CHARGE 『強襲』

 犠牲の果ての和平
 犠牲の上の平和

 その中に訪れた幸福
 愛する女性との結婚
 「幸せになろう」
 それは茨の道
 苦難の道

 二人は決めた
 その困難に立ち向かうことを


 新婚旅行
 故郷への旅路


 道は唐突に途切れた
 道は突然に遮られた

 新たな秩序
 正しき秩序

 道を塞いだモノの名前
 二人を引き裂いたモノの名前


 ヤメロ/ヤメテクレ
 意味ある言葉
 だがそれは無意味
 聞く者はいる
 だが聴く者はいない

 実験、実験、実験、実験
 壊れた五感
 砕かれた夢
 踏み潰された幸せ

 狂気、狂気、狂気、狂気
 その果てに訪れた解放
 懐かしき顔
 仲間の顔

 助かったのは自分だけ
 妻は囚われの身のまま

 青年は力を欲した
 妻を取り戻すため

 青年は刃を欲した
 敵を打ち砕くため

 青年は鎧を欲した
 死を否定するため


 親友と呼べる男は与えた
 青年に、望むその全てを

 男は力を与えた
 “師”という名の力

 男は刃を与えた
 全てを貫く黒の刃

 男は鎧を与えた
 貫きえぬ黒の鎧


 時は経つ
 力をモノにし
 刃を磨き上げ
 鎧に身を馴染ませ
 その“刻”が来た


 復讐の刃が宿敵を貫く
 訪れた、一つの終わり


 妻は呪縛から解き放たれた
 しかし青年は再会できなかった

 それは恐怖
 血に染まった自分を否定する妻の声
 想像しただけで胸を激痛が襲う


 そして訪れる再会の時


 妻は自分を肯定した
 血塗られた自分を肯定した
 「ごめんね」
 「ありがとう」
 弱々しい声で

 昔日の面影はない
 生きてはいない
 死んでいないだけ


 青年にはそう思えた



 青年は思った
 あの時に力があれば

















I WISH ...



Case of“Prince Of Darkness”












 青年は、黄色いポロシャツを着、比較的新しいジーパンを履いていた。

 青年の隣には、青い髪の、白と見間違うほど薄い桃色のサマードレスを着た女性がいた。

 二人は、火星行きのシャトルの席に座っていた。

 二人は楽しそうに会話をしながら、微笑みを交わしている。

 共に、二十歳(はたち)かそこらに見える。

 たまたま席が隣り合った男女には見えない。

 恋人同士か、それとも若夫婦かと言ったところだろう。


 アナウンスが流れた。

 発射するので、席に着いてシートベルトを付けろ、というモノだった。

 二人はアナウンスに従い、シートベルトで体を固定する。


 暫くして、シャトルが動き始めた。

 宇宙に出たことのある人間というのは、地球上にはあまりいない。

 宇宙旅行は、この時代でも高く付くからだ。

 だから、地球上にいる宇宙に出たことのある人間というのは、一部の金持ちや権力者ぐらいのモノだ。

 例外は、戦争時に宇宙機に乗っていた軍人や、月や火星から避難してきた民間人、それから月辺りへ出張したサラリーマンの三通り。

 だが、例外はもう一つあった。

 青年と女性は、そのもう一つの例外。

 戦争を終わらせた立役者でもあり……あるいは稀代の犯罪者集団であるかもしれない存在。

 すなわち、ネルガル重工が開発・運用した実験艦、機動戦艦ナデシコのクルー。

 しかし、だからといってシャトルで宇宙に出たのは、女性は2回目、青年に至っては初めてであった。

 その女性ですら、シャトルに乗ったのはすでに十年以上昔の話。


「ねぇ……なんか、こういうのって緊張するね」

「うん……さっきっから心臓がドキドキ言ってるよ」


 二人はそう言って、またクスリと笑った。



 ……唐突に。

 二人が座る席近くの通路の一番前、コクピットと客席を仕切る壁の前に青い光が生まれた。

 二人は、その光の正体がなんなのか気づき、絶句した。

 『ボソンジャンプ』。

 戦争の元凶と言っても過言ではない存在……あるいは現象か。

 光が弾けた。

 そこに、四人の人間がいた。

 ボソンジャンプによって何処からか、時空間を跳躍し、その場に移動したのだ。

 乗客達は突如姿を現した彼らに驚き、騒ぎ声を上げた。

 四人は、編み笠のようなモノを被り、マントを纏うという、時代劇にでも出てくるような、そんな格好をしていた。

 そしてその中の一人が、名前らしき単語を発すと、一人が飛び出し、四人の前で騒いでいた男性を持っていた刀で斬りつけた。

 一瞬だった。

 ほんの一動作で、その中年の男性は絶命した。

 機内が、シンと静まり返る。

 四人組は、後方へと歩き始めた。

 そして青年の前で立ち止まった。


「天河アキトと御統(みすまる)ユリカだな」


 一人がヌラリと目を不気味に光らせ、青年と女性に声をかけてきた。

 それは名前を訊くと言うよりは、確認する口調だった。


「なっ、何なんだよ、あんた達は!」

「おまえ達には新たなる秩序の礎となってもらう」




















「滅」




















 男がそう言った次の瞬間、後部から、爆発音が響いた。

 この四人以外に別働隊がいて爆弾を仕掛けたか、あるいは事前に仕掛け、爆破させたのだろう。

 爆破された場所は、エンジンルーム。

 誘爆が起こる前に、男達は青年と女性の体を掴むと呟いた。


「跳躍」


 六人の姿が、光に包まれ機内から消えた。

 そして一際大きな爆発……

 シャトルは、エンジンの爆発に耐えられず、四散した。

























 それからおよそ四年……




















 カラン……

 グラスの中の氷が音を立てた。

 グラスは、青年の手の中にあった。

 青年はカラスを擬人化したかごとき姿だった。


 黒いボディスーツ。
 黒いズボン。
 黒いマント。
 黒いバイザー。
 ついでに黒い髪に、バイザーに隠されているが、黒い瞳。


 青年がいるのは、場末のバー。

 静かな音楽が店の中を包む、小さなバー。

 客は、青年以外誰もいない。

 店主は、シェイカーを振るう初老の眼鏡をかけた男性。

 バーテンとしての腕はなかなかのモノだが、達人や名人と表現するほどでもない。


 カラン……


 再度、氷が音を立てた。

 青年はグラスの中身を口に含み、嚥下した。

 喉を灼く、濃いアルコール。

 オン・ザ・ロックのウィスキー。

 芳醇な香りが口の中に広がるが、青年にはほとんど解らなかった。

 青年の五感は、著しく衰退している。

 そのため、香りも味も、解らないのだ。

 だが、比較的感覚が残っている場所、回復した場所もある。

 その数少ない場所の一つが、喉。

 味も香りも解らないが、喉を灼く感覚が、自分がアルコールを飲んでいることを感じさせる。


 流れていた音楽が途絶えた。


 青年が付けているバイザーは、補聴器付きの特別品。

 本来なら聞こえなくなっている音楽も、バイザーのお陰で青年は聞くことができていた。


 新しい音楽が始まった。


 そっと音楽に耳を傾ける。

 心地よい音楽に身を任せ、グラスの中身を一口呑んだ。


「マスター、この曲は?」

「『I wish ...』と言ったかと」


 その題名は、青年に過去を思い出させた。

 取り留めなく思い出される、運命の日。





 四年ほど前の、あの日。





 全ての歯車が狂った日。





 幸せの絶頂から不幸の谷底に突き落とされた日。










「あの時……力があれば……」


 浮かんでくるのは、悔い。

 悔恨。

 深い悲しみ。

 強い、強い後悔。

 ただ、それだけ。



 突如、真夏の太陽のような強い光が生まれ、辺りを覆い尽くした。

 光の中心は、青年の目前。

 青年が座るカウンターの上。

 そしてその光の中心に、人影が生まれた。

 青年はそれをボソンジャンプかと思ったが、様子が違った。

 第一、ボソンジャンプで生まれる光は、こんなに強くはない。


 光が収まってきて、人影の正体が判明した。

 どこの国のモノにも似つかない、不可思議な衣装に身を包んだ女性。

 頭に被る帽子のようなモノが陰を作り、顔はよく見えない。

 だが、途轍もない美女であることは、それでも解った。

 女性の手には、リュートか何かのような、それでいてリュートとは違う……衣装同様、国籍不明の楽器があった。

 女性が静かに語り始めた。


「私はリディーナ」


 鈴を転がしたかのような声。

 青年は、呆然とした顔で女性の顔を見つめた。


「あなたが望むなら……」


 青年は、理解したのだ。

 女性は、この世のモノではない。少なくとも、ヒトでは。と、いうことを。

 彼女は、運命さえねじ曲げる、超常の存在である。と、いうことを。


「……一言だけ答えて」


 彼女が望む一言さえ、直感的に理解できた。

 いや、直感以外で理解することは不可能だろう。

 なぜなら、彼女の前でまともに思考することなどできない。

 できるモノがいたならば、それは人間ではない。

 彼女は、いま青年の目の前にいる女性は、それほどまでに圧倒的な、超越した存在なのだ。



 ……青年は、鍵となる言葉を口にした。





「I Wish ...」





 女性が微笑んだように見えたのは、果たして彼の目の錯覚だったのだろうか。

 ただ、一つ言えることがある。

 彼はその真偽を確かめることができなかったという、その事実だ。



 なぜなら、青年がそれを口にした次の瞬間、辺りは光に包まれたからだ。

 先ほどの光よりも、さらに強く、白い光。

 それは、やはりただの光ではなかった。

 ありとあらゆる物質を、非物質を、精神も、魂も、時間すらもその圧倒的な光量の中に飲み込む、この世ならざる光。



 だが、それはとても優しい光だった。

 光に塗りつぶされた心は、温もりに包まれ、ささくれを癒され、そしてそこに一つの意志/希望と、それを成す勇気という強さを得た。



 それこそが、この光の本質。

 絶望を希望に変え、後悔を勇気に変えるという。





 絶望は弱さだ。

 それを抱えれば、人は何ものにも抗うことなどできなくなる。



 後悔は弱さだ。

 それを抱えれば、人はそこから一歩も動くことなどできなくなる。





 希望は強さだ。

 それがあるだけで、人はいつまでも戦うことができる。


 勇気は強さだ。

 それがあるだけで、人はどこまでも歩んでいける。





 そして光には、もう一つの特質があった。





 全てを塗りつぶす、しかし優しく包み込む光。

 その中に変質し、過去を取り戻し、そして力を得た青年の心。

 それは白い輝きの中、時を超えた。





























Turning Point始  ま  り  の  場  所へと。





























「……どうしたの?」


 女性は、会話の途中、突然黙り込んだ青年に何事があったのかと聞いた。


「ん、……なんでもない」


 ただ、ちょっとぼうっとしてしまっただけだ、と彼は続ける。

 しかし、それは嘘だ。

 今のは、情報過多によるフリーズ。

 遙か、四年という年月を越えて送られてきた、未来の自分の記憶。そして心/魂。

 全てを理解できたわけではない。

 あまりにも情報量が多すぎ、それは過去の自分と完全に同一化することができなかった。

 だが、それでも想いは伝わった。

 その記憶は伝わった。

 運命の歯車、それが狂った瞬間。

 それを正せるのは、狂わせずにいさせられるのは、自分だけ。



 全ては遙か時を超える想いが伝える。



 未来の絶望。

 それを識ることは、現在(いま)の希望となる。



 なぜなら、今ならそれを防げるのだから。





 未来の後悔。

 それを識ることは、現在の勇気となる。



 なぜなら、今なら違う選択をできるのだから。










 青年は、席を立った。

 どこに行くのかと、連れの女性が問いかける。

 もうすぐシャトルが出る時間だと。

 トイレ、我慢できなくて。と誤魔化し、彼はシャトルの後部へと向かう。



 今なら解る。

 これから訪れる災厄を。

 災厄を運ぶ、七人の男達を。



 四人ではないのだ。

 彼らは元・木連暗部。

 筆頭たる北辰と、その子飼いの六人組、通称『六連(むづら)』。



 そう。 あの時全部にジャンプしてきた四人の他に、もう三人いるはずなのだ。

 そして前後の状況を鑑みれば、彼らはシャトル後部にあるエンジンルーム内にいたと考えるべきだ。



 あの時のシャトルは、ネルガル関連の機体だ。

 内部にヤツらのシンパが潜り込んでいたのでなければ、搭乗前の内部検査で、爆発物は発見されている。

 そうでないならば、爆発物を仕掛ける方法は二つしかない。

 一つは乗客として乗り込んだ後、エンジンルームへ忍び込む。



 だが、これはあり得ない。



 なぜならば、青年と女性の席はシャトルの後方で、二人よりも後ろに乗客はいなかった。

 そして彼らが乗り込んだのは一番最初で、その上シャトルが発射するまでに席を立ち、シャトル後部へと向かった人間はゼロだった。



 となれば、残る可能性はただ一つ。

 六連の残りの三人のジャンプ先が、そこだったという可能性。

 六連は、確かに一人一人が高い技量を誇るし、その連携はすさまじい。

 だが、今の自分ならば、その内の三人など、取るに足らない。



 何しろ、助かってから向こう、延々と六連と北辰を打ち破るためだけの修練を重ねてきたのだから。

 その記憶は、今の自分にも、その底に根付いている。

 これから先の四年の全てを、自分は覚えている。

 それは自分が未来より記憶を保ったまま過去に戻ったと言うことであり、ほんの一瞬にも満たない時間にその全てを追体験したと言うことだ。



 鍛えた肉体は、時と共に未来のものとし、消え去った。

 だが、その肉体は若く健康な、そして五感を揃えたもの。

 そして追体験は、身につけた全ての技術を、忘れることなく脳に刻みつけている。

 体に染みついた記憶もまた、時を超え、その身に力を与えている。



 失ったものは一つだけ。



 未来の全て。


 『自分』というものを構成する、『意志』と『記憶』を除いた全て。





 それら未来の残滓もやがて消え去るだろうが、だが其処になんの問題がある?





 自分はなんのために過去へと戻った?



 それは、未来を変えるため。

 あんな未来なんか、いらない。

 掴まされた未来なんていらない。

 ほしいのは、この先、自らの力で掴む未来。



 必要なのは、歯車をずらそうとする力に対抗するための、強さだけ。

 記憶があればいい。



 それが全ての力の源だ。



 破滅を回避する意志。

 それは未来の記憶がくれた。



 歯車を正す強さ。

 それも、未来の記憶がくれた。



 それで十分。

 それ以外は一切不要。



 必要なものは、全て揃った。



 希望を得、
      力を得、
           意志を得、
               未来を得、





 そして時が満ちゆく。










 閉ざされたエンジンルーム。

 しかし、未来に得る力の断片を駆使すれば、その扉はいとも簡単に開く。


 電子ロックを突破し、

 解放プログラムを発見し、

 プログラムに命令を下させ、

 扉を開ける。



 客室から扉一つで隔てられているわけではない。

 だが、その扉とて無限にあるわけではない。

 二分後、彼はエンジンルームの中で、『敵』を待ち迎える用意をした。





 そして運命の時が訪れる。





 青い輝きが三つ、生まれた。

 青年は構えた。

 光が像を結び、実体化する。

 そして次の瞬間、青年は動いた。



 そこから放たれるのは、必倒の一撃。

 必殺、ではない。

 いやさ、本来は必殺の一撃である。

 だが、青年はその身を血に染めるわけにはいかなかった。


 それ故の、手加減。

 それ故の、必倒の一撃。



 だが、手心を加えたと言えそれは確実に一人の意識を刈り取った。

 奇襲する側が奇襲された、その驚愕に、流石の暗部といえど、一瞬、動きが止まる。

 通常なら隙となり得ぬ、僅かな時間。

 しかし、青年には十分すぎる時間だった。

 掌底を手近にいた二人目の顎を掠めるように放ち、脳震盪を誘発する。

 それからそのまま、三人目には掌底をアッパー気味に決める。



 一撃必倒。

 瞬倒。



 この場に現れた六連の片割れ三人は、幾ら奇襲を奇襲で返されたからとはいえ、ほんの数秒も持たずして打ち倒された。

 青年は昏倒した三人の懐を探った。

 小型の爆弾とおぼしき物体と、ジャンプフィールド発生器らしき機械を見つける。

 爆弾は、戦闘訓練代わりに参加した実戦(諜報戦)に使用し、覚えた。

 幾ら姿形は千差万別とはいえ、基本形さえ覚えれば、よほど凝ったものでなければそれと解る。

 ジャンプフィールド発生器も、未来に於いて宿敵・北辰を火星にて打ち破った後、その下から発見されたものとまったく同じ形だった。

 中身のバージョンは大分違うだろうが、だからといって早々外観が変わるわけでもない。

 よほどの最適化……ダウンサイジングでもできれば話は別だろうが、なかなか小型化できるものでもない。



 青年は三人から奪い取ったジャンプフィールド発生器を用い、ジャンプした。

 行き先は、最近落ち目とはいえ、大企業の名は揺るがぬ、ネルガルのSS(シークレットサービス)部署の一角、閉ざされた牢獄。

 其処に三人を置くと、再びジャンプする。

 今度はシャトルの発着場近くの海上数百メートル。

 爆弾を放り投げ、またジャンプ。

 次の目的地は、シャトルの中。

 客室とエンジンルームとを遮る第一の扉の前。

 そこで時計を確認する。

 本隊……というのだろうか。

 北辰と、六連の残り三名、合計四名がシャトル内に現れた時刻まで、記憶通りならば後三十秒。

 ボソンの光芒が生まれるまでなら、後二十秒。


 青年は深呼吸した。


 未来は変わる。

 そのことが青年の頭を、灼熱させていた。

 だが、同時に頭の中は驚くほどに冷たく、澄んでいた。


 深く吸った呼気は灼熱を増大させ、

 深く吐いた吐息は頭の芯に籠もる熱を排出する。


 十秒が経過した。


 客席の間を走る通路に飛び出す用意をし、中空を睨み付ける。

 六連の内の三人を運んでいる内に動き出したのだろう。

 シャトルの加速Gが、少し体を重くする。


 二十秒。


 客室とシャトル後部を遮るドアの窓を覗くと、光が生まれていた。

 言うまでもない。 それはボソンの光芒。

 青年はそれを確認するなり、ドアを開けて駆けた。

 光が弾け、実態が出現したその瞬間。

 一陣の風と化した青年の一撃が、先頭の男、北辰の側頭部を強襲した。


 先程の六連の片割れとは違い、さらなる技量の持ち主たる北辰は、その一撃を何とか左腕を上げ、防いだ。

 だが、先程とは違い、青年は二撃目を放っていた。

 どうやらその一撃を防がれることは予測の内だったらしい。

 二撃目も右腕を犠牲に防ごうとしたが、その一撃は右腕ごと彼の者の肋骨を二本、奪った。

 そして三撃目。

 今度こそ防がれることはなく、脳震盪を起こす顎を掠める一撃が入った。

 それでもなお北辰は青年に反撃を放っていたが、それも予測の内か、それはあっさりとかわされてしまう。


 だがそれは青年を倒すことではなく、時間稼ぎが目的だった。


 ほんの僅かな時間に過ぎないが、三人が青年に対し構えを取るには十分だった。

 確かに北辰が何もできずに打ち倒されたのは驚愕に値するが、それは不意打ちだったという面による。

 いや、不意打ちとはいえ北辰を倒すのは、それも確かに驚くべき技量だ。

 だが、だからといって構えた北辰の子飼い三人を相手にできるかと言えば、それはNoと答えざるを得ない。

 いや、そう答えざるを得ないはずだった。


 現実を見れば。


 構えた三人を相手に、青年は怯むことなく突撃し、一番近くにいた男に右の掌底を放つ。

 言葉にすれば、これだけのこと。

 男はいともあっさりとそれをかわした、つもりだった。

 回避後の一撃を、と思えば、避けたはずの掌底は、肘から内に曲がり、クロスレンジに入り込んだ彼の後頭部を強襲していた。

 その一撃自体、たいした威力はなかった。

 だが、それには技が込められていた。

 青年の一撃は、例え顎でなくとも、顔のどこかに当たれば、確実に意識を刈る、そんなモノだったのだ。

 そんな技、一朝一夕にして身につけられるモノではない。

 青年は彼らの長たる北辰と真っ正面から当たったとしても、対等に渡り合えるだろう腕の持ち主だったのだ。


 最も間合いが離れていた男がその事実に思い当たったのは、真ん中にいた男が同じように左の一撃を側頭部に受け、昏倒した後だった。

 しかし、それはあまりにも遅すぎた。

 次の瞬間、青年の姿は目の前にあった。

 数多の“死”を生み出してきた彼も、自分自身の死は恐ろしい。

 最初は、殺されるかとも思った。


 それでも恐ろしさは感じなかった。


 北辰が最初に倒された時には殺されたかとも思ったのだが、六連の他の二人も、そして北辰も、胸がかすかに上下している。

 それは生きている証に他ならない。


 しかし、ついで二人が一瞬にして倒された。

 おそらく、だが、殺されることはない。



 だが、それでも。


 彼の頭に浮かんだのは、恐怖の感情だけだった。





 そして次の瞬間、彼の意識もまた、青年に刈り取られた。













 運命の歯車は正された。


 深い後悔を胸に時を過ごした、ただ一人の人間の手で。


 全ては、変わる。


 もう、あのような未来が訪れることはないだろう。










 その想いを胸に、青年は満足げに微笑んだ。




















 その後、北辰と六連は最終的に口を割ることとなり、火星の後継者は蜂起の前に壊滅した。

 様々な場に潜り込んでいたシンパはそのほとんどが検挙され、首謀者・草壁春樹自身も投獄の運びとなる。

 また、火星の後継者が行っていた非人道的な実験の数々も明らかとなり、主任であった山崎博士を始めとする研究部の面々も、牢獄に入れられることとなった。

 そしてその出資をしていたことが明るみに出、クリムゾングループは反逆罪を始めとする数々の罪状で、解体されることとなる。

 上層部がそんなことに荷担していたことも知らない哀れな社員達は、“大企業”に返り咲いたネルガルに吸収された。

 反逆を未然に防ぐその要因として、ネルガルは再び在りし日の地位を取り戻したのだ。

 すなわち、シャトルでの出来事である。

 全ては、ネルガルが掴んだ情報を元にエージェントを潜り込ませ、そのエージェントがシャトルの事件を解決したのだと。そういうことになったのだ。

 そして、そこに“天河アキト”という青年の名が出ることはなかった。

 そこにいたのはネルガルが送り込んだ一人のエージェント。

 天河アキトはただ彼の活躍をぼうっと見ていた、ただの乗客の一人に過ぎない……それが、真実となった。

 エージェントの名は、エージェント故に明かされることはなく、天河アキトはただの人としての生活を、変わらず続けている。





 美しい、蒼い髪の女性を伴侶とし……




















 そして四年が過ぎた。

 結婚四周年のお祝いは、イタリアンレストランだった。


 おいしく食事をした後、近くにあったバーに入った。

 そこを一言で表せば、場末のバー。

 その雰囲気自体がそうであり、また確かに場末に位置していた。

 そこは、静かな音楽を流す、初老の眼鏡をかけたバーテン一人だけの店。

 客は誰もいない。青年と、その伴侶の女性だけ。


 適当にアルコールを頼み、呑みながら会話する。


 暫くして、流れている曲が変わった。










 その曲名は……















“I Wish ...” ……














後書き


 最初に、これはメディアワークスから出版されている『I Wish ...』という作品を元に、劇ナデアフターで構成したものです。

 知らない人にネタバレ覚悟で言うと(一応反転しときます)、


 日常からの自分(達)が原因による逸脱(全部が全部ではありませんが)。

 その結果は様々ですが、その先に待ち受けるのは、後悔ただ一つ。

 そしてその激しい後悔を胸に、ある音楽(その題名が『I Wish ...』)を聞くと、そこに一人の女性が現れます。

 彼女の名前は、リディーナ。

 『I Wish ...』と、一言告げたならば、彼女は想い/記憶をそのままに、時を戻してくれます(ここら辺は時を巻き戻すのか、想いを過去に跳ばし、平行世界化させるのか、無かったことにする(リセットする)のかは不明。自分は時間のリセット、と解釈しつつも、話では思いを過去に跳ばす、として書きました)。

 そして登場人物達は、そのTurning Pointとなった時へ戻り、全ての運命を変えます。

 これが、大雑把なストーリーです。



 これは元々、セミサイレントの漫画で、それを保ったままSSにするのは骨が折れました。

 何しろ、会話はほとんどなし。

 ほんの数個のやりとりだけ。

 僕は結構会話を書くので、それを削りに削って、本当に必要な僅かな部分を除いて全てを泣く泣く地の文へと変換しました。

 ンで、またこれがなかなか大変で。

 或いはまだ“必要じゃない”部分もあるかもしれないわけで。


 いえね、それでもまぁこれはVer.4.3ぐらい(だったはず)なので、一回目よりはまだ楽にできましたけど(考えてみるとVer.1.0からずいぶんとストーリーが変わったなぁ)。



 まぁ、愚痴はここまでにして。



 このネタは、ずいぶん前から考えてました。

 確か、初めて元の漫画を読んだ時だから、2000年の始まりだか1999年の終わりだかでしたか。

 結局五年以上っつーか六年近くもズルズル物語の骨を作っただけで放置して時が流れ、今になりました。

 これには理由がいくつかあるんですけどね。

 たとえば、当時の筆力じゃ満足のいくのが書けないだろうと思ったり。

 じゃあ当時書いてたヤツはどうなんだと聞かれると、満足いってないからリニューアル版を書いてる、となったり。

 それから一応筆力に自信が持てるようになってからだと実生活でいろいろ忙しくて、さらにネタを練る時間がなかったり。

 っていうか、そもそもその時はまだ投稿小説の第1弾すら書いてなかったりとか。

 で、しかもそんなこと言いつつ実はこの作品、メアド変更のお報せついでに書き上げた、蝶・久し振りのナデSSで。ついでにいうとリハビリ作だったりするんですが。
 というかついででこの短編書くのに何日掛けてる>自分 (Ans.約一週間)


 ……また愚痴になってるな。


 えーと、こういうときは、あれだ。作品のフォローとか(え?それは最初にすべき?)。

 北辰が暗部筆頭だというのは、想像です。

 いえ、そもそも本当に彼が暗部なのかどうなのかということは、おそらく間違いないと想いつつも公式の設定集を持っていない悲しさ。知りません。

 彼の連れの名(通称)が『六連』というのも、様々なSSの影響を受けているだけなので、本当にそう言う名前なのかも知りません。

 あ、それと六連で『むづら』と読ませてますけど、この辺、本当の読み方ってどーなんでしょう?

 言ったとおり公式の設定集を持ってないんでネットダイブで結構探したんですけど、どうも読み仮名が振ってあるのを見かけない。

 なので、この読みは半ばオリジナル(確かそんな名前の星か何かあったような、って感じでつけました)。

 違うんだ、本当の読み方は違うんじゃ〜〜!!というつっこみは、というわけでご勘弁。

 知ってる人は、こっそりとメールで教えてください。


 それから、シャトル襲撃の件も、詳しくどういう状況だったのかは解らなかったので、作者の半ば妄想に等しい創作です。



 最後に読んでくださった皆様へメッセージ。

 CHARGEは、本当は『襲撃』、『突撃』であって、『強襲』ではありません。

 『強襲』は、ASSAULTです。

 『襲撃』にしてもよかったんですけど、そこはなんというか、それよりも『強襲』のほうがいろんな意味で相応しいような気がしたので、こういう間違った英語と和訳になってます。

 え?なら英語のほうをASSAULTにしろ?

 それでも良かったんですけど、なんて言うか、何となく語感が悪いような気がして……


 受験生のみんな!間違えちゃダメだぞ!!





 ……う〜んと、他にも何か書こうと思ってたんだけど、時間空けたら(後書きだけで、なんだかんだで二日に分けて書いてるし)忘れちゃいました。

 思い出せないってことは、多分どーでもいーことなんでしょう。

 といいたいところだけど、僕はMr.うっかり。

 忘れちゃいけないことまで忘れるあんぽんたんだから、もしかしたらなんか大切なフォローだったのかも。


 ……………。

 まぁ、つっこまれたらその時にレスで改めて書けばいいか。





 以上、やたらと長い後書きでした。










追伸
 SS書くの自体が滅茶苦茶久し振りなんで、多少文章がおかしくても勘弁してください。

 誤字脱字の報告並びに感想等、お待ちしています。



 

感想代理人プロフィール

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代理人の感想

・・・・うーん。

原作読んでないとさっぱり分からないような。

というかナデシコでやったら安直な逆行以外の何も(ZAPZAPZAP)