現状じゃ、筋トレの類は、やっても逆効果になる可能性の方が高いもの。
 この状況で戦闘力を上げるには、疲れを残さない範囲での技能訓練かココを鍛えるしか無いって訳よ」

と、人差し指で自分のおでこを突き、次いで窓の外を指差す春待訓練生。
その先には、黙々と射撃練習に励む浅利訓練生の姿が在った。

「まっ、俗に言う『努力なくして勝利なし』ってヤツかしらね。
 強く成りたかったら、貴方も時間を有効に使いなさい」

「なるへそ。でもよ、何やったら良いんだ俺?」

「う〜ん、そうねえ。アッチのグループに混ぜて貰うってのは如何?
 丁度メンツが足りないみたいだし、『瞬間的判断力を鍛える』って意味じゃ、アレも結構有効よ」

と言いつつ指差した先では、絵に書いた様なポーカーフェイスを浮べた三人組が、カード麻雀で三人麻雀をしていた。

「いや、俺、ルール知らね〜し。
 って言うか、ヤダぜ俺。あのギスギスした輪の中に入っていくの」

「そう。じゃ、私とオセロでもやってみる?」




「だあ〜、また負けちまったぜ。これで、ひのふのみの………17連敗だぜ、チクショウ!」

二時間後。見事に真っ黒に成った盤上を引っ繰り返しながら、鷹村訓練生は不貞腐れた様な嬌声を上げた。

「そ…そうね」

辛うじて合いの手を入れる春待訓練生。
その頬の端は引き攣っており、目も、何処か虚ろに遠くを見詰ている。
無理もない。ハンデとして、先に一枚好きな所にシロを置かせての勝負。普通なら圧倒的に有利な条件下。
にも拘らず鷹村訓練生は負け続け、置石の数を三つに増やした状態で尚、既に五連敗中なのだ。

「それじゃ、置石を四つにするわね! いい、四つよ!」

「な…なにエキサイトしてるんッスか姐さん」

「いいから四! この数字に注目する!」

判る、判るぞ春待訓練生。
幾らカンと度胸で勝負するタイプの子と言っても、物事には限度ってモノがある。
せめて、まず四隅に石を置く位の知恵が欲しいよな、この場合。

教訓『頭は生きてるうちに使いましょう』




   〜  訓練9日目  〜

「つ〜ワケで、ハッちゃんがマーベリック社にヘッドハンティングされちゃったもんで、今日からこの馬鹿が諸君らの相手を勤める」

いきなりな展開に困惑する訓練生達。それを勝手に同意と受取り、

「うんうん、判ってる判ってる。諸君らもさぞ辛いことだろう。私としても思いっきり不本意だ。
 だが、これはもう決定事項なんだよコンチクショウ! だ〜もう、責任者出てこい!!」

更に全身で不満をアピールするエクセル君。やはり、この二人は相性が悪いらしい。

「あの。前から不思議に思ってたんですが、なぜ綾杉教官の呼び名がハッちゃんなんですか?
 普通チハヤなら、チーちゃんに成ると思うんですけど」

なんとか場を和ませようと、春待訓練生が話題の転換を試みる。だが、

「そこ! 重箱のスミを突く様な真似はしない! ハッちゃんはハッちゃん、それで良いじゃないか」

不幸にも、コレは触れてはいけない事だった。

「あっ、カスミ知ってますよ。  たしか、ちーちゃん先輩と呼び名が被るんでハッちゃん先輩に成ったんですよね」

「ちーちゃん? 知らないなあ。何処のドチラ様だったけ?」

すっ呆けるエクセル君。
だがそれも、場の空気を読む事を知らないカスミ君には通じない。

「やだなあ、エクセル先輩。
 自分より二つも年下のちーちゃん先輩が、寿除隊して北海道の某温泉旅館の女将に成ったからって僻んじゃって」

「ははははっ………… 喜べガキ共! 今日の模擬戦は19対1だぞ。
 なんか気分がハイなんでチョットだけ本気に成ったりもするが、シッカリ生き残れよ」

一頻り乾いた笑いを振り撒いた後、エクセル君の顔から一切の感情が抜け落ちていく。
こうなったら最後、もう手の付け様が無い。

「ど…如何しましょう。何故かは判りませんが、本気で先輩を怒らせちゃったみたいです。
 このままじゃポイントを失う所か、事故に見せかけてポックリ消されちゃうかもしれません」

さり気無く訓練生達の間に紛れ込みつつ、その危険性を吹聴するカスミ君。

「マ、マジかよ………って、一寸待て! ナニさも当然の様に味方顔してんだよアンタ!」

「ひっど〜い。私達……」

「だ〜もう! イイからアッチ行け、この疫病神。俺達に近付くな〜っ!!」

かくて、訓練生達は二度目の全滅を喫した。

教訓『不用意な発言は慎もう』




   〜  訓練15日目  〜

「つ〜ワケで、喜べ諸君! 漸く上申が認められ、あの馬鹿はリストラされる事に成った」

満面の笑みを浮べつつ、そう宣うエクセル君。訓練生達の間にも、安堵の空気が流れている。
かく言う俺自身、この人事に胸を撫で下ろす者の一人だったりする。
なんせこの六日間だけで、訓練生達は四回も全滅しているのだ。
理由は、敢えて述べるまでも無いだろう。
そう。日々平穏のウエイトレス業こそ、彼女の唯一無二の天職。
もう二度と、それ以外の事はやらせまい。

「この良き日に感謝して、今日の訓練は中止。
 全員の宿舎への帰還を認めると共に、余った時間を利用して、残りポイントを稼ぐ為のイベントを行う。
 ルールは簡単。逃げ回るこのウサギ娘にタッチする度に1ポイント加算だ」

と言いつつ、恥ずかしがるミルクちゃんを前に押しだすエクセル君。
その身を包むゴスロリ風の衣装と、頭部に付けられたバニーなウサ耳が、怖いくらい良く似合っている。
無論これらは、彼女の軽快な体捌きを封じる為のハンデ措置なのは言うまでもない。
にも拘らず、何故か彼女から必死に目を逸らしつつ、春待訓練生がルールを確認してきた。

「よ…要するに『鬼ごっこ』ですか?」

「ピンポ〜ン。ちなみに制限時間は、いつも通り18:00までとする。
 それじゃ、全員宿舎前に整列。壁に顔を押し付け、20数えたらゲームスタートだ」

厳しすぎた前半戦を調整する為の苦肉の策。だが、その結果は惨澹たるものに終った。
誰もミルクちゃんを捕まえられなかったのである。

(ああもう。何やってんだよ、お前は。チャンと打ち合わせ通り、何回か捕まってやらなくちゃ駄目じゃないか!)

(ゴ、ゴメンナサイ先輩。でもでも、みんなと〜ても本気で怖かったんですよ〜
 特にあの、ツリ目の子とタレ目の子がチョット。なんかもう、貞操の危機を感じた位で)

「(はあ〜)こら、鷹村! 赤木! お前ら訓練中にナニ考えてた!」

「ナニって。仕方ね〜だろ、そういう年頃なんだから。なあ、ダイ」

「そうそう。俺達ってば健全な男の子」

「お前らな〜!」

この後さらに、中原マサト訓練生がミルクちゃんを隠し撮り(貸与されている携帯はデジカメ機能付き)していた事が発覚。
女性隊員達から総スカンを食い、セクハラトリオと呼ばれる事に成った。

教訓『エロスは程々に』




   〜  訓練18日目  〜

「ゲームセット」

エクセル君のバックスタッブ(背後からの奇襲)に遭い、遂に最初の脱落者が出た。
その日の19:00.。島を去る赤木訓練生を沈痛な表情で見送る訓練生達。
特に仲が良かっただけに、何時もはハイテンションな鷹村訓練生の顔も暗く沈んでいる。

「んなツラするなよシノブ。これが今生の別れって訳でもネエだろ」

「で…でもよ」

「おいおい。
 そりゃ〜失格にこそ成っちまったが、俺だって今日までこの島で生き抜いてきた猛者の一人だぜ。
 今更、何処へ行ったって死にゃ〜しね〜よ」

「そっか。そうだな、殺したって死にやしね〜よなオマエは」

サバサバした調子で語る赤木訓練生に、漸く何時も調子を取り戻す鷹村訓練生。
他の訓練生達の顔にも笑顔が零れる。
うん。やはり彼は、ムードメーカーと成り得る人材だ。
今後も『計画通り』に頑張って貰うとしよう。

「じゃ、あばよ」

赤木ダイ(0P)リタイヤ。




   〜  訓練21日目  〜

アクシデント発生。
背後から狙撃された薬師訓練生を庇って身を投げ出す紫堂訓練生。
だがその際、飛散したペイントが目に入った所為で状況を見失い、誤って崖下へと転落してしまった。
ただちに救助に向うエクセル君。
たが、遠距離からの狙撃だった事と入組んだ地形に居た事が災いし、さしもの彼女も容易には現場に行き着けない。

20分後。漸く到着した其処には、無理矢理降りた所為で全身スリ傷だらけの薬師訓練生と、
たどたどしい手付きながら応急処置の施された紫堂訓練生の姿があった。

「良く頑張ったなボウズ」

慈愛に満ちた顔で、薬師寺訓練生の頭をクシャリと撫でるエクセル君。

「ヒカルは(グスッ)……ヒカルは助かるよな、教官」

「ああ、まかせな」

柴堂 ヒカル(3P)頭部裂傷及び左手と右脇腹骨折によりリタイヤ。
薬師 カズヒロ(1P)紫堂訓練生に付き添う為、ギブアップを宣言。リタイヤ。




   〜  訓練23日目  〜

春待訓練生を庇ったワークマン訓練生にペイント弾が命中。これにより、彼女は失格と成った。
攻撃力が落ちるのを覚悟で、敢えてワークマン訓練生を遊撃から後方支援にコンバートした挙句がこの結果。
作戦立案者してみれば、まさに最悪の展開だろう。

「馬鹿! 何でこんな真似したのよ。私はまだ、3P余裕があったのに」

激昂し問い詰める春待訓練生。だが、

「私とリーダーでは重要度がまるで違う。
 万が一にもリーダーが失格したら、その時点で私達は終わりだ。
 それに、リーダーなら気付いていただろう。私の身体能力は、日を追う事に衰えている。
 どのみち失格は時間の問題だった。ノー・プロブレム」

「でもそれは! ………そうね。戦場にIFは存在しないんだったわね」

「That's right」

シレっとした顔で答えるワークマン訓練生の態度に、その勢いを失っていく。
そう。彼女だって判ってはいるんだ。ああいう時は、体が勝手に動くものだと。
そして、ワークマン訓練生の言う事が、概ね正論だという事も。

「Good bye」

かくて、この半年の間に急激に身長が伸びた所為で、栄養失調一歩手前な感じのガリガリの身体に鞭打ち頑張ってきた彼女も、今日でこの島を去る。
コッチに着たら、まずはイネスラボにて徹底的に身体検査。そして………

ジリオラ=ワークマン(0P)リタイヤ。




   〜  訓練31日目  〜

「良くぞ生き残った我が精鋭達よ!」 

一ヶ月に渡る攻防の末に4名が脱落。
生き残った14人の精鋭達が、次の階梯へとコマを進める。
ある意味、此処からが本番だ。

「つ〜ワケで、本日より模擬戦訓練の第二段階。シチュエ−ション・バトルに入る。
 初日の御題は『拠点制圧作戦』
 アタシとミルクでガードする宿舎に、一人でも侵入できたら合格とする。
 当然、ペイント弾を食った者は死亡扱い。これはアタシ達も同様だ」

春待訓練生の顔に緊張が走る。
流石、今日まで部隊を率いてきた猛者。これが何を意味するか、説明するまでもなく判った様だ。
そう。この第二段階に於いては、指揮官の技量こそがものをいう。
例えばこの本作戦の場合、防戦一辺倒だったこれまでとは異なり、『誘き出してスキを狙うOR敵の殲滅を前提とする』といった、
戦略レベルの選択をしなければ成らない。
それ故、これまで以上にシビアな駆け引きが要求される事になるのだ。

「尚、本日よりポイント制は廃止。
 それに変わって、ミッション失敗の場合には、連帯責任として全員を失格とする」

声に成らない驚愕の声が挙がる。
此処にきて、他の訓練達も本訓練の過酷さを理解した様だ。
この辺は、兵士としてマダマダ甘いと言わざるを得ない。
作戦の失敗は部隊の敗北であり、容易に個人の死へと繋がってゆく。
それが軍隊というものなのだ。

「それでは、10:00より訓練を開始する。
 それまでは全員、スタート地点である此処で待機しているように」




    〜  6時間後  〜

残り時間も2時間を切り、戦いは終盤戦へと突入。
此処までに5人の犠牲者を出したものの、ミルクちゃんの誘き出しに成功。
現在、6人がかりで彼女の足止め工作が行われている。
残る宿舎の守護者はエクセル君のみ。この機に乗じ、春待訓練生の拠点攻略作戦が始まった。

「どりゃあ〜〜〜!」

浅利訓練生の援護射撃を受けつつ、ストラスバーグ訓練生が猛然と宿舎へと突撃を仕掛けた。

「はっ、芸の無い」

それを鼻で笑いつつ、斜め後方から狙撃をしていた浅利訓練生の眉間をヒット。
振り向き様に、ストラスバーグ訓練生の心臓を打ち抜くエクセル君。
流れる様な見事なガンアクション。だが、この時点で彼女は、春待訓練生の術中に嵌っていた。

    ガン、ガン、ガン、ガン!

ルール通り、右手を上げて死亡宣誓をするストラスバーグ訓練生。その背後より現れる銃声と二つの影。
そう。彼は訓練生随一の巨体(172cm)を生かし、訓練生の中で最も小柄な二人(149cmと154cm)の盾役を務めていたのだ。
不意打ちを受け、流石のエクセル君も体制を崩す。
その隙を突き、二人は二手に分かれ宿舎入口とダッシュ。

「こなくそ!」

すぐさま体制を立て直し、ドア直前まで迫った春待訓練生の背中を打ち抜くエクセル君。だが、

   ガシャン! ゴロゴロ………

正面入口に向った春待訓練生はオトリ。
本命の子は窓ガラスを破って飛び込み、見事宿舎への侵入に成功した。

「ムサシ! ケイタ! そして姐さん!  見てる! 貴方達の死は無駄じゃなかったわよ!」

夕暮れの空を見上げ、感極まった声で叫びつつ勝利に酔いしれる霧島訓練生。
その目にはきっと、清々しい笑顔を浮べたストラスバーグ訓練生達が映っている事だろう。

「死んでねえって」

「いやまあ。これが実戦だったら、僕らは本当に死んでた訳だし。
 とゆ〜か、今のマナに何を言っても無駄だと思うよ、ムサシ」

『16:38。霧島マナ訓練生、宿舎への侵入に成功。ミッション1、コンプリート』




   〜  訓練34日目  〜

「メリー・クリスマス!(バン、バン、バン)」

イベント用のサンタルックに身を固めたエクセル君が、いつもに輪を掛けたハイテンションな挨拶と共に、景気良くクラッカーを打ち鳴らす。
その奇態を、当然の様にスルーする訓練生達。
この程度の事で動揺する子など、もはや居よう筈も無い。

「つ〜ワケで、本日の御題は、この世界的なイベントにちなみ『救援物資の受取り』とする。
 はい! 全員にコレに注目。コイツは元訓練生の赤木ダイが、再就職先から皆に送ってきた物だ」

と言いつつ、横に置いてあった特大のプレゼント袋を指差すエクセル君。
それを合図に、何処からとも無く、三頭身にデフォルメされたトナカイルックのミルクちゃん登場。
そのままプレゼントを担ぎ上げると、何処へとも無く走り去った。

「お〜〜〜っと。大事なプレゼント袋が、イタズラっ子のトナカイに奪われてしまった〜!
 これでは良い子の皆に、プレゼントを配る事が出来ないじゃないか!
 捕まえようにも、こんなデップリと太った身体では到底覚束無い!
 嗚呼! 何処かにアレを取り返してくれる良い子が居ないものか〜〜〜っ!」

「あの。幾らクリスマスだからって、態々そんなショーアップをする必要も無いのでは?」

プロレスの実況の如くシャウトするエクセル君に、怖ず怖ずとツッコミを入れる春待訓練生。
何時もながら、姐さん稼業は大変だ。

「チッ、ノリの悪い子達だな〜
 まあ良い。それじゃ、早速ゲーム開始だ。」




   〜  5時間後  〜

「うおおおおっ!」

ストラスバーグ訓練生が、ラガーマン顔負けの火の出る様なタックルを仕掛ける。
だが、その両手は虚しく空を掴み、

「なっ、俺を踏み台にした!?」

彼の肩口に飛び乗り、そのまま本家トナカイも真っ青の跳躍で、後ろに居た浅利訓練生と霧島訓練生の頭を飛び越していくミルクちゃん。

「何故? 如何して? 自信あったのに!」

「多分、二番煎じの策だったからだと思うよ、マナ」

いや、まったくだ。
にしても、一寸飛ばしすぎだな。
未だ、誰もあの衣装の端にすら触れていないなんて………ん? 衣装。
しまった! あの衣装はサンジェルマンのイベント用の備品だった。
万一破損した日には、マツモト女史の事。有無を言わさず折檻ものじゃないか。




   〜  更に2時間後  〜

何時ぞやの鬼ごっこ以上に必死に逃げ回るミルクちゃんの前に、春待訓練生が取った待ち伏せ策は尽く破られ、もはや敗色濃厚な訓練生達。
本気モードの彼女が相手では、銃火器の使用禁止という条件は少々厳し過ぎた様だ。
かくて、無常にも時間が過ぎ去り、彼らの敗北が決定しようとした時、

   ガコッ

足元の岩が砕け、ミルクちゃん転倒。
その機を逃さず、全身をアザだらけにしながらも岩場でのタックルを繰り返していた鷹村訓練生が、見事プレゼント袋をゲットした。

ふ〜、やれやれ。にしてもアレ、一寸不自然な割れ方だったな。
ミルクちゃんの体重移動の技術は折り紙付きだし、まして着地や跳躍じゃなくて、
タックルを避けて体制の崩れた瞬間に砕けるなんて御都合主義すぎる………ん、ひょっとして?
取り急ぎ、島の高台へとカメラを向ける。
其処には俺の予想通り、サイレンサー付きの狙撃銃(本物)を構えたエクセル君が居た。

「やっぱクリスマスつ〜たら、奇跡の一つも起んないとね♪」




   ジュ〜、ジュ〜

「(モグモグ)う〜ん、イマイチ。
 やっぱり、もう二〜三日寝かして置くべきだったかも………って、コラ鷹村! それはまだ生だろ!
 肉は腐る程あるんだからガッつくんじゃない!」

「仕方ねぇだろ、(モグモグ)なんせ牛肉なんて久々なんだぜ。
 新鮮なうちにサッサと食っちまいたいっていのが(モグモグ)人情ってもんだろうが」

「チッチッチッ、これだから素人は困る。  獣肉ってのは魚の類と違って、絞めてから10日ばかり寝かさないとイノシン酸の熟成がなあ………」

   ジュ〜、ジュ〜

「つ〜か、本当に腐らせかねない程あるんだよな、牛肉が」

「そうだね。何せ、子牛とはいえ丸々一頭分だもん。軽く100kgはあるよね」

「ミルク教官って、何でアレを担いでピョンピョン飛び跳ねられるんだろう?」

「多分、気にしたら負けってヤツだと思うよ、ムサシ」

『17:57。鷹村シノブ訓練生、プレゼントの奪取に成功。ミッション4、コンプリート』




   〜  訓練37日目  〜

「つ〜ワケで、本日の御題は、『退却戦』
 ぶっちゃけな話、絶対に勝てない相手と戦って貰う。
 はい! 全員注目。なんか知らないけど、これは今朝ロールアウトされたばかりのピカピカの新製品
 本日の訓練の為に、我が部隊の技術班が総力を結集して作ったらしい、ミルク専用のブツだ」
 

「「「……………」」」

エクセル君に促されてやって来たミルクちゃんwith専用メイド服の姿に、流石の訓練生達も息を飲んだ。
それもその筈このメイド服。ミルクちゃん専用と銘打つだけあって、これでもかと言わんばかりの重武装&重装甲。
総重量が軽く500kgを超えるという、常人なら着ただけで圧死間違い無しの逸品なのだ。

「いや、なんと言うか………見れば判ると思うが、太陽系一重武装のメイド服だぞ、多分。
 シュールだね。きっとギネスに載るぞ」

エクセル君が必死にフォローしているが、その言葉は彼らの耳に届いてはいまい。
前述のスペックもさる事ながら、このメイド服の最大の特徴は、その外観にある。
なんと言うか、全身武器の塊ってのを通り越して、無理矢理人型を取った寄せ集めの武器庫。
正直言って、製作者の正気を疑いたくなる様な代物なのだ。
スケ番刑事Uの様なこれ見よがしな感じの鉄仮面によって隠されているが、ミルクちゃんの顔はトマトよりも真っ赤な顔に成っている事だろう。

「言うまでもないとは思うが、諸君らの主武装では絶対に装甲を貫けない。
 よって、此方側の死亡判定は無し。
 各種兵装も、ペイント弾以外に、暴徒鎮圧様のゴム弾を装備。
 食らったら気絶間違い無しの威力なんで、強制的に死亡扱いとなる。
 つまりその、なんだ。今日はもう、絶望的な戦力差ってのを存分に思い知って貰おうか」

かくて、訓練生達の反応とミルクちゃんの威容を意図的に無視し、エクセル君は半ば自棄気味に訓練の開始を宣言した。




   〜  8時間後  〜

「な〜にが絶望的な戦力差だ。拍子抜けもイイ所だぜ、まったく」

訓練を終えた後、呆れ顔で語散る鷹村訓練生。
その身体は珍しく汚れておらず、汗一つかいた様子も無い。

「う〜ん、確かに机上の空論な装備だったわね。ああでも、拠点防御とかには向いているかも」

それに同意しつつも、精魂尽き果ててへばっているミルクちゃんを気遣い、必死のフォローを入れる春待訓練生。

「って言っても、素のままのミルク教官のほうが手強いよな、絶対」

それは言わない約束ってもんだろ、ストラスバーグ訓練生。

『18:00。訓練生全員生存。ミッション7、コンプリート』




   〜  火星駐屯地 大会議&視聴覚室  〜

訓練生達が、やや御座成りに勝利に酔いしれた翌日。

「だから言ったんだ! キチンと採寸を取ってから作ろうって!」

「仕方ないだろう、ミルクちゃんが嫌がったんだから!」

「何故そこで粘らなかった!」

「馬鹿野郎! 
 ウチは『エンジョイ&エキサイティング』がモットーの紳士な組織だぞ。
 嫌がる美少女に無理強いなど論外だ!」

「嗚呼、あの活発なミルクちゃんが、あんな姿に………
 畜生! 初期コンセプト通りビキニアーマーにしていれば、こんな事には!」

「何を言ってるんだ!
 可憐な美少女が無骨な衣装を身に纏う。そのギャップがイイんじゃないか。
 それに、そのなんだ………あの憔悴しきって放心した無防備な姿。実に萌える」

「このサディ○トが!」

「うるせえ! この○リコン!」

距離・時代共に遠く離れた2198年の火星駐屯地にて、監視カメラが捕らえた映像を編集した、ミッション7の名場面集(?)が上映。
その後、箸にも棒にも引っ掛らなかった新装備について、製作スタッフの間で嵐の様なディスカッションが行われた。

それにしても、ウリバタケ班長が不在なだけで、ここまで纏まりの無い組織に成り下がるとは………
一生やってろ、まったく。




   〜  再び12月31日  〜

と、俺がセルフサービスで回想シーンを入れている間に、エクセル君の訓示は締めの段階に入っていた。

「つ〜ワケで、最終決戦の御題は『ターゲットの抹殺』
 24時間以内にアタシを殺せたら合格だ」

一瞬の空白の後、声にならない驚愕の声が上がる。
無理もない。この41日に渡る戦闘訓練中、常に苦杯を舐めさせられ続けたエクセル君に、直接対決で勝たねばならないのだ。
絶望感を漂わせる沈黙が、その場を支配する。
だが、それも束の間の事。すぐに開き直った決意の表情を浮べる訓練生達。

「それでは、一時間後に訓練を開始する。解散!」

かくて、彼らの最大の挑戦が始まった。




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