機動戦艦ナデシコ
ースリーピースー
第三十四話[それぞれの決意]


格納庫の渡り廊下から下を見下ろすと、何時も以上にトレーラーが走り回っている。
結局、前線に出るのは俺らだもんな・・整備班は悩むこともしないか。

「ヤマダ・・お前どうするんだ、戦うのか?」

「当たり前だろ、俺らはナデシコのエステバリスのパイロットだぜ。それが仕事だろ。」

「ご立派なことで。」

柵に背を預けているヤマダに問いかけるが、帰ってきたのは模範的な答え。
仕事だから迷わず人とも戦う。模範的過ぎて胸が悪くなる。

「そうでもないさ。多分相手が人なら撃つことに迷いが出るためらいもする。でも俺は結局は引き金を引くと思う。ナデシコが危なくなるぐらいなら、人殺しの汚名ぐらい被ってやる。ナデシコを守ることが今の俺の全てだからな。」

自分で言ってて照れたのか、上を見上げるヤマダ。
こいつってこんなに強かったのか、いつもはコクトやトキアの陰に隠れてたけど。

「お前って強いな。」

「そんなこと言われたの初めてだが・・悪い気はしないな。」

エステバリスの操縦がうまくて、何を守るべきなのか解ってて・・強い男だな。

「リョーコ、お前はどうするんだ?」

「さあ、まだわかんねぇ。」





昨日の木星軍人による演説が終わってすぐに、ナデシコは月基地での休暇に入った。
だが呑気に出かけるものは居らず、大抵の人たちはナデシコ内に留まり思いをめぐらせていた。
一部例外といえば、今あそこで騒いでいるアリウムの人たちだけか。

「おいしぃー!夏樹もう一杯頼もうかな。」

「やめておきなさい。食べ過ぎて困るのは貴方よ。」

「平気だよ、欄ちゃん。夏樹はいくら食べても太らない体質だから。」

それを聞いて新見さんの箸が折れた。

「へ〜、それじゃあ死ぬほど食べてもらいましょうか!!」

「また始まったよ・・ヤッさん、止めてこいよ。」

「君子危うきに近寄らず、今の新見は危うきだ。」

「あ・・近寄った。」

久利さんの言葉に釣られて見ると、誰も止めなかったせいか新見さんを止めにかかる七海君が・・チョップ一撃で撃沈された。
この人たちは木星蜥蜴が人でも驚いていないのか、皿を磨きながら疑問に思う。
そんなに離れてない位置では、ヒカルちゃんとイズミさんが頭を抱えているってのに。

「のぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜、玄米茶セットがなくなってる。」

「こっちはプリンアラモードがただのプリンになってる!」

・・・こっちもこっちで悩んでないのか。
相手は未知の侵略者から一転地球人類。このままパイロットを続ければ結局は人殺しか。
俺に人が殺せるのかな?戦闘中に起こるあの第三者的な感覚は大分慣れてきた。
最近は意識さえすれば自分から使えるようにもなったけど・・

「なにボーっとしてるんだい、テンカワ?」

「ホウメイさん・・みんな、なんで笑ってられるのかなって。」

考えていることと違ったことを言っては見たものの、ホウメイさんがふっと笑った。
見抜かれたのかな?

「みんな表面上だけさ隠すのがうまいだけさ、誰だって人殺しにはなりたくなんかない。」

「人殺しにはなりたくない・・っか。」

「でも殺さなきゃ殺されちまう、それが戦争ってもんだ。ほらテンカワ悩んでいても腹は減る、いつまでも皿にばかりかまってるんじゃないよ。」

殺さなきゃ殺される。殺さなきゃナデシコが危ない・・みんなが危ない。
だから殺すしかないのか?でも戦争だからって諦めたら、戦争って終われるのだろうか?
殺しあうことでしか終わらないじゃないか?





「蜥蜴変じて人、か・・信じてきた軍に裏切られて、僕は何を信じて戦えばいいんだ。」

「お父様も本当のことは知ってたのかな。」

艦長と副艦長の呟きが、元々重たかったブリッジの空気をさらに重くする。
唯一重くないのは通信士席でメグミに操作を習っている久美ぐらいのものだが、それでも会話には入ろうとしない。

「コクト兄さんは知っていたんですか?木星蜥蜴が人だって・・トキアさんは明らかにおかしかったです。」

「演説してた人をナデシコから連れ出してた。」

二人の妹の言葉に、ブリッジに居る全員の視線が集中する。

「俺とトキアは全てを知った上で、このナデシコに乗り込んできた。そして相手が人だろうと、自分の守るべきもののためになら迷わず銃をとる。」

「僕たちにも銃をとれと?」

「そうは言わない。守りたいものがあれば奪われる前に引き金を引け、決めるのは自分だ。よく考えることだ今まで自分たちが何のために戦ってきたのか、相手が機械から人に代わるただそれだけだ。」

決めるのは自分だ。選択肢があるうちに。
期を逃せば、それさえ奪われてしまう。

「やれやれ、コクト君は相変わらず自分だけじゃなく他人にも厳しいね。」

「一宮提督。」

ドアを開けブリッジに入ってきたのは、元アリウムの大隊長一宮 恭治。

「だが、コクト君が言ったことはもっともだ。今まで何のために戦ってきた?地球のためか?愛する人のためか?」

「しかし、正義は木星人にあります。」

「艦長、軽々しく正義などという言葉は使ってはいかん。正義などという言葉にすがれば、いつか必ず心が折れる。すがる思いは決して折れぬ信念でなければならない。」

一宮提督は後は各々の宿題だと言うと、俺と静音に振り向く。

「コクト君、それに静音君、もし君たちに戦う意思があるなら格納庫に行きたまえ。いけば解る。」

俺と静音は言われるままにブリッジを後にした。





ブリッジとは別に設けられたネルガル重役用の会議室で、月だけでなく地球での情報も収集する。
今この部屋に居るのはアカツキとエリナ、そしてプロスさん。
三人が心配しているのは、ナデシコクルーの戦意喪失以上に今後の軍の動向である。
俺がそうしたんだが、ナデシコが間接的に戦争の正体を暴露するお膳立てをしてしまっていたからだ。

「トキア君、それで軍や政府のほうはどうしてるんだい?」

「もうちょい情報集めてからにしたいが、今の所ネルガルにかかわってる暇はなさそうだな。世論を抑えるので手一杯ってとこだ。」

軍が起こした行動として一番大きかったのは、ナデシコともっともかかわりの深かったアリウムを解散すること。
いまやアリウムでなくともエステバリスは十分に扱える。不穏分子は放って置けないか・・
もちろんすぐさまネルガルがアリウムメンバー全員を拾ったけどね。パイロットはナデシコに大隊長は提督に。
左遷や放逐、様々だったけど、原因はこっちにあるし、使えるものはつかう。

「運が良かったのか、トキアの思惑通りか・・そろそろ私たちにも貴方の全て、話してくれてもいいんじゃない?」

全てといわれても・・たいした考えがあるわけじゃないし。

「まあ、悪いようにはしないよ。信じてくれとしか言えないね。」

エリナが短くそうっとつぶやいた後に、プロスさんが報告書のようなのもをもって一歩進み出る。
少し困ったように繭を寄せているので、また誰かが困った事をしでかしたのだろう。

「それはそれで、一つ重要なお知らせが・・実はウリバタケさんの使途不明金についてです。」

「使途不明って言われても、いまさらな気がしないでもないわね。」

「ウリバタケ君だからね。」

もったいぶって言った割には、あっさり流されてしまう。

「お二人とも、ネルガルのトップがそれでは困ります。これを見てください!」

アカツキとエリナはプロスさんが差し出した電卓より、ネルガルのトップのところで俺を見る。
・・いや確かに色々勝手に指示出してるけど、会長はアカツキだろ?

「・・・・・これって、エステバリスがダースで三つほど買えそうな値段だな。」

「そうです。フィールドランサーといい、ウリバタケさんの発明品はネルガルにとっても有益でしたので今までは見過ごしてきましたが、今回は額が額です。ここは一つ調査の指示を、トキアさん!」

いや・・だからそこでなんで俺の名前が。
諦めた俺はパイロットということもあって、アカツキと一緒にセイヤさんのところまで行くことにした。





「そのコンテナはそっちじゃねえ、いちいち言わすな!!いいか俺らの仕事一つでパイロットの生死が掛かってるんだ気を抜くな!」

「「「「「「「「おお〜〜〜〜〜〜〜!!」」」」」」」」

格納庫の入り口から覗き見ると、まあ整備班の熱いこと。
ただの戦争だってばれたのに、意気消沈するどころか意欲が前よりわいてるってか。

「ウリバタケ君もプロってことかい?」

「ん〜、何も考えられなくなるまで働きまくるって線もないことはないけど。」

それだと今さっきの言動と食い違いが出てくる。
ミスが出るまで働くってことは、結局パイロットの死に繋がる。

「ところで、なんで全てのエステに幕がかかってるんだ?」

「言われてみればそうだな。」

いつもなら色が様々なエステバリスが並べられているのだが、灰色のビニールのようなものが掛けられていた。
勝手に幕をとったら怒られそうだし、結局は直に聞くのが一番手っ取り早い。
その手段はいろいろとあるけれど。

「セイヤさん、ちょっといいですか?」

「なんだ、トキアちゃんにアカツキか。休暇中だろ、どうした?」

「クルー全員が休暇中だよ、ウリバタケ君。」

「まぁ・・そうなんだが。」

アカツキの突っ込みに、セイヤさんがいいにくそうに口ごもる。

「地球を守る正義のはずが、ただの戦争だったってのは・・まあ、いいんだ。ただ、だからってこのまま何もしないってのは、技術屋のこの腕が許さねえ。」

セイヤさんが見上げたのは、一番近くにあった幕のかかったエステバリス。
唯一見えている足元の色が白銀だから、直ったカトレアだろうが、なんとなくフォルムが前と違う気がする。

「俺は、俺が扱った機体から死人をださない。こんな馬鹿げた戦争だからこそ、死人を出したくないんだ。」

「もしかして、セイヤさん使途不明金って・・エステのパワーアップに?」

「まぁそういうことだ。ただ、乗るか乗らないか決めるのはパイロットだ。押し付けたくなくて今まで黙ってたんだが・・」

少し照れて鼻をこするセイヤさん。
パワーアップか、今すぐにでも見てみたい。

「セイヤさん、俺は戦争がどんなものでも戦う。相手が人だろうと迷わず引き金を引く、それだけの覚悟は当の昔にできてる。」

「おーし、野郎どもカトレアの除幕式だ準備につけーい!」

セイヤさんの号令でいままで仕事をしてた整備班が、あらかじめ決められていたのか所定の場所に着く。
せーのの掛け声で取り払われた幕から、新たな姿に生まれ変わったカトレアが姿を現す。
ところどころ細部が変わっているが、一番目を引いたのはジェネレーター部分、やけにでかい気がする。

「セイヤさん、あれってやけにでかいけど・・」

「おう!あそこが今回の目玉。以前貰ったドーリスのシステムを改良したシステムが詰め込まれている、言わばドーリスFってところだ。仕様書はこれね。」

おいおい、破棄を頼んだものを更に改良したのかよ。
やばい物をセイヤさんが渡すとも思えなかったが、やばかったら即破棄と決め込んで受け取った仕様書をめくる。
パラパラとめくった後、満足して仕様書を閉じる。細部まで読まなきゃわからないが、使えるかもしれない。
セイヤさんに軽く礼を言うと、格納庫の入り口からぞろぞろと大勢の気配がやってくる。

「何だよあれ、新しいエステか?」

「他にもあるのか・・全部に幕が掛かってるぞ!」

真っ先に声を上げたのは、リョーコとヤマダ。
思ったとおりアリウムを含むパイロット全員がそろっている。

「セイヤさん、これは全員分のエステがそろっているのか?」

「ああ、だがまだ迷いのある奴にエステは渡せねえ。このエステに乗る最低条件は、人間相手に戦争する覚悟のあるやつだけだ。」

コクトの言葉を肯定しつつも条件を掲げるセイヤさんに対して、アキトが一歩進みでる。

「セイヤさん、俺たとえ戦争でも人殺しはいやです。でもナデシコを守るためになら戦える、相手が人間であっても。」

「俺もだウリバタケ。戦争なんかじゃない、俺もナデシコを守るためにならいくらでもエステに乗る。」

「私も戦争はいやだけど、ここが好きだもん。」

「右に同じ。」

アキトに続きヤマダ、ヒカル、イズミと言葉を続ける。
後はすでに聞くまでもなく、顔を見れば決意の程はわかる。

「よーし、わかった。いいか、そこまで言ったんだナデシコを守るだけじゃねえ、絶対に死ぬんじゃねえぞ。」

「「「「「はい!」」」」」

「あと元アリウムのお前らも、気に入った機体があれば俺に言え。すぐにとは言えないが、早急に同じものを用意してやる。」

「マジかよ。だったら早く機体のお披露目してくれよ。」

「夏樹は遠距離支援がいいな。」

「僕は中距離型がいいです。」

三村、陸奈、七海と、それぞれ乗りたい機体の型は出てくる。
・・・・ちょっとまってね?
今までにもナデシコはエステバリスパイロットが七名いたよな?
それにアリウムを含めたら、総勢十四名のエステバリスパイロットが・・・多すぎねえか?
しばらくナデシコとアリウムの連携が慣れるまでは、大人しくオペレーターやっとこう。


















「トキアさんのことが、好きです。」

ある日ルリにピースランドという国から訪れた迎え
とっくの昔にテンカワになってしまっているルリにそんな事実は必要なかった
だがそこで開かれるダンスパーティだけは利用してしまう
いつまでも妹のままで居ることが苦痛だったから

次回機動戦艦ナデシコースリーピースー
[勇気と決意のダンスパーティ]





〜あとがき〜

お約束のようにエステバリスのパワーアップ。ただ・・・カトレア以外描写が出てません。えなりんです。
まあ、お気づきの方もいらっしゃるでしょう。お種さんでも似たような悩み持った人いましたね。
おそらくコレを書いてた頃は虎のあたりでしょうね。あの頃はまだかぶれてました。
それはそれで、ナデシコを守ると連呼しつつ、誰一人としてその先が無い・・・どうでしょうね。
戦乱の時代一個人で何処まで先を見通せるのか、見通せる人は時代の先端にいる人かな。
とりあえず、次回は戦争から一転、ルリちゃん主役。お待ちください。

 

管理人の感想

えなりんさんからの投稿です。

エステのパワーアップと、ナデシコクルーの悩みを書いた回ですね。

ウルバタケさんの男気が見事でした。

・・・次回は主役だけど、今回はルリちゃんには台詞が一つも無かったですねぇ(苦笑)