機動戦艦ナデシコ
ースリーピースー
第十六話[シミュレーションプログラム]


「提督、貴方は火星に行き、何がしたかったのですか?」

すでに謹慎は解け、俺は提督の部屋に来ていた。
それは提督に、あの時何故ユリカを止めなかったのか、何故火星に来たのかを尋ねるために。

「何がしたかったのだろう?自分の犯した罪を確認したかったのか、それとも火星で死にたかったのか・・・」

「そのためだけに、クルー全員を危険にさらしたのですか?」

「アレは・・艦長にも故郷を見る権利があると、思っただけだ。」

すでに提督の眼には、何の意思も見られない。
火星に行ったことで満足したのか、ここに居るのは軍人ではなくただの老人だった。

「提督、貴方は確かにユートピアコロニーにチューリップを落とした。」

「そうか・・君は知っていたのか。」

「そのことで、激しく後悔していると思っていた。かりそめの英雄と呼ばれることに、心を痛めていると思っていた。それなのに何故?」

「私は良くも、悪くも軍人だったのだ。かたくなに目の前の正義を信じるだけの・・・」

「そうですか・・提督、貴方には地球についたら艦を降りてもらいます。」

その言葉は、すでにプロスの了解も得ている。
生きる目的を失った人間が提督をしていては、危険以外の何物でもない。
無気力な提督は、俺の言葉にただ頷いた。

「それでは、失礼します。」

「コクト君、君も軍人だったな・・・覚えておきたまえ、正義など何処にも無いということを。」

立ち上がった俺に提督は忠告するが、そんなことは百も承知だ。
俺が幸せを奪われたあの日から、俺は正義も悪も全て捨て手に入れたのは、全てを破壊する力。
俺は提督に答えることなく、部屋を出た。



「話は終わったか、コクト?」

「やはり、提督は駄目だった。」

「しょうがないって。前回はナデシコの危機にようやく自分の意味を見つけたけど、今回は俺が危機救っちゃったから答えが出なかったんだろ。」

確かに、それは言えるかもしれない。俺達が居ることで、歴史が変わらないはずが無い。
それがいいことばかりとも限らない。

「全部救おうなんて無理なんだから、もっと力抜け。」

「解っている、だが諦めたくは無い。」

「まあ、そこらへんは好きにしろよ。とりあえず、ユリカのところに行こうぜ。」

トキアが俺を待っていた本当の理由は、同じく謹慎の解けるユリカだ。
謹慎処分を受けたとはいえ、このまま艦長に居座ってはクルーの不信感も積るので、ユリカが副艦長に降格ジュンが代理から艦長になった。
今からそのことを伝え、二人にはあるシミュレーションプログラムを受けてもらう。

「それで、プログラムの出来はどうだ?」

「イネスさんに助言してもらったり、セイヤさんにハードは改造して貰ったから、結構良い出来だと思うよ。」

二人に受けてもらうのは、より実戦に近い形式で行なうシミュレーション。
ついでにパイロット達も同時に、仮想空間に入ってもらう。
相手は俺とトキアが組んだ、戦艦一隻とエステバリス一機。

「ヒヨッコ達を、もんでやろうじゃないの。」

「あまり舐めて掛かって、足元をすくわれるなよ。」





【アキトにイズミ、そっちいったぞ!】

【スバル、後ろ見ろ!】

ギュィィィィィォォン

コクト兄さんに抜かれ後ろを振り向いた二人が、トキア操る戦艦の主砲を受けアウトになる。

【案外、早かったわね。】

「なにやってるんだよ。」

当初はヤマダとリョーコちゃんがコクト兄さんを足止めし、回り込んだヒカルちゃんと俺とイズミさんが狙い打つ予定だったのに、はやくも二人がやられた。

【アキト、がんばってお兄さんを止めて。そのうちにヒカルちゃんは、そのままトキアちゃんの戦艦へ。】

【いや、テンカワ前に出ろ。イズミさんはその場で狙撃だ。ヒカルさんは後方の戦艦を注意しつつ、当初の予定通り挟み込め!】

【ちょっと!私はどっちへ行けば・・】

ユリカとジュンから二つの意見が届いたが、俺は変わらなかったのでコクト兄さんに向かいエステを飛ばす。
後ろからイズミさんの狙撃が飛ぶが、全てかわされる。

「このー!!」

ドゥン!  ドン、ドゥン!!

コクト兄さんと向かい合い近づきつつライフルを放つが、かわされ接近したコクト兄さんにライフルの銃口を掴まれる。
慌ててライフルを取り返そうと腕に力を込めるが、腹の部分をけられ奪われた銃で撃たれ俺もアウトになった。
すぐにシミュレーターから出ると先にアウトになったヤマダとリョーコちゃんと同じように、シミュレーション中の映像をビジョンで見る。

【もう、こうなったら。トキアちゃん、覚悟ー!】

もう戻るのは間に合わないと思ったヒカルちゃんが、トキアの戦艦に突っ込む。
ジュン達から何も指示が無かったということは、落とされる前に相手の戦艦を落とすことにしたのだろう。
だが、戦艦のディストーションフィールドに突っ込んだヒカルちゃんが弾かれる。

【なんで〜?】

ヒカルちゃんが間抜けな悲鳴をあげているうちに、イズミさんが抜かれ後は見なくても結果がわかった。
明らかにこっちの方が数は上だったのに・・二十分も持たなかったな。



「たった二人で相手になるって言った時は、驚いたけど納得したよ。」

「もしかして、ジュン君やユリカより艦長さんに向いてるんじゃ・・・」

シミュレーターから出てきたジュンとユリカが思ったことは、この場に居る全員が思ったのと同じこと。
火星につく前からコクト兄さんの強さは知ってたけど、トキアと組むとさらに強くなる。

「んじゃ、まずコクトからパイロットにお言葉だよ。チャンと聞いたほうがいいよ。」

「ヤマダは一応気付いていたが、スバルお前はもっと冷静に回りを見ろ。普段はそうではないが、熱くなると視野が狭まる。」

「見てるつもり、だけどよ・・・」

そうなんだよな、見てるつもりだけど・・未だにコクト兄さんの言う、全てを認識ってのがよくわからない。
気付いていたって事は、ヤマダはわかってるのかな?

「ヤマダ、仲間を助けたければ叫ぶ前に動け。そのせいで、お前までやられたら意味が無い。だが、五人の中では一番だな・・エステバリス隊の副隊長は、お前だ。」

「俺が?」

「現時点ではあるが、そうだ。」

コクト兄さんの言葉に、ヤマダが拳を握り小さくガッツポーズをとる。

「次はアキトだが、素早く指示に従ったのはいいがライフルという武器にこだわりすぎたな。あの場合はマキにライフルを預け、接近戦をするのがベストだ。勝てるかどうかは別としてな。」

「なるほど・・わかったよ。」

今まで遠距離しかやったこと無いから、ライフルを持ってるのが当たり前だったもんな。
中、近もためしてみるかな。

「マキは今回ミスするまえに戦艦を落とされたからな。まあ、次ぐらいには出てくるだろう。」

「んじゃ、次はジュン艦長とユリカ副艦長ね。」

「トキアちゃん、私何も言われてないけど・・・」

「ヒカルは、ちょっと戦艦の扱いにもかかわってくるから。」

そういってトキアはヒカルちゃんを手で制して、後回しにする。
戦艦の扱いってことは、やっぱりあのヒカルちゃんを弾いたことだろう。
コクト兄さんはいつもフィールドをあっさり破ってるように見えるけど、違いはなんだろ。

「まずユリカはでしゃばり過ぎ、副艦長なんだからあくまで助言に徹して勝手に命令しない。おかげで現場のヒカルが混乱しただろ。」

「あはははは、つい癖で。」

「注意されてる時に笑うな、馬鹿。」

「ごめんなさい。」

頭を下げて謝るユリカ、以前とはちょっとだけ変わったかな?
まえなら言われても平気で笑ってただろうし。

「ジュンは、命令はよかったけどコクトに取り付かれた時、ヒカルがまだ居たのに諦めたろ?たしかに取り付かれたら終わりだけど、手がないわけじゃない。それが俺がやった方法。」

「そうそう、なんで私弾かれちゃったのかな?」

「たぶん、コクトの真似して突っ込んだんだろうけど、コクトだって闇雲に突っ込んでるわけじゃないよ。」

トキアの言葉にヒカルちゃんがそうなんだと呟き、みんなも今知ったようなリアクションを取る。
俺も闇雲に突っ込んでたと思ってた一人だけど、違ったんだ。
どう違うのか悩んでいると、トキアが取り出したのはゴムボール。

「フィールドって基本的には球なんだよね。仮にこのゴムボールに衝撃を加えるなら、何処が一番効果的?」

「それは衝撃の接触面から、中心に向かって一直線にだけど・・あっ。」

「ジュンは気付いたみたいだね。さっきはその衝撃が中心から外れるように、少し戦艦を動かしたんだ。だからヒカルは、すべるように弾かれたんだ。」

ふ〜ん、そういうわけがあったんだ。
なんかトキアって、フィールドのこと熟知してない?たぶんコクト兄さんも、このことは知ってたんだろうけど。

「それじゃあ、以上のことを踏まえてもう一回やってみようか?ちなみに一時間以内に、俺かコクトどっちか一方でも落とせなかったら飯抜きね。」

「マジかよ!今日はホウメイさん特製の、ビーフシチューなのに。」

「なに!それって人気ある割に、めったにメニューにでないんだぞ!」

「私まだ食べたこと無いのにぃ・・・」

「食いたかったら、がんばれよ。」

なぜか今日の昼食に出てくるメニューを知っていたヤマダが叫び、それがリョーコちゃんそしてユリカに伝染する。
トキアは軽く言ってるけど、半端な気持ちじゃ二人は落とせない。
それより俺このトレーニング終わったら、厨房にはいらなきゃいけないんだけど・・

結果は言うまでも無く、全員飯抜きだった。







ブリッジに上がると、暇そうにしているルリちゃんとラピス、そしてプロスさん。

「やっほー、お疲れさん。交代だよ二人とも。」

「もう、ですか?」

「まだ四時間しか経ってないよ、トキア。」

「いーの、いーの。今ごろアキトが腹すかしてがんばってるから、行ってやってよ二人とも。」

ルリちゃんもラピスも早いと言ってるけど、二人は見習で本当は俺がずっといないといけないんだけどね。
それに、くっつけるなら積極的に一緒に居させないとね。

「それじゃあ、ラピスだけでもアキト兄さんの所に・・・」

「いやいや・・二人ともがんばってるんだから、大丈夫だって。」

なぜかラピスだけを、食堂に向かわせようとするルリちゃんを慌てて説得する。
ラピスだけじゃ意味無いんだって!

「・・解りました。行きましょうラピス。」

「わかった。」

渋るルリちゃんを、なんとかブリッジから食堂へと向かわせる。
おっかしいな?喜んでいくと思ったんだけど・・・

「ところで、シミュレーションプログラムの方はどうでしたか、トキアさん?」

二人を見送ると、背後からプロスさんが話し掛けてくる。
もちろんすでにプロスさんには、先ほどの訓練のことは了承を得ている。

「最初はえらい結果になったけど、最後の方は様になってたかな。とりあえず、副艦長が勝手に命令しちゃうことはないと思うよ。」

「それは、ありがたいですな。慣れというのは、緊急の場合どうしても出るものですから。」

プロスさんが長いすに座り、将棋板を出しつつ言葉を続けたため、向かいに座る。
元々パイロットの技術不足とジュンやユリカの実戦不足には目をつけてたけど、始まりは人事異動による指揮系統混乱を避けるためにプロスさんが言い出したこと。
パイロットたちは、とばっちりだけど・・・いつかはやらなきゃいけない事だから。

「プロスさん、俺達が地球に帰ったらとりあえずどうするの?」

パチッ

「そうですね。また直ぐに戦いに出ることはありませんが、しばらくはクルーに休暇を出そうかと。」

パチッ

「セイヤさんみたいに家族もちも居るもんな・・セイヤさんはどうするか知らないけど。」

パチッ

まったく、なんで奥さんから逃げ出したのやら・・休暇中にお邪魔してやるか?
あ〜、でもシステム ドーリスとかの進行も気になるし。
色々考えつつ、将棋の駒を進める。

「全てはサツキミドリについてから、会長に話を仰ぎますので。」

パチッ

「アカツキにか・・真っ先に帰ってこいって、言いそうな気がするんだけど・・・」

パチッ

「トキアさんは、会長のお気に入りですからな。」

パチッ

「やめてよ、キモイ・・・角もらい。」

「む、やりますなぁ。」

パチッ

段々他事を考えることを止め、将棋に集中する。
普段はゴートと打ってるみたいだけど、この前たまたま相手したらコテンパにしちゃったもんで暇さえあれば打たされる。
嫌いじゃないけどね。

パチッ

「これで王手かって、あっ!」

しばらく無言でパチパチやってたけど、あることを思い出した。

「地球出る時、ミサイルでアカツキ撃ち落したけど、どうなってるのかな?」

「会長のことです・・ご自分で何とかされるでしょう。仮に居なくても、エリナさんが居ますし。」

「自分でやっといてなんだけど、死んでたらどうします?」

「そうですな・・責任とって、トキアさんが会長に就任という方向で。」

「・・・王手は、王手ですよ。」

「ばれましたか。」

王手を誤魔化す冗談だと思うけど・・
冗談だよね、プロスさん?

















「絶対に、トキアさんは変です。」

ついにトキアの行動の、不可解さに気づき始めたルリ
そんなルリを見て、メグミとラピスも不可解な行動をしだす
二人の行動に巻き込まれたルリの胸中
果たしてその想いと牛乳の関係は?

次回機動戦艦ナデシコースリーピースー
[航海日誌やっぱり書いてる人は]




〜あとがき〜

視点がコクト、アキト、トキアと変わりすぎかな?えなりんです。
当然のごとく、フィールドは球だからうんぬんはてきとうです。そういうものじゃないのかと妄想働かせつつ。
フィールド同士の接触じゃまた話は変わってくるでしょうし、・・・実際はあまり役にたたなさそう。
あ〜・・・序盤まともそうだった提督もお役御免に、バイバイ提督。
さてさて、次回は二度目の航海日誌、ルリの出番です。お待ちください。
2003年10月25日(土)、えなりん。

 

 

代理人の感想

ふむふむ。

なるほど、後味の悪い幕ですがこう言うのもありですね>提督

 

ユリカの人事についてはやっぱりプロスさんのミスかなあと。

それとも下積みさせようという親心か。

どう考えても絶対に副官には向いてないと思うんですけどね(爆)。

逆にジュンは艦長もこなせるけど、参謀役のほうが適任だろうし、

なんかの懲罰で済ませて人事異動は避けたほうが賢明だったような気もしますねー。

それとも伏線かな?