再び・時の流れに 
〜〜〜私が私であるために〜〜〜



第11話 気がつけば「オタク族」……アキトさんはそんなんじゃありません!



 「クルスク工業地帯……私たちが生まれる以前に、主に陸戦兵器の工廠として栄えていた所よ。今回の任務は、ここを占拠した木星蜥蜴の除去。但しこの任務、連合軍が3回試みて、3回とも失敗しているわ。で、あたし達にお鉢が回ってきた、そう言う仕事よ」

 ムネタケが次の任務の内容を説明している。ナデシコのクルー達がこうしてお行儀よくムネタケの言うことを聞いているなんて、以前は全く想像できなかったものだが。

 「提督、なんで3回も失敗したんですか? 連合軍の方達」

 ユリカが質問をしている。まあ当然の話だ。

 「問題の場所にはどうやら謎の新兵器があるらしいの。一度目の部隊は接近中に撃墜。二度目の部隊もほぼ同様。三度目の正直で、やっとその存在を感知できたってことらしいわ。コードネームは『ナナフシ』。なにやら強力な対空砲らしいんだけど。でも強襲揚陸艇を一撃で落とすなんていうのはちょっとできすぎって気もするわ。で、あたし達の出番って言うことになったらしいわ」

 「ナデシコなら、相手の射程外からグラビティブラストで、どん、っていうことですね」

 「そう言うこと。ま、簡単な任務よね。一応周辺との連携もあるから、作戦開始は3日後の予定。それまではある程度自由行動が認められているわ。でも地球圏の敵に見つからないように飛べっていってるから、到着までに時間かかると思うけどね」

 実際はそう簡単でもないんだがな、と俺は思っていた。だがこの時点でそれを指摘するわけには行かない。いくら何でもこの時点でそれを指摘したら怪しいどころの騒ぎではなくなってしまう。

 「そういうことだから、取りあえず近くに着くまでは解散、後は艦長におまかせするわね」

 「はいっ、かしこまりました」

 お、珍しく敬礼なんか決めてたりする。
 俺たちはそのまま解散し、各自自由時間になった。



 俺は思うところあって、エステのシミュレーターに向かった。
 バーストモードが使用可能になったということは、3分だけならブラックサレナ並みの機動が可能になるということだ。
 そのためには一度どこまで行けるか確認しなければならない。
 おっと、その前に確認しておかないと。

 「ウリバタケさん、テンカワですけど」

 「おう、アキト、どうした」

 整備班は相変わらず忙しい。バーストモードを他の機体でも使用可能にするために、オプションパーツやプログラムの入れ替えなどが行われている最中だからだ。

 「バーストモードのシミュレーターの組み込み、終わっていますか?」

 「あ、それか? ちょっと待て」

 少しすると、ハルナのウィンドウが立ち上がった。

 「あ、お兄ちゃん、シミュレーターのプログラム?」

 「ああ……組んだのお前か?」

 「うん、とっくに終わってるよ。後DFSの制御プログラムの試作品もいくつかあるから、余裕があったら評価してみてくれる? お兄ちゃんはよけいなサポートがない方が使いやすそうだけど、リョーコさんやガイさんはまだそこまでいってないでしょ?」

 「ああ、分かった」

 「シミュレーターのコンフィグでいろいろ調節できるからチェックしておいてね。んじゃよろしく」

 そう言うとハルナのウィンドウは消えた。

 「どうも、ウリバタケさん」

 「ああ。……相変わらずけたたましいな、ハルナの奴。あ、そうそう、あいつ言い忘れてたみたいだが、シミュレーター使うなら、記録とって置いてくれって言ってたぞ。それを元に取りあえずリョーコちゃん用のDFS組むとか言ってたから」

 「了解、じゃ、また」

 そして俺は改めてシミュレーターへと向かった。



 シミュレーターを個人用に設定し、取りあえずは陸戦フレームでバーストモードを起動する。三分間の間に、どれくらいの機動が可能かを試す。
 結果は、まあ良好だ。続いてフィールド制御を試す。
 バーストモード中くらいのフィールド強度があれば、これを操作することにより攻撃に転化することが出来る。
 前の世界で戦っていくうちに見いだした、俺独自の技だ。原型は木連式柔や剣技である。木連式には『気』の概念があり、真に優れた武人はこの『気』を自在に操ることにより、人としての限界を超えた技を振るうことが出来ると言われていた。
 その究極を『昂気』と言い、この段階にまで『気』を高めると、『気』は実体化し、まるで後光のようにその人の周囲に纏われると伝えられるが、残念ながら木連でもその域に達した達人は開祖ただ一人といわれている。
 ちなみにこれが単なる妄想ではないことは、俺自身が知っている。あの鍛錬のさなか、月臣は実際に『気』を応用した技を振るって見せた。俺が限界を超えた加速度に耐えられたりするのは、その技の応用である。瞬間的に物理的限界を超えることを可能にする技の大系……木連式柔の奥は限りなく深かった。
 そして俺は、ブラックサレナで戦っているうちに、イメージによるフィールド制御と、木連式柔に伝わる秘奥義……気を制する技が、実質はともかく概念的によく似ていることに気がついた。自分の周囲に存在する、外部に向かって放射される場という概念が、両者の間で共通していたからだ。
 試しに伝わっていたある気の制御法を、サレナのディストーションフィールドで真似てみたところ……うまくいってしまった。コロニーの一つは、その技で大破した。
 一つが成功すると後は早い。木連式柔にあったものや、それを応用して俺自身が開発したものなど、いくつかのフィールド制御法を俺は編み出した。中にはとんでもない破壊力を誇るものや、自分でもうまくいくかどうか試したことのないものまでいろいろとある。
 特に昔にはDFSに当たるシステムがなかったから、剣技からの応用技は、振るえるかどうか試してみなければいけない。というか、そもそもDFSを思いついたのは、木連式の剣技があったからだ。
 さて、そうなると……

 (ラピス、今大丈夫か?)

 俺はラピスとのリンクを開いた。

 (あ、アキト、大丈夫だけど、何かあったの?)

 (いや、以前2人で実験していたフィールド制御による戦闘法があっただろ?)

 (あ、ブラックサレナでやってた奴ね!)

 ラピスの声に喜びの色が混じる。

 (で、こっちでもエステの改良であの頃作った技が振るえそうなんで、ちょっとラピスにも見て欲しくてね。いいかな)

 (もっちろん!)

 (よし、じゃパターンAから行くか)

 そして俺は、かつてラピスと共に組んだフィールド制御法を一通り試してみた。

 (だいたい使えるみたいだね)

 (ああ)

 ほとんど一発が限界であったが、ある程度は再現可能なことが確かめられた。
 どこまで行けるのか、また、エステが保つのかはもっと実験しないと分からないが。

 (ね、アキト)

 と、ラピスがにこにこと言った感情をのせて話しかけてくる。

 (なんだ?)

 (せっかくの技なのに、パターンAとかBとかじゃ寂しいよ。ちゃんと名前を付けてあげないと)

 俺はそれを聞いて、いいことを思いついた。

 (じゃ、それはラピスにつけてもらおうか)

 (え、ほんと? いいの?)

 (ああ、元々木連式柔にあった技は、一応名前があるけど、大半は俺が改良というか、名前だけ借りてるようなものだしね。似てるけど全然違う技も多いし。混乱の元だ)

 (分かった! うんとかっこいい名前つけるね!)

 (じゃ、また明日ここで練習するから、その時にでも)

 明後日までには着いてしまうからな。

 (じゃ、約束だよ)

 俺はラピスと約束して、シミュレーターを出た。
 いいことだと思ったのだ。この時点では。
 だが後で俺はこのことを思いっきり後悔することになる。
 まさかラピスが、いつの間にかあんな趣味にはまっていたとは。
 恨むぞ、ハーリー君。



 翌日俺は約束通りシミュレーター内で技のおさらいと、限界のテストをした。
 その結果分かったのは、さすがに使えるのはほんのいくつかの技だけ。後は使ったとたん、ジェネレーターが吹っ飛びかねないということだった。

 (まあ、仕方ないね。秘剣クラスが限度ってことかな。Bプランのほうにもフィードバックしとくね)

 (それはよろしく頼む。けど、ラピス、名前なんだが……)

 (へへっ、一生懸命考えたんだぞ! かっこいいでしょ)

 かっこいいのは認める。実質年齢11歳にしては、かなり難しい字も使っている。
 だがなんでいちいち叫ばなきゃなんないんだ?
 名前を付けた以上、使うときには名前をきっちり言うこと。これを約束させられてしまった。
 軽い気持ちでうんと言った俺も悪かったのだが……。
 まさか前口上までついているとは思わなかった。
 こうなると現時点で使えそうなのが虎牙弾、咆竜斬、回天斬くらいなのはかえって救いかも……。
 秘奥義ともなると前口上を言っているだけで1分はかかりそうだしな。
 もっとも口上の時間はちゃんと考えられている。秘奥義クラスとなると、確かに準備にそのくらいの時間がかかるのだ。
 けど一度秘奥義も実験したいな。しかしそうなるとシミュレーターのプログラムの設定を変更しないといけない。ルリちゃんかハルナに頼まないと無理だな。
 俺は取りあえずルリちゃんを呼びだした。

 「はい、なんですか?」

 「実は……」

 簡単に事情を説明する。

 「はい、ちょっと待ってくださいね……わ」

 なんか最後のほうでちょっと驚いたみたいだ。

 「ハルナさん、シミュレーターのプログラム、物凄く改良してます。こうなると作者じゃなきゃ手に負えません」

 「おいおい……なんだそりゃ」

 俺もちょっと驚いた。

 「私もちょっと興味があるんで解析してみますけど……ハルナさん、なんというか、遠慮が無くなってきてますね。ここだけの話、ハルナさんが逆行者かどうかはともかく、それ以外でもただ者じゃないのは明らかですね。この技術、はっきり言ってあたしとラピスを合わせたよりたぶん上です。味方だと確定すればある意味凄く頼りになるんですけど……」

 最後のほうはちょっと言い淀むルリちゃん。これはある意味俺のせいだな。一度ハルナと腹を割って話し合った方がいいかもしれない。
 俺自身、かなり混乱している。
 俺がハルナから感じている印象は、何故かくっきりと二つに分かれている。
 一つは俺を兄として慕ってくれる姿。
 もう一つは、俺に限らず、周辺の人間を駒のように操る、策士としての姿。
 これだけはっきりとイメージが別れているのに、何故かそれは一つのものとして感じられる。それが俺の混乱の元だった。
 内心、俺はハルナを信じたいと思っている。
 前回の歴史では出会えなかったが、紛れもなく今回は存在している、俺と……ユリカの妹。
 今の俺に残された、ただ一人の血縁。
 それは俺の、家族への憧れなのかもしれない。
 だが、その姿を、もう一人の俺が否定する。
 闘うマシンとなっていた、黒の王子としての直感が、ハルナに気を許すなと警告する。
 ごくまれにハルナから感じられる冷たい悪意……それは北辰やヤマサキの持つものと同質の気だ。
 他者を踏みにじることに罪悪を抱かぬものの持つ、黒い気。
 かつて俺自身も持っていた気だ。間違いようがない。
 確証はないが、ハルナは意図的に俺とメグミちゃんとの間の絆を断ちきった。
 ある意味、彼女にはそのほうが幸せかもしれない。
 俺は彼女の心に答えられる男じゃない。
 もし彼女が……俺への思いを貫いたとしたら、待つのは地獄以外の何物でもない。
 だがそれは、他者の手によってもたらされていいことなのか?
 この先お前は何をする気なんだ?

 「……アキトさん、アキトさん! どうしたんですか?」

 気がつくとルリちゃんが俺を呼んでいた。つい自分の考えに閉じこもってしまったらしい。

 「あ、ごめん。どれぐらいぼっとしていた?」

 「いえ、ほんのちょっとですけど……」

 「ほんとにごめん。じゃあ、改良はハルナに言わないとダメなんだな?」

 「はい……すみません」

 なんか、凄く悔しそうだった。

 「……別に、ルリちゃんを責めてる訳じゃないんだけど」

 「あ、いえ、違います!」

 おや、ルリちゃんが感情をむき出しにするなんて珍しいな。

 「どうしたの、声上げたりして……あ、アキト君、君が何か言ったの?」

 心配したのか、ミナトさんが割り込んできた。

 「いえ、なんでもないですけど。驚いたのは俺も同じです」

 「なになに? あれ、アキト、見かけないと思ったら何してるの?」

 ……ユリカまで乱入してきた。みんなブリッジで一緒だから、大きな声を出したルリちゃんが心配になったな?

 「みんな、落ち着いてください」

 あ、ルリちゃんのテンションが元に戻った。周りが騒がしくなったんでかえって落ち着いたようだ。

 「大声を出したのはアキトさんとは関係ありません」

 「じゃ、何?」

 ミナトさんの質問に、ルリちゃんは答える。

 「ちょっと、ハルナさんとの実力差に落ち込んでいただけです」

 「「はあ?」」

 ミナトさんとユリカのウィンドウが揃って?マークをバックにする。

 「それって、ハルナちゃんって、ルリルリより実力が上、ってこと?」

 「どうも、そうらしいです。アキトさんじゃありませんけど、どうも意図的に実力を隠していたみたいで」

 ルリちゃん……今、俺の背筋に何かが走ったぞ?

 「えーっ! そうだったの〜っ!」

 ……ユリカ、お前まで大声を上げてどうする。

 「艦長、なんのお話ですか?」

 ……ほら、プロスさんまで首を突っ込んできた……

 「あ、プロスさん、何でもルリちゃんが言うには、ハルナちゃんって……」

 俺はこっそりウィンドウを閉じると、改めてハルナを呼び出した。
 謝らんといかんな、これは。
 ハルナの意図がどうであれ、これはこれだ。



 「あ、ばれた?」

 これがハルナの第一声だった。
 ルリちゃんの失言で、どうもお前の実力……本当のところは分からなかったが、それがユリカやプロスさんに伝わったということを俺はハルナに頭を下げつつ言った。
 その答えがこれだ。
 俺もそれを聞いてちょっと頭に来た。自然と口調が怒りっぽくなる。

 「おい……どういう意味だ?」

 「うーん、ま、あんまり大きな声じゃいえないんだけど」

 ハルナはいたずらを告白するかのように言った。

 「あたしさ、実は裏の世界じゃそこそこ有名で……いわゆるハッカーって奴? それだったから、あんまりコンピューターが得意すぎるって言うのもまずいかな〜って。あっと、さすがに裏の名前はお兄ちゃんといえども秘密だよ。これはさ、その世界の仁義みたいなものだから、名乗るとお兄ちゃんにも迷惑がかかるし。そもそも名前も一つじゃないしね」

 俺は頭を抱えた。マシンチャイルドがその気になったら何が出来るかは、よ〜く知っている。
 その時かすかなつぶやきが俺の耳に聞こえてきた。

 「そっか、さすが電子の妖精。ルリちゃん気がついたか」

 俺の動きが止まった。
 その綽名はルリちゃんが軍に入った後についたものだ。この時点でルリちゃんをその名で呼ぶものはいない。
 だが俺は何とかふくれあがる黒い思惑を押さえ込んだ。
 今この場でそれを聞くのはまずい。

 「ま、そういうことだ。後、ちょっと頼みたいことがあるんだが」

 「何?」

 「シミュレーターの改良をして欲しいんだ。ちょっと思うところあって。フィールドジェネレーターの性能が上がって、もっと強力なフィールドを展開できるようになったって言う設定で、仮想のエステを組んでくれないか?」

 「それなら簡単だけど、なんで?」

 ハルナの質問に、俺はこう答えた。

 「いやな、DFSの使い方をいろいろ試していたら、理論上は可能なんだが、今のジェネレーターの出力じゃ実現できないことが多くってな。だからもしその辺が改良されたら、どこまで出来るか試してみたくなったんだ」

 「ん、分かった。そうなるとエステ本体のデータを直さないとダメだね。ジェネレーターのリミットを外すのはオプションで出来るけど、そんな事したら本体がぶっ壊れるって言う結果しか出ないから。なんだったらあたしが考えた改良型エステのプログラムでもいれとこうか? ウリバタケ班長と協力すれば本当に作れるかもしれないけど、予算もないし、いくつか出来るだろうって仮想しているパーツも使ってるから、実現は無理なんだけど」

 「ああ、それでいい。ついでにお前の作れる究極の機体とかも見せてくんないか?」

 俺は冗談めかしてそう付け加えた。きっとそれを見ればハルナの真の実力の見当がつくだろう。
 俺はちょっと自己嫌悪に囚われつつも、通信を切ってシミュレーターを降りた。



 その翌日、ナデシコは作戦宙域に到着した。







 「作戦開始まで8分30秒」

 「グラビティブラスト、エネルギー充填開始。フィールド出力、13%低下」

 「目標レーダーに写ります」

 「進路そのまま、射撃ポジションへ移動してください」

 ブリッジ内にきびきびとした声が響き渡ります。
 けど私の気分は今ひとつです。
 当然ですけど、この後ナナフシがナデシコに向けてマイクロブラックホールを打ち込んでくることは承知していますが……事前に警告するのは無理です。一発は食らうことになるでしょう。
 ハルナさんあたりがまた何か仕掛けてくれないかなどと言う、不謹慎なことを考えたりしてしまいます。

 「ポジションよし。グラビティブラスト、チャージ90%」

 「チャージ完了と共に山陰から出て、グラビティブラスト発射してください」

 「了解」

 そして準備が完了し、ナデシコが狙撃手よろしく山陰から姿を現します。と……。

 「敵弾発射。ナデシコに向かって高エネルギー反応接近」

 「え?」

 ユリカさんが聞き返したときには、既に敵弾がナデシコに命中していました。

 「ディストーションフィールド消滅!」

 「被害は11ブロックに及んでいます!」

 「相転移エンジン、停止します!」

 続けて巻き起こる被害報告の嵐。

 「取りあえず着陸します!」

 「不時着だけどね」

 ミナトさんは見事な腕前で、何とかナデシコを着陸させてくれました。ほとんど墜落したようなものですけど、この墜落による被害はほぼなし。
 この辺はさすがですね。

 「なんなのよ、今のは……」

 ムネタケ提督もさすがに腰を抜かしています。

 「おそらく重力砲ね。ナナフシの正体、どうやら重力波レールガンと見たわ」

 すかさずイネスさんが説明を始めました。

 「どういう事?」

 聞き返すユリカさんに、イネスさんは喜々として説明を始めました。
 学習能力無いですね、艦長。



 「というわけ。まあ、マイクロブラックホール弾ともなると、生成に物凄く時間がかかるはずだから、即次弾が飛んでくるっていうことはないわ」

 「じゃあ、逆にいえば、相手が次弾を生成するまでに叩かなきゃいけないっていうことですよね」

 「そうなるわね……取りあえず測定しているデータからすれば……生成間隔は約12時間。後半日は平気ね」

 イネスさんと艦長の相談は続いています。
 いまナデシコは各部の修理中。ウリバタケさん以下の整備班が大車輪で働いています。
 それでも完全に直るまで一週間はかかるとのこと。しかもその間にまたあれが飛んできたら、ナデシコは一巻の終わりです。
 イネスさんの解説によれば、ナナフシは極限まで圧縮したディストーションフィールドを重力コントロールシステムで打ち出す兵器らしいです。圧縮されたフィールドは事実上極小のブラックホールとなり、すべてを破壊しながら突き進むとか。
 ブラックホール自体は構造上エネルギーを放出して蒸発してしまうそうですが、その時発生するエネルギーがまた馬鹿になりません。下手な核より上だそうです。
 とにかく現有のいかなるシステムでも防御不能だとか。十分強固なディストーションフィールドならはじき飛ばせるらしいのですが、そこまで強力にするとバランスを崩してブラックホール化する恐れがあるため無意味。
 事実上、必殺兵器だそうです。撃てて当たりさえすれば。
 あんなトロい兵器、来ると分かっていれば避けるのはわけないです。

 ……でもナデシコは動けません。また、あの兵器が地上で炸裂したら破壊力は数十倍になるとか。山ごと無くなるとはイネスさんの弁。
 となると、こちらから取れる作戦は一つです。

 「ゴートさん、パイロットのみんなを集めてください。作戦の検討に入ります」

 「うむ」

 ほら、やっぱり。



 「作戦はエステバリスによる陸上ルートでの強襲となる」

 ゴートさんがそういうと、ヒカルさんから質問の声があがりました。

 「あれ? 空戦フレームで飛んでいくんじゃないんですか?」

 「いや、そうはいかないのさ」

 アカツキさんが答えます。

 「ゴートさん、陸路をとるのは、エネルギー問題だろ?」

 「その通りだ」

 そう、ナナフシまでは距離があるので、エステバリスへエネルギーが供給できません。特に空戦フレームはエネルギーの消費が激しいのでなおさらです。

 「バッテリーを運搬しないといけないからな」

 「あ、そうですか」

 ヒカルさんも納得したみたいです。

 「ただ問題となるのは、ナナフシの存在する地点までの道路が存在しないため、エステバリスで野戦行軍をしなければならないことと、この地は未だに各種の防衛兵器の残された土地だということだ。幸い機密ではないので、必要なデーを元に最適の行軍ルートははじき出されている。全行程は推定8時間。これには途中の休憩も含む。意外かもしれないが、この行程、経験のない君たちでは休息抜きではまず突破できない」

 流石もと軍隊にいた人は言うことが違います。

 「必要な準備は既に手配済みだ。作戦開始は若干のゆとりを見て2時間後。それまでに準備を……

 ヴィーッ、ヴィーッ、ヴィーッ……

 警報と共に、『敵襲』のウィンドウがあちこちに開きます。

 「何事だ!」

 ゴートさんの声に、私はすぐに情報を呼び出しました。

 「ナデシコの前に陸上型戦車が多数接近中です。思兼の推定によると、第一陣で五千台。最終的には約三万台の接近が予測されるそうです」

 「なんだって!」

 アカツキさんが驚きの声を上げます。

 「直ちに各パイロットは防衛に当たれ!」

 「「「「「「了解!」」」」」」

 こういうときは息が合っていますね。みなさんはあわてて出動していき……なんとか先遣隊五百台ほどの戦車を蹴散らしてきました。
 戦車の砲弾は実体弾がですのでうまくやらないとフィールドで弾けないのですが、基本的に斉射されなければ恐ろしくはありません。ましてや防御力は無きに等しいので蹴散らすだけなら簡単らしいのですが、とにかく数が多すぎます。

 「というわけで、作戦の変更を余儀なくされた」

 再びみなさんがブリッジに集まっています。

 「分析の結果、ナデシコを防衛するためには常時三機、交代を含めて四機のエステバリスをナデシコに残す必要がある。となるとナナフシに向かえる機体は二機しかない。だが二機でナナフシを破壊するには、砲戦フレームを二機使わねば難しい」

 「テンカワならひょっとして単機でもナナフシを破壊できるんじゃない? チューリップですら落とせるんだから」

 提督がなかなか鋭いところを突っ込んできます。

 「可能なことは可能ですよ。ただ、エネルギーの問題があります」

 アキトさんも真面目に返答しました。

 「ナナフシクラスの敵を粉砕しようとしたら、DFSを使ったにしても、エステに貯留可能な全エネルギーをつぎ込む必要があります。エネルギーラインが接続しているのならともかく、バッテリーでとなるとナナフシの至近でバッテリーを新品のものに交換しなければなりません」

 そうでなければアキトさんが空戦フレームで奇襲すればいいだけのことです。

 「なるほどね……無理言ってごめんなさい」

 ……謝るムネタケ提督……何度見ても慣れません。

 「だが実際、強襲を掛けるとすれば、テンカワに頼らざるをえないのは仕方があるまい。現実問題として、砲戦フレーム二機で敵中突破は、機動力の面から困難だ。最低限陸戦フレーム二機と、運搬用及びサポート用の砲戦フレーム一機が必要なのだが、先の理由により出せるのは二機まで……となると陸戦を一機削るしかない。その分テンカワの負担が増えることになる」

 ゴートさんが申し訳なさそうにアキトさんにいいます。艦長もそれを聞いて、不安そうな目をアキトさんに向けています。
 またこの間のような無茶をさせることになるのではないかと心配しているのでしょう。

 「しかも、これすら、今ナデシコを包囲している敵戦車の群れを除去した上でなければ成り立たない。これに時間がかかっていたら、そもそも作戦の前提が成り立たない。作戦の要は、いかに素早く包囲網を突破してテンカワを送り出せるかにかかっている」

 「ゴートさん、いいですか?」

 あ、アキトさんが手を挙げました。

 「敵戦車を突破する方法なら、俺に策があります。かなり強引な方法ですけど」

 「……言って見ろ、テンカワ」

 その作戦は、文字通り嘘みたいな話でした。

 「……本当に出来るのか?」

 ゴートさんも半信半疑です。

 「一応シミュレーションでは問題ないですが」

 「やれやれ、それが本当なら君は天才だね、文字通り」

 アカツキさんもちょっと嫌みったらしい台詞を言います。本心でないのは分かっていますけど。

 「アキト! お前、いつの間にそんな必殺技を! やはり天空ケンはお前しかいない!」

 ……ヤマダさん、暑苦しいです。

 「けどそうすると、最低二機はバーストモードを使える機体がいるってことになるよね」

 一人艦長だけが冷静です。ユリカさんにとって、アキトさんが凄いことが出来るのは、当たり前のことだからかもしれません。

 「問い合わせてみます」

 私は整備班に通信をつなぎました。

 「はいこちら整備班……あ、ルリちゃん、何? 今みんな手が放せないけど」

 出てきたのはハルナさんでした。

 「現在バーストモードの使用可能な機体はいくつありますか?」

 「なんで? 一応一通りみんな使えるけど、お兄ちゃんのやつ以外は試験が済んでいないから、いつ壊れるか分かんないよ?」

 「そうですか……」

 それは困りました。バーストモードが使えなければ、作戦は成り立ちません。

 「ね、なんで今バーストモードがいるわけ? よければ教えてくれない?」

 私はゴートさんのほうをちらりと見ました。ゴートさんはそのまま首を縦に振ります。まあ、別に秘密ではないですしね。
 私は簡単に作戦を説明しました。
 するとハルナさんがこっちを馬鹿にしたような目で見ます。私はちょっとむっとしました。

 「……というわけですけど、何か言いたいことでも?」

 我ながら嫌だとは思いますが、どうしても言葉の端々がとんがってしまいます。

 「そういうことなら無理せず三機出せばいいじゃない」

 あの……何を聞いていたんですか? パイロットが足りないんですよ?

 「全く、みんな忘れてるの? ここにバーストモードが故障しても修理できて、なおかつエステを動かせる整備員がいるんですよ? しかも自衛ぐらいはちゃんと出来ます。少なくともジュンさんよりはまともに動かせると思いますけど」

 その瞬間、ブリッジの中に衝撃が走りました。
 確かにハルナさんならそれが可能です。十分な食料さえあれば、彼女はかなりの機動をこなせるのです。

 「なるほど……言われてみればそうだ。ハルナ君、かまわないのか? これを要請することは、君の命を危険にさらすことになる」

 さすがにゴートさんは慎重です。

 「あら、はっきり言ってあたしが行かない方が危険だと思いますけど。お兄ちゃんがやられたらナデシコも事実上一蓮托生だし。なら一緒に行った方がいいです」

 ……その通りですね。ゴートさんもうなずいています。

 「なら頼もう。よろしくお願いする」

 「あ、じゃついでに提案していいですか?」

 ……なんでしょう。

 「後一人のパイロットは、リョーコさんにしてください。ついさっき、彼女用のDFS制御プログラムが出来た所なんです。試験もまだですけど、きっと役に立つと思いますから」

 「なぬっ!」

 リョーコさんが露骨に喜んでいます。元々彼女は居合いの心得があります。刀を振るうのはお手の物なのでしょう。

 「あれが使えりゃ弾薬の残りを気にせずにすむしな」

 「でもあれって、その分防御力が減るんでしょ?」

 ヒカルさんが心配そうに言います。

 「あ、バッタに比べれば、戦車の砲撃は致命傷になりにくいから、四方八方から打たれなければ十分に持つよ。戦車を破壊できる程度の威力なら、フィールド出力の五%も回せば十分だし」

 ハルナさんが説明してくれました。

 「まだ試作段階だからそもそも無理は出来ないしね。バッタ達相手に使えるようにするにはもっと改良しないと無理。でも今回の作戦には十分だよ」

 「うむ、そういうことなら、作戦はテンカワ、スバル、テンカワハルナの三名で決行する。残りのパイロットはナデシコの防衛に当たってくれ」

 こうして作戦も決まり、私たちは動き出しました。
 残りは……後九時間です。
 で、ジュンさん……邪魔です。落ち込んでないでさっさと仕事にかかってください。

 「僕なんか……」







 「DFSの装着終わったか〜」

 「完了していま〜す!」

 「食料積んだよ!」

 出動前の格納庫はとっても忙しいです。
 アキトさんとリョーコさんのフレームには取りあえず重くならないだけの外部バッテリーが、ハルナさんの乗る砲戦フレームには食料、予備の弾薬、積めるだけのバッテリーが装着されました。
 脇ではリョーコさんがハルナさんからDFSの使い方の講義を受けています。

 「DFSは剣の形をしてますけど、実際はエステのフィールドが剣の形をしているだけで、今の段階では棍棒に近いです。ですからとり回しには木刀を使う感覚の方がいいかもしれません。
 コマンド式の命令で、刃の形成と威力の調節を行います。現在はフィールドの5%を回す設定になっていますけど、一応20%と80%のモードも使えます。どっちもバーストモード用だと思ってください。ただ今の段階で80%をセットすると、あの200mの剣になっちゃいます。普通の剣として使うなら20%を選んでください。密度の関係で、威力はどっちも同じくらいです。
 制御のコツは、今回は無理ですけどシミュレーターに入れておいたんで試してください。フリーコントロールが可能になれば、戦術の幅が大きく広がりますから。今のままだと、持ち運びに便利な棒以上のものじゃありません」

 「了解。普段が5%、ほかはバーストモードん時だな」

 そして、時間が来ました。
 みんながエステに乗り込みます。

 「アキト、必ず帰ってきてね」

 「……アキトさん、死なないでください」

 あ、ユリカさんとメグミさんが、それぞれonly回線でアキトさんを励ましています。それを覗いている私も大きなことはいえませんね。
 ぴっ

 「ぜったい、かえってきて、くださいね」

 「ああ」

 アキトさんは力強くうなずきました。
 時間は、あんまりありません。
 ここでの展開は、明らかに以前と違います。
 能動的なものだけでなく、受動的な部分にまで、歴史の改編の影響は出始めているようです。



 フィールドの周りは、見わたす限り戦車の山です。
 言いたくありませんけど、ゴキブリの群みたいです。
 アキトさんのエステが、その前に立ちました。

 「バーストモード、スタート」

 アキトさんのコマンドが、エステの封印を解きます。
 僅かに光を乱反射させるだけだったディストーションフィールドが、明確に視認できるようになります。

 「ちょっと、まだナデシコのフィールド内よ」

 「えーっ、アキトー、そこまだ内側!」

 エリナさんの忠告を受けて、艦長があわててアキトさんに通信を入れます。

 「大丈夫だ、黙ってみていろ」

 けど、アキトさんの答えは簡潔でした。まあ、あれが可能なら確かにそうですが……。 アキトさんはDFSのグリップを、たかだかと天に掲げます。
 そこに真紅の……バーストモード時特有の刃が形成されます。
 しかしその長さが、みるみるうちに縮んでいきます。

 「あれ、なんかどんどん短くなってるよ?」

 「どういう事?」

 艦長とエリナさんが頭の上で騒いでいます。

 「説明するわ」

 と、ここでイネスさん乱入です。しかしいつもほどのテンションがありません。

 「アキト君、とんでもない真似をするわね……彼は今、エステの全フィールドをほぼ一点に集約しようとしているのよ」

 「確かDFSって、密度が上がるほど威力が上がるんですよね」

 艦長が質問を入れます。

 「そう、でもね、あそこまで圧縮すると……始まったわ」

 「おおっ!」

 これはウリバタケさん。みんなの見ている前で、DFSの色が真紅から漆黒へと変わり始めました。
 グラビティブラストの火線みたいな色です。

 「ナナフシの時に説明したわよね……ディストーションフィールド、空間の歪曲している場を極限まで圧縮すると……」

 「マイクロブラックホール!!」

 艦長、うるさいです。耳に響きます。

 「そう。今彼が掲げているDFSは、剣型の武器から小型のナナフシへと変わったわ。ナナフシほどではないにしろ、威力のほどは……」

 その時、アキトさんのエステから『声』がしました。
 通信ではありません。外部スピーカーがONになっています。

 「吠えろ! 我が内なる竜よ!!

  秘剣!! 
咆竜斬!!!

 掛け声と共に、DFSが大きく振られました。
 解き放たれた漆黒の竜……直径10mの黒い固まりは……
 ナデシコのフィールドを侵食し、
 地面をえぐりつつ戦車をなぎ倒し、
 目の前の山を半壊させて虚空へと消えてゆきました。
 進路脇、直撃を免れた戦車も、その重力に引きずられて大半が姿勢を崩しています。

 「敵戦車、約3割が戦闘不能。
 ナデシコのフィールド回復。
 リョーコ機、ハルナ機、バーストモード起動。
 テンカワ機を挟んで移動を開始。
 攻撃は、今のところ、ありません」

 淡々と報告する私の声だけがブリッジに響いています。

 「……すっごい」

 やがて、ぽつりと艦長が言いました。
 そして、自分で言った言葉に触発されたかのように、次々と言葉があふれ出ます。

 「凄い凄い凄いアキト! さっすがは私の王子様! ナナフシなんか目じゃないっ!」

 「本当に凄いわね」(エリナ)

 「アキトさん……」(メグミ)

 「本当に凄いわねぇ」(ミナト)

 「あたしの漫画より凄い……」(ヒカル)

 「強く美しい機動兵器が、敵にもたらす花二輪……薔薇薔薇。くくくくく」(……)


 「おおっ、新必殺技かっ! 燃える、燃えるぞうっ!!!!!」



 なんか意識が飛びましたが、それはともかく。

 「テンカワさんの戦闘能力、もはや計算し切れませんね〜。能力給の査定に苦労しそうです」

 「うむ……彼が味方でよかった」

 プロスさんもゴートさんも、何ともいえない渋い顔でモニターを見ています。ちょうどナデシコのカメラが捕らえられる限界を超え、アキトさん達の姿が見えなくなったときでした。
 お二人はある意味真のプロです。強大な戦力が存在するなら、同等の存在が敵に存在するときのことも考える人です。あり得ない話ですが、アキトさんが敵に回ったときのことも考慮する、ということです。
 そう考えたら、あまりいい気はしないでしょう。
 ですがこの間、私が一番聞き逃せなかったのは、この言葉でした。

 「彼……いつまでナデシコに留めておけるかしらね。こう目立つと」

 ……ハルナさん、何考えているか分からないあなたですけど、このことだけは感謝します。
 提督がアキトさんと敵対していたら、この先……ヨコスカで待っているのは、追放ではなく、徴兵されるアキトさんの姿です。あるいは……兵役拒否して本当に反乱軍と化すナデシコ、です。
 まさか……そこまで読んでいたのですか? ハルナさん。







 オレ達のエステは、取りあえず順調に行軍していた。
 テンカワは当然として、ハルナも余裕で俺たちについてくる。比喩じゃなく目を光らせたまま、味も素っ気もない高カロリーフードバーを口にくわえて操縦しているのはお笑いだが、腕前は相当のものだ。砲戦フレームの癖して、悪路や坂道でも微動だにしない安定性がある。
 グラカーニャ村、スベイヌン鉄橋、カモフ丘の絶壁……
 いずれのポイントも、ほぼ予定通りに通過できた。
 その間オレは、目の前の黒いエステの主のことを考えていた。
 初めて見たときから圧倒された。
 北極海では度肝を抜かれた。
 そして今も、こいつは計り知れない力を見せつけた。
 そしてそれを見るたび……オレの中に、今まで感じたことのない感情がわき上がってくる。
 こいつはオレより強い。それも圧倒的に。
 日頃から考えていた。男なんざ頼りないばかりだ。オレはオレより強い男じゃないと男とは認めない、と。

 『ええ〜、リョーコは結構、むしろひ弱な男の子を保護しちゃうっぽいけど。見かけによらず世話好きで母性本能強いし』

 そう、ヒカルのやつにはからかわれたけど。
 だが、ついに現れやがった。
 オレより強く、そして決してそれを誇らない男が……。
 オレは自分の心が危険な方向に傾いているのを自覚していた。
 今回のことはいい機会だ。
 オレは自分の心、っていうやつを確かめてみる気だった。



 「イカダ広げたよ〜」

 イール……ここから川を下ることになる。
 イカダにエステを搭乗させ、固定する。最後にテンカワがひょいっと飛び乗ってきた。
 ハッチを開けて、しばし開放感を味わう。ここまで操縦しっぱなしだったからな。
 ハルナはこの時間を利用してジェネレーターのチェックをしていた。バーストモードの起動による影響は幸い無いみたいだったけど、プロに任せた方が安心できる。

 「なあ、テンカワ……」

 「なんだい? リョーコちゃん」

 「お前……あんな技、どこで覚えた? おまけにDFSのコントロール……よくあんな器用な真似できるな」

 ただしゃべっているだけなのに、顔が紅潮してきて、それを押さえようとすると、口調が怒りっぽくなってしまう。
 こら、静まれ、心臓!
 こりゃやっぱり、あれか?

 「ああ、咆竜斬のこと? あれはオレのオリジナルだよ」

 「よくあんなもの思いついたな。でもあれって、バーストモードでもなきゃ無理だろ?」

 不思議といえばそれが不思議だった。練習しようにもあの技を使える機体は出来たばかりなのだから。
 あれ、なんか焦ってないか? テンカワのやつ。だがすぐに落ち着いたみたいだ。なんか上の方に向かっておじぎしているみたいだが……あ、こっち向いた。

 「いや、実は使える機体があったんだ……あのゲームの中に」

 「なぬっ!」

 それは初耳だ。

 「一体どこだ?」

 「11面以降だけど……」

 オレも今11面だが、そんなのはなかったぞ?
 よくよく聞いてみて、オレはこけた。
 10面までオールパーフェクトクリアだぁ?

 「リョーコちゃんのに出ていないとすると、あれは隠し機体だったのか。強化パーツ付きの機体で、それまでの機体とは桁違いに強力なやつ。その分反動とかも物凄いから、乗りこなすのに一苦労するけどね」

 なるほど……上級パイロット用の隠し機体ってやつだったのか……。
 オレももう一度最初からやるか。全部はともかく、今ならかなりいい成績が出るだろうし。
 だけどああいう技まで使えるって、どういうゲームなんだ、ありゃ。
 ……おっとっと、こんな話をしたかったわけじゃねえって。
 と思っていたら。

 「もうすぐつくよ〜」

 時間切れだった。



 再び上陸してしばらくすると、なんかいやな気配のする平原についた。
 進もうにも足が出ない。ここから先に進むと死ぬ……そんな予感がひしひしとする。
 と、テンカワから通信が入った。

 「リョーコちゃん、ハルナ、地雷原だ」

 なるほど……そういうわけか。

 「どうする、テンカワ」

 オレが聞くと、テンカワはDFSを構えた。

 「時間がない。まとめて吹き飛ばす」

 おい、またあれをやる気か?
 だがDFSから、あの刃は出なかった。

 「くっ、故障か……秘剣クラスでもキツいのか」

 「お兄ちゃん、一応予備はあるよ。一本だけだけど」

 ハルナが自分の腰についていたDFSを差し出す。
 しかしテンカワは、受け取ったものの、それを自分の腰に戻した。代りに故障しているDFSをハルナに手渡す。

 「いや、今ここでやってもまた故障するだけだ。ナナフシを破壊するためにとっておかなければならないから、ここは地道に抜けよう」

 「あ、それなら私が少しは楽にしてあげるよ。ジェネレーターも持ちそうだし」

 ハルナはそういうと、列の先頭に立った。

 「バーストモード、スタート! フィールド、下部を強化!」

 バーストモードを起動し、ローラーダッシュで地雷原のど真ん中にジグザグ走行で突っ込んでいく!
 当然派手に地雷が爆発しまくるが、ハルナはこけることなく3分間で地雷原の7割を突破した。
 な……なんちゅう腕前だ!
 オレはあきれかえった。アレはいうならば不意打ちで下から突き上げが来る状況だ。サーフィンしているのと変わらない。そんな中でエステを水平に保つには並はずれたバランス感覚と操縦テクニックがいるんだぞ? それをバランスが悪い上に荷物を積みまくっている砲戦フレームでやるか?
 しかしハルナはそれを難なくこなしている。
 あれでいわゆる『燃料補給』の問題がなかったら、あいつ、テンカワの次に腕が立つんじゃないか? 少なくともオレやアカツキより上だぞ?
 そんなことを考えていたら、テンカワが感心したように言った。

 「なるほど、ああいう手があったか。よし、オレが残りは引き受ける。リョーコちゃんは万一に備えてくれ。もしここで襲われたら、戦闘できるのはリョーコちゃんだけだ」

 「了解」

 バーストモードは強力な反面、終わった直後に隙が出来るからな。
 格闘ゲームの超必殺技みたいなものだ。
 幸い敵が出ることもなく、俺たちは無事に地雷原を突破した。



 既に日は落ち、夜間行軍となっていたが、さすがに進むのが辛いところになった。

 「ここでしばらく休憩する」

 テンカワがそういって、野営の準備をした。時間は深夜零時くらい。予定ではここで二時間休憩。二時間で残りの行程を走破し、ナナフシ破壊に一時間の余裕を見る予定だ。
 ハルナが山のような食料を砲戦フレームから下ろす。本人の言う『裏技』のせいか、ハルナは瞬間的にならとんでもない力が出せる。大の男でも持てないようなエステの部品を、ひょいっと持ち上げる光景は、整備班やパイロット達には見慣れたものだ。調子に乗るとすぐ『燃料切れ』を起こして食堂に担ぎ込まれることになるが。
 と、手際よく竈を組み、火をおこしたテンカワは、その隣で簡易調理台を広げていた。

 「お、なんか手伝えることねぇか?」

 そう聞くと何故かあいつはぎくりと身を固くした後、こういいやがった。

 「と、取りあえずお湯と、そのパックに入っているスープを温めといてくれる?」

 そちらを見ると透明なのとうす茶色のと、二種類の液体の入ったパックがある。
 オレはなんか釈然としないものを感じつつも、パックの中身をやかんと鍋に空け、火に掛けた。

 ……一時間後。

 「後はカップ麺しかねぇぞ」

 「ま、しかたないか。えっと……アレ、お湯がない」

 「残りは水筒の水だけ。近くに川があるから汲んでこい。水質チェックは忘れるなよ。一応わかせば飲めるはずだが」

 「はーい」

 かわいそうにもぶっ続けで料理をしていたテンカワは、疲れた声でそういった。
 自分の飯を食う暇すらないでやんの。こいつ、妹には甘いな。
 ま、それはとにかく、やかんを担いでハルナが行ってしまったため、キャンプにはオレとテンカワの二人っきりになった。

 これは……チャンスか。

 オレはより分けておいた飯とおかずを取り出した。何となく、こんな事になる気がしていたのだ。こういうところに気が回るせいか、ヒカルには「面倒見がいい」とからかわれるんだな。

 「ほら、食えよ、テンカワ」

 「ん……? ああ、とって置いてくれたんだ。ありがとう」

 こら、そんな顔で微笑むな!
 顔が、赤くなっちまうじゃねえか。
 そういって飯を食い始めたテンカワを、オレは飽きることなく見つめていた。
 テンカワにしては珍しく、人の視線を気にしない。よっぽど腹が減っていたんだな。
 まあ、無理もないが。ハルナ、お前少しは遠慮しろよ。
 そして一通りテンカワが飯を食い終わったところで、オレは意を決してテンカワに話しかけた。

 「なあ、少し、いいか?」







 「なあ、すこし、いいか?」

 私はその声を、全感覚を集中して聞いていました。
 前回、ここでアキトさんとリョーコさんはいい雰囲気になったそうです。だとすると、今回は、ここがポイントになるはずです。
 こんな事もあろうかと、作戦行動中のエステバリスの行動をモニターできるように、回線をセットしておきました。
 この状況だと外部集音マイクしか使えませんが、それでも十分です。
 何故かまた着る羽目になった古代日本風の鎧が、かちゃりと音を立てました。
 ……なんでみなさんは軍服で、私は鎧なんでしょう。
 軍装と言うところは一致していますが。

 「あらルリルリ、何真面目な顔して聞いてるの?」

 しまった、ミナトさんに感づかれました。
 私が黙っていると、ミナトさんは席を立ち上がり、勝手にコンパネのスイッチを押していました。
 『一斉』と書かれたボタンを。
 制止している間もありません。とたんにナデシコ艦内に、私のモニターしていた回線の音が流れていきます。

 「なあテンカワ……お前、好きな女の子とかいないのか?」

 ……タイミング、最悪です。リョーコさんの声が、艦内に響き渡ってしまいました。

 「何これ!」

 「告白タイムみたいだけど」

 すかさずヒカルさんとイズミさんのウィンドウが開きます。お二人とも、戦車と戦いながらよくそんな余裕がありますね。

 「おいヒカル! イズミ! 手を抜くな! オレ一人じゃキツいぞ!」

 「「うるさい!!」」

 ヤマダさん、もう少し頑張ってください。

 「ルリルリ〜、こんな面白そうなもの、一人で聞くなんてずるいぞ?」

 ミナトさん、その目はやめてください。
 と、ほかからも視線を感じたのでそちらを見ると、ブリッジの上から艦長とエリナさんが、じっと私のことを見つめていました。
 艦長は興味津々の目つきで。
 エリナさんはいつの間にという油断のない目つきで。
 改めてぐるりと周囲を見回してみると、メグミさんが妙に気合いを入れていました。
 感覚が聴覚に集中しているみたいです。

 ……いつの間にか聞いていましたね? 回線にロックをかけていなかったのは私の不注意でした。エステの回線をモニターする立場にいるメグミさんの耳には、当然この回線も入ってしまいます。
 けど、まだあきらめていなかったんですか?
 ハルナさんに邪魔されて、縁は切れたと思っていたのですが。
 まあ、以前のように積極的に攻める様子はないようですが。
 そしてプロスさん、ゴートさんはもはやあきらめ顔です。
 あ、プロスさんがなんか言いました。

 「手を握る以上は契約違反ですよ」

 ……何を今更言っているんですか。

 「よ、なんか面白いことやっているみたいだね」

 とどめが待機中のアカツキさんでした。今のうちに仮眠しているんじゃなかったんですか?
 まあ、そんなブリッジでの思惑とは関係なしに、通信は入ります。

 「俺が好きな女の子? いる……いや、いた、というべきだな」

 私はそれを聞いてちょっと悲しくなりました。
 アキトさんの中では、結婚したユリカさんと今の艦長は、同じ人じゃないんですね。

 「じゃあ、今フリーなんだな!」

 艦長がガッツポーズをしてエリナさんに叩かれています。隣ではメグミさんが手を握りしめていました。
 やっぱりあきらめきれなかったようですね。

 「そうだね……俺には……いや、なんでもない」

 !!
 ちょっとまずい雰囲気です。そっちに話が行ったら、アキトさんを追いつめてしまいます!
 けどここから介入は出来ません。と、その時ハルナさんのことが頭に浮かびました。
 水を汲みに行ったにしては遅すぎます。ひょっとしたら、近くでこの状況をおもしろがって聞いているのかもしれません。
 だとしたらお願いします。疑っといてなんですけど、アキトさんを……守ってあげてください!

 「じゃ、もし、もしもだぞ……俺が、お前と付き合いたいって言ったらどうする」

 「やったー、リョーコ、ついに告白だね!」

 「ま、リョーコにしてはなかなかね」

 すかさず相棒の2人からツッコミが入ります。
 そして艦長は……。

 「ルリちゃん、グラビティブラスト、発射準備」

 「撃っても無駄です」

 何考えているんですか。ここで撃ったらアキトさんの帰ってくるところが無くなります。



 「その、もしも、には答えられないよ、リョーコちゃん」



 艦長の暴走を止めたのは、その一言でした。
 ブリッジにも沈黙が流れます。

 「俺はまだ……自分で自分を許せてはいない。そんな俺は……まだ、幸せにはなれない。そんな俺の、どこがいいって言うんだい?」
 「初めてお前の戦いを見たとき、なんて綺麗だって思った。
 あのサツキミドリでの戦いで。
 その後、お前の戦いぶりに嫉妬もしたし、憧れもした。
 なんだかんだ言って、お前をずっと見ていた気がする。
 自覚したのは……北極のあたりかな。恐ろしささえ感じたあの戦いっぷりの中で、お前がなんだか悲鳴を上げているような気がして」


 さすがリョーコさん、アキトさんのこと、しっかり見ていますね……
 これは思ったより強敵かもしれません。

 「なあ……お前、一体何を許せないんだ? どうしたら自分を許せるんだ?
 オレのことはいいとして……それじゃ、なんか哀しすぎるぜ」


 うっ、いいこと言いますね、リョーコさん。
 みんなもしんとなっています。

 「さあ……それは俺にも分からない。ただ、この戦いが終わって、平和が来れば……少しは、分かるかもしれないな」
 「じゃあ、その時になら……」


 こ、これはなかなかの雰囲気です。と、その時、別の声が入ってきました。

 「あれ、2人とも何してんの? いい雰囲気作っちゃって」

 その声に、なにやらドタバタした音が響きます。音だけでは分かりませんが、どうやら2人とも、いつの間にかかなり接近していましたね!
 帰ったら詳しく聞いてみましょう()。

 「そろそろ寝とかないと肝心要の時に持たないよ? 後はあたしが見てるから、2人とも仮眠したら?」
 「お前はいいのか」
 「あたしは平気。実のところ、普通の人より寝る時間短いから」
 「そうか、じゃ、頼む」


 その後なにやらごそごそという音が響きます。
 私は一斉のスイッチを切りました。もう大丈夫でしょう。
 残り時間は、後4時間40分です。






 リョーコちゃんは毛布をかぶると、すぐ寝てしまった。
 なんだかんだ言っても疲れていたらしい。
 俺は火の脇でやかんを見ているハルナに、小声で話しかけた。

 「なあ、ハルナ……」

 「何、お兄ちゃん」

 「……お前、いつから来たんだ?」

 俺は意を決してその質問をした。この答え如何によっては、俺は覚悟を決めるつもりだった。
 意味が分からないのならそれでいい。だが、それはないと俺は思っていた。
 そしてハルナは答えた。まるで世間話でもしているように。

 「……ずっと未来だよ。よく気がついたね」

 その時のハルナは、黒いオーラを放つ、もう一人のハルナだった。

 「何が目的だ」

 俺の声も、あの時……ユリカを求めて、コロニーの人間を惨殺していたときのものに戻っていく。
 隣でリョーコちゃんが寝ていなかったら、そのままハルナに襲いかかっていたかもしれない。

 「安心して。少なくともお兄ちゃんのやることを邪魔する気はないよ。それに今は、こんな話をしている時じゃないでしょ。大声出すとリョーコさんが起きちゃうよ」

 「なら一つだけ言わせろ……俺や、100歩譲ってルリちゃんはいい。だが、それ以外の人間の運命を操るような真似はやめろ」

 「自分でも同じことをする気の癖して。それってずるいんじゃない? 既にガイさんを救っちゃったくせに」

 ……それを知っているのか、ハルナ。
 いつ、それを知った。前の歴史で、ガイが死んだことを。
 あれは逆行者といえども、部外者には知り得ないことだぞ。

 「……お前、ナデシコのこと、どのくらい知っている」

 俺の質問に、ハルナはあっさり答えた。

 「過去のことは、全部。けど、意味無いよ。既に歴史は、あたしの知らない方向に変わっているもの。お兄ちゃんだって、それは一緒でしょ」

 そういいつつ、カップ麺にお湯を注ぐ。一体いくつあるんだとは思ったが、その思いは脇に置いておく。
 それにもう少し重要なことがある。

 「なら、この戦いのことも、知っているんだな? 本当の敵のことも」

 「当然。木連のことでしょ。知ってるよ。ボソンジャンプのことも」

 「……そこまで知っているのか」

 俺は目の前の妹が少々気味悪くなった。いくら何でも知りすぎだ。
 そんな思いが、つい言葉に出た。

 「お前、何者だ? 本当に俺の妹か?」

 それは本来、聞いてはいけないことだったかもしれない。
 それを聞くことは、せっかくの絆を、自分から断ち切ることに他ならない。
 だがその答えは、ちょっと予想外のものだった。

 「本当だけど、本当じゃないよ。あたしは『名無きもの』……お兄ちゃんの知っている歴史の中には、いなかったはずの妹だから」

 「いなかったはずの、妹……?」

 俺はますます混乱した。
 そんな俺の思いを見透かしたように、妹は言葉を続ける。

 「お兄ちゃんが最初にたどった歴史では、私はこの世にこういう形では生を受けていなかった。お母さんの実験は、成功しなかったんだ。当然地球に来ることもなく、運命のあの日、ユートピアコロニーでお母さんはチューリップの下敷きになって死んだ。それが本来の歴史……。けど、私が過去に逆行したことによって、歴史は変わり始めた。今お兄ちゃんが戻ってきた、この歴史の流れに。そう、あたしはね、お兄ちゃんよりずっと過去に戻っていたの。13年前……お母さんが私の、この体を作っていたときに。私の『意志』が宿ったため、当時4歳だったこの体は崩壊することなく生き延びた……。過去のことを『思い出した』のは、ジャンプして地球に跳んだ後だったけど。ただ、そのせいでここはもうあたしの記憶にある歴史とは違ってたんだよね。ナデシコの構造とかが微妙に違ったもん。思兼も半生体パーツ使ってなかったし」

 ハルナの説明は、俺の想像を絶するものだった。

 「私が覚えている歴史では、私はお兄ちゃんと一緒にナデシコに乗っていた。ま、お兄ちゃんが信じるかどうかは自由だよ。ひょっとしたら私はものすごい嘘つきで、お兄ちゃんを意のままに操るために都合のいい作り話をしているだけかもしれない。さ、あたしはこうして手札をさらしたよ。どうする? お兄ちゃん」

 「一つだけ、聞かせてくれ……」

 ハルナのいうことは俺にはよく理解できなかった。後でルリちゃんやラピスと相談しないと分からないだろう。だが、一つだけ聞きたいことがあった。

 「お前、前の世界では、なんという名前だったんだ?」

 「いわなかった? 『名無きもの』だって。前の歴史で私は、ナデシコに組み込まれていたんだもん。思兼の構成部品の一部、半生体パーツとして。私の世界のナデシコは、そういう船だったの。だから私の前の世界でも、お兄ちゃんは私の存在なんか知らなかったわ。失敗したお母さんの実験から回収した部品でしかなかったんだもん、わたしって。さすがにルリちゃんも、思兼が自意識を持ってたのが、そういうパーツを使っているせいだとは思ってなかったしね。あ、今のナデシコの思兼の自意識は、当然無関係だよ。安心して」

 そう言うとハルナは、カップ麺をずるずるとすすり始めた。

 「お兄ちゃんも少し寝た方がいいよ。あたしと違って無理が利かないんだから」

 「……お前は平気なのか?」

 心配して聞いたが、ハルナはあっさりとうなずいていった。

 「詳しくはイネスさんに聞くといいよ。あの人は今のあたしの体のことを、一番よく知っているから」

 「分かった。お言葉に甘えさせてもらうか」

 俺も横になる。疲れていたのは事実だ。
 今度、きちんと事実をすりあわせて、協力体制を作らないといけないな……そんなことを思いつつ、俺の意識は睡魔に取り込まれていった。







 「……なーんちゃって。まだまだ甘いよ、お兄ちゃん」







 「くそっ、新手か!」

 ナナフシを目前にして、俺は新たに出現した敵に足止めされていた。
 俺やリョーコちゃんはともかく、ハルナもすさまじい勢いで敵を倒しているが、焼け石に水だ。一気に秘剣で片をつけようにも、バッテリー残量が足りない。
 咆竜斬は発動に時間がかかる上、エステの全エネルギーを一気に消費してしまう。ラインの結ばれていない状態では危なくて使えないのだ。他の秘剣・秘拳も似たようなものだ。
 さらに間の悪いことは重なるものである。恐れていたイネスさんからの通信が入った。

 「アキト君、悪いしらせよ……ナナフシが活動を開始したわ」

 「なんだって!」

 リョーコちゃんがあわてた声を出す。

 「予定より約一時間早いわ……間に合う?」

 「間に合わせて見せます!」

 そう俺は断言した。こうなるとDFSを温存しておくのは苦しいかもしれない。
 と、リョーコちゃんのエステがいきなり前に飛び出した。

 「オレが血路を開く! テンカワとハルナは先に行け!」

 「待て、一人じゃ無理だ!」

 しかしそう言った俺を、リョーコちゃんは親の敵でも見るような目で、ウィンドウの中から睨み付けた。

 「てめぇ、この俺が信じられねえのか! このまま俺達が立ち往生してても、タイムリミットは近づいてるんだぜ!」

 「しかし」

 言い淀む俺に、リョーコちゃんは言った。

 「信じているからな、テンカワアキトっていう男を!」

 「行こう、お兄ちゃん」

 ハルナもそういう。

 「大丈夫、リョーコさんを死なせたりしないよ。バッテリーを補給したら、あたしの本気を見せてあげる。後が大変なんだけどね」

 「……分かった、2人を信じよう」

 そして俺とハルナは、リョーコちゃんが慣れないDFSを振るって作り上げた血路に飛び込んでいった。



 包囲網の外で、すかさずバッテリーを交換する。念のため、予備のパックも一つ、背中に装着する。

 「これで大丈夫。配線に細工しておいたから、スイッチ一つで予備バッテリーに切り替えられるよ。但し、前のバッテリーを使いきるまでは切り替えちゃダメだよ。配線がむき出しだから一発食らったらお釈迦だし、切り替えたら元に戻せないからもったいないし」

 「ふっ、そっちこそ俺を信じろ。一発たりとも食らったりはしない」

 そして俺は単独でナナフシに特攻する。ハルナはリョーコちゃんの援護のために引き返していった。







 「さすがに無茶だったか……」

 オレは年貢の納め時が近いことを感じていた。DFSの欠点がモロに出ちまっている。威力もある分、微妙に薄くなった装甲が、敵弾の集中砲火を受けて決壊しちまった。オレの計算ミスだ。
 こうなると危なくってバーストモードも起動できない。ま、起動したところで、3分ほど寿命が延びるだけだけどな。
 それでもオレは、最後のつとめを果たすことにした。

 「バースト
 「待って!」

 モードと言いかけたところに、割り込むように通信が入った。

 「ハルナ!」

 「間に合ったね!」

 全身が光っている。何する気だ?

 「リョーコさん、下がってて! 奥の手で一気に敵を殲滅する!」

 お、おいおい、お前、兄貴の真似でもする気か? そりゃ一度見た技は真似できるっていってたけど、いくら何でも……

 「兄貴の真似する気か! そりゃ無理だろ!」

 「ううん、これはあたしのオリジナル。整備士にしてプログラマーでもある、あたしのオリジナル!」

 整備士がなんの関係があるんだ?
 だがハルナは、そんなことには答えずに、敵の大群に向けて突っ込んでいった。

 「班長ごめん! 砲戦フレーム、ぶっ壊します!」

 ま、まさか、自爆でもする気か!

 「おい、やめろ、ハルナ!」

 オレはあわててハルナを止めた。だが、ハルナは止まらない。

 「バーストモード、エネルギーリミッター解除。いっけぇぇぇぇっ! 名付けて、

 

 くらえええっ!

 ハルナの全身が光ったかと思うと、ジェネレーターが、まるで悲鳴を上げたように唸りをあげた。
 そのとたん、ハルナの周りのフィールドが、爆発的に広がった。通常の球形のフィールドではなく、フレームの隙間から、まるでハリネズミのようにフィールドが飛び出している。特に背中の廃熱スリットから飛び出したフィールドは、まるで翼のようだ。
 そして翼を生やした砲戦フレームが戦場を駆けめぐると、至る所で爆発が巻き起こった。フィールドに何かが触れるたび、それは次々と崩壊していく。
 まさか、あのフィールド、全部DFSの刃みたいになっているとでもいうのか!
 と、その時。

 「せいかーい!」

 という脳天気な声がした。いつの間にか口から出てたか?

 「これぞ奥義・フルバースト! 要するにジェネレーターに、たたき込めるだけのエネルギーを突っ込んでるだけ。暴走したジェネレーターから、バーストモードのさらに10倍近い強度のフィールドが発生してるの。その代わり、後ちょっとでドカン、だけど」

 「なんちゅう危ないことするんだ!」

 オレは思わず叫んでいた。
 しかしハルナは意に介さず言った。

 「ちょっと下がっててね! ジェネレーターが爆発するとき、無指向性の空間歪曲場が広がるから。ちょっとした拡散型のグラビティブラストだよ。バーストモードを起動して防御を固めててね」

 「お前はどうなる!」

 「大丈夫。その前にアサルトピット切り離して脱出するから。爆風にはじき飛ばされて、重力波の影響下からは逃げ切れるはずだよ。後で回収に来てね〜」

 そういっているさなか、ハルナのアサルトピットが上空に向けて打ち出された。緊急脱出装置だ。

 「バーストモード、スタート!」

 オレはあわててバーストモードを起動して、防御態勢をとった。
 フレームは何とか持った。
 そしてオレの目の前で、制御を失った砲戦フレームが爆発した。
 ワンテンポ遅れて、黒い光が拡散していく。
 すさまじい衝撃がオレを襲い、オレは為す術もなく吹っ飛ばされた。
 バーストモードの強化されたフィールドじゃなかったら、あっという間にバラバラになっているところだ。
 壁に打ち付けられて止まったところに、ハルナのアサルトピットが計ったように落ちてきた。何とかキャッチに成功する。

 「大丈夫か!」

 「おなかすいた〜。もうダメ〜」

 それがハルナの答えだった。







 「最後のボスはお前か……」

 俺はDFSを構えつつ、前の世界でも俺たちを苦しめた多砲塔戦車と対峙していた。
 そのままだったのなら、今更苦戦する相手ではない。だが……

 「ディストーションフィールド、だと!」

 前回の打撃力に加え、やつの周りにはディストーションフィールドが張られていた。しかもかなりの強度だ。通常のDFSでは切り裂けないほどの。しかしここでバーストモードを起動すると、ナナフシが倒せなくなる。
 しばらくまともに相手をしたが、どうにも埒があかなかった。
 そのうち、目の前のナナフシが光り出した。
 いかん、時間がない。
 俺は秘剣の一つ、唯一バーストモードなしで使える技を使う覚悟を決めた。
 一旦間合いを広げ、DFSを水平に構える。突きの体勢だ。
 外部マイクをONにしてから、俺は大きく叫んだ。約束とはいえ、少々恥ずかしい。

 「秘剣、回天斬!

 そのまま一直線に敵に走って突っ込む。このとき、同軸線上に敵の砲塔をおかないのが秘訣である。
 当然敵は迎撃してくる。だが……

 「発!」

 俺がそう叫んだ瞬間、俺の体は爆発的に加速された。足が地を蹴る瞬間、そこに限界までフィールドを集約する。ディストーションフィールドは、空間歪曲によって生み出される斥力場だ。足の裏と地面の間で発生した力が、エステのボディーを弾丸のように加速する。
 二度、三度とエステが地を蹴るたび、ボディーは猛烈に加速される。あまりの急加速に、敵の攻撃は予測を外され、むなしく俺の背後を通り過ぎていった。そして俺は今度はDFSにフィールドを集中する。
 十分に加速の乗った突きによって、敵は真っ二つに切り裂かれ、俺の背後で爆発した。
 回天斬の回天は、かつて存在した有人魚雷……非情な特攻兵器だ……から取ったという。言い得て妙だが、センスよくないぞ、ラピス。



 さて、残るはナナフシのみ!
 案の定使えなくなったDFSを捨て、バッテリーを予備に切り替える。回天斬のせいで股関節もぐらぐらだ。
 だが敵の攻撃ももはや散発的でしかない。
 俺は最後の攻撃に出た。とっておきのバーストモードを起動し、そのフィールドを、今度は右手に集束する。
 そして俺はナナフシへ向かって特攻した。ローラーダッシュで一気に距離を詰める。
 右手に光るのは、炎を纏った、円錐状のフィールド。この牙をナナフシにたたきつけられれば、俺の勝ちだ。
 残り150mのところで、敵の砲弾が至近弾となった。この技を使うには、回避は出来ない。
 脆くなっていた左足が脱落した。

 「まだまだっ!」

 その瞬間、残った右足を撓め、一気に飛び上がる。
 反動で右足ももげ落ちた。もはや後はない。
 目の前に光を放つナナフシの壁が迫る。

 「全てを!! 噛み砕け!!

  必殺!! 
虎牙弾!!

 俺の叫びと共に、炎の牙はナナフシのフィールドを貫き、内部に打ち込まれた。

 「散!」

 締めの言葉と共に、凝縮されたフィールドが、内部から開放される。
 それは爆弾の爆発と一緒だ。
 ナナフシの内部を破壊的な衝撃波が荒れ狂い……
 その活動が止まった。
 同時に敵戦車の動きも止まる。
 俺は通信を開くと、ただ一言、言った。

 「任務、完了……迎え、頼む」







 しばらく気を失っていたらしい。
 目が覚めると、みんなが空戦フレームで迎えに来ていた。

 「お疲れさま」

 ヒカルちゃんがそういって俺をアサルトピットから引きずり出してくれた。情けない話だが、全身がガタガタでまともに動けない。さすがに2連発はつらかったか。

 「アキト! 凄いじゃないか! 今度あの必殺技、俺にも教えろ!」

 ……ガイ、響くんだが、お前の大声。

 「ところで、リョーコちゃんとハルナは?」

 「安心したまえ。2人とも無事だ。既に収容されている。でもよくあんな恐ろしい真似が出来るな、ハルナちゃん」

 「何かやったのか?」

 そういうアカツキに、俺は不安になって聞いた。

 「どうやったのかは知らないが、彼女、わざとジェネレーターを暴走させた。運良くリョーコちゃんのエステから取れた記録があるから、後で自分で見るといい。あれは見物だぞ」

 ちなみに後でその記録を見て、俺は頭を抱えた。
 あれがお前の『本気』か?



 「とっころでさ〜」

 一息ついた俺に、ヒカルちゃんが話しかけてきた。

 「なんでアキト君、いちいち技を出すときに大声を上げてるの?」

 「う……」

 俺は答えに詰まった。ラピスとの約束だとは、絶対にいえない。

 「何をいってる! 必殺技を放つときに声を出すのは、ゲキガンガー以前からの『伝統』だ! 今までのエステバリスには、声を上げて使う必殺技がなかっただけのこと!」

 だからガイ、頭に響くって……。
 だが俺が頭を抱えているうちに、話はとんでもない方向へ向かっていた。

 「やっぱりアキト君もああいうの好きだったのね」

 「なるほど、テンカワ君はいわゆる『隠れオタク』だったというわけか」

 ヒカルちゃん、アカツキ、それは誤解だ……
 だが、俺の願いもむなしく、『テンカワアキトは隠れオタク』という評判は、ナデシコ中に広まってしまった。

 「アキトさんはそんなんじゃありません!」

 ルリちゃんだけは反論してくれたけど、ユリカをはじめとするその他全員が相手ではさすがに蟷螂の斧である。
 ラピス、恨むぞ……



 (あたしはかっこいいと思うけどな〜)



 次回、サイドストーリーの後、あの「忘れえぬ感覚」……これが、人間……につづく。







 あとがき。
 アクションは疲れる……本人もテンションが上がってしまうので、後で読み返して修正しないといけないので。
 後、作中ハルナがアキトに語っている過去は、

 大嘘

 です。ハルナの悪女……
 真実は、まだ霧の中です。
 けど、今度の告白で、アキトは、そしてルリちゃんは、どう変わるでしょうか。
 何せ作者も20話くらいまでは正体ばれないと思ってたから、この先の話がどうなるか今ひとつ見当がつきません。
 ハルナの嘘話も全然考えてなかったし。

 次はサイドストーリー。これは予告しましょう。うんと短いし。
 アクア育成日記です。
 私も好きだな〜、こういうの。

 

 

代理人の感想

 

お〜、怖い怖い。

ここへ来てハルナの凄みが一層増してきていますね。

悪女というレベルは既にブッちぎっているんではないでしょうか。

 

 

次回予告・・・・そ〜するとその内「テツヤ育成日記」とか「北辰矯正日記」とか「草壁調教日記」(爆)

とか出て来たりするのでしょうかね(笑)。

コンセプトが「みんなで幸せになろうよぅ」らしいですし(笑)(注:微妙に違います)

 

 

 

追伸

 「何をいってる! 必殺技を放つときに声を出すのは、ゲキガンガー以前からの『伝統』だ! 今までのエステバリスには、声を上げて使う必殺技がなかっただけのこと!」

 

あああっ、このセリフに金輪際異論を唱えられない自分を発見(核爆)。