再び・時の流れに 
〜〜〜私が私であるために〜〜〜



第3話 早すぎる「さわりな」……何言わせるんだ、いったい!



 

 

 「ナデシコの目的地は、火星です!」

 歴史は明らかにずれ始めている……本来スキャパレリプロジェクトの説明は、反乱の前だったはずだ。俺やルリちゃんの行動がそう変わっていない以上、原因は明らかに『イレギュラー』……ハルナのせいだ。
 母親の違う妹で、
 やたらに大食らいで、
 趣味がとびっきり悪くて、
 良く分からん隠し技を持っている、
 歴史を大きく変えるもの……。



 俺は一抹の不安を、胸に隠し持ちながら、表向きはおとなしく話を聞いていた。

 これから起こるのは地球圏脱出……そう、ガイが殺されたあの事件が待っている。



 そして話は、そのまま地球圏脱出の話に繋がっていった。前は確かここから始まってたはずだ。

 はっきりいって第3次までの防衛網は、ナデシコにとってはないも同然だ。そう、第3次……ジュンがデルフィニウムを率いてやってくるはず。
 前は俺とガイで引っ張っていったけど、どうするかな……







 「第三次防衛ラインに入りました。敵、デルフィニウム部隊9機確認。後10分で交戦領域に入ります」

 ルリちゃんの声を聞いて、みんなに緊張が走る。

 「フィールドで防御できる?」

 「残念ながら無理です」

 ユリカの問いは、あっさりとルリちゃんに否定された。

 「とすると……」

 ユリカの目が俺の方を見ている。まあ、そうなるだろうな。

 と、そのとき。



 「ヤマダ機、ナデシコから発進します」

 メグミちゃんの声がブリッジに響いた。



 「まだ足の怪我、直ってなかったわよね」

 俺はうなずいた。ギブスはハマったままだった。それに確かこの間ハルナにぶっ飛ばされて怪我が増えてたはずだが……大丈夫か?

 「仕方ないな……俺もいくよ。何とかガイを連れ戻してくる」

 「許可します……お願い、アキト」

 ユリカにしてはまともなことをいわれて、俺はちょっととまどった。だが今はそれどころじゃない。
 俺は格納庫へと向かった。



 「ったくあのゲキガン馬鹿のやろう……ちっとも人の言うことを聞きゃしない……」

 格納庫に入った俺の耳に届いたのは、ウリバタケさんの怒鳴り声であった。ガイの奴、やっぱり勝手に出ていったんだな……。
 取りあえずそれは置いておいて、俺は発進準備に入った。と、そのとき俺は、今までにない装置と、そこに座っているハルナの姿に気がついた。何となくガワのないアサルトピットみたいだが……

 「お〜い、ハルナ、なんだそりゃ?」

 アサルトピットに潜り込みつつ、俺は聞く。

 「あ、おにいちゃん、これ? ウリバタケさん謹製の秘密兵器。エステのリモコンだよ! あたし専用だけど」

 「ははははは、このウリバタケに不可能はない! コントロールシステムとエネルギーラインにスプリッタを取り付け、エネルギーラインの通じている範囲なら、この場からある程度エステバリスを操縦できる画期的なシステムだ! 予備のアサルトピットを改造して造った。残念ながらハルナにしか使えんがな! これを使えばハルナを危険にさらさずに、戦うエステを一台増やせるってもんよ! もっともそんなに長時間使えないから、支援程度しかできんがな! 効果のほどは、アキト、お前自身が体験してるだろ、この間の空中換装で」

 そう言えば……いくら何でも何キロも離れたエステを操縦できるわけないよな……

 「だからいざとなったらサポートしてあげるよ。といっても空戦フレームの余裕がないから、そこのサポートパーツをあたしが動かすくらいしか出来ないけど。でも前はこれも試作だったからあの程度しかできなかったけど、今ならまあ新米パイロットのまねくらいは出来るよ!」

 ああ、前回ガイが合体しようとして、目の前で破壊されたアレか。でもハルナ……お前の腕は、俺が見たところ少なくともガイより上だぞ? バッタやジョロ相手にしか通用せんのかもしれんが、逆にいえばそいつら相手ならおそらく……俺に匹敵する。

 と、ちょうどそこにガイからの通信が入ってきた。

 「おおいウリバタケ、アレ出してくれ」

 「はいは〜い、いっきますよ〜」

 ウリバタケが答えるより早く、ハルナがさっきのマシンを起動した。

 そのとたんサポートパーツが勢いよく射出される。

 俺は発進体勢をとりながら、ルリちゃんに頼んで戦場の様子を転送してもらった。

 前回のようにデルフィニウムを引きつけて、ナデシコから射出されたサポートパーツと合体の体勢にはいる。

 そこに飛んでくるデルフィニウムのミサイル!

 「アキトさん……何か嫌な予感がします」

 ルリちゃんからの通信が割り込んでくる。

 「前回はここで合体に失敗して、ヤマダさんはピンチになりました。けど今回、ここにハルナさんが絡んでいるということは……」

 俺はあわてて戦況の画面に集中した。慣性の法則に従って飛んでいくパーツ……それと交差する軌道をとるミサイル……そしてミサイルがあたる寸前。

 パーツはブースターを緊急噴射してひらりと交わすと、そのまま合体シーケンスに突入した。

 そして突っ込んでくるガイに寄り添うように、パーツが装着される。

 「ナイスだハルナちゃん! 掛かったなお前達! 食らえ、ゲキガンフレアーっ!

 実際はショルダーガンだったが、この攻撃で3機のデルフィニウムが撃墜された。



 「成功……しちゃいましたね」

 「ああ……けどこりゃかえってまずいぞ?」

 一瞬びっくりしたものの、ジュンだって馬鹿ではない。残り6機のデルフィニウムできっちりと陣を組んでガイの機体を包囲する。
 対してガイは機体を換装したせいで攻撃力や防御力は上がったがその分機動性が落ちている。
 俺の目から見てもガイの袋だたきは決定的だ。

 「アキト! このまんまじゃヤマダさんの機体が危ないわ! すぐ援護に出て!」

 さすがはユリカ。ちゃんと気がついたか。戦略シミュレーション無敗はダテじゃないな。

 「分かった、まかせろっ!」

 そして俺も、戦場に降り立った。



 とはいうものの、俺が駆けつけた時、しっかりガイは二体のデルフィニウムに捕まっていた。
 せっかくかっこよく決まったのに、結局は同じことになってしまった。やれやれ、となると次の台詞は……



 「ユリカ、まだ間に合う!

 ナデシコを地球に戻すんだ!」


 「……駄目なのジュン君。

 ここが、ナデシコが私の居場所なの。

 ミスマル家の長女でもなく、お父様の娘でもない……

 私が、私らしくいられる場所はこのナデシコにしか無いの」



 変わらないな、ユリカ……変わっているはずもないか。
 今になって思えば、脳天気に見えても、ちゃんと思うところはあったんだよな。
 けどまだジュンには分からなかったんだよな……



 「そうよ! お姉ちゃんにとって、ナデシコは大切な『居場所』なんだよ!

 ジュン君、お姉ちゃんのことあれだけ大切にしているくせに、そんなことも分かんないの!

 だからいつまで経ってもお姉ちゃんのことを本当に理解してあげられないんだよ!」



 ……んなっ!
 なぜここにまでハルナがっ!



 「ハルナさん! いったいどこから割り込んできたんですかっ!」

 ルリちゃんがびっくりしている。そりゃそうだろう。
 これもまた前回にはなかった展開だからな。

 「あ、ルリちゃんごめん。今格納庫からそっちに向かってるんだけど、なんか面白そうな話が聞こえたから、ちょっと覗いてみたら、あんまりにも情けない台詞が聞こえたもんで」

 「……それって今移動中っていうことですか?」

 「うん。通信回線くらいなら、端末までいかなくてもシンクロできるし。今日はご飯もたっぷり食べてるからこのくらいでガス欠になる心配もないし」



 ……サクヤさん、アンタいったい娘にどんな改造したんだ? エステの操縦系を手も触れずにコントロールできるくらいだから、オープン回線を端末使わずに読みとることくらい出来てもおかしくはないが……



 「取りあえず静かにしていてください。今大事な話の最中なんですから」

 「……は〜い」

 「……思兼のプロテクト、改良した方がいいかもしれませんね」



 ……だが少し遅かったようだ。ジュンの顔が怒りにふるえている。
 ……それとも嫉妬か?

 「ユリカ……いまの、『お姉さん』っていうのは、何のことだ?」

 「へっ?」

 ユリカの目がまん丸になる。

 「艦長にそう呼べっていわれたんだけど」

 そこにハルナが遠慮無く油をぶっかける。

 「そうか、そう言うことなのか……もう決めたっていうのか、ユリカ……」

 「え、なんのこと? どうしちゃったの、ジュン君?」

 「ユリカ、鈍いのも時には罪だぞ……」

 「人のことは言えませんよ、アキトさん」

 俺の小さなつぶやきを、ルリちゃんにしっかり突っ込まれてしまった。さて、こうなると次にジュンはアレをやるはずだ。うまく妨害しないと……。



 「ならば僕は……まずあの機体を破壊する!」

 きたっ!

 俺は高速機動でガイの方に向かう……なっ!

 俺の進路にクロスするように、ジュンの放ったミサイルが飛んで来るっ!

 しまった! ジュンの奴、嫉妬に狂って俺を先に目標にしたのかっ!

 しかし……まずいっ! ガイを助けようと一直線にダッシュしてしまったから、このエステでは回避が間に合わんっ!

 もちろん、よけられないのなら落としてしまえばいいだけだ。デルフィニウムのひょろひょろミサイルなど、簡単に落とせるが、それをしたら俺の実力がばれてしまう……少なくともゴートさんとプロスさんの目はごまかせない。

 だが、ここで俺が落ちるわけにはいかない!

 この後第2防衛線のミサイルも飛んで来るし、何より俺がここで落ちたら、ガイの身が危ないっ!
 前回は脱走するムネタケ一味に殺されたガイだが、もしガイがここで死ぬ運命にあるとしたら、これが原因となることは十分に考えられるっ!



 ……気がついた時は、俺は飛んで来るミサイルをきっかり同じ数の弾丸で撃ち落としていた。
 やっちまったか。まあ、ガイが死ぬより遙かにましだ。



 「何だ、今のは……」

 回線がオープンになったままだったためか、ジュンのつぶやきが俺のエステバリスにも聞こえてくる。
 気持ちは分かるが、今はガイの回収が先だ。
 相手が呆けている隙に、ピンポイントで2斉射!
 ガイを拘束していたデルフィニウムの手が吹き飛び、ガイが解放される。

 「助かったぞアキト! なかなか燃える展開じゃないか!」

 「ガイ! そうはいっても結構ダメージがあるんだろ! ここは一旦引いてくれ!
 たぶん、第二次防衛線が近いはず! そうするとここにミサイルの雨が降って来ることになる!」

 「アキトさんのいう通りです。ヤマダさんは一旦帰還してください。戦闘を継続すると逃げ遅れる可能性があります」

 ルリちゃんからも冷静な指摘が入った。

 「ちっ……こんなおいしいところをかっさらわれるのは気に食わんが、助けてもらった恩があるしな……ここはお前にヒーローの座をくれてやるよ! 取りあえず、こいつはおまけだ!」

 ガイはこちらを向いたままナデシコに向かっていく。去り際に斉射されたショルダーガンの一撃が、俺に撃たれてバランスを崩していたデルフィニウムにとどめを刺した。あの落ち方ならパイロットが死ぬこともあるまい。
 そして俺も、もはや遠慮せずにデルフィニウムを落としにかかった。
 ほんの数分後には、宙に浮くデルフィニウムは、ジュンのものだけになっていた。



 さて、残るはジュンの説得……

 ぴっ。

 そう思ったとたんに、ジュンからの通信が入ってきた。



 「……テンカワ アキト!!
 正直に言おう、僕はお前が憎い!!」

 「これは……随分ストレートにきたな。」



 俺はジュンの第一声に、思わず苦笑をした。



 「お前の一体何が、ユリカを魅了したんだ!!

 特別な物など何も持っていないお前が!!」



 ……お坊ちゃんだな。
 まあ、過去のこの時点の俺も、似たり寄ったりだったが。
 そう思いつつ、俺もジュンに言葉を返す。
 俺自身のことも思いながら。



 「じゃあお前は何を持っていれば……ユリカに相応しい男だと思うんだ?」



 「!! そんな事……僕が聞きたいくらいだ!!」



 叫ぶように俺に話すジュン。
 同感だ。
 俺も誰かに聞きたいくらいだ。



 「……ジュン、お前はユリカの為だけに、ここまで来たのか?」



 「違う!!」



 ジュンは断言した。ほう……。



 「それも理由の一つだが……
 僕は正義の味方になりたかった!!
 だけどその正義の象徴だと思っていた連合宇宙軍も、決して正義だけの存在じゃなかった!!
 そして、ここでナデシコを見逃せば、ユリカとナデシコには帰る場所が無くなるんだ!!」



 「ジュン君、アンタ、馬鹿?」



 そこに再びハルナが乱入してきた。おいおい……



 「ハルナ君、どういう意味だ」

 「ジュン君、純情で世間ずれしてないのは分かるけど、状況認識が甘すぎるわ。ここであなたの説得に乗って地球に帰っても、あたし達は全員反逆罪で逮捕されるのが見え見えじゃない」

 「そんなことはさせない! 僕も、ミスマル提督も!」

 ジュンが力の限り叫ぶ。

 「ほ〜んとに、甘すぎるわよ、ジュン君。だからユリカお姉ちゃんに戦略シミュレーションで勝てなかったんだよ」

 ジュンの顔がゆがむ。けどハルナ、俺より説得うまいな。容赦もないが。

 「今連合軍は切実に戦力をほしがっている……同時にね、メンツも回復したいんだよ。ナデシコは十分すぎるくらいその切り札になる。ま、開放はされるかもしれないよ。ネルガルあたりと取り引きして。でもね、あたしが今まで見てきた限りの連合軍じゃ、ネルガル相手に低姿勢に出るとは思えないな。一旦あたし達を反逆者として正式に拘束した後、司法取引で協力を要請する、っていうかたちになると思う。長期的には大損こく戦略なんだけどね。今の連合軍に、そこまで目の利く人がいるとも思えないし。いたらとっととネルガルあたりと組んで反撃に出てるよ」

 立て板に水といった調子でハルナの舌が回る。

 「ネルガルが文句を付けてきたら、反逆の教唆、いえ、ネルガルこそが反逆者の主体と因縁を付けてネルガルを接収するくらいのことはやりかねないよ。反逆行為という事実はこの戦時下じゃある意味絶対の切り札だし。それに細かくはしらないけど、ネルガルにだってライバル企業の一つや二つはあるんでしょ? そう言う連中が今の状況を見たら絶対乗ってくるよ。ナデシコのせいで一歩リードされた失地を挽回する絶好の機会だもん」

 俺はちょっとびっくりしていた。ハルナがクリムゾンのことを知っているとは思えないが、確かにあり得る話だ。

 「ありそうな話ですね……十分に」

 ルリちゃんがこっそり俺に話しかけてきた。俺も無言でうなずく。

 「でもね、ここまでは建前。あなたが一番馬鹿なのは、あなた、今までお姉ちゃんの何を見てきたの?
  一番のお友達なんていいながら、お姉ちゃんが何を考え、どんな風に生きてきたかなんて、全然考えたこと無いでしょ!
  自分の理想と思いこみが先行して、本当にユリカさんが何を考えているかが、さっぱり分からなかったんでしょ!
  だからいつまでたっても、ジュン君はユリカさんのことが分かんないんだよ!
  ただ好きだっていうんじゃなくって、本当に大切な人だって思っていたなら、ちゃんと分かったはずだよ!

  断言してもいい!

  今あなたの脳裏にあるお姉ちゃんは、全部あなたが勝手に妄想した、あなただけのお姉ちゃんだよ!
  そんな卑猥な偶像を……

  お姉ちゃんと一緒にしないで!



 最後の方は、ほとんど絶叫であった。俺も、ジュンも……ルリちゃんも、ユリカさえも。

 ハルナの内側に隠された、『傷』を見たような気がした。

 勝手に妄想した偶像……お前も、そうだったのか?
 誰かに……身近な誰かに、そんな目で見られていたことがあったのか?

 「……でも、今からでも遅くはないよ。
 今からだって、間に合うかもしれないよ。
 じっと、きちんと、相手を見ようよ。
 上辺だけじゃない、本当の相手を。
 だからさ……一緒にいかない?
 このまま引き下がったら、ジュン君、ただの負け犬だよ?
 だって、納得できないんでしょ?
 たぶん……ジュン君じゃお兄ちゃんからお姉ちゃんを奪うのは、難しい、っとは思うけどさ。
 せめて何で自分は負けたのか位は、知っておかないと、あきらめることすら出来ないよ?
 あがくんなら、ちゃんとそれにふさわしい場であがこうよ。
 ブドウが酸っぱいかどうかは、食べないと分かんないんだからさ」

 ……ジュンは、半ば呆然としながらも、小さく、こくりとうなずいた。



 『第2防衛ライン侵入、ミサイル発射を確認』



 そこに思兼からの警告が入った。
 しまった! 距離がありすぎる!
 ここから2人で戻っても収容まで待っていたら、ディストーションフィールドが間に合わないっ!

 「アキトっ!」

 ユリカの絶叫が回線中に響きわたる。

 「今からフィールド開けるから、すぐ帰ってきて!」

 「やめろユリカ、そうしたらナデシコが落ちるぞっ! 俺が助かってもナデシコが落ちたら意味が無いだろっ!」

 「でも……」

 「大丈夫だ。俺を信じろ、ユリカ」

 「お兄ちゃんなら、きっと大丈夫だよ」

 脇でハルナもそう言う。

 「根拠はないけどさ。お兄ちゃん、出来もしないことを言う人じゃないと思うよ」

 「……うん」

 それがだめ押しになってくれたようだった。ユリカの瞳に、いつもの光が戻る。

 「信じたからね。アキト!」

 いつも通りの力強い声だ。

 「さて、となるとあたしも責任とらなきゃなんないか。ルリちゃん、協力してくれない?」



 「「は?」」




 ルリちゃんだけでなく、ユリカをはじめとするクルー一同がぽかんとしていた。

 「は、じゃないでしょ! ジュン君はどうするのよ!」

 俺をはじめとして、全員の額に縦線が入っていた。
 ジュン本人にもだ。
 しかしハルナは、自信たっぷりにいった。

 「あんなこと言った以上、きっちりジュン君は助けてみせるわよ!」

 「でも……どうやって……」

 ルリちゃんが不思議そうにハルナに聞いている。

 俺も興味はあったが、もうすぐミサイルが飛んで来る。そうなるとこの目の前の会話用ウィンドウがうっとうしい。

 「ミサイルが来る。連絡が切れるが、心配するな。俺はちゃんと帰ってくる」

 そう言って俺は通信機能をオフにした。
 さあ、リハビリがてら、本気でやるか。







 「ミサイルが来る。連絡が切れるが、心配するな。俺はちゃんと帰ってくる」

 アキトさんはそう言って通信を切りました。
 最後の一瞬、目の光があのころのアキトさんに戻っていたような気がしましたが……今は考えないことにします。

 「ハルナさん、ジュン君を助けるって、どうするつもりですか?」

 「彼の乗ってるのがエステバリスなら簡単なんだけど」

 彼女はこともなげに言います。

 「ウリバタケさんに作ってもらったリモコンシステムを使えば、よけきるくらいなら何とかなるわよ。あたしこう見えてもシューティングゲーム得意だし」

 人の命が掛かっているんですけど……

 「でもね、デルフィニウム相手じゃそうもいかないわ。で、ルリちゃんの出番」

 はあ、あたしの出番、ですか?

 「サポートするからジュン君のデルフィニウム、ハッキングして。そうすれば後は思兼と協力すれば、ジュン君を助けられるわ」

 ナデシコCならともかく、それはちょっと無謀では……と思いましたが、この人も出来ないことはいわないタイプみたいです。
 アキトさんと血が繋がっているのなら。

 ……信じてみましょう。

 「で、どうすればいいんですか?」

 「まず席を替わって」

 ……取りあえず私はオペレーター席から出て、その脇に立ちました。そこにするりとハルナさんが滑り込みます……ずいぶん前に詰めて座りますね。胸のあたりがキツそうです……うらやましい。

 そうしたらハルナさんは、いきなり上着を脱ぎ捨てました。それも下着ごと。

 当然大きな……がむき出しになります。

 「こらっ! 男性陣はこっち見るなっ!」

 顔を真っ赤にしながらもユリカさんがそう命令します。しかしハルナさんは別段気にもせず、思兼とのコンタクトを開始しました。全身からナノマシンの作動光が発せられています。

 「ルリちゃん」

 そこにハルナさんの声が掛かりました。

 「ちょっとキツいと思うけど、あたしの後ろに入って」

 「こうですか」

 前に詰めて座ったのはこのためですか? 確かにちょっとキツいですけど、何とか潜り込めました。

 「これでいいですか?」

 「うん、上出来」

 そしてハルナさんは、こういいました。

 「ルリちゃん、あたしの胸を掴んで」






 ……3秒ほど場が凍りました。



 「いいから掴む! ジュン君死なせてもいいの!」

 「は、はい!」

 理由は判りませんけど、とにかくいう通りに、後ろから手を回してハルナさんの胸を掴みます。

 むにゅっ

 という音がしたような気がしました。もちろん気のせいなんですけど。

 そして彼女の胸は柔らかくて、何とも言えない気持ちよい触り心地でした。

 ……男の人が大きい胸にあこがれる気持ちが少し分かった気がします。

 でも次の瞬間、そんなことは吹き飛んでしまいました。

 私のナノマシンが急速に活性化します。まるでハルナさんの胸が、思兼の操作盤になったかのように……

 いえ、文字通り、ハルナさんの胸は『操作盤』になっていました。ナノマシンが高密度に集積し、彼女の胸は光のブラジャーをしているかのように光り輝いています。

 同時に今までとは比較にならない速度であたしと思兼の間にリンクが結ばれました。

 この手応え……ナデシコCに匹敵します! この状態なら、デルフィニウムの制御を乗っ取るなど、わけもありません!

 「どう、あなたがあたしのナノマシンを使えば無敵っていった意味、分かったでしょ」

 ……十分納得できます。

 「じゃあお願い。思兼はナデシコのレーダーでミサイルの軌跡を予測して。回避コースはあたしが計算するから、ルリちゃんはそれに従ってジュン君の機体を操作して! 一発たりともかすらせないわよぉっ! 名付けて『二人羽織オペレーション』、スタート!」

 はあ、ベタな名前ですね……

 でも人の命が……ジュンさんの命が掛かっています。遊びではありません。

 そしてミサイルの嵐が吹き荒れる数分間が過ぎ……

 ジュンさんのデルフィニウムは無傷でナデシコに着艦しました。

 もちろん、アキトさんも無事です。思兼のレーダーとリンクしていましたから、ミサイルがたたき落とされる様子がとってもよく分かりました。

 ……思いっきり本気ですね。開き直ったんですか?



 そしてアキトさんが着艦する時、ハルナさんがいいました。

 「艦長、ルリちゃん、お兄ちゃん迎えに行きたいんじゃないですか? ビッグバリア突破まで何もなさそうですから、それまではあたしが船の面倒を見ていますから、良かったらどうぞ。あ、でも何かあったら戻ってきてくださいね」

 「え、いいの? よ〜し、艦長命令で、第一次防衛線突破までの間、ハルナさんに船の制御をお願いしま〜す。ルリちゃん、いこっ」

 あたしにも是非はありません。

 「よろしくお願いします」

 軽くお礼を言うと、アキトさん達を迎えに行きました。

 ……プロスさんの顔が苦くなってたみたいですが、気にしないことにします。



 「戦闘が終わったようね」

 振動が収まってアタシがそう思った時、いきなりウインドウが開いたの。ちょっとびっくりしたけど、そこに映っていた人を見て、いくらか落ち着いたわ。
 テンカワ ハルナ。
 いきなりアタシに裸で迫ってきた、変な女。

 「ムネタケ副提督、チャンスですよ」

 ……本気なの、アナタ。いくらアタシでも疑うわよ? アナタの正気を。

 でもそんなことにはお構いなく、別のウィンドウに逃走経路が開いたわ。

 「このルートを通れば、誰にも見つからずに逃げ出せるわ。監視カメラとかもあたしが押さえているから大丈夫。途中で部下の人も拾ってね。武器とかは無理だったけど、脱出用のランチを確保してあるわ。そのまんま出発できる。でも急いでね。ビッグバリアについちゃったらごまかしきれないから。後ランチにはおみやげを入れて置いたから、それがあればある程度の失態はごまかせるはずよ。うまく立ち回ってね。それから……
 ナデシコを嫌いにならないでね。後、出世を焦らないで。手柄って、ほしがる人の元にはなかなか行かないの。女の人と一緒よ。手柄は手に入れるもんじゃなくって、ついて来るものだもの。上の評価なんか気にせずに、まずはきちんとやるべくことをやらないと、手柄も逃げちゃうわよ。上司に認められる手柄なんて、上司が飛んだらそれでおしまいよ。でも本当の手柄は、上の人が変わっても消えないわ。今までムネタケさん、そこのところを間違えてたんじゃない? アナタみたいな人が、目先の手柄を追っかけてたんじゃ、要領いいだけの馬鹿に手柄をとられちゃうだけよ。そこんとこ気を付けてね。
 じゃ、がんばってね」

 ……いいたい放題いって切ったわね。でも、何となく本気みたいだし……

 試しに扉を開けてみたら、簡単に開いたわ。警報一つ鳴らない。

 ……本気みたいね……。

 取りあえずありがたくちょうだいしていくわ。



 全部あの娘のいった通りだった。簡単にこうしてランチに到着できた。

 『おみやげ』にもびっくりしたわ。

 ナデシコの設計データ。残念ながらさすがに完璧なものじゃなかったけど、このデータを元にすれば、ナデシコと同じものは無理でも、既存の戦艦がかなりパワーアップできることくらい、アタシにも分かる。
 変な話だけど、ちょうどアタシがその気になったら手に入りそうなレベルのデータってところも泣かせるじゃない。ハルナのことを報告しなくても大丈夫、ってことかしら。

 ランチは無事に出発でき、アタシは忌々しいこの民間戦艦から逃げ出せた。
 ただ、あの小娘の言った言葉が、いくつか胸に引っかかったままだったわ。

 上司が認める手柄なんて、上司が吹っ飛んだらおしまいよ……

 要領のいい上司に手柄をとられちゃうわよ……

 この辺の台詞が、どうしてもしこりのように残っちゃう。

 いわれてみればそうなのよね。今まで考えないようにしてきてたけど、それってアタシのことでもあるのよね。
 部下の手柄を当然のことのように自分のものにもしたし、上司はアタシの努力をあっさりとっていってしまう。
 よくよく考えれば、アタシはやられてむかつくことを、部下にし返していたのよね。
 それで部下がついてくる? そんなわけはないわ。アタシがそうだったんだもの。
 だからって部下に甘くするのはいや。アタシみたいな男に、甘くして部下がついてこないことぐらい、よーく分かっているもの。
 変な話ね。あんな小娘に説教されて、反省しているなんて、アタシの柄じゃないわ。
 でも、戦略的にいい助言を聞いたのは確かよね。所詮アタシの上司なんて小物よ。このネタは、もう少し影響力のある人物にコネを造るのに利用すべきね。
 ……ミスマル提督。あの人を足がかりにしましょう。ナデシコとの因縁も深いし、うまくすれば、かなりしっかりした踏み台になってくれそうだわ。今回の拿捕作戦……まあ失敗したけど、それも縁の一つよ。
 みてらっしゃい、ナデシコ。
 いつか必ず、意趣返ししてあげますからね。
 小娘、アナタもよーくみてらっしゃい。
 本気になったムネタケサダアキの実力を!

 ほーっほっほっほっ!







 「まったく……そんなことじゃ困りますよ、ハルナさん。オペレーターの仕事は責任が重いんですよ」

 「ふぇぇぇん、ごめんなさ〜〜い」

 アキトさんは帰還した後疲労で倒れてしまいました。今度ばかりはユリカさんも離れる気がないらしく、ビッグバリア突破までは動きそうにもありません。
 で、仕方なく戻ってきたら、ハルナさんがプロスさんとゴートさんにしかられていました。

 キノコが逃げたのに気がつかなかったそうです。
 確かに注意力不足ですね。ナノマシンの性能が良くても、使う人はまだまだ、ということでしょうか。
 まあ、キノコが逃げるのは『史実』ですし、かばってあげましょうか。
 ヤマダさんも無事に生き残りましたし。下手に彼女が脱走に気がついて騒ぎになったら、また前回みたいにヤマダさんが殺されていた可能性は十分にあります。
 でも思兼、アナタも気がつかなかったの?

 『何か、僕の目をごまかすジャミングが使われていたみたいだ。それで警告が遅れた。ルリならジャミングの存在そのものに気がついたと思うけど、彼女にはまだ無理だ。鳥を見て名前を当てるようなものだよ。彼女の方が視力はいいけど、鳥の名前を知らなきゃ答えようがない』

 確かに、彼女には経験が必要ですね。あたしがいらなくなる日は遠そうです。







 次回、水色宇宙に「ドカバキ」……大丈夫かな、こりゃ……につづく。








 第3話、お届けします。
 天使か悪魔か、テンカワ ハルナ。
 ばれたら懲戒免職ですよ。

 必殺奥義2人羽織モード炸裂! 誰かイラスト描いてくんないかな〜。

 引っかき回されるアキトも大変ですね。
 次回はサツキミドリ。何が起きるのでしょうか……

 ツッコミどころ満載でしょう。



 後前回の感想をいただきました。
 十分に衝撃を味わっていただけたようで。
 代理人の感想がないな〜と思っていたら、作者紹介のところにさりげなく書いてありました。
 お褒めにあずかり恐縮です。

 ぼちぼち本編からも、時の流れにからも離れるシーンが増えていくと思います。
 次に大きな山が来るのが、外伝に入ってからでしょうか。
 ムネタケでさえあれなハルナが、テツヤという特大の傷持ちを見たら、どうなると思います、フフフ……
 まあ、しばしのお待ちを。

 後ハルナの正体ですが……まあせいぜい想像してみてください。「仮」の正体だけでもなかなか衝撃的ですよ。
 何のことかって? こちらはじきに出てくると思いますけど。

 では、次をお楽しみに。

 

 

 

代理人の感想(汗)

 

え〜・・・・・・・・・・・・まあ、過ぎた事はこっちへおいといて(殴)。

 

(「おいといて」のポーズ)

 

ふむ・・・・・・・ルリちゃん、ハルナの事を全然疑ってませんね?

「オモイカネの目を眩ませるジャミング」を扱える人物がそうそういるとは思えないんですが・・・。

一方キノコはそれなりにまともな方向へ向かって、粘菌が湿気のある方へ菌糸をはびこらせるが如く・・・・

もとい、樹木が太陽の方向へ枝を伸ばすが如く変化しつつあるようです。

う〜む・・・・・・・・・・お見事。

 

余談ですがハルナのイメージ、私の中では「天然にして狡猾なる聖母」で固まりつつあります(笑)。

 

 

 

ところで・・・・・イラストが本当に来たら裏ページ行きですね(爆)。

 

 

 

 

 

管理人の感想

 

ゴールドアームさんからの投稿です!!

活躍してるな〜、ハルナちゃん。

いやいや、良い娘じゃないですか。

さり気無く裏がありそうでやっぱりありそうで(爆)

なんか凄く言動が怪しいし。

好きだな〜、こういうキャラ!!

・・・誰か本当にCG投稿してくれないかな(笑)

 

 

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