「・・・・・・で、死んだのは誰なの?」

「武島 武(タケシマ タケル)曹長、和屋 和彦(ワヤ カズヒコ)軍曹、安藤安弘(アンドウ ヤスヒロ)伍長の3人です」

 その報告にさもありんと頷き、

「・・・ってことは、なに。

 殺されるようなことをしたってことは、暴行でもしたの?

 こんな時に?」

 驚きを通り越し、寧ろ呆れた風のムネタケ。

 彼らが婦女暴行の常習者であったことは、軍内ならばかなりの人間が知っていた。

 だが、だからといって、ナデシコの食堂には数十人の人間が押し込められていた。

 まさかそんなところで暴行行為に及ぶとは誰も考えていなかったため、彼らが最も邪魔とならない食堂の見張りに付いたのだ。

 しかし、それが・・・・・・

「はい、中佐の仰るとおりです。

 調理補助のテラサキ サユリ、タナカハルミの2人に襲いかかったとのことです。

 制圧時に殴って気絶させた、調理補助のテンカワアキトを人質にとって」

「・・・・・・・・・。

 つくづくゲスなヤロー共だったわね」

 ムネタケは、過去形で言った。

 そう、彼らはもう存在しない。

 アキトが殺したのだから・・・・・・・・・








機動戦艦ナデシコif
THE AVENGER

第十三話
 艦内制圧戦(惨劇)










 異様に膨れあがった、アキトの両腕。

 そして、右手の中には、ヤスことアンドウ ヤスヒロ。

 一度放り出された彼だが、アキとは何を考えたのか、彼を再び持ち上げたのだ。

 ・・・・・・先程と同様、顔を右手で掴んで。

 指が突き立ったコメカミの辺りから血が流れ出している。

 ミシミシと、何かが軋む、嫌な音がする。

「お・・・オイッ、やっ、やめろ!」

 タケシマ タケルが吠えた。

「コレが何だか分からないのか?!」

 ワヤ カズヒコが銃を構え直した。

 銃身の先には、サイレンサーが付いていた。

 人間の叫び声は、確かに大きい。

 かといって、銃声の大きさと比べるとなると、かなり勝つのは難しかった。

 ナデシコは、民間人が乗る艦だ。

 それゆえに、変に福利厚生に気を遣われ、人の声程度では扉の外に声は漏れない。

 かといって、大きさも周波数も全く違う銃声となると、その保証はなかった。

 だから、タケ、カズ、ヤスは銃身にサイレンサーをつけていた。

 だが、まともな人間、無骨なサイレンサーが付いているからとはいえ、それが銃であることを見間違えるはずはなかった。

 すでに、タケとカズはそれを撃ってさえいたのだから。

「ヒィっ」

 ・・・・・・彼、カズは、能面のように無表情なアキトの顔の、瞳の奥深くに輝く、怨念の炎に気が付いた。

 チラチラと燃える、蒼白い焔。

 先程の偶然では有り得ない光景を見ながらも、彼は銃を撃った。

 瞳の奥の焔に怯え。

 それが故に。

 先程の光景は、偶然では有り得なかったが、非現実的すぎた。

 それも、撃ってしまった原因の一つだっただろう。

 だが、それは先程の光景がやはり現実だったと、再確認するだけに留まった。

 ほとんどゼロの、静かな銃声。

 一発の銃弾は、正確にアキトの左胸を目指した。

 だが、その銃弾は、アキトが胸を庇うように上げた左腕に吸い込まれた。

 誰もが、血が吹き出ることか、あるいは弾かれることを予感した。

 現実は、その二つの予想を裏切った。

 銃弾は、アキトを傷付けることもなく、そしてまた弾かれることもなく、その腕に埋没していった。

 アキトの左手は、いつの間にかヤスの銃を掴んでいた。

 銃もまた、弾丸と同様にアキトの体に埋没する。

 ・・・・・・多分、彼はこのために、わざわざ一度捨てたヤスヒロをその腕(かい
な)の内に取り込んだのだろう。

 銃が、跡形もなく全てがアキトの内に呑み込まれた。

 それから、無表情に左腕を突き出した。





 
 カズに向けて突き出されたその掌に、孔が空いていた。

 そして、その孔から何かが飛び出た。

 その場にいた人間には、『何かが飛びだしたような気がした』、程度のものだった。

 あまりの高速故に。

 ・・・・・・それは、『飛びだした』のではなく、『撃ち出された』だった。

 撃ち出されたのは、先程アキトの体に埋没した弾丸。

 亜音速でカズに迫る弾丸。

 そして・・・・・・

 その眉間に、孔が空いた。

 人体急所の一つを貫き、ソレはそのまま脳内に留まった。

 しかも、凶悪なことに、その後に、ソレは破裂した。

 時間が、止まった。

 少なくとも、この場にいた全員の時間は、止まった。

 それが錯覚だと言うことは、誰もが知っている。

 しかし、タケシマタケル曹長という軍人を含めた誰もが、それでもなお動くことが出来なかった。

 散らばった赤い液体と、何か、皺だらけの赤く染まった物体。

 カズのすぐそばにいたハルミの顔に、その赤い液体と物体がこびり付いていた。

「何・・・・・・、コレ・・・・・・」

 小さく呟くと、ハルミは頬に手をやった。

 ヌルリとした、嫌な手触り。

 それは、人の血液に他ならなかった。

 赤い物体は、脳漿の破片。

 そのことに気が付き、顔を先程とは比較にならない恐怖に歪ませ、絶叫する。

「いやあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 そのハルミの絶叫が、止まっていた時間の流れを揺り動かした。

 タケは未だ下半身をほぼ剥き出しのままのサユリを無理やり立たせると、後ろから押さえ付け、コメカミに銃を突きつけた。

「お、大人しくしろ、ヤス・・・アンドウ軍曹から手を離せ!

 さもないと、この女を撃ち殺すぞ?!

 恥辱と汚辱に顔を真っ赤にし歪め、屈辱の涙を流していたサユリ。

 絶望に染まる瞳が、更なる追い打ちに見開いた。

 今、アキトに知性を感じさせるものは何もない。

 ただ、願望の赴くままに、全てを破壊する一頭の獣にしか見えなかった。

 そのアキトに、彼の交渉・・・・・・というのならば、だが・・・・・・は通じそうになかった。

 となれば、自分は完全に汚されはしなかったとはいえ、やはり汚され、そのまま殺されてしまうのだろう。

 孤児院時代から好きだったアキト。

 自分よりも前から孤児院でアキトとともに過ごしていたイツキに遠慮し、思いを告げることはしなかった。

 だからといって、その思いを忘れてしまったわけではない。

 気絶していたとはいえ、そのアキトの目の前で汚されたのだ。

 その絶望の上、自分は今殺されるという絶望。

 絶望の足し算は、1+1は2どころか、3にも4にも、果ては∞にまで達することもある。

 サユリの場合、∞にはほど遠いものの、一桁や二桁で済むものではなかった。

 そして・・・・・・・・・

 サユリの精神は、ほぼ、焼き切れた。

 自意識というものが精神の内奥に閉じ籠もり、ただの廃人となってしまった。

 正確に表現するならば『廃人の“様に”』であるが、この際はあまり関係ない。

 廃人同様になったサユリは、全身の筋肉が弛緩した。

 関節が曲がるに任せ、重力に従い、崩れ落ちた。

「うおっ?!」

 それが、タケのバランスを崩させた。

 そして、それはある意味サユリが、自分の敵をとることになった。

 サユリが作り出した、タケの素人ですら分かる大きな隙。

 戦闘マシーンと化していたアキトが、その隙を見逃すはずはなかった。

 彼の銃を持つ右手は、何もない天井に向けられていた。

 彼に向けてアキトが左手を向けた。

 一瞬の後、彼のアキトの目線の先にあるコメカミに孔が空いた。

 更にもう一瞬。

 パァンッ

 やけに軽い音がし、タケの頭が吹き飛んだ。

 カズと同様、赤い血と脳みそのかけらを辺りに飛び散らせ、死んだ。

 血と脳漿はサユリの顔を、白い肌を汚したが、彼女は何の反応も示さなかった。

 右手は、爆発の衝撃か、その一瞬前の着弾の衝撃かで、銃の引き金を引いていた。

 何も存在しない空間を銃弾が走り、天井に孔を穿つ。



 その銃声は、いやに静かだった。
















 本星への報告書 TA−13

 えー、今回はちょいと短め(といっても、連載当初よりははるかに長いが)でした。

 コレには様々な理由があるんですが、ひとえにネタがなかったから。 ・・・・・・などという馬鹿げた理由ではありません(爆)

 ・・・・・・事実ですよ?

 何ですか、その疑いの眼差しは!

 ま、信じる信じないは自由ですが。

 え? なら理由を教えろ、ですか?

 ・・・・・・・・・有り体に言ってしまえば、ラストです。

 最後の終わらせ方を、上の通りにしたかったんです。

 そうすると、これ以上長くすることはできませんでした。

 もちろん、無理やりすることは可能ですが、そうするとどうも文章としてのバランスが非常に悪くなってしまうんで・・・・・・



 ・・・・・・それでは、この辺で失礼します。

 

 

代理人の感想

感想書く方としては長さもありますがある程度起承転結が付いている方が書き易かったり(笑)。

 

以下は黒歴史(笑)。

 

 

時に、冒頭で「ヤスを離せ」と銃を突き付けるシーンがありますが、

「前回のラストでヤス君の体は放り出してたんじゃなかったか?」

というのは聞いてはいけない事でしょうか(爆)