その日、ウリバタケ キョウカは友人達と一緒に近所の映画館へと出かけました。
これは、彼女達の様のティーンエイジャーにとっても、わりと定番な娯楽です。

そう。各種映像メディアの発達と共に斜陽化し、一時、完全に絶滅しかけた。云わば過去の娯楽となろうとしていたこの映画館ですが、
その後の更なる技術の発達による映写機のコンパクト化が進み、映像スペースの問題よりも、寧ろ、騒音問題を初めとする音響関係の方が行き詰まる事に。
また、21世紀の後半に起こったフロンティアブームにより月への移民が本格化し、熱狂的だった土地の高騰に歯止めが掛かり、スペースの確保が比較的簡単に。
その他諸々の条件が絡み合う事で、映画館は『海賊版のD○Dを買った方が安上がり』という致命的な構造的矛盾をも解消。
最新の映像を安価にて提供する庶民の娯楽施設として、不死鳥の如く蘇ったのです。

「え〜と。Bの37、Bの37っと。あっ、此処みたいだよ」

シアタールームへと入り、チケットに書かれた番号に従って席に着きます。
正直、チョッと落ち着かない。皆、いつも以上にはしゃいでいます。
それもその筈、これは指定席。
しかも、前評判の高い。公開初日とあって、結構な数の立ち見が出ている話題作のゆったり観賞。
おこずかいの希少な小学生にしてみれば、一度はやってみたかった御大尽遊びなのです。
テンションが上がるのも無理ない事でしょう。
だが、キョウカの心は沈んだままでした。
他の子共達と違い、このプラチナチケットの送り主に対して、少なからぬ思いがあったが為です。




そう。あれは半年程前、忘れもしない小学校の新学期の事――――――

「ただの人間に興味ありません。
 イェ○ド人にも負けないヒッキー、陰謀史観とすら呼べない様なイタイ展開をリアル描写と思い込んでいる中二病患者、
 危機管理と称して躊躇いなく一般人の洗脳を行う選民思想塗れの魔法使い、
 太陽系の未来を正しく導けるのは自分だけだと思い込んでる勘違い野郎は、私の所に来なさい。以上」

三年生になって初のHRにて行なわれた、各々の自己紹介の折。
これまで見たこともない。まるでお伽の国から来た妖精の様な綺麗な容姿をした桃色髪のクラスメイトの口から出た第一声はコレでした。
正直、あまりのギャップに開いた口が塞がらず、

「そ…それで、そういう人達と会ってどうするのかな?」

と、引き攣った笑みを浮かべつつも、そう聞き返す事が出来た桜井先生(教師2年目の担任の先生)を、チョッと尊敬したくなったくらいです。
でも、そんな必死な先生に追討ちを掛ける様に、桃色髪の少女は自信満々に、

「勿論、単に会うだけじゃ駄目よ。
 友達に……いえ、幼馴染になって、その捻じ曲がった根性を叩き直してやるの」

「はい?」

「だから、折角小学生をやる事になったんだから、今の内にソッチ系の友達を沢山作って、将来はその幼馴染のポジションからヒロインを演じるの。
 そうでなければ、画竜点睛を欠くというものよ」

取り敢えず、此処で『一番根性が捻じ曲がってるのは貴女よ』と言ったら負けかなって思いました。

「(コホン)兎に角、それだけじゃ自己紹介になりません。まず、御名前は?」

「テンカワ ラピス」

「えっ? 名簿ではラピス=ラズリってなっているけど………」

「それは、あくまでも世を忍ぶ仮の姿よ。
 7年後には…いえ、ルリの妨害さえなければ、今すぐにだって、それを真実の名前に書換えられるんだから」

「そ…そうなの。それじゃ、尊敬している人は誰ですか?」

「ミスマル叔父様。(この答えはウソ。彼女は、アキト以上にスゴイ人間などいないと思っている。誰であろうと小バカにしている)」

(((って、全部声に出てるんだけど)))

胸中でシンクロする、桜井先生と3年3組の生徒達。

「この世で最も大切なものは何ですか?」

「家族と友人。(これもウソ。彼女にとって、アキトとオタ趣味以上に大切なものなど何もない。
 アキトさえ居れば孤独など感じた事は無いし、趣味の為なら全てを犠牲にしても全然心は痛まないのだ)」

『3年3組の皆の心の声』
◎田舎のお母さん、教育とは教えられる事ばかりです。(匿名希望:女教師Sさん)
◎どう見ても最悪の自己紹介です。本当にありがとうございました。(匿名希望:小3、2ちゃんねらー君)
◎読み始めたら止められません。授業中でもつい読んでしまいます。(匿名希望:小3、現在逃避中な文学少女さん)
◎気持ち悪くてよ、貴女の返答。(匿名希望:小3、お嬢様さん)
◎これは不幸の手紙だ。明日までに99通出せ。(匿名希望:小3、意味不明君)
◎イイ気になってんじゃねーぞ、ボケ!(匿名希望:小3、硬派君)
◎(ハアハア)愛してます、結婚して下さい。(匿名希望:小3、涼○ハ○ヒの憂鬱マニア君)
◎ってゆ〜か、こういうリアクションをしている時点で、色々と負けているって思うの。(小3、ウリバタケ キョウカ)

3年3組魔法組……じゃなくて、私達のクラスの新学期は、こんな風に。
まるで何かのアニメの様に、主人公の出オチから始まりました。
そして、その後も、彼女を中心に恙無く(?)。まるでゲームの各種イベントを丹念にこなしているかの様に問題は起こり続け、ある日の防災訓練の時なんて………



「私が訓練教官のラピス=ラズリ特務少尉である!
 話しかけられたとき以外は口を開くな! 口でクソたれる前と後に“Ma'am”と言え! 判ったか、ウジ虫共!」

「「「「Ma'am,Yes Ma'am」」」」

「ふざけるな! もっと大声だせ! タマを落されたいの!」

「「「Ma'am,Yes Ma'am」」」

「貴様等ブタ共が私の訓練に生き残れたら、各人が兵器となる。
 その日までは、貴様等はウジ虫だ!地球上で最下等の生命体よ!
 貴様等は人間ではない。両生動物のクソをかき集めた値打ちしかない!
 貴様らは厳しい私を嫌う。だが、憎めばそれだけ多くの事を学ぶわ。  私は厳しいが公平よ。
 人種差別は許さない。白ブタ、黒ブタ、木連ブタを、私は見下さない。
 何故なら、総てが平等に価値が無いからよ!
 私の使命は、役立たずを刈り取る事。愛する3年3組の害虫を! 判ったか、ウジ虫!」

「「「Ma'am,Yes Ma'am」」」

「ジックリかわいがってやる! 泣いたり笑ったり出来なくしてやる!」

そう言いつつ、どこから持ってきたのか、全員にやたらと重いバックパックと両手で抱えなければ持てない様な大きな銃(M16と言うらしい)を身に着けさせた状態でのマラソンを強要。

「なんだそれは! ジジイのフ○ックの方がまだ気合いが入ってるぞ!
 そんなんじゃ、宇宙(そら)に上がる前に戦争が終わっちまうぞ、アホ!」

そんな過酷な訓練の中、ついに最初の脱落者が。
クラスで一番体力の無い、キョウカが転倒。

「おやおや、こいつはとんだお嬢様だな!
 貴様のような屑のブタを育てた父親は、きっと家庭を省みない。自分の趣味の事しか頭に無い、オタク野郎だろうよ!」

「私のお父さんの悪口を………って、アレ?」

言い返そうにも反論の余地が無くグウのネも出なくなる、キョウカ。

「って、駄目じゃないソコで素に戻っちゃ。
 此処は、『だったらガッツを見せてみろ! お前が屑のブタでないところを私に見せてみろ!』って嗾けられた貴女が、猛然と走り出す場面なのよ。でないと、後が続かないじゃない」

「いや、そうじゃなくて。
 今更って気もするんだけど、何で指導員の人がラピスちゃんなの?
 しかも、どうして海兵式にシゴかれなきゃならないの? 只の防災訓練なのに」

「だから、対戦争用の防災訓練よ」

「え…え〜と」

「うんうん、判ってるわ。確かに、この場合は軍曹である事が望ましいんだけど、私にも色々と都合があるのよ。
 ほら、最低でも尉官でないとオペレータ席に座れないし。
 ああ、大丈夫。チャンと最後には、『本日をもって貴様等は(中略)死ぬために我々は存在する。だが戦士は永遠である。つまり―――貴様等も永遠である!』
 って感じに締めて、皆で号泣しながら抱き締め合う予定だから」

と、そんな無法状態がまかり通る事に。
この折に偶然知ったのですが、ラピスちゃんが入学してきた時点で、この学校の実権の何割かは、何故か彼女の手に握られており、PTAの人達でさえ表立っては逆らえない。
つまり、大人は全くアテにならない状態でした。

でも、当然ですが、そんな素敵に無敵な我侭っぷりを快く思わない人も居る訳で、

「どうやらお前は、マジで常識ってヤツを知らないようだな」

「と〜ぜん。定石に拘っていたら進歩なんて無いわ。
とゆ〜か、今、貴方が主張したの常識とやらのほとんどは、世界レベルからみれば非常識なローカル・ルールばかりだし」

「だから何だよ!
 俺なあ、気が短い上にあんま成績の良くない。俗に言う所のオチコボレっつうレッテルを張られているロクデナシだ。
 だがな、そんな俺でさえ、守らなきゃなんない。いわゆる最低限のモラルってヤツは犯した事は無いぜ。
 それを、オマエときたら………人のココロって言うか協調性ってモンが無いかい!」

「そんなワケないじゃない。
 こうして一つのクラスに集い行動を共にしている以上、私達は仲間。
 いわばパーティであり、ファミリーであり、同士であり、生徒諸君よ!
 私の趣味はみんなの趣味。世間の白い目を浴びて受けるダメージは、各々自己負担よ」

「って、なんじゃそりゃあ! 狂ってんのか、オマエは」

「(フッ)人間、狂って結構。オタク道とはそういうもの。正気にては大業ならず、真のシグルイなりよ」

そんな売り言葉に買い言葉(?)から決闘騒ぎを起こした事もあったのですが、

「グッバイ エイジ・ダテ。今後、『尊敬するクラスメイトは?』と聞かれたら、きっと私はこう答えるだろう。最後まで己の義を貫いた、誇り高き番長だと」

ダテ君の大ぶりな一撃を冷静にヘッドスリップで避けると、ラピスちゃんは拳を鋭く捻りながらの右ストレート。
所謂、コークスクリューパンチを。

「ち…畜生め」

そんな子供のケンカではあり得ない見開きページな大技の前に、一言、負け惜しみのセリフを呟いた後、ストップモーションでゆっくりと倒れ伏す、ダテ君。
でも、その意識を失った顔には、ベストを尽くした格闘家特有の穏やかな笑顔が。

とまあ、彼とは比較的穏便に和解が成立したのですが、

「私のターン! ナ○ト・ブレイカーとポ○ズンバ○フライを犠牲にして、新たなモ○スターを召喚!」

「なっ!?、二体目のブルー・ド○ゴンだと!」

「(フッ)それだけじゃないわ。即効魔法発動! ハイ○ー・バー○ーカー・ソ○ル!
 手札を総て捨て、効果発動! コレはモ○スターカード以外のカードが出るまで何枚でもカードをドローし墓地に捨てるカード。
 そしてその数だけ、攻撃力××××以上のモ○スターは追加攻撃が出来る!」

「ちょ…チョッと待て! 幾ら何でもそれは無いだろ、普通!」

「待たない! まず一枚目、ドロー、モ○スターカード! ク○ーズ・ナイトを墓地に捨て、ブルー○ラゴンの追加攻撃!
 二枚目、ドロー、モ○スターカード!(中略)三枚目、ドロー、(中略)四枚目、ドロー、(中略)五枚目………」

「ぎゃああああ!!」

そんな感じで。『ずっと私のターン』とばかりに、信じられないくらいレアカードをふんだんに盛り込んだ大人気ない反則デッキで、
ビダン君(全国大会にも出た事のあるカードゲームマニア)を完膚無きまでにやり込め、その心を粉砕。
時折、『大きな星がついたり消えたりしている・・・彗星かな?いや、ちがう、ちがうな・・・彗星はもっと、パァ〜ッてなるもんな』
等と虚ろな目で意味不明な事を呟いたりする廃人に追い込んだのは流石にやり過ぎだと思いました。
まあ、そんな彼の面倒をアレコレと看ている保健委員のファちゃん(ビダン君の幼馴染)は、何故か妙に嬉しそうなので、敢えて表立って文句は言いませんけど。



そう。思えば、相手が男子の場合はまだマシでした。
何と言うか、一度やりあえば決着が着くというか『ケンカしたら友達』っぽいノリでしたから。

深刻なのは、相手が女子の場合です。
取り分け、全くソリの合わない委員長(どこかの大会社の会長の孫娘らしい、俗に言う所のお嬢様)に対してさえ、

「はい。(パン)声をかけられたらまず立ち止まり、体全体で振り返ること。
決して顔だけで振り返ってはいけないわ。優雅に、そして美しく笑顔で」

「な…なんで学校に来てまでそんな事を………いえ、何が悲しくて、貴女なんかの指導を受けなければならないんですの!?」

「(チッチッチッ)判って無いわね。いいこと、お嬢様道は一日にしてならずよ」

と、真っ向からケンカを売るのは如何なものかと思います。
おまけに、それによって、彼女の取巻き達が報復行動に。
下駄箱の靴を隠すといった古典的な(ちなみに、イダズラメールや掲示板に悪口を書くといった類のものは、実行と同時にハードごと潰されたそうです)イジメを始めても、
馬耳東風と言うか、

「動かないで! 犯人はこの中に居るわ。ジッちゃんの名にかけて、真実は何時も一つよ!」

と、かえって彼女を喜ばせる結果に。
しかも、そんな某名探偵っぽい事を言いながら犯行現場から採取した指紋を照合して犯人を特定するという、えげつない(?)真似をしますし。

そんな地獄の様な、3年3組の暗黒期。
幸いな事に、それは最初の一ヶ月。4月一杯で一段落しました。
そう。ゴールデンウィーク明けと共に、ラピスちゃんが五月病に掛かったらしく、あまり学校に出てこなくなり、
偶に登校しても、もう、以前の様なテンションではあり得ない。
総合的に見れば、チョッと扱いの難しいだけの、所謂、どこにでも居る様な問題児レベルに落ち着いてくれたのです。

ラピスちゃんも、やっと学園生活に慣れた。
そう受け取り、桜井先生を筆頭に、やれやれと安堵する3年3組の生徒達。
でも、これは単に、彼女のココロがこの学園から離れていったからでしかありませんでした。

事実、それを暗示する様に、ズル休みをする日がドンドン増えていき、ついには最低限の出席日数を割り込む寸前に。
そんな背景の下に迎えた、あの運命の日。
7月の半ば。もう一学期も終ろうとしていた頃、今後の相談の為にやって来た、ラピスちゃんのお爺ちゃんと思しき人。
4人のメイド達を引き連れた、貫禄溢れる如何にも西欧州風ジェントルマンといった雰囲気の初老の男性が学校に訪れ、
それに反発した彼女が理科室に立て篭もった日に、その破局は起こりました。

「もう止めるんじゃ、ラズリ少尉」

「グ…グラシス中将! どうして此処に!」

「戦争は、もう終わったんじゃ。終ったんじゃよ、ラズリ少尉」

「違う! 何も終わっちゃいない、何も! 言葉だけじゃ終わらないのよ!
 私の戦争じゃなかった。私は、アキトを守る為に戦っただけよ!
 私は、勝つためにベストを尽くした。皆で幸せになりかったから。
 でも、誰かがそれを邪魔した!
 シャバに戻ってみると、宇宙港には蛆虫共がゾロゾロ居て抗議してくるのよ!
 私達のことを『大量虐殺者』だの『倫理観の無い異常者』とかなんとか言いたい放題に。
 アイツ等に何が言えるんのよ、ええっ!?
 私達と同じあの地獄に居て、あんな思いをしてきたワケでもないのに!」

「皆が失望し苦しんでいた。もう、過ぎた事なんじゃ」

「中将にとってはそうでしょうよ!
 でも、私にはシャバでの人生なんか空っぽだった。
 戦場では礼節ってものがあった。助け合い支えあっていた。此処じゃ何も無いのよ!
 アッチじゃ機動戦艦に乗っていた。艦載機を飛ばした事もある。
 値段なんて付けようもない最新型の超AIも自由に使えた。
 それが国に戻ってみれば、只の小学生にもなりきれないハンパ者なのよ!」

いつものよく判らない冗談とは違う、血を吐く様な重苦しい言葉。
何より、あの気丈なラピスちゃんが啜り泣いていました。

「最前線を盥回しにされる身だったけど、そんな転戦先にだって気の合う友達が何人も居た。
 大勢戦友が居た。頼りになる親友が居た。此処には誰もいない。
 カズシさんを覚えてる? シュン提督の副官で、とても面倒見の良い人だった。
 ハルカさんとはまた違うタイプの大人な人で、ハーリーとはウマがあって、よく一緒にバカ話をしてた。
 でも、そんな彼も死んだ。暗殺者からシュン提督を庇って。
 馬鹿よ、あの人は。そりゃあ、本人は満足な最後なんでしょうけど、残された方はどうなるのよ!
 爆弾で吹っ飛んだ所為で身体はグチャグチャ。残った物と言えばボロボロの認識票だけ。
 毎日のように悪夢にうなされて、まるでらしくない顔で起き出して、私に気付くと無理のある作り笑いをするの。

次第に虚ろな瞳となってゆくラピスちゃん。
そんな悪循環を遮るように、温かい、それでいて確かな信念を感じさせる力強い声音で、

「君はアキト君から託された、ワシにとっては孫娘も同然の存在なんじゃ。このまま潰れてくれるな」

「ち…中将」

「さあ帰ろう。例の基地で、新しい任務が君を待っている」

そう言って、初老の男性が優しくラピスちゃんの肩を抱いて理科室から連れ出すところ。
校内でその姿を見たのは、それが最後になりました。
彼女は一学期を最後に学校を退学。夏休みが終わり二学期になっても、もう3年3組の教室には帰って来なかったのです。



これは後で聞いた話なのですが、ラピスちゃんはとても特殊な環境で育った娘だとかで、
私達の知るハジケ捲くったあの姿でさえ、一年間の矯正教育プログラムを済ませた後の。
いわゆる特殊な背景を経ての小学生デビューだったとの事でした。
朝礼にて、そう声高に語る。厄介者が居なくなって清々したと言わんばかりな態度の教頭先生。
勿論、彼に賛同する教師やPTAの役員も少なく無い………
いや、下手をすると、桜井先生以外は全員が同意見なのかも知れませんが、教育者として、その言動は如何なものかと思います。
ホント、イイ気なものです。彼女が居た頃は職員室の片隅でコソコソとして、禄に朝礼にも出てこなかったヘタレの癖に。



   〜 再び、某映画館 〜

   ジリリリリ………

「あっ、始まるみたいよ」

開幕のベルと友達の声に喚起され、物思いの海から這い上がります。
見渡せば、既に周囲はクラスメイト達で埋まっており、照明が薄暗くなってゆく所だった。
次第に見え難くなっていくその顔ぶれにジンと来て、思わず懐の半券を握り締めます。
それは、それまでのキョウカの屈託を吹き飛ばす。
理解しあう事こそ出来なかったものの、皆、ラピスちゃんが嫌いだった訳ではない事を確信させてくれる光景でした。

そう。これは、1週間程前に彼女から送られて来たチケットなのです。
そして、みんな揃って公開初日に。予め誘い合わせた子だけではなく、ほとんどのクラスメイト達が来てくれたのです。
ちなみに、委員長は来ていませんが、これは只のツンデレでしょう。だって、彼女の取巻きの一人がパンフを二枚も持っているのだから。
ダテ君も来ていませんが、これは思春期の男の子特有のフクザツな感情ゆえでしょう。だって、ラピスちゃんが学校に来なくなって、一番落ち込んだのは彼なのですから。
ビダン君とファちゃんも来ていませんが、きっと後日に。人が少なくなってからデート気分で来るつもりなのでしょう。
あれ? 何故か胸中にドス黒い何かが。

『わお〜ん、わお〜ん』

そんなこんなで映画『北斗の拳』が始まり、3年3組の生徒達は、スクリーン越しながらも久しぶりにラピスちゃんと再開しました。

PS:次回作の予告も勤めていた彼女の言動は、一別以来と変わらずアレな感じでした。
  その姿に呆れつつもどこかホッとしている、ウリバタケ キョウカと3年3組一同でした。



   〜 翌日。2015年の午前4時、芍薬の101号室 〜

その日、枝織は常ならぬ悪夢にうなされていた。

『枝織よ。この父を捨て愚息の下へ走った、愚かなる我が娘よ。目覚めるが良い』

『お…お父様? でも、どうして? それに、その姿は?』

それは不思議な光景だった。
もはや会う事もあるまいと思っていた。かつては最愛の人だった父親、北辰が目の前に居るのだ。
それも、ブーステッドマン化する前の。先日、北斗を通してゲーム空間内で見た生身の状態。
否、彼女の知らない。もはや北斗の記憶の中でしかあり得ない筈の。
幼少の折、彼の手によって左目を抉られる前の、両目の揃った若々しい姿で。

『(ククッ)顔を見るなり矢継ぎ早に不躾な問いを並べるとは。
 わざわざ遠方より訪ねてきた父親に対し、なんとも非礼な事よな。
 暫く見ぬうちに、最低限の礼儀すら忘れたか。
 矢張り、愚息めに預けたは誤りであった様だな』

そう言って僅かに嘆息した後、錫杖を構える北辰。
その動きのクセといい、彼以外にはあり得ぬ濃密な殺気といい、
容姿こそ若干の違和感があるものの、それ以外は正に瓜二つ。
枝織の良く知るお父様の姿そのものだった。

身の危険を感じ、枝織はすぐさま北斗に助けを求めた。
だが、それは驚愕を持って応えられる事に。
いつもの様に眠っているだけではなく、常に共にある筈の己の半身の存在が全く感じ取れないのだ。

『(フゥ)窮地を前に己を忘れ、おののき棒立ちとは。さても失望させてくれたものよな。
 我は、お前をその様な惰弱な娘に育てた覚えは無いぞ』

    シャリン

そんな口上と共に繰り出される錫杖を辛うじて避ける。
それは、枝織の知る彼の技とは比べるべくも無い速さの。
しかも、ブーステッド化による力任せのものではあり得ない、見事なキレを伴った一撃だった。

『ほれ、どうした。愚息のおこぼれとはいえ、仮にも木連柔術の最終奥義を極めた者が、まさかこのまま終わりとは言うまいな?』

いまだ状況が良く呑みこめないが、お父様の言は一々もっともだった。
完全に気勢を制され、しかも、自分には戦う意思さえ持てない相手。
当座の危機を凌ぐ術は、もはやそれしかない。

『えっ?』

だが、幾ら念じても、朱金の輝きが彼女の身体を覆う事は無かった。

『(クックックッ)なるほど。アレはあくまで、愚息めの魂を象徴するもの。
 お前のそれは、只の借り物に過ぎなかったという訳か。
 いや、正に道化も良いところ。滑稽の極みよのう』

頼みの綱を断たれ混乱する枝織の疑念に答える様に、そう宣いつつ哄笑する北辰。
そして、そんな一頻りの嘲笑の後、さも愛想が尽きたと言わんばかりな口調で、

『やれやれ。新たな戦いを前に、戦力の増強を図るべく迎えに来てみれば、とんだ期待外れよな。
 まあ良い。如何に惰弱な役立たずでも、お前は我の可愛い娘。見逃してやるゆえ、我が企てが成就する日まで、愚息の中にでも引っ込んでおれ』

『し…枝織は役立たずなんかじゃ………』

自己のアイデンティティを否定され、気圧されながらも必死に抗弁する枝織。
だが、皮肉にも、これが北辰の興を誘ってしまい、

『ふん。平穏の世に溺れ、暗殺者としての牙を失った今のお前に何が出来る?』

そう言いつつ指を鳴らした彼の合図に従い、彼の背後より見知らぬ顔の。
それでも、編み笠ルックから六連と判る三人の男達が登場。
そんな彼等の腕の内には、拘束されたシンジ、トウジ、そして零夜の姿が。

『ほれ、違うというならば、我の凶行を止めてみせい』

嬲るようにワザワザそう前置きした後、

  バキッ

蜻蛉の構えより振り下ろされた北辰の錫杖が、示現流の野太刀の如くシンジの頭蓋を砕き、

  ドスッ

返す刀で突かれたその先端が、トウジの心臓を貫いた。

血飛沫を上げ倒れ伏す、かつて枝織が弟子と呼んだ者達。
そう。どう見ても、急所を破壊されての即死。
彼等は、もはや物言わぬ肉塊に過ぎない。

『北辰!!』

気勢に任せ、背後の男の拘束を振り解いた零夜が、その激情のままに北辰に打ち掛かる。
だが、平常心を失った小娘の拳が狂気を極めた外道に通じる筈も無く、

   ボクッ
         ザシュ

擦れ違い様の喉笛への一撃こそ辛うじて躱したものの、背後に回わられての延髄部への殴打により昏倒。
そのまま、止めとばかりにその背中に突き刺された錫杖によって、彼女もまた永遠の眠りについた。

『(クックックッ)まさか全員見殺しとは。予想以上に愚図であった様だな、お前は』

全身に返り血を浴びつつ哄笑する北辰。
正に悪夢の光景だった。

『判るか? これが愚息であれば、流石の我とて、こうまで簡単にはいかなかった。
 たとえ、今のお前の様に、昴氣の加護が無かったとしてもな。
 だが、お前は身動きすら出来なかった。
 紫苑家の小娘の様に、敵わぬまでも我と相対する気概すら持てなかった。
 だからこそ、お前は役立たずだと言うのだ』

そう言いつつ、枝織の方に向き直ると、

『辛かろう? 苦しかろう? 愚かなる我が娘よ。
 今、お前が感じている痛み。それが、心を持ってしまった者の業というものよ。
 もはや、生きているのも苦痛であろう? 
 せめてもの情け。この父が引導を渡してやろう』

彼女を黄泉路へと誘う、死神の鎌と化した錫杖をシャリンと鳴らしながら、北辰が近付いてくる。

(ヤダヤダヤダヤダヤダヤダ!!)

声にならない悲鳴を上げ続ける枝織。
だが、本来ならば、狂気に犯された目の前の父親すら遠く及ばぬ。
トンデモ武道な格闘漫画の主人公達でさえ裸足で逃げ出す様な驚異の戦闘力を誇っている筈の己の肉体が、蛇に睨まれた蛙の如く全く動いてくれない。

そして、ついに錫杖が振り下ろされ、その先端が目の前に、

  ガバッ

次の瞬間、激痛の代わりに覚醒を。
悪夢を断ち切り、枝織は現実世界への復帰を果した。

  ハア、ハア、ハア………

常人のそれを遙に凌駕した。人類の限界の右斜め上をグラフごと突き破った奇跡の心肺機能を誇る彼女をして荒い息を吐く様な、正に最悪の目覚めだった。

「ん? どうしたの枝織ちゃん?」

誰何の声に振り返れば、隣の布団には、北辰に惨殺された筈の零夜の姿が。
此方もまだ起き抜け。自分の只ならぬ気配を察して目覚めたばかりらしく、いまだ薄手の掛け布団に包まったまま此方の様子を伺っている。
そんな彼女を適当に誤魔化し再び寝かし付けた後、取り急ぎ隣室へと忍び込む。
シンジもまた無事だった。
声としては紡がれてはいない。彼女の唇の動きから読み取ったその寝言から誰何するに、
何か自分のそれとはまた毛色の違う悪夢にうなされているっぽいが、その辺は何時もの御約束。
取り敢えずは、何の問題もない。
そして、可愛い妹(?)の気も知らんと爆睡中ではあるが、北斗との繋がりもシッカリと感じられる。
この分なら、トウジの方は確認するまでも無いだろう。
つまり、異常なまでにリアルではあったが、先程のそれは只の夢だと証明された訳である。

ちなみに、芍薬より20q程離れた。とある廃工場の一角に置かれた、とある謎のコンテナ。
大神官ゴートがそのコネを総動員して。ぶっちゃけて言えば、カヲリを拝み倒してシュン提督にはナイショで2015年まで運んで貰ったそれの中では、
謎の美少女と謎の中年男達が、謎の実験の成功をそれぞれの流儀で喜びあい、謎の青年が己の胃の辺りを押さえて蹲っていたりするのだが、
その全容は、現時点では本編には全く関係ない事なので割愛させて頂こう。

「役立たず………か」

小さくそう呟く、枝織。
無論、冷静になって良く考えてみれば、自分はイラナイ子だなんて思わない。
そう確信出来るくらい、此処で暮らす人達は皆、枝織の事を愛してくれている。
それでも、現実問題としては。イザという時、北斗と自分とを比べてみた場合『ドチラの方が頼りになるか?』なんて考えるまでも無い。
もしも、あの悪夢の通りにお父様が復活していたのだとしたら………

「(トゥルルル、トゥルルル……カチャ)もしもし、舞歌お姉ちゃん、私、枝織。……………うん。あのね、相談したい事があるの」

こうして、とある謎の勢力が行なった謎の実験のバタフライ効果によって、とある騒動の種は密やかに蒔かれた。



   〜 四時間後 第一中学校、2Aの教室 〜

「相田(はい)、綾波(はい)」

理由は不明だが、今日の枝織は虫の居所が悪いらしく、朝の鍛錬を勝手に欠席。
今もって此方の呼びかけに応えず、心の奥底に引篭もっている。
そんな訳で、今日は朝から北斗が指導を。

「碇………こら! シャッキリせんか、シンジ!」

「は…はい!」

と、その所為か、彼の弟子達は、朝からイイ感じに死に体だったりするが、今更そんな事くらいで驚く様な未熟者など、この2Aには存在しない。
この辺、日々の積み重ねの賜物である。

「魚住………ん? 何をやってるんだ、オマエは?」

「良くぞ聞いてくれたわ、北斗先生。
 実は、アレから色々あって、私は悟ったの。
 そう。ごく一部の特殊能力を持った人間を除けば、時間は常に有限なのよ」

チョッと自慢げに。いつも通り、無駄に自信タップリにそう言い切る問題児の態度に辟易しつつも、北斗は再度同じ事を尋ねた。

「その特殊能力者とやらの事も少々気になるが、取り敢えず横に置いてだな
 (コホン)それで、その事と今のオマエのその格好に、何の関係があるんだ?
 校則の………第何条かは忘れたが、少なくとも、授業中はキチンと制服を着用する義務がある筈だぞ」

「(フッ)その辺の事も抜かりは無いわ。
 良く見てよ、先生。コレだって学校指定の制服よ」

そう言いつつ、最近、チョッと成長著しい。
スクール水着の上からでもハッキリと判る、女の子特有の膨らみを帯びた胸を張るウミ。
その手の事に一家言のある猛者に言わせれば、『邪道』と断じられそうな光景である。
まあ、机の下に置いた大型の水槽に両足を突っ込んでいる時点で、それ以外の部分でも人として色々とアウトなのだが。

「……………なるほど。『盗人にも三分の利』と言うか、屁理屈が上手いと言うか。
 まして、今日はカヲリが休みとあっては。お前一人では荷が重かったろうな」

と、チョッピリ同情の篭った目で、何かに疲れ果てた顔をしていた委員長ちゃんの方を一瞥した後、
ウミの首根っこを掴み、『教室で海水浴してもイイじゃん。見逃してくれよ〜』との抗議の声を無視して、彼女を強制退場させた。

「加藤(はい)、木嶋(はい)」

その後、何事も無かった様に点呼は続き、

「空条………ん? ミオのヤツはどうした?」

流行り病の類とは縁の無い身体であり、また、曲りなりにも武闘家を自認する身。そう簡単にくたばりはしない。
それだけに、この唐突な欠席な欠席に不審顔となる北斗。
その呟きに答える形で、ダークネスが誇る諜報員であり、転校組の使徒娘達のフォロー担当でもあるケンスケが、

「空条でしたら、先生にまったく通じなかった例の空条流重自在拳とかいうヤツを新たな階梯に押し上げ完成させるんだとか言って、
 此処数日、ウチでその手の資料映像を漁り捲くって。
 その過程で何故か………いえ、寧ろそのファイトスタイルの方向性から考えると必然だったといますか。
 兎に角、ス○リートファ○ターシリーズに被れて『私より強いヤツに会いに行く』とか口走る様になりまして。
 その時は、何分ああいう性格の娘ですので、話半分に聞き流していたんですが………」

自分でも失態だったと思っているらしく、報告に何時ものキレが無く、そのまま繰言に突入しそうだった事もあって、北斗はそれを手を振って制し、

「で、アレがドコへ行ったかの見当は付くか?」

ズバっと事の核心を訊ねた。
それを受け、ケンスケは少し考え込んだ後、

「真っ先に思いつくのは中国ですけど、これは無理ですね。
 だって彼女、パスポート持ってませんし。
 次点となりますと、やはり姫路城辺りに………」

「いや。そうなると、多分、中国だな」

その考察に被せる様にそう断定する。北斗。

「えっ? どうしてですか?」

「アレは本物のアホだから。おまけに、こと逃亡に関しては絶対無敵な妙技の持ち主にツテがあるからだよ。
 そんなワケで、この件はミオの現在位置が確定してから考えることにする。
 あと、状況によっては、お前にも手を貸して貰うかも知れんから、一応、そのつもりでな」

と、そんな感じで、その日の授業は概ね平穏だった。
一時の平和。嵐の前の静けさだった。

その頃、遠く離れた。時空間すら異なる2199年の日々平穏では、

『ほれ(ポン)これで良しっと』

最後に、ホウメイさんが料理長の証である帽子とスカーフと整えてくれた。
そう。辛かった修行時代も終わり、今日はついに暖簾分けの日。
明日から自分は、一国一城の主。日々平穏の2号店を任される店長なのだ。

『んじゃ行くぜ〜 ハイ、チーズ(パシャ)』



常連さんの一人であるウリバタケ班長が、記念写真を撮ってくれた。
数々の料理の見本が並ぶウィンドウの前で、チョッとおすまししている自分。
まさかこんな日が来るなんて。まるで夢の様………




「………(ハア)やっぱり夢だったか」

そんなベタな展開を経て、アカリは何時も通り日々平穏の厨房で目を覚ました。

「(パシッ)さてと」

己の頬をピシャリと張って気合を入れ直すと、朝の清掃を開始する。
そう。あれ以来、いまだ彼女の仕事は、各種調理器具や食器の洗浄がメインだったりするのだ。
とは言え、希望が全く無いではない。
幸いな事に、まだ見捨てられてはいないらしく、自分が食べるまかない食を作る事は認められている。
ぶっちゃけて言えば、店の営業が終了し、店内の清掃が済んだ後ならば、独自に鍋を振る事を黙認されているのだ。

そんな訳で、アカリは連日厨房に泊まり込み、寸暇を惜しんで修行の日々に励んでいるのである。
振り返って考えるに、これまで自分が消費した(勿論、調理後は総て有り難く頂いているので、全くの無駄ではないのだが)食材の費用だけでも相当な金額になる筈。
本当に、ホウメイさんには下げた頭が上がらない。

「に〜ぎる〜、包丁に〜、魂込めて〜」

以前、TVでやっていた。
既に夢を叶え、大成功を収めている自分の義姉が歌っていた『味○料理会会歌』を口ずさみながら、テキパキ調理器具を定位置に並べてゆく。
この手の作業も、既に慣れたものである。
だが、そんな心の余裕を………否、己の特性を考えれば、油断し捲くっていると言っても過言ではないその心理状態の間隙を突く様に、

「(バタン)お願い、アカリちゃん。私を中国に連れてって!」

唐突に厨房に現れた。
一月程前に紹介されたばかりの彼女の義妹が、いきなりそんな事を勢い込んで言い出した。

「えっ? えっ?」

かくて、数多の幸運に支えられての2015年→2199年への輸送船への潜入の折とは一線を画す形で。
ミオとアカリは、2199年から2015年へ。
そして、日本から中国へのジャンボへの密航に恙無く成功する事になるのだが、それはまた次回の講釈で。




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