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  〜 翌日。2015年、 ネルフ本部 赤木ラボ〜

ネルフが誇る天才、赤木リツコ博士の一日は多忙である。
無論、技術部のトップである以上それは当然の事なのだが、彼女の場合はその枠に収まらない。
席次的にもナンバー3と、云わばネルフの根幹部分を支える人間。
ましてや、良くも悪くも揺るぎ無いリーダーシップを発揮していたゲンドウという司令官を失い、
暫定的にその席に就いた冬月は、有能ではあるが参謀タイプの人材ときては、
今や実質的な組織の全権を握っていると言っても、左程誇大広告にはならないだろう。

それ故、対応しなくてはならない問題もまた多岐に渡っている。
これも当然の事。管理職と現場指揮の双方を一人でこなさなくてはならないのだから。
そして、その責任もまた相乗効果によって雪達磨式に。倍率ドンと言わんばかりの勢いで彼女の双肩にのし掛かってくる。
この辺はもう、同じ幾つもの肩書きを持つ身でありながらミサトとは全く違う。
まあ、比べる方が間違いだと言われればそれまでなのだが。

「………というワケで、コレがその原案って言うか事実上の設計図なんだけど、コッチで形にして貰えるかしら。出来れば早急に」

ともあれ、こんな風に体裁こそ部下からの上申という形を取っているものの、その内容と語調は寧ろ命令形に近い無理難題を。
そんな現場サイドの意見を聞く事もまた、彼女の重要な仕事の一つだったりする。

正直、コレが結構キツイ。
と言うのも、時折、ミサトが思い付くままに言ってくる荒唐無稽なソレとは異なり、アスカの持ってくる新兵器のアイディアは、かなり微妙な。
困った事に、中途半端にリアリティのあるものが多いのだ。

些か理論が先行し過ぎと言うか理屈倒れな部分も見受けられるが、これはもう新基軸の宿命の様なもの。
その理論自体はシッカリしており、自分の知的好奇心を刺激するものさえ少なくない。
しかも、ポンポンと出てくる割には妙に具体的であり、技術的な裏付けもまた概ね取れていたりする。

おまけに、チョッと前までならば、ネルフを取り巻く状況と逼迫し捲くった経済状態とを理由に『机上の空論ね』と、切って捨てるしか無かったものも、
マーベリック社と言う名の裏スポンサーと赤木ナオコと言う名のシンクタンクとが付いた事で、俄に現実味を帯びた。
ぶっちゃけ『死ぬ気でやれば如何にか実現可能』というレベルに来ているのだ。
ましてそれが、首尾良く形と成った暁には今後の使徒戦に於ける切り札と成り得る可能性を秘めているとあっては、
これまでの様に口先だけで適当にあしらう訳にもいかない。

そして、そうした此方の苦しい台所事情を、目の前の少女に見透かされている事がまた何とも腹立たしい。
その勝ち誇った顔の両頬を引っぱって、何処まで伸びるか確かめてやりたい位に。
もしも彼女が、こうした稚気に溢れた部分を隠せる程度には世事に長けていたなら。
ついでに、外見の方も含めて“大人”であったなら、その卓越した能力を素直に賞賛出来ただろうか?
否、その場合は更に厄介だっただけかも知れない。自分の地位を脅かす存在として。

「……………ねえ、アスカ。何度も言う様だけど、一度、私にも見せて貰えないかしら?
 コレの元になっている、貴女のお母様の遺作となった書きかけの論文を」

一頻りの自嘲の後、リツコは牽制の一手を。
もっとも、これは偽らざる本音でもあるのだが。

そう。あの日、零号機へのタンデム搭乗の際に見せた、初のATフィールドの展開。(第9話参照)
それを応用した。今やエヴァ固有の必殺技として定着した感のある、ATCを初めとする特殊な運用技術。
そして、既に二桁を越えている、此処に持ち込まれた新兵器の草案の数々。
これは明らかに異常な事である。

無論、その理論の総てを正しく把握しているし、実際にレポートとして纏めたのもアスカである事も間違いない。
だが、それでも彼女個人が。ましてや、この短期間の間に成した成果としては、質量共に絶対にあり得ないレベルのものなのだ。
となれは、その親の影を。東方三賢者の一人、惣流=キョウコ=ツエッペリンの遺産という線を疑うのは自然の成り行きだろう。
実際、これまでは博士の未発表な研究成果の総ては、夫であるラングレー司令のポケットにポッポナイナイされたというのが通説だったが、
娘であるアスカもまた、それを手にしていたとしてもおかしくはない。
否、かの司令の子飼いの科学者達が、現在でも尚それを形に出来ていない事を鑑みるに、
彼女こそが正当な遺産の継承者とさえ言えるだろう。

「イヤ」

「………そんなレイみたいな事を」

無表情のまま、言下に切って捨てるアスカに苦笑する。
リツコ自身『ダメ元』と思っての要請なので、あえて深くは追求しない。

何しろ、この件は一筋縄ではいかない。
ラングレー司令が秘匿しているそれは(補完計画と直接関係が無かったので優先順位が低かったとはいえ)あのゲンドウが入手を諦めたくらい万全のセキュリティに守られているし、
アスカの所持品に関しては、既に徹底的に調査したが、それらしいものは出てきていない。
彼女のノートパソコン内にある、ボツったらしい新兵器の諸元表くらいが精々である。

ちなみに、彼女が常に身に付けているペンダントもシロだった。
そう。此方が込み入った質問をした際、考えを纏める為の長考。
その折、思案顔で胸元のソレをこれ見よがしに弄くるのは只の癖なのだ。
正直、『紛らわしいにも程がある』と突っ込めない立場の我が身が恨めしい。

「イイじゃない別に。アタシは単に現場サイドから『こういう物を作って欲しい』って言ってるだけなんだから。
 それに、確かこの形式なら丸々リツコの手柄で、特許料とかテナントの心配も無いんでしょ? 良く知らないけど」

余計な事を吹き込んでくれたものね。
と、瞼に映る。裏で手を引いていると思しき某大手証券会社の秘書の幻影に向かって内心で毒付く。
正直、痛恨の一手だ。そういう風に話を持っていかれては、此方が恩を売られた格好に。これでは言える事も言えない。

本来ならば、あり得ない。
アスカでは性格的に思い付きもしないと言うか、実際に言った当人は全く理解していない。
否、理解出来ない類の駆け引きを間接的にしかけられ、焦るリツコ。と、その時、

『(チッチッチッ)ダメよ、リッちゃん。そんなに人の物を欲しがっちゃあ』

一方的に膠着した(アスカ的には、何故リツコが口篭っているのかが判らない)状況を打破すべく、
最寄のモニター内に赤木ナオコM登場。

「でも!」

『科学者として垂涎なネタなのは認めるけど、感心しないわよ、そういうズルは。
 ついでに言えば、ネルフの赤木博士としては、もう見る価値が無いわよ。
 だって、エヴァの強化案に使えそうな物は、今回ので打ち止めだもの」

母親たる自分が来た所為か、“つい”らしくない。
子供染みた反論をするリツコを軽くいなしつつ、さりげなくアスカにカマ掛けを。

「(ゲッ)ナンでソレが判んのよ?」

「判らない筈が無いでしょう。私を誰だと思ってるの?
 実際、貴女が持ってきた物のほとんどは、生前のキョウコから相談を受けた事があるものばかりだもの。
 そのストック数に見当を付けるくらいは造作も無いわよ」

「そう言えば、実力は兎も角、立場的にはアンタがトップだったんだっけ」

「まあ、そういう事ね。
 でも、良くまあこうやって形に出来たわね、アスカちゃん。
 典型的な直感型だったキョウコの事のだから、断片的なデータしか残っていなかったでしょうに。お世辞抜きに感心するわ」

「冗談止めて。こんなのタダのやっつけ仕事じゃない。
 兎に角、戦力を揃えなきゃ話にナンないから“仕方ない”って、頭じゃ判っていても気に食わない。
 もう、親の遺産を切り売りしているバカ娘ってカンジで、アタシ的には不本意極まりないんだから!」

「と言う事は、キョウコの本命のネタを温存している理由はソレなの?」

「イイじゃない別に。アレは長期的な。最低でも5〜6年位のスパンでの研究が必須だし、成功した所で使徒戦には何ら寄与しないんだから」

「つまり、必要無いものって事よね。じゃ、私にくれない?」

「って、あんたバカァ!? アゲルわけナイでしょうが!」

そのまま感情的な口論に突入。
『誰がアンタの手なんか借りるか〜!』だの『心配しなくても、いずれママの遺産はアタシがチャンと形にするわよ。完全なものとしてね!』等と喚くアスカを適当にいなしつつ、
チラリと娘に流し目を送るナオコ。

その御蔭で、リツコにも漸く状況が飲み込めた。
そう。これまでのやりとりによって、自分が知りたい事は概ね判明した。
少なくとも、これでもう隠し玉が無い事が判った事が有難い。

肝心の部分が。惣流博士の本当の研究成果を見る事が出来そうもないのは残念だが、これについても母さんの言い分が正しい。
事が年単位の月日を必要とするモノである以上、いまだ使徒戦終了後の。
来年の四月以降の予定を自発的には組めない様な自分が口を挿んだ所で、良い結果は得られまい。
おそらくは、虚しさと無力感を抱くのがオチだろう。

とはいえ、このまま放って置く事も。
いまだその資質の方向性さえ完全には定まっていない。
おまけに、性格的にも科学者には全く向いていないアスカに、まだ見ぬ三賢者の遺産を託すのも、正直、猛烈に不安なのだが………

いっそ、当初の計画通りサードインパクトで。
人類はもう、今の内に滅んでおいた方が良いんじゃないかしら? ひょっとして?

「そう、まずは使徒戦に生き残る。これが必須。所詮は、命あってのモノダネよ」

と、色んな意味で混沌とした未来について思いを馳せている間に、言いたい事を言い終えたらしくクールダウン。
概ね普段通りの語調に戻り、アスカの話は締めの段階に突入していた。
感情のままに暴論を吐くだけでは終らない。この辺が、彼女がこれまでと一番変わった所だろう。
もっとも、癇癪持ちの駄々っ子が、チョッと体裁を取り繕う様になってきたと言うか、世論を味方にする様に。
ぶっちゃけ、なまじ周囲に有為の人材が揃っているものだから、それを積極的に有効活用する様になっただけなので、精神的成長と呼ぶには些か微妙ではあるが。

「そして、次に研究資金。これも鉄板よね。
 実際ココだって、カヲリんトコから融資を受けられる様になる前と後とじゃ、出来る事の幅がダンチだもの。
 冬月司令代理なんて、もう目の色変えて。『殺してでも奪いとる』って言わんばかりの勢いでゴネ捲くって『念願の南極調査旅行』をゲットしてたし。
 ホント『同情するなら金をくれ』とは良く言ったものだわ」

「………アスカ、それは諺じゃないから」

某天才子役の残した有名な台詞を前に軽い頭痛を覚える。
こうした、彼女の中途半端な日本通ぶりも如何にかならないものだろうか?
何と言うか、全くの的外れでない上に、偶に予想もしない様な急所へグサリときたりするもんだから、帰国子女特有の愛嬌とは受け取れないと言うか。
兎に角、滅茶苦茶イタイのだ。色んな意味で。




「パッパラふにふに、パッパラほえほえ、パッパラふにふに、ビ〜〜〜ル!
 パッパラふにふに、パッパラほえほえ、ゆでなきゃ生ビール」

そんなこんなで、漸くアスカと言う名の嵐が去った数十分後、もっとイタイ頭痛の種が。
この所の不調を吹き飛ばしたのは良いが、その分、大事なモノを更に無くしたっぽい親友が意味不明な言動を。
ベー○ーベン第九のワンフレーズに訳の判らない歌詞を載せて口ずさみながら、今日も食後のコーヒーをタカリにやってきた。

「オッス、リツコ。悪いんだけど、今日はお茶に。緑茶にしてチョーダイ♪」

「………貴女ねえ。此処は喫茶店でもなければファミレスのフリードリンクコーナーでもないのよ」

出会い頭のセリフに眩暈を覚えつつ、そう言い返す。
良い機会だ。偶には厳しい態度で臨まなくては。

『と、口では言いつつも、戸棚の奥から以前お歳暮で貰った未開封の玉露のパックをいそいそと取り出している時点で、もう手遅れよね。色々と』

「いい加減やめてよ、そうやって茶化すの。(プチッ)」

『やれやれ』と言わんばかりなオーバーアクションで肩を竦ませている姿が映っているモニターの電源を手動で落とす。
これが、今の母さんを黙らせる最も効果的な方法だったりする。
もっとも、向こうもコレを逆手に取った戦法を。
こないだのシンクロ率400%の折の様に、話がキナ臭くなりだすと、『はい、さようなら』とばかりに外部端末から即座に撤退。
そのままMAGI深層部を逃げ回られ、結局、最後には上手く話をはぐらかされてしまうのだが。

「(パシッ)トマトはダメ。私のモノ」

「ナニよ、ケチ〜」

「酢ダコはあげる。見た目がキライ」

「って、アンタね〜」

「食べないの?」

「食べるわよ!」

と、リツコが閑話休題している間に、アチラでは場面転換が。
何時の間にか来ていたレイを対面に、ミサトが弁当を広げていた。
見れば、互いにご飯と梅干だけの日の丸弁当を茶碗の如く左手に持ったまま、テーブルの真ん中に置かれた重箱の中身を。
トマトサラダと豚肉の生姜焼きを中心とした和洋折衷な色取り取りのオカズを交互に摘んでいる様なのだが、
そんなフレンドリーな形式とは裏腹に、二人の間の雰囲気はイヤ〜ンなカンジにギスギスしている様子。
取り敢えず、来るのが何時もより若干早かったのと、今日に限ってお茶にしてくれと言った理由は何となく判ったが、いったいナゼ?

「ねえ、日向君。昨晩、一体何があったの?」

こんな剣呑な空気を纏っている二人に直接尋ねるのは愚の骨頂。
そう判断したリツコは、都合良く二人に付いて来ていた。
昨夜、芍薬で開かれていたささやかなパーティに。
より正確には、ミサトの我侭に端を発した食欲の秋ならではの企画。
『シンちゃんが作った餃子を食べ捲くるぞ大会』に、アスカに誘われままホイホイ参加していた、元軍人でありながら危機意識が欠片も無い男に事の真相を尋ねた。

「えっと。たしか昨日は………北斗君の知り合いだという、如何にも中華系の料理鉄人っていう感じの人にTV電話越しに指導を受ける事で、
 如何にか中身が透けて見えるエビ餃子を作れる目処が立ったまでは良かったんですが、コレがチョッと。
 その。うき粉と澱粉を練り合わせて作った皮を蒸し上げている所為か、普通の焼き餃子と違ってツルツル滑り易い上に破け易かった事もあって、
 まだ、あまり箸の扱いに慣れていないアスカちゃんには難易度が高過ぎたらしくて………」

どうも此方の意図が全く伝わっていないらしく要領を得ない。
まるで関係が無さそうな事ばかり話すマコトに辟易しつつも、そこはミサトを相手に培った経験を生かして。
昨夜の出来事を一から十まで総て聞く覚悟で、根気良く話を聞き出す。

それらを総合するに、のっけから癇癪を起こしたアスカが、ナオやミリアに『ア〜ン』とばかりに食べさせて貰って赤面しつつも機嫌を直し、
パリパリの羽付き餃子といった如何にも彼女が好きそうなインパクトのある物を大人しく摘み出した頃を区切りに、事態は新たな局面へ。

後半戦に突入と同時に、前半戦はアスカの影に隠れて目立たなかった。
肉系の餃子VS野菜系の餃子という構図の下に、それまでは小競り合いに終始していた意地の張り合が一気に加速。

ミサトは、酔った勢いでシンジに絡むし、レイはそんなミサトに対抗して。
そんな形で両者一歩も譲らず、結果、もうやりたい放題状態に。
この暴挙を前に紫苑さんがキレて、お得意のお説教モードに。
温厚なシンジ君でさえも思う所があったらしく、ワザとこういった形式のお弁当を作り、表面的だけでも仲直りさせる策に出たらしい。
相変わらず小知恵が効いていると言うか、中々穿った真似をする娘である。

誤算だったは、その監督役に選んだ人間が全くのミスキャストだった事。

「レイちゃんとも、あんなに打ち解けて。チームワークはもうバッチリって感じですね」

「そうかしら? アスカの時と言い、今回と言い、私には心底いがみ合っている様にしか見えないんだけど。それも、14歳の少女達と同レベルで」

「やだなあ、赤木博士。寧ろ、そこが葛城さんの凄い所なんですよ。
 そう。あれは、彼女達と同じ目線に立ってるんです、本当の意味で。
 だからこそ、ああやって忌憚の無い、本音の会話が出来ているんです。
 それも、活発なアスカちゃんだけでなく、以前は自分の殻に閉じ篭り気味だったレイちゃんを相手にですよ。
 本当に凄い。僕なんかじゃ、とても真似出来そうに無いです」

と、尊いものを語る口調で。 それでいて、微笑ましいものでも見ているかの様な締りの無い顔で語る、日向君。
その手には『葛城さん達のご相伴に預かりまして』と、照れ臭そうに見せびらかせてくれた、
余り物で作ったにしては豪勢な、やや野菜分の多目な焼肉弁当が。
彼は今、ささやかな幸せとやらにドップリと魂まで浸っているのだろう、きっと。
決して、羨ましいとは思わないが。
此処までくると、聖書やマタイ福音書の言葉を引用して『天国への扉は、きっと貴方の為に開かれているわ』なんておためごかしを言うよりも、
寧ろ、『貴方、実はイ○ルダボート教の信者でしょ?』とでも言った方が正解に近いんじゃないだろうか?




「ミサト、明日は何着てく?」

そんなこんなで20分後、何かもう総てが如何でも良くなりだしたリツコだったが、それでも頃合を見計らって。
無意味な緊張感溢れていた食事を終え、弛緩し捲くった表情でお茶を啜っていたミサトに、明日の予定の確認を。
この辺、弛まぬ経験によって体に染込んだ、もはや本能に近い技である。

「明日? ああ、ミツコの結婚式か。
 う〜ん。紺のスーツはキヨミん時に着たし。茶色のも、この間のコトコの時に着たばかりだし………」

「ピンクのドレスは? それと、オレンジのも最近着てないじゃなかったかしら?」

「ああアレ? アレはチョっちワケありで………」

「キツイの?」

と、この所の恵まれ過ぎている食生活を揶揄し、図星と思われる痛烈な一言を。
しかし、そんなリツコの思惑に反して、ミサトは何時もの様に逆ギレするどころか、チョッピリ怯えの入った顔で。
別の感じに頬を引き攣らせつつ、

「いや、零ちゃんの食事は美味しいけどヘルシーなんで、寧ろ逆の意味で身体にフィットしなくなってきているくらいなんだけど………
 その。服装のTPOにはメッチャうるさいのよ、彼女。特に冠婚葬祭系に関しては。
 いやもう、この間のサユリん時なんて、ウケ狙いのチョッちデーハー系入ったヤツを着ていこうとしたら、
 『そんな衣装で結婚式に出席するつもりですか!?』ってなカンジに、もう怒ったの怒らないのって」

(注:昨今ではあまり拘る人は居ない様ですが、結婚式に出席する女性の服装は、あまり派手なものは避けるのが。
   あくまでも脇役に徹し、主役である新婦を立てるのが結婚式のマナーです)

ボソボソと語られた真相に、思わず肩を竦め溜息が。
どうやら、既に親友は完全に飼い慣らされているらしい。
実際、影護家に出入りする様になって以来、服装が妙に小ザッパリしている様な気はしていたが………
人として、こうはなりたくないものである。

「仕方ない。一丁、帰りにでも新調するか。あ〜あ、出費が嵩むなぁ〜」

「こう立て続けだと御祝儀もバカにならないわね」

内心では『世話女房という存在が如何に人間の精神を蝕むか』という事例に戦慄しつつも、それをおくびにも出さずに。
机に突っ伏して愚痴るミサトに、リツコは何時も通りの相槌を。

「(チッ)まったく、どいつもこいつも三十路前だからって焦りやがって」

「お互い最後の一人にはなりたくないわね」

さりげなく、無言のアピールを。クイクイと眼鏡のズレを直すフリをしつつ自分を指差すマコトや、
『嬉しくないの? 友達の結婚式なのに』と、さも不思議そうに呟くレイを黙殺しつつボヤきあう三十路コンビ。



そんな何時もの掛け合い漫才が披露されていた頃、苦心の末に漸く“槍”の回収に着手する事が出来た冬月司令代理はと言えば、

「素晴らしい。これを見るまでに、どれほどの年月を費やしたことか」

ネルフ本部を遠く離れた極寒の地にて、彼女達に負けず劣らず絶好調で暴走中。
もうすぐ予定の作業日数を越えてしまう。所謂、追い込みの時期に入っているにも関わらず、彼が率いる南極調査隊は、今日も全く別の作業を。

「本当に宜しいんですか? 本命の発掘作業をおざなりにしてまで、そんな物の回収を優先させてしまって」

ベースキャンプにある自身の臨時の執務室内でも上機嫌で。
あからさまに苦言を呈す直属の部下を前にしても、余裕タップリに。
普段通りの好々爺然とした雰囲気の中にも、どこかゲンドウを彷彿させる傲慢さを滲ませつつ、

「(フッ)大丈夫だよ、青葉君。
 こんな事もあろうかと、予算、工期、共に充分な余裕を持たせてあるからね。
 それにだね(キュキュ)良いものなのだよ、コレは。そう、とてもね」

と、南極の氷点下な気温をものともしない上気した顔で。
まるで、長年捜し求めていた意中の品を手にしたコレクターの如く、愛しげに発掘作業中に出土した物を。
その後も腐るほど大量に出てきた、前衛芸術だとしても些か虚飾を排し過ぎな。
ノッペリした。まるで二昔前のロボットのお面の様な仮面の一つを丁寧に磨き続ける、冬月。
そんな御満悦中の彼を前に、機せず此処では涙は零れる前に凍るのだという事を実感するシゲルだった。



  〜 更に翌日。某大手結婚式場 〜

「リツコ〜、まだ始まんないの〜」

「って、こんな時くらいシャッキとしていなさいよ、みっともない」

「ふに〜〜〜」

ブ〜たれるミサトをリツコが宥める、そんな何時もの昼下がり。
違うのは、そこが結婚式の式場。
それも、セレブな香りのする最上ランクの。所謂、VIP用のものである事ぐらいだろうか。

とは言え、今回のそれは、そう理不尽という訳では無い。
と言うのも、式の開始時刻が大幅に遅れており、その結果、目の前に置かれた豪華な料理の数々が、空しく冷めきっているのだ。
これでは、ミサトがダレるのも無理からぬ事だろう。
実際、彼女程露骨にではないが、多かれ少なかれ、他の出席者達もそうした空気を発している位なのだから。

ちなみに『その原因は?』と言えば、司会者の話では『渋滞に巻き込まれた所為で新婦の到着が遅れている』という事だったが、
そんなの真っ赤な嘘である事をミサトは知っている。
そう、ミツコは大分前から。それこそ、自分達が式場の門を潜るずっと前から新婦用の控え室に居るのだ。
この事は事前に。此方に来る際の道すがらに『ブーケはコッチに投げてね?』と、さりげないお願いの電話をした時に確認済みである。

そして、彼女には一つの予感があった。
今回もブーケの奪取は不可能。おそらくは、それどころではない騒動が起こる。
つまり、初期の目的の大部分が失われる事になると。
新婦たるミツコのマリッジブルーの原因が何かは知らないが、なんとも傍迷惑な話である。

(やってらんないわね〜、まったく)

と、内心でぼやきつつも、身体の方は程好く緊張した状態に。
何時でも戦える臨戦態勢に入っていた。
そう。使徒や北斗君ほど圧倒的じゃないけど、かなり手強い………多分、シンジ君よりも数段強い。
そんな強敵が何人も来ている。それも、すぐ近くにまで。
何故か、そんな気がするのだ。
そして、最近、この手のカンは矢鱈と良く当たる。

「皆様、大変お待たせしました。新郎新婦の入場です」

そんな事をつらつら考えている間に漸く用意が整ったらしく、照明が落とされ場内が非常灯のみの薄暗がりに。
そして、出入り口にスポットライトが灯される。

     パパパン、パパパン、パパパン、パパパン、パパパン、
      チャ〜〜〜、チャ〜チャ〜ラララ、チャ〜チャチャ〜チャララララ

定番の結婚行進曲が流れ、それに合わせて扉が開き新郎新婦が入場。
そのまま儀式は恙無く進み、

「貴方は病める時も健やかなる時も………」

と、好々爺然とした初老の牧師による誓いの言葉に、まずは新郎が答える。
そして、次は新婦の番となったその瞬間、

「その結婚、待った〜〜〜っ!!」

頭上より放たれた大音声の制止の声。
照明係の一人が、反射的にスポットライトでその方向を照らす。
そんな空気を読めている好青年に、一瞬だけ『グッジョブ』とばかりに親指を立てて感謝のサインを送った後、

「マッハ・バロン推参!」

屋上部分に嵌め込まれたステンドグラスをバックに得意の大見得を切る、正義の味方マッハ・バロン。
そのままジャンプ一番飛び降りると、壇上の花嫁の元へと一気に迫る。

「警備員、あの痴れ者を摘み出せ!」

『させるか〜っ』とばかりに、司会者が非常ボタンを押し、駆けつけて来た20人前後の警備員達に賊の排除を命令。
と同時に、隠し持っていた携帯で、上司と思しき人物を相手に更なる増員の要請を。
この辺、機転が利くというよりも、弛まぬ訓練を思わせる淀みの無い動きだ。
警備員達の質も高く、相手の圧倒的な戦闘力の前に次々に各個撃破されているものの、頭数の利を上手く生かして時間稼ぎに。敵の足止めに成功している。
どうやら、VTP用の式場という歌い文句には、一片の嘘偽りも無いらしい。

しかし、これはマッハ・バロンの思惑通りな“してやったり”の展開だった。
実は、今日の彼は、正義を成しに来たのでは無かった。
月の人の代名詞たる愛の助っ人。
そう、今回の主役は別に居た。

「(バタン)ミツコさ〜ん!!」

騒動の中心部の反対側に位置のするドアが勢い良く開け放たれ、三十台半ば位の。
普段はエセ紳士を気取っていそうな優男が、その外見を裏切る必死の形相で花嫁の名を叫びながら乱入。
警備の手薄な所を狙って突貫を。

「って、またかよ、おい」

「ああ、これじゃ5年前とほとんど同じだぜ。
 だからあの時、サッサと結婚しろって言ったのに」

「なんかもう、半ば予想していただけにキツイッスね」

と、スケベで有名な某スィーパーを純情にした様な感じの男と、筋肉質な武○鉄也っぽい男と、サングラスにリーゼントな男が、憎まれ口を叩きつつも連携の取れた動きで。
ブリッツ(奇襲)を仕掛ける選手を援護するディフェンスラインの如く警備員達に組み付き、ターゲットである花嫁への道をこじ開けに掛かる。
三人共、5〜6年程前に大活躍した世紀の大泥棒に対抗する為に編成された特務課の出身であり、
内二人は、今も現役の刑事なだけあって、そのポテンシャルは警備員達を圧倒するに充分なものが。
そして、そんな彼等の奮闘も霞む大活躍を演じる美女の姿が。

「あはははははっ」

その成熟した美貌に、まるで天使の様に無垢な笑顔を浮かべつつ、軽やかに宙を舞う。
そんな一幅の絵画のモチーフの様な優美な姿とは裏腹に、凶悪な破壊力を秘めた飛び蹴りを連発。
バージンロードを挟んだ反対側の位置で奮闘中のマッハ・バロンも顔負けなくらい、警備員達を鎧袖一触に打ち倒してゆく。

(拙いわね)

そんな時ならぬ喧騒を見詰めながら、内心ギリギリと歯噛みするミサト。

自分とした事が失策だった。
美味しいタイミングを見計らっていた所為で、完全に出遅れてしまった格好に。
特にアイツ。今もヘラヘラ笑い声を上げながら、さも楽しそうに警備員達をぶちのめしている。
確かヒトミとかいう名の、イイ歳こいて天然系の抜けていない。
素で頭がユルいらしくて何時もはダンナにオンブにダッコ状態な、あのアーパー女の実力を見誤っていたのは手痛い誤算だった。
これでは目立つ場面で大活躍どころか、参戦の切欠すら掴めそうもない。
溜息と共に目線を上げると、そこには華美な装飾の施された。
自身の胸元を飾る物と同じ、宗教上のシンボルが。
しかも、おあつらえむきな事に、二極化した戦場の境目が目の前に。
光の道が見えそうなくらい真っ直ぐかつクッキリと広がっている。
これはもう、アレをやるしかない。

「うおっしゃあっ!」

気合一閃、そこまでの一本道を一気に走破。
その勢いを駆って、『バチ当り上等』とばかりに、壇上に飾られていた十字架の根元へヤクザキックをかまし、
ポッキリ折れたそれをハンマー投げの選手の如く振り回して、互いの死が訪れる前に新郎新婦の間を真っ二つに。

「ミツコ〜! ドッチにするの? アンタが捕まえられる相手は一人だけよ!」

ダス○ィ=ホ○マンも真っ青な大暴れをかましつつ決断を促す。
そんなミサトの檄に応じて、屈託していた新婦の目に決意の光が。
かくて、騒動の均衡は崩れ、新婦と乱入者は、手に手を取っての逃避行に。

「……………ありがとう、ミサト。学生時代の“貸し”は確かに返して貰ったわ」

そのまま露払いを務め後、駄目押しにとばかりに、会場の扉に臨時の得物であった特大の十字架で突っ支い棒を。
そんなお約束のコンボを決めたミサトにツンデレ気味にそう言い残すと、
これまた作法通りに、シルバー指定でもないのにお年寄りで満席なバスに乗り込む、愛の逃亡者達。
その片割れである優男の方が、何故か今もって必死の形相で。
自身の左手に輝く、やたら大きくて無骨なデザインの腕時計を相手にカチャカチャと何事が格闘中だったりするが、その辺はスルーして。
ミツコの言った、『学生時代の貸し』とやらも、何の事だか全く思い出せないが、それも気にしない方向で。
そう。思い出とは、常に美しくあるべきものなのだ。

「さ〜てと」

さも『良い仕事をした』とばかりに一息ついた後、なおも喧騒に溢れている建物の方に振り返る。
その時、アクション映画張りな構図でガシャンと窓ガラスが内側から弾け、そこからアメコミ風の衣装を着込んだ怪人の姿が。

「ふははははっ! ぬかったな、空条博士!
 そう。貴公がラッシュで弾き飛ばした此方の方向こそが、このマッハ・バロンの逃走経路なのだよ!」

と、遠目にも重症チックな。
もうボコボコに腫れ上がった顔でそんな負け惜しみっぽい事を言い残すと、スー○ーマン宜しく、マントを靡かせつつ飛び去ってゆく謎の怪人。
どうやら、コッチが切ないラブストーリーのエンディングを演じている間に、向こうは向こうで何かあったらしい。

「しゃ〜ない、偶には一杯驕りますか」

珍しく計算通りに事が進んだ高揚感も手伝ってか、彼女にしては鷹揚に。
日頃の感謝を込めての慰安と共に、この顛末を聞きだす算段を。
と同時に、飲みに繰り出すにはやや早過ぎる。
いまだ夕方とも呼べない今の時間帯でも開いてる馴染みの店を、取り急ぎ脳内検索するミサトだった。



  〜 数分前。新婦達が逃避行中の結婚式場 〜

さて。花嫁が自発的に逃亡劇に参加したという事実から、新婦側の出席者の中には勘違いした者も少なくなかったが、
今回のこの一連の喜劇において、ヒロインの対となる重要なポジションでありながら全くスポットライトの当たらなかった人物。
新郎の果たした役所は、決して新婦に不幸な結婚を強いる小悪党などではなかった。

上司の勧められてのお見合いの席で出会い、結婚を前提としたお付き合いをする事に。
イイ歳をして頑なに婚前交渉を拒む彼女の仕打ちにもメゲず、プラトニックな関係のまま必死に口説き続けて約一年半。
これを『紳士』と呼ぶべきか『ヘタレ』と呼ぶべきかは主観の相違なので、敢えてスルーする方向で。
兎にも角にも、そんな必死の努力の末に迎えた晴れの舞台。
そのクライマックスで、肝心の花嫁に逃げられてしまった哀れな端役Åというのが、その実体なのだ。
彼が状況に全く対応出来ずに、茫然自失となったとしても無理ない事だろう。

そして、そうした事情を全く知らない新婦側の出席者(彼女は職場でプライベートな事を語るタイプでは無かった)とは真逆に、新郎側の出席者にしてみれば。
取り分け、多忙な身にムチ打って今回の縁談を纏めた、彼の直属の上司である空条博士にしてみれば、これは許し難い裏切りである。

「ストー○・フリー!」

と、諸般の事情から同席していた愛娘が、普段は固く禁じている行為を。
一般人へのスタ○ド能力の行使を敢えて止めようとしなかったとしても、一体誰に責められよう。
しかし、皮肉な事に、彼女のこの勇み足こそが、その後の惨劇の引き金となった。

「させるか〜!」

新婦を捕獲せんと放たれた紐形態のスタ○ド像が見えている訳ではないものの、特殊な気配を察知して。
その発生源が空条博士の愛娘だと敏感に感じ取ったマッハ・バロンが、それを阻止せんと、既に半数以下となった警備員達の間を強引に擦り抜け、彼女に襲い掛かった。
この間、コンマ数秒。数多の闘いを経て身に付けた直感に従っての反射的な行動である。

無論、そんな暴挙を易々と許す様な空条博士では無い。
すかさず、得意のラッシュを放つ体勢に。
だが、彼が参戦するよりも早く、愛娘を庇う体制で人影が。
自分達親子と違って新郎とは全く面識が無いクセに、図々しくも『将来の参考に』とか寝言をほざきながら出席していた、自称『除○の婚約者』が割って入り、
突進してきたマッハ・バロンと接敵。

「マッハ・カッター!」

「ダイ○ー・ダウン!」

そんな、思わず共倒れを期待してしまう戦闘中に、それは起った。

   ゴゴゴゴゴッ!!

「おい。これは如何いう事なんだ?」

久しぶりに効果音を背負って。
静かでありながら、根源的な恐怖を禁じえない。
どんな怒りの形相も比較にならないスゴ味を感じさせる絶対零度の微笑を浮かべつつ、空条博士は愛娘に事情の説明を求めた。

「お…親父には関係ないだろ!」

と、半ば気圧されながらも蓮っ葉な態度でそう言い返す、博士の愛娘。
冤罪によるものとはいえ、数年前に半年ほど少年院で暮らした経験は伊達では無い様だ。
もっとも、彼女が現在の苦境に立たされている主原因は、その当時の出会いに。
そして、某神父が発動したメ○ド・イン・ヘ○ンによる人類創世記からのやり直し以外にも、
本編の主人公たるシンジ君を基点に14年周期でのリセットが繰り返された(序章参照)13巡後の世界である事に起因していたりする。

「良いから答えろ。アレの胸に付いているものは何だ?」

普段のフェミスト振りをどこぞにうっちゃり、娘の恋人の………
否、嫌々ながらも恋人だと思っていた人物の、スーツとYシャツの一部が切り裂かれ顕になった胸元を。
その野性味溢れる雄々しい外見に似合わぬ、以外も豊かな隆起を誇るそれを、一gの好意も感じられない声音で指摘する空条博士。
そう。第6部のエンディングにおいて某幽霊少年が見た、御都合主義的なまでに不幸な事件が回避され捲くっていた一巡後の世界の如く、
13巡後なこの世界においても、歴史の自浄作用からバッチ処理と最適化がなされていた。
ぶっちゃけて言えば、荒木○○彦先生が第五部の時点で青年誌に移籍していた関係で、博士の愛娘の恋人は初期設定通り女性だったりしたのだ。

ちなみに、総ての世界において某自己中男は漫画家であり、我等がアニキは、繰り返される度にギャングとそれ以外の天職を交互にやっている。
この辺は、もう鉄板だろう。

「と…兎に角、今はそれどころじゃ。花嫁を取り戻す方が先だろ!」

そんな苦し紛れな問題の棚上げに合わせ、

「……………良いだろう。では先ず、ソイツをブチのめす事から始めるとするか」

空条博士は、その怒りの矛先をマッハ・バロンへと移した。
あからさまな八つ当たりだと僅かに残った冷静な部分は告げていたが、愛娘の言とは別の意味で、今はそれどころではなかった。
そう。彼はマイノリティーな恋愛観に対する偏見など持ち合わせてはいなかったが、それが自分の娘となれば。
数百年の永きに渡って、連綿と黄金の精神を伝えてきたジョー○ター家の断絶に関わる事となれば話は別だった。
血統という名のDNAに標準装備されている冷徹な理性をも超えて、生存本能がそれを許さない。
実際問題、早急にこの激情を発散させない事には、反射的にその原因を。
曲がりなりにも娘を愛し更生させてくれた恩人を、この手で撲殺しかねない状態だった。

「そ…そういうのって、良くないと思うんですけど………」

歴戦の戦士が放つ剣呑極まりない。己の師にも匹敵し得る圧倒的な殺気を前に“つい”中の人の地が零れる、マッハ・バロン。
キョロキョロと取り急ぎ退路を探すも、入ってきた天窓は、飛び降りる事は出来てもそこを狙ってジャンプする事は、
彼の超人的な身体能力を持ってしても、まず不可能。
背後にある来客者用の出入り口は、先程の攻防によって。
殺気を感じ、紙一重で避けたダ○バー・ダ○ンのパンチによって、扉同士が半ば溶接された状態に。
つまり、完全に塞がれてしまっている。
不意を突いて反対側の出口に逃れようにも、博士の両脇に控えている二人がそれを許すとは思えない。

「オラ、オラ、オラ、オラ、オラ、オラ!!」

と、此処でシンキングタイム終了。
伝説の5ページ無駄無駄ラッシュすら凌駕する、スーパーオラオラタイムに突入。

「オラ、オラ、オラ、オラ、オラ、オラ!!」

集中豪雨の如き濃密な拳の弾幕を前に、成す術も無くボコボコにされる事に。
だが、逆にそれが良かった。その正確無比かつ圧倒的なハンドスピードがディモ〜ルト・ペネだった。

三桁を越える怒りの鉄拳を瞬間的に貰ったお陰で、破壊力だけでなくその反発力もまたダイレクトな形で。
全力で蹴ったサッカーボールが、しばしば選手の意図以上にホップしてゴールバーを越えてしまう様に、
彼の身体もまた、まるでワイヤーアクションを入れたかの様に高く浮き上がりつつ真後ろに吹き飛び、その先には、なんと大きな天窓が。
渡りに船とばかりに、最後の力を振り絞り、アクション映画張りな構図でガシャンと内側から窓ガラスを破壊し脱出を図る。

「ふははははっ! ぬかったな、空条博士!
 そう。貴公がラッシュで弾き飛ばした此方の方向こそが、このマッハ・バロンの逃走経路なのだよ!」

そのまま、哄笑と共に捨て台詞を残して飛び去って行く、マッハ・バロン。
そう。矢張り、ヒーローは強運に恵まれていたのだった。
あまりスマートとは言えない。空条博士とは色々と遺恨が残る形での幕切れとなったが、そんなの関係ない。
だって彼は、正体不明の謎の人だもん♪




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