〜 午後10時。再び某カラオケハウス 〜

傷心に値するわね、この失態は。出番無しの惨敗ってことね。
精算を行う北斗の背を見詰めながら、思わず胸中でそう呟くカヲリ。
それもその筈、悪乗りした悪友達に、シンジが『あなたの花嫁になりたい』を歌わされたり、
レイとミサトの異色デュオが、本家に全く似ていない『ララバイ☆あ・げ・た・い』を歌うという珍事まで起こったカラオケ大会だったが、
彼女には、ソロで歌うチャンスも訪れなかったのである。

次は必ず! と、決意も新たにする。
だが、この時点で次の事などを考える辺り、彼女は少々甘いと言えよう。
そう、このまま幸福な日の一コマを演じて終る様なシンジではないのだ。
涙が出ちゃう。だって主人公だもん。

「なんつ〜かこう、このまま御開きってのも芸の無い話よね〜」

きっかけは、ミサトのこの一言だった。

「じゃあ、芸とやらを付けるにはどうすれば良い?」

北斗が、それに興味を持った。

「そうねえ………あっ、そうだシンちゃん。
 漸く返ってきたルノーちゃんの調整がてら、帰りにチョっち峠を流して行こうと思うんだけど付き合ってくれない?」

「峠を流す?」

「や〜ねえ、そんな常識的な事も知らないの?
 仕方ないわね〜、今夜はもう大サービスよン。ストリートの蒼い稲妻と呼ばれるこのアタシの華麗なドライビングテクニックで、熱い走り屋魂を刻み込んであげるわ」

「一寸待て。良くは判らんが、華麗は無いだろう? 自転車にも勝てないヘッポコ運転の癖に」

「ナニ言っちゃってるのよ北斗君。
 そりゃ、普通の公道じゃ敵わないかも知れないけど、峠でなら。信号機さえなければ負けやしないわよ!」

と、どんどん話が良くない方に転がりだし、

「チョいと待ちな。最速を名乗るんなら、このクレイジー・ホークを倒してからにするんだな」

更には第三勢力が。参加者が多かったので、カヲリが送迎を頼んだだけの鷲爪までが参戦を表明。その結果、

   シャー
         ブロロー キキキッ〜〜×2

「ぎゃああああ〜〜〜っ!」

我等がシンジ君は、ルノーとリムジンの頭を押さえる形で急発進した百華繚乱の後部座席(?)で絶叫を上げる事になった。



   〜 20分後、とある山道 〜

ツインターボによって駆動される大容量のコンプレッサーが、甲高い金属音と共にロータリー・エンジンに過給気を送り込む。
一万二千回転まで目盛られた回転計が示すレッドゾーンまで針が達するのを確認した後、彼はギアをトップに。愛車FCのポテンシャルを、久しぶりに全開にしてみた。

   ブォオオオ〜〜〜ン

解き放れた獣の如き鋭い加速に痺れる。
特に、コーナーでの旋回能力の高さは、あの頃と少しも変わっていない。
そう。嘗て彼は、走り屋ならば知らぬ者など居ない有名人だった。
セカンド・インパクト後は完全に足を洗い、模範的な医学生に。
数年後には、家業のとある大病院の医師となった身ではあるが、偶に昔とった杵柄を披露したくなる夜があったとして一体誰に責められよう。

   ギュワワワ〜〜〜ッ

最短距離を大胆にカットするラインでゼロカウンターの四輪ドリフトを決める。
素晴らしい。今夜の出来は、往年のそれにも見劣りしない。競う相手が居ない事が残念なくらいだ。
いや。思えば、そろそろ地元の走り屋が走り出す時刻。
出張帰りで些か体力が心許無いとはいえ、軽いバトルくらいはこなせるかもしれない。
期待を込め、チラリとバックミラーに目をやる。

そこに映っていたのは、一台の自転車だけだった。
失望感から知らず溜息が出る。
そうだ。世の中そう上手くはいかない。嘗て、自分が描いた計画が、天災によって頓挫した様に………

   シャー

と、ありし日の思いで耽っていた彼だったが、数瞬後、漸く事の異常性に気付いた。
遠ざかるどころか近付いてくるのだ。時速120km以上のスピードで疾走している自分のFCに、後ろの自転車が!

   キキ〜〜ッ

ついにはコーナーで併走される事に。

「そんな馬鹿な………」

思わずそう呟く。 確かに、インに潜り込まれた事自体は判らなくもない。
インベタにしたつもりでも、路肩を含めれば30p以上の隙間があるのだから。
だがそれは、相手が大排気量のバイクならばの話。
いかにスピードの落ちる曲がりばなとはいえ、間違っても、自転車に追いつかれる速度である筈がないのだ。

「お先」

そう言い残すと、見事な赤毛を風になびかせつつ、幽霊自転車はアッサリと自分を抜き去っていった。
頭が真っ白になる。その後、更に二台の車に抜き去られた事にも気付かぬ程に。

   キキッ

車を止め、ハンドルに突っ伏す。
10年ばかり前、プロレーサーになったばかりの弟に好奇心から挑戦し、手痛い惨敗を喫して以来の完敗だった。

彼の名は高橋涼介。
この数年後、人間の能力の限界に関するセンセーショナルな学説を発表し、
突如現れた彗星の如き天才として医学界を騒がす事になる男なのだが、これはまた別の御話である。


「なにが『お先』ですか! せめて一般人に絡むのだけは止めて下さい!」

「だあ〜、五月蝿い! 不平を鳴らす余力があるなら、その分シッカリ捕まっていろ。
 やるからには、俺に負ける気は無いし、お前も落っこって、そのまま人生から転落したくはないだろう?」

「そりゃ勿論そうですけど………とゆ〜か(キキキッ)何故に僕が同乗しなけりゃならないんです!?」

コーナーでの横Gに耐えつつ、必死の反論を試みるシンジ。
北斗の言の正しさは認めるものの、彼には、大本の前提条件が間違っているとしか思えない。
いや、それ以前に、何か喋っていないと恐怖で失神しそうなのだ。

「仕方ないだろ。
 くじ引きでトウジを乗せる事になった途端、あの馬鹿女が『助手席に人を乗せる分、コッチが不利になるじゃない』とか言って駄々を捏ねだしたんだから」

「それなら(キキキッ)最初から誰も乗せず三人だけでやれば良いでしょう! 僕等を巻き込まないで下さい!」

「…………意外と意地悪なんだな、お前」

「どっちがですか〜!」

そんなこんなで、図らずもウエイト以上に大きなハンデとなっているシンジだった。

一方、その後方5m程の位置に付けるルノーの車内では、

「(ぎゃああああ〜〜〜っ!)」

彼の親友が、声にならない悲鳴を上げていた。

「くっ、流石に手強い」

悪態を吐きつつ、先行する二人乗りの自転車を睨みつけるミサト。
コーナーの度に、小刻みにハンドルを切りながらシフトチェンジをするその姿は、本人の主張通り堂に入っており、
レーシングに興味のある少年ならば憧れさえ抱いたかも知れないものがある。
だが、それはあくまで『そこだけを見るならば』の話。
実際問題、ミサトの動作などトウジの眼中には無く、彼の瞳は、目の前の異常な光景に釘付けだった。

(な…何で、ガードレールに向かって加速するや? 
 何で、真っ直ぐ走ってる筈やのに、景色が横に流れるんや?
 何で、よ〜判らん方向に身体が押し付けられるんや?  頼むシンジ。わしはもうダメや。代わりツッコンどいてくれや)

かくて、一頻り胸中で繰言を述べた後、『上手いヤツのヨコは、とばしても怖くない』などという雑誌の情報を鵜呑みにしていた己の愚かさを悔みつつ、トウジは意識を手離した。

そして、そのすぐ後方のリムジン車内では、

「クウ〜〜ッ! 凄い、なんて大迫力!
 こんなこともあろうかと、予備のメモリーカードを持ってきて良かったぜ!」

「ハッハッハッ。お楽しみは、まだこれからだぞ。
 見てな、ゴール前の最後のコーナーでブチ抜くからよ」

「おおっ。流石、エンターティナーってものが判っている!」

「そういうこった。シッカリ撮ってくれよボウズ。ラスト五秒の大逆転劇ってヤツをよ!」

「はいぃ!」

何やらウマが合ったらしく、運転席のハヤトと助手席ケンスケが盛上がっていた。

(鷲爪さん、今月のお給料10%………いえ、20%カット)

その後ろの後部座席で、レイと共に、既に気絶したマユミとペンペンの身体を支えながら、今日、二人目の。個人的報復による社員の減給を決意するカヲリだった。

そんなこんなで狂乱の疾走は延々と続き、『うっかり』ゴールの設定を忘れていた事もあって、結果はドロー。
朝帰りをした挙句、夜食の準備して待っていた零夜に、全員揃って叱られるとういう形で幕を閉じた。




>OOSAKI

    〜 6月7日 火星駐屯地司令官執務室 〜

今日も今日とて、俺は書類の山と格闘中。
こんなにも勤勉に仕事をこなしているというのに、今も俺の座高すら超える枚数を誇る三個師団もの軍勢が机上を占拠し、その圧倒的な勢力を誇示している。
まったくもって理不尽な話である。

しかも、この書類の山。その殆どが、先の使徒戦の映像を見た各国政府からの問い合わせなのだ。
だが、既に公式発表は済ましてあるし、それ以上の情報を洩らす気は毛頭無い。
従って、この『至急』だとか『緊急』などと目立つ部分に赤い印鑑が押されている封書の数々は、
バカ高い郵便料金を掛けて送りつけられてきた紙屑に過ぎないのだが、相手がVIP揃いである為、このまま放っておく訳にもいかず、
各々の文面のTPOに合わせた『現在、鋭意調査中です』という意味の文面の返信を、俺自ら書かねばならないのだ。
正直、やりがい所か、やるせなさしか感じられない仕事だが、それでもやらん訳にはいかない。
この辺が、司令官の辛い所である。

「という訳で、敵の攻勢は苛烈を極め、戦況は日に日に激化。
 いまだ木連への直接的な被害が出ていない事が唯一の救い………」

ちなみに、この外宇宙からの侵略者との戦い。
厳しい戦いになっている事を強調すべく、グラシス中将だけでなく、ボナパルト大佐にも名前を貸して貰ってある。
何せ、これまでの戦歴が戦歴だけに、彼の名前を出すだけで『苦戦してます』という感じになるのだからネームバリューというヤツは有難い。

   ピッピッ、ピッピッ、ピッピッ

とか何とか言ってる間に、アラームが午後三時を告げた。
コッチの作業を一時中断し、コーヒーを淹れた後、今度はメールのチェックを行う。
これは、火星駐屯地司令官としての俺宛だけでなく、ダークネス宛に送られてくるものも含まれているだけに、これまたハンパではない量に。
仕方なく、仲間内での緊急メッセージ以外は、定期的にまとめて閲覧するという方式をとっている。
それだけに、コレの時間帯をまちまちにする訳にはいかないのだ。

さてと。何々『当方、現在放送中の木連協賛アニメ『ゲキガンガー3』の全話DVDボックスを購入希望。金に糸目はつけぬ故、何卒宜しく御願い候。 獅子王 一徹』

って、なんじゃこりゃあ!
まったく。こういう迷惑メールは削除しろと、口をすっぱくして言ってあるのに。
秘密基地に行き次第、何度言ってもこの手のシンパシーを覚えるらしい内容のものの転送を止めないダッシュの折檻を決意する。と、その時、

「提督、そろそろお時間です」

と言いつつ、ノックと共に旅行姿のナカザトが執務室に入ってきた。

「時間? 何の事だ?」

「(ハア〜)やはり、まだ3日前の書類にさえ目を通しておられないのですね」

俺の誰何に、嘆息しながらそんな事を宣う。
その目はナマケモノを見る様な。いや、いっそ憐れみさえ込められている。
なんか知らんが、これではいかん。
司令官ってのは、ハッタリがモノを言う商売。部下に舐められる様ではやっていけない。

「お…俺は身を粉して働いているぞ。悪いのは、限界以上の仕事を押し付けてくる………」

「自業自得という言葉を御存知ですか?」

必死の反論を試みるもあえなく撃沈。
ううっ、痛い所をピンポイントで。とゆ〜か、既に体罰だぞ、そのセリフは。

「(コホン)兎に角、例の件で、再び連合より出頭命令が出ております。午後7時の便で地球に行きますよ」

失意の俺に、事の主旨を語るナカザト。

「やれやれ、またジーサマ連中の繰言を聞かされるのか。
 まったく、俺は介護センターの看護士じゃないっつうのに」

「そう決め付けるのは些か早計でしょう。
 意外と良い方に話が転がるかもしれませんよ。実際、前回開かれた査問会は比較的好感触で終った事ですし」

「史上稀に見るお気楽な意見だな」

「おや、『希望的観測は、人が生きて行く上で必須のもの』じゃなかったんですか?」

俺の愚痴に、シレっと切り返してくる姿が憎たらしくも頼もしい。
ホント、無駄に強くなりやがったなコイツ。



   〜 5日後 地球のとある高級レストラン 〜

「(チン)乾杯〜! 提督、栄転おめでとう御座います」

無理矢理持たせた俺のグラスに杯を打ちつけた後、ナカザトは、何が嬉しいんだが上機嫌でそんな事をほざきやがった。
まったく。こちとら乾杯というより完敗な心境だっつうのに。

「………これを栄転と言い切るんか、お前は」

「勿論ですとも。
 最果ての地たる火星駐屯地から、嘗ての敵国とはいえ、木連の首都に居を構える事になったんですよ。
 おまけに、首尾良く外宇宙からの侵略者の撃退に成功した暁には、昇進の約束までして貰って。
 これが栄転じゃなかったら、何を栄転と言うんですか?」

お気楽なその返答に、ますます鬱になる。

そう。三日に渡る良く判らない審議の結果、俺の肩書きには新たな文字が。
火星駐屯地司令官に加え、外宇宙軍副司令官という荒唐無稽な役職を兼任する事になった。
ぶっちゃけて言えば、火星駐屯地に駐留している兵力を率いて木連に赴き、
グラシス中将の副将として、ありもしない宇宙戦争に参戦せよというのが、今回の上からの御達しなのだ。
いや。こうして黄昏てはいるが、この決定に不満があるという訳じゃない。
それ所か、向こうに行ってしまえば、もうコッチのもの。
東中将の庇護の元、情報の隠蔽は格段に楽になるし、軍を動かす理由付けも不要になるので、木連軍との模擬戦なんて茶番もやらなくて済む。
何より、いかに質実剛健を旨とする木連とはいえ、本気で何も無い現在の火星よりは遊楽施設が充実している筈。
いや、この際、グラシス中将に倣って、2015年の方に行ったままというのアリだろう。
とまあ、ある意味、万々歳な展開ではあるのだが………これって蜥蜴の尻尾切りだよなあ、もうモロに。(嘆息)

「まあ、なんだ。あんまり飲むなよ、ナカザト。
 この後、ミスマル中将の御宅へ訪問する約束があるんだからな」

「はっ、心得ております。
 念の為、自分のグラスは、ノン・アルコールのシャンパンにしておきました」

その割には、えらくハイテンション………
なるほど。俺の困った顔を見ながら、美味いタダ飯が食えるんだ。
コイツにしてみれば、さぞや溜飲が下がる思いなんだろうな。
おぼえてやがれよ、この野郎。

あの辞令の所為で呆然としていたもんで、つい言われるままに高級店の門を潜ってしまった事を悔みつつ、復讐を胸に誓う俺だった。



    〜 午後9時 ミスマル邸 〜

そんなこんなで、ミスマル中将の御宅を訪問。
来る途中で仕入れた菓子折りを家政婦さんに渡した後、中将の待つリビングへと案内して貰う。

着席と同時に、思わずため息が。
実は、結構気が重い。と言うのも、今回の来訪を約束した時、中将がえらい深刻な顔をしていたからだ。
となれば、その理由は二つしか考えられない。
連合の未来に関わる事か、艦長の………いや、今は家族全員の安否に関わる事。
そして、幸いにも連合が上手くいっている以上、まず間違いなく後者だろう。
つまり、現在の俺的下馬評では、『実はルリ君が、中学を卒業と共に軍に入ると言い出したんだ』などという今更な話を、
延々と愚痴られる可能性が一番高いという訳なのである。

   ガチャリ

「いや。良く来てくれたね、オオサキ君」

と、思考を彷徨わせている間にミルマル中将が入室。
そして、一頻りの社交辞令の後、沈痛な面持ちで相談事を持ちかけてきた。
それは、俺のチャチな予測など歯牙にも掛けない珍事だった。
なんと、あのホシノ君が学校でイジメにあい、一週間程前から登校拒否を起こして引きこもり状態だというのだ。

「で、誰なんです、その人類史に燦然と輝く不滅の名を刻みそうな偉業を達成した勇者は? 俺としては、是非とも軍にスカウトしたいのですが」

「冗談で誤魔化したい、君の気持ちは判らなくもない。
 俄に信じられんのも無理ない事だろう。だが、これは厳然たる事実なのだよ、オオサキ君!」

思わず漏れた俺の本音を、激昂して否定するミスマル中将。
そのまま滔々と並べられたその話によると、取り敢えず、件の生徒を八つ裂きにしようと思ったが何とか自力で踏み止まり、
PTAを通して退学に追い込むという(中将的には)穏便な解決策を取ろうとしたのだが、
『もうお父様たら、そんな事よりもまず、ルリちゃんの心の傷を癒す事の方が重要でしょ』と艦長に諭されて感動している間に、今の状況が。
話し合おうにも、ラピスちゃんにホームセキュリティを乗っ取られ、中将自身は全く近付けなくなっていまったとの事。
そして、健気にも友人を気遣って連日泊まり込みをしてくれている、イトウ アユミちゃんからの報告によると、
ホシノ君は、周囲への無関心を装いつつも、必死に何かを待っているらしい。
しかも、当初はてっきりアキトの事と思われたのだが、話の内容からして、どうも、その相手は俺らしいというのだ。

正直、何かの間違いとしか思えないが、いずれにせよ放っておける様な話ではない。
かくて、中将の懇願と激励を背に受けつつ、俺はホシノ君の自室へと向かった。

「お〜い。俺だ、オオサキだよラピスちゃん。すまんが、此処を開けてくれ」

数分後。中将の予測通り、各種ホームセキュリティにさえぎられる事なく、彼女の部屋の前までは問題なく進んだ。

「ナカザトが居るから嫌!」

だが、最終関門。ドアの前から返ってきたのは、にべもない拒絶の言葉だった。
まあ、この間みたいに感情が希薄化しないだけマシなんだろうが………
ともあれ、更に言い募る。

「そう言わずに。コイツなら、あの後よ〜く言い聞かせてあるから大丈夫だって」

「嘘よ! ナカザトは、また悪口を言うのよ! 言わないとしたら、それは訓練されたナカザトよ!」

いや、確かにその通りなんだけど、それ以上を望むのは我侭だろ、流石に。
とはいえ、このままでは話が進まない。
仕方なくナカザトを帰らせる。すると、その数分後にドアのロックが解除された。
どうも、奴がリビングに到着するのを確認していたらしい。何とも念のいった事である。

  ガッチリ

「お〜い、ホシノ………君?」

入室すると共に思わず絶句。
誰!? この死んだ瞳でつまらなそうにオンラインゲームをやってるボサボサ髪の少女は。
しかも、なんかもう、底なしな倦怠感が漂っているし。
トレードマークのツインテールすらしていない辺り、そんな気力さえない事を物語っているかの様だし。

なんてこった。まさか、普通の学生生活を満喫している筈のホシノの心が、此処まで砂漠化していたなんて。
俺は…俺は、なんてとりかえしのつかない事をしてしまったんだ!
いずれ、必ずこのぶり返しが来る。それも、アキトが居ない以上、最悪の形で。

近い内に俺は、本気で世界征服に乗り出した彼女と対決する事になるのか?
そして、見知らぬ空の上の城で、人知れず人類の存亡を掛けた戦いを繰り広げる事になるのか?
『すごいぞ、ラ○ュタは本当にあったんだ!』なんてボケをかますと、いきなり壁にあったロボットが、目からビームを発射しつつ追いかけてくるのか?

とか何とか言ってるうちに、場面がクライマックスに。
どこかの勇敢な少年と少女が、青く光る石を持ちながら滅びの言葉を叫んだらしく、天空の城が崩壊を始めるし。
嗚呼! アカツキを始めとする某組織のメンバー達が、まるでゴミの様にお空の彼方へ。
まあ、連中の事だ。死にはせんだろう。
取り敢えず、金目の物を奪って逃げるとするか。

って、なんだよ。
只の想像にしては鮮明すぎるぞ、このビジョン。(ハッ)まさか、これは未来予知なのか!?

   ソンナワケ、ナイデショ

ホントか? また、お前の悪影響じゃないのか。
実際、この所、自分でも驚く位カンが冴えてる時があるし。

   ソレハ、モノノニンシキリョクガアガッタダケ、

ニュー○イプ能力レベル1ってとこか。
いや、天然じゃないから強化人間なのか?

   ゼンゼン、チガウヨ

………いやまあ、そんな事はどうでも良い。
兎に角、近い将来あんな風になったりはしないんだな?

   モチロン。マンガトカダト、ポピュラーダケド、ホントハ、レアナンダヨ、プレコグッテノハ

じゃ、さっきのアレは?

   タダノ、モウソウ。ハッキリミエタノハ、ソ〜ユ〜クンレンヲ、ツンデルカラ

って、俺はサイコさんかい!

   ソンナ。キヲワルクスルヨ、サイコサンガ

うが〜〜〜っ! こ…殺してえ!

「おや、提督じゃないですか」

と、俺が現実逃避をしている間に、此方に気付いたらしく、ホシノ君が話しかけてきた。

「何の用です? と言っても、真面目で優等生なハーリー君が居れば、私みたいに我侭で扱い難い少女なんて要らないでしょうけど」

何? この子供みたいな拗ね方? そういうキャラじゃないでしょ、君は。
これじゃ、またクレームが来てしまう………って、再び現実逃避している場合じゃないだろ!
寧ろ幸いだろ、この反応は。これならまだ間に合うかもしれない!

かくて俺は、夕日に向かって走り出したり、『人という字は……』とか宣ったりする熱血教師達の如く、ホシノ君の説得を行った。
それを後押しするかの様に合いの手をいれてくるラピスちゃんとアユミちゃんに乗せられ、
『君は一人じゃない!』とか『もっと自分を大切にするだ!』とか、かなり恥ずかしい事を言った気もするが、大事の前の小事だ。
なんか大切なものを失った気もするが、今は考えまい。
恥ずかしいのはホシノ君も同じ事。瞳に光を取り戻した今の彼女なら、きっと完璧な情報隠蔽を行ってくれると信じよう。

ついでに、気が付いたら、『実は、ハーリー君じゃチョッと不安だと思っていたんだ』とか言いながら、
イロウル戦でのスポット参戦の約束までしてしまったが、これも仕方ない。
総ては太陽系の平和を守る為。予定がおもいっきり狂うんで、2015年組の皆には多大な迷惑を掛けるかも知れんが、きっと許される事だろう。

そんなこんなで小一時間後。流石に、やつれた感は隠せないものの、何時も通りの調子を取り戻したホシノ君に見送られ、俺はナカザトを伴い帰途についた。

午後10時45分。普段なら宵の口な時刻だか、多大な気疲れをおった故、まっすぐホテルに帰って就寝する。
願わくば、悪夢を見ない事を祈ろう。



   〜 翌日。午後3時、火星駐屯地 〜

諸般の事情から柄にも無く早起きなどした後、向こうの時刻では深夜だというのに、まだ仕事中だったカヲリ君に頼んで一時帰国。
普段は決してやらない、限界まで思考スピードを早くし、体感的には1秒が数分に感じられる様になる技。
クロック・アップと名付けたそれを駆使して、貯まりに貯まっていた書類仕事を一段落させる。
些か反則ではあるが、明日は使徒戦。
おまけに、木連への引越し準備も平行して行わなくてはならない故、この辺はチャッチャと済ませておかなくてはならない。
そんなこんなで、SPの殆どを使い果しつつも初期の目的を達成した後、超スピードで書類仕事をした所為でボロボロの身体を引き摺りつつ、
俺は、とある祭壇へと向かった。
そう。これも絶対にやっておかねばならない事。万感の思いを込め、声を限りに叫んだ。

「碇ユイの大馬鹿野郎!」

「馬鹿は提督です!」

と、その時、何故か山彦の如く返ってくる罵声。
振り返れば、そこにはナカザトの姿が。

「何を考えてるんですか、貴方は。此処は、一般職員だって通る区画なんですよ」

そして、今更の様に小声で、そんな小言を言ってきた。

「だって、だって。
 碇ユイが『人類補完計画』なんてものを打ち出さなければ、総ては恙無く、小川のせせらぎの如くゆったりと進んだぞ。
 それも『他に方法が無かったので悩んだ末に』っていうならまだ諦めもつくが、
 調べたデータじゃ、エヴァの建造とはいかないまでも、自分が入るコアという名の墓穴を作る位の資産は余裕であったんだぜ、コイツの実家は!
 それを、わざわざ厄介なジーサマ連中の野心と、暴走する事が判りきっている髭オヤジを残して、自分だけ文字通りの永眠をしやがって。
 何が『生きていればどこだって天国になる』だ。人類生存の記念碑になりたいのなら独りでやれってんだよ、まったく!」

「説明セリフを長々続ければ説得力が生まれるという訳ではありません。
 何より、客観的視点から申し上げれば、今、提督が仰られた事は、好意的に解釈しても只の愚痴です」

俺を血を吐くような独白を、したり顔でアッサリと切って捨てるナカザト。
そのまま、何故か我侭な子供の尻でも叩く様な口調で、

「兎に角、書類の方は御苦労様でした。
 後は、自分が対処しておきますんで、提督はトライデント中隊の激励にでも行ってて下さい。
 その方が、こんな愚にもつかない真似をしているより遥かに有益です」

と、俺を追い出しに掛かってくる。
最近、本気で上司を敬わなくなってきてるなコイツ。良くない傾向だ。
とはいえ、その言も一理ある。
明日は初の海上戦。機体の仕様変更に戸惑っている子が多かった所為で、士気がチョッと低下な気味な事だし、
此処は一つ、小粋なトークでもして彼等の緊張をほぐすとしよう。



    〜 一時間後。トライデント中隊専用ブリーフィングルーム 〜

「という訳で、いよいよ明日は………」

「提督、開戦前の訓辞を賜る前に、是非とも伺いたい事があるのですが」

そんな訳で、明日の会戦に先立ち壇上に立った俺だったが、冒頭の挨拶を遮って、春待三尉が質問を投げかけてきた。
その眼光は、やけに鋭く。何故か、そこはかとなく殺気すら帯びている。
気が付けば、これは他の子達も同様だった。
取り敢えず、向けられている敵意をスルーしつつ先を促す。

「今回の突然の制服変更は、いかなる意図によるものですか?」

「おや、気に入らなかったのかね?」

「当たり前です! こんなボーイスカウトのカリカチュアみたいな恥ずかしい格好では、とても戦えません!」

自身の制服を誇示し、赤面しつつも力説する春待三尉。
ちなみに、クリーム色がベースで半袖半ズボン。女の子はミニスカートだったりするんだが………確かに戦闘向きの服装じゃないわな。
だが、これは遠き地に住まう盟友のたっての頼み。
無銘の名酒を安定供給して貰う為にも、此処で引く訳にはいかない。

「(チッ、チッ、チッ)甘いな。戦争ってのはスポーツとは違うんだぜ。
 準備万端整った状態での開戦なんて稀な事。
 実際、コッチの世界の二大英雄なんて、どちらも女装したまま戦った経験すら………」

「だからって、自分からハンデを背負わなくても良いでしょう!」

ちぃ。上手く誤魔化すつもりでクリティカルを貰っちまった。
そのまま、かさに掛かって言い募ってくる春待三尉の言に、俺は言い返す事も出来ず防戦一方に。
そして『もう駄目だ』と、羽根を生やして飛び去る酒瓶のビジョンと共に諦めかけた時、

「口が過ぎるぞ、春待」

軍人モードの大佐という予想外の援軍が現れ、トライデント中隊の子達の説得を行ってくれた。
これ幸いと、俺は傍観者の席へ。第三者的視点にて、彼の手並を拝見する。

それは、ギャグに逃げた俺の拙い弁舌とは違い、真っ向からその意義を問うたものだった。
曰く、今回の戦争は、正規のものとは違い、視聴者へのアピールこそが勝利以上に重要な。ある種、政治的イデオロギーの是非を訴えるもの。
そして、なんか知らんが今回のコスチュームは、視覚心理戦を仕掛けるに極めて有効なものだとかで、
大佐としては、いたく感心しているらしい。

ううっ。コイツは、間違っても裏面の事情は聞かせられないなあ。

と、内心、冷や汗をかいている間も大佐の説得は続く。
それを援護すべく、俺はハーリー君の表舞台参戦を発表した。
そう。こういう路線で攻めると決めた以上、彼のキャラクーを生かさない手はないのだ。
この一言で、向こうの急先鋒兼リーダーである春待三尉が戦意喪失。
その後、泥沼な内部崩壊の末、ハーリー君をメインにソッチ系の脇を固める要員として、
現在この場に居ない紫堂一曹、薬師一曹、ヴィヴィ三曹の三名を始めとする何人かの人身御供を出す事で、この一件は落着。
その後、本来の目的だった訓辞を。
そして、今回の主役たるJA改装版の出来と、そのパイロットの習熟度の確認を行った。



   〜 午後1時。芍薬の103号室 日暮ラナの寝室 〜

「起きろ、ガサ入れだ」

トライデント中隊の子達への激励が一段落した後、俺は、折角の日曜日を無駄に浪費しているであろう某少女に渇を入れるべく、抜打ちでの家庭訪問を敢行した。

「(スゥ〜、スゥ〜)」

案の定、万年布団で寝こけていやがる。
まったく、カヲリ君の何倍眠れば気が済むんだか、この娘は。
内心そうぼやきつつ、この為だけに班長に用意して貰った新兵器を懐から取り出す。

「聞えるか。コイツは、お前さんのATフィールドを破る為の物。
 通常の3倍近い加速率でホローポイント弾を打ち出す特殊チューンを施した拳銃だ」

ちなみにコレ。スナップ・ノーズの携帯銃の形をしてはいるが、本来は発射台に固定して使う物。
まともに打ったら、腕が持っていかれる位の反動がくるのだが、その辺は裏技を駆使してカバーする。

そう。実を言うと、今やその気になれば、チョッとしたスーパーマン並の筋力を出せたりする。
とはいえ、技術が伴わなければ大した事は出来ない。
紫苑君の様に、殴りつけた金属バットを介して、ATフィールド越しに浸透剄を叩き込むなんて器用な真似、俺には絶対無理。
そんな訳で、天使と対決する為には、こういう小道具が必要となるのだ。

「(ガチャ)さあ、起床か死か。好きな方を選べ」

撃鉄を上げながら、俺は最後通牒を出す。
傍目には馬鹿みたいな脅しだが、相手は使徒娘。眠っていても聞えているから問題ない。
この辺は、カヲリ君やアニタ君の証言から確認してある。
数秒後。根負けしたらしく、ゆっくりと顔を上げる万年寝太郎娘。
だが、その返答は、俺の想像を超えるものだった。

「この………ラナにとっては………今、この瞬間を………眠る事に………意義があるの。(スゥ〜)」

こ…この娘は、残された数秒の命さえ、睡眠の為に使うつもりか!
思わず、車田風に驚愕する。と、その時、

「何を遊んでいるんです、提督」

背後から、溜息混じりな誰何の声が。
ううっ。コイツにバックを取られるのって、これで何度目だろう。
つ〜か、何故か一番欲しい技能。周囲の気配を感じ取るつう感覚は、強化される所か寧ろ退化傾向にあるんだよね。やっぱ才能が無いんだろうか?

「失敬だぞナカザト。
 これは、未来ある若人への教育的指導。断じて遊んでいる訳じゃない」

内心のぼやきが顔に出ないように注意しつつ反論する。
正直、普段はまあ仕方ないにしても、不良使徒娘の更生という、コッチの世界の行く末を左右しかねない案件を捉まえて、こんな事を言い出すようではかなり拙い。
そう。ぼちぼちコイツにも、大局的な視点というヤツを持って貰わなくては困るのだ。

「仰りたい事は概ね理解しますが、これは余人に任すべきでしょう。
 司令官がフラフラしていては部下が動揺します。いい加減、御自分の立場を自覚して下さい」

「お…俺は生涯現場に居たいんだよ」

「残念ですが、もうそれは許されないです。役職的に」

ううっ、諭すつもりで逆に諭されちゃったよ。
とゆ〜か、人類の未来を守るべく、影に日向に日々奮闘しているというのに、何でこんなに世間の風は冷たいんだろう? 世の中、間違っている。

「(コホン)そんな事より、大ピンチです。
 先程、明日の使徒戦に合わせてやって来たアマノ中尉とイネス博士が、何やら激しい口論を始めてしまいました。
 こちらの事は現地工作員に任せて、まずは御自分の責務をまっとうして下さい」

かくて俺は、ナカザトに引き摺られ、失意のまま、地獄と化した秘密基地へと蜻蛉帰りした。



その頃、2015年の某所では、

?「(ング、ング、ング………プハ〜)ク〜ッ、きたきた、この感触。嗚呼、一ヶ月は長かったわ。さてと、もう一本」

?「(ング、ング、ング………プハ〜)たまんないわね、この喉ごし。五臓六腑に染み渡るわ。さてと、もう一本」

?「(ング、ング、ング………プハ〜)上手い肴で飲む、ぬる燗も悪くないけど、やっぱキンキンに冷やしたコレには敵わないわね。さてと、もう一本」

?の保護者「………嬉しくて仕方ないのは良く判るけど、せめて職場で飲むのだけは止めて、お願いだから」



また、2199年の某提督の屋敷では、

?「やれやれ、お風呂がこれほど有難い物だったとは思いませんでした」

?の妹分「役作りの為とはいえ、本当に1週間もニートな生活だったもんね」

?の親友「うんうん。やっぱ、貴女はツインテールをしていないと。
      ってゆ〜か、本当にココまでやらないといけなかったの?」

?「ええ。あの人は、ミ○マル小父様程甘くはありません。
  此方の意図通りに話を持っていく為には、相応の努力が必要です。
  実際、本音を言えば、明日の第四戦からの参戦が望ましかったのですが、御約束な台詞で上手く逃げられて………」

?の親友「いや、ソッチじゃなくて、カズヒサ君の事。
      タイミング的に、貴女がズル休みを始めたの彼の所為みたいなんで、もう落ち込んじゃってさあ」

?「カズヒサ?………ああ、そんな無礼な人も居ましたっけ。すっかり忘れていました」

?の親友「無礼な人って………」

?の妹分「(ポンと肩を叩きつつ)無理だよ、ア○ミさん。偶然とはいえ、勝手に見たハーリーからのメールを彼氏からだと誤解して、
      『君は騙されているんだ。こんな歯の浮く様なセリフを………』なんて詰め寄ったようなヤツを弁護したって。
      もう完璧に敵だよ。はっきり言って、即時殲滅されなかっただけでも望外の幸運なんだから」

?の親友「勝手にって………いや、アレは見られても仕方ないシチュエーションだったし」

?「ええ。ですから、直接的な報復はしていません」

?の親友「(ハア〜)良い人なんだけどねえ、本来は。あの時だって、どう見ても本気で心配していたし」

?「それでは、貴女が引き取って下さい。もう、私には心に決めた人が居ますから」

と、ささやかな幕間狂言が開かれていた。




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