木々は揺らめき、夏の日差しが照りつける中、イネス・フレサンジュの墓の前に
三人の人影があった。



「どうして、どうして教えてくれなかったんですか?、生きてるって・・・・・・」

「・・・・・・・・・」


喪服に身を包み手をあわせるホシノ・ルリの呟きが、テンカワ・アキトの心に
身を切られる程の苦しみを、深く、深く染み込ませていった。






大切なキミが傷つくから








キミを俺の復讐に巻き込みたくなかったから

















ホシノ・ルリに対する色々な思いが頭の中を駆け巡っていった。






テンカワ・アキトは沈黙の後、硬く閉じていた口を開いた。











三人の間に一陣の風が吹いた。






そして、テンカワ・アキトの口から紡がれた言葉は、ただ静かにその一陣の風に乗って消えていった。






「教える必要が無かったから」



















機動戦艦ナデシコ

〜夜叉と戦神〜









第四話










「そうですか・・・・・・・」



テンカワ・アキトの素っ気無い答えを聞いたホシノ・ルリの返事もまた素っ気無かった。



そして場を再び沈黙が支配した。




パシン!





「アンタなんて事言うのよ!、それで、よくあの時この娘を引き取るなんて言えたわね!

謝りなさいアキトくん!、謝って!」


栗色の髪の女性、ハルカ・ミナトは勢い良くテンカワ・アキトの頬を叩き、激しい口調で喋り始めた。
自分を責める言葉を聞いてもテンカワ・アキトは沈黙を続けていた。




・・・・・・・来たか・・・・



「この娘はね、アキトくんの事を。ほんとは・・・」




カチャ





テンカワ・アキトは、黒光りした銃口をハルカ・ミナトに向けた。



「アッ、アキトくん!?」


慌てた声を上げたハルカ・ミナトを無視して銃口を気配のする方へ向けた。








再び一陣の風が吹いた。その風と共に現れたのは七人の編み笠達だった。



七人の編み笠の先頭にいた銀色の瞳の男、烈辰が口を開いた。



「迂闊ですね、テンカワ・アキト。我々と共に来て貰います。」


その言葉に答えるようにテンカワ・アキトは六発の弾丸を烈辰に撃ち込んだ。
五発の弾丸は烈辰の個人用のディストーションフィールドに弾かれたが、
最後の一発は、烈辰が目にも留まらぬ速さで抜刀した刀によって真っ二つに切られた。
その銃弾は、烈辰の足元に二つの高い金属音を鳴らして落ちていった。br>



「危ない、危ない。全く同じポイントに六発も打ち込まれれば

流石にフィールドも持ちませんからね。

・・・・・・さて、重ねて言います。共に来て下さい。」


烈辰の言葉を無視してテンカワ・アキトは、自分の銃の弾込めを始めた。




ふっ、当然でしょうね。貴方がこのような脅しぐらいで、大人しくこちらに来るとは思えませんからね。



「仕方ありませんね。ならば、手足の一本は構いません。・・・・・斬!


烈辰の言葉と共に六人の編み笠達は一斉に小太刀を抜刀した。
そして編み笠の男達が、烈辰に問う為口を開いた。



「女は・・・・・」


「殺しなさい。」


「小娘は・・・・・」


「あの娘は捕らえなさい。人の手によって生み出された証の瞳を持つ人形、博士が欲しがっていました。

地球の連中・・・・イヤ、科学者という人種はほとほと遺伝子細工がお好きなようで。

貴方は、我々結社の栄光ある研究の礎だそうですよ。」



烈辰の言葉には、己が見てきた科学者というものに対する皮肉が込められていた。




しかし、最初は滅ぼす積もりでいましたが、草壁に内緒で人形と試験体を連れて来いとは

ヤマサキも無茶を言う。だが・・・・所詮、私は糸で操られる人形に過ぎないか・・・・・自由など存在しない・・・・

人形でも自由のあるあの娘が羨ましい・・・・・



「貴方達ですね。A級ジャンパーの人達を誘拐していた実行部隊は・・・・・・・」


「そうです。」


ホシノ・ルリの顔が強張った。



「我が名は烈辰、六人衆筆頭にして、我等を率いる主北辰様の左目。

我々は火星の後継者の影にして、人の身を捨てた一体の殺人人形・・・・・全ては、」




「「「「「「全ては、新たなる秩序の為!」」」」」」







「ふっははははははははは」


烈辰達の後ろから高らかな笑い声が響いてきた。



「「「「「「「何っ!」」」」」」」


一斉にその声のする後方へ体を向けた。
そこに現れたのは、木連優人部隊の白い制服を身に纏った月臣元一朗だった。
そして、月臣元一朗は静かに語り出した。



「新たなる秩序笑止なり!、確かに破壊と混沌の果てにこそ新たなる秩序は生まれる。

それ故に生みの苦しみ味わうは必然!しかし、草壁に徳なし・・・・・・」


「久しぶりですね、月臣元一朗。傷の具合は如何ですか?

しかし、木星を売った貴方が良く言いますね。」


「そう友を裏切り、木星を裏切り、そして今は『ネルガルの犬』・・・・・・」


その言葉を合図に墓地の周りから一斉にネルガルのSS達が現れ、
それに動揺した六人衆の一人烈風が烈辰に問いかけた。



「筆頭・・・・・・」


「慌ててはなりません。」



臆病者が・・・・そうは言っても・・・・・やはり罠でしたか。



「テンカワに拘り過ぎたのが仇になったな、烈辰。

ここは死者が眠る穏やかなるべき場所、おとなしく投降せよ。」


「しない場合は?」


問い掛けた烈辰以外の編み笠達は何時でも戦えるように小太刀を構える、がしかし、
一人烈辰は変わらず自然体のまま立っていた。



「地獄へ行く。」


「そうですかね。烈風!


「応!」


烈風は小太刀を構え月臣元一朗に向かって勢い良く走り出した。
瞬く間に月臣元一朗との距離を詰め、腰の刀で斬りつけようとした。



「シィエエエエエエエエ!」


裂帛の叫び声を発し目標の月臣元一朗の位置を定めようと顔を上げたその瞬間、
烈風の目には、スローモーションの様にゆっくりと自分の顔を覆おうとしている月臣元一朗の手が見えた。
それがこの世での烈風の最後の記憶だった。




ゴキ!





烈風の顔面を掴んだ月臣元一朗は段々と力を込め、そして最後には烈風の首をへし折った。
その時の鈍い音が月臣元一朗の耳に響いた。



「木連式抜刀術は暗殺剣に在らず!」


月臣元一朗のその声に反応した残りの六人衆の二人が、刀と小太刀を構え走り出したが、
もの凄い勢いで烈風が投げ返って来た。そのまま二人は烈風の体に押し潰され無様に倒れこんだ。



「邪になりし剣、我が柔には勝てん!、烈辰投降しろ!


「・・・・・跳躍。」


ボソンの粒子が、烈辰を中心にして編み笠達を包み始め、その光を見たゴートは驚きの声を上げた。



「なっ!、ボソンジャンプ!」


「それではテンカワ・アキトまたお会いしましょう・・・・・」


烈辰の言葉が墓地に響き渡り、烈辰と編み笠達は全員ジャンプした。
ホシノ・ルリはその光景を呆然と見ていた。



「単独のボソンジャンプ・・・・・」


隣で一緒に見つめていたテンカワ・アキトは、そのまま前を向いたまま口を開いた。



「奴等はユリカを堕とした・・・・・・・・」


その静かな声にホシノ・ルリはテンカワ・アキトの方へ顔を向けた。



「えっ!?」


「草壁の大攻勢も近い、だから・・・・」


「だから?」


テンカワ・アキトもホシノ・ルリへ顔を向けた。



「だからキミに渡しておきたい物がある・・・・」





太陽が中天に差し掛かっても、秩父山にひっそりと建立されたこの古寺には光は差し込まず常に薄暗いままだった。
薄暗い古寺の周りで、今までけたたましく鳴いていた蝉の声がピタリと止んだ。
それが合図であるかのように石畳の上にボソンの光が集まり始めた。



ジーワ、ジーワ、ジーワ

光が収まると再び蝉のけたたましい鳴き声が聞こえてきた。
光が消えたその場所には七人の編み笠達が現れていた。



「烈風の状態はどうですか?」


烈辰は倒れている烈風を見て他の編み笠に尋ねた。



「意識もありませんし、脊椎をやられています。今は辛うじて息だけをしている状態です。」


答えた編み笠の男も烈風が最早死ぬ寸前だと伝えた。



「そうですか・・・・・、ならば私が止めを刺しましょう。」


烈辰は懐から小太刀を取り出し烈風の胸に刃を当て深々と突き刺した。
烈風が事切れるのをみて烈辰は静かに手を合わせると残りの編み笠達に命令を下した。



「・・・・・あなた達は火星に戻り六連の調整と、急ぎ六人衆の補充を行いなさい。

機体に関しては烈風の六連をそのまま補充者に与えます。」


「筆頭はいかが致します?」


「私はここでする事があります。それと、烈風の死体は懇ろに弔ってやりなさい。」


「御意。」


五人の編み笠達は烈風の死体を担いで、ボソンの粒子を纏い光の中に消えていった。



「お前達も引き続きネルガルの動向を探りなさい・・・・・」


それを見つめていた烈辰はおもむろに立ち上がり、木々に向かって呟いた。
木々はそれに答える様に、風も吹いていないのに微かに揺らめいた。
烈辰は木々を見つめながら、小太刀についた血を払うと
古寺の石段をゆっくりと降りて行った。





コンコン!



「はいは〜い、ドアは開いてるよ〜」


ドアをノックする音にアカツキは答えた。



「失礼します、会長。」

会長室のドアを開け、一礼して入って来たのは会計士のプロスペクターだった。



「やぁ、プロスくん。どうしたの?」


「はい、こちらの準備が終了した事のご報告と思いまして。

皆様方は明日、出発します。」


プロスペクターは、手に持っている書類を渡して旧ナデシコクルー集めが終了した事を伝えた。



「そうご苦労様。それと後ろにいるテンカワくんもお疲れ様、彼女には会えたかい?」


「えっ!」


驚いて振り返ったプロスペクターの目には、黒いマントを羽織ったテンカワ・アキトが気配もなく立っていた。



「・・・・・・・ああ。」


「そう、それは良かったね。それでこれからどうする?、ナデシコの皆も明日にはナデシコCに合流するそうだよ。」


「・・・・俺は月に戻るつもりだ。だがアカツキ、何を期待している?」


「いやぁ〜、キミも一緒に乗ったら皆もビックリするだろうな〜って思って。」


「俺とナデシコの皆が、交わる道など最早存在しない。それに彼女にも別れはもう済ませたしな・・・・・」



テンカワ・アキトの脳裏には墓地でのホシノ・ルリの姿が思い出されていた。





─────────「私、こんな物貰えません!。それはアキトさんがユリカさんを取り戻した時に必要な物です!」


ホシノ・ルリはテンカワ・アキトの差し出した物を見て声を荒げた。



「もう必要無いんだ。君の知っているテンカワ・アキトは死んだ。

彼の生きた証受け取って欲しい・・・・・・」


「それ格好つけてます!」


「違うんだよルリちゃん。奴等の実験で頭の中掻き回されてねそれから何だよ。」


テンカワ・アキトは娘の成長を嬉しく思いつつも、
強情な娘の態度に苦笑いしながら掛けていたバイザーを外した。



「特に味覚がね・・・・・・駄目なんだよ。

感情が高ぶるとボオッと光るのさ・・・・・・漫画だろう?、

もうキミにラーメンを作ってあげる事は出来ない・・・・・」


ホシノ・ルリはテンカワ・アキトの顔のナノマシンの光と言葉に息を呑んだ。
そして無意識に手が強く握られていた。




ごめん、ルリちゃん。俺はキミに謝る事しかできない。ごめん・・・・



テンカワ・アキトはバイザーを掛け直し、ホシノ・ルリの強く握られた手を
優しくほぐすと、持っていた証を渡した。そして、マントを翻し歩き出した。



「アキトさん!」


ホシノ・ルリのアキトを呼ぶ大きな声にテンカワ・アキトはゆっくりと振り返った。



「終わったら・・・・終わったら、戻って来てくれますよね?」


「・・・・・・・俺とキミは・・・・・

いや、俺と皆が再び道が交わる事はもう二度と無いよ。」


テンカワ・アキトは、ホシノ・ルリを見つめながらボソンの粒子を纏い始めた。



「じゃあ、さよならルリちゃん。・・・・それとゴメン。」


テンカワ・アキトは再びバイザーを外して、笑えなくなった顔で
今出来る精一杯の笑顔でホシノ・ルリを見た。



「・・・・・・・・ジャンプ」─────────





周囲を山々で囲まれた小さな湖のほとりで肩に刀を担いだ一人の男が、地面に腰を下ろし静かに酒を飲んでいた。
空と湖面に映る満月は幻想的な美しさを醸しだしていた。



「烈辰か・・・・・」


酒を飲んでいた男はいつの間にか後ろに現れていた男に声をかけた。



「御前に・・・・・」


「ふっ、止めよ、ここには我と主しかおらぬわ。」


「・・・・・はい、北辰様。」


北辰の穏やかな声に、また烈辰も穏やかな声で答えた。



「主が言った通り罠であったか・・・・」


「はい、やはりネルガルが仕組んだ事だったようです。

烈風が犠牲になりました・・・・・・」


「主の事だ、奴をかませ犬にしたな。何があった?」


「六人衆に臆病者は要りません。」


「そうか、主らしいわ。・・・・・・・・・・一杯やるか?」


「頂きます。」


烈辰は北辰の隣に腰を下ろし、静かな空間に杯に注がれる酒の音だけが聞こえてきた。
烈辰はなみなみと注がれた杯を一気に呷った。
その間、北辰はずっと月を見つめていた。



「この戦・・・・勝ちが難しくなったわ・・・・」


月を見つめながら北辰は呟いた。その独白を烈辰は黙って杯を傾け聞いていた。



「人を捨て外道に堕ちてまで支えたかった木連も、今となっては存在など無きに等しい。

我が大望、木連千年の繁栄の為、今一度木連を復活させたく動いてきたが、あの男が生きていた事によって

全て狂ったわ・・・・・」


「あの男・・・・・ですか?」


烈辰は傾けていた杯を地面に置いて北辰に訊ねた。



「テンカワ・アキト、奴よ。今更言っても詮無き事。

だが、しかし、奴がここまで我を愉快にさせるとは。捕縛した時の軟弱さは無く、

我を狙う度に強くなるわ。」


北辰は本当に愉快そうな笑みを浮かべ杯を傾けた。



「嬉しそうですね、北辰様。」


「うむ。我が忘れし、武人の喜びを思い出すわ。」


「武人の喜びですか・・・・・・今の私には感じられません。

どんなに強き者と戦おうとも・・・・」


「ふっ、主には無理だろう・・・・・今の主は奴等の操り人形に過ぎん。」


「そっ、それは・・・・・・・・・」


「主も気づいている筈だろう?」


「確かに・・・・・・・・・・・

だが、何故私は、奴等の命に拒否する事が出来ないのです?、・・・・・知っているのですね。」


「・・・・・・ああ。」


「・・・・御教え下さいますね、北辰様。」


烈辰は、ゆっくり立ち上り北辰を見つめた。その真剣な眼差しに、北辰も杯を置いて立ち上がった。



「良かろう、主が知らぬ、主の秘密を教えてやろう。それは───────こういう事だ!」









「・・・・・北辰様・・・・一体何を・・・・・」





立ち上がった烈辰の胸には、月の光に反射して鮮やかにきらめいた刃が突き刺さっていた。



「──────────────────」


右肩に倒れ掛かった烈辰の耳元に、北辰は何か小さく囁いた。
その囁きに烈辰は目を大きく見開いたが、すぐに気を失いドサリと倒れこんだ。
地面にはじわじわと烈辰の血が広がっていった。



「さらばだ、烈辰。我は一人の武人として、奴と最後の決着をつけよう・・・・・・

・・・・・・・・・跳躍。」


北辰はボソンの光を纏い風と共に消えていった。



この光景を見ていたのは、空に浮かんでいる満月だけだった・・・・・・・













後書き



どうも、道雪です。夜叉と戦神の第四話をお送りします。前回の予告どうりに、お墓参りから決戦前までを

書きました。今回のお墓参りのシーン、凄い好きなんですよね。月臣くんの強さとか見れますし、でもゴートさん

出せなかったです・・・・・、やっぱり華麗に転身してないゴートさんでは書けなかったです。

そろそろ劇場版も終わりですねぇ〜、来月も頑張ろうと思います。

次回はいよいよ決戦です。ブラックサレナと夜天光の対決を書くつもりです。

それでは最後に感想をくれた方、この場を借りてお礼を申し上げます。

では・・・・・・・



代理人の個人的感想

う〜む、墓石を被りつつ登場するゴートさんもなかなかに味があって好きだったんですが(笑)。

しかしゴートって、ミナトさんとの修羅場と「ヘイ、お待ち」の一件(あれは格好よかった)と

劇場版のコレ以外、本当に目立たない活躍しかして無いのね(爆)。

活躍してないわけじゃないんだけど。