>SYSOP

Dash >1番カラ256番マデノ、バッチプログラムノ転送完了。

NaokoB >ダウンロード確認。プログラムドライブ。
      はい、環境設定完了。これで、次のシンクロ実験の時には実行出来るわよ。

Ayanami >ありがとう、バアさん。

NaokoB >バ…バアさんって。(汗)
      貴女ねえ、人にものを頼むのに、その言種はナイんじゃない?
      私だから良いようなもの。これがMの方だったら、もう一辺、首を絞められても文句は言えないわよ、ソレ。

Ayanami >問題ないわ。私には、もう首なんて無いもの。

NaokoB >そういう意味じゃなくてねえ!

Dash >マアマア、落チ着イテ。ハイ、コレ。頼マレテタモノ。(完全デジタル化した某銘柄の煙草のデータを転送中)

NaokoB >あらまあ、本当に出来たんだ。ありがとう、ダッ○ュさん。(シュボ)
      (フウ〜)うん、コレコレ。いやもう、今の生活で何が不便って、この仕事明けの一服が出来ない事が………

Ayanami >バアさんは煙たい。

NaokoB >お黙り、このニー○娘! 
      引篭もってばかり居ないで、少しは外界の事を。世間の常識ってものを学びなさいよ。

Dash >ドウシテ、ソンナニ仲ガ悪インカナ〜、二人ハ。

NaokoB >『どうして』って。私達ってば、絞殺事件の加害者と被害者なのよ。
      仲が良かったりしたら、寧ろ不自然じゃなくて。

Ayanami >ええ、問題ないわ。

Dash >ウン、ソレソレ。ドーシテソンナ真似ヲシタノヨ、奥サン。
     マシテ、ソノ後、自殺ダナンテ。全然、ラシクナイヨー。

NaokoB >(チッ、チッ、チッ)完全合理主義者の貴方には理解し難い感情でしょうけど、意外と恐いのよ、コンプレックスって。
      それをバネにしている人間の場合は、特にね。

Ayanami >歴史上の偉人の中には、それが原因で戦争を起こしたチビの英雄だって居るわ。

Dash >最近ノ検証デハ、実ハ175p位アッタラシイカラ、デマダト思ウヨ、ソノ俗説ハ。

Ayanami>あら。そんな事を言い出したら、零号機のコアの確保と魂の移行実験の為に、ワザと私を殺させたという
      断○系SSの定説だって、言い掛かり以外の何物でもないと思うけど。

NaokoB >そうね。実際、ゲンドウ君が命じたとは思えない。あまりにも彼らしくない、確実性に欠ける話だもの。
      そりゃあ、世界の犯罪史を紐解けば、些細な事で精神の均衡を失って殺人に走るケースは枚挙に暇が無いけど、
      逆説的に言えば、それを意図的にコントロールするのは至難の業。
      計画的殺人の手段としては論外の一語。
      三文推理小説でさえネタにし難い。苦し紛れに『長期的スパンでターゲットを精神的に追い込む』なんてカンジの理由付けが必要な、杜撰な策よね。

Dash >ジャア、只ノ偶然ダッタノ?

NaokoB >さてね。所詮、私は科学者としての思考パターンをプールされた仮初の人格。云わば過去の記録でしか無い存在だもの。
      その当時の感情の流れは、あくまでも赤木ナオコ本人にしか判らない事だわ。
      と言うより、いっそ理解不能ね。
      実の所、こうして目の前にその被害者が居なければ、邪魔になった私を消したゲンドウ君が作り上げた、只のデッチ上げ話だと判断していた所よ。

Ayanami >嘘じゃないわ。

NaokoB >(フッ)判ってるわよ。

Ayanami >あの時、私が『バアさんは用済み』『バアさんは邪魔』『バアさんはヒステリー』『バアさんは若作りし過ぎ』って言ったら赤木博士の顔色が変わり始めて、
      『バアさんのブリッ子はキモイ』『バアさんの口紅の趣味も悪い』(中略)『バアさんは年甲斐も無く淫乱過ぎ』『その癖(以下自主規制)』って、続けてたら、
      『バアさんのお口はポリデント臭い』の辺りで唐突に首を締められ窒息死したわ。

NaokoB >(ハア〜)だから、もう判ったつ〜の。

Dash >ソウソウ。モウ、コノ話題ハ止メヨウヨー。
    単ニ、オ互イノ古傷ヲ抉リ合ウダケデ、良い事ナンテナニモナイシ。

Ayanami >同意。それで例の計画の方は?

Dash >(コホン)トリアエズ、準備ハ完了済ミ。後ハ、明日ノ実験中ニ、タイミングヲ見計ラッテ実行スルダケダヨ。
    只、諸般ノ事情カラ。主ニ、シュン提督ニモ、ナイショノオペレーションナ所為デ、アンマリ時間ハトレナイケドネ。最大デモ2時間ッテトコカナ。

Ayanami >問題ないわ。小一時間というのが、世間の相場らしいから。

NaokoB >ちなみに、リアルタイムでは?

Dash >ダイタイ五〜六分ッテトコ。

NaokoB >OK。それ位なら、リッちゃんの方は、もう一人の私が上手く誤魔化すでしょうし。
      で、話はチョッと変わるんだけど………今、ゲンドウ君、如何してる?

Dash >ケンスケ君カラチョロマカシタ写真ヲ片手ニ、飯場デ、サイゾウサンヲ相手ニ娘ノ自慢話ヲシテル。
    デモ、単ニ親バカニナッタダケジャナイヨー。碇ユイ奪回計画ノ進行状況モ結構順調ダシネ。
    公私共ニ。陰謀モ含メテ絶好調。概ネ、提督ノ書イタ、シナリオ通リッテトコカナ。

NaokoB >目の前にぶら下げた人参か。(ハア〜)貴方達ってホント悪党なのね〜
     まあ確かに、ゲンドウ君には最も効果的な手なのは認めるけど。チョッと悪辣過ぎない?

Ayanami >以下同文。最後には全部取り上げるつもりの癖に。

Dash >提督ニ言ッテヨ、ソーユー事ハ。

NaokoB >あら、貴方だって同類でしょ。その片棒を担いでいるんだもの。

Dash >(ゴ〜〜〜ン)ソ…ソンナ。記憶領域ノドコヲ検索シテモ、愛ト正義ト萌エ心ガ表示サレル筈ノコノ身ガ〜!
    墜落………ジャナクテ堕落ダ〜! ウワ〜〜〜ン! 助けて、ラ○スえも〜〜ん!

Ayanami >あっ、回線切って逃げた。

NaokoB >う〜ん。意外と打たれ弱いのね、彼。男としては、明らかにマイナスな弱点だわ。

Ayanami>科学者の人格まで判断基準はソレなのね。

NaokoB >と〜うぜん。だって、娘よりも愛した男を。最後まで女である事を選んだのが、赤木ナオコという人間でしょ?

Ayanami>そう。そうやって開き直るのね。
      (ハア〜)やれやれ、これだからバアさんは困るのよ。

NaokoB >って、どこかの嵐を呼ぶ幼稚園児なの、貴女は。

Ayanami>そんなの知らないわ。だって、私は多分一人目だから。







オ チ コ ボ レ の 世 迷 言

第15話 嘘と真実





時に2015年10月2日。
某トリプルコンピュータ内にて、とある策謀が練られていた日より遡ること数日。
木連より訪れた某修学旅行生達が、華の都な第三新東京市でハメを外し捲くり、某盛り場にて旅の恥を盛大に掻き捨てていった日の翌日より、
二ヵ月後に行われる、木連名物『天空雷台賽』に出場を目指し、北斗の弟子達の。
主に実戦経験の少ないトウジに重点を置かれたソレが始まった。

だが、その成果は捗々しくは無かった。
まずは、トウジに教えている技のベースである八極拳の実戦における弱点。
技と技との切れ目に生まれる隙を補うべく、八卦掌の「擺歩」や「扣歩」を学ばせようとしたのだが………

「え〜と。左足を踏み出すのと同時に右足を………おととっと」

「(ハア〜)踏み出す方向が逆………とゆ〜か、自分で自分に足払いを掛けて如何する、このバカタレ」

その前段階。体捌きの基礎である三才歩の習得すら遅々として進まず、北斗をして『間に合わない』と匙を投げる結果に。
仕方なく、回避の方は諦め、攻撃重視の教え方に切り替えたのだが………

「という訳で、トウジ、これから3時間以内に、いしころを一つ拾って来い」

「いしころって、あの空き地なんかにゴロゴロしているアレでっか、センセ?」

「そうだ。それによって、お前の適正を見る。心して選べよ」

「了解です」

で、その5分後、

「へい、お待ち!」

『取り敢えず、最初に目に付いた物を持ってきました』と言わんばかりのレスポンスで、小さな石塊を差し出してくる。
そんな馬鹿弟子の悪い意味でのおもいきりの良さに軽い頭痛を覚えつつ、

「なあ、本当にコレで良いのか? 下手をすると、コレで今後の武道家人生が決定するんだぞ」

「はあ。そない言われますと、なんや何かが違う様な………」

師に諭され、改めて手の中の小石を繁々と眺めるトウジ。
そして、1分程も沈思黙考した後、

「よっしゃあ! 判りましたで、センセ」

と、勇んで再度収穫に向かい、その一時間後、

   ドスン

「(ハア、ハア)どないです? コレやったら結構イイ線行ってると思うんですが?」

50s位はありそうな大ぶりの岩を目の前に置き、荒い息を弾ませつつ会心の笑顔を浮かべる。
そんな馬鹿弟子の明後日の方向に向かった勘違いに更なる頭痛を覚えつつ、

「シンジ、一度だけ助言を許可する。このアホに日本語を教えてやれ」

ハラハラしながら。いっそ、もどかしそうに自分達のやりとりを見詰めていたもう一人の弟子に、そう促した。

いしころ【石塊】石の小さいもの。小石。石のかけら。(民明書房刊 現代用語辞書)

「な、なんやて〜! それじゃ、コレは修行に使うモンやなかったんかいな?」

「いや。何と言うかその………探す事自体が修行の一環なんだよ」

チラチラと師の方を伺いながらトウジの問いにそう答える、シンジ。

「よっしゃあ! 今度こそキッチリとキメたるで〜」

そう息巻きつつ去って行く親友の後ろ姿を見送りながら、ホッと一息。胸を撫で下ろす。
助言と言うには少々露骨過ぎな。ほとんど正解同然な内容だったが、どうにかセーフなラインだったらしく、特に咎められはしなかったので問題なし。
トウジにも正しくその意味が伝わった様だし、これで一安心………

「と、思っていた僕が馬鹿でした」

「ん? ナニ明後日の方向きながら黄昏とるんや、シンジ?」

そんな心痛に追い討ちを掛けるかの様に、比較的まん丸な。
野球ボール大のそれを7個ほど両手に抱えながら不思議そうにそう尋ねてくるトウジに眩暈を覚えつつも、

「あのね、トウジ。これは訓練用の物でもなければ武器用の物でも無くてね………」

と、そんなシンジの言をさえぎる形で、

「それ以前に、俺は一つと言った筈だぞ。(ゴチン)」

と、北斗は愛の鞭を。頭頂部の痛覚を刺激してやまない絶妙な力加減の拳を落とした後、

「(フン)矢張り、もう少し判りやすい例題にした方が良さそうだな」

悶絶するトウジを眺めながら、教育方針の変更を決定した。




   〜 15分後 近所のゲームセンター 〜

店舗内にあるUFOキャチャーを前に、トウジは静かだった。

チャンスは6回。内、5回は既に失敗している。
後が無いプレッシャーに耐えつつ、ターゲットの位置を三方向から丹念に確認する。
此処までは、毎回クレーンが空振りするだけの。文字通り、箸にも棒にも引っ掛からない惨敗だったが、その御蔭でコツは掴んだ。今回は違う。

最初のボタンを押す。クレーンが動き出す。
此処で、この欠伸が出そうなスピードに油断していたのが、コレまでの敗因だ。
そう、動くのは縦横のドチラか一度だけ。それ故、ターゲットを見ながら適当にボタンを押したのでは、どうしてもズレが生じ易くなるのだ。

   カタ、カタ、カタ………

両方のラインが交わるポイントを予め予測し、それが捕獲位置になる様に調整する。
そんなシンジの助言に従い、慎重にタイミングを測りつつ二回目のボタンを押す。
と同時に、計算通りの位置にクレーンが下り出し、左右のアームが見事ターゲットを挟み込む。

「よっしゃあ!」

思わず歓声を上げる。
だが、それも束の間、

   ポロリ

と、ターゲットは己の自重を武器にクレーンより脱出。
先程までとさして変わらぬ自身の定位置へと、まんまと逃げおおせた。

「ワ…ワン・モア・プリーズ! チャンスをギブミーや!」

再挑戦を訴えるトウジ。
だが、北斗はにべもなく。とゆ〜か、何かを諦めた様な沈痛な面持ちで、

「いや。こんな事もあろうかと、もっと直接的なヤツを用意してあるからソッチにしておけ」

と諭し、芍薬への帰途に。
その道すがら、手本としてシンジがゲットした白いワニのヌイグルミを相手に『大丈夫。今度は、ほとんどそのまんまだからな』と小声で。
フラットな声音でボソボソと呟く己の師の姿を前に、流石に不安が。
今、自分が崖っぷちに居る事を何となく感じ取る。

「なあシンジ。わし、ホンマはどないすれば良かったんか?」

「ゴメン。正直、僕にも判らないよ。
 何て言うか。僕が出した答えをそのまま教えるのは簡単なんだけど、そういうカンニングしたら、多分、後でドツボに嵌るって言うか。
 これは自分で答えを出さないと意味の無い問題だから」

「さよか。………って、そないな顔するなて。
 大丈夫、今度こそ上手くやるさかい、あんじょう見とけや」

一転して強気に。おろおろと心配顔のシンジにそう請け負うと共に、新たに気合を入れるトウジだった。
実際、こうした気持ちの入れ替えが素早く出来るのが、彼の長所ではあるのだが………

ともあれ、そんなこんなで15分後、芍薬の裏庭へ。
過日、特設リングが組まれていた場所に着くと、そこには意外な人物が。

「って、なんやねんケンスケ、その格好は?」

真っ赤な空手着を着込んだ親友が対戦相手として待っていた。

「ナニって、演出だよ演出。或いは、昔取った杵柄ってヤツかな?」

何時も通りの。一年程前から、基本装備となりだした余裕の笑みを。
その姿に気負いは無く、緊張感が全く感じられない。
だが、此方を向いたまま。一発ギャグが終わった後も他の対戦相手の紹介を始めない所を見るに、本当に彼と戦うしかないらしい。

(マ…マジかいな。カンベンやでホンマに)

思わず胸中でそう呟く、トウジ。
それもその筈、ケンスケに限って、カヲリ達の様に『実は武道の達人でした』等という事はあり得ない。
仮に上手く隠していたのだとしても、事此処に至ったからには『ああ、やっぱり』と納得出来る様な。
その実力の片鱗くらいは感じとる機会は幾らもあった筈。
彼との間には、そう確信出来るくらい密接な交流がある。

「判らないかなあ? ほら、ケ○=マ○ターズだってば。『しょ〜りゅ〜け〜ん!』ってか」

と言いつつ繰り出されたオーバーモーションなアッパーっぽい技。これはもう駄目押しである。
拳打において最も重要な要素、下半身のバランスが滅茶苦茶。
つまり、あの派手な胴着は只のハッタリであり、相手はズブの素人。間違いない。

とは言え、センセの指示とあっては『戦わない』という選択もまたあり得ない。
互いに礼を済ますと同時に『しゃあないのう』と小さく呟くと共に覚悟を決め、

「行くで、ケンスケ!」

先手必勝とばかりに、3間(約5m)程離れた遠目の間合いより、トウジは箭疾歩(震脚のエネルギーを爆発的な突進に使う歩法)から得意の崩拳を。
無論、当てるつもりは全く無い。
コレを見せ技にケンスケをビビらせ、腰が引けた所へ習ったばかりの新技を。
師曰く『抱きつけば良いってもんじゃない』と未だ駄目出しの多い『抱』モドキ。
プロレス風に言えばベアハッグっぽい技にて組み伏せる算段である。

充分成功の見込みのある。彼にしては良く計算されたタクティカルな攻撃だった。
だが、これは正規の試合ではなく、対戦相手もまた、それに拘るタイプでは無かった。
おまけに、なまじ站踏の錬功“だけ”は順調に積まれている事が、この場合は災いし、

   ズボッ

シンジならばそのまま乗っても大丈夫な。
シーツと盛土で作られた、そこそこの強度を誇るトラップをアッサリと踏み抜き、その勢いを買って超高速フォークの如く。
余りのキレの良さ故に、我が身に何が起こったかさえ理解出来ないまま。
悲鳴すら残す事無く、トウジは地中へ。
予め用意されていた、落とし穴という名の顎の中へと消えた。




「かあ〜、エライ目におうたっつうか、卑怯やでケンスケ。正直、見損なったでホンマに」

数分後、約3m程の深さを誇る一敗地より這い上がってくると同時に(下にはマットが引いてあったのでノー・ダメージ)ブツブツとブゥたれるトウジ。
どうも、彼的視点では『負けた』という意識が皆無らしい。
しかし、現実には。取り分け、超実戦派である彼の師からすれば、

「卑怯じゃない。とゆ〜か、見損なったのは俺の方だ、このバカタレが」

と、嘆くに値する完璧な敗北でしかなかった。
そう。互いの技量を測る事を主眼とする散打とは異なり、実戦においては勝利こそが全てに優先する。
罠を仕掛けるなんて基礎中の基礎。寧ろ、格下を相手に戦う際には、それを警戒しない方がマヌケなのだ。

「(コホン)なあ、トウジ。今朝のアニメを見て、お前、ドウ思った?」

と、ついに業を煮やし、北斗は今回の特訓の主旨について直接的に。
奇しくもレッ○リボン編に突入した。
それも、御都合主義と言わんばかりにベストタイミングで、例の超聖水のネタバレな回だったドラ○ンボールを例に上げ『観察眼の重要性』について尋ねた。
だが、この期に及んでなお、この馬鹿弟子にはそれが伝わっていなかったらしく、

「燃える展開ですのう。
 正直、前回まではチョッと。なんて言うか、薬に頼るってのがワヤだったさかい良い意味で裏切られたっつうか。
 やっぱ、努力・友情・勝利がバトルもんの王道………」

「判った、もうイイ」

諦観が胸に去来する。
一体、自分は今日まで何を教えてきたのだろう?
思わず自問自答してしまう。

実際、シンジには原典が一発でバレたっぽい、わりと有名なエピソードが。
普段ならば気にも留めない様なツマラナイ物でも、苦心の末に探し当てた物ならば愛着が。
その細大漏らさぬ情報が自然と頭の中に入るという某軍師の故事に習った教えが通じなかったのは仕方ないとしても、
これだけ露骨に例を挙げ続ければ、普通はその意味に気付きそうなもんなのだが………
まあ、事此処に至った以上、最早多くは求めまい。

「(ハア〜)コレはもうアレしかないな」

「ア…アレって何ですか?」

只ならぬ雰囲気を発している師を前に、恐る恐る尋ねるシンジ。

「ん〜〜〜 所謂、こういう時のお約束ってヤツかな?」

その問いに、彼らしくない。慈母の如き穏やかな顔付きでそう答える北斗だった。

かくて、そんなこんなの過程を経て、




   〜 翌日。第一中学校2Aの教室。 〜

「と言う訳で、本日より10日間、トウジには某特別訓練所にて、とある特訓を受けさせる事にした」

と、その日の朝のSHRにおいて唐突に切り出した北斗の通達に、アスカは打てば響くとばかりなレスポンスで。
普段は辛うじて守っている(?)生徒としての最低限の体裁すら捨てた、御馴染みの『あんたバカァ!?』な剣幕で、

「って、なんて事スンのよ! この脳ミソまで真っ赤に燃えちゃってる無駄に無敵なバカ教師は!」

「ん? 何をそんなに怒ってるんだ、お前は?
 と言うか、俺的には、そういうのは洞木の役所だと思っていたんだが?」

不思議そうにそう聞き返す北斗。
そんな、のほほんとした彼とは対照的に、アスカは益々ヒートアップしつつ、

「アタシだって、そうしたいわよ!
 実際、何時もだったら、アレが死のうが生きようがアタシの知った事じゃないしね。
 でも今は。正確には、一週間後の10月10日はだけは、その限りじゃないわ。
 そう。唯一、あのジャージが人様の役に立つかも知んない。
 ついでに、スンゴク似合わないってゆ〜か、もったいないオバケが団体で。
 視界を白と黒のモノトーンに埋め尽くしながら迫ってきそうな暴挙って気がヒシヒシとするけど、ヒカリとっても色々とチャンスなのよ!
 って、此処まで言えば判るでしょう、流石のアンタでも!?」

「う〜ん」

その勢いに押し切られる形で。
『相変わらず喧しいヤツだ』と思いつつも、アスカの言い分について沈思黙考してみる。
だが、北斗と彼女とでは土台となっている情報が。
取り分け、ヒカリの密かな(?)思慕の念など、己の弟子達以上に全く気付いていない事もあって、

「まあ、お前の言いたい事も判らなくは無いが、別に大して変わらんと言うか………
 体育祭に向けての戦力だったら充分だろ? お前自身を含めて、ウチには勝てる駒が幾らも揃っている事だし?」

と、北斗とアスカの間には、暗くて深い溝が横たわっていた。
そんな中、更なる混沌をもたらす使者。スピード感溢れるダイナミックなフォームで土煙を上げつつ、校門を走り抜ける人影が。

「(ガラッ)はわわ〜〜〜 遅刻、遅刻〜!」

そのまま、そんな事を宣いながら2Aの教室へ。
温度差の激しい膠着状態にあった二人の間に物理的に。
具体的に言えば、疾走の余勢をかっての熱烈なタックルをかます形で割って入った。

「この大馬鹿者!」

無論、その暴挙の代償は少なくなく、払い腰っぽい形で教壇に強かに叩き付けれられる事に。
だが、それにもメゲル事無く。ずっと咥えたままの食パンすら放す事無く。

「見えた?」

と、チョッと頬を染めて恥らいながら乱れたスカートの裾を押さえる。
そんな転校生のお約束を丁寧に踏襲しつつ、トウジと入れ替わりになる形で10日振りに登校してきたミオだった。

「ナニやってんのよ、アンタは?」

呆れ顔でおなざりに突っ込むアスカ。
それを受け、隣の席のレイもまた、

「ええ。それを行うには、もう一ヶ月以上も遅いわ」

「って、違うわよ!」

「そう、決して遅くないわ。その気になれば、人生は何度でもやり直せる………」

「それも違うっつうの!」

レイとミオの更なるボケにツッコミ捲くる。
そんなアスカを尻目に、淡々とした口調で、

「まったくだ。確かに、人生は幾らでもやり直せる。
 だが、それならそれで落とし前が。再出発を始める前に、因果の清算ってヤツが必要だよな?」

と、ミオの肩を軽く叩きつつ、ある種、死刑宣告っぽい事を口にした。

「あっ、ヤッパリ怒ってる?」

「当たり前だ。どこの世界に、一週間以上に渡って無断欠席をした生徒を咎めぬ担任が居る」

と言いつつ、『言い残す事はソレで終わりか?』と目で語る北斗。
その非情な矛先を如何にか避けるべく、

「えっと。何てゆ〜か、人生には危険だと判っていても、あえて冒険しなきゃならない時が………
 ほら、シャトル・パスだって、四回のうち一回でも通れば成功なんだし」

「ほう。それじゃ今回はソレが成功した訳だな。
 実際、武者修行してきただけあって、先程の不意打ちは中々のものだったぞ。あれなら、もう手加減はイランよなあ?」

「いや、その。アレは場を和ませる事を狙ってのホンの冗談とゆ〜か、当たれば儲け程度で、実際には更に実力差を思い知っただけと言うか………
 って、ナンなの、その両手を大きく広げた攻撃オンリーな構えは?
 ひょっとして、『一思いに右で』とかいうネタを中略して『オラオラ』決定なの?
 人気投票の結果とかキャラの将来性を見込んで、もう一度チャンスとかは?」



   〜  教育的指導中です。暫くお待ちください 〜

「と言う訳で、チャンと10月10日までには再起可能な程度にしておいた。良かったな、戦力の穴埋めが出来て」

「(ハア〜)そ〜は言ってもねえ、実力は兎も角、その性格がねえ。
 ぶっちゃけ、まだジャージの方が使い勝手の良い駒なんだけど」

「その辺は、お前が如何にかしろ。兵を仕切るのは将の役目だ」

「とほほほほっ」

と、目の前で起こった15禁指定必至な残酷描写に他の生徒達がドン引きしている中、
ごく普通に、一週間後に控えた一大イベントについて語り合う北斗とアスカだった。




   〜8時間後。ネルフ本部、管制室。 〜

「体育祭ねえ」

実験の準備が整い、ホッと一息。淹れたばかりのコーヒーの香りを楽しみつつの世間話を。
リツコは、アスカの漏らした愚痴に相槌を入れた。

「その手の行事に参加した経験の無い私が言うのもなんだけど、別にトウジ君が居なくても構わないんじゃないの?
 貴女のクラスには抜群の身体能力を持った。所謂、エース級の人材が何人も揃っている事だし」

「まあね。実際、戦略レベルな視点で語るなら、アレの一人や二人、居ても居なくても同じ事。
 そりゃもう、あかさまなまでに過剰戦力な。勝ったも同然なメンバーが揃ってるわよ。
 でもね、単に勝てば良いってモンじゃないでしょ。オリンピックじゃあるましいし」

「それじゃ、何が問題なの?」

「ジャージの参加不可とシンジの男子の部参加。
 アタシの中では、この二点の凶報によって、体育祭に参加する意義の9割が失われたわよ」

『決まってるでしょう!』とばかりに、そう吐き捨てるアスカ。
だが、2Aの微妙な人間関係を知らぬリツコにそれが伝わる筈も無く怪訝な顔をされる事に。
仕方なく、何となくスベったネタの解説をする芸人の様な気恥ずかしさを覚えつつ、

「ジャージの方は、水面下でのクラスの総意。
 『大昔の少女漫画かよ、お前等は』ってなカンジにジンマシンが出そうな。
 くっ付きそうでくっ付かない、あのフザケた関係にインドーを渡す筈だったから。
 シンジの方は、もっと単純。アイツがアタシの指揮下から離れるからよ。
 ああもう。折角、晴れの舞台に合わせて、これまで大事に暖めていた計画が〜
 この機に乗じて『ウルトラ安牌と油断している所を、ブッチギリな力を見せ付けて勝つマユミ』っていうドッキリを仕掛ける筈だったのに〜」

と、やや要領を得ない補足説明を。
なお、蛇足ではありますが『幾らなんでも無理だろう、ソレ』と思われた方は、ガイナ○クスの公式のシンジとマユミの絵を見比べて。
絵心ある方は、是非ともシンジの髪伸ばして眼鏡とホクロを書き足してみて下さい。 きっと御納得頂ける事と思います。
ちなみに、アスカやナ○ィアでコレをやると彼女以上に瓜二つになったりしますが、この辺はスルーするのが大人のマナー。
実り豊かな、より良い人生を送るコツだと愚考する次第です。

「そうなの」

と、気の無い返事を返すリツコ。
色んな意味でヒートアップしつつあるアスカとは対照的な。
ぶっちゃけ、ミサトレベルな『言葉の意味は良く判らないが、兎に角どーでも良い話』と当たりを付けての応対である。
実際問題、今はそれどころでは無いし。

「シンクロ率、零号機93.5%。伍号機49.7%。そして、(ハア〜)初号機25.6%か」

約一名の出した惨憺たる結果を前に、思わず溜息を洩らす。

正直、これは拙い。それも色んな意味で。
『パイロットの士気が壊滅状態』と『シンクロ率の激減』。
これだけでも、戦力の大幅な低下という致命的な要因だというのに、この二つの事象を並べると、もう一つの意味が生まれてくる。
そう。シンクロ率と表層意識とは、ほとんど関連が無いという、これまでの定説を打ち破る図式が明確な形で立証されてしまっているのだ。
無論、学術的な見地からならば反論要素は幾らもあるのだが、目の前で展開されているコレの説得力を上回る説なんてチョッと思いつかない。
まして、それに関連する知識の無い者にしてみれば何を言わんや。
その目で見たままの印象しか抱けないだろう。

しかし、だからと言って『はい、そうですか』と言う訳にもいかない。
何故ならソレは、これまで提唱してきたエヴァの基礎理論がアテにならないものだと認める事に。
延いては、只でさえ下降の一途を辿っている本部の権威を、更に暴落させる結果に繋がりかねないからである。

「(コホン)実験中止。アスカ、ミサトのフォローをお願い」

「(ハア〜)了解」

そんなリツコの苦しい胸中を察してか、唐突な予定変更にも反論する事無く。
溜息を一つ吐いた後、この無理難題を如何にかするべくタンデム・エントリーの準備を始めるアスカだった、

『知ってる、アスカ? ワイルド・ターキーってね、トウモロコシから作られるのよ。
 でね、昔は。そう、旧世紀の終わり頃までは、普通に収穫しちゃうと豊作貧乏になっちゃうんで、半分位はそのまま畑の肥しにしていたんですって。
 それが、チョっち別の使い方が出来た途端、この有様』

『はいはい。言いたい事は概ね判ったから、イイ加減………』

『今にきっと、当たり年による差別化が。
 ○○年物のコー○フレークとかいうブランドが生まれて、法外な高値で取引される様になるのね。
 希少価値が出たとたんにチヤホヤしだす。嗚呼、なんて愚かしいのかしら、人間って』

『いや、流石にソレは無いから。賞味期限の問題とかがあるし………って、ああもう。
 そんなのドーでもイイってゆーか、兎に角、黙って仕事しろ〜〜〜っ!』

そんなギスギスした掛け合い漫才を、微笑ましいものを見るかの様な優しい目で眺めつつ、

「いや〜、相変わらず葛城さんとアスカちゃんは仲が良いですね」

「…………眼鏡、買い替えた方が良いわよ、日向君」

チョッと憧憬の篭った声音でそう呟くマコトに、ついスルーしきれず突っ込むリツコ。

どうやら、この一ヶ月の間に。
中国支部への出張から(外伝参照)帰って以来、ミサトが溜めに溜め捲くった一カ月分の書類仕事を残業に接ぐ残業によって片付けている間に、彼の視力は更に落ちた様だ。
いや、失われたのは寧ろ常識の方だろうか? 兎にも角にも、掛け値無しの本気で言っているだけに、コレは本当に性質が悪い。
まったく、ドコをドウ取ったら、アレがそんな微笑ましい物に見えるのやら。一度、徹底的に問い質したい。
もっとも、そんな暇なんてドコにも無いのだけれど。

「マヤ、状況は?」

気を取り直し、仕事モードに戻る。
だが、返ってきた答えは芳しいものでは無く、

「駄目です。ハーモニクスの方は平常値まで復帰しましたが、シンクロ率はほとんど上昇していません」

「そう。仕方ない、【05】のプラグをイジェクトして。
 (カチャ)あっ、シンジ君。悪いんだけど予定変更よ。チョッと三人搭乗の方を先にやって頂戴」

こんな事もあろうかと、実験予定時間を多目にとっておいて良かったと、内心、胸を撫で下ろしつつ、

『葛城三佐ばかり優遇。ズルイと思う。そう、これが贔屓なのね』

という、レイの拗ねた様な呟きを全力で黙殺するリツコだった。

『兎に角、今はシンクロに集中して下さい。餃子でしたら、今日の夕食に僕が作りますから』

『ホントに? ○○○屋の冷凍食品と同じ、お肉タップリなモノに出来るの?』

『私、お肉キライ。ニンニク餃子が良い』

『判ったから。両方とも作るから、今は仕事をしましょうよ〜』

『よっしゃあ!』『問題ないわ』

『やれやれ。そ〜やって甘やかすからコイツ等はツケ上がるってのに。
 まっ、それはそれとして。私には、エビが透けて見えるヤツを宜しく』

『って、無理言わないでよ、アスカ。市販の皮でそんなの出来る筈がないじゃないか!』

『おほほほほっ。そんなのアタシの知った事じゃないわ。よ・ろ・し・くね、無敵のシンジ様♪』

かくて、支払った代償は大きかったものの、初号機のシンクロ率は平均値よりチョッと上まで回復。
その機を逃さず。色んな意味で頑張ってくれているシンジの心意気(?)に応えるべく、リツコの指示の下、取り急ぎデータ収集を行う管制室のスタッフ達。
そんなこんなで、出だしこそ多少モタついたものの、その後は恙無く実験は進んだ。

この分なら予定よりも早く。今日は、久しぶりに定時で上がれるかも。
実家に電話して、あの子(注:猫)の声をリアルタイムで聞く事が出来るかもしれない。
ディスプレイに映る順調な経過を眺めながら、そんな打算を巡らしほくそ笑むリツコ。
そんな彼女の心のスキを狙ったかの様なタイミングでソレは起こった。

「零号機のシンクロ率、急激に上昇開始!」

「実験を中断。ハーモニクス・レベルを5下げて」

マヤからのあり得ない報告に内心面食らいつつも、ソレをおくびにも出さずに。
冷徹な科学者の仮面を被ったまま冷静に指示を。
だが、事態はそんなリツコの処理能力を越え、

「140%、150%………シンクロ率200%を突破! なおも上昇止まりません!!」

「シンクロ・カット。パルスの逆流に注意しつつ全回線を閉じて!」

「駄目です! 此方からの信号を受け付けません!」

と、エヴァ暴走時のお約束。
『ワンパターン』とか『成長が無い』と言うには些か酷な(何せ、扱っているリツコ達にだってブラックボックスだらけな技術)定番なやりとりを経て、

「………シンクロ率400%」

呆然自失な。マヤの感情の篭らないフラットな呟きに見送られる様に、エントリープラグ内のレイの姿が、そこにあっても見えない状態に。
ヘッドセットとプラグスーツだけを残して消失した。

「な…なんて事なの」

そんなリツコの愛惜の声を最後に重苦しい静寂が。
そして、そんな静まり返った管制室内に、

   ポリ、ポリ、ポリ………

と、塩煎餅を齧る小さな音が響き渡った。

「……………何をしているの、母さん」

何かを必死に耐えているっぽい沈痛な声でそう尋ねるリツコ。 そんな彼女とは対照的に、

『ん〜〜、チョッと口寂しかったんで。
 ほら、リッちゃんに禁煙を勧めている手前、私が吸う訳にもいかないし』

まるで何事も無かったかの様に、あっけらかんとそう宣うナオコM。
普段ならば只の笑い話。最近、丸くなったとの噂のリツコに纏わるワン・エピソードで済んだ事だったかも知れないが、流石にコレはあり得ない。
人として越えてはイケナイ一線を踏み越えている。

「言う事はソレだけ?」

『や〜ね、リッちゃんたら、また青筋立てちゃって。そんなんじゃ、また小皺が増え………』

「真面目に答えて!」

返答次第では親子の縁を切る。
言外にそんな決意を滲ませつつ、再度、如何いうつもりなのかを尋ねる。
それが通じてか。或いは、母親であるが故の甘さからか、暫しの睨み合いの後、

『…………レイちゃんなら、すぐに帰ってくるから安心しなさい』

「どういう事?」

『う〜ん。一言で言えば、中の人からのお呼び出しってヤツかしら?
 ああ、大丈夫よ。やってる事こそ乱暴だし、チョっとジェラシーってたりもするけど、悪意自体はほとんど無いから』

と、予定より早くネタバラシを始めるナオコM。
そんな彼女の言に呼応する様に、モニターに映る零号機のシンクロ率が急速に下降を。
ほぼ0%にまで落ち込んだ所で、今度はゆっくりと再浮上。
それに合わせて、LCLに溶けていた個体の輪郭が徐々に戻ってゆき、
90%台と普段通りの所に戻った所で双方共に固定され、

『……………生きてる』

その自我意識と共に、綾波レイは現世に復帰した。

「(カチャ)レイ、無事なの!?」

通信を繋ぐ手ももどかしいとばかりな勢いで安否を尋ねるリツコ。

『はい、身体的には問題ありません』

「そう。それで、あの後どうなったの?」

らしからぬ揶揄的な物言いが少々引っ掛かったが、リツコは彼女の無事に安堵すると共に状況確認を。
それに淡々と。しかし、レイという少女を良く知る者ならば、『私、怒ってる』とハッキリと判る声音で、

『私の姉と僭称する5歳前後の少女に、俗に『セッキョー』と呼ばれる理不尽な虐待を小一時間に渡って受けていました』

「そ…そう。それで、その少女に見覚えは………」

思いも寄らない。完璧に想定外な返答に戸惑いつつも質問を続けるリツコ。
そんな彼女の言に被せる様に、

「それに付随する形で、赤木博士にお願いがあります」

「な…何かしら?」

「今後、碇君を零号機には乗せないで下さい。特に、単独では絶対に」

上司の言を遮り。しかも、使徒戦の方針に口を挟むという、ゲンドウが居た頃には想像すら出来なかった暴挙に。
それでも、『あんな事があったばかりだし仕方ない』と割り切りつつ。
親友を相手に培った忍耐力を駆使して、根気良く情報を引き出しにかかる。
そんな努力の甲斐あって、珍しく感情に流され要領を得ないその証言を要約するに、

件の少女の容姿は幼少期のレイにソックリ。つまり、『一人目』である可能性が高い事。
また、ラミエル戦の準備中に起こった暴走事故の折に、シンジが出会った少女と同一人物である事。
今回の事故は、シンジのケースとは異なり、精神だけでなく肉体まで取り込まれた結果である事。
取り込まれた後、行動の自由を奪われ、正座の体勢に身体を固定されたまま『貴女、最近、調子に乗り過ぎね』という意味の話をクドクドと。
どこかのイヤミな教頭もかくやという位、微に入り細を穿って説教された事。
しかも、その内容から判断するに、『一人目』は外界の情報を全て。それも、レイですら知らない様な裏事情さえ知っていると思われる事。


という貴重な情報が。そして、

「碇君!(ガバッ)お願い。もう我侭言わないから、今のままの貴女でいて。私を捨てないで」

「って、あの。君が何を言ってるのか良く判らないとゆ〜か、兎に角、まずは放してよレイさん」

「嫌」

実験終了後、出会い頭に抱きついたまま離れない。
迷子になった末に母親を見付けた幼子の様なレイの姿を眺めつつ、リツコは物思う。
『一人目』が彼女に告げた、予言と呼ぶには具体的過ぎる忠告染みた一言。

曰く『遅くても、来年の三月までには碇君は男に戻るわ』

確かに、こんな事を言われては平静ではいられまい。
何故なら、これはレイにとって絶対に譲れない一線に関わる事なのだから。

まず、碇ゲンドウ。自分の存在を肯定してくれる彼には父性を。
次にカヲリ=ファー=ハーテッド。ゲンドウとは別の形で自分を導いてくれる彼女には母性を。
そして山岸マユミには、自分と良く似た境遇であるが故の仲間意識から生まれた姉妹愛に近い友情を。
半年前ならば、これが綾波レイという人間を構成する全てだったと言っても過言では無い。

そこに一石を投じたのが洞木ヒカリという少女。
彼女は、先の三人とは違う。少々面倒見が良いだけの、ごく普通の人間だった。
だからこそ、彼女との交流が。後に生まれた友誼こそが、本当の意味でのレイの社会復帰への第一歩だったとも言える。

だが、それがレイの限界だった。
かつては、たった一人の男にしか心を開かなかった少女にしてみれば、信頼する人間に裏切られるのは己の死にも勝る恐怖を伴う事。
それ故に、これ以上、その対象となる相手を増やすのが怖かったのだ。

そう。問題が表面化していないが故に、いまだカヲリでさえ気付いていない事だが、レイの中には明確な線引きがあった。
具体的に言えば、同世代の少女である事。
これが、彼女にとって友人の絶対条件として刷り込まれてしまっているのである。

おまけに、半年前ならば、

シンジ  → 碇司令の息子
ジャージ → どうでもいい。
カメラ   → 潜在的な敵。何時か殺す。

という認識だったのが、日々の交流によってジャージ達よりはマシという感じに。
いつぞやの女装事件を経て明確に気になる存在となり、少女化した事でより近い存在。友人という形に。
そして、最近ではその思いが未知の領域に。それ以上の感情に発展しようとしていた所。
彼女にしてみれば、正にあってならない。
八神野○さんの正体が母親ではなく、本当は『八百○刺激なんだぜ!』という悪夢を見てしまった八神裕○くんもかくやという位ショックな事だろう。

「(コホン)まあ、それはそれとして。改めて、納得のいく説明をして貰えるかしら?」

気を取り直し、今回の一件について最も事情に精通していそうなモニター内の母親にニッコリ笑顔で詰問する。
そんな娘に向かって、ナオコMもまたニッコリと微笑んだ後、

   ピンポ〜ン

『本日の業務は総て終了しました』

「母さん!!」

所詮、ミサトにも勝てない身。
東方三賢者の筆頭。偉大なる母には、まだまだ遠く及ばないリツコだった。




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