再び・時の流れに 
〜〜〜私が私であるために〜〜〜



第5話 ルリちゃん「後悔日誌」……何者なんです? この人。


 

 

 


 こんにちわ、ホシノ ルリです。



 サツキミドリの防衛が済んでから、ナデシコは火星へ向かって出発しました。
 前回はこの間極端に時間があき、また、艦内ではお葬式の連続で艦長がへとへとになっていましたが、今回サツキミドリの人的被害は0。サツキミドリ自体も小破で済んでいます。
 結果……艦内の人間にはやることがありません。ごくまれに遭遇する敵も、偵察の小部隊がほとんどで、ナデシコのディストーションフィールドを破れるような敵がいません。
 パイロットの人が腕試しに出たいといっても、プロスさんの「弾薬がもったいないです」の一言でペケ。本当は出動手当をケチりたいのは見え見えですけど。
 今パイロットのみなさんは、アキトさんを除いてハルナさんが持って来たシミュレーターでうっぷんを晴らしています。ヤマダさんとヒカルさんがやけにハマっていると聞きましたが……何故でしょうか。
 でも、ハルナさんは、何故あんなものを持っていたのでしょうか。
 みなさんは信じていたようですが……私はアキトさんの経歴が嘘なのを知っています。当然、アキトさんが練習したなんていうゲームが実在するわけがありません。私も一度やってみましたが……出来がよすぎます。特に格闘ゲームのマキシマムモード……私はプレイ開始後3秒で気絶しました。
 怖すぎます。
 問答無用の『恐怖』によって、私の心は握りつぶされてしまいました。
 結局、最初の一人に襲われる前にゲームオーバーでした。
 普通のモードはそれなりに楽しめたのですが……一人で終わりでした。
 どうも私では非力すぎて、正しいポイントに入ってもダメージにならないらしいです。
 一人倒せたのは、偶然攻撃が男の人の『急所』にあたったせいでした。
 ……リアルすぎます、アレ。
 ゴートさんにいわせると、

 『理屈は分からないが、これは十分戦闘訓練の教材に使える』

 とのお墨付きをもらっていました。
 プロスさんが関係機関に販売したいので許可をくれないかとハルナさんと交渉しているところも見かけました。
 ハルナさんは『お兄ちゃんがいいといったらいい』と答えていましたけど。
 本当に、変です。
 あまりにも怪しいので、思兼に分析を頼んでしまうくらい。
 いいのかって?
 ……私も暇をもてあましていますから。



 『分析結果が出たよ』

 ……終わりましたか。で、結果は?

 『いくつか原理不明のプログラムがあるけど、それがいわゆる『殺気』や、『恐怖』を演出しているのは間違いないよ。それ以外はバーチャルシステムの能力を極限まで生かし切った、変な言い方だけど『普通』のプログラムだ。で、逆にいうと、バーチャルシステムで一見バグか、あるいは無意味な操作を発生させると、それが人間には、『殺気』や『恐怖』をもたらすらしい。視覚や嗅覚、聴覚、触覚に対する総合刺激に加えて、脳内の全く無関係な部位に対する刺激が意味を持つらしい』

 「それって、バーチャルシステムの新しい使い方を提示しているということですか?」

 私は思兼にそう聞き返していました。

 『そう言うことになるね。通常モードでは使われていないけど、マキシマムモードになるとこの特殊な刺激を与えるシステムがオンになる。ただこれはある意味かなり危険だ。いわば人を催眠状態に落とすようなものだからね。一歩間違うと洗脳装置としても使えることになる。それからプログラム内部には、使われていないけど、まだいくつかの『特殊刺激』ルーチンが組み込まれていたよ。試してみる?』

 ……一応アキトさんには報告しておきましょう。試すのは恐ろしすぎます。

 『でも凄いプログラムだよ、これ。人体生理及び脳内生理、それに加えてバーチャルシステムによる感覚刺激のシステムを知り尽くしていなければとうてい作成出来ないプログラムだ。それこそ人間一人をバラバラにするくらいの人体実験をしないと、とうてい得られないデータだと思うよ』

 ……ちょっと待ってください。そんなものを、何故ハルナさんが持っていたんです?

 作ったのが母親のサクヤさんだとしても、サクヤさんはそのデータをどうやって……?

 もうちょっと気合いを入れて、ハルナさんのことは調べなければならないかもしれません。彼女自身が何も知らない可能性があるのが問題ですが。



 そんなわけで、私は空いた時間を、思兼を相手に過ごすことになりました。

 「う〜ん、暇だよ〜、ルリちゃ〜ん」

 ……艦長、私は暇じゃないんです。つい先ほども、ハルナさんの身元に関するデータを発掘するようプログラムしたワームを定時通信に混ぜて送り出したところなんです。

 ……ばれたらやっぱりクビでしょうか。

 「ねえ〜ルリちゃ〜ん、何か暇つぶしな〜い〜?」

 ……とことん暇をもてあましていますね。

 と、ブリッジに誰かが入ってきました。あ、ハルナさんです。

 「ルリちゃ〜ん、ぼちぼち交代の時間だけと、どうする?」

 あ、もうそんな時間ですか。でも今手を離すのは、ちょっとまずいです。

 「すみませんけど、今ちょっと手の放せない仕事を立ち上げてしまいました。こちらはまだ余力がありますからいいですよ」

 「あ、そう? ならありがたく受けさせてもらうけど、いいの?」

 ハルナさんが心配そうに聞いてきますが、今のあたしには彼女が近くにいることのほうが落ち着きません。

 「ええ、大丈夫です」

 「うん、じゃ、遠慮しない。そう言えば、艦長も暇してるんですか?」

 一応公務中なので艦長と呼んでいますね、ハルナさん。

 「うーん、暇なの。何かいい暇つぶしない?」

 「じゃ、キッチン借りてお料理でもしません?」

 思わず手が止まってしまいました。それでいながら私は反射行動だけでアキトさんの居場所を表示させています。
 アキトさんは……トレーニングルームですね。どうやら『直撃』は避けられそうです。

 「うん、でも何作る?」

 ……ユリカさん、ノリノリですね。ヤマダさんにでも犠牲になってもらいましょうか。

 「そうですね。本格的なご飯作っても食べる人がいませんから、お菓子にでもしますか? 何にするかはホウメイさんとも相談して」

 「うんっ、そうしよっ! そうだ、お菓子作ったらアキトにあ〜げよっと!」

 ……結局、爆弾からは逃れられそうにありません。大丈夫でしょうか、アキトさん。

 と、思った時、思わぬところから声があがりました。

 「あ、ハルナ、あたしも一緒にいいかな?」

 ……メグミさん? 何故急に?

 「今のところ通信士も定時連絡以外に仕事なくって暇なのよ〜。なんか気晴らししたいな〜って」

 「あたしはいいですけど、艦長とプロスペクターさんが何というか……」

 ハルナさんがそう言ったかいわないかのうちに、ユリカさんが大きく手を振っていました。

 「あたしはいいよ〜。敵襲もないし。今のうち、今のうち」

 「……まあ、今は準待機状態ですから、止める理由はありませんね。勤務時間は足りていますし」

 プロスさんも強いて止めようとはしません。

 「じゃ、食堂へ、レッツ、ゴー!」

 結局、ユリカさんとメグミさんは、ハルナさんと一緒に食堂に行ってしまいました。

 『ルリ』

 そこに思兼から『警告』のウィンドウが出ています。何かあったのでしょうか。

 『一応報告しておくね。よくないことかもしれないけど、ルリが気にしそうだから』

 はて、何でしょうか。音声ファイルみたいですが……メグミさんのついさっきの声? 何ですか、これは。
 疑問に思ったものの、取りあえず再生してみました……自分で自分の顔が怖くなるのが、はっきりと分かってしまいました。

 『お菓子か……アキトさん、お菓子好きなのかな?』

 今回目立たないので油断していましたけど……やっぱり貴方も、『そう』だったんですか、メグミさん……

 「盗み聞きはあんまりいいことじゃないわよ、ルリルリ」

 「ひゃっ!」

 思わず変な声を上げてしまいました。脅かさないでください、ミナトさん。

 「やっぱりルリルリもアキト君のことが気になるの? そう言えば知り合いっぽいし。さしずめ、『優しい近所のお兄さん』って所だったのかな〜」

 「そう言うわけではありませんけど」

 ちゃかすには問題が重すぎます。

 「ま、今アキト君、女の子の間で人気急上昇だもんね。強くて、格好良くて、料理も上手で、おまけに暗い過去付き。女の子の気を引く要素はそろってるもんね〜」

 ……まさかミナトさん、私は貴方まで『そう』だと認識しなければいけないんですか?

 「まあ、あたしがつきあうには手強そうだけどね、彼」

 ……一気に肩の力が抜けてしまいました。

 「ルリルリもお年頃だもんね。そういう気持ちを感じても、おかしくないと思うけど……艦長は手強いわよ? アキト君って、相当そっちの方面には鈍チンだろうから、ある程度強引に迫らないと、気づいてももらえないだろうし、アキト君はアキト君で、そういう押しには弱そうだし」

 的確な分析ですね、ミナトさん。経験の差でしょうか。
 そういえば食堂は大丈夫でしょうか。ユリカさんだけでなく、メグミさんも相当な『使い手』です。無事ならいいのですが……
 そう思って食堂の様子を覗いた私の手は、そのまま止まってしまいました。それは……



 「えーっ、あたしが、味覚障害〜〜〜っ!」

 ユリカさんの声が食堂中に響き渡ります。どうやらホウメイさんを交えて、クッキーでも作ろうとしていたようです。そこでハルナさんから何か言われたようだったのですが。

 ……それであんな料理を作れたんですか? でもハルナさん、何故それに気がついたんでしょう。

 「そっ、論より証拠。ちょっとこれ味見してくれない、お姉ちゃん」

 そういってハルナさんが差しだしたのは、変な色の粉末です。どうやらホウメイさん自慢のスパイスを調合したものらしいですが……カレー粉みたいですね。
 あ、カレー粉はスパイスの調合品でしたから、そのまんまです。
 ユリカさんはおそるおそる小指の先に謎の粉を付け、指をしゃぶっています。と……

 「おいしーっ! 何これ、物凄くおいしいじゃない! よくこんな味作れたね!」

 無茶苦茶うれしがって飛び跳ねています。そんなにおいしいんでしょうか。

 「で、これを……ねー、カズ君!」

 「ん、何スか? ハルナさん」

 片隅で同僚とご飯を食べていた、整備員の服を着た男の子がハルナさんに呼ばれています。

 「ちょっとこれ味見してみてくれない?」

 「いいっスけど、なんスかこれ」

 そういいつつカズ君は同じように粉末を嘗めます……何か顔色が急速に青ざめています。

 「み、水ーーーっ!」

 しかしウォーターディスペンサーにたどり着く前に、彼は倒れました。

 「……やっぱり、そうなるわよねぇ」

 ハルナさんはそういうと、別の粉末を一つまみ口に入れ、そのまま彼のほうへ近づいていきました。
 青い顔をしている彼を抱き起こすと、いきなり……見ていて恥ずかしいです。カズ君の顔が青から赤へと急速に変わっていきます。
 ハルナさんの唇がカズ君の唇から離れたのは、たっぷり30秒後でした。



 「うわっ、ディープ。ハルナちゃん、やるわね〜 ほら、喉のあたりが動いているでしょ。舌入れてるわよ。あ、相手のベロなめ回してる。う〜ん、かなりのテクニシャンね。彼女」

 ……いつの間に覗いてたんですか? ミナトさん。

 「でもちょっとルリちゃんにはハードかな〜」

 ……秘密ですけど、精神年齢16歳です、私。



 「ごめんねカズ君、酷いもの味見させちゃって。ちゃんと中和したから大丈夫だと思うけど」

 「い、いえ、大丈夫です! あの、その、では!」

 カズ君は、真っ赤になって出ていってしまいました。
 その後を同僚の方が、別の意味で顔を真っ赤にさせて追いかけていきましたが。

 ハルナさんは別段顔を赤らめたりもせず、さばさばした顔でユリカさん達のほうに戻ります。

 「見た? お姉ちゃん。お姉ちゃんの味付けって、味覚からの衝撃だけで神経失調を起こせるくらい普通の人とずれてるんだよ……って、聞いてるの?」

 ユリカさんもメグミさんも、そしてホウメイガールズのみんなも、顔がゆでだこ並に真っ赤っかです。ただ一人ホウメイさんがくつくつと笑っています。

 ……かくいう私も。
 だって、ねえ……

 「あれ、あたしがカズ君にしたの見て照れてるんですか? やだなあ、アレは人工呼吸と一緒ですよ。ライフセービングです」

 「シャレになってないねぇ」

 ホウメイさんもあきれ顔です。

 「ほら、しゃんとしな、艦長。なるほど、艦長にはこれが『うまい』と感じられるのかい? こりゃけっこう問題だねぇ」

 そういわれてユリカさんも正気に戻ります。

 「それって、あたしがおいしいって感じるものは、他の人には超〜不味いって事ですか?」

 あ、ユリカさんが真っ青です。どうやらさすがに事の重大さに気がついたみたいです。

 「甘味が鈍いくせにほかが独特な形で敏感なのか……その他のものは普通に感じるって事は、一見するとただの甘党にしか見えないってわけか。気づかないのも無理はないねぇ」

 「そうそう。だからいくらそのままじゃ美味しくないっていっても、クッキー作る時のバターにしょうゆその他を混ぜるのはよくないよ」

 ……そんなクッキー作っていたんですか? ユリカさん。

 「そうだったの、私って……。でもどうして分かったの、ハルナちゃん」

 それは私も不思議です。

 「へへへ、実はこの間のお粥、ご相伴させてもらっちゃったから。このスパイスは、あれからお姉ちゃんの味覚を『ずる』して逆算してみたの。ばっちりだったみたいだね」

 ……そんな技まで持っていたのですか? ハルナさん。

 『彼女のイメージ制御は感覚にまで及んでいるみたいだね』

 解説ありがとう、思兼。

 「でもお姉ちゃん、このまんまじゃお兄ちゃんに美味しいって言ってもらえるクッキーなんて作れないよ」

 「そ、そうね……どうしよう」

 まあ、努力してもどうにもなりませんからね〜

 「でも、なせばなる! ちょ〜美味しい訳じゃないけど、お兄ちゃんにもお姉ちゃんにも『美味しい』と感じられるレシピを、不肖、テンカワハルナが作って参りました! これさえあれば、料理音痴の貴方でもオッケイ! 基本的には材料を混ぜてこねて形を付けて焼くだけ! 火加減その他の指導はホウメイ師匠に監督してもらいます」

 「ま、こういうのは女の子の大切な儀式だ。頑張んな」

 そしてユリカさんとメグミさんは猛然とクッキーを作り始めました。
 どうやら『直撃』はなさそうです。
 お手並み拝見と行きますか、ハルナさん。
 私は食堂のウィンドウを閉じました。



 

 

 どうやらクッキーづくりはうまくいったらしく、アキトさんが珍しくご機嫌でした。距離はとるつもりでも、毒料理に悩まずにすみそうなのがそんなにうれしかったんでしょうか。お昼時、いつものように常識はずれの量をかっ込むハルナさん相手に、アキトさんが全力で腕を振るっています。
 でも、何故メグミさんが、アキトさんの隣でお料理しているのでしょうか。
 しかもアキトさんの隣だというのに、何故か泣きそうな顔をしています。
 私はハルナさんの隣に、もう少しで食べ終わるチキンライスの皿を手に持って移動しました。

 「ハルナさん」

 「なに、ルリちゃん」

 猛然とご飯をかっ込んでいる割には、ちゃんと聞き取りやすい声で話しています。

 「何故メグミさんがあそこにいるんですか?」

 するとハルナさんはご飯を食べる手を止めて、くすくすと笑い出しました。

 「この間お姉ちゃんと一緒にクッキー作ったんだけど、メグミさん物凄く料理が下手で、それがあんまりにも下手なんでホウメイさんに怒られたの。お姉ちゃんは味覚が変なのと、料理中妄想に走って手順を狂わしたりする程度で、きちんと意識してやれば取りあえずはまともなものが作れるんだけど、メグミさんって、徹底的に料理って言うものが分かっていないタイプなんです。で、ホウメイさんとお兄ちゃんに、基本をたたき込まれているってわけ。アレって、ほとんど体育会系のしごきですよ。メグミさんも不平たらたらだけど、ホウメイさんに『そんな事じゃお嫁にいけないよ』ってズバリ指摘されたのが相当応えたらしいです」

 ……一応野心はあるんですね。

 私はチキンライスの残りを食べると、ハルナさんの側から立ち去りました。



 ブリッジにみんながそろった時、私の手元にワームからの情報が入りました。
 ウインドウをいっぱい立ち上げて壁を作り、それを見る振りをしてワームのメッセージを確認します。

 ……秘匿メール? プロスさん宛? 今日の日付?

 ……どうやらプロスさんもハルナさんの身元を調査していたみたいですね。

 さて、いったい何が……えええっ!

 私は声を抑えるのに必死でした。ま、まさか、そんなことが……


 「しぇええええっ!!」


 あ、プロスさんが座席から飛び上がっています。

 ……まずいでしょうに。



 「どうしました、プロスさん」

 さすがにユリカさんも、ほかのみんなも、そちらを見ています。

 「いえ……困りましたね……本来他人のプライベートなのですが、艦長はこの場合他人といえるのか……」

 「???」

 まあ、誰だって不思議に思うでしょう。と、プロスさんが動きました。

 「あ、メグミさん」

 「何ですか、プロスさん」

 「ハルナさんを第1会議室に呼んでいたたげませんか。私から大事なお話があるということで」

 「はい、了解しました」

 艦内放送でメグミさんがハルナさんを呼びだしています。プロスさんはそのまま出ていきました。

 「ね、ね、なんだと思う? ルリちゃん」

 「さあ……」

 一応、私がどうこう出来る問題じゃありませんが……一つだけ言えます。
 見るんじゃなかった。
 私、今思いっきり後悔しています。
 こんな事、秘密にしていられる自信ありません……。



 でもその心配は杞憂でした。
 どうやらハルナさん自身が公開することを望んだらしいです。
 主立ったクルーがブリッジに集められ、艦内放送でも中継されるみたいです。
 そしてブリッジの前で、プロスさんがハルナさんと、何故かユリカさんとアキトさんを脇に控えさせています。
 アキトさんもユリカさんも怪訝そうな顔をしています。

 「エー、みなさまに集まっていただいたのは、ハルナさんの身元について、ある重大なことが発覚したことをお知らせするためです」

 アキトさんがびっくりした顔になりました。

 「ハルナさんは見ての通り、遺伝子強化措置を受けた、いわゆるマシンチャイルドです。それもどうやら秘密裏にというか、不正規な手段で人造的に生み出された可能性が高いと言うことは、本人の口からも報告されています」

 ハルナさんがそこでうなずきました。

 「父親の因子として、ここにいるテンカワさんのお父様の因子が使われたことはほぼ間違いないようであり、また言い方が悪いですが、ハルナさんを『製造』された方がネルガルの技術者……『元』でありますが、関連する人物なのも間違いないようでした」

 そこで一旦プロスさんは言葉を切りました。皆が話を理解しているかどうかを確認するかのように、あたりをぐるっと見わたします。

 「そこで私はこの件の詳しい調査を本社に依頼していました。もしハルナさんが元とは言え、ネルガルの技術者の手で生み出された人物なら、我が社はハルナさんに対して道義的、社会的な責務を負わなければならないからです。幸いハルナさんは、いまはこうして生活出来ていると言うことで十分であり、それ以上の責任をネルガルが負う必要はないと言ってくれました。ですが調査の結果、あるとんでもない事実が明らかにされてしまいました」

 みんなの喉がごくりと鳴ります。私もみんなが悲鳴を上げるのを、心の中で待ちかまえました。

 「ハルナさんの母胎側……卵子の提供者ですが、ハルナさんは育ての親であり、制作者でもあった母親だと思っていました。ですがこちらの調査によりますと、そのとき母親、『ミカサ サクヤ』さんには卵子を提供する能力がなかったことが明らかになりました。では彼女を生み出した卵子はどこから来たのでしょう」

 みんなの視線がハルナさんとプロスさんに集まっていきます。

 「ネルガルのデータベースに、ある記録がありました。当時の火星・ユートピアコロニーに関する記録の定期コピーです。保存されていたバックアップファイルの中に、削除された彼女の研究ファイルの痕跡が残っていました。それによると、ハルナさんの卵子提供者は、自らの健康を理由に、自分の卵子を人工授精センターに預託していたある女性のものでした。不完全ながら復元されたファイルによると、その女性の姓は……ミスマル、といったそうです。そして当時のユートピアコロニーに、ミスマル姓の家はただ一つしかありませんでした」

 声にならない衝撃がブリッジからナデシコ中にさざ波のように広がっていきました。
 ユリカさんとアキトさんの目が限界まで大きく見開かれています。

 「おい、そうすると……」(by ウリバタケ)

 「ハルナさんって、テンカワさんの……」(by ミナト)

 「妹であると同時に……」(by メグミ)


 「「「「「艦長の妹〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」」」」」(by ブリッジ一同)

 嵐のような声の中、ハルナさんは口をぱくぱくさせているユリカさんに向かって、にっこりと微笑みかけました。

 「どうもそういうことらしいです。あたしも知らなかったんだけど。これからもよろしくね、『お姉ちゃん』!」


 ……私が秘密を守りきれないって思ったわけ、分かっていただけましたか?



 その日の夕食時、ユリカさんとアキトさんとハルナさんが食堂でお話をしていました。
 プロスさんの話によると、該当の施設はネルガルの関連企業の一つなので、ユリカさんのお母さんの卵子が不正使用された件について、ミスマル提督に謝罪しなければならないそうなのです。事件そのものはとっくに時効ですから犯罪にはなりませんが、事が大きくなるとスキャンダルには十分なります。そこで先手を打って、という事みたいです。
 もっとも心配は無用でした。先ほどミスマル提督から届いたユリカさん宛のメールによると、勝手に愛する奥さんの子供が作られていたことは遺憾だが、生まれてきた子供に罪はないし、何より愛する妻の血を引く子供だ、身元が不安定なら養女として迎えてもいいと言っていた、とのことです。

 親バカな提督らしいですね。



 「でもびっくりしたなー、まさかハルナちゃんが本当の妹だったなんて」

 「あたしもです、お姉ちゃん」

 「私も本当に驚きました」

 ちなみに私はブリッジを離れられないのでコミュニケで会話に加わっています。

 「道理で顔は俺似なのに、スタイルはユリカ似なんだな」

 「そういえばそうね」

 「へっへっへっ、2人のいいとこもらっちゃったかな? 正確にはお兄ちゃんのお父さんとお姉ちゃんのお母さんだけど。お姉ちゃんのお母さんの顔は知らないけど、お姉ちゃん、お母さん似でしょ?」

 「うん、父さんが言うにはそうらしいわ」



 そんな3人の会話を見ていて、私はふとあることに気がつきました。
 アキトさん、あれだけ意識していたユリカさんと、自然に会話しています。ハルナさんの存在が、過剰だったユリカさんに対する意識をいい意味で削いでくれたみたいです。

 ……アキトさん自身がそれに気がついていないみたいですが。

 でもいい傾向ですね。今のアキトさんからは、戻ってきてもかすかに見え隠れしていた、あの暗い虚無が見あたりません。これもハルナさんのおかげでしょうか。

 ……私が知る限り、アキトさんは保護欲のとっても強い人です。前の世界でアイちゃんを助けられなかった傷……まあイネスさんになってたわけですけど……そして、私……。 力無いもの、弱いもの、そういう人のことを、他人の幸せを、私の知るアキトさんは第一に考える人です。

 きっとこの先も、アキトさんは自分の身を削ってでも、みんなを幸せにしようとがんばるに違いありません。
 でも、自分だけは、幸せになる資格がないと思っているようなところが、前のアキトさんには……黒の王子だったアキトさんにはありました。
 すべてが終わった後、私たちの前から消えようとしたアキトさん……。

 それを追いかけて、今私はここにいます。11歳の肉体に戻って。
 そして何故か今回、歴史の流れに飛び込んできたハルナさんを、アキトさんも大切にしていることが分かります。
 天涯孤独と思っていた自分の元に現れた、半分とは言え血のつながりを持つ妹。
 ちょっとどころか、思いっきり奇矯な性格で、とてもじゃないが目の離せない妹。
 そして、大きな声では言えませんが……どこまで深く関わっても、責任をとる必要のない人物。いつかは愛する人を見つけ、他人の元へ嫁ぐ人物。

 アキトさん、私、16歳です。

 アキトさんが、二度と私やユリカさんを不幸な目に遭わせたくないと……自分のせいで不幸にしたくないと思っていることくらい、とっくに理解しています。
 そのためには、自分と深く関わらない方がいいと思っているアキトさん。
 自分の心を押し殺しているアキトさん。

 今回、ナデシコのたどる悲しい運命を、歴史を書き換えた後は、また姿を消すつもりだったんじゃないですか?

 そんな中、ハルナさんは、誰よりもアキトさんに近くて、そして遠い位置にいます。
 どこまでも深く関わっても、ハルナさんはアキトさんの半身にはなり得ません。
 その安心感が、貴方のブレーキをはずしたのですか? いくら関わっても、不幸にせずには済むと?

 それって……ずるいです。アキトさん……



 「ね、ルリちゃん、どうしたの、なんか難しい顔しちゃって。うら若き美少女に、そんなしかめっ面は似合わないぞ、このこのっ!」

 ハルナさんの声に、私は正気に返りました。

 ……何か変な思考の迷路に迷い込んでいたみたいです。冷静になると、なんかとてつもなく暗い考えに囚われていたような気がします。
 アキトさんの心の霧を晴らしてくれるなら、いいじゃありませんか。
 よけいなことを考えずに、私はみんなとのおしゃべりを楽しむことにしました。
 そしてその日私は、夢を見ました。
 消え去った平和な日々。アキトさんとユリカさんと私で、一緒に暮らした日々。
 何故かそこに、ハルナさんも乱入していました。
 とっても楽しい夢でした。







 そして時は過ぎていきます。もうまもなく火星圏……かつての通りならそろそろウリバタケさん達が反乱を起こす頃なのですが……今回は何故かその気配がありません。
 その代わり別のことで整備班がもめているみたいです。



 「オラ、カズ、これやっとけ!」

 「はいっス!」

 「次はこれだ!」

 「は、はいっス!」

 ……この間ハルナさんにディープキスをされていたカズ君が、他の整備班のみんなからいじめられています。

 男の嫉妬って、醜いですね……。

 そうしたらハルナさんが切れてしまいました。

 「何よ、みんなでカズ君のこといじめて!」

 「いや、その……」

 でもハルナさん、あなたがみんなに何か言えば、後で全部カズ君に返って来ちゃいますよ?
 普通ならウリバタケさんがそういうのを押さえなきゃいけないんですが……一番率先してカズ君をいじめているのがウリバタケさんですからね……。

 「どうせこの間の食堂の件で嫉妬したんでしょ! 男らしくない」

 「……」

 図星を指されて、みんながしゅんとなっています。
 ちなみに何故私がこんな場面を見ているかというと、プロスさんに頼まれたからです。



 「申し訳ないんですが、少し整備班の動向を見ていてくださいませんか?」

 「いいですけど、何故わざわざ?」

 私が聞くと、プロスさんが契約書のコピーを私に見せました。
 例の反乱のきっかけとなった項目です。

 「どうも整備班の一部に、この項目の限度を超えたいかがわしい行為を行っているものがいるという噂を聞きまして。一応管理者としては、放っておけないのですよ。けど明確な証拠もなしに詰問するわけにもいきません。そこで、ということです」

 さては誰かさんが嫉妬のあまりカズ君を陥れようと密告しましたね?
 やっぱり、ばかばっか、です。
 というわけで、定期的に整備班の様子をこっそりモニターしていた私は、このことに気がついたというわけです。
 さて、整備班の方に注意を戻しましょう。



 「全く、男の人ってそんなに女の子とそういうことがしたいの?」

 「……」

 返事はありません。ハルナさんも子供じゃないんですし、そんなことくらいは分かっていると思いますけど。

 「……といっても、ナデシコにいる女の子は少ないものね。しかもお兄ちゃんみたいなもてる男に女の子が集中しちゃうし。いらだつ気持ちくらい分かるわ」

 同情しているように見えて、結構キツいこと言いますね、ハルナさん。

 「パイロットのリョーコさんも、通信士のメグミさんも、オペレーターのルリちゃんも、食堂のお姉ちゃん達もお兄ちゃん狙ってるみたいだもんね。後言わずもがなの艦長。ナデシコきっての美女達はみんなお兄ちゃんのほうを見てるとなると、そりゃ落ち着かないでしょ。ミナトさんは大人っぽすぎて、ウリバタケさんくらいじゃないと釣り合わないし、イズミさんはちょっと引いちゃうし、ヒカルさんは趣味が特殊だから合う合わないがはっきりしすぎてる。こうしてみると選択肢少ないよね〜、整備班のメカオタク達には」

 あ〜あ〜、とどめさしてどうするんですか。

 「自慢する訳じゃないけど、みんなが狙えそうな女の子って、私くらいだものね。今のところみんなの誰かとおつきあいする気はないけど、あたしの本命が逃げちゃっている今、一応あたしはフリーよ。女の子が欲しかったらちゃんと口説いてみんかい! 気が変わるかもしれないわよ」

 一瞬男達の間に火花が散ったような気がしましたが……気のせいですか?

 「でもこれ以上カズ君がいじめられるのは見てらんないし、ま、みんなの気持ちも分からなくもないわ。みんな、ちょっと整列して」

 整備班の男の人達は、怪訝そうな顔をしながらもきちんと一列に並びます。

 「もういじめはやめてくれる?……といってもおさまんないよね。だからハルナちゃんが直々にそんな気がなくなるおまじないかけてあげる。端から順番ね」

 ……何をするつもりなんでしょうか。

 じっと見ていると、ハルナさんは一番端の男の人のところに行き、クビの後ろに手を回しました。
 当然ハルナさんの大きな胸が男の人の胸板でつぶれます。男の人もびっくりしながら真っ赤になっています。
 そしてハルナさんは……これ以上少女にそんなこと言わせないでください。
 要するに食堂の30秒の再現です。
 そんな光景が続き、結局ハルナさんはたっぷり愛情のこもっていそうなディープキスを整備班全員にしてあげてしまいました。

 ……あ、ウリバタケさんだけが例外です。

 「ああっ、ハルナちゃん、俺には?」

 「理解ある奥さんを持ってる人とは浮気出来ません」

 ……ウリバタケさん、撃沈。

 「そんな〜、俺は女房から逃げ出してここに来たって言うのに〜」

 「その割には離婚する気もないみたいですけど。なんだかんだいったって、ウリバタケさん、ちゃんと奥さんを愛してるみたいなんですもの。察するところ、奥さんが嫌いなんじゃなくって、自分の趣味にがみがみ言われるのが耐えられないんでしょ? 違います?」

 あ、ウリバタケさんが目を白黒させています。
 図星だったんでしょうか。さすがにこのレベルにはついていけません。
 私、少女ですから。

 「な、なんでそんなことが言える!」

 ウリバタケさん……必死に反撃していますが、こういう時女性に逆らっても勝ち目がないって、まだ分からないんですか?

 「日頃のウリバタケ班長の言動、時折漏らす愚痴、その他の行動から分析した推理です。なんなら論理的に解説いたしましょうか」

 「……いいよいいよ。俺の負けだぁっ!」

 「うん。それでこそ男。つまんない意地はみっともないぞっ!」

 ハルナさんはそういうと軽やかにウリバタケさんのクビに抱きつき、ほっぺたにちゅっと口づけしました。
 あっけにとられているウリバタケさんに、とどめの一言。

 「これは地球にいる娘さんのかわり。がんばってね、お父さん」

 「……ったく、ハルナにゃあかなわねえな。おい、野郎共、いつ敵が来てもいいように、もう一仕事するぞ!」

 「「「おおっ!」」」

 ……いいようにあしらわれていますね。これじゃ反乱なんて起きるはずがありません。

 そのとき、強い振動がブリッジに起こりました。

 『敵、多数。今までとは桁が違うよ。至急防御行動の必要性を認む』

 どうやら、本番です。
 ブリッジ内に緊張が走りました。

 「これは迎撃が必要です!」

 私が叫ぶと、打てば響くように艦長の声がブリッジ内に広がります。

 「総員戦闘配置!」

 そしてアキトさんを先頭に、5機のエステバリスが出動していきます。
 いよいよナデシコの火星侵攻が始まりました……。






  次回第6話「運命の洗濯」みたいな……3つ目の道って結構あるんだよ、二者択一にも……につづく。







 あとがき

 第五話、お届けします。
 今回は大幅に原作とも時の流れにとも離れました。
 ハルナの存在が、だんだん大きくなっていきます。
 ユリカのように天真爛漫で、何故かちょっとエッチで、それでいてメグミ様のように狡猾かと思えば、ラピス並みに純情。
 でもその実体は……まだまだ秘密です。

 ですがそろそろアキトやルリちゃんも、ハルナのことを変だと思い始めました。
 結構感想でも聞かされたのですが、基本的にアキトもルリも、ハルナのことを全然疑っていませんでした。
 なぜなら、2人にはハルナを疑う要素が全くなかったからです。
 登場は唐突でしたし、いきなり出来た妹というのも変と言えば変ですが、逆にあの時点のアキトに何か仕掛けをして、なんの利益があるのでしょうか。
 予知者か逆行者でもない限り、あの時点のアキトに接触する利益は全くないのですから。
 あの時点のアキトは単なる失業者です。ナデシコに乗ったのも成り行きです。
 当然ハルナの立場を疑う必要など微塵もありません。元々2人とも他人を疑うより信じるタチですし。
 プロスさんやゴートさんは職業柄そうもいきませんでしたが。



 今のところハルナの示している能力が桁違いに特異なことは読者の方も感じていると思いますが、ここで断言しておきます。
 今のところ生じている矛盾っぽい出来事や、ハルナの能力にはすべて根拠があります(あえて論理的に、とは言いません。一部は無理矢理ですので)。意外に気づかれていないみたいですが、第1話にも原作の理論を知っている人がよく読むと致命的な矛盾があるのです。ですが気づいても突っ込まないでください。先のほうで伏線として使うので……。
 ヒントはハルナのお母さんです。
 まあ、この時点では矛盾に見えないのですけど(笑)。



 この謎はイネスさん登場の後に少しずつ明かされていくでしょう。先をお楽しみに。

 

 

 

 

代理人の感想

 

最近は「ルリのように狡猾」「ラピス並に凶悪」というのがスタンダードらしいですが(笑)。

 

それはともかく筆捌きの見事さには感嘆するしかないですな〜。

再構成ものにも色々ありますけれど、ゴールドアームさんの場合は

物語を構成する要素を一つ一つ解剖でもするかのように細かく分解していき、

自分の解釈なりアイデアなりを加えてから再び縫合、再構成するタイプと見ました。

しかも解剖の腕はブラック・ジャック並。再構成の方の手腕に関しても言うまでもないでしょう。

 

ハルナの正体に関して・・・まあ色々と代理人も推理してはいるんですが、

どうも「これ!」という答えが出ないですね〜。

まあ、こう言う時言うべきセリフは決まっていますからいいんですが。

 

それでは、続きを楽しみにしていましょう!

 

ってね(笑)。

最近ハルナに底知れぬ恐怖を感じつつある代理人でした(笑)。

 

 

 

 

 

管理人の感想

 

ゴールドアームさんからの投稿です!!

ううむ、綺麗にまとまった話ですね〜

ゴールドアームさんのレベルの高さが良く分かります。

ハルナちゃんの存在が益々大きくなるナデシコ

ウリピー撃沈(爆)

そして、遂に明かされる謎!!

・・・って、本当にユリカの妹なんかい!!(笑)

う〜ん、これは本当に意表を突かれましたね(汗)

 

 

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