「いい、アキト?

A4のコピー用紙を2000枚よ?」
                                   イツキ
 職員室の前、のんびりとした放課後の喧噪と裏腹に風間樹は深刻そうな声で言った。

 意志の強そうな瞳。

 紫がかった腰まで届く黒髪。

「用紙は500枚の束になってるから、合計で四束、気付かれないように持ち出すのよ。

 分かった?」

「分かった」

 詰め襟姿の男子生徒・・・・・・天河 明人は簡潔に答える。

 どこにでもいそうな普通の顔。

 特に気を遣っているわけではないぼさぼさの茶身の黒髪。

 だが、その雰囲気はおおよそ普通の学生の物ではない。

 何か途轍もない・・・・・・悲壮感?・・・の様な物が漂っている。

 そう。ちょうど、任務に失敗することを恐れている兵士のような。

 二人は綿密な作戦を立てていた。

 そして今、その作戦の確認の真っ最中だ。

「コピー用紙の場所は分かってるわよね?」

「ああ。職員室の最奥部、コピー機の上に積んである」

「段取りは?」

「君がコピー機近くの狭山先生と会話し、注意を引きつける。

 その隙にオレがコピー用紙を奪取。

 その後速やかに撤退、だ」

 イツキは腕を組むと満足そうに頷いた。

「よしよし。 ふっふっふ。

 ・・・・・・教員側の連絡ミスで写生会のパンフを2000部もミスプリントしたんだから、生徒会側としてはその損失を返して貰うのは当然なのよ。

 大義は私たちにあるわ」

 アキトはイツキの怪しい理屈には何も言わずに別のことを質問した。

「だけど、先生に気付かれたらどうするんだ?

 君が引きつけるだけでは不十分かもしれないよ?」

「むっ・・・・・・。(後頭部に青筋一本発生)

 いいから、気付かれないように工夫すればいいでしょ?」

「工夫か・・・。分かった、工夫するよ」

「よろしい。

 じゃ、アキト、行くわよ」

 イツキはアキトを従えて職員室へと踏み込む。

 顔見知りの先生に軽く挨拶しながらコピー機の方へと近付いてゆく。

 コピー機の隣の席に40前後の社会科教師が座っていた。

「こんにちは、狭山先生」

 にこやかに声を掛ける。

「おー、風間かぁ。なー。どーしたー?」

 狭山教諭が椅子をきしませながらイツキの方を向く。

 イツキはコピー機を彼から隠すように自然に移動した。

 アキトの姿はこれで彼には見咎められないはずだ。

「昨日の授業のことで質問があるんです」

「んん?古代インドの辺りだったなー。何かな?」

「そのですね、チャンドラグプタ二世って、なんであんな変な名前なのか不思議に思って・・・」

「はっはっは。なにをバカなことを言ってるんだー。なー。あれはだなー,ちゃんと意味があってだなー、グプタ朝の」

 狭山教諭がそこまで言ったときだった。

 しゅぱぁっ、と手持ちの花火のような音がしたかと思うと、イツキの背後で濃密な白煙がふくれあがる。

「えっ・・・!?」

 イツキが驚いて振り向くよりも早く、白煙は職員室中を覆い隠した。

「ごほっ!なにごとなんだー、なー!げほっ!」

 狭山教諭が煙を吸い込みむせたのか、咳き込む。

 他の教師達も大混乱に陥る。

「えほっ。なんなの・・・・・・・!?」

 イツキも教師達と同じように激しくむせている。

 倒れるように間近にあった書類棚に縋り付くと、誰かが彼女の腕をぐっと掴んだ。

「あ、アキト・・・!?」

「用は済んだ。脱出だ」

「ちょっ・・・・・・」

 煙の中から現れたアキトがイツキの手を引き、片手にコピー用紙の束を抱え、まっしぐらに職員室の出口へと走り出す。

 天井のスプリンクラーが作動して、部屋中に豪雨が降り注ぐ。

「た、助けてぇ!」

「火事だっ!地震だっ!洪水だぁっ!」

「ワープロが・・・・・・ワープロがぁっ!」

 たちまち職員室は阿鼻叫喚の地獄絵図へと変わる。

 そんな中をアキトとアキトに手を引かれたイツキが駆け抜ける。

 職員室を飛び出し、そのまま北校舎への連絡通路まで来てようやく立ち止まった。

「はぁっ・・・・・・はぁっ・・・・・・」

「ここまで来ればもう大丈夫」

 二人ともスプリンクラーの水のおかげで濡れ鼠である。

 憔悴しきった顔でイツキはスカートの裾を絞る。

「い、一体なにが・・・・・・」

「発煙弾を使った」

 イツキの声にアキトはしれっと答えた。

「な、なんですって・・・・・・!?」

「君は工夫しろと言っただろ。

 だから工夫したんだ。

 職員室の視界を0にすれば誰にも姿を見られずに安全にコピー用紙を持ち出せるからね。

 稚拙な陽動作戦より、よっぽど効果的だよ。

 後でIRAなり日本赤軍なりのテロ組織を名乗って偽の犯行声明を電話で入れれば、オレたちへの疑いも」

 ごすっ!!

 言葉の途中、イツキの強烈なフックを食らってアキトは錐もみしながら床に倒れた。
  みじろ
 身動ぎもせずに突っ伏し、きっかり3秒後に彼はむっくりと身を起こし、

「痛い」

 殴られ赤く腫れる頬を抑えながら涙目でそう訴えるアキトにイツキは容赦なく、

「やっかましい!

 こ・・・・・・この戦争ボケのネクラ男っ!!

 大体なによっ、濡れちゃって紙が台無しじゃない!」

 ぼたぼたと水滴の垂れる、グニャグニャになったコピー用紙をアキトの顔に押しつける。

「・・・・・・乾かせばいいんじゃ?」

「言い訳しないでっ!

 あなたね、頭悪すぎよっ!

 凄腕の傭兵だかAS乗りだか知らないけどね、その前に一般常識を覚えなさいっ!常識を ! !」

「うっ・・・・・・」

 アキトは額に脂汗を浮かべ、厳しい顔つきのまま黙り込んだ。

 そこはかとなく傷付いたように見える。

 彼は彼なりにイツキの役に立とうとしたのだから。

 悪気が無い分、尚更始末に負えないというものだ。

(ああ、もうっ・・・・・・)

 イツキは頭を抱える。

 幼い頃から海外の紛争地域で育ったアキトには平和な日本での常識が一切合切欠けている。

 やることなすことすべてが空回りし、周囲に大迷惑をかけてしまう。

 バカ。それも桁外れの。

 アキトを知る学校のみんなは全員が全員彼のことをそう認識している。

(あーあ・・・・・・。どうして私は、こんな役立たずと出会ったのかな・・・・・・?

 神様、どうか教えてください)

 などと嘆いてみるが、神様はなにもイツキに教えてはくれない。

 いや。

 教える必要がないのだ。

 何故なら、イツキはすでに答えを知っているからだ。

 そうでなければ彼女はとっくの昔に彼と友達づきあいを止めている。

 彼の世話を焼くのも、説教したり、どたばたの後始末をしたり・・・・・・

 イツキには彼にそうする義理があったし、彼を憎めない理由もあった。

 アキトがこうして、ここにいるのはいろいろな複雑な事情があるのだ。

(そうなのよね・・・・・・)

 ふと彼女は思いだした。

 天河 明人の本当の姿は戦争ボケの役立たずなどではない。

 一度平和から離れれば、彼は一流の戦士へと変わる。

 そして・・・・・・今も籍を置く組織があり、共に戦う仲間がいる。

 ある出来事を通じて、イツキはそのことを知った。

 彼と彼女が知り合うことになった事件。

 そこで遭った重大な危機。

 その時芽生えた確かな感情。

 そしていまだに全貌の見えない・・・・・・巨大な謎。

 その出来事の副産物が、現在の彼らの日常。

 そう。全ての発端は今からおおよそ一ヶ月前・・・・・・・・・

 

 

フルメタル・ナデシコ! 
戦うボーイ・ミーツ・ガール編 


プロローグ





 本星への報告書HMN 1−0

 どうも、E.Tです。

 BBSやTDAの設定他で予告したフルメタル・ナデシコ、いよいよ開幕です。

 本文をかなりそのまま引用しているのは御愛嬌。

 因みに、カザマ イツキを漢字で書くと「風間樹」になるのかどうかは知りません。

 漢字変換で一番最初に出てきたヤツにしましたから。

 他のも見たけど、結局これが一番気に入ったしね。


 この辺で失礼しますが、これからも応援をよろしくお願いします。
本星への報告書HMN 1−0 終