>SYSOP

時に、2199年3月31日。
木連外周部に位置する宙域を航行中のロサ・キネンシスの一室にて、一人の男が瞑目していた。
アカツキ ナガレ。あの地獄の様な大戦を戦い抜いた勇者の一人である。
命懸けで………掛替えの無い戦友の犠牲によって、漸く掴んだ平和な時代。
だがそれも、この作戦の結果によっては、束の間の夢に終る事になりかねない。
争いを無くす為、敢えて再び戦場に立たんするその心中は如何許りか。余人には、到底推し量れぬものがあろう。
そして、長きに渡る沈思黙考の末、彼は、一つの悟りを開くに至った。

「ふっ…ふふふっふふ。良いねえ。素晴らしいね、この設定!
 非公式な模擬戦とは言え、裏面の事情に通じた者なら、注目せざるをえない大舞台。
 エステ隊の隊長は僕。他のメンバーは、ピカピカの新兵とサポート型の機体を駆るマキ君。
 我が愛機ジャッジも封印を解かれたし、新開発の量産型ガイアのサポートでDFSの制御もバッチリ。
 しかも敵将は、既に裏取引で因果を言い含めてあるサブロウタ君。
 約束された華麗な勝利! 正に僕が主役! 
 嗚呼、前からずっと、僕はこういうのが演りたかったんだ!」

「近頃めっきり疎遠になっている各務さんに、自分をアピールする絶好のチャンスって訳ね」

「その通り! ………って、エリナ君! 何故此処に!」

「幾ら呼んでも返事がなかったからよ。
 それで、その裏工作の為に、一体幾ら注ぎ込んだの?」

「いやその、今のは言葉のアヤと言うか………決して、その様な事実があった訳じゃなくてだね」

「まあ良いわ。今更、使ってしまったものは戻らないしね。 だから(ギュッ)せめてその分働きなさい!」

「イタイ、イタイってば。判った、僕が悪かった。だから、髪を引っ張るのだけは止めてくれ、エリナ君」

かくて、英雄は再び、戦いの渦中へとその身を投じるのであった。

その頃、火星駐屯地では、




「………見知らぬ天井だな」

『元』ネルフ総司令官が、新たな職場での初日を迎えていた。

また、2015年では、

「………見知らぬ天井だ」

奇跡の生還を果した本編の主人公が、病院のベットで朝を迎えていた。

また、ネルフ本部の宿直室では、

「………見知らぬ天井ね」

ネルフが誇る作戦部長の朝が、

「まっ、イイか。じゃ、オヤスミ」

始まらなかった。







オ チ コ ボ レ の 世 迷 言

第2話 見知らぬ天丼







   〜  8時間後。模擬戦が行われる、木連艦隊との開戦予定ポイント  〜

太陽系標準時間10:29。ロサ・キネンシスは木連艦隊と接触。
カトンボ級戦艦15隻からの艦砲射撃によって進路を阻まれ、小惑星群を背後に背負う形での開戦となった。

「敵、包囲陣完成まで後35秒」

「ロサ・キネンシス、左舷回頭第二戦速。エンジン、ゼロモードに移行。ミナトさん」

「OK。さ〜て、いよいよ出番ね」

ジュンに促され補助席を立ったミナトは、軽く伸びをした後、操船舵を握った。
その姿からは、気負いなど微塵も感じられない。

「すみませんね、折角の休日でしたのに」

一瞬、素顔に戻り謝罪するジュン。

「いいの、いいの。
 なんせ、この艦を動かせるのは私だけなんでしょう?
 最高のスティタスじゃない。これで降りたら女が廃るわよ」

「説明しましょう。
 現在、相転移エンジンの最大保有数は、ミルキーウエイ条約によって厳格に管理されている為、
 如何に業界最大手のネルガルといえど、戦艦クラスに使用する為の大型の物を極秘に建造する事は不可能だったの。
 そこでこのロサ・キネンシスのエンジンは、モスボール処理をされたナデシコAからチョロまかした物を使用しているってわけね。
 とは言え、一基のみ、それも先の大戦中に散々無理をさせた中古品を使用する以上、
 まともな方法では、とても予定のスペックを稼ぎ出す事は出来ないわ。
 そこで、チューンにチューンを重ねた結果、そのハイパワーの代償に、僅かなパワーバウンド(エンジンが効率良く回る回転数)を外すと、
 とたんに出力が急低下する、まるでF―ZEROマシンの様なエンジンが出来上がったと言う訳なの。
 これが、ゼロモードと名付けられた由縁ね。
 当然、操舵の難易度も、従来とは比較にならないものとなるわ。
 つまり、この艦の真価を発揮出来るのは、超一流の腕を持ち、尚且つギア比の制御を行うオペレータと阿吽の呼吸を体現した人物。
 ハルカ ミナト嬢以外には居ないという訳なのよ」

緊迫し始めたブリッジの空気を完璧に無視し、イネスはライフワークとも言うべき説明を始めた。
これがナデシコ艦橋ならば、どのような内容であろうとも、クルー達の注目を集めずにはいなかっただろう。だが、

「左側先頭の敵にミサイル発射。艦速、もう一段アップ。
 包囲陣の先端をかわす為に動いている様に見せかけろ」

「「了解」」

「だ、誰も構ってくれないなんて……」

今回は余りにも状況を無視しすぎたと言えよう。
そう。今回の戦闘は、模擬戦でありながら、これまでの戦いでもっとも張り詰めた空気を纏っていたのだ。

「ヤンマ級戦艦12隻が微速前進。本艦左舷への移動を初めました」

木連側の艦隊は左舷の厚みを増し、包囲網を突破しようとするロサ・キネンシスの頭を押さえに掛かる。
だがそれは、ジュンの予測通りの行動だった。

「ロサ・キネンシス最大戦速。小惑星群へ。突入と同時に、ハードバリア展開」

「了解」

「説明しましょう!
 ハ『只単に、ディストーションフィールドの展開に全出力を回すだけです』言うのは………ホシノ ルリ、貴女ね!」

「今、かなりヤバイ状況なんです。少し黙っていて下さい、イネスさん」

「突入開始」

ミナトの気合の乗った声と共に、ロサ・キネンシスは小惑星群突入。
エンジンをカットし、最大戦速で稼いだ推力による慣性航行に移る。
無数に飛来する小惑星。
それを神懸り的な操船によって巧みにかわし、最小限のダメージで突破するロサ・キネンシス。
これにより、木連艦隊左舷の斜め後ろに出た形となる。

「今だ! 艦を右に120°回頭」

「OK! ルリルリ、エンジンブレーキお願い」

「了解」

0.7秒のエンジン逆回転後、2速で再接続。逆制動を無理矢理利かせパワースライド風に急旋回するロサ・キネンシス。
ヘアピンコーナーの軌跡を描き、砲首を背後に回りこんだ左側艦隊へと向ける。

「グラビティ・ブラスト発射!」

   ズギュ〜〜〜ン!!

そして、満を持して放たれる漆黒の奔流。
ジュンの描いた絵図面通り、左側包囲網の層を厚くしていた木連艦隊は、展開していた戦艦の約30%を一瞬にして失った。

「エステバリス全機出撃。
 以後、その指揮はアカツキ大尉に一任する。敵戦艦が反転する前に勝負を決めろよ」

「「「了解。(ふっ、任せたまえ)」」」

発進する量産型ガイアを装着したジャッジ。
それに続く、鯖とエステバリス・カスタムを駆る5人の新兵達。
後方に配置されていた敵チューリップも、バッタを雲霞の如く射出してこれに応戦するが、

「ほ〜ら、何処を狙っているんだい?」

今更バッタでアカツキを止められる筈が無く、スキャパレリプロジェクトで火星を目指していた頃のアキトを彷彿させる動きで敵艦隊に肉迫し、

「ふっ、堪らない手応えだね」

本家DFSにて次々に敵戦艦を落していくアカツキ。
もはや彼は、完全に調子に乗っていた。

「………隊長! 応答願います隊長! 
 駄目ですマキ中尉。どうも、向こうで回線を切ってるみたいです。以後の指揮を御願いします」

「やれやれ、そうまでして目立とうとするなんてね。
 もっとも、優れた戦術家でもある各務さんの目から見たら、あんなの無駄に戦局を引っ掻き回しているだけとしか映らないでしょうけど。
 正に、一発!カン太君」

「「「は?」」」

「良いトコ見せたいそのワリに、悪いトコだけ良く目立つ。………駄目ね、スランプだわ」

「「「……………」」」

新兵達は、とことん不幸だった。

「ポイントD−57へ最大戦速。絶対に後ろに回りこまれるな」

「エンジン、もう限界です」

「後15…いえ、10秒もたせて!」

「くそっ、アカツキは何をやってるんだ! 肝心のチューリップから引き離されたんじゃ、敵の思う壷じゃないか」

開戦から一時間後。
包囲網からの脱出こそ果たしたものの、ロサ・キネンシス側も決定打を得られず、
木連艦隊の取った縦深陣を突き崩せないまま、戦いは膠着状態に陥っていた。

「ブリッジよりエステ小隊へ。
 敵のジャミングが厚くて、アカツキに連絡が付かない。奴を此方に引っ張ってきてくれ」

『此方イズミ。
 悪いけどチョッと無理ね。バッタの数が多過ぎるわ。私が抜けたら艦に張り付かれるわよ』

「判っている。
 だが、このままじゃジリ貧だ。なんとか新兵の中から連絡役を回せないか?」

『それはもっと無理よ。今、アレが何処に居ると思ってるの』

その頃、木連艦隊が作り出した縦深陣の反対側では、

「随分と遅めの御登場だね、サブロウタ君」

「すいませんね。なんせ俺、艦隊司令官も兼ねているもんで、色々ヤボ用があるんっスよ」

「うんうん。二足の草鞋ってのは、往々に無理が出るからね。その手の事は、僕にも覚えがあるよ。
 まっ、それはそれとして。御誂え向きに周りを気にしなくても良い宙域にいるみたいだし、一丁派手に戦闘(や)ろうじゃないか」

主戦場を遠く離れた宙域にて、ジャッジ(量産型ガイア装着バージョン)VS炎神皇(完全武装型)の一騎打ちが始まろうとしていた。
ちなみに、アカツキは考え無しに敵戦艦を撃破し続けて此処まで来たのだが、現在この宙域に彼が居るのは、決して偶然等ではない。
此処までの展開は、敢えてジャッジの鼻先に戦艦を配置する事で此処まで誘導した、サブロウタの綿密な采配の賜物なのである。
そう。三姫との結婚を間近に控えながら、これまで遊蕩が祟って貯金の貯の字も無い彼は、
見せ場を演出する事でアカツキから礼金をせしめ、尚且つ模擬戦を勝利に導き、東中将からの報奨金を貰うという、
今回の起死回生の金策に人生を賭けていた。

    ガガガガッ、
           バキュン、バキュン
                     バス、バス、バス
                            ズキュ〜〜〜ン

「ちょ、一寸待ちたまえ。幾らなんでも弾幕厳し過ぎだろ。
 ってゆ〜か、そんな無茶苦茶な改造しっちゃって、後で三姫君に叱られないかね?」

左手のラビットライフル。右手のレールキャノン。更に両肩にマウントされた六連ミサイルポッド。
止めとばかり胸から放たれる小型グラビィブラストのコンボに、流石のアカツキも面食らう。

「格上の相手と闘ろうって時は、針ネズミみたいに武装するのが御約束ってもんでしょ。
 それに、こういうのは劣勢から挽回するからこそ効果的なんじゃないんっスか?」

「なるほど。古の格闘家が提唱した風車の理論ってヤツか。流石、ツボを心得た良い仕事をするねえ」

「御褒めに預かり恐悦至極。それじゃ、もう一発いきますよ」

かくて、模擬戦の勝敗にまったく寄与しないこの戦闘は、その戦術的価値に反比例するが如く、高度且つ洗練された技量の基に激化していった。

「説明しましょう。
 あの炎神皇フルアーマバージョンは、サブロウタ君に依頼され、この私が設計した………」

「いい加減にして下さい、フレサンジュ博士! 
 これ以上の妨害行動は、利敵行為と見なして強制退場させますよ」

普段のヘタレぶりからは想像もつかない厳しい態度で、ジュンはイネスの説明を封じた。
敢えて彼女をフレサンジュ博士と呼ぶ辺りに、彼のケジメが覗える。

「判ったわよ! 
 まったく。なんなのよこのギスギスした雰囲気は。これじゃまるで軍艦の中みたいじゃない」

「まるでもなにも、此処は100%軍艦の艦橋です」

ブリッジの空気に、まったく馴染めないイネス。だが、これは無理もない事だろう。
現在ロサキネンシスブリッジは、ナデシコAとは似ても似つかぬシリアスモード。
軍艦の艦橋が、本来あるべき姿をとっているのだ。
ちなみに、足りないクルーは、木連から極秘裏に助っ人を調達した為、
ロサ・キネンシスブリッジクルーで『純』軍事行動未経験者は、彼女とミナトだけだったりする。
(ジュンは士官学校。ルリは未来に於いて経験済み)

そして、開戦から約二時間後。
今回行われた模擬戦は、規定の交戦時間を使いきり、両軍引き分けという形で幕を下ろした。

「本模擬戦の監督委員会監査艇からの停戦信号を確認。
 太陽系標準時間12:35、交戦終了。皆さん、御疲れ様」

ジュンが艦長として停戦を宣言し、次いでクルー達に労いの言葉を掛けた。
それを合図に、艦内の空気は元のナデシコ風のものに。

「アオイ君も御疲れ様。
 でも、なんか可笑しな感じよね。もう引退した身だって言うのに、初めて軍人さんをやった様な気分だったわ」

交戦中、誰よりも真剣な面持ちで操艦に望んでいたものの、矢張り違和感を感じていたらしく、ミナトがそんな感想を漏らした。

「すみません、だいぶ負担を掛けてしまったみたいですね。
 でも、大戦中のナデシコが異常なんであって、先程までの空気こそ、本来、軍艦のあるべき姿なんですよ」

「まあ、そうでしょうね。
 でも大戦中、どんなに厳しい時だって、さっきみたいにはならなかったわよ?」

「当たり前ですよ。当時のナデシコ艦長を、誰が務めていたかお忘れですか?」

「なるほどね。これはお姉さん、一本取られたわ。」

(これがあるべき姿だと!
 交戦中、ミナトさんに対し頭ごなしに命令した事だけでも許しがたいのに、今度はなんと馴れ馴れしい態度で。
 くっ。やはり奴めは、あの日あの場にて切り捨てておくべきだった)

和やかに談笑する二人の姿に、オブザーバーとして乗り込んでいた某木連士官は、一人、敵愾心に燃えていた。

「畜生、グレてやる」

その片隅で、太陽系最高の頭脳の持ち主が、生まれて始めて味わう類の屈辱感に、その身を震わせていた。
これが2015年のロサ・カニーナの作戦行動に。
ひいては、後の太陽系の歴史に大きく関わる、ある大事件の呼び水となるのだが、現時点で、それを知りえる者は居なかった。




    〜  2015年 第三新東京市郊外 サキエルとの交戦跡地  〜

「そろそろ公式発表の時間ですね。先輩、シナリオB−22、成功すると思いますか?」

さんさんと陽光の降り注ぐテントの中、マヤはデータの打込みの手を止め、
後ろでコーヒータイムを楽しんでいたリツコに、今回の情報操作の有効性について尋ねた。

「無理に決まってるじゃない」

言下に無効と断言しつつ、リツコはその根拠たるTV画面を指差した。

『尚、この放送は、各国首脳が我が国家の宣戦布告を受理した旨を公式に認めるまでエンドレスで放映させて貰っております。
 大変御迷惑を御掛けしております………』

「こう何度も放送が繰り返されている以上、遅くとももう二〜三日後には、国連を通して世界が『アレ』を認知するでしょうね。
 少なくとも、例の機動兵器がCGか何かだと主張出来るデータでも揃えない限り、エヴァがボロ負けした事実は隠し様が無いわ」

と言いつつ、自虐的な笑みを浮べるリツコ。その顔には、既に諦観の念が浮かんでいる。

「せめて、この放送だけでも何とかなれば………」

「それだけじゃ話にならないわね。
 何せあの連中、自分達が使徒を倒したって証拠を山程残していっているのよ。
 現在行われている国連査察団の審議が終了しだい、今回の敗戦の件も含めて、ネルフの機密の約70%が世界に暴露される事になるでしょうね」
 

「使徒の遺体の解体差し止め命令、出ちゃいましたしね」

使徒を見上げつつ、悔しそうにそう呟くマヤ。
だが、リツコの見解は、国連からの通達を理不尽と受け取った彼女とは異なるものだった。

「そんなもの、有っても無くても大して変わらないわよ。
 大昔の特撮宜しく、生命活動を停止した時点で急速腐敗して塵に帰りにでもしない限り、あんな馬鹿デカイものを短時間で消せる訳が無いでしょう」

「でも!」

「そう。勝ちさえすれば、国連だって見て見ぬ振りをしてくれた筈よね。
 でも、私達は敗北した。だからこそ問題なのよ」

「なんで、こんな事になったんでしょうね?」

リツコの語るネガティブな未来予想図に落ち込みつつも、マヤは敗戦の原因について尋ねた。

「私達の能力が足りなかったから。それ以上でも以下でも無いわね。
 まあ、ミサト辺りに言わせれば、『シンジ君がエヴァを動かせなかった所為』って事になんるでしょうけど、
 それを彼の責任にするのは、筋違いも良い所だわ。
 『彼がエヴァを動かせる』というのは、此方の勝手な推測。
 おまけに、彼はパイロットとしての訓練なんて一度も受けた事が無いんですもの」

「じゃ、あの………」

敬愛する上司に、これまで責任転嫁していた相手の正当性を指摘され、慌てて矛先を変えようとするマヤ。
だが、リツコはそれを制し、

「北斗君を恨むのは、八つ当たり以外の何物でもないわよ。
 それどころか、私達が今こうして生きているのは、彼の御蔭とさえ言えるわね。
 あの場に彼が居なければ、シンジ君はエヴァに乗ってくれなかっただろうし、
 何より、アレに本部を殲滅されていたかも知れないわ」

「なんなんでしょうね、アレ?」

「さあ? 現在までの実績だけで語るなら、使徒を倒した人類の救世主だけど、
 そんな風に呼ばれても喜びはしないでしょうね。何せ………」

何時に無く、芝居ががったタメを作った後、

「悪の秘密結社だものね」

新しい玩具を見つけた子供の様に瞳を輝かせつつ、アレの正体を口にするリツコ。
その嬉しそうな姿とは対照的に、自己正当化の芽を完全に潰されたマヤは、敗戦の責任を肌で感じ始め、その事に恐怖していた。

その頃、幹部用ネルフ宿直室では、

『こんにちは、お昼のニュースです。先ずは各項目から。
 非常事態宣言が撤回されてから丸一日が経過した今日、政府は公式に特務機関ネルフの存在を認め、
 先の戦闘に関する資料の提出を求める意向を明らかにしました』

『はい、現場の園場です。私は現在、第三新東京市の郊外に程近い、第7再開発地区に来ています。
 辺りには、使徒と呼ばれる怪獣によって付けられた足跡や、熱線砲によって炭化した瓦礫などが残っており、あの戦闘の激しさを物語っています』

『一番拙いのは、あの作戦部長。彼女の言動ですね。
 はっきりいって、あれは酷すぎます。今日び小学生だって、もっとマシな交渉というものを知っていますよ』

「ななななっ! なんなのよ、これは〜〜〜!!」

漸く目覚めたネルフ作戦部長が、起き抜けに何気なく観始めたTVの内容に、激しく激怒していた。

   プルルル〜

「はい、赤木です」

『X★☆%&!』

事の真偽を確かめるべく、ミサトは親友に連絡を入れた。
だが、完全に頭に血が上っている為、そのセリフは、意味不明を通り越して言語にすらなっていない。

「(ハア〜)ミサト、少しは落ち着きなさい」

『落ち着いていられるわけないでしょう! いったい何が如何なっているのよ!』

親友の普段と変わらぬクールな態度に少しだけ冷静になり、日本語での会話を思い出すミサト。

「取り合えず、チャンネルをNHKに合わせなさい」

『何よそれ。(ピッ)なっ! 何よコレは!!』

チャンネルを合わせた途端、映し出された自分の醜態に、ミサト驚愕。

「見ての通りよ。どう? 少しは昨日の事を思い出したかしら?」

『なんでこんなモンが放映されてるのよ!』

「さあ? 何故かしらね」

『ふざけてる場合じゃないでしょ! サッサと放送を中止させて!』

「無理よ。この放送は、NHKが流してる訳じゃないもの。
 それに、此処での放送を中止できたとしても、他の国への配信は防ぎようが無いわ。
 となれば、いずれネットか何かで逆輸入されてくるでしょうから、余り意味が無いわよ」

『そんな〜〜〜!!』

「敗軍の将が晒し者になるのは世の理よ。潔く諦めなさい。
 そんな事より、これからの事を考えた方が余程建設的だわ。
 例えば、シンジ君の事は如何するの? 彼、もうとっくに目覚めてるわよ」

『…………』

リツコに振られたセリフからシンジの事を思い出し『アイツの所為で』と叫びそうになるミサト。
だがその直後、動かない機体で放り出した事実を思い出しシュンとなる。

「私はこれから見舞いに行くんだけど、一緒に来る?」

『やめとく。正直、彼には会わせる顔が無いから。会わない方が良いわよ、きっと。
 それに、幸か不幸か、彼はパイロットにはなれないみたいだから、会う必要も無いし』

本能的に危険を察知したらしく、ミサトは、もっともらしい理屈を並べ見舞いに行くのを拒否。
だが、その甘い考えは、リツコによって言下に打ち砕かれた。

「まあ、彼らに会いたくない気持ちは判らなくも無いけどね。
 でも、会わずに済ます事なんて到底不可能よ。
 貴女には、彼らに対して、果さなければならない義務がタップリあるでしょ」

『義務って?』

「悪質極まりない契約違反と、人身事故の示談の相談よ。
 彼らと友好的に話がしたければ、せめて此方から出向く位の誠意は見せるべきじゃなくて?」

『リ、リツコ。それ、代わりにやっといてくれない?』

「嫌よ。どちらも責任者は貴女でしょ。特に、後者については100%貴女だけの問題だし」

リツコに非情な現実を突きつけられ、真っ白になるミサト。
そして、我に帰った彼女が逃亡を図ろうとした時、

「ほら、サッサと行くわよ」

処刑執行人と化した親友に腕を掴まれ、そのまま総合病院へと引き摺られていった。




   〜  第三新東京市国立総合病院  〜

   シャリ、シャリ

「ん。出来たぞシンジ」

と言いつつ、北斗は、綺麗にカットされたウサギリンゴを差し出した。

「あ…有難うございます」

礼を言いながらも、口にするのを躊躇うシンジ。

「如何した? 毒なんて入っていないぞ」

「いえ、そうじゃなくて。
 何と言うか一寸、こういう家庭的なのは北斗さんのイメージじゃなかったから。
 それに、なんか妙に手馴れているみたいですし」

北斗の的外れな問いに促され、シンジは、恐ず恐ずと自分が感じた戸惑いを語った。

「此処一年ばかりの間は、ウエイトレスを生業にしていたからな。門前の小僧のなんとやらだ」

「……………ウエイトレス?」

酢を飲んだ様な顔になるシンジ。
如何やら、可也イケナイものを想像したらしい。

「何を想像しとるんだ、お前は」

「何をって………ああ、そうか。実際に働いていたのは、もう一人の人格の、枝織さんの方なんですね」

「当たり前だ。俺にウエイトレスが勤まる筈があるまい」

その内容こそ些かズレているものの、昼食後のデザートを摘みつつ談笑を楽しむ二人。
そんな平和な一時の後、

「さて。腹ごしらえも済んだ事だし、そろそろ行くか」

「行くって、何処へです?」

「あの時の少女の見舞いだよ。
 ほんの一時とはいえ戦友だった相手だ。それくらいの事はするべきだろ?」

北斗は、昼食の乗っていたトレイを片付けながら、シンジに、レイの見舞いを促した。

「こ、此処がファーストチルドレンの病室です」

病室を出てから30分後。
当然の様に迷子になっていた二人だったが、偶然通り掛かった看護婦に案内により、無事レイの病室へと辿り着いた。

「やり過ぎですよ北斗さん。あの人、真っ青な顔してましたよ」

逃げる様に立ち去る看護婦の姿を見送りながら、シンジは北斗を窘めた。

「やり過ぎ? 俺はただ『エヴァのパイロットは何所に居る?』と尋ねただけだぞ」

如何にも心外だという顔で反論する北斗。

「第三者的視点から見て、あれは立派に脅迫です」

「そうか? 俺としては、なけなしの愛想を総動員していたつもりだったんだが。
 ちゃんと枝織の真似をして、ニッコリ笑って上目遣いにお願いしたし」

「あれは『不敵に笑った』と言うんです。
 それに、上目遣いなら良いと言うものじゃありません。
 『素直に吐かなければ殺す』と目が言っていましたよ」

「判った判った。ったく口煩い。お前は零夜か。男の小姑なんて見苦しいだけだぞ」

北斗は手を振ってシンジの小言を封じると、レイの居る病室のドアを開けた。

   ガチャリ

「おう、まだ生きてるか?」

「って、なんて事を言うんですか北斗さん! それも女の子を相手に」

TPOを無視しまくった北斗の見舞いの言葉に抗議するシンジ。
『男子三日会わざれば即ち活目して見よ』と言うが、何をするにも無気力だった一昨日までの彼とは、別人の様なツッコミ振りである。だが、

「生命活動に支障は無いわ」

「そうか。それは重畳」

世間とは異なる感覚のこの二人の前には、空回りするだけのピエロに過ぎなかった。

(なんなんだ、この会話は。
 でも、何故か二人とも平然としているし………
 ひょっとして、僕の方が間違っているの? ぼ、僕は此処に居ても良いの?)

御得意の自問自答を繰り返すシンジ。
一皮向けた後も、この辺の所は変わっていない様だ。
そして、その不幸っぷりもまた然り。 彼が現実逃避をしている間に、比較的穏やかに進んでいた二人の会話は剣呑なものへと変わってゆき、

「命令があれば、そうするわ」

との、レイの御約束のセリフを機に、一気にヒートアップした。

「ちっ。正規のパイロットと言うから、どんな奴かと態々見舞いに来てみれば、只の木偶人形とはな」

「私は人形じゃないわ」

「なら、もう少しマシな返答をしろ。自分で物を考えん奴など猿にも劣るぞ」

レイの態度に苛立ちを隠せない北斗。
その分身である枝織に至っては既に激怒しており、さかんに交代を主張している。
彼女にしてみれば、嘗て北辰の殺人人形だった頃の自分のカリカチュアを見せられている様なもの。その存在自体が疎ましいのだろう。
かくて、両者の間で激しい主導権争いが興り、その結果によっては、早くも『三人目』が登場する事になろうとしていた時、

「悪いけど、退室して貰えるかしら? 
 どうやって此処まで来たかは………まあ想像がつくけど、一応、レイは面会謝絶って事になっているのよ」

到着したリツコが割って入った事により、レイの命運を占う危うい均衡は、北斗の側に軍配が上がった。

「それで、あの髭親父には何時会える?」

退室後、病院のロビーで、北斗は切り口上に要点のみを尋ねた。

「その前に、重要な伝達事項があります」

「何だ?」

「本日13:15を持って、特務機関NERVは、碇シンジ並びに影護北斗を強制徴兵します。無論、貴方方に拒否権は在りません」

それを封じる形で、リツコは事務的な口調で理不尽な命令を下した。
修羅場を予測し、逃亡を図るシンジ&ミサト。
だが、意外にも北斗の返答は穏やかなものだった。

「ほ〜う。では、召喚令状を見せて貰おうか。
 ついでに、周りにいる看護士達にもな。公文書偽造現行犯の証人になってもらう」

「………貴方に、この手の事に関する法知識があるとは思わなかったわ」

作戦が失敗に終った失望と、当面の命の危険が去った事に対する安堵が綯交ぜになった複雑な顔を浮べるリツコ。

「実際、そんなものある訳ないだろう。
 単に『私は嘘を吐いています』とアンタの顔に書いてあっただけだ」

「(フッ)商売柄、死に対する覚悟は出来ているつもりだったけど、『つもり』でしかなかったみたいね。
 やっぱりこの交渉は、貴方の事を知らない人間に任せるべきだったかしら?」

「そうでもないさ。
 仮にそれが本物だったとしても、結果は大して変わらん」

「でしょうね」

「ちょ…ちょと、どういう事よリツコ」

二人の会話から、ネルフの伝家の宝刀が、通じない所か存在しない事を匂わされ、
慌ててミサトは、開き直ってサバサバとした表情のリツコに事情を問質した。

「現在ネルフは、その特務権限の大部分を失効しているのよ。
 その理由については、こんな所じゃとても言えないわ」

そう言って、ミサトの追求を封じた後、

「さて、御両人。
 色々あったけど、現在ネルフは、貴方達との和解を望んでいます。
 ついては、その件で"副指令"と話をして貰えるかしら?」

二人をネルフ本部へと誘った。




   〜  ネルフ本部 赤木ラボ  〜

「………と、いう訳よ」

本部に到着し、北斗達を冬月の待つ第一応接室まで送った後、
ヒステリーを起したミサトを宥めすかしつつ、リツコは如何にか一通りの説明を終えた。

「なんで司令が失踪した位で、特務権限が無くなっちゃうのよ!」

だが、彼女の献身的な努力は、余り実を結んでいなかった。

「国連が認定した特務権限の行使者は、碇司令唯一人だからよ。
 つまり、貴女が自分の特務権限だと錯覚していたものは、あくまで碇司令に委任され、その代行を行っていたに過ぎないのよ」

「どうせ書類上の事でしょ。その辺はホラ、MAGIでチャチャ〜と誤魔化せないの?」

「そんなこと出来る訳ないでしょ! 私達は法治国家の住人なのよ。
 それとも何? 我らが作戦部長殿は、中世ヨーロッパの貴族宜しく、自分は何をしても許されるとでも思っていたの?」

聞き分けの無いミサトに業を煮やし、彼女の心理的甘えを指摘するリツコ。
だが、相手はそんな事位で意気消沈する様なタマではない。

「あっ、そうだ! 要は司令が居れば、それでイイのよね。
 なら、イザとなったら怖くなって逃げちゃったのなんかトットとリストラして、新しいのに来て貰いましょうよ」

(呆れたわね。ウチを毛嫌いしている戦自でさえ、そこまでは言わなかったというのに。
 いえそれ以前に、本当に司令が逃げたと思っているのかしら、この馬鹿女は)

ミサトの勝手な言い草に頭痛を覚えるリツコ。
だが、仮にも作戦部長の要職にある者の意識が、このままで良い筈が無い。
なにより、今彼女が言った事を公言された日には、只でさえ低下しているネルフ一般職員の士気は、取り返しのつかない所まで落ちる事になるだろう。
仕方なくリツコは、噛んで含める様に一つ一つ、その甘い考えの問題点を指摘した。

「良いの? そうなったら、多分貴女は、新司令の就任当日にクビよ」

「なっ! なんでそうなるのよ!」

親友の思いもかけない発言に激昂するミサト。
それを長年の経験を生かして巧みにいなしつつ、リツコは尚も説明を続ける。

「次期総司令の最有力候補と言えば、ドイツ支部のラングレー司令。そして、彼が極度の日系人嫌いだからよ。
 徹底した合理主義者でもあるから、いきなり全職員を解雇する様な事はしないでしょうけど、実績の無い人間を置いておく事は、まず無いでしょうね」

「し…仕方ないじゃない。運用できる兵器が無かったんだから!」

「人類の命運を掛けた戦いに『仕方ない』なんて言葉が介在する余地があるわけないでしょ。
 第一、先の第三使徒戦で貴女が晒した醜態だけでも、免職の理由には充分よ」

「別に他所から招かなくても、副指令がそのまま昇進すれば………」

「日本政府との折衝。第三新東京市の実質的運営。各部門のゼネコンとの談合。
 副指令の仕事は、多岐に渡る上に余人に引継ぎが可能なものじゃ無いわ。
 まして、使徒が襲来した現在では尚更ね。
 それに、そもそも総司令の人選に、貴女の意向が反映される筈がないでしょう」

「そ…そりゃそうだけど」

漸く事態の逼迫さに気付き、シドロモドロになるミサト。
だが、彼女が目を逸らしていた問題は、これだけではなかった。

「ついでに言えば、貴女が犯した最大の失態は、ダークネスとの交渉の余地を無くしてくれた事よ。
 はっきり言って、アレは今思い出しても寒気が走るわよ、まったく。
 自軍より明らかに戦力の勝る相手に喧嘩腰で命令するなんて、貴女気は確かなの?」

「あの時は、ちゃんとその権限が………」

「ある訳ないでしょ。
 あんなその場の思いつきでの徴発が認められたりしたら、世界中で暴動が起こるわよ。
 まして、相手は悪の秘密結社よ。正当な理由の元にキチンと法手続きを踏んだとしても、要請に応じる筈がないじゃない」

「そう、それよ! なんだってあんな連中を野放しにしておくのよ!!」

「いい加減、現実から目を逸らすのは止めなさい。
 貴女が今言っている事は、現在巷で『使徒なんて非科学的なものが存在する筈が無い』と主張して失笑を買っている、
 石頭な自称見識者達のそれと変わらないわよ」

劣勢を跳ね除けるべく御得意の逆切れを起すも、付き合いの長いリツコには通じず、進退窮まるミサト。
そして、それに追い討ちを掛けるが如く、司令部より送られてきた一枚の命令書が、彼女を更に打ちのめした。

「げ、減俸6ヶ月。(泣)」

「あら、降格も左遷も無しだなんて。流石副指令、温情溢れる処分だこと。
 おまけに、減俸した分を北斗君への慰謝料に当ててくれるなんて、一寸甘過ぎ………」

「何処がよ! 6ヶ月間も給料30%カットなのよ! 私に死ねって言うの!!」

リツコの正直な感想を遮り、ミサトは自身の困窮を訴える。
だが、当然ながらそれは、リツコに何の感銘も与えられなかった。
それもその筈、何せミサトは、一尉の俸給+幹部手当と、平均的な二十九歳女性の三倍近い給金を貰っている高給取り。
しかも、扶養家族は一人も居ないのだ。
これで生活に困るとしたら、自業自得としか言い様が無い。

「それにしても参ったわね」

駄々子の様に喚きつつ、世の不条理を訴えるミサトを黙殺しつつ、リツコは、同封されていた北斗達との契約書のコピーを眺め、溜息を吐いた。

(第五条『碇シンジの拘束期間は、正パイロットである綾波レイが退院する5月1日迄とし、
 それ以後は、いかなる理由があろうと、契約の延長は認めないものとする』か。
 まあ、前後の事情を考えれば、良く此処までの妥協を引き出せたものだと感心するけど、計画遂行の上で、これは明らかなマイナスね。
 と言って、北斗君を相手に力押しなんて愚の骨頂だし………
 ま、いいわ。今は未来の心配より目先の問題。
 今後どういう展開になるにせよ、先ずはシンジ君にシンクロして貰わなきゃね。
 でないと、総てが始まらないわ)

暫し熟孝した後、そう結論付けたリツコは、影護家を表敬訪問すべく、尚もしつこく駄々を捏ねていたミサトを促し、自分のラボを後にした。

その頃、北斗とシンジは、




    〜  第三新東京市郊外 〜

「おかしいな。外に出るまでは順調だったんだが」

「上手く直通のエレベーターに乗れましたからね。
 それにしても、確かに変ですね北斗さん。
 街並みが地図と全然違うし………それ以前に、昨日はもっとビルが乱立していましたよね?」

御約束通り、迷子になっていた。

    パシュ  グイ〜〜〜ン

「なっ! ビルが………生えてきた?」

「う〜ん、判らんな。何故こんな回りくどい事をするんだ?」

驚きつつも、その近未来的シュチエーションに憧憬の眼差しを送るシンジ。
それとは対照的に、北斗は心底不思議そうに首を捻った。

「え? え〜と、危険だから避難していたんじゃないんですか、多分」

「いやだから、手間隙を掛けてこんな仕掛けを作ったって事は、危険が予測されていたって事だろ?
 なら、態々モグラ叩きの出来損ないみたいな機構を付けるより、最初から地下に都市を作った方が安全性が高いだろうに」

「そう言えばそうですね。何でなんだろう?」

かくて、機せずTV版同様にビル群が浮上するシーンを目撃する事になった二人だったが、
その感想は全く違うものとなり、『貴方が守った街よ』イベントは不発に終った。

それからニ時間後。
第三新東京市中を練り歩いた後、二人は如何にか夕食前に下宿先であるアパート『芍薬』に到着した。
意外にも、極普通の外観に安堵するシンジ。

「また性懲りも無く!」

だがそれも束の間、血染めのバットを振りかぶった零夜に出迎えられ、腰を抜かす事に。

「何をやってるんだ、お前は?」

「あっ、お帰りなさい北ちゃん。
 一寸聞いてよもう、この人達ったらねえ………」

北斗の誰何に答え、零夜は東陶とネルフの非道を訴えた。
その語り口は真摯且つ的確であり、恰も深刻なストーカー被害にあった女性を髣髴させるものがある。だが、

「で、この有様という訳か」

残念な事に、部屋の片隅に一山に積み重ねられた、一ダース程の黒服達の残骸が、その主張の信憑性を失わせていた。

「まあなんだ。
 確かに、『監視をするな。盗聴器の類を仕掛けるな』という条文は無かったが、これは常識の範囲内なんじゃないのか?」

ミサトに黒服達を回収させた後、交渉役として残ったリツコに向い、北斗は呆れ顔でそう切り出した。

「現存するチルドレンは僅かに三人。その安全性を確保する為に、護衛を付けるのは当然の処置です」

事務的な口調でそう切り返すリツコ。
だが、常識的にはそれで通る筈の話も、北斗という現実の前にはその意味を持たなかった。

「護衛? 安全性の確保? 
 笑わせるな。多人数で零夜にも勝てない連中が、いったい何の役に立つ」

『貴方達が規格外なのよ』と叫びたいのをグッと堪えつつ、リツコはその言の正しさを認めざるを得なかった。
そう。北斗が居る以上、此処はホワイトハウスよりも警戒厳重な安全地帯。
そして、面と向って『貴方達の監視が目的です』と言う訳にもいかない。
となれば、北斗に監視者&盗聴器の設置を認めさせる事は、まず無理だろう。
その辺りの事を素早く計算し、影護家の監視を断念したリツコは、話題の転換をかね、今回の来訪の目的を告げた。

「14歳の少年に一人暮らしをさせるつもりである事。
 彼の選択肢を奪う為に、養育費の支払いを止め、経済的窮地に立たせた事。
 そして何より、彼を詐欺同然の手口でパイロットにした事。
 以上の理由により、私達は貴女方を信頼できません。
 よって、碇シンジ君の引渡しは拒否します」

リツコの申し出によって北斗の機嫌が加速度的に悪化して行くの察し、零夜は北斗達に席を外させ、彼女との交渉を引き継いだ。
だが、その内容は至って非友好的なもので、和解の意思など欠片も感じられない。
それもその筈、北斗を止めたのは、単に計画に支障が出るのを恐れたからでしかなく、
実の所、ネルフの理不尽な言動に対し、彼女は北斗以上に腹を立てていたのだ。

「此方に非があった事は認めます。でも、あの時は………」

「非を認めるのであれば、彼に謝罪し且つその意志を尊重して下さい」

「彼の親権は此方にあります」

「あら。己の責務を総て放り出した彼の『父親』とやらは、現在失踪中と伺いましたが?
 もっとも、そうでなかった所で、その所業が保護者失格である事に変わりはありませんけれど」

「……………」

正に、『打てば響く』と言った具合に、的確に反論を封じられ、言葉の継穂を失うリツコ。そこへ、

「兎に角。此方は貴女方の立場も考慮し、『正パイロットが復帰するまでは、その代役を務める』という最大限の譲歩をしました。
 これでもまだ不服と言うのなら、もう貴女と話すべき事は何もありません」

止めとばかりに零夜に最後通告を出され、現時点では交渉の余地が無い事を悟った彼女は、別れの挨拶もそこそこに、ほうほうの体で帰途に着いた。




その頃、時空を越えた2199年の火星工事現場詰め所では、

「貴様、私を誰だと思っている」

「まんず、疑り深い男だなや。
 自己紹介ならもう何度も聞いただよ。『ネルフの碇司令』やろ。
 確かにネルフっちゅう地名は初めって聞くし、名前の方も一寸ばかり変わっているだども、そうシツコク連呼せんでも良かんべ?」

「電話を寄越せ。お前では話にならん」

「判っとる、判っとるべさ。辛いだろうけど暫しの辛抱だて。
 この仕事はチイとキツイけんど、金払いだけは良いかんな。
 ああ姐ちゃん、例の新入りがやっと来ただべさ。
 早速だけんど、コイツの認識票と住民票を発行してくんろ」

「電話を寄越せ」

「そう心配スンナだなや。家族への連絡なら、この後すぐに出来るべよ」

カントクに連れられた『元』ネルフ総司令が、新たな職場の挨拶回りをしていた。




見知らぬ天丼(2)