〜 三時間前、新潟県柏崎市柏崎刈羽原子力発電所 〜

「此処か」

ダークガンガーの撃墜を確認した後、サイトウ タダシ………否、正義の味方マッハ・バロンは直ちに出動。
計画通り、日本最大の原子力発電所前へと訪れた。
その目的は、ヤシマ作戦の阻止。より正確に言うならば、電力供給を正常に保つ事である。
そして、実を言えば、今回の企てこそが、彼のメインの仕事なのだ。
大任を前に、一瞬、素に戻り生唾を飲む。

『悪の天才が時に野心を抱き〜、世界征服を夢見た時に〜』

だが、耳元でかすかに流れるBGM。ドッコイダー式人格変化α波エディットミュージックが、その弱気を打ち消した。

「マッハ・バ〜〜〜ル!」

かくて、迷いの去った彼は、必殺技名を高らかに叫びつつ、右手にバールの様な物を高々と掲げると、

「ふん!(ガャチッ)」

それを一気に振り下ろし、閉ざされた門を抉じ開けた。

ちなみに、このBGM。オリジナル同様、『そんな都合の良い効能は無い』のだが、これが最終回まで彼には秘密なのは言うまでもないだろう。
嗚呼、素晴らしきかなプラセボ効果。

『………そう! 日本中の電気がストップしたら、予備電源を持たない病院にいる要加療患者達も犠牲となってしまう。
 また、その間の流通も滞る故、自転車操業で細々と命脈を繋いでいる会社が連鎖倒産し、数多くの悲劇が生まれる事となるだろう。
 おまけに、そこまで多大な犠牲を払った作戦の成功率は、僅か11.3%に過ぎないのだ。
 この様な暴挙、断固として認めるわけにはいかない
!  立ち上がれ、全国の電力会社の職員達よ。
 小さな家庭の幸せの灯を守る為、己の職務を死守するのだ!』

2時間後。来訪目的を高らかに告げた後、
『警備員との戦闘→電力制御室の占拠→腐った官僚主義な電力長の成敗→彼の思想に共感した現地職員の協力』
と言うコンボを経て、マッハ・バロンの犯行声明(?)が全国ネットで流された。
当然ながら、このアジテージの反響は大きかった。



   〜  新東京電力、大和変電所 〜

「ふふふっ、面白い。
 おい、例のネルフへの返事。『バカメ』と送ってやれ」

「正気ですか沖田電力長!?」



   〜 関西地区、我美羅須発電所 〜

「本電力所は、ネルフの要請を却下する」

「ですが、出須羅電力長………」

「くどいぞ! 貴様、何年私の副官をやっている」



   〜 第三新東京市 某ファミレス地下のシェルター 〜

「これって………」



   〜 同市内 リリイ銀行会長室 〜

「あらまあ」



   〜 第三使徒戦後、謹慎中の第61戦車部隊詰め所 〜

「なんともはや」



   〜 同市内 銀成学園用のシェルター 〜

「ブラボーだ」

といった具合に、各方面に大きな波紋を呼んだのである。



   〜 午後5時30分、ネルフ第二実験場の管制室 〜

「………ねえリツコ、コレってマジなの?」

各電力所からもたらされた返答に怒り心頭。
だが、状況確認の為に、今も繰り返し流されているその演説内容を聞き、意気消沈するミサト。

「当らかずとも遠からずね。
 実際、1億8千万キロワットもの電力を得るには、病院関係や交通機関用の電源まで使って、やっとどうにかなるか否かというレベルだもの。
 そして、全国規模で電力を徴集する以上、当然ながら、遠距離な所のものほど送電は困難だし、タイムラグも大きくなる。
 準備やテストの為の時間も含めれば尚更よ。
 従って、全国規模の停電は、実際に発射する前後の数分だけという訳にはいかないわ」

リツコは、淡々とそれに返答。彼女にしてみれば、『何を今更』な話である。
だが、そんな事は思いつきもしなかったミサトにとっては大問題だった。
打開策を求めグルグルと思考を巡らせる。だが、一向に答えは出ない。
そんな彼女に、止めとばかりに、

「まあ、いずれにせよ、もうタイムアップね。
 各電力所を説得しようにも、今からじゃ、デットラインである午前0時に間に合いそうもないし」

と、リツコは、その総てが無駄である事を告げた。

「そんな〜、午後7時には戦場に立たなくちゃ駄目なのに〜!」

頭を抱えて愚痴るミサト。
だが、それを見詰める親友の視線は冷たかった。

「それこそ無理よ。
 順調に行っていたとしてもギリギリのタイムスケジュールだったんだだから」

「ふみゅ〜」

「大体、何故わざわざ午後7時なのよ。
 ダークネスの作戦の邪魔でもするつもりなの?」

「いや、そういうんじゃなくて。
 向こうの作戦の前半部分だけを上手く流用出来ないかな〜? って思って」

「誉めるべきか貶すべきか迷う策ね、それって」

親友の悪知恵に思わず呆れる。
偶に感じる、彼女が馬鹿で無い事を実感する瞬間だった。
だが、今となっては、それも実行不可能である。

「それで、結局どうするんだ?」

『えっとその。無理なら無理で………引くのもまた勇気だと思いますよ』

四面楚歌な状況の中、北斗から最後通牒とも言うべき質問が。
それまで屈伸や正拳突き等の機動訓練を行っていたシンジからも、ほぼ同様の意味を持ったセリフがもたらされた。
往生際悪く、返答を引き伸ばそうとするミサト。

「ええい、はっきりせんか!」

だが、それを許す北斗では無い。一喝し、再度返答を促す。
逃げ場を失い喘ぐミサト。その瞬間にも、プレッシャーの密度は増してゆく。そして、

「やるに決まってるでしょ!
 電力が何よ。この際、雷が落ちてくるのを待ってでも何とかしてやるわ!」

キレた彼女は、ヤケクソ気味にそう言い放った。

「お前、本気でどうしようも無いヤツに肩入れしたな」

呆れ顔でシンジにそう呟く北斗。
だが、返ってきたセリフは、彼の予測を超えるものだった。

『そうでしょうか?  これって、以前、北斗さんが言っていた不退転の覚悟そのものだと思うんですけど』

「(ハア〜)馬鹿者、アレは只の無謀と言うんだ」

弟子のあまりのお人好しぶり思わず嘆息。

「だがまあ、事のついでだ。お前がそう言うなら、ちょっとだけ力を貸してやるか」

その後、もったいぶった口調でそう言いつつ、怯えるマヤを無視して、北斗は通信機のチャンネルをとある場所に繋げた。
そう。彼としても、方向性を別にすれば、この手の考えは嫌いではないのだ。

「おう、シュン提督を出せ」

通信が繋がると同時に、頭ごなしにそう言い放つ北斗。

『残念ですが、それは出来ません。提督は現在、ボナパルト大佐と共に作戦の最終調整中です』

対するナカザトも、打てば響くと言った調子でそう答えた。

「そうか。それじゃあ、『例の貸しはチャラにしてやるから、何時だったかそちらの科学者が作った、無駄に大型なバッテリーをくれ』と伝えてくれ」

『承諾しかねます』

「ほう」

真顔で逆らうナカザトに、北斗は剣呑な表情で目を細めた。
噴出した闘気に当てられ、抱き合って怯えるマヤとアオイ。
だが、当然そんな事は無視したまま、二人の交渉は続いた。

「何故だ。どうせエステには装備出来ない不良品だろう?」

『問題なのはその点ではありません。
 実際、例の装備については、提督の御下命により、そちらに郵送する準備が以前から整っております』

「俺の要求は最初から判っていた訳か。相変わらず抜け目が無いな。だが、それじゃ何が問題なんだ?」

『提督より、『コレはコレ、ソレはソレ』との伝言を御預かりしております』

「なるほどな」

得心いったとばかりに大きく頷く北斗。
その姿に、アオイは、へたり込んで胸を撫で下ろした。
普段は理知的で冷静。そして、気の強い事で知られる彼女らしかぬ姿である。
だが、たった今、九死に一生を得た身としては、充分気丈と言えるだろう。
何せ、マヤに至っては、既に気持ち良く失神していたりする状況なのだ。

「要するに、コレはネルフへの貸しにしたい訳か」

『そう受け取って頂いて結構です』

「だ、そうだがどうする?」

振り返りると、北斗はネルフスタッフ全員に向かってそう尋ねた。

「勿論OKよ!」

二つ返事でそう答えるミサト。
取り敢えず、目の間の問題さえクリアになればそれで良く、不都合が起これば、笑って誤魔化すのが基本スタイル。
そんな彼女ならではの豪快な決断である。

「どうする?」

今度はリツコ個人を見詰めつつ、北斗は再度そう尋ねた。

「………お願いするわ」

その視線の意図を悟ると、リツコも渋々ながらミサトの意見を支持した。
首が回らなくなって高利貸しから金を借りるような………
いや、ある意味それ以上に性質の悪い事かもしれないが、他に方法が無いのもまた確か。
既に二連敗中。ミサトならずとも、此処は少々無理をしてでも勝ちに行きたい所なのだ。

『判りました。それでは、30分以内にお届け致します』

綺麗な敬礼と共にそう言って通信を切ると、

「提督、真紅の羅刹より、ケースCの打診がありました。
 取り急ぎ、例の装備の輸送手配をお願いします」

と、ナカザトは、シュン提督に報告した後、

   バタン

直立不動の姿勢のまま、ストップモーションで後ろにひっくリ返った。
画面越しとはいえ、半ば本気な北斗の眼光。
いまだ純粋な意味での実戦の知らない身には、少々刺激が強すぎた様だ。
それでも、キチンと己の職務だけはまっとうするのが彼の美点であり、また、限界でもある。
頑張れ、ナカザト ケイジ中尉(23)
上司と同僚達は、君の成長を生暖かい目で見守っているぞ。



   〜 20分後 ネルフ第七資材搬入口 〜

パラシュートを広げつつ、上空より一つのコンテナが。

   ドスン

『本日も、ミラクル宅配便をご利用頂きまして有難う御座います。
 またの御指名を、スタッフ一同、心よりお待ちして………』

『だあ〜! こらダイ、目茶苦茶なアナウンスを入れるんじゃない!』

『説明しましょう!
 このバッテリーは従来の物を遥に超える効率で蓄電された、別途装着のハイパーデンチを二個組み込むことによって………』

『って、ドクターまで。
 今回の貴女の仕事は、ワープ装置の制御だけ。説明はしない約束だったじゃないですか!』

かくて、困った二人に振り回されつつも、鈴置二曹は己の職務を完遂。
ロサフェティダに積み込まれていた大型バッテリーは、無事ネルフへと届けられた。
だが、遠隔操作で開かれたコンテナから現れたその勇姿は、それを操る予定のパイロットを大いに落胆させた。

『こ…これを背負うの? マジで?(泣)』

プラグ内で、つい泣き言を洩らす。
周りがLCLなので判り辛いが、本気で涙目になるミサト。
だが、親友は、彼女の微妙な乙女心(?)を理解してくれなかった。

「あら、随分と機能的なデザインね」

「どこがよ! こんなミニ四駆の中身をそのまま箱状にした様な………
 いえ。下手すりゃ、発想そのものがそのまんまじゃない、コレって」

「シンプルで良いじゃない。信頼性が向上………」

「するか〜!」

絶叫するその姿に、ささやかな勝利感を憶える。
とはいえ、このまま掛け合い漫才をやっている訳にもいかない。
久々の快勝に浮れた心を引き締めつつ、リツコはミサトを諭しに掛かった。

「一体、何が気に入らないって言うの?
 チョッと大きめなバックパック程度で、サイズ的には問題無し。
 御丁寧に、肩と腰で固定する為のベルトに、外部電源用のソケットまで付いてる親切設計。
 これで文句を言ったらバチが当るわよ」

「ふみゅ〜」

その言葉に、本来の目的を思い出す。
そして、デザインにさえ目を瞑れば、ほぼ理想的な物である事を認めると、

   ガチャ

ミサトは、背中のアンビリカルケーブルを大型バッテリーの物と付け替え、渋々ながらもそれを背負った。

その横に居た零号機内のシンジも、それに習って電源先を付け替えた。
初号機の背負ったバッテリーの左側から伸びているケーブル。
此方は、掃除機の巻き取り式コードの如く、状況に合わせて伸縮する事を前提とした物である。

『とほほほっ。なんかもう、大昔のブリキ玩具になった気分だわ』

「理屈の上では正にそれそのものよ」

荷の到着と同時に送られてきたメールの説明文に目を走らせつつ、ミサトの愚痴を一蹴。
数分後、その内容を把握すると、リツコは、バッテリーの使い方と注意点の説明を始めた。

「時間が無いから、各種チェックは省略。
 向こうの送ってきた説明書を鵜呑みしたデータによると、その乾電池状の物の中に三発分。計六発分の電力が蓄えられているわ」

『また六発だけ〜、しみったれてるわね』

「あら、寧ろ大判振る舞いと言うべきだと思うわよ」

尚もブチブチと洩らすミサトに、リツコは、すまし顔でそう答えた。
半ば自棄になっているからこそ産まれた悪戯心を満足させる為に。

『なして〜?』

「だって、第五使徒のATフィールドをも貫くには、最低でも1億8千万キロワットもの電力が必要なのよ。
 日本中の電力をロス無く集めたとしても、従来の方法では2発が限界。エネルギー的にもハード的にもね。
 戦術的にも、据え置き式にならざるを得ないから、初弾は零号機が防いでくれたとしても、二発目の加粒子砲は防ぐ方法が無い。
 つまり、当初の計画では、三発目はどうやっても撃つ事が出来ないの」

神妙な顔で此方の説明を聞くミサトの姿に“してやったり”とばかりに細く笑む。
何時に無く心が軽い。まるで学生時代に戻ったかの様だ。

そう言えば、あの頃はよくやったわよね、コレ。と、胸中でそう呟いた後、

「そんな内容の事が、貴女が提出した計画書に書いてあったんだけど、それを書いた本人は、もう忘れてしまったのかしら?
 凄いわ。大学時代の貴女が良く言っていたセリフ、『良い女ってのは、過去は振り返らないの。完成した課題の内容なんて、その最たる物よ』
 っていうアレ、実は本当の事だったのね」

意地の悪い笑みを浮べつつ、リツコはオチを口にした。
そう。これは、何度言っても自分のレポートを丸写しして提出するミサトに対抗する為、当時の彼女が編み出した誘導尋問の変則技なのだ。

「それじゃシンジ君。認知症患者のフォローを宜しくね」

絶句するミサトをスルーし、リツコはシンジを促した。

『……………』

まさか『判りました』とも言えず、無言を貫くシンジ。
それでも、リツコの求めに従い、零号機は、棒立ちなままの初号機を引きずって、待機中のウイングキャリアへ。

    ゴオーッ

かくて、いまだ放心状態のミサトと、ちょっぴり後悔しているシンジを乗せ、二体のエヴァは、予定の狙撃ポイントへと飛び立っていった。

丁度その頃、第215号シェルター近くの通路に、0089号の手引きの元、
H&K G36(ドイツ製突撃銃)と防毒マスクを装備した三個小隊(60名)の特殊歩兵部隊が、ネルフの警戒網に感知される事無く侵入していた。
目的は、チルドレン候補生の確保である。
そう。幾ら北斗でも、2Aの生徒全員を常時保護している訳では無い。
怖いのは、学校に居る間だけ。確実性を期するのであれば、下校後、フリーになった所を狙うべきだろう。
だが、この方法では、一人二人は成功しても後が続かない。
下手をすると、オトリ捜査で一網打尽という事もありうる。
何せ相手は、一個師団にも優る戦闘力を持ったワンマンアーミー。
いかにゼーレと言えども、秘密裏に動かせる人員だけで対抗するのは不可能なのだ。
そこで、今回、偶然にも北斗が不在となった状況を奇貨とし、この機に纏めてさらう事にしたという訳なのである。

   ザッ、ザッ、ザッ………

シェルターへの突入を開始する特殊歩兵小隊。
この後、捕らえられた候補生達を待っている未来は、過酷な実験を強いられるモルモット。
生き残れるのは、ほんの数名だけだろう。
だが、それを見詰める0089号の顔には、何の感慨も表れていなかった。
何故なら、彼自身もまた、似たような選別を生き残ってきたのだから。

彼の育った孤児院は、特殊部隊アルテミスの養成機関だった。
毎年、巣立っていく100名前後の卒業生。
これは数字上のものでしかなく、実際に生き残るのは只一人。
候補生同士で行われる、三年間の殺し合いに勝利した者だけなのだ。
そして、そんな蠱毒の様な戦いを強いられるが故に、卒業した者の多くは、何かしらの特殊能力を身に付ける。

0089号の場合は、仮想人格の作成。自己催眠によって別人になりきる事だった。
それ故、彼にはどんな演技も可能であり、また、いかなる拷問も、その意味を成さなかった。
何しろ、当人にとってはそれが真実の姿であり、決して嘘では無いのだから。

その有効性は、候補生時代に最大限に発揮された。
彼は、同期生の実力者五名に対し、それぞれの人格を使い分け、『腕はそこそこ立つが場違いなお人好し』として、仮初の右腕的なポジションをキープ。
最終決戦にて、互いを警戒し1年以上に渡って顔を会わせる事の無かった彼等を一箇所に集め、
遭遇戦による共倒れを演出する事で、まんまと主席の座を射止めたのである。

とはいえ、その代償は少なくは無かった。
3年近くもの間、それぞれの臨時の相棒が同一人物である事を隠す為、
五人分の人格を脳内に常駐させた反動からか、本来の人格が、もう思い出せない。
そう。感情を持っているのは、便宜的に作り出した仮初の人格だけなのだ。

それ故、0089号となった現状では、二年以上も過ごしたネルフに対する愛着など欠片も感じられない。
その行動は極めて機械的で淡々としたものである。
人員の補充を名目に潜り込まされるであろう後釜への引継ぎも、同様の形で行われる事になるだろう。
だが、そんな彼の歯車を狂わす、予想外の事がおこった。
脱出路を確保中に、十字路の曲がり角で、ウエーブの掛かったロングヘアの少女と出くわしたのだ。
目撃者を消す為、反射的に発砲………しようとしたが、何故か人差し指の感覚が無い。

   ドサッ

不審に思う彼の前に、空中から異物が落ちてきた。
それは、突撃銃を握った彼自身の両腕だった。
思い出した様に噴出した鮮血と激痛にのた打ち回る。
だが、そんな彼を見詰める少女の瞳は、羽虫でも見るかの様に感情の籠もらぬものだった。
「あら、御免なさい」

少女の今日の天気でも語る様な淡々とした謝罪を聞いた時、彼は悟った。
今、自分は狩る側では無く狩られる側の人間なのだと。
そして、今日が終わりの刻。待ち望んでいた開放の日である事を。
両手から流れ出る己の血潮に身を浸しながら、ゆっくりと目を閉じる。
ゼーレ特殊部隊アルテミスの一人、0089号。
享年25歳、その死に顔は安らかだった。



   〜 再び、第215号シェルター 〜

   ベチャ

「ちょっと。一体どうしたのよ、ラナ!」

10分程前。『お客さんを出迎えてくるわね』と、何時に無くハッキリとした口調。
それも、有無を言わせない迫力で言い残して出て行きながら、帰ってくるなり倒れ込んだ同胞に、カヲリは飛び起きつつ誰何の声を掛けた。

「ゴメ〜ン………カヲ〜リ。チョッと………ミス………しちゃった〜(スゥ)」

その言葉に、何時も通りの口調で、息も絶え絶えならぬ意識も絶え絶えな感じでそう言った後、ラナは再び眠りに落ちてゆく。

「……………」

なまじ高い戦闘力が裏目に出たという所かしら。状況最悪ってことね。
眉を顰めつつ、素早く前後の状況を検討し、胸中でそう結論付けるカヲリ。そして、

「それでは、私、ちょっとラナの失敗の後始末をしてきます。皆様、ごきげんよう」

引き止めようとするマユミを笑顔で制すと、彼女はそう言い残してシェルターを後にした。

「今度は一体ナニをやらかしたんやろな、コイツ?」

何時も以上に深い眠りについている風なラナを見詰めながら、トウジがそう呟いた。
その言葉に、一瞬、顔を顰めるケンスケ。
彼もまた、カヲリと同じ結論に達していたが故に。

そう。とある偶然から、ラナが恐るべき戦闘能力を持つ事をケンスケは知っていた。
そして、彼女がそれを恥じている事も。
だから彼は、必死の努力で笑顔を浮べると、『さあ? 多分、お客さんとやらの前でも眠ってしまったんじゃないの?』と、韜晦した。



   〜 午後6時30分 双子山山頂 〜

   キキキ〜ッ

急造された技術部テントの前を、NERVのマークを付けたトレーラーが鈍重な音を立てて到着。
サーチライトに照らされた山中にて、リツコの指揮の元、陽電子砲の接続作業が始まった。
無数のコードによって結ばれる変圧器や冷却装置。そして、照準作業をMAGIに代行させる為の各種回線が繋がれてゆく。
ポッカリとあいた平地の真ん中に座り込みつつ、その一部始終を見詰める初号機。
そして、一時の狂熱が去った所為か、或いは、事が現実味を帯び始めた所為か、

『これで死ぬかもしれないわね』

エントリープラグ内のミサトは、そんな事を口にした。

『どうしてそんなことを言うんですか? らしくないですよ』

トレーラーから盾の取り出し作業をしていた零号機の動きが止まり、シンジが反論する。
信じ難い。それも、この土壇場にきての弱音だ。聞き捨てならないのも無理からぬ事だろう。

『あちゃ〜、聞かれちゃったか。ゴメン、でもね………』

『大丈夫、ミサトさんは死にません。僕が守りますから』

尚も弱気な発言を続けるミサトに、零号機の右手で盾を掲げつつ、そう請け負うシンジ。
彼にしてみれば精一杯の。それも、零夜の薫陶の賜物とも言うべきセリフである。

『おっ、凄い口説き文句ね。
 転校早々、学園のアイドルを落とした手腕は伊達じゃ無いって所かしら』

多少なりとも安堵したのか、ミサトもそれに軽口で答えた。
あたふたと慌てる少年の姿が、さらに気持を解きほぐしてくれる。

『ねえ、シンジ君。貴方、何でこんなに良くしてくれるの?
 はっきり言って、初対面の印象は最悪。その後だって、碌でもない事ばかりした筈なのに』

暫しその姿を堪能した後、事のついでとばかり、冷静さを取り戻したが故に生まれた疑問についても尋ねてみた。
ミサトの何時に無い真剣な顔に驚くシンジ。
だが、からかうのを止めてくれた事は有難い。
それに、これは真面目な質問の様だ。
暫し熟孝する。そして、

「………そうですね。ミサトさんが、他人じゃない様な気がするからでしょうか?」

彼もまた、真剣な顔でそう返答した。

「ちょ…ちょっと待って。まさか、本気で口説くつもり?」

加持と別れてからのこの八年、恋愛事はとんと御無沙汰だった所為か、この不意打ちのモーションに焦るミサト。
『このガキ、私の半分の生きてない癖に〜』と内心毒づくが、顔が赤くなっているが自分でも判り、それが混乱に拍車を掛ける。
シンジの口調が、そういう意図のものでは無い事にも気付かぬ程に。

『だから、そういうんじゃなくて。言葉通りの意味と言うか、他意は無いと言うか………兎に角、誤解なんです。信じて下さい!』

シンジの方も焦っている所為で、再びからかわれているものだと思い込み、必死に反論。

『なんて言うか。始めて会った時、何故か懐かしい気がしたんですよ。
 それにあの暴走の時、なんか一緒に暮らしている感じのビジョンも見えて………』

『って、しかも同棲希望!』

『だから違うんですってば!』

かくて、二人の掛け合い漫才は、双方が会話のループを自覚するまで延々と続いた。





『それじゃ、同居していたのは、私だけじゃないのね?』

『はい。名前までは判りませんが、ミサトさんだけじゃなくて、赤み掛かった金髪に紅いヘッドセットを付けた、勝気そうな顔立ちの少女も一緒に居ました』

ってコトは、多分アスカね。
確かに、来日後、私が彼女を引き取る可能性は少なくない。
でも何故? シンジ君は、アスカが日本に来る予定だという事は勿論、そのプロフィールさえ知らない筈なのに?

胸中にてそう呟くミサト。
冷静さを取り戻した後、改めてシンジの見たビジョンを再確認し、その内容に驚いた。
荒唐無稽でありながら、何故か破綻はしておらず、どこか奇妙な符号を感じるのである。

『そんなに深刻に考える必要は無いと思いますよ。
 だってあのビジョン、どういう訳か、北斗さん達とダークネスだけが出てこないんです。
 これが未来予知とかだとしたら、そんな筈がないでしょう?」

考え込むミサトに気を使って、フォローのセリフを入れるシンジ。
だが、それがかえって彼女を困惑させた。
そう。北斗とダークネスが居なければ、彼が見たビジョン通りになっていたという可能性を否定出来ないのだ。

『おまけに、何故かカヲリさんがショートカットになっていて、男子用の学生服を着ていましたし』

『うわ〜、確かにソレは絶対無いわね』

あまりのギャップに呆れるミサト。と、その時、

   シュッ

『お茶の間の皆さん、お待たせしました。
 悪の秘密結社ダークネス、定刻通りに只今参上です。ブイ!』

夜空の双子山上空に、ロサ・カニーナのピンクの船体が現れた。

『それでは、これより作戦を開始しちゃいます。皆さん、張り切っていきましょう!』

『第一陣、トライデント中隊、出撃!』

ユリカの号令と共に、ボナパルト大佐の指示が飛び、戦闘機小隊の駆るYF11が発進。
そして、戦車小隊を乗せたロサ・フェティダが、その後に続く。

『さあ〜て、コッチも行くわよシンジ君!』

『はい!』

右脇に陽電子砲を抱えた初号機と、SSTOの耐熱シールドを持った零号機もまた、戦場へと走り出す。
かくて、決戦の火蓋が切って落とされた。




>OOSAKI



   〜 一時間前 ロサ・カニーナ内 トライデント中隊専用ブリーフィングルーム  〜

「………以上が、作戦の概要です」

作戦を伝え終えた春待三尉が、隊員達を見回しつつ、そう締め括った。
いよいよ反撃開始………とゆ〜か、第五使徒戦の本番の始まりである。

ちなみに、誰も心配などしていなかったが、その信頼(?)を裏切る事無く、ヤマダは助かった。
ダーク・ガンガーは大破していたにも関わらず、当の本人は傷一つ負っていなかった。実に不条理な話だ。
しかも、おもいっきり敵の罠に嵌まった癖に、『いや〜惜しかった。もうチョッとで………』などと甘い言葉を吐きやがったので、
鬼教官モードの大佐に、クビを仄めかす形で突き放して貰った。

無論、これは只のハッタリだ。
俺としては、このまま降板させたかったのだが、今回の使徒戦の特性上そうも行かない。
だって、カザマ君がフェザーで狙撃した場合、作戦自体が要らなくなっちまうんだもん。
まったくもって、悪運だけは強い男である。

まあ良い。今回は、降板へのリーチが掛けられた事だけで満足するとしよう。
それに、大佐の名演技の甲斐あって、流石の馬鹿も少しは反省したらしく、今回は神妙な顔で作戦内容を聞いていたし。

「それでは出撃に先立ち、過日完成した本部隊のテーマソングを発表する。
 スポンサー様が自ら熱唱して下さるそうなので、ありがたく拝聴する様に」

と、俺がモノローグを入れている間に、大佐が例の件を発表。
それと同時に、部屋の照明が落とされ、前方にスポットライトがあたり、暑苦しい熱血系なBGMが流れ出した。

   チャン、チャチャン、チャチャン。チャチャチャ、チャン、チャチャン、チャチャン(イントロ)

「ううっ、やっぱこのパターンか」

「仕方あるまい。故人曰く、『泣く子と地頭には勝てない』というヤツだ」

諦め声でそう呟く中原三曹と朝月二曹。
その期待に応える様に、壇上の奈落の部分がせり上がり、ラピスちゃん登場。

「た〜くまし〜い部隊になれ〜と〜、願いを込めてわ〜たしが、つ〜けた名前だトラデント中隊(カンパニー)」

無駄にハイクオリティな音質と歌唱力のもと、トライデント中隊のテーマソング(仮)を歌いだした。

「耐えろ〜デザイン、超えろ打ち切り(26話)、人気(ちから)試しにや丁度良い」

と、その時、

「うおおおおっ! やってられね〜ぜ!!」

鷹村士長の、やたら暑苦しいテーマソングを完全に掻き消す見事な絶叫が響き渡った。
これまでの鬱憤の蓄積によって、ついにキレたらしい。
だが、ラピスちゃんは慌てず騒がす、

「しょうがないな〜、ビギナーなファンは。
 声援入れる時には、ちゃんとリズムに合わせなきゃダメなんだぞ♪ 
 そんなワケでダッシュ、リテイク御願い」

『OK』

「だあああっ! 誰がファンだあっ!!」

不当な評価への怒りと羞恥心に顔を真っ赤に染め、壇上へと詰め寄る鷹村二曹。その尻馬に乗って、

「どっちかって言えばアンチの方だぜ俺達は。
 イイ加減ウンザリなんだよ、この暑苦しいノリにはよ〜!」

赤木士長もまた、口べたな友人のフォローをしつつ、その後に続いた。
突然の抗議の声にキョトンとするラピスちゃん。だが、すぐにニンマリと小悪魔風な笑顔を浮べ、

「ふう〜ん、二人はスポ根もの嫌いなんだ。それじゃあ、貴方達だけでも、………」

と言いつつ、予てから用意してあった、とあるイメージ映像を流す様、ダッシュに指示した。



   キュイン〜ン! ドカーン!

轟く爆撃音が、澄み切った空に木霊する。
第三新東京市に集う兵士達が、今日も天使の様な無垢な笑顔で強羅絶対防衛線を守護している。
汚れを知らない心身を包むのは、深い色の迷彩服。
上官からの命令をは聞き逃さないように、使徒のコアは見逃さないように、ゆっくりと迎撃するのがここでのたしなみ。
もちろん、遅刻ギリギリで隊列を乱すなどといった、はしたない足手纏いなど存在していようはずもない。
戦略自衛隊トライデント中隊 ここは天使の園。



「………って、こんな感じに、路線変更する?」

上目遣いでイタズラっぽく二人に尋ねるラピスちゃん。
だが、目の色を見れば、彼女が本気である事は疑う余地が無い。

「「そ、それには及びません。ええもう、熱血大好き!」」

それを察し、『俺達は天使だ』ポーズで、白々しい事をハモって囀る鷹村二曹と赤木士長。
漸く、自分の立場というものを思い知った様だ。
うんうん。若人は、偶にこうやってエリを正してやらんとすぐだらけるからな。この程度は良い薬だ。
ちょっと副作用が強すぎる気もするが、初期の目的は果しているのだから問題あるまい。
ウチみないな組織で、そんな細かい事まで気にしていたらキリが無いし。

「それでは、これより第五使徒戦を開始する」

「「「了解!」」」

10分後。神妙な顔と心からの拍手で、テーマソング(?)を歌い終えたラピスちゃんを送り出した後、
大佐の号令に従い、トライデント中隊の子達は、弾かれた様に持場へ駆け出していった。
本来なら、本作戦の鍵となる筈だった少年を残して。

「あの。どうして僕だけが参加不可なんでしょうか?」

暫しの空白の後、二人きりという事もあってか、意を決してそう尋ねてくる浅利三曹。
一人、ポツンと取り残されたこの状況に、かなりの危機感を覚えている様だ。
裏面の事情を知る身としては、思わず苦笑するしかない態度である。
だが、彼の視点から見れば、これは単なる被害妄想ではない。
というのも、これより数時間前、御茶の間向けの放送において、

『艦長、君なら如何攻めるかね?』

『今回の相手は、能力・攻撃手段共に、大型戦艦とほぼ同種の物です。
 此処は、対戦艦戦のセオリー通りで良いと思います』

『結構、私も同意見だ。まずは艦載機による波状攻撃。そして爆撃を行う代わりに………』

『はい。例の新兵器を使用する為の隙を作って貰います』

という感じの、艦長と大佐の作戦立案風景を、他の子達に混じって彼も視聴しており、
また、先程のブリーフィングにおいても、

『尚、本作戦は、手数が勝敗の鍵となります。
 よって、戦闘機小隊と戦車小隊に加え、予備兵力も総て投入します。
 ヒカルはYF11に。カズヒロ、マヤ、ムサシ、ジルの四人もウィスカーE型の予備機に搭乗。
 ダイは、砲手としてロサ・フェティダに。
 私も現場指揮官兼DF制御要員として、これに搭乗します』

という春待三尉の説明を受けている。

つまり、今回は正に総力戦。
しかも、同小隊の二人が、トライデントシリーズから戦車にコンバートされ、攻め手として参加し、
自分の得意分野の席までが、赤木士長の担当となったのである。
彼が焦るのも無理ない事だろう。

「君が病み上がりだからだ」

取り合えず、表向きの理由を言っておく。
俺の返答に、意気消沈して俯く浅利三曹。どうやら、『遠回しな戦力外通知を言い渡された』と受け取ったらしい。

その姿にチョッピリ良心が痛むが、裏面の事情はまだ語れない。
というのも、こうやって彼を他の子達と隔離するのも、それが作戦名『イッパツマン』の重要な布石だからなのだ。
実を言えば、当初は此処まで考えていた訳では無いのだが、彼が都合よく入院していて例の訓練に参加していなかってので、計画成就時に………

『提督、ジャンプの準備が整いました』

と、俺が近い将来について思考を巡らしていた時、艦長からの連絡が入った。
そう。今回は、とある事情で、カヲリ君とイネス女史が23世紀の方に帰ってしまっている為、ジャンプ制御は彼女の担当なのである。
こうした事態に備え、折に触れ練習をして貰ってあるのだが、相手が相手だけに一抹の不安が。
それを強引に押さえ込み、発進指示を出す。

   シュッ

『お茶の間の皆さん、お待たせしました。
 悪の秘密結社ダークネス、定刻通りに只今参上です。ブイ!』

かくて、次の瞬間、チョッとばかり座標がずれて反対方向に。
初号機が潜伏しているであろう双子山の上空に出てしまったが、ジャンプ成功。
艦長の御約束の名乗り上げと共に、第五使徒戦の火蓋が切って落とされてた。

初号機が狙っているであろう6時の方向を避け、わざわざ回りこんでから取り囲むYF11。
これに対し、ラミエルはレーザ掃射で対抗。ノータイムでガンガン打ってきた。
ちなみに、この攻撃をラピスちゃんは『ライトニングプラズマ』と命名。
当然、加粒子砲は『ライトニングボルト』である。
そして、その命名の元となった作品の故事、『聖○士に同じ技は効かない』の格言通り、ウチの子達にも、この技は無効だ。
何故なら、既にそのデータは揃っており、それに基づき、被弾する危険のある空域には、レーダにレッドゾーンとして表示されているからである。
そう。彼等の役割は、敵に弾数を打たせる事と、その方向性を誘導する事のみ。
無理に危険を冒す必要はないのだ。

   キュイ〜〜〜ン

と此処で、焦れたらしく、ラミエルが切り札を切ってきた。
例のガラス片状の体組織を四方八方に散布。収束の方向性を与えないまま、それに向かってレーザー掃射を行ったのである。
その効果は凄まじい物だった。
乱反射に次ぐ乱反射で、ラミエルを中心に半円状に散らばるレーザー群。
その手数は、本家アイ○リアも真っ青な、正にレーザーの集中豪雨。
ハッキリ言って、21世紀初頭の日本で流行った、『エス○ガルーダ』や『怒○領蜂 大往生』といった、
あまり人間がやるもんじゃないシューテングゲームの如き、病的なまでの弾幕である。

倍以上の範囲に広がるレッドゾーン。堪らず、YF11達は散開を強いられる。
だが、これは想定の範囲内。接近出来ない分は手数で補う。その為の戦車小隊と予備兵力の投入なのだ。

   ガコ〜ン!
          ガララララッ〜

その攻防の間に、10km程離れた、ライトニングプラズマの有効射程外に、ロサ・フェティダがコンテナを投下。
着地と同時に、それに乗っていた10台の戦車部隊が発進し、ラミエルに向かって間合いを詰めて行く。
此処までは、ほぼ大佐と艦長を描いた絵図面通りだった。
しかし、そんな二人にも予想外な事が。

『ヤシマ作戦、スタート!』

彼らがY11への支援攻撃が出来る間合いに入る前。
此処だけは拙いというこのタイミングで、ヤシマ作戦が開始されてしまったのだ。

『第一次接続開始。電圧上昇中、加圧域へ』

『全冷却システム出力最大。陽電子流入順調』

葛城ミサトの号令に応じ、ネルフ発令所オペレータ席の伊吹マヤと見かけない顔の眼鏡の美女が、着々と作業を進め出す。

『第二次接続完了。全加速機、運転開始』

『強制収束機作動』

『だあ〜、遅〜い!』

それに、何時も通りの調子でブーたれる葛城ミサト。
やれやれ。ある意味同意見だが、発射までに手間暇が掛かるのは予め判っていた筈。
そんな事を言っても、単に士気を下げるだけ………
いや、今は指揮官じゃなくて現場の人間だから無理ないのか。
いずれにせよ困ったもんだ。

『最終安全装置解除』

『おっしゃあ!』

と、その間に発射準備が完了。
森の中、アグニを撃つ時のランチャーストライク張りな腰溜めの射撃体勢で狙いを定めていた初号機が、ポジトロン・ライフルの撃鉄を上げた。
安全装置の表示が『安』から『火』に切り替わり、照準および閃光防御用のヘッドギアが、葛城ミサトの顔上部を覆い隠す。

『地球自転誤差修正、プラス0.0009』

『発射まで後10秒。9、8、7、………』

かくて、ヘッドギアのモニタに写る照準が、使徒の中心部に合わさり、カウントダウンがスタート。と、その時、

『目標に高エネルギー反応!』

中央部の黒い溝が一斉に輝き、ラミエルもまた、レーザ砲の収束を開始。
ネルフの方にも転送している有効射程を表わすレッドゾーンが、スパロボのMAP兵器サ○フラッシュ型の円形な物から、
イ○オンソードの如く、画面を横断する真っ直ぐな棒状の物に変わる。

『南無山!』

乾坤一擲の気合を込め、照準セット前に引き金を引く葛城ミサト。
咄嗟にしては悪くない判断だ。実際、撃たれる前に撃つにはそれしか無い。
だが、それでも尚、先手を取るには遅きに失していた。
発射効率が本来のものより増していた為、ほぼ同タイミングで、ラミエルも加粒子砲を発射したのだ。

   ドギュ〜〜ン!×2

すれ違う二条の光。湖の上で擦違おうとした所で互いに干渉しあい、光の螺旋を描く。
そして、共に目標を外れた光弾は、山腹に着弾し火柱を上げた。

『そんな、ミスったの!?』

奇しくもTV版と同じ展開となったその光景に放心する葛城ミサト。
その心理状況をトレースし、初号機もまた棒立ち状態に。

『逃げますよ、ミサトさん!』

それを強引に引き摺って、敵射線からの逃亡を図る零号機。
何せ、今回は電源が可動式。わざわざ射撃ポイントを固定しなければならない理由は何も無いのだ。
にしても、初の実戦だと言うのに、行動の反応が早いな彼は。
乗機の零号機も、葛城ミサトの半分以下のシンクロ率しか無いのに、初号機よりよっぽど良い動きをしてるし。
いや、最初にシンジ君の零号機搭乗&暴走の報告を受けた時には肝を冷やしたが、こうなると実に頼もしい。

そう。本作戦は、初号機に花を持たせるのも、重要な要素の一つだったりする。
目的はズバリ、二連敗によって大暴落したネルフ株へのテコ入れだ。
何せダークネスは、アンチネルフを世に示す事を目的とした、ジャ○アンツに対するタイ○ースの様な組織。
それ故、基本方針は『生かさず殺さず』。これまでの様な増長は論外だが、その存続が危ぶまれる様な事態になっても困るのである。

無論これは、押さえつけていた手を離して、放っておけばそれで済む様な安易な問題ではない。
以前と同じ状態に戻って貰っては困るし、何より、只でさえ奇跡の様な勝利の連続だったのに、
暴走不可&使徒のパワーアップをしている現状では、単独での勝利などとても望めそうも無い。

そこで、ネルフ側に気付かれない範囲で、さり気無く各種の戦力増強策を行った。
ソフト面では、これまで42.195%だったシンクロ率も、72.5%(既にすべったネタをゴリ押しし、
45.6%や66.6%を主張したダッシュの案は当然却下した)とセカンドチルドレンのそれに匹敵しうるものに変更。

ハードに関しても、最大の弱点である電源へのフォローを。
不自然にならないよう様に、当人にも内緒(定期報告で顔を合わせた時、それとなくエヴァへの転用が効く事を仄めかしただけで、裏面の事情は教えなかった)
で北斗に繋ぎを付けて貰い、初号機の規格に合わせたハイ○ーデンチパック
(半年ばかり前、ラピスちゃんにG○AR戦士電○を見せられた事でインスピレーションの湧いた班長と時田博士が、半ばシャレで作った物)を贈呈した。

とまあ、エヴァに関する増強は此方の思惑通りに進んだ。
だが、その運用面。ヤシマ作戦の改善には失敗した。
サイトウの働きと事前の根回しによって最大の問題点こそクリアされたものの、葛城ミサトの意識改革にまでは至らず結果、ハードと搭乗員を別にすれば、
TV版と同じ、何の捻りもない真正面からの砲撃戦となってしまった。

また、不幸にもカヲリ君が参戦不可となった為、此方の作戦行動にも不備ができてしまった。
実を言うと、現在展開中の作戦行動は、ヤシマ作戦の最大の問題点、陽電子砲発射までの敵の注意をそらすオトリ役の不在を補う為のもの『だった』のである。
結果と言えば前述の通り。その任務が果せぬ、ほんの一分足らずの間隙を狙われた所為で失敗に終り、
既に過去形で語らねばならなくなってしまった。(泣)

ちなみに、シンジ君の参戦。これに関しては完全に予想外だった。
だが、これは彼をその気にさせたの葛城ミサトの功績。文句を付ける気は毛頭無い。
それ所か、使徒戦の勝敗すら霞む、今回最大の朗報である。

それにしても、北斗といい、シンジ君といい、良くまあアレに肩入れする気になるよなあ。
例のハ○パーデ○チパック。あれはチョッとエヴァワールドでは禁じ手に近い物だけに、
北斗がその気にならなければ、譲渡しない事も視野に入れていたし、シンジ君の零号機搭乗に至っては、言わずものがなだ。
正直言って、チョッと甘やかし過ぎな気さえする。
何か、当人と直接向き合わないと判らない様な、人間的魅力でもあるんだろうか?

「あの。何故、提督は此処にいるんですか?」

と、ヤシマ作戦の初弾失敗をモニター越しに眺めつつ現状の分析を行っていた俺に、浅利三曹が恐ず恐ずと尋ねてきた。

「此処の視聴設備が充実しているからさ。
 何せ今回は、全使徒戦中で一、二を争う派手なもの。高見の見物を決め込むにはもってこいだ」

大物ぶってそう語り、彼の疑問を払拭する。
だが、勿論これは嘘だ。それも二重の意味で。
ただ観るだけなら、提督室の設備の方がずっと上である。
おまけに、同時進行で行わねばならぬ裏方仕事も多々存在するのだ。
叩き起こしたナカザトにそれらを任せ、俺がこの場に居るのには訳がある。
そう。このままヤシマ作戦がコケた場合、改めて展開されるもう一つの作戦。
そのキーマンである彼に事情を説明し、速やかに戦場に送り出す為なのだ。
そして、彼の出番は必ずやってくる。俺には、その確信があった。




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