修学旅行二日目:早朝、宿泊先ホテル。

「ふわああっと。さて、今日も一丁………って、修学旅行中は休みやったな」

「………見知らぬ天井だ」

北斗に弟子して以来の習慣から、日の出前に目覚めたトウジだったが、現状を思い出し弛緩する。
シンジもまた、何時もの習慣から、お約束のセリフと共に起床する。
そして、顔を見合わせると、どちらから共なくホテルを出て、自主トレに早朝マラソンを。

「しっかし、なんやな。頭では判っとったつもりなんやけど、違和感が無いのが違和感ちゅうか。
 日暮のヤツは部屋に着くなり寝始めるし、魚住は『海が私を呼んでるのよ』とか言って出かけたまま帰ってきいへんし。
 年頃の男女が一緒の部屋で雑魚寝。夜遊び上等。ホンマさばけとるのう、ウチの学校って」

「う〜ん。多分、そういう『常識的な不祥事の方がマシ』って思われてるんじゃないかな?」

何時と違って余裕がある分、つい軽口など叩く二人。
その内容はシャレになっていないが、彼等を取り巻く状況はもっとシャレになっていない。
ともあれ、街並みを見学がてら、軽く一時間ばかり走った後、帰途に着く。
疲れは残さない。今日からは、待望の班ごとの自由行動が含まれる。
修学旅行は、これからが本番なのだ。



   〜 午前7時、ホテル大食堂 〜

「さぁ〜て、メシやメシ!」

今回は朝食の合図となったトウジのセリフと共に、第一中学校の生徒達はバイキング形式の朝食を。
食堂の中央に用意されている、スクランブルエッグ、カリカリに焼いたベーコン、フレンチトースト等を取りに行く。
食堂の一角にある大型プラズマTVからは、N○Kの朝のニュースが。
そして、その前にあるテーブルには、北斗が陣取っていた。

「ふむ。此方ではやっていないのか」

新聞のテレビ欄を確認しつつ、やや不満げにそう洩らす。
何気に、枝織ちゃんだけでなく、彼もまた、朝のアニメが気に入っていたらしい。
そんな事もあって、その周辺は、何時も以上に近寄り難い雰囲気となっていた。

「おはようございます」

「おはようさんです、センセ」

そこへ、ドレッシングの掛かっていないサラダのみのシンジと、トレーに乗せられるだけの量の朝食を無理やり乗せたトウジが。
更には、『ごきげんよう』と挨拶しつつ、カヲリもまたそのテーブルに着く。当然ながら、レイとマユミもだ。
これにアスカと、彼女に叩き起こされたミサトも加わる。
結果、緊張感こそ大分緩和されはしたが、関わり合いになるのを恐れ、ますます遠巻きとなる一般生徒達。

  ジジジジッ………

と、その時、TVにノイズが発生し、次の瞬間、

『お茶の間の皆さん、突然ながら失礼します。
 悪の秘密結社ダークネスの女幹部、御統ユリカこと、元機動戦艦ナデシコ艦長ミスマル=ユリカ、今日は素顔で御目見えです。ブイ!』

唐突なダークネスの臨時放送が始まった。

『現在、ダークネスの主要スタッフは、本業の関係から同盟国に出張中。
 私もまた、普通の女の子ならぬ元艦長さんに。連合軍の退役大佐として、終戦記念式典に参加中で〜す。
 ほらほら、実は初めて着たんですけど、これって正規の佐官用礼服なんですよ、エッヘン!』

そう言いつつ、画面内の連合軍礼服姿のユリカがクルリとターン。

「ううっ。朝っぱらからヤなもの見ちゃったなあ。
 ってゆ〜か、性格だけじゃなくて素顔も極楽ノーテンキだったのね、コイツってば。
 オマケに元大佐? ナニ考えてるのかしら、向こうの軍隊って?」

朝が弱いこともあってか、それを見ながら、普段の五割増しで不機嫌そうに。
それでも、狂熱に浮かされていた頃に比べればマイルドな毒舌を吐くミサト。
以前ほど敵視はしていないが、ユリカ特有のテンションを素顔でやられると、苛立ちがいや増す様だ。
この辺、一種の同族嫌悪に近いものがある。

「少なくとも、アンタに一尉の階級を与えた人間程イカレてはいないと思うわよ」

それを窘めるでもなく、そう宣うアスカ。これは彼女の偽らざる本音である。
そう。奇矯なその言動に誤魔化されがちではあるが、過去の作戦行動を調べた限りでは、TVに映る天然系タレントっぽい女性は、指揮官として無能ではない。
それどころか、やや博打的な傾向が見られるが、総体的には実に理に叶った指示を出している。
特に、攻撃重視なところがアスカ好み。もしもトレードが叶うのならば、是非ともお願いしたい所だ。
何せ、同じハタ迷惑な上司なら、指揮能力を期待出来る分、アッチの方が数段マシ………って、それじゃ初号機が動かなくなるか。ダメじゃんアタシ!

と、アスカとミサトが何時もの掛け合いをしている間に、ユリカの『本業の関係で暫く地球を留守にします』という内容の近況報告とが終わり、

『それでは、私達が不在の間の特別企画。
 これから三日間に渡りまして、毎日この時間に『愛は太陽系を救う』と銘打ち、
 現在、私達が滞在中の木星圏ガニメデ・カリスト・エウロパ及び他衛星小惑星国家反地球共同連合体の風俗風土をご紹介しちゃいます』

此処で、全身を写していたカメラが寄ってバストアップに。

『まずは、その第一弾!
 今、太陽系の話題を独占中! 木連観光の最大の目玉! 『ドキッ! まさかの時の武道の達人!』の、記念すべき第一回目の模様をお送りしちゃいます』

画面から飛び出さんばかりに大写しとなったユリカが、そう宣言したのと同時に画面が切り替わり、
『この映像は7月7日に撮影されたものです』というテロップと共に、当初は終戦記念式典の余興の一つとして考案された一発ネタでありながら、
現在、木連で大人気を博している、さる戦いの模様が映し出された。

『木連の勇敢なる兵士の皆さん、元気ですか〜』

まずは、余興オープニングを飾ったマリアちゃんが。
ミー○=キャ○ベルの。偽歌姫のコスプレをした方の娘が、優人部隊が座っている区画に向かってそう呼びかける。
当然ながら、怒号ともつかない声量の『は〜い!』という、まるで某組織の様なノリでの返答が。
そのどよめきが収まると同時に、

『今日は、式典を盛上げる為のアトラクションの一つとして、急遽、皆さんのお仲間の方に来て頂いていま〜す!」

畳み掛けるように、偽歌姫な娘がそう宣い、
それに合わせ、ラ○ス=ク○インのコスプレをした方の娘が、ピンク色のダイマジンの下に設置されていたコンテナから、とある人物を壇上へとエスコートする。
その人物の顔が顕になると同時に、うって変わってブーイングの嵐に。

「え…え〜と、此処どこ?」

それは、今、木連で最も悪名高き男、タカスギ サブロウタだった。

『これからタカスギ大尉には、いまだギクシャクしている『あの』結婚に反対派だった同僚の皆さんとの和解を目指して、とある達人な方々と戦って頂きます。
 その為に、新婚旅行から帰ってきた直後の空港内という、彼が最も油断していた所を狙って拉致(ケホケホ………コホン)御招待してきました』

『それでは、彼の三姫さんへの想いと力とを証明する儀式を。
 それを試すべく集まって頂いた、三人の達人の方達をご紹介致しましょう』

自分の置かれた状況が理解出来ずに呆けた顔をしているサブロウタを尻目に話しを進める、偽歌姫&本家歌姫なWマリアちゃん達。
その司会進行に合わせ、奈落より、これまた某組織が用意した特設リングがせり上がってくる。 そして、その中央にスポットライトが当り、顕になる三つの影。

『まずは、御一人目の達人。第13廃棄コロニーのヌシ、ウサギの『白カブト』さんです』

元気良く、スポットライトの当っている一人目(?)の紹介を始める、偽歌姫なマリアちゃん。

『何でも、とある流派の間では、その眷属の方と闘って勝つ事が、免許皆伝の証とか。
 長年その頂点に君臨する彼の方ともなれば、実力の程は、敢えて申し上げるまでもないでしょう」

そして、本家歌姫なマリアちゃん方が、さりげなく簡単なプロフィールを語る。
そんな二人の司会進行に合わせ、軽くシャドゥした後バク宙などして見せる、傷だらけな身体の巨大ウサギ。
どうやら、人語を理解しているばかりか、かなりサービス精神が旺盛らしい。

『その右側の方が、御二人目の達人。第七廃棄プラントに住まう百獣の王、ヒマワリの『ヒナタ』さんです』

『今が正に、彼の方の活力が最も高まる時。
 それ故、この季節に限って申し上げるならば、御三方の中でも、彼の方こそが随一の強者(つわもの)でしょう』

『(キシャー)』

奇声を上げつつ、ウネウネと触手っぽい葉茎を蠢かす、巨大向日葵モドキな謎の物体。
此方も、何と言うか不思議な事に、意思疎通が可能な相手らしい。

『その御隣りが、御三人目の達人。元西欧州第228遊撃中隊隊員、ミルク=ボナパルト軍曹です』

『彼女の尽力無くしては、西と東の廃棄地区代表とも言うべき御二方の御招待など夢のまた夢だったことでしょう。
 云わば、此度の最大の功労者とも言うべき方。その実力もまた、先の御二方が御認めになっています』

最後に、右端に立つ、自身の身長とほぼ同じ位もある長い杖を右手に持った少女が。
普段は、後ろに流す形で纏めた緩い三つ編みにしている金髪をツインテールにし、コケティシュな感じの黒いドレスに黒いマントを身に纏ったミルクちゃんがペコリと頭を下げる。

『さあ、誰と戦いますか?』

『って、チョッと待った!』

と、此処で、漸く我にかえったらしいサブロウタが制止の声を掛けるが、

『『『誰と戦いますか!?』』』

今度は、観客席に居る優人部隊を味方に付けての再通告に、既に退路が断たれている事を悟る。
それと同時に、バストアップで写され出す、脂汗を流しつつも必死に思案しているっぽいサブロウタの姿。
そのシンキングタイムに合わせ、

「シンジ、トウジ、お前等が戦うとしたらドレを選ぶ?」

北斗が、弟子達にそう尋ねた。

「そりゃ、あのチッコイ女の子でっしゃろ」

手拍子でミルクちゃんを選ぶトウジ。
無論、彼は弱い者イジメなど虫唾が走るタイプの人間なのだが、この場合は、他の相手がヤバ過ぎる。
次善の手段として、適当にお茶を濁しつつ、優しくフォール勝ち(?)すれば良いとう目算なのだろう。
これに対するシンジの選択は、

「……………僕は、あのウサギさんです」

『やりたくない』と全身で訴えつつも、東の雄たる『白カブト』だった。

「理由は?」

「前後の状況から考えて、あの戦いは懲罰的な。勝敗よりも、戦う事自体に意味があるんだと思います。
 だから、仮にあの少女と戦って勝ったとしても、無意味なんじゃないかと」

「その通りだ。ああ見えても、アイツは次代の木連を背負って立つ幹部候補生でな。
 大方アレは、舞華辺りが裏で糸を引いての企て。強者と戦う姿を見せ、汚名返上を狙った猿芝居だろうな」

ニヤリと笑いつつ、北斗はシンジの『読み』を肯定。

「それとな。憶えておけよ、トウジ。
 確かに、それ自体をハッタリにする場合も少なからずあるが、十中八九、ああいうのは罠だ」

そして、安易な選択をしたもう一人の弟子に対し、その問題点を指導した。

『ミ…ミルク=ボナパルト軍曹を、お願いします』

と、此処で、画面内では、アンサー編とも言うべき展開が。
なまじ二人(?)の勇名を知るサブロウタは、罠と知りつつも、出来心から“つい”ミルクちゃんを選んだのだ。
それに合わせ、リングから去る西と東の達人。
そのまま、下に設置されていた三つのセコンド席に座り、用意されていた観戦の友を。
ニンジン、牛肉の塊、チーズケーキのうち、それぞれの好物を齧りだす。
その姿に、シンジは己のカンが正しかった事を実感した。
そう。木連のヒマワリは肉食なのだ。

『『それでは、アー・レー・ファイティング!』』

サブロウタがリングに上がると、マリアちゃん達が宴の開催を宣言。
それと同時に、事態は急展開に。

『ミルク=ボナパルト。バル○ィシュ・ザ○バー、いきます』

そんな棒読みのセリフと同時に、ミルクちゃんが持っていた杖から、更に彼女の身長の倍近いの長さの光の刀身が現れたのだ。

さて。此処で少々説明させて頂こう。
実はコレ、終戦直後にネルガルで企画された『君も漆黒の戦神になれる』シリーズの一つで、一般兵士&護身用を目的とした携帯用DFSの試作品。
ネルガル上層部の無茶な要求どおり、IFS無しでも(何せ、基本的に歩兵は付けていないし)ある程度の威力を持った光の剣が作り出せるという、
技術的には極めて優れた、ウリバタケ セイヤ入魂の一作である。
だが、次期主力商品になるかと思われたこの作品には、致命的な欠陥があった。
機械的なプログラムのみではどうしても収束率が甘くなり、結果、2m以上もあるバカ長い刀身しか作れず、
また、ゴテゴテと制御装置を詰め込まねばならない為、長さが約1m30p、重量が約75kgと、常人には持ち上げる事さえ困難な物となってしまったのだ。
つまりコレは、発生機関となる魔法杖(?)の重量と、刀身の問題が解決出来ず、御蔵入りになっていた失敗作。
それが、コンパクトなボディに驚異のハイパワーを秘めたミルクちゃんという理想のマスターを得た事で、こうして日の目を見る事となった訳である。

『ええぃ!』

気合一閃、繰り出される光の超巨大剣。
突きと払いのみの攻撃。それも、まだ得物の扱いに慣れていないらしく、その太刀筋は、素人に毛の生えた程度のものでしかない。
だが、それが全く重さを感じさせない高速度で。それも連撃ともなれば、十二分に驚異である。
槍よりも長い間合いで繰り出される剣戟。対戦相手にしてみれば、正に悪夢の様な攻撃だろう。

『あ…悪魔か、キミは。
 いや、これは俺が悪かった。と…とにかく落ち着いて話し合おう。可愛い顔が台無しだぜ」

怒濤のラッシュをどうにか回避して間合いを取ったサブロウタが、必死にそう訴える。だが、

『悪魔で、良いよ』

『いや、それはキャラが違うって言うか、魔力砲を撃つ主人公の方だし。
 つ〜か、そのセリフは『悪魔らしいやり方で、話しを聞いて貰うから』って、続く筈じゃ………』

『問答無用です』

そう言いつつ、ニッコリと微笑みながら巨大剣を掲げるミルクちゃん。
実は彼女、某桃色の妖精と、すぐに悪ノリをする上司の二人に挟まれストレス満載。
この恥かしい格好と馴染みの無い戦闘スタイルもまた、その一因だったりするのだ。

「ほう、今のを避けたか。どうやら、馬鹿な事だけやっていた訳じゃないらしいな」

尚も繰り出されるミルクちゃんの攻撃。
その連撃にあって、偶然にも彼をして回避困難と思えるコンビネーションとなった斬撃をもかわしたサブロウタの動きにチョッと感心する北斗。
だが、彼の善戦もそこまでだった。

『撃ち抜け雷○!』

   ドカ〜ン

かくて、『(カン、カン、カン)交戦時間、2分15秒。ミルク=ボナパルト軍曹のTKO勝利です』というマリアちゃんの宣言を合図に、この人外な戦闘は終了した。
黒焦げとなって煙を上げている対戦相手をマットに沈めて。

「も…木連人って、皆、あんなカンジなの?」

「ああいう色物は極一部だ」

その後に、始まった第二試合。
大豪寺ガイVSヒマワリのヒナタの、両者共に不死身であるが故の血みどろな消耗戦を眺めながら呆れ顔でそう洩らすミサトの問いに、苦笑しつつそう答える北斗だった。
もっとも、彼のこの言葉とは裏腹に、『ドキッ! まさかの時の武道の達人!』は、木連の恒例行事に。
トチ狂って『自分の力を試したい』とか『手っ取り早く名を売りたい』といった野心溢れる木連武道家達からの参加希望が殺到し、
後日、多少は安全性を考慮したルールに変更した形にて、週一ペースで縁々と続いていく事になるのだが、これは全く別の御話である。



修学旅行二日目:午前の部、やんばる亜熱帯園

(ファーストチャンスは此処ですわね。でも、焦りは禁物。まずは確実にポイントをってことね)

特に彼女が画策するまでもなく、例の二班は済崩しに合同で行動中。
そんな事もあって、園内を回る間に、さりげなくシンジとのツーショットの場面を作るべく、ポジション取りを始めるカヲリ。
無論、コレには致命的な誤算が。そんな暴挙を許す筈がない某二名の追撃を避ける方法なんて、多分ジャンプくらいしか無いのだが、
現時点では、彼女がそれを知りえる筈も無かった。
おまけに、その目算は、ファーストアタックを敢行する前に、とあるとんでもないアクシデントによって頓挫した。

「お嬢様〜! 一大事! 一大事で御座います!」

七三髪のオジサンが。マーベリック社の営業部長たる豹堂ハヤトが、息せき切ってカヲリの前に現れたのだ。
そして、彼によってもたらされた情報は、常に優雅である事を己に課している彼女をして驚愕せざるを得ないものだった。
なんと、数時間ほど前から、ゼーレの息の掛かった企業によって無茶な先物取引や株価操作が始まり、
その結果、石油等を初めとする現代社会に必要不可欠な原材料や、米や小麦といった主食となる食物が、
この業界の常識を頭から無視するが如く、信じられないほど大量に買い占められているらしいのだ。
確かに、此処までやれば、価格操作は思いのまま。物が無い以上、売値は好きなだけ吊り上げられる。
だが、買い占められた国々は。それらを基幹産業とする復興途上国は壊滅的な打撃を受け、数百万単位の人々が、故郷と生きる糧とを失い野垂れ死ぬ事になってしまうだろう。

「ストップ高を更新し捲くりました株価に関しては、ラズリ専務によって行なわれました安定化工作によって、ある程度は沈静化致しましたがが、
 なにぶん相手の勢力が大きすぎて、専務のお力を持ってしても、完全にとは。
 また、人海戦術による実質的な工場等のM&Aに対応する為には、どうしてもブンドル財団を始めとします各国の有力者の協力が。
 それを取り付け得る、お嬢様の手腕が必要なのです!」

カヲリが事態を把握したのを見計らい、一気にそう捲し立てた後、豹堂は深々と頭を下げた。

(なるほど。A17は、こういう形でも利用されていたんですのね。エヴァ量産機建造の資金集めの為とはいえ、なんて事を。許しがたい暴挙ってことね)

そんな彼から手渡された数枚の書類を手に、怒りに身を振るわすカヲリ。
無論、この様な真似を見過ごす事など、彼女には到底出来はしない。

「北斗先生、申し訳ありませんが、私は此処で早退させて頂きます」

これまで、クラスメイト達の前では見せる事の無かった戦う者だけが持つオーラをその身に纏いつつ、カヲリは北斗にそう告げた。
そう。勝負は、後30時間足らずの間に決する。
資産凍結が始まる前に。ゼーレにとって都合の良い空白期間が生まれる前に、なんとしても巻き返さなくてはならないのだ。



カヲリ=ファー=ハーテッド、リタイヤ。



修学旅行、午後の部:万座毛、みゆきビーチ・かりゆしビーチ

「お〜! こりゃまた、なんとも澄みきっとるというか。魚住やないけど、母なる海っつう感じやのう」

沖縄の海を前に、そう感歎するトウジ。
だが、クラスメイト達の視線は、それ以外のものに。
海パン一丁となった、彼の身体に向けられていた。

「トウジ………その、お前、太った?」

「おっ、やっぱ判るんか?
 いや〜、センセの弟子になった直後はドンドン痩せて、最大で6sくらい減ったんやけど、此処一ヶ月ばかりの間に今度は増え出してのう。
 今じゃ、始めた時より2sくらい上になってもうたんや」

恐る恐るそう尋ねるケンスケに、朗らかに笑いながらそう答えるトウジ。
そう。元々、肉付きが良かった上に、2ヶ月以上に渡る過酷な鍛錬によって体脂肪が減ると共に筋力はアップ。
結果、今の彼は、増量された筋肉の上に薄っすらと脂肪の付いた、いかにも『ガタイが良い』という感じな身体付きをしているのだが、
なまじ北斗という完成品を毎日見ている所為か、当の本人は、その事実にまったく気付いていなかった。

「って、なんや日暮のヤツは、また寝とるんかい?」

そして、この話はこれで終わりとばかりに、もはや御馴染みとなった感のある資材運搬用のキャスターの上で眠る少女の姿を眼にすると、

「仕方ないのう。折角こういう所にきたんやから、一丁、それらしくしたろかい」

そう言いつつ、トウジはラナをお姫様だっこに抱え上げ、砂浜まで運んでそこに寝かせると、
潮干狩り用に持ってきた小さなスコップにて、彼女の身体の上にこんもりと砂の山を築き上げた。

「どや、完璧やろ?」

いかにも『良い仕事をした』とばかりに、ケンスケに。その隣りに居るヒカリ達に、親指を立ててサムスアップして見せるトウジ。
なまじ浮かれているだけに、普段以上に空気を読めない彼だった。

「お…お前なあ〜」

目の前で行なわれた暴挙に呆れつつも、隣のヒカリをフォローする言葉を摸索するケンスケ。
だが、彼女は彼の予想よりも、遥かにタフな心の持ち主だった。
そう。この状況を逆手に取る行動に出たのだ。

「あの、鈴原。私にも、ソレ、やってくれる?」

「ん? 泳がへんのか委員長?」

「うん。一寸、ゆっくり休みたくて」

「ほっか。ほな、そこに寝や」

常ならぬ、消え入りそうな声のヒカリに不審を憶えつつも、トウジは先程の手順と同じく、砂の山を作り出す。
目の前で行なわれる、かつて無いほど接近した彼の顔を眺めながら。
時折、その息遣いなども感じたりしながら、一人、密かに悦に入るヒカリ。
しかし、彼女の至福の時はそこまでだった。
ケンスケが被写体を求めて単独行動を始め、トウジが海に入り、波と戯れながら彼女の視界から遠くなってから十数分後、そろそろ頃合と、そこから脱け出そうとしたのだが、

「う…動けない〜(泣)」

そう。ヒカリは、文字通りの意味で、自ら墓穴に嵌ったのだった。



洞木ヒカリ、リタイヤ。但し、救助されれば再戦可能。


「空が青い」

「そうね」

「海も青い」

「そうね」

「あの七三、何時か復讐するわ」

「そうね」

だが、肝心の救助のアテは、そんなヒカリのヘルプコールに気付く事無く、少し離れた浜辺で黄昏ていた。


綾波レイ、山岸マユミ、事実上のリタイヤ。



その頃、そんな悲喜劇が行なわれていた海岸線から500m程離れた沖合いでは、アスカ達スキューバー体験コース組への説明会が開かれていた。

「………説明は以上だ。兎に角、異常を感じたら即座に合図を出す事。これだけは守れよ」

「「「はい」」」

五分程のレクチャーの後、そう締め括った北斗に元気良く答える参加者達。

「見て見て、バックロール・エントリー!」

  ドボン

そんな彼等の先陣を切って、アスカは嬉しそうに波間へとダイブした。
そう。当初、このイベントのインストラクターが北斗だと知った時には、色んな意味で『終わった』と思ったものだったが、蓋を開けてみれば、その予想は嬉しい形で覆された。
実際、思っていたよりまともな指導だったっし、何より、生徒の自主性を重んじて、細かい事は一切言わないのが良い。
おまけに、イザという時のライフセーバーとして、これ程心強い存在もまたと無いだろう。

   ドボン、ドボン………

そんな安心感もあってか、アスカの様に飛び込み型を披露する者こそ居なかったものの、次々とダイブしてゆく参加者達。その中に、碇シンジの姿もあった。

此処で、少々補足説明を入れされて貰おう。
実は彼、この修学旅行の数日前にも、『泳げないのに、海水浴をしてもツマランだろう?』とばかりに、水泳特訓を課せられていた。
だが、無意識のトラウマ(記憶には無いが、シンジはユイが取り込まれる瞬間を目撃している)の所為か、北斗の徹底した指導をもってしても、一向に成果が上がらなかった。
従って、これは泳げる様になったが故の参加ではない。
どうせ不様に溺れるのならば、(何せ、北斗が敵前逃亡など認める筈がない)酸素が確保される分、コチラの方がマシと判断したからである。
まことシンジらしいチョイスと言えよう。

   ドボン

そんな訳で、スキューバーと言うより只単に沈んでいるだけ状態なシンジ。
話数的に、見せ場を完全にアスカに奪われていた頃なだけに、原作同様、その扱いはあまり良くなかった。
だが、それでも、主人公特有の事件遭遇率は健在だった。

(あ…アレってまさか? いや、きっと見間違いだ。こんな近海に、鮫が居る筈ないじゃないか)

常識に照らし合わせ、見間違いと思い込もうとするシンジ。
だが、鍛え抜かれた彼の生存本能は、御丁寧にも『ジ○ーズ』のテーマーソングをBGMに、あれがドキドキするほど本物だと告げていた。
そんな一瞬の躊躇いの後、急いで救難信号を。

   デ〜レン、デ〜レン、デ〜レン、デ〜レン………

その間にも、目標は急速に接近中。
もはや、その顎が肉眼で確認出来る所まで近付いて来ている。

(逃げなきゃ駄目だ、逃げなきゃ駄目だ、逃げなきゃ駄目だ………)

そんな、もはや『逃げちゃ駄目だ』に取って変わりつつある繰言を繰り返しつつ、必死に逃亡を試みるシンジ。
だが、普段は思い通りに動いてくれる己の身体が、こんな時に限ってまともに動いてくれない。
もっとも、客観的視点から見れば、水中を疾走している“つもり”という段階で、もう駄目駄目。
普段であれば真っ先に思い付くであろう、バラスト(重り)を外して急速浮上という選択に気付けない辺りが、彼の混乱振りを物語っていた。

(く、口〜〜〜〜!)

とか何とか言ってる間にも、絶対的な捕食者が目の前に。
奇しくも、第六使徒戦でアスカが叫ぶ筈だった悲鳴を上げつつ、一歩でも前に逃げようとするシンジ。
この辺も、碌に身動きが取れずにそのまま食われた弐号機のそれと似かよっていた。
だが、天はいまだ主人公を見捨てていなかったらしく、

(え〜い、この馬鹿生徒が〜〜〜っ!)

此処で、水中である事を感じさせない動きで北斗登場。
気合一閃、あたかも空中からの飛び蹴りの様な構図とスピードで、迫りくる鮫を蹴り飛ばした。

   チャポン

「お前、一体どういうつもりだ!」

急速に水面に飛び出し、さも当然の様に海面に仁王立ちすると、北斗は目の前の海中に向かって、そう言い放った。
そんな彼の小脇に抱えられながら、訳が判らず混乱するシンジ。

   ザブ〜ン

その疑問は、すぐ後に浮上してきた例の鮫と、その上に乗っている少女の姿を見た瞬間に氷解した。
それは、昨晩からずっと行方不明だった魚住ウミだったのだ。

「(フ〜)私とした事が、あまりに素晴らしい母なる海を前に、つい理性を失っていたみたいね」

「そんな上等なものは最初から存在していないだろうが、お前は!
 いや、そんな事より、外付けの良心回路はどこに落っことして来た!」

沖縄の海を堪能しまくったらしく、イイ感じな笑顔を浮べつつ自嘲するウミに、更に激しく詰問する北斗。

「良心回路? ひょっとして、ナッピーの事?  彼だったら、昨日からあの辺で、旧友達と旧交を温めているみたいだけど」

つ…ついにナマコにまで愛想をつかされちゃったの、この人。
何の気無しに、チョッと離れた海中を指差しながらそう語る、ナッピーが帰ってくる事を欠片も疑っていないっぽいウミの姿に、ついホロリと涙が零れるシンジ。
まあ、それ以前に、客観的視点から語るのであれば、外付け良心回路=ナマコと認識されている時点で、人としていかがなものかと思われるのだが。

「まあ良い。ヤツの職務放棄に対する罰は後で考えよう。
 そんな事より、ウミ! 無断外泊の挙句、級友への暴行未遂。此処までやったんだ。当然、それなりの覚悟は出来てるんだろうな、ああっ!」

シンジに普段の思考能力が回復したのを見計らうと、北斗は『下がっていろ』とばかりに、自身の弟子を少し離れた所まで『優しく』投げ捨てた後、怒りも顕に最後通告を出した。
その怒気を受け、本能的に生命の危機を感じ取ったらしく、一目散に逃げ出す一人と一匹。
だが、いかに数多の魚類の中でも指折りなスピードを誇るホオシロザメといえど、海上を走って追いかけてくる彼からは逃げ切れるものでは無い。

「(クッ)仕方ない。迎え撃つわよ、ジェニファー。
 相手があの人の場合、手加減なんてしてたら即死もの。最初から最大戦速で一気に決めに行くわよ!」

逃亡を諦めると同時に覚悟を固め、北斗との全面対決を決意するウミ。
その意図は、出来たばかりの親友にも伝わったらしく、彼女(?)は流麗なターンで180°クルリと反転。

「ええぃ!」

まずは、遠目の間合いより、ウミが己の特殊能力を使って高圧のジェット水流を。
予想外な奇襲。初めて見せるその攻撃に虚を突かれ、流石の北斗もジャンプして回避せざるを得ない。
そんな彼の着地ポイントを狙って、ジェニファーが顎を大きく開け喰いつきに行く。

「くらえ! 突発秘儀! 人魚一体、鉄砲鮫拳!」

かくて、機せずトンデモ武道漫画の様な展開に突入。
その勝敗は…………まあ、敢えて語るまでも無いだろう。
取り敢えず、彼女達は善戦したと言って良い。何しろ、あの北斗を相手に一分も持ったのだから。

「58秒だ」

おや、失礼。
ともあれ、修学旅行の二日目は、概ねこんな感じに過ぎていった。


魚住ウミ、ジェニファー、リタイヤ。当分は再起不能。



    〜 同時刻、浅間山地震観測所 〜

そんな御約束な悲喜劇が繰り返されていたた頃、肝心の使徒観測は代理の人物達が着任。
日向マコトと伊吹マヤが、観測所の職員数名共にコンソールに着き、明日一番で火口に沈る観測器の最終チェックを行なっていた。

「あ〜あ。今頃、葛城さん、ビーチでビールを飲みながら、のんびり羽根を伸ばしてるんでしょうね」

自分の分担を終え、コーヒーブレイクに入った事もあって、マヤはつい、そんな愚痴を洩らした。
普段の彼女らしからぬセリフではあるが、使徒戦が始まって以来、残業の連続。
いまだやらねばならない仕事がタップリと残っている所への、この振って沸いた出張なのだ。
流石の彼女も、かなりストレスが溜まっているのだろう。
しかし、どこかの上司の怠慢によって彼女以上の激務に追われて尚、同僚の意見は、それと異なるものだった。

「うん。普段、気苦労の絶えない中で頑張っているんだから、せめてこんな時ぐらいは、しっかりと骨休めをして欲しいよね
 それに、僕等を信頼して後事を任せてくれたんだから、その期待に応えないと」

「……………」

言うとはなしに言ってみただけの愚痴に対し、そんな決意溢れる返答を真顔で返してきたマコトに呆れるマヤ。
自他共に認める潔癖症であり、一途とか純愛とか忠誠心とかも大好きな言葉ではある。
或いは、今のが贔屓の二枚目俳優が演じたシーンだったならば、寧ろ感動すら覚えたかも知れない。
だが、良く知る同僚に。それも、すぐ目の前でこういう盲目的な純粋さを見せられると、矢張り『人としてチョッと拙いのでは』と思ってしまう彼女だった。



   〜 翌日。午前10時、ネルフ内某所〜

朝一で行なわれた浅間山での観測結果は、パターン青。
原作通り、貴重な観測機の融解という代償を支払う事になったものの、使徒の幼生体と思われる存在が確認された。
その場で秘守回線を確保し、チルドレンの非常召集および使徒の殲滅許可を本部に求めるマコト。
だが、本来ならば即座に下されるべき決定は、既に2時間以上に渡って保留されていた。
それを承認する人間。冬月司令代理が、ゼーレの緊急招集による会議に出席中だったのだ。

「A−17!? 此方から打って出るのですか?」

「そうだ」

「リスクが大きすぎます」

委員会からの意外な通達を受け、驚きつつも、その撤回を求める冬月。
そんな彼を囲む形で、真っ暗な部屋に円卓とでも呼ぶべき陣形に、数人の老人達が。
通常ならば、モノリスが映し出されSOUND ONLYとなっているそれに、それぞれの主達が映し出されている。
その内の『01』の位置に。冬月の立つ、円卓の中央部から見て真正面に映る議長席の人物。
キール=ローレンツが、バイザーをキラリと光らせつつ、重々しい声で、再度委員会の決定を通達した。

「補完計画の遅れを取り戻す為だ」

「貴方方は、これまでの使徒戦を御覧になっていないのですか?」

食い下がる冬月。彼等への意見具申の危険性は重々承知しているが、それでも言わない訳にはいかない。
確かに、生きた使徒の捕獲に成功すれば。その詳細なデータが得られれば、計画の遅れを取り戻し得る可能性は高まるだろう。
だが、これは明らかに机上の空論だ。
まず、使徒が大人しく捕獲されてくれるとは到底思えない。
何せ、これまでの戦闘傾向からして、一癖も二癖もある相手。
軍事は素人の自分の目から見ても、わざわざ蛹状態で姿を現した辺りが実に罠臭い。
実際、本職のマコトからも『此方を油断させる為の擬態である可能性が高い』との報告を受けている。
そして、仮に捕獲が上手くいったとしても、こんどは何時孵化するか判ったものではない。最悪、二体の使徒を相手に二面作戦を強いられるケースさえ起り得るだろう。
そして、最大の問題は、現在のネルフには『使徒を捕獲する為の手段が無い』という点だ。
D型装備を装着出来るのは、制式タイプである弐号機以降のシリーズのみ。
つまり、浅間山火口内に。マグマの中に潜る為の手段が存在しないのである。

『作戦の成否は問わない』

『そう。これよりA−17が発令されるという事実。これこそが重要なのだよ』

『不足しつつある資金の回収。その為には極めて有効な策』

『度し難き裏切り者、『マーベリック』を粛清する、またとない機会でもある』

『今も、我等の足を引っ張っておる。小賢しき愚者には、相応の罰が必要だ』

『幸い、此度は、あの忌々しきダークネスは不在。
 明日にも、『世界経済を混乱させた大罪人』として裁いてくれるわ』

自分達の意図が伝わっていない事を感じたらしく、左右の老人達が口々に補足説明を入れた。
それにより、漸く事態を認識する冬月。彼等の狙いが、全世界規模で行なわれる資産凍結にある事を。
時間にすれば僅か六時間足らずの空白期間。だが、その経済効果は計り知れないものがある。
言ってみれば、何時ぞやのヤシマ作戦で行なわれる筈だった強権発動を、全世界規模で行なう様なもの。
これを表して、『ゼーレが生んだインサイダー取引の極み。そう感じないかしら、ディカプリオ=フォン=ブンドル伯爵?』と、
現在イギリスを来訪中のカヲリが、某会長室で某会長を相手に揶揄していたりする様な策なのだ。

ちなみに、彼等がマーベリック社を『裏切り者』と称しているのは、別にグラシス会長がゼーレに参加した事があるからではない。
世界は自分達の物。彼等は、一分の疑いも無くそう信じている。
故に、自分達の意に添わない者は世界の敵。裏切り者という訳である。
もっとも、その理屈を当て嵌めるのであれば、今回のコレは、自分の足を食って餓えをしのぐ蛸も同然の行為なのだが。

「……………判りました」

おそらくは、今日という日の為に、計画的な資産運用がなされていたのだろう。
つまり、A−17の発令は、ゼーレにとって決して変更の効かない決定事項という訳である。
それを悟った冬月は、反論を諦め、粛々と彼等の通達を受け入れた。



    〜 二時間後、浅間山地震観測所付近のネルフ仮設駐留地 〜

「ねえ、リツコ。私の記憶が確かなら、零号機はD型装備を装着出来なかった筈なんだけど?」

プラグスーツに着替えた後、ブリーフィングの席にて、モニターに映るダルマ状の零号機をジト目で見詰めながら、アスカはリツコにそう尋ねた。
隣の席のミサトも、険しい表情をしている。
もっとも彼女の場合、パイナップル園にて、件の果実を使用した蒸留酒を堪能していた所を緊急招集された所為かも知れないが。

「改修したのよ」

痛い所を突かれながらも、平静を装いつつそう説明するリツコ。
だが、アスカの追求は、それで終らなかった。

「ふ〜ん。安全性の確認は取ってあるんでしょうね?」

「も…勿論よ」

なんとか口ではそう言ったが、当然ながら、そんなの無理に決まっている。
何せ、規格外な物をたった二時間足らずでデッチ上げた改修作業なのだから。
そんな彼女の苦しい胸の内を見透かした様に、

「それで、なぜ零号機なの?
 機体のスペックと、万一の際の命綱となるATフィールド操作技術。それを考えれば、此処は初号機を選ぶ筈でしょ、普通」

これには、流石のリツコも返す言葉を失う。
まさか『万一の際、零号機ならば失っても構わないから』とは言えない。

「その辺の事情をマコトに聞きたいんだけど、指揮官の彼はどこに居るの?」

「……………」

「なるほど。上からのゴリ押しに最後まで逆らったんで、作戦から外されたのね」

リツコの沈黙から推察し、そう結論付けるアスカ。まあ、実際その通りなのだが。

「(ハア〜)アイツ、ネルフに向いていないっていうか、職業選択誤ったわよね、完全に」

「それで、貴女も反対するの?」

欧米人特有の大袈裟なジェスチャーで嘆息して見せるアスカに、そう尋ねるリツコ。
何しろ、元々が御飾りの作戦部長職と違って、何とか使徒に対抗できる様になった現体制のキーたる彼女を外す事は、そのままネルフの敗北に直結するのだ。
と同時に今回の作戦は絶対に行なわなくてならない。
それ故、もしもマコト同様、頑なに反対された場合には……………私にどうしろって言うのよ!

そんな思考の袋小路に嵌り込んだリツコに向かって返された、アスカの答えは、

「しないわよ。だって、する意味が無いもの」

「意味が無い?」

「チョッと考えれば判るでしょ? これは実現不能な作戦よ」

胸中で、その返答の意味を吟味する。
確かに無茶な作戦ではあるが、実現不能という程じゃない。
成功率と安全性は著しく低いが、これはそんなデメリットに目を瞑ってでも実行しなくてはならない作戦。
その辺の事は、此処までの展開から、アスカは既に理解している筈である。では、何故?

その答えは、リツコが沈思黙考を始めた数十秒後、背後のモニター画面からもたらされた。

『お茶の間の皆さん、お待たせしました。
 悪の秘密結社ダークネス女幹部見習い、春待ユキミ只今参上です。ブイ!』

「やっぱりね。思ってた通りの展開だわ」

突如、切り替わった画面に映し出された、バイザーとマントだけの簡素な白百合ルックのトライデント中隊隊長の姿を眺めながら、『計算通り』と言わんばかりの表情でそう宣うアスカ。
だが、リツコにして見れば、これは完全に想定外の事態である。
何しろ、これまで軍事組織にあるまじき、無意味なまでの正直さを誇っていたダークネスが、虚偽の情報で此方を撹乱してきたのだ。
理不尽なのは承知の上だが、それでも『裏切られた』という気分で一杯である。

「って、チョッと待って。アスカ、どうしてダークネスの来襲が予想できたの?」

「や〜ね、リツコったら。何時だって、こういうお約束な感じで沸いて出て来てるじゃない、あの連中は」

アスカの代わりに、それまでの渋面をどこぞにうっちゃっりつつ、そう答えるミサト。
何せ、零号機が主役な今回の作戦が気に入らなかった所だし、このまま済崩しな殲滅戦に突入した方が、前回の様な漁夫の利を狙うチャンスも巡ってこようというもの。
アンチダークネスな彼女だが、今回ばかりは『よっしゃあ、良いタイミング!』と、内心喝采を上げていたりするのだ。

「それに、『主要スタッフは現在帰省中』かも知れないけど、『現地採用組と留守番要員』は地球に駐留していたしね」

「…………ああっ!」

アスカの補足説明に、暫し呆気に取られた後、驚愕の声を上げるリツコ。
言われてみれば、画面に映っているのは、例の戦艦じゃなくて輸送艦っぽいヤツだし、お得意の名乗り上げも、地球人の少女が行なっている。
おまけに、さっきまで沖縄にいたアスカ達一行が此処に居るという事実こそ、留守番組だけでも活動出来る事の証明の様なもの。
そう。彼等は、嘘など一つも吐いてはいなかった。騙されたのではなく、表面的な情報によって、まんまと踊らされたのだ。

合点がゆくと共に、おもいっきり笑い出したい衝動に駆られる。
なんとなく救われた様な感じというか、理不尽な命令を下してきた連中に『ざまあみろ』と、
代わりに言って貰った気分である。

『トライデントΓ改EX発進!』

そうこうしている内に、画面内の輸送艦から、下部に水中モーターを着けた豪○号の様な機体が投下され、そのまま浅間山火口へとダイブした。

「あ〜あ、これで捕獲作戦はオジャンね」

その一部始終を眺めながら、いかにも残念そうなセリフを笑顔で宣うミサト。
そして、返す刀で、親友に零号機のD型装備を外す様に依頼する。
そう。これまでの使徒戦の傾向から見て、第2ラウンドにもつれ込む可能性はかなり高い。
先手を譲った以上、美味しい所は。使徒の首級は、コッチで頂くのだ。

「なんか、何時に無く妥当と言うか、良い読みをしたわね。
 やっぱアイツの場合、アルコール分が入ってた方が、脳味噌が活性化するのかしら?」

意気揚々と、勝手に弐号機の搭乗準備に向かったミサトの後ろ姿を見送りながら、アスカはポツリとそう呟いた。
小一時間程前。昼間っから園内でパイナップル○ワー(アルコール度25%程の蒸留酒)を浴びる様に飲みだした時には本気で呆れたものだが………
って、アイツ、おもいっきり飲酒運転じゃん。

「(フルフル)さてと。それじゃ、今の内に」

フッと湧いた嫌な予感を、頭を振って強引に振り払うと、アスカはD型装備が撤去されるまでの時間を利用し、浮世の義理を果しに掛かった。

「コレ、アタシとレイから。んで、ソッチが北斗先生から」

「あっ、これは僕からです」

「御土産。親しい人や、普段お世話になっている相手に送る物。人間関係を円滑にする物」

「そ…そう。ありがとう」

戸惑いながらも、なんとか笑顔らしきものを浮べつつ、チルドレン達から贈答品の入った箱を。
ちんすこう&黒砂糖と20年物の古酒。それとドライフルーツの詰め合わせを受け取る。
本当に、ダークネスが現れて以来、可笑しな事ばかりが起きている。
毎日が、碇ゲンドウが居た頃には考えられなかった事態の連続。
だが、コレはコレで悪い気はしないリツコだった。



その頃、箱根の某ロープウェイでは。

「あらあら。これでは、折角発令したばかりのA−17も、早々に解除せざるを得なくなったわね」

「でしょうね。大義名分が無くなった以上、現有資産の凍結なんて荒業を続けちゃ世論が黙っちゃいない」

「なぜ止めなかったの?」

「理由がありませんよ。発令は委員会からの正式なものです。
 それに、自爆に終ると御注進出来るほど、俺は奥の院に近くは無いもんで」

ゴンドラの一つに、仔犬を抱いた瀟洒な婦人と無精ひげを生やした男が。
ゼーレの連絡員と加持とが、偶然乗り合わせたかの様に乗り込み、互いに外へと視線を向けたまま語り合っていた。




次のページ