機動戦艦ナデシコ
ースリーピースー
最終話[新しい世界のはじまり]


まったく、アキトの奴も思い切ったこと考えやがって。
俺のやってきたことって、思いっきり無駄だったじゃん。

「無駄ってことは無いだろ?お前が一人で突っ走ったおかげでルインちゃんって、新しい仲間が出来たし。ルインちゃんも感情を得て、生きることが出来た。」

ぬお、アキトのくせに人の考え読みやがった。

「どうやら、ここに入った者は、頭の中も全て繋がるようだな。」

そう、ここ遺跡の中は、かつての俺の深層意識の中に良く似たとても殺風景な大地。
建物も風も空も無く、あるのは地平線の向こうまでの大地。
ここには俺、アキト、コクト。そしてルインの、四人がそろっていた。

「それで遺跡に取り込まれたのはいいけど、具体的にどうすればいいの?」

「これを。」

まるっきり他人任せなアキトの台詞にルインは、手前に手をかざしテーブルと呼ぶには高く面積の小さい台座を出現させる。
その上には、めちゃくちゃ原始的な丸いボタンが一つ。
実際には、もっと複雑なプログラムとかあるんだろうけど、わかりやすく概念化したためだろう。

「これを押せば遺跡は停止し、タイムパラドックスが発生します。すべてが終わり、始まります。」

どうということの無い様に、淡々と話すルイン。
全てが終わり、始まる。
戦争の有無はともかく、遺跡の無い世界。そう、遺跡の無い世界だ。

「その新しい世界に、お前は居るのか?」

能面のように硬い表情をしていたルインの顔に、ひびが入った。
つまりは、そういうことだ。

「なあ。俺、このまま・・」

「駄目です。何を馬鹿なことを言おうとしているんですか。平和な世界なんですよ!そこでならルリとだって・・」

自分で言っておいて、泣きそうな顔になるルイン。

「でも、お前がいないんだろ?そんなの嫌だ!」

「それぐらいなんですか。どうせ私は、ルリの代わりなんですよ!代わりじゃなく本物が手に入る。喜べば良いじゃないですか!」

「っ!!」

何も無い大地に響く音。気がついたら手が、出てた。
泣いたってどうにもならないことがあるなんて、嫌になるほど知ってる。
けど・・・泣いた。

「泣いたって、慰めてあげません。」

そう言って、俺の体を反転させる。

「これ・・ずっと借りてたペンダント。返します。」

背中越しにプロミスペンダントを掛けられ、とんっと背中を押された。
目の前には、あの台座。

「はやく押してください。・・これ以上、私も。」

涙声。

「ごめんトキア。俺には、これ以上の選択はできなかった。恨むなら、恨んでくれていい。」

「押す押さないはお前が決めろ。お前がこの世界で一番頑張ったんだ。俺は、お前に従う。」

こんなの・・押せば一番好きな、大切な娘との別れ。
押さなきゃ、みんながどうなるか。相手は軍だ。殺されるかもしれない。
こんなの・・押すしかないじゃないか。俺の我侭で、皆までまきこめない。
手が震えて力が入らない。
アキトもコクトも、ただ俺の行動を見ているだけ。

「やっぱりトキアは、私がいないとだめですね。」

震える声で精一杯胸を張って、ルインが手を重ねてくる。
それだけで、震えが止まった。

「そうだよ。お前が居ないと・・」

「でもそれでは、トキアが将来駄目な男性になってしまいます。私が好きになったのは、強くてかっこよくて・・だから。」

手の甲から力を込められる。
抗えなかった。押しつぶされていく手は、押してしまった。
また泣きそうな顔でルインに振り向くと、そっと口付け。

「さよならです、トキア。」

地平線まで平坦な大地に、ひび割れがおこっていく。
砕けた大地は浮き上がり、無いはずの空へと上がっていく。ルインを残し、俺たちだけを乗せて。
離れていく。また俺は・・・愛した人と。

「嫌だ!約束しただろ。千年でも、一万年でもって!!」

「トキア、落ち着け!」

「何が起こるかわからん。じっとしていろ!」

押さえつけてくる二人を振り払い、必死に手を伸ばす。

「私だって、離れたくない。でも・・行けないんです!」

「そんなの関係あるか。一緒に行くんだ。連れてくんだ!俺の我侭聞いてくれ!!」

ゆっくりと、少しずつ手を伸ばしてくるルイン。

「私だって、出来るなら一緒についていきたい。ずっと、ずっと一緒に!」

完全に手を伸ばすが後十センチ、届かない。

「そのまま手を伸ばせ!」

「まったくもう!」

「絶対に離すな!」

咄嗟にペンダントをはずしルインにつかませた。
どうにでもなれといった感じで、コクトとアキトが支えてくれる。
鎖が指に食い込むが、そんな痛みより、離れ離れになるほうが痛い。

「ぅ・・」

痛みにルインが声を漏らす。

「これ以上・・トキア!」

このままじゃ、アキトやコクトまで巻き込んでしまう。
どうしたら・・どうしたら。

「トキア、先ほどアキトが言ってました。」

こんな状況で微笑んだルインに嫌な予感がした。

「強い縁があれば、また会えると。どんな立場かわかりませんが、私達はまた会えます。私が、そう願う。」

ふっと軽くなった鎖。反動で、後ろに倒れ込む俺たち。
大地の瓦礫はルインをおいて、どんどん上昇していく。
俺は、ただ叫ぶことしか出来なかった。

「俺も願う、また会えるって!だから・・・ちくしょおぉぉ!!」








































自分が流した涙で目を覚ます。
涙の跡がひんやりと冷たい。悲しい、夢でも見たのかもしれない。
何故か流している涙をごしごしと拭き、時計を見る。七時きっかり・・・後五分ってわけにもいかないか。
起き上がり着慣れたセーラー服に袖を通すと、姿見の前に立つ。
慣れた手つきで首に通したのは、青い石のついたペンダント。
もの心ついた頃から持ってたもので、親ですら真相をしらない。

「おはよう。」

朝ごはんのあるキッチンに向かうと、すでに家族せいぞろい。
クソ親父、母さん。妹のルリ、ラピス。兄貴のアキトとコクト。
それぞればらばらにではあるが、挨拶が返ってくる。

「トキア!またお前は、そんなものを着て!!」

「・・別に、誰にも迷惑かけてないだろ。」

「迷惑だから言っているのだ!」

「クソ親父、ルリとラピスが驚くから、朝っぱらから大声出すな。」

びっくりして体をすくめた二人を抱きしめてやる。
別に女装が趣味なわけじゃない。ただ、なんとなくそうしなきゃいけない気がするだけ。
自分でも似合ってると思ったから、髪も伸ばした。

「貴方、朝からそんな大声出して。はやく食べないと、会社に遅れますよ。」

「う・・うむ。」

母さんに言われて大人しくなったクソ親父に、アッカンベーをすると青筋立てやがった。
まったく、大人気ない。

「そうそう、トキア。今日お前のクラスに転校生がくるんだが、仲良くしてやってくれ。」

「コクト兄さん、頼む相手間違えてるよ。そういうことなら、ユキナちゃんに頼んだ方がいいんじゃない?」

「そうか?・・・まあ、そうだな。後でミナトに言付けてもらおう。」

アキトは別に誘導したつもりは無いだろうが、この時点で家族全員がにやける。

「ミナトだって、呼び捨てですよクソ親父。」

「娘が増えるのか〜。楽しみだなクソ息子。」

こういうときだけ団結できるクソ親父が素敵だ。

「な・・な、何をいっているんだ。別に俺とミナトはなんでも・・・」

「優柔不断なところだけは、似なくてよかったのに。」

「ミナトさんも静音さんも。どうして、コクト兄さんを気に入ったんでしょうね。」

「コクトにぃは、どっちがすきなの?」

「ごちそうさま、行ってくる。」

明らかに逃げた。コクトの仕事は小中高大を一環とした、ネルガル工業援助の私立学校の教師だ。
もちろん、生徒である俺たちよりはやく行く必要など無い。

「アーキートー、学校行こう!」

玄関から聞こえる大音量、ユリカだ。大学と高校と違うのに、迎えに来るか普通?
その後ろには大集団。大学の主席のジュンに、アキトと同じクラスのヤマダ。あとその彼女のリョーコ。
数えだしたら、きりがない。

「あ、ちょっと待ってて!いってくる。」

慌てて朝食を詰め込み、鞄を持って飛び出していくアキト。
ちなみに小等部であるラピスと、中等部である俺とルリはもう少し遅く出る。

「貴方達も、もう少し早く家を出たら?いつも遅刻ギリギリなんでしょう?」

「あの集団についていったら、目立ってしょうがないだろ。」

「そうだ。目だってルリとラピスに変な虫が着いたらどうする。」

母さんの台詞に、俺とクソ親父の目がキュピーンと光る。

「頭は悪いが、気が合うじゃないかクソ親父。」

「女装癖は御しがたいが、気が合うなクソ息子。」

「二人には、俺より頭がよくって容姿端麗で。」

「私より力強く、頼れる男でなければ許さん!」

親父と二人腕を組んで高笑い。

「大変な難題ね。ルリもラピスも。」

「はぁ・・そうですね。」

「私、トキアと結婚するから良いもん。」

「へ、へぇ〜?ラピスってばそんなこと考えてたんだ。」

「ルリねぇにはトキア、あげないよ。」

「あげるって、物じゃないんだから。」

そんな姉妹の視線の死闘を他所に俺はクソ親父と、二人の婿に関するボーダーライン作りにいそしんでいたり。

「この家でまともで居るのも大変ね。」

大丈夫だよ、母さん。
こういう場合そういうことを言う人が、一番アレってきまってるから。





朝っぱらからそんなことしていれば、

「遅刻だぁ〜!!」

ってなことになるわけで。
俺は、ルリとラピスの手を引いて走っていた。
なんか二人が吹流しのこいのぼりのようになっていたとしても、気のせいだ。
ラスト直線三百メートル、ラストスパート。ここまではいつも通りなんだけど。
いつもは誰も出てこない曲がり角から、人が出てきたもんでぶつかった。それはもう、容赦なく。

「痛いです。」

本当にそう思ってるかと、聞いてみたくなる冷静な声。

「わ・・悪い。」

相手の顔さえ見ずに謝り、最優先にルリとラピスの安全確認。

「トキアさん、ちゃんと前見て走ってください。」

「怪我は、無いみたい。」

ほっと胸に手をやると・・・・無い!!いつもそこにあるはずのペンダントが。
あれって繋ぎ目が知恵の輪になってて、首からスポンと行かない限りはずれないのに!
慌てて足元やらそこらをみるけど、無い!

「・・・あの。」

振り向いた目の前に、吊り下げられるペンダント。

「落ちてました。貴方のですね?」

ペンダントを受け取る時、ようやくぶつかった相手を見た。
俺と同じ銀の髪に金色の瞳。なんとなく懐かしくなって・・・涙が出た。

「何処か、怪我でもしましたか?」

「あ、え?いや・・なんで涙なんか。」

「そうですか。・・・では、急いでますので。」

名前を聞く暇も無く行ってしまった娘は、俺と同じ制服。
また会えるだろうと楽観的に考えていると、ペンダントの知恵の輪がものの見事に外れていた。





「トキアが遅刻なんて、珍しいわね。って言っても、いっつもギリギリだけど。」

教室の自分の席で知恵の輪をはめようと苦戦していると、ユキナが机の上に座ってくる。
少し前に世間を騒がせた木星付近の自治区。そこからの試験的地球移住者。
理由は詳しく知らないが、百年前に政治的理由で木星付近の生活を強いられたそうだ。
まあ俺にとっては、女装してる俺を親友ですと人に紹介できる、数少ない貴重な人物である。

「ちょっと、人とぶつかってな・・・あ〜、はまらねえ!」

「相変わらず、変なことしてるわね。」

そうため息をつきつつ、人の髪の毛を人差し指でくるくる巻いてくる。

「むず痒いから、やめんか。」

「いいじゃない。ストレートヘアーってうらやましいのよ。」

「生まれつきのものを、どうこう言うな。」

止める気配は一切無い。したいようにさせるしかない。
そのうち飽きるか、先生が来れば自然と終わる。

「あ・・ミナトさんだ。」

思ったそばから来たようだ。

「はい、おはようみんな。席についてね〜。」

大人の微笑み。普通はああいうのにあこがれるんだろうけど、・・・あこがれない。
少し不安になったこともあったが、答えはでないもんで諦めた。

「今日は転校生がきてます。可愛い女の子よ。」

その一言で教室中に大小さまざまな嵐が吹き荒れる。

「さあ、入ってきてルインちゃん。」

その名前に、何かが引っ掛かった。
教室のドアを開け入ってきたのは、長い髪をなびかせ歩く女の子。
今朝ぶつかった娘だ。彼女は黒板に名前を書き、クラスを見渡せるように、また振り向く。
理由無く高鳴る鼓動。

「ヒワタリ ルインです。よろしく。」

俺の世界が新しく動き出す。



















〜あとがき〜

管理人様に代理人様、そしてスリーピースを読んで頂けた全ての方へ、ありがとうございました。えなりんです。
今までの我侭は全て根底に自分ではない誰かの為と言うものがあり、トキアにとって今回が初めて自分の為の我侭でした。
それにしてもこの終わり方は、「こんな世界があってもいいんだ」とトキアが叫んで、「おめでとう」と皆から言われてもおかしくないですね(笑)
様々な作品の影響を受けつつ、完成に至ったスリーピース。再度、全ての方、全ての作品に感謝いたします。





っとまあ、感謝はここまでとして。全体を通してやり残し、無駄設定のお話しでもします。
次作があるかどうか、怪しいですしね。


No.1 [アリウム]について。

いやぁ・・・紫之森 静音以外は必要なかったですね。レギュラーとモブの書き分けは今後の課題でもあります。
ちなみに最初の方に言った「アリウムメンバーの名前」のお遊びは、名前の最初に数字が入っていること。
一宮、新見、三村、紫之森、郷、陸奈、七海、八牧、久利。そして、最後のテンカワ。一から十でした。

No.2 [プロミスリング]について。

無駄と言うわけではないですが、かなりお話の中核をになうキーアイテムです。
しかし、コレを作ったサツキミドリのお兄さんは何者だ?神か?
これは彼だけでなく、世界にとっても最高傑作となったことでしょう。

No.3 [白の抑制者]について。

アキトが逆行した意味です。伏線を張りつつ結局、本編でその本来の意味が明かされることはありませんでした。
電子の皇帝を守る盾でもありますが、黒の執行者が皇帝に歯向かったり、皇帝が暴挙を犯したときのストッパーです。
だからナデシコ出向時に、素人ながらトキアとコクトを投げ飛ばす事ができたんです。
普段は一番弱くても、有事にだけ電子の皇帝と黒の執行者を越える力を発揮する。ですから無限の可能性です。

No.4 [それぞれの恋愛]について。

アキトはユリカですね。間違いない。コクトは答を出せないまま次の世界へ。
問題なのはトキア。ルリちゃんが好きだと思いつつ、行動は常にルインと。最後には告白、プロポーズまでしてます。
でもルインがルリの代わりだと叫ぶと、手を上げちゃいました。図星なのか、否定したくての行動か。
私自身、トキアの心の行方はわからなくなってしまいました。

No.5 [ルインの苗字]について。

ルインの苗字のヒワタリは、「火渡り」火星からやって来たって意味だったりします。
本当に、ただそれだけです。

No.6 [新しい世界]について。

古代火星の遺産があったからこそ百年前に木星まで逃げた人たちは助かったとありますが、この世界では遺産がなくともなんとか生き延びました。
そして近年その事が発覚し、政府は謝罪と共に木星人の一部地球移住政策を開始。ユキナが地球にいたのもそのためです。
まあ、背景よりみんなの今後ですよ。
一時は次の世界の話を書こうと思い、「スリーピース」から「ピース」、平和にしよう。などと、考えたりもしました。
・・・・・・気力が持ちませんでしたが(笑)
いつの日にか短編でもいいので、書けたらなと思います。大風呂敷です。


さて、本当に長くなってしまいました。
最後までお付き合いいただき、再度お礼を申し上げます。ありがとうございました。
2004年1月22日(木)、えなりん。

 

 

管理人の感想

えなりんさん、お疲れ様でした!!

見事にエンディングまで書ききりましたね。

トキア達にとっては、実に理想的な未来でしょう。

平和になった世界でのお話も、是非とも拝見したいですがw

特に、この世界でのハーリーとか北辰とか(爆)

 

 

ネルガル組の名前が一人も出て来なかったのが、少々残念です(苦笑)