>SYSOP

   〜 同時刻。日々平穏、ロサ・カニーナ支店 〜

予期せぬ形での名酒達との邂逅に浮れたシュン提督が、ルリに対する評価を天井知らずなまでに上げていた頃、
彼女のプレゼントを貰ったもう一人の人物はと言えば、

「(ハア〜)」

先の『MW』における己の指揮能力についての詳細な分析結果と共に最後の結びの部分に63点と書かれた考課表と、
それに同封されていた一枚のペアチケットを前に黄昏ていた。

「ん? どうしたんですか、姐さん?」

戦勝パーティにも関わらず不景気な顔をしたリーダーの姿を不審に思った。
外見こそ大きく変わってしまったものの、中身は今も参謀タイプな朝月二曹が、如才なく異変に気付き声を掛ける。
その誰何に、赤面しつつおもいっきり動揺。珍しく全く要領の得ない返答をする春待三尉。
その内容を吟味した所、

「要するに、あのお姫様から及第点を貰うと共に、実家の方に御招待を受けた訳ですか。
 良かったじゃないですか。故人曰く『将を射んとすれば先ず馬を射よ』と………」

「ち…違うわよ! ほ…ほら、デズ○ーランドに一日フリーパス券ってのがあるでしょ? アレのピースランド版みたいな物を貰っただけよ!」

故人曰く『恋は人を強くする。されど、時に臆病にもする』と言った所か。
あたふたと慌てる春待三尉を前に、そう胸中で呟きつつ溜息を吐く。

確かに、この券があれば、観光地でもある彼の地での遊戯施設も乗り放題だろう。
だが、そんな特権は只のオマケに過ぎない。
あのお姫様の住まうピースランド城内へもフリーパスで入れるチケット。
これが意味するモノなど、自分でさえ判る程度の事だ。
まあ、『判りたくない』という姐さんの心情も理解出来なくは無いのだが………多分、無駄な抵抗だし。

「へ〜ぇ、遊園地の乗り放題か。  良いなあソレ。やっぱハーリーのヤツと行くんッスか、姐さん?」

前言撤回。判らないヤツには判らない。 裏が見えない者の目には、只の観光地で遊べるペアチケットとしか映らない様だ。
ヘラヘラ笑いながら能天気に。トレードマークであるサングラス越しに、チョッと羨ましそうにチケットを見詰める赤木士長を前に、別の意味で諦観が胸を去来する。
あの運命の日より一度として手入れを欠かした事のない自慢のアフロヘアも、チョッピリ萎びている気がする。

そんな自虐中の朝月二曹に止めを刺すかの様に、

「あっ。ダメじゃん、コレ。  確かあそこの絶叫系って、身長制限が140p以上だったもん」

「ってコトは二人共乗れね〜のか。じゃあ、確かに意味ね〜な」

この手の事には無駄に博識な中原三曹と鷹村二曹までが的外れな。
しかも、姐さんの逆鱗に触れる事を。

「失礼ね! 私の身長は145pだって何時も言ってるでしょ! 乗ろうと思えば大手を振ってチャンと乗れるわよ!」

「「「またまた〜」」」

「そのネタは止めましょうや、いい加減。
 そりゃあ、コンプレックスネタは繰り返すのが基本ですが、姐さんの場合はその………」

「そうそう。克服される見通しがゼロって言うか、そういうのがデフォルトな種族っぽいって言うか、その。ほら、ちっちゃい事自体がチャームポイントだし」

「……………(ビュン)一応、可愛い部下だからね。
 次の使徒戦も控えている事だし、大負けに負けて半殺しで勘弁してあげるわ。
 でもね。ダイとマサト、アンタ等はソレじゃ済まさない。9/10は殺す!』

右手に持った得物の素振りで風を切りつつ告げられたその宣告を聞いた瞬間、彼女の説得を諦める。
そして、外見に似ず実は白兵戦技能も高い。
おまけに、極細の警棒としても使用可能な特殊合金製の。時田博士謹製の指揮棒を常備している様な相手に、徒手空拳のまま喧嘩を売った馬鹿共の冥福を暫し祈った後、

「「「ぎゃあああ〜〜〜っ!!」」」

故人曰く『君子危うきに近寄らず』
突如響き渡ったそれまでとは別種の喧騒に背を向けつつ、朝月二曹はこの件に関しては知らぬ存ぜぬに徹する事を決意した。



そして、その頃、もう一人の当事者はと言えば、

   ブラ〜ン ブラ〜ン

純粋な春待三尉の技量を見る為に、彼女に助勢出来ない様、ルリによって隔離状態にされた挙句そのまま忘れされられていた所為で、
とある物置の一角にて、蓑虫状態で吊るされたのまま意識不明に。何気に死線を彷徨っていた。
そう。某パイロットと並んで不死身の名を欲しいままにしているハーリー君も所詮は人の子。
流石の彼も、食物はおろか水分すら摂取出来ない状態に陥った場合は、常人同様、72時間がデットラインだったのだ。
てゆ〜か、コレまで克服されたら人間失格?



   〜  同時刻。ネルフ本部、社員食堂  〜

唐突に始まり深夜にまで及んだ。何気にラミエル戦に匹敵する長時間に渡る使徒戦も勝利によって幕を閉じた。
それを祝って、8時間以上に渡る『本部自爆?』の緊張感に耐え抜いた猛者達。
主に整備班の面々を中心としたメンバーによって、ささやかな祝勝会が開かれていた。
とは言え、今回はエヴァを使用しての戦闘ではなかった為、イマイチ達成感が薄かった事もあって、
話の話題は、自然と使徒戦というよりも純粋に娯楽映画として観た『MIGIクエスト 〜そして伝説へ〜』の評価となってゆき、

「よ〜よ〜サイト〜。(ヒック)ネルフ整備班が誇るヤングマスターの目から見て(ヒック)ゲーム補正付きのサードの戦闘力はど〜よ。(ヒック)アレにも勝てっか?」

と、既に出来上がっていた岩田ノリクニの何気ない一言を切欠に急展開に。

(何時もながら、あっている様で微妙にあっていない言い回しやのう。
 まあ良いわ。それで、実際のトコ、ドウなんや斎藤?
 正味の話、アレはもう、トウシロのわしらには判らん領域。具体的に言うてくれへんか)

「そうだな。特にラストダンジョンでの、あの筋肉ダルマをタコ殴りにしてるアレ。
 俺等には、凄い速さで左右のラッシュを叩き込んでるって事しか判らなかったし」

彼に続いて、住吉ダイマルと渡辺トオルにも話しを振られる。
立場上、あまり目立つ事はしたくないのだが、どうやら答えない訳にはいかない状況の様だ。
先日も、こういう先輩達の悪ノリによってシンジと相対する事になったばかり。
それ故、サイトウは慎重に。暫しの沈思黙考の末、出来るだけ言葉を選びながら、

「あの時、サードはまず右のローキックをあの覆面男の右膝へ。
 打撃を目的としたものではなく、柔道の小内駆りに近い掃腿を放ちました。
 それによって、バランスを崩した相手の水月へ、半ばカウンターになる形で右ストレートを入れ、身体がくの字に曲がり顎が上がった所へ、左のロングアッパーを。
 この時点で、多分、覆面男の意識はトンでいたでしょうね。
 後は、相手が棒立ちとなった所への、左右の連打が28発。渡辺先輩の評した通り、懐に潜り込んでのタコ殴りです」

と、客観的事実のみの解説に徹した。
だが、酔っ払いにはそんな論理など通じず、

「いや〜(ヒック)確かに具体的だけどよ〜、俺等が聞きたいのは(ヒック)お前がアレを見てど〜思ったかよ。
 ほれ、早く言え。ハリー、ハリー、ハリー!」

ヘッドロックをかましながら、岩田がサイトウを急き立てる。
何故かコレが、宝くじ並の確立でキレイに決まり、どこかの王者の技を操るプリンセスがパ○たんに仕掛けたソレの如く、
『私に命を捧げてね』とばかりに、容赦なく脳に直接ダメージを与えてくる。
絶体絶命のピンチ。それも、師匠に知られたら『常在戦場。油断するからだ、この未熟者』とドヤしつけられそうな大失態だ。
嗚呼、気が遠くなってきた。
そうだ。確か、以前、ピンク髪にインストラクターに見せられた参考資料の中に、こういう場合の定形のセリフがあった様な………

「あ…青い果実ってのは、どうしてああも美味しそうなんでしょうねえ」

   シ〜ン

一瞬、それまでの喧騒が嘘だったかの様に静まり返る食堂内。そして、

「お〜い。誰か、コイツに抱かせる石ィ持ってこい」

「いや、コンクリ積めにして、芦ノ湖に沈めちゃれ」

蜂の巣を突いたかの様な大騒ぎに。

「し…失言でした。勘弁して下さ〜い!」

酔った勢いもあって暴徒と化した同僚達から逃げ回りつつ、ふと、これが自分の運命なのでは。
あの取り返しのつかない罪業を少しでもあがなう為にこの地に来たと言うのに、何の成長もない。
こうやって、調子に乗っては失敗を重ねる人生が続くんじゃないのか?
前回に(第12話参照)引き続いての失言による失態に、なんとなくそんな気がしてきてチョっと鬱になるサイトウだった。



   〜  数時間後。芍薬103号室、日暮家 〜

例のイザコザに巻き込まれてから三日目となる土曜日の夜。
某広域暴力団の壊滅という形にて、一連のゴタゴタは漸く片が付いた。
無論、これはラナ一人の力ではない。
あまりに事が大きくなり過ぎた為、カヲリが強攻策に。
『後腐れの無い様に。それでいて、死傷者を出さない様に』という無茶な要求を可能とする稀有な実力の持ち主、ヤガミ ナオに助っ人を頼んだ御蔭である。
実際、チョッとばかり過激な方法ではあったが、上記の条件を総て満たし、ナオは彼女の依頼を完遂した。
任せて安心、プロのお仕事である。

そんなこんなで、これでもう安心なのだが………

(俺、結局は足手纏いだったなあ〜)

日常に戻ると同時に、ケンスケの胸に虚無感が去来した。
そう。確かに、ケリを付けたのはナオではあるが、それは事が大きくなり過ぎたから。
今思えば、北斗先生の言ではないが、彼女一人だったら自分で解決出来たかもしれない。
何せ、あの程度の追っ手を振り切るなど、ラナにとっては造作も無い事。
自分が味方面してのこのこと付いていったからこそ、無駄に戦闘を強いられる結果となったのだ。
正に足手纏い以外の何者でも無いだろう。

「あら。今日は上がって行かないの?」

何故かいまだにダークモードのままのラナが、そんな事を。
どうにか笑顔をらしきものを浮かべつつ謝辞したが、それが限界。内心、その気遣いに更に落ち込んだ。
だが、真に最悪だったのは、それに続いた彼女のセリフだった。

「こう見えても、私、貴方には結構感謝しているつもりだったんだけど。ひょっとして判り難かった?」

「いや。君の好意は寧ろ判り易い方だと思うよ。
 何せ、相手によって明らかに態度が変わるからね。只、今回は俺、単に迷惑を掛けただけ………」

「やっぱり判ってないじゃない」

ケンスケの繰言をブスっとした声で遮る。
そして、尚も言を重ね様とするその言を封じる様に。
一転、蕩ける様な魅惑的な笑みを浮かべると、ラナは彼の顎先を右人差し指でゆっくりと撫でながら、『私と遊ばない?』と、そっと囁いた。

「なっ、なっ、なっ、なっ………」

ドモリ捲くるケンスケ。 そんな彼を前に、いかにも『仕方ないわね』と言わんばかりな微笑みを浮かべると、

「これは今回のお礼よ。貴方が据え膳に手を出せる度胸が付いたら、続きをしましょうね。(チュッ)」

ラナは、そっと。可憐な華を愛でるかの様に優しく彼の唇を奪った。

「……………えっ?」

ケンスケが我に返った時には、総てが終った後だった。
既にラナは目の前には居ない。
ドアの向こう側へ。自室の万年床にて、とっくに寝息を立てている頃だろう。
そう、今なら何となくだが判る。
以前にもあった。何かの折に、通常モードのまま語られた………



『………んじゃ〜、私と〜、シテみない?』

『はい?』

『ただし〜、遊びだと〜、割切ってね〜。
 本気になるのは〜、駄目よ〜。私は〜、子供が〜、産めないから〜』

『………(ハア〜)ああ、はいはい。君が、も〜チョッと大人になったら考えるね』



趣味の悪いの冗談だと思っていたアレは、実は結構本気のセリフ。
そして、今回は注文通りにアダルトな美女チックに。かなり露骨に誘われていたのだと。

「げえっ。俺って格好悪い」

思わずそう毒付く。
ラナの言う通り、このお誘いに乗る度胸は自分には無い。
せめて今回の件で、彼女の窮地を華麗に救った形であればまた話は別だったかも知れないが、コレは違う。
こんな捨て鉢になってる不良少女の心の隙を突く様なフラグなんて願い下げだ。
どうせその手の展開なのであれば………

「(ハア〜)まさか熱血教師の真似事をする日が来ようとはね。
 おまけに、グレかたの方向性が個性的だからな〜、彼女は」

取り敢えず、過去の資料の再検討を。
ラナが抱えているであろうコンプレックスの洗い出しから始めよう。

と、辣腕の諜報員ぽっく、胸中で今後の方針を検討するケンスケだった。
だが、そんな彼の内面世界とは真逆に、口元はだらしなく緩んでおり発する空気もまたピンク色と、その外観は、まるで妄想中の某煩悩魔神の様だった。

いやだって、何気にファーストキスだったし、目の前に人参をぶら下げられた格好だし。
うん、青春よね〜。



   〜  数時間後。2199年のテシニアン島、アクア=マリンの別荘 〜

『め…面識ゼロなんですか?』

ロココ調の様式を基調としていながら、それを大胆にアレンジ。
ドアと相対する位置の内壁一面に、毒リンゴを白雪姫に渡した継母な王妃のそれをモチーフとした姿見用の大きな鏡が。
そんなレイアウトした者のセンスを伺わせる、遊び心の溢れる子供部屋での何気ない質問。
『Missアクアとはどこでお知り合いに?』という問いに対し、ラズボーン侯爵夫人より返ってきた答えを受け入れられず、真っ青な顔で恐る恐るそう尋ねる健二。
無理もない。彼的には、此処にはコネがあるつもりでやって来たのだし、実際、到着してからも不自然な点など無く、
それ所か、訪問時の挨拶を済ませてから現在に至るまでの半日以上に渡って『チョッと大袈裟だな〜』と思う様な歓待を受けていたのだ。
正に大どんでん返しである。

そんな半ば放心状態な彼に、振り返りもせずに。
ラビスちゃんとハル君に着せるつもりの、白と黒を基調としたゴスロリなドレスの数々を見立てる手を止める事となく、

『ええ。何しろあの娘、社交界デビューの日にアレだったでしょう。
 それに、株主の一人と言うだけで、私、クリムゾングループとは直接の関わりが無いもの』

そう告げた後、話は終わりとばかりに、そのまま二人の着せ替え作業に没頭し始めるラズボーン侯爵夫人。

『(畜生、何が友達だ! 虚言癖があるは知っていたが此処まで酷かったなんて。帰ったら覚えてやがれ!)』




「(クスクス)あらあら。また出来もしない事を」

私室の安楽椅子に身を預けたまま、遠く離れた侯爵夫人の別荘にて演じられている喜劇の一部始終を。
直属の部下である健二に至っては、その心の内まで見透かしながら何時も通り屈託無く微笑む。
ラズボーン侯爵夫人の性癖を利用しての賭けが上手くいった事も、その上機嫌振りに拍車を掛けている。
そう。アクアには、覗き見の罪悪感など全くのゼロだった。

寧ろ、逆に不思議で仕方が無い。
もう一つの世界のレンズマン達が、全員、判で押した様に頑なな性格である事が。
特に主人公。第二段階レンズマンである彼ならば、その気になれば航行中のブリ○ニア号もしくはドーン○レス号に乗ったまま、何万光年も離れた地球のとある病院の様子を。
平たく言えば、ヒロインの動向を逐一監視する事だって出来るのに、何で色々と気を揉むだけでそれを実行しないのか?
自分にとっては、正直、理解に苦しむ態度でしかないない。

コレに比べれば、ヒロインであるレッドレンズマンが、己の本当の能力を滅多に使わずひた隠しにし、
夫である主人公にさえ生涯隠し通した事の方が、人間してよほど健全なあり方だ思う。
もっとも、ああいう長男が産まれた時点で、もうバレバレと言うか。
誰もが気付いてはたのだが、彼女の心情を察して敢えて口にしようとはしないだけの。
所謂、公然の秘密だったのかも知れないけど。

ちなみに、ヒロインが忌避したこの能力を、アクアは『シンパシー』と名付けて愛用している。
そう。これは大した実力の無い。初心者レンズマンに過ぎない彼女には、正にもってこいのモノだった。
何しろ、自分と縁あるレンズマンの能力を、己の器という最大値の範囲内であれば総て流用出来るのだから。
正直、どこかの人間記憶形状合金やオーガの血を引く某地下リングのチャンピオン並の反則技だとは思うが、同時に大変便利な能力でもある。敢えて使わない手は無い。

もっとも、ほとんど無敵なこの能力にも欠点が無い訳では無い。
その最大のモノは、コピー出来るのは極めて親しい者。
平たく言えば、普段から自分の事を意識している人間の能力だけなのである。
そんな訳で、最近はチョッと各特殊能力が弱まってきている気がする。
流石、あの非常識な戦争の最前線で戦う提督。初対面の折には結構はっちゃけたつもりだったが、アレ位ではまだまだインパクトが弱かったらしい。

此処は矢張り、一線を越えるべきだろうか?
今の自分ならば、潜入捜査中に苛烈な拷問を受けた折の主人公宜しく痛覚を遮断する事も出来るので初めてでも安心だし、上手く当たりを貰えば何かと面白い事になる。
パスが切れる心配も無くなるし、いっそ堂々と子連れの愛人を気取って提督の所へ乗り込むというのもアリだと思う。

何より、産まれてくるのは私の子供なのだ。
たとえ特殊能力に恵まれなかったとしても、まともである筈が無い。
きっと全力で、残された自分の余生(?)を愉快に彩ってくれる事だろう。
嗚呼、悪くない人生設計かも知れない。
問題は、どうやってもう一度この地に来て貰うかだけど………

(同志アクアよ)

と、己の将来についてアレコレ楽しく夢想していた時、敬愛する大神官様より、かねてより依頼していたある男との接触に成功したとの連絡が。
己の両頬を打って気を引き締めると、理想郷へと至る壮大なる計画の一画を担う神の使徒の一人として、それに応える。

(………判りました。それでは、これより彼の説得を行ないますのでラインの維持をお願い致します)

色々あって弱体化しているとはいえ、一瞬の油断が致命傷となりかねない危険な相手の前。
それ故、お互い挨拶もソコソコに。
取り急ぎ、アクアはゴートを通して彼の内面世界へ。半強制的に、話し合いのテーブルに着いて貰った。

こうなれば、もうコッチのものですわね。
ヤマサキ博士の説得を始めとする数々の過去の実績から、チラッとそんな考えが胸を掠める。
だが、それは余りに甘い考えだった。
アクア自身もある程度は予想していたし覚悟も固めて望んだのだが、相手はそれを遥かに超えた難物だったのだ。

自分が自惚れていた事を思い知らされる。
いや、曲がりにもレンズマンである自分に、思考波の勝負で五分以上の戦いをするこの男の方が明らかに異常なのだが、それでも油断があったと言わざるを得まい。

(それで、汝の提言に乗ったして我に何の益がある?)

(それは………とか………とか)

(話にならんな。それでは我が主は縛に繋がれたままではないか)

(え〜っ。だってあの人、社界復帰させても良い事なんて何も無いじゃないありませんか。
 そりゃ、箱庭の王様やってる分には有能だったかも知れませんけど、
 わざわざ自分からそれを捨てて、勝ち目なんてゼロな戦争を始めた、己の立場ってのを客観的に見れないタイプの方ですし。
 要するに、どこかの黄金の皇帝と一緒で、征服する事に意義を見出す価値観の持ち主なんですよね。
 しかも、彼の皇帝とは違って、目的の為ならどんな卑劣な手も辞さないですから、もう救い様がありませんわ)

(小娘が、言いたい事を言いよるわ)

そんなこんなで、一時は完全に泥沼化した会談だったが、粘り強く説得を続ける。

その結果、どうにか合意の糸口を見出す事が出来た。
色んな意味でキレ者であるが故に、この空間内では絶対に嘘が吐けない事を、此方が説明する前に自力で気付いてくれた事。
かつての彼の部下の何人かを既に保護しており、彼等には(半強制的に)納得して貰っている事。
常人とは異なる倫理観の持ち主という共通点があった御蔭で、偶然にも彼の真の望みを察せられた事。
そんな幸運に支えられての、正に薄氷の如き勝利だった。

(さても荒唐無稽な。夢物語の如き計画よな)

(そうですねえ。でも、理想郷というのは完成しないからこそ価値があると思いませんか?
 実際、貴方の価値観を満足させるには、漆黒の戦神ではなく草壁さんをその象徴としなくてはなりませんし。
 もっとも、そんな御飾りな支配者の立場に、あの方が価値を見出すとは思えませんから、これもまた理想からは大きく外れる事になりますけど)

(ほんに口の悪い小娘よのう。
 さて、最後に問おう。我は人の道を外れし外道。隙あらば汝の寝首を掻く事すらあり得ると知った上でなお、我の異能を求めるか?)

(まあ、なんて素敵な関係なのかしら
 私の命を御望みならば、是非とも殺しに来て下さいな。精一杯のおもてなしをさせて頂きますわ)

数々の実績に彩られた重みのある問いに対し、打てば響く様に返ってきたアクアの返答。
その言が嘘で無い事は、此処までのやりとりから確信出来るのだが、あまりと言えばあまりな内容だった。
真意を探らんと、彼女の瞳を覗き込む。
呆れた事に、そこには恋する少女の様な、掛値無しの純粋な憧れだけがあった。
そう。何の事は無い、コレは自分以上に道を外れた、人に在らざるナニかなのだ。
極めるとは、かくも凄まじきものだったとは………

(く…くはははははっ! 良かろう。我が命、暫し汝に預けるとしよう)

かくて、頼もしき仲間(?)が、また一人。
元四方天の北天にして最凶の暗殺者、影護北辰がアクアの陣営に加わった。



   〜  翌日。午前7時、ミスマル邸 〜

私室の鏡台の前で朝の身繕いをしつつ、ルリは物思う。
既に戦場離れて半日が経過していると言うのに、昨日の戦いの感覚がまだ残っている。
馴れ合い丸出しのグダグダなモノだったが、それなりに充足感が。
矢張り、自分は戦いの中でしか生きられないタイプの人間らしい。我ながら度し難い事である。

また、将来を見据えた人材登用という点でも、今回の使徒戦で得た物は大きかった。
軍部の方は春待少尉。実家の方はテレサ。
二人共まだまだ未熟ではあるが、2〜3年もシッカリと鍛えれば充分自分の後釜が勤まる様になるだろう。
特に、テレサの能力には目を見張るものがある。
現在の処理能力はハーリー君とドッコイ程度だが、そこは初心者。まだまだ伸びる余地がある。
しかも、特殊能力によって自分の体細胞をナノマシン化出来るのでIFS要らず。元に戻せば、各種検査に引っ掛る事も無い。
つまり、マシンチャイルドに匹敵する能力を持ちながら、自分達の様に警戒の対象とはならないのだ。
これが、彼女の最大の強みである。

争いを極端に嫌うその性格も、寧ろ有り難い。
きっと、既に自分の意図を伝え合意を得ている母の指示の下、ラピスの様に派手な事は一切せずに、ひっそりと。
ゆっくりと不自然さを感じさせない形で、ピースランドの国力を底上げしてくれる事だろう。
これで補給線はバッチリ。10年なんて短期ではなく、少なくても後50年は我が祖国は戦える。

問題は、フリーとなった自分の身の振り方なのだが………これは今考えても仕方ない。
総てはアキトさんが帰ってきてから。
その上で、最も効果的と思われるポジションを模索するだけである。
何せ、永久就職をするには、あと1年9ヶ月15日と6時間34分15秒ほど時間が掛かるのだから。
いっそ、今の内に法律の方を如何にかするべきだろうか?

いずれにせよ、鍵となるのはシュン提督の動向だろう。
何故なら、アキトさんの帰還後、その受け皿となるのは、どう考えても彼なのだから。
当初は、ミスマル叔父様こそがその役を務めるものと思っていたが………
なんと言うか、此処に下宿を初めて以来、ユリカさんやラピスをもうベッタベタに甘やかす所を。
あの人の悪い所ばかりを見続けた所為もあるのだろうが、正直、最近チョッと頼りない。
ちなみに、グラシス中将は論外である。
半ば引退した身であるし、何より、自分には敵に塩を送る趣味など無い。

それ故、消去法でシュン提督しか居ない訳なのだが………
交渉相手として考えるなると、出来れば遠慮したくなる。

そう、あの人は手強い。 しばしば、自分は大した器じゃない等と言う意味の事を口にされるが、これはもう謙遜も良い所。
万一、本気で言っているのだとしたら、アキトさん並に自分が見えていない発言だ。
確かに、数字として測定出来るものをまとめてみれば、その考課表に記載されるのは、どれも中の上から中の下と言った凡庸な数値となるだろう。
だが、彼の恐ろしさは、そうした数値には出ない所にある。
事実、アキトさんが失踪して精神的支柱を失った自分達が空中分解しなかったのは、シュン提督が居てくれたから。そう言い切れる。
取り分け、あの絶望的な状況からアキトさんの奪還計画を立案し、それを実現可能なレベルにまで持ってきたその手腕と行動力には下げた頭が上がりそうもない。

身内には甘い性格なので普段は余り感じないが、あの人が敵だったらと思うとゾッとする。
よくもまあ、前回の歴史では表舞台に出てこなかったもの。
本当に、人の世と言うものは謎に満ちている。

謎と言えば、今、オモイカネが御執心のあの少女。
ミルク=ボナパルト軍曹もまた不思議な存在である。
およそ人に懐くとは思えない、バイオハザードが生み出したミュータント達と交友関係を構築した経緯など、ほとんどラピスの好きそうな漫画の領域だし、
IFSを持たない彼女とでは散文的なやり取りしか出来ないにも関わらず、僅かの間に、オモイカネがあそこまで懐いたのもまた、少々不自然な気がする。
そして、あの驚異的な怪力。
アレはアキトさんの様に技術によって瞬間的に引き出されたものではない。
純粋に、あの小さな身体から生み出されたもの。これは画面上でのデータ照合にて確認している。

以上の点を検証するに、あの少女の正体は……………いや、よそう。
今もってボナパルト大佐が口を噤んでいる。おそらくは、墓穴まで持っていくつもりであろう事を穿り返した所で良い事なんて何も無い。
まして、この件は、自分の出生の秘密にも飛び火しかねない危険性を孕んでいる。
下手に介入すれば火傷では済むまい。愚の骨頂も良い所だろう。

さて。着替えも終った事だし、そろそろ気持を切替えましょう。

「おはようございます、ミスマル叔父様、ユリカさん」

「おっはよ〜、ルリちゃん!」

「うむ。おはよう」

「ラピスは、まだ寝ているのですか?」

「そうなの。もう、聞いてよルリちゃん。
 ラピスちゃんたら『今日も残業があるから』とか言って、ここんとこズット帰りが遅くて、昨日なんて午前様だったんだよ、プンプン。
 そりゃあ、好きな事をやっていて時間が経つのを忘れるのも判るけど、幾ら何でも………」

かくて、ルリはミスマル家の朝食の席へ。平和な日常へと回帰した。



   〜  同時刻。2015年では午後4時、中国のとある孤児院 〜

「えいっ」

「やっ」

今日も裏庭では子供達が元気に遊んでいる。
メインとなっているのは、互いに申し合わせての打ち合い。
所謂、プロレスごっこの巧夫版の様なもの。
先程、ぶっちぎりで過去最長時間の放映となった。夜11時過ぎまで及んだ事もあって、途中で視聴を中断させた今回の使徒戦の続きを。
大好きなお姉ちゃんの活躍を観たばかりと言う事もあって、何時も以上に熱が入っている様だ。
つい一ヶ月程前までとは見違えるくらい、皆の顔は明るい。
身体的にも、食料事情が良好になった事に加え、適度な運動をする様になった事もあって、格段に丈夫になってきている。
また、この手の遊戯にありがちな、年長組による年少組へのイジメという事も起こっていない。
普段は菩薩の様に温和なあの娘が、この点だけは一切妥協せず、自分でさえチョッと引くくらい厳しく躾けていってくれた御蔭である。
そう。この地で起こった使徒戦を挟んでの僅か10日間の滞在だったが、シンジ小姐がこの孤児院に残していってくれた恩恵は計り知れないものがあった。
最初に出会った時。チンピラ達から自分を助けてくれた際にも感じた事だが、実は自分達の窮状を見かねて、人身に身をやつして訪れてくれた仙女だったのでは?
そんな事を、半ば本気で考えてしまう程に。

周囲を取巻く境遇もまた、大きく変化していた。
マーベリック社からの出資によって、ネルフ中国支部の資金状態が好転した余波を受け、その周辺の町の経済状態もまた活性化。
それによって、福祉に回される金額が増え、閉鎖寸前だったこの孤児院も潤う様に。
また、シンジ小姐が居た折、もったいなくもネルフの支局長である黄司令が自ら此処を訪れ、使徒戦を勝利に導いた事に対して心からの感謝の御言葉を。
それが縁で、あれ以後、此処は第三号的孩子(サードチルドレン)に縁ある施設として色々と目を掛けて頂いている。
だが、そんな夢の様に恵まれた環境下でも、出来る事と出来ない事がある。

「えい、えい」

他の子供達に隠れる形となる場所で、小学生になったばかり位の。
年少組の娘が、一人、黙々と蹴りの練習をしている。
右手をギブスで固められているにも関わらずその動きはスムーズで、相当の修練の跡を感じさせる。
自分の前ではとても大人しくしているのだが、どうやら『なるべく安静にしていなさい』という言い付けは、あまり守られてはいないらしい。
だが、今日だけはお小言は無しにしておこう。
他の子達の遊戯とは違い、あれは彼女にとって必要な儀式なのだから。

この娘は、黄司令を通して預かる事になった子である。
何でも、野党の一団に故郷を襲われ、その折に身寄りを失い彼女自身も大怪我を負った所を、偶然通りかかったシンジ小姐達に救われ、九死に一生を得たとの事。
それ故、子供達の中でも特にシンジ小姐を慕っており、此処に来る事になったのも、彼女に会う為に、しばしば病院を抜け出そうとしたからなのだとか。
だが、いまだギブスを嵌めたままの彼女に自宅療養の許可が降りたのは、その怪我が完治する目処が立ったからではなかった。
2mを超える大男が、力任せに地面に叩き付けた際に負った怪我。
診断結果は、肘関節部の破損とその周辺部に位置する神経の断裂。
ネルフ医療班の手によって傷口自体はすぐに塞がったが、どんな先端医療もってしても治せるものと治せないものがある。

「ごめんなさい鈴音。貴女の右手は、もう動かないのよ」

そんな謝罪の呟きと共に、孤児院の院長を務める老婆の目に、もはや何度目かなるか判らぬ憐憫の涙が零れた。



   〜  同時刻。ネルフ本部敷地内、格闘技修練場 〜

その頃、異郷の地にて過大なまでの評価を。
一部、彼女的には全く嬉しくない賞賛を得ていた我等が主人公はと言えば、

(ど…どうしよ〜)

何気に絶体絶命の窮地に立たされていた。

事の起こりは、前回ボロ負けした汚名を濯ぐ為のリベンジ戦。
それが、肝心の斎藤が不慮の事故にあったとかで観戦に来ていなかった為、今回は本来の相手である阿賀野カエデと戦う事になったこと。
これは良い。北斗はかなり不服そうだったが、シンジとしてはこの幸運を素直に喜んだものだ。
問題は、その場にて告げられた勝負の内容だった。
なんと彼女は、空手の試割の演目の一つ『瓦割り』を挑んできたのだ。
カエデ本人に言わせれば、伝統派空手と実戦派の武術では勝負が噛み合わないので公平を期して決めたんだそうだが、
この時点で、シンジ的には『ああ負けたな』と思ったくらい、非力な彼女には不利なルールだった。

実際、やった事がないので良く判らないが、先攻のカエデが右手刀で10枚中9枚を割った時の動きをトレースするに、自分の力では精々3枚が良い所。
下手をすると、一枚も割れないと思われる。
だが、既に不機嫌となっている師匠の前でそんな無様な負け方をしたとあっては、それこそ命が死んでしまう。

「ん? どないしたんやケンスケ。そない真っ赤な目ぇして?」

「な…なんでもないって。ほら、昨日の使徒戦をマラソン視聴していただけさ。
 自宅の予備電源付きのPCに、ダークネスが発信する特殊電波を取捨選択する事で自動的にその放送を録画する様にプログラムを組んであるから留守禄はバッチリ………
 (ゴホン、ゴホン)あははははっ。いや、こんなのどうでもイイ話だよな。と…兎に角、気にしないでくれ」

「いや、そこまで露骨に動揺されると、かえって気になるんやけど」

嗚呼、ギャラリー席で世間話に興じている親友達が、何故か凄く遠い存在に感じられる。

「次、シンジ!」

と、彼女が現実逃避をしている間に、北斗の号令の下、試割りの準備が整った。
無論、心の準備は欠片も整っていない。

(お…落ち着け。兎に角、アレを全部割れば僕の勝ちなんだ。たとえ、どんな手を使っても!)

気合を入れ直し、目の前に鎮座する強敵の隙(?)を伺う。

土台にしているコンクリートブロックの厚さが約8p。
試割り用に用意された熨斗瓦の厚さが約2p×10枚で、高さは合計約28p。
上から下への攻撃を前提としているので蹴り技は無効。
踵落しも、ヒッティングポイントの関係から威力が削がれるし、何より、そんな高等技まだやった事がない。
おそらくは、カエデさんがやった様に、片膝を着いた体勢から体重を乗せての手刀で。
若しくは、槌拳で叩き割るのがベストの選択と思われる。
だが、同じ事をやっても絶対に勝てない。どうすれば………………ボク、ポク、ポク、チ〜ン!

「あの〜、カエデさん」

「ん? 何かしら、シンジ君」

「コレって、兎に角、瓦を割れば良いんですよね?」

「ええ。厳密には他にも守るべきルールがチャンとあるんだけど、今回はそういうコトで構わないわ。
 と言っても、流石に道具を使うのは反則だからね」

恐ず恐ずと御伺いを立ててきたシンジに余裕タップリにそう答える、カエデ。
相手の自信無さげな態度から、既に勝利を確信している様だ。
だが、仮にも北斗の弟子を相手に、これは余りにも甘い考えだった。

(良し、言質はとった。あとは実行するだけだ)

そう。確かにシンジは逃げ腰になっていた。
ただし、それはカエデに対してではなく、これから行なう限りなく黒に近いグレーな技についてだった。

静かに目を閉じ、その母体となるものの要諦を。先日、TVで観た体操の世界選手権でやっていたものをどうにか思い出してイメージング。
これまで何度となく自分の窮地を救ってくれた技、目瞑視想によってその動きをトレースする。
数秒の集中後、あの時の選手達の動きとその視界が見えてくる。
思った通り、難度の低い技なら何とかなりそうだ。
出来ればチョッと練習しておきたい所だが、それだと一発でバレて、ルール自体を改変されてしまう事になるだろう。
従って、ぶっつけ本番でやるしかない。

「えっ? 君、何をやってるの?」

いきなり瓦に背を向けて距離を取り出したシンジに、誰何の声をかけるカエデ。
だが、それに応じることなく、修練場の端まで下がると、

「行きます!」

シンジは、そこから瓦に向かって一気にダッシュ。
そして、そのままロンダート(側方倒立回転跳び1/4ひねり)から後方抱え込み宙返りを。

(見えた!)

回転の後半、眼下に積み上げられた瓦を確認。(着地位置を視認し易いのが後方宙系の技の利点)
流石に総てがイメージ通りにとは行かず、着地予測地点が狙った場所から20p程ズレていたが、それは抱え込んでいた手を離し、右足をおもいっきり振り下ろす事で修正。
バク宙の遠心力を付けた。そして、自身の全体重を乗せたその足で瓦を踏み付ける。

   バリン!

シンジの鷹爪脚(相手の頭上を踵から踏みつける技)っぽい蹴りが決まり、見事10枚の瓦が割れる。
その直後、渾身の力で踏み付けた足場が崩れた所為で派手に転倒する事になったが、上手く受身には成功。
そのまま、回転レシーブの要領で横に転がりながらすぐさま起き上がり、

「10枚全部割れましたので僕の勝ちですね」

そう言い残すと、彼女は後ろも見ずに逃げ出した。



   〜  同時刻。ネルフ発令所 〜

『(クックックッ)いや〜、やってくれるじゃない、あの娘。
 チョッとしたコロンブスの卵ってところかしらね〜』

監視カメラを通して一部始終を。
そのまま、主人公が逃げ出した後、今の試割の結果を巡って『認めるOR認めない』で、意見が真っ二つに分かれ騒然となっている修練場の様子を眺めながら、
赤木ナツコ(M)が、僅かに感歎の混じった楽しげな声で、この一件の論評を。
そのお気楽な声音がカンに触ったらしく、

「…………ねえ、母さん。作業を手伝う気が無いのなら、せめて黙っていて。
 いえ、(メルキオールの領域内に勝手に作った)自分の部屋に帰っていてくれないかしら」

内心の苛立ちを抑えつつ、今やマシンマザー(?)となってしまった赤木ナオコ(M)に、お暇を願う。
そう。今、発令所のMAGIの据えられたフロアは、ネルフ最大の激戦区に。
ある意味、昨日の使徒戦時以上に騒然となっている。
ぶっちゃけて言えば、第127次定期検診のやり直しで、臨時の総合検査を実行中。
猫の手も借りたい様な、殺人的な忙しさの中にあるのだ。
一人(?)ヘラヘラ笑っている者が居れば、文句の一つも言いたくなるのが人情というものだろう。

『あら。手伝ってるわよ、とっても。
 ほら、こうして作業効率が30%も上がってるじゃない』

いかにも『心外ね』と言わんばかりの口調で反論する、ナオコ(M)。
彼女の持つ教鞭が指し示すその先には、自説の証左たる作業実績の内容を示す棒グラフが。
どうやら、欠片も悪びれていない様だ。

「それは、もう一人の母さんがやっている事でしょう!」

と、反射的に言ってしまってから『しまった』と後悔する。
そんなリツコに、『してやったり』とばかりな人の悪い笑顔を浮かべつつ、

『あら〜、リッちゃんたら、そんな事を言っちゃうわけ〜。どちらも同じ、貴女のお母様なのに』

「だ…だから何? 折角、二人居る(?)だから、二人掛りで手伝ってくれたって良いじゃない」

と、母の攻勢にタジタジとなりながらも、どうにか踏み止まり反論をするも、

『(ハア〜)判ってないわね、リッちゃん。
 MAGIが何の為に、それぞれ3つの人格に分かれていると思っているのよ」

「異なる見地からなる三基のOSによる論理のせめぎ合いを………」

『そういうんじゃなくて、もっとぶっちゃけた話よ』

「そ、それは………」

徐々に追い詰められ、渋面となってゆくリツコ。
そんな娘の姿をニヤニヤしながら眺めつつ、ナオコ(M)は止めを刺しに。

『ん〜、どうも『判っていない』んじゃなくて『言いたくない』だけみたいね。
 それじゃ、私の口から言ってあげましょうか』

ややオーバーに肩を竦めながら『ヤレヤレ』と言わんばかりな口調でそう前置きした後、博士と名の付く者達の必須スキル『説明』に入った。

『メルキオールは、母親である私。バルタザールは科学者である私。
 そして、いまだ覚醒していないカスパーには、女である私の仮想人格がOSとして使われいる。
 その三基のコンピュータからなる合議制による、より高度な演算能力の実現。
 そして、意図的に人間が持つジレンマを再現する事で、AIが陥り易い画一的な思考法の打破を目的としたシステム。それがMAGIの基礎理論よ。
 でもね、だからと言って、各々のスパコンが普通の人間の様に葛藤を抱えて逡巡したりする訳じゃ無い。
 そう。極論するならば、MAGIは、人格を三つに分割する事でオリジナルの赤木ナオコが抱えていた矛盾を解消し、
 迷いのない強固な意志持たせた、三人の赤木ナオコって言う事も出来るの。
 だから、科学者である私が働いてる分だけ、母親であるこの私は、リッちゃんの事を構うべきなのよ。
 そうする事で、ワーカーホリックで家庭を顧みない性格なんだけど実は家族を大事に思っている私と、
 娘が一番大事なマイホームママなんだけど、偶には自分の研究に没頭してみたい私が、互いに足りないモノを交換する形で。
 つまり、お互いに自分の得意分野を担う事で、仕事の情報と家庭の情報を相互に補完しているよ!(ジャ〜〜〜ン!)」

芸も細かく、ラストで臨場感溢れるBGMなども入れてくる。
そんな母親の勢いに飲まれつつも、リツコは必死の反論を。

「私には、家庭人と言うよりも、単に好き勝手にやってる様にしか見えないんだけど。
 いえ、それ自体はもう諦めるとしても、少しは周囲の状況を見て、その空気を読んでくれない?
 母さんのそれは、もうミサトとドッコイな。人として明らかに拙いレベルよ」

『(フッフッフッ)リッちゃん、私はもう人間である事を止めたのよ。URYYYY〜〜!』

「だから、そういうベタなネタを考える為に遊ばせている演算領域があるのなら、少しは手伝って言ってるの! MAGIは母さんが作ったものでしょうが!」

かくて、己の職場内に、勝ち目のない戦いを強いられる天敵がまた一人(?)増えた格好に。
それでも何故か。血管が切れそなくらいヒートアップしていても、どこか嬉しそうな感じのリツコだった。




次回予告

ネルフ、そして人類補完計画を裏で操る秘密結社ゼーレ
彼らにより、ネルフの過去と現在が冬月と共に検証されてゆく。
使徒の襲来、碇司令の行動も死海文書の実現に過ぎないのか?
全ての事象は与えられたシナリオの再現に過ぎないのか?
人々の願いさえも、予定された物に過ぎないのか?

次回「ゲンドウ、魂の座」

衝撃のあの日からをトレスする




あとがき

「へ〜、コレが今の光回線か〜、流石に早いな〜
 (ハア〜)でも、ウチみたいな田舎じゃ入るのは後何年先になる事やら。
 それに、手元不如意なんでハイビジョン対応のモニターや新型OSを入れる見通しも立っていないし………
 あっ、そうだ。折角だから、Actionに繋いで、コッチではアレがどんな感じに映るのか試してみましょう」

   カチャ、カチャ、カチャ………

「なっ!? シンちゃんの………シンちゃんの髪に白い物が〜〜〜っ!」

「あ〜あ。無理も無い、この暑さだ」

「スカ〜ッ! PCで描いた絵にカビが生えるワケあるか〜っ!」



………う○星ネタを絡めてはいますが、先日、とある会合の帰り道、折角都会に出て来たのだからと、偶々立ち寄った某大型家電店にて起こった実話です。(泣)
私のPCでは普通に見えるのですが、実際はこの有様。
どうも、下手に透かしを入れようとした事と、フリーソフトのペイントツールを使った事が拙かったらしく、他のPCですと全体的に色が薄くなる所為みたいです。
そんな訳で、代理人様にお願いして、シンジの髪は黒ベタに直させて頂くことにしました。
甚だ拙い絵ではありますが、これで少しはマシになるのではないかと。

さて。(コホン)お久しぶりです。ついに公約を破る事となってしまい、もはや平身低頭する事しか出来ない、でぶりんです。
『三ヶ月程』等と言っておきながら、四ヶ月近くも掛かってしまい、まことに申し訳ありませんでした。(土下座)
嗚呼、苦手意識バリバリゆえサラっと流す形で。なるべく短く纏める筈が、何故か本編では最長のお話に。
しかも、何気に最終回用のフラグが幾つも前倒しになる格好に。
矢張り、私、ルリは鬼門みたいです。(泣)
でも、最終決戦にて、もう一度出さない訳にはいかないんですよね。一体、如何しましょう?(滂沱)

と…取り敢えず、そんな遠い未来の事よりも、(比較的)目先の事等を。
次回は、ついに次クールに突入。
と、同時に、昨今のアニメの御約束、総集編の回です。
そんな訳で、データベース色の強い読まなくても全く問題ない話となってしまいそうです。
しかも、序章から読み直して調べないと判らない様なネタが多いので、何時も以上に書くのに時間が掛かりそうな………って、駄目じゃん、私。(爆)
それでも読んで頂ける様に、せめて何か目玉となる様なネタを用意しなくては。(謎)

それでは、もったいなくも毎回御感想をくださる皆様に感謝すると共に再びお目にかかれる日が来る事を。出来れば、それが今年中に訪れる事を祈りつつ。

PS:本編中、各々のMAGIの主任である三人娘達の扱いがチョッと悪過ぎる傾向がありますが、これはあくまで、彼女達が普通の女性である事の示すのを狙ったものです。
   彼女達に『伊吹マヤと同じ事が出来るか?』と考えた場合、『絶対無理』と言うのが私の答えでしたので、敢えてこういう表現をさせて頂きました。
   ご不快に思われる方が居ましたら申し訳ありません。
   彼女達の真価は、使徒戦が一段落してから。
   第20話辺りから始まる鬱展開で、普通の人間の見地から主人公達をフォローするといった形で発揮されると………『良いなあ』と、思ってはいます。
   実際に書くのは無理っぽいですけど。(苦笑)




【アキトの平行世界漫遊記H】

 

 

感想代理人プロフィール

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代理人の感想

生きてたか北辰(笑)。

ちゃくちゃくと力を蓄えるアクアですが、どこらへんでそれを解放するやら。

多分必勝の目算が立つまでは動かないと思うんですが、でもアクアだからなぁ(爆)。

で、ルリですけどこの路線で問題ないんじゃないかと。

基本的には情報処理に強いだけの、生身では無力な小娘に過ぎないわけですし、

人の心を斟酌できませんから人を使うのも大変に苦手です。

そこらへんつけばどうにでもなるんじゃないかと思うんですけど、でぶりんさんの中ではかなり完璧超人っぽいですねぇ(苦笑)。

 

業務連絡

こちらで見る限りは異常なし。