宇宙、人類圏に再び平和が訪れた時、

つまり、火星の後継者の野望が潰え、軍部が再編され、
頻発していたテロやクーデターも、ようやくの終焉を迎えた時、

黒のテロリストPrince of Darknessもまた、宇宙の塵芥へと帰したわけではなかった。



動乱の時が過ぎ、血塗れた野でふと夜空を見上げる暇を手にし、
彼は、初めて静かに己を顧みることができたのである。

彼が呪っていたのは、本当に殺したかったのは、
火星の後継者でも北辰でもなく、自分であった。
情けなく、不甲斐なかった自分への殺意は、
しかし、ねじ曲げられ他の対象に向けられていたものの、
混沌から脱した今、ついに向かうべき者に向かおうとしていた。

ユーチャリスとブラック・サレナ。
ともに新時代には不要な彼らを従者とし、
今までまっすぐと見るもかなわなかった太陽へと、針路を向ける。

すでに彼は旧時代の遺物に過ぎなかった。
ゆえに、新時代に背を向け、そして・・・



最恐を誇った白き船も、最凶と呼ばれた黒き鎧も、
まったき存在を前にしては、何ほどの者でもなく、
被ってきた血糊ごと、一瞬にして浄化され昇華された。

それは彼自身もまた例外ではなく、
太陽の熱に呑み込まれつつ、確かに救いにも似た光を感じた。
失われつつある意識の中で、

 ミスマル・ユリカ、ホシノ・ルリ、

彼は見た。
しかしそれは未練でもなく、悔恨でもなく、
見守られているかのような錯覚を覚えて、実に、
実にあっさりと、生を手放したのであった。

視界の片隅に浮かぶナデシコCの幻影と、その艦長の声の幻聴に、
最後まで家族に縋ろうとする生き汚い己を嗤いながら。



だが、そのまま消えるはずの彼の魂は、
何の因果か、
神の悪手に、あるいは悪魔の毒手に捕まったのであった。

消えゆく自分とは別に、自我がどこかに引っ張られようとするのを彼は感じた。

その現象に、彼は誰よりも詳しい。
誰よりも巧く扱い、誰よりも呪った時空間跳躍手段。
しかも、目的も跳躍先もわからぬランダム・ジャンプ。

「最初から、最後までこれか・・・」

諦観。
もう涙は流れない。




 『 鉄 人 』




大河を遡っていた。

幾つもの支流を抱え、幾ばくの生命を抱いた大河を。

白き光の大河の中で、
それが何なのか、正確に理解できていた。

「オレは今・・・刻を遡っている・・・」

ボソン・ジャンプは空間跳躍でもあり、時間跳躍でもある以上、
ありえないことではなく、また不思議でもない。
なぜこの瞬間、なぜ彼が、誰の意志により跳んでいるかを別とすれば。

その逆行の旅は長かったのか短かったのか、

自虐と自嘲、葛藤と呵責、
混濁する意思の狭間で、彼は願う。

願わくは、願わくはあのときへ。
許されるなら、せめてナデシコに乗るよりも以前に。

そして決意する。
もし、跳躍先が望みに沿う時ならば、
万全を以て、全霊を尽くして生きようと。
家族のため仲間のため。
そして、正直に言うならば、なにより己のために。


流れ流れて流れた先に、
幸福が待っているとは限らない、だが、そこにないなら探せばいい。
見つからないなら創ればいい。
ひとりで無理なら頼めばいい。

彼は、いつもの自分よりも、前向きになっていた。
進んでいるのは後ろ向きだったにせよ・・・

――ッ閃光!!

急激に、なにかに吸い込まれるように流れる。
漠然と理解していた。
過去の自分に入り込むのだと。
魂だけでは存在しにくいし、おそらくは過去の己と融合するのだと。

今の自分にはそういうことが可能だと、不思議と理解していた。
そして、



 ――っ!?

弾かれた。



気がつけば、目の前にいたのはテンカワ・アキト。

ナデシコに乗った頃より、数年分若い。
むしろ幼くも見える容貌は、
黒のテロリストたるテンカワ・アキトからすれば、
まるでヒヨコだった。

「・・・ゆうれい?」

呆然と眺め合った二人のアキト。
先に呟いたのはヒヨコの方。目をぱちくり。

「幽霊だと?」

確かに、復讐に捕らわれていた自分は亡霊のようだったかも、
などと若干ボケた思考は、なるほどユリカの旦那である。

しげしげと自分を見つめるヒヨコの目に、
自分の姿が映っていない。

「・・・なるほど」

確かに幽霊かも。
自分の体を見て初めて気づいたが、
淡く青白い光を纏った半透明の姿。
実体がない。

「俺に似てるような気もするけど・・・ご先祖様?」

「・・・」

聞いてくるヒヨコに、なんと答えるべきだろうか、
いや、全て話すべきなのかも知れない。

そう、自分は決意したではないか。
やり直すのだ、と。
助けたい奴がいる、手伝ってやりたい奴がいる、
幸せにしたい娘がいる、守ってやりたい奴がいる。

何を以てしても。

それに自分も幸せを掴みたいのだ。
ナデシコCの艦長が己を説得していたように、
多くの命の犠牲の上に立つのなら、むしろ憎まれようとも幸せになるべき。
そうでなければ報われないではないか、奪った命が。
本当に無駄死になるではないか。

決意するのが、ちっと遅かったような気もしないではないが、
とりあえず間に合っていそうだし、結果オーライ。

全てを話し、協力を請おう。
肉体のない自分では何もできない。
場合によっては、肉体を借りることになるかも知れないが、
できるかどうかはさておいて、とりあえず話を。


「大事な話がある。少し長くなるが、時間はあるか?」

目を見つめ、真摯な口調で語りかける。
その声に、重みを感じたのか、ヒヨコのアキトもまっすぐと見つめ返し、

「いや、オレ、料理の修業したいし」

断りやがった。

「・・・・・・」

黒のテロリスト、テンカワ・アキトの決意は、
初っ端から、つまずきそうだった。







不可思議な現象を目の前にしながら、
オレを幽霊と思いつつもこの反応。

なかなか肝が据わっている、と思うのは自分自身への贔屓目だろうか。

いや、もしかしたら、現実逃避かも知れないけど。
でもそのわりには、落ち着いているし、ちゃんとオレのこと見てるし。
ナデシコに乗った頃の自分より、ずいぶんと図太そうな・・・。

しかし思い返してみれば、
初のボソン・ジャンプ前、アイちゃんイベントのときには、
目の前のバッタに向かって、突っ込んでいくだけの勇気はあったわけだし、
木星蜥蜴に本格的に怯えるようになったのは、
その直後のトラウマが主な原因なわけで、

ってことは、今のアキトは、ナデシコになった頃の自分よりも頼りになるかも。
これは幸先がイイ。


「とりあえず、聞け」


ヒヨコを正面に座らせ、オレは語ることにした。

オレの過去、こいつにとっては未来を。



ナデシコ出航の約二年前、火星でのことである。





店をクビになったこととカバンをぶつけられたことから始まる運命。
ミスマル・ユリカとの再会、
臨時パイロット、
ガイの死、火星、チューリップからの八ヶ月後への跳躍。
和平への道のり、そしてひとときの平和。
新婚旅行と、それから始まるあの地獄。

思った以上に、自分の口は淡々と動いた。

激情に呑み込まれることもなく、しかし真摯に。


聞かされているヒヨコといえば、
ちょっと眠たそうな目をしながらも、
目の前にいる幽霊が未来の自分ということにも納得したようで、
ふむふむ、と、うなずきながら、聞いていた。

さすがに驚くだろう。
いや、信じがたいか。いきなりこのような未来を聞かされても。

それでも、最後まで、口を挟まず聞いてくれた態度に好感を覚える。
さすが過去のオレ。

長かった自分の歴史を語り終え、黒アキトはヒヨコアキトの反応を静かに待つ。
高いところにあった太陽も、今では沈みゆこうとしている。

口元に手を当て、深く考え込んだヒヨコは、
おもむろに顔を上げ、


「つまり、ユリカとじゃ幸せになれないから、
 他の娘と幸せになれ、と」

「違う!!」


のたまった。


「ん? じゃあ、他の娘たち(・・)と幸せになれ?」

「もっと違う!!」

「だって、女の名前ばっかり、出てくるじゃん」

「そんなことは・・・ないことはないが、オレが言っているのは・・・」



説明に説明を重ね、オレが何をしたいのか、して欲しいのか、
正確に理解してもらえたのは、それから十時間近く経ったあと、
すでに草木も眠る頃だった。

そして輝ける未来と、人類の平和のため、頭を下げて協力を請う。

ヒヨコの答えは、即断。
彼は、ありったけの誠心誠意を込めてこう答えた。


「ヤダ」


拒否だった。うが〜〜〜(▼▼#)!!




オレは確信する。
やっぱり、オレが一番殺意を持つ相手は・・・・・・オレだ。


あとがき

とりあえず、心機一転・第一作。
不束者ですが末永く…



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