揺れ動く未来と変わりゆく過去
第三話 「暗闇」に咲くナデシコ

























ここはユキタニ食堂。

昔気質の店主と二人の若い男女が働くお店。

それだけならどうと言うことはないのだが・・・

一年前からボサボサ髪の好青年と桃色の髪の美少女が働くようになってから客足が増えた。

寂れた町にある小さな大衆食堂であるにもかかわらず、だ。

元々、店主のサイゾウの作る料理は美味かった。

そのため、ランチタイムには常連客が訪れ、そこそこに繁盛していたのだ。

ここで話は一年前に戻る。

ボサボサ髪の青年−テンカワ・アキトと桃色の髪の美少女−ラピス・ラズリが食堂にやって来たのだ。

二人は地球の名門料理学校を卒業し、この店で働きたいとサイゾウに交渉した。

卒業証明書を見せられたが、そんなモノは無視、腕前が重要だ。

お高く留まった料理学校の卒業生?

どうせろくな料理も作れねぇんだろ、と言うのがサイゾウの本音である。

仮にも名門校を卒業しているのだ、名前ばかり売れた高級店に勤めようとするなら納得もするがここはボロい食堂だ。

からかいにでも来たのかと勘ぐったのだ。

「炒飯作ってみろ。」

ナメたモノ出したら一発ぶん殴って追い返す。

これまた、本音である。

アキトの炒飯を試食した結果、サイゾウはアキトの実力を認めた。

また、彼の料理に対する態度も大きな要因である。

試験というのに嬉しそうに調理する姿は、からかいではなく目的をはっきりと持っていることを認めさせた。

ちなみにラピスはアキトの嬉しそうな笑顔を眩しい笑顔で見守っていた。

そんな二人を見てサイゾウの毒気は抜けてしまったのだった。

「合格だ・・・」

「ありがとうございます!!」

「よかったね、アキト。

 オジサン、私は何を作るの?」

「テストはもう良いから、嬢ちゃんはスープ作ってくれ。

 てめぇは自分と嬢ちゃんの分、炒飯!!」

こうしてテストは幕を下ろした。

だが、サイゾウは詳しく聞かずにはいられなかった。

アキトの炒飯、ラピスのスープを食べながら話しかけた。

「だがよぉ・・・お前ら、もっと良い店に行けば良かったんじゃねぇのか?」

サイゾウはグラスにビールを注ぎながらアキトに問いかけた。

「そんなことないですよ・・・俺は家族連れのお客さんが食べて喜んでくれる店が良かったんです。」

「口先だけの高級店じゃ、そうはいかねぇな。」

「得体の知れない会社の重役が偉そうにわかった振りをして楽しむ店なんてお断り。」

「・・・どうせ、ウチにはそんな奴らは来やしねぇがな・・・」

「ラピス!」

ラピスのあまりに失礼な言い草にアキトは慌てる。

「嬢ちゃんの言う通りさ。

 そういう奴らは本物を見抜く能力がないってことさ、なぁ?」

「うん。」

サイゾウは愉快そうにラピスに笑いかけた。

裏を返せば自分の腕前を認めている発言とラピスのはっきりした所が気に入ったらしい。

「ところで、お前ら住む所決まってねぇだろ?

 ここに住んでもかまわねぇぞ、部屋余ってるし。」

「良いんですか?」

「おう。」

そして三人の新しい生活が始まった。

ユキタニ食堂の看板娘、看板男(?)としての客引きとそれをつなぎ止める料理の味。

言うこと無し。

そして早いもので一年が過ぎ、客との関係も良好。

「旦那、一緒に暮らして困ったこととかないのかい?

 例えば、夜とか。」

日常的な常連客からのからかいだ。

「そういえば・・・床がきしんでいることがあって覗いてみたことがあったな・・・」

「お〜♪」

「ちょ・・・サイゾウさん!!」

当然アキトは慌てるが、その行為が客の好奇心をかき立てることに気付いていない。

「でも、声がテンカワの荒い呼吸だけだったり、どうもおかしいんだ。」

「・・・・・・」

静かな聴衆一同、ラピスは気にせずに皿を洗っている。

「で、テンカワがラピスを背にのけて腕立て伏せなんかしてたんだよな。」

どこかがっかりした年配常連客。

「良かった〜、ラピスちゃん・・・」

安心するラピスファン。

ラピス目当ての男性客が多いのは明らかなことだ。

「でもよぉ・・・兄ちゃん、その鍛え方聞くとやっぱりパイロット崩れなんだろ。」

「違いますよ、これは火星では付けてる方が普通ですよ?」

アキトはIFSを見せながら若干の誇張を含めて反論する。

「イヤ、隠さなくても良いぞ。

 俺たちは役立たずの軍隊なんかに兄ちゃん売ったりしないからな。

 美味いメシ喰わせてもらってんだからな。」

「お客さんのサイゾウさんが作った料理ですよ。」

「おぉ!?」

昼食時は過ぎており、僅かに残っている客から笑い声が起こった。

「まだ、大丈夫ですか?」

「おう、ラストオーダーだな。」

「それでは私はラーメンを・・・ゴートくんはどうされますか?」

「チャーシュー麺、大盛りで・・・」

プロスペクターとゴート・ホーリだった。

(サイゾウさんのスカウトに来たのかな?)

時の流れを知るアキトには、赤いベストを着た細身のサラリーマンとスーツの巨漢二人組の目的は明らかだ。

「テンカワ!!」

「はい!!」

アキトが調理に取りかかり始めると同時にラピスは色物二人組にお絞りと水を出した。

「どうぞ。」

「ありがとうございます。」

丁寧な物腰で礼を言うプロスペクター。

「むぅ?・・・」

「どうかなさいましたか?」

「いや・・・」

ラピスの金色の瞳を見て、驚くゴート。

「ラピスちゃん、お勘定。」

「はい。」

職を持つ人間なら昼休みはとうに過ぎている時間である。

年配客が出て行ったことを合図にしたように他の客も次々と食堂を後にしていく。

「はい、ラーメン、チャーシュー麺、お待ちどう様!!」

「頂きます。」

「・・・・・・」

食べているときは静かなものである。

客足が退いたこともあって、手持ちぶさたになるラピスとサイゾウ。

アキトは料理の後片付けなどで暇をつぶしていた。

プロスペクターの様子見などをしても意味がない。

本人から切り出してからでないと何とも言えないのだ。

交渉のプロというのは伊達ではない。

プロスペクターはスープを飲み干すとハンカチを取り出し汗を拭った。

ハンカチをしまうと名刺を三人に差し出す。

「御馳走様でした、とても美味しかったです。

 噂を聞いてはるばる来たかいがありました。

 私、プロスペクターと申します。

 プロスと呼んでくださって結構ですよ。」

知っているとは思っても表情には全く出さなかった。

一流企業でこれが通るのかという"本名ではありません"という注意書きが印刷された名詞を見つめる。

「実はネルガルではあるプロジェクトを企画しておりまして、そこで皆さんにお力をお貸し頂きたいというワケなんですよ。」

「コックに?」

「どっちにせよ、俺はいかねぇよ。

 こんな店でも昔からひいきにしてくれるお客さんがいるからな。」

「そうですか・・・残念です。」

サイゾウの不参加は決定した。

「そのプロジェクトってどんなモノなのですか?」

「これは一応極秘になるのですが・・・」

参加しないと言い切ったサイゾウは気を利かせて席を外した。

「コックとして戦艦に搭乗して貰いたいのですよ・・・」

「軍人になれ、と?・・・」

アキトはお決まりの台詞を並べてプロスを満足させる。

プロスのペースを下手に崩すと疑われることは間違いないし、これから先の選択肢が減るかもしれない。

「いえいえ、皆さん勘違いなさるのですが我がネルガルで運行します。」

「一企業が戦艦を?・・・」

今度はラピス、プロスは自分のペースで事が運ぶことに満足そうだ。

「木星蜥蜴と戦うって事ですか?

 戦艦のプロトタイプかな?」

「その通りです。いや、話が早くて助かります。」

大げさに感心する素振り、隣にゴートがいなければ人の良さそうなサラリーマンに見えるのだが。

隣にいるだけだが、体格の良さと仏頂面が提供する威圧感は相当なのである。

どう考えてもプロスが相当の重役でボディガードとして雇っているようにしか見えないのだから。

「それで、コックがどう関係するのですか?

 これって一応スカウトでしょ?」

「ええ、このプロジェクトは"能力は一流"で集めておりますので。

 特に食生活はスタッフの健康、士気に影響しますから力を入れているワケなんですよ。」

都合により"性格は・・・"という続きは削除されていた。

スカウトすべき相手に対して言う言葉でないことは確かだ。

「厨房の仕様書見せてくれます?」

「ええ、こちらに。」

どこからか書類を取り出すプロス。

彼は鞄の類は所持していなかったはずだった。

アキトは気にしなかった、慣れていたので。

「ところで、パイロットは何人いるの?」

命がかかっている訳だから砲手以外にも直接前線に立つパイロットの存在は重要である。

「そうですね、現段階で四人スカウトしています。」

「少ないんだね。」

ラピスの指摘は厳しかった。

「これは厳しいですな。」

「パイロットの数が少なすぎますよね・・・命を預けるには分が悪すぎませんか?」

「新技術の開発に成功したことにより今までのように簡単に負けることはありません。

 それに加えまして、パイロットは現在交渉中の方もおられますので。」

曖昧な返事だった。

新技術の開発、これはアキトも知っている。

今まで地球側が持っていなかったディストーション・フィールドとグラヴィティ・ブラスト。

プロスが説明したパイロットの四人は、ガイ・リョーコ・ヒカル・イズミだろう。

実際、前回でも他にスカウトしていたパイロットがいたのかもしれない。

存在したなら失敗していたと断定できる。

プロスの回答は"まだパイロットはいるんですよ"と連想させる誘導だった。

それに気付いているアキトはささやかな悪戯をプロスに仕掛けた。

「それは良かった。

 俺がIFSを持っているからってパイロットやれって言われても、ね。」

「ハハハ、お上手ですな・・・テンカワさんは何故IFSを?」

「俺は火星出身なんですよ。」

「なるほど、そうでしたな。

 それとラピスさんもIFSをお持ちなのですね・・・」

「アキトのとは違うけど・・・?」

ラピスは何も知らない振りをした。

このIFSで戦艦のワンマンオペレートまでこなしたのである。

当時の経験は自信とかけがえのない大切な思い出になっている。

そんなこととは関係なしにプロスはラピスの手の甲を観察した。

失礼とはわかっているはずだが、そうせずにはいられない理由は存在するのだ。

「火星で一般的に使われている物とは違うようですが、これを何処で?」

「わからない、私には火星でアキトと出会ったときより前の記憶がないから。」

「そうですか・・・知らなかったとはいえ失礼なことを聞きました。」

プロスは僅かに視線を落とす。

「では、尚のことプロジェクトに参加しませんか?

 もしかしたらラピスさんの記憶の手掛かりを見つけられるかもしれません!!」

熱意にあふれたプロスの言葉に暫くアキトとラピスは顔を見合わせた。

「「は、はぁ・・・わかりました、契約します。」」

勢いに呑まれて契約させられているような物だった。

「ありがとうございます!! では早速契約書にサインを!!」

例によってどこかから取り出された契約書。

ちなみにアキトとラピスの契約書から「男女の関係は手を繋ぐまで」の条文は削除された。

特にラピスが我慢できない。









「「サイゾウさん、お世話になりました。」」

「精進しろよ・・・お前ら若いんだからな。」

厳しい表情だったが、どことなく寂しそうだ。

「近くに来たら顔くらい見せに来いよ。」

「はい。」

深くお辞儀をしてからバイクにまたがる。

これは料理学校にいた頃友人から買った物だ。

ラピスはタンデムシートに座り、アキトの肩に手を置く。

二人の荷物は既に送ってある。

「元気でな。」

「サイゾウさんも元気でね。」

ラピスが微笑む。

アキトはヘルメットを被りゴーグルを付け、ラピスは黄色いサングラスを掛けヘルメットを被った。

「ガキ出来たら顔見せに来い。」

「は〜い♪」

「ラ、ラピス?・・・そ、それにサイゾウさんも何を言って・・・」

人の悪い笑みを浮かべるサイゾウ。

「アキト、約束の時間に遅れちゃうよ!!」

「え、ああ?!・・・サイゾウさん、それではまた!!」

「おう・・・!」

ラピスに促されたアキトはバイクを走らせた。

約束の時間は16時、前回のように自転車ならともかくバイクなら遅れることはない。

通り道は前回と同じ、この時はユリカとジュンに出会い運命の岐路となった。

アキトは何となく冷めた気分で駆け抜けた。

うねりくねった道路を上り軍ドックに到着。

門にはプロスペクターが立っていた。

「あれ、プロスさん?」

「テンカワさんにラピスさん、お疲れ様です。」

「待っててくれたんですか?」

「ええ、ちょうど手が空いたので・・・こちらです。」

プロスに先導されてドックに入る。

「テンカワさん、ラピスさん!! これが機動戦艦ナデシコです!!」

何度もエステバリスから見た白い戦艦。

ここはプロスに何とか言わねばなるまい。

「・・・前衛的ですね・・・ぽっくり折れてしまいそうだ。」

「ハッハッハ!!」

「前衛的って、あんまり誉め言葉になってないよね。」

特に関心のない人が言うと。

前衛的と誉めるか、責めるかは結果が出なければ無理なことだ。

「これは手厳しい。 まずは格納庫からになりますが、その次に食堂に御案内しますよ。」

「ええ、お願いします。」

プロスが再び先頭を歩く。

「アキト、大丈夫だよね?」

「なにが?」

ラピスが不安そうに左腕を絡めてくる。

「部屋が別々になるのは仕方がないだろ?」

「そ、そうじゃなくて!! それもそうだけど!!アキトは私を「今の俺にはラピスだけだよ。」

アキトの頬は僅かに赤くなっていた。

延べ三十年以上の人生経験でも、この方面は外見年齢より劣るようだ。

ラピスはアキトの横顔を見つめた。

アキトは恥ずかしそうに前を向いている。

「アキト、ありがとう。」

嬉しそうに絡めたアキトの左腕を抱き寄せた。

「ラ、ラピス・・・む、胸が!・・・」

「な〜に♪」

アキトは抵抗することの無意味さを悟った。

上機嫌になった女性というのは、機嫌を損ねると手痛い報復を与えてくる。

その程度のことは初な彼でも知っている。

「テンカワさん、ラピスさん、あれがネルガルが開発した新兵器・エステバリスです。

 IFSがあれば子供でも操縦できるのですよ。

 特別にお安く「それでも一般庶民が購入できる値段じゃないでしょう?」

アキトの突っ込みにプロスは正気に戻った。

「これは失礼しました。」

ずれてもいないメガネの位置を正す。

格納庫では水色のジャケットを着た男たちが大勢動き回っていた。

言わずと知れた整備員だ。

搬入資材を整理している者もいればエステバリスの整備をしている者もいる。

「おや、イツキさん・・・搭乗予定日は三日後の筈ですが・・・」

「いえ・・・家にいてもすることがないですから早く来てしまいました。」

「そうですか・・・あ!こちらは、コックのテンカワ・アキトさんとラピス・ラズリさんです。

 そしてパイロットのイツキ・カザマさんです。」

プロスは慌ただしく紹介する。

三人には何を慌てているのかわからなかったが、普通に自己紹介する。

「よろしく、テンカワ・アキトです。」

「私はラピス・ラズリ。」

「カザマ・イツキです・・・お二人の料理、楽しみです。」

軽く握手してからアキトはイツキを観察した。

紫色の長い髪、整った顔立ち、穏やかな雰囲気はユリカと違ってお嬢様と言って良い。

ユリカは家柄から言っても申し分ないお嬢様な筈なのだが、我が儘な性格以外に納得できる点はないだろう。

「なにか?」

「いや、俺と同じような歳なのに一流のパイロットなんだなって思ってさ。」

「一流だなんて・・・」

「プロスは一流の人材をスカウトしてるって言ってたよ、ね?」

アキトの言葉をラピスが継ぎ、プロスに同意を求めた。

「ええ、その通りです。

 ですが、一流なのはテンカワさんとラピスさんもですよ。」

『プロスさん、ブリッジに来て下さい。』

「わかりました、すぐ行きます。」

プロスは歩き出そうとして立ち止まる。

「テンカワさん、ラピスさん、コミュニケを渡すのを忘れていました。

 艦内通信などに使うのでいつも身につけて置いて下さい、それでは。」

小走りで駆けて行くプロス。

「どうしたんでしょうね?」

「誰か来たんじゃないかな。」

その時格納庫に騒々しい音が鳴り響いた。

「非常警報?!」

イツキが叫ぶ。

「テンカワさんとラピスさんは、所定の位置に!!」

二人には目もくれずに紫色のエステバリスに向かう。

彼女の行き先では整備班がエステバリスにタラップを掛けている。

「アキト、どうするの?」

「様子を見るさ、食堂に行くぞ。」

木星蜥蜴の襲撃に出撃できるのは、イツキただ一人。

現在のアキトとラピスはただのコックに過ぎない。

イツキとナデシコがどれだけ働けるかが問題だった。










後書き

今回は大分長くなってしまいました。

この長さの文章は当分は出てこないと思います。

この長さがちょうど良いと言われる方もおられるとは思いますが、ある意味今回は特別です。

アキトとラピスのスカウトだけで終わらせるとキリが悪いと判断しました。

この流れは普通すぎますからね。

どこかで違う所を出さないと僕も面白くありません。

アキトが出撃するかどうかは・・・まだ秘密。

それでは次回も楽しみにして頂ければ・・・

キャラ壊した方が良いかな?

 

 

代理人の感想

そっちの方が面白ければいくらでも壊してください(爆)。

まぁ、キャラを壊しすぎて話まで壊れない程度に、ですが(笑)。

 

さて、話の長さについてですが。

これはやはり「話の区切りがついた所」で区切るのが一番かと思われます。

「これくらいの長さにしておこう」「長いから切ろう」と言うのは話の構成にとって余りいいとは思えません。

プロと違って枚数の制限があるわけでもありませんしね(笑)。