>SYSOP

時に、2015年5月25日。
日重のとある工房で。傾きかけた会社を建て直すべく、社運を賭けて建造されたJAを前にて、
キノコを連想させる特大のマッシュルームカットをした40代後半と思しき年恰好の男が、輝かしい己の前途に思いを馳せつつ哄笑していた。

「ホ〜ホホホホホッ。ついに………ついにアタシの時代がやってきたわね。
 同期の出世頭だったゲンちゃんに水を開けられ幾年月。思えば辛い日々だったわ。
 でも、それももう終わり。ボロ負け続きのネルフなんてペペぺのペエよ!」

その後も、絶好調でネルフとゲンドウの悪口を言い捲くるキノコ頭の男。
そんな上司の見るに耐えない言動を諌めるべく、つき従っていた現場主任が苦言を呈す。

「そうでしょうか?
 確かに、第一戦と第二戦は惨憺たるものですが、第三戦の評価は決して低くはありませんよ」

「お黙り!」

良い気分に水を差され、不機嫌そうにピシャリとその諫言を切って捨てる。

「よ〜は、日本人特有の判官贔屓。
 アメリカだったら地元の弱小チーム。競馬だったら春うらら。
 ぶっちゃけ、あまりに弱いんでつい肩入れしたくなるっていう心理からのものじゃない。
 や〜ね。つい三ヶ月位前までは、肩で風切ってブイブイいわせていたネルフが、そんな同情心に縋らなければ存続もままならないトコまで追い込まれるなんて。
 人間、落魄れたくは無いものよね」

「は…はあ」

「それに。見て、この子を!
 私がヘッドハンティングしてきた二人の手によって、エヴァなんて欠陥兵器なぞ問題にならない完成度となった堂々たる勇姿を!
 来週のプレゼンテーションが終ってスポンサーが就き次第、あの程度の活躍なんてアウトオブ眼中な実績をあげて見せるわよ」

そして、いかにも的外れなものだと言いたげな口調で、それを論破してみせた。
そう。時田博士の様に、先頭に立って技術開発に取り組むタイプではないというだけであって、彼は決して無能な男ではない。
10月程前に時田博士の後任に就くやいなや、当時はまだMIT(マサセチューセッツ工科大学)の博士課程の学生だった、とある天才兄弟をスカウトして技術力を補強。
また、不足していた開発資金を掻き集める事で、従来の物を遥に凌駕する作品を作り出す環境を整えた、辣腕の開発部長なのだ。

「ライガちゃん、レオちゃん、アータ達が勝利の鍵よ。本番でもシッカリ頼むわね」

現場主任を頭ごなしにやり込める事で溜飲を下げ、再び上機嫌となったキノコ頭の男は、
丁度、JAの背後から姿を見せたお気に入りの部下達を激励した。
最終チェックの手を休める事無く、それに曖昧な表情で頷く視線の先の二人。
どちらも二十歳そこそこな外見で、周りの技術者達からは浮いて見える。
だが、彼等無くしてJAの完成。ひいては、そのパワーアップはありえなかっただろう。
それだけに同僚からの信頼は厚く、また、その立場への同情心も少なく無い。

「部長、そろそろお時間です」

キノコの男のネットリとした視線を封じる形で前に立ち、話を逸らし始める現場主任。
彼がフォローを入れている隙に脱兎の如く研究室へと退避。

「あらやだ、もうこんな時間なの。
 それじゃ、アタシはこれから各方面への最後の御挨拶に行ってくるから、後は宜しくね」

かくて、御得意の哄笑を響かせつつ、停めてあった高級車に乗り込むキノコの男。
それをドア越しに確認した後、二人はあからさまにホッとした表情で息をついた。

「やれやれ、やっと行ってくれたか。
 まあ、これも来週までの辛抱。完成式典が終ってJAが出荷されたら、契約終了で晴れて自由の身だ」

寿命が縮んだと言わんばかりな口調でそう吐き捨てるレオ。
此処だけの話、就職して以来、カレンダーに別の意味でマルを付けて、その日を指折り数えて待つ身だったりする。
潔癖症な所がある所為か、彼的には上司のキャラクターが極めて不快だった。

「そうかい? ボクちゃんは、このまま此処で働いても良いと思っているのだが」

だが、二つ年上の兄。ライガの見解は、弟のそれとは異なるものだった。

「正気か兄ちゃん! ボクは嫌だよ、これ以上あのオカマキノコの下で働くのは!」

「まあ、そう言うなって。言動こそアレな感じだけど、あの人がやり手なのは間違いないんだし。
 それに、教授達が机上の空論だと言ってイジェクト(付き返す。漫画で言えば没のこと)した例の論文を評価して、
 知り合いの出版社に捻じ込んでくれたからこそ、お前は博士号が取れたんだ。そういう意味じゃ大恩人だろ?」

「そ…そりゃあそうだけど」

激昂して詰め寄る弟の気勢を制しつつ、淡々とキノコの男を持ち上げる。
目の前の弟を筆頭に一族郎党全員が感情的なタイプであるにも関わらず、一人、冷めた所のあるライガだった。
いや、これは少々語弊があるかもしれない。
熱くなる分野が些か他の親族達と違うだけで、ある部分は彼もかなりの熱血漢なのだが、これはまた別の御話。
この場では割愛させて頂こう。

「おまけに、ボクちゃん達の技術力は、此処に来た事で加速度的に上がった。そうだろ?」

「確かに、時田博士の残していってくれた図面は、どれも秀逸で勉強になったけど………
 でも兄ちゃん、それとこれとは話が別だって。
 悔しいけど、JAじゃ使徒に勝てっこない。縁を切るなら今の内だとボクは思うよ」

兄の言に頭が冷えたのか、やや熱気を抑えた声で自身の見立てを語るレオ。
些か自分勝手な話だと胸が痛むが、『使徒にボロ負けしたロボットの開発者』というレッテルを貼られるのは願い下げ。
まだまだやりたい事が沢山ある身ゆえ、彼としては、此処で干される原因を作りたくないのだ。

「そりゃあまあ、ボクちゃんだって、JAが使徒に勝てるとは思わないよ。
 でもそんな事、技術バカなボクちゃん達より、あの人の方が良く判っているだろうさ。
 それでも手を引こうとしないんだから、何か勝算が………或いは、美味しい所だけをさらっていく様な秘策がある筈。ボクちゃんは、それが見てみたいんだよ」

「う〜ん」

兄の言に、レオは言葉を詰らした。
何しろ、人間としては全く信用出来ないが、切れ者である事は疑う余地が無い相手。
言われてみれば、確かにそんな気もする。

「取り敢えず、今は来週のプレゼンテーションに集中しよう。
 これは100%、ボクちゃん達の責任。身の振り方は、それが終ってから考えても遅くは無いって」

「うん、判ったよ兄ちゃん」

かくて、当初の勢いは何処へやら、アッサリと矛を収めるレオ。
これは、納得したと言うよりも、ライガを信頼するが故の事である。
些か奇矯な所があるものの、タカ派の軍人で鳴らした父親に厳然と逆らえる度胸と、
自分を連れて海外留学する手筈を整える行動力を兼ね備えた兄を、彼は心から尊敬していた。
少なくとも、この時点までは。







オ チ コ ボ レ の 世 迷 言

第7話 人の造りし物の後始末







冒頭から五日程遡った、第五使徒戦が行われた日。
誕生パーティを終えた後、雷鳴ラシィは、その足で就職活動を開始した。
オオサキ提督より、『ジックリ考えて決める様に』との忠告を受け、タップリ3分間も熟考して練った就職へのプラン。ハッキリ言って、かなり自信があった。

「失礼します!」

そんな訳で彼女は、日々平穏ロサ・カニーナ支店の前に何故か都合良く開いていた、臨時就職支援センターと書かれた張り紙の貼られたドアを潜った。

「いらっしゃ〜い♪」

喜色満面にそれを出迎える桃色髪の少女。この時点で、既に大失敗だった。
そう。オオサキ提督は、ガイを警戒しすぎるあまり、もう一人の危険人物の隔離を忘れていたのである。




ケース1 飯場の調理補助

「それじゃ、ウチで働きたいってのは嬢ちゃんなのかい?」

就職希望者が来訪するとの連絡こそ受けていたものの、これは完全に予想外。
履歴書を片手に訪れた少女の若すぎる外見に、サイゾウは訝しげな声でそう尋ねた。

「はい! 宜しくお願いします!」

ったく、ネルガルは何を考えてやがるんだ。ウチみたいな所にこんな年端もいかない少女を寄越しやがって。
内心そう毒づく。だが、勢い良くされた挨拶と、彼女のまっすぐな瞳を見た時、少しだけ考えを改めた。

「判った。それじゃあまず、何か得意なモンを一品作ってみな」

まあ、適性くらいは見てやっても良いか。
そんな内心の呟きとは裏腹に、既に彼は、半ば彼女を雇う事を決めていた。
なんだかんだ言っても基本的にお人好しであり、しかも、こういう前しか見ないタイプが大好きなサイゾウだった。

「御任せ下さい! ミ○ター○っ子を全話視聴した私の前に敵は居ません!」

と言いつつ、次の瞬間には冷蔵庫を漁って豚肉の塊を取り出すと、ラシィはそれを力任せに切り始めた。
包丁の扱い方も知らない事を伺わせるその姿に、『やっぱ素人か』と小声でぼやきつつ肩を竦めるサイゾウ。
もっとも、彼女を見詰めるその眼差しは暖かなものだった。少なくとも、この時点までは。

「出来ましたです!」

かくて20分後。下拵え等の準備をしていなかった事を考えれば、まずまずのタイムで一杯の丼物が完成した。
『だし汁を煮立たせるんじゃねえ』とか『肉と衣のバランスを考えやがれ』と、内心ではツッコミ所満載だったが、
料理に対する真剣さが感じられるその過程に、更に彼女の事を気に入るサイゾウ。
そんな事もあって、

   ガチャ

「おっ、髭のダンナかい。
 丁度良かった。ちょっとコイツを試食してくんないかい?」

『鉄は熱いうちに打て』とばかりに、彼は、丁度やって来た客。
意外にもかなりの食通で、しかも、忌憚の無い意見を躊躇い無く吐く人物であるゲンドウに、ラシィが作ったカツ丼を差し出した。
狙いはズバリ、第三者の立場からガツンと言って貰う為である。
叩けば叩く程、この嬢ちゃんは伸びる。そう踏んでの事だった。

「問題ない」

賭場経営の関係から食事時が不規則な事もあって、既に顔馴染なサイゾウの顔を立て、お約束のセリフを吐きつつ、ゲンドウは丼を手に取った。

「不味いと思ったら御代はいらないです!」

「馬鹿野郎! ハナからそんなモン受け取れるか。(ポク)」

「ううっ、痛いです」

後ろからかまされた拳固に、涙目で頭を擦るラシィ。
そんな微笑ましい即席師弟のやりとりに目を細める。
最近、とみに性格が丸くなってきたゲンドウだった。
だが、そんな心の緩みを狙ったかの様に、

   ピカッ
           ド〜〜〜ン

丼の蓋を開けた瞬間、それまでのアットホームな雰囲気と共に、彼は閃光に包まれ散っていった。

「お…お前、あのカツ丼に何をしやがった!」

「違います! アレは指向性スタングレネードを仕込んだ、特製『光るカツ丼』です!」

その後、彼女が飯場から叩き出された事は言うまでも無いだろう。




ケース2 生活班の運搬係

「なるほど。貴女が今噂の」

職歴の部分に一部修正が加えられた履歴書を受け取りつつ、既に小耳に挟んだ情報に及び腰になりながらも、ブロスはラシィをまじまじと眺めた。
小柄な体躯ながらも気合に満ち満ちた立ち姿。澄み切った生気に溢れる瞳。
とまあ、外見だけを見れば、十二分にヤル気の感じられる、中々好感度の高い娘である。
だが、人事の仕事と裏の仕事を両立される事で養われたカンは、彼にこう囁いていた。
これは絶対に関わってはいけない難物だと。

「あの、どうかされたんですか?」

「あっ………いえその、何でもありませんよ。(ハハッ)」

とはいえ、既に手遅れである。力なく笑って、その場を誤魔化すブロス。

「それでは、職場の方に御案内しますので、ついて来て下さい」

仕方なく彼は、次善の策として、彼女が志望してきた生活班見習の職務の中から、もっとも被害が少なそうな職種に就ける事にした。



「という訳で、此処にある張り紙の貼られたダンボールを、コレを使って、その宛先の場所まで運ぶのが貴女の御仕事です」

15分後。火星駐屯地の第三資材置き場へ到着。
その場にて一通りの仕事の手順を教えた後、ブロスは、彼女の仕事道具となる資材運搬用のキャスターを指差した。

「判りました! 御任せ下さい、頭○字Dを16巻まで読破した私の前に敵は居ません!」

「なんとも頼もしい御返事ですな。
 ですが、くれぐも『安全運転』でお願いしますよ」

「はい! それでは早速、行って来ます!」

と言うが早いか、ラシィはダンボールを7個程無造作にキャスターに乗せ、

   ガラガラガラ〜!

いきなりのトップスピードで、勢い良く最初の目的地へと駆け出して行った。

「だから安全運転を………」

その後ろ姿に力なくそう言いつつ、途中で諦める。
そう。この程度の事は、充分想定の範囲内なのだ。
此処にあるのは、その大部分が小麦粉・塩・砂糖といった原材料。
それも、輸送機から下ろされたままの状態なので梱包もシッカリとされている。
少々手荒に扱っても………ぶっちゃけて言えば、運搬中に転倒しても壊れる可能性は殆ど無い。
そして、これはラシィ自身にも言える事である。
何せ相手は、体力と耐久力に加え、頭の中身までもが某熱血馬鹿クラスな少女。心配するだけ無駄と言うものだ。
『取り敢えず、働いている様な格好がつけばそれで充分』そう達観するブロスだった。
だが、『これで一安心』と思ったその心の隙を狙うかの様に、

   ドカ〜〜〜ン!

出発してから僅か十数秒で、ラシィは、彼が立つ出入り口まで熱風が届く様な爆発事故を引き起こしてくれた。

「(ケホ、ケホ)ううっ。まさか脱輪して転倒するなんて。必殺ミ○落とし失敗です!」

(なるほど、粉塵爆発ですか)

おっとり刀で現場に駆けつけた後、その独り言(?)と、床に散乱している真っ黒に焦げた小麦粉からそう判断する。
いくら狭い通路内だと言っても、ダンボールと中の袋までもが破ける勢いで転倒→小麦粉が散乱→転倒時に発生した火花で引火→大爆発!という、
狙ってやっても中々出来そうにないコンボを決めてくれたラシィに、自分の判断の甘さを痛感するブロスだった。

「兎に角、今後は気を付けて下さいね。
 いかに貴女でも、こんな事が何度も起っては身が持たないでしょう?」

反省を促すべく、ブロスは、軽く嫌味も込めて御説教した。

「大丈夫です! 実は私、ATフィールドの強度にも自信があるんです!」

それに対し、一点の曇りも無い笑顔を浮かべつつ、そう返答するラシィ。
そんな彼女の姿に、一瞬、明確なまでに殺意が沸く。
だが、地上に舞い降りた天使たるこの少女が相手では、極めて常識的な元暗殺者にすぎない自分では到底勝てそうに無い。
ならば、毒をもって毒を制すまでの事。
そう。彼には、彼女以上に人間離れした知り合いが居るのだ。

「そうですか………では、そんな貴女にピッタリの御仕事を御紹介しましょう」

そんな訳でブロスは、眼鏡を鈍く光らせつつ新たな職場の………より正確には、とある特殊な職業のレクチャーを始めた。
このパッパラ娘に御灸を据えて貰う為に。




ケース3 格闘王への挑戦

「お前が果し状の差出人か」

2015年では午後5時となる夕暮れ時。
指定場所である、嘗てキャンプを張った公園に出向いた北斗は、露骨に『期待外れ』といった顔をしつつラシィにそう尋ねた。

「はい! 貴方が持つ、太陽系統一格闘技暫定チャンプの座を頂きます!
 そして、ゴーストライターさんに適当な自伝を書いて貰って、夢の印税生活を送るんです!
 そう! Gガ○ダムを全話視聴した私の前に敵は居ません!
 あっ。勿論、防衛戦も積極的に………」

「判った。判ったから、サッサと済ませようや」

放って置くと何時までも延々と続きそうなラシィの前口上を遮ると、北斗は面倒臭そうに勝負開始を促した。

「それでは行きます! ギャラクシーファイト! レディ〜、ゴ〜!」

もはやツッコミ所が多すぎて何も言えない北斗。
そんな呆然とした彼を尻目に、

「私のこの手が光って唸る! お前を倒せと輝き叫ぶ!」

眼前に掲げた右手にATフィールドを収束させ、

「砕け! シャイ○ング・フィ○ガー!」

   ドコ〜ン!

叫び声も高らかに、TVを見て覚えた必殺技を繰り出すラシィ。
かくて、嘗てのラミエルが放っていた物と良く似た感じの加粒子砲が放たれたのだが、当然、そんなテレフォンな攻撃が北斗に当る筈がない。
ヒョイっとばかりに軽々と避けられる。
しかし、そんな事くらいでメゲル様な彼女ではない。

「くっ、流石にやりますね!」

お約束な負け惜しみを口にしつつ、

「ならば今度は接近戦です!
 いきます! 私のこの手が真っ赤に燃える!」

再び高らかに叫ぶ口上と共に、今度は両手にATフィールドを収束。

「勝利を掴めと轟き叫ぶ!」

それを頭上で合わせる形でエネルギー塊を掲げると、気合一発、それを3m程の長さの剣状に変化させる。

「くらえ! 愛と怒りと悲しみの………シャイ○ング・フィ○ガーソード!」

「だあ〜、やかましい!(ドスッ)」

だが、あまりにもその制御に集中しすぎた所為で、それ以外の部分が隙だらけ。
おまけに、出力過剰なその剣の振り回され足腰がガタガタ。何の捻りも無い、只の大振りな一撃を繰り出す事に。
結果、その長すぎる前フリに焦れた北斗の無造作なサッカーボールキックをカウンターで貰い、彼女は空高く舞い上がっていった。

   ベシャ

「良いか、二人共。今のが絶対にやってはいかん戦い方の見本だ。
 どれほど気功術を極めようと馬鹿は馬鹿。良く覚えておけ!」

聖闘士チックに顔面から落ち、良い感じに轢死体っぽくなったラシィを一瞥した後、苛立ち気味に弟子達に訓示を垂れる北斗。
彼にしてみれば、不完全燃焼も良い所である。

「取り敢えずソレをウチまで運べ。それで本日の訓練は終了とする」

「「はい!」」

といっても、第三者的視点から見れば物凄い。それも、内容の判り易いエンターティナー的な戦闘。
達人同士(?)の戦いに魅せられ、瞳を輝かせつつ勢い込んで良い返事をするシンジ達。
それに機嫌を直したのか、

「それと、今日より一週間は試験休みとする。明後日からの中間試験に備えて勉強をしろ」

珍しく一寸甘めな事を言い残すと、彼は一気に走り去った。
オオサキ提督あたりが見れば『照れてるなあ』と丸判りの態度である。
だが、弟子達の視点から見れば、それはクールなものと映った様だ。

「くう〜っ、やっぱセンセは格好エエのう。なんつうかこう、正に漢って感じやで!」

「うん。絶対無敵だよね」

「なあ。やっぱセンセも、コレが使っていた、氣がアレでブワーとしてバーンてヤツが使えるんやろな?」

「まず間違いないよ。
 この間の、綾波さんの住んでたマンションを倒壊させた一件。
 あの時、多分そういう事をやっていたんじゃないかな?
 今にして思えば、そうでなければ説明がつかない壊れ方だったもの」

羨望の色を瞳に浮べつつ、一頻り、今見たものの感想を述べあう二人。

「あっ、もうこんな時間だ。
 そろそろ帰ろう。急がないと夕飯に間に合わなくなるよ。帰りは重り付きだしね」

「せやな」

暫しタベった後、シンジが促し帰り支度を始める。そして、二人は申し合わせた様に、

「「ジャンケンポン」」

結果、心理の読みあいに長けたシンジが7:3程の割合で勝ち、主にトウジがラシィを背負う形で帰途についた。
なだらかな山道とは言え、約20kmの距離を、40kg近い重し付きで2時間以内に走破する。
既に、中学レベルの脚力では無い二人だった。



   〜 二時間後 再び、臨時就職支援センター 〜

「ううっ、まさか此処まで上手くいかないなんて。
 ひょっとして、私って社会不適合者なんでしょうか?」

桃色髪の少女を前に、ラシィはポツリと弱音を吐いた。
今日一日、持てる力を総てぶつけての就職活動が総て不首尾に終った事もあって、流石の彼女も大分弱気になっている様だ。

「大丈夫! 三度目の正直よ。次こそ上手くいくって」

「………すみません、三回目は既に失敗しちゃってるんです」

と、前置きをした後、彼女は生活班をクビになってから北斗に挑戦するまでを。
その後、カヲリに拾われ此処に帰ってくるまでの顛末を掻い摘んで語った。
ウンウンと大きく頷きながら、それに耳を傾ける桃色髪の少女。
そして、話が一段落すると、彼女は芸術的なまでに鏡面的な己の胸を叩きつつ高らかに叫んだ。

「判ったわ!
 こうなったら最後の手段、絶対確実なコネのある所を紹介してあげる」

「ほ…本当ですか」

暗雲の中から一条の光明を見付けたかの様な顔でそう呟くラシィ。
その顔は元の明るさを取り戻し、全身が生気満ち光輝いている。
比喩でなく、ATフィールドによって実際に。
だが、その程度の事に頓着する様な桃色髪の少女では無い。

「勿論よ。これから技能習得の為の特訓。そして明日、一気に勝負を掛けましょう!」

「はい!」

かくてその夜、マーベリック社第二応接室の灯は一晩中途絶える事は無かった。

「そう言えば、所長のお名前、まだ伺っていませんでしたね」

「やあねえ、別に名のる程の者じゃないわよ。
 間違っても、ラピス=ラズリなんて可憐な少女とは何の関係も無いから、そのつもりでね」

「はい! 判りましたです!」



   〜 翌日、2199年、ネルガル本社の会長室 〜

その日、一枚の書状を前に、アカツキ ナガレは静かだった。
だが、その内面世界では、嵐の如き感情の波が荒れ狂っていた。
彼が手に持つ書類。それは、次の模擬戦のルールを示した物。
そう。ついに、あの真紅の羅刹との直接対決が決定してしまったのである。
それも、頼もしき戦友たるテンカワ アキト………漆黒の戦神不在の現状で。
ハッキリ言って、勝てる気が全くしない。
卓越した頭脳が生み出す戦術眼が。数多の戦場を駆け巡った経験が。鍛え抜かれた戦士としての本能が。
その他もろもろの総てが、それを完璧に肯定している。
つまり、目の前のコレは、特攻隊の出撃命令書も同然の物なのだ。
『な〜に、北斗だって軍人なんだ。あからさまな命令違反はやらんさ、多分』
などとオオサキ提督は言っていたが、信憑性は限り無くゼロとしか言いようがない。
棒読みの口調に、此方と決して目を合わせようとしない辺り、言った本人自身まったく信じていない、只の気休めだと丸判り。
おまけに、自慢ではないが、最近は仕事にかまけ、エステの操縦訓練を全くしていなかったりする。
大戦中のノリで北斗がDFSを振るったら、自分の命は、ドキドキする暇さえ無く宇宙のチリと化すだろう。

取り乱す事無く冷静に、彼は淡々とそれを胸中で認めた。
この辺、歴戦の勇者ならではの胆力である。
かくて、状況は嫌になるほど確認出来た。
次に行うべき事。それは、この絶望状況の打開策の摸索。
ぶっちゃけて言えば、次の模擬戦を欠席する為の口実の確保だろう。
だが、肝心のそれが全く思いつかない。

とりあえず、『突然の急病』は論外である。そのままイネスラボに直行する事になってしまう。
『急用が出来て』と言うのも没だ。何せ昨日の時点でエリナに、『ウチの名を売る為にも必ず勝つのよ!』とハッパをかけられていたりする。
この所、明日香インダストリーに遅れを取る事が多くなっている所為か、彼女の機嫌は頗る悪い。
敵前逃亡などしたら、多分、楽には殺して貰えまい。

『千沙君、僕は一体どうしたら良いんだろうね?』

机の隅に飾ってあるホトグラフ(裏取引でサブロウタから入手した物)に映る千沙にそう尋ねてみる。
写真の中の彼女は、女神の如き慈悲深い微笑を浮かべていた。
現在の苦境を忘れ、アカツキの顔にも笑顔が浮かぶ。
その時、彼の心に悪魔が囁いた。『木連に亡命しちまえ』と。

なんという情けない、唾棄すべき案だろう。
否、案と呼ぶのもおこがましい。正に、人の心の隙間を狙う奸智。
あまりにも無責任な。これまで自分を支えてきてくれた人々を裏切る、鬼畜の如き悪行。絶対に行う訳にはいかない。
と、彼を諭すべき天使は何故か現れず、

「さ〜て。待っていておくれハニー。今、総てを捨てて君の元へ向かうよ♪」

アカツキは、手馴れた仕種で身支度を整え始めた。
だが、その時、出鼻を挫く形で来客が。

「「「(ガチャリ)失礼致します」」」

綺麗にハモった来訪の挨拶と共に、メイド四人衆+αが訪れた。

「や…やあ、御揃いで。君達が此処に来るなんて珍しいね。一体どうしたんだい?」

ウリバタケ印の非常用脱出ツールを後ろ手に隠しながら、棒読み口調で定形な挨拶をするアカツキ。
その『僕、後ろ暗い所があります』という態度に頓着する事無く、

「パンパカパ〜ン! おめでとうございます。貴方は厳選な審査の結果、今日付けで配属されたばかりのメイド部隊第五号の御主人様に選ばれました。
 私達が手塩に掛けて育てた可愛い後輩です。どうか末長く可愛がってあげてください」

晴れやかな笑顔を浮べたエクセルが、21世紀初頭に流行った詐欺師の様なセールストークを並べ始めた。
それに合わせ、サンジェルマンの超Sサイズのメイド服に身を包んだ少女が進み出て、着任の挨拶を。

「この度、御主人様付きのメイドとなりました雷鳴ラシィです! どうか宜しく御願いしますです!」

アカツキの態度も胡散臭かったが、こちらは更に輪を掛けて胡散臭い。
ハッキリ言って、どこまで本当の事を言っているのか………否、その目的が何処にあるのかさえ判り難い話である。

「残念だけと、ウチにはメイドなんて雇う余裕は無いねえ。
 ほら。今チョッと、明日香にシェアを奪われて会社がピンチだったりするし」

とりあえず、丁重に御断りしてみる。
だが、事態はアカツキが考えている様な甘いものでは無かった。

「大丈夫です! そんな日々心をお痛めな御主人様をケアする為に配属されたのが私なんです!
 エリナ様より辞令を頂き、その様に職務内容の指示を受けているです。まったく問題ないです!」

(なるほど。エリナ君が僕に付けたお目付け役って事か。しかも、よりによって使徒娘だなんて。これは、かなり拙い状況だね)

ラシィの言を元に、胸中で素早く状況をそう分析する。
思わず引き攣る笑顔。それを見て取ったらしく、

「勘違いなさっている様なの補足致しますが、お給金がネルガルから出されるだけで、この娘はあくまでも、アカツキ会長個人にお仕えするメイドです。
 意図的に貴方の不利益となるような真似は決して致しませんから、ご安心を」

「そうなんです。私の御主人様はアカツキ様です。エリナ様ではありませんです」

綾杉チハヤとラシィから補足説明が入るが、これは逆に、胸中の仮説を補強するものでしかない。特に『意図的に』と注釈を入れる辺りが。
もはや疑う余地は無い。彼女は、エリナが自分の行動を阻害する為に放った刺客なのだと確信するアカツキ。
此処は当然、逃げの一手。正直、自分専属のメイドという言葉には心踊るものがあるが、間違ってもその就任を認める訳にはいかない。

「判った。判ったからエリナ君には、気持ちだけ貰っておくと伝えてくれたまえ」

「そ…それは、私等いらないという事ですか?
 そんな……既に三度も御勤め先から御暇を出されているんです。
 この上、天職とも思えたメイド業ですら雇っていただけないとあっては、もはや生きていく価値など無いです! この際、此処で腹を切るです!」

拒絶の言葉にショックを受け、小さなその身を震わせる。
そして、悲しそうな。何かを諦めたかの様な顔でそう言い放ちつつ、懐から取り出した匕首を抜き放つラシィ。
と同時に、非難の色を湛えた八つの瞳が、『そんなもの常備しないでくれ』という当然のツッコミさえ入れられないレベルでアカツキのハートを直撃した。

「御願いします。この娘、あんまり器用じゃありませんけど、本当に一生懸命で………
 あっ、そうです。ボディガード兼任という事で如何でしょう? 実は彼女、素手の白兵戦なら私よりも強いんですよ」

とりわけ真摯な瞳で見詰めつつ、ミルクがペコペコ頭を下げながら舌足らずな声でラシィのセールスポイントを語り出した。
彼女にしてみれば初めて出来た後輩。何としても身の立つ様にしてやりたいのだろう。

「そうなんです! きっとお役にたちます! 信じて下さいです!」

その後ろから、持っていた匕首を放り出し、此処ぞとばかりに自分を売り込むラシィ。
機を見るのに敏と言うか、ナデシコ流な調子の良さである。
とは言え、やる気に満ち溢れている事だけは疑う余地が無い。
まして、外堀は既に完璧に埋められているのだ。もはや退路は無いと見た方が良いだろう。

「ちなみに、本業の方の腕は?」

ならば、まずは敵の戦力と傾向を把握することが先決。
そう腹を括ると、アカツキは、その辺りの情報を韜晦される事無く確実に聞ける相手に、ラシィの実力について尋ねた。

「やだなあ、私達が指導したんですもの、完璧に決まってるじゃんないですか。
 (もう、これ以上無いくらいドジっ娘属性だけど、需要はまだ結構あるから大丈夫でしょう、きっと)
 それに、個人レベルでの戦闘力も最高。イザという時の予備戦力として、とても頼もしい存在ですよ。(回りの被害に目を瞑ればですけど)」

やっぱりソッチ系かい!
宗像カスミの返答の本音部分に頭を抱えるアカツキ。
だが、2年前の。ナデシコに乗る前ならばいざ知らず、今の彼は、フェミ二ストがスタンダードな某組織の重鎮なのだ。
捨てられた子犬の瞳で上目使いに此方を見詰める二人の美少女を前に『NO』と言える筈がない。

「判った。良いだろう、君を雇おう」

暫しの逡巡の後、苦虫を潰した顔で採用を通告。
事実上の全面降伏である。

「本当ですか!」

「男に二言は無いよ。とゆ〜か、僕には選択の余地自体が無さそうだし」

「有難う御座いますです、御主人様!」

それまでの表情を一変させ、喜色満面に抱きつくラシィ。
そのオーバーなリアクションに辟易しつつ、彼女の襟首を掴んでゆっくりと引き剥がす。
成熟した知的な美女が好みな為、現状では完全に守備範囲外。
ツルペタな胸を押し付けられてもちっとも嬉しくない。
否、これが豊満なセクシー系の美女だったとしても、さして心は動かなかっただろう。
実は、意外にも、アカツキはこの手のスキンシップに重きを置いていない。
寧ろその前の段階。小粋なトークによる駆け引きを楽しむ事の方が、彼にとっては重要なのだ。

「ミルク先輩、やりましたです!
 無職な生活にさようなら。優しい先輩達に有難う。
 そして、やりがいのある御仕事におめでとうです!」

「うん。うん。良かったね、ラシィちゃん」

今にも号泣しそうな勢いで、ヒシッと抱き合って喜ぶラシィとミルク。
それを遠巻きに見詰めつつ、ハンカチで目頭を抑える年長組の先輩達。
どちらの輪にも入れず、オロオロするカスミ。
当年とって19歳で、実年齢的には年少組とそう変わらない歳なのだが、前述の二人の外見が、入学したての中学生位にしか見えない為、とても溶け込めそうも無い。

ついには不貞腐れて三角座りを始めるカスミの肩を、優しげな微笑を浮べたエクセルがポンと叩く。
そして、五人揃って『よろこびの歌』を歌いだす。
そんな三文芝居が一通り終った後、アカツキはその演目を御座なりに賞賛。
そのままラシィ以外の四人に向かって、丁重にお引取りを願った。
そう。此処から脱出する為には、兎に角、敵の頭数を減らさない事には話にならない。

「ちぇ。意外とノリの悪い人だなあ〜」

「まあまあ。アカツキ会長もお忙しい身ですから。
 それに、初期の目的は果せたのですから、良しと致しましょうよ先輩」

「ハッちゃん先輩の言う通りですよ、エクセル先輩。(目的と手段がゴッチャになってますね。いよいよ脳軟化でしょうか? 歳はとりたくないものです)」

「って、誰が脳軟化じゃ〜!」

「ああもう。止めて下さい先輩達」

   パタン

公演が不評だった事を愚痴りながら三々五々帰途につくメイド四人衆。
『一仕事終った』と言わんばかりに緩んだその態度から見て、幸いにも亡命計画自体は露見していない様だ。
彼女達が本社ビルを出た頃を見計らうと、アカツキは残った障害を排除する算段を始めた。

「さて、ラシィ君。君の最初の仕事なんだが………」

「はい!」

「此処で電話番をしていてくれたまえ」

「判りましたです!」

ラシィは嬉々としてそれを実行に移そうとしたが、ふと思い返し、困惑気味に言う。

「あのー、電話のお取次ぎでしたら、確か専門の方が居た筈なんですけど?」

「ああ、僕はこれから出かけるんでね。だからキミがその代理」

「あの。つまりそれは、私についてくるなと仰っているのですか?」

小動物系な仕草で、ラシィは恐る恐るそう尋ねる。
その姿にチョッピリ心が痛む。だが、此処で引く訳にはいかない。
意を決すると、アカツキは出来るだけ優しい声音で『その通りだよ』と静かに言った。

「そ…そんなです!」

その拒絶の言葉に、ガーンと言う擬音が聞こえてきそうな。
否、実際に自分で効果音を入れつつ驚愕するラシイ。
一見、ギャグに走っている様だが、これでも大真面目。
彼女にとっては、正に青天の霹靂な事態なのだ。

「嗚呼、お仕えした初日にいきなりお側を外されるなんて………
 こんな事では駄目です! 此処はやはり、カスミ先輩直伝の房中術を使うしかないです!
 古来より、メイドが御主人様にお認め頂く一番の早道です。さよなら私の少女時代です」

「また、えらく偏った知識を施されて………
 何と言うか、せめて口に出しては言わないでくれないかい、そういう人聞きの悪い事は」

僕にも選ぶ権利がある。とゆ〜か、どうせ本物のメイド像に合わせる気が無いのなら、参考資料は館モノのエ○ゲーじゃなくてエ○にして欲しいね。
思わず胸中でそう毒づく。
とは言え、彼女にそれを諭しても無駄だろうし、責任者に文句を言っても、もっと無駄である。
思わず欝になるアカツキ。だが、その時。絶望感に打ち拉がれようとしていた彼の脳裏に、災い転じて福と成す天啓とも言うべき妙案が閃いた。

「そのなんだ、ラシィ君。確かキミ、カヲリ君と親しかったよね?」

「はい! 懇意にさせて頂いているです」

「ひょっとして、個人的に彼女と連絡を取る方法ってあるかい? それも早急に」

「勿論です! 少々お待ち下さいです!」

と、元気良く請け負った後、上空を指差すポーズで右手を上げ瞑目するラシイ。
そのまま、携帯やコミニュケを使用する素振は見られない。
真剣な顔付きでやっているだけに、ある種、異様な光景である。

「その。一体、何をやっているんだい」

色んな意味で良くない電波を受信している様にしか見えないその姿に不審を憶えつつ、おっとり刀にそう尋ねる。
だが、ラシィはアカツキの誰何を遮ると、

「お静かにです。今、返信が返ってきたです。
 何でも、今、お仕事の方が佳境に入っているので、急を要するのでなければ、後二時間程待って欲しいそうです」

と、カヲリからのメッセージを伝えた。

「ひょっとして、テレパシーってヤツかい?」

「広義の意味ではそうです。でも、あまり性能は良くないです。
 少しの言葉しか伝わらない………20世紀末のポケベルみたいなものだと御考え下さいです」

なるほど、同族ならではのシンパシーに近いものか。流石は使徒娘、性格はアレだけど多才多芸だね。
チョッとだけラシィを見直すアカツキ。
そして、『では、二時間後に此処へと来てくれる様に伝えてくれたまえ』と彼女に指示する。
気は焦るが、わざわざカヲリを困らせてまで時間を短縮するのは、後々の事を考えれば好ましくない。
それに、交渉用のネタの選定を考えれば、寧ろ丁度良い刻限だろう。
と、素早く胸中で打算を巡らす。

「それにしても、チョッと文法的におかしくないかい、君の喋り方?
 なんか語尾に無理矢理『です』って付けている様な印象を受けるんだけど」

ともあれ、この計画は、目の前に居る少女の持つコネが鍵となる。
取り敢えず、親睦を深める事を狙って、空白の時間を利用し、ふと頭を過ぎった事を訪ねてみた。

「凄いです! たったこれだけの会話で付け焼刃な敬語だと見抜くなんて。流石御主人様、ご慧眼です! 
 今はまだ、ぎこちなくて申し訳ないです。ですが、必ずや自分のものとして見せます。
 そして何時か、あの夜空に輝く『メイドの星』を掴むです!」

「そ…そうかい。まあ、頑張ってくれたまえ。出来れば程々にね」

瞳には映らぬ一番星を指差しながら己の夢を熱く語るラシィの姿に、もう何を言っても無駄と悟り、彼女との意志の疎通を諦めるアカツキだった。



   〜 3時間後。2015年、午後7時、芍薬の影護邸 〜

   ピンポ〜ン

「シンジ、出てくれる? 今、ちょっと手が離せないの」

「判りました」

台所からの零夜の声に従い、親友と共に試験勉強をしていた手を止めて玄関へ。
ドアを開けると、そこには見るからに実直そうな雰囲気を纏った、長い黒髪の女性が立っていた。

「初めまして、碇シンジ君ですね。
 私は、北斗様の部下で各務千沙と言う者です。北斗様に御取次ぎ願えないでしょうか?」

「は…はい。判りました」

第一印象を裏切らない硬質な口調。それでいて女性的な柔らかさを失わない声音で来訪の目的を告げられ、
戸惑いながらも千沙を北斗達の居る茶の間へと案内する。
これまで会った事無いタイプの。リツコと違って身の危険を感じない、いかにも大人の女性といった感じの美女である千沙を前に、
内心、チョッとドキドキしているのは此処だけの秘密だ。
回りに知られたら。取り分けミサトにバレた日には、何を言われるか判ったものではない。

本来、僕は奥手な。女の子と話す事自体が苦手なタイプなのに。世間は理不尽だよ。
そんなアキト並に自分を判っていない愚痴を胸中で洩らすシンジだった。

「北斗様、本月分の生活費をお持ちしました」

「ん。御苦労」

綺麗な敬礼をした後、千沙が懐から出した厚みのある封筒を無造作に受け取ると、北斗は、それを面倒臭さそうにタンスにしまった。
この辺、労働の対価を尊ぶ木連人らしからぬ態度なのだが、これはもう仕方ないだろう。
社会生活を送る上で必要だから受け取っているだけであって、彼にしてみれば、文字通り紙切れ同然の価値しか無い物なのだから。

「まったく。お前だって暇じゃあるまいに。
 もうネルフも経済封鎖を諦めた様だし、今後は振込みにしろよ」

愚痴を零す北斗。それに対し、千沙は勢い込んでその油断を諭しだした。

「北斗様、そのお考えは甘いです。
 私達にとって此処は敵地。それも、たった一つのOSによる全面管理という非人道的な社会体制にある都市なのですよ。
 此処で気を緩めれば、何時また同じ愚行を始めるやも。それを思えば、その様な軽率な真似は出来ません。
 舞華様もその辺を考慮されているのしょう。必ず北斗様を確認し、手渡しで受け取って頂く様に申しつかっています」

(なんや、いかにも軍人っぽいつ〜か、ケンスケが見たら涎を垂らしそうな別嬪さんやのう)

美人観賞を堪能し終えたらしく、小声でそんな感想を告げてきたトウジに苦笑しつつ同意するシンジ。
と、その時、

   ポロ〜ン

どこからともなく、クラシックギターの音色が鳴り響いた。

「(フッ)相変わらず固いねハニーは。
 そんな君も魅力的だけど、もう少し肩の力を抜いた方が良いね。その方が、もっと僕好みになる」

(な…なあシンジ。此処で『アンタはハメを外し過ぎや!』ってツッコミ入れたら負けなんやろか?)

(た…多分そうだと思うよ)

さりげなく窓を開けつつ、茶の間の外にある中庭から此方に話し掛けてきたロンゲの男を前に、小声で囁きあうトウジとシンジ。

「ああ、心配は無用さ。『愛があれば他に何もいらない』なんて青臭い事は言わない。将来設計はチャンとしてあるとも。
 こんな事もあろうかと、創立前に個人的に出資しておいた持ち株をバックに、マーベリック社に相応のポストを用意して貰ってあるし、
 二人の愛の巣となる新居も、此処の郊外に白い一軒屋を購入した。
 ネルガルの方だって問題ない。実権はエリナ君に。会長の席は、もうすぐ見つかる予定の生き別れの弟に譲ってきた。アフターケアは万全だよ」

そんな二人を無視して、絶好調で喋り続けるロンゲの男。
既に逝っちゃった目が、かなり怖い。
しかも、熱いその語りのBGMに、抱えたギターで『テントウ虫のサンバ』を弾いている所が、その恐怖を更に助長させている。

「僕達は必死に戦ったし、太陽系も平和になった。
 もう充分だろう? これからは、この新天地で平穏な。愛に満ちた生活を送ろうじゃないか!」

言いたい事を総て言い終えると、ロンゲの男………アカツキは、期待に満ちた熱い視線を送りつつ返事を促した。
当然ながら、リアクションに困り呆然とする千沙。
静寂が辺りを包み込む。そのまま1分が過ぎ、2分が過ぎ、3分が過ぎた。

そうか。ギャラリーの前では答え難いんだね。(フッ)照れ屋さんだなハニーは。
彼女の沈黙を不審に思ったものの、そんな虫の良すぎる結論に達するアカツキ。
そして、『それじゃ、色良い返事を待っているよ』と、言い残してその場を立ち去ろうとしたその時、

「御主人様〜!」

方向転換したその真正面から、某超高校級ラインバッカーも顔色を失う様なタックルを喰らって悶絶する事に。

「酷いですよ御主人様。此処まで来る手筈を整えたのは私なのに、おいてけぼりにするなんて」

半ば意識の飛んだ状態で恨み言を聞く。
ちなみに、アカツキにとっては不本意極まりない事だろうが、ラシィの身長が143pと小柄で、彼との身長差が30p以上もある所為か、
実際にはその身体を支えているのは彼女であるにも関わらず、傍目には優しく抱きとめているかの様に見えたりしている。(笑)

「あの。貴女は一体………」

更なる急展開にチョッとついていけない。と言って、このまま放っておく事も躊躇われる。
そんなこんなで、前後の事情を把握すべく、千沙は誰何の声を掛けた。
そんな戸惑いがちな彼女に、ラシィは元気一杯に自己紹介。


「はい! 私の名は雷鳴ラシィ、御主人様に身も心も捧げた者です!」

「なっ! 何を言ってるんだいラシィ君!」

彼女の『どうぞ誤解して下さい』と言わんばかりなセリフに焦るアカツキ。
それと同時に、実はチョッと期待もした。クールビューティな千沙の口から、熱い想いが零れ落ちる事を。

「良かったですね、可愛らしい恋人が出来て。
 言うまでも無い事ととは思いますが、責任はキチンと取るんですよ」

だが、実際に語られたのは、怒りでもなければ嫉妬でもなく、純粋な祝福の言葉だった。
故に悟らざるを得なかった。今この瞬間に、自分が完璧に恋愛の対象から外されたのだと。
その後、夕食の誘いを謝辞して立ち去る彼女を呆然と見送る。何故か涙も零れない。

「あの。どうしたんですか、御主人様?」

あんな事があったばかりだというのに、その元凶を見ても何も感じない。

「そうか。怒りというのは、希望を持った人間にのみに湧起る感情なんだなあ。
 もう一つの歴史の。あんな目にあった状態でも、テンカワ君はそれを失わなかった。
 艦長とルリ君。それにラピスちゃんを守る為に必死だったんだな。(フッ)強い筈だよ」

「御主人様、何処を見て喋っているんですか? ちゃんと私を見て下さいです!」

どこか遠くで、自分を呼ぶ声がした様な気がする。
だが、もう総てがどうでも良い。ゆっくりと、胸中に満ち溢れる諦観に身を任せる。
そして、アカツキは考えるのを止めた。



「月イチで千沙が此処に来る事がバレた以上、今後も何度か顔を合わすだろうから一応覚えておけ。あれがネルガルの穀潰しだ」

生ける屍と化したアカツキを引き摺ってゆくラシィを見送った後、北斗は淡々とした口調で、弟子達に嘗ての敵将について語った。

「ネルガルって、あのダークネスが所属しとったっていう火星国家でっか、センセ」

「そうだ。ついでに言えば、外面こそあんなんだが腕は結構立つぞ。俺の親父に苦杯を舐めさせた事もあるし」

「「う、嘘〜!」」

かくて勇者の伝説は、二人からの口コミで。
次元と空間を超えた2015年の新第三東京市にも刻み込まれる事となった。




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