時を紡ぐ者達 第3話

 ここ火星基地では全員が、西暦2195年10月を緊張した面持ちで迎えていた。

彼らの実力からすれば、火星に襲来する木連軍を撃破することはさしたる困難なことではない。

だが、それをすれば今後の歴史がどう動くか予想が非常に困難になり、史実を知る有利さを失う。

しかしながら見殺しにはできない。

よって当面の大局的に影響しないレベルの干渉を行うこととなったのだが、この加減が難しいのだ。

この問題を解決する為にさまざまな議論を行い、遂に結論が出た日から数日したある日。

木連軍が火星圏に接近しつつあるのを探知した。

「ついに来たか」

火星基地の司令室で春日井がメインモニターを見ながら呟いた。

「史実どおりね」

「そっちの方が都合が良いこともたしかだけど」

麗香と真澄が各々意見を言う。

「チューリップは約2時間後に、地球連合軍第1主力艦隊と接触する模様」

女性型HFRのオペレーターが報告を続ける。

「地球連合軍の編成も史実どおりの模様です」

「どうやら歴史はまだ史実どおりに動いているようだな」

「ユーチャリスの発進準備もほぼ終了してるし、後は会戦を待つだけよ」

「結果は明らかだけど」

彼らの頭の中では、地球連合軍の敗北は決定事項であった。

そんなことを露知らず、当の連合軍は火星全域に非常事態を宣言し、戦闘準備を整えていた。

「この世界の天河アキトはどうなっている?」

「シェルターに避難しているようです」

「イネス・フレサンジュは?」

「史実通りに動いています」

「そうか、なら問題無いな」

そして二時間後、その時はやってきた。

「連合軍、木連軍と戦闘を開始しました」

メインモニターには、木連軍の攻撃の前に成す術も無く沈められていく連合の戦艦群が映っていた。

「・・・もうそろそろだな」

「ユーチャリスを発進させるわ」

麗香はドックに向った。

「麗香ちゃんはどこだ?」

ユーチャリスに乗っているアキトから通信が入った。

「今、そちらに向ったよ。後、数分もすればつくだろう」

「そうか」

「そちらも準備はいいかい?」

「勿論だ」

通信が切れる。

「さて、序盤戦の開始だ」

「敵消耗率0.12%、侵攻止められません!!」

「敵母艦、最終防衛ラインに接近中!!」

フクベ提督には、会戦直後から悲報ばかりが報告されていた。

そして、敵が最終防衛ラインに接近された時、彼は自艦をぶつけることを決意する。

「総員退艦、本艦をぶつける!!」

彼がこの命令を下した直後、異変が起こった。

「高エネルギー体、接近中!!」

「何!!?」

彼が、メインモニターに視線を移すと、そこには一条の光がチューリップに突き刺さった姿があった。

そして次の瞬間、大爆発をおこし消滅した。

「何があったのだ!?」

「分りません。・・・本右舷上方に、エネルギー反応を探知!。モニターに回します」

そして、モニターには見えにくいが戦艦クラスの艦影があった。そして、その艦から放たれた数条の光の矢が次々に木星蜥蜴の戦艦を撃破した。

自分達が束になっても敵わなかった敵を、たった1隻の戦艦が蹴散らす光景に彼らは唖然とした。

「提督、未確認艦から打電が入っています」

「なんだ?」

「『撤退されたし。避難民の脱出路確保を希望する』」

「提督・・・」

副官が老提督に決定を促す。

「・・・我が艦隊は撤退する。避難民の救助を急げ」

地球連合軍はこの瞬間、火星圏を放棄することを決定した。

火星は木星蜥蜴の手に落ちた。

軍はチューリップを撃墜したとして、フクベ提督を英雄に祭り上げた。

会戦後姿を消した正体不明艦は、極秘事項とされた。

 火星基地に帰還後、アキト達は事後処理に入った。

「お疲れさん、天河君。どうだったかね、ユーチャリスUは?」

「ああ。これは良い船だ」

「それは良かった。それと、この世界の君のことなんだが」

「・・・何かあったのか?」

「いや、何も無かったよ」

「そうか」

「それと、この世界の演算ユニットを確保しておいた」

「・・・で、どこに保管してあるんだ?」

「この基地の最深部の保管庫に収納されている。見るかね?」

「別に構わない。それより春日井さん、残留入植者の安全確保はどうなった?」

「それも、ほぼ成功した。ダミー信号もうまく機能している。数週間後にはコロニー群の再建作業が可能になる」

「火星圏の復興には、どのくらいかかりそうなんだ?」

「大体、1年ぐらいだ。まあ木連もダミー信号のおかげで、当分この事には気付かないだろう」

「次の舞台は地球か」と小さくアキトが呟いた後、尋ねた。

「地球に向かうのにユーチャリスを使っても問題ないか?」

「地球圏にも、戦艦1隻くらいなら隠せる場所を複数確保しているから、ユーチャリスに乗っていっても問題ない」

「ここの防衛は?」

「『メタトロン』12機を主力とした機動兵器部隊をあてる。後、要塞群もあるから大丈夫だろう」

「そうか、ならいい」

「今から行くかね?」

「そうさせてもらう。・・・そう言えば、こちらが設立した会社はどんな名前だった?」

「・・・言っていなかったか?」

「ああ」

「すまなかったな。会社の名前は『アルビオン』だ。

 それと、一応君が会長と言う事にしておいたから、よろしくな」

「おい」

「大丈夫、高性能HFRが管理しているから、経営は彼らに任せておけば問題無いはずだよ」

「・・・俺に何をしろと?」

「会長の決済が必要な書類にサインするだけで良いから、体を鍛えておけば良い」

「はあ」

「それと、もう一つ。君の名前は『アマカワカイト』になっているから気をつけてくれ」

「アマカワ?」

「天川だ。そのままだと不味かろう?」

「そうだな」

「私は、他にやることがあるから失礼するよ」

「すまないな」

「気にするな。まあ、がんばってくれ」

「ありがとう」

アキトはドックに向った。

その後ろ姿を見送った春日井は、機密通信室に向った。

この部屋の存在その物が第1級機密事項であり、春日井以外誰も知らない。

そこに入ると、春日井は秘匿回線を開いた。

通信ウインドウにはアトラスの姿があった。

「どうなった?」

アトラスが尋ねる。そこには主語がなかったが、彼には分っていた。

「今のところ、予想範囲内の変動しか観測されていません。

 しかしながら、今までに無い変動が起こる可能性があります」

「そんな兆候があるのか?」

「いえ、私の勘です」

「・・・経験豊富な君がそう言うなら、可能性が大だな」

その後、アトラスはしばらく黙り込んだ。

室内に深い沈黙が満ちた。

「分った。こちらの方で色々と手をまわしてみる。そちらも抜かるな」

「承知しています」

一瞥すると、アトラスは通信を切った。

「やれやれ、面倒な仕事だな」

ぼやくように呟く春日井。

「まったく、給料を増やして欲しいものだ」

ため息とともに軽い愚痴を言った。その後、急に真顔になり呟いた。

呟かれた単語はアキトは勿論、真澄達ですら聞いた事のない物だった。

「全ては『EOP』達成の為、か」

 

 

その呟きは、暗くなった室内に消えていった。

後書き

earthです。

前回の代理人さんの感想で、『冥王星に地下基地は作れない』とありましたが

こちらのほうで調べると『中心部に岩石の核、外側に凍った水、表面には凍ったメタンがある』

という説もあり、決して地下基地を作るのは無理ではないように思えるのですが?

(ちなみにガスで出来ている星には海王星等があります)

それと『EOP』ですが、後々これは内容を明らかにしていきたいと思っています。

さて、次回はついにナデシコ発進の話です。

史実どおり発進させるかどうかは考え中です。

拙作ですが、読んでいただきありがとうございました。

それではまた次回お会いしましょう。

 

 

 

代理人の感想

おっと、こいつはうっかりだ(爆)。

てっきり液化ガスだとばかり思ってたんですけどねぇ。

いや、失敬失敬。

 

>史実を知る有利さ

思うに、史実通りに話を動かす必要はないんですよね。

史実を知ると言うのはあくまで手段であって目的では無いのに。

多くのSSではそれが本末転倒になってるようにも思えます。

一概にそれが悪いとは言いませんが・・・。