「わっ!」

あれから30分後。
一向に北斗が目覚めない為、仕方なく、偶然出会う役は枝織ちゃんに代行して貰う事になった。

「こんな所で何してるの? 良い子はシェルターに入らなくちゃいけないんだぞ」

生来の愛嬌と、この一年でかなりの進化を遂げた健康的なお色気によって、人見知りの激しいシンジ少年の警戒心を解いていく枝織ちゃん。
ミニスカートの裾から見える、柔らかそうなフトモモが実に眩しい。
そう、『見るからに柔らかそうな』フトモモなのだ。
既に御忘れの向きもあるかも知れないが、彼女は元暗殺者であり、その最大の武器は、相手に警戒心を持たせない無邪気さにある。
だが、そんな彼女でも、水辺のラウンジやホテルのプール等、肌を晒す場所で仕事をする場合、
一グラムの贅肉も無い、如何にもな体をしていれば、当然、警戒の対象となってしまう。
そこで編み出されたのが、本来は筋肉の効率的な使い方を指南した、木連式柔術奥義の応用である、この肉体操作術。
表層部の筋肉繊維をギリギリまで弛緩させて皮下脂肪に近い形態とし、その下の筋肉のみを動かす事で、
如何にも極普通の………否、抜群のプロポーションであるかの様に見せかけるという技である。
実際、北斗の体脂肪率は協力して貰えないんで判らないが、試合直前のボクサー並に低い事は疑う余地が無いだろう。
だが、枝織ちゃんの体脂肪率は、23.6%と女性のほぼ平均値をマークしているのである。
内臓脂肪が殆ど無い事を考えれば、彼女が如何に『作った体』をしているかが判ろうというものだ。

「えっと…それじゃあ、君はシーちゃんね」

「あの、シーちゃんって……」

「私って、人の名前を覚えるのも苦手なの。 だから、一文字だけで覚えちゃうのよ」

といった感じのやり取りから30分後。
待ち合わせの時間はとっくに過ぎているというのに、何故かあの女は一向にやって来る気配が無い。

おかしいな。今回シンジ少年は、無事第三新東京駅に着いている。
そして、此処とネルフ本部とは10km程しか離れていない。
TV版と違って、遅れてくる要因など何一つ………って、そうか!
畜生! さては、まだ寝ていやがるな、あの馬鹿女。

更に一時間後。
大分打ち解けはしたものの、両者の間に共通の話題が無いため、会話が途切れがちになり始めた頃、
御約束通りのボケをかましていた人物の駆る青いルノーが、爆音を響かせ疾走してきた。

「あっ、来た来た♪ お〜い、やっほ〜〜〜!」

身を乗り出して手を振る枝織ちゃん。
それに答える様に、ルノーは二人の僅か2メートル手前で、砂煙をあげながら右に90度回転し、
カウンターをあてて四輪ドリフトで横滑りに停車………する事なく、シンジ少年より2〜3歩分前に居た彼女を跳ね飛ばした。

なんてこったあっ!  
偶然か! 爆風から守る形で、シンジ少年の前にドリフトで横付けしたのは、只の偶然だったのか!!

「はあ〜、俺的市場に於ける葛城ミサトの株は更に下がったな。この辺で底値になってくれんもんかね」

「あら、随分と彼女を高く評価していたんですのね」

と言いつつ、対使徒戦用の衣装に身を包んだカヲリ君が、提督室に入ってきた。
らしかぬ辛らつな口調。だが、これは仕方あるまい。
実は彼女、俺以上に葛城ミサトを嫌っているのだ。
理由は多々あるが、最大のものは『大人のキス』と言えば、きっと御理解いただける事だろう。

「まあ、何だかんだ言っても、彼女はこの世界の主要銘柄の一人だからな。
 言ってみれば、どんなに相場が値崩れしても、米や小麦の需要が無くならないのと同じで、
 好むと好まざるとに関わらず、その動向には注意を払わざるをえんよ」

「提督も大変ね。私にとっては、葛城ミサトの株なんて銘柄登録にさえ値しないのに」

「そのココロは」

「取引(御付き合い)したくない相手ってことよ」

相変わらず上手い事を言うねえ。おっと、今はそれ所じゃなかった。
コミニュケの画像送信をOFFにし、音声も秘匿モードに設定した後、俺は枝織ちゃんに連絡を入れた。

『お〜い、枝織ちゃん。大丈夫かい?』

「シュン提督か。すまん、俺は今身動きが取れん」

あれ? 北斗に変わってる………って、おい。

「嘘だろ! まさか怪我でもしたのか?」

信じられん。戦車に轢かれたって掠り傷一つ負わないと思っていたのに。

「いや、そうじゃなくて。とても人前に出られる恰好じゃないんだよ。
 まったく。最近の枝織ときたら、訳の判らない雑誌を読みふけっては、俺の目を盗んでこんな恥ずかしい恰好で出歩いて!
 挙句の果てには、あんなヌルイ攻撃を貰う始末。弛んでいる、弛みきっている!」

おまえは頑固親父かい。
って、今は影護家の家庭の事情に首を突っ込んでる場合じゃなかったな。

『え〜と、服装のことなんだがな。多分そんな事を言うんじゃないかと思って、ポーチの中に圧縮したジーンズを入れ………』

俺のセリフが終らない内に、北斗は音も無く立ち上がり、二人に気付かれぬよう気配を殺したまま駅のトイレに駆け込んだ。
う〜ん。あの恰好を恥ずかしいと感じる辺り、北斗の情緒面も、かなり進歩したと考えるべきなのかな?

「なあ、このチャラチャラした服と鞄、捨てていっても良いか?」

俺が今後の教育方針について摸索している間に着替えが終わったらしく、北斗がそんな事を尋ねてきた。
抗議の声があがらない辺り、如何やら枝織ちゃんは、先程のショックで気絶している様だ。

『ああ。その辺に置いといてくれ』

安請合いした後、徐に、大佐の救出作戦を展開中のトライデント中隊に連絡を入れる。

『あっ、春待三尉か。 ……… そう、俺だ。
 帰りがけで構わんから、第三新東京駅のトイレからミニスカとポーチを回収して ………  そう、枝織ちゃんの私物だ。
 いや、流石に察しが良いな。(そんな! 万一盗まれでもしていたら如何するんです!) じゃ、よろしく。
 (ちょ、ちょっと提督! そういう一刻を争う事はカヲリさんに)』

  ピッ

ふっ。若いうちの苦労は買ってでもするものだよ。
頑張りたまえ、若人諸君。

「ごみんごみん。ちょ〜っちヤボ用で遅れちゃった」

「何を言ってるんですか貴女は! 自分が何をしたと思ってるんですか!」

「い、今はそれ所じゃないのよ!」

と、俺がささやかな軍事教練を施している間に、心に棚を作りまくって自己正当化に成功したらしく、
事故を無視して強引にシンジ少年を連れて行こうとする葛城ミサト。
そこへ、シンジ少年を掴んだ手を振り払いつつ北斗登場。

「誰よ貴方!」

「やれやれ。自分が跳ね飛ばした相手の事も判らんのか」

別人だと言いたそうなシンジ少年を目で制し、嘆息してみせる北斗。
そして、軽く鼻をひく付かせた後、

「匂うな。酒気帯び運転の挙句に人身事故か。免許剥奪は確実だな」

俺の入れ知恵通りのセリフで彼女を恫喝。
隣のシンジ少年もまた、葛城ミサトからアルコール臭がする事を支持した。
そう。あれだけの深酒をした以上、二〜三時間で酒気が抜ける筈がないのだ。
もっとも彼女の場合、何時計っても基準値をオーバーするだろうから、余り意味の無い前提条件な気もするが。(笑)

「判ったわ。でも、此方も緊急事態なの。
 幸い大した怪我もしていないみたいだし、その件は後日話し合うって事で良いかしら?」

何時ものノリが通じない相手だと本能的に悟ったらしく、珍しくまともな打開策を提示する葛城ミサト。

「よかろう。だがその代り、俺も同行させて貰うぞ。逃げられたら敵わん」

「仕方ないわね。それじゃ一緒に乗って頂戴………って、なによコレ!?」

だがそれも虚しく、振り返ったその先には、リア部分が半壊したルノーが。
そう。仮にも北斗(ひょっとすると、まだ枝織ちゃんだったかも知れんが)を跳ね飛ばしておいて、タダで済む筈が無いのだ。

「ア、アタシのルノーが………まだローンが33回も残ってるのに……」

にしても、これはまいったな。
使徒の再進行予測時刻まで、既に一時間を切っているというのに。
歩いて行けない距離じゃないが、途中で使徒に襲われたりしたら目も当てられん。
なんとなく、北斗なら生身でも勝てそうな気もするが、それじゃ本末転倒だし………お〜い、カヲリ君。

「足ならあるぞ」

かくてその五分後。カヲリ君が運び込んだ百花繚乱を、裏手の駐輪場から引っ張ってくる北斗。
そして、シンジ少年を小脇に抱えると、今だ放心していた葛城ミサトに、後部座席に乗るよう促した。

   シャー

「いや〜〜〜っ! なんで自転車が、こんなにスピード出るのよ〜〜〜!!」

   キキ〜〜ッ

「いや〜〜〜っ! ダイレクトに伝わってくる横Gが、とってもいや〜〜〜!」

百花繚乱の急発進&コーナーワークに悶絶する葛城ミサト。
年甲斐もなくキャーキャー騒ぐ姿は、はっきり言って見苦しい。

「だあ〜、五月蝿い! 少しはシンジを見習って黙ってろ!」

「その子は文句を『言わない』んじゃなくて『言えない』のよ、既に」

「ん? 何だ眠ってるのか。意外と良い度胸をしているんだな」

「世間じゃその状態は『気絶してる』って言うのよ!」

「そうなのか? まあ、別にそれでも構わんだろ。シンジは、しがみつく必要が無いんだし」

「そういう問題じゃね〜〜〜!!」

とかなんとか掛け合い漫才をやってる間にも、百花繚乱は無人の第三新東京市を快調に疾走し、
此方からのナビゲートもあって、迷う事無く無事にネルフ正面ゲートへ。

「まったく、信じられないわね。駅から此処まで5分弱だなんて」

「平均時速120qか。安全運転じゃそんなもんだろ? 三人乗りだったし」

「逆よ逆! 私のベストラップに迫るレコードが出せるなんて、異常すぎるわよあの自転車!」

到着後。TV版同様、順調に敷地内で迷子になりながら、尚も擦れ違いっぱなしの会話を続ける二人。
それにしても、あんな目に合いながらも、平気で北斗とコミニケーションらしきものを成立させるとは。
この順応性だけは評価すべきかもしれん。

「うっ…ううん」

「おっ。起きたかシンジ」

「え…ええっ! 此処はいったい!」

漸く目覚めたものの、周囲の風景の激変に戸惑うシンジ少年。
北斗に小脇に抱えられたまま身悶えするその様は、中々笑えるものがある。
ちなみに、施設侵入後の映像は、ネルフ施設内の監視カメラからのもの。
そう。如何に実験機以前の性能しかないとはいえ、曲りなりにも電子戦を想定した設備のロサ・カニーナにしてみれば、
MAGIなんて玩具を騙くらかすのは造作も無い事。
おまけに、病的なまでに死角なく監視カメラが設置されている御蔭で、幾らでも画像のアングルに拘る事が出来るという寸法でなのだ。

   ズイブント、ウレシソウダネ

ふっ、気の所為だ。

「そうですか。此処はジオフロントで、今は父の元に向かっている最中なんですね」

「ま…まあ、概ねそんな感じかな」

「ところで、先程から気になっていたんですけど、曲がり角に開いている穴は何なんですか?」

「え! えっとその、あれはね………」

シンジ少年の問いに、歯切れの悪い声を返す葛城ミサト。その彼女に代わり、

「あれか? あれは目印だ」

北斗が状況説明を引き継いだ。

「やたら入組んだ道なんでな。一度取った場所には、こうして印をしているんだ」

と言いつつ、北斗は人差し指で曲がり角の壁に穴を穿った。
驚くべきか呆れるべきか、真摯に悩むシンジ少年。
彼が見詰めるその先には、5つ目の印が穿かれた跡が。

う〜ん。なにせ、同じ通路を2度3度通るなんてのは当たり前だからな。
にしても、割と有名なイベントなんでそのまま残したが、時間の浪費以外の何物でもないなコレ。

そんなこんなで更に15分後。
あるエレベーターの前を通った時、御約束通り、赤木リツコが冷たい笑みを浮かべて現れた。
当然、白衣の下は水着のままだ。
アニメで見た時はソコソコ似合っていたような気もしたが、実写で見るとかなり変な感じである。

「あら、リツコ……」

「なにやってるの葛城一尉? 時間もなければ人手もないのに」

そのまま彼女は、TV番の様な調子で捲し立てた後、『ごみん!』と妙に子供っぽい仕草の謝罪を黙殺し、
シンジ少年を、実験材料か何かでも見るような目つきで見詰めつつ『例の男の子ね?』と、確認した。
はっきり言って不愉快な態度だ。

「誰だアンタは?」

北斗もその辺を感じたらしく、誰何の声にも敵意が籠もっている。
だが、素人の悲しさ。自分の置かれた窮地に気付かず、部外者は立ち去るよう、頭ごなしに命じる赤木リツコ。
かくて一触触発。とゆ〜か、主要キャラの一人が早々と天に召されようとした瞬間、葛城ミサトが割って入り、前後の事情を説明した。

「呆れたわね。本来なら懲戒免職………いえ、実刑判決ものよ」

説明後、何かに耐える様に頭を押さえつつ、吐き捨てるようにそうの宣う赤木リツコ。
そして、隣室にて待つよう指示するが、当然、それに従う北斗ではない。

「つまり、私の話も信用出来ないと言うわけ?」

「当然だろ。はっきり言って、この女よりアンタの方がずっと危険だからな。
 さっきアンタがシンジを見た目。あれは普通じゃなかったぞ。
 そうそう。ああいう目付きをする奴が、俺の知り合いにも一人いたな。
 そいつも医術を学んだ科学者で、被験者の怨嗟の声を聞きながら、美味そうにコーヒーを啜る様な奴だったっけ」

おいおい北斗。幾らなんでもそりゃ言いすぎじゃないのか?
ヤマザキと赤木リツコじゃ比較にならんだろう、科学者としての実力が。
似てるなんて言われたら、流石にヤマザキが哀れだぞ。

「強制的に摘み出しても良いのよ」

「面白い。やれるものならやってみな」

売り言葉に買い言葉で衝突する二人。
やれやれ、赤木リツコは此処でリタイヤか。
まっ、良いか。彼女の代役なんて、他のネルフ支部に幾らでも居る事だし。

「チョッとシンジ君、何処へ行くのよ!」

俺が赤木リツコに見切りをつけようとした時、響き渡る誰何の声。
何事かと其方を見れば、シンジ少年が、コッソリとその場を逃げ出そうとしている所だった。
『君子危うきに近寄らず』か。いや、思っていたより目端の利く子だった様だな。

「は、離して下さい葛城さん。
 なんか色々忙しそうだし、父に会うのは、また今度って事で良いじゃありませんか。
 そもそも、別に会えなくったって、僕はちっとも困りません」

「貴方が良くても、コッチが困るのよ! 貴方に帰られたらパイロットが………」

「ミサト!」

シンジ少年を引き止める最中、思わず失言を洩らし、それを叱責される葛城ミサト。
まあ予想はしていたが、矢張り『此処に来たばかりのこの子には無理です』の下りは、免罪符を手にする為の茶番だった様だ。
そんなこんなの遣り取りの後、シンジ少年は『北斗さんと一緒なら』との条件を提示。保身の為の知恵も、結構回る所を披露してくれた。
いやはや、先程まではどうなる事かと思ったが、将来に向けての明るい材料が幾つか見つかる結果が齎されようとは。
正に怪我の功名だな。

憮然とした顔のまま、彼らを案内する赤木リツコ。その腹の中じゃ、どうせ碌な事は考えていまい。
もっとも、それが実現する可能性は、エヴァの起動確率と違って、御前さんの腹一つと言う訳にはいかないがね。

「それで、初号機はどうなの?」

「B型装備のまま現在冷却中よ」

「ほんとに動くの? まだ一度も動いて無いんでしょう?」

「起動確率0.000000001%。09システムとはよく言ったものだわ」

「なんだか知らんが、そんな役立たずな物の話をしている暇があったら、
 シンジに父親の近況を話してやるくらいの気遣いをしても良いんじゃないか?」

ゲージに移動中、交される葛城ミサトと赤木リツコの御約束の会話に、北斗は、義侠心溢れる木連人らしいツッコミを入れた。
事前の打ち合わせに無いアドリブだが、ちょっと感動するくらい正論だ。

「失礼ね。起動確率は0ではなくってよ」

「まあそうだな。だが、役立たずだと判断するに充分な数字なのも確かだろう?」

「……………」

正にグウの音も出ない反論に、赤木リツコ沈黙。
とゆ〜か、幾らアニメ特有の根拠レスな説明セリフとはいえ、北斗に論破される程度の理屈しか用意出来ないってのは問題だと思うぞ。
TV版での言動といい、彼女は本当に才女という設定なんだろうか?

「あ…あの、僕は父の近況になんて興味ないというか、その………
 あっ、そうだ! 初号機って何ですか? 是非教えて下さい」

ギスギスした雰囲気を少しでも和らげるべく、孤軍奮闘するシンジ少年。
だがそれも虚しく、彼らを乗せたボートは、冷却水たるLCLのプールを渡っている間中、重苦しい沈黙を保ったままだった。




   〜  10分後、初号機ハンガー前  〜

「親父!」

暗闇からの初号機の顔面アップのシーンで、北斗が放った第一声がコレだった。
畜生、狙ってやがったな。ツボに入って笑いが止まらんぞ。
いつからそんなに御茶目になったんだよ、お前。
う〜ん。このシナリオの修正は容易ではないな。

「親父って。貴方の御父さん、アレに似てるの?」

「まあな。特に、爬虫類っぽい目元なんか瓜二つだぞ」

「………如何いう父親なのよ」

呆れ顔で相槌を打つ葛城ミサト。

「それで、この親父の巨大人形が如何かしたのか?」

「そうじゃなくて!
 これは人の造り出した究極の汎用人型決戦兵器、人造人間EVANGELION。
 極秘裏に建造された、我々人類の最後の切り札よ!」

脱線したままの会話を続ける北斗達に焦れたのか、赤木リツコは、声を荒げてこれを訂正。

「人造人間? 親父のクローンなのか。よく細胞が手に入ったな」

「貴方の父親とは何の関係も無いわよ。いい加減そこから離れなさい!」

再び口論となる二人。必死に仲裁に入るタイミングを計るシンジ少年。
それに集中していた彼が、肩を揺すられ其方に顔を向けると、そこには葛城ミサトの困り顔が。

「なんですか、葛城さん?」

「シンジ君、お父さんが来てるんだけど」

彼女が指差すのに釣られてシンジ少年が顔をあげると、初号機の頭上に設けられたブースに、髭面にサングラスの男が居た。
彼は10秒程その男を見詰め、漸くそれが自分の父親であると認識したらしく、

「ああ、久しぶりだね父さん」

と、一言挨拶を入れた後、再び二人の方に視線を戻した。
う〜ん。案外シンジ少年は、既に北斗の危険性を正確に把握しているのかもしれん。
中々侮れない資質を持った子だ。
にしても、いい加減そのネタのゴリ押しは止めろよ北斗。
パッと見は確かに似ていなくもないが、細部のデティールは全然違うじゃないか。
何より、北辰の兜には角が無いし。

「出撃」

シンジ少年の素っ気無い態度に、一瞬だけ憮然とした表情を浮べたものの、大事の前の小事とばかりにこれを黙殺。
御約束の命令を下すゲンドウ。

「出撃って、零号機は凍結中でしょ? まさか、初号機を使うつもりなの?」

「他に方法は無いわ」

葛城ミサトの反論に合わせ、北斗との口論を中断し、いきなりTV版のセリフを言いだす赤木リツコ。
う〜ん。実はコレって、台本とかあったのかも知れんな。

「レイはまだ動かせないでしょ? パイロットが居ないわよ」

「さっき届いたわ」

「マジなの?」

「碇シンジ君。あなたが乗るのよ」

「ほう。シンジ、お前パイロットだったのか。人は見かけによらんな」

心なしかTV版より棒読みな会話に、茶々を入れる北斗。

「違います! さっき始めてその存在を知ったばかりですよ、こんなもの」

「そうよ。レイでさえEVAとシンクロするのに7ヶ月も掛かったんでしょ?
 今来たばかりのこの子にはとてもムリよ!」

「座っていればいいわ。それ以上は望みません」

再び脱線しかかっているのを察してか、二人は強引に会話を進めていく。
その姿に、北斗は勿論、シンジ少年の目も、胡散臭い物を見るものに変わる。

「しかしっ!」

「今は使徒撃退が最優先事項です。
 その為には誰であれ、EVAと僅かでもシンクロ可能と思われる人間を乗せるしか方法はないわ。判っている筈よ、葛城一尉」

「そうね」

結局は納得してしまう葛城ミサトに、ついに笑い出す北斗&シンジ少年。

「何が可笑しいのよ!」

「いや、今の茶番が『私は知らなかった。でも、事情が事情だから仕方ない』とでも言うつもりかと思うとな」

「まったくですね。たとえ本当に聞かされていなかったとしても、前後の展開から見て、見当位はついていたでしょうに」

一頻り笑った後、シンジ少年はゲンドウに向かって事情の確認をした。

「父さん、本当にコレに乗せる為に僕を呼んだの?」

「そうだ」

平然と言ってのけるゲンドウに、シンジ少年はわざとらしく溜息を吐いて見せた後、

「正気なの父さん? 
 まさかとは思うけど、世を拗ねた自閉症の少年が、巨大ロボットのパイロットになった途端、
 いきなり人類愛に目覚め正義の為に闘うなんて、昭和後期のアニメみたいな事を期待しているんじゃないよね?
 もしそうなら、医者に診てもらう事を勧めるよ。精神科のね」

TV版からは想像もつかない様な毒舌を披露してくれた。
う〜ん。此処に来るまでに、散々ストレスに晒された御蔭で、可也の躁状態になっている様だ。

「他の人間には無理だからだ」

「どういう事さ?」

「説明を受けろ」

「え? それじゃ、ちゃんとした理由ってあったの?」

「操縦のだ」

「……………」

先程の北斗と葛城ミサトとの会話をも上回る言葉のデットボールに、流石のシンジ少年ハイパーバージョンも沈黙。そこへ畳み掛ける様に、

「乗るなら早くしろ。でなければ帰れ」

と、これまた御約束の最後通告。だが、

「じゃ、帰るよ。さよなら父さん」

TV版とは状況がまるで違う為、おもいっきり裏目に。
面倒臭そうに別れの挨拶を済ませた後、躊躇い無く出口へと向うシンジ少年。

「ちょっと待って。シンジ君、良いのそれで?」

「良いも悪いも、『帰れ』と言われたから帰るだけです。
 何より僕自身、もう一秒だって此処に居たくありませんし」

葛城ミサトがそれを呼び止めるも、無気力なTV版とは異なり、シンジ少年は明確な意思を持ってそれを拒絶。そこへ、

『使徒、再進行を開始。繰り返します。使徒、再進行を開始』

この茶番が後半戦に突入した事を告げる、緊急警報が響き渡った。

「ジンジ君、時間が無いわ」

「乗りなさい」

赤木リツコが促し、葛城ミサトが命令する。が、シンジ少年はそれを頭から無視。脱兎の如く、ゲージ出口に走り出した。
もはや疑う余地は無いな。明らかに彼は、此処に居る事の危険性を悟っている。
しかも、北斗に対してだけ敬語を使う辺り、その判断基準は可也確かなものと見た。

「駄目よ、逃げちゃ。お父さんから、何より自分から」

慌ててその肩を掴んで取押えると、葛城ミサトは、少し腰を屈めて顔を覗き込むような体勢で翻意を促す。
相手が家出少年なら中々立派なセリフだが、これから死地に送られようとしている者には通じる筈も無く、

「逃げて何がいけないんだよ!
 僕は一介の民間人。それも並以下の運動能力しかない無力な子供だよ。
 いきなり戦場に出るなんて、殺されに行く様なものじゃないか!」

正論を吐きつつ、必死にジタバタ暴れるシンジ少年。
それに全く反論出来ない葛城ミサト。
だが、それでも逃がさない様に肩を掴んだまま離そうとしない辺り、本当に良い根性をしている。

それにしても、このシンジ少年の豹変はラッキーだったな。
この茶番の矛盾点は、概ね彼が指摘してくれたし。
北斗の場合、何度練習しても棒読みになっちゃうんだよね、この辺の説明セリフ。

   ガラ、ガラ、ガラ………

出口付近で続く二人の不毛な攻防を遮るように、ゲイジにストレッチャーに乗せられた綾波レイが運びこまれてきた。
苦痛に耐え、なんとか身を起こそうとする彼女の姿に、シンジ少年の顔に憐憫の色が浮かぶ。

「シンジ君! あなたがエヴァに乗らなければ、あの娘が乗る事になるの!
 怪我した女の子を乗せて良いと思うの!? 恥ずかしいと思わないの!?」

その表情を脈ありと見てとったか、彼の罪悪感を煽る様なこと言い募る葛城ミサト。
と同時に、俺の堪忍袋の緒も切れた。

   ピッ

「ハーリー君。作戦名『ビヤ樽は用済み』を実行してくれたまえ」

アルカイックスマイルを浮べつつ、馬鹿女への天誅を指示。だが、

『駄目ですよ提督。その案は全体会議で没になったでしょ』

ちい。覚えていやがったか。
かくて、怒りに任せ、あわよくば(当然ながら、彼に責任の何割かを負担して貰う事も含む)を狙った俺の策は、
ハーリー君の無駄に発達した記憶力の前に頓挫した。
仕方なく、改めて全体会議で承認された次善の策の実行を指示する。

「判った。それじゃ、作戦名『牛チチ危機一髪』の方を」

『ちょっと早すぎませんか? 確か計画では、使徒が強羅絶対防衛線を越えてからの筈ですけど』

「良いから、今すぐ実行してくれ。責任は俺が取る」

『了解』

苦笑しつつも、ハーリー君は命令を受理。
この艦で、唯一ナデシコAに優る機能である簡易型ウインドウボールを展開し、
予め用意しておいた特殊回線を通じて、MAGIをシステム掌握&欺瞞情報に差換えた。
1ミリ秒にも満たない時間で行われたそれに、オペレーターの三人は全く気付かず、
彼らがモニター前で無聊を囲うその裏で、エヴァ初号機の起動準備が整えられていく。そして、

「初号機とのシンクロ完了。監視カメラの掌握完了。
 落下予定ポイントに葛城ミサトを確認。碇シンジの有効レンジからの退避を確認。
 オールグリーン。これより、作戦名『牛チチ危機一髪』を開始します」

シンジ少年が綾波レイを助け起こしに行き、葛城ミサトとの距離が離れたのを見計らい、これまた予め用意してあった爆破装置を起動。
その衝撃で天井部全体がゆれ、溶接部に切れ込みを入れておいた鉄骨が、葛城ミサトに向けて襲い掛かる。その瞬間、

   ザパ〜ン
          ガキッ

拘束具を引き千切り、TV版の様な構図で葛城ミサトを守る初号機の右腕。

「まさか!? ありえない! エントリープラグも挿入してないのに動く筈ないわ!!」

『信じられない』とばかりに叫ぶ赤木リツコ。

「それに、何故鉄骨が?」

悪かったな不自然で。
実際、本来なら使徒進行時の衝撃に合わせて行う筈だった仕掛けだからな。多少疑われる事くらいは甘受するさ。
そんな事より今は、展開に巻きを入れる事の方が遥に重要だ。
ハッキリ言って、あれ以上の醜態は見るに耐えん。

「インターフェースも無しに反応している? と言うより、守ってくれたの私を?………いける!!」

暫しの放心の後、葛城ミサトは、何か大事な物を見つけたとばかりに目を輝かせつつ、そう述懐。そして、

「シンジ君、乗りなさい」

って、何故そうなる? 
ああもう、苦労して作った伏線を完全に無視しやがって。
本気で脊椎反射だけで生きとるな、この馬鹿女。

「葛城一尉、臆病者に用は無い」

ゲンドウが冷厳な声音で葛城ミサトを制した。
だが、TV版とは異なり、この男にしては焦った表情をしている。
ま、それも当然か。使徒再進行後の被害の責任を取る事を、三長官に約束させられているからな。
幾ら好き勝手な事が出来る特務権限があっても、使える予算には流石に上限がある。
ヤツにしてみれば、市街地に被害が出る前にカタをつけたい処だ。

「いい加減離してよ! 戦争は民間人じゃなく軍人がやるのが筋でしょ!」

「駄目よ! この戦いには人類の存亡が懸かっているの。シンジ君じゃなきゃ出来ない事なのよ!」

「何故、僕なのさ!」

「エヴァを操縦出来るのは、貴方を含めて三人しか居ないのよ!」

「その根拠は!? 最低でも、ちゃんと自分自身で試した上で言ってるんでしょうね!」

「それは………」

シンジ少年の当然の疑問に絶句する葛城ミサト。
どうも、その辺の事情は考えた事が無かったらしい。
大方、赤木リツコが無理だと言ったのを、鵜呑みにしていたのだろう。

「もう良いだろう。いい加減諦めて、さっさとその少女を乗せたら如何だ?」

此処で漸く重い腰をあげ、北斗が再び会話に参加し、締めの部分へ話を誘導し始めた。

「信じられない! 貴方、自分が何を言ってるのか判ってるの!
 今のレイに、そんな事が出来る訳ないじゃない!」

「じゃあ、何故此処に連れて来たんだ?」

「それは………」

激昂し食って掛かるも、痛い所を突かれ尻すぼみになる葛城ミサト。
まっ、典型的な偽善者の彼女には『シンジ少年を追詰める為』とは答えられんわな。

「レイが………その少女が、搭乗不能だと理解して貰う為よ」

沈黙した葛城ミサトの後を引き継ぎ、感情を交えずに事実を語る赤木リツコ。
だが、この場合は相手が悪い。

「右手、単純骨折。左目、眼底骨折。右脇腹、三本骨折。
 肝臓及び両肺に軽度の損傷。全身に28箇所の裂傷。
 負傷したのは1ヶ月程前で、全治まで後二ヶ月と言った所か。
 この程度なら、充分戦闘可能だと思うが?」

綾波レイの状態を完璧に言い当てた上で、北斗は平然と戦闘可能を主張。
そう。常に極限の戦いを潜り抜けてきた彼にしてみれば、この程度の怪我など無いも同然なのである。
流石にこのリアクションは予測していなったらしく、赤木リツコも言葉を失う。

「それにだ、その少女はアレを動かす為の訓練を受けているんだろ?
 喩え片目片腕の状態でも、ド素人の操縦よりはマシな動きをするだろうに」

「エ、エヴァは思考制御によって操作されるものなの。だから操作に関しては素人でも何とかなるわ」

「なら尚更だ。持久戦はちと厳しいとしても、乾坤一擲の攻撃を仕掛けるぶんには問題あるまい」

如何にか紡ぎ出した赤木リツコの反論を、一笑に伏す北斗。
凄いぞ。これまでの練習とは比べ物にならない自然な演技だ。

「ふざけないで! 今のレイは、射出時のGにだって耐えられないわよ」

「ふざけてるのはどっちだ。
 怪我人を出汁に使うなんてゲスな真似しやがって。説得が目的なら、もう少しマシな方法を取りやがれ」

「なんですって! 私が何時そんな事をしたっていうのよ!!」

コイツには記憶能力が無いんかい。

と、そのまま葛城ミサトがキャンキャン喚いている間に、失敗を悟ったゲンドウが強硬手段にでたらしく、黒服の男達が駆け込んで来た。

「なるほど。今度は問答無用か」

嘆息した後、シンジ少年を拘束しようとした黒服Aを蹴り飛ばし、

「俺が一緒で良かったな、シンジ。ちゃんと地上まで送ってやるよ」

と言って、ニヤリと笑いかける北斗。

「て、抵抗す…」

   バキッ

「仲間がやられた位で一々動揺するなよ、三流」

口上を言い終える間もなく、宙を舞う犠牲者その弐。
だが、先程の黒服A共々、致命的なダメージではない様子。
うんうん。『可能な限り殺しは避けてくれ』と、口が酸っぱくなるくらい厳重に念押しをした成果は、予想以上にあがっている様だ。

「しゴギャ」

「ねベキィ」

「いグギャ」

「かメキョ」

「りボキィ」

「しゴスゥ」

「んボゴォ」

「じべゴォ」

そのまま、邪魔な草でも払うが如く、黒服達を片付けていく北斗。
その歩みを止めるべく、廊下の隔壁が次々に閉められる。

「爆砕点穴」

   ガコ〜〜〜ン!!

だがそれも虚しく、まるで障子紙でも破くかの様な容易さで、次々に突破されていく。

「な、なんなのよアレは!?」

説明しよう。
この世に存在する全ての物体は、分子の集合によって成立しており、その分子集合の凝集力の一番弱い箇所に衝撃を与えると、
その分子間の連鎖反応により極めてたやすく物体は破壊される。
この物体の臍とでもいうべき箇所は、学術的に『プルッツフォン・ポイント』と呼ばれており、
地球上で最強の硬度をもつダイヤモンドにおいても、そのポイントを見極めれば、鑿の一撃で一瞬にして粉ごなにすることも可能。
つまり『爆砕点穴』とは、その理論を応用した究極の破壊技なのだ。………と、この技の発案者たるラピスちゃんは言っていた。

だが、当然ながら、特殊装甲の隔壁を相手に、そんな事が出来る筈が無い。
さっき北斗が披露したものは、穴を穿った先から昂氣を送り込み、内部から爆発させただけ。
ぶっちゃけた話、昂氣を全開にすると、脳味噌常春な葛城ミサトが北斗を使徒と誤認しそうなので、
それを避ける為に生まれた擬態技なのである。

   チャプン

などと、俺が葛城ミサトの疑問に心中のみで解答している間に、律儀にも来た順序を逆に辿り、LCLのプールに飛び込む北斗達。
そして、碌に水影も見せぬ深度のまま泳ぎきり、対岸へと行き着いた。

「(ケホッ、ケホッ)ううっ、死ぬかと思いました」

「死ぬ訳ないだろ、たかが数十秒息を止めていたくらいで」

「問題はそれだけじゃないんですが………あっ、あそこの通路を通ってきたみたいですね」

イルカやシャチも真っ青なスピードで引き摺られた事への抗議は懸命にも口にせず、シンジ少年は、目敏く例の印を発見。
かくて、ヘンゼルとグレーテルの故事に習い、目印を頼りに出口へと向う二人だったが、

「おかしいな。途中までは順調だったんだが」

中頃まで戻った辺りで別区画に入ってしまい、再び迷子になっていた。

「如何します? 最後に見印を見た、渡り廊下の所まで戻ってみましょうか?」

無難な打開策を提示するシンジ少年。

「いや。出来れば今一度、話し合いのテーブルに着いてくれんかね?」

その背後から、初老の老人が話し掛ける。

「誰だ、お前は?」

「おや。そう言えば、自己紹介がまだだったね。私は、此処の副指令を勤めている冬月コウゾウ。
 まあ、肩書きこそ仰々しいが、こういう揉め事の後始末を押し付けられる、体の良い使い走りだよ」

「なるほどな。良いだろう。少なくとも、あの髭親父よりは話が通じそうだ」

臆せずに自分の前に出てきた冬月の態度が気に入ったらしく、北斗は二つ返事でこれを承諾。

「いや、助かるよ。それでは、ついて来てくれたまえ」

好々爺然とした態度で二人を促す冬月。だが、内心は『してやったり』と思っている事だろう。
う〜ん。ある意味、この手のハッタリにアッサリ引っ掛るのが、北斗の最大の弱点だよな。
まあ、こういうのは何度か騙されて学ぶもの。今回のコレは、良い経験だとでも思う事にしよう。

「それにしても、君の戦闘能力は凄まじいね。モニター越しでさえ鳥肌が立ったよ」

道すがら、冬月が世間話めかして探りを入れてきた。
TV版の人物像というフィルターが掛かっている所為か、相互理解とか妥協点の摸索といった好意的な解釈は出来ないが、
まずは妥当な行動である。

「あいつ等が無能なだけだ。戦い方がなっちゃいない」

「ほう。具体的に言うと、どの辺りがかね」

「組織的な行動が取れていない事。
 相手の逃げ場を奪う為の武器(マシンガン・スタングレネード等)を有効に使えていない事。
 何より、一番拙いのは覚悟が無い事。
 たとえ連中程度の腕でも、全員が死兵と化して突撃して来ていたなら、いくら俺でも無傷では済まなかっただろう」

「なるほどねえ」

北斗の物騒な解説に、茶飲み話を聞く様な態度で相槌を打つ冬月。
間違っても好意的にはなれない人物ではあるが、この胆力だけは評価すべきだろう。

「で、如何する。もう一度やってみるか?」

「折角の御誘いだが、辞退させて頂くよ。できもしない事を命じてみても意味が無いからね」

北斗の挑発を、何処吹く風とばかりに受け流す所も、流石は歳の功と言っておこう。




   〜  15分後 ネルフ発令所  〜

『一つ、碇シンジのサードチルドレン登録は、後日の話し合いによって決める事。
 一つ、シンクロの可能不可能に関わらず、協力に対する正当な対価を支払う事。
 一つ、シンクロしなかった場合には、速やかに安全な場所に避難させる事。
 一つ、影護北斗を碇シンジの後見人と認め、上記の約束の遵守を要求する権利を与える事。
 条件としては、こんな所か?』

事前の打ち合わせ通りのエヴァ搭乗条件を突きつける北斗。
その態度と内容に、葛城ミサトが噛み付かんばかりの眼光で睨み付けているが、口に出しては何も言わない。
いや、この場合は『言えない』と言うべきか。
一見、自由奔放に生きている様に見えるが、自分の作戦部長の地位を左右出来る人間には何一つ逆らえないのが、
この女の限界だからな。

「妥当な線だろうね」

当然ながらそれを黙殺しつつ、冬月はビジネスライクに話を進めた。

「シンジ君」

「は…はい」

「君にエヴァに乗ってもらいたい。労働条件は、北斗君の提示通りのもの。報酬は、君の言い値で構わない」

「………」

黙り込むシンジ少年。
周囲の状況の急展開に流されハイになっていた彼だったが、事の決定権を与えられた事で、元の内向性が顔を出した様だ。

「なあ、シンジ。お前、最初何を考えながら此処に来たんだ?」

決断を促すべく、北斗は行動の指針とすべき事柄を指摘した。

「………変えたかったんです。臆病で、何もできない自分を」

「臆病? この俺に、へらず口を叩くお前がか?」

シンジ少年の告白に、北斗は意外そうにそう問い返した。
まあ、ある意味もっともな疑問かも知れない。
何せ本国たる木連じゃ、真紅の羅刹は正に、力と恐怖の象徴とも言うべき人物。
一部の例外を除けば、彼の赴く場所は何処でもプライベートルームに変わるらしいからな。

「まあなんだ。そう深刻に考える必要も無いだろ?
 あの金髪の姉ちゃんの言葉を信じるなら、出来ない可能性の方が遥に高いらしからな」

「(クスッ)そうでした。たしか起動確率が、0.000000001%しかないんでしたよね」

北斗としては精一杯であろう軽口に促され、先程までのテンションを取り戻すと、

「約束、ちゃんと守って下さいね」

シンジ少年は、エヴァの搭乗を承諾した。




五分後。シンジ少年は、エントリープラグに搭乗。
説明らしい説明も無く放り込まれた所為か、シートに座った後も、キョロキョロと回りを見回している。
そして、そんな彼の不安に追い討ちを掛けるが如く、予告も無しにLCLが注水された。

「ちょ、ちょっと! 何ですかこの液体は!? 止めて下さい! 僕、泳げないんですよ!」

その情けない姿に苦笑しつつも、通信機越しに説明する赤木リツコ。

『それはLCLといって、エヴァとのシンクロを補助する為の物よ』

「あの。そんな事より、もう胸元まで来てるんですけど」

『そのまま肺にLCLを満たして。そうすれば直接血液に酸素を取り込んでくれるわ』

「そ、そんな無茶な」

『我慢しなさい! 男の子でしょう!』

シンジ少年が弱腰になったのを見て、ここぞとばかりに罵声を浴びせる葛城ミサト。
その感情剥き出しの姿は、如何見ても只の八つ当たりをしている様にしか見えない。
嗚呼。せめてこの言動が、彼に対するイニシアティブを握るのを目的としたものだったなら………

「溺死の恐怖に、性別なんて関係ないでしょう!」

『だ〜っ! 今が如何いう時だと思ってるのよ!』

「如何いう時も何も、こういう事は、普通は乗る前に説明(ガボ、ガボ、ガボ)」

と、俺が虚しい幻想に逃避している間も続いていた不毛な争いは、LCLがプラグ内を満たした事でタイムアップ。
そして発令所では、二人の醜態を無視し、EVA初号機の発進プロセスが進められていた。

「主電源接続」

「全回路動力伝達」

「第二次コンタクトに入ります。A10神経接続異常無し」

「思考形態は日本語をベーシックに」

「初期コンタクト全て問題無し。双方向回線開きます。シンクロ率………えぇっ!」

「どうしたの、マヤ?」

「シンクロ率0.11%、EVA初号機起動しません!」

「何ですって!」

「どういう事よリツコ!
 彼はEVAを動かせるんじゃなかったの!? 今更動かせないんじゃ困るのよ!」

「煩いわよミサト! 少し黙ってて!
 マヤ、1番から256番までのシステムをチェック、急いで!」

異常を察して問質してきた葛城ミサトに怒鳴り返した後、マヤに指示を与えつつ自分も別のシステムチェックを開始する赤木リツコ。
もっとも、幾ら頑張った所で無駄なんだけどね。

「くっ! だから素人を乗せるのには反対だったのよ!」

「どうなっているんだ碇? こんな事は俺のシナリオには無いぞ」

「ちっ、役立たずが」

予想外の事態に、それぞれ勝手極まりない事をほざくネルフ首脳陣。と、そこへ、

「あれ!?」

突然、オペレータ席の青葉シゲルが奇声をあげた。

「何なの!?」

「そ…それが、脳波・血圧・脈拍等のデータと照らし合わせますに、如何も、パイロットは気絶している様です」

「なっ!? ふざけんじゃないわよ! トットと叩き起こしなさい!」

彼のシドロモドロの態度とその報告内容が癇に障ったらしく、葛城ミサトは怒声を叩き付ける。
だが、既にプラグへの注水が済み、しかもプラグスーツを着ていないシンジ少年に対し、直接的な手段などある筈が無かった。




『……………起きろ! 起きろ! 起きろ! 起きろつ〜てんでしょ、このガキ〜〜〜〜!!』

「うっ…ううん」

かくて10分後。葛城ミサトの魂のシャウトにより、シンジ少年は二度目の気絶から復活した。

「ん? あれ、此処って? ………そうか。これって、本当に息が出来るのか」

「ふ〜〜〜っ、漸く起きてくれたか。で、シンクロ率は?」

「駄目。まったく変わらないわ」

「しょんな〜」

カルチャーショックを受けるシンジ少年の姿を無視し、再びエントリー開始。
期待を込めて尋ねたものの、それを裏切る結果に落ち込む葛城ミサト。

「いい加減に諦めたらどうだ? 元々動かせる確率は十億分の一しかなかっただろ?」

「くっ! リツコ、初号機のパーソナルパターンをレイのに書き換えるのにどのくらい掛かる!?」

北斗のイヤミに舌打ちししつつも、流石の馬鹿女もその言の正しさを認めたらしく、パイロットの交代を決意。だが、

「そのまま発進させろ」

ネルフ司令の諦めの悪さは、葛城ミサトの馬鹿っぷりさえも上回っていた。

「無茶です。あの少年はシンクロしなかったんですよ!」

激昂して反論するも、ゲンドウの『命令だ』の一言で沈黙する葛城ミサト。
しかしなんだ。本気でこの女が上に反論するのって、『私は反対した』つう免罪符が欲しい時だけなんだな。
終いにゃ感動しちまうぞ、此処まで徹底されると。

「契約違反だな」

「仕方ないじゃない! 他に方法が無いんだから!」

そして、北斗の非難に御約束通りの自己弁護。だが、

「仕方ないだと。お前、本当にそう思ってるのか? 
 あの髭親父が何を企んでるかは知らんが、動かない機体で放り出すなんて、100人に聞けば100人とも正気を疑う所業だぞ」

「そ、それは………」

流石の彼女も、この無茶苦茶極まりない事態の前には、『自分は悪くない』と主張し続けるのは難しい様だ。

「正論だな」

「も、問題ない」

「問題無い訳ないだろう。
 今すぐシンジを降ろせ。嫌だと言うなら、まず最初に、そこのコンソールを打っ壊す」

トップ二人の自嘲の言葉を耳聡く捉え、発進中止を勧告する北斗。

「待ってくれ北斗君。約束では『シンクロしなかったら』ということだった筈だよ」

「しなかっただろ?」

「それは違うね。僅か0.11%とは言え、彼は確かに初号機とシンクロしている」

それに対し、冬月は詭弁を並べ、その矛先を避けに掛かる。
まずいな。交渉事は、北斗が唯一苦手とする戦闘。まして、相手があの古狸では分が悪過ぎる。

「つまり何か?
 『死にそうな状況に追詰めれば動かせる様になるかも知れんから、取り敢えず敵の前に放り出してみよう』って言うつもりなのか?」

「そうだ」

「い、碇!」

そんな俺の危惧と冬月の思惑を他所に、ゲンドウは、いきなり論議を打ち壊しにする結論を口にした。

「正気か?」

「使徒の迎撃は総てに優先される」

「答えになっていないぞ」

「違約金なら言い値で払ってやる」

「受け取るべき人間が死んだら意味があるまい?」

「だからなんだ」

「……………(ギリッ)」

ゲンドウの余りの物言いに、流石の北斗も言葉を失う。
いや。正確には、アレをぶっ殺したい衝動を押さえるのに必死で、喋るだけの余裕が無いと言うべきか。

「何をしている。早く発進させろ」

北斗の沈黙を良い事に、ゲンドウは再度初号機の発進を命令。
その言葉に、周りのオペレータ達は、弾かれたように発進準備を再開した。

『発進準備開始』

『第1ロックボルト、第2ロックボルト外せ』

『解除確認』

『第1拘束具を除去、同じく第2拘束具を除去』

『1番から15番までの安全装置を解除』

『内部電源充電完了』

『了解。EVA初号機、ウイングキャリアへの積込開始』

『積込終了。ウイングキャリア進路クリア。オールグリーン』

『発進準備完了』

「了解。司令、構いませんね?」

オペレーター達からの報告を受け、葛城ミサトは司令席を振り仰ぎつつ最終確認。

「無論だ。使徒を倒さぬ限り我々に未来は無い」

「碇、本当にいいのか?」

冬月の小声の問いに、ゲンドウは何も答えず、表情を動かす事さえしなかった。
正に鋼鉄の如き面の皮だな。此処までくると敬意にすら値するから不思議だ。

「発進!」

葛城ミサトの命令により、初号機を乗せたウイングキャリアが上昇。
やがて夜の帳に包まれた第3新東京を映し出したモニターに、使徒に向けて飛び立って行くウイングキャリアの映像が現れた。

「シンジ君、死なないでよ」

それを見送りながら呟く一言。その言葉自体は偽りではないだろう。
だが、文字通りの死地に送り出しておいて今更な台詞だぞ、この馬鹿女!




『次回予告』

エヴァの敗北。だがそれは全ての始まりにすぎなかった。
北斗との空間から逃げだし一人でいいと言い切るシンジ。ミサトは無関係を決め込もうと決心する。
だがそれは、余りにも甘い考えに過ぎなかった。
シンジはその夜、自らの目を疑う。

次回「見知らぬ、天丼」

放たれた矢は標的を射抜くか。地に落ちるか。




ピン、ポン、パン、ポ〜ン

尚、この次回予告は、北斗が最後まで我慢できた場合のものです。
番組撮影中に彼がキレた場合は、これ以後の放送を割愛させて頂きます。

『………そういう事態を回避するのが貴公の使命だろ、オオサキ殿』




あとがき

お久しぶりです、でぶりんです。
序章がそれなりにまとまった話なので、
『このまま真・仮○ラ○ダ○の様に投げっぱなしにするのもアリかな?』
という危険な誘惑に勝利し、どうにか第一話を投稿する事が出来ました。
これはひとえに、もったいなくも前作の様な拙い作品に御感想を下さった方達の御蔭です。
この場をお借りして、厚く御礼申し上げます。

今後の本作品ですが、原作通り、全第26話の予定でおります。
従って、本作品が尻切れ蜻蛉な形で終わったのも、原作に準拠させて頂きました。
それと、この第一話自体は、前作を投稿した時点で約95%。
平たく言えば、このあとがき以外は完成していたものであり、今もって、私は超遅筆です。(爆)
また、第二話なのですが、構成上、シュン提督の一人称だけで統一する事が出来なくなってしまいました。
そこで、判り難くなって申し訳ありませんが オマケの話以外は、文の前に、三人称の場合はSYSOP、一人称の場合はOOSAKIと付けますので、
そのつもりで御読み下さい。 それでは、実質的な後編にあたる、第二話の方でも御目にかかれる事を祈りつつ。




オマケ

 

 

 

 

感想代理人プロフィール

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代理人の感想

うーむ、正直ヘイトは読んでて気分が悪い(苦笑)。

敵として設定するならともかくも、味方キャラに対するそれは「嫌いつつ付き合わねばならぬ上司」のようなもんで読んでて「こりゃつきあいきれんなー」って感じがするわけですよ。

ただ、今回北斗が出張る当たりとシンジが搭乗を承諾するあたりはそんなヘイトの中で一服の清涼剤でしたね。

「男の子だぞ」ってセリフはああ言うときに使うもんです。

 

 

 

今回の誤字脱字(てにをはの欠如等ケアレスミスは除く)

病状はたいしたことない→症状

話題展開・・・普通は「話題転換」かなぁと。

羆、可笑しい、齎され、如何いう(どういう)など、必要のない変換が多い。自分で書けない漢字は変換しないほうがよい。

シリガロ→細葉巻はシガリロ。

敵生体→敵性体

指揮権移乗→委譲

元ずく→基く、ないし基づく。「ず」「づ」の間違いは案外多い。

イルカやシャチも真っ青なスピードで引き摺られた事への抗議は懸命にも口にせず→賢明にも