>SYSOP

時に、2015年6月5日。
その日は、気象庁が梅雨入り宣言を出した翌日でありながら、朝から青天に恵まれていた。

  バシャ、パシャ、

古びた墓石に、少女が柄杓で水を掛けている。
まだ幼い。小学校1〜2年位の年齢だろう。
だが、回りには保護者らしき人間の姿は無かった。
そして、一通りの掃除を終えると、今度はライターで線香に火をつけた。
一連の流れはスムーズであり、その後、手を合わせて祈る姿までが、歳に似合わぬ慣れを感じさせる。
否、それを言ったら、彼女が生まれるずっと前の。
セカンドインパクト以前の物とおぼしき墓石に、一人で御参りをしている事自体が不自然と言えよう。

「その…偉いねえお嬢ちゃん。このお寺の娘かい?」

同じく墓参りにきていて通りかかった大学生Aが、思わず事情を聞いてみたくなった位、奇異な光景だった。

「いいえ。此処、姉の墓なんです」

可愛らしい外見に似合わぬ硬質な声でそう答える少女。
そして、大学生Aが予想外の返答に言葉を詰らせている間に、彼女は幽鬼の如く気配を感じさせない動きで立ち去っていった。

(『お嬢ちゃん』かあ。歳なら、貴方より10歳ばかり上なんだけどねえ)

家路を辿りながら、胸中でそう呟く少女。
否、少女と呼ぶのはあまりにも失礼だろう。
彼女の名は、宮野志保。モグリのプログラマーをして生計を立てている、今年で33歳になる妙齢の。
12年前までは、灰原 哀と呼ばれていた女性である。

   ガチャリ

「あら、今日もTVの子守りなの?
 あれからもう1年も経つのよ。いい加減、ニートを卒業する気にはならない?」

仮初の宿の筈が、既に10年以上も住んでいる、とあるアパートに着くと同時に、長年連れ添った相方に、まず小言を言う。
とは言え、反社会的な生活を送っているという点では、彼女自身も人の事を言えた義理じゃない。
まして、一年前の。生きる気力を失った直後の相方の姿を知っているだけに、今の状態はまだマシだと思っている。
要するに、惰性でやっている半ば挨拶と化したものなのだ。

「大体、貰ってくれる人が居て良かったじゃない、寧ろ。
 あのまま嫁かず後家になるまで待たせたりしたら、正に犯罪だった所よ」

そう。彼の愛した唯一人の女性、毛利蘭は去年結婚した。
当時、31歳。初恋を引きずり続けていた少女は、夢を捨て現実と迎合したのだ。
非難する気はサラサラ無い。
それ所か、よくもまあ10年以上も待ったものだと、正直、感心しつつも呆れている位だ。

「バーロー」

力無く悪態を吐く工藤新一。
15年前のセカンドインパク当時は17歳だった彼も、もう32歳。
だが、その姿は、嘗て江戸川コナンと呼ばれていた時のままだった。
これは彼だけではない。宮野志保もまた然り。
彼等は、小学一年生からのやり直しとなったあの後も、歳を取る事が出来なかったのだ。

ふくれ面でTVに目を戻す彼の後ろ姿を見詰めながら、志保は、ふと、これまでの15年を振り返ってみた。
インパクト直後の大災害によって米花町が廃墟と化し、ほとんどの友人知人を失った時は、流石に世を呪ったものだった。
正直、復興に際し、自分達の持つ技能が極めて有効なものだった事。
ぶっちゃけて言えば、哀しむよりも先に、やるべき事があったのは有難かった。
志保は、阿笠博士の影の助手として。
新一は、毛利小五郎のネームバリューを利用しての、治安維持の影の相談役として。
取り分け、復興直後の小五郎は、一日の大半を事務所のソファーで居眠りをして過ごすという、八面六臂の大活躍だった。
そんなこんなで、子供化してからの最初の2〜3年は、生きていくだけで精一杯の状態ながらも割と上手くいっていた。

だが、そんな生活も長くは続かなかった。
きっかけは、蘭の友人である鈴木園子が言った『コナン君達って、全然背が伸びないね』という何気ない一言だった。
その時は、いかにも済まなそうな顔をした蘭が場を誤魔化してくれた。
彼女は多分、栄養不足が原因なのだと思ったのだろう。
しかし、現実はそんな甘いものではなかった。
今思えば、何故そうなる可能性に気付かなかったのか、自分でも首を傾げるものがある。
あの当時、相方の前では悲観的な厭世家を気取っていた癖に、その実体はなんと楽天的だったのかと、若き日の自分を笑ってやりたい位だ。
結果、居た堪れなくなり、阿笠博士の制止を振り切って、米花町を飛び出すまで時間はかからなかった。
当時の選択が間違っていたと思わないが、それでも、年老いた彼を残してきたのには、今も心が痛む。
風の噂で聞く限りでは、今も元気にやっているらしい事が唯一の救いである。

APTX4869。
その後の弛まぬ研究によって明らかになったのだが、これは、単に子供になるだけの人生リセット薬ではなかった。
生物のテロメアの働きを阻害するという、れっきとした毒薬だったのである。
はっきり言って、自分達二人が幼児化するだけで済んだのは、正に奇跡の領域だった。
1万人に1人も居ない、薬への高い適応力の持ち主だったからこそ、即死を免れたに過ぎなかったのだ。
特に、一時的にとはいえ、その効果の中和に成功したのは、当時は二人共、十代後半というもっとも生命力に溢れていた頃だからこそ成立した荒業。
今となっては、せっかく完成した中和薬も、自殺用の毒薬にしかならないだろう。

そんな訳で、細胞分裂に伴う老化がほとんどないので、理論上は常人の倍近く。
生体細胞がヘイフリック限界を迎える160歳前後まで、一生、今の姿のまま生き続ける事になる。
もっとも、これはあくまで、『生きている可能性がある』というだけに過ぎない。
脳細胞の劣化までは避けられない以上、天寿をまっとうする前に、自己認識が出来なくなるレベルまで認知症が進行する可能性は大である。
そうなる前に。ボ○の兆候が自覚出来る様になったら自殺しようと、彼女は心に決めていた。

『御覧下さい。今、キッドが現れました!』

「あら。随分と頑張ってるみたいね、貴方のライバルさんは」

アナウンスの声に惹かれてTVに目を向けると、もはや御馴染みとなった感のある空中歩行をしながら、予告時間通りに怪盗が現れた所だった。

「バーロ、アッチが異常なんだよ。
 そもそも何がキッドだ。いい加減、改名しろっつうの。どう考えても、もう30過ぎのオッサンの癖に」

「良いじゃない。言ったもの勝ちよ、芸名なんて。
 8年位前、42歳でも少年○が、ラストコンサートを開いた事もあるくらいですもの」

「へぇへぇ。井○喜○子さんは永遠の17歳だし、プ○ンセス天○だって、今でも24歳ですよ〜だ」

「そういう意味じゃなくて。
 貴方も、『一回位は、工藤新一として直接対決してみたら?』ってことよ。有終の美を飾る為に」

口では敵わないとばかりに不貞腐れたセリフを吐く新一に、更なるツッコミを入れる志保。と、その時、

   ポロン、ポロン、ポロン

『マッハ・バロンって知ってるかい?
 昔、第三新東京市で、粋に暴れまわっていたって言うぜ』

キッドの進行方向にある高層ビル屋上に、ブルース風のBGMに合わせ、烈の一字を旗印にした某団体のそれをパロった口上を語りつつ、マッハ・バロン登場。
当然、まだ彼に背中を向けた格好だ。この辺、ゆずれない美学である。

『おいおい。アンタ、この間、原子力発電所をジャックして全国指名手配犯になってから、まだ2週間位しか経ってないだろ?
 ワイドショーだって、いまだにチラホラ当時の事を流してるし。そんなキャッチ・コピーじゃ、JAROに叱られるぜ』

おどけた調子のキッドの合いの手に合わせ、マントをはためかせつつゆっくりと振り返るマッハ・バロン。
これが、回り込み撮影を意識した動きなのは、言うまでもないだろう。

『(フッ)時間とは、常に主観的なもの。
 私にとっては、既に三ヶ月以上の月日が経っているのさ』

『それだって、昔と呼ぶには早すぎるんじゃないかい?』

『では、言い方を変えよう。この私が昔と言ったら昔なのだよ』

『我侭だねえ』

『当然だ。正義とは、常に己を貫く事。ある意味、究極の我侭だよ。
 そして、貴公のやっている事もまた然りだろう?』

『(クックックッ)耳が痛てえや』

マッハ・バロンと語るうちに、大分くだけた口調となっていくキッド。
或いは、普段の貴公子然とした言動は演出であり、此方こそが彼本来のスタイルなのかもしれない。

『さて。舌戦はこの辺までにして、そろそろ始めようじゃないか』

『そうだな。せっかくの、怪盗VS正義の味方という王道な一戦。
 ギャラリーを退屈させるようじゃ、エンターティナーとして失格だしな』

マッハ・バロンが勝負を促し、キッドがそれに応じる。
もう、言葉は要らなかった。



「なあ? お前、俺にあんな人外の戦いに参加しろって言うのか?」

と言いつつ、画面に映る、ハリウッドのアクション映画さながらの空中戦を演じる二人の怪人を指差す新一。

「ゴメン。チョッと無理よね、コレは。
 差し詰め『名探偵、金と力は無かりけり』と、言った所かしら?」

「うっせえ」

諦観しつつ、彼の言を認める。
名探偵とは、磐石な力を持った司法組織の助力があって初めて成立するもの。
それを、改めて痛感する志保だった。







オ チ コ ボ レ の 世 迷 言

第8話 アスカ、リタイヤ







シンジ達、木連流影護派柔術門下生の朝は早い。

「は〜い、全員集合〜」

枝織の号令の下、毎朝5時に芍薬の玄関前に集合する。
ちなにに、当初はこの朝連も北斗が指導していたのだが、
『北ちゃんばっかり、シーちゃん達と遊んでズルイ。それに、元々朝御飯までは枝織の時間っていう約束だよ』
という彼女の主張に従い、現在の体制となっている。
かくて、毎朝、とある内容のロードワークが始まる訳なのだが、この日は少々事情が異なった。

「ごきげんよう、皆さん。私も御一緒させて貰えませんか?」

スポーツウエア姿のカヲリが、訓練の参加を申し出てきたのである。

「あの。悪い事は言いません。止めた方が良いですよ、カヲリさん」

「せや。ハッキリ言うて無理や。シャレにならないくらいハードなんやで」

口々に翻意を促すシンジとトウジ。
何しろ、相手はお嬢様然としたカヲリなのだ。
スポーツ万能なのは知っているが、それでも、自分達と同じハードワークがこなせる筈がないと考えるのは当然だろう。
例え、現実は寧ろ逆さまだったとしても。

「(クスッ)御心配無く。あくまで、早朝のジョギングに御付き合いさせて欲しいだけですわ。
 確かに、第四の門下生となるという選択肢には心惹かれるものがありますけど、そちらはもう断られてしまっていますので。私じゃ弟子に取るだけの魅力が無いってことね」

「そうだね。北ちゃんってば、ハーちゃんの技が嫌いみたいだもん」

「「ちょ、チョッと待ってんか(ください)」」

予想外の話の展開に、驚愕しつつもハモって口を挟むシンジ達。
苦楽を共にする仲となって早一ヶ月以上。
既に、この辺の呼吸は、某海賊放送の漫才師弟コンビよりも合っていたりする。

「ひょっとして、カヲリさんも(無駄に)強かったりするんですか?」

嫌になるくらい先例を見ているだけに、シンジは『まさか』などとは思わず率直に尋ねた。
当然、本音の部分は悟られない様に。
最近頓に、この辺の話術が向上している彼だった。

「うん。北ちゃんってば、よく『逃げ回るだけなら、太陽系で2番目の腕だ』とか言ってるよ」

「あらあら。これはまた過分なお褒めの言葉。恐悦至極ですわ」

(ど…どう思うシンジ?)

(どうって、僕等よりずっと強いってことでしょ。話半分だったとしても)

笑顔で語る美少女達の背後で、小声で囁きあう二人。
彼等にしてみれば、頭の上がらない人物がまた一人といった所である。
そんなこんなで、カヲリが初期の目的とは逆のベクトルでシンジに意識され始めた時、

「帰りましょう、お嬢様。会長が心配なさっていますよ」

マーベリック社の公用車が音も無く彼等の前に横付けされ、豹堂が来訪。
起き抜けだったらしく、若干乱れた七三の髪を撫で付けつつ、カヲリに帰還を促した。

「嫌です」

「そんな、どこかの甘味中毒者みたいな口をきかれて。似合っておりませんよ、お嬢様」

端的に切って捨てるカヲリを窘める豹堂。
彼にしてみれば、彼女の不在は会社の屋台骨が抜けているのも同然の事。
今の生活が気に入っているだけに、会長の命令が無かったとしても、此処は譲る訳にはいかない。

「何と言われても嫌です」

だが、譲れないのはカヲリも同じだった。
それでなくても、シンジをゲットする為の糸口が、いまだに掴めていない状態。
先日、手持ちの不動産を売却し終え、会社の仕事が漸く一段落した今、此処で能動的な行動を起さない訳にはいかない。

「どうしても、御帰り願えませんか?」

「くどいですわよ。
 元々、私はマーベリック社の正式な社員ではありません。貴方に指図を受ける云われは無いってことね」

「(フゥ)仕方ありませんねえ」

カヲリの最後通牒に、嘆息しつつ黒ぶちの眼鏡を外すと、

「それでは腕ずくでも御帰り願いましょう」

大人気ない真似をしているなあと思いながらも、自己の利益を確保すべく、豹堂は裏の顔を見せた。

「できますかしら?」

その気勢に応じ、受けて立つ構えを見せるカヲリ。
本来ならば『逃げる』のが、彼女の基本戦術なのだが、それでは初期の目的を果せないし、何より、シンジ達の前でジャンプする訳にはいかない。
そう。此処は倒して勝たなくてはならないのだ。

   タン

彼女が覚悟を固めるのを待っていたかの様なタイミングで、豹堂が一気に間合いを詰め、左手首の関節を取ろうとしてきた。
それを右手刀で払い落としながら、そのまま左手刀でジャブ風の連撃を繰り出すカヲリ。
だが、深く腰を落とし、激しく上体をウェービングさせている彼には掠りもしない。

(体術では向こうが上。このままではいずれ捕まるわね)

この一年、イザという時の護身術として、とある武術を独学で学んでいた彼女だったが、やはり本職には敵わない事を胸中で認める。
キチンと師に教えを請えばまた違ったのかもしれないが、元々がジャンプの隙を稼ぐ為の物なので、正規の技を習ってもあまり意味が無い。
何より、色々忙しくて、そんな暇が無かったし。

所詮は付け焼刃ってことね。
胸中でそう自嘲しつつ、前蹴りを出しながら蜻蛉を切る。
そして、空中で身体を半回転捻り、豹堂に背を向けた体勢で着地すると、

「ごきげんよう」

そのまま、カヲリは逃げに掛かった。
これは次善の策。初期の目的を諦め、体制を立て直す為。
あわよくば、シンジに豹堂から逃走する為の時間を稼いで貰い、ヒロインポイントを稼ぐ為のものである。
だが、それを許すほど豹堂は甘く無かった。

   タタン

ローラーダッシュの様な爆発的なスピードで彼女の前に回りこみ、踏み出した方の足を狙って掃脚(腰を沈めたローキックで、相手の足を払う技)を繰り出す。
普通のジャンプして、これを飛び越すカヲリ。 だが、完全にかわしたにも関わらず、何故か縄跳びに失敗したかの様な感じで体制を崩す事に。

  ポン

そんな倒れかけた彼女の身体を、豹堂はお姫様だっこで受け止めた。

「は…放しなさい」

ジタバタと暴れるカヲリ。
だが、既に死に体のその体制。右の二の腕を押さえられ、左手も彼の胸元に押し付けられ動かせない為、有効な反撃が繰り出せない。
そんな彼女の虚しい抵抗をあしらいつつ、豹堂は、対戦中に脱ぎ捨てた革靴を履きなおす。
そして、後部座席へ彼女を乗せ、そのまま外側からロックすると、別れの挨拶を告げた後、リムジンを発進させた。

呆然と、それを見送るシンジ達。
無理も無い。彼等にしてみれば、おっとりした物腰のクラスメイトと極普通のサラリーマンにしか見えない30歳半ば位のオジサンが、
いきなりカンフー映画のワンシーンの様な戦いを演じたのだ。
ある意味、ファンタジーの定番とも言うべき、『実は伝説の勇者だった』に匹敵するカルチャーショックである。

「ねえ、シーちゃん」

「は…はい」

「今、北ちゃんがね、『何故カヲリが体勢を崩したか判るか?』って、聞いてるけど答えられる?」

枝織に呼び掛けられ、我に帰るシンジ。
そして、北斗の質問について熟孝してみる。
最後のあのシーン。彼の目には、紙一重ながらもチャンとかわせていた様に見えた。
それにも関わらず、結果はあの通りだった。
チョッと、ラジオ体操の屈伸の要領で、先程の掃脚モドキのポーズをとってみる。
どうも、この体制からでは、ハードルとなる足の高さを上げるのは無理っぽい。
まして、遠心力がついている状態では尚更だろう。

では、自分やカヲリが、目測を誤ったのだろうか?
それも違うと思う。第三者的視点の御蔭で、あの瞬間は良く見えていたし、何より、そんなオチならば、北斗がわざわざ尋ねてくる筈がない。となると………

「ひょっとして、股関節を外せるんですか、あの人?」

自分でも『流石にコレは無いだろう』と思いつつも、唯一思いついたネタを言ってみる
だが、返ってきた答えは、それに輪を掛けて非常識なものだった。

「ブッブブー、ハズレ〜! それでは転倒させるだけの力が伝わらないので意味がありませ〜ん。
 正解は、『ハーちゃんが飛び越そうとした瞬間、反らしていた足首を立て、端っこを摘んで転ばした』でした〜」

「……………はい?」

枝織の返答に困惑する。
いや。理屈だけは、なんとなく判る。
カヲリが、自分の右足と彼の右足が交差する瞬間を狙ってジャンプしたのに対して、
豹堂は、そのジャンプの瞬間を狙って、足の指を伸ばして彼女のスポーツウェアの裾を摘んだのだと。
だが、その非常識なまでの技の冴えを理解はしたくない。

「それじゃ、謎解きが終った所で、今日も元気にいってみよ〜」

と、現実逃避している間に、訓練が始まってしまっていた。

「ねえ、トウジ。今の意味、判った?」

「ん〜、イマイチやけど。よ〜するに、あのオッチャン、足癖が悪いヤツってことやろ?」

親友のダイナミックな感性が、チョッピリ羨ましいシンジたった。

ともあれ、迷いはこの辺で捨てなくては、今日の訓練は惨敗に。
ひいては、一人と一羽の仲間達にまで迷惑を掛ける事になる。
パンと己の頬を叩き、気合を入れ直す。
そう。早朝のコレは、まず自分がシッカリしなくては勝機が無い。

「1、2、3、4、5、6、7、8、9、10! よし、行くよ二人共!」

素早く壁に顔を壁に押し当て10数えると、走り去った枝織の捜索を始める。
彼女を追って走り出す二人。歩幅の差からスピードで劣らざるを得ないペンペンは、トウジの背に捕まっている。
これは、決して訓練のお味噌になっている訳では無い。
体格で優るトウジ用のウエィト役を務めているのであり、それと同時に、前羽根の筋力を養う訓練を兼ねている。
そして、ペンペンには、彼にしか出来ない重要な役割があるのだ。

「え〜と。距離的には大体コレ位だから………多分、アッチの方向」

「よっしゃあ、いくでペンペン!」

シンジの指示を受け、トウジがその身を放り投げる。
宙を舞うペンペン。そして、2m程高くなった視点から、

「クワ〜ッ!」

とある民家の屋根で小休止していた枝織を発見。

「あはははっ、見つかっちゃた。じゃ、あと9回ね!」

再び走り去る枝織。
見事その役目を果したペンペンを二人で受け止め、シンジ達も追跡を再開する。
そう、早朝訓練の内容は『かくれんぼ』なのだ。

当初、シンジ達にとって、この訓練は鬼門だった。
捜索範囲は一定距離。それも、隠れているとは言い難い状態とはいえ、三次元的に逃げる枝織の動きに全く対応出来ず、毎回惨敗に終わっていた。
それが、つい先日。第三の漢、ペンペンが入門した事によって、漸く勝機が生まれたという訳なのである。

「クワッ」

「えっ、コッチにも居なかったの? って事は、あそこの路地裏かな?」

とはいえ、いまだ厳しい条件である事に変わりは無い。
まして、二人と一羽の役割分担が上手く形になり始めたのに合わせ、枝織がイジワルをして、隠れ場所の難易度を上げてきているのだ。

頑張れ、影護派門下生達。
今、君達の師は、この訓練を心から楽しんでいる。
つまり、君等は間接的に、太陽系の平和を守っているのだ。



「「「いただきます(クワ〜)」」」

午前7時。今朝は見事に課題を果たし終え、定時に朝食の席に着く。
自宅から半径3キロ以内と、基本的に近所で行っているので、失敗してもそれほど遅れる事はないのだが、やはり勝利の味は格別である。

『それによって生まれた心の余裕で、人生を楽しく送ってしまおうという………』

TVから朝の再放送アニメが。亀の甲羅を背負ったサングラスの老人が、弟子に取ったばかりの二人の少年を前に、武術に関する心構えを語っているシーンが流れ出す。

「どう思うトウジ?」

「アホくさ。(モグモグ)建前もイイとこやで。
 拳は凶器(モグモグ)武術は殺人術(モグモグ)それがホンマの事やろ」

「だよねえ」

そのエピソードが胸襟に触れ、何となく否定的な感想を漏らす二人。
もっとも、そんな彼等の師の一人(?)は、この番組の大ファン。
今も、この時間に合わせてやってくるトウジの妹と一緒に、朝食そっちのけで観賞中だったりする。
これは、チョッと前までならば決して許されない行為だったのだが、

「葛城さん、いい加減に起きて下さい」

「(ムニャムニャ)あ〜と五分」

「駄目です。昨日も、その前も、そう言って30分以上も寝ていたじゃないですか」

「んじゃ、あと五年」

「ふざけないで下さい、いっそ永眠させますよ!」

この手の行儀に煩い零夜が、手の掛かる問題児に掛かりきりになってきている為、以前に比べ、風紀が緩んできている影護家だった。



そして、綾波家の朝も早い。
影護家程ではないが、毎朝6時に、長い黒髪の少女が目を覚まし、朝のジョギングへと出かけてゆく。

   タッタッタッタッ………

山岸マユミである。
2週間程前、試験勉強会で泊まりこんで以来、彼女はレイの家で寝泊りをしているのだ。

無論、これには理由がある。
芍薬へ転居してきた当初、レイの朝夕の食事は、影護家にて賄われていたのだが、この体制には致命的な問題があった。
零夜が、彼女の偏食を許さなかったのである。
もちろん、いきなり通常の食事を食べさせようとした訳では無いのだが、反論の糸口を封じられた格好になる為、ある意味、もっとタチに悪い。
かくて、嫌いなおかずが食べられなくて昼休みも居残りをさせられる給食時の小学生の様な食生活を送っていたのだが、
それを知ったマユミが、この悪循環を打開すべく同居を申し出たという訳なのだ。

この背景には、彼女の養父が、管理している部署の人員が大幅に減った所為で忙しくなり、ほとんど家に帰れなくなった事や、
少しでもレイの日常情報を仕入れようとするリツコからの意向といった様々な思惑が絡み合っていたりするのだが、そんな事など彼女達には関係ない。
実際、マユミは、親友との今の生活を心から楽しんでいた。

とは言え、中学生の女の子だけで暮らしてゆくのは、決して簡単な事ではない。
まして、ミサトの様に怠惰な生活を送るのであれば兎も角、しばしば来訪するカヲリが、眉をひそめないだけの生活レベルを維持するのは大変なのだ。
こうして、毎朝のジョギングを日課としたのも、ゆき届いた家事を行える体力を身に付ける為である。
そして、これにはもう一つ目的が、

「あっ、おはようございます零夜さん」

毎朝、近所で開かれている生鮮食品の卸売市場で、新鮮な野菜を安値で手に入れる為だったりする。
零夜同様、早くも金銭感覚が主婦と化しているマユミだった、

そんなこんなで、各々が各々の朝を向かえ、それぞれの学び舎や職場へと向かう。
約一名、万年遅刻という悪癖が戻りつつある人物も居るが、それはまた別の御話である。



   〜 午後一時。第一中学校体育館内、柔剣道場 〜

午前中の授業は恙無く終り、五時間目。
本日の体育は柔道。準備体操と受け身の訓練を終えた後、体育教師の号令の下、初の乱取りの稽古が始まった。
シンジの相手は柔道部の部員。
動体視力はそれなりに鍛えられているので、組み手争いはそれらしい感じに行えるのだが、捕まれてからは良い所無し。
いまだ投げ技に関する知識がゼロに近い事もあって、良い様にポンポンと投げられてしまう。

その間、必死に打開策を練るシンジ。
この辺の閃きこそが、彼の最大の武器である。
結果、両手で片襟と片袖を掴み、懐に体を入れて投げようとする相手の動きを封じる戦術を取ってみた。

「こら碇、それじゃ反則だぞ。
 確かに細かい事は言わんと言ったが、あからさまに姑息な手を使うんじゃない」

だが、現行の柔道では、相手の同じ側の襟や袖を6秒以上握り続ける事が禁じられていた為、体育教師の叱責を受ける事となった。

「す…すみません。僕、柔道って初めてやるもんで、あまり良くルールを知らなくて」

「嘘をつけ。素人にあんな組み手争いが出来る筈が無いだろう」

それを言ったら、経験者がああも容易く投げられる筈が無い。
そう反論したかったが、それは胸中のみに留めるシンジ。と、その時、

「うわ〜っ!」

彼の親友が、もう一人の柔道部員の手によって、カモメの如く華麗に宙を舞った。

「何をやっとる古賀! 体育の授業で素人を本気で投げるヤツがあるか! 腰の黒帯が泣くぞ!」

怒りも顕にどやしつける体育教師。
それもその筈、トウジの投げた生徒は、この春の昇段試験で中二にして初段を取った逸材なのだ。
ある意味、今がもっとも肝心な時。この様な危険な振る舞いを見逃す訳にいかない。

「すいません先生。トウジの奴、物凄い勢いで突っ込んできたもんで、つい………」

彼自身そんなつもりは無かっただけに、へどもどしつつ弁解する。と、その時、

「おっしゃあ、もう一丁こいや!」

何事も無かったかのようにトウジ復活。
固く握り締めた拳にオープンスタンスという、柔道に全く適さない打撃系のファイティングポーズをとった。

「………本当に柔道は素人なんだな」

「はい。受け身の取り方は教わりましたが、投げ技は全く知りません」

今度は素直にシンジの言を認める体育教師。
彼にしてみれば、その構えは正気を疑うものでしかない。
だがまあ、放っておいても問題は無さそうではある。
シンジと違い、トウジは投げられる事に抵抗が無さそうだし、彼自身が知るものとはかなり型は違うものの、受け身らしきものを取っていた様な気もするし。

「古流柔術ってのは、空手みたいなモノなのか?」

「そんな筈が無いだろう。
 その二人には、まだ初歩の初歩しか教えていないだけだ」

なんとなく、胸中の疑問をシンジに尋ねてみる。
だが、その返答は、別の方向から返ってきた。

「何なら、その辺を証明してやろうか?」

声のした方を向くと、何時の間にやってきたのか、道場の中央に北斗が立っていた。
柔道着を着込んだその姿に、この物言い。挑発されている事は判る。だが、

「失礼ですが、柔道の経験は?」

何故か、柔道着の下にTシャツを着ている辺りに一抹の不安を覚え、彼は、そう問い質さずにはいられなかった。

「無い。だが、教科書は一通り読んだから何とかなるだろう。単純な競技だし」

「(コホン)どうも北斗先生は、柔道を勘違いなさっている様ですな」

わざとらしく咳払いなどしながら、北斗の暴言を窘める体育教師。
柔道は素人とは言え、相手は同じ武道家。戯言と聞き流す事は出来ない。

「そうか? では、勘違いか否か、チョッとやってみないか?」

『獲物が掛かった』とばかりにニヤリと笑いつつそう言うと、北斗は無造作に右手を差し出した。

「良いだろう」

その言動にカチンときて、そのまま挑発に乗って勝負に。

確かに、彼は優れた武道家だと、畑違いながら確信出来る。
その身体能力の高さも、認めるに吝かではない。
とは言え、自分の土俵である柔道で遅れを取るつもりは全く無い。
まして、相手は身長165pの自分よりも小柄なのだ。
38歳と、既に武道家としては峠を越えた年齢ではあるが、柔道五段で学生時代は個人軽量級全国ベスト8を取った事もある身。今尚、血気は盛んである。
だが、どうも肝心の実力は。取り分け、勝負勘は錆付いているらしい。
そう。彼には、自分が相対した者の技量が見えていなかった。

「どりゃあ!」

気合一閃。差し出された右手を掴み、学生時代からの得意技である一本背負いの体勢に入る。
だが、北斗はアッサリとその引き手を切り、そのまま彼を後ろから抱え上げ裏投げに。
衝撃に備え、受け身をとろうとする体育教師。
だが、それよりも早く、彼の後頭部が畳みにソッと触れた。

「おや? 随分と驚いている様だな。
 相手に衝撃を与えない様に投げるのが柔道のたしなみだと教科書に書いてあったんでそうしたてみたんだが、もう少し強い方が好みだったか?」

ニヤニヤとした人の悪い笑顔を連想させる声で、そう尋ねる北斗。
だが、体育教師にしてみれば、それは混乱を助長させるものでしか無かった。
彼の受け身は間に合わなかった。にも拘らず、何の衝撃も感じなかった。
それが意味する答えは一つしかない。
そう。北斗は裏投げを決めた体勢のまま、今も50キロを超える自分の体重を持ち上げているのだ。
正直、とても人間技とは思えない筋力である。

「い…痛くないんですか、今のジャーマンスープレックスみたいな技が?」

「センセって、投げ技も凄かったんやのう」

「なに、木連式柔術とは逆の手順を踏んだだけ。造作も無い事だ」

ブリッジの体勢から、逆の手順で投げる前の体制に戻って体育教師を立たせると、チョッと自慢げな顔で弟子達の賞賛に応える北斗。と、その時、

   ピン、ポン、パン、ポン

『北斗先生! 授業が無い時は職員室で待機している様に言ったでしょ! 早く帰ってきなさい!』

声を限りに絶叫する神楽坂先生の放送が鳴り響いた。

「チッ、もうバレたのか。意外と勘が良いな、あの女」

舌打ちしつつ、スゴスゴと柔剣道場を後にする。
三者面談の一件以来、零夜と似たタイプと化した彼女が苦手になりつつある彼だった。

「いやはや、まさか此処まで強かったとは。
 今からでも柔道を始める気は無いだろうか? 彼なら全国制覇も。いや、それどころか、オリンピックさえ夢じゃない」

その後ろ姿を見送りながら、そうひとりごちる体育教師。
彼にしてみれば、それは学生時代に果せなかった夢であり、指導者として目指す現在の夢でもある。
だが、傍でその独り言を聞いていたシンジ達の反応は冷ややかだった。

「無理ですよ、そんなの」

「せや。なんせセンセは、面倒臭がり屋やからな。
 格下相手に一対一なんて手間暇のかかる事をやる筈が無いで」

「仮に上手く連れ出せたとしても、途中で飽きて、誰彼構わず投げ飛ばしだして終わりだよね。
 そうなったらもう、人的被害は勿論、会場そのものが倒壊する事になるし」

「ははははっ、そんな訳がないだろ。碇、漫画の読み過ぎだぞ」

二人の正当な評価を、体育教師は笑い飛ばした。

(いや、そんな可愛いらしいものじゃないて)

(事実は小説より奇なり。いや、漫画より奇なりなのかな? この場合)

思わず胸中でそう呟く、トウジとシンジ。

「それになんだ。世界レベルで見れば、彼以上の実力者だって………」

「「絶対居ません、そんな人!」」

つい先程、その神技の一端を垣間見たばかりだというのに、いまだ常識に縛られた事を口にする体育教師の繰言を遮り、二人は声を揃えて断言した。



    キ〜ン、コ〜ン、カ〜ン、コ〜ン

「よっしゃあ。今日も一丁、気合入れていくで!」

放課後。木連流影護派の門下生達は、気合も新たに午後の稽古に臨む。
まずは、修行場と定めた近所の公園まで5km程の軽いランニング。
途中、芍薬の玄関前で待っているペンペンと合流し、公園到着と同時に柔軟運動を開始。
シンジは、これに関して特別メニューが課せられており、他の二人が終わり習った套路の練習を始めた後も、黙々と柔軟を続ける。
そして、彼がそれを終える頃、職員会議等の雑事を済ませた北斗が到着し、本格的な稽古が開始されるのだが、今日は少々趣が違った。

「あ〜、シンジ。そのなんだ。お前、何か欲しい物が無いか?」

早めに切り上げられた稽古の後、彼等の師が、珍しくソッポの方を向きながら、らしくない事を言い出したのだ。

「……………特に無いです」

戸惑いつつも、取り敢えず、無難な返答をしておくシンジ。
猛烈なまでに悪い予感が膨れ上がっているが、彼に打てる手は他に無い。
後は、『これで上手く避けられると良いなあ』と、胸中にて祈るのみである。
だが、そんな切実な願いも虚しく、

「ええい、面倒臭い!」

逆キレ風にそう叫ぶと、北斗は、事の顛末を、裏面の事情も交えて語り出した。
それを要約すると、先程のそれは、貰って嬉しい誕生日プレゼントを、それとなく聞き出していた『つもり』のセリフ。
何でも、『こうした行事をこまめにこなすのが、強固な信頼関係を築く早道』とか『誉める時は誉めないと情操教育に悪影響が出る』とか、
そういった内容の事を、以前から零夜に言い渡されていたらしい。

「(コホン)で、どうする?」

わざとらしく咳払い等しつつ、北斗が返答を促してきた。
もう完全に開き直っているとしか思えない態度である。

沈思黙考するシンジ。 正直、もう少し早く言って欲しかったと思う。
当日に。それも、こんな形で言われも、困惑が先にきてしまう。
だが、純粋に好意で言ってくれているのもまた確かな事。無碍にはしたくない。

「それじゃあ………」

そんな訳で、6月6日午前6時生まれの少年は、長年の夢だったイベントの事を口にした。



   〜 第三新東京市の某カラオケハウス 〜

「メチャメチャ、一人ぼ〜っちの人にあ〜げる。唇の〜、裏側に、隠し〜てある〜、微笑みの爆弾!」

    パチ、パチ、パチ、パチ………

午後八時。何時もより早めの時刻にバースデーケーキ付きの食事を済ませた後、主人公がトップをきって、まず一曲。
マイクを持つまではガチガチに緊張していたものの、イントロが流れ出すと同時に、普段からは想像も出来ないテンションで、
『微笑みの○弾、緒○恵美バージョン』を熱唱した。

「上手いもんやの〜、ホンマにカラオケ初体験なんかシンジ?
 なんつ〜か、あんまキャラやない選曲やったけど、結構ハマってたで」

「有難う。僕もそう思ったけど、ケンスケがコレが良いって強く勧めるから………」

トウジの賞賛に赤面しつつ応えるシンジ。
そして、デジタルハンディカムを構えたケンスケも、

「うんうん。御蔭で良い画が撮れたぜ」

「って、撮影してたの今の? ちょ、止めて。削除してよ、ケンスケ!」

「や〜だよっと」

じゃれ合う三馬鹿トリオ。
かくて、つい三ヶ月程前までは夢でしかなかったイベント。
友人とカラオケで騒ぐという、普通の学生っぽい遊びを満喫するシンジだった。

「ん〜、中々やるじゃないシンちゃん。
 これに対抗するには、チョッち早いけど真打が出張るしかなさそうね」

そんな三人の様子を微笑ましげに眺めつつ、マイクを取るミサト。
この手の場所に来て飲めない以上、歌うしかない。
否、何としても歌わねばならない。それが彼女の生き様である。

「おっ、今度はミサトさんですか。
 此処は是非とも『ムーン○イト伝説 三○琴乃バージョン』か『I am セー○―ムー○』をお願いします」

「って、歌える訳ないでしょ、そんなもん!
 リクエストするならするで、もうチョっちマシなモンを選びなさいよ!」

そんなやりとりを鋭い眼光で観察するカヲリ。
そう、今日の彼女は一味違う。
北斗が絡んでいる所為で先の予測が全く立たなかったが、こうしてシンジの誕生パーティに出席できたし、個人的にプレゼントを渡す事にも成功した。
後は、突発的なこのイベントを奇貨とし、より親密になるチャンスを。
具体的に言えば、デュエットに誘うタイミングを狙うだけである。

(現在のシンジ君の優先順位は、まず間違いなく北斗先生が一番に来てしまう。
 でも、それは正しい事ですわ。サード・インパクトを阻止する為には、身も心も、更に強くなって貰わなくてはならないですもの。
 何より、今の彼には、恋人のそれよりも家族愛の方が必要ですしね。
 私達は、まだ14歳。誕生日を二人きりで祝うのは、来年の今頃でも遅くはないってことね)

冷静さを取り戻すべく、胸中で状況を再確認する。
だが、それでも鼓動の高まりは収まらず、我知らず、既に連続で7曲目を熱唱している人物への。
長期的なスパンでのフラグ立てを狙っていた当初の計画を狂わす存在への視線がきつくなってしまう。
そう。たとえ何と言われても。たとえLMSは絶対に無いと某人物に保障して貰っていたとしても、
葛城ミサトよりも親密度が低い現状は、絶対に我慢できないカヲリだった。

「は〜い、それじゃ次の人………」

「はい!」

「く〜っ、惜しい!
 この場に惣流が居れば、是が非でも『未来○アイ○ル』を歌って貰うのに!」

「歌いません! とゆ〜か、惣流って誰ですか?」

「気にするな、只の御約束だよ」

それだけに、嘗ては引っ込み思案だったマユミが、ケンスケと掛け合いをしつつマイクを持ったり、

「Fly me to the moon And let me play among the stars
 Let me see what Spring is like On Jupiter and Mars
 In other words, hold my hand In other words, darling, kiss me」

この手のイベントには無関心だったレイが、自分から歌いだしたのはチョッと嬉しかったが、再度シンジが『自転車に乗って』を。
トウジが『勝利者達の挽歌 ドモンバージョン』を。ケンスケが『冒険』をと、何故かマイクリレーが絶え間なく続くのには閉口した。

「なんか知らんが、俺の番は無さそうだな」

「仕方ありませんわよ、北斗先生。私達、公式CVが無いんですもの。声優ネタは無理ってことね」

所在無くタンバリンを玩びつつ後ろの席でイジケている北斗に、なんとなく共感してしまうカヲリだった。




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