>OOSAKI

   〜 翌日。2199年、ミスマル邸近くの国道 〜

見るからに逝っちゃった顔をした少年っぽい物体が、哄笑を上げつつ人間とは思えない様なスピードで疾走中。砂埃も高らかに此方に向かってきている。
その数秒後、目的地たる白亜の豪邸が目に入ったらしく、更に大声を張り上げ高らかに、

「待ちに待った時が来たのだ!
 これまでの艱難辛苦が無駄で無かったことの証の為に!
 再びルリさんに会う為に! そのハートをゲットする為に! ミスマル邸よ、僕は帰ってきたぁ!」

「アドミラル・クラ〜〜〜シュッ!」

   バキッ!

即興で作った必殺技名を高らかに叫びつつ、ハーリーダッシュで突っ込んできた彼の鼻先に合わせカウンターを。
打ち負けない様、それなりに強化した拳による右ストレートを御見舞いする。
正直、良識ある常識人の俺としては、9歳の少年に擬態している存在を本気で殴るのは精神的にキツかった。
だが、後悔はしていない。これは必要不可欠な修正………否、教育的指導だ。

「見損なったぞハーリー君。
 他の誰がやろうとも、君だけは…君だけは、二股なんてやらない真っ直ぐな子だと信じていたのに!」

車田風に、派手に吹っ飛んでからの顔面落ちを決め、流石に大ダメージを負っていたっぽいその胸倉を掴んで引き起こして更に説教を重ねる。
だが、何故か彼は、まったく悪びれる事無く激しく反論を。

「何を言ってるんです、提督! 僕は何時でもルリさん一筋です!」

いけしゃあしゃあと、そんな戯言をほざきやがった。

「ならば、春待三尉はどうする気なんだ!?」

「えっ? 何故そこで、春待さんの名前が出てくるんです?」

義憤に駆られての俺の詰問に、それまでの勢いを失い、キョトンとした顔でそう尋ねてくるハーリー君
どうやら、素で判っていないらしい。

胸の怒りが収まると共に、激しい脱力感が襲ってくる。
嗚呼、まさか世間ではマセガキに分類されているハーリー君が、実はアキトやヤマダ並に鈍かったとは。
実年齢の9歳ならば『まだ子供だから仕方ない』で済むかも知れないが、精神年齢的に考えれば、これはかなり拙い。
矢張り、初期段階で情操教育に失敗している事が、此処へ来て響いている様だ。
仕方なく、そんなコマッタちゃんな彼に己の立場を理解させるべく、噛んで含める様に懇切丁寧に、順序立てて段階的に納得して貰う事にする。

「(コホン)なあ、ハーリー君。チョッと想像の翼をはためかせてみようか。
 たとえばだ。先の大戦が終結してから既に一年以上が経過した訳だが、君、その『ルリさん』とはどの程度進展したかね?」

「えっ?………やだなあ、提督。漸く種蒔の期間が終って、これから進展させる所じゃないですか。
 ほら、この前、僕も少尉に昇進しましたし、一年以上に渡ってほとんど会えない状態でしたし、そろそろイケルと思うんです。
 念の為、こうしてチョッピリ見栄を張って6ヶ月分の給料を溜めて買った婚約指輪も用意してあるんです!」

赤面しながらそんな寝言を宣うハーリー君。
どうも、彼的には何時ぞやの『ハーリー君補完計画』(序章参照)を自分なりにアレンジ。
『弟分の少年が居なくなって寂しく思っていた所へ、数年後、立派になって帰ってきた』という路線で、上手くいっていると思っているらしい。
予想以上の認識の甘さに眩暈を覚えつつも、更に言を重ねる。

「その話は横に置いて、別の方向に視点を変えようか。
 そう。春待三尉が例の新型IFSを入れ、君と懇意な仲となってから既に三ヶ月以上が経過している訳だが、この事実を、ホシノ君がどう思ってると思うね?」

「えっ?……………ひょっとして、妬いてくれているんですか。やだなあ人が悪いですよ、提督」

と、照れ隠しに、身長差の関係から肩では無く脇腹部をパシパシと叩きながら身悶えするハーリー君。

実は言うと、この見解は全くの的外れと言う訳でも無かったりする。
実際、ハーリ君が例の放送に役者としてデビューした第6使徒戦の模様を映したSDVDを配布した直後、コミニュケに強制割込み通信が。
ニート生活から立直ったばかりのホシノ君が、それっぽい反応をしつつ、春待三尉のパーソナルデータの公開を求めてきたのだ。

あれには驚いた。正直に言って、『実は脈ありだったのか!?』と勘繰った程。
或いはあの瞬間であれば、ハーリー君の意図通りの展開となったかも知れないと思える位、切羽詰った顔をしていたっけ。
もっとも、そんな値千金のエンペラータイムは、僅か5分程で終了したのだが。

『(フゥ)ハーリー君には勿体無い様な女性ですね』

一通り目を通した後、溜息混じりに。巣立ってゆく雛鳥を見送る様な表情でホシノ君がそう呟いた時。
多分、これが最後のターニングポイントだった。
そう。この瞬間に、ハーリー君の立場は、彼女の弟に固定された。
そして、春待三尉は、お姉さまの御眼鏡に適ったのだ。

『提督、二人の事を宜しくお願いします』

最後に、そう言ってペコリと頭を下げたホシノ君の姿には、不覚にもチョッと泣きそうになった。
普段の彼女であれば、『結婚式には呼んで下さいね』位の事は言っていた所。
つまり、冗談で済ます気は全く無く、純粋に弟分の幸せを願っているという事である。
その心意気に応えるべく、俺は今、こうして奮闘している訳なのだが………

「ま〜なんだ。可愛い弟分を取られた格好だからな。そういう部分もあるだろうさ」

「やだなあ提督、『可愛い』だなんて」

「クールに見えても激情家だからな、ホシノ君は。
 君の結婚式には、きっと人知れず嬉し泣きをするんだろうな」

「そんな『嬉し泣き』だなんて」

「兎に角だ。春待三尉を幸せにするんだぞ、ハーリー君」

「はい。僕も彼女には幸せになって欲しいと思っています。ええ、もう心から!」

どうして此処まで会話が擦れ違って行くんだろう?
俺の言い方が遠回し過ぎるのだろうか? だが、これ以上ストレートになんて恥かしくてとても言えないし………ああもう、面倒臭い!

「それはそれとして。仕事だぞ、ハーリー君」

照れ隠しに叩かれ過ぎて、いい加減苦痛になってきた脇腹を擦りつつ、彼の手を引っ掴んで強制連行する。
そう。取り敢えず、未来の事より目先の問題だ。

「ええっ!? そんなあ。どうしてですか、提督!
 これまで使徒戦にかまけて堪っていた本業のお仕事が漸く片付いて、今日になって、やっと夏休みを貰えたのにばかりなのに!」

目の前のエサを取り上げられた飢餓状態の猟犬の如く、激しく吼え掛かってハーリー君。
気持は判らなくもないが、コッチも緊急事態だ。彼には泣いて貰うしかない。

「悪いが、イレギュラーな使徒が出た。
 しかも、コイツは設定無視な反則野朗なんで、次に何時出るか判らん。従って、これからダークネスは待機状態に入る」

「でもでも。オペレーティングでしたら、春待さんでも………」

「言いたい事は判るが、それは無理だ。
 春待三尉は、ラズボーン侯爵夫人の所へ出張中。明後日までは絶対に帰ってこれない」

「えっ? …………嗚呼、一昨日のアレ!
 丁度、指のサイズがルリさんと同じだったんで、良さそうな指輪を一緒に選んで貰っていた時に浮かべていた、あの儚げな笑み。
 あれは、死地への出兵が決まっていたからだったのか〜!」

って、あの色々とテンパった状態で、そんな事までやっとんたんかい、あの娘は。
大変なんだなあ、お姉さん系のキャラってのは。そこまで無理をしなくても良いだろうに。
もっとも、そんな所が彼女の良さと言うか、春待三尉にまで艦長みたく我侭になられても困るんだけど。(苦笑)

「まあ、そんな訳で。行くぞハーリー君」

胸中でそんな述懐を終えた後、頭を抱えて何か別の意味で後悔しているっぽいハーリー君の身体を小脇に抱えると、俺はカヲリ君の待つ合流ポイントへと向かった。



   〜 数時間後。2015年、ダークネス秘密基地の第二格納庫 〜

「会場に御集まりの皆様こんにちは!
 さあ。ついにこの日がやってきました!
 思い起こせば、今を去る事2週間前、BAR『花目子』で起こったイザコザを発端とする、この因縁の対決!
 これより、色んな意味で完璧超人なナデシコが誇る東西南北総て不敗な大馬鹿ヤロウ、暫定チャンピオン大豪寺ガイと、
 義侠心と秘めたる(?)恋心を胸にした無謀なる挑戦者、イノウエ マスオのフリーノックダウン制15回戦が始まります!」

俺のすぐ隣に。格納庫内に特設されたリングをすぐ前にした実況席に座るマリアちゃんが、三つ編みにした二本のおさげ髪を振り乱しつつ、
この手のもの特有のハイテンションな口調でまくしたてている。

「実況は私、夏休み返上でスケジュールを調整し、この場に馳せ参じました音無マリア。
 解説は、先日の偶発的な使徒戦において何故か行方を晦ましていた、肝心な時にアテにならない男。太陽系一の無責任提督、オオサキ シュン准将。
 そして、特別ゲストとして、ナデシコが誇る説明の女帝にして、今回、挑戦者のトレーナーを務められましたイネス=フレサンジュ博士におこし頂いております」

ううっ。事前に、実況の前フリの原稿を見せて貰ったのに。言われる事が判っていたのに胸が痛いぜ。
いや。実は良くは知らないのだが、今回、マリアちゃんがコスプレした眼鏡っ娘。
Kファイト実行委員会の中○環とは、こういう毒舌系のキャラらしい。
前後の状況から考えれば、これが一番妥当だとラピスちゃんは言っていたが………まあ、今更、愚痴っても仕方ないんだけどね。

   ソウソウ、ジゴウジトクダシネ

何所がだ。キッパリとお前の所為だろうが。

   イツカノヨテイダッタノニ、ヨウカモムコウニイスワッタノハ、アンタ

仕方ないだろう。八歳の少女に、たった五日で戦略戦術のイロハを教えろって方が無理だっつうの。
おまけに、あの娘の手にはブローディアが、ディアちゃんとブロス君付きで渡っちまってるんだぞ。
その気になれば神にも悪魔にもなれる様な力を押し付けられた不幸な少女を、右も左も判らない状態のまま放って置けるかよ。

   ダイジョウブ。アノコハ、ホンライナラ、アノママシンデイタ、コダモノ

って、血も涙も無いんかい、お前は。

   トンデモネエ、アタシャ、カミサマダヨ

……………もう一辺、地獄が見たいらしいな。

   ムダ、ムダ、ムダ〜、シコウハニヨルガイネンコウゲキハ、モウツウジナイヨ

アークの憎まれ口に、改めて現状の理不尽さを痛感する。
そう。呆れた事に。本当に呆れた事に。俺に施した例の重大な反則(第10話参照)は、何の御咎めなし。
それ所か、何故かお偉方(?)達には『これまでの常識を根底から引っ繰り返す、素晴らしい発想だ』とか何とか高く評価されたとかで、
特例措置にて、コイツは第三種非限定神に仮免で昇格。
そのまま、とある平行世界の神様に内定してしまったらしいのだ。

その所為か、もう俺の攻撃は一切通じなくなっている。 これは、あの悪夢の日に。コイツと再会した事を認めた直後に、あらん限りのSPを注ぎ込んだ攻撃にて確認済みである。
ついでに言えば、頼みの綱のアークの上役は、その時のショックで寝込んでしまっている(比喩的表現)らしい。
正直者が馬鹿を見る、ホンに救いの無い話だ。神も仏も無いとは、正にこの事だろう。(泣)
嗚呼! 誰か俺に神殺しの武器を! 出来ればチェーンソーを希望!

   ソ…ソコマデ、キラワナクッテモイイッショ。アンタトハ、ナンダカンダデ、ケッコウ、ウマクヤッテキダンダシ。

五月蝿い! トットと自分の管理する世界へ帰れ、この疫病神。
つ〜か、もう向こうがどうなっても知らんぞ、俺は。

   エ〜ッ。テコトハ、ディアチャンヤ、ブロスクンヲ。ソシテ、アノコノコトモ、ミステルンダ。

(クッ)汚いぞ、貴様!

  マ、シバラクハタイジョウブダヨ、タブン。ジャ、マタクルネ〜

かくて、不吉な捨て台詞を残し、アークは去って行った。
嗚呼、アレがもうすぐ神様に。向こうの世界の修復作業に成功したら正式就任するかと思うと泣けてくる。
まあそれでも、コッチの世界に居座られるよりはマシなんだろうが………

『掴み〜かけた、熱いう〜でを、振りほど〜いて、君は出てゆく』

と、俺が胸中で述懐している間にイネス女史のとっても短めな説明が終わったらしく、
テーマソングに乗せて選手入場。細かく上体を揺すりなら、マスオが青コーナ側の花道からやって来た。

『やげて、リングと、拍手の渦が、一人の男を、飲み込んでい〜った』

仲間である整備員の面々からの惜しみない拍手を背に受けて、軽快な動きでロープを飛び越しリングに立つマスオ。
にしても、挑戦者側なのに、何で選曲が『チャンピオン』なんだろうか?
ああ。元アマのチャンプで、この二週間でベストウエィトまでナチュラルに絞ったって、イネス女史が得意げに言ってたっけ。
道理で締まった身体付きをしてると思った。
と言ってもなあ〜(嘆息)

『夢が明日を呼んでいる〜 魂の叫びさ、レッツゴー・パッション!』

続いて、お約束のテーマソングに乗って、赤コーナからヤマダが入場。
それに合わせて、

   ガン、ガラガラ、ガッチャン………

激しいブーイングと共に、申し合わせた様に総ての客席から。
四方八方から、雨アラレと降り注ぐゴミの弾幕。
不意打ちだった事もあって回避しきれず、アッと言う間に塵山の下敷きとなるヤマダ。
まあ、概ね予想通りの展開である。(笑)

その後、流石に呆気に取られたらしくて少々反応が遅れたものの『物を投げないで下さい』とのマリアちゃんの必死のアナウンスが繰り返される。
それによって漸く投擲が止み、その数分後、どうにか這い出してきたヤマダが何事も無かったかの様にリングの上へ。

「青コ〜ナ〜、159ポンド1/2〜、イノウエ マスオ〜!
 赤コ〜ナ〜、161ポンド3/4〜、大豪寺ガイ〜!」

と同時に、ケレンを外した。余計な修飾語を抜き、展開に巻きを入れたアナウンスを。
そのまま、解説である俺やイネス女史に試合前の展開予測を尋ねる事無く、

   カ〜ン!

一気に運命のゴングを打ち鳴らすマリアちゃん。
彼女的には、先程の様なアクシデントを避ける為の止むに止まれずな行動だったのだろうが、これは少々頂けない。
これでは、折角ラウンドガールとして来てくれたアニタ君の出番が無い。何故なら………

「さあ、試合開始のゴングが鳴ったぁ! 因縁の対決が、今、幕を開けました!
 それを合図に、ピーカーブスタイルで。しっかりとガードを固めつつ、挑戦者が猛然とダッシュ! 獣の様に、一気にチャンピオンに………」

   バキッ!

若い力で襲いかかろうとした瞬間。その懐に潜りこもうと、牽制に左ジャブを放った所へカウンターが。
顎先を狙い済ましての、ヤマダの右ストレートがクリーンヒット。
かくて、もう一度その足で立ち上がったり、命の炎を燃やしたりする事なく、マスオは静かに倒れて落ちた。疲れて眠る様に。

シ〜ンと静まり返る会場。
観客は勿論、実況のマリアちゃんや解説のイネス女史。果ては、対戦相手であるヤマダですら呆気に取られ呆然としている。
無理も無い。あれだけ話を盛上げておきながら、蓋を開けてみればヤマもオチも無い一方的な。
もはや試合とすら呼べない様な瞬殺劇だったのだから。
もっとも、俺に言わせれば、これはやる前から簡単に予測出来た事なのだが。

そう。結果から見るほど、マスオは弱くは無かった。
俺的目算でも、イネス女史のサポートもあってか、三年以上もブランクがあるとは思えない見事な仕上がりだった。
だが、所詮は只それだけの事。
現実レベルのアマチュアが、今や漫画染みたスキルを保有するに至ったヤマダを相手に、勝負になる筈がないのである。
嗚呼、もしも対戦相手がジュン辺りだったら。真っ当な人間だったら、もっと良い試合になっていたんだろうが………いや、もう言うまい。

おお神よ、彼を、救いたまえ。 もっとも、今、この世界には、神様が不在なんだけどね。(苦笑)
何か知らんが、アークの後釜が此処に就任するのは、第3階梯以上の存在が姿を消してから。
具体的に言えば、俺や使徒娘達が死んだ後らしい。
それまでは、この太陽系は人間の営みが総てを決定する世界………

「提督!」

と、胸中で世界の裏事情を述懐していた時、背後から引き攣ったガマガエルの様な声が。
振り返れば、そこにはアルミサエルに侵食された綾波レイっぽく顔面中に青筋を浮かべた、我が副官殿の姿があった。

「ん? 誰かと思えば、ナカザトじゃないか。
 良かったなあ出番があって。今回はもう、全然出てこないもんだから、ついにフェードアウトしたのかと。
 ぶっちゃけ、ロッカールームのベンチの隅で『帰れるんだ、これで只の男に』って、切れた唇でそっと呟いているんじゃないかと思って心配したぞ」

と、取り敢えず牽制の軽口を。
だが、ナカザトは、小揺るぎもせず怒気も顕に、

「また訳の判らない事を。
 いえ、そんな事より提督。八日間も行方を晦まして、貴方は何所へ行っていたんですか!?」

「そんなに怒るなよ。その内、五日間は夏休みだったんだし」

「これが怒らずにいられますか! 提督は、暢気に遊び呆けていられる様な御立場では無いんですよ!」

「暢気にだって? 冗談じゃない。自慢じゃないが、この八日間、人には言えない苦労の連続だったんだぞ。
 それこそ、Blank eight daysとか題名を付けて、五〜六話は連載が出来そうなくらいに」

「その苦労とやらが何なのか、自分には見当も付きませんが、仰りたい事だけは概ね理解致しました。
 ですが、だからと言って、此方の事を放り出して良い理由にはならない筈です。ましてや、此処の総責任者なんですよ、貴方は!」

かくて、先程の試合に匹敵する一方的な展開で。実力差ならぬ説得力の圧倒的な差によって、俺はボロ負けした。
畜生、正論なんて。オマエなんて大嫌いだ、バカヤロ〜!(泣)

「兎に角、提督が御不在だった間にも、色々と諸問題が発生。仕事が山積しております。
 こんな御遊びに参加している暇があったら、この待機中に、せめて書類仕事だけでも進めておいて下さい。ええ、今すぐに!」

「あいあい。任せるよろし」

かくて、俺は両手を上げて敗北宣言を。
漸く硬直が解けたらしく、蜂の巣を突いた様な喧騒に包まれた会場を後にし、
『どうしてまともな返答というのが出来ないんですかね、提督は?』とかブツブツと愚痴ってるナカザトに続いて大首領室へ。
臨時の提督用執務室へと向かった。



   〜 2015年、8月25日。午後2時、ダークネス秘密基地の大首領室 〜

三泊四日に渡る激闘の末、大首領室を飲み込まんとしていた書類の山を尽く殲滅完了。
闘いは、俺の大勝利にて幕を閉じた。

「よ〜し、終った終わった。目出度し、目出度し」

「ちっとも目出度くありません。毎回毎回、溜められるだけ仕事を溜めるのは御止め下さい。今に、本当に破綻しますよ。
 と言いますか、アレだけの量の仕事を僅かな時間で終らせる実力がありながら、どうして普段はチャランポランなんですか、提督は?」

「ハッハッハッ。仕方ないだろ、俺はスロースターターなんだから。
 そう。たとえるならば、8月31日の小学生や、コスミケ前の同人作家みたいなもんだ」

「そんな事を自慢げに言うのは御止め下さい。恥かしい」

と、クロックアップの使い過ぎ+徹夜明けで程好くハイになった頭で、ナカザトと互いの健闘を称えあう。
そんな、近頃ではめっきりマンネリ化しつつやり取りをしてた後、徐に某所に繋いであるコミニュケの映像をONに。
自ら淹れた午後の御茶を堪能しつつ、俺は此処数日の日課を。
我等が主人公の。否、パートタイムで本編のヒロインとなっているシンジ君の近況を映したSDVDの観賞を始めた。

実を言うとコレが結構楽しい。
と言うのも、一週間程前から彼(?)は家出中。
色々あった後、チンピラに絡まれていた見るからに人の良さそうな老婆の窮地を救ったのが縁で、今は彼女が切盛りしているとある孤児院に厄介になっているのだが、

竹箒で、玄関の掃除をするシンジ君。
子供達の為に楽しそうに食事を作るシンジ君。
ニンジンを残そうとした子を『めっ』と叱るシンジ君。
夜泣きする子をギュッと抱きしめ、安心させてあげるシンジ君。

と言った感じに、その日常はチョッと萌え。
とゆ〜か、正直、このまま此処で静かに暮す方が彼(?)は幸せな様な気がしてならないくらい馴染んでいるのだ。
いや、あまり戦闘向きな性格では無いとは思ってはいたが………これは大きな誤算である。

彼には色んな意味で戦って貰わなくてはならない。
それが、彼の運命であり、決して動かせない決定事項である。
だが、小さな子共達に『お姉ちゃん』と慕われ凹みつつも浮かべるシンジ君の笑顔を。
TS物の定石を無視して、のっけからほぼ完全に少女化しているのに『僕は男だってば』と往生際悪く主張し続けている姿を見ていると、
どうにも自分がとんでもない極悪人なんじゃないかって気がして決意が揺らぐ。
こんな事ではいけないのだが………

「(ハア〜)しかし、相変わらず悪趣味ですね」

と、葛藤する俺の神経を逆なでする様に、溜息混じりに小言を言ってくる我が副官殿。ホンに困ったもんである。

「五月蝿いぞ、ナカザト。これは必要悪だ」

「確かに、シンジ君の近況の確認作業は、誰かがやらねばならない事でしょう。
 それは判ります。ですが、何も提督自ら行なう必要は無い筈です」

「良いじゃないか、別に俺が見たって。減るものじゃないし」

「自分の提督に対する信頼は、確実に減少しております。
 と言いますか、人として明らかに拙いでしょう。将来、決して思い出したくない様な出来事を映像として残した挙句、それを眺めて悦に入るなんて」

そんなに嫌なら見なければ良いだろ。
そう言ってやりたいのをグッと堪え、その戯言を聞き流す。
そう。コレを相手に、そんな事を言ったら墓穴を掘る事になる。
何と言うか、不器用丸出しな性格な癖に、自己正当化だけは上手いのだ、この男は。

「判った。それじゃ、早速この映像データは処分するとしよう」

「(コホン)いいえ。最終的にはそうするべきでしょうが、現時点においては使徒戦における貴重な資料。
 安易に破棄するのでは無く、保管を厳重にするに止めべきではないかと」

ほらね。(苦笑)

    ビーコン、ビーコン、ビーコン、ビーコン………

とまあ、そんな平和な日常を演じていた時、それを打ち破る警報が。
どうやら、漸く使徒のお出ましらしい。
ゲーム版との誤差に若干の不安を覚えつつも、発進準備を整えるべく、俺達は格納庫にあるロサ・カニーナへと向かった。



   〜 30分後。ロサ・カニーナの提督室 〜

迎えに来た北斗達の言を受け、出撃を承諾。
老婆と子共達に別れを告げ、戦場へと向かうシンジ君。

「いよいよですわね」

スクリーンにリアルタイムで映るその勇姿を前に、うっとりとした顔でそう呟くカヲリ君。
無理もない。確かに、泣いて引き止めようとする子供達をあやしながら決意に満ちた声で勝利を約束した時の彼は、チョッと感動するくらい男の子の顔をしていた。
彼女的には、まさに惚れ直したと言った所だろう。

それだけに、ネルフ中国支部に着いてからの。
日向マコトから幾つかの助言を受けつつエントリープラグに乗り込むシンジ君の姿は、許し難いものだったらしく、

「………見損ないましたわよ、北斗先生。そういう御趣味がおありなのは薄々察しておりましたし、私的にも、まったく理解出来ないという訳ではありませんが、何もこんな時まで。
 命懸けの戦場に赴く時まで、わざわざレイ用のプラグスーツを着せるだなんて。これはもう侮辱に値しますわ。許し難い暴挙ってことね」

と、黒っぽくなりつつ、そんな呪詛めいた事をブツブツと呟くカヲリ君。
そう。実は、シンジ君が少女化した事は、彼女には教えていなかったりする。
世の中、知らない方が幸せな事が幾らもあるもの。
それを、敢えて告げる必要も無いだろう。どうせ、もうすぐ元に戻る事だし。

『エヴァンゲリオン伍号機発進!』

とか何とか言ってる間に出撃準備が整ったらしく、日向マコトの号令の下、ウイングキャリアが使徒の現れた地区へと向けて飛び立っていった。
さて、此方も行きますか。

   シュッ

『お茶の間の皆さん、お待たせしました!』

かくて、俺のGOサインに応じ、ロサ・カニーナは中国の青海省のとある荒野へ。
進行中の使徒とエヴァ伍号機との接触予測ポイントへとジャンプし、何時通りの名乗り上げでダークネス登場。
だが、その時、信じられない事が起こった。

『悪の秘密結社ダークネス、中国4000年の歴史にも(ドゴォオオン!)きゃあっ!』

艦長の今回の名乗り上げが終る前に。
ジャンプアウト直後のロサ・カニーナの船首を掠める形で、ジャンプ用に最大レベルで張られたDFをも破る強力な攻撃が。
って、あの赤い輝きは、まさか!?

『地上の砂漠地帯より高レベルの衝撃波が。戦闘データ照合………蛇王牙斬です!』

嗚呼、やっぱり。(泣)
サブ画面に映し出された北斗の姿(顔にモザイク処理済み)に頭を抱える。
いや、ちっちゃいんで良く判らなかったが、なんとなく真紅の蛇っぽい気がしたんだよな〜
でも、何故? どうして? WHY?

『お…お久しぶりです真紅の羅刹さん』

『ああ』

艦長のおっとり刀な挨拶に、携帯用DFSを八双に構えたまま不機嫌そうに返答する北斗。
まるで、大戦中の様な愛想の無さである。
ちなみに、そのすぐ横には百花繚乱が。どうやら、シンジ君を迎えに行ったすぐ後に、此処へ先回りしていたらしい。

『あの〜、先程の攻撃は、どの様な意図の………』

『邪魔だ。失せろ』

『そ…そういう訳にもいかないんですけど(ドゴォオオン!)きゃあっ!』

『これが最後だ。さっさと失せろ』

再び船首を掠める形で放たれた蛇王牙斬。そして、北斗からの最後通告が。
って、このままじゃマジで落とされる事になる。

『ぜ…全速後退!』

艦長もそれを感じたらしく、北斗の放つDFS攻撃の射程外への退避命令を。
その間に、俺の方から抗議を入れておく。
そう。理由は知らんが、これはシャレにならない。何としても、その真意を確かめておく必要がある。

   ピコン

『一体どういうつもりなんだ、北斗!?』

『おう、シュン提督か。アレなら言ったとおりの意味。邪魔なんでお引取り願ったのさ』

一転して普段通りの調子で応じる北斗。
ますます判らない。一体どういうつもり………

『(コホン)いや。邪魔ってのは、ちと言い過ぎだったな。此処は安全策とでも言い換えて置くか。
 兎に角、支援はいらん。これはシンジの戦いだ』

安全策? ああ、そうか。今回ばかりは、使徒を倒すのはシンジ君でなければならないってことか。
でないと、一生あのままって可能性が生まれちまうからな。
只でさえイレギュラーな展開だし、ヤマダの辞書には、手加減なんて高尚な言葉は載ってない。
たしかに、彼が単独で戦う事が、この場合は安全策なのかも知れない。
個人的には、折角夏休みを中断して集合して貰ったトライデント中隊の子達に見せ場をやりたかったが………

「支援攻撃は? 万に一つも負けられない戦いなんだろう?」

『気持だけ貰っておこう。
 だが、必要無い。寧ろ、シンジの動きを阻害するだけだ』

やっぱ駄目か。
思わず嘆息する。だが、それを別の意図に取ったらしく、

『心配は無用だ。今回は、秘密兵器を用意させてある。負けやせんよ』

そう言ってニヤリと笑う北斗。
もっとも、俺的は全然心配なんてしていなかったんだが。
何せ、お前がそこに居る時点で、絶対に負ける筈がないし。

「どちらかと言えば、俺は今回の視聴者への影響の方がが心配だよ」

『ふむ。俺としては『あどりぶ』とか言うヤツが上手くいったと思っていたんだが。矢張り、演技力が足りなかったのか?』

「問題なのはソッチじゃなくてビジュアルの方だよ。
 お前の意図は判ったが、せめてダリアに乗ってやってくれよ、そういうのは。
 正味の話、歩兵に負けちゃいそうな機動戦艦って、お前、どう思う?」

『………なるほど。すまない、そこまでは考えなかった。
 いや、ソレの歪曲場の出力だと、ダリアで奥義を放ったら、精一杯手加減しても壊れそうだったんで、“つい”な。許せ』

うわ〜い! 連戦連勝なんで最近忘れかけていたが、再確認した。本気で低スペックだぜ、この艦ってば。
いや、それでもナデシコA(ノーマル)の2/3位のDF出力はあるんだが………
とゆ〜か、やっぱ北斗に持たせたままにして置くには危険過ぎる武器なんだな、あの携帯用DFSって。

と、俺が驚愕している中、ついに今回の真打達が登場。
使徒が肉眼にて確認出来る位置に姿を見せ、それに合わせ、

『エヴァ伍号機、リフトオフ!』

   ガコ〜ン

零号機と劇場版のウナゲリオンとの合いの子といった感じの。
量産機の雛形っぽい半生物的な容姿をした伍号機が大地に立った。

『えぃ!』

気合一閃、まるでローラーダッシュの様な動きで一気に間合いを詰め、カチ上げる様な肘打ちを。裡門頂肘を放つ伍号機。
これを難なく回避する使徒。その動きは、どこかトウジ君の技をかわす時のシンジ君のそれに似ている。
おまけに、お返しとばかりに、右手から光のパイルを。
どうやら、設定無視な攻撃(?)をしてくれた癖に、記憶をコピーする能力は健在らしい。

だが、シンジ君の動きはその上をいった。
光のパイルを紙一重でかわす形で斜め前へ。
使徒の左側面へと回り込み、その脇腹へ、踏み込む動きに合わせた肘打ち。外門頂肘を。

   ガキッ

これがクリーンヒットし、堪らず奇声を上げる使徒。
そこへ、そのまま円を描く様に背後へと回り込んだ伍号機から、追撃の前蹴りが。
だが、流石にそれで終るほど甘くは無く、

     キュイ〜〜〜ン

今度はラミエルの全方位へのレーザー掃射が。
これを、ATフィールドを展開してガードするエヴァ伍号機だったが、その間に逃亡を許す事に。
すぐに追い掛けるも、中間距離が開いた所で、使徒はクルリと反転。

   ボオオオ〜〜〜ッ

今度は前面放射型の攻撃。
サンダルフォンの火砕流状の火炎放射を放つ使徒。
それを、追撃の勢いを借りてのクロスオーバーステップによって避け、そのまま側面へ回り込み、死角からのショルダータックルを敢行。
と同時に、低く沈めた身体を大きく伸び上げつつ、相手の顎………は無いので顔面目掛けてカチ上げる様な掌底突きを。
何時ぞやの、葛城ミサトを倒すだった技、隻眼崩しが決まり、倒れ伏す使徒。
そこへ、追撃のストンピング攻撃が。
だが、それは空振りに。使徒は、ガキエルのジェット水流モドキで推進力を得て緊急回避。
超高速の匍匐前進っぽい動きで、再びエヴァ伍号機の間合いから逃亡を。

って、ナニ? この必殺技大会みたいな戦闘は。
これじゃ、北斗の見立て通り支援攻撃なんて多分無理。戦車や戦闘機の動きじゃ対応出来ないじゃん。
とゆ〜か、シンジ君ってば、何時の間にこんなに強くなったの?

と、その時、そんな俺の胸中での問いに応える様なタイミングで、

『説明しましょう!
 既にお気付きの人も多いと思うけど、今回の使徒の動きは、シンジ君が習得した武術のそれに酷似しているわ。
 どうも、前回の戦闘の際に、彼から盗んだものみたいね。
 そして、あの再生怪人っぽい特殊攻撃の乱打もまた然り。彼の記憶にある各使徒達のそれから模倣した物。
 以上の仮説から、彼の使徒の特殊能力は、敵の記憶を基に最強の形態を組上げる事と推測されるわ。
 例を上げれば、某対戦型3D格闘ゲームのボーナス・ステージキャラみたいなものかしら。
 この五日間、ずっと行方を晦ませていたのも、多分、採取したデータから体組織の組換え作業を行なっていんでしょうね。
 でも、そんな風にゴテゴテと武装したとしても、それで必ず強くなるとは限らないわ。
 何故なら、記憶や能力はコピー出来ても、それぞれの使徒の経験までコピー出来る訳じゃないんですもの。
 ましてや、複数の特殊能力を同時に。かつ、それを有効に使う為のマニュアルがある訳じゃないわ。
 だからこそ、目の前の使徒も、それぞれ単発で出さざるを得ず、結果、散発的な攻撃となっている。
 そして、一つ一つの技が、いかに高性能かつ高威力でも、連携しない攻撃はさして怖くない。
 そう。当たらない必殺技は、いたずらに隙を作るだけなのよ』

いや、隙うんぬんは兎も角、充分怖いって。(苦笑)
確かに散発的な攻撃だけど、使徒のアレは必殺技って言うより只の特殊能力だから、格闘ゲームと違って硬直時間とかも無いし。
とゆ〜か、格闘技関係の説明はチョッと理屈倒れっぽくない、イネス女史って?
この間のボクシングの試合(ヤマダVSマスオ)も、マスオを勝たせる気でいたみたいだし。
う〜ん。博覧強記の権化な彼女にも、苦手なジャンルがあったって事かなあ。
まあ、完全に畑違いとゆ〜か、彼女自身には全く経験の無い分野だから無理もないんだけど。

と、俺がどうでも良い感慨を抱いている間も、戦闘は続行中。
使徒が特殊攻撃をしかけ、それを伍号機が回避し、その隙を狙って痛打を入れる。
そんな典型的なヒットアンドアウェイな攻防が続いている。

通常なら、これは全くの愚策だろう。
何故なら、使徒にはS2機関がある為、少々のダメージは瞬時に回復してしまうからだ。
だが、今回に限っては、その前提条件が覆っている。
と言うのも、件の使徒。イレギュラーな存在である所為か、それとも無茶苦茶な身体のチューンアップの所為かは判らないが、その内包エネルギーは極めて低レベル。
これまでの正規の使徒に比べて、1/10位しかないからである。
従って、ダメージの回復力は低く、徐々にではあるが確実に蓄積中。
また、エネルギーの方も、そろそろ底を突き掛けているらしく、さっき加粒子砲を撃ってからは大技がめっきり減っている。

これに対し、伍号機の方は絶好調。
コッチで下駄を履かせてシンクロ率を50%前後に設定している
(伍号機コアは量産機らしくアダムのコピーだったので中国支部のMAGIを通してコッチで操れる)事もあってか、兎に角良く動く。
それに加えて、今回の使徒戦にいきなり実戦投入された、北斗の言っていた秘密兵器が。
アンビリカルケーブル無しでも約15分間の戦闘が可能となる小さなバックパック型外部電源『雙背帶書包(ランドセル)』が、その背中に装着されている事もまた、
この善戦をもたらした大きな要素だろう。
そう。かの中国支部では、エヴァシリーズ最大の足枷を取り払う為のシステムを開発していたのである。

ちなみに、この秘密兵器については何年も前から研究が進められており、第五使徒戦でハイ○ーデンチモドキの御披露目によって得られたデータによって、それが急加速。
最大の懸案だった予算の壁も、ラピスちゃんを通してマーベリック社より大口の寄付金が入った事でクリア。その結果、つい先日、試作品が完成したんだそうだ。
無論、こんな事は正史には無かった事だが、これは多分、量産機用の機動システムの開発が遅れている為。
本来ならば第四使徒戦において手に入る筈だったS2機関のデータが、俺達の横槍によって得られなかった事によるバタフライ効果ってヤツだろう。

しかもコレ、概算データによると、ウナゲリオンの機動には出力が全然足りなかったりする。
つまり、ネルフにあるエヴァの活動限界を増やす為だけの物なのだ。
その辺が、正史ではゼーレのジーさま達が途中でボツにされ陽の目を見なかった理由だろう。
だが、S2機関搭載の目途が立たない今回は、頭ごなしに無理矢理封印も出来まい。
二重の意味で、コッチにしてみれば嬉しい誤算である。

『シンジ君、残り三分を切った! ソニック・グレイブを射出するから一気にキメてくれ!』

此処で、勝負所と見た日向マコトからの指示が入った。
タイムスケジュールを冷静に管理しつつ、熱くなり過ぎ、無理に拳で倒そうと躍起になっていたシンジ君の頭を切り替えさせる、中々の指揮官振りである。
おまけに、最大の武器であるソニック・グレイブを敢えて封印。
前回の失敗から、シンジ君の回避能力の向上を最優先とし、序盤は徒手空拳で戦わせるなんて大胆な戦術………は、北斗の受売りだろうな、多分。
とは言え、例の新兵器を実戦投入する手筈を整えた手腕だけでも、充分評価に値するだろう。
どこかの作戦部長にも見習って欲しいものである。

  ドスッ! ドスッ! ドスッ!………

と、言っている間に、戦況は詰めの段階へ。
ジャンプ一番、空中にて受け取ったソニック・グレイブによる釣瓶打ちの様な。
否、一発一発が異様に重い。まるで怨念を込めて五寸釘でも打っているかの様な突きが。
その猛攻によって、チョッと同情をさそわれるくらいボロボロとなってゆく使徒。

『やっ!』

もはや反撃不能といった感じになった所で、中段突きから下段への払いに。
フラつく使徒の両足首を掬い上げる様に、先端部で切るのでは無く棍の部分で引っ掛け足払いを。
そして、使徒が仰向けに倒れるのと同時に、ソニック・グレイブを基点に棒高跳びの要領で大きくジャンプし、頂上部でクルリと前宙を。

『くたばれ〜〜〜っ!』

そのまま、彼(?)らしからぬ気勢を発しつつ、遠心力を付けての両膝落としを敢行。

  ゴワシャッ!

鈍い音を立て、燕蹴雷撃がコア部分にヒット。
と同時に、既にヒビの入っていたそれがバリンと砕け、その四肢からも力が抜けてゆく。
かくて、ネルフ中国支部が誇るエヴァ伍号機は、見事に使徒を撃破した。
イレギュラーとは言え、エヴァ単騎による初の。それも、過去最大のダメージを与えての完勝だった。

…………いや、普段大人しい子ほど怒らせると怖いと言うが。相当ストレスが堪っていたんだなあ。
とゆ〜か、使徒娘のモトが回収出来ると良いけど。

『シベティ、シベティ、シンダラ、バシニ、ソワカ』

そんな事をつらつら考えている間に、画面内では転生の舞が始まっていた。
どうやら只の杞憂だった様だ。

『シンダラ、バシニ、ソワカ!』

そして儀式の最終段階。
裂帛の気合と共に、彼女の指先より山吹色の光線が発射され、その直撃を受けた半壊したコアが激しく明滅。
コアの部分がスッポリと抜け落ちると同時に手の平大の光の玉が出現し、吸い込まれる様にカヲリ君の右手に………収まる事無く、そのままエヴァ伍号機の下へ飛来。

「えっ? えっ?」

と、驚愕する俺を尻目に、異常を察してそれを回避するシンジ君。
前回の教訓が生かされた見事な残心である。
だが、赤く輝く光球は、そのまま執拗に伍号機を狙う。
堪らず、ソニック・グレイブで打ち落とそうとするも、当たっても効果無し。
助太刀に、北斗がDFSの刃を飛ばしたが、これも同様だった。
そして、そうこうしている内に、

『しまった!』

電気切れを起こして、タイムアップ。
光球は、そのまま動けなくなった伍号機の胸部に吸い込まれていった。

  シュッ

「って、どうなってるんだい、カヲリ君?」

帰って来たカヲリ君に、状況を確認する。
だがこれは、彼女にとっても意外な展開だったらしく、

「私にも判りませんわ。
 確かに、酷く怯えていて。警戒心からか、名前も教えてくれない状態でしたが、
 それでもアカリよりは受答えがシッカリしていたので、取り敢えず、転生に関する知識を伝えたのですが………」

「断られたのかい?」

「いえ、二つ返事でOKでした。
 ですので、私としても、まさかこんな事になるなんて思っていなくて。これは驚愕に値しますわ。意表を突かれたってことね」

ふむ。となると………
と、俺が胸中で対策を摸索し始めた時、

『うわあああっ!』

伍号機のコックピットから、シンジ君の断末魔の様な悲鳴が。

……………なるほど。そういう事だったのかよ。
ヤバイなコレは。カヲリ君に、どう言って弁明したら良いんだろう?(泣)




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