【大神官ゴートの24時】




チュン、チュン
             ガラッ

うむ、今日も気持ちの良い朝だ。
大いなる神の御技の一つ、太陽の恵みを一頻り浴びた後、本日の勤めを開始する。

【7時00分】タオの御尊顔を写し取ったポートレートを前に気合を入れる。
       おお、我がタオよ。御身の指し示し下さる理想郷の実現に向け、貴方様の忠実なる下僕は、今日も俗世にて頑張っておりまする。

【7時10分】朝食と一緒に某スタミナドリンクを飲む。正直、ひたすら不味い。
       だがこれは、タオが是非にと御奨め下さった品であり、
       また、これを飲む様になってから、やや精度に難のあった我が異能の能力が、すこぶる安定している。
       タオの御配慮に感謝しつつ、今日も有難く飲み干す。
       う〜ん、やっぱり不味い。

【7時35分】ネルガル本社に出勤。今日は表の仕事の予定だ。
       退屈で無意味なものだが、これも俗世で生きる者の務めであり、現在の肩書きは、タオの理想を実現させる上で極めて有効な物。
       おいそれと失う訳にはいかない。
       ミスターの機嫌を損ねない程度の実績を挙げるべく、それなりに身を入れて職務をこなすとしよう。

【7時43分】いきなり部下Cから救援を求められる。
       やれやれ、ゆっくり朝の茶を飲む余裕も無いとは。
       とゆ〜か、まだ始業時間前だぞ、まったく。

【8時35分】部下Cを救出。
       この間命じておいた商品の仕入れをしくじり、納品チェックの際に取引先と揉めたらしい。
       うだつのあがらないやつだ。

【8時45分】落ち込む部下Cを適当に慰めながら取引先から帰社。
       やはり表の仕事はつまらない。早く家へ帰りたい。

【8時52分】女性社員Aがニヤニヤしながら部下Cをからかっている。
       しかも、慰めるフリをしながら、本音は心底蔑んでいる。
       時に、こうした醜い感情まで見えてしまうのが、我が異能力の唯一にして最大の欠陥だ。
       おかげで、最近チョッと女性不審気味になっている。

【9時00分】本日の書類仕事を始める。

【9時45分】部下Aが、とある建設工事に関する報告書を提出してきた。
       秀逸な出来であり本人も得意顔だが、実際にこれを作ったのは女性社員Bだという事を俺は知っている。
       だが、あえてそれを咎める気は無い。
       この手の実力は、そうした人脈の有無も含めて評価すべきだと、若い頃の火遊びによって良く知っているからだ。

【10時11分】部下Bが会計報告書を提出。コイツは、この手の地味な仕事を地味にこなす陰気な男だ。
        こういう奴が横領でもしていてくれたら、話が面白く転がるのだが、
        子供の小遣い程度の経費まで律儀に記載している現状では、そうしたドラマは到底望めそうも無い。
        しかも、女性社員Aに心底惚れている癖に、異能力を使わなければそれと判らなかった程、まったく表に出さないときている。
        コイツは何が楽しくて生きているのだろう?

【11時00分】外回りで取引先へ。「よくきたな、ゴートくん!」と某社長に肩を叩かれる。相変わらず元気なヤツだ。
        だが、それももう長くは続くまい。この間紹介された今度の愛人は、可也の性悪だったからな。
        きっとケツの毛まで毟られるだろう。いい気味だ。

【11時40分】交渉成立。売掛金の大部分を回収できた。
        渋る社長には『新規プロジェクトの為の資金確保』と言っておく。
        これで、この会社が潰れても被害は最小限で済む。めでたい事だ。

【11時42分】取引先を辞去する時、噂の愛人とすれ違う。
        その手には新作のシャネルのバック。表には高級外車が。
        既に末期症状。今回の訪問は、ギリギリのタイミングだった様だ。
        ホッと胸を撫で下ろす。

【11時58分】昼休みに滑り込みセーフで帰社。
        女性社員Aがニヤニヤしながら部下Cに話し掛けている。
        どうやら、また奢らせるハラのようだ。
        一計を案じ、その場にいた全員に声を掛け、皆で昼食に行く。
        無論、俺の奢りでだ。
        些か痛い出費だが、こういう形でなら、協調性に欠ける本命の娘も断れまい。

【12時15分】とある郷土料理の店に入り、異能力を駆使して主人にある裏メニユーを作らせる。
        女性社員Aが『何コレ、キモ〜イ』とか言っているが、お前の感想など如何でも良い。
        肝心なのは女性社員B。何時も通りのポーカーフェイスだが、この俺にそれは通じない。
        眼鏡の奥の瞳が僅かに潤んでいる事まで丸判りだ。
        久しぶりにソウルフードを口にした御蔭か、目に見えて血色の良くなる女子社員B。
        うんうん。何せ彼女は、ウチの分室の裏エースだからな。
        ホームシックに掛かって辞められたりでもしたらかなわない。

【12時45分】食事終了。ついでなので、彼女が店にきたら原価すれすれの価格でこれを出す様、主人に暗示を掛けておく。

【12時50分】帰社。部下Cがションボリしながらチョッと豪勢なホカ弁を食べている。
        姿を見掛けないと思ったら、俺が皆に声をかけるのとすれ違いに、今食べている女性社員A注文の品を買いに行っていたらしい。
        うだつのあがらないやつだ。

【13時00分】書類仕事を再開する。

【13時50分】ふと見ると、女性社員Aの姿が無い。また、給湯室で怠けているようだ。
        無駄に高い物ばかり注文された事と相俟って、チョッピリ殺意が湧く。

【14時30分】女子社員Aが小一時間かけて煎れた茶を飲む。出涸らしのうえ冷めている。
        ミスターではないが、彼女に給料を支払う事は、とんでもない罪悪なのかもしれない。

【15時49分】電話で某社長が泣きついてきた。
        仕方なく、金庫の金を持ち逃げしたであろう愛人の逃亡先を、それとなく教えてやる。………俺も甘いな。

【17時41分】部下Aが何やら騒いでいる。
        色々能書きを並べているが、要するに飲み会をやりたいらしい。
        財布として俺も参加させられる。昼に続き手痛い出費。困ったもんだ。

【20時15分】一次会終了。
        その席で気付いたのだが、部下Aと女性社員Bの間には、深い溝が生まれつつあった。
        女性社員Bの控えめな………だが、必死なサインにまったく気付かない部下A。
        最近の彼は、彼女の便利さに慣れ過ぎ、まともなケアを行っていない様だ。
        俺の資金力を当てにし、二次会にも引っ張っていこうとする女性社員Aをあしらいつつ善後策を練る。
        鍵となるのは、女性社員Bが、外見に似ず極度の寂しがり家である点だ。
        チョッと前であれば、俺自身が彼女の面倒をみた所だが、今となっては、そんな暇は無いしその意思も無い。
        そう。我が身は既に、神に捧げらたものであり、一丁事ある時には、タオの盾となるという大事な役目があるのだ。
        やはり、適当な相手をあてがうのがベストだろう。
        天狗状態の部下Aに翻意を促しても無駄だろうし。

【20時35分】異能力を駆使し、彼女向きの手の掛かる男とのツーショットを演出。
        後は野となれ山となれだ。

【20時55分】急いでカヲリ君との待ち合わせ場所に向かう。
        彼女もまた、タオに御仕えする者の一人だ。
        予定より2時間近くも遅れたにも関わらず、彼女は嫌な顔一つ見せずに微笑んで出迎えてくれた。
        流石にタオの御側近くで働くだけのことはあると感心する。

【21時00分】2015年の世界に到着。いきなりのギラつく太陽に面食らう。

【21時05分】納期に間に合わせるのは無理だとぬかす軟弱な建設会社社長Aを、異能力で強制的に説得する。

【21時25分】同じく社長B・C・D・Eを説得。

【22時15分】ダークネス秘密基地建設予定地を視察。
        ついに完成した、タオの仮初めの居城となる大首領室を前に悦にいる。

【22時48分】視察を続行。不埒にも怠けていた作業員Aに制裁を加える。

【00時15分】視察を終え、自宅に到着。風呂に入り、パジャマに着替える。
        以前は一人寝など論外な事だと思っていたが、今ではまったく気にならない。
        寧ろ、ベッドが広くなって清々している。
        これも、神の下僕として成長した証。
        タオの御導きにより、情欲に溺れる愚かな感情が淘汰された御陰である。
        感謝の祈りを捧げた後、就寝。




翌日。出社すると、やけにツヤツヤとした顔色の女性社員Bと、ゲッソリした顔の部下Cがイチャついていた。
どうやら上手くいった様だ。
これで女性社員Bも持ち直すだろうし、部下Cのドジの尻拭いまでも期待できる。
我ながら、歴戦の仲人も真っ青の見事な縁結びだ。
ひょっとすると、これも神の下僕として成長した成果だろうか?
次は、女子社員Aを寿退社させる算段でもするとしよう。

おお、我がタオよ。御身の指し示し下さる理想郷の実現に向け、貴方様の忠実なる下僕は、今日も俗世にて頑張っておりまする。