再び・時の流れに
 〜〜〜私が私であるために〜〜〜

第17話 それは『遅すぎた再開』……いまさら、ですか。それでは意味がないんですよ……その2




 「順調ね」

 私の隣で、敬愛する上司……東舞歌様は、そう静かに言った。
 見慣れない、しかしそれでいて機能的な艦橋。
 我々の物より数段優れた各種表示機能。
 何より驚くべきなのは、『自意識』を持つ中枢電脳……。
 彼らの技術にも、見るべきところは多い。飛厘あたりは大喜びであろう。

 私の名は各務千沙。木連優華部隊の隊長である。



 優華部隊は、あくまでも仮設の実験部隊である。舞歌副司令は例外だが、ほかの隊員達は女子挺身隊の中から志願者を集め、そして各種検査の末、適合手術に耐えられるとされた隊員のみが実験に供されたのだ。そして無事に成功したもの……それが私達である。
 私達の影で、何人の同志が命を落としたのかは、私は知らない。
 だが、だからこそ、私達の仲間はかけがえのないものなのだ。
 神楽三姫。
 空飛厘。
 御剣万葉。
 天津京子。
 玉百華。
 紫苑零夜。
 そして私、各務千沙。

 我々の働きいかんによって、今後我ら木連が女性を隊員として採用していくかどうかが決まると言ってよいだろう。舞歌様ほど図抜けた才があればともかく、そこまで至らない女性に対しての門戸は狭い。
 元々女性の比率が少ない木連においては、女性は母として未来を繋ぐ子供を産むことこそが最大の務めとされているからだ。
 現に私を始めとして三姫と京子、飛厘は優人部隊の中でも将来有望な男性四人が許嫁とされている。私と白鳥殿、京子と月臣殿、飛厘と秋山殿、そして三姫と高杉殿である。
 万葉は紹介された人を『軟弱』の一言で切って捨てたため現在候補者無し(私の見る限りかなり硬派な男性だったと思うのだが)、零夜には北斗殿がおり(問題はあるが……)、百華は年の割に精神構造が幼すぎて、まともな奥方にはなれそうもないと男性一同に引かれてしまっている。
 意外なことだが、我らが総司令、八雲様には決まった方がいない。有能ではあったが非戦派で主流から外れていた点が敬遠されたらしい。しかし今回の大戦果を見れば、おそらく手のひらを返したように縁談が舞い込むに違いない……舞歌様の眼鏡にかなう女性が何人いるかはわからないが。

 それはさておき。
 女性隊員である我々には、逆に言えば女性でなければつとまらない任務こそが当てられるだろう。飛厘のように男性に比肩する技能の持ち主はそうとも限らないであろうが、それ以外の我々は如何に才に優れようとも、子供を産み育てられるという特権を捨ててまで男性と同じ仕事をしても何の意味もない。
 必然的に我々の任務は男性方のように前線で戦うことではなく、むしろ潜入任務的なものの方が多くなると私は予測していた。
 男性隊員に代わりはいても、女性隊員の代わりは現在いないのである。
 必要とあらば、夫となる男性以外に肌を晒す行為も覚悟の上となる。
 だが現在のところ、そこまでのことはなかった。
 むしろ、もう少しえげつない任務が、我々には割り当てられたのである。



 「各務隊長」

 舞歌様の声が、私に届く。

 「頃合いですね。作戦に取りかかってください」

 「了解しました」

 私達はブリッジを退出し、現在この『芍薬』に収められた、ある特殊艦船の元へと赴く。
 それは鹵獲された、敵の連絡艇であった。
 正確には鹵獲されたわけではない。撃沈されたものを修理したという方が正しいであろう。
 そして別任務に就いている飛厘以外の我々は、その連絡艇へと乗り込んだ。
 これから始まる、ある任務に心を向けながら。







 >RURI

 発進準備に入り、ドックが密閉され、中の空気が抜かれていきます。
 そして真空になったドックの中、ナデシコの心臓……相転移エンジンが目覚めます。
 増設された2つを含めた3機の相転移エンジンが、歌うような振動に身を震わせています。
 と、その時でした。

 「あ〜、艦長、申し訳ないんだけど、発進は取りやめてくれないかな」

 せっかく高まった気分に水を差すような声が、ブリッジに響きました。

 「……止まると思いますか? 会長さん」

 ユリカさんの声は冷ややかでした。まあ当然ですね。
 一方アカツキさんも、バレバレと判ったせいか、もはや自分がネルガル会長であることを隠しもせずに言葉を続けます。

 「そんなことはよ〜く判ってるさ。ビジネス上はまずいとしても、ここで君たちに嫌われるのはもっと悪いって事くらいはね。でも、さすがに僕でもごまかしきれない相手が来ているとなるとそうも行かないんだ」

 「ごまかしきれない、相手、ですか?」

 さすがにユリカさんも何かを感じたみたいです。

 「ルリちゃん、ミナトさん、機関を待機モードに変更。しばらくおとなしくしていてください」

 「はい」

 「了解しました」

 私達も素直にうなずきます。
 しかし、アカツキさんがごまかせない相手……何者でしょう。
 あの言い方からすると軍関係ではないようですが……。
 そう思った時に、アカツキさんが答えをくれました。

 「顧客である軍からならまだよかったんだけど、さすがにメインバンクからの使者をナデシコに案内するとなると、そこに君たちがいないのはとってもまずいんだよ。お客さんより始末に負えないし」

 それはそうですね。でも何で今頃銀行が……はっ!

 「? どうかしたの、ルリちゃん」

 ユリカさんに不思議がられましたが、私の耳には入っていませんでした。
 前回と今回の時間経過を、必死になって計算します……やっぱり!!
 前回は月面からすぐに飛び立った後、提督の失意と暴走によるあの事件が起きました。ですが今回は待機命令のため、ずっとその間こうして月面上で足止めを食らっていました。
 そう、銀行といっていますが、実際には国です。ネルガルクラスの超大企業のメインバンクといったら……ピースランド銀行。
 そう、使者というのはおそらく、私の出迎え……。



 そしてこの予想は、大当たりでした。







 結局ナデシコの出撃は中止され、この戦いの直前、ぎりぎり月にたどり着いたという特使の方……前回と同じ人でした……が、ナデシコの一室にいます。
 こちらからの立ち会いは、交渉担当のプロスさん、ネルガル代表としてアカツキさんとエリナさん、艦代表のユリカさんと軍代表代理のシュンさん、当事者の私と、なぜか呼ばれたアキトさん……以上でした。

 「何と、ルリさんの本当のご両親が……」

 「そちらとしてもご存じなかったとは思われます」

 話の内容も、さして変わりありません。
 私の遺伝上の両親が、ピースランド国王夫妻だということ。そして両親は私を公式に娘として認め、それにふさわしい立場を与えたいということ。そういうことを告げてきました。
 ホシノの両親には、すでに了承を得ているとのこと。まあ、私をお金で売った養父母に対する思いは、もうどこにもありません。
 詰まるところ、私がここで頷けば、私の名前はホシノ ルリから、ルリ=ピースランドに変わる。間にいくつかミドルネームが付くかもしれない。それだけのことです……前回ならば。
 たしかにその後訪れたピースランドで、そしてその後の、あの出来事で、私は少し変わったかもしれません。
 でも……今の私は全く別の意識にとらわれています。
 ホシノルリとしての自分を捨てる気はさらさらありません。それは自分が自分である証です。けれども、今の状況下において、ピースランドの名前は前回とは全く異なる重みを持って、私の肩にのしかかってきていました。
 欧州圏を中心として、世界中に広がる史上最強ランクの金融機関、ピースランド銀行。過去のスイス銀行がスイスにある銀行の連合体であるのに対し、こちらは本気で国家が世界銀行を営んでいます。些細な差のようですけど、この違いは大変なものです。
 メインバンクにしているネルガル(の欧州圏支社群)はもとより、場所によってはクリムゾンほかの組織もこのピースランドには逆らえません。基本的に銀行とカジノ、後遊園地しか誇れる物がない小国が、世界的にものすごい影響力を保っていられるのもそのせいともいえます。
 それだけではありません。
 永世中立を謳い、ロクな軍すら持たない小国なのに一度も侵略されることもなかったことが、この国の恐ろしい点でもあります。
 繰り返しの例えになりますが、かつてのスイスなどは中立であっても軍隊はありました。しかしピースランドには事実上軍備がありません。対テロ部隊などの自衛組織は優秀なものを持っていますが、ピースランド軍と言った場合は、はっきり言ってハリボテ以外の何物でもない、儀仗兵みたいなものです。主なお仕事はパレードだとか……まあ地球圏が事実上『連合政府』という一つの政体となっている現代において、国といっても感覚的には統一前の「州」や「県」と同程度の存在でしかありませんが、それでも過去アメリカに『州軍』があったように、仮にも今の時代『国』を名乗る自治体は普通軍隊くらいは持っています。何しろ現在の『国』というのは大抵、民族自決主義者や宗教的原理主義者、あるいは統一政府反対派達が独自の『国家』を名乗り、抗争・内乱に明け暮れているものですから。
 嘆かわしい話ですけど。
 ピースランドはそんな中、軍事やイデオロギーではなく、純粋に経済……もっと平たくいえば金の力でその独自性を保っている、希有な国なのです。
 そしてその力がこの先、木連との和平を考える時、どれほどの力になるかは考えるまでもありません。幸い今のナデシコにはラピスもハーリー君もいます。ハルナさんがバックアップに付けば、たとえ私が不在でも大丈夫でしょう。
 そう……これは一つのチャンスなのです。前回は何も判らずに流してしまったピースランド王国との接触。ですがその気になれば……ハッキングで裏からなどではなく、堂々と表からアキトさんを支援するための『力』を手に入れることすら不可能ではないでしょう。
 そういう意味では、今回のこの申し出は、前回以上に大きなポイントとなります。
 しかし、安易かつ早急な結論付けをするわけにはいきません。
 自分を売ったりしたら、アキトさんはむしろ悲しみますから。

 「お話は判りました」

 私は使者の方に、そう答えます。

 「けれども会ったこともない方々を、遺伝的なつながりがあるというだけの理由で『父』とか『母』とか呼ぶことが、ましてやその方達と暮らすことが出来るとは私も思えません。そして同時に、私は連合軍より強制徴集を受けており、勝手にこの『ナデシコ』を下りることが出来ません」

 「何と……軍部はそのような非道なことを!」

 それを言ったらネルガルも十分非道なんですけどね。

 「背に腹は代えられません……100億の人間の命を救うためならば、1人の人間が犠牲になることなど、よくある話です」

 私は憤る使者の方を押さえにかかりました。

 「とりあえず、私個人はそちらからのお申し出をお受けいたします。正式に一族に加わるかはともかくとして、父や母に当たる方とは会ってみたいと思いますので。認知もお受けいたします。但し、一緒に生活するかどうかは、まだ未定だと思ってください。今の私にとっては、この『ナデシコ』こそが、かけがえのないものになっています。ましてや地球圏が戦乱で乱れている今では、その一翼にいるものとして、勝手に逃げ出すことは出来ないと思っています……そこがどんなに危険な場所であっても。まだ見ぬ父も母も、王族という責任ある立場である以上、与えられた責務を勝手に放棄する人間を、娘であると認めてくれるとは思えませんし」

 「いや、その、しかし……」

 ちょっと虐めすぎたでしょうか。

 「まあ落ち着いてください」

 と、プロスさんがここぞとばかりに説得にかかりました。

 「ルリさんは決してあなた方の招待を断る、といっているわけではありません。あなた方のこともよく知りたいし、またこちらの都合も考慮していただきたいといっているだけなんですから」

 「はあ、確かに」

 「ルリさんの意向はきちんと文書にして通知いたします。あなた方も、ご予定があるのならそれに合わせて準備いたしてください。ルリさんは歳こそ若いものの、このナデシコにおいてはかけがえのない、メインオペレーターという重責を担っている身です。その辺のご理解をよろしく」

 ……………………
 ………………
 …………
 ……

 何とか話がまとまりました。
 おおむね前回と一緒です。
 正式なお披露目パーティーのための、ピースランド行き。
 随行員とかはこれからになりますが、アキトさんには是非とも来て欲しいといわれてしまいました。
 ピースランドも欧州の国……アキトさんは英雄扱いですからね。同席を依頼されたのも、どうもかつて欧州圏を救った英雄を生で見たかったということらしいですし。
 さて、とんだ時間の無駄でした。戦況はどうなっているのでしょうか。
 そう思った時でした。



 ズガガガガン!



 かすかな振動がしました。ワンテンポおいて、けたたましい警報が鳴り響きます。

 「艦長! 副提督! ルリちゃん! アキトさん!」

 メグミさんの声とともに、ウィンドウが幾つも私達の周りに立ち上がりました。

 「何事だ!」

 いち早く反応したシュンさんが叫びます。

 「敵襲です! 敵は一機、しかし、ものすごい機動力で、駐留護衛部隊では歯が立ちません!」

 「すぐにそちらへ向かいます! 直ちに発進準備を!」

 ユリカさんが艦長に戻って矢継ぎ早に命令を下していきます。

 「整備班! 出撃できる機動兵器は!」

 「こちら整備班、アリサ機、イツキ機、アカツキ機は0Gで出られます」

 ハルナさんから打てば響くような声が返ってきます。

 「でも……多分出すだけ無駄だよ、お姉ちゃん」

 「へっ?」

 どういう事でしょう。

 「とりあえずこれ見て」

 そういって映ったウィンドウには、襲撃者の姿が映し出されていました。
 その瞬間、私とアキトさんの動きが止まりました。
 そこに映っていたものは、色こそ違いましたが、ある意味いやというほど熟知したものだったのですから。
 高機動ユニット装着型ブラックサレナ。
 かつてアキトさんがアマテラスを襲った機体が、月面都市に襲いかかっています。
 但し、その色は前回の漆黒ではなく、真紅……クリムゾンレーキといわれる、血の赤でした。







 >AKITO

 そのシルエットを見た瞬間、俺はその場から駆け出していた。
 格納庫へ向かって。
 その間にコミュニケでハルナに問いかける。

 「ハルナ、アレは一体……」

 「以前北辰に持って行かれたデータと、あとダッシュの記憶領域からサルベージしたデータから起こしたんじゃないかな。中身はきっと、この間のゲキガンフレームだろうね」

 それは俺も感じていた。
 北斗……と名乗った謎の戦士。
 それがかつての俺の機体に乗って襲いかかってくるとは。

 「見れば判るけど、アレはどっちかって言うとあっちのサレナに近いでしょ。さすがに木連側でも、小型相転移エンジンは作れないみたいだね。少なくとも、まだ」

 (うん……確かに。背中にバッタのジェネレーター付けてるみたい、あれ)

 ラピスの言葉もそのことを肯定していた。
 しかし今はそんなことにかまっている場合ではない。だとすればアレを迎撃できるのは、俺しかいないということだ。

 「プロトBは使えるのか」

 「ちょっと待っててね……うん、5分後+限定条件ならね」

 「というと?」

 「フレームはここに残ってるんだけど、相転移エンジンがないのよ。だから代わりに重力波ジェネレーターを突貫で載せる。前のカスタムみたいに並列に2台載せれば何とかなると思うけど、その代わりナデシコからあんまり離れられないよ。後バーストモードもむずかしいね。DFSは大丈夫だと思うけど」

 なるほど。DFSが使えるのなら、何とかなるだろう。

 「すぐに頼む」

 「妹を信じなさいって」

 そしてその換装が終わると同時に、ナデシコは発進した。
 皮肉な話だが、この襲撃によって緊急出動という名目が立ち、待機命令違反になる心配はなくなった。
 だが俺たちはまだまだ迂闊だったのだ。







 >MAIKA

 「囮役が来ない?」

 『はい、北辰様の方からはすでに出撃済みとの連絡が……』

 「どういうこと?」

 『あ……』

 「ん? 心当たりでも? 零夜」

 『北ちゃん……ものすごい方向音痴なんです』

 私は思わず拳を握りしめてしまった。

 「そういうことは事前に知らせなさい!……仕方がありません。接触はあなた方で工夫しなさい」

 全く……どういう人物なのよ、北斗君って。零夜隊員は知っているみたいだけど……。








 >SHUN

 「ナデシコ、発進します!」


 艦長の声と共に、新生ナデシコは、永き眠りから覚め、漆黒の宇宙空間へと浮かび上がった。
 そのほとんど目の前で、赤い大型の戦闘機が施設に攻撃を加えている。
 そこに向かって、アキトの乗るプロトBが発進していった。
 敵戦闘機は、向かっていくアキトの姿に気がついたのか、ものすごい勢いで上昇していく。かと思うといきなり機体が爆発した。
 いや、違う。
 爆発だと思ったのは、どうやら外装をパージしたモノだったらしい。
 相手の機体は戦闘機から、西欧時代に見たあの機体……ブラックサレナによく似た姿になっていた。
 そこにアキトが襲いかかる。アキトの一撃は、相手の持つ剣で受け止められた。その瞬間、激しい震動がナデシコを襲う。

 「な、なんだこりゃ?」

 「きゃあっ!」

 立っていた艦長が危うく転ぶところだった。

 「な、何ですか、今のは」

 艦長ならずともそう思うだろう。どうもアキトとあの北斗とやらが切り結んだせいみたいだが、なんだ一体?
 と、その時。

 「説明しましょう!」

 ブリッジにイネス博士のウィンドウが、特大サイズで開いた。

 「DFSはディストーションフィールドを圧縮・変形させて物質を破壊する力に変換するものであり、原理上同じDFSか、それに匹敵する密度のディストーションフィールドでしか防御は不可能。で、DFS同士が衝突するとお互いが干渉しあって空間が歪み、結果接触点を中心に強力な重力波が発生するの。実体のないDFS同士が鍔迫り合いできるのもそのせいよ。けど、私達ですらこれなんだから、お互いはもっとすごい衝撃でしょうね。何度も打ち合っていたらこの余波だけでフレームが消し飛びかねないわね。以上、なぜなにナデシコ号外でした」

 言うだけ言うと、博士のウィンドウは消えた。

 「……ま、要するにアレの余波というわけか。おいおい、それじゃあ誰も割り込めないぞ、あの戦いには。そんなもんが生じるんじゃ、銃を向けてもまともに当たるまい」

 俺はそうつぶやくと、もはや何をやっているのかすら判らなくなってきた二人の戦いを、馬鹿みたいに見つめていた。







 >AKITO

 「こんな時が来るとはな……」

 俺の目の前に、色こそ違えど、あのブラックサレナが佇んでいる。

 「けど迂闊だったな。ブラックサレナは施設強襲や乱戦向けの機体。純粋な近接戦闘には向かないんだ!」

 コックピット内で1人そう口走りながら、俺は遠慮無くDFSを相手に叩きつけた。
 このプロトBのように、次世代機の原型としてイネスさんがラピスのヘルプを得て研究していた機体は、対北辰用として考えられたもの2つのうちの1つ。
 1つは遠距離からの銃撃。このコンセプトに従って設計されたのがあちらのブラックサレナだ。乱戦に耐えうる重装甲と、相手を打ち倒せる火力。
 残念ながら火力は不足気味で、むしろ八雲さんのジンシリーズ運用みたいに、大物狙いの機体になってしまっていた。元々現場あわせで作ったせいもあったが。
 そしてもう一方のコンセプトが、このプロトBだ。絶対的な破壊力を秘めたDFSの運用を前提に、北辰の夜天光と互角の白兵機動が出来るように設計されたフレーム。0Gフレームの重力波スラスターを更に強化、ターレットノズルを使う夜天光に匹敵する機動を可能とし、銃を使用しない夜天光の戦闘距離で相手の技も何もかもをDFSで一刀両断にする。残念ながら前回はDFSの実用化と、一から起こすことになるフレームの製作が間に合わず、こちらのプランは破棄されていた。
 だが逆に言えば、『ブラックサレナではDFSを持ったプロトBには勝てない』のだ。
 相手がいくら奇跡的な腕を持っていたとしても。
 それでもさすがというか、動きの不自由な腕で、奴は俺の初太刀を受けた。
 DFSがぶつかり合うすさまじい衝撃が周囲に飛び散る。
 と、目の前の敵から通信が入った。

 『ここでは狭すぎるようだな。上がってこい、テンカワアキト!』

 言葉と同時に、ブラックサレナは急激に上昇していった。

 「ハルナ、バッテリーだとどのくらいの時間持ちこたえられそうか?」

 後を追いつつ、俺は確認を取った。

 「DFSだけで奥義とかを使わなけれは5〜6分は大丈夫だよ」

 「アキト! 相手を街から引き離さないとかえって被害が拡大するわ! 持ちこたえられる?」

 ユリカからも通信が入る。
 答えは決まっていた。

 「5分、持たせる。それまでにエネルギー送信範囲まで上がってきてくれ」

 いくら俺でもエネルギー無しでは勝ち目など無い。
 そして俺もまた、赤いサレナを追って上昇していった。







 『遅かったな』

 目の前のサレナから、再び通信が入った。

 「そっちほどスピードが出ないんでね」

 俺はそう答える。と、奴も動きを見せた。

 『貴様が出てきた以上、こんな重苦しい鎧は不要だ』

 言葉と共に奴はサレナのパーツを除装した。中からあのゲキガンカラーのフレームが現れる。
 よく見ると少し改良された跡があった。

 『さあ……始めようか、テンカワアキト。命懸けの、剣の舞いをな!』

 その言葉と共に、急速に接近してくる奴の機体。
 こちらもDFSを構え、前回より更に鋭い攻撃を凌ぐ。



 ギュオオオン!



        ズガガガガガガッ!



 バババババッ!



 真空の宇宙空間に、再び轟音が響き渡る。DFSが打ち合わされる反動で、双方の機体が悲鳴を上げている。
 一太刀でも命中すればその場で終わり。だがお互い受け続けても、いつかどちらかのフレームが歪みに耐えかねて消し飛んでしまう。
 俺の見たところ、寄せ集めのフレームにもかかわらず、奴のフレームは巧みに歪みを受け流しているように見えた。
 ものすごい腕だ。はっきり言ってこのままでは俺の方が不利であろう。
 それほどまでに奴の腕はすさまじかった。
 1分……2分……3分……。
 ついにコックピットに、警告の赤いランプが浮かび始めた。
 このまま剣格闘を続けていたら押し切られる。
 俺は必死になって考えた。
 一瞬でいい。奴の気を逸らせれば。
 その時。俺の目にあるものが映った。







 >RURI

 急速上昇を続けるナデシコ。しかし、さすがにブラックサレナとプロトBの機動力には勝てません。じりじりしながらも、何とか通信を維持してアキトさんの様子をモニターします。
 何しろものすごい高速機動戦を行っているので、通信回線が付いていけないのです。
 こういう時だけは、高速・大容量であっても、指向性の強すぎる通信システムは不便です。
 もう少し指向性の低い補助通信システムを考えた方がいいかもしれません。
 ユリカさんも、シュンさんも、メグミさんも、みんな宙の一点を見つめています。
 ミナトさんは巧みな操艦で、艦の持てる力を最高に発揮させています。
 そしてついに、アキトさんと相手の姿がレーダーの圏内に入りました。

 「ウィンドウ出します」

 私が索敵ウィンドウを立ち上げると、映ったのはめまぐるしい速度で戦う二体の機動兵器でした。それぞれのアイコンが目に捉えられないような運動をしています。
 と、その時、片方のアイコンが急激に減速しました。そして……

 「アキト!」

 ユリカさんの声が艦橋内に響き渡りました。







 >AKITO

 「くっ……わかっていても結構衝撃が来るな」

 相手の目には、俺が浮遊していたブラックサレナの外装に衝突して、大きくバランスを崩したように見えただろう。
 だがそれは擬装だ。俺の狙いは、奴が捨てた左のハンドカノンにあった。
 それを衝突の際、左手でこっそりとつかみ取った。
 再び奴と距離をとり、急接近する。そして奴の鼻先に、そのパーツを投げ出した。
 どんな達人でも、肉眼でこれを見分けるのはむずかしい。明るい地上ならまだしも、ここは漆黒の宇宙空間である。肉眼視力だけで相手を捉えられるのは、至近距離で切り結んでいる時だけと言ってもいい。しかもオレは光源になる太陽を背にしている。
 さすがに奴も慌てたらしい。が、案の定あっさりと目の前の障害物をDFSで叩ききった。
 それが俺の狙いだった。切り裂かれたハンドカノンが爆発する。ディストーションフィールドを貫くほど強くはないが、急激な閃光が視界を眩ませる。
 あれほど素早かった相手の動きが、さすがに一瞬止まった。
 好機到来!
 俺は一気に間合いを詰め、相手の背後から襲いかかった。後ろ斜め上30度。通常型のエステなら、重力波受信アンテナによって死角になる部分だ。改良はされているようだが、気づいても間に合わない、必殺のポジションだ。
 奴に動きはない。この位置、この角度からなら、反撃されることはない!
 そして俺が相手に躍りかかった時だった。
 突如視界にDFSの輝きが飛び込んできた。

 「何っ!」

 完全に虚を突かれた。
 なぜならその光は、奴の肩口を貫いて飛び込んできたからだ。
 片腕を犠牲にして、死角を突いてきた俺の更に虚を取る。
 完全に一本取られた。

 『惜しかったな、テンカワアキト。貴様ならばと思ったが……そこまでか』

 通信機から奴の声が漏れる。

 『所詮機動兵器は生身ではないからな』

 そう語ってはいるが、奴の動きによどみはなかった。
 つまりは生身で戦っていたとしても……奴は自らの肩口を貫いてでも今の技を決めてくると言うことだ。
 これまでか……
 さすがの俺も、死を覚悟した。

 (アキト!!)

 脳裏にラピスの絶叫が響きわたる。
 だが、どうしても回避が間に合わない。それは冷徹な事実だ。
 プロトBが全力で回避行動を取っても、奴の剣はそれが終わる前にこちらのコックピットに到達してしまう。いくら俺でも物理法則には勝てない。

 (すまない……ラピス)

 頭の中でそう答えた時、視界が突然虹色に染まった。

 (これは!!)







 >RURI

 レーダー上の映像では何が起こっていたのかははっきりと判りませんでした。
 外部カメラでも、小さなシルエットしか見て取れません。
 と、そこで小さな閃光が上がり、その直後にレーダーから片方の機体が姿を消しました。
 残っている者のマーキングは……『ENEMY』。

 「そんな……」

 まさか、アキトさんが……
 そう思った直後でした。

 ガッシャ〜〜〜ン!

 ナデシコ艦内に大きな音が響き渡ります。今のは一体……

 「あ……アキト!」

 驚く私の背後から、ユリカさんの素っ頓狂な声があがりました。
 そっちを見ると、正面を指さして唖然としています。
 その方向を見ると……増設されたYユニットのテーブル部、ちょうどお盆のように見える円形のプラットホーム部分に、大破したプロトBが転がっていました。

 「こちら整備班、直ちに回収作業に入ります! ガイさんのエステ借りるよっ!」

 ハルナさんの声がそこに割り込んできます。と、ガイさんの、ピンクのエステバリスが現れたかと思うと、プロトBを手際よく回収して格納庫へと戻っていきました。

 「アキトっ!」

 ……ユリカさん、作戦行動中に席を立たないでください……って、ラピスもですか。

 「ハーリー君、後はお任せします」

 「あ、艦……ルリさん、ちょっと!」

 私も人のことは言えませんね。
 目指すは格納庫です。







 >SHUN

 おいおい、まだ敵は目の前にいるんだぞ?
 といっても始まらないか。
 俺はオペレーター席に取り残されたハーリー君に向かって声を掛けた。

 「今更言っても始まらん。こっちはこっちでしっかりと仕事をしよう」

 「あ……はい。敵機動兵器、こちらに向かってくる様子はありません……あ、引き返していくみたいです」

 「よくは判らんが、相打ちだったのかな?」

 「でしょうか。どうやら左腕付近に損傷の跡がみられます」

 「そうか、ミナトさん、帰還してくれ」

 俺はそう指示すると、ため息をついた。

 「なあカズシ」

 「何ですか?」

 「世の中は……広いな」

 「ええ」







 >AKITO

 「だいじょうぶ? お兄ちゃん」

 意識が戻った時、聞こえてきたのはハルナの声だった。
 俺は……生きているのか?

 「危なかったね。ナデシコがもう少し遠かったら、さすがにお陀仏だったよ。ヤバそうだったんでこっちで勝手にジャンプフィールドジェネレーターONにしたけど、間に合ってよかった」

 そうか……あの虹色の光は。

 「どこへ飛ぶか判んなかったけど、ちゃんとナデシコに帰ってくるとは、やるねぇ」

 その声と同時に、持ち上げられるような動きを感じた。

 「プロトBはダメだね。フレームが歪んじゃってる。おまけにジャンプフィールドジェネレーターもディストーションフィールドのジェネレーターも飛んじゃってるし。修理するより作り直した方が早いわ、これ」

 そこまで酷いのか……DFSでの攻防は、たとえ当たらなくてもここまでの負担を強いると言うことか。
 それに加えてほとんどランダム同然のジャンプ……負担が掛かって当然か。

 「ハイ、到着。でも、覚悟してね……」

 ???

 どういう事だ……すぐに判ったが。

 「アキト!」

 「アキト!」

 「アキトさん!」

 ユリカ、ラピス、ルリちゃんの三人が、コックピットから這い出した俺に飛びかかってきた。

 「わ、ちょっと待て!」

 女の子三人に抱きつかれて、俺の意識は再び薄れていった。

 「ほらみんな! お兄ちゃん、ものすごく疲れてるんだよ!」







 次に目が覚めた時、飛び込んできたのはイネスさんの顔だった。

 「心配掛けないでよね」

 起きてみると、ここはナデシコの医務室だった。
 イネスさん……確かナデシコには乗っていなかったはずだが。
 新型の方に掛かりきりになっていて。

 ……そうか、もう着艦しているのか。

 と、俺が納得したところを見計らうように、イネスさんは言葉を続けた。

 「全く……死にそうだとか艦長やラピスちゃんがいうもんだから慌てて飛んできたけれど、大したことはなかったわ。ちょっと激しく疲労しただけ。全く、あなたがここまで疲れ果てるなんて……あの相手、そんなに強かったわけ?」

 「ええ。奴は強い……とんでもなく。そういえば被害とかは?」

 「街の被害は思ったほどではないわ。何というか、わざわざ空き地ばかりを狙って爆撃したみたいで。ドームも二カ所やられたけど、すぐに自動保護システムが働いたから被害は修理費だけよ。あとナデシコも無傷。あなたの緊急ジャンプでちょっと傷が付いたくらいかしら。もっともプロトBはフレームがイカレて、もう使えないってハルナちゃんがいってたけど。ウリバタケさんも同意見よ。あなたといえども、まだジャンプ技術は危険ね」

 そうか……またしばらくは機体無しだな。あれが完成するまでは。

 「まあ、悩んでも仕方ないわ。今はゆっくり休むこと。あっちはどうだか知らないけど、あなただって全力で戦えた訳じゃないんでしょう?」

 確かにそうとも言える。だが俺には判っていた。威力のある秘剣・奥義といえども、その基礎はごく当たり前の技にある。通常の技で五分でなければ、奥義などかすりもしない。
 元々あの手の大技は、巨大な相手や重装甲の相手、また広範囲の敵を一気に殲滅するなど、『一対一で正面切って戦っていては追いつけない』相手に振るうものなのだ。
 もちろん対一用の必殺剣も存在する。そもそもあの一連の奥義は、北辰を倒すために編み出された技なのだ。あの体術の極みを具現化したような北辰を相手にするために。
 だがそれとて、通常の攻撃との連携の上で初めて決まるものである。あの北辰相手に、いきなり大振りの技を仕掛けても当たるはずがない。
 そして相手を崩すための技なら、プロトBでも十分に使えたのだ。
 だが……あの北斗には、全くと言っていいほどその手の小技は効かなかった。むしろごくまっとうな、教科書通りの基本技の方が有効だったくらいだ。
 割と外連味たっぷりだった北辰に対し、あいつからは正当な技の流れを、俺は感じていた。
 それ故によけい感じられた。
 今の段階では、奴の方が、俺より強い。
 だが……その差はおそらく、それほどでもない。いやな言い方だが、復讐に狂っていた頃の俺ならば、十分立ち向かえたはずだ。
 北辰という遙かな上を向いてがむしゃらに戦っていた俺ならば。
 こちらに戻ってきて、肉体的に鍛え方が足りない状態に戻っていたものの、培った経験と技能を活かして、以前と同じくらいの力は取り戻したと思っていた。
 だが、明らかに俺は『弱く』なっていた。
 いくら数が多くても、武装や装甲が強大でも。
 『前』の北辰や俺に比べれば、遙かに弱かったのだ。
 そして俺の力も、そうと気がつかないうちに、低い水準のまま(端から見れば超絶であっても)そこに止まってしまっていたのだ。
 非情のあの頃には戻れない。だが、その代わりに、かけがえのないものを守るために。
 俺はあのころの強さを取り戻す必要があった。

 「イネスさん」

 「何かしら、アキト君」

 俺は確認する意味を込めて、今は医者であるイネスさんに聞いた。

 「俺はただ疲れているだけで、肉体的には異常ないんですね」

 「そうよ」

 イネスさんは首を縦に振った。

 「特訓でもするの? まあほどほどにね。ま、無茶しなければ問題ないわよ」

 見透かされたか。

 「まあ、そんなところです。でも今はおとなしく寝てますよ」

 「そうしなさい。パイロットは寝るのも仕事よ」

 俺はそのまま布団を被った。少ししてイネスさんもこの場を去った。
 それでも念のため少し気配を探り……周辺に人がいないことを確認して、枕元に置いてあったコミュニケを手に取った。

 「ハルナ」

 小声で呼びかける。すぐに返事が返ってきた。

 「ん? あ、お兄ちゃん。なに?」

 「一つ聞きたい。例の格闘技シミュレーター、アレに……北辰のデータを入力できるか」

 「入ってるよ。もっと強くも出来るけど……わかった。裏ファイル開けとくね。でも今はまだダメだよ。気が高ぶってるかもしれないけど、今はちゃんと休まないと」

 「イネスさんにも同じ事を言われたよ。ちゃんと休息を取ってからにする」

 「わかった」



 さて……どこまで鈍っていたのかな、俺は。







 >RYOKO

 「テンカワが……負けた?」

 出撃できないオレたちは、ブリッジでその様子を逐一見ていた。あのテンカワですら、勝てないほどの使い手……しかも明らかに、性能的に劣るフレームを用いての戦いでだ。

 「何なんだよ、あのパイロットは……」

 「アキトさんと戦った巨大ロボットのパイロットも、同じ事を考えていたかもしれませんね」

 アリサがそう答える。確かにな。
 オレは今初めて、圧倒的な強敵って言う奴を目の前にしていたんだ。

 「特訓だ!」

 と、ヤマダの奴が大声でわめきやがった。お前の声はでかいんだよ。気持ちはわかるけど、もう少し押さえてくれ。ほら、ブリッジのみんなが……艦長だけは平気そうだな。そういえばミスマル提督……声でかかったもんな。耐性があるのかな?
 おっとっと、何考えてんだオレは。これは……逃避って奴か?
 オレは萎えかかってた心を振り払った。ここで引いたら女じゃねえ。
 それに……珍しくヤマダの熱血も間違っちゃいない。勝てそうにもない敵に勝とうとしたら、出来ることなんざその位だ。

 「こらヤマダ! 声でかいんだよ!」

 とりあえず文句は言っておく。奴が何か言いかけたのを強引に押しとどめ……どうせオレはガイだと言いたいんだろう……奴の方を向いて、オレはにやりと笑った。

 「けど……確かにそうかもな。つき合うぜ」

 「あたしもお付き合いいたしますわ」

 と、アリサの奴も立ち上がった。何となくだが、あたしは心の中でサムアップをしていた。
 思いは同じ、ってか?

 「それでは私も」

 「あたしも行くよ」

 イツキとヒカルも立ち上がった。イズミは……ん? 珍しく先に立ってドアの方に行っている。

 「何やってるのよ、あたしはもうとっく〜んに、とっく〜ん、特訓……きゃはははは」

 ……30秒後、オレはイズミを引きずってシミュレータールームに向かっていた。

 そこである意味意外、ある意味当然の人物に出会った。

 「ようこそ、『虎の穴』へ」

 シミュレーターに怪しげなユニットを接続しているハルナがそこにいた。







 「練習しに来たんでしょ?」

 作業を終えた彼女は、オレたちにそういった。

 「そうだけど……何してたんだ?」

 「ん、ちょっとシミュレータのパワーアップを。アレに対抗する練習するんでしょ?」

 お見通しかよ。まあありがたいといえばありがたいが。

 「練習じゃない、特訓だ!」

 ヤマダの奴は特訓にこだわってるな。
 けど、ハルナは別に気にもせず言葉を続けた。

 「あいつ、強いからね〜。さすがにこのシミュレーターだけじゃちょっとマシンパワーが足んないんで、思兼と直結してたんだ。これであいつそのものとは行かないけど、それに匹敵する機動のエミュレートが可能になったよ。みんなの新型もプログラムし直したから、最終仕様にかなり近くなってる。体感フィードバックもね。試してみる?」

 「もちろんだ」

 オレはそういって、シミュレーターに飛び込んだ。もちろんほかのみんなもだ。

 「アカツキさんの機体は、とりあえず索敵専任のサポートモードで動かすね。現実でもそうなるっぽいし」

 ハルナの言葉に対して、オレはコックピット内でうなずいた。新型エステは、チームを組んで連携した時に最大の力を発揮できる。ヤマダの奴の機体はそうとも限らんが……よくわかってるよ、あいつのこと。でも単独で戦えるほどには強くもない。距離限界もあるしな。

 『じゃ、行くよ〜。とりあえず試してみてね〜』

 その声と同時に、シミュレーターの中が『現実』に変わる。外部情報をシミュレートするだけでなく、操縦席自体が一種のバーチャルリアリティーシステムへと接続され、単なるシミュレーターとは一線を画したリアル感を味わえるのがこのシステムの売りだ。
 はっきり言ってこいつの中で撃墜されると、一瞬走馬燈のように過去が浮かぶ時がある。どういう仕掛けだか知らないけど、ちとやりすぎの気がしないでもない。
 だがそれだけに、こいつを使っての訓練の効果は抜群だった。本チャンのエステに乗って実戦訓練をしているのとまるで区別が付かない。
 さて……仮想とは言えアキトを負かした奴との初陣だ。気を張っていないと……
 次の瞬間、オレの意識は暗転していた。
 オレンジ色と、緑色の残像が、瞼の裏にちらついていた。







 開始後わずか17秒で、敵影すら見ることなく、オレたちは『全滅』していた。







 >YURIKA

 アキトが、負けた。
 相打ちだったのかもしれない。そして、ハルナちゃんの機転で、何とか命はとりとめた。
 でも。
 あの時、判った。
 あたしはアキトがいなくなることに耐えられないかもしれない、って。



 戦場に絶対はない。よくいわれる言葉。
 でも、あたしはその言葉の意味を全然わかっていなかったって、あの瞬間に気がついた。ううん、気がつかされた。
 アキトも、そしてあたしも、死ぬかもしれないって。
 そしてアキトが生きてかえってきたと判ったとたん、私はアキトのところに向かっていった。
 アキトが生きていたことをこの目で見なければ、
 アキトの体の温かさを、息づかいをこの身で感じなければ、
 あたしはアキトが生きてるって信じられなかったから。



 何もかも忘れて飛びついたアキトの体は、暖かかった。







 「艦長、気持ちはわかるが、せめて敵影が消えたのを確認してからにして欲しいな」

 「う〜〜〜、申し訳ありませーん」

 気分が落ち着いて、ブリッジに戻ったら、オオサキ副提督に叱られちゃいました。
 この人はすべてが判っているかのように、やんわりと、問題点だけをきっちりと追求してくるの。
 だからよけいに堪えるんだけど。

 「ま、ある意味アキトは身内みたいなものだろうからな。仕方がないといえばそれまでだ。ただな……今の艦長の身内は、アキトだけじゃないって事は忘れないで欲しいな」

 「へっ?」

 思わず聞き返しちゃいました。

 「アキトが一番大事なのはまあ当然として……この間までとは違う。今ここにいる、ナデシコのクルー達は、命令や仕事じゃなく、運命を賭けてこの艦に乗り込んできた人間ばかりだ。それをまとめる立場にある艦長は、もはやただの雇われ艦長やアイドル艦長じゃあない。ある意味『本物』の艦長なんだよ、今の艦長は」

 「本物……ですか?」

 艦長に本物とか偽物とかあるのかな。

 「あると言えばありますし、ないと言えばないとも言えます」

 答えたのはルリちゃんだった。ミナトさんの操船とリンクした各種作業をてきぱきとこなしながら、私と副提督達の前に連合軍の艦内人事表を展開する。

 「現在の宇宙用艦船は、過去、艦長という職務が誕生した時より遙かに自動化、専門化が進んでいます。かつては船という閉鎖社会において、文字通りの一国一城の主として君臨していた時代から、各部のスタッフの意見を統合し、艦船運航の最終決定権を担う存在を経て、現在の状況になってきたといえます」

 「現在の状況って?」

 私が聞くと、ルリちゃんはある意味身もふたもない返事を返してきた。

 「極度に自動化が進んだ現在の宇宙艦船において、艦長が運行に関してなにがしかの決定権を握ることは極希です。索敵、航路決定、戦闘、大半の局面においてその意思決定はコンピューターとそれを操作及び補完するオペレーターの手にゆだねられる事が大半であり、参謀等のスタッフはあくまでも事前計画のために乗り込んでいるのが実情です。これで整備部門及び各種管理部門の自動化がもう一段進めば、事実上コンピューターオペレーター1人で一隻の艦船を運用することも不可能ではありません」

 「それじゃあ艦長の仕事って……」

 何にもないじゃないですか。
 と思ったら、その答えは副提督が教えてくれた。

 「一つは未だそこまで至っていない現在の戦艦などにおいてもっとも大切なもの……乗組員達のモチベーション、まあ『士気』って言うやつを保つことだ。どんなことだって、やる気のあるやつとやる気のないやつのやったことを比べれば、大抵はやる気のある方がうまくいく。で、艦長、ちょっと例えが極端だが、若い男性スタッフが、むさ苦しい中年の親父と若くて美人の女性、どっちのために命を賭ける気になる? 前提としてどっちとも知り合いじゃないとしてな」

 「それは普通美人の方……ああっ! まさか私がこの若さで艦長になれたのって、そういう」

 「側面は否定できないかもしれないがな」

 私の言葉を副提督が途中で押しとどめた。

 「それを抜きにしても、あんたの実力をプロスペクターさんが見抜いていたのは確実だな。そして今では、この艦に乗っている全員が、文字通り艦長の判断に命をゆだねている。そういう意味では、たとえ始まりがどうであろうとも、あんたはこの艦の乗組員全員の命を預かっているんだ。古の艦長のようにな」

 私はじっとその場で、副提督の言葉を噛みしめる。

 「……つまり私には、ルリちゃんが言ったアイドル的な艦長としての役目と、本来の艦長の役目、双方を担っていかなきゃいけないっていうことなんですね」

 少し後、私はそう答えた。すると副提督は笑ってこう言った。

 「まあ、アイドルだって本来の艦長の役目だ。要は拠り所だからな。他の要素が機械化されて、最後に残った役目って言うことだから、ちょっと変な意味に聞こえただけさ。ただ、これだけは忘れるな。艦長は船の重心だ。あんたが揺らげば、このナデシコ全部が揺らぐ。それだけは肝に銘じておいてくれ。まだ若い艦長には、ちょっとばかり荷が重いかもしれないが、もう後戻りは出来ん」

 「それは大丈夫です」

 私は自信を持って答える。

 「私は、一人じゃありませんから。重い荷物だって、みんなで支え合えば重くなんかありません」

 副提督はちょっとこっちを驚いた目で見つめ……そして少し目を細めて、言った。

 「ならば言っとくが……艦長は最後には一人きりになるって言うことも忘れるなよ」

 その言葉には、不思議な重さがあった。私にはうなずくことしかできない。
 と、副提督はブリッジから出て行こうとします。

 「悪いな。ちょっと疲れた。少し休憩してくる」

 「ハイ、ごゆっくり。私の分までご迷惑おかけしました」



 私は副提督の姿がブリッジを出たのを見届けると、正面に向き直った。
 機動戦艦ナデシコ。ここは、私の居場所。
 少し変わったフォルムを見つめながら、私は新たに誓う。
 平和を。つまらない争いのない世界を。みんなが笑って過ごせる世界を。
 そして……アキトとのんびり過ごせる世界を、この手で掴むことを。




 その3