～ 翌日。日々平穏、木連支店。 ～
「まったく。生物学的なあり方が少々変わったくらいで、ああまで取り乱されるなんて。正直、見損ないましたわよ、提督。
初めてお会いした日の。計画遂行の為には己の命すら惜しまないと揺ぎ無い瞳で力強く誓って下さった、あの日の貴方は何所へ行ってしまわれたんですの？」
「いや、悪かったってば、カヲリ君。
でもそれは、なんつ～かその、言葉のアヤって言うかニュアンスが違うだろ？
そのなんだ。俺的には、命は捨てても人間を捨てる気は無かったし」
「仰りたい事は判らなくもありませんが、それでもなお、昨日の態度は頂けませんわよ。建設的な方向性ではないってことね」
かくて、一週間の空白を埋めるべく、俺の奮闘は尚も続く。
午前中に書類仕事を片付けた後、いまだ御機嫌斜めだったカヲリ君を宥めつつ、とある少女の近況を視察すべく、昼食を兼ねて日々平穏木連支店を来訪する。
ガチャ
「いらっしゃいませ」
店のドアを潜ると、１１～１２歳くらいの。ハネ癖の強い燃える様な赤毛を、後ろでちょこんとおさげに纏めた少女が元気良く出迎えてくれた。
その案内に従いカウンター席へ座った後、オーソドックスに日替わり定食を注文した。
隣のカヲリ君は、紅茶のみを注文。
これは、２０１５年では、まだ日の出直前の時刻な為である。
肥満とは無縁な体質の彼女なのだが、それでも、とある常春な国の少年国王の様に、朝食前の軽い食事など採る気にはなれないらしい。
年頃の娘は、ホンに繊細である。
奥を覗くと、ホウメイさんが幾つかの料理を平行して調理中だった。
昼時で立て込んでいる事もあって、客への応対は、ある程度任せきりにしているらしい。
素晴らしい。どうやら、上手くカスミ君の穴を埋め得る（メイド四人衆の一人で、ハタ迷惑なまでに常に本音で語る娘）人材になれた様だ。
うんうん。苦労してラピスちゃんの説得を。
どう見ても小学生にしか見えない外見な彼女を無理矢理１８歳って事にして、ワーキングピザをデッチ上げて貰った甲斐があったと言うものである。
そう、彼女は―――――
>SYSOP
～ 一週間前。ロサ・カニーナ、転生の間 ～
胎児の使徒サンダルフォンは極度の混乱状態にあった。
生来、臆病な性格だった事もあって、いきなり同族らしい少女に『人間に転生しませんか？』と言われても、容易に答えは出せなかった。
それでも、彼女の説得に耳を傾けるうちに、それ以外に選択肢が無い事を悟り、これを承諾。
与えられた知識から、最も重要と思われる社会的基盤を得る為に最適と思われる、第一印象に気を配った装いにて転生した訳なのだが、
「アカリ。私、そういう冗談は嫌いでしてよ」
使徒娘の先輩たる目の前の少女。カヲリからの評価は甚だ低かった。
本来、彼女は心優しい。ラナやウミといった問題児達のフォローも勤めてきた面倒見の良い性格。
普段であれば。この出会いの直前に、オオサキ提督の愚行が無かったとしたら、或いは今少し寛容な対応を得られたかもしれない。
だが、総ては仮定の話に過ぎない。
いずれにせよ『拾って下さい。名前は胎動 アカリです』と書かれた張り紙付きのダンボールハウスに身を包んだかの少女のいでたちは、冷やかな視線を持って迎えられた。
「兎に角、まずは顔を見せなさい。そのままでは話にならないってことね」
「ふみゅ～」
静かだか有無を言わせぬ指示に促され、捨てられた子犬の様な仕種で恐る恐る顔半分を出すアカリ。
どうやら、完全にビビっている様だ。
その態度に、一瞬、優美な眉を顰めたものの、彼女にしてみれば今はコレが精一杯である事を察し、カヲリはそのまま話しを進める。
結果、性格的に御祭り騒ぎが苦手であり、また、ファーストコンタクトが大失敗に終った事もあって、半ば尻込みする形で誕生パーティを謝辞した後、
その足で、アカリは就職活動にコッソリと乗り出した。
「せめて、そのダンボールは脱いでいきなさい」
「こ…これが無いと不安なんだ」
カヲリを忠告に、男言葉でありながら弱々しい。今にも消え入りそうな声でそう答えるアカリ。
「（ハア～）判ったわ。好きになさい」
一瞬、実力行使に訴える事も考えたカヲリだったが、『イジメル？』と言わんばかりに涙目で見詰めてくるアカリの姿に罪悪感を刺激され、これを断念。
仕方なく、せめて同行をと申し出るも、これも謝絶されてしまった。
彼女曰く『カヲリさんが隣に居たら、私のグズでノロマな所が余計に目立っちゃうから………』という後ろ向きな。
だが、ある意味、的を得た理由だった。
（『後は、野となれ山となれ』と言ったところかしら。提督が復調されてからのフォローに期待ってことね）
幼稚園児の御遊戯のごとく、ダンボールを被ったままヨチヨチと危なっかしい動きで転生の間を旅立ったアカリの後ろ姿を見送りながら、彼女は再び溜息を吐いた。
最初にアカリが訪れたのは、日々平穏のロサ・カニーナ支店だった。
コッソリと店内の様子を伺うと、十数人の少年少女達が思い思いに寛いでいた。
「（モグモグ）畜生、まさかパーティが中止になるとはよ～」
「提督が急病で倒れたとあっては仕方あるまい。
故人曰く『親ガメこけたたら皆こけた』………いや、『旗手無くして戦意無し』と言うべきか。いずれにせよ、あの人あっての俺達だ」
カウンター席には、不平を洩らしつつも凄い勢いで大皿料理を平らげてゆくチョッと怖そうな感じなツリ目の少年が居た。
それを、右隣の席に座る理知的な雰囲気の少年が、格言を駆使して諭している。
彼を見ていると、何故か『なんでアフロじゃないんだ？』という訳の判らない疑問が頭に浮かんでくる。
どうも、まだ与えられた知識の整理が上手くいっていないらしい。
「（モグモグ）そもそも何が不満なんだよシノブ？
別にイイじゃん。毎回、食いモンそっちのけで使徒娘の撮影に余念の無いマサトじゃあるまいし」
大ぶりなローストチキンを一心不乱に齧っていた、左隣の席に座るサングラスの少年も話しに加わる。
「うっせ～ぞ、ダイ。なんつ～か、食えりゃ～イイってもんじゃねえだろ、こういうのはよ～」
「故人曰く『酒の味は、共に飲む相手によって決まる』と言ったところか。
まさか『花より団子』の権化なお前の口から、そんな雅な話が聞ける日が来るとはな。長生きはするものだ」
イマイチ要領を得ない言葉足らずなツリ目の少年の意図を汲み取り、理知的な雰囲気の少年がそう纏めてみせる。
他の二人とは毛色の違うタイプだが、かなり親しい間柄らしい。
「そ～言えば、ナニ黄昏てんだマサトのヤツは。やっぱ、新たな使徒娘に会えなかった所為か？」
わ、私の事だ。
カウンター席の隅っこで空のグラスを玩んでいる少年に目をやりながらのツリ目の少年の言に、鼓動が早くなるアカリ。
照れくささと共に、『私、此処に居ても良いんだ』といった某主人公のＴＶ版最終回の様な喜びが込み上げて来る。
だが、現実はそこまで甘くはなかった。
「いや。それもあるだろうが、アイツが贔屓のアイドルの藤○理恵が、ついさっき、ＴＶの記者会見で結婚引退を表明したのが主原因らしい」
サングラスの少年が明かした真相に『ガ～ン！』とばかりにショックを受けるアカリ。
その数分後。彼女が呆然自失状態から復帰し始めた頃、
「ううっ、何でだよ○恵ちゃん。俺が大人になるまで待っててくれるって言ったのに」
「「「言ってないって」」」
涙目でそう洩らした傷心な少年の呟きに、ハモって突っ込む周囲の少年少女達。
まるで、入念に打ち合わせがしてあったかの様な見事なタイミングだった。
「（モグモグ）しっかし、どんなヤツだったんだろうな、今度の使徒娘は」
止めをさされ生ける屍と化した少年を、さり気無く黙殺。
なおも口一杯に料理を頬張りながら、そう呟くツリ目の少年。
その言に、『今度こそ』と期待するも、
「さあな。ど～でもイイだろ、そんな事」
サングラスの少年の心無いセリフに打ちのめさる事に。
居た堪れなくなり、その場を逃げ出すアカリ。
それ故、その後に続いた『相手が相手だ。ど～せ、そのうちイヤでも判るさ』という彼の言葉は、彼女の耳には届かなかった。
ドガッ
「（ベシャ）ぐえっ」
「ん？ どうしたんだよケイタ、いきなり車田風に素ッ転んで」
店から飛び出す途中、とある薄幸そうなソバカス顔の少年を跳ね飛ばしたりもしたが、目の前が真っ暗になっていた所為か、それにも全く気付かなかった。
次に彼女が訪れたのは、整備班の詰所だった。
『ヘ～イ、バ～ン』
やや気の抜ける掛声と共に、癖っ毛の金髪を肩の辺りまで伸ばした娘の左手から熱線砲が放たれる。
ジャンプ一番。それを、お団子頭の少女がかわし、
『水流………』
着地と同時に、腰溜めに構えた両手から、得意の水鉄砲を放つモーションに入る。
だが、それが実際に放たれる前に、鋭いステップインで間合いを詰められ、ジャブの連打を貰う事に。
それによって、彼女がフラフラになった所へ更なる追撃が。
『ヘ～イ、ゴ～！』
大振りな右アッパーが入るのと同時に、コマ落ししたかの様な不自然な動きで、いきなり一本足打法のモーションに。
至近距離からフルスイングされた真紅のグレイブが、そのスレンダーな身体を強襲。
弾き飛ばされ、悲鳴を上げて倒れ伏すお団子頭の娘。そして、
『グッドなファイトだったよ』
そんな金髪娘のセリフと共に、画面中央に『２Ｐ ＷＩＮ』と表示された。
「クッ。ピヨらせた隙を狙って、大パンチキャンセル必殺技だと！
マスオ！ 貴様、このゲームをやり込んでいるな！」
「答える必要は無い！」
敗れた１Ｐ側ウミ使いの憎々しげな負け惜しみのセリフに、お約束な返答を返すイノウエ マスオ。
かくて、整備班の有志によって開発された格闘ゲーム『使徒っ娘ファイト』の第二回大会は、アニタ使いな彼の優勝で幕を閉じた。
ゲームが出来たてホヤホヤだった第一回大会では、サンプリングボイスに気を取られ隙だらけ。
結果、一回戦でボロ負けした事が嘘だったかの様な快挙である。
「ズバリ、勝因は？」
「アニタさんに対する愛です」
ヒーローインタビューに、即席壇上に上がったマスオが、照れくさそうにそう答える。
こういう時、『いや、それは違うだろ』と、突っ込む者が不在なところが、某組織の某組織たる由縁だろうか？
「お～い。新キャラ搭載版の新作『使徒っ娘ファイトⅡ』がロールアウトしたぞ～。早速、バグの洗い出しプレイを頼むわ」
と、その時、イヤな盛り上がりを見せる会場に、更なる狂気をもたらす呼び水となる福音が。
プログラム関係に長けた者が揃った開発班より、新作の試作版が到着した。
砂糖に群がる蟻のごとく、持ち込まれたＳＤＶＤロムを手に取り、それぞれのマイＰＣに。
そんな彼等の背後から、『ゴクリ』と生唾を飲み込みつつ、彼等以上に期待に満ちた目でタイトル画面を凝視するアカリ。
そう。新キャラ搭載という事は、……………あれ？
（私、選択画面に入ってない）
見間違いかと思い、再度確認する。
だがそこには、無常にも６人の使徒娘と、ゲストキャラのレイ＆マユミ（それぞれの使徒能力付き）の顔しか表示されていなかった。
「おお。ついに『マリアちゃん』も参戦か！」
「（フッ）彼女だけじゃないぞ。ウミちゃんのステージでは、『ジェニファーちゃん』もスポット参戦。髪を下ろした水着姿での、人魚一体な鉄砲鮫拳を完全再現したぜ」
「って、特殊ステージ専用技かよ。一体、ドコの不知○舞だよ、そりゃあ？」
嬉しそうにゲームの内容について語る某組織の面々。
だが、そんな彼等の歓声は、アカリにとっては心に突き刺さる刃でしかなかった。
かくて、『脱出困難なハメ技ＬＣＬ化が怖いレイ』や『体力が１/４以下になってからが勝負のラナ』や
『待ちガ○ルならぬ待ちラシィ』といったキャラ達のサンプリングボイスを背に、彼女は再び逃げ出した。
だが、これを某組織の面々の責任とするのは些か酷だろう。
いかな彼等と言えど、会った事も無い使徒娘を先読みしてゲームに盛り込めるほど不条理な存在では無いのだから。
気が付けば、ナデシコクルー達が住む区画を飛び出し、商店街の立ち並ぶ、とある大通りに出ていた。
一時の狂熱が冷め、漸く回りが見え出した事で、疾走していた足が鈍り元のヨチヨチとした動きに。
焦燥感が胸を焦がす。一番良いのは、カヲリの所に戻り、改めて就職の世話をして貰う事なのは判っているが、
個人的感情から彼女の好意を辞して出てきた手前、どうにも顔を合わせ辛い。
「（グ～）お腹空いた」
更に小一時間後。今度は腹の虫までが鳴り出した。
薄々察してはいた事だが、予想以上に、自分の身体はコストパフォーマンスが悪いらしい。
他の姉妹達に比べ。取り分け、その気になれば、飲まず食わずでも２週間は眠り続けられるラナとは大違い。
ぶっちゃけ、胎児の使徒としての特性からか、求められる一日の食事数は、最低でも６回以上。
それも、成人男子並の食事量を採らなければ保たないのだ。
正直、自分でも自分が嫌になってくる。
そんなこんなで、アカリが『これからどうしたら良いんだ？』と胸中で呟いた時、
ドン
考え事をしていた所為か、通りを歩いていた中年男性と正面衝突。
某少年の時と違って勢いが無かった為、質量の関係から小柄な彼女の方が突き飛ばされ、
着込んでいたダンボールハウスから転げ落ちた。
「とと。大丈夫かい、嬢ちゃん？」
転倒したアカリに手を差し伸べる、ぶっきらぼうな口調の男。
それは、珍しく小サッパリとした服装の。彼的には一張羅な背広を着込んだサイゾウだった。
その後、落ち込んでいた所で優しくされて気が緩んだらしく、その胸で号泣し始めたアカリに困惑するも、
アキトよりは世慣れていた事もあって、周囲の不審を買う前に、取り急ぎ知り合いの店に緊急避難。
そして、落ち着つきを取り戻した彼女の口から身の上話を一通り聞くと、
ジュー、ジュー………
『チョッと厨房を借りるぜ』と、知り合いに一言ことわりを入れた後、サイゾウはとある料理の調理を始めた。
「いただきます」
数分後、出来上がったそれを口にするアカリ。
丁度、空腹だった事もあり、願っても無いもてなしだった。
だが、彼女が口にした最初の食事は、酷く臭みのキツイ獣肉の焼肉丼。
ぶっちゃけ、お世辞にも美味とは言い難い物だった。
「どうでぇ嬢ちゃん、ウメエかい？」
食べ難そうにしているアカリに、人の悪い笑顔を浮かべながらそう尋ねるサイゾウ。
無論、彼女としては、返答など出来よう筈が無い。
そんなオロオロする姿を一頻り堪能した後、
「口に合わねえみてえだな。そんじゃ、コッチを食ってみな」
次に出されたのは、良く煮込まれているっぽい牛丼風の丼物だった。
先程の事もあり、恐る恐る一口目を。
「お…美味しい」
後はもう、イッキに頬張るのみだった。
気が付けば、躊躇いも無く御代わりまでしていた。
空腹が満たされ人心地付くと、思わず赤面ものの有様だった。
そんなアカリに、懐かしそうな顔をしたサイゾウが語る。
昔、今の彼女の様に後ろ向きな。ソコソコ良い腕をしているクセに、肝心な部分がスッポリ抜けている弟子が居た事。
ある日、そんな彼に渇を入れるべく、敢えて叩き出した事。
そして、漸く逃げるのを止めたその弟子が、何故か『太陽系の危機を救った英雄』なんて、料理人とは似ても似つかない者になってしまった事などを。
「まったく。一体、ドコで道を踏み外し捲くったんだか、あの馬鹿は」
口では貶しているが、その顔はとても嬉しそうだった。
それも当然だろう。彼の視点で語るのであれば、自分の弟子が、誰にも成し得ない極上の料理を仕上げたのも同然なのだから。
次に、先程の二つの丼物が同じ獣肉を使用した物である事を。
臭みを抜くのが、いかに手間暇の掛かる作業なのかをレクチャーする。
そして、知り合いのそれとは異なる自論を。
最高の素材を揃えるよりも、それぞれの素材の最高を引き出す事こそが料理人の本懐であると語り、
最後に、『自己憐憫なんて臭みを抜いてやりゃ～、嬢ちゃんだって美味い肉になるかもしれないぜ』と、チョッと照れつつも、そんな事を口にして締め括った。
サイゾウの話しを真摯に聞き入り、感動してその場で弟子入りを頼み込むアカリ。
だが、今の彼にはその余裕が無かった。
そう。例の落盤事故の影響から、彼の賄う飯場は緊急財源縮小状態にあった。
今回、この木連へ来たのも、下処理の手間さえ惜しまなければ美味であり、しかも、とても安価で手に入るという、
（輸送費もカヲリ経由の裏ルートなのでタダ同然）彼の地の特産品（？）たる、とある獣肉の仕入の為だったりするのだ。
当然ながら、新たに人を雇うだけの予算は無いし、指導の為の時間も取れそうに無い。
そんな訳で、サイゾウは次善の策を選択。
マーベリック社が例のＣＭと番組を流し初めて以来、某専属ウェイトレスの出勤日が、まちまちになってしまい、
慢性的な人手不足に悩んでいるらしい知り合いに、アカリの面倒を見てくれる様に頼んでみた。
二人揃って不器用故、御世辞にも雄弁とは言えないものの、疑う余地の無い真摯な願い。
その甲斐あってか、雇用関係で以前チョッとトラブルが発生した事もあって、二つ返事にとはいかなかったが、その適正を見て貰える事になった。
>OOSAKI
～ 再び、日々平穏のカウンター席 ～
「………でもって、幸いにも某東○新聞社の女性社員の如く先天的に鋭敏な味覚に恵まれていたらしく、彼女はホウメイさんの課した厳しい採用試験に見事合格。
ラシィちゃんやマリアちゃんとはまた方向性の違ったバックストーリーのもと、
胎児の使徒サンダルフォンこと胎動アカリは、ウェイトレス兼コック見習として日々平穏に就職したのだった」
さ～て、終った終った。さて次回は………
「（ハア～）まだ、前回の伏線の回収さえ終了していませんわよ、提督。寧ろ、此処からが本番ってことね」
とと、そうだった。特に、伸び伸びになっているアクア＝クリムゾンとの会談と今回の使徒戦。
最悪でも、この二点だけは消化しておかんと、今後の展開に致命的な支障が出るところだった。
いや何故か、どんなに尻切れ蜻蛉でも、使徒娘の紹介が済むと、俺の役目は全て終った気になるんだよね。
丁度、プロジェクト○子の大徳寺○子のアップみたいに。我ながら困ったもんだ。
「すまん、すまん。でも、そんなに青筋立てて怒らなくても良いだろ、カヲリ君
とゆ～か、最近カリカリしてるみたいだぞ。何か、嫌な事でもあったのかい？」
「提督がそれを仰いますか？」
ああ。そう言えばそうだな。（苦笑）
「それに、私は怒ってなどいませんわよ。
ええ。会社設立の目的上、これ以上は無意味どころか有害だと言うのに、お爺様と豹堂さんが業務の拡張を止めて下さらなかったり、
鷲爪さんが懇意になさっているらしい複数の女性からの連絡先が、どういう理由からか私の携帯になっていたり、
先のＡ－１７の影響から、とある高級食材の放出品が出たとかで、先の使徒戦の後、サメジマさんが無断欠勤して渡英なさったり、
マーベリック社が獲得した番組内にて、エクセルさんが採算を頭から度外視した商品を扱われたり、
待遇改善を訴える血涙で書かれたかの様なミルクさんの嘆願書が、ここ連日届けられて来たり、
先日などは、サラお姉様とアリサお姉様の連名で『お爺様の老後はヨロシクね（ハート）』などと書かれた、
財産相続権を放棄する宣言書が届いていたりした事なんて、私、少しも気にしていませんわ」
うわ。そこまで追詰められていたんかい、この娘は。どうりで最近は怒りっぽい訳だ。
いずこも同じ。水は低い所へと流れると言うが、好き勝手に生きてる奴等の悪行の皺寄せは、俺達の様な真面目な人間の所に来るものらしい。
と、機せず苦労し撒くっているのは自分だけじゃない事を再確認していた時、厨房からガシャンと何かが割れる音が。
そして、某黒い悪魔の如く、シャカシャカと店内の隅っこに高速移動してゆく謎のダンボール箱。
「こら～、アカリ坊！ ………って、また行方を晦ましたのかい、あの娘は」
一拍遅れて叱責の声が。そして、厨房から辺りをキョロキョロと伺った後、嘆息するホウメイさん。
ううっ。皆、それぞれの苦労があるんじゃのう。（泣）
「ご指摘なさらないんですの？」
「まあな。ああやって逃げてる間は、何を言っても逆効果だし。此処は、もうチョッと長い目で見ようや」
カヲリ君の問いに、取り敢えずそう答えておく。
この辺は、前回の歴史のアキトと同じ理屈である。
ちなみに、部屋の隅っこでガタガタと震えているダンボール箱。
これが、アカリちゃんの使徒としての特殊能力で、困った事に、普通の人間には見えない………
いや、正確には、そこに在ると認識出来なくなるという、某特殊工作員愛用の品と同じ効果を持った物らしい。
正直な話、彼女の前途は、今のところチョッと名前負けな感じである。
まあ、そのうち何とかなるだろう。幸い、その指導しているのはホウメイさんだし。
～ 一時間後。２０１５年、ダークネス秘密基地 ～
昼食を終えた後、アクア＝クリムゾンとの会談が約束されている時刻までの空き時間を利用し、
数日後に迫っている次の使徒戦を前に、トライデント中隊の視察を行なう事にした。
「あと五周！ ラストスパートだ、ペースを上げろ！」
「「「サー・イエス・サー！」」」
Ｍ１６のモデルガンを乱射しながらの大佐の檄が飛び、それに隊員達が大声で応える。
本日の訓練はサーキット・トレーニング。
基地内にある一周200ｍ程のトラックに設置された障害物を。
有刺鉄線の下を匍匐前進したり、高さ2ｍ程のバリケードを乗り越えたりといった、ハードメニューをこなしてゆく。
トップを走るのは、赤木士長とワークマン士長の偵察兵コンビ。
矢張り、この辺の体力勝負には一日の長があるらしい。
これにやや遅れて、薬師一曹、ストラスバーグ三曹、郷谷三曹、塩沢三曹といった体力値の高い隊員達が、先頭集団を形成している。
その後方に他の隊員達が団子状態で続き、最後尾付近に春待三尉の姿が。
総合的な身体能力からいけば部隊のベスト5に入る彼女なのだが、この条件だと流石に苦しい様だ。
何せ、狭い所をすり抜けるには胸が邪魔だし。バリケード越えには背丈が足りないし。
「遅れているぞ、白鳥沢！ もっとピッチを上げんか！」
「サー・イエス・サー！」
最後尾には大佐が陣取り、モタつくビリケツの隊員の背中に向けて、懲罰のＢＢ弾を乱射中。
それを浴びつつ、前を走る鷹村二曹と浅利三曹を必死に追いかけるモヤシを連想させる容貌をした、スキンヘッドの隊員。
って、アレ？ 誰だっけアイツ？ たしか、さっき大佐が白鳥沢と呼んでいた様な。でも、予選落ちした子達の中にも居なかった筈だぞ、そんな名前の子は。
「全員集合！」
と、俺が謎の隊員について詮索している間に障害物競走は終了し、次の訓練メニューに。
格納庫の一角に敷き詰められた畳の上にて、素手の格闘戦を想定した乱取り稽古が始まっていた。
そこからやや離れた場所で別メニューを。ワークマン士長の指導の下、黙々と筋トレに励む件の白鳥沢君。
手の空いた大佐にその素性を聞いた所、２ヶ月程前に、マッハ・バロンことサイトウが拾ってきた怪我人で、
完治後、紆余曲折を経て、紫堂一曹預かりのもと、此処の準隊員に収まったんだそうだ。
動機は、『大切な人を守りたいから』。これは、まあ判る。所謂、王道とも言うべきものだ。
だが、今一つの理由。『少女漫画家志望なので』というのが、俺には全く理解出来ない。
正直言って、おもいっきり矛盾している気がする。
だがまあ、所詮は素人の感想。超一流のパイロットにして現役漫画家でもあるアマノ君という前例もある事だし、敢えてスルーしておく。
ちなみに、『その実力は？』というと、大佐曰く『数十年に一人の逸材』らしい。
実際、一年以上に渡って特殊カリキュラムをこなしているトライデント中隊の子達の訓練に、
たった二ヶ月足らずで、まがりなりにも追いていける様になっているのだから大したものである。
今はまだ、貧弱なボウヤな彼だが、その将来は。半年もあれば、きっと見違えるほど逞しくなってくれる事だろう。
なんとなく『それで良いのか？』という気もするが、訓練中の彼の姿を見れば、生半可な覚悟でないのは疑う余地がない。
大佐や隊員達に不満が無いのであれば、特に問題はない………と、思う。
「おりゃ！（ドスン）」
俺がそんな事をつらつら考えている間にも訓練は続行中。
この訓練でも、赤木士長が頭一つ飛びぬけた実力を発揮し、向かってくる他の隊員達を次々に手玉に取っている。
流石、ナオ仕込みの格闘技術は伊達ではないらしい。
うん？ そう言えば………
「カヲリ君、赤木士長と戦って勝つ自信はあるかい？」
「勿論ですわ。こう見えても私、あの方より実戦経験が豊富でしてよ」
そりゃ結構。実際、俺の目から見ても、まだまだ常人レベルの実力。
チョッと調子に乗っているっぽい彼に、自分が井の中の蛙である事を教える為に。
溜まりに溜まっている彼女のストレス解消を兼ねて、一つ、揉んでやって貰うとしよう。
その旨を大佐に打診したところ、二つ返事でＯＫが出た。
かくて数分後。霧島三曹の予備の訓練着を着込んだカヲリが乱取りの場へ。
「それでは、お願い致します」
彼女の優雅な挨拶に、困惑の色を隠せない隊員達。
無理もない。何せ、外見的には、この手の荒事とは無縁の人生を歩んでいる様にしか見えない娘だからな。
そんな彼等を代表し、赤木士長が場違いを諭そうと、
「おいおい。冗談は無しにしようや、お嬢ちゃん。
そのキレイな顔が傷ついても知らないぜ。特に、俺は手加減なんて出来ない男（ドスン）おごっ！」
そんな口上中、綺麗に投げ飛ばされた。（笑）
チッ、チッ、チッと振っていた右手を掴まれグイと引っぱり、態勢が崩れたところで軸足を払らっての。柔道で言えば、出足払いに近いものだろうか？
一つ、後で技名でも聞いてみるとしよう。
とか何とか言ってる間に、圧倒的な実力差がある事を悟った春待三尉が場を仕切り、訓練方式を変更。
スポンサーの孫娘を相手に総力戦（袋叩き）をやるのは流石に拙いと判断したらく、一人ずつ順番にぶつかっていく形に。
格ゲーで言えば、勝ち抜き戦モードに突入した。
「えい。（バタン）」
「やっ。（ドタン）」
だが、１７対１の。途中で、ワークマン士長と白鳥沢君が加わっての１９対１の体制にも関わらず、カヲリ君の体力ゲージは満タンのまま。
それも、相手に先手を取らせる横綱相撲で、これを圧倒中。
打ち込まれた拳や蹴りを掴み、面白い様にポンポンと投げ捲くるその姿は、初心者イジメに勤しむパ○・チェン使いといった感じである。
うん？ まてよ。
「なあ。これって乱入プレイ（対ＣＯＭ戦をやっている所へ割り込む事）なのかな？
それとも接待プレイ（所謂、接待ゴルフのゲーム版）と言うべきなのかな？ 君はどう思うね？」
「知るか～！」
ふと疑問に思った事を、真っ先に脱落して隅っこで屍と化していた鷹村二曹に聞いてみたが、返って来た返答はつれないものだった。
まあ、良いか。初期の目的は果しているみたいだし。
とゆ～か、出来れば死人だけは出さんでくれよ、カヲリ君。（笑）
～ 二時間後。テシニアン島、アクア＝クリムゾンの別荘 ～
あれから小一時間後。自信を喪失した赤木士長が、『此処は誰？ 俺は何所？』と、イイ感じに現実逃避などを始めたりもしたが、
取り敢えず、大した怪我を負う者も無く訓練は終了。
その足で、２１９９年の地球のネルガル本社へ。
そこで借りた高速ジェットに乗り込んで飛ぶこと約一時間後、テシニアン島に到着。
かくて、本日のメインイベント、アクア＝クリムゾンとの会談に臨んだ。
ちなみに、泣いて縋る俺を置き去りに、『そろそろ、お爺様の朝食を作らなくては』と、棒読み口調な口実を言い残して、カヲリ君は帰ってしまっている。
おまけに、向こうの指定条件から、ネルガルの関係者は参加不可。
従って、プロスさんやエリナ女史に助っ人を頼む事も出来ない。
そして、この手の事に関しては、ナカザトは足手纏い以外の何者でもないので置いてきてある。
正に孤立無援な状態。それでも逃げる訳にはいかない。
そう。前に進み続ける事だけが、俺に出来る唯一の戦いなのだ。
ガチャ
己を鼓舞しつつ、チャイムを鳴らした後、別荘のドアを開ける。
だが、そんな覚悟を決めての突入も、予想外の口撃によって腰砕けに。
「はじめまして、オオサキ提督。
（クスッ）ジェット機なんて無粋な物でいらっしゃったので、どうしたのかと思っていましが、今日はカヲリさんが一緒では無いんですね」
微笑みながら出迎えてくれたアクア＝クリムゾンの、この一言。これは正にクリティカルだった。
今回は、何故か旧ナ○ス親衛隊の制服姿というブッ飛んだ格好さえ気にならない先制パンチだった。
「オオサキ提督………いえ。此処は矢張り、タオと呼ばせて下さいませ。
長旅で御疲れでしょう。今、お茶を入れますね」
フラフラな俺をリビングの案内した後、彼女はそんな止めの一言を言い残してキッチンへ消えた。
それを合図に、どっかりとソファーの上にダウンする。
タ…タオって。まさか、ゴート以外の口からその名で呼ばれる日が来ようとは。
いや。この際、そんな事は……………大問題だが後回しだ。
今、一番重要なのはジャンプの事。
嗚呼、折角手間暇かけて通常手段（？）で来訪してきたのに、何故にカヲリ君の事がバレているんだ！
いや、落ち着け俺！ アレは、タダのハッタリかも。
乗せられて、自分からゲロったりしたら目も当てられん。
そう。此処は薮蛇を避けるべく、自分はなるべく喋らずに、彼女に喋らせる方向で。
そうやって、相手の出方を見るしかない。
グルグルと混乱する思考の中、どうにか、そんな基本方針を決定する。
すると、それを待っていたかの様なタイミングで紅茶とスコーンを載せたトレーを持ったアクア＝クリムゾンが到着。
まずは、約束していた会見が遅れた事の謝罪といった型通りのやりとりをしておく。
良い意味で前評判を裏切り、彼女は極一般的な対応でそれを受け入れてくれた。
だが、俺が油断した瞬間を狙うかの様なタイミングで、
「それで、既に三日後に迫ったマトリエル戦の準備は万全ですか？」
と、紅茶を一口した後、再び爆弾発言を。
こうなると流石に悟らざるを得ない。すべてがバレているのだと。
「ＯＫ。そちらの要求を聞こうか？」
開き直って、単刀直入にそう尋ねる。
すると、彼女は『話が早い』と言わんばかりな表情で微笑んだ後、スッと左手の甲を差し出してきた。
そこには、澄み切った青色をしたレンズ状の水晶の装飾品がピッタリと装着されていた。
「忠誠を誓うキスでもせよと？」
「……………違うわよ。ってゆ～か、聞いてないの、私の事？」
呆れ顔となり、やや砕けた口調でそう尋ねてくるアクア＝クリムゾン。
どうやら、此方の方が素であるらしい。
そして、そのままの調子で、
「それでは改めて自己紹介を。
私はアクア。アリシア人のメンターより、レンズを託された者の一人よ」
「はい？」
「ちなみに、クリムゾンの姓は、一週間ばかり前に捨てちゃってあるから大丈夫。
とゆ～ワケで、たった今からタオの同盟者よ。親しみを込めて、アクアって呼んでね（ハート）」
そう言ってウィンクして見せる、アクア………君？
いや、この際、呼び名なんてどうでも良い。困惑しつつも、前後の事情を尋ねる。
先のゴートとの会話から、この娘がパラノイヤなのは知っていたが、素の彼女の話は難解を極めた。
だが、立場上、丸投げなど許されない。根気強く話を聞き続け、その内容を推察する。
その過程で、信じ難い事実が幾つも浮かび上がってきた。
まず、最初に驚いたのが、アリシア人の実態。
呆れた事に、アークの上役の様な良識派の方が稀有な存在らしいのだ。
その根拠は、彼女の話を総合するに、２６世紀まで歴史が進んだ平行世界の管理人もまた、アークみたいな性格だったからである。
具体的に言うと、向こうのアリシア人も裏技を使用。
フォースの暗黒面（？）に落ちたらしい邪悪な第三階梯の宇宙人『ボスコーン』の襲撃を受けた地球人を救うという大義名分の下、精神種族への進化を促す為の補助具を。
『レンズ』と呼ばれる物を、見所のありそうな者を選んで大量にバラ撒いたんだそうだ。
無論、これは俺の偏見が入った推論だ。アークという名のフィルターが掛かっているのも確かだろう。
だが、その荒業によって、僅か百年足らずで第三階梯の地球人が誕生。
結果、向こうのアリシア人は晴れて卒業となったのだから、些かあざといと言わざるを得まい。
しかも、かのアリシア人の行なったそれは、此方にも重大な余波が。
他の平行次元への影響力という形で、この２１９９年の世界に悪影響を及ぼしていた。
具体的に言うと、このままではどう転んでも太陽系は破局へ。
アキト奪還の成否に関係なく、自滅の道へと繋がる明日無き大戦争に突入する事になるらしい。
そこで、その悲劇を回避する為に。今、アキトがやっているらしい平行世界の修復作業を、この世界で行なうエージェントに選ばれたのが、アクア君と言う訳である。
彼女が選ばれた理由というのが、また奮っている。
何でも、とある経緯からゴートと無理心中をしようとしていたところ、なんとこれが九分通り成功。
恙無く黄泉路へと旅立とうとしていたその途中で、この世界にきたばかりだった件のアリシア人と接触。
『都合良く、力を持った魂が目の前（？）に漂ってきた』といった流れでスカウトされたらしいのだ。
まったくもって、ふざけた話である。
この事実を知った時、つい『是非とも初志貫徹して欲しかった』と痛切に思ってしまった俺を、一体誰に責められよう。
…………まあ、本当に死なれていたら、それなりに寝覚めが悪かっただろうけど。あんなんでも、一応、仲間だし。
ともあれ、漸くアークが片付いたばかりだというのに、今度はこの娘の面倒を見なけりゃならんらしい。
何せ、説明の最後に『此処まで話してしまった以上、もう他人じゃないわよね（ハート）』と、止めを刺されててしまった。
ううっ、聞くんじゃなかった。いっそ、恥も外聞も捨てて知らん振りしとけば良かった。（泣）
「それで、これから君はどうするつもりなんだい？」
とは言え、彼女の言では無いが、知ってしまった以上は協力しない訳にもいかない。
恐る恐る、俺は今後の方針を尋ねた。
だが、返って来た答えは、
「まだ秘密よ」
「俺に何をさせるつもりなんだい？」
「まだ秘密よ」
「せめて、具体的な行動を起す予定日だけでも教えてくれないか？」
「まだ秘密よ」
「……………ＯＫ。よ～するに、俺が断れない状況になるまで話す気は無いってことだな」
「その通りよ」
って、こんなところでＪＯＪＯネタかい！
もっとも、答える気が無いのも確かみたいだが。
諦観と共に、今、アクア君が求めているだろう質問を。
「それで、当座の要求は？」
「えっと。差し当たっての下準備を大神官ゴート様に協力して貰える様、タオの方で手を回して欲しいんだけど」
これが当たりだったらしく、おねだりをする幼児の様な仕種で、そんな事を言ってきた。
「やっぱり駄目？」
上目使いに、再度そう尋ねてくるアクア君。
思わず『Ｏｋ、ＯＫ、ＯＫ』と反射的に言いかける。
だが、運良く、その前にハタと気付く。
そう。なんだかんだで、ゴートが持っている異能力とやらは、悪用すれば極めて剣呑なものなのだ。
少なくとも、真意すら明らかにしていない相手に預ける訳はいかない。
「君の目的はなんだい？」
言外に、はぐらかすのであれば要求を却下するという意図を込めつつそう尋ねる。
一瞬、驚いた顔になるアクア君。だが、すぐに嬉しそうに微笑みながら、
「う～ん。一言で言えば、美しく死ぬ事かな」
彼女は、そんなサイコな答えを返してきた。
「えらく殺伐とした理由だな」
「そうかな？ 未練たらたらなまま死ぬより、ずっと良いと思うんだけど」
前言撤回。どうやら彼女、サイコを装っているだけで、中身は思ったよりまともらしい。
少なくとも、請け負った使命を果すまでは、何があっても死ぬ気は無い。
先程のそれは、おちゃらけた口調ながらも、言外にそう感じさせるだけの気迫を纏った一言だった。
「それで、その未練とやらを無くす為に、君は何を求めるんだい？」
「特に何も。とゆ～か、その『何か』が欲しいから、こんな厄介事を引き受けたと言っておきましょうか」
自分の生きた証か。
しかも、手段を通してそれを得ようなんて。ある意味、究極の我侭だな。
だが、悪くない答えだ。
特に動機が単純なものである点が良い。
それが単純であればあるほど、実際の行動に迷いが出ない。
ぶっちゃけ、家庭の事情から性格が捻じ曲がっているだけで、根はウチの女傑達と同じ資質な娘の様だ。
「判った。対外的には、君がクリムゾンを離れて保護を求めてきた事に。
ゴートは、ボディガードとして出向という形を取ろう」
かくて、『一応』彼女を信用する事にした俺は、その求めに応じた。
毒を持って制す。何故か知らんが、アクア君が絶大な信頼を寄せているっぽいゴートが、
彼女を拠り良い方向へと導いてくれるという、一縷の望みを託して。
まあ、宝くじよりは期待しても良いだろう。
少なくとも、壊れる前のゴートは、それなりに良識人だったし。
～ 午後７時。アクア＝クリムゾン改めアクア＝マリン（母方の旧姓）の屋敷 ～
帰りたい、あの場所に。取り戻したい、勇気ある誓いを………
って、現実逃避している場合じゃない。リアルで現在進行形な大ピンチだ。
「どうしたのかしら、タオ？ 食が進んでいないみたいだけど」
ニコニコしながら、再度、自身の手作りの夕食を勧めてくるアクア君。
実は、あの会談の後、相互理解を深める為の情報交換を。
『（ハア～）呆れた。思考波の事すらマトモに知らないのに、第二段階レンズマン（レンズ無しでも能力を使用出来る強力なレンズマン）が、
生涯かけて磨き上げ、一つだけ身に付けられれるか否かという秘術を幾つも使えるなんて。ホント、貴方という人は規格外品なのね』
『って、俺は生体兵器のなれの果てかよ！』
『あら。あれは光○者にしてみれば標準装備でしょ？』
といった感じに、今は亡きアークのヤツが、いかに重要な情報を隠匿していたが良く判るレクチャーを受け続けた約二時間後。
話の流れから、何と無く夕食まで御馳走になる事になったのだが、そんな考え無しな選択をした３０分程前の自分を、後ろから殴りつけたい気持で一杯だ。
メニューは問題ない。エビフライ、オムレツ、クリームシチューといった家庭料理だ。
味も問題ない。そこらの洋食屋よりも上な出来らしい。
そう、『らしい』だ。実際に口にする訳にはいかない。
何しろ、俺の前に出された方の皿には、強力な睡眠薬が。
『アフリカ象でも一口でコロリ』なヤツが入っているのだ。
物が物だけに、身体能力を上げて解毒能力を高めたくらいでは到底対応出来ない。
だが、目の前の少女は、アキトの前に自身の手料理を差し出す某三巨頭のごとく、『食べない』という選択肢を削除する只ならぬオーラを漂わせている。
嗚呼、どうすれバインダー！………じゃなくて、どうすれば良いんだ～！
機せず、在りし日のアキトの心境を追体験しつつ、必死に打開策を摸索する。
カヲリ君にＳＯＳを。………駄目だ。ここ周辺のテレパス通信は、目の前の少女がブロックしている。
宗教上の理由で。…………駄目だ。さっき『好き嫌いは無い』って、言っちまった。
実はダイエット中。…………駄目だ。言わないよりはマシかも知れんが、説得力が無さ過ぎだ。
「なるほど。アナライズで料理の成分を調べたのね」
と、此処でタイムリミット。
此方の手の内を見透かしたらしいアクア君が、ごく一般的な恋愛遍歴しか持たない俺には理解不能な。
正直、もう一生もののトラウマ間違いなしな、あの唐突な一言を口にした。
「仕方ないな～。それじゃ単刀直入に。しましようか、子作りを」
…………
………
…
思考が再起動を果した時には、既に押し倒されてＹシャツのボタンが外されている所だった。
「って、チョッと待って！ 何故そこで、風○家の御嬢さんの様なセリフが出てくるんだ！」
その手を払いながら、真意を問い質す。
「う～ん、理由は大体同じかな？
違うのは、実家は全然関係なくて、私が個人的に欲しいだけ」
「だから何故！？」
「だって、レンズマン同士の間には、優れたレンズマンが産まれる可能性が高いんだもん」
な…なるほど。そう言えば、某第二段階レンズマンと元女医なレンズマン（何故か、女性取得者でもこう呼ぶらしい）との間に産まれた子供が、地球人初の第三階梯到達者。
しかも、『生まれながらに両親より高位のレンズマンだった』つう、某サ○ヤ人みたいな話だったな。
って、拙いぞコレは。これじゃマジに、生涯魔法回数が八回の某少年と同じ立場じゃないか。
「必ずしもそうとは限らないだろう？
もし違っていたら？ 普通の子供だったら、里子にでも出す気なのかい？
そんな愛の無い事で、産まれてくる子供が幸せになれると思っているのかい？」
「あら。『無能と思われていた子に、実は凄い才能が』と言うのが、最近の傾向でしょ？
それに、仮に普通の子だったとしても全く構わないのよ。私は、自分の子供が欲しいだけなんだから」
畜生、ま○らほ系二次ＳＳ定番の説得がスベっちまった。
しかも、それに見せかけて、中身は惣流＝キョウコ＝ツエッペリン系かよ。
もう手の付け様が無いぜ、これは。
「ひょっとして、女性がダメな人だったの？ それなら精子だけで我慢するけど」
……………説得は諦めた方が良さそうだな。
「ふん」
諦観と共に、フェミ二スト精神を一時棚上げ。
押し倒された体制から、巴投げの要領で彼女を投げ飛ばす。
『キャ』と短い悲鳴を上げつつ、背中から床に叩き付けられるアクア君。
その隙に、俺は逃亡体制に。些か心が痛むが相手が相手、これはもう致し方ない。
それに、たとえ受け身の取り方さえ知らない身でも、左手に輝くレンズは伊達じゃない。
ジリリリリリリ～ン
「ケンちゃん、提督の身柄を拘束して！」
次の瞬間には起き上がると、元気一杯追撃の指示を。
そう。自力で能力の制御をしなけりゃならん俺と違って、補助具であるレンズを持つアクア君は、身体強化が常時接続でなされているのだ。
だが、俺とてそれを黙ってみていた訳じゃない。
自慢じゃないが、手間暇が掛かる分、操れる能力の最大値はコッチが上。
彼女が非常ベルを鳴らすよりも前に、既にその視界からトンズラ済みだ。
と、言ってる間に乗ってきた機体の留めてある場所に………って、ジェット機が無え！
畜生、そこまでやるか！ 良いだろう。こうなったら徹底抗戦だ。どんな手を使ってでも、絶対に逃げ切っちゃる。
決意も新たに、次善の策を摸索する。
取り敢えず、此処はアクア君のテリトリー。この島から出ない事には話にならない。
生憎、こういう事態は想定していなかったので、今や敵地となった此処の地形の把握は出来ていないが、さして大きな島じゃ無かった筈。
まっすぐ歩いて行けば、遠からず海岸線まで出るだろう。
そんな目算の下、適当な方向に向かって、道無き道を１０分ほど走破する。
だが、これが甘かった。何故か、目の前に高さ50ｍ程の、切り立った岩壁が現れたのだ。
己の運の無さに頭を抱える。嗚呼、まさか自分が、こんなベタな展開をリアルでやる事になろうとは。
迂回、若しくは反対方向に転進………いや、駄目だ。追ってと鉢合わせる可能性が高過ぎる。
え～い、仕方ない。常識を一時棚上げして、このまま直進するとしよう。
かくて、ノー・ロープのロック・クライミングに挑戦。
両手の握力を限界まで引き上げ、取っ掛かりの少ない岩肌を無理やり掴んで頂上を目指す。
正直、思っていた以上にキツイ。半分も登らない内に手が痺れてきた。
しかも、平行して能力の制御も行なわなくてはならない。
アークが居れば、ソッチは任せる事も出来るのだが、居ない者をアテにしても仕方ない。
否、寧ろ居なくて幸いだ。この状況でヤツが居たら、もう最悪。きっと、当然の様に俺の敵に回っていただろうし。
え～い。此処は一発、イメージング力を高める為に。イエイエイイエイ、ワオ～！
「ビ～ルの～、谷間の………」
バン、バン、バン
歌い出したところへ響き渡る、３連バーストの銃声。
ああもう。こういう時は、スカしたフランス語風な発音で『スパイ○―マン』と、合いの手が入るタイミングを狙うのが作法ってもんだろうに。
これだから雅を知らないヤツは困るんだ。
とゆ～か、警告も無く撃つか普通。
しかも、チョッとズレていたら後頭部にヒットして一巻の終りなコースへ。
今、頬っぺたに着弾の衝撃が伝わってきたぞ、マジで。
畜生、たしかケンちゃんとか言ったか、アクア君が私的に雇ったとかいう、あの如何にも諜報部崩れっぽい若造は。
このカリは、いずれ絶対に返すぞ。つ～ワケで、クロックア～ップ！
ピタッ
かくて、俺の胸中での掛声に合わせ、世界は静止した。
正確には、千分の一位の速さでゆっくりと流れているのだが、体感的にはそんな感じだ。
その間に、戦略的撤退を。全力で、頂上へと向かう。
些か情けない能力の使い方だと思われる向きもあるかも知れないが、これはもう仕方がない。
だって、只の的なんだもん、今の俺の体勢って。
そんなこんなで、ＳＰの大部分を注ぎ込みつつ岩壁を制覇。
その先に広がっていた、これまたお約束な。土曜サ○ペンス辺りで、最後に犯人が飛び降りる様な感じの断崖絶壁からダイビングを敢行。
そのまま、１０海里程。アクア君のジャミングが切れる海域まで泳いだところで、カヲリ君にＳＯＳを。
丁度、２間目の授業が終ったばかりだった彼女に、平穏が約束されている麗しの我が家まで送って貰った。
ちなみに、この荒行の代償に、全身が極度の筋肉痛に。
使徒戦直前までの数日を、フィリス君に看護されつつ、ベットの上で過ごす事になった。
矢張り、アクションヒーローというヤツには年齢制限があるらしい。
にしても、チョッとイタ過ぎだぞ、あの恋愛フラグは。そりゃもう色んな意味で。
とゆ～か、この歳で貞操を狙われる事になろうとは。非攻略対象キャラじゃなかったんだなあ、俺って。