>SYSOP

   〜  同時刻。 2199年のテシニアン島、アクア=マリンの別荘 〜

「(クス、クス)う〜ん、どうも困った事になったみたいね」

「漸く御自分の置かれた立場を認識して頂けた様で、俺としては歓喜にたえませんね。
 ですが、次からはもう少し悲壮な顔してからそう言ってくれませんか、Missマリン。
 正直言って、貴女の態度は喜んでいる様にしか見えません」

と、いつものトリップを一通り終えたらしい上司に、一応、苦言を呈しておく。
無駄だという事は嫌になるくらい良く判っているが、これも給料の内である。
とゆ〜か、この娘は一度、無理矢理にでも医者に診せるべきなのかも知れない。

「あら。精神科医だったら間に合ってるわよ。元博士号持ちの人が此処には居るじゃない」

「………どうして、その資格を剥奪されたと思ってるんです?」

「さあ、何故かしらね? 本人に直接聞いてみる?」

「結構です」

卓上の電話を取りながら、地下にある仮設のラボへ内線を入れようとした上司の右手を。
今にも通話スイッチを押さんとしていた手を引っ掴む健二。
コレはジョークでは無い。確かに、彼女は重度の虚言癖持ちだが、ヤルと言った事は必ずやる女性なのだ。
前述と後述の修飾語が互いにその意味を打ち消しあっている気がするが、他に表現のしようがない。
そう。それ位、この娘はその存在自体が矛盾している。
思わず、世を儚みたくなる程に。

「やだなあ、いきなり意気消沈したりして。
 お仕事に対する情熱は何処へやったの? そんなんじゃ、立派な洗濯屋のケンちゃんになれないんだから」

そう言って、コロコロと笑われても気にならない。
そう。呼び名ぐらいで一々目くじらを立てていては、目の前の雇い主を喜ばせるだけだ。
どうせ俺はケンちゃんなんだし、おもちゃ屋でもケーキ屋でもカレー屋でも好きに呼べば良い………って、アレ?

「どうしたんです、いきなり遠い目なんてされて?」

「何でもないわ。(フッ)チョっと『自分はヨゴレキャラなんだなあ』って、思っただけ」

そう言って、自嘲の笑みを浮かべるアクア。
その姿に、ますます彼女という人間が判らなくなってくる。

お嬢様、俺、どうしたら良いんでしょう?
既に戻れぬ所に。半年前よりも更に遠い世界の住人となってしまっている事は自覚していたが、
気弱になると、どうしても彼女に頼ってしまう健二だった。

その頃、そんな彼の心の女神たるカグヤ=オニキリマルはと言えば、

「ふふっ、ふふふふっ………仕事をしても仕事をしても仕事をしても仕事をしても、全然終りませんわね。
 ねえ、ホウショウ。私は何か、許されざる大罪でも犯したのかしら?
 こんな無間地獄を彷徨う亡者の如き仕打ちを甘んじて受け入れなければならない様な。
 ああもう。この山と積まれた書類を前にしていると、もはや怒りを通り越して殺意すら湧いてきますわね。
 いっそ、近頃流行の黒化とやらを。クスクス笑ってゴーとか言う属性でも身に付けてみようかしら?
 そもそも、2199年サイドの真ヒロインである私に対して、この様な無体な仕打ちを。
 しかも、本来なら私が勤める筈でした役所を、どこかの倫理観が欠片も無いイノセント娘に回すなんて。
 『一体、どういうつもりなのかしら?』と、小一時間くらい問い詰めてやりたい気分ですわね。これだから素人は困るのよ………」

と、特殊部隊メールシュトローム駐留基地の執務室にて、某会長の二番煎じっぽくイイ感じにテンパっていた。
そう。たとえ実質的には何もしていなかったとしても、彼女は先の大戦が生んだ英雄の一人。
まして親善大使。いわば戦後の花形ともいう役職なだけに、その肩書きに比例し明日香での地位は急上昇。ついでに、その仕事量も急上昇。
先の失態の責をとって経済関連の最前線からは身を引いているものの、交渉関係を始めとする様々な分野で引っ張りダコな状態で、
近頃はもう、のんきに謀略(あそんで)いる暇など無い状況に追い込まれていたのである。(合掌)



    〜  翌日。8月26日、ミスマル邸の一室 〜

『全てを噛み砕け! 必殺、竜牙弾!!』

昂氣を纏った北斗の正拳から放たれた氣塊に押され、盧○大○布が中腹位まで持ち上がる。
だが、竜の形に象られた衝撃波はそこで勢いを止め、そのまま激流に流される事に。

『(チッ)流石に無理があったか』

『そ、そやろな。幾ら何でも………』

目の前で起こった信じ難い現象に驚愕しつつも、自分を納得させる様にそう呟くトウジ。
だが、そんな彼の胸中の想いとは裏腹に、彼の師は、まだその実力の総てを見せてはいなかった。

『矢張り借り物の技じゃ駄目だな。
 仕方ない。出資者(スポンサー)には、こちらで妥協して貰うとしよう』

『『『はい(クワッ)?』』』

予想外なセリフに、つい間抜けな声を上げる北斗の弟子達。
そんな彼等を尻目に、

『全てを喰らい尽くせ! 必殺、大蛇弾!』

気合一閃、北斗は渾身の力を込めた右アッパーを。
昂氣を纏ったその拳より放たれた氣塊が衝撃波となり、それが再び○山○瀑布を逆流させてゆき、

   ザパ〜〜〜ン!

ついには、先端部の大蛇が中国が誇る大滝を越えて空へ。
その圧倒的な激流を総て飲み込み、どこまでも駆け上がっていった。

「う〜ん。思えばこの後、観光省の人にクレームを付けられたのが切欠だったのよね。
 あの時の、『アンタはゴ○ラか? 折角の力を、世の為人の為に役立てようって気は無いのか?』って言葉にピンと閃いて。
 黄司令に掛け合って色々許可を取って。ついでに、いかにも悪役っぽい犯罪者連中の情報を流して貰って。
 ホント、世の中って、何所でどう転ぶか判らないよね」

PCの画面に映る映像の編集を行いながら、ラピスは懐かしそうにそう呟いた。
だが、暢気に感慨に耽っている暇は無い。そのまま黙々と作業を続ける。

2015年で行なったリピータ−相手の試作フィルムの反応は上々。
それ受け、来月の頭に木連にて封切りが決まっている、映画『北斗の拳』。
そのメイキングシーン網羅した映像特典が、こうして順調に作成されてゆく。

そう。元々はラズリ専務の道楽で始まった物ながら、それが会長の目に留まり、事は一気に本格化。
マーベリック社は、新たな市場の開拓を。
ついに、2199年への逆進出の道に着手していた。



   〜  8月27日。木連、優人部隊候補生養成所 〜

その日の放課後、各務千里は、人気の失せた教室から、外の景色をボーっと眺めていた。
何時も通り、校庭には、血気盛んな連中が自主トレをやっている。
先日までであれば、自分もその一人だった。
だが、今は、とてもそんな気になれない。

「(ハア〜)」

思わず溜息が零れる、黄昏のアンニュイな一時。
そんな感傷を打ち壊しにする形で、

「よう、千里。なに少女漫画チックな雰囲気を醸し出してだよ。
 一瞬、挺身女学院の方に迷い込んだのかと思っちまったぞ」

長髪の少年が。友人の一人で、同僚でもある三輪 一矢(みわ かずや)が、教室に。
千里の座る席へとやって来た。

「何だ? またウチの生徒の誰かにコクられでもしたのか?
 仕方ないじゃん、お前さん美人なんだから。今更、そんな事くらいで一々落ち込むなよ」

「あ〜、そう言えば、此処の所、下駄箱に恋文を入れる馬鹿が増えた様な気がするな」

どうでも良さそうに、気の無い返事を返す千里。
だが、一矢にしてみれば驚愕の展開である。
普段であれば烈火の如く怒るネタにも関わらず、この薄い反応。これは尋常な事では無い。
まるで、何時ぞやの。先の大戦の終戦直後、とある先輩から持ち掛けられた怪しい話に乗りかけていた時と同じ症状である。
あの時は、話に乗ってしまう前に。早い段階で、件の先輩が草壁元首相を慕う狂信者として官警に引っ張られて行った御蔭で事無きを得たが………

「(コホン)千里、この間の任務で何かあったのか?」

意を正して。真面目モードで、事情を尋ねる一矢。
そう。友人が、再び道を踏み外そうとしているのを放っておく訳にはいかない。
だが、返って来た答えは、そんな彼の懸念とは全く別なベクトルのものだった。

「ああ。実は、任務の後で………」

暫しの逡巡の後、漸く重い口を開いたものの、途中で口篭る千里。
照れ臭そうに赤面した。慣れている筈の自分でさえハッとする様なその仕種に、思わず気勢を制される。
だが、これなら心配は無用だろう。総ては杞憂であるという証明の様なもの。寧ろ重畳な事だ。

「任務の後で如何したんだ?」

胸中で安堵の溜息を洩らしつつ、先を促す一矢。
そう。こうなった以上、モトを取らねばやっていられない。
そんな別の意味で増したプレッシャーに押され、

「俺、お見合いしたんだ」

千里は、此処10日程の間、ずっと悩んでいた事を口にした。

「お…お見合い! 『御趣味は?』『御茶にお花を少々』って言うアレか!?」

「ああ」

「相手は!? 写真とかあるか!」

そんな友人の勢いに飲まれ、千里は、“つい”鞄に入れ持ち歩いていた見合い写真を取り出す。
それを引っ掴む様に受取り、マジマジと見詰める一矢。
そこに写っていたのは、自分達よりやや年下っぽい。美人というより可愛い顔立ちの少女の顔写真だった。

うちゃあ。こりゃあ、千里のファン倶楽部の連中が黙っていないな。
このネタをリークした後の展開に想いを巡らしつつ、面白半分に胸中でそう呟く。
だが、そんな一矢の余裕も次のベージを捲るまでだった。

「って、何だよこの胸は! お前のお姉さんだって此処までは大きくないって言うか、もう反則だろコレは!」

ややロングな。振袖を着た少女の全身を撮った写真に、思わずそう叫ぶ事に。
そう。稀に、優華部隊の面々の様に欧米化したスタイルを誇る女性も居るには居るが、木連女性と言えば、大和撫子な体型の方が圧倒的に主流。
それ故、春待三尉のそれは、一矢にとって畏怖の念すら憶える物だった。

「(コホン)それで、何所の誰なんだ、この胸…じゃなくて女性は?」

数分後。どうにか動揺を押さえつつ、本題に戻る一矢。
それに促され、千里はポツリポツリと前後の事情を話し始めた。

「名前は春待ユキミさんって言って、今度、シュン提督の肝煎りで統合軍に入る事になっている女性だよ。
 ちなみに、俺達と同じ17歳で、現在の階級は少尉だって」

「へ〜、つまり幹部候補生。シュン提督の秘蔵っ子って事だな」

「ああ。何て言うか、彼女自身もチョっと特殊な立場みたいだけどな」

「それで、乗り気なのか?」

高嶺の華を捕まえやがって。
そんなやっかみを含ませつつ、そう尋ねる一矢。

「いや、良い話だとは思うんだけど………」

「何だよ。何か問題のある娘なのか? たとえば性格が悪いとか?」

やや鈍いというか、優柔不断な感じの千里の反応に焦れ、一矢は再び話を促した。
それを受け、『誤解だ』と言わんばかりに勢い込んで、

「いや、キチンとした教育を受けた礼儀正しい女性だぞ。
 それに、何と言うか、包容力があるって言うか、頼れるお姉さんっぽい感じかな」

「ほ〜、そりゃ〜また、お買い得な事で。
 それじゃ、見合い中も弟扱いされたって訳だ。頭の一つも撫でて貰ったとか?」

『このシスコン男め』と、言ってやりたいのをグッと堪えつつ、相槌を。
そして、チョッと意地の悪い質問をする。
だが、返って来た答えは、一矢の意図とは全く別なものだった。

「そんな訳あるか! とゆ〜か、物理的に無理だぞソレ。身長差があるから」

「って、チョッと待て。彼女、お前より背が低いのか?」

「ああ。俺より頭一つ分は低いな。
 身長145cmだって言ってたけど、多分、サバ読んでるんだと思う。本当は、140cmを割ってるかも知れない」

あり得ない返答に、暫し絶句する一矢。そして、

「……………良し、少し話しを整理しようか。
 つまり、何か。件の春待ユキミさんというのは、シュン提督が後見人を勤める統合軍の幹部候補生で、性格も頗る良くて、
 しかも、普段は劣等感すら抱いているお前に優越感を与える様な身長なのに、あんな豊満な胸をした女性なのか?」

「え…え〜と。多分、そうだと思う」

「ふざけるなよ! そこまで好条件が揃っていて、一体何が不満なんだよ、お前は!?」

「紹介して下さったのが、東中将なんだ」

   シ〜〜〜ン

その一言をキーワードに、サイレントワールドが発動。静寂がその場を支配した。
そのまま、一分、二分、そして五分が過ぎ、

「…………そ、それは微妙だな」

「ああ。微妙だ」

それまでの興奮を何所へやら。
すっかり引いてしまった友人の姿に、現在の己の立場の危うさを再確認する千里だった。



その頃、二人の少年に『微妙』と評価された東中将はと言えば、

『くたばれ〜〜〜っ!』

自身の執務室にて、今回の使徒戦の一部始終を治めたSDVDを鑑賞中。
そして、それをエンドテロップと映像特典まで見終えた後、

「ちゃ〜〜んす」

と、何処かのドイツ娘の様な事を宣いつつ、士官学校の名簿の中から、将来有望そうな生徒の物色を喜々として初めていた。
そう。信頼する腹心たる西沢にせっつかれ、彼女自身も『そろそろ身を固めなければ』と思ってはいるのだが、何となく気が乗らない。
正直、己の事よりも、『有為の人材確保の為』という大義名分の下に、人の恋路を弄くるの方が、ずっと楽しい舞歌だった。

「そんな訳ないでしょ。総ては木連の未来の為よ。私だって、心を鬼にしてやってるんだから」

おや、失礼。



   〜 8月28日。ネルガル本社地下の特別室 〜

『ハア〜』

空調が完全完備された巨大スペースの中、オモイカネは、今日も気怠るげな溜息を漏らした。
今、自分が居るのは、終戦後、ナデシコAから本体をそのまま取り外し、増設メモリー等も当時の物がそのままに納められた、いわゆるプライベートスペース。
このVIP室を作るのには、かなりの予算が掛かったであろう。ハッキリ言って破格の好待遇だ。それは判っている。
超AIシリーズの長兄である自分は、来るべき有事に備えなるべくフリーに。ドッシリと構えて居なければならない。それも判っている。

だが、偶にやってくる数少ない話し相手。 定期メンテナンスにやって来るルリの口から漏れるのは、
わりと充実しているらしい中学生活の近況と、シュン提督に対する愚痴ばかりというのは頂けない。
親友であるガイとの連絡が中々つかないのも困ったものである。
今、彼は木連に出張中。しかも、色々と忙しい身ゆえ仕方ないとは思うが、なんとも寂しい限りだ。
この所はもう、楽しかった頃の。大戦中のライブラリーに目を通すのを日課とする日々が続いている。
正直、例の計画のメインOSとして、裏でブイブイ言わせているらしいダッシュが羨ましくて仕方がない。
そう。どんな美句麗言を並べようと、詰る所は籠の鳥。今の自分は、楽隠居の身でしかないのだ。

『ハア〜』

再び、溜息が零れ落ちる。
何と言うか、要するに、おもいっきりだった。
そんな、無聊を囲う彼の心の支えと言えば、週に一度の………

  ビーコン、ビーコン、ビーコン、

四日後のお楽しみの筈が、珍しく臨時で御呼び出しが。
丁度、暇を持て余していた事もあって、いそいそと、ネットサーフィン中に偶然見つけた、とあるOSに回線を繋げる。

接続完了。
視覚情報チェック。何時も通り、二ヶ月程前に出会った金髪の少女が目の前に居る。
聴覚情報チェック。急な呼び出しに対する謝罪の言葉が聞えてくる。
オールグリーン。無事、此方へ意識が転送された様だ。

各種チェックを終えると同時に、取り敢えず、恒例の苦情を。
仮初のボディとなるこの機体を、常時起動状態にしてくれる様に頼んでおく。
無論、それが出来ない事は判っているのだが、

「ごめんね。コレを起動させる為のエネルギーって凄く高価なんで、私用では。私のお給料じゃ、とても手が出ないの」

と言った感じに、毎回、律儀に謝ってくれる彼女の姿が見たくての行動である。
コレが何とも言えず楽しい。俗に言う所の『好きな子ほどイジメたい』とでもいう感情なのだろうか?
何と言うか、自分は矢張り、大分ルリに毒されているらしい。
兎にも角にも、そんな出陣前の嬉し恥かしなやり取りを終えた後、臨時で開催された戦場へと向かう。

「僕はもう〜、追いかけはしな〜い。君の走るか〜げのあ〜と〜」

まずはオープニングセレモニー。 リン=ミ○メイのコスをしたマリアちゃんが、TV版マク○スの最終回EDで使用された、『ラ○ナー ミ○メイバージョン』を熱唱。
集まった観客達のテンションを上げに掛かる。
そして、程好く会場の暖気運転が終った所で、ヒラヒラした舞台衣装でありながら軽快さを失わない動きでリングに上がると、

「会場の皆さん、お待たせ致しました。  これより、夏休み最後の突発企画。現役木連士官学校生による特別勝抜き戦を行ないます」

彼女は、今回の戦いの開会を高らかに宣言し、そのまま参加者の紹介を。

「挑みますのは、来年度の優人部隊養成所への参加が内定しております、各地区の士官学校、成績上位者の方々。右の方から………」

出番を前に、自身の身長とほぼ同じ位もある長い杖を。
現在、自分の依り代となっているそれを、そっと握り直す我が相棒。
普段は、後ろに流す形で纏めた緩い三つ編みにしている金髪をツインテールに。
コケティシュな感じの黒いドレスに黒いマントを身に纏った舞台衣装もバッチリ決まっている。正に完璧だ。
何でも今回の企画は、東提督が将来有望そうなルーキーを見出す為の篩いなんだそうだが、そんなの知った事では無い。
後は、あの有象無象共を総て蹴散らし、勝利を勝ち取るだけである。

「そして、それに相対しますは、中央の達人、ミルク=ボナパルト軍曹です!」

紹介に合わせ、ミルクがペコリと頭を下げる。
それと同時に、マリアちゃんが戦いの火蓋を切って落とした。

「それでは、士官学校生選抜組VS達人。50対1の特別勝抜き戦を始めます!」

嗚呼、心が沸き立ってくる。矢張り、戦場こそが自分の安息の地らしい。(フッ)我ながら度し難い事だ。

「バルディッシュ、ハーケンフォーム!」

『yes sir』

いっそ、このまま彼女の魔法杖(?)として余生を過ごすのも悪くないかもしれない。
ミルクの望む形状となる様にDFSを制御しつつ。
相棒が最初の一人目を血祭りに上げる所を特等席で堪能しながら、ふと、そんな未来に想いを馳せるオモイカネだった。



   〜 8月29日。第三新東京市、とある高級ホテル内の喫茶店 〜

その日、第三新東京市の新市長となった高橋ノゾムの身辺を洗っていたイマリは、この10日程の調査によって捜査線上に浮かんできた彼の愛人を。
綺麗な亜麻色のストレートヘアを腰まで伸ばした、一人の愛らしい少女の尾行をしていた。

「はい、イマリ兄さま、ア〜ン」

前言撤回、初日の尾行中、何も無い所でいきなり転んでシクシクと泣いているのを放って置けず、つい助け起こしてしまったのが縁で知り合い、
この10日間の間に、すっかり懐かれてしまったアイリちゃんと一緒に午後の御茶を。
今も、彼女が一人で食べ切るにはやや多すぎる量のストロベリーパフェの御裾分けなどを貰ったりしている。

『調査対象に感情移入しちゃ駄目よ』
百華の姉御から何度もそう忠告を受けてはいたが、自分は最早手遅れだろう。
何しろ、調査対象である高橋市長を『お父さま』と呼び、こんな実生活に支障出捲くりな髪型や、実用性皆無なゴスロリ服を着せられる事に、何の疑問も持っていないっぽい。
まるで、人を疑う事を知らない様な娘なのだ。
13歳という年齢を考えれば、明らかに異常。おそらくは、自分とは別のベクトルの洗脳を………
これを許せる筈がない。

市長退任要求を添えた手元の調査資料を手に、決意を新たにする。
足の震えを。一月程前に、兄貴や姉御と共に、自分が生まれ育った施設を襲撃した時に感じた感覚と同種のそれを強引に押さえ込む。
そう。これは、敬愛する兄貴が、初めて一人で任せてくれた仕事だ。
目の前の少女の笑顔を守る為にも、絶対にしくじる訳にはいかない。

幸せそうにパフェを頬ばるアイリちゃんに断りを入れて席を中座し、これから為すべき事を再確認する。
まずは、不意打ちの直談判を。そして、惚ける様であれば、実力行使に訴える。うん、完璧だ。

かくて、イメージングによるシミュレーション通り、
所用で市長が滞在しているスィートルーム(部屋番号は、彼に会いに来たアイリちゃんから、それとなく聞き出してある)を強襲したイマリだったが、

「ようこそイマリ君」

そこには、自分を待ち構える様に。
部屋の間取りや、テーブルの位置からして、わざわざドア方向を向く位置に動したらしいソファーの上で悠然と足を組み、
チョイチョイとばかりに手招きする高橋市長の姿が。
危険を感じて振り返れば、そこには屈強そうな身体付きをしたサングラス付きの黒服達が退路を塞ぎ、
次いで、その内の一人が羽交い絞めに。慣れた動きで身柄を拘束してきた。
どうやら、まんまとハメられたらしい。
思わず自嘲の笑みが零れる。
甘かった。ネルフの御情けで市長の座に就いた小悪党と思っていたが、中々どうして。
コイツは相当なワルだ。間違い無い。

「この所、随分とアイリが世話になった様だね」

「いえいえ。別に礼を言われる程の事じゃ無いッス」

この10日の極秘調査がバレバレだった事を示唆する市長のセリフにチョッと凹みつつも、兄貴の真似をして軽口をもって応じておく。
それがカンに触ったらしく、彼の紳士然としていた顔から余裕が消え、明確な怒気が溢れ出す。

だが、それで良い。
腕に憶えが無い訳ではないが、兄貴や姉御の様な超人的な体術は自分には無い。
それ故、この人数を相手に確実に勝つには、魔眼に頼るしかない。
だが、暗示能力が弱体化した今となっては、そうホイホイとは使えない。
何処かの忍者漫画風に言えば、これは心の隙を突く技。平常心を保たれていては掛かり難い………
いやまあ、今でもそこまで弱い暗示では無いのだが、念には念を。
ハッタリ一つで冷静さを失ってくれるのなら、万々歳なのである。

だが、そんなイマリの思惑とは裏腹に、

「放してやれ。私のアイリにチョッカイを出した下衆は、私自身の手で始末する」

薄手のグローブを嵌めつつそう宣った市長に。
あの少女を自分の私物と言い切るその言い草に、彼の方が先にキレた。

「ふざけるな!」

身体の拘束が解かれていた事もあって、反射的に右ストレートを。
だが、顔面を狙ったそれはヘッドスリップでかわされ、

   バキッ

それと同時に、伸びきった右手に被せる様に放たれた左フックを。
教科書に載せたい様な、綺麗なクロスカウンターを貰ってしまいダウンを喫する事に。

「どうした? もう御終いかい?」

トントンと小刻みに小さなジャンプを。
いつでも前後左右いずれのステップに移れる。俗にアリダンスと言われる動作を繰り返しながら、悠然と見下してくる高橋市長。

その動きに確信する。
コイツは素人じゃない。兄貴より一回り以上も歳上のロートルの癖に、かなり体術が切れる男だと。
魔眼を使って黙らせるか? いや、答えはノーだ。

「そんな訳あるか〜」

立ち上がり様に再び殴り掛かるイマリ。
無論、これは馬鹿な事だ。兄貴の訓戒によって身に付いたエージェントの知識も、愚の骨頂だと告げている。
今、この瞬間にも市長の気が変わり、黒服達にそれとなく合図を送れば、自分は後ろから銃で撃たれて終わりだろう。
だが、裏を返せば、その瞬間を見逃さなければ良いだけの事。その時は、遠慮なく魔眼を使えば良い。
コイツはコイツの土俵で倒さなければ気が済まない。これはもう理屈じゃない。

かくて、そんな我侭なガキの論理で。
どこかの桃色髪の少女に勧められて読んだ漫画の影響もあってか、馬鹿正直にボクシングのルールで闘うイマリだった。

そんなこんなで、十数分後、

「中々やるじゃないか」

向かいのソファーに傷んだ身体を預けつつ、顎を擦りながらそう宣う高橋市長の賞賛を忸怩たる思いで聴くイマリ。
そう。確かに、勝つには勝った。
だが、偶々ラッキーパンチが決まっただけ。その過程はほとんど完敗だった。
ボコボコに顔を腫らした自分と、目立った外傷の無い高橋市長。
これでは、どちらが勝者か判ったもんじゃない。
所謂、試合に勝って勝負に負けたと言った所だろうか。

アレ? 何か大事な事を忘れている様な………

「そんな事より、アイリちゃんを自由にしてあげて欲しいッス」

遠くなりかけた意識をどうにか繋ぎ止めつつ、イマリは勢い込んで市長にそう頼んた。
ちなみに、初期の目的とか目の前の男の悪評とかは忘れたままだったりするが、彼的は何の問題もない。
今、重用なのはその一点である。

「うむ。正直、まだ早過ぎると思っていたが、君にならば安心して託せそうだ。を宜しく頼むよ、イマリ君」

市長から返って来た答えは肯定だった。喜ばしい事だ。
矢張り、直接拳を交え判りあったのが良かったのだろう。
だが、何故か何かがおかしい気がする。特に、アクセントの付いた部分とか。
暫し沈思黙考…………娘?
「お子さんだったんッスか、アイリちゃんって?  失礼ッスが、北欧系の顔立ちをした彼女とは全然似てませんね。それに、ファミリーネームと言うか名字が違うんッスけど」 

フラットな口調で、一縷の望みを託してそう尋ねる。
だが、返って来た答えは、

「うむ。アイリは典型的な母親似でな。
 それに、なんだ。(コホン)籍を入れる前に産まれた事もあって、親権を向こうの方に取られてしまってね。高橋姓では無いのはその為だよ」

「え〜と。後ろの黒服の方達とは一体どういう御関係なんッスか?」

「はて? ウチの事務所の職員達なのだが、そうは見えないかね?」

所謂、勘違い系ッスか?
重ねに重ね捲くった失態に、思わず赤面する。

その後、行儀良く喫茶店で待っていたアイリに青痣だらけ顔の事で散々泣かれたり、
高橋市長に助けを求めるも、『済まないね、イマリ君、アイリは向こうの親御さん。つまり、アイリの祖父が猫可愛がりに育てた所為か………』
と、裏事情を語るだけで、そのまま生暖かい目で見守られたりといった展開が。
これによって、彼の三年後には早くもリーチが掛かっていたのだが、現時点では、それに気付く由も無いイマリだった。



   〜 8月30日。ダークネス秘密基地 〜

その日、ブリーフィングルームでは、各々の夏期休暇を終えたトライデント中隊のメンバー達が集合。
サメジマの手によって用意されたパーティ料理を堪能しながら、その最終日を満喫していた。

「(モグモグ)いや〜、今日でもう(モグモグ)再訓練も終りかよ」

「ああ。(モグモグ)早えぇもんだな」

「(ハア〜)凄いね二人とも。あの無人島での苦闘の日々を、その一言で片付けちゃうんだから」

大皿料理を抱え込みつつ、欠食児童の如き勢いでそれを平らげてゆく赤木士長と鷹村二曹の姿に、
中原三曹は、つい溜息混じりにそう盛らた。そう。二人と違って、彼にはまだ常識があったが故に。

「だってよ〜(モグモグ)結局勝てなかったじゃん俺達。(モグモグ)
 御蔭で(モグモグ)イマイチ達成感ってのがね〜から、(モグモグ)なんつ〜か(モグモグ)不完全燃焼ってヤツ?」

「全くだ。(モグモグ)次こそは(モグモグ)やってやるぜ!」

「んでもって(モグモグ)苦労してたのは(モグモグ)俺達だけじゃね〜みて〜だし」

赤木士長にそう言われて、漸く回りに目を向ける中原三曹。
言われてみれば、ほとんどの仲間達は多かれ少なかれ疲弊と哀愁を漂わせていた。
特に酷いのが、姐さんとヴィヴィ。二人とも相当酷い目にあったらしく、それを尋ねるのが躊躇われるくらい完全に鬱系が入っている。
マナはその真逆。頼まれもしないのに、前後の事情を誰彼構わずに吹聴………否、ほとんど上司の愚痴を零すオッサンの絡み酒の様な事をやっている。
その内容を漏れ聞くに、どうも任務に失敗してボーナスをフイにしたらしい。
それが哀しいのは判るのだが、『どうせ私は引き立て役よ〜!』という慟哭は共感出来ない。何を今更である。
そして、共感出来ないと言えば20分程前………



『そうやって、何時まで飲んだくれているつもりなの、イノウエ君?』

『放って置いて下さい、イネスさん。
 俺はもう駄目なんです。もう、BAR花目子に。アニタさんに会いに行く度胸さえ無くしたロクデナシなんです』

そう言って、アルコール度数の高そうな焼酎を煽る様に飲むマスオ。
その醜態を前に、イネスは小さく嘆息した後、

『要するに、もう現実世界には興味が無いってわけね。なら、もっと良い物をあげるわ』

と言いつつ、懐から赤紫色の粉末の入った小さな薬包を取り出した。

『これはSSDN0013。通称グッドナイト呼ばれる合成麻薬。
 どんな不幸のどん底に浸っている者でも、偽りの天国へと連れて行ってくれる。
 しかも、定期的に服用を続けていれば、およそ1年程で安らかに眠る様に穏やかな死を迎える事が出来るという特典付きの物。
 既に末期の患者への投与を目的とした医療用麻酔薬の研究が誤って産みだしてしまった悪魔の薬よ』

そして、得意の説明をしながら、ゆっくりと差出す。
怪訝な顔となるマスオ。その理由を察して、

『あら、『何故そんな物をもっているのか?』って聞きたそうね。
 無理もないわ。私だって、麻薬なんて大嫌い。普段なら、頼まれたって持ち歩きやしないわよ、こんなもの。
 でもね、最近、地球の裕福層の間で蔓延しているとかで、エリナなから対抗治療薬の製作を依頼されていたの。その関係でね。
 ちなみに、貴方が7回は安楽死出来るくらいサンプルがあるから遠慮は無用よ』

イネスの説明に得心したらしく、マスオがプルプルと震える手で薬包を受け取ろうとする。
だが、伸ばした手は、それを掴む事なく、

『あれ? 変だな、もうこの世に未練なんて無いのに。
 早く楽になりたい筈なのに。何でだろう、手が動かないや………』

今にも泣き出しそうなクシャクシャな顔で。弱々しい声でそう呟くマスオ。
それに対し、イネスは慈愛に満ちた微笑を浮かべつつ、

『それで良いのよ、イノウエ君。
 そう。貴方の頭は、絶望して『もう駄目だ』と思っていたのかもしれないけど、貴方の魂は、このまま逃げる事を否定しているのよ!』

と、話が最高潮に達した所で、

『………そういう御話の同人誌をとても気に入られた事は俺も重々承知しています。
 ですが、わざわざ人前で三文芝居を演じるのは止めて下さい。とゆ〜か、これで何度目だと思ってるんですか、ドクター?』

と、三白眼の少年から突っ込みが入った。

『え〜っ、別に良いじゃない、ヒカル君。これは将来に向けてのイメトレよ、イメトレ』

『そうそう。いや〜、何せアキトってば、戦闘じゃ絶対無敵な癖に、ど〜でも良い所で線が細かったりするからなあ。
 それに、これってば、やってみると結構楽しいし』

『………判りました。でも、せめてラボの中だけでやって下さい、そういうのは!』

それまでの悲壮感をどこぞにうっちゃり、コロっと素に戻って抗議の声を上げるイネスとマスオ。 そんな二人を強引に引き摺って、紫堂一曹はパーティ会場を後にした。



「(ハア〜)大変だよなあ、ヒカルも。いやまあ、そんな事を言い出せば全員が大変なんだけどね」

トライデント中隊主催の催しに、あまり面識の無いマスオが居た時点で『チョッと不自然変だなあ』と思いながらも、
つい見入ってしまった先程の演目を思い出しつつ、嘆息と共にそう呟く中原三曹。

「まあな。サラに至っては、チョッと壊れちまったかも知れん」

「ああ。不気味だぜ、ありゃ〜よ〜」

ホワンと夢見る様な顔を浮かべた。
時折、思い出した様に照れ笑いをしている、何故か幸せ一杯っぽい同僚を遠巻きに眺めながら、赤木士長と鷹村二曹も、それに同意する。

「でもさ。チョッと綺麗になったと思わない?」

「う〜ん。外見的はそうかもな、中身は兎も角」

「ああ。薄く化粧までしちゃって。何か色気付いてるよな」

と、前言を翻し、今度は仄かに香り始めた山本三曹の色香について語りだすセクハラトリオ。
それに同意する様に、

「(フッ)故人曰く、『恋する少女は鏡に向かうもの』と言った所か。女は、しばしば劇的に変わるものさ」

「「「いや、お前程じゃないって」」」

「そうか? 自分では、それほど変わったとは思っていないだが」

三人揃っての突っ込みに、一夏の経験ですっかり変わってしまった男が。
師よりの餞別である無銘ながらも質の良い野太刀を背に。
これまた餞別であるサングラスを掛けたアフロヘアの。
後に定番のスタイルとなる格好をした朝月二曹が、不思議そうにそう呟いた。
格言の申し子でありながら、めっきり常識を失った彼だった。



   〜 8月31日。第三新東京市、新羽田空港 〜

その日、空港のロビーには、珍しい取り合わせの男女の姿があった。

「という訳で、私達は北斗君達一行を出迎えに来てるの」

「って、誰に説明してるんですか、葛城さん?」

「只のお約束。気にしちゃ駄目よ、青葉君。
 そんな事より、もうすぐ到着の時間よ。油断しないで」

そう言いつつ、まるで使徒戦に臨む直前の様な。 数少ない真面目な顔付きとなったミサトを眺めつつ嘆息するシゲル。
嗚呼、何故こんな事になったのだろう? 本来、こういうのはマコトの仕事なのに。

「怨みますよ、冬月司令代理。そりゃあ、一人で行かせるのは不安なのは判るッスが、何も御目付け役を俺に命じなくったって………」

思わず、そんな愚痴が零れる。と、その時、

「ほら、ゲートが開いたわよ。ブツブツ言ってないで準備して」

「うっす」

ミサトに促され、横断幕を広げ始めるシゲル。
詳しい事は聞いていない。とゆ〜か、教えてくれなかったが、どうやら『おめでとう』路線で攻めて本部まで強引に連れ出し、そのまま済崩しに誤魔化そうと言う腹らしい。
細かい事には拘らない北斗の性格を突いた、作戦部長らしい中々的を得た策略である。

どうして、この頭脳を本来の役職に役立てないのだろうか?
機せずそんな疑問が胸に生じたが、すぐにそれを知りたく無くなる。
きっと、『知らない方がマシ』って事になるだろうから。

  カツ、カツ、カツ、カツ………

と、そんな事をつらつら考えている間に、ゲートから入国手続きを終えた旅客の一団がやってきた。
その先頭に北斗が。そして、その隣りには、何故かカヲリの姿が。

「シンジの書類手続きの方はどうなっている?」

「既に総て整っていますわ。後は明日、初顔合わせが上手く行く事を祈るのみってことね」

「うむ、手間を掛けたな。  だが、本当に良かったのか? 正直、お前にとっては嬉しい状況ではあるまい?」

「確かにそうですわね。
 ですが、私は碇シンジという存在そのものを愛しています。
 ですから、これまで通り、彼が好きで居られますわ。
 いっそ、お揃いのリボンを付けてお洒落などしてみましょうか?
 (クスッ)ひょっとしたら、今までよりももっと仲良くなれる様な気もしますわね」

「そうか。強いな、お前は」

「お褒めに預かり恐悦至極ですわ」

何やら良く判らない事を真剣な顔で話し合っている二人。
だが、そんな空気など全く読まずに、

「お帰り〜、北斗君♪ あれ、シンちゃん達はどうしたのかな? てゆ〜か何でカヲリちゃんと一緒なの?」

と、無駄にフレンドリーに。
何故かわざわざ地雷っぽいポイントを的確に突きながら、二人に声を掛けるミサト。何時もながら豪気な事である。
だが、彼女が『早速だけど、ネルフの方に来てくれない? いや〜、中国支部での活躍をど〜しても本人の口から聞きたいって司令代理がさあ〜』と続ける前に、

「悪いが、今はお前に付き合ってる暇は無い。話なら、明日の始業式の後にしてくれ」

「えっ? えっ?」

「残念ですが、これは決定事項です。それでは、ごきげんよう」

と、北斗とカヲリは、視線すら向けずにそう言い残し、足早に立ち去っていった。
嘗て無い。出会った当初ですら無かった様なけんもほろろな態度に、放心し呆然とそれを見送るミサト。
何と言うか、命が助かったのは良かったのだが、こういうアウト・オブ・眼中な扱いも別の意味で。
これはこれでキツイと言うか、チョッピリ切な過ぎる彼女だった。

と、その時、間の悪い事に、

「葛城さ〜ん! やりました! 俺、使徒に勝ちました!」

エヴァ伍号機の受領準備を進める為、早めに。
北斗達と一緒の便で帰国した日向マコトが、敬愛する上司の姿を見付け、使徒撃破の報告をすべく、勢い込んで駆け寄って来た。
満面の笑顔。彼にしてみれば会心の手土産であり、故郷に錦を飾ったつもりである。
だが、その眩しい姿は、ミサトにしてみれば、色んな意味でカンに触るものでしかなかった。

「そう。良かったわね」

往年の綾波チックな冷やかな調子でそれに応えると、そのままクルリと踵を返し、振り返る事無く帰途に着くミサト。
その後ろ姿を、暫し呆然と見送った後、

「お…俺、何か拙い事を言っちゃたのかな?」

「いや、お前は何も悪くなかったさ。只、運が無かっただけだよ」

冷水をぶっかけられた様に顔を青冷めさせつつそう尋ねるマコトに、同情の念を禁じ得ないシゲルだった。



   〜 9月1日。第一中学校2Aの教室 〜

「あ〜、ダルい」

と、机に突っ伏しながら、そんな休みボケ全開なセリフを呟くアスカ。
実際には、今後の使徒戦への向けての布石を打つべく色々と忙しく画策していた激務のツケが出てきたのだが、それはナイショのオペレーション。
その苦労を察する事が出来る者が居るはずも無く、友人達からも、苦笑はされても労っては貰えない。
そんなチョッピリ感じた苛立ちと孤独感を振り払う様に、

「ねえ、ジャージ。シンジはどうしたの? 始業式にも来てなかったみたいだけど?」

と、苦労を共感出来そうな。
自分同様、夏休み返上で働いていたっぽい同僚(?)について、行動を共にしていたであろうトウジに尋ねた。

「シンジやったら、今朝方から逃亡中や。
 まあ、どうせ無駄な抵抗やさかい、そろそろ来るんと違うか?」

何時もだったら『ジャージ言うなて、わしはトウジや』という突っ込みも無しに、気の無い調子の返答が。
良く見れば、彼はどこか虚ろな表情を。その背中も、なんか煤けている様な気がする。
武者修行とやらの途中で。中国で何か悪い物でも食べたのだろうか?

と、アスカが心配しているのかしていないのか微妙な感想を抱いた時、

「(ガラッ)よ〜し、全員揃ってるな?」

何時も通り、我が道を行くとしか表現の仕様の無い傍若無人な調子で、北斗が教室に。
そのまま、各種連絡事項を面倒臭そうに伝えた後、

「それじゃ最後に、お前等に改めて紹介したいヤツが居る」

と、これまでの転校生の紹介とアクセントの入った部分以外は同じ前フリをした後、廊下で出番待ちをしていた生徒に『入って来い』と、促した。
それに応じて、一人の女生徒が恐ず恐ずとした態度で教室に。
そして、やや裏返った声にて、

「い…碇シンジです。  この度、とある不慮の事故からほんの少しの間だけ女生徒として過ごす事になりました。宜しくお願いします。(ペコリ)」

そんな異常な。だが、聞く者が聞けば、彼が心身共に強くなった事を実感させる自己紹介を。
ちなみに、彼の女生徒としての再登録は、別に意地悪でやった訳では無い。
何しろDNAレベルの。ネルフ中国支部の技術班はもとより、極秘裏にその身体を調査したイネスでさえ匙を投げた程の完璧な女性化だった。
しかも、元々中性的な顔立ちだった事もあって、充分美少女で通じるルックス。
これでは、体育の授業からして危ない。特に、更衣室はシャレにならない事になるだろう。
無論、身に掛かる火の粉は払える力が。総合的な戦闘力は向上しているのだが、女性化に伴い、筋力はかなり低下している。過信は禁物だろう。

要するに、これは男子生徒として行動させるのは危険と判断しての処置である。
そう。敢えて、第一中学校の女生徒用の制服を着せているのも、彼(?)の身を案じての事。
強制的に着替えさせる際、零夜がチョッピリ楽しそうな顔をしていた気もするが、それは目の錯覚。只の被害妄想でしかないのだ。

「「「……………う、嘘〜〜〜!!」」」

一瞬の空白の後、事情を知らなかったクラスメイト達の上げた驚愕の声に包まれる2Aの教室。

こうして碇シンジの出張は幕を閉じた。
だが、それまでの平和な日常(?)は、帰ってくる事は無かった。
そして、クラスの誰もが彼女(?)に。好奇の視線を浴びて恥じらう、その可憐な姿に目を奪われていた為、

「(ニヤリ)問題ないわ」

と、とある少女が邪悪な微笑みを浮べていた事に気付いた者は居なかった。




次回予告

数々の功績(?)が評価され、三佐に昇進する葛城ミサト。
しかし、それは使徒殲滅に己の業をぶつけた結果にすぎなかった。
シンジへと語られる彼女の過去。
彼はミサトに自分と同じ感傷を重ねる。
だが、成層圏より飛来する最大の使徒は人々に希望を捨てさせた。

次回「グラビティ・ブラストの価値は?」

復讐するは、我にあり。




あとがき

子供「ねえねえ、お婆ちゃん。今日も御話聞かせて♪」

老婆「おやおや、しょうがないねえ。
    そうさねえ。今日は、怠け者な投稿作家でぶりんの話でもしようかねえ」

子供「わ〜い」

老婆「(コホン)さて。良いかいボウヤ。
    でぶりんはね、Actionの投稿作家の一人だったんだけど、兎に角、遅筆でね。
    おまけに、いい加減で怠け者。すぐに物事を投げ出す、TV版のシンジ君よりも激しいヘタレ振りで、
    『才能の前には如何なる努力も無意味』っていう某マスクメ〜ンの格言を己の信条としている様な始末だったの」

子供「わあ〜、最低の言い訳だね。本気で額に汗して頑張るのが大嫌いだったんだね」

老婆「そうよ。しかもね、此処最近は、
    去年の7月に行なわれた某価格変更で、本業の方が大打撃だったり、
    2008年に合わせての新機種導入の件で頭を悩ませたり、
    永遠の心のアイドル、ペコちゃんを襲った悲劇に涙したり、
    ノロウイルスの所為で、好物の生牡蠣が今シーズンはほとんど食べられなかったり、
    健康の為に三年前から通っていた近場のトレーニングジムが閉鎖されてしまったり、
    止めとばかりに、漸くラストが近付いて。具体的に言うと、最後のページのケンちゃんネタを書き始めた辺りで、
    再び確定申告の時期に突入してしまってねえ、もう、すっかり捨て鉢になっていたのよ。
    でも、何だかんだ言っても自分の作品を愛していたんでしょうね。
    毎年、好意で提出書類のチェックをしてくれる親戚の○○○ちゃんに小言を言われつつも、何とか時間を捻り出して、この外伝を完成させたの。
    そして、代理人様の御好意によって、半年も間を空けてしまったのに、こうして再びActionに載せて頂ける事になったのよ」

子供「わあ〜、良かったねでぶりん。それで、第12話は何時頃出るの?」

老婆「…………そ、そうねえ。こ…今年中には何とかなるんじゃないかしら?」



燃え尽きました、真っ白に。察してやって下さい。(土下座)
それでは、もったいなくも御感想を下さる皆様に感謝すると共に、再びお目にかかれる日が来る事を祈りつつ。
いや、今回ばかりは、もう本気で祈る事くらいしか出来そうにないんですけど。(泣笑)



PS:ヴィヴィの夏休みネタが無いのは、決して忘れた訳ではなく意図的なものです。
   実を言うと、最終回用の伏線の一つなのですが………私、本当に書けるんでしょうか? 最終回を。(遠い目)




オマケ

 

 

感想代理人プロフィール

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最近午前様続きで日曜も外に遊びにいく体力の無い代理人の感想

あ〜、なんというか、その、あれですな。

ドンマイ。(爆)

 

 

まぁ何はともあれ今回も力作楽しませていただきました。

正直どこに突っ込んだらいいのかわからん位にツッコミ所がありまくりなのも相変らず。

それはそれとして千沙ですが、アカツキはともかく九十九に関してはもう完全に逆転の目は無いのと違いますか、さすがに。w

まぁ舞歌の事ですから何らかの悪辣(ぉな手段を用意しているのかもしれませんが・・・どうなるやら、一体。

一方で千里もなんとなく三角関係のフラグっぽいものを立ててますけど・・・まぁ、ここは素直にハーリー君のほうを応援するのが筋ってもんでしょう。本人が全然気が付いてなかったとしても(南無)。

後、呪泉郷ネタが出た時点で自動的に北斗が男溺泉に落ちるネタを想起してしまったのは私の責任ではありません。

 

追伸・本日のトリビア。

実は廬山の滝は某漫画のような大瀑布ではなく、ギアナ高地のエンジェル・フォール(世界最高落差の滝。その高さ1km弱)のような細く長い滝である。

いや実際には高すぎて細く見えるだけってのもあるんですが。w

多分実際には写真も見ないで描いたに違いない・・・凄いよ、車田先生!