>SYSOP

時に、2015年3月26日。
使徒の襲来を三日後に控えたこの日、特徴的なコスチュームが人気の某ファミリーレストランにて、さるヒーローの伝説が幕を開けた。

   カラン

「いらっしゃい………ませ」

ウエイトレスの一人が、御客を出迎えるべく溌剌とした動きで出入り口へ。
だがその先で、笑顔が基本の筈のその顔が、驚愕に満たされる。
それもその筈、出入り口には、アメコミから抜け出てきた様な恰好をした怪人が倒れ込んでいたのである。

「このような醜態を晒してすまない、御嬢さん。
 私の名は、正義の味方マッハ・バロン。(ハアハア)
 昨夜から、とある悪党を追跡していたのだが、まんまと逃げられた挙句に力尽き、今やこの有様。(ハアハア)
 すまないが、水を一杯頂けないだろうか?」

息も絶え絶えにそう語る怪人に、反射的に御冷を差し出すウエイトレス。
既に彼女は、思考停止状態にある様だ。
「(ウグ、ウグ、ウグ)う〜ん、美味い。甘露とは正にこの事。
 後は、この鍛え抜かれた肉体を動かす為のエネルギーさえあれば、悪党なんぞ一捻りなのだが………」

と言いつつ、店内のウエイトレスが持ったトレイに熱い視線を送る、怪人改めマッハ・バロン。
固まったまま事の推移を見守っていた彼女の同僚もまた、促されるままにトレイに乗ったナポリタンを差し出した。
注文の順番飛ばし所ではない所業だが、苦情を述べるべき当の注文客が必死に無関係を装っている故、これは正しい選択なのだろう。

「(モグモグ)う、美味い! なんと美味かつ滋養溢れるスパゲティだ!
 本場ナポリでも、これほどの逸品は滅多にあるまい。素晴らしい、正義の力がモリモリ湧いてくるぞ!」

なにやら的外れな薀蓄を垂れつつ、さも美味そうにナポリタンをほうばり、その総てを平らげた後、

「有難う! 君達の献身的な努力よって、正義の灯を守られた。
 これからも、その清らかな心を忘れないでくれ。 それでは、さらばだ〜!」

赤地に黄色のMの文字が縫い込まれたマントを靡かせつつ、哄笑と共に走り去っていくマッハ・バロン。
その後ろ姿を呆然と見送りながら、ウエイトレスの一人がポツリと呟いた。

「ひょっとして、食い逃げ?」







オ チ コ ボ レ の 世 迷 言

第1話 北斗、襲来







   〜  2015年 地球、衛星軌道上  〜

>OOSAKI

「『Welcome to this craze time このイカレた時代にようこそ』ってか。
 ん? 如何したナカザト、いきなり寝転って。寝不足か?」

『へんじがない。ただのしかばねのようだ』

崩れ落ちたナカザトの上に現れるRPG風の書き文字。
ふっ。流石ラピスちゃんの育てたダッシュ。見事なネタフリだ。
ここは当然、

「そいつは、しかばね〜な」

「何が『しかばね〜な』ですか!
 ああもう、貴方という人は。この期に及んでまでそんな戯言を!」

俺の由緒正しき古典ギャグに、弾かれたように立ち上がり激昂するナカザト。
この一年ですっかり見慣れた、瞬間湯沸し機の様なリアクション。
だが、そこから先がこれまでとは違った。
言いたい事を言い終えた後、ナカザトはフッと悟りきった笑みを浮べた後、
裁きの時を迎えた殉教者の様な表情で、淡々と『公然の秘密』を告白し始めたのである。

「事、此処に至った以上、もはや隠し立てする意味も無いでしょう。
 実は…実は自分は、政府より提督を監視する密命を帯びていたのです!」

「なんだって。お前、スパイだったのか?(棒読み)」

とりあえず合いの手を入れておく。我ながら付き合いのよいことだ。

「お怒りはごもっともです。
 実際この一年、自分の様な獅子身中の虫に、提督は本当に良くして下さいました。
 その御恩を仇で返す事になり、自分としても甚だ残念でなりません。
 自分如きの心情を、判ってくれとは申しません。
 ですが、これだけは御理解ください。提督が持つ力は、それだけ危険なものなのです」

「へ〜、そうだったのか。(棒読み)」

「これほどの失態を犯した以上、もはや提督の命運は尽きました。この上は、どうか潔い御決断を!」

ついには滂沱の涙を流しつつ、そう宣うナカザト。
う〜ん、意外と木連向きな奴だったんだな。だが、そう言われても、

「失態? 決断? いったい何の事だ?」

俺には、とんと身に覚えが無い話だ。

「もう御芝居はいいんですよ提督。最後くらい、腹を割って『やっほ〜、提督。似合ってます、コレ?』」

尚も続くナカザトの馬鹿話を遮り、コミニュケで白百合ルック(劇場版でラピスちゃんが着ていたヤツ)の艦長登場。
ふっ、実に良いタイミングだ。正直、これ以上は鬱陶しくて付き合いきれん。

「な…なんて恰好をしてるんですかミスマル大佐。この様な大変な時に」

『ほえ? 大変って?』

「なるほど。まだ、そちらでは確認していませんでしたか。
 いいですか、落ち着いて聞いて下さいよ。
 実は当艦は、当初の予定地『提督。東中将より、木連外周部にロサ・キネンシスを確認したとの連絡が入りました』って、そんな馬鹿な!」

今度はハーリー君とニアミスを起こすナカザト。
う〜ん、なんて美味しい奴。

「いったい如何なっているんだ。
 そんな偽情報一つで誤魔化せる筈がないことくらい、知将として名高い東提督が判らない筈が………」

   シュイン

「いやもう、戦艦のナビゲートって、思ってたよりずっとキツかったわ。
 こんなのを顔色一つ変えずにやるなんて。アキト君やカヲリ嬢には、下げた頭が上がらないわね」

「やっぱり、カヲリさんに頼んだ方が良かったんじゃないの。貴女ももうイイ歳なんだし」

「二面作戦を展開する以上、ジャンパーは二人必要………って、誰がイイ歳よ!」

三度ナカザトのセリフは遮られ、隣室のジャンプ制御室から、エリナ女史を伴いイネス女史がやって来た。
ロサ・キネンシスのナビゲートと此処へのジャンプで大分疲弊したらしく、何時に無く砕けた調子の語り口だ。
にしても、此処までくると作為すら感じるな。

「あ、貴女は。まさか…いや、そんな馬鹿な。(ドサッ)」

一頻り意味不明のうわ言を発した後、ナカザトは再び寝転がった。
って、なんで瞳孔開かせてるんだよ、お前。

「う〜ん、どうもストレス性のてんかん症みたいね。
 ちょっとイジメ過ぎたんじゃないの提督?」

急いで駆け寄りナカザトを診察。
その後、僅かながら非難を込めてそうの宣うイネス女史。だが、

「信じがたい濡れ衣だな。実の所、俺のこの一年の苦労の32.5%はソイツが原因だぜ。
 ストレス云々を語るなら、寧ろ俺の方が主張したいね」

「随分とまた微妙な数値ね。何故か、そこはかとない説得力さえ感じるし」

当然だ。なにせ、事実に裏打ちされているからな。
ちなみに、この数値はアークが算出したものだ。

「まあ、病状は大した事ないから、敢えて原因究明はしない事にしておくわ。
 (ウ〜ン)それじゃ、私は明日の使徒戦まで休ませて貰うわね」

と言いつつ、イネス女史は、大きく一つ伸びをした後、エリナ女史共々ブリッジを後にした。
って、一寸待て。俺がやるのかよ、コレの後始末。




   〜  第三新東京市郊外 ダークネス秘密基地  〜

ナカザトを提督室の隅に安置した後、ロサ・キネンシスの誘導を終えてロサ・カニーナに戻ってきたカヲリ君のナビゲートにより、秘密基地までジャンプ。
先日完成したばかりの麗しの我が家を眺め、一頻り悦にいる。
一流所の建設会社に複数競合させ、建設費を通常の5倍以上払い、
駄目押しとばかりに、各会社の会長及び社長をゴートの特殊能力で洗脳する事で、通常の3倍以上のスピードで完成させた自慢の前線基地。
これには何かと苦労させられただけに、その勇姿を前に感慨も一入だ。
調子に乗って、出迎えてくれた大佐&トライデント中隊の子達を前に、ついガラにもなく、勿体を付けた登場シーンを演出。
思ったよりウケたから良いようなもの、今思い返すと赤面モノである。
とまれ、無事挨拶を終えた後、俺は新たにトライデント中隊に配属される4人を紹介すべく、彼らをロサ・カニーナ内部へと招待した。




   〜  トライデント中隊用ブリーフィングルーム 〜

「久しぶりね………って、なんなのよ皆、その姿は」

彼らと約三ヶ月ぶりに再会した、春待三尉の第一声はこれだった。

「何って。姐さんと同じ、極普通の戦自の制服だぜ、コレ」

「そうじゃなくて、その身長よ!」

「身長って……… なあ、あれから伸びたか?」

「さあ?」

「伸びてるのよ、全員2cm近くも。
 うううっ。揃いも揃って、竹の子みたいにパカパカと〜!」

ちなみに、この9ヶ月間で、部隊の平均身長は約9p伸びている。
彼女を除いた隊員の年齢は13〜15歳。今が一番伸び盛りな年頃ゆえ、まあ妥当な数字だろう。
これに対し、部隊一低い彼女の身長は、九ヶ月前から1oも伸びていないのである。
しかも、そろそろ頭打ちの年齢な17歳ときては、焦りを感じるのも無理あるまい。
うんうん。彼女ほどではないが、俺もあの歳の頃は随分と悩んだものだ。

「裏切るのね! 皆で私を裏切るのね! ジルと一緒で裏切るのね!!」

「あ…あの〜、姐さん?」

尚も我侭一杯に喚き散らす春待三尉に、恐る恐る声を掛ける鷹村士長改め二曹。
その姿は、いつものイケイケな態度とは、似ても似つかない情けないもの。
どうも彼は、典型的な『女性に弱い』タイプの様だ。

「あ〜っ、スッとした。それじゃ、新人の四人を紹介するわね。
 って、如何したの皆? 鳩が豆鉄砲喰らった様な顔して」

春待三尉の唐突な話題転換に戸惑う彼ら。だが、これは最初の洗礼に過ぎない。
実は彼女、この三ヶ月間、非常識に慣れた俺の目から見ても『それは一寸拙いだろ』と突っ込みたくなる様な詰込教育に耐え切った代償に、
『宗像カスミ症候群』の初期症状『ストレスをそのまま外に出してしまう病』に掛かってしまい、
その結果、件の様に、場の空気を全く読まない我侭な性格になってしまったのだ。

「え〜、そんな訳で。紫堂ヒカル一曹と薬師カズヒロ一曹が衛生兵。
 ジリオラ=ワークマン士長と赤木ダイ士長が偵察兵として加わる事になったんで、宜しくね」

とは言え、本家に比べれば、まだまだ序の口。
この程度は、余裕で対応して欲しいところだ。

「ちょ…一寸待ってくれよ姐さん! あいつ等は除隊したんじゃなかったのか?」

「ええ、そうよ。だから、新人として新たに配属になったの」

「えっとその、つまりなんだ………そうか! 騙しやがったな、オッサン!」

いち早く立直った後、話の矛先を大佐に向ける鷹村二曹。
如何やら、今の春待三尉に比べれば、まだホテルオーナーモードの大佐の方が組し易いと見た様だ。

「おいおい、人聞きの悪い事を言わないでくれないかね。
 こう言っては何だが、嘘は一つもついとらんだろ? 単に、その後の予定を話さなかっただけで」

「誤解するように仕向けただろうが。クリスマスに牛肉を送ってきたりして。
 てっきり俺は、ダイは牧場にでも就職したんだと思っていたぜ」

「いや、懐かしい話だね。
 おっと。そう言えば、そろそろ彼の最終試験が始まる頃だな。
 百聞は一見にしかずと言うし、此処は一つ、彼の勇姿を見学に行こうじゃないか」

鷹村二曹を促し、大佐は隔離区画にある特殊食糧貯蔵庫へと歩き出した。
それに便乗する、俺&物見高い隊員達。
今回のマッチアップは、確かアレだったよな。
いや、見逃さずにすんで良かった。

「グワオ〜ッ」

俺達が特殊食糧貯蔵庫に着くと、既に試験は佳境に入っており、今回の試験官が必殺の右を繰り出している所だった。
それを間一髪に避け、その死角に回り込む赤木士長。

「ヘイ、ミスター・グリズリー。君のチョビング・ライトが素晴らしいのは良く判った。
 だからほら、落ち着いて話し合おうじゃないか。
 小首を傾げて考えてみなよ。俺をバラしたところで、明るい未来はやってこないぜ」

軽口を叩きつつも、彼は羆を巧みに牽制し、徐々に壁際へと誘導していく。
その後ろ手には、鈍く光るサバイバル・ナイフが。
そう。一見、壁の隅に追い込まれている様に見える光景だが、これは彼のシナリオ通りなのだ。

「グワオ〜ッ」「あらよ」

再び放たれた必殺の一撃に合わせ、赤木士長は、壁を足場に三角跳びの要領で跳躍。
羆の頭を飛び越して背中に張り付き、がら空きの延髄にナイフを突き入れた。
暫し目茶苦茶に暴れたものの、遂には力尽き、崩れ落ちる羆。
スペインの闘牛よりよほど観客受けしそうな、一大スペクタクルだ。
もっとも、一般公開した日には、児童虐待で捕まりそうだけど。(笑)

「いや〜、二曹とはまた随分と出世したなシノブ。って、タメ口叩いたらマズイんか、ひょっとして?」

「ばーか。こんなもん、コックピットに座る為の飾りだよ、飾り。
 そんな事より、すんげえ強くなったな、お前。最後のアレなんて、漫画の必殺技かと思ったぜ!」

試験終了後、旧交を暖めあう赤木士長と鷹村二曹。
ちなみに、彼が出世した理由は彼自身が語った通りで、戦闘機に乗る為の階級の下限が二曹だからである。

「ああ、アレか。アレは壁の所為で爪が振り下ろされるコースが限定された事と、
 壁の取っ掛かりの部分を足場に、倍近く高いジャンプをしたから成立する技………
 って、いかん! 今は暢気に自慢話なんてしてる場合じゃなかった!」

暫し旧友(?)との再会に心を奪われていた赤木士長だったが、漸く自分が死闘を演じた理由を再確認。
この三ヶ月間、彼の教官役を務めたナオに、最終試験の合格を必死にアピールし始めた。

「教官! 約束通り例の物をくれ! 早く、ぎぶみー、お願い、ぷりーず!」

「お前な〜、今更敬語を使えとは言わんが、せめてまともな言語で喋れよ、まったく」

苦笑しつつも、合格の証として予備のサングラスを渡すナオ。
恭しい手付きで受け取ると、赤木士長は、さも嬉しそうにそれを掛けた。

「よっしゃあ!
 これで、俺の唯一の欠点である垂れ目もクリア。実力・ルックス共に、正に完璧だぜ」

「はん! コメディアンの分際で、何背負ってやがる」

「コメディアンで結構。
 今日び顔だけが取り得のマネキンなんざ、前世紀の遺物も良い所だぜ」

おいてけぼりにされた鷹村二曹が、此処ぞとばかりに茶々を入れ、再びじゃれ合いをを始める二人。だが、

「そう言やジルのヤツも、お前と同じ偵察兵になったんだよな。アイツ、今、如何してる?」

「ああ、ジルか。アイツなら………」

鷹村二曹の何気ない質問に、赤木士長は俄かに顔を曇らせると、

「今、地獄に居る」

ポツリと、端的な事実のみを語った。




   〜  15分後 特別鍛錬室  〜

怯える赤木士長を宥めすかし、此処ロサ・カニーナで三番目に"濃い"場所へ到着。
そこで俺達を待っていたのは、地獄の名に恥じぬ光景だった。

「我は無敵なり」

「違う! 其処はもっと、朗々と。それでいて、自分に言い聞かせる様な感じで!」

「我が影技に敵うもの無し」

「駄目よ! そこで僅かでも自分に疑問を持っちゃあ!」

「わ、我が一撃は………」

「カット、カット。もう、全然駄目。
 まったく、貴女それでも誇り高きクルダ人なの。そんなんじゃ、立派な傭兵(バール)になれないわよ!」

「わ…私は、ネイティブアメリカンなのですが」

ジルことジリオラ=ワークマン士長に、熱心な演技指導を施すラピスちゃん。
だが、肝心のワークマン士長のやる気&才能は、共に限り無く底辺に近く、一週間前に始めた頃から、進歩の跡がまったく見られない。

「な…なんなんだよ!? いったいジルに何をしたんだ!
 どう見たって異常だぞアレは! 薬物か? ドーピングか? 改造手術か?」

あっ、そうか。
最近は見慣れたんで気にならなくなっていたが、確かに異常な体付きだよな、今の彼女。

「こらこら。人聞きの悪い事を言わないでよ。妙な噂でも立ったら如何するのよ」

「噂もクソもあるか! 
 つ〜か責任者をだせ、責任者を。今はガキンチョに構っている(ポン)って、なんだよジル!」

尚も激昂する鷹村二曹の肩を叩き、ワークマン士長は事の真相を語った。

「彼女がそのPerson in charge(責任者)ラピス=ラズリ専務。
 我が部隊の実質的オーナーたるマーベリック社の幹部にして、例のスポンサー様の正体だ」

「な!?」

驚愕の事実を前に、呆然とする鷹村二曹と他の隊員達。
それを尻目に、ラピスちゃんは自慢げに此処までの経緯を語った。

「薬物投与や人体改造なんて馬鹿な真似するまでもなく、脂肪を伴わずに筋肉のみを付ける方法なんて幾らでもあるわよ。
 まあ確かに、極端に肉付きの悪い彼女の体質には、大分泣かされたけどね。
 でも、苦労の甲斐はあったわ。見てよ、この限界まで引き締められた肉体美。
 贅肉なんて1gだって付いていないし、身長だって179pと、女としては申し分の無い巨躯。
 正に、闘う為だけに作られた芸術品と言っても過言じゃないわ。
 なのにジルったら、折角の癖毛を金髪に染めるのも、右手に刺青を入れるのも嫌だって言うのよ。我侭が過ぎるとは思わない?」

「なんて言うかその、我侭が聞いたら泣く様なセリフっすね」

絶句している鷹村二曹に変わって、合いの手を入れる中原三曹。
先程まで前後の展開を無視し、セパレートの水着姿をしたワークマン士長の肉体美。
ぶっちゃけて言えば、彼女が唯一14歳の少女の平均値より体脂肪の付いた部分に注目していた、中々侮れない少年である。

「でもさあ、ホント凄い身体だよね、ジル。
 これなら、今年のミス・ユニバース・ジュニアの部は、もう貰ったも同然だね」

「冗談じゃないわ。そんな、意味も無く太くしただけの筋肉とはモノが違うわよ」

「オフコース。馬鹿な事を言わないでくれ、マサト。これ以上の晒しものはゴメンだ」

中原三曹のありきたりな感想に、それぞれ対照的な理由で駄目出しをする両者。
この三ヶ月間。ずっと苦楽を共にしてきたというのに、二人の距離はまったく縮まっていないようだ。

「よ〜するに問題ないんだよな。え〜それじゃ、ヒカルとカズの所にも行ってみようぜ」

漸く精神的再建を果した鷹村二曹は、らしくない感情の籠もらない声で皆を促した。
どうやら、深く考えない事にしたらしい。
なかなか賢明な判断と言いたい所だが、

「残念だが、彼らとの再会は横須賀基地に着いてからにしてくれ」

知らぬ事とはいえ、この場合は逃避先が地雷原だ。俺としては、絶対に巻き込まれたくない。

「何故なら、現在イネス=フレサンジュ博士が、医務室にて『お休み中』だからだ」

「いや別に、一寸顔を見るだけ(ガシッ)って、何すんだよジル」

反論しようとした鷹村二曹を、後ろから素早く羽交い絞めにするワークマン士長。
三ヶ月早く此方側の住人になっただけに、この辺はもうツーカーの仲だ。

「ソーリー。だが、行かせる訳にはいかない」

「ちょ、一寸待て! おいダイ、いったい何が如何なるってんだ!?」

「知らない方が精神的幸福ってもんだぜ、シノブ。
 ンな事より、先程の羆を捌くの手伝ってくれよ。いや忙しい、忙しい」

連行されていく鷹村二曹と、それについて行く他の隊員達。
それを見送りながら、人身御供に出した二人の若人の未来に思いを馳せる。
何せもう、このところ説明らしい説明をしていなかったからな〜
死ぬなよ、紫堂&薬師一曹。晩飯の熊鍋が完成するまでの辛抱だ。




   〜  翌日、伊豆海岸線 〜

『本日、午後9時30分、東海地方を中心とした関東中部全域に、特別非常事態宣言が発令されました。
 住民の方々は、速やかに指定のシェルターへ避難してください』

23:00。本日7回目の、緊急事態を告げる外部放送。
既に使徒到着予想時刻まで10分を切っており、これが最後のものとなる。
間もなく展開される、使徒上陸を阻止する為の水際作戦。
当初はトライデント中隊のみで事に当る予定だったが、この時代における軍部内派閥争いの関係上、陸軍に助っ人を頼まざるを得なくなった。
そこで大佐が選んだのが、

「何処からともなく怪獣来襲か。
 (スパ〜)ふっ、女房子供に良い土産話が出来そうだぜ」

画面越しに上官が見ているのを承知で、平然とシリガロを吹かしている、この男だった。
彼の名は第五戦車連隊隊長、毛利モトヨシ一佐。
素行不良で上層部に煙たがられている、典型的な不良軍人だ。
だが、理に叶った隙の無い戦車の配置を展開し、自分の指揮車輌に、コンポで『ワルキューレの騎行(地獄の黙示録)』を流し、
足元には灰皿まで完備する辺り、大佐が目を付けただけあって、中々懐の深そうな男である。

   ザパ〜〜〜ン

そして、サーチライトに照らされ、遂に沖合より姿を見せる第三使徒。
これに対し、その足元の部分に向け、90式を主軸とした戦車連隊の砲撃が始まった。




戦闘開始から1時間後。
戦車連隊とトライデント戦車小隊の絶え間ない波状攻撃により、海岸付近に足止めされる第三使徒。
大佐の読み通り、身体はATフィ−ルドで守れても、不安定になった足場への対応までは手が回らないようだ。
その間隙を縫い、第3使徒のデータ収集に奔走する強襲偵察機トライデント。
外観こそ足の生えた装甲車の上に、それぞれ鋏・鉄板・土管を乗せた様な如何にも間抜けな姿だが、
底部及び後側部に設置されたジェット噴射式のホバーと脚部マニピュレータの併用により、
瞬間的な高速移動と圧倒的な悪路走破性を持つ、時田博士自慢の特殊車輌である。

「いや〜、どうもアレは陸戦より水中戦向きみたいですな。
 此処までの動きを見るに、肘・膝の稼動部が殆ど無い。
 そんな訳で本作戦は、有効な打撃こそ与えられないものの、足止め工作としては有効と判断します。
 アレじゃ下半身が海水の浮力で支えられていなければ、何時転倒しても可笑くない」

時田博士の乗るトライデントαより、ネルフの発令所を間借りしている対策本部へと観察データの報告が送られる。
αは時田博士の搭乗を前提としている為、三機中唯一の複座式であり、最も充実した電子装備を持つと共に、
サンプル採取の為の鋏型捕獲用腕部マニュピレータを装備。
搭乗者は、部隊で二番目に小柄な体格で、それに似合わぬタフネスと優れた反射神経を持つ、霧島マナ三曹が務めている。

   ビカッ、ビカッ、ビカッ………

此処で、焦れた第3使徒が熱線砲の乱射を始めた。
毛利一佐の指揮の元、散開し防衛ビル群を盾にする戦車部隊。

「前言撤回。敵性体の遠距離攻撃、極めて強力。
 これじゃ遠からず、盾を失って戦車部隊は全滅(ビカッ)ぐわっ」

遠距離の戦車部隊への攻撃が効果薄と悟ったのか、いきなり調査の為に砂浜部を走行していたトライデントαに矛先を変える第3使徒。
そこへ、両者の間に割って入り、αの盾となるもう一つの影。

「馬鹿! なに油断しまくってるんだよ、マナ」

「(イタタタ)サンキュー、ムサシ。いや〜、死ぬかと思ったわ」

「いや、お二人さん。仲が良いのは結構だが、ラブコメは安全地帯まで下がってからにして欲しいね。
 如何にトライデントβでも、アレの直撃を食ったら持たないぞ」

「「りょ、了解」」

時田博士の指示を受け、撤退を開始するα&β。
βはαの支援機であり、最も堅牢な装甲を持つと共に、普段は上部にマウントされているSSTOの底部を流用したスライド式のシールドによって
自らを盾にαを守る役目を担っている。
搭乗者は、高い耐G能力と空間把握能力を持つ、ムサシ=リー=ストラスバーグ三曹。

「そんな訳で、成型炸薬弾(命中した時点で炸裂し、ガスの噴流を装甲内に流し込む事を目的とした砲弾)や
 焼夷弾(命中した時点で液体燃料を撒き散らし燃えあがる砲弾)の類は、打つだけ税金の無駄使いですな。
 アレに比べれば、まだ44マグナムの方がマシでしょう。
 フルメタルジャケットの弾丸を使用すれば、少なくとも奴さんの体表までは届くんじゃないですかね?
 もっとも、それで効果があるかと聞かれれば、ノーとしか答えようがない所が泣かせる……」

撤退後、ATフィールドの特性について語る時田博士。
だが、初の実戦参加に興奮している所為か、その内容は脱線し捲くっている。

「時田博士。結論のみを御願いする」

「まだ確証がありませんが、仮説ならなんとか」

「それで良い。御願いする」

背後にいるネルフスタッフ&戦自の三長官の冷たい視線に晒され、流石に焦れ、先を促す大佐。
いやはや、思っていた以上に貧乏籤を引かせてしまったようだ。
う〜ん。帰ったら祝杯を兼ね、秘蔵のシャンパンでも奢るとしよう。

「敵性体の打たれ強さの秘密ですが、どうも、自分を中心に周辺の空間を湾曲させ、
 一種の位相空間の様なものをフィールド状に発生しているみたいです。
 その所為で、攻撃が敵性体に届く前に、熱量を始めとする運動エネルギーの大部分が中和されているんですよ。
 これを打開するには、超高速弾によるフィールド突破しかありません。
 と言っても、これは机上の空論に近いですね。概算ですが、最低でもマッハ5以上なければ、有効打は望めそうもない」

「戦闘機からの機銃は有効かね?」

「7.78oじゃ軽すぎます。
 せめて9パラくらい自重がないと、幾らスピードを上げてもフィールド突破中に失速して終わりですね。
 なにより、機銃レベルでアレの体表を削れるとは思えません」

漸く本作戦(茶番とも言う)のキモの部分に入る時田博士。
これに合わせ、大佐はさも熟考したような態度を取った後、

「長官。お聞きの通り、我が部隊では敵性体への有効な攻撃は望めそうもありません。
 ネフルへの速やかな指揮権の委譲を提案致します」

現時点での上官である陸軍長官に、N2作戦の中止を進言した。

「何を言っているのかね君は。
 事、此処に至ったからこそ、N2作戦以外に道はあるまい」

「いいえ。敵性体の特性から判断するに、N2作戦は効果が薄いと判断します」

絶対の自信を持って立てた策(実は彼がN2作戦の立案者)を真っ向から否定され、怒りを顕わにする陸軍長官。
だが、大佐を憎々しげに一瞥した後、

「時田博士。大佐の言っている事は事実かね?」

時田博士に作戦の有効性を確認。どうやら、思ったほど馬鹿でもない様だ。
嗚呼、せめてこのくらい葛城ミサトに指揮能力があれば………いや、言っても詮無き事だな。

「はい。基本熱量が莫大なので流石に無傷ではないでしょうが、致命傷を与えられるとは思えません。
 そうですね、体表部の何割かを削れれば御の字といった所でしょうか」

「そうか。では、計画に変更は無い。大佐、N2作戦を実行したまえ」

「ですが、それではあの付近の海域の生態系が………」

「くどいぞ。
 今はそんな事よりも、アレを確実に殲滅する事が急務だ。
 故に、N2作戦は実行する。万一、それが決定打とならなくてもだ」

「了解しました」

自分の立てた策に拘る陸軍長官の前に、仕方なく愚行とも言うべき作戦を開始する大佐。
だが、これは裏面の事情を知るからこそ生まれる感想とも言える。
何しろ、『自分達にしか使徒は倒せない』と『ネルフ及びその上位組織』が主張しているだけであって、
具体的な方法は何一つ提示されていないのだ。
実際問題、絶対に失敗の許されない作戦を、ネルフの様な悪い噂しか聞かない相手に任せるなんて、
俺が長官の立場だったとしても願い下げである。

「司令部より各機へ。これよりN2作戦を開始する。
 戦闘機小隊出撃。敵性体の誘導を。戦車小隊は指定のポイントへ移動し、第五連隊の支援を行え」

「よっしゃあ! やってやるぜ!!」

漸く回ってきた出番に、喜び勇んで出撃する鷹村二曹&戦闘機小隊の三名。
そして、その思いに答える様に急発進していく接近戦(ドックファイト)専用戦闘機YF-10。
低空飛行による空気抵抗を物ともせずに急加速させる新型スクラムエンジンと、直角に曲がっていると錯覚するほど鋭い旋回能力を持つ、
これまた時田博士謹製の作品である。

「ほう、横須賀から5分足らずか。随分と早いな」

「所詮は蚊トンボ。何も出来ん」

現場に到着後、巧みに指定のポイントへ第3使徒を誘導する戦闘機小隊の姿に、的外れな感想を述べる冬月&碇。
如何に軍事に関して素人とはいえ、酷いものである。
まあそうは言っても、この重要な作戦の展開中に、発進から30秒足らずで音速を超えたYF-10の性能と、
ブルーインパルス顔負けの曲芸飛行を披露するパイロットを、涎を垂らさんばかりの目で見詰める空軍長官の姿も如何かと思うが。
ってゆ〜か、作戦内容を理解してない点については、どちらも同レベルだし。
と、俺が内心呆れ返っていると、

「此方トライデントΓ。ポイントD−23地区にて民間人の少女を発見。救助部隊の来援を要請します」

浅利三曹より、アクシデント発生の報告が齎された。
トライデントΓより、データ収集用のカメラを通して送られてきたその映像には、
崩れかけた家屋の下で泣きじゃくる小学校二〜三年位の少女の姿が。
今の処、外傷は無い様だが、あのままでは遠からずガレキの下敷きになるだろう。

「司令部よりΓへ。要請を却下する。貴官が単独にて民間人を保護せよ」

ある意味、非情とも言える命令を下す大佐。
だがこの場合、責めを負うべきは民間人への退去を指示していた人間であり、
指揮者の性格によっては、少女の救出自体が断念されたとしても可笑しくない状況なのだ。
それを非難する者は、一秒の作戦の遅れが、容易に部隊の崩壊に繋がる事を理解出来ない人間だけだろう。
無論、彼らの主張が間違っていると言うつもりはないが、同様に、我々軍人とは生涯判り合えない人種なのも、また確かである。
戦場において、砂時計の砂は砂金よりも貴重なのだ。

「了解」

   ピッ

「とほほほっ。貧乏クジ引いちゃったな〜」

トライデントΓをその場にホールドして、直接少女を救出に行く浅利三曹。
軍人としては褒められた行動じゃないが、幼い少女にとっては、怪獣も戦車モドキのどちらも恐ろしい存在でしかない事が判っている辺り、
人間としては好感度が高いと言えよう。
ちなみにΓは、長距離からの高感度カメラによる撮影と、750oレールキャノンによって他の二機の撤退を支援する役目を担う移動砲台で、
優れた射撃能力を持つ、彼の長所を最大限に生かした機体である。

「よく頑張ったね。もう大丈夫だよ」

優しい声音で声を掛けつつ、彼は少女を刺激しない様、ゆっくりと近付いていく。
そして、浅利三曹がすぐ傍まで近付いた所で、彼に抱きつきワンワン泣き出す少女。
中々感動的なシーンの筈なのだが、静止衛星からの映像では頭上部しか写らないので、結構間抜けに見えてしまう。
う〜ん。やっぱり、カメラの照準を少女に合わせたままにしておくよう指示すべきだったな。

「此方トライデントΓ。民間人の保護を完了。撤退許可を願います」

泣きはらす少女を如何にか宥め、浅利三曹は少女を連れてトライデントΓへ。
だが、其処で彼を待っていたのは、陸軍長官からの非情の命令だった。

「司令部よりΓへ。 貴官の乗る機体の砲撃は、本作戦に於いて重要な意味を持つ。よって撤退は認められない」

「そんな、無茶(ドゴ〜ン)ぐわっ!」

反論しようとした瞬間、熱線砲による流れ弾の爆風に煽られるトライデントΓ。
当然ながら、激しく揺れるコックピット。
シートベルトをしていなかった事もあり、咄嗟に庇った少女は無事だったものの、浅利三曹は照準スコープに側頭部を痛打し悶絶。

「司令部よりΓへ。貴官は何を遊んでいるんだ!
 作戦開始時刻が迫っている。至急、指定のポイントへ急行せよ」

そこへ追い討ちを掛けるが如く、焦れた陸軍長官の叱責の声が。
つくづくツキの無い子である。

「こ…この少女は、如何するんでありますか」

「残念だが、安全圏まで運んでいる時間は無い。
 耐Gチョッキをその少女に着せた後、お前が抱きかかえてGを相殺しろ」

「了解」

   ピッ

「とほほほっ」

大佐によって指示された折衷案に納得しつつも、予想されるダメージに落ち込む浅利三曹。
無理もない。訓練中、アレには何度も気絶していたからなあ。

「どうしたの、お兄ちゃん?」

「えっと、その………アキちゃん。
 悪いんだけど、最後にもう一頑張りして貰えるかな?
 ああ大丈夫。そんなに危険な事じゃないから」

「さっきの地震みたいなのを、もう一回やるんだね。
 大丈夫。アキ、絶叫系マシンって得意だモン」

「有難う。それじゃ、ちょっと汗臭くて悪いんだけど、このチョッキを着てくれるかな」

内心の恐怖をひた隠しにつつ、如何にか笑顔らしきものを浮べて事情を説明。
かなり苦しい内容だったものの、司令部からの通信はヘッドギアに流れていた事と、窮地を救われた事による信頼補正によって、
快くこれを承諾する少女。
かくて、無事(?)トライデントΓは、指定の狙撃ポイントへの移動を完了した。

「姿勢ロック開始。トライデントΓ主砲発射モードへ」

浅利三曹の操作に従い、トライデントΓの脚部マニュピレーター稼動部が固定され、砲塔先端部が延び、レールキャノン発射孔が顕となる。

「5・4・3・2・1・撃て〜!」

「「「了解!」」」

  ド、ド、ド〜〜〜ン    チュドォ〜〜〜ン

司令部からのカウントに合わせ、戦車連隊&戦車小隊&トライデントΓによる軸足への一斉砲撃。
これにより第3使徒は、予め埋設して合ったN2地雷原に仰向けに突っ込み、大ダメージを受けた。

「はははっ。見たかね、我が軍が誇る新兵器、N2地雷の威力を」

完全に沈黙し、体表部が硬質化していく第3使徒の姿に、勝利を確信し、はしゃぐ陸軍長官。
大佐はそれを窘めつつ、時田博士に戦果の確認をした。

「時田博士、敵性体の状況は?」

「見るからに弱点っぽい赤い玉に直撃した御蔭で、予想よりはダメージを与えたみたいですが、致命傷には程遠いですね。
 表層部が硬質化して動きを止めているものの、質量自体の変化は無さそうだし、内部からは高エネルギー反応もでている。
 これは私見ですが、おそらくは自己修復中なんじゃないかと」

「鳥坂中将! 直ちにN2爆雷投下の指示を」

勝負所と判断し、陸軍長官は駄目押しの攻撃を空軍長官に依頼。だが、

「無駄ですね。
 敵性体は今ガードに集中しているらしく、例のフィールドの強度が三倍以上に強化されています。今度は傷も付けられませんよ」

時田博士は、それを言下に否定。
かくて戦自による対使徒戦は、ウチに幾つかの有益なデータを提供した後、予定通り暗礁に乗り上げた。

「仕方ありませんな。現時刻をもって、ネルフに指揮権を委譲するとしよう」

「ちょ、一寸待って下さい魚住大将。まだ、打つ手が無い訳じゃない」

「少し落ち着きたまえ獅子王君。
 私とて素人ではない。君の言う打つ手については容易に想像がつく。
 だが、それを実行した場合、余にも被害が大きすぎる。
 無論、最終的にはそれもやむなしとは思うが、此処は一つ、ネルフ御自慢の切り札の成果を見てからでも遅くはないんじゃないかね?」

自らの手で使徒殲滅に拘る陸軍長官も、階級に於いて上位の海軍長官には逆らえず、渋々これを断念。
かくて、TV版より九時間早く、ネルフへの指揮権委譲が行われた。

「時田博士、敵性体の再進行予測時刻は?」

「相手が相手なだけに確証はありませんが、およそ12時間後といった処です」

「了解。碇司令、御聞きの通り余り時間的余裕はありません。早急な対応を願います」

「……………」

大佐の要請に、沈黙をもって答えるゲンドウ。
差し詰めその意図は『一介の作戦指揮官に指図される覚えは無い』といった所か。

「何とか言ったら如何なんだ。此処から先は君の責任なのだよ。再進行前に何とかするのは当然だろう」

「まったくだ。君は此方が稼いだ時間を無為に浪費する気かね?」

「まあまあ、落ち着きなさい二人とも。
 ですが碇指令。私としても、敵性体の再進行より前に対応して貰う事を確約して欲しいですな。
 指揮権の委譲は、あくまでネルフに有効な手段があればの話という事をお忘れなく」

三長官に突っ込まれ、渋々再進行前に行動を起こす事を約束する碇ゲンドウ。
大方その心中で『奴らには何も出来ん』と嘯いている事だろう。
実際、TV版を見ている時も思ったのだが、常識とか道徳とかを無視すれば、この男の行動は、ルーチンワークの如く単純で読み易い。
極論すれば、後先の事情を無視して、その時点で最も確実な方法を取っているだけなのだ。
これはある意味、艦長と同種の行動とも言える。
だが、艦長がその天性の才能によって、八方丸く………いや、五方くらいは丸く治まる奇想天外な作戦を立案するのに対し、
碇ゲンドウのそれは、強固な権力を背景にした強引なゴリ押し。
他人に与える好感度に於いて、女神と悪魔よりも差があるのは言うまでもあるまい。

「この指揮権の委譲は万策尽きたが故のものではない。
 君らの出した結果によっては、再進行以後の損害についての責任を問う位の事は出来るんだぞ」

陸軍長官の退出時の捨てゼリフに、その背中を憎々しげな瞳で見詰める辺りにも、彼の底の浅さが覗える。
ん? こんな時に国連の軍事本部に連絡だと。
あっ、なるほど。現時点の情勢では三長官に手は出せないんで、腹癒せの矛先を大佐に向けた訳か。
(注:大佐は、昨年から国連より出向してきた事になっている。それ故、階級も一佐ではなく大佐のまま)
予想以上に腐った奴だな。だが、計画の上では好都合だ。
これで、此方が用意するまでもなく、大佐が此方に寝返る理由が出来た事になる。
それに、さっき陸軍長官が張ってくれた恰好の伏線を、有効に活用しない手はあるまいて。

おっと。どうせこれらは、使徒戦が終ってからの話。
そんな事より、浅利三曹の方は如何なっているかな?

「だ…大丈夫なのお兄ちゃん? なんか、凄い汗なんだけど」

「勿論、大丈夫。ちゃんと君を家まで届けるから、心配は要らないよ」

と言いつつも、滝の様に脂汗を流し、シフトチェンジの度に体がビクつく様は、到底大丈夫そうには見えない。
はて? その驚異的な性能を成立させる為、衝撃緩和装置(アブソーバー)は申し訳程度にしか付いていないとはいえ、
バッケットシートに六点式のシートベルトと、安全性にはキチンと対応した造りの筈なんだが。
エアバックの類も作動してない様だし。
う〜ん。おい、アーク。

   アイヨ ………、………

なるほど。主砲発射時に、少女の右肘が絶妙の角度で脇腹に入り、彼女を支える為にハンドルを掴んで固定していた左手も、
衝撃時のキックバックで痛めた訳か。
まさに雪達磨式の不幸だな。それでも笑顔を保ち続ける辺り、在りし日のアキトを彷彿………
って、おいアーク! ひょっとして、彼にも不幸因子が付いているじゃないだろうな?

   ソノケンニツイテ、トウキョクハ、イッサイカンチシテオリマセン

………何処で覚えてくるんだよ、そういうネタを。




   〜  八時間後。09:15、第三新東京駅正面出口  〜

MAGIによって捏造されたデータに元ずく、作戦失敗の積を問われての大佐の投獄。

手柄を横取りされるのを恐れ、ネルフの失敗を真摯に靖国神社にて祈願する陸軍長官。

『使徒には通常兵器は通じないんじゃなかったの!』とか『いったい何時になったら作戦は開始されるの!』
等と喚いて金髪の友人を困らせた挙句、不貞腐れて自棄酒を飲み始めた某ビヤ樽女の醜態。

その他もろもろの喜劇を俺が堪能し終えた頃、本編の主人公が第三新東京駅に到着した。
予定通り、頃合を見計らって接触させるべく、コミニュケで北斗に連絡を入れる。

   ピコン

『おはよ〜、シュンさん』

「あっ、枝織ちゃん。そろそろ出番なんで、北斗に変わってくれるかい?」

『ほえ。北ちゃんなら昨夜、『前祝だ』とか言って散々お酒を飲んだ所為で、まだ寝てるよ』

なんてこったあ!




北斗、襲来(2)