〜 8月20日 ネルフ中国支部発令所 〜

その日、済崩しにオブザーバーとしてそこに立った北斗は、彼らしからぬ感情に。
まるでアキトが失踪した直後の様な、何とも言い難い困惑を抱えていた。
とは言え、彼もまた日々成長している。
一年半前の様な醜態を晒す事なく、表面上は冷静さを保ったまま、事此処に至った経緯を反芻する。




事の起こりは、何時もの様に、中国支部から150qほど離れた放棄地区に。
秩序が完全に崩壊し、政府のコントロールを失っているが故に、活きの良い獲物が揃ってる狩場へと出稽古に出掛けていた時、
アキトのそれとはまた別の方向に黒尽くめな某狂信団体と接触。
生理的嫌悪感から、かなり本気で殴って黙らせたのだが、

「ふっふっ。中々やるではないか、転生した光の戦士よ。正直、死ぬほど痛かったぞ」

「くっくっ。暴虐なる地獄の支配者、魔王オー○ェン様の加護を受けし我等は不滅よ。だが、この場は見逃してやろうじゃないか」

「くくくく。体中が痛くて仕方ないからな。許してやるから助けてくれ」

何故か、アッサリ復活。無駄に偉そうな口調で泣き言を並べ立てる。
そんな、これまで馬鹿達共の中でも最凶最悪にアレな感じの連中を前に、

「なあ。コイツ等は此処で消しちまって良いだろ?
 呼吸させとくだけ酸素の無駄使いだぞ、ハッキリ言って」

と、この地を訪れる際の交換条件として『彼等にも正式な法の裁きを』等と無理難題を押し付けてくれた黄司令に対し、
携帯電話越しに虚しい交渉をしていた時にそれは起こった。

『司令! 北北西120qの位置に未確認物体を確認! パターン青、使徒です!』

同僚の決めゼリフを借りた日向マコトが、お約束なエマージェンシーを。
そう、本来ならばあり得ない事が。 丁度、第3使徒っぽい形状の。全身タイツの代わりに、岩石っぽいゴツゴツした体表をした未知の生物が中国に出現したのである。




「おい、こんな話は聞いていないぞ。来月まで使徒は来ないんじゃなかったのか?」

数十分後。こうした不測の事態を想定して用意していた百花繚乱をトップスピードで荒野を疾走させ、
自転車どころかラリーカーでもあり得ないタイムで中国支部に到着。
蒼白な顔で待ちかねていた中国支部スタッフにシンジを預けた後、
発令所の一角にて彼等とは対照的にワクワクとした顔でスクリーンを見詰めていた桃色髪の少女に、北斗はそう尋ねた。

「問題ない。何事にもイレギュラーは存在する」

「俺は真面目に聞いてるんだが?」

わざわざサングラスを掛けつつゲンドウボーズを決めてくれたラピスに、苛立たしげに再度そう尋ねる北斗。

「ちょ…チョッと形状が違うけど、アレは多分、セ○・サターン版よ」

発令所スタッフに迷惑が掛からぬ様、殺気は勿論、気配すら消しながらの問いだったが、
それでも彼の密かな怒気が伝わったらしく、ラピスはチョッとビビリながら今回の敵の解説を。

その内容を要約すれば、スクリーンに映っている使徒は死海文書に乗っていないイレギュラー。
当時はまだ珍しかったフルアニメによるアドベンチャーゲームであり、
後の『鋼鉄のガールフレンド』や『2nd Impression』の雛型となった、記念すべきエヴァレーベルのゲーム第一弾に出てきたものらしい。
その特性はと言えば、パイロットの記憶を奪って、その経験を我が物とする事。
そして、ゲームの特性上、一回目の接触では絶対に倒せないという概念武装っぽい設定が付いている事である。

「名前は無いんだけど、敢えて名付けるならアムネジア(忘却)って所かしら」

最後にそう締め括るラピス。 そんなイネスっぽく『良い仕事した』と言わんばかりな顔をしている彼女に、北斗は最終確認を。

「名前なんてどうでも良い。兎に角、今回は見逃すんだな?」

「うん。何故かシュンさんが居ないらしくて、向こうはチョッと混乱してるけど、そういう事に決まったみたい。
 多分、戦闘開始と同時に記憶喪失ビーム(?)が発射されて、そのすぐ後に撤退するんだけど、
 そうならなかった時は『適当に倒しちゃっておいて下さい』って、ユリカが言ってた」

「(フッ)良いだろう」

ラピスの返答に、ニヤリと笑いつつ懐の得物を擦る北斗。
ストレス解消がてら、後者の展開にチョっぴり期待していると言った所だろうか。

「エヴァ伍号機、ウイングキャリアよりリフトオフ! 使徒と接触します!」

と、後ろの外野達が余裕ぶっこいている中、マコトによる開戦の合図が。
かくて、パイロットと指揮官以外は全員が初陣という悪条件の中、ネルフ中国支部の主導による使徒戦が幕を開けた。

「ええぃ!」

上空500mと、安全高度をさり気無く無視した位置から使徒のほぼ頭上へと射出された伍号機は、まず右手のソニック・グレイブを投擲。
当然、回避するアムネジア(仮)。だが、それこそがシンジの狙いだった。

  ガキッ

ソニック・グレイブの気を取られた事によって生じた隙を狙っての、自由落下による加速度を加えての攻撃が。
追加ダメージと落下時のクッションを兼ねた、一石二鳥の飛蹴りがクリーンヒット。

「良し!」

北斗のアドバイスを基とした策が成功し、我知らず会心の笑みを浮かべつつ小さくガッツポーズを取るマコト。
指揮官としてはやや問題な態度だが、これを未熟と誹るのは些か酷だろう。
何しろ、『パレットライフルを初めとする銃火器が無い』&『支援の為の兵装が無い』という絶望的な悪条件を引っ繰り返す、起死回生の奇襲が成功したのだから。
それに、彼の仕事はもうほとんど残っていない。
一対一の格闘戦に関してはシンジの方が熟達している故、もはやセコンドの助言など必要無い。
後は、パイロットを信じて勝利を祈るのみである。

  ドス、ドス、ドス………

と、そんな彼の期待に応えて、戦況は伍号機有利に展開。
事前に確認された胸部のコアを狙っての、ソニック・グレイブによる釣瓶打ちの様な突きが。
その猛攻によって、早くも決着が付こうとしていた。

   ピカッ

だが、勝利を確信し活き上がる中国支部発令所の職員達を嘲笑うが如く、シンジにとっては奇襲となる形で、コアと思われていた部分が激しく発光。
記憶喪失光線(?)を放つと同時に、アムネジア(仮)は忽然と姿を消した。

と、此処までは、北斗とラピスにとっては、予定通りの展開だった。
だが、そんな彼等にとっても予想外の事態が勃発した。
なんと、使徒の攻撃によって気を失ったシンジの身に、記憶喪失と異なり一目で判る変化が。
一部の特殊な趣味な人達の垂涎なプロポーションだった華奢な体躯が、更に丸みを帯びた愛らしい物に。
その胸にも、控えめなものながらも明確な自己主張をする二つの隆起物が。
髪も多少だが伸びて、やや毛先が不揃いな短目のボブカットに。
更には、元々中性的だった顔立ちがハッキリと女顔に………

要するに、どう見ても彼は、少女化していた。

「元に戻るんだろうな、コレ?」

回想シーンを終え、冒頭の困惑から漸く立直った北斗が、ラピスにそう尋ねる。
だが、返って来たのは、なんとも頼りない返答だった。

「設定無視な展開なんで判んない」

「つまり、『ずっとこのまま』という可能性もあるって事だな」

「そう。………って、こうしちゃ居られないわ!
 早速、第一中学校の女性用制服と、セーラーウ○ヌスのコスチュームを発注しないと」

そんな、此方の気も知らんと嬉しそうに発令所を後にしてゆくラピスの後ろ姿を呆然と見送る北斗。
そのまま、一分が過ぎ二分が過ぎ………五分が過ぎた。

「アレを見る限りじゃ、アキトは教職には向いていない様だな」

ポツリとそう漏らす北斗。それに応じて枝織も一言。

(そうだね、北ちゃん。将来、産まれてくる子供の教育は、とてもアー君には任せておけないってゆ〜か、私達でシッカリやらないとダメみたいだね)

ちなみに、この時の枝織の呟きを、テンパっていたが故に聞き流していた事を、数年後、北斗は心底後悔する事になるのだが、それはまた別の御話である。



   〜 数時間後、中国支部職員控え室 〜

「俺、どうしたら良いんだろう?」

「しっかりするよろし、マコト。
 指揮官がそんな不安な顔をしていては、下が浮き足立つよ。勝てるものも勝てないね」

「でもさ。正直、シンジ君には合わせる顔が無いよ」

「アイヤ〜、確かに笑って誤魔化せる様な事じゃないね。
 でも、此処は敢えて笑うのよ。そして、『大丈夫、使徒を倒せば元に戻る』と言い切るよろし。
 根拠なんて無くても良いね。今、マコトがあの子にしてやれるのは、そういう安心感を与える事だけよ」

と、使徒戦の後始末が終了し、事の重大さを再認識したマコトが、友人の中国支部職員Aを相手に愚痴っていた時、

   バタン

「お前がガイドか?」

控え室のドアを荒々しく開け放ち、いまだ気絶したままのシンジ(少女化バージョン)を背負った北斗が、弟子達と桃色髪の少女を連れて突如来訪。
中国支部職員Aに向かって、そんな切り口上な確認を。

「はい? ガイドって………まさか呪泉郷の事あるか?」

「うむ。ちと、声の感じが気に食わんが背に腹は変えられん。
 ガイド料は言い値で支払ってやるから、トットと案内しろ」

と言いつつ、中国支部職員Aの胸倉を掴み、小太りで短躯なその身体を釣り上げる北斗。

「アイヤー! 乱暴はやめるよろし」

「五月蝿いぞ、お前。シンジが起きる前にカタを付けねばならんのだ、静かに急げ」

かくて、とある理由から必要以上に理不尽な扱いを受けつつ、振って湧いた災難から、彼は常識の世界から非常識の世界へと一時出張する事に。

(ぜ…前略、蒲蘭慕(プラム)姉さん。僕は今、大ピンチある)

前後に揺さぶられ朦朧とした頭で、思わず現実逃避気味に。
高嶋○伸ぽっく胸中にてモノローグを入れる、中国支部職員Aこと李子(スモモ)だった。



   〜 1時間後。青海省バヤンカラ山脈、拳精山(チユアンチンシャン)の麓、伝説の修行場『呪泉郷』 〜

「此処か?」

既に夕暮れ時となった薄暗闇の中、乗ってきた大型ジープのヘッドライトが照らす無数の泉を前に、北斗は李子に確認を。
それを受け、ラピスの拘りから、此処へ来る前にネルフの制服から人民服に着替えさせられた彼の口から、

「そうね。此処が数多の一流の武道家を輩出した伝説の修行場『呪泉郷』あるよ。
 その水を浴びると、それぞれの泉に宿っている土地神(人身御供などによって自縛霊となった霊魂が、祭られる事で昇華され神となったもの)の霊力が授かると言われているね。
 108ある泉の内、ざっと有名所を挙げると、
 まずは娘溺泉(ニャンニーチュアン)。これは1500年前に若い娘が溺れたという悲劇的伝説があるのだよ。以来、そこで溺れた者、皆、若い娘になってしまう呪い的泉。
 熊猫溺泉(ションマオニーチュアン)。これは2200年前にパンダが溺れたという悲劇的伝説があるのだよ。以来、そこで溺れた者、皆、パンダになってしまう呪い的泉。
 黒豚溺泉(ヘイトウェンニーチュアン)。これは1200年前に黒い子豚が溺れたという悲劇的伝説があるのだよ。以来、そこで溺れた者、皆、黒い子豚になってしまう呪い的泉。
 猫溺泉(マオニーチュアン)。これは2500年前に猫が溺れたという悲劇的伝説があるのだよ。以来、そこで溺れた者、皆、猫になってしまう呪い的泉。
 鴨子溺泉(ヤーズニーチュアン)これは900年前にアヒルが溺れたという悲劇的伝説があるのだよ。以来、そこで溺れた者、皆、アヒルになってしまう呪い的泉。
 善男溺泉(シャンナンニーチュアン)。これは2100年前に徳の高い僧侶が溺れたという悲劇的伝説があるのだよ。以来、そこで溺れた者、皆、善人になってしまう呪い的泉。
 双生児溺泉(シュアンションツーニーチュアン)。これは700年前に双子が溺れたという悲劇的伝説があるのだよ。以来、そこで溺れた者、皆、双子になってしまう呪い的泉。
 阿修羅溺泉(アシウルオニーチュアン)。これは4500年前に阿修羅が溺れたという悲劇的伝説があるのだよ。以来、そこで溺れた者、皆、阿修羅になってしまう呪い的泉。
 章魚溺泉(シャンユイニーチュアン)。これは800年前にタコが溺れたという悲劇的伝説があるのだよ。以来、そこで溺れた者、皆、タコになってしまう呪い的泉。
 牛鶴鰻毛人溺泉(ニウホーマンマオレンニーチュアン)。これは鶴と鰻を手に持って牛に乗ったの雪男が溺れたという悲劇的伝説があるのだよ。以来、そこで溺れた者………」

「いい加減にしろ! 俺が探しているのは男溺泉だけだ。他はいらん。そう言った筈だぞ」

興が乗ったらしく、延々と続くそれぞれの泉の解説を一喝して制し、北斗は事の本題を。
それを受け、李子は、

「うむ。男溺泉は1500前に若い男が溺れたという悲劇的伝説があるのだよ。
 以来そこで溺れた者、皆、若い男になってしまう呪い的泉あるが………それがどれなのかは、私にも判らないあるよ」

そんな絶望的な事を口にした。

「判らないって………ええぃ! 貴様、それでもガイドか! プロとして恥かしくないのか!」

「仕方ないね。セカンドインパクトの地殻変動の所為で水脈がシャッフルされてしまったある。
 だから、此処のガイドはパパの代で廃業したのよ」

再び胸倉を捕んで詰問する北斗に、息も絶え絶えにそう抗弁する李子。
見かねたマコトが彼の助命を嘆願。トウジ達もまた、師の無益な殺生を止めるべく奮闘する。
そんなスタンダップコメディが展開される中、

「あれ? 使徒は………此処は何所ですか?」

流れをぶった切る形で、問題の焦点たる人物が目を覚ました。

「起きたか、シンジ。丁度良い。早速、トウジと立ち会え」

興味が失せたとばかりに中国支部職員Aの身体を放り出すと、北斗は弟子達にそう命じた。
些か唐突だが、彼的には、まず現在のシンジの戦闘力を確認しておかない訳にはいかない。
まあ、どちらかと言えば、流石の彼も、いきなり面と向かって『お前、女になっちまったぞ』とは言えなかったのが、主な理由なのだが。

「わ…判りました」

シンジ的には、あの後の状況を聞きたかったのだが、そこはそれ、彼の弟子特有の悲しい習性。
逆らう事の危険性が十二分に心身に刷り込まれている為、前後の状況を理解出来ずとも、身体が勝手にファイティングポーズを。
トウジもまた、胸中に困惑と葛藤を抱えつつも、

「いくで、シンジ!」

と、それを振り払う様に気合を入れた後、此処最近の散打(実戦形式の組手のこと)の定石通り、鋭いステップインからの短打を。
得意の崩拳を打ち込む隙を伺うべく、シンジの防御を崩しに掛かる。

「ほう」

そんな弟子達の戦い。シンジが女体化して以後、初の対戦となるそれの異常性に、思わず感嘆の声を漏らす北斗。
何しろ、全体的に身体がコンパクトになり間合いの感覚が狂っている筈なのに、それなりに早いハンドスピードで繰り出されているトウジの連打が掠りもしないのだ。

それもその筈、昨日まではぎこちない所が目立ったシンジの歩法が。
以前、プールでの特訓にて教えた(第11話参照)常に重心を一定に保つ技『玉の型取り』と、
八つのステップを基本とする円の動きで敵の攻撃を回避しつつ後の先を狙う技『八艘擦歩』の連携が、見違えるほど上達している。
否、まるで別人の動き。元々、反射神経は良い方だったが、それがドーピングでもしたかの様な超反応となっているのだ。
あれでは、トウジレベルの攻撃では何発打っても当たりはしまい。

「よし、二対一戦に変更。ペンペン、トウジに合わせてやれ」

シンジ自身も自分の変貌に戸惑っていたらしく、何度もカウンターチャンスを見逃していた間に、
興が乗った北斗が、そんな無体な指示を。

「ちょ…チョッと。こんなの無理ですよ、北斗さん!」

それまでの余裕を失い、必死の回避行動を取りつつ、抗議の声を上げるシンジ。
それもその筈、これは普通の二対一よりも始末が悪い。
通常、コンビネーション攻撃と言えば、左右からの連撃が主となるもの。
(シンジ側は回り込まれない様に動くのが定石。背後を取られたら、その時点で、ほぼ敗北決定)
だが、トウジとペンペンのそれは、上段の短打と下段の嘴攻撃という縦の連撃。
それも、攻撃レンジが異なる事もあって、即席コンビでありながら、二人の攻撃は、呼吸を合わせるまでもなくナチュラルに繰り出されるのだ。
これでは、達人クラス者とて回避は困難である。

  バキッ

そして、ついにトウジの冲捶(順突き)がヒットした。
咄嗟にガードしたにも関わらず、吹っ飛ばされるシンジ。

「止め!」

此処で、北斗から制止の声が掛かった。

「えっ? まだやれますよ、北斗さん」

怪訝そうに、そう尋ねるシンジ。
普段であれば、KOもしくをギブアップをもってのみ終了。
戦闘可能な状態での中止は初めての事だっただけに、何となく嫌な予感がする。
そして、当然ながら、その予感は図に当る事になる。

「ああ。喰らった瞬間、後ろに飛んで衝撃を逃がした事は判っている。問題はダメージじゃなくて別の点だ」

そう言いつつ、北斗は、いまだ倒れた体勢だったシンジを抱え上げ、

「体重38.6kg、体脂肪率9.8%か。筋肉量が減った分だけ体重も落ちた様だな。
 だがまあ、女にしてはまあまあの肉付き。いや、寧ろ男だった頃より身の丈に合っているぞ。良かったな、シンジ」

と、目分量でありながらオ○ロンの体重計も顔負けの正確な数値を算出。
それと同時に、どさくさ紛れに、彼に絶望的事実を告げた。

「女って? あっ。やだなあ、北斗さん。僕が寝ている間に、またパッドなんて入れて。いい加減、女装ネタからは離れましょうよ」

北斗の言に、漸く自分の胸が慎ましいサイズながらも膨らんでいる事に気付いたシンジが、そんな軽口を叩きつつ、プラグスーツの上から隆起したそれに手をやる。

  ムニュ

弾む感触。と同時に頭痛がする。
そう。決してチョッと気持良かったりなどしていないし、何となく股間が寂しい気がするのも只の気の所為だ。そうに決まっている。

「えっと、日向さん。コレって新型のスーツですか? 面白いギミックですね」

取り敢えず、何とか笑顔らしきものを浮かべながら、マコトにそう尋ねてみる。
趣味の悪いジョークだが、此処で肯定して貰えるならば、ギリギリ許せそうな気がする。
そんな一縷の望みを託しての問いだったが、

「そんな訳ないだろう。使徒の攻撃を喰らった所為で、本当に女体化してるんだよ、お前は」

と、北斗によって、一刀両断にされた。

「ど…どどどど、どうするんですか、北斗さん! 僕はイヤですよ、女なんて!」

「ええぃ、落ち着かんか馬鹿者!
 どうせ、あの使徒を倒すまでの話だ。そうすれば元に戻る」

「本当に?」

「少なくとも、お前が女性化したのはアレが原因なのは確かな事だ。
 倒せば、その効力が切れるのが、お約束ってもんだろう?」

「な…なるほど」

北斗に諭され、多少、冷静さを取り戻すシンジ。
もっとも、それに反比例するかの様に、彼のその姿は。
小動物の様な雰囲気の。涙目を浮かべつつ此方の様子を伺う愛らしい媚態は、周りの動揺を誘うものだったが。

「(コホン)まあ、なんや。折角やから直るまで女らしゅうしといたらどうや? 滅多に出来ん経験やし」

「そうだな。折角高性能な身体になった事だし、それを生かさん手はあるまいて」

「したくて積んだ経験じゃないよ!
 とゆ〜か、どうしちゃったんですか、北斗さんまで一緒になって! おかしいですよ、こんなの!」

ニヤニヤしながら女性化を推奨するトウジと北斗に、真っ赤になって反論するシンジ。
だがそれは、半月ほど前の。女装して釣りをやっていた頃のそれよりも、嗜虐心を誘うものでしかなかった。

「そうは言うがな。どう考えても、その身体の方がお前に合っているぞ。
 骨格が華奢なのは相変わらずだが、身体の柔軟さが増した事で衝撃を分散させ易くなってるし」

それに、骨盤の歪みも解消されたしな。
と、胸中で述懐する北斗。
そう。実はシンジの骨格は、かなり変わった物だった。
通常、背が高くなる人間は、少年期は先天的に骨が太いもの。
それれによって、急激に伸びる身長に対応するものなのである。
だが、彼のそれは、将来はゲンドウの様な高身長となる骨格が、細いまま無理矢理縮められているかの様なもの。
力の連動がスムーズにいかない為、どうしても各関節部への衝撃が大きくなる困った物だったのだ。

実を言うと、これが零夜に何度小言を言われても、頑としてシンジに投げ技を教えなかった理由である。
何せ、いかに『柔よく剛を制す』と言われる柔術でも、矢張り最初は力ありき。
梃子の始点となる部分が脆弱では、自分で自分に止めを刺す結果となってしまうのだ。
だが、今の身体ならば………

「だから何です! 少しは僕の身にもなって下さい。
 いくら北斗さんでも、いきなり性別が変わったら困るでしょう!?」

そんな皮算用を立てる師の気も知らず、シンジは尚も言を募る。
それを適当に言い包め様とする北斗だったが、

「別に。大して困らん(って、そんな訳ないでしょ、北ちゃん!)五月蝿いぞ、枝織。嫌なら、自分で女体化させれば済む事だろう。現に、今だってそうしているんだし。
 男性器ならコツカケで体内に収納すれば何も変わらない(イヤ〜! 枝織、ふた○りなんて絶対イヤ〜ッ!)ああもう、判ったから静かにしろ!」

と、分身である枝織からの思わぬ反論を受け、たじろぐ事に。
そんなこんなで約30分、混沌な装いを呈した師弟の言い争いは、双方が『結局、使徒を倒すしかない』という当初の問題に落ち着くまで延々と続いた。
蛇足だが、その途中で鳴ったトウジの腹の虫が、良い意味で三人(?)の戦意を削ぐ終了の合図だった。

   ブロロロ〜

「マコト。今夜、チョッと付き合って欲しいね。
 なんと言うか、今日はトコトン飲みたい気分なのよ。勿論、私の奢りある」

「ああ、喜んで付き合うとも。丁度、俺も飲みたかった所さ」

半強制的に受け取らされた高額なガイド料の入った懐の封筒を擦りつつ、酒宴の席へ誘う李子と、ジープの運転をしつつ、それに応えるマコト。
共に、『さて。まずは何を教えるかな?』とか『逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ………』とか『わ…わしはノーマルや』とか
三人三様にブツブツ呟いている背後の影護流一門の姿から目を逸らしての。
常識人であるが故の、逃避行動だった。



    〜 翌日。午前9時、中国支部のとあるゲストルーム。〜

「(パンパン)ほらっ、下を見ない。視線は真っ直ぐ前。目標から目を逸らさない」

指揮棒を手で玩びつつ、桃色髪の少女が檄を飛ばす。
その厳しい視線の前には、とある学園の制服のレプリカを着込んだボブカットの美少年が。
否、その身体の線の細さから、無理に男性用の制服を着ただけだと判ってしまう少女が、もう一人の年上の少女にヘッピリ腰で近付きつつ、

「やあ。待たせたね、僕の可愛い子猫ちゃん」

「って、そこで尻窄みになってど〜するの!」

「無理言わないでよ。僕には羞恥心ってものがあるんだから!」

度重なるラピスの叱責に、ついに逆切れするシンジ。
無理も無い。朝も早よから、10日振りに布団の温もりを堪能(例の廃棄地区では基本的に野宿だった)していた所を叩き起こされて、
延々4時間以上に渡って『男装の麗人の心得』とやらを叩き込まれているだから。

「だって、女性っぽい格好は絶対に嫌なんでしょ? だったら、もうコレしか道は無いじゃない」

「そんな訳ないでしょ! これまで通り、普通にしていれば良い………」

「駄目よ! そんなんじゃ、すぐに女の子だってバレちゃうじゃない。
 いいこと。古来より、男装の麗人ってのは次々に美少女を誑し込んでナンボなのよ。
 そうする事で。『なんだこのキザ野朗は』って、感じの反感をワザと買う事で正体を隠すの。
 それが、オ○カル様以来の伝統芸というものなのよ!」

自説を力説するラピスの気迫に押され、タジタジとなるシンジ。
助っ人を求めて回りを見回すも、絶対無敵と思われた師は、枝織との主導権争いに負けたらしくて、ちっとも表に出てこないし、
親友達は、階下に見える広場にて何時も通りの訓練メニューを実行中。平たく言えば、自分を見捨てて逃げてしまっている。
止めとばかりに、何故か黄 舞歌さんまでが見学に。
興味津々と言った顔付きで、これまでの経緯を見詰めている。
彼女は多分、敵に回る事はあっても、自分の味方はしてくれないだろう。

「あの〜、枝織さん。チョッと良いですから、北斗さんと話しをさせて貰えませんか?
 ほら、この身体でいる間に、色々と新しい技を教えてくれるという御話でしたし」

どんな地獄の特訓でも、きっとコレよりはマシな筈。
これまでの展開からそう確信したシンジは、敢えて自ら地雷を踏みに行った。
だが、用意されていた爆薬は、そんな彼の意図とは別種の物だった。

「あ〜、ダメダメ。シーちゃんが少女化して居られるのは、次の使徒が来るまでなんだもん。
 安易にその身体用の技なんて身に付けたら、元に戻った時、おかしな癖になっちゃうだけだよ」

「それを言ったら、別にこんな事をやる必要自体が無いでしょう。多分、日本に帰る前には元に戻るんですし」

もしも、例の使徒がもう現れなかったら? 
そんな最悪の未来予想図を、頭から強引に振り払いつつそう反論するシンジ。

「別に構わないでしょ、これは将来に向けての先行投資なんだし」

「一体何の? こんなスキルが如何役に立つって言うんのかな?」

横から口を挟んできた桃色髪の少女に。
講師役のラピスに向かって、シンジは出来るだけ優しい声でそう尋ねた。
額に井型が浮かび、声が震えているのが自分でも判ったが、正直この辺が限界だった。
だが、そんな彼の必死の思いは、周りの女性達には伝わる事無く、

「やだなあ。言わせないでよ、そんな恥かしい事」

「そうですよ、シンジ君。私達は決して、貴方が殿方と(自主規制)とか、ましてや(自主規制)なんてして欲しい訳じゃないの。
 ただ、想像して個人的に楽しむだけ。少しだけ、そのイマジネーションの基が欲しいだけよ」

そう言って、顔を赤らめつつグネグネと身悶えするラピスと舞歌。
その逝っちゃてる様子から何を言っても無駄だと悟り、目で枝織に助けを求めるも、

「ゴメンね、シーちゃん。枝織も女の子だからね、チョッとだけそういうのに興味があるの」

頼みの綱はアッサリと切られた。
そう。此処は既に腐女子の園だった。

「大丈夫。今の貴方ならシャレで済むから」

「そうですね。事情を知らない人が見れば、寧ろ宝○っぽいですし」

「それに、此処には百合要素担当のマーちゃん(マユミ)も居ないしね。まあ、何て言うか………」

と、此処で枝織は、素早く目配せして他の二人に合図を。
そして、呼吸を合わせて、

「「「ホモが嫌いな女の子なんて居ません」」」

「そんな訳ないでしょう!」

そのリアクションこそが三人の女性達が求めるものだとも知らず、
声を揃えての大野さんネタに過剰反応し、声を限りに絶叫するシンジだった。

そんなこんなで、更に8時間後。
朝食や昼食同様、テーブルマナーを絡めた特別指導の入った夕食後。
他の二人同様に枝織が萌え尽きた事で漸く復活した北斗が、シンジ用にあてがわれた客間を訪れると、そこには誰も居らず、

「家出か。まあ、無理もないな」

コリコリと頬を掻きつつバツの悪そうな顔でそう呟く北斗。
その視線の先には。テーブルの上には、表紙に『探さないで下さい』と書かれた置手紙がそっと置かれていた。

そんなこんなで、本編の主人公が色んな意味で絶体絶命のピンチに陥っていた頃、遠く離れた第三新東京市では、



   〜 同時刻。ネルフ本部、赤木ラボ 〜

「お願いリツコ、お金貸して!」

「嫌よ」

ミサトの借金の申し込みを、条件反射的に断るリツコ。
取り敢えず、此処だけはハッキリさせておかなければならない。
これは、学生時代にバカ高い授業料を支払って得た教訓である。

「それで、一体どうしたの? 借金の取立てにあってる訳じゃないんでしょう?」

言うべきことを言った後、徐に用件を尋ねる。
そう。実を言えば、ネルフは公の機関で無い為、その職員達は法的に様々な規制を受けている。
その関係で、彼等は一般的な手段での借金が出来なかったりするのだ。
その分、正当な理由があれば、極めて優遇された資金の借入れが。
住宅ローン等ならば、ほぼゼロ金利でローンを組む事が出来るのだが、その辺の細かい事情の解説は割愛させて頂く。
兎に角、双方にとって幸運な事に、他の職員達同様、ミサトもまた消費者金融からの借金が出来ない立場なのである。

「借金でもローンの取立てでも無いわ! もっとヤバイものよ!
 嗚呼、いっそそうだったら。相手がヤ○ザとかだったら簡単に。二〜三人で連れ立って来ても、片手で軽く捻ってやって終わりなのに〜!」

「それで、一体どうしたの?」

何時も通り要領を得ない。あまり理解したくない戯言を聞き流しつつ、再度、先を促すリツコ。
この辺はもう、慣れたものである。
だが、そこで度肝を抜くのが。彼女の想像力を軽く凌駕するのがミサトとという人間である。
今回の事例も、また然り。
彼女の口から語られたそれは、正直、開いた口が塞がらないものだった。

「さっきお金を下ろそうとしたら、キャッシュカードの残高が1590円しか無かったのよ!」

「別に良いじゃない。貴女が給料日前に困窮するのはいつもの事だし、今は衣食住のうち食と住は保障されて………って、まさか!」

「その『まさか』よ! 北斗君が帰ってきたら精算する約束の食費が全然足りないのよ〜!」

そう言ってテーブルに突っ伏してワンワンと泣く(注:勿論、嘘泣き)親友の痴態を冷めた目で眺めながら、胸中で状況を分析する。

正直、呆れるしかない。 一週間程前、不思議な事に何故か三佐への昇進が内定したとかで、
前祝に何やら高いお酒(リツコ自身は嗜む程度しか飲まないので、銘柄の知識は余り無い)を買い込んでいたのは知っていたが………
しかも、件の食費とやらは、零夜の性格からして実費のみの。さして高額な金額では無いの筈。
常人ならば、あらかじめ別にしておくだろう。何せ、命が掛かっているのだから。
それを、この女は!

「自業自得ね。素直に二人に可愛がって貰って来なさい」

この数ヶ月、上膳据膳で宜しくやってきているミサトへのやっかみも込めて、リツコはピシャリとそう言い切った。
これまでの経緯から考えて、多分、死にはしない。少なくとも、使徒戦での戦闘よりは遥かに安全だと判断しての決定である。

「そんな〜っ! カヲリちゃんは海外に出張中だし、レイは貰った給料の余剰分は定期にしちゃってるし、
 アスカに至っては『あんたバカ?』の一言で御終いだしで、リツコが最後の砦だったのに〜」

「…………貴女ねえ。(泣)」

列挙された借金申し込み相手の名前に。
自分以外は全員が十代の少女だった事に、思わずホロっと涙するリツコ。

嗚呼、『三十路も間近な社会的地位もある成人女性として、それは色々拙いでしょ!』と、小一時間くらい説教してやりたい。たとえ無駄だと判っていても。
そんな親友の切ない胸の内に気付く事無く、ミサトは更に言を募る。

「リツコは私がどうなってもイイって言うの! たとえば、そう……………」




『ほ〜う。それで金が無いって訳か?』

悠然と腕を組んだ何時ものポーズで、北斗はミサトに聞き返した。
まるで今日の天気でも聞くかの様な何気ない口調だが、それが却って恐怖を助長させる。

『そ、その……決して忘れていた訳じゃないんだけど、チョ〜っと今月は物入りだったもんでして………本当ゴメンなさい!』

ガタガタと身体を震わせながら、ミサトは北斗に財布ごと全財産を手渡す。
それを逆さに振る北斗。ちゃらちゃらと音を立てて、十数枚の硬貨が零れ落ち、その上に千円札が一枚だけ覆い被さる。

『くっくっくっ。1日当たり50円前後と言った所か。散々飲み食いした代金にしちゃあ、良い金額だな』

さも可笑しそうに笑う北斗。だが、その場の雰囲気は一気に殺伐とした物へと変わる。

『最後だから言いますけど。本当は、どうでも良かったんですよ、食費なんて。
 でも、お金を入れる事を楯に我侭の言い放題の挙句が、この有り様じゃ………』

沈痛な表情でそう言った後、クルリとミサトに背を向ける零夜。

『あ…あの〜零ちゃん。最後と言うのは、どういう意味で………』

『さよなら、お馬鹿さん』

   ザシュッ!




「なんて事になったらどうするのよ!」

意外と想像力が豊かだったのね。
身振り手振りを交えて現状の危険性を訴える親友の熱演を眺めつつ、溜息交じりに胸中でそう呟くリツコ。
とは言え、放っておくと何時までも延々と続きそうなので、

「大丈夫よ。そんな事には絶対ならないから」

「ホントに?」

イイ歳をして幼子の様な仕種で、ミサトが上目使いにそう尋ねてくる。
学生時代だったら、この辺で情に絆されていたかもしれないが、今更この程度で誤魔化されはしない。遠慮なく止めを刺しに行く。
そう。足掛け十年に渡る友誼と経験は伊達では無いのだ。

「勿論よ。もし北斗君が本気で怒っているなら、そんな悠長な展開になる筈が………」

「って、問題は其処じゃね〜〜!! 人事だと思って無茶苦茶言うな〜!」

「良いじゃない。だって、人事だもの」

シレっと、そう宣うリツコ。
そんな訳で、シンジ同様、本編のヒロイン役であるミサトもまた、絶体絶命のピンチに陥っていた。




次のページ