再び・時の流れに
 〜〜〜私が私であるために〜〜〜

 第16話、『私達の戦争』が始まる……それでも、彼女は、私たちの、大切な、仲間なんです……その1


 「……北辰」

 するはずのない声が、我の背後より起こった。
 これほどの驚愕を受けたのは、実に何年……いや、つい先ほどか。
 道を外れし道、外道を歩む我から見ても、先ほどの娘は……何かが違った。
 詳しい情報はなかったが、金色の瞳や、全身を覆った光からすると、一応妖精の一人ではあったのだろう。
 突如力を失った娘をそのまま捕らえ、この『懸衣翁』に、我と共に乗せたのであるが……
 いま、我の背後から漂うのは、殺気。
 絶対の、間合い。
 これだけの殺気を感じつつ我が生きているというのは……不可解、と言ってもよかった。

 「なんちゃってね。ま、芝居はこれくらいでいいかな」

 芝居!……
 我の背に、戦慄が走った。これも又幾年ぶりであろうか。
 その時我は、計器にある異常が起きている事に気づいた。
 跳躍粒子計が、狂ったような値を示している。
 これは跳躍の際に生じる場を検出するための物である。何故これだけに異常が?
 だが、そんな事は些細な事であった。我の背後に居る、この異様な『何か』に比ぶれば。
 そして、『何か』は、事もあろうに、我に命じた。

 「草壁閣下の命運が惜しければ、私の事は、しばらく忘れるのがよろしかろう。我は捕虜として、そのまま白鳥達に引き渡せ。本来の務め通りにな。汝の思惑で、事を狂わすではない」

 「……何者だ、貴様」

 そこで我は、やや意外な名を聞いた。

 「……『輔星』。その影の一人。地球圏に潜み、汝らに情報を伝えし、草の一人。悠久の時を越えて、その務めを果たすものよ。汝なら知っておろう。我は名乗る事あたわぬ、紅の、望月の末にて……朔月を称するもの」

 「……『忍』か。まさか地球圏にまだ生き残りがいたとは」

 忍……我のような外道の大先達。木連の影伝承の中ですら、幻の一族。
 なるほど……ならばあの力も納得いく。死に瀕した者を甦らせた事ではない。我に向けられた体術の事だ。
 あれは木連式禁術の技……木連においてすら封じられ、ごく限られた者しか伝授されぬはずの技なのだ。死者蘇生の技など、我は知らぬし、わからぬ。だが、こちらは明らかにあり得ていい話ではない。
 だが、こ奴がそもそも我らに連なるものなら、話は別となる。

 「汝にも理解できたであろう、我が汝に振るいし技の意味は……」

 声音も、言葉遣いも別人となった娘の言葉のみが、我に届く。いつしか娘の『気配』は、隠れる場所など無いこの操縦席の中から、完璧に消えていた。
 これは我すら上回る、完璧な『隠形』であった。

 「そう、あれは名刺よ。外道たる汝が、確たる証も無しに、我の言葉を信ずるなどとは露程にも思ってはおらぬからな」

 「然り」

 当然の事。だが、さすがにここまでやられれば、信じぬ訳にはいかぬ。

 「『忍』は何処にでもいる。それこそ思わぬ所に」

 娘の声は続いていた。

 「故に一つだけ申し渡しておく。輔星が姿を見せるのは、きわめて希な事。この事実、他者に語るは許さぬ。うかつに言葉にすれば、以後輔星は、汝らに情報を伝える事はないと知れ」

 「……了承した」

 この脅しには、我とて屈するしかなかった。

 「ただし」

 が、その言葉には意外な続きがあった。

 「我を倒すのは別段かまわぬ……出来るのなら、だがな。汝の技量では、まあ無理であろうが。我はあくまでも地球人であり、敵なのだからな。輔星の上も、咎めたりはせぬ。名を明かす輔星は、いつ死しても構わぬ者のみ」

 我に挟む言葉はなかった。ただ、脳裏に、ある人物の姿が浮かんだ。
 と、背後の気配が、『笑い』に転じた。

 「脅かしてしまったな。わび代わりに情報を一つ伝えよう。テンカワアキトの技量は……そしてその武の器は……我を凌駕するぞ」

 その瞬間、脳裏に浮かんだ人物は、はっきりと形を取った。

 「……六連では、足りぬようですな。『北辰』の下には、やはり七つの星がいると」

 「目に見えぬ星も、その影に居る」

 その言葉とともに、我を震わせし気配は消えた。
 計器もいつしか正常になっている。
 後ろを見ると、娘は寝たままである。

 「どういうことだ……?」

 我は珍しく思考した。今の様相はまるで……

 「この娘に、『輔星』が憑依していたとでも言うのであろうか……」

 だが、所詮外道たる我の身に、思索は似合わなかった。
 そして我は、いくつかの『戦利品』と共に帰還した。







 「……な〜んちゃって」






 >REINA

 「なぬ〜っ! 残骸が、無いだとっ!」

 ウリバタケ班長の叫び声が聞こえてきます。私達は、撃破されたリョーコさん達のフレーム回収作業をしているのですが、何かトラブルがあったみたいです。

 「くそっ、急がなきゃいけないっていうときに、なんなんだ一体」

 衝撃的な事件があっても、船の歩みは止まりません。むしろ、加速しています。
 言葉にこそしていませんが、それは一つの思いを示しているようでした。
 テンカワさんに、会いたい。
 艦長。ルリちゃん。提督達。そして、何より……ラピスちゃん。
 あんな小さな子供に、あんな光景は、絶対衝撃が強すぎる。
 私はその目で見る事が出来なかったけど、そのあとの様子を見ていれば嫌でもわからざるをえない。
 今ラピスちゃんは、ハーリー君にしがみついたままだ。

 「まあ僕は、テンカワさんの代わりなんですけど」

 そう言うハーリー君は、少し大人っぽく見えた。金色に変わってしまった目を光らせながら。
 でも、やっぱり男の子だね。知り合ってほんの数日だけど、なんか変わって見えるよ。
 男子三日会わざれば、すなわち刮目してみよって言うのは、ホントなのねえ、などと、しみじみ思ったりもする。
 でも、実はあたしの考えているのは、もう少し独善的な事だ。
 ハルナ……
 私はさらわれてしまった、親友の事を考えていた。



 まだあれから、ほんの数時間しか経っていない。
 なのに、彼女の事は、いつの間にかみんな知っていた。
 変わり者だとは思っていた。
 変な力をいっぱい隠し持っているのも知っていた。
 でも、今回のこれは、ちょっと凄すぎる。
 致命傷を負った重傷者が、一瞬にして健康体に戻っちゃうだなんて。
 噂になるのも無理はない。
 ただ、この件であたしの頭に浮かぶのは、別の子の顔だ。
 メティちゃん……
 ハルナと一緒に、崖から落ちて死んだと思われていた。
 ねえ、ハルナ。ひょっとして。
 あなたが……ボソンジャンプで簡単に逃げられたはずのあなたが、しばらく身を隠していたのって。
 メティちゃんを、助けるためだったんじゃないかな、って。



 ハーリー君は、助かったけど、目が金色に変わってしまった。
 メティちゃんは、そんな事はない。
 単にマシンチャイルドだからなのかもしれないけど、それだけとも思えない。
 前にハルナが言っていた。金色の瞳は、マシンチャイルドの証だって。ナノマシンが瞳の細胞組織に干渉して、この色になるんだって。
 まあ……いくら想像したって、わからない事はわからない。
 たっぷりと、説明してもらわなくっちゃ。
 だから……ちゃんと帰ってきてよ。あんたはあたしの親友なんだから。



 「えっ、中止?」

 つらつらとそんな事を考えながら待機していたら、いきなり中止の指示が来た。

 「参ったな……どうやら奴等、フレームをかっぱらっていったらしい」

 「え?」

 何でまた、そんな事を?

 「どういうつもりかは知らないが、人だけじゃなく、メカまでかっぱらって行きやがって」

 班長はご機嫌斜めだ。

 「じゃ、リョーコさん達のフレームは?」

 「どうにもならねえだろ! 代替部品も月に行かなきゃ無い! しばらくはエステ無しだぞ、あいつら」

 あらあら、ご愁傷様……あれ、どこ行くんだろ、班長。

 「まだ時間に……」

 ほら、いわれてる。

 「バカやろう! 今日は臨時休暇だ! 大体人手も足らないし、あんな事件のあとだぞ! 仕事なんかしてられっか! 緊急時以外、月まで休暇!」

 ま、せいぜい半日ですけど。
 その気持ちは、わかります。
 私も自室に戻りましょう。



 で、自分の部屋で、汗を流して着替えたときだった。

 『おいレイナ! ちょっと来い!』

 班長からの連絡があった。

 「来いって、どこにですか?」

 『俺の部屋だ! 来なかったら一生後悔するぞ! 技術者としてな!』

 技術者という言葉を班長が使うときは、それなりに重みがある。
 私は班長のシンナーくさい部屋へとすっ飛んでいった。



 「来たか」

 フィギュアやよくわかんない発明品の山の奥に、ウリバタケ班長は座っていた。
 椅子ではなく、座布団敷きの、こたつトップ端末になっている。
 入ってみたら、掘りごたつになっていた……いいんですか? 勝手に床に穴を開けて。
 まあ、足は楽ですけど。

 「なんなんですか、一体」

 「これを見ろ」

 そう言って端末の画面を、私のほうに向ける。
 メーラーだった。ぽつんと一通、メールが入っている。
 何これ……ええっ!
 差出人は、ハルナだった。

 「なんで一体……」

 「正月配信予定の時限メールだったみたいなんだが、やばいと思って送ったんだろうな。あいつ、ナデシコの中ならこのぐらいの芸はする」

 「芸、ですか……」

 確かになんかその方がしっくり来るけど。

 「でも、なんであたしを?」

 すると班長は、添付ファイルを開いた。

 「あいつ、いつの間に俺の個人データのプロテクトを抜いていやがったんだ? しかも勝手に人の趣味を潰しやがって」

 ぶつくさ言いながらも、出てきたデータを展開する。CADファイル……設計図?
 それを見た瞬間、あたしは頭の中が沸騰した。なによこれ、信じらんない!
 それはエステの設計図であった。それも、とてつもなく画期的で、独創的な。

 「実はよ……」

 そして班長は、いたずらを告白する様な顔をして、私に言った。

 「ちょいと予算をちょろまかして、こんなモノを作っていたんだ」

 そう言って又別のファイルを開く。そこにあったのは、さっきのほどではないけど、画期的な形態のエステバリスであった。

 「エステサイズでグラビティブラストを発射可能なフレーム……Xフレーム。その名もXバリス。ただこいつは」

 「欠陥品ですね」

 あたしは班長の作品を一言の元に切り捨てた。

 「そう、現段階では強度が足りない」

 班長もそれを、あっさり認めた。

 「ここだけの話、研究費用として予算をちょいとちょろまかしているから、バレたらやばいんだが……バレてたみたいだな、少なくともハルナの奴には」

 「でしょうねえ」

 思兼のオペレートもしているのだ。バレて当然である。

 「で、ごまかしてやるから、担保代わりに構想中だった新兵器のネタ寄越せって、こいつを送って来やがった。全く、俺の気持ちをわかっているんだかわかっていないんだか……」

 あたしは内心、くすくすと笑っていた。あたしだって機械屋だ。班長の気持ちはよくわかる。
 いつか自分が作ろうとしていた計画を、自分以外の人が自分より遙かに優れた技術で実現してしまったら、そりゃあがっくり来るでしょう。
 けど、ハルナったらそのことをちゃんと断っている上に、理由まで付いているのだ。気持ちのぶつけ所がない。

 「全く参ったぜ……ネタこそ俺のモノだが、完成度が高い上に、欠陥は修正してありやがる。それに俺のネタは、これをオールインワンで作ろうとしていたんだが、このプランは現実的に……そう、今ナデシコに乗っているパイロットの特性に合わせて、ふさわしい装備を分散して装着していやがる。なあレイナ……」

 「なんですか、班長」

 夢見る少年の瞳を浮かべている班長を見ながら、私は答える。

 「俺のネタ……究極ロボ、アルティメットXは、あくまであり得そうな、けどただのネタだった。俺の想像……いや、妄想だな。あくまでも夢の中の存在だった。ところがよ、形を変えたとはいえ、俺が作れるとは思ってもいなかった秘密兵器が、こうして実現できる事が明示されちまった。これってよう……喜んでいいのか?」

 「いいんじゃないですか?」

 無責任にも、私はそう答える。
 だって……作ってみたくなっちゃったんだもの、これ。
 これは革命だ。この図面の機体は現行技術の延長・改良で製作できる。フレームには特殊な新技術は使われていない。なのに桁違いに優秀な機体になっている。
 そして、気がついた。この機体デザイン、運用コンセプト……あたしには、畑違いなのに理解できる。
 これは……『Moon Night』だ。
 母艦と一体化して運用する現行のエステバリスじゃない。独立機動部隊として機動兵器を運用するためのコンセプトが、この機体達には込められている。

 「この機体を作って技術に精通すれば、夢が一歩現実に近づくんですよ? そう考えれば、決して自分の理想を先取りされたっていう訳じゃないじゃないですか。 大体、ゲキガンガーじゃあるまいし、ロボット一体、既存の技術を使わずに作るなんて、現実じゃいくらなんだって無理でしょう」

 「それも……そうか、そうだよな」

 班長の目に、底光りするような輝きが宿った。班長がその気になったときの目だ。

 「よし……作ってやろうじゃないか、この機体をよ! ちょうどリョーコ達のフレームが盗まれちまったから、パーツや新しいフレームを補給しなきゃならなかったんだ。そのどさくさでやっちまえ!」

 班長……それはいくら何でも無理だと思うんですけど。
 でも、本当に綺麗な設計図。それにこの設計思想。
 頭はこうやって使うんだっていう事の見本みたい。突出した新技術を使わなくても、ここまでのモノが作れたんだっていう。
 班長は特殊兵装……秘密兵器とかのほうに目がいっているけど、私はベースフレームの設計に興味が行っていた。
 陸空0Gといった環境面でではなく、指揮、前衛、後衛といった、戦術面レベルで特徴付けられた設計、効率化とデザインの工夫によって、0G戦フレームと空戦フレームを統合し、運用場所をほとんど選ばない汎用性。特殊な環境にも、わずかなオプション装備・パーツ変更で対応できる懐の広さ。
 欠点は、チームワンセットの設計だって言う事。単独では各種の工夫が仇になって、かえってバランスが悪い。そもそもこの機体はいわば最低3機で一体になるように設計されている。単機ではかえって使いづらい。後バランスが微妙で、熟練した整備士とサポート環境がないと、性能を完全に発揮させる事は難しい。これまたワンセットというのが仇になって、整備・調整は全機まとめてバランスを取らなければならないからだ。
 けど、それ故逆にナデシコやMoonNightの様な部隊にとっては……最強の機体となる。ナデシコになら、この機体を運用しきれる。

 (ハルナ……)

 あたしは、最悪形見になるかもしれないこの設計図を、何がなんでも形にする事を誓った。







 >AKATSUKI

 「やれやれ、僕が先発隊になるとはね」

 「仕方ないでしょ。あたしは今ナデシコを離れられないんだもの。ミナトがさらわれた以上、私はここにいないとまずいでしょうに」

 エリナ君がふくれるのも、まあ無理はない。
 事態はある意味、深刻さを増していた。ミナト君とハルナ君がさらわれたのは、まあ今更である。だが、もう一つ問題なのは、ネルガルのドックが襲撃を受けた事である。
 前回はアキト君が間に合わせのエステで撃退してくれたが、2度目はない。いくら彼だって、生身で機動兵器を相手に出来るわけがない。
 早急に対策を講じる必要があった。
 こちらからエステを一機回す事も考えたが、間が悪い事に撃破されたリョーコ君達のフレームがそのまま敵に奪われており、ナデシコにもゆとりがない。連合軍は作戦の都合で軌道上に戦力を集めていて、今からでは月面に降りて来れない。
 八方手詰まりだと思っていたところに、テンカワ君から連絡が入った。それも僕宛の会長用秘匿ラインで。
 テンカワ君、なりふり構っていないね。君が事実上の大株主である事はまだ公表されていないから、研究所の上を脅かしたんだろう。まあ、そこまでしなくても、今の君の言う事なら、多少の無理は通るか。
 どっちにしろ、彼がわざわざ秘匿回線を使った理由は、パイロットでなく、会長のアカツキナガレに用があったからだった。気を遣ってくれてどうも。

 「アカツキ、このままではこの街が危ない。幸い対策はある。だが、そのためには、お前とイネスさん、そしてウリバタケさんの力を借りなければならない。ほかにルリちゃんとラピス、あとハーリー君の力もいるが、彼らはネットワーク上でも何とかなる。だが、最初に言った3人は、ここにいなければダメだ。ナデシコが到着するのを待っている余裕はない。先行してこちらに来れないか?」

 「……一つ、聞いていいかな?」

 僕はちょっと腑に落ちない事があったので、彼に聞いてみた。我ながら意地悪な質問ではあったのだが。

 「何故、ハルナ君を入れていないんだい? 彼女の能力こそが、今の君が一番必要としているものじゃないのかい?」

 「いない者をどうやってつれてこいと言うんだ」

 「……ずいぶん耳が早いね、テンカワ君。こちらが襲撃された事は、まだどこにも伝えていない筈なんだけど」

 画面の向こう側で、テンカワ君の顔が動揺したのを、僕は見逃さなかった。

 「……まあ、お前の言うとおりだ」

 テンカワ君は、憮然としながらも、僕のほうを見つめた。
 彼らしくもない……いや、一度だけ僕たちに見せた事のある、闇に覆われた目で。

 「お前には別段秘密にしておく事もないか……あまり他言してほしくはないが、俺とラピスの間には、精神的なつながりがある。何故かは俺にもよくわからないんだが」

 「それは……お互いの考えている事がわかるって言う事かい?」

 内心僕は驚いていたが、顔に出さないように気を付けながら言葉を続けた。
 なるほど……それでラピス君の事を、いろいろ知っていた訳なんだね、テンカワ君。

 「考えがわかる、という事はない。感覚の疑似共有と、意思の疎通……というところだな。どこにいても会話できるというのが一番近い。感覚の共有は、何となく、というレベルだからな。写真を見せるようなものだ」

 「ふむ……興味はあるが、今は詳しく聞かない事にするよ。でも、という事は、テンカワ君はすでに、ナデシコで何が起きたかを知っていると思っていいのかな」

 「……ああ」

 そう答えた彼の顔は、なんというか……地獄の使者とでも言いたくなるほど恐ろしかった。何より恐ろしいのは、それでいながら、何とも魅力的にも見えるという事だ。僕は自分が男である事を、心底感謝していた。今の彼の顔は、女性には見せたくない。
 その女性が不幸になるのが目に見えているからだ。

 「過ぎてしまった事は仕方がない。ミナトさんのほうは……多分、大丈夫だ」

 つまり、ハルナ君のほうは危ないという事か。まあ、あれを見せられちゃねえ。

 「だが、いずれにせよ、今の俺には何も出来ない……そう、何も。だから頼む。なるべく早く来てくれ。頼む……俺に、翼をくれ、アカツキ」

 「わかった、急がせてもらうよ」

 僕には、そういう事しかできなかった。



 「ようアカツキ、お前がパイロットか?」

 不服とも満足とも見えない態度で言うウリバタケの旦那。僕もやはり肯定とも否定とも見えない、曖昧な態度で答えを返した。

 「ああ、さすがにイツキ君やアリサ君というわけにも行かなくてね。ただ……なんでレイナ君までここに?」

 発進準備の整ったひなぎくに、何故か4人の人間が乗り組んでいた。
 僕、イネスさん、ウリバタケ班長、そして……レイナ君。

 「あら、テンカワさんの呼び出しでしょ? 絶対あたしがいた方がいいって」

 「悪いな……ちょっと技術的な事で話し合っているときに呼び出されたもんだから、ごまかしきれなかった。だが、多分連れて行った方がいいと思うぞ」

 「まあ、今更ね。今は時間が惜しいわ」

 特に反対意見もなく、結局僕たちは4人で月ドックへと先行した。



 まあ、レイナ君を連れて行ったのは、大正解だった、といっておこう。
 テンカワ君……無茶はそのくらいにしてほしいね。







 >GENICHIROU

 「通信にあった実験型機動兵器、着艦します」

 「わかった、出迎える」



 その知らせは、大変喜ばしい事だった……筈だった。
 ダイマジンと共に何とか帰還した俺の元に、通信が入ってきた。
 待ちわびていた通信であった。

 「こちら白鳥。これから『ゆめみづき』に帰投する。こちらは諜報部隊の実験型機動兵器に搭乗しているため、奇異に思っても誤って発砲しないようにしてほしい」

 「九十九……無事だったら何故連絡してこない!」

 俺はつい怒鳴り散らしてしまった。半分は照れ隠しなのは自覚していたが、まあ、性分というやつだ。
 だがあいつの答えを聞いて、俺は眉を眉間に寄せる事になった。

 「連絡などできっこない。敵戦艦で捕虜……とはちょっと違うが、似たような状況になっていたからな」

 「敵に……地球人に、捕まっていただと!」

 なんと言う事だ! 九十九ともあろう男が!

 「まあ怒るな……こうして無事だったわけだし」

 「それとこれとは別だ!」

 こいつは昔からこう言うところがある。
 だが、それはまだ序の口に過ぎなかった。

 「それにな……地球の人間、必ずしも極悪人ばかりというわけじゃないぞ。アカラ王子のような奴も、中にはいた。それに……ナナコさんのように聡明な女性も

 「ん、よく聞こえないが」

 「いや、こっちの事だ。それでちょっと用意してもらいたい物がある」

 「何だ、いきなり」

 「部屋を一つ、女性のための物だ」



 「……は?」



 その後は、まともな会話にならなかった。
 九十九の名誉のためにも、具体的な会話は避けよう。
 地球人にしか向けてはいけないと言われている罵詈雑言、放送禁止用語の嵐になったからな。
 だが、何を考えているんだ。事情があったとはいえ、そして敵だとはいえ、婦女子を誘拐してくるとは!

 「……きっちりと説明してもらうぞ、九十九」

 そして今着艦した実験型機動兵器……『餓鬼』の操縦席から九十九が出てくるのを、今か今かと、俺は待ちかまえていた。



 無事九十九は、この船に帰還した。
 思わぬ『おまけ』を伴って。
 我々と同年代の、けばけばしい化粧をした女性だ。
 九十九……まさかそのような毒婦の色香に迷ったのではないだろうな。どう見てもナナコさんとは正反対ではないか。
 彼女を部屋に寝かせた後、俺は奴を自分の居室へと引っ張り込んだ。

 「さて、ゆっくりと説明してもらうぞ」

 「わかってるって……ただな、一つ覚悟しておけ。かなり訳の分からない話が続出する。俺にも分からない事だらけなのでな」

 「それでもいい。何も分からんよりましだ」

 だが、その言葉をすぐに俺は後悔する事になった。
 テツジンが、黒い機動兵器にあっさりと撃破された事。
 脱出したものの、負傷と失血で気を失っていた事。
 気がついたら敵の医師に看病されていた事。
 そこで自分が、『山田 二郎』という男と取り違えられていた事。



 「……何で間違えられる」

 「俺も不審に思ったが、すぐに分かったよ、その理由は」



 舞歌様がやはり敵艦内に侵入していたらしい事。



 「ちょっとまて! 貴様、舞歌様を放ってきたのか!」

 「……無理を言うな。俺には舞歌様がどこに潜んだのかも分からないし、そもそもその確証もなかった……ただ、俺が脱出する時点では、まだ無事なはずだ」

 「……何かあったら許さんぞ、九十九」

 「ああ」



 そして、問題の『山田二郎』と出会った事。



 「お前そっくりだと?」

 「ああ、うり二つ、まさに『魂の兄弟』だった」



 先ほどの人質女……ミナト嬢との出会い。
 木連の理念を語った事。
 彼女が自分を官警に引き渡すのを拒んだ事。



 「彼女は立派な女性だ。見た目に惑わされるなよ、元一朗」

 「むっ……」



 そして、脱出……北辰の登場。



 「あの男が……動いたか」

 「ああ。じきに報告に来るとは思うが」



 そこで、九十九の話は終わった。

 「……まあ、大体の流れは分かったが、どうしてお前、その男と間違えられたんだ?」

 「それはこれから話す。さっきの話からも、そのことはわざと抜いたんだ。彼女の話をいきなりすると、絶対訳が分からなくなるからな」

 「彼女?」

 「そう。彼女の名はテンカワ ハルナ。そして……たぶん、木連とつながりがある」

 「なんだとっ!」


 俺は心底驚いていた。敵の新鋭戦艦に、すでに間者が入り込んでいた……それも、おそらくはずっと以前から。

 「一体、どうやって……」

 「俺にだって分からん。だが、彼女しか考えられん。俺をかくまった『草』は」

 ……九十九に聞いても無駄か。

 「まあ、彼女の事を深く考えるのはよせ。わからないものは仕方ない。それこそ北辰とかの領域だろう。それよりな、元一朗。土産がある」

 「土産? 敵の捕虜になっていた貴様から?」

 何を言い出すのかと思っていたが、九十九は意味ありげな笑みを浮かべつついった。

 「俺とそっくりの男……ヤマダ、いや、ガイはな、俺たちと同じ、『熱血』の心を持っている奴だった。俺たちが天空ケンや海燕ジョーなら、あいつはアカラ王子だ」

 俺は少し感心した。この男、なんだかんだいっても人を見る目は確かだ。それが敵の人間にこうも入れ込むとは。

 「でも、敵だろ、九十九」

 「ああ、だが尊敬に値する敵でもある。お互いいろいろ実りある話になってな……この戦いの正義についてもまじめに話し合った」

 な、何を言うのだ、九十九! この戦いの正義だと!
 それが話し合う余地のある事か!
 だが、九十九はあくまでもまじめだった。

 「地球の側に非がある事は疑う余地もない……だがな、それが現場まで及んでいるかどうかは別らしい。お前も、26話の内容は知っているだろう」

 「当たり前だ!……」

 木連男児足るもの、ゲキガンガーの内容を、一話たりとも忘れる事はない……26話?
 確かアカラ王子が、自分たちこそが侵略者であったと知らされる話……

 「……何が言いたい、九十九」

 「地球の戦士たちは、俺たちの事を何も知らなかった」

 「なんだと?」

 どういうことだ?

 「木星蜥蜴……彼らは俺たちの事をそう呼んでいた」

 な、なんだとっ!

 「憤るな、元一朗」

 怒り心頭に発した俺に対して、九十九はあくまでも冷静であった。

 「彼らは知らなかったんだ……戦っている相手が、俺たちだと」

 「?」

 「最初に投入したのが無人兵器だけだったという事もあろうが……彼らは戦っている相手を、未知の侵略兵器だと思っていたそうだ。今でも敵軍の大半は、木連の存在すら知らされていないらしい」

 「な……なんだとっ!」

 今度は声が出てしまった。地球人め、そこまで俺たちを……

 「だから憤るなって、元一朗。気持ちは俺も同じだ」

 「……すまん」

 俺が落ち着くと、九十九は再び話し始めた。

 「お互いの事情が分かると、あいつは本気になって怒った。お前と同じにな。そしてこうも言い切ったよ。自分たちの側に非があるのなら、その時は俺たちの味方になる、そう、な」

 「……偽りではないのだな」

 「その証拠を見せよう」

 そう言うと九十九は、傍らの荷物から、何か箱のようなものを取り出した。
 それをテレビに繋いでいる。俺のビデオにも繋いでいるようだ。

 「何をしている、九十九」

 「ついでだ。空のディスクを出せ」

 何を言いたいのか分からなかったが、俺は言われるままに空のディスクを出した。
 それを俺のビデオに挿入すると、九十九は言った。

 「さすがに地球と木連では、規格が違うんでな。後でもっと増やさないと」

 「……何なんだ、一体」

 「百聞は一見に如かず、だ」

 そしてそれから90分後。
 俺は心の底から、その男を一瞬たりとも疑った事を後悔していた。



 「すまん、九十九! 彼は、俺にとっても心の友だ!」

 「分かってくれたか、元一朗! さあ、ならばこれを!」

 「何だ、一体?」



 さらに30分後。
 俺はまだ見ぬ友に、永遠の友情を誓っていた。



 北辰が到着したのは、ちょうどその時だった。







 >YURIKA

 「人間……だったんですね」

 ナデシコのブリッジで、私はそうつぶやいていた。
 ナデシコは今、月へと全速で向かっている。
 それでも、到着には後半日弱かかる。
 さっき、地上のネルガルドックからの要請があって、ウリバタケさんたちが先行して月に向かった。
 私も一緒に行きたかったけど、さすがに止められた。
 アキト……早く、あなたに、会いたい……

 「そうだ」

 そう考えていたら、突然そう言われた。

 「は、はいっ!」

 びっくりして振り向くと、そこにはシュンさんがいた。

 「おい、どうした、艦長。そんなにびっくりして」

 彼も目をぱちくりさせていた。

 「あ、いえ、すみません」

 そう言って頭を下げるも、気分はすぐブルーになる。

 「つらそうだな」

 シュンさんは、そう言って私のほうを見ていた。

 「まあ、この展開は、まさに急転直下だ。びっくりもするだろう」

 「……そういえば、副提督は、あんまり驚いていませんね」

 私は気になった事を口にする。

 「ああ。ここだけの話……予備知識があったからな」

 「予備知識?」

 何の事だろう。そうしたらシュンさんはこう言った。

 「詳しくは、月でアキトに聞け」

 「アキトに?」

 アキトが、何で?
 だが、シュンさんは私を見ながらこういった。

 「よく考える事だ……たぶん、アキトも、それを望んでいる」

 「よく……考える?」

 「そうだ、考える事だ。自分が今、何をしているのかな」

 よく……考える……



 木連優人部隊総司令。
 あの侵入者……北辰さんは、クラウドさんの事をそう呼んでいた。クラウドさんは、事情はわからないが、おとなしくしていた方がいいだろうって言い出して、今は自主的に謹慎している。私も提督達も、それを認めるしかなかった。
 木連……それが、あの人たちが所属する組織なんだろう。
 それは、たぶん……木星連合の略称。
 でも、何で、木星に、人がいるの?
 私には、わからない事だらけだった。
 でも、もっとわからないのは……アキトの事。
 あたしだって、バカじゃない。
 信じたくなくても、わかってしまう。
 アキトは、きっと知っていた。あの人たちの事を。
 たぶん、ルリちゃんたちも。
 そして……ハルナちゃんも。
 アキト……あなたは、何を知っていたの?
 何もかも知ってて、ナデシコに乗り込んできたの?
 ねえ、アキト……教えてよ。
 アキト……







 >JUN

 ふと隣を見ると、ユリカがコンソールにもたれて寝ていた。

 「あら……やっぱり疲れてたんですね」

 メグミさんがユリカの様子を見る。

 「ちゃんと寝かせた方がいいんだけど……どうします?」

 となると運ぶ先は医務室じゃなくてユリカの私室だ。さすがに僕が連れて行くわけにも行かない。

 「誰か手伝えるかな……ここは僕がいるとしても」

 変な話、今敵が襲ってくる事はないだろうと、僕は思っていた。もしここでナデシコを敵が襲うとしたら……それは相当の手練れだ。僕なんかじゃ太刀打ちできないほどの。
 ただ、それは敵に余裕がないと出来る事じゃない。今の敵には、その余裕はないと、僕は踏んでいた。
 と、そこに声がかかった。

 「あたしが連れて行くわ。メグミさんもお願い」

 「エリナさん」

 確かに彼女なら適任だけど……

 「操舵の方は大丈夫なんですか?」

 「月近くまではオートで大丈夫でしょ?」

 そう聞くエリナさんに対して、ルリちゃんが頷いた。

 「着艦の時は居てもらわないといけませんけど、それまでは大丈夫です。私も後で少し休憩したいですし」

 そう言えばルリちゃんも寝てたんだっけ。寝入りばなをたたき起こしているんだよな、スケジュールからすると。

 「じゃあルリちゃんも今のうちに……ラピスちゃんは?」

 「ラピスはハーリー君にくっついたまんまです……」

 まあ、あんな光景を目の前で見ちゃな……トラウマにならなきゃいいけど。
 となるとちょっと心配だが、まあフルオートで5、6時間は平気だろう。
 着艦時に疲労がたまっていた時の方が心配だ。

 「提督、この後しばらくは敵の侵攻も予想されません。今のうちにみんなに休暇を回そうと思いますが」

 「うん、そうしてくれる?」

 ムネタケ提督も、僕の案を了承してくれた。

 「サラさん、着艦1時間前まで、勤務態勢を休息に下げますので、各部門に通達をお願いします」

 「了解しました」

 そして僕の指示の元、ナデシコはつかの間の安らぎに入った。
 月到着まで、後10時間。
 僕はそこで、何か大きな変化がある事を予感していた。
 テンカワアキト。
 彼が待つ月で。








 >TSUKUMO

 北辰が帰ってきた。
 それも、思わぬおまけを伴って。

 「しばらく預かれ」

 奴はそれだけを言って、その女性……ハルナさんを我々に手渡した。
 いろいろと問いつめたかったが、残念ながらここには一般の兵士も多い。ミナトさんのときもそうだったが、彼女に続く女性……それもかなり美人のと来て、兵達に動揺が走っている。
 余り騒ぐわけにも行かなかった。

 「説明してくれるのだろうな」

 それでも立場上、私はそれを聞いた。だが、北辰は予想外の答えを返してきた。

 「本人に聞けばよかろう。こちらにとっても些か予想外のことがあった」

 「?」

 「我はこれから例の科学者達の所へ行かねばならぬ。そうそうに造らねばならぬものが出来たのでな。前々から奴等が言っていた物が手に入ったのだ。有無は言わせぬ」

 ふと外を見ると、敵の機動兵器の残骸が転がっている。

 「火星で拉致した学者達か」

 私は確認の意味で聞いてみた。

 「然り」

 北辰はそれを肯定する。

 「木連の部品では規格が違うとか抜かしおったのでな。こうして奴等の部品を鹵獲してきた」

 「しかし、そう素直に協力するのか? 彼らが」

 「半数は命惜しさだ。だが半数はそうでもないぞ。中には事実を知らされて、明らかに地球側に対して憤っていた者もおる。ただ、一人だけ気になる男がいるがな」

 私はその言葉に、気になる引っかかりを感じた。

 「誰だ?」

 「タニ、とか言う男だ。あいつらのまとめ役だな」

 「それが貴君の勘に障ると? 反乱でもたくらんでいるのか?」

 「逆だ」

 北辰は断定するように言った。

 「機動兵器の搭乗員候補生の一覧をみている時、明らかに様子が変わった。それ以来、どちらかと言えば反抗的だったその男が、急に協力的になった……くっくっくっ、案外一目惚れでもしたのかもしれんな」

 「一目惚れ? 女か、その候補生は」

 「そうだ。奴が見ていたのは優華部隊の一覧だったからな。まあよい。おかげでこの『懸衣翁』や『餓鬼』も形になった。今回鹵獲してきた部品があれば、例の兵器を運用できる機体を組み立てられるであろう。奴ら自身がそういっていたのだからな。乗り手の当てもある。例の作戦に、幾らかは足しになるであろうよ。では」

 それだけ言うと北辰は、こちらのことなど気にせずにさっさと行ってしまった。
 そして私は、気を失ったままのハルナさんを抱えて、途方に暮れる羽目になった。



 とりあえず彼女を、先ほど用意させたミナトさんの部屋に連れていく。計算が間違っていなければ、彼女もそろそろ目覚めるはずである。
 彼女を連れてくる際、私は気絶している彼女に薬を打った。『餓鬼』の操縦席は、ジンシリーズとは違い、外見から見ての通り極めて狭い。失礼だが、大人二人を乗せようとすると、同乗者に身動き一つ出来ない体勢を強要することになる。そこでやむを得ず、救急箱に入っていた耐久任務用の睡眠薬を使ったのである。これは長時間操縦席で待機しなければならない時のために使う薬で、一応ジンシリーズにも装備されている。ましてや居住性が無きに等しい上、必要とあらば12時間以上コックピットに籠もる必要のある諜報部隊用の機体になら確実にあると踏んでいたが、案の定であった。
 この手の薬は、単なる睡眠薬ではなく、規定時間で覚醒し、その時点での体調も整えておくように効く、栄養剤や疲労回復薬なども混合された特殊な合成薬である。そのため、かなり正確に目覚めるまでの時間を調節できるようになっている。もっとも習慣性こそ無いものの一種の麻薬でもあるので、常用するのは危険である。今回とて乗っているのがテツジンなら使いたくはなかった。
 残念ながら正確な調整方法を知らなかった私は、とりあえず8時間用の薬を使った。『餓鬼』の全速機動でここまで5時間、こちらに来てから約3時間経過しているから、そろそろ目覚めるはず、と言うわけである。

 「失礼します」

 万一彼女が目覚めている場合を考慮して、私は声をかけながら、このために用意された部屋に入室した。返事はない。
 入ってみると、彼女はまだ眠っていた。一旦ハルナさんを降ろし、予備の布団を押入から出そうとした時だった。

 「あ、いいよ、別に」

 ぎょっとして振り返ると、ハルナさんがいたずらっぽい笑みを浮かべながら、こちらを見つめていた。



 「お気づきになりましたか」

 「うん、ていうか、実はずっと気がついてた。ただ、目が覚めてるとわかると、いろいろややこしいと思ってたからね。寝た振りしてたの」

 彼女はそういうと、傍らにあった魔法瓶と茶器に手をかけていた。
 そのまま手際よくお茶を入れる。見事な手さばきであった。

 「はい、どうぞ」

 お茶を勧める手つきもやはり見事なものだ。一分の隙もない。
 何となく受け取ってしまった私だが、とりあえずすぐには手を付けなかった。
 一方彼女は寝ているミナトさんを見ている。

 「うん、大丈夫。もうすぐ目を覚ますよ」

 「よくわかりますね」

 思わずそう聞いてしまう私であった。

 「ま、ね」

 彼女はうなずきつつ、自分の手元のお茶に口を付ける。
 そしてこちらを見ると、意味ありげに笑って、言った。

 「いろいろ聞きたいことがあるんじゃないから、白鳥九十九さん。彼女が目を覚ますまでなら、なんでも正直に答えてあげるよ。さすがにまだミナトさんの前じゃ、話せないこともあるものね」

 「ならば単刀直入に聞こう」

 私はじっと彼女の目を見つめながら言った。

 「あなたは、何者なのだ? テンカワ ハルナ」



 「ま、やっぱりそう来たか。その答えは、一言じゃ無理だよ」

 そういいつつ、彼女も私の目を見つめ続ける。

 「表向きは、『漆黒の戦神』、テンカワアキトの異母妹にして、機動戦艦ナデシコ艦長、ミスマルユリカの異父妹。試験管ベビーだから、直接の面識は二人とも無かったけどね。でも、あなたの聞きたいのは、こんな答えじゃないんでしょ?」

 「ああ、もちろんだ」

 私はうなずく。そう、そんな肩書きなど、私の聞きたいことではない。

 「何故あなたは私を助けたのだ。それに、何故私とガイを入れ替えた。そしてあのメモ……あれはあなたでしょう。『草』と名乗ってあのメモを私の手の中に残したのは。違いますか」

 「全部正解。ついでに手に印を付けたのもあたしだよ。まあ、ただの飾りみたいなものだから、気にしないでね」

 「やはり……では、『草』というのは?」

 「文字通りの意味よ。白鳥さんは知らないでしょうけど、同時にあたしは木連に対して情報を提供してきた、ある一族にも所属している」

 「獅子身中の虫、と言うわけですか」

 「そういう言い方も出来るわね。内緒よ、このことは」

 だが、私には理解できなかった。何故彼女は……彼女の所属している一族は、木連に情報を送れたというのか。

 「まあ、実は木連の人自身、あたし達のことなんか、一部を除いて知らないって言うか、かけらも覚えていないと思うけどね。『朔月の忍』……木連幻の名家、紅家に遙か昔から仕えていた、影の一族よ。あたしはその末裔でもあるの」

 紅の一族……それは、かつての月面独立戦争時における、指導者の名前。
 紅 六郎。
 過去、我々の先祖が火星から木星に至る際に行方知れずとなった指導者。
 そして草壁閣下の先祖が、友と言った人物。
 木連の歴史において、決しては忘れてはならぬ人物であった。

 「なるほど……貴方は私達の、かつての同胞だったというわけですか」

 「忍びだったからね。育ての母がその一族の末裔だった。あたし自身は、血を引いている訳じゃないんだけど」

 私はそれで一つ納得がいくことがあった。大戦の初期、まだ優人部隊による有人跳躍実験が成功していなかった頃、どうやって軍の上層部は地球圏の情報を得ていたのかと思っていたら、まさかこんな隠し球があったとは。私は茶を一口含んで喉を湿らせ、緊張を和らげた。

 「って、北辰さんには言っておいてね。そういうことになってるから。まあ木連に情報を流しているっていうのは本当なんだけど、家系の方は嘘っぱちよ」

 「!!」

 私は思わず、口にしていた茶を吹き出してしまった。当然、正面にいたハルナさんにしぶきが飛び散りまくる。

 「わっ、失礼しました!」

 「おっとっと、冗談が過ぎたかな?」

 彼女は大して気にもとめず、物入れから手拭きを取り出すと顔をぬぐった。そのまま卓の上も清める。
 私は大きく息を飲み込んでから、彼女に聞いた。

 「そ、それはどういう意味ですか!」

 「ないしょ。乙女には秘密が多いのよ。けどね、これだけは確か。あたしは木連のみんなにも幸せになってほしいし、この戦い、どっちにも本当の正義はないことを知っている」

 「どちらにも、正義はない?」

 ある意味木連を侮辱する発言だったにもかかわらず、私は彼女を諫めようとはしなかった。
 その時私は、すでに彼女の魔力に捕らえられていたのかも知れない。

 「そう。今説明しても、白鳥さんには理解できないと思う。今はまだ、己の信じる正義のために戦う、それでいいの。でも、きっとあなたにはわかると思う。このある意味ばかげた戦いの真実が、どこにあるのか。まあ、そういう意味では、あたしは『和平派』ね。八雲さんに一番立場が近いかな?」

 一瞬、思考が止まってしまった。今、なんと言った、彼女は。

 「八雲……?」

 「そう、東八雲さん。あなた達の隊長さんね。彼、生きてるよ。偶然もあるんだけど、地球で記憶喪失になっちゃって、そのまんま軍に拾われたの。んでなんの運命のいたずらか、才能を発揮した八雲さん、巡り巡ってナデシコ付きの参謀になっちゃった。さすがにびっくりしたわよ、西欧出向中にはち合わせした時は」

 私は開いた口がふさがらなかった。頭の中では、彼女の言葉がぶんぶんとうなりを上げて飛び交っている。
 何故彼女は我らが敬愛する総司令、八雲先輩の顔を知っていたのだ。先ほど地球圏における木連の『草』だと言いつつそれを否定しておきながら、何故このような言葉が出るのだ。
 私はもはやどうにもこうにも彼女のことがわからなくなってきていた。
 不可思議な能力、地球はおろか木連にも通じている情報収集力。
 目の前で笑っている女性は、一体何なのだ?

 「あ、さすが白鳥さん。まずいことまで言っちゃったかな?」

 そういって舌を出している姿は、まだ若い女性にしか見えない。
 と、彼女は居住まいを正して私のほうを見た。

 「今あたしが言ったことはね……木連の間諜をしていたことを別にしても、お兄ちゃんですら知らない事よ。北辰さんとかに聞かれても、あんまり余計なことは言わないでね」

 「それを、何故私に?」

 私は不思議だった。どうやら今の彼女の話は、彼女にとってもある種の切り札のような物だったに違いにない。それを何故、一介の士官でしかない私にさらしたというのか。
 その答えは、少々意外なものであった。

 「あなたには、偏見がないから」

 「偏見?」

 「そ、偏見。偶然やあたしのやったことがあるとしても、あなたは地球の人を否定しなかった。地球に住む人にも、友となれる人がいることを認めてくれた。変な例えだけど、もしあなたと月臣さんの立場が入れ替わっていたら、こうはうまくいかなかったと思う。月臣さんじゃ、ナデシコの中で暴れ回って、自分が死ぬまでに一人でも地球の腐った人間を道連れにすることしか考えなかったと思うから」

 私は一瞬言葉を失ってしまった。確かにもしそうだったとしたら、彼女の言うとおりになった可能性が高い。
 だが、何故彼女はそれを知っているのか。彼女は一体、どこまで木連のことを知っているというのか。
 そんな思いが、つい口をついて出てしまった。

 「あなたは……一体、どこまで知っているんですか。我々のことを」

 「……すべて、っていったら、あなたはあたしをどうする?」

 その時もはや私には、目の前の女性が単なる小娘には見えなかった。
 これは……下手をすれば、人ですらない。
 神の傲慢、と言う言葉が、脳裏に浮かんでいた。

 「では、あなたにはわかるというのか。この戦いの行く末が。その気になったら、我々を勝たせるも負けさせるも自在とでも言うのか」

 「出来るよ、あたしには」

 そして彼女は、はっきりとそう言い切った。

 「あたしがその気になったら、こんな戦争くらい、どうにでもなっちゃうよ。でもね、それになんの意味があるの?」

 「なんの意味だと!」

 私の心に、ふつふつと怒りがわいてきた。この傲慢さは、まさに『神』を称する者に他ならない。ガイのところで見た劇場版ビデオ。あれに出てきた超古代縄文人、『神』を自称した者に。

 ガタン!

 「お前に何がわかる! 我々の怒りが、苦しみが、憎しみが、そして、哀しみが! 貴様はそれを知りながら、我々を嘲笑い、駒のように扱おうというのか!」

 私はちゃぶ台の上に身を乗り出し、彼女の首根っこを掴んでいた。本来女性にしていい態度ではないが、そんなことは私の頭の中から消え失せていた。
 だが。

 「……わかんないとでも、思ってたの?」

 彼女の目に、一筋の涙が浮かんでいた。
 まるでアクアマリンや、サファイアのように。
 私は慌てて手を放していた。

 「……すまん、取り乱した」

 「いいわよ。あたしだって白鳥さんを挑発したのは事実だし」

 そう答えた彼女の面影には、あの傲慢な姿はかけらもなかった。

 「あたしがその気になって動いたら、この戦いを終わらせることも、地球と木連に和平を結ばせることも、あるいはどちらかを滅ぼすことも簡単に出来ちゃう……あたしが表に出ればね。でもね、そんな物に、なんの価値があるの? 与えられた平和が、本当の平和だなんて、勝利だなんて思えるの? 白鳥さん」

 「そ、それは……!」

 その一言は、私の心に深々と突き刺さっていた。

 「あなたになら理解できるでしょう、白鳥さん。和戦どちらの道を選ぶにしても、自分の、自分たちの力で勝ち取ったものじゃなければ、なんの価値もないってことが。与えられた平和なんていうのは、自らを家畜に貶める行為に他ならないわ。でも、それを望むのなら、誇りと引き替えに安楽を望むのなら、それもまた人生。人の生き方の一つ。あたし、よき『飼い主』になってあげるのは別にやぶさかじゃないわ。それはそれで『力あるもの』の責務だもの。なんなら今からでもそれを望む? 望むのなら、あたしはすべてを終わらせてあげたっていいわよ。あなたの望みのままに」

 「今更そんな風に悪ぶる必要はないですよ、ハルナさん」

 私ははっきりと理解していた。彼女はこう言っているのだ。勝利は自分の力で勝ち取れと。どんなに力があっても、自分に出来ることは、そのための援助に過ぎないと。
 それが自分の望みだと。

 「あなたにはあなたの思惑があるのでしょう。けれども、その目指すところが私達と同じだというのなら、我々はただ頑張るだけですよ。もしもあなたが神だとしても、そんなものに頼っていては、本当の平和も、勝利も、勝ち取ることは出来ません。
 すべては、自分の力と、仲間の力で掴んでこそ、大切な、かけがえのないものになるんですから」

 「その言葉……忘れないでね。そして、さっき、あたしに向けて言った、魂からの叫びも」

 私は、ふと妙な違和感を覚えた。にこやかに微笑みながらそう言った彼女に、一筋の悲しさのようなものが入り交じった気がしたのだ。

 「それは……」

 思わずそう答えた私であったが、彼女はそれに答えずに立ち上がった。

 「あ、ごめんなさい、白鳥さん。見張りの兵隊さん呼んでくださいませんか?」

 「は?」

 思わず問い返してしまう私。彼女はちょっと下を見ながら言った。

 「いえ、ちょっとご不浄に行きたくなったんだけど……まだ監視の目ははずせないでしょ」

 「それはそうですが……ご不浄ならそこに」

 私は室内に作りつけの便所を指し示した。

 「……馬鹿ね。せっかく気を利かせてあげようっていうのに」

 「は?」

 「もうすぐミナトさんが目を覚ますわよ。見ていてあげなくていいの?」

 「……あ、なるほど」

 ようやっと私にも彼女の意図がわかった。顔に血が上ってしまう。

 「安心して。別に逃げたりはしないわよ。大体その気になったら、あなた達にはあたしを止めることなんか出来ないし。別段、あなたの立場を悪くするようなことはしないから」

 「……感謝する」

 私はすぐに連絡を取った。



 「……で、なんでお前が来る」

 「敵の陣中から女を連れてくるような奴を放っておけるか」

 私は月臣の顔を見て頭を抱えた。目が『許さん』といっている。
 だが時の氏神は目の前にいた。

 「ちょっと! あたしは男ほど我慢が効かないのよ! さっさとつれてって!」

 ハルナさんはそういって月臣の服の裾を掴むと、ずんずんと廊下を歩き出した。

 「こら、便所なら反対だ! 大体なんだ貴様は、婦女子でありながら慎みというものを知らんのか!」

 「現実の前には慎みも吹っ飛ぶのよ! あたしは捕虜なんでしょ! 勝手に行動したら、迷惑を被るのはあんた達の方じゃない。さっさと案内して!」

 「貴様を見ていると捕虜という気がせんな。ほら、こっちだ」

 一緒に来ていた部下が、ぷっと吹き出していた。
 そして私もその部下に命令する。

 「もう一人の女性も間もなく目を覚ます。この場での歩哨を頼む。私はもう少し、彼女の様子を監視している」

 「了解しました!」

 そして扉を閉めた私は、ふと我に返った。
 私は今……何を考えていた?
 何となく彼女の物言いに乗せられてしまっていたが、何故私は、彼女と二人っきりになることを、『喜び』として受け取ったのだ?
 私はそれの意味することに気がついて、愕然とした。
 私は……そういうことなのか?
 と、その時、布団に寝かされていた女性が、小さく身じろぎをした。







 >MINATO

 目が覚めた時、あたしの視界に映ったにのは、心配そうな顔をした白鳥さんの顔だった。
 一瞬、気を失う前の事が頭に浮かぶ。だが、その時感じた驚きは、彼の顔を見たとたん雲散霧消してしまった。

 「お目覚めですか?」

 そう聞く彼の声には、一点の曇りもない。
 私はゆっくりと起きあがると、あたりを見回した。ちょっと古風な、日本家屋の作り……不思議と落ち着く空間が、そこにはあった。

 「ここは……」

 私はそう彼に聞く。彼はにこやかに微笑みながら、私の質問に答えた。

 「ここは戦艦『ゆめみづき』。平たく言えば、私が艦長を務めている艦の中です」

 艦長? 白鳥さんはあのロボットのパイロットだったのでは。
 私がそれを聞くと、彼は胸を張って答えた。

 「我々優人部隊では、選ばれた、真に優れたものが前線に立ちます。それ故に、艦長や副官などの人間が、同時に巨大ロボットのパイロットとなります」

 へえ……そうなんだ。私は少し感心して白鳥さんを見つめていた。
 と、真面目に顔になって、白鳥さんはあたしに聞いてきた。

 「あ、ミナトさん、体の調子がおかしいとか、そんなことはありませんか?」

 「いえ、むしろこんなにすっきりと目が覚めたのは久しぶりですわ」

 本当に気持ちいい目覚めだし。疲れもないし、なんか思いっきりすがすがしい気分になっている。

 「ならよかった」

 安堵の様子を見せる彼。そしてこう言葉を続けた。

 「簡単に事情を説明しておきます。あのときは申し訳ありませんでした」

 そして正座をしたまま、土下座をする白鳥さん。すぐに頭を上げたけれども、『申し訳ない』という文字を顔に貼り付けたまま、彼は言葉を繋ぐ。

 「あの男……北辰と言いますが、彼の目の前で、私とあなたが示し合わせている態度を取る訳にはいきませんでした。その辺の事情はお察しいただきたい。やむを得ず人質代わりにあなたをこうしてここに連れてくることになってしまいましたけど、この次の作戦の後、あなたは責任を持ってハルナさん共々向こう側に送り返します……ただ、作戦の成果如何によっては、帰る場所そのものがなくなるかも知れませんが」

 「……どういうこと? それに、ハルナさんって……彼女もここに!」

 私は思わず白鳥さんのことを睨みつけていた。すると彼は、いかにも申し訳なさそうな顔をしながらも、私の疑問に答えてくれた。

 「残念ながら、詳しいことは私も知りません。ただ、先ほど言った北辰が、こちらに来る時彼女を連れていました。何故そうなったかの経緯は私も知りません。すぐこちらに戻ってくるでしょうから、改めて聞いてください」

 そう、知らなかったのね。だとしたら睨んだのは悪かったかしら。

 「そうするわ……けど、その作戦って?」

 「ええ、あなた方の船が基地に入港次第、無限砲によって襲撃をかける予定です。ですから、その結果次第では……」

 「ナデシコは沈んでいる、っていう事ね」

 私は溜息をついた。まあ、彼だって敵の軍人さんなのだ。私達を攻撃するなとは言えない。でも、無限砲ってなんなの?
 そう聞いたら、彼は教えてくれた。ちょっとびっくり。それって本来機密じゃないのかしら。
 そう思っていたら、案の定だった。

 「無限砲というのは、月面で採取した岩石を、電磁軌道砲で打ち出す兵器です。弾丸をいくらでも入手出来るので、無限「こら九十九!」

 いきなり部屋の扉が開いたかと思うと、長髪で細面の男性が、白鳥さんに向かって怒鳴り散らす。そしてその背後に立っているハルナちゃん。目が合うと、なんか手まで振っている。余裕たっぶりね。

 「なんで敵の女に機密をべらべらとしゃべっているんだ!」

 「あ……す、すまん、つい」

 「すまんですむか!」

 ……でも私もどうかと思うわ。人がいいのはいいとしても、そんなことじゃ、艦長、と言うか軍人は務まらないんじゃあないかしら……

 「ちょっと来い、九十九。入れ違いで連絡があった」

 と、突然長髪の人が態度を変えた。

 「何だ、元一朗」

 「ダイテツジンが届く。お前がいないと受け取りが出来ない」

 「そうか! あ、ミナトさん、ハルナさん、すみません。私は行かなければならないので。とにかく、あなた方の身柄は、私の名にかけてお返しいたします……こら、放せ、元一朗! さすがに痛いぞ!」

 「さっさと来い! それと……逃げようとはするな。その時には容赦はしない」

 白鳥さんは、元一朗、と呼ばれていた人に耳を掴まれたまま引きずられていった。
 ……結構面白い人たちですね、本当に。

 「やれやれ、漫才コンビだよね、ホントに」

 ハルナちゃんがそういって二人を見送る。
 そして、私のほうを見て一言。

 「へへへ、捕まっちゃいました、あたしも」

 そして私を部屋の中へと引きずり込む。
 全く……お気楽なのねぇ。



 「けど何であなたまで?」

 私は彼女の入れてくれたお茶を飲みながら、そう問いかけた。

 「ま、いろいろあって……ただね、ナデシコに戻ったらびっくりすると思うよ」

 「びっくり? 何で?」

 私が何気なく聞くと、なんか目に見えて彼女は落ち込んだ。何があったのかしら。

 「ねえ……どういう事なの?」

 さすがに心配になったわ。彼女がこんなに沈み込むなんて。

 「ん、ちょっと。本当はやっちゃいけないことをしちゃったから。死んでるはずの人を生き返らせるのって、やっぱり反則よね……」

 ? ? ?
 どういう事、いったい。死んでるはずの人を生き返らせるって……。

 「あのね、ミナトさんが連れ去られた後、ナデシコで事件があったの。そしてその中でね、ハーリー君が瀕死の重傷を負ったの。もう絶対助からないような傷を」

 私は何となくその続きがわかったような気がした。

 「助けちゃったのね……あなたの不思議な力で」

 「うん」

 うなずく彼女。ハルナちゃん、やっぱりあなた、只者じゃなかったのね……

 「んで、助けたのはまあいいとして、その後ちょっと調子に乗っちゃって。ぷっつんしてたもんだから油断しちゃった。燃料切れを起こしちゃってばったり。で、気がついたら捕まってたってわけ」

 そうだったの……でも、ホントに何でも出来るのね、ハルナちゃん。

 「ね、一つ聞いていい?」

 ふと気がつくと、私はそう彼女に質問していた。

 「ひょっとして、ここから脱出しようと思えば……出来るの?」

 「うん」

 なるほど、どうりで平然としているわけね。その気になればいつでも逃げられるっていうわけか。
 でも、ならなんでこうやって捕まったまんまでいるのかしら。

 「何で捕まったまんまでいる、って思っているでしょ」

 ……顔に出てたかしら。

 「ええ、まあ……」

 とりあえず赤くなった顔をその一言でごまかす。もっとも彼女、全然気にしていなかった。

 「別段訳はないわ。ただこうしていても、白鳥さんはあたし達に危害を加えたりする人じゃないし」

 「……よくそんなことまでわかるわね」

 私がそういった時、彼女はにやりと意味ありげな笑みを浮かべた。

 「うん、私は知ってるよ。彼がどんなにいい人なのか……でも、その訳は私だけじゃなくって、お兄ちゃんの秘密にも関わるから、な・い・しょ」

 ふうん、アキト君にも、ねぇ……。

 「と〜〜〜〜〜っても気になるけど、教えてくれないんでしょ、ハルナちゃん」

 「ごめん。あたしだけの秘密だったんなら、そろそろバラしてもよかったんだけど」

 「あら、そうなの?」

 ちょっと意外だった。
 と、彼女は一口お茶を飲むと、真面目な顔をしてこちらに向き直った。

 「ちょっと聞いていい、ミナトさん」

 「何かしら」

 「率直に聞かせて。ミナトさん、木連の人達を見てどう思った?」

 「う〜ん……そうね、あんまりあたし達と変わらないかな? 育ちっていうか、生まれっていうか、そういう違いはあっても、せいぜい他の国の人っていうレベルかしら」

 私はそう答える。正直な話、これから先、私は彼らと戦うのは嫌かも知れない。
 出来ることなら、仲良くしたい。それが偽りのない私の気持ちだった。
 特に、白鳥さん……あの人と出会った時から、私の中で、何かが変わりはじめているのを、私は自覚していたから。



 実は私には、ナデシコ内につき合っている男性がいた。
 ゴート・ホーリ。意外だったかしら。
 けれども、最近、少しずつ、彼との間にうまくいかない何かを感じていた。
 私は、彼と共にいたかったけれども、彼はあたしをナデシコから降ろそうとしていた。
 理由は分かる。これからナデシコに降りかかる戦いは、危険になる一方だからっていうことくらい。でも、それは私の求めている『何か』とは、ほんの少し違っていた。
 ほんの、些細な、違和感。けれども、それは私に語りかける。お前の求めている人は、この人ではない、と。
 そしてそれは、白鳥さんに会ってから、はっきりと強くなっていた。
 ……私は意外に浮気性なのかも知れない。何故か彼を見ていると、私の中の満たされなかった何かが、満たされていくような気がする。
 ゴートのことも、嫌いではない。なのに、彼では私は満たされない。
 そして白鳥さんは、それを満たしてくれるということを、私は女としての本能で悟っていた。
 私は、嫌な、女だ……。



 「ね、どうかしたの? いきなり考え込んじゃって」

 ……あら、なんか思考が変な方に行っちゃってたわ。そういえばハルナちゃんに聞かれてたんだっけ。
 答えた、わよね……

 「まあ、混乱もするか。けどね、多分大丈夫だよ。あたしがなんかしなくたって、白鳥さんは約束を守ってくれるよ、絶対」

 「……そうね、きっとそうよね」

 何故か私は、その一言を疑いもしなかった。自分の中に、暖かい満足感が広がる。
 ……駄目かも知れない。
 なんだかこのまま、みんなを見捨てて白鳥さんの元に走りかねないような、危険な感情が私の中に渦巻いていることを、私ははっきりと自覚してしまった。

 「平和になれば、いいわね……」

 ふと気がつくと、あたしはそう口走っていた。



 その2へ