再び・時の流れに 
〜〜〜私が私であるために〜〜〜



第9話 奇跡の作戦「奇襲か?」……ムネタケ、何がお前を変えた……



 「ねー、アキト、どうしたの、ぽんぽん痛いの?」

 それは昔の日。まだ幼い頃の思い出。
 子供同士のたわいもないじゃれ合い。

 「じゃアキト、元気の出るおまじないしてあげようか!」

 思わずうなずく、幼き日の俺。

 「じゃ、目を閉じて」

 素直に目を閉じる俺。
 唇に感じる、柔らかな感触。
 驚いて開いた目に飛び込んでくるのは……



 純白の、ウェディングドレス。



 戦いが終わって3年、すっかり大人になった……



 「アキト、これからはずっと一緒だよ……」



 そこで目が覚めた。
 全身、汗びっしょりだ。
 ……なんで今更……



 「あきらめ切れてないのか、俺は……」



 そう、自分に問いかけていた。



 「ちょっといいですか?」

 眠れぬまま俺が向かったのは、医務室だった。入り口の名札を見ると、当直しているのはイネスさんだった。

 「あら、珍しいわね」

 俺の顔を見るなり、イネスさんはそう言った。

 「いえ、ちょっと夢見が悪くって」

 「ふうん? 地球一のエースパイロットにも、恐怖はあるって事かしら」

 からかうような口調だが、そこには優しさがあふれている。
 やっぱり大人なんだな……ふと、そう思った。

 「それとも恋愛関係? アキト君、モテるから」

 「……昔、つきあっていた女性が夢に出てきました。これは俺がその女性を忘れられない、と言う事でしょうか?」

 女々しいな、とは自分でも思う。

 「……それはあなたの潜在意識が、その女性を求めている、ってことでしょうね。そう言う方面は専門じゃないから、詳しくは言えないけど」

 イネスさんの答えは簡潔明瞭だった。

 「あんまり無理しない方がいいわよ。心が壊れちゃうから」

 「もう……壊れてるかもしれませんよ」

 ふと心の底から、暗い虚無が浮かび上がる。
 だがイネスさんは、そんな俺の影を一刀両断に切り捨てた。

 「まだ大丈夫よ。あなたが艦長や、ルリちゃんや、ハルナちゃんや、ホウメイさんを見る目には、一点の曇りもない……心の壊れた人間は、そう言う時、どうしても目がうつろになるわ。でもあなたの目には、生気があふれていた……苦しくても、まだあなたはまともよ」

 そう、なのか? あまり意識はしていなかったが。

 「そうそう、もしその夢の女性が……プライバシーに立ち入るみたいで悪いけど……もう死んでしまっているような人なら、いつまでも抱えておくのはよくないわ。生きて会えるんならさっさとくっつく方がいいんだけどね。でね、そう言う心の影を消す一番いい方法って、なんだか分かる?」

 そのとたん、何故か俺の背中にぞくりとしたものが走った。
 危険だ……この場は危険だ。

 「それはね、新しい
 『アキト君!! 集合よ! 早くブリッジに来なさい!!』

 あ、エリナさん。

 ……助かりました。何でかは分からないですけど。

 「済みません、呼ばれてるんでもう行きます」

 俺はイネスさんに頭を下げると、その場から立ち上がった。

 「あ、ちょっと」

 そこを引き留められる。

 「何ですか?」

 「頼まれてたものだけど、出来たそうよ。ウリバタケさんがそう言ってたわ」

 お、思ったより早いな。

 「けど……本当にあんなもの使う気? 今の段階じゃ、あれを使うのは自殺行為よ? ハルナちゃんが頑張ってたけど」

 「ハルナが?」

 何故あいつが?

 「フィールドコントロールプログラムは彼女が組んでいるもの。彼女が手伝ってくれなかったら、もっと危険な武器になる所よ、今の段階では」

 「そうですか……じゃあ、取りあえず行きますので」

 「あんまり思い詰めちゃだめよ、アキト君」

 俺は一礼すると、医務室を立ち去った。



 「あーあ、逃げられちゃったか。でも何でかしらね。いい年した大人の女が、あんな若い子にどうしようもなく引かれるなんて。あたしって、ショタの気があったのかしら」



 ブリッジに入ると……
 ユリカとムネタケが口論をしていた。

 「確かにネルガルと軍は共同戦線を張っています!! ですが理不尽な命令に、我々には拒否権が認められている筈です!!」

 「一応はね。まあ、拒否すると上が何言うか分からないけれど、ね」

 「本艦クルーの総意に反する命令に対しては、このミスマル ユリカ……艦長として拒否しますのでご了解下さい」

 「戦うだけの手駒にはならない……って訳ね。そう言うと思ってたわ」

 俺は怪訝そうな顔でムネタケを見ていた。前のムネタケは、もう少し連合軍の威光を笠に着ているところがあった。
 だが今のムネタケには、そう言う独特の嫌らしさがない。
 そして一呼吸入れたあと、ムネタケは言った。

 「……お生憎様、貴方達への命令は戦う事じゃないわ。敵の目をかいくぐって、救出作戦を成功させる事よ」

 「「「救出作戦〜?」」」

 ブリッジ中の声が合わさる。

 「木星蜥蜴の攻撃は無くても、地球の平和を守るというナデシコの目的は……果たさないと駄目よね」

 そう言うムネタケの台詞が、前回に比べて妙に鋭かった。まるで怒りを隠しているかのように。

 ……何故だ?

 そして、ブリッジの床に作戦地図が浮かび上がる。

 「で、この北極海域ウチャツラワトツスク島にとり残された、親善大使を救出するのが目的よ」

 そう言って地図上の一つのポイントを指差すムネタケ。

 「質問〜!!」

 「何、艦長?」

 「どうしてこんな所に、大使はとり残されたのですか?」

 ユリカからツッコミが入る。まあ当然そう思うだろう。
 だがここから先が、俺とルリちゃんを思いっきりびっくりさせることになった。

 「……建前だからよ。大使の救出って言うのが」

 「へっ?」

 ユリカが頓狂な声を上げた。俺も……そしてちらりと横目でルリちゃんを見ると、俺と同じ様にあんぐりと口を開けている。

 「親善大使とは名ばかり。実際は連合軍が極地観測その他諸々の理由のために放った、観測機器を背負った白熊だもの、大使って」

 「「「白熊〜〜〜?」」」

 またブリッジ中の声が合わさる。当然だろう。

 「んじゃなにか! 連合軍はナデシコに、熊拾ってこいって言うのか! ふざけんじゃねぇ!」

 リョーコちゃんの怒りが炸裂する。
 だがムネタケはあくまで冷静だった。

 「艦長なら分かるんじゃない? 何で連合軍がこんな事言ったのか」

 俺の目の前にいるの、フクベ提督じゃないよな……
 「えっと……嫌がらせ?」

 「いい線行ってるわね。でも50点」

 そう言われて、ユリカはさらに考え込む。その顔が、ぱっと明るくなった。

 「分かった! 試験ですね! ナデシコが連合軍の指揮下に入ったかどうかの」

 「正解」

 ゆっくりとムネタケはうなずいた。お前、いつの間にそんな風格を身に付けた?

 「上からモロに言われたわ……この任務をきちんとこなすようなら、まあ使えるだろうって。怖いのよね、上も。共同戦線とは言っても、あなた達が言うことを聞くかどうか。前科もあることだし」

 ブリッジ一同、しんみりとしたままうなずいていた。
 沈黙の中、ユリカが口を開く。

 「何故、そのことを? 救出対象が人間ではないとしたら、我々が任務を拒否するとは思わなかったのですか?」

 「ま、そう思うのは当然よね」

 ムネタケはあくまでも落ち着いていた。

 「以前のあたしなら、アンタ達がこの任務を拒否しないように、このことは黙っていたでしょうね。でも、任務が終わったあと、あたしはどうなるわけ?」

 ユリカはきょとんとしてムネタケを見つめていた。ほかのみんなも同様だ。

 「だまし討ちみたいな形で自分たちを利用した、っていう視線にさらされるわけ? 冗談じゃないわ。そんな居心地の悪いところにずっといたら、ストレスがたまって健康に悪いじゃない。それに任務はこれだけじゃないわ。もっと大事な任務を、意趣返しで拒否されたらあたしが困るもの」

 ムネタケらしい言い回しだが、どうもムネタケの台詞とは思えなかった。
 以前のように出世にこだわるムネタケなら、ストレスの方を選んでいる。
 そんな思いが顔に出たのだろうか。そしてどうやらそれは俺に限ったことではないらしい。それに気がついたムネタケは、軽く咳払いをすると、俺たちを見わたした。

 「なんかあたしの話を聞きたそうね……いいわ。この際だから話してあげる。
 アンタ達が火星に行ったあと、こっちでもいろいろあってね。ちょっと悟ることがあったの。
 手柄や出世って言うのはね、ほしがればほしがるほど逃げていくものなのよ。
 いくらあたしが頑張ったって、実際に働いて手柄を持ってきてくれるのはアンタ達でしょ?
 だとしたら何であたしがアンタ達を敵にしなきゃなんないわけ?
 今までアタシは上の言うことを聞かせることが手柄だって思ってたけど、手柄って言うのは上げた成果のことでしょ?
 だとしたらアタシが味方するのはアンタ達に決まってるじゃない。部下を敵に回したら手柄なんかついてこないって、ようやくアタシも気づいたのよ」

 何というか……こう言うところは変わってはいないようだった。ほっとするのは、何故だ?

 「だからね、この任務、どうするかは全部アンタ達に任せるわ。手段も何もかもね。アタシは口出ししない。どんな結果になろうとも、その結果を上に持ってくだけよ。アンタ達だって、アタシみたいなどっちかって言うと無能な提督に、あれこれ指図されたくはないでしょ」

 やっぱりムネタケは変わっている、俺はそう思った。
 以前のあいつは、自分の無能を認めることが出来なかったはずだ。

 「なんか、変わりましたね、提督……」

 ユリカもさすがに疑問に思ったのか、そう言った。

 「ふん……アタシはより効率的な出世の手段に気がついただけよ。で、どうすんの? やるの? やらないの?」

 「やらせていただきます。こんなところで連合軍と喧嘩してもいいことないですから」
 ユリカは、きっぱりとそう答えた。







 取りあえず目的地に着くまでは、パイロットは暇なものである。食堂に行っても時間的に仕事がない。
 ふと思い立って、俺はトレーニングルームへ行った。いつもの肉体を鍛える方ではなく、エステのシミュレーターの方へ行く。
 例の『ゲーム』をやってみようと思ったのだ。
 ハルナが持ち込んだ、謎のゲーム。火星に行くまでの間、すっかりハマっていたみんなの腕前は、俺の覚えているものより確実に上昇していた。
 そして俺は、そのゲームを『クリア』したことになっている。この辺で一度プレイしておかないと、突っ込まれた時にぼろが出る。
 俺はシミュレーターに入ると、トレーニングメニューを起動した。
 いつもの画面のほかに、『ロンリーソルジャー』という項目がある。
 取りあえずそれを選ぶと、次の画面が出てきた。

 『スタート』

 『オプション』

 取りあえず、オプションを選んでみる。
 すると設定項目がぞろぞろ出てきた。

モード   ゲーム/リアル/マキシマム 
コントロール   レバー/IFS 
カスタムモード   OFF/ON 
難易度   イージー/ノーマル/ハード 

 俺は難易度を『ハード』にすると、あとはそのままにしてスタート画面に戻る。
 そしてゲームをスタートさせた。



 スタートすると、ブリーフィングのデモが入り、使用機体を選ぶ画面になる。ざっと見ると、それぞれの機体に特徴がある。飛行可能、重武装、バランス型など。面ごとに使用機体を選べるらしい。
 そのうちいくつかは、ちょうどエステのフレームに対応していることに気がついた。
 飛行可能型は空戦フレーム、バランス型のAタイプは陸戦フレーム、重武装型はほぼ砲戦フレームと同様の運用が出来るようであった。
 1面の作戦は基地制圧。空戦なら素早い展開が可能だが、エネルギー的に厳しい。俺は陸戦フレームに当たるノーマルタイプAの機体を選び、出撃のボタンを押した。
 そのとたん、シミュレーターが起動し、俺はエステモドキで戦場に立っていた。
 俺はこれがゲームであるという認識を、頭から振り払った。格闘ゲームのことや、リョーコちゃんやヒカルちゃんの進歩から考えると、このゲームにおいても、『気配』や『殺気』を感じ取ることが出来るはずだ。
 そして現れた敵を、俺は片っ端からなぎ倒していった。
 10分ほどで、1面はクリア出来た。
 そして俺は、このゲームがただのゲームでないことも感じていた。
 まるで本物の戦場にいるのと区別が付かない。前方スクリーンに『MISSON COMPLETE』の表示が出なければ、この光景が現実だと言われても信じてしまうだろう。
 リョーコちゃん達がハマったわけがよく分かった。
 そして俺は、次の戦場へと向かっていった。



 5面まではごく簡単であった。成績はすべてパーフェクト。だが6面になると、油断出来なくなってきた。
 手抜きをする余裕が全くなくなる。俺はだんだんと自分が復讐に狂っていたあのころのような気がしてくるのを押さえられなくなってきていた。感覚がとぎすまされ、背後の敵の息吹が聞こえてくる、あの領域にいつしか俺は踏み込んでいた。
 面の切り替えごとに出てくる『MISSON COMPLETE』の文字だけが、俺をかすかに現実へととどめている。
 10面目をパーフェクトでクリアした時、俺の戦闘感覚はすっかりあの頃そのものになっていた。そして11面。選択出来る機体が一つ増えていた。
 それを見た瞬間、俺の血の気が引いた。
 形は違う。名前も違う。だがその機体のコンセプトは。
 ブラックサレナそのものであった。
 画面の向こうで、CGのキャラクターが説明をしている。
 「この『ブーストオプション』は、従来の機体に取り付けることにより、飛躍的な高機動、重武装、重装甲を実現することが出来る。作戦空域までは、さらに飛行用オプションにより戦闘機形態に変形、従来機を遙かに上回る速力を出すことが出来る。
 但し、残念ながらこの機体は、パイロットにかかる負担が性能に比例して増大する。だが君になら使いこなせるだろう。期待している」
 俺は悪魔に魅入られるように、その機体を選択していた。



 その機体はまさにブラックサレナそのものであった。実弾兵器とビーム兵器程度の違いはあったが、体にかかる重圧、とてつもない高速機動、そのすべてが、ちょうど防護服を着て乗った時のサレナの感覚にきわめて近かった。
 しかも作戦目的は、敵軍事コロニーの撃破。
 いつしか俺の意識は、完全にあの時に重なった。
 俺は11面をパーフェクトで切り抜けた。



 12面。攻略目標は、敵惑星上基地。
 但し、敵の最強部隊がガードに展開している。
 その敵リーダーに、北辰の姿が重なった。
 俺は修羅と化していた。
 さすがにパーフェクトとは行かず、ぼろぼろになりながら、俺はこの面をクリアした。



 13面。
 『LAST BATTLE』の表示が出ている。
 ブリーフィングによると、敵は唯一機。生き残った敵最強の戦士。
 そして俺の選択出来る機体も、一つだけ。
 俺に合わせて設計した、最強のカスタム機だという。
 ためらうことなくそれに乗り込み、最終面がスタートする。
 全身を襲う、すさまじいG
 とてつもない高機動。
 だが、それは最後の敵も同じであった。俺が耐えられるぎりぎりの機動を敵も行ってくる。
 すさまじい強敵であった。
 すべての技と武装を駆使して、俺は戦い続けた。遠距離の砲撃は、お互いまず当たらない。必然的に戦いは接近戦になった。
 不思議な高揚感が、全身に満ちる。
 忌み嫌っていたはずの戦いに、歓喜している自分がいる。
 そして最後、お互いの一撃が、お互いのコックピットを同時に貫いた。
 逃れられない死の予感。
 遠くなる意識の中、破損したコックピットから見えた、敵最強の戦士の顔は……
 あの頃の『俺』だった。



 「おい、大丈夫か!」



 意識が戻ってくると、どんどんと壁を叩く音が聞こえてきた。目の前には『GAME OVER』の文字が、寂しげに浮いている。
 気がつくと全身汗だくであった。
 扉を開けると、リョーコちゃんやガイが、心配そうに中を覗いていた。

 「おい、大丈夫か、テンカワ」

 「ワーニングランプがついてたよ」

 「おい、立てるか?」

 取りあえずコックピットを出たが、俺はそのまま崩れるように倒れてしまった。

 「ずいぶん疲れてんな……何やったんだ?」

 「いや、ひさびさに、クリア出来るかと思ってね……」

 取りあえずオレはそう言った。

 「けど、やっぱりなまってたかな……最終面でゲームオーバーだった」

 「おいおい、何面までやったんだ?」

 リョーコちゃんがあきれたように聞く。

 「オレだって5面に一度は休憩してるんだぞ。それをぶっ通しでやってたのか? そりゃそうなるわ」

 「無茶しすぎだぞ。オレも一回に3話までと決めてるのに」

 ガイもあきれている。

 「いい機会だからひさびさにゲームじゃなくって実戦形式の練習しようと思ったんだが、テンカワがこれじゃなあ。仕方がない、続きすっか」

 そう言いつつ、リョーコちゃん達はコックピットの中に消えていった。



 ……どういうゲームだ、あれは。

 一人ベンチに寝そべりながら、オレは今のプレイを回想しいてた。
 変な話だが、オレが自分でついた嘘のように、このゲームで特訓していたら、実戦においても十分オレ並みに戦えるだろう。

 だが……どう考えてもこれはゲームじゃない。

 オレの経験は、そう答えていた。
 敵がリアルすぎる。
 ゲームが終わってみると、この点が気になった。
 ゲームなら敵の反応に、ある程度のパターンが生じる。無人兵器と一緒だ。だが、後半の敵や、パイロットが乗っていると設定されている敵には、そのパターンがなかった。
 そういう敵は、人が乗っているもの特有の動きをしていた。
 俺ですら違和感を感じ得ぬほどに。
 断言出来る。ルリちゃんに聞いても、同じだろう。
 このゲームは、今の……いや、俺たちの知る五年後の技術でも作り得まい。
 だとしたら、ハルナはこれをどこで手に入れたんだ?
 だが、いくら俺が考えても、答えが出るわけもなかった。







 「確かに、気になりますね」

 俺は一旦自室に戻ると、ルリちゃんを呼びだした。
 ラピスにもリンクをつなぐ。
 コンピューターがらみのことならば、この2人が一番頼りになる。
 2人の意見は一致していた。このゲーム……格闘ゲームの方もだが……は、明らかに常軌を逸した『存在』であると。

 「殺気や気配を感知出来る理由は判っているんです。以前一度解析してみたことがありますから。ただ、そのとき分かったのは、このプログラムは、徹底的に人間の神経系及び脳組織を解析しなければ作ることは不可能だということです」

 ルリちゃんが言うにはそういうことであった。このプログラムを作った『誰か』は、そこまでのことをしたということになる。

 「実は……心当たりは、あります。このプログラムを作れる『誰か』には」

 「……ルリちゃん?」

 彼女の声は、妙に歯切れが悪かった。

 「……訳は……まだ、聞かないでください。それは私が口にしていい事じゃありません。でも……ハルナさんになら、作れるかもしれません」

 「ハルナが……? 何故?」

 ルリちゃんが嘘を言うとも思えない。だが、ハルナがあれを作れると言うことは、少なくともハルナはコンピューター技術に関して、ルリちゃんなど及びもつかない腕を持っていることになる。だとしたら思兼のオペレーターなど、わけもなくこなすだろう。
 それに、あれが彼女の作成したものなら、何故あんな嘘を? 俺の嘘に合わせたような嘘を。あれは俺があの場で考えた嘘だぞ? それを何故知ることが出来る。そんなことは不可能だ。

 (そうだよね……)

 ラピスも同意している。

 「そこが……分からないんです。でも……一つだけ、論理的に説明出来る可能性のある仮説があります」

 「どんな?」

 そう聞いた俺に、ルリちゃんは何とも言えない難しい顔をしていった。

 「ハルナさんも、A級ジャンパーですよね。なら、あり得るかもしれないんです。
 彼女もまた、あたし達と同じなのかもしれない、可能性が」



 その瞬間、俺たちの間には、何とも言えない沈黙が落ちた。



 ハルナが、逆行者?
 だが……そうだとしたら、今まで意味のない偶然だと思っていたことに、ことごとく光が当たる。



 俺との出会いがそうだ。逆行者でもない限り、あの場で俺と会ったのは単なる偶然だ。だがそれが意図されたことなら……



 時折見られる、先を見透かしたような不思議な言動。



 「ひょっとしたら、と思ったのは、この間の雑談です」

 そしてルリちゃんは、言葉を繋いだ。

 「アキトさん達が展望室に飛んだ時、ハルナさんは言いました。みんな、火星生まれだって。あの時は別段疑問に思いませんでしたが、一つだけ腑に落ちないことがあるんです。アキトさん、ユリカさん、ハルナさんの3人はいいんです。ですけど、イネスさんが火星生まれだと、何故ハルナさんは知っていたのでしょう。
 イネスさんと、ハルナさんの義理のお母さんであるサクヤさんは、少なくともお互いのことを知っていたみたいですから、イネスさんの事を知っていても不思議じゃありません。ただ……」

 「ただ?」

 「今のイネスさんは、自分が火星生まれであることを自分自身知りません。イネスさんは、火星の砂漠で『発見』されたのであって、正確な出身地は、まだ『不明』なんです。まあ、単純な勘違いというところだとは思います。子供が火星で拾われたなら、普通火星生まれだと思うでしょうし。
 でももし、それが勘違いじゃないとしたら……そう、思ったんです」

 「だとしても……何故」

 俺の疑問を、ルリちゃんはあっさりぶった切った。

 「理由があるならそれは『未来』の事です。そして『前の時代』に彼女と出会っていない以上、あたし達にその理由を知る術はありません。考えるだけ無駄です」

 (ど〜うかん)

 ラピスにまで言われてしまった。確かにその通りだ。
 ハルナが仮に俺たちと同じように時を越えてきた存在だとしても、その理由や動機を知るのは彼女のみ。直接聞く以外にそれを知る術はないだろう。
 だが直接聞いても答えるはずがない。俺だってそうする。もし聞けるとすれば、こちらもまた時を越えてきたものだと明かすしかない。
 だがそういうわけにもいくまい。

 「どうしたもんかな……」

 意味もなく、俺はそう呟いていた。
 そのときだった。

 「すみませ〜ん、アキトさん、お暇ですか?」

 あ……メグミちゃんか。この時期というと……バーチャルルームか。
 断るのは簡単だが、そうなると……

 「話がややこしくなるとまずいから、一旦つきあってあげてください」

 ルリちゃんのウィンドウが、そう言い残して消えた。
 結局俺は、メグミちゃんとバーチャルルームへ行くことになった。



 バーチャルルームで、取りあえずあのヘルメットをかぶる。
 そしてメグミちゃんが、起動のスイッチを押した時だった。
 いきなり周囲が、闇に覆われた。

 「あ、あれ? このあとシチュエーション設定のメニューが出るはずなんだけど」

 メグミちゃんもうろたえている。
 そのとき、何かとてつもない殺気が2人を襲う。

 「きゃああああああっ!」

 メグミちゃんの悲鳴が上がる。
 俺はとっさに前方の空間を蹴り飛ばした。
 ドンピシャ!
 何か重たいものに当たる手応えと共に、ぐえっ、というくぐもった音がした。
 俺はすでに何が起こったか理解していた。バーチャルルームを起動したとたんに、例のゲームの、それもマキシマムモードが起動したのだ。
 このゲームの心理的負担はかなりのものだと、ルリちゃんが言っていたのを思い出す。彼女は開始後3秒でプレッシャーに耐えられず気絶したという話だったが、2人でプレイしたらどうなるのかは俺にも分からない。一応メグミちゃんはまだそこにいるのが感じられるから、2人ともゲームオーバーになるまでゲームは続くのかもしれない。

 「あ、アキトさん、なにこれ、どうなっちゃったの!」

 暗いので顔は見えないが、明らかに物凄い『恐怖』が彼女を襲っている。

 「よくは分からんが、これはゲームだ。聞いたことない? ハルナが持ち込んだ格闘ゲーム」

 「ゲーム?」

 「そう、ゲームだ。だから別段死ぬようなことはない。ただ、リセットのかけ方が分からない。だけどクリアするか2人ともやられれば元に戻れるはずだ」
 だが、メグミちゃんの答えは、俺の予想を超えていた。

 「うそ……信じられないよ。ゲームがこんなにリアルなわけ……」

 俺はそこでメグミちゃんの体を突き飛ばした。2人の頭上を、銃弾がかすめていく。
 同時に明かりがついた。前の時とは違う部屋に、2人の男が銃を構えている。
 俺は一気に間合い詰めると、2人の男の頸骨を粉砕した。悲鳴も上げずに崩れ落ちる2人。
 2人の銃を回収すると、俺はメグミちゃんに言った。

 「大丈夫だ。出てきてもいいよ」

 だが青い顔をして起きあがってきたメグミちゃんは、俺ではなく、倒れている死体の方に行った。意外にしっかりとした顔をしている。これなら大丈夫か。
 だがそれが甘い考えであったことを、俺はすぐに思い知った。
 彼女は恐れげもなく死体に手を触れ、そして俺に向かっていった。

 「頸骨粉砕骨折……即死…………アキトさん、倒れた敵の死体がきちんと死因まで特定出来るゲームなんて、あるんですか?」

 なんか目が怖い……そういえばメグミちゃん、声優になる前は看護学校に行ってたとか言ってたっけ。こんなところで冷静になられても……。

 「あるんだよ、それが……」

 俺はそう言うしかなかった。
 だがそれ以上言っている暇はなかった。
 ドアに向けて三点斉射!
 ぴったりのタイミングでドアが開き、銃を持った黒服がその場に倒れた。

 「行くよメグミちゃん、ゲームの中とは言え、死にたくはないだろ?」

 彼女はおそるおそる、俺についてきた。



 2人プレイのせいか、敵の数が多かったが、難易度自体が低いのか、俺が試した時よりは楽に進めた。地道に体を鍛えていたのも良かったのかもしれない。200人ばかりの敵を倒して、やたら頑丈な扉を武器庫にあった爆薬で破壊したとたん、俺たちの目の前に、「MISSION COMPLETE」の文字が浮かび上がった。
 そして再び現実に戻る空間。だが俺の手には、まだたっぷりと、血と硝煙の匂いが染みついているような気がした。

 そして、メグミちゃんは。

 うつろな目で俺を見ていた。だがいわゆる「イってしまった」目ではない。

 「アキトさん……」

 どことなく寂しげな声だった。

 「アキトさんは、あれが現実でも、同じ事が出来るんですか……?」

 「……ああ」

 出来るではない。やった、だ。
 その一言で、俺は忘れかけていたものを思い出していた。

 ……あの、虐殺の日々を。

 そしてメグミちゃんは、いつか見た目をして、俺の前から去っていった。
 前の歴史で、メグミちゃんが去っていった時の目だった。



 ぴっ



 ぼうっとそこに立ちすくんでいた所に、ウィンドウが開いた。

 「どうしたんですか、アキトさん。今メグミさんが、暗い顔して戻ってきましたけど……」

 「ああ。今バーチャルルームで……」

 俺は事のあらましを簡単に説明した。

 「ちょっと待っててくださいね……あ」

 ほんの数秒で、原因が判明したらしかった。

 「ハルナさん」

 「はーい」

 俺の隣に、整備班の服を着たハルナの顔が現れた。

 「なーに、お兄ちゃん、ルリちゃん?」

 「ハルナさん、あなたですか? バーチャルルームのメニューを改竄したのは」

 「改竄……ああ、ショートカットのこと? この間ゴートさんが操作がよく分からないって言ってたから、起動するだけであのゲームが出来るようにしたけど……どうかしたの?」

 「お前のせいかっ!」

 俺は思わず怒鳴っていた。

 「な、なによ!」

 「お前が変な設定したせいで、俺とメグミちゃんがいきなりゲームに巻き込まれたんだ!」

 「へ? おかしいな。ゴートさん以外は普通に使えるはずだけど……ちょっとごめんね」

 訳が分からないと言う顔をして、ハルナのウィンドウが消えた。その数分後。

 「ごめーん! バグだった! 条件判定の所、コメントマークがついてた! これじゃ誰が起動してもあのゲームに直行しちゃう! すぐ直すから!」

 「……もう遅い。だけどさっさと直しとけ」

 「はーい、ごめんなさーい!」

 そのままハルナのウィンドウは消えていった。

 「……アキトさん」

 そこにルリちゃんが話しかけてくる。

 「本当だと思いますか? バグの話」

 どういう事だ?
 俺が不思議がっていると、ルリちゃんは何となく言い辛そうに言葉を続けた。

 「どうもハルナさん、メグミさんに対して妨害工作をしている様な跡があるんです」

 「妨害工作?」

 「……はい。アキトさんとメグミさんの仲が良くなるのを妨害しているみたいなんです……あくまでもハルナさんが逆行者である、という仮説の元でのことですけど」

 「聞かせてくれ」

 俺は続きを促した。

 「まず最初、サツキミドリの後です。今回の歴史ではメグミさんと……ああいうことになりませんでしたが、つきつめてみればハルナさんの介入によってサツキミドリの戦況が変化したことが原因です。ただこれは偶然かもしれません。しかし、ユートピアコロニーの件ではハルナさんは明確にメグミさんの同行を妨害しています。メグミさん本人が愚痴っていましたから間違いありません。
 そして今回。ゴートさんが例のショートカットを依頼したのは事実みたいですが、偶然にしてはできすぎています。もしゴートさんの件が無くても、彼女は何らかの妨害工作をしたのではないでしょうか」

 最後の部分には、なんか異様に力が入っていた。

 「ずいぶん……確信的だね」

 「……あたしでもそうしましたから」

 「ん、なんか言った?」

 「いえ、別に」

 取りあえずそこで俺はバーチャルルームを出た。だが俺の疑問はますますふくれあがるだけだった。
 なあ、ハルナ。
 もしお前が俺たちと同じものだとしたら……何のためにお前はナデシコに乗ったんだ?
 メグミちゃんと俺の距離を空けて……お前に何の得がある?
 分からないことが増えるばかりだ。



 そんな俺の悩みを無視してナデシコは順調に進み……ユリカがグラビティブラストを誤射することもなく、ナデシコは問題なく作戦区域までたどり着いた。
 だが、歴史はやはり試練を用意していた。



 「これは困りましたねー。よりによって敵が親善大使のすぐ側に陣取っているとは」

 「冷静に考えてみればあり得る話だ。連合軍が何の意味もなく偵察を出すわけもないし、それを回収しようとも思わない。こういう事だったのか」

 プロスさんとゴートさんが状況をそう分析する。

 「上の方もそこまでバカじゃなかったって事ね……」

 ムネタケも真面目に悩んでいた。
 前回の歴史ではユリカが敵を呼び寄せたせいで、大使の回収はすんなりと進んだ。だが、こうなってみると、あの時点で敵を呼んだのは、むしろ正解だったのだ。
 前回とは少しずれた位置にいる大使(熊)の近くに、チューリップが一つ落ちていた。但し、全体が氷結していて、ほぼ氷山と化しており、使用は不可能。ここにいる部隊はそのチューリップを守るように布陣している。
 そして大使こと熊は、その布陣の真下にいた。これではまともに戦えない。万が一熊に被害が出たら、連合軍は鬼の首を取ったように、ナデシコに『大使負傷』の責を負わせるだろう。
 そんな思惑に乗るわけには行かない。
 考えあぐねていると、ユリカが言った。

 「戦場を移さないとだめですね、これは。ここでは戦えません」

 「ああ、艦長の言う通りだ。この場で戦うのは、万が一の被害が怖い」

 「となると、誰かが敵を誘い出さないといけないわね」

 ムネタケにしてはまともな状況判断だな。

 「アキト、危険だけど、いいかな? 囮役」

 ユリカがじっとこちらを見る。そこにあるのは、信頼の証……プラス、甘え、か?
 ふと、心に嫌な予感がよぎった。
 このままいったら、ユリカは俺に頼りきりになるかもしれない。
 それはいろいろな意味で、良くない。
 少し、距離を空ける必要がある。だが、今の状況で手抜きをしたり、囮を断ったりするのは問題だ。ナデシコを危機に陥れるのは本末転倒だからな。
 そんな風に俺が悩んでいると、意外なところから声が上がった。

 「それは違うわ、艦長」

 「提督?」

 「テンカワアキトを囮に使うのは間違ってる、っていうのよ」

 みんなが一斉にムネタケに注目した。

 「囮になるのはナデシコ本体よ。サセボの時と違って、敵には戦艦もいるわ。エステバリス一機じゃ敵が寄ってくるかどうかは怪しいわね。そしてテンカワアキトの戦闘力を考えた場合、むしろ奇襲するのは彼の方よ。ナデシコが敵を誘い出し、敵が大使から離れたところで、まず敵の探査には引っかからないテンカワ機がその絶大な戦闘力で奇襲する。この方が良くなくって?」

 あ、ルリちゃんの顎が外れそうになってる。

 ……俺もか。

 動じてないのはユリカだけ、か。

 「うーん、確かに提督のいう通りですね。囮は思いっきり敵の攻撃にさらされるから、受けきれるか避けきれる人じゃないとだめだし。じゃ、その作戦で行きましょう」

 「あなたがそう言うのなら、あたしの思いつきも間違ってなかったってことね。じゃ、後はおまかせするわ。信じているからね。あなた達があたしを出世させてくれることを」

 相変わらずの台詞のはずなのに、その響は全く違うものであった。ヒステリックに要求するのではなく、まるで子供が成長するのを楽しみにしている、親のような言い方。
 この8ヶ月で、間違いなくムネタケは変わった。
 明らかに、余裕がある。相手を信じるゆとりが感じられる。
 みんなが作戦開始に向けて退出していく中、俺は思わずムネタケに話しかけていた。




 「提督……何か、変わりましたね」

 ムネタケは俺の方を見ると、ふっと笑いを浮かべた。

 「まあ……アンタの妹さんのおかげかもね。言っとくけど、そういう意味じゃないわよ。あの娘との間に、深い関係はないからね」

 俺も思わずつられて笑ってしまった。
 そしてムネタケは続けていった。

 「あんまり詳しくは言えないけどね……あの娘はあたしにこう言ったわ。あたしだけは、あなたを見てる、って……不思議なものね。たったそれだけの言葉が、あたしを変えたの。自分が客観的に見えるようになった、って所かしら。何というか、焦りが消えたのよ」

 そしてその目が、どこか遠くを見つめる。

 「ナデシコを脱走した後、謹慎になっていたあたしに、励ましの手紙をくれたりもしたわ。どうしようもないことだったけどね、中身の方は。元気づけようと占いなんかしてくれちゃって。
 でも結構当たってたわ、その占い。その後あたしはそれがきっかけになって、大きな仕事を一つ成し遂げたわ。そうしたら何もかもが変わり始めたの。父も親子の立場を越えて褒めてくれたし、さらに大きな仕事も任せてもらえた。そこであたしは今までみたいにうるさく言うのをやめて、自分じゃなく、部下に手柄を立てさせるように頑張ってみたの。時には上に逆らってでもね。コレもあの娘の受け売りだけど、手柄って言うのは、上役の言われたことをやることじゃなく、目に見える成果を上げることでしょ。例の仕事で分かったもの。形のある成果を上げて、それが正しいことなら、上司とかそんなことは関係なく、それは自分の手柄になるって。今まであたしは、とにかく上の言うことに従ってきた。でもそれじゃあたしは偉くなれないって気がついたのよ。

 だからあたしは上司に媚びるのをやめたの。従うんじゃなく、何をするべきかを考えたのよ。そうしたらいろんなことが見えてきた。今まで見えなくなっていた、いろいろなことがね。

 そうしたら私は次々に手柄を上げられるようになったわ。一時期の行き詰まりが嘘みたいに。そして気がついたの。手柄は取り上げるものではないってね。上がどんなに頑張ったって、働くのは下の人よ。上の人間の手柄は、下がいかに働いたかにかかっているってこと。なら上の手柄って言うのは、いかに巧く下を働かせるか、それにつきるわ。今まで私は、下が私の命令に従わず、頑張って活躍すると、その分私の手柄が減るって思っていたわ。でもそうじゃなかった。下が頑張れば頑張るほど、私の手柄も増えるのよ。取り上げるまでもなく、下の手柄は、自動的に私の手柄でもあったんだから。

 だから私は、積極的に部下の活躍を上に伝えたわ。努力して成果を上げたものを、出来るだけ見つけるようにした。今まではそういうのは隠していたけど、逆だって気がついたからね。そうしたら私の部下達は、見違えるように頑張ってくれた。本当に、大活躍だったわ。私はほとんど何もせずに、どんどん認められていった。

 ま、そうやって頑張ってるところに、アンタ達はこうして今頃のこのこ現れた訳だけど、なんて言うか……今ならやり直せるんじゃないかって思ってね。実際個人的に気にくわないことに目をつぶれば、このナデシコは全軍を通じて最強の船よ。変な話だけどあなた達が火星に行ったことで、それははっきり分かったわ。だからせいぜい利用してあげる。私は邪魔はしないわ。この船で私がするのは、アンタ達に任せて、報酬も失策も、一呑みにすることよ。そしてあたしは、プラスがマイナスを上回ることを信じている。ま、外したときはそれまでだけどね。

 ……こんなもんかしらね、アンタ達に言いたかったことは。そうそう、アンタの妹、あたしに気があるのはいいんだけど、どういう趣味してるの? 変な遊びにばっかりつきあわされるのよ」

 長々と語られたムネタケの台詞に息をのんでいた俺は、一瞬答えるのが遅れてしまった。

 「変な、遊び、ですか?」

 「そ。訳の分かんないSF本を薦められたりとかね。昨日は暇つぶしに艦長と遊んでいたらハマったとかで、一晩中戦略シミュレーションゲームにつきあわされたわ。あたしはそういうの苦手だったのに。ここだけの話ね、囮は目立つ方がいいって言うのは、あの娘にしてやられたから思いついたのよ。ほら、アンタがサセボで囮をしたじゃない。そのことを思い出して機動兵器を囮に使ったんだけど、あの娘囮に見向きもせずに本体を叩きに来たのよね。何故引っかからなかったのか聞いたら、自軍の防御力なら、その程度の囮は無視しても大した被害にならないって言われちゃって。言われてみて凄く納得しちゃったわ」

 「はあ、ご迷惑をおかけしました。今度言っておきます」

 頭を下げながらも、俺の頭脳は猛烈に回転していた。

 「あ、別にいいわ。実は結構楽しいのよ。コレって、あたしもナデシコに染まってるってことかしらね。じゃ、あたしは行くわ」

 そういってムネタケが去った後も、俺の頭は止まらなかった。
 格納庫に入り、エステに搭乗した後、俺はユリカを呼びだした。

 「きゃ、アキト、何?」

 声にハートマークがついている。それを無視して俺はユリカに言った。

 「なあ、ユリカ、お前、ハルナと戦略シミュレーションしたか? 最近」

 「ん? うん、したよ。ハルナちゃん、才能あるのねー。危うく負けそうになったわ」

 おいおい……ユリカを負かすだと?

 「ハルナちゃん、とにかくミスしないのよね。あたしがやった指令ミスを足ががりに攻められまくっちゃって大変だったよ。何とか巻き返したけど」

 「へえ、そうか」

 「でも、どうしたの? 急にそんなこと聞くなんて」

 「いや、ちょっと人づてに聞いてな。ならいいんだ」

 俺はそう言ってごまかした。

 「まあ、アキトとお話し出来たからいいけど。あ、そうだ。ねぇアキト、どうやって敵を誘い出したらいいと思う? いろいろ考えたけど、どうも一長一短なのよね」

 「ならいい手があるぞ」

 俺は『いい手』を教えてやった。順序は変わるが、元々の歴史でユリカがやったことだ。

 「あ、それは思いつかなかった! さっすがはアキトだね!」

 だが俺は、逆に心が冷えていくのを感じていた。



 ムネタケは変わった。
 些細なきっかけが、奴を変えた。ドミノ倒しの様に、たった一つの札が倒れただけで、次々と連鎖反応が起きて、提督は歪んでいた自分に気がついた。
 今の提督なら、あの悲惨な最期を迎えることはないだろう。無視され、裏切られた挙げ句の果てに、妄執と共に滅んだ、あの悲しい最期は……。
 昔の提督は、自分の主張だけを声高に張り上げ、結果他人から無視された。それがより提督をヒステリックにし、それがますます周りの人を遠ざける。
 悪しき循環に、提督ははまりこんでいた。
 前の歴史でも言っていたことがある。かつては自分も正義を信じていた、と。
 ハルナはそんな提督を、悪循環から解き放った。
 あなたは無視されていない、と、体を張って伝えることによって。
 そして提督は、何故自分が無視されるかに気がついた。それが巡り巡って、今の提督につながる。
 ドミノを並べたのは、お前か? ハルナ。
 どこまで、計算していた?
 いつしか俺は、完全にハルナを疑っていた。
 ハルナもまた、逆行してきた存在かもしれない。
 ルリちゃんの仮説を、俺は完全に受け入れる気になっていた。
 何もかも計算済みで、俺たちの運命を操っていく。
 お前は、何を考えているんだ……?

 「よ、アキト、ちょっといいか?」

 そこにウリバタケさんの声が入った。

 「あ、なんですか?」

 「頼まれてた例のもの、取り付けといたからな。全く、なんてこと考えるんだ……使い方に気ぃつけろよ」

 「あ、どうも、ありがとうございます」

 「ちなみにな、二本あるうちの黄色い方はサポートつき、白い方はサポートなしだ」

 ん? サポートって、何だ?

 「まあ言われた通りに作ったけどよ、コレじゃはっきり言ってまともに制御出来ないだろ? コレ」

 まあ、今の段階じゃ、たぶん俺以外には使いこなせないだろう。

 「このまんまじゃ使いにくいだろうって、ハルナの奴が必死になって制御用のプログラム作ったんだよ。ただ、まだ試作段階だし、バグがあるとまずいって言うんで、無制御の奴も一緒に付けておいた。出来ればデータが欲しいって、ハルナも言ってたぞ」

 そのとき、何故そんな気持ちになったのかは分からない。だがそのとき、俺の心にあったのは、どす黒い不信感だった。
 ハルナ……お前が何を考えているのかは知らん。だが、お前は知っているのか? この俺を!

 「準備完了です。アキトさんは出撃して、所定の位置についてください」

 ルリちゃんのウィンドウが開く。

 「了解……」

 そう答えた後、ルリちゃんとの間に秘話回線を開く。

 「……? 何ですか、アキトさん」

 「ルリちゃん……悪いがもうしばらく、ハルナの動向に注意していてくれ」

 それだけ言うと、返事も待たずに回線を閉じた。
 そして俺の乗った空戦フレームは、ナデシコを出発した。







 アキトさんが所定の位置に着いた後、ナデシコも位置に着きました。
 敵を誘い出す手段……それは前の歴史でユリカさんがやったことを再現するだけのことです。
 さすがに理性の残っているユリカさんには、『取りあえずグラビティブラストをぶっ放す』という発想は出なかったみたいです。アキトさんにこの手を教えてもらったとき、ひたすら感心していました。
 けど、アキトさん、何故です?
 何故、あの目を?
 あの、復讐に明け暮れていた、あの頃の昏い、乾いた目を。
 そして……何故ハルナさんのことを言ったとき、その目をしていたのですか?
 気にはなりましたが、作戦開始の時間です。
 私は思兼に、ハルナさんの行動の追跡を頼んでから、オペレートに専念しました。



 グラビティブラストが虚空に消えていくと同時に、敵が動きました。あの時の布陣です。やがて敵は、ズバリねらっていた通りの位置に来ました。

 「アキト、敵の攪乱お願い!」

 ユリカさんが隠れていたアキトさんに作戦の開始をコールします。
 しかし、アキトさんから返ってきたのは、了解のコールではありませんでした。

 「いい位置取りだ……これより敵を殲滅する」

 「え……殲滅?」

 ユリカさんの疑問に、アキトさんは沈黙を持って答えました。
 そして、戦いが始まりました。
 アキトさんの一人舞台が。



 俺は手にした二本の剣を振るった。
 ふっ、いい出来だな、ハルナ。だが、これをプログラムすることが出来ると言うことは、お前は明らかにルリちゃんやラピスより優れた能力を持っていることになる。
 馬脚を現したのか? それともこれも計算済みか?
 まあ、今はいい。さすがに二本同時は俺でもまだ難しいが、これなら片方の剣は軽くイメージするだけで剣の姿を保てる。
 見ていろ、ハルナ。お前が操ろうとしている男の恐ろしさを。
 それでもお前は、人の運命をねじ曲げようとするのか?
 ヤマサキのように。



 「何だよ、あれ……」

 「聞きしにまさる、だな」

 リョーコさんもアカツキさんも、戦場に近寄ることすら出来ません。
 戦艦の砲撃すら、ナデシコには一発も飛んできません。
 これは敵兵器のAIが、ナデシコよりもアキトさんの方を脅威と認識した、ということです。
 それも、こちらへの牽制を無視してでも当たらねばならないほどの。
 そして、それは文字通りの意味でした。
 手にした二振りの光の棒……いえ、剣ですね。それが振るわれるたびに、バッタやジョロが次々と切り裂かれていきます。
 そして襲いかかる攻撃は、ただの一筋もアキトさんに触れることが出来ません。
 あまりにも常軌を逸した動きです。私はそれが可能なことを知っていますが……。

 「おい、アキトの奴、大丈夫なのか!」

 そこにウリバタケさんから通信が入りました。

 「どういう事です? ウリバタケさん」

 ユリカさんがのほほんとした様子で答えますが、ウリバタケさんはそれにかまわず言いたいことを言いました。

 「あの野郎、エステのリミッターを切ってやがる! セーフティもだ! つまりあいつのエステは今、パイロットの状態お構いなしに動いてやがるんだ! 横に全力なんて機動をしたら、ブースター全力で横に行っちまうんだぞ! パイロットが気絶しようと何だろうと。そんなんで中の人間が保つか!」

 「保つみたいよ」

 そこに割り込んでくるウィンドウがありました。
 もちろん、イネスさんです。

 「ウリバタケさん、信じられないかもしれないけど、彼は平常よ。とてつもないGがめまぐるしく変わりながらかかっているはずなのに、脈拍、血圧とも通常時のまま……全然平気だって言うこと」

 「すっごーい……やっぱりアキトは、私の王子様!」

 艦長は単純に喜んでいますが、ゴートさんが真っ青です。

 「それだけじゃないわ。今のアキト君は、一発でも攻撃が当たったら、おそらく即死のはずよ」

 「え……」

 さすがにユリカさんの顔も凍りました。

 「ちょっと待て! どういうこった!」

 「何で一発で終わりなの!」

 「聞き捨てならないわね」

 「説明してもらえるかな」

 「おおっ! 親友の危機は黙って見てられねえぞ!」

 エステのパイロットのみなさんも次々に割り込んできます。イズミさんですら、ギャグを入れません。
 けど、アカツキさん、イネスさんにその台詞は禁句なんです……

 「説明しましょう!」

 ほら、始まった……



 「アキト君の持っている剣、あれは彼発案、あたくしイネス フレサンジュ設計、ウリバタケ セイヤ製作の新兵器、ディストーションフィールド収束装置よ」

 「おおっ! ゲキガンソードか!」

 「説明中は大人しく聞く!」

 ヤマダさんのウィンドウを、イネスさんがはじき飛ばします。

 「まあ要するに、ディストーションフィールドを一点、ていうか一直線上に収束して、フィールドを攻撃的に使えるようにしたものね。以前でも拳の部分にフィールドを集約して、敵を撃破したことがあったでしょ。あれの強化版って所ね。空間歪曲場は接触面に対して斥力場として反応するから、結果は見ての通りよ。フィールド同士が接触すると、互いの場が反発しあって、密度……正確には単位面積当たりの強度が強い方の場が、弱い方の場を押し広げ、崩壊させてしまう。フィールドなしで物体に接触すれば、グラビティブラストに直撃されたのと同じ事になるわ。今現在の収束率だと、バッタのフィールドなんて紙みたいなものね。戦艦のフィールドですら切り裂けるわ」

 「すっげー発明じゃねーか!」

 リョーコさんは素直に感心しています。

 「結果的に強くなったんなら別にいいんじゃない?」

 ミナトさんものんきに答えます。
 それを聞いてイネスさんはうっすらと笑いを浮かべました。

 「ただで強くなるのならね。エネルギー保存則って知ってる?」

 「……あ」

 答えに気がついたのはヒカルさんでした。

 「収束するフィールドって、どっから持ってきてるわけ?」

 「そう、エステバリスの防御フィールドよ。つまりあれは、全身を覆っているエステバリスの鎧を、剣の形に収束されているだけ。あの剣……DFS、とでもしますか……アレは威力を上げれば上げるほど、本体の防御力が0に近づく、そういう諸刃の剣なのよ」

 「どうして、そんな危険なものを……」

 ユリカさんが、絞り出すように言いました。

 「本来なら、あれはチームを組んで使うものよ」

 イネスさんは優しく諭すように言います。

 「他の人が周りを囲んでガードし、中央の一人が瞬間的に刃を形成して攻撃、すぐに解除……これが正しい使い方よ。これならエステバリスで戦艦を落とすことだって可能になる。けど、彼はそうしなかった」

 アキトさんの鬼神のような戦いは、すでに終わりが近づいていました。
 バッタ達はほぼ全滅。残すのは大物だけです。
 嵐のような対空砲火をくぐり抜け……戦艦のフィールドに接触する直前、



「うおおおおっ!」


 アキトさんの持つ光の剣が、一気にその長さを伸ばしました。
 エステの大きさと比較すると……約50倍。200メートル近くにまで、剣が引き延ばされました。

 「あれだと本体の防御力は完全に0ね。バッタの機銃弾一発で落ちるわ」

 しかしそんなことが起こる間もなく……その剣は戦艦に襲いかかりました。
 そして私たちは見てしまいました。
 戦艦が丸ごと、輪切りにされるのを。



 戦艦 8隻
 無人兵器 600機(推定)

 自機損傷 なし



 アキトさんはたった一人で、これだけの戦果を上げました。



 「い、異常よ彼は!! 絶対!!」

 突然、エリナさんが叫び出します。
 しかし、それはブリッジ全員の心情でもあったのでしょう……

 「アキト君……彼って本当に味方だよ、ね」

 ミナトさんの声も震えています。

 「あれも、アキトさん、なの……」

 そうなんです、メグミさん。

 「死ぬのが怖くないのか!」

 ジュンさんも叫んでいます。

 「少なくとも、怖くはないみたいね……」

 そう答えたのは、イネスさんでした。

 「結局彼、最初っから最後まで平静そのものよ。恐れなんか、微塵も持っていなかったわね」



 ブリッジに沈黙が落ちました。

 「信じて、いいよね、アキト……」

 そういったのは、ユリカさんでした。

 「アキトはあたしの王子様だから、どんなときでもあたしを助けてくれる……でも、そのせいで死んだり、しないよね……」

 下を向いている艦長の足下に、水滴が落ちます。
 ですがそれを見たとき、私の胸にわき起こったのは、怒り、でした。

 「だったら強くなってください、艦長」

 自分でも冷たい声が出ているのを感じます。昔の私のような、凍った声。

 「え?」

 顔を上げたみたいですが、私は前を見たまま、言葉を続けました。

 「アキトさんに無茶をさせたくなかったら、無茶をする状況を作り出さないようにしてください。今回のはアキトさんが勝手にやったことかもしれません……けど、ナデシコがピンチになったら、アキトさんはまたやります。そしてそのときは……帰ってこれないかもしれません。その状況を左右するのは……艦長の采配一つです。そしてそれが艦長の責務であり、責任です」

 そういいきったとき、私は頬に冷たいものを感じました。
 これ……涙? 私、泣いています……か?

 「……ごめん」

 少しして、ユリカさんの声が背中に響きました。

 「ルリちゃんの、言う通りだよね……あたし、頑張るよ!
 アキトを絶対、そんな目には遭わせない!」

 立ち直ってくれたみたいです。あ、なんかにやにやが止まりません。
 どうしたんでしょう、私。

 「あら、うれしそうね、ルリルリ」

 ……早速ミナトさんに突っ込まれてしまいました。

 「おうっ、テンカワの奴ばっかり危険な目に遭わすわけにはいかねーぜ!」

 リョーコさんも意気を上げています。

 「そうとも! 親友ばっかりに頼ってられるか!」

 いいこと言いますね、ヤマダさん。

 「あたしも頑張るぞっ!」

 ……私もです、ヒカルさん。

 「死と死を合わせても、幸せにはならないのよ」

 ……なんか毛色が違いますね、今のギャグ。ひょっとして、真面目に言ったんですか?

 「さて、英雄の帰還を待つとするか」

 アカツキさんがそうまとめて、アキトさん以外の人が、みんな撤収しました。
 後はアキトさんの帰還を待つばかりです。



 そしてアキトさんは、帰還してエステから降りるやいなや、ウリバタケさんに袋にされていました。
 アキトさんもそれを甘んじて受けています。

 「俺は自殺したがりの特攻野郎のために機体を整備してるんじゃねぇ!」

 その言葉が、私の胸にも響きました。
 アキトさんの目も、元の輝きを取り戻しています。

 「お兄ちゃん、いくら何でも危ないよ! そりゃあデータが欲しいって言ったけど、あそこまで無茶することないじゃない」

 腰に手を当て、頬をふくらませています。

 「安心しろ、あの程度じゃ死んだりしないさ」

 ……? 今一瞬、また昏い光がさしたような気がしました。

 あ、ウリバタケさんに後頭をどつかれています。

 「だからそういう言い方をするんじゃねえって言っただろ! ここは素直にあやまっとけ!」

 そうウリバタケさんに言われて、アキトさんは頭を下げていました。



 「アキトさん、何故ですか?」

 大使(=熊)を回収しに、ナデシコは飛んでいます。
 自室で休んでいるアキトさんを、私は呼び出しました。

 「何がだい?」

 そう答えるアキトさんの目は、いつもの優しいアキトさんです。

 「ハルナさんを見る目が……いつもと全然違いました。あれは……」

 そこから先は言葉になりませんでした。言えません。あれは……北辰を見る目だったなんて。

 「……ルリちゃん。本当に、ハルナも逆行者だと思うか?」

 アキトさんの顔に、再び黒い影が被さります。

 「はっきりとは分かりませんけど……その可能性はあると思います」

 私はそう答えました。

 「DFSの制御用プログラムを、ハルナが作ったそうだ。試してみたが、出来が良すぎる。あれが作れるって言うことは、少なくともハルナの能力は、ルリちゃんを上回る。なら何故ハルナは、その力を隠していた? その気になったら、ハルナはナデシコを乗っ取るくらい、わけないはずだぞ?」

 アキトさんの声には、はっきりとハルナさんに対する不信が籠もっていました。

 「ハルナさんが……信じられないんですか?」

 しばしの沈黙の後、アキトさんは答えました。

 「ああ」

 と。

 「ハルナがもし、俺たちの運命に干渉して何かをしようとしているなら……素直にそれを信じるわけにはいかない。人のことを言えた義理じゃないがな。ただ、せめてその目的が分からないことには、信じられそうにない。何というか、ハルナのやり口には……ヤマサキと同じ匂いがするんだ。人を駒としか見ていないような匂いが」

 それで荒れていたのですか? アキトさん。
 心を許していた妹さんに、裏切られたと思って。

 「アキトさん」

 私はそれを聞いて心を決めました。
 ハルナさん、ごめんなさい。
 あなたの秘密を、少し、使わせていただきます。
 アキトさんは、強く、優しい人ですが、脆い人です。
 信頼や裏切りに、敏感に反応する人なんです。
 ですから、ごめんなさい。

 「ハルナさんに、少なくとも悪意はないです……」

 「……何故、そういいきれる?」

 私は心の中で、歯を食いしばりました。

 「いいこととは限りません。けど、ハルナさんは命を賭けています」

 「命を……? そういえばイネスさんに言われたっけ。あいつ、持って5年の命だって……」

 それは聞いていたんですか。

 「それだけじゃありません。ハルナさんは、己の超人的な能力を使うたびに……確実に寿命が縮むそうです。どのくらいかは、分かりませんけど」

 「!」

 アキトさんが息をのむのが分かりました。

 「私にもハルナさんが何を考えているのかは分かりません。けど、彼女が私たちや、ナデシコのみんなに悪意を持っていないことは分かります。メグミさんに対する行動は、今ひとつ分かりませんけど。今度さりげなく聞いておきます。
 でも、少なくとも彼女は、ナデシコを救うために、自分の命を賭けられるんです。何かの意図を持って逆行してきたんだとしても……私たちを苦しめるとか、利用するためだとは思えません。あれは……私たちと同じ、大切なものを守るための目です。
 アキトさんには、それが信じられませんか?」

 「……それは知らなかった」

 アキトさんも、少しは考え直してくれたみたいです。

 「ただ、それでも気になる。ひょっとしたら……むしろ巻き込んでしまった方がいいかもしれないな」

 もし、ハルナさんもまた、逆行者だとしたら、当然です。
 何か、決定的な証拠でもあるといいのですが……難しいですね。
 そうと決まったわけでもありませんし。
 ハルナさん……貴方は、何故ここにいるのですか?
 我々は、あなたの味方になれませんか?
 もし、あなたもまた、この歴史を変えるために過去に戻ったのだとしたら、共に手を携えることは出来るはずです。
 それとも、あなたは、私たちの敵なのですか……。







 次回、「ヒロインらしく」が危ない……これが、本当の悲劇よ……につづく。








あとがき。

 とうとうアキト達も、ハルナを疑い始めました。
 歴史を変革し続けてきたイレギュラー、ハルナ。
 彼女は、何を考えて、歴史に干渉しているのか。
 アキトも、ルリも、悩みます。
 そして一方で、ハルナもついにその秘められた仮面を、また一枚脱ぎ捨てます。
 次回のお話をお楽しみに。



 後、アイングラッドさん、ハルナとムネタケのイラスト、本当にありがとうございました。
 代理人様は、もっとぶっ飛んだ着こなしをしているのではないかと思っていたそうですが、実はハルナは割ときちんと服を着ています。もっともあのオペレーター服より、整備班用の作業服の方が多いんですけど。ツナギはサイズの問題で着ていないと思いますが、普段の彼女は作業用のジャケットとズボンです。
 本当にぶっ飛んだ着こなしは……次回をお楽しみに。

 

 

 

 

代理人の感想

 

「みんなで幸せになろうよぅ」計画着々と進行中(笑)。

 

で、計画が予定通りに進む限りハルナが完全にアキト達(あるいは逆行者)の味方になることは

おそらくオーラスまでないんじゃないかと思いますが・・・

それともまだ一ひねりあるかな?

 

 

追伸

 

 本当にぶっ飛んだ着こなしは……次回をお楽しみに。

いや、別に楽しみにしてたわけじゃないんですが(爆)。