【山岸マユミの日記帳】




『1月1日 晴れ』
   今年も誰も居ないお正月。仕出しの御重を開け、適当にそれを摘む。
   今日、新年に合わせて新調したこの日記帳だが、矢張り目新しい事など書きようもない。
   それでも、私は結構幸せなのだろう。
   義父は、こんな面白みのない私でも、変わらず愛してくれている。
   出来れば、義父に迷惑を掛ける事の無い様、今後とも恙無く平穏な人生を送れたらと願う。

ごめんなさい、お父さん。どうしても、文章だと義父と書いてしまいます。
とっても感謝してるのに、妙に事務的な文体だし。
やっぱり私、文才が無いのかしら?(泣)



   〜  中  略  〜

『1月7日 曇り』
   明日から新学期だ。
   と言っても、クラスの置物な我が身。正直、気が重い。
   だが、これで退屈から開放される事を喜んでもいる。
   禍福はあざなえる縄の如しと言った所だろうか。
   所詮、私の意志でどうこう出来る事では無い。

ごめんなさい、お父さん。そうです。学校帰り、マユミは毎日の様に道草をしています。
でもでも、決して家に帰り辛いからなどいう後ろ向きな理由では無く、単に、図書室なら沢山本があるから………
いえ。勿論、今の御小遣いの額が不満だという訳はありません。
本棚だって、これ以上増やしたら部屋の強度が心配だから駄目だというお父さんの主張は、重々理解しています。
これはその、なんと言うか………と、兎に角ごめんなさい!




『1月8日 晴れ』
   今日、おかしな女生徒と出会った。
   自慢ではないが、この私に話し掛ける者などまず居ない。
   見れば見掛けぬ顔立ち。例の噂を知らない類の人間なのだろう。
   おかしな事は更に続いた。
   なんと、私を家へ招待しようと言うのだ。それも、三泊四日も掛けて。
   正直言って、正気を疑う行為だ。
   義父を口実に断ろうとする。たが、既に向こうには手が回っていた。
   となれば、私に選択の余地など無い。唯々諾々と彼女の意に従う事にした。

な…何の? この日本の住宅事情を無視した、ヨーロッパ風の大邸宅は?
ロマネスク? ゴシック? ルネッサンス? バロック? アール・ヌーヴォー?
ひょっとして、私、此処に売られてきたの?
そして、これからマイ・フェア・レディな生活が始まるの?
駄目よ。私には音声学の大家を満足させる様なクイーンズ・イングリッシュなんて発音出来る筈が無いし、イライザみたいに向上心も無い。
まして、最後にヒギンズ教授をやり込めるなんて夢のまた夢だわ!
でも、原作の「ピグマリオン」と言うかバーナード・ショウ版みたいに、フレディと結婚するバージョンのラストだったらなんとか………

嗚呼、そんなことある筈が無いって判っているのに、馬鹿なことばかり考えて。
おまけに、気を落ち着かせようとして書いている筈の日記の内容までが、何時もに輪を掛けて攻撃的な文調になっちゃうし。
私は………私は、一体どうしたら良いの!?

   PS:お茶会で出されたアップルパイは惨憺たる物だったが、夕食は意外にも美味だった。

って、フォローを書き足すつもりがなんて失礼な事を!
そりゃ、あのアップルパイはなこの世の物とは思えないくらい甘かったけど、あれはどう考えても善意でやってくれた事。
何時も通りの暗い顔をしている私を、力技で強引にでも笑わせようという、向こうの人達特有の冗談に決まってるじゃない。
カヲリさんの御祖父さんが『うむ、程良い甘みだ』なんて言うものだから、つい油断して口一杯にほうばってしまった所為で失神したりもしたけど、これは単に私がひ弱な所為。
その証拠に、同じ物を切り分けて食べたのに、お二人は平気な顔をしていたじゃない。
それに、夕食はどれもとても美味しくて。特に、あのブイヤベースが………
い…イケナイわ。あれ以上食べていたら、きっと体重が凄い事に。
そう、このままじゃ駄目よ。どうせ運動なんて無理なんだから、せめてカロリー摂取には気を配らないと、アッと言う間に中年オバサンよ!

   (クラッ)ポフ

嗚呼、ベットがすぐ傍にあって良かった。
高血圧による立ち眩みかしら。そうよね、たった半日の間に、もう一年分位は興奮したから。
今日はもう、このまま早めに寝てしまいましょう。
幸い、物凄く高価っぽい部屋の調度品に比べて、ベッドは極普通な物みたいだし。




『1月9日 晴れ』
   目覚めたら、何故かいきなり風邪を引いていた。
   いや、風邪というのは自己診断に過ぎない。兎に角、身体がダルく熱っぽいのだ。
   勧めに従い、今日は休む事にした。こんな事は小学生以来の事。背徳感が心地良い。
   夕食後、早々に客間に戻った私の所に、オオサキ シュンと名乗る人物が見舞いに来た。
   グラシス老人の元部下で、向こうの軍事基地で司令官を勤めている人らしい。
   義父と同世代の年格好だが、ファザコンの気がある私にとっては充分ストライクゾーン。結構好みのタイプだ。
   だが、此方を見る目が、何処か品定めでもするかの様なものなのは頂けない。
   ああいう人を探る様な態度が、軍人のスタンダードなのだろうか?
   郷に入りては郷に従え。お返しに、私も彼の人を観察してみる。
   と言っても、そこは素人の悲しさ。何も有益な情報が得られない。チョッと悔しい。

嗚呼、なんて事を! って、落ち着け、落ち着くのよマユミ。
大丈夫。ポーカーフェイスには自信があるし、悟られはしなかった筈よ。

(ス〜ハ〜、ス〜ハ〜)うん。深呼吸したら大分落ち着いたわ。
そうよね。良く考えてみれば、来訪のついでとはいえ、見ず知らずの他人の私を見舞いに来てくれた様な人だもの、
仮に多少伝わってしまっていたとしても、笑って許してくれるわよ、きっと。
それに、こんな事もあろうかと、ちゃんと鍵の掛かるタイプの日記帳を使っているもの。
これは、きっと私だけの秘密で終わるわ。

さて、安心したところで、今日も早々に寝てしま………うのは一寸無理みたいね。
昼間タップリと眠っている所為か、目が冴えてしまっているし、何より、心が活字に飢えているみたいだもの。
幸い、この家の書斎(と言うより、羨ましい事に殆ど図書館)には、私にも読めそうなライトノベルも沢山置いてあったことだし、今夜はあそこで過ごすとしましょう。

   チュン、チュン、(小鳥の囀る声)

ううっ、なんて可哀想な祐巳ちゃん。
そうよね。信じていた人に裏切られるのは、何よりも辛いこと………って、もうこんな時間なの!
拙いわ。もうすぐ、お姉さま………じゃなくて、カヲリさま………でもなくて、カヲリさんが朝食を運んでくる時間だわ。
別に動けない訳じゃないのに、(ポッ)優しい人だから。
って、何で頬を染めているのよマユミ!
ややファザコン気味だけど、貴女の性癖はノーマルな筈でしょ。
第一、仮にそっちのケがあったのだとしても、カヲリさんが私なんて相手にする筈が………
ああもう、自分でも何が何やら。

ううっ、続きが気になる。でも、自制心の無い、はしたない娘と思われるのはもっと嫌!
嗚呼! いっそ誰か、私を殺して!!




『1月10日 晴れ』
   本日も風邪。おまけに、過度の読書の後遺症からか、やや寝不足気味だ。
   だが、昨日よりは体調が良い。
   午後、もう一組の孫娘だという双子姉妹を紹介され絶句する。
   初めてカヲリさんを見た時にも、その人形の様な隙の無い美貌に驚いたものだが、かの二人は、正にその完成系。
   彼女に輪を掛けて超絶美人でスタイル抜群なのだ。
   しかも、どう見てもまだ二十歳前後の歳なのに、親元から自立。
   姉はパン屋を経営、妹は軍のエースパイロットと、それぞれの分野で成功を収めているらしい。
   三人並んだその姿は、彼女達の髪の色と相まって、金銀銅と並んだ人生の表彰台。
   神様が依怙贔屓をしているとしか思えない様な姉妹達である。
   談笑の内容にもまた、育ちの違いが現れている様だった。
   だが、午後三時。薫り高いミルクティーと共に振る舞われた固焼き煎餅の様なマドレーヌには、
   ミス・パーフェクトといった感じの美人姉妹にも困惑の色が。
   どうも、例のジョークは、来客が来る度にやっているみたいだ。なんとなく親近感。
   夕食後、再びオオサキ提督が来訪。何故か、此方を見ながら満足げに頷いている。
   聞けば、私の風邪は明日には治るとの事。彼には医学の心得でもあるのだろうか?

嗚呼、なんて素敵な姉妹なのかしら。
まるで、マリ○さまが○てるが舞台化して、目の前で演じられているかの様。
サラさまは当然、長女の水○蓉○さま。アリサさまが、白薔薇の佐○聖さま。
容姿こそ余り似ていないけど、カヲリさんをからかう所をそれとなく窘めている姿は、正に役柄そのもの。

話の流れから見せて頂いた写真。そこにまでマ○さまがみ○のキャラが!
いかにもやり手といった感じなキャリアウーマン風の人が先代の白薔薇さま。
天真爛漫な笑顔を浮かべた、いかにも好奇心が強くて行動力のありそうな人が鳥○江○子さま。
ショートカットのボーイシュな人が支○令さま。きっと、意外にも料理が得意だったりして。
そして、ロンゲの人は、きっと隣に居る女顔の人(やや影のある表情している御蔭で、辛うじて男性と判る)狙いの柏木優さんなのね!

………そっか。何故か、他人とは思えないくらい祐巳ちゃんに感情移入していた原因はコレ。
今現在、あの小説のカリカチュアの様な立場に居る所為だったのね。
もっとも、私はロザリオを貰えそうにないけれど。
そっと、懐に忍ばせた『パ○ソルを○して』を握る。明日には、元の生活に戻る事を寂しく思いながら。




『1月11日 曇り』




………あれ? 文章が書けない。
何故? どうして? 何時もは『実は自動書記?』って自分でも疑うくらいスムーズに、厭世的な文章を手が勝手に書き始めるのに?
それに、何かこう喪失感の様なものが………

まあ良いわ。これを機に、日記を書くのは止めてしまいましょう。
そう。こんな物は、もう必要無い。だって、私がお姉さまと過ごした日々の事を忘れる筈が無いんですもの。
これまでも。そして、これからも。




『1月28日 晴れ』
   今日、私にも友人と呼べる人が。お姉さまとのそれとはまた別な、対等な関係を築けそうな相手が出来た。
   これを機に、毎日の『良かった』を綴ろうと、中断していた日記を再開する。
   だって、あまり多すぎて、流石に総てを瞬時に反芻するのが無理っぽくなってきたんだもの。
   嗚呼、人生って素晴らしい。

   PS:同じ歳なのを理由に『お姉さま』とお呼びする事は断られてしまったので、この日記以外では、カヲリさんと呼ばなくてはならない。
      考えてみれば当たり前なのだけど、チョッと悲しい。

何だ。私、普通の文章も書けたんだ。



   〜  中略 〜

『2月14日 晴れ』
    今日、お姉さまが、バレンタイン・パーティを開いた。
    参加者は2Aクラスメイト全員+α。前日から準備を手伝った、私とレイもその一人だ。
    バーベキユー形式の。お肉や野菜の焼ける香りが漂う中庭の会場にて、お姉さまお手製のチョコレートケーキが振る舞われる。
    個別に貰えないのは少々残念だが、とても上手い方法だと思う。
    これなら勘違いする馬鹿な男子も現れないし、女性の嗜み(嗚呼、なんて良い言葉)に欠けると思われる事も無い。
    無駄に高いテンションで喜んでいるジャージとカメラ(レイが二人に付けた渾名。私も、正にそのまんまだと思う)
    に若干の哀れみを覚えつつケーキを食べた。



   〜  中略 〜

『2月23日 曇り』
   今日から2週間。音楽部部員の7名が、ハーデット邸で合宿を開く事になった。
   何でも、先代が引き起こした不祥事の所為で部員が激減。
   来年度、もしも新入部員が入らなかった場合、定員割れを起こして廃部になるらしい。
   これを回避する為には、残った現二年生5名と一年生2名だけで、次の春大会に望み、
   しかも、新入生と学校側に『第一中学校音楽部此処にあり』とアピール出来る結果が求められる。
   そこで、音楽をこよなく愛するお姉さまが、彼女達に(何故か、全員が女子部員)協力を申し出たってことね。(照)
   ハーデット家の離れにある修練場(何でも、お姉さまが武術の練習をする時に使う場所らしい)なら防音設備は完璧。
   それに、10人や20人、まったく問題なく泊められるくらい客間も揃っているもの。
   嗚呼、二週間もの間、お姉さまと一つ屋根の下。でも、羨ましくなんかないわ。
   私も、『臨時のマネージャー』として、これに参加すれば良いだけのことよ。

という訳で、再び私は此処に。お姉さまの家に来ています。
レイも誘いたかったけれど、本業の方が佳境に入ったとかで、昨日から学校に来ていない。
何しろ彼女は、機動兵器(どんな物かは守秘義務で言えないらしい)のパイロット。
チョッと寂しいけれど仕方ない。そう、此処はレイの分まで私が頑張らないと!
まずは、業者の方への運搬指示(驚いた事に、お姉さまは、この為だけに各種楽器を購入してしまった)で忙しいお姉さまに変わって、
例のジョークの準備をしておきましょう。
えっと、まずはリンゴ。それから、砂糖、蜂蜜、サッカリン……………(クスッ)楽しみね♪