〜  一時間後、転生の間 〜 

サメジマに誕生パーティの準備を依頼した後、ハーリー君とダッシュにもモニター出来ない様、物理的に隔離されたこの部屋にて転生の儀を執り行う。
そう。此処は使徒達が、新たな人生を踏み出す為の第一歩目となる約束の地。
当然ながら、その雰囲気を高めるべく、演出には細心の注意を払ってある。
某特務機関の司令室張りに、セフィロトの樹をあしらったデザインの内装。
但し、此方は壁自体を淡く発光させ、光のイメージを演出。
そしてその中央には、中世の錬金術を彷彿させる巨大なフラスコが安置してあり、
1ヶ月程前に作戦名『ヤットデタマン』にて確保しておいた綾波レイのスペアボディの一体が、既に安置されている。

「さあ、目覚めるが良い。神に祝福されし、天使の魂を受け継ぎし子よ!」

この時の為だけに用意した神官服の裾を靡かせつつ、俺は徐にフラスコを指差した。
それに合わせ、カヲリ君が使徒の魂を解放つ。
彼女の手から飛び立った赤い光玉が、綾波レイのスペアボディに吸い込まれると同時に、
中のLCLがゴボゴボと音を立て、次いでフラスコ内部が激しく発光。
そして、その輝きが収まった時、

「ハロー」

癖っ毛の金髪を肩の辺りまで伸ばした、18歳前後の如何にもアメリカ人といった感じの少女が、俺達の前に現れた。

「ヘ〜イ、アドミラル(提督)、カヲリ、ナィスティミーチュ。ミーのことは嵐山アニタとコールして下さ〜い」

前言撤回。より正確には、昭和中期の日本人がイメージする様な似非アメリカ人だ。
ガラス玉の様な青い瞳に、ソバカスを散らした彫りの深い顔。デッサンを間違えたとしか思えない様な不自然な巨乳。
今しがたの頭の痛い自己紹介と相俟って、全体的に兎に角嘘臭い印象を受ける。
これってまさか………

「御心配なく。失敗した訳じゃありませんわよ、提督」

「ザッツライト。パーフェクトなオーダーメイドね」

俺の不安を察したらしく、カヲリ君とアニタ君が口々にフォローしてくれたが、真心からでた筈のその言葉も、俺にとっては止めの一打ちでしかなかった。
そうか、狙ってコレなのか。なんて難儀な。

「え〜と、そのなんだ。君と同一種………じゃなかった。姉妹にしては、チョッと違い過ぎないかね?」

取り合えず、将来への不安を一時棚上げし、俺は最初に感じた根源的な部分の疑問について尋ねてみた。

「あらあら。いやですわ提督、御冗談ばかり。
 確かに、絆という意味では姉妹も同然ですけど、種族的な事を論ずるのであれば、
 私とアニタさんは、アングロサクソン系とモンゴル系くらい遠い存在ですよ」

なるほど、そりゃそうだ。
いや俺とした事が、如何に動顛していたとはいえ、そんな事にも気付かんとは。
これじゃ、使徒という種族そのものに復讐しようとした葛城ミサトを笑えんな。

「それと、彼女の能力についてなんですが、幾つか御注意願いたい事があります」

「能力?」

「まず、期待されていたかもしれませんが、彼女にはボソンジャンプは出来ません。DNA操作は、私固有の能力ってことね」

まあそうだろうな。
否、これは寧ろ助かったと言うべきか。
いくら何でも、カヲリ君の様な超越者を後14人も受け入れられる程、太陽系の懐は深くないし。

「それに、提督との思念波通信も出来ません」

おっと、そいつは大問題だな。
将来は兎も角、此処での生活に慣れるまでは、割と重宝な能力。それに、

「ちょっと待ってくれ。アレは第四階梯の者なら誰でも出来る筈だぞ」

「それなんですが………実は彼女、私達とは違い第三階梯の存在なんです」

なんですと? 私『達』?

「その…私自身、実際にコアに触れるまで気付かなかったんですが、ヤマダさんの最後の攻撃で削り取られた分だけ、
 私より魂のキャパシティが縮んでしまっていて。
 ああ、勿論その辺りの事は、説得の際にお話し、納得して貰ってあります。
 彼女が第四階梯への転生を望むのなら、提督とアークさんの助力をお借りしていたってことね」

いや、問題なのはそこじゃなくて………って、此方だって大問題だったな。

「本当に良かったのかね、アニタ君」

今にも現実逃避を始めそうな自我意識を如何にか繋ぎ留め、アニタ君に確認を取る。
良くは判らんが、彼女の転生が本来の形で行われなかった以上、それによって生じる不都合に対処する義務が俺には在る。
となれば、此処は確かな実情を把握せねばなるまい。

「モチコース。
 第四階梯になったからって、パワーがアップしたりスキルそのものチェンジするわけじゃないし、何より、使い勝手がバットなのよ。
 ATフィールドを張るだけで、一々ソウルのタンクやパワーのバウンドにフォースをデリバリーするなんてめんどくさい事、ノーサンキュー。
 ミーには第三階梯がモアベターよ。』

「え…え〜と?」

一寸待て。全然意味が判らんぞ。
とゆーか、実は英語じゃないだろソレ。

「彼女の場合は、能力の最大値こそ多少低くなりますが、その分安定しているんです。
 使徒の能力を引き出せる時間が、私よりずっと長いってことね」

困惑する俺を見かね、カヲリ君がアニタ君の話を補足してくれた。

なるほど。マニュアル車とAT車の違いみたいなもんか。
確かに操作が楽で気軽にアクセルを踏めるAT車の方が、使い勝手が良いわな。
あれ? ひょっとして、俺はカヲリ君に余計な事をしたのか?

「御心配なく。私には、提督に導かれ培ってきた経験がありますわ。
 慣れてしまえば、マニュアル車の方が魅力的ってことね」

俺の思念を読んだらしく、そう言いつつ何時も通りの屈託の無い微笑を浮べるカヲリ君。
いやはや、彼女の能力を考えれば、その操作性はF1マシン並の難易度だろうに。
ホント、イイ娘だね君は。最初の一人目が君で良かったよ、本当に。




   〜 20分後 日々平穏、ロサ・カニーナ支店 〜

若干の打ち合わせを済ませた後、少々先行き不安ではあるが、
既に日々平穏に集合して貰っていたロサ・カニーナ全クルーの前で、アニタ君の紹介を行う。
幸か不幸か、今回は半数近くのナデシコクルーが、もう一つの作戦を展開中なので、前回のカヲリ君の時よりも簡素なものだ。
それ故、彼女に関しては、いずれまたもう一度、全クルーの前で、こういう席を設ける事になる。
そして、最大後13回行う事になるこの歓迎式に於いて、彼女以上の難物を紹介する事になる可能性は結構高い。
そう言う意味では、今日の経験は極めて貴重なものとなるだろう。
そんな事をつらつら考えつつ、俺は台本通りに彼女の経歴を読み上げた。

「………という訳で、今後彼女には、奨学金を得て進学するか、若しくは就職して貰う事になる。
 此処何日かの間に、諸君らの職場を見学に行く事もあると思うので、その時は色々便宜を図ってやってくれ。
 但し、過度のスカウトは厳禁だ。ちゃんと節度は守れよ」

と、口では言っているが、なるべく早く落ち着き先を決めて欲しいというのが、俺の偽らざる本音だ。
そう言う意味でも、この歓迎式は極めて重要な意味を持つ。
そう。今回の歓迎式は、ある意味、面接の意味合いも含んでいる。
そして、メインターゲットはズバリ、エリナ女史だ。
彼女の方でもそれが判っているらしく、興味津々の目で此方を見詰ている。

「それでは紹介しよう。彼女が俺達の新しい仲間だ」

   ピラリ

「ナィスティミーチュ、エヴリバディ。ミーは嵐山アニタでーす」

「イイ! なんか良く判らんけど、異常に親しみを感じる!」

「まったくだ! なんつ〜かこう、デジャブーさえ覚えるぞ!」

「思い出したぞ! 幻のバービー人形、バービー17歳にソックリなんだ!」

前回同様、垂れ幕が払われ自己紹介が行われると共に、某組織の間から歓声が上がる。
そして、その盛上がりが最高潮に達し爆発しようとした瞬間、

「俺と、結婚を前提に付き合って下さい!」

整備員の一人が壇上に進み出て、いきなりプロポーズをかました。

「馬鹿野郎! 何をトチ狂った事を言ってるんだマスオ。
 我が組織の三羽烏の一人、白影を務める程の猛者がなんて情けない!」

数瞬の空白の後、補導された不良少年を引き取りに来た生活指導の教師の様な顔で、整備員Aことイノウエ マスオに詰め寄る班長。
まあ、言いたい事はわからなくも無いが、少なくとも情けなくは無いと思うぞ、俺は。
流石に唐突過ぎだとは思うが、世の中には『一目惚れ』って言葉もある事だし。

「すみません班長。今日限りで組織を抜けさせて下さい。
 第三のユダの名も甘んじて受けます。俺は…俺は愛に生きるんッス!」

深々と頭を下げつつ、某組織からの脱会を宣言するマスオ。如何やら完全に本気の様だ。
いや、素晴らしい。竹を割ったかの様に含みの無い、愛に掛ける真摯なこの姿勢。
アキトのヤツも彼くらい潔かったら………もっと収拾が付かなくなるだけか。(嘆息)

「え〜い、組織一のオッパイ星人と呼ばれたお前が何たる様だ。
 自慢の審美眼は何処へ落っことした。良く見ろ! あの胸は明らかに作り物だ!」

って、班長! いきなりなんて事を!

「班長こそ何を言ってるんッスか!
 あの、本来なら決してあり得ない胸の形状こそ、正に造形美の極地ッス。
 何より、そんな事を言い出したら、全身が作り物でしょうが、彼女の場合」

だあ〜っ。信じらんねえ、仮にも求婚した相手を捕まえて、そこまで暴言を吐くかコイツ。

あっ、カヲリ君が怒ってる。
顔だけが笑顔のままなのがメッチャ怖い。

嗚呼、某同盟の面々まで。
アキトの事以外で彼女達が此処まで怒るのって、実は初めてかも………
って、そんなこと言ってる場合じゃない。此処は当然、

     タタタタッ

逃げるしか無いってこった。
だが、俺が食堂の出入り口に辿り着こうとしたしたその瞬間、店のシャッターがいきなり、

  ガラ、ガラ、ガラ
             ガシャーン

げっ! ハーリー君、お前もか!
そりゃまあ、君が怒るのも、もっともだとは思うが、退路を塞ぐのは、俺が避難し終わるまで待ってくれても良いじゃないか。

「僭越ながら、これはクルー全員で真摯に語り合うべき重大な問題だと愚考します」

ドアの前で困惑する俺の魂胆を見透かした様に、ハーリー君が軍人モードでそう語ったのを合図に、聖戦……否、只の乱闘が始まった。
ちなみに、今回は某組織メンバーの60%以上が某同盟側に付いた為、戦いは完全にワンサイドゲーム。
しかも、何時も以上に見境の無い殲滅戦と化した。

嗚呼、こんな時、ハルカ君が居てくれたら………今回は仲裁してくれっこないか。
おまけに、ホウメイさんも居ないもんだから、安全地帯が存在しない………って、うわ〜〜〜!!

   キン

避け様の無いコースで飛んでくる無数の飛来物を前に、俺はダメージを軽減させるべく身を屈めた。
だが、予想された衝撃は、何時まで経っても訪れず、恐る恐る顔を上げるみると、
そこには、この半年の間にすっかり見慣れた、紅い障壁が張られていた。

「HAHAHAHA、ノー・プロブレムかいアドミラル?」

そう言いつつ、俺にウインクして寄越すアニタ君。
こうなると、アクの強すぎな彼女のキャラクターが頼もしく感じられるから不思議である。
もはや折檻する部分が無くなった所為か、舌戦に移りつつある両陣営の主張を聞く余裕さえ生まれる程だ。
それらを総合する限り、班長とマスオを始めとする某組織40%達の主張も、そう捨てたもんじゃないな。
確かに余りその辺の事に拘ると、腫れ物を触る様な他所他所しい関係になりかねない………って、おい!

「なんで君が此処に居るんだ? この事態の当事者だろうに」

「U〜N、あのガールズみたいにエキサイト出来ないんで、
 センターに居るより、このプレスからルックした方がハピネスそうだったからかな?」

「君は、先程の暴言を怒っていないのかい?」

「だって、リアリーな事でしょ?
 それに、ミーはマスオみたいにノー・リバーシブルなタイプはディライクじゃないよ」

いや〜、達観しているね。カヲリ君とはまた別のタイプだが、中々懐が深そうな女傑だ。

「でもまあ、ライクでストップ。ラブにはなりそうもないね。
 だって、ミーはもっとストロングな………そう、ガイみたいな感じの方がタイプだよ」

うわ〜、趣味わる〜! 
いや、シンジ少年の取り合いにならなかった事を喜ぶべきか、この場合。
にしても、ATフィールドを張り続けているのに、ちっとも負担を感じていないみたいだな。
物が当る時のフィールドの揺らぎ具合からして、多分、北斗の攻撃には耐え切れない程度の強度だろうけど、
カヲリ君のものよりずっと安定している感じだ。

うん? そう言えば、カヲリ君が継続的にATフィールドを張る所って見た事が無かったな。
北斗との鬼ごっこの時だって、避けられそうも無い攻撃だけをATフィールドで受けて、
そのまま短距離ジャンプで逃げるというパターンの繰り返しだったし………

やれやれ。散々無理させていたんだな、俺。

「それにしても、リアルにファンタスティックなプレスだね此処は。リンカネーションしてコレクト・アンサーだったよ」

かくて、元第三使徒、嵐の天使サキエルこと嵐山アニタの人生が幕を開けた。
様々な問題を抱えてではあるが………

まあ、それはそれとして。その喋り方だけは如何にかしてくれ、頼むから。




「提督、起きて下さい提督」

やれやれ。丁度キリの良い所とはいえ、睡眠中の部屋に勝手に入って来るとは無粋な奴だ。
にしても、何時の間に復活したんだナカザトの奴。

「提督!」

ああもう判ったよ。
おちおち眠る時間も無いなんて、まったく因果な商売だ。

「なんだナカザト、こんな夜遅くに。
 言っとくが、夜這いなら他所を当ってくれよ。俺は死んだ女房に操を立ててるんでな」

シーツを被ったまま軽いジャブを放ち、体制を立て直す為の時間を稼ぐ。
実を言うと、俺は極度の低血圧なので、起床直後は必ずと言って良いほど絶不調。
意識は兎も角、身体の方が言う事を聞いてくれないのだ。

「今は提督の貞操観念に付いて論じている暇などありません。
 急いで礼服に着替えて下さい。式典に遅刻しますよ」

俺の口撃に小揺るぎもせず、淡々と話を進めるナカザト。
どうやら"アレ"を認知した事で、精神的耐性が飛躍的に増した様だ。
眼下の敵(?)の思わぬ成長振りに、知らず背中に冷たいものが走る。
とはいえ、このまま黙って主導権を渡す訳にはいかない。
悲鳴を上げる身体に鞭打って寝床から這い上がると、俺は精一杯の威厳を込めてナカザトと相対した。

「式典? おいおい。アニタ君の誕生パーティなら、3時間ばかり前に済ませたばかりじゃないか」

「自分が言っているのは、例の模擬戦の成功を祝う懇談会の事です。
 名目だけとは言え、最高責任者は提督でしょう。となれば、主賓として参加しない訳にはいかない筈です」

「こんな時間にか?」

無理矢理起き上がったことで立ち眩みを起している身体を如何にか支えながら、俺は午前二時を指している時計を指差した。
だが、本来なら常識的なこの抗議も、捻じ曲がってしまった現実の前には無力だった。

「2199年の標準時間では、今、午後五時です。
 本来ならば、提督も此方の時間軸で動いている事をお忘れなく」

そう。 2015年と2199年を行き来する関係で、俺の時計は、しばしば数時間の時差が発生していまう。
その御蔭で、24時間どころか最大48時間も戦わなくてはならない、古のジャパニーズビジネスマンもビックリの呪われた職務環境なのだ。
まったくもって、因果な商売である。


   〜  同時刻(午前二時) 2015年、ダークネス秘密基地のイネスラボ 〜

>SYSOP

木連との模擬戦と初の使徒戦。
その双方に参加するも、そのどちらもが不完全燃焼に終った為、イネス=フレサンジュ博士は、年甲斐もなくイジケて不貞寝を………
(ゴホン、ゴホン)じゃなくて、その繊細な感性故に傷付いた心を癒すべく、自室のベットにて眠りについていた。

お気に入りの寝具に快適な空調。
そしてその傍らには、誕生以来常に彼女とベットを共有しているSDアキト君人形。
ナデシコに搭乗以後は常に一人部屋であり、また、敢えて彼女の私室を訪ねる様な剛の者が居なかった所為であまり知られていないが、
睡眠は、私生活に無頓着な彼女が、唯一拘る安らぎの一時なのである。
だが、これまで常に安らかな眠りと甘い夢(一部、18禁を含む)を提供し続けてきたベットは、その価値を大幅に下落させていた。
彼女は悪夢に魘されていたのだ。

『や〜い、貰われっ子』

(違う。私は貰われっ子なんかじゃない。何故なら………)

『汚ね〜ぞ、お前。テストで良い点とれんの、歳、誤魔化してっからだろ』

(違う。私の実年齢の算出はDNA鑑定の結果によるもの。それに………)

『まったく、フレサンジュ女史も何を考えているのやら。モルモットが欲しければ………』

(違う、違う、違う、違う! 母さんはそんな人じゃない!!)

彼女らしからぬ、感情だけの根拠の無い否定。
その必死の思いが、彼女を悪夢から開放させた。

「(ハア、ハア、ハア) ………やだな。昔の夢なんて、もう見る事無いと思ってたのに」

目覚めれば、そこは何時も通りの彼女の自室だった。
安堵の吐息を漏らした後、普段の超然とした姿が嘘の様に恐怖に身を震わせる。
何時になく乱れた寝具と背中を伝う冷や汗。
だが、今の彼女には、それを不快と感じる余裕すら無かった。

アキト君人形を抱きしめつつ、あんな夢を見た原因について暫し自問する。
身を守る為の手段に過ぎなかった筈の説明が、彼女自身の存在意義へと変わったのは何時からなのか?
そして、とっくに決別した筈のトラウマが、何故今になってぶり返したのかを。

答えは、彼女の腕の中にあった。
『テンカワ アキト』もしも彼が居なければ、自分はアイ=フォートランドとして生き………否、恐らくは既に死んでいた筈。
そして今、彼が傍に居ないというだけで、こんなにも不安な自分が居る。

自嘲と共に、彼女は己の存在定義を再確認した。
そう。自分には夢なんて曖昧なものは必要ない。
何故なら、そうしたものを切り捨てる事で、今の能力を手に入れたのだから。
あの日、王子様からオレンジを手渡された夢見る少女は、もう何処にも居やしない。
恋に恋する少女時代を失った代償に、過酷な現実に立ち向かう為の能力。
卓越した頭脳と知識が生み出す珠玉の『叡智』
それを効果的に他者へと伝える、伝家の宝刀『説明』
そして、お兄ちゃん………テンカワ アキトへの『愛』
この三つを得たのが今の自分、イネス=フレサンジュなのだと。

20分後。眠るのを諦め身支度を整えたイネスは、サードインパクト時に於ける空間定義についての研究を再開した。
己の存在理由たる、テンカワ アキトを取り戻す為に。


   〜  同時刻(午前2時) 2015年、ネルフの赤木ラボ 〜

ナデシコが誇る太陽系随一の天才科学者が、己の責務に没頭していた頃、
ネルフが誇る天才科学者、赤木リツコもまた、一つの命題に取り組んでいた。

   カチャカチャ、カチャカチャ、カチャカチャ…………

熟練者の弾くピアノ如く優美かつ軽快な動きで、音符の代わりに情報を奏でてゆく。
そしてその調は、遂に一枚の報告書いう形を紡ぎ出したが、リツコの顔は苦渋に満ちていた。
完成したその内容は、到底彼女の好奇心を満足させ得るものでは無かったのである。

『木連』
木星圏ガニメデ・カリスト・エウロパ及び他衛星小惑星国家反地球共同連合体の略称。
約一年前、長年交戦状態だった火星政府との和平が成立したらしい。

『影護北斗』
同木連に於いて、『真紅の羅刹』と呼ばれる守護神的存在らしいが、戦争終結後に出奔し、何故か今、この地球に在住中。
白兵戦に於いて、無敵と言うしかない圧倒的な戦闘力を持つ。
そして、ダークネスとの会話の内容から察するに、彼もまた、あの機動兵器のパイロット。
それも、第三使徒を倒した大豪寺ガイ以上の実力持つと考えられる。

『紫苑零夜』
同影護北斗の幼馴染であり、彼にとって、おそらく唯一頭の上がらない人物。
但し、彼女の懐柔は影護北斗以上に困難であり、また、強攻策は無謀の一語に尽きる。
木連の特殊部隊、優華部隊所属の特務少尉で、出奔した『真紅の羅刹』の御目付け役らしい。


『悪の秘密結社ダークネス』
火星と木連との和平の立役者とも言うべき特殊部隊『ナデシコ』を母体とする異能集団。
その目的は、『漆黒の戦神』と呼ばれる天河アキトなる人物の奪還であり、地球の征服は、その為の手段に過ぎないらしいが、詳細は不明。
また、悪の秘密結社を名乗るのは、今回の地球侵略が、火星政府の反対を押し切って彼女達が独自に始めた作戦である事が、その主な理由らしい。
我々の物とは若干異なるものの、使徒に関する様々な知識を披露。
おそらくは、裏死海文書に関する知識も有しているものと思われる。

『天河アキト』
ポートレートを見る限りは、20前後の如何にもお人好しそうな人物だが、
火星の実質的統治者にして、火星と木星の和平を実現させた英雄らしい。
残り14体の使徒を総て倒せば復活するとの事だが詳細は不明。

『八神 ナオ』
影護北斗達の住むアパート『芍薬』の住人の一人。
新興の大手証券会社マーベリック社の社員で、先月までは世界中を飛び回っていた敏腕エージェントらしい。
最近、本社に転属となり、去年末から芍薬に住んでいた婚約者と同棲中。

『ミリア=テア』
同じく芍薬の住人で、八神 ナオの婚約者。
今年の1月より、第三新東京市第一中学校にて英語の産休教師を務めている。
また、来年の6月には、婚約者であるヤガミナオと入籍の予定らしく、某大手結婚式場に予約を入れている。

「………結局、何も判っていないのと同じね」

出来たばかりの報告書を投げ出し、座ったまま軽く伸びをする。
そして、一服しようとしたものの、胸元の煙草の箱が空になっていた事に気付き、
リツコは、お気に入りの銘柄がカートンで取り置きしてある、自分の机の引き出しを開けた。

「まあ、すぐに発見されるだろうとは思っていたけど………本気で笊なのね、此処のセキリュティって」

その中には、更なる憂鬱の種が仕込まれていた。
溜息と共に見詰める視線の先には、彼女が決死の思いで仕掛けてきた筈の盗聴器が転がっていたのである。


   〜  その7時間前(午後7時) 2015年、芍薬の影守邸 〜

「つ〜ワケで、此処にあった唯一の盗聴器は、仕掛けた本人の元に返しといたぜ」

「そ…そうか」

ナオの報告を受けつつも、大戦中からは想像もつかない彼の緩みきった顔に戸惑う北斗。
だが、そんな事はお構い無しに、ナオは『幸せ』と題名を付けて額縁に嵌め込んだ様な空気を振り撒き続けている。
仮免とはいえ、念願だったミリアの居る生活を手に入れた事が、もう嬉しくて仕方がないらいしい。
まして、今現在も彼女が隣にいる御蔭で、正にターボの掛かった状態だ。

「まったく、少しは反省しているかと思えば………己の所業を悔いる気は欠片も無い様ですね」

人数分の丼を運びながら、零夜は呆れ顔でそう嘆いた。

「まあ、そう言うな。寧ろ、あの女の度胸を誉めてやったら如何だ。
 ド素人でありながら、見事にお前を出し抜いたんぞ」

「そう言う問題じゃないでしょ北ちゃん!」

膨れっ面で拗ねる零夜。
北斗が自分にとって唾棄すべき相手の肩を持つ事が、心底気に入らない様だ。
だが、愛らしいその外見の所為か、微笑ましい印象しか回りに与えていない。

「そう怒るな。良いじゃないか盗聴器くらい。
 俺なんて、つい1年位前までは、私生活のへったくれも無い生活だったんぞ」

「まあそう言わずに、零夜さんの気持ちも察してあげてなさい、北斗君。
 確かに、他人の目を気にする必要を感じない貴方の生き方は、とても立派な事よ。
 でもね、誰もが貴方の様に、常に恥じる事の無い生活を送れる訳ではないの」

「そんなものなのか?」

「そうよ。北ちゃんが特別なの。普通は気にするのよ」

ミリアの仲裁に、零夜は渋々矛を収めると、

「今朝方、散歩に出かけた枝織ちゃんが捕まえて来た田蛙を、軽く衣を付けて揚げ、天丼にしてみました。お口に合うと良いんですけど」

と言いつつ、御盆の上の丼を配り始めた。

口に出しては何も言わないが、ちょっと嬉しそうな顔になる北斗。
ちなみにこの料理。
日々平穏にて、本来は唐揚として供されていた食材の余りを利用した賄い食で、ウエイトレス時代からの彼のお気に入りの一品なのだ。

「あの、田蛙って何ですか?」

目の前に知らない顔があり、しかもその人物からネルフの暗部について聞かされた所為か、妙にオドオドとした………
ある意味、彼本来の態度で尋ねるシンジ。

「食用カエルの一種だ」

「カ…カエルですか」

北斗の返答に驚くシンジ。音読みの発音なので、彼には田蛙の字面の意味は伝わっていなかった様だ。

「あっ、そんな顔するなよ。偏見だぞそれは。
 田蛙って言ったら、本場中国じゃ高級食材の一つなんだぜ」

嬉しそうに丼の蓋を開けつつシンジに薀蓄を語るナオ。
彼もまた独身時代(?)は、この賄い食を楽しみにしていたクチなのだ。

「見知らぬ天丼だ………」

聞かなきゃ良かった。
そう思いつつ、シンジは目の前の丼を手にしながら溜息を吐いた。

『次回予告』

エヴァの訓練、学校、同居と・・・
新たな生活を状況に流されるままただ繰り返すだけのシンジに友達が生まれる筈がなかった。
だが、エヴァのパイロットである事がばれ一変して笑い者にされる。
戸惑うシンジ。その彼を冷たく見つめる少年がいた。

次回「鳴り響く電話」

人は誰しも流れに逆らい、そして力尽き流される。




あとがき

此方が、実質的後編とも言うべき第二話です。
一人称だけでは、如何してもネルフ側の情勢を描ききる事が出来なかった為、
第一話で予告した通り、シュン提督の一人称と三人称が交互になる形となってしまいました。
些か判り難くなってしまいましが、これはひとえに私が未熟な所為。
広い心で大目に見て頂けるれば、幸いです。

それでは、また御目にかかれる日が来る事を祈りつつ。でぶりんでした。




【アキトの平行世界漫遊記@】

 

 

 

感想代理人プロフィール

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代理人の感想

疲れるなぁ(笑)。

まぁ疲れるけど面白いからよし!

 

落ちは読めてたけど、生放送の苦労を切々と語るオオサキ提督には不覚に涙がこぼれました(勿論爆笑しつつ)。

そーだよな、いかりやさんって偉大だよなー(笑)。

ところで、最後まで次回予告は高橋良輔風で行く気ですか?w

 

今回の誤字脱字

一皮向けた→剥けた

過剰変換

所か→どころか

戦く→おののく(せめて「慄く」)

可也→かなり