ケースF 鋼鉄のGFトリオの夏休み

「全軍突撃! 現在の半包囲体制を維持しつつ、敵の退路を断て!」

   ドガ〜〜ン! ドガ〜〜ン! ドガ〜〜ン!

昨日までは静寂を保っていた富士裾野の戦略自衛隊陸軍駐屯地に、時ならぬ砲撃音が響き渡り、部隊名物、獅子王中将の怒号が木霊する。
そう。これは演習ではなかった。
れっきとした敵襲。それも『虎の子の新型機が敵に奪取された』というお約束なシチュエーションなのだ。
当然ながら、この状況で、かの中将が燃えない筈が無い。

「ええぃ、チョコマカと小賢しいヤツめ。(ピッ)左翼、弾幕薄いぞ、何をやっとるか!」

自ら駐留中の戦車部隊を率い、敵の散布したチャフによって半死状態にされたレーダなどに頼る事無く、
周囲から感じられる戦意と、目の前を逃走中の獲物との距離からの逆算で。
後は経験とカンだけで戦況を察し、矢継ぎ早に指示を出す獅子王中将。
その采配には、まったく澱みが無かった。

そして、戦闘の推移は極めて異常なものだった。
もしも、チェス盤でも見るかの様に欺瞞情報の無い客観的視点から、この戦いの一部始終を見る事が出来る者が居たとしたら、さぞ驚いた事だろう。
なんと、中将の戦闘指示は、チャフがばら撒かれる前と全く変わらない………否、下手をすると、かえって的確になっていたりするのだ。

だが、そんな彼にしか持ち得ないであろう特殊技能が発動していて尚、戦況は芳しくなかった。
それほどまでに、奪取された新型機は恐ろしく手強かった。
もっとも、その中の人達はと言えば、

「ハッハハハハッ、やったわね! 正に計算通りよ!」

「…………ねえ、ムサシ。此処は突っ込む所なのかな?」

「止めとけ。多分、虚しくなるだけだぞ。
 それになんだ。マナの言ってる事だって、全くの的外れって程でもないだろう。一応、注目の的になってるんだから」

「(ハア〜)なるほど。ソッチが主な目的だった訳ね」

いたって暢気に。獅子王中将とは別のベクトルで、この戦闘を満喫中。
そう。第3使徒戦のドサクサに戦自が秘匿していた機体、トライデントΓ(ノーマル)の回収こそが、鋼鉄のGFトリオに課せられた特別任務だったのである。
此処で『今更』とか『意味が無い』といった、もっともな疑念を持たれる向きもあるかも知れない。
だが、如何にウリバタケ班長や時田博士と言えど、そうポンポン新型機を作れはしない………いや、出来るかもしれないが、そこはソレ、魚心あれば水心。
『機体を失った浅利ケイタ三曹の為に、嘗ての愛機を奪取する』というのが、シュン提督の命じた、今回の作戦の金看板。
どうか『ガス抜きの為に適当にデッチ上げた任務』等という穿ったものの見方は為さらぬ様に。
少なくとも、霧島三曹は気付いていない。だから、これでイイのだ。

「(コホン)それはそれとして。  どうするマナ? まだランデブー・アワーまで二時間近くもある。このままじゃ流石に持たないぜ」

「そうね。やっぱり、発見されるのが早すぎたわ。せめてαとβも持ってきていれば………」

「いや、それは違うでしょ。僕等は戦争をやりに来た訳じゃないんだからさ」

操縦席の後ろにて、善後策を練っている様で実は明後日の方向へと進みそうなムサシとマナに、思わずそう突っ込むケイタ。

「とゆ〜か、今更って気もするけど、どうして今日決行したの?
 今日でなければ。第一中学校の夏季登校日以外の日だったら、今、この瞬間にだって、ロサ・フェティダに迎えに来て貰えるのに」

「ああっ! 言っちまったな! ついにそれを言っちまったな!」

「酷いわ、ケイタ! 折角、考えない様にしていたのに!」

「って、作戦を立てる前に考慮してよ、そういう重要な事は!」

ホバリングと脚部マニュピレーターの併用による変幻自在の動きによって、雨アラレと降り注ぐ砲弾を回避している代償に、
震度7の地震時さながらに揺れている最悪の居住性を物ともせず、彼等は元気一杯だった。

そして、その敵陣営もまた然り。

「(クックックッ)中々やるではないか、あのヒヨッコ共は。
 ウチのテストパイロット達なぞ、アレに乗ったら最後、5分と持たずにケロケロとゲロりおった欠陥機だというのに」

舌なめずりをせんばかりに。 どう見てもイッちゃってるアレな表情で、敵の驚異的な旋回能力を賞賛する獅子王中将。
もっともこれは、一軍を率いる指揮官としては問題発言である。
おまけに、戦況は芳しく無いときては、

「感心してる場合じゃありません!
 どうするんです中将! このままでは敷地内からの突破を許す事になりますよ!」

副官としては黙ってはいられない。
そうした使命感に燃え、正しい方向性となるよう諫言する大河二佐。
だが、これは火に油だった。

「五月蝿いぞ、大河! そんな事は言われんでも判っている!」

「いいえ、中将はお判りになっていません。
 事此処に至った以上、目標の破壊を前提にした作戦に切り替えるべきです!」

「馬鹿モン! そんな勿体無い事ができるか! 
 何としても捕獲だ! 中のパイロットも込みでな!」

「なっ!? この状況で、どうやって………」

「ンなモン決まってるだろう! 『目には目を、歯に歯を』だ! 俺のギャレオンを出せ!」

「正気ですか中将〜!?」



    〜 戦略自衛隊陸軍駐屯地の地下、第一整備工場 〜

「獅子王主任! たった今、獅子王中将より、ギャレオンの発進準備をせよとの御指示が来ました」

「なっ! 無理を言わないでくれ!
 アレはまだ、とても人間が乗れる機体じゃないぞ」

「それなんですが、どうも中将御本人が搭乗されるおつもりの様です!」

「ああもう、良い歳こいてなんて無茶を!
 ……………と言っても、説得は無理か。一旦言い出したら聞かないからなあ、父ちゃんは〜」

頭をワシャワシャと掻き毟りながら、そう嘆く獅子王レオ博士。

さて。此処で少々前後の状況を説明させて頂こう。
日本重化学工業を退職した後、兄とは袂を判った(第7話参照)レオだったが、
そのまま『これからどうすべきか?』と己の進むべき道を模索している間に、自身の父親に。
丁度、トライデントΓに搭載されている先端技術を解析出来る人間を探していた獅子王中将に、それはもうアッサリと捕まったのである。

ちなみに、ライガの方はと言えば、敏感に危険を感じ取ったらしく、既に再留学という形で国外逃亡を図っていたりする。
保有する技術力こそ遜色が無いが、この辺が、この兄弟の決定的な差だろう。

とは言え、レオにはレオの長所が。
彼には兄の様な要領の良さは無いが、怯む事無く困難に立ち向かえる勇気とガッツがある。
実際、いきなり拘束されたまま、二ヶ月以上も缶詰状態。
そんなライガだったら発狂しかねない無茶苦茶な労働条件だったにも関わらず、レオはキチンと結果を出していた。
それが、トライデントΓから得た脚部マニュピレーターシステムの基本設計を取り込み、且つ、獅子王中将の独創的なアイデアを盛り込んだギミックを組み込んだ発展型。
新生トライデントシリーズこと、通称『ギャレオン』である。

もっとも、これはまだ全くの試作品。
『パイロット殺し』と呼ばれたトライデントシリーズの悪名の由来である操作性の問題がクリアされていない物だった。
それ故、今後のデータ取りによって、過剰なスピードやパワーを落とした形に。
所謂デチューンを施して調整を図る筈だったのだが………

「獅子王一徹、出るぞ!」

そうした安全対策が施される前に。野生のままの獰猛な獅子が、一人の熱血オヤジの手によって野に解放たれた。

「な…なによアレ!? 一体、どこの合体ロボットアニメの胴体機?
 とゆ〜か、あんなフザケタ格好なのに、なんであんなに早いのよ!」

「落ち着けマナ! 基本的形状からして、アレは多分、コッチのコピー機体。
 単に、前の部分に獅子頭を象った飾りが付いてるだけだ!」

突如として現れた新型機の威容と、その思わぬ高性能に浮き足立つ霧島三曹。
それをストラスバーグ三曹が叱咤するが、彼とてこの予想外な展開には動揺を隠しきれていない。
何より、彼の見立てた敵戦力の予測は甚だ甘かった。

「じゃあ、何で向こうの方が早いのよ!」

「多分、主砲が付いていない分だけ軽量化されているから………
 よし! ケイタ、コッチも主砲をパージ! ついでに、ヤツにぶつけてやれ!」

「了解!」

   ドン、ゴロロロロ………

かくて、すぐ後方まで迫ってきていた後続のギャリオン目掛けて、煙突の如き長身を誇る主砲を投擲。
攻撃を兼ねた軽量化を図り、一気に突き放さんとしたトライデントΓだったが、

「甘いぞ、ヒヨッコ共!」

そんな獅子王中将の絶叫と共に、先頭部に設けられた獅子頭を象ったギミックの牙部が大きくその顎を開き、

  ガキッ!
       グシャ!

主砲が激突しようとした瞬間、顎部を急速に閉じて一気に圧壊。
獲物に喰らい付いた肉食獣の如く、真っ二つに食い千切った。

これぞトライデントαとβの特性をヒントに考え出された、ギャレオン固有のギミック。
敵への体当たりを前提にし得る強度と、その圧壊を可能とするパワーを兼ね備えた獅子頭の顎部マニュピレーター。通称『レオ・ファング』の真価である。

「「「な…なにぃ!」」」

その非現実的な噛み付き攻撃に、度肝を抜かれる鋼鉄のGFトリオ。だが、次の瞬間、

   バキッ

「な…なにぃ!」

追手である獅子王中将もまた、驚愕せざるを得ない事態が発生した。
この追いかけっこに熱中するあまり、半包囲していた戦車部隊を置き去りにしたまま疾走。
駐屯地の囲む敷地フェンスにさえ気付かず、これを破壊してしまった結果、双方共に望まぬ最悪な状況に。
そう。矢鱈滅多羅目立つ特殊車輌に乗ったまま、彼等は一般道へと出てしまったのだった。



   〜  数分後 LHR中の第一中学校の屋上 〜

「……………ええ、そこまでやってしまった以上、このまま帰還して頂く訳には……………ええ、その通りですわ。話が早くて助かります。
 シュン提督より御預かりしている私の権限において、此方でも最大限のバックアップを致しますので、報道関係への対処が完了するまで何としても時間を稼いで下さいませ。
 もう、貴女達だけの問題じゃないってことね。(ピッ)」

携帯を切ると同時に、激しい脱力感が。
ランクSの緊急通信が入ってきたので、何事かと思いHR(北斗はまだ中国なので金田先生が代行)を脱け出してみれば、
シュン提督の留守中に、まさかこの様な事態になっていようとは。

「(プルル〜、ピッ)豹堂さんですか? カヲリです。実は緊急事態が……………」

それでも、数瞬後には気持を建て直し、関係各所への根回しを始めるカヲリ。
だが、そんな気丈な彼女をして、

「シュン提督、早く帰ってきて下さいませ。私、もう駄目かも知れないってことね」

そんな泣き言が口から零れると共に、過日、自分の精神的支柱とも言うべき彼の提督を拉致していったアークを呪わずにはいられない最悪な………
否、最低なアクシデントだった。



   〜 再び、逃走中のトライデントΓ 〜

「よっしゃあ、延長戦に突入よ!」

そんなカヲリの嘆きとは裏腹に、凶報をもたらした方の当事者は元気一杯。
予想だにしなかった新たな戦いに思いを馳せるくらい、ポジティブだった。
だが、いくら能天気になろうとも、それで戦局が優位になったりするほど世の中は甘くない。

「って、すぐに迎えがくるじゃないのか?
 どうするんだよ、マナ。このままじゃ、あのライオン頭に尻を食い千切られるのも時間の問題だぞ!」

その辺の事が、彼女よりは理解できているストラスバーグ三曹が、すぐ後ろに追いてきているギャレオンを睨みつけながら、そう問い質す。
ちなみに、そんな彼よりも事態を正しく把握している浅利三曹はもう、とっくに諦めていた。
彼的には、『暫くは拘留されて臭い飯を。警戒が緩むのを待って、赤木士長やワークマン士長の手引きで脱獄させて貰う』なんて感じのシナリオさえ出来上がっていた。
だが、マナの返答は、それが如何に甘い考えだったかを思い知らされるに充分なものだった。

「大丈夫! この先の廃工場に、トライデントβを回して貰ってあるわ。
 あのライオン頭を撃退して、そのまま篭城するわよ」

「……………ナゼ、ロウジョウナンデスカ、マナサン?」

思わず、裏返ったカタカナ声でそう聞き返す、ケイタ。
勿論、それは『聞かなければ良かった』と後悔する様なものだった。

「う〜ん。実は私にも良く判らないんだけど、カヲリさんの話だと………チョッと待ってね」

と言いつつ、マナは携帯をΓの通信機器に繋ぐと、その録音機能をONに。

『事此処に至ってしまった以上、事態の隠蔽はおそらく不可能ですわ。
 それ故、この不祥事の所為で獅子王中将が失脚しない様、マスコミへの情報操作を行なうと共に、華を持たせる為の実績を用意せねばなりません。
 それまで、何として時間を稼いで下さいませ。
 彼の中将は、ある意味、戦略自衛隊の良心とも言うべき御方。失うには惜しい傑物ってことね』

「てな訳で、最低でも半日以上。出来れば二〜三日くらい立て篭もって欲しいんだって」

「……………だってさ。頑張ってね、ムサシ。影ながら応援しているよ」

どうも、かなり初期段階から報道ヘリにマークされていたらしくて、この逃亡劇の一部始終が、特別報道番組として第三新東京市のお茶の間を席巻した、その日の昼下がり。
フラットな口調でそんな戯言を口走る、最近では現実逃避の仕方も手が込んできたケイタだった。



   〜 一時間後。某廃工場跡地 〜

どうにか目的地まで辿り着いた後、そのままストラスバーグ三曹がトライデントβに搭乗するまでの時間を辛うじて稼いだものの、
その奮闘の代償に右前足と左後足を喰い千切られトライデントΓはドロップアウト。
結果、一対一のガチンコ対決となり、二体の機体の基本性能が拮抗していた事もあって、ずるずると長期戦と化していた。

     チュイン、チュイン、チュイン………

ギャレオンの両脇腹にマウントされたバルカン砲から、トライデントβの前足を狙って一斉掃射が。
無論、これは有効打を狙っての攻撃ではない。
敵の足を止める為の牽制。本命は、此処までの数度のアタックから、ホバーを併用しての鋭い左ステップで回避するのを読んでのレオ・ファングだ。

「貰った〜っ!」

獲物の注文通りの行動に肉食獣の笑みを浮かべつつ、獅子王中将は銃撃と共に加速させた機体で体当たりを。必殺の顎にてβの右前足を狙う。

「させるかよ!」

だが、トライデントの操縦ではストラスバーグ三曹に一日の長が。
突進してきたギャレオンの牙を最小限の動きで半身になってかわすと、そのままSSTO製の盾で横殴りに。
あたかもインファイターに左フックを引っ掛けてコーナーからの脱出を図るアウトボクサーの如く体勢を入替え、

   ドゴーン

ガラ開きの脇腹に本家体当たりを。
その重い一撃が、ギャレオンの肋骨ならぬ右脇腹のバルカン砲を粉砕する。

「(クッ)予想以上に粘るわね、あのパイロット。
 誰だか知らないけど、ムサシ顔負けの耐G能力だわ」

そんな何度目かの激突を廃工場の屋上から見詰めながら、霧島三曹は悔しそうに戦況をそう評した。
そう。本来、トライデントシリーズはパイロット殺しとまで呼ばれたジャジャ馬な機体。
それに加えて、既に何発もβからの体当たりを。
うち幾つかはクリーンヒットを貰っているにも関わらず、衰えを見せない機体運動。
専用の厳しい特殊訓練を積んでいる自分達でさえ、チョッとあれは真似出来ない。
敵パイロットは、そういう非常識な事をやっているのだ。

と、その時、トライデントβと共に廃工場内に篭城支援品として用意されていたPCから、とある情報を引出したケイタが、更なる凶報を。

「それなんだけど。マナ、チョッと拙い事になったよ」

「ん、どうしたの?」

「どうも獅子王中将らしいんだよ、アレのパイロット」

「…………って、最悪じゃない、ソレ!」

と、一瞬呆けたものの、すぐに気を取り直し、

「ムサシ、攻撃を中止して! これ以上は中の人がヤバイわ!」

あまりの事に涙目でベソをかいているケイタを無視して、霧島三曹はβに緊急通信を。
そう。絶え間ない苛烈なGに加えて、βの体当たりによる衝撃はシャレにならない。
下手をすれば、支援する筈の相手をウッカリ殺してしまう結果になりかねないのだ。

『って、無理言うなよ、マナ!
 コイツは思ってた以上にヤル相手だ。それじゃあコッチがヤラレちまうぜ!』

「それじゃあ、せめて攻撃をソフトに。兎に角、短く!ショートにして!」

『いや、それだとかえってダメージが蓄積しそうな気が………』

「じゃあ、ど〜しろって言うのよ!」

かくて、現場は大混乱に。
そんな中、戦場に新たな参戦者が。

『いい加減、この馬鹿騒ぎを止めなさ〜い!!』

拡声器を使用してとは言え、戦場の爆音さえも掻き消す一喝を。
それは、選挙戦を明日に控え、本来ならば最後の大詰めをしている筈の、西園寺まりい市長候補その人だった。
『危険過ぎます!』と泣き言を抜かした運転手Aを選挙カーから蹴落とし、自らハンドルを握っての堂々の参戦だった。

『コラ〜ッ! 一般人が戦場に入り込むんじゃない!』

負けじとばかりに怒鳴り返す獅子王中将。
その乗機の威容と相俟って、正に獅子の如き迫力である。
だが、その程度で怯む彼女では無い。潜った修羅場の数が違うのだ。

『貴方こそ即刻退去なさい! 外れに位置しているとはいえ、此処はれっきとした市街地なのよ!』

そんなこんなで、戦いの場は済し崩しに舌戦へと移行。
その間隙を縫って、取り残されかけていたストラスバーグ三曹へ新たな指示が。

「ムサシ、今、上から指示が来たわ。
 コッチの合図と同時に、西園寺市長候補を攻撃して!」

『って、マジか!? ホントにヤルのか!? とゆ〜か、大丈夫なのかよ、ソレ!?』

「ん〜と。やっぱ念の為、寸止め出来る様に手加減して。
 でも、目標の安全が確保され次第、出来るだけ派手に土埃を出す感じで」

カヲリから送られてきたメールの文面から『やりたくないけど仕方ない』と言わんばかりな。
なんと言うか、ある種の諦観の様なものを感じとり、一応安全策を入れておく霧島三曹。

「やれやれ、無茶を言ってくれるぜ」

長年の付き合いから、その辺のニュアンスを敏感に感じ取るムサシ。
そんな彼女の無理難題を実行すべく、上空の報道ヘリを意識した見せ付ける様な大きな動きで、西園寺市長候補の頭上に右前足を振り上げながら、

『いい加減そこを退け! でないと踏み潰すぜ!』

と、悪役っぽく、外部スピーカで見栄を切った。
だが、彼のこの精一杯の配慮は、完全に裏目に出た。

『貴様〜っ!』

最前線に立っている所為か、何時も以上に視野狭窄に陥っている獅子王中将が、これを額面通りに。
無抵抗な一般人(?)への意図的な攻撃と思い込んだらしく、それまで舌戦を繰り広げていた西園寺市長候補を救うべく、トライデントβに突貫を。

   ガシャン!

レオ・ファングを展開する手間を惜しんでの純粋な体当たり。
そんなトライデントβの暴挙を封じる為の咄嗟の一撃だったのだが、その結果、激突からバランスを崩した二機は、揃って彼女の頭上へと倒れ込む事に。

「きゃああ〜〜〜っ!」

   ドシャ〜〜ン!

西園寺市長の悲鳴を掻き消す様に、轟音と共に派手な土煙を上げる二機。
これには、ムサシはもとより、流石の獅子王中将も蒼くなる。
最悪なアクシデント。どちらの陣営にとっても、『これだけはやってはいけない』広範囲な攻撃だった。
轟音が鳴り止み、辺りを絶望的な静寂が支配する。
そして、永い永い数瞬後、視界を遮っていた土埃が晴れてゆき、

「ずっと…ずっと祈っていた。君達ダークネスと戦う日が来ない事を」

散乱する選挙カーだったものの残骸の傍に佇む人影が。

「だが、君等が善良な……それも、この第三新東京市の未来を担わんとする敬意すべき女性にまで手を掛けんとした以上、もはや躊躇いはしない!」

口上を述べつつ、西園寺市長候補を右脇に抱きかかえたまま、霧島三曹達が潜伏している廃工場の屋上まで一気に飛翔。
気を失っている彼女をそこに寝かせた後、さり気無く中の二人に通信を入れ、彼女の保護を依頼。
と同時に、上空の報道ヘリに対する目晦ましを兼ねて、あらかじめ用意してあった派手目の爆薬のスイッチを。
そんな特大の紅い爆煙を背に、

「正義の味方! マッハ・バロン!!」

次クールでも活躍の場を与えられるか否か?
此処がその分れ目と見ての、一世一代の大見得を切った。

そう。鋼鉄のGFトリオ達が到着する30分程前にこの廃工場に到着し、各種の準備を整えた彼は、西園寺市長候補の参戦を奇貨として、急遽この計画を立案。
勢いだけでカヲリを口説き落とし、この登場シーンを演出するチャンスを虎視眈々と狙っていたのである。

「マッハ・キッ〜ク!」

まずは、屋上から飛び降りざまに、立ち上がったばかりのトライデントβに飛び蹴りを。
必殺技の名乗り上げも高らかに、それはカメラ映えのする華麗なまでのアクションで決まったが、当然ながらノーダメージ。その装甲板を凹ます事さえ叶わない。

「(クッ)流石の私も、機動兵器を相手に徒手空拳では分が悪いか!」

蹴り付けた反動でバク宙を決めて着地すると同時に、オーバーアクションを取りつつ悔しげにそう叫ぶマッハ・バロン。
そんなリアクションとは裏腹に、内心では寧ろほくそ笑んでいたのだが。
そう、此処までの展開は総て計算通り。戦うからには一度はピンチに陥らなくてはならないという、ヒーローの御約束なのだ。

「マッハ・グロォ〜ブ!」

かくて、更に数度の無効な攻撃を繰り返した後、満を持して右手のマッハ・ウィング制御装置に音声入力を。
上空を密かに旋回中の小型ステルスジェットに、ウリバタケ班長と時田博士が共同開発した新兵器の射出を命じた。

「パワーハン………」

今日という日の為に何度も繰り返した練習通り、上空より投下された新兵器を装備せんとするマッハ・バロン
だが、実戦はシミュレーションの様に甘くは無く、

「させるかぁ!」

     チュイン、チュイン、チュイン………

野生のカンによって、その危険性を感じ取った獅子王中将からの横槍が。
しかも、牽制の為の(一応、生身の人間を直接狙わない程度の理性はあったらしい)バルカンが、偶然にも装着前の新兵器を破壊する結果に。

「(チッ)雅を知らんヤツめ!」

舌打ちしつつ小声で愚痴る。
だが、この程度のアクシデントに動揺している様では正義の味方などやっていられない。
すぐさまファイトプランを変更。中盤の見せ場用にと考えていた、『人対機動兵器の力比べ』という案をボツにし、一気にフィニッシュブローへ。

「エレキ・ハァ〜ンド!」

今度は、鋭いステップで撹乱して確実な受取り体勢を確保した後、グローブと呼ぶには些か大き過ぎる篭手型の形状をした新兵器を装着。
そのままギャレオンの懐に潜り込み、

「エレクトリック・マッハ・サンダ〜〜ッ!」

左前足を殴りつけると同時に、篭手内部のスイッチを入れて激しく放電を。
これぞ、蒼い空からやってきて緑の地球を救う為、紅い正義の血を燃やしつつ振るわれた、この銀の機械の腕こそは、金の心持つ男、マッハ・バロンの新必殺技なのだ。

『小癪な!』

怯む事無く、右前足で薙ぎ払おうとする獅子王中将。
だが、その攻撃は不発に。

   ガシャン

『おごっ!』

硬直時間中の………より正確には、必殺技を披露した余韻に浸っていたマッハ・バロンを捉える前に、バランスを崩して前のめり崩れ自滅する事に。
そう。体長スケールが違い過ぎる為、『一気に行動不能に』とはいかないものの、
エレクトリック・マッハ・サンダーの超高圧電流が流された周辺の各種電子回路はズタズタに寸断され、既に左前足は死に体だったのである。

とは言え、この程度で戦意を失う獅子王中将では無い。
チャンスと見て取り押さえに来たトライデントβを、右前足をバネにカチ上げる様な体当たりで返り討ちに。
返す刀で、マッハ・バロンに襲い掛かる。

だが、機動力が半減したギャレオンでは彼の動きを捉えきれず、また、マッハ・バロンの方も、バッテリーを使い切ってしまい有効な攻撃手段を失っていた。
そう。青い筈のエレキ・ハンドが銀色なのは他の三つの開発が間に合わなかったが故の苦肉の策だったのである。

かくて、互いに決定打を欠いている為、戦闘はズルズルと長引き。
そうこうしている間に、カヲリの打った次の手。『涙の説得作戦』が発動。

「この辺で幕引きにしたらどうだい、一徹君。
 本来これは警察の仕事。君達、戦略自衛隊の出番は、犯人グループとの交渉が決裂し、他に打つ手が無くなってからの筈だよ」

「残念ですが引けません。事は軍事機密の漏洩、陸自の名誉が掛かっているんです。
 とゆ〜か、いい加減、真っ赤なスポーツカーを乗り回すのは止めて下さい、お義父さん。
 貴方ももう還暦を過ぎてるんですし、もうチョッと歳相応の言動をしたら如何なんです。恥かしい!」

「(フッ)君にだけは言われたくはないね」

TVの報道を見て卒倒した愛娘の勇気の。獅子王中将の元妻に代わって説得に馳せ参じた、花形モータス会長、花形満。
彼の往年の。否、現役時代のそれと比べても遜色の無いカリスマ溢れる弁舌によって、問題の論点は巧みにすり替えられ、
この一件は、カヲリの狙い通り泥沼の膠着状態に突入した。
だが、それでもなお、彼女の心は重かった。

この件を有耶無耶にして貰う為に、政治家達にバラ撒くナイショの政治献金の手配。
獅子王中将を擁護する為の、マスコミを買収しての情報操作。
良くも悪くも裏取引の通じない中将本人を納得させる為の、撤退後にワザと残してゆく予定の手土産の選定。
そんな、やらねばならない事が多すぎて、暢気に喜んでいる暇など無かったのだ。

「もしかしたら、大抵の事ならば解決し得る財力を持ったマーベリック社が存在するが故の弊害なのかもしれませんわね、こうした普通ならありえない事態が起こってしまうのは。
 (ハア〜)初期の目的は果し終えている事ですし、いっそ潰してしまおうかしら、こんな会社。もう、疲れてしまったってことね」

本社ビルの一室にて、溜息混じりにそう述懐する。
そんなネガティブな心理状態にあってなお、上記の作業を行なう手は、片時も休む事がない。
何だかんだ言っても、目の前で起こった問題を放り出す事など、彼女には出来はしないのだ。
これを美徳と取るか? はたまた弱点と取るか?
正直、微妙なところである。



ケースI 惣流=アスカ=ラングレーと葛城ミサトの夏休み

   カン、カン、カン、カン、カン………

増築されたハーテッド邸の体技室(旧体技室は、あのまま済崩しに音楽室(第五話のオマケ参照)となっている)にて、
2m程の長さのグラスファイバー製の棍を槍に見立てて、二人の少女が槍術の訓練をしている。
いや、歳若い少女の方が、手解きを受けていると言うべきだろうか?
何故なら、赤み掛かった金髪の少女。アスカの方が、一方的に攻め立てているのだが、その動きは明らかに素人のそれ。
銀髪の少女。アリサ=ファー=ハーテッドの模擬槍の穂先はほとんど動いていないにも関わらず、彼女の全力打撃とおぼしき大振りな一撃は、簡単に弾かれてしまっているのだ。

   カン、カン………カ〜ン!

そんな攻防が20分も続いた頃。
アスカの疲労がピークを越えたのを見て取ったアリサが、勝負を終らせに。
握りが甘くなった瞬間を狙って、彼女の模擬槍の穂先へと、それまでの打ち払いとは異なる鋭い一撃を。

「きゃっ」

その衝撃に耐え切れず、模擬槍を取りこぼすアスカ。
残心として、アリサは、その眼前へと模擬槍を突き出し寸止めを。
数秒後、模擬槍を下ろすと、

「さて。今日が最終日ですし、約束通り教えて貰えるかしら。
 どうして、私に槍術を習おうなんて思ったの?」

『これで稽古は終了』と告げる代わりに、アリサは事前に交した約束の履行を求めた。

実の所、彼女が2015年世界に来たのは、全くの成り行き。
休暇中の祖父孝行にも飽きた………より正確には、手に負えなくなったので、一時的な避難として。
と同時に、チョッと毛色の変わったバカンスとして、此方でのんびりと羽を伸ばす為である。

師として仰ぐには、不適当な一時の客人。
ましてや、自分の槍術など、槍術と名乗る事さえおこがましい全くの我流。
人に教える様なものでは無いと、アリサ自身は思っている。
もっとも、これは過小評価も良い所。
数多の戦場にて磨かれた彼女のそれは、既にハーテッド流槍術として流派を起こせるレベル。
2199年で旗揚げすれば、そのネームバリューと相俟って、門下生には事欠かないであろう優れたものなのだが、これは只の仮定でしかない。

「後腐れなく、(ハアハア)実践的な槍の使い方を習えそうな相手のアテが(ハアハア)他になかったからよ、シルバー・サレナ・マックスハートさん」

汗だくで息を切らせながらも、アスカは、そんな憎まれ口混じりな返答を。
そう。彼女はどこまでも負けず嫌いだった。

「それは忘れて下さいとお願いした筈ですよ」

「あれ。否定しないの?」

「此方の事情を知っている貴女に対して惚けてみても、あまり意味がありませんからね。
 そんな事よりも、この三日間、御望み通り後腐れの無い形で少しだけ槍術を学んだ感想はどうですか?」

酢を飲んだ様な苦い顔をしつつも、話しを強引に本筋に戻すアリサ。
北斗に習わなかった理由は既に得心した(何せ、彼がチョッと齧ってみてそのまま放り出すなんて真似を許す筈がない)が、この辺、彼女としても必死だった。

「結論から言えば、『付け焼刃じゃ実戦には使えない』って所かしら。
 やっぱソニック・グレイブは、例の投擲技専用の武器って考えた方が良さそうだわ」

「(クスッ)賢明な判断ですね」

苦笑しつつ、アリサはアスカの言を認めた。
そう。俗に『剣道三倍段』と言われる様に、素手よりも剣を持った方が格段に戦闘力がアップする。
そして、その剣よりも間合いの長い槍や薙刀の方が。
所謂、長物と呼ばれる武器の方が更に有利となるのだが、それはあくまでも『有効な攻撃が行なえるだけの技能があれば』の話なのだ。
極端な例を挙げるならば、素人に日本刀を持たせてみても、かなりの腕力が無ければ相手に切り掛る事さえ困難だが、
得物が包丁であれば、小学生の腕力でも切り殺す事が可能と言った所だろうか。
まして槍という武器は、その高い殺傷能力の代償に、懐に入られたら有効な攻撃がし難くなるという克服困難な弱点を持っている。
要するに、素人がいきなり扱える武器では無いのだ。

もっとも、この辺は、アリサ自身もアキトとの模擬戦中にフィールド・ランサーを何度も弾き飛ばされて初めて知った事。
それまでは、只のフィールド破壊兵器としか思っていなかったのだが。

「もう一つ聞いても良いかしら?」

「ナニ? 授業料をタダにしてくれるなら、大抵の事は答えるわよ」

「あら、ちゃっかりしてますね」

元より、そんなものを受け取るつもりなど無かったが、アスカの物言いにやや呆れ顔となるアリサ。
まあ、それを微笑ましく感じてもいるのだが。

「それでは、御言葉に甘えて少々聞き難い質問を。
 どうしてアスカさん自身が槍術を習い、しかも、『使えない』という判断を下したのですか?
 実際にエヴァを操縦しているのは葛城さんなのでしょう?」

「それが聞き難い質問なの?」

不審顔でそう聞き返すアスカ。
そんな彼女に、アリサは微笑みを崩さずに、

「ええ。ある意味、シンクロの機密に関係してくる話でしょう?」

「もう今更って気がするけどねえ。
 まあ、良いわ。答えは簡潔にして救い様の無い理由から。
 アレの辞書には『努力』とか『根性』はもとより『反復練習』って言葉が載って無いからよ」

いたのだが、この返答には流石の彼女も度肝を抜かれた。
さもありなん。技術とは、弛まぬ基礎訓練を土台として身に付くものなのだから。
これは、武術に限らず、全ての技能に当て嵌まる事。
あのアキトや北斗ですら例外足りえない絶対の真理なのだ。

「訓練、しないんですか?」

聞き間違いであって欲しいと祈りつつ、ややフラットな口調でそう聞き返すアリサ。
だが、現実は常に過酷だった。

「ええ。ドイツでの士官学校時代も、学校始まって以来の問題児として有名だったわよ。
 兎に角、教官の言う事を全く聞かない練習嫌いな生徒としてね。
 アタシ自身、アレが実戦形式以外の訓練やってる所なんて見た事ないし」

「ちょ、