再び・時の流れに
 〜〜〜私が私であるために〜〜〜

 第18話 水の音は『嵐』の音……そのとき、歴史は動いたのです……その11
 
 
 
 「今のうちに避難を」
 「いや……私は結構。民間の方々を優先してください。いやしくも軍人である我々が、敵を目の前にしてこそこそ隠れているわけにはいきませんからな」
 そう、それもただの軍人ではない。この地を守る連合軍の最上位官である私が敵前逃亡などしたら、全軍の指揮ががたがたになってしまう。
 「むしろ私は、現状を把握できる場所へ行きたいのだが」
 そう問い返したものの、答えは芳しくなかった。
 「残念ながら、我が国の軍事施設は貧弱でして。そちらに監視センターのデータを転送した方がまだましだと思われます。あ、こちらのセンターは皆様が入ってこられると窮屈でたまらない場所ですので」
 「お気遣いなさらなくて結構。ですが、ここはお言葉に甘えましょう。データをお願いいたします」
 「はっ、閣下!」
 答えていた彼を映し出していたホロウィンドウが閉じると同時に、彼らが外部カメラなどで監視している現状を映し出しているウィンドウが新たに立ち上がった。
 どこが貧弱だ、と内心思いながら、その精緻な映像と未来予測データを閲覧する。
 「閣下、今こちらに方面軍の司令センターと回線を繋いでもらいましたが、とりあえず第一波は間に合いそうです。元MoonNightのメンバーが隊長をしている部隊ですので、練度の方は心配しなくても良さそうですが」
 そこにグラシス中将が報告に来る。考えてみれば実に豪華な司令部がここに存在しているのだが、今はそれを笑っている暇はない。
 「数が足りるかどうか……ということなのだな、グラシス君」
 「はっ」
 「我々はやるべき事をやるだけだ。ダメだったときは責任を取るくらいしか出来んがね」
 ぼやきに近いものだったが、ある意味それは私にとって一番の本心でもあった。
 そんな我々の様子に何か思うことがあったのか、妙齢の美女……木連代表である東嬢が様子をうかがいに来た。
 「これはかなり苦しくなりそうですね……誠にもって申し訳ない。今更な感はありますが、こちらから提供できる情報は、この件に関する限り出来るだけ正直にお伝えいたします。といってもあまり言うべきことはないと思いますが」
 「特にこの欧州圏はこの手のモグラたたきは散々経験を積んでいますからな。お聞きしたいのはとりあえず一つ。あれがなぜこのタイミングで目覚めたか、ということくらいです」
 中将の質問に、彼女は少し考えて答える。
 「先ほども申し上げましたが、これは何者かの意図によるものでは断じてありません。あの型の跳躍門には、外部からの指令装置は一切積んでいません。あの大きさですと大規模軍事基地を第一目標とした型でしょうから、周辺に高密度・高出力の動力源が存在するか、大規模な軍事派兵が行われない限りは積極攻撃には出ないはずです。自己防衛はしますからそちらから仕掛けたときは例外ですが」
 彼女はそこで一旦言葉を切り、あらためてモニターを見た。
 「ですがおそらく、この三日間にわたる大賑わいを、あれは大規模な派兵と誤認したのだと思われます。先も言った通り我々の人口は少ない。ですので民間人がこれほどまでに集合するという状態を我々は想定していませんでした。大規模な人員の集合体であっても、最初から存在していた場合は民間人の都市である可能性がありますので、熱源形体などからその場が都市なのか基地なのかを判断するはずです。現にあれはここに落ちたとき一切の攻撃行動に出ていない。すなわちそれは、このピースランドを都市として認識したことになります。それ故あれは軍事的脅威無しと判断して、今まで休眠状態にあったのだと推測いたします」
 「ところが今回のイベントによって、あまりにも急速に増えた民衆を、軍隊の集結と勘違いした、というわけか」
 私の質問に、彼女は頷いた。
 「ええ。少なくとも我々の常識には、3日以上にわたって都市の人口が10倍増するなどという事態は想像の範囲外でした。普通は大規模であればあるほど、その前後には何らかの準備期間がある。ですが今回のこれはあまりにも急すぎた。まさしく大規模な軍事行動でもない限り考えられない事態だった、ということです」
 「やれやれ」
 私は大きくため息をついた。
 「全く、失礼だがこれでやっと謎の侵略者などというドラマじみた事態からまっとうな戦争に移行できると思った矢先にこれとは。もしこの状態で民間人に被害が出ようものなら、申し訳ないが君たちが無事に帰れるかどうかの保証はない。もちろん我々にはそのような意図はない。だが現場を押さえきれるかどうかは私にも保証できない。今この地にいる民間人が暴徒と化したら、地位はあっても数はいない私たちでは止めようがないからな」
 「覚悟の上です」
 彼女は、その割には妙にのどかな様子で答えた。
 「それに」
 その目が何か面白いものでも見ているかのような光を浮かべる。
 「あの『彼女』が動いたのでしょう? だとすると案外、被害者0で終わりそうな気がするのですよ、私は」
 さすがに私の表情も怪訝そうなものになる。
 「先ほど乱入してきた彼女かね?」
 「ええ。詳しくはあちらがご存じかと」
 彼女が見つめる先にいたのは、テンカワアキト君と、オオサキ提督、そしてネルガルの会長であった。
 「ふむ……」
 私は内心は興味津々ながらも、極めて遺憾という表情を作って、オオサキ提督に向かって話しかけた。
 「私も是非とも聞かせてもらいたいものだね、オオサキ君」
 「……この場では勘弁してください、ガトル大将閣下。どうしてもというのならば、いずれもう少し内輪の席で」
 私はしめしめと思いつつ、あくまでも厳粛な表情のまま言った。
 「よかろう。後で個人的に面談できる時間を取る」
 もちろん本音は、娘婿と久しぶりにじっくり話がしたいだけであった。彼女に関する話にももちろん興味はあったが。
 そしてきわめて聡い娘婿は、私の裏の意図にしっかりと気がついたようだった。
 でなければ公私のけじめには厳しい彼のことだ。あんな憮然とした表情にはなるまい。
 私は笑いをこらえるのに必死になっていた。
 
 
 
 

 
>YURIKA

 「ね、ハルナちゃん」
 無事に月を飛び立ったナデシコの艦長席から、あたしは眼下に座っている彼女へと声を掛けました。
 「なに、お姉ちゃん」
 「このあとの予定、八雲さんがこっちに向かわせてくれるチューリップに突入、そのあとボソンジャンプで今ピースランドにいるチューリップまで転移、で、それを攻撃・殲滅でいいのよね」
 「うん、合ってるよ」
 頷く彼女に対して、私は言葉を続けます。
 「出た後は問題ないとして、突入は大丈夫なの?」
 「あ、それに関しては今から説明する」
 彼女はそういうと、隣にいるハーリー君と、コミュニケでラピスちゃんとイネスさんを呼び出しました。
 「あ、ごめんイネスさん、そっちの作業、未完成かもしれないけど一旦止めてもらえますか?」
 「了解。このままだとガイア1との接合状態での起動が出来ないけど、そこは一旦あきらめるしかないかしら」
 イネスさん達はアキト専用として製作されている、あの大きな黒い機動兵器の調整に掛かりきりでした。後一点の問題が解決すれば完成とのことなのですが、なかなか大変みたいです。
 「大丈夫だって。それに今回の相手はガイア1無しでも余裕じゃない。付けないで出しても問題ないと思うよ」
 「それもそうね。じゃ、今回はここまでにしておくわ。お披露目が完成品じゃないのがちょっと残念だけど」
 イネスさんは作業の手を止めました。
 「で、どうすればいいのかしら? この後」
 「ラピスちゃんはブリッジに来てハーリー君と一緒にオペレーター業務に入ってください。イネスさんは展望台で待っていてください」
 展望台? 私は疑問に思って二人の会話に割り込みました。
 「ハルナちゃん、展望台って?」
 「あ、あたしとお姉ちゃんも行くよ、展望台」
 3人が揃って展望台……あ、ひょっとして。
 「それって、火星から帰ってきたときの?」
 「うん、あたしはともかく、お姉ちゃんもイネスさんも、慣れていないことやらせるわけだし。外の見えるというか、外界の認識できるところの方がいいんだよね。特にこういう乗り物ごと跳ぶような場合は、周りの景色が変わったことが直接認識できる場所の方がいいの」
 よくは判りませんでしたけど、ここは言うとおりにした方がいいみたいです。
 「じゃ、ハーリー君、後よろしく。チューリップが見えたらやることはリモートで指示するから」
 「はい」
 ハーリー君が答えたのと同時に、ハルナさんは立ち上がりました。







>AKITO

 「こちらベンチーム、一番乗りは頂いたぜ!」
 警戒警報後、初めてピースランド側に朗報が舞い込んだ。
 数は減らされていたものの、精鋭と言っていい部隊が到着したのだ。
 以前のエネルギー発生装置搭載トラックに変わる、ハイスピードキャリア。超小型輸送空母とでも言うべき、相転移エンジン1基とエステバリス6機を積み込めるだけの小型輸送艇。緊急展開のために速度のみを優先して攻撃力・防御力双方をオミットしてしまったある意味大胆な飛行艇だ。後方に位置する輸送艇が落とされてしまうと一気に部隊そのものが無力化してしまうが、原則としてバッタなどの無人兵器は周辺に人がいなければまず先に脅威度の高い機動兵器にたかる習性があるので案外問題はない。加えて戦闘時にはたいていこのキャリーは着陸している。高々度戦闘にでもならない限りは案外損耗しないらしい。
 そうして到着した部隊は浮上しようとするチューリップを押さえに掛かる。超大型チューリップに対してエステバリス6機では焼け石に水だが、それでもひとしずくの時間は稼げる。今はそのひとしずくが何より貴重な一瞬なのだ。
 やがてそれに数分遅れて、他の部隊が続々と到着する。オリファー隊やサコン隊など、かつて俺と一緒にこの欧州圏を渡り歩いた懐かしい名前が次々に挙がってくる。
 元MoonNightのメンバーが、それぞれ一部隊を率いているのだ。
 だがそれでも押さえられたのは今のままだとせいぜい10分が限度だった。
 ここでオオサキ提督が動いた。
 臨時司令部と化したこの会議室内から、彼らに向かって通信を繋ぐように要請する。
 回線がつながると同時に、提督は大きな声で言った。
 「久しいな、元MoonNightの諸君。私だ。オオサキだ」
 「「「司令!」」」
 幾多の声が重なって届く。ナデシコ内ならウィンドウが10枚くらい立ち上がる光景だ。
 「状況はこちらでも把握している。今から指示する陣形を持って敵に当たれ。今回は特に取りこぼしが問題となる。また、とにかく時間を稼ぐことを優先せよ」
 「「「了解!!」」」
 そして戦いは直接砲火を交える段階に突入した。
 
 
 
 さすがというか昔取った杵柄というか、提督の采配には全く隙がなかった。それでも限度というものはある。かなり持ちこたえている、と、俺の目にも見て取れたものの、やはり限界だったようだ。ハルナの予告した30分を越え、約40分もの間、チューリップの浮上を押さえつけていたのである。それでもチューリップは完全浮上してしまった。
 そしてその禍々しい口が開く。それを待ちかまえていたように、中から大量のバッタとジョロがあふれ出してきた。
 欧州軍は懸命にあふれる無人兵器をたたき落としていく。だがあまりにも数が違いすぎた。相手は超大型チューリップである。並のチューリップなら押さえ切れたかもしれないが、まさしくバッタたちは怒濤のようにあふれ出てきた。
 「司令! 弾が持ちません! 弾薬が切れたら一気に戦線が崩壊します! 限界まであと1分!」
 くっ、間に合わないのか!
 そこにさらなる駄目押しの報告が入った。
 「チューリップ内にパターンの異なる反応有り! 何か大型のものが転移してくる模様!」
 「戦艦か!」
 「いえ、それよりは小型です。詳細は不明!」
 新手かっ!
 俺は何も出来ない焦燥感にさいなまれていた。だがそこにいきなり想像もしていなかった光景が飛び込んできた。
 チューリップの入り口から唐突に飛び出す3筋の黒い光。
 その光の線上に乗っていた無数のバッタ達があっという間に火球となって消滅してゆく。
 「グラビティブラストだと! しかしそれにしては射線が細い……」
 それは俺も感じた疑問だった。ナデシコなら射線は一条、しかももっと太さがあるはずである。あれはちょうど……
 その瞬間、まさか、という思いが脳裏をよぎった。そして次に見えた光景は、その『まさか』が『何故?』に変化するものだった。
 黒い射線の後から出現した3対6発のロケットパンチが、さらにバッタ達を打ち砕いていく。
 そしてその答えはそのすぐ後に判明した。
 ジャンプフィールドのまばゆい光の中から出現する、全長50メーター級の巨大人型兵器2体と、一回り小型の、それでもエステバリスより5倍近くも大きな人型兵器1体。
 帰還したロケットパンチが接合されると同時に、その機体から直接音声及び軍用標準オープンチャンネル、そして何故かAM、FMの一般放送帯のいくつかのチャンネルに対して『声』が発せられた。
 
 
 
 「こちら木連優人部隊所属白鳥九十九以下3名! 今は敵対する関係ながらも、無辜の民を守るため、義によって助太刀いたす!」
 
 
 
 そして彼らはチューリップから出切ると同時にくるりと向きを変え、チューリップからあふれ出るバッタ達に対して、全火器を発射しはじめた。

 「全隊に告ぐ!」

 一瞬、あまりの意外な出来事に呆然とした俺たちとは違い、オオサキ提督、いや、司令は直ちに状況を飲み込んだ。
 「出現した巨大兵器は、現時点においては友軍である! 力を合わせ、何とかこの地を守り切るのだ! 弾薬に余裕のないものから順次補給活動を行え! 彼らと協力すれば一部隊くらいは交代するゆとりが取れるはずだ!」
 「「「了解!」」」
 部隊から、希望があふれんばかりになった返答が返ってくる。
 「やれやれ……オオサキ提督、あれはひょっとして、この間の戦いでこちらの艦隊を完膚無きまでにたたきのめした兵器ではないかね?」
 ガトル大将の言葉は、甘いものと苦いものが複雑に入り交じったものだった。
 提督も何とも言えない苦笑いを浮かべながら答える。
 「おそらくは……あれは多分、八雲氏が送り込んできたものではないかと」
 「だろうな」
 それを肯定する舞歌さん。
 「あざとくはあるが、効果的な手ではあろう? 大将閣下。兄上は今回の件が初期型跳躍門における事故であることを認め、事態の収拾手段として地球側に援軍を送ったことを、全世界の報道機関に示して見せているわけだ。このまま最終的に被害が押さえられれば、災い転じて福となす、木連側は和平において約束を守る意志のあることを全世界に表明できる。失敗したとしても結果は最悪の場合と全く変わらないからな」
 「……確かにな。この時点において、この援軍は遺憾ながら誠にもってありがたい。もしこれで被害を押さえ切れたならば、木連が邪悪なテロリストであるという意見は影を潜めるであろう」
 俺は思わずうなってしまった。まさに八雲さん、機を見るに敏。彼らは連合軍にとっては憎んでも有り余る宿敵だが、この状況下で市民のために同胞と戦う彼らを捕らえようものなら、軍の評価は一気に下落し、世論は和平派一色となるだろう。またバッタ達を押さえきれず、市民に被害が出る状況になっても、和平に対して一縷の望みは残る。彼らの派兵によって、木連側は味方に砲火を向けてでも和平を望んでいることを世論にアピール出来るからだ。
 八雲さん……やはりあなたは一番敵に回したくなかった人です。





>TSUKUMO

 「ええい全く腹が立つ! 何故この俺が悪しき地球人達のために味方の軍に砲を向けねばならんのだ!」
 相互会話用の通信帯域から、元一朗の怒鳴り声がやむことなく流れ続けている。
 まあ、気持ちは分からないでもない。
 「まあまあ落ち着いてくださいよ。悪しき地球人っていっても、今危ない目にさらされているのは、こっちのことを知らなかった人たちなんでしょう? だとしたらうちの市民たちと何ら違いはないじゃないですか。無辜の市民を守る! これぞゲキガンガーの心そのものじゃないですか」
 対して三郎太は乗り気だ。以前はどちらかというと元一烽ノよく似ていると思ったものだが、最近よい方向に変わっていると私は感じている。ただ、どうにも婦女子に対してだらしなくなっていたのがきわめて意外なことであった。何かよほどのことがあったようだ。
 そして私はこの任務をむしろ誇りに思っている。そこには一抹の下心もあったが、それを除いてもやりがいのある任務であった。
 皐月緑島にて破損した乗艦、『ゆめみづき』の修理のため待機していた我々の元に、八雲司令からの緊急出動命令が下った。ダイテツジンをはじめとするジン三体に、跳躍門にての緊急出動命令。作戦目的は暴走した跳躍門からの攻撃を、地球側の軍勢と協力して防ぐこと。
 私には納得出来る命令であったが、元一烽ヘ腹に据えかねたらしい。命令の一言で黙らされたが、出来うるなら拒否したかったと全身で語っていた。
 三郎太の顔に一瞬かなりの歓喜が浮かんだのが謎であったが。
 「はっは〜っ! ここで頑張れば、後のお楽しみは大きいぞ〜っ!」
 「ずいぶん乗り気だな、三郎太」
 元一烽ェ不機嫌な声で文句を言う。私も不思議に思う。何で三郎太のやつ、こんなに乗り気なのだ?
 「なにしろ優華部隊のきれいどころに加えて、持ちこたえられればあの撫子と合流でしょう? くふふふふ、両手どころかまさにお花畑!!」
 「おい少しは落ち着け。それにいいのか? 三姫殿もいるというのに」
 「それはそれ、これはこれ。そういう白鳥先輩だって、ないとはいわせませんよ、下心。千沙さんですか? それとも撫子の君かな?」
 な! いつの間にミナトさんのことを! こいつ、間違いなく変わっている。いつの間にこんなに詳しくなったというんだ、この手の情報に。
 「いい加減にせんか三郎太!」
 あ、さすがに元一烽ェ切れた。
 「はいはい。それもこれも、きちんと守り切れたらのご褒美みたいなものですからね。いけ、ゲキガンパ〜ンチ!」
 無駄口を叩いていても腕の方は一段と冴え渡っているようだ。なぜかは知らぬがまさに獅子奮迅、デンジンでダイテツジンやダイマジンに匹敵する成果を上げている。
 これなら守りきれるか。10分、と八雲司令は言われた。10分後には撫子がここから出現すると。
 元一烽ヘ半信半疑だったが、私はそれを信じた。おそらくは八雲司令も。
 何しろあちらにはあの女がいる。その気になれば不可能はないと豪語する女が。





>INEZ

 展望台の景色の中にそれが映り込んだのは、呼ばれてから10分弱くらいだったかしら。ちょうどそれにあわせるように、艦長とハルナさんがやってきたわ。
 「よし、間に合った」
 ウィンドウを侍らせながら、ハルナさんがつぶやくように言う。そこに映っていたのは、『LIVE』の文字が目立つ戦闘の映像。どうやら地球からのニュースで状況を把握していたみたいね。エステバリスに混じって何か巨大なものが戦っているのが見えるわ。
 「まさか10分貸すっていうの、そういう意味だったとは」
 「機を見るに敏。さすがですね、クラウドさん」
 ハルナさんと艦長の言葉で、私も目に映っていたものが錯覚じゃないと確信したわ……何しろそれは、あの木連製の巨大兵器だったんですもの。
 「あえて敵中に援軍を出す……か。確かにアピールとしては効果的ね」
 「だよね。でもとりあえずそれは後。本業に戻らないと」
 そういいつつハルナさんは、私と艦長の視点を外の様子に戻すよう示唆する。浮いていたチューリップが、私たちを歓迎するように口を開き始めていた……ってちょっと待ちなさいよ。このタイミングでチューリップが口を開けるって言うのは……。
 「ラピスちゃん、ハーリー君、来るよ、敵襲。だけどね、とりあえずこちらからの攻撃はまだなし。フィールド強化して、後はとにかくエネルギー溜めといて」
 『ハルナ、今のナデシコ、宇宙空間だから余裕あるけど』
 『タケミカヅチからの報告でも余裕っぽいけど』
 オペレーター組はちょっと疑問そう。まあ確かに今の強化型ナデシコなら、わずかなインターバルでグラビティブラストを連射できるしね。チューリップ一基とそこから出てくるバッタごときに負けはしないわ。
 「ううん、あの雑魚にかまっている暇はないから突っ込まなきゃいけないし。それに転移後は大気圏内だからエネルギーの無駄は避けたいの。チャージ完了と同時に、フィールドコントロールの特Dパターンでまっすぐチューリップに向かってくれる? 突入後はとにかくフィールドを維持してくれれば後はノープロブレムだから」
 『特D? 判った……えええっ!』
 『ハルナさん、これ……』
 向こうでその特Dとか言うプログラムを開いたらしいけど、何絶句しているのかしら。
 そういっているうちにチューリップからはぞろぞろと無人兵器が出てきたわ。まあ、そこまで融通を利かせてもらうのは贅沢って言うものよね。今は敵同士ですし。
 それに対してナデシコは、馬鹿みたいにまっすぐ突っ込んでいったわ。確かに今のナデシコのフィールド防御力は以前の4倍近く。あの火星での脱出行みたいな状況になっても、何とか持ちこたえられるくらいの防御力はあるわ。でもそれではこちらの余力がなくなる。転移が成功してもそこは戦場なのだから、余力を残すのは何より大事なはず。チャージをしておくという指示もそのためのものでしょうし。
 でも、その特Dプログラムの正体は、ある意味とんでもないものだったわ。ハルナさん、あなた、いつこんなものを仕込んでおいたの?







>HARI

 真正面にチューリップ、その開口部から無数にわき出すバッタたち。それに対して特Dプログラムは、なるべく敵が密集しているところに突撃することを命じていました。
 「ミナトさん、ナデシコの進路をチューリップ開口部の軸線に乗せたら、とにかく何があろうとも全速直進を維持してください」
 「それってなんか特攻してくださいって言ってるように聞こえるんだけど〜」
 「はい、その通りです」
 ちゃかすようなツッコミに真顔で返す僕。無茶っぽいんですけど、この場合これこそがベストなんです。何しろこの特Dって……
 「ハーリー、フィールドコントロールプログラムスタンバイ。ヘルプよろしく」
 そうこうしているうちに、準備できたみたいです。
 僕も再び電子の世界へと潜ります。フィールドコントロールプログラム、起動!
 同時にブリッジ内に、ラピスの嬉々とした声が響きます!
 
 
 
 「行くよっ! グラビティドリル、発動、承認!」
 
 
 
 声と同時に、僕とラピスのリンク用ナノマシンが全力運転モードになります。ハルナさんほどではありませんけど、外から見れば僕とラピスの瞳の中に光が走るのが見えたことでしょう。
 それに伴い、展開されていたディストーションフィールドに大きな変化が現れます。均一だった強度にムラが出来、それによる歪曲率の変化がフィールド上に光の文様を生み出していきます。艦首の先には特に強度の高いトップが、そしてそこからスイカの縞のような、強弱をつけられたフィールドが伸びています。そう、これはグラビティラムの強化版です。ほとんどのフィールドが先端に集まっちゃうんでほかの防御がどうしても薄くなるラムに対して、こちらは通常の防御力をある程度保ったまま突っ込めるのが強みです。
 「フィールド回転開始、全速前進!」
 そしてそのフィールドに対して、僕たちがムラを変動させると、それはまるで回転するドリルのように見えました。
 見た目だけではありません。
 進路上に存在してたバッタたちは、フィールドによって歪められた重力場の変動に翻弄され、ちょうど洗濯機に放り込まれた洗濯物みたいな扱いを受けることになりました。布なら絞られて汚れが剥離するだけでしょうけど、硬質の機械がそんな目にあったら……
 「うわ、なんかバッタたちがどんどんぼろぼろに……」
 外部モニターに映る光景を見て、ミナトさんがつぶやいています。
 そしてオレンジ色のドリルとなったナデシコは、そのままチューリップの開口部へと突入していきました。
 
 
 
 
 
 
 
>YURIKA
 
 展望台の窓にチューリップの開口部がどんどん大きくなって映っていき、そしてついに周りじゅうがまぶしい光で包まれた瞬間、ハルナちゃんが叫ぶように言いました。
 「今よ! 思い浮かべて! さっきまでニュースでみてた、あの景色を!」
 それと同時に、彼女は私とイネスさんの手をぐっと握りしめます。
 私は目を閉じ、さっきまで見ていたニュースのシーンを思い浮かべました。
 その瞬間でした。
 頭の中で『何か』がつながったような気がしました。
 
 一瞬の空白。
 
 次の瞬間、全身に言いようのない衝撃が走りました。どんな方向でもない向きから叩かれたような、不思議な一瞬の衝撃。そして一呼吸の後、目を開いた私の視界から、急速に輝きが薄れていきました。そこに映ったのは、まぶしい青空と、
 
 
 
 それを埋め尽くすようなたくさんの無人兵器でした。
 
 
 
 「ラピスちゃん! ジャンプ成功! フィールドのモード、特Dから特Sに変えて!」
 ハルナさんはそれだけ言うと、私とイネスさんに向き直って言いました。
 「イネスさん、データの検証は後でね。じゃ、ブリッジに飛ぶよ!」
 言葉と同時に再び広がる光。さっきより弱いものの、やはり頭の中で何かがつながる感覚とともに、私たちは次の瞬間、ブリッジの艦長席に移動していました。





>SHUN

 「チューリップ開口部に謎の発光現象!」
 援軍のおかげで持ちこたえていたものの、さすがにそろそろやばいかと思っていたそのとき、その報告は為された。
 そして次の瞬間。
 オレンジ色の光をまとった、類を見ない特徴的な外見の宇宙船が、そこからはじき出されるように飛び出してきた。
 「「「なんだとうっ!!」」」
 ガトル大将、ミスマル中将、グラシス中将の声が見事にハモる。
 広報などで見かけたものよりも幾分前部がごつくなったその船は、そのまま雲霞のごとき無人兵器の群れにそのまま突入していく。その姿がたかられた兵器によって一瞬見えなくなったとき、
 
 無数の爆発がそこから生じた。
 
 「自爆攻撃か!」
 ガトル大将の声に一瞬焦りが浮かぶ。だがそれは杞憂だった。実に悠然と、文字通り蚊ほどにしか感じない様子でその爆炎の中から抜け出してくるナデシコ。再び無人兵器がたかろうとしたときに、今度ははっきりと視認できた。
 ナデシコの姿が一瞬奇妙にゆがんだかと思うと、次の瞬間接触していたバッタたちがまとめて爆散していた。
 「今のはいったい……」
 不思議そうに首をひねるミスマル中将。それに対して俺は言った。
 「さあ、まあ後で娘さんに聞いてみればいいのでは?」
 
 
 
 
 
 
 
>INEZ
 
 ブリッジにつくやいなや、ハルナさんはいつもルリさんの座っている席へと飛び込んだわ。同時に両手をプレートの上にたたきつけるように乗せ、開口一番、
 「二人とも、特S、準備OK?」
 「うん」
 「出来てます!」
 特Sね……さっきのDがドリルなら、今度は何かしら。
 「ハルナちゃん、何するの?」
 艦長はのんびりとした声音で彼女に聞いてくる。私も興味津々。DFSもそうだったけど、フィールドのコントロール次第でいろいろ出来るってよくわかったし。
 「SはショットガンのSです。ナデシコを覆うフィールドに対して、超高速で拡大と縮小を掛けることによって、瞬間的な重力場の縦波を起こすんです」
 私はそれを聞いて一瞬唖然としたわ。それってつまり……
 答えは次の瞬間に出ていた。フィールドにたかっていた無数ともいえるバッタたちは、次の瞬間あっという間に全機爆発していたのだから。まるでグラビティブラストの直撃を受けたかのように。



 ここでちょっと説明するわね。
 ふつう一般相対性理論における重力波というのは、質量のある物体が運動する際に発生する空間のゆがみのことを言うわ。よく方眼の描かれたゴム幕に鉄球か何かを乗せて、ゴム幕が変形する様子で質量による空間のゆがみを説明している図というのを、ある程度勉強している人なら見たことがあると思うけど。要はその鉄球を上下に揺するとそれに伴ってゴム幕が振動する。それが波動となる、というわけ。
 通常この空間内では、この波動はきわめて小さく、その影響は無視できるレベルでしかないわ。でも、これがディストーションフィールドに関わると大きくそのレベルを変えることになるの。
 本来自然においては無視できる振幅でしかない重力波も、空間そのものを歪曲させられるディストーションフィールドの影響下においてはその実態は相対論よりもむしろ流体力学のそれに近くなるわ。空間そのものの持つ慣性、高エネルギーによって歪曲された空間はそれが切れれば自然に元に戻ろうとする。これを高速で繰り返すことにより、空間そのものに対して圧縮と伸張を生じさせ、それを波動として打ち出したもの、それこそがグラビティブラストよ。その波形は地震のP波やFM放送の電波に似た形になるわ。この波動にさらされた物体は極端なスパンで変動する重力の変動によって激しく振動し、自身の慣性との反発によって破壊される。これがグラビティブラストが物質の硬度にはあまり関係なく絶大な破壊力を持つ理由なの。通常の破壊兵器が特定方向から強力な運動エネルギーを一点もしくは特定範囲に集中して負荷を掛けることによって破壊するのに対して、グラビティブラストは物質全体に破壊エネルギーを掛ける。ガスコンロと電子レンジの違いといってもいいわね。
 だからグラビティブラストは装甲によって破壊力が減衰することもあまりなく、また宇宙空間内における物理打撃のように弾性衝突によって運動エネルギーに変換されて破壊できないということもないわ。もともと踏ん張りのきかない宇宙空間では、運動エネルギーによる破壊兵器は衝撃がそのまま運動に変換されやすいからあまり効果がないですものね。
 さて、話を戻すけど、ここでのポイントは、『グラビティブラストは、歪曲空間の高速振動によって発生する』という点ね。ナデシコとかのグラビティブラストは、相転移エンジンの莫大なエネルギーを元に強力な重力波を発生させ、それを同じく歪曲場を利用した誘導システムによって指向性を持たせて発射しているものよ。で、さっきからハルナちゃんたちがやっているのは、ナデシコを覆っている防御用のフィールドに対して、この発射システムに匹敵する速度で変調を掛けているって言うことなの。そうすると結果として、ナデシコから完全全方位にグラビティブラストが発射されたのと同じことになるわ。
 もちろん威力は極端に落ちるし、相互干渉と逆二乗法則によってすさまじい勢いで減衰しちゃうから有効射程もほとんどゼロに近いわ。でもフィールドに張り付いている無人兵器に対しては十分な威力が見込めるわね。あの巨大人型兵器クラスになるとまるで無意味でしょうけど。
 
 
 
 「よし、何とか制御も追いつくわね」
 ハルナさんが言う隣で、なぜか疲労困憊気味のラピスちゃん。ハーリー君はさすが男の子なのかまだ元気そうだけど。
 「結構きつい、これ」
 「連発は難しいですね」
 「まあ無理もないけどね。お姉ちゃん、もとい、艦長〜、とりあえずいったんこの蚊柱抜けないとエステ出したり出来ないけど、どうする?」
 艦長は素早く脱出路を判断したらしく、眼下のみんなに説明したわ。
 「ミナトさん、今から指示する進路を目安に進んでください。そうすれば今の攻撃あと一回で群れを脱出、前方の皆さんと合流できるはずです」
 「「「「了解!」」」」
 きれいに重なる返事とともに、ナデシコは動き出したわ。さて、お手並み拝見ね。
 
 
 
 
 
 
 
>AKITO
 
 やるなあ、ハルナ。
 俺は眼前に広がる光景を見て、思わずそうつぶやいていた。ちょっと遅れたが、確かにあいつはこのピースランドを守るための『手段』を力業で持って来やがった。
 そして今ナデシコは、無人兵器の群れを突っ切り、欧州軍のエステバリスや九十九たちのジンとの合流を果たした。同時に飛び立つ5機のカスタムエステバリス。
 さて、ということは、俺も行くべきだろう。
 「提督、俺も行きます」
 そう俺が言ったとき、部屋の雰囲気が確かに変わった。
 そこには間違いなく、「希望」の意志があった。
 「頼むぞ、テンカワ」
 シュンさんの言葉を受けて、俺は会議室を出た。
 
 
 
 部屋を出た俺は、なるべく人目のなさそうな場所へと思い、そのままトイレに駆け込んだ。常識的にも一番監視カメラのたぐいがないところだからな。個室に飛び込むと同時に、俺はジャンプフィールド発生装置のスイッチを入れた。虹色の光が発生する中、俺はナデシコのブリッジを思い浮かべる。
 
 
 
 ブリッジ前部、パイロットの待機席や作戦会議用のパネルがある部分に俺はジャンプアウトした。見上げればそこにはユリカにハルナ、ラピスにハーリー君、ミナトさんやメグミちゃんもこちらを注目している。
 「アキト!」
 「お兄ちゃん!」
 「アキト!」
 「アキトさん!」
 「アキト君」
 「アキトさん!」
 皆が一斉に俺に声を掛ける。締めを取ったのはイネスさんだった。
 「アキト君、行くんでしょ。みんなも待ってるわよ」
 「出れるのか?」
 「残念ながらガイア1の接合が未完成だけど、今回の敵ならあれ抜きでも十分いけるでしょ」
 もちろんだ。というか、よほどの大物を相手にするのでなければアレはいらない。もっともこう敵が多いときは、グラビティブラストを打てるガイア1とラグナランチャーの組み合わせはありがたいんだがな。
 「とりあえずエステバリスと同じような運用ならもう問題ないよ」
 ラピスもそう補足してくれる。ならば問題はない。
 俺は格納庫へと向かった。
 
 
 
 
 
 
 
>RYOKO
 
 「よっしゃ、いくぜえっ!」
 嘘みたいな話だけど、ナデシコは本当に1時間もかからずに地球に着いちまった。最初はどういう無茶をするんだと思ったけど、何とかなった以上、やることは一つ!
 オレたちはついに実戦デビューとなる、このカスタムエステで出撃した。
 オレとヤマダがフロントへ、ヒカル、イズミ、イツキがバックスに付く。
 アリサのやつがいないのがちょいと残念だった。とりあえず気合いを入れるために、オレは力を込めて叫んだ。
 「行くぞ、フォーメーションはサンダーステップ! ヤマダ、おまえがトップだ!」
 「オレはガイだ!」
 これもまたいつものやりとり。そういいつつやつが前へ出るのにあわせて、オレもやつの左後方に付く。そのオレの右後方にヒカル、さらにその左後方にイズミ、そしてその右後方にイツキ。上から見ると稲妻みたいに見えるのが名前の由来だ。
 さて、それはさておきまずは小手調べだ。右手の小型ライフルを目の前の敵にたたき込む。うん、強化前と同じくらいの確率で敵が落ちる。なりは小さくても威力は5割り増しってところか。でもまだまだ。こいつの力はこんなもんじゃない。
 そしてまず一発目を決めたのはヤマダだった。

 「ゲキガン、カッターッッ!!」

 外部スピーカーONにしての叫び一閃、アニメによくありそうなポーズとともに、ヤマダ機の胴体から、二つの光るブーメランみたいなものが飛び出した。オレンジ色っぽい光を引いたそれが無人兵器のに触れるやいなや、奴らは片っ端から爆発していった。まさに鎧袖一触だ。ただの一撃で、数十機はなぎ倒したぞ、あいつ。
 「よし、このまま一気に突っ込む! まわりよろしく。ゲキガンフレアーっ!」
 そのままやつはフィールドアタックで敵陣に突っ込んでいった。無人兵器の群れに亀裂が走る。
 いまだ!
 俺の目にも戦況が見えた。ライフルを収納し、背中に背負っていたオプション兵装……あの日本刀を腰に付け替える。

 「やるぜ……『赤雷!』

 オレはそう『命名』した刀を抜き放った。





>KAZUSHI

 はっきり言って、開いた口がふさがらなかった。
 オレはアキト達と一緒に「Moon Night」の副隊長としてあの激戦を切り抜けてきているから、エステバリスライダーの腕を見る目はあるつもりだ。
 だが、今ナデシコから飛び出してきた連中と来たら……ありゃ反則だぞ。
 機体も反則なら腕も反則だ。明らかにそこらの機体と違いすぎる。
 だいたい先頭のエステ、ありゃ明らかにDFSでアキトがやる技使ってたぞ? この距離でも見間違えのない、独特のオレンジがかった光り方、あれは間違いなくアキトがDFSの刃をとばしたときのアレそっくりだった。そして豆粒みたいらに見えるエステが突き進むと同時に起こる無数の爆発光……あの感じからすると一薙ぎで30や40は逝ってるな。
 とにもかくにも、わずか5機……1分隊未満のエステ達が、無人兵器達の一角を蹂躙していた。
 そしてその背後に控えるナデシコ。それがまたとんでもないことをおっ始めていた。







>YURIKA

 「うーん、いい感じだけど、ちょっとまずいなあ」
 あたしは戦局を俯瞰しながら、そうつぶやいていた。
 「どういうこと? みんな優勢みたいだけど」
 ミナトさんがこちらを見ながら質問してくる。あたしは前方に浮いた戦局ウィンドウを見ながらそれに答えた。
 「注目度が足りない、っていうのかな。ていうか、敵が多すぎて、このままだとこっちを無視して町に突っ込んで行っちゃう敵が出そうなの」
 「それはまずいですね」
 打てば響くように返してくるメグミさん。それに乗ってイネスさんも、
 「今回の戦術目的は、敵を一機たりとも通さないことですものね」
 確認するような言葉に、あたしはうなずいた。
 「ねえハルナちゃん」
 そしてあたしは謎多き妹に声を掛ける。
 「なにかさ、こう、思いっきり目立つことないかな」
 「目立つこと?」
 「うん。あのね、今回の戦い、いかに目立つかが勝負を決めるの。無人兵器さん達は、脅威度の高いものを優先的にねらうから、派手に暴れれば暴れるほど、敵が寄ってくるの。そうやって、敵を出来るだけ引きつけないと、街に回って対人攻撃を始めるやつが出かねないから」
 「うーん、そうすると……」
 彼女は少し考えると、にぱっという感じで笑った。
 「ラピス、ハーリー君」
 そして両隣の二人に声を掛ける。
 「ちょっと派手なフィールドコントロールやるよ。後ミナトさん」
 「何?」
 「回頭右60度。私が合図したら、高度そのままで左60度まで首振ってくれる?」
 「2時から10時ね。判ったわ」
 何をやるんだろう、って思ってみていたら、それは文字通りとんでもないことだった。
 「あ、そうそう」
 回頭している間に、彼女はコミュニケをアキトのところに繋いでいた。
 「お兄ちゃん」
 「なんだ?」
 格納庫まわりで忙しそうな人達の中にいるアキトが映る。
 「今からだいたい3分くらい、ナデシコが派手に動く。それが終わるのに合わせて出てくれる? 派手な分、ナデシコ、しばらく思い切った攻撃できないから」
 「判った。ちょうどその頃には出られるはずだ。合図よろしく」
 「了解。さて、準備いいかな?」
 通信の終了は、ちょうど回頭が終わったところだった。
 「二人とも、特Iのサブを開けて。メインはちょうどいいからあたしがやる。いくよ……コンデンサー逆転、ナデシコ、バーストモード移行」
 声とともに、蓄積されていたエネルギーがフィールドに回る。さらに強くなるフィールドの輝き。
 「プチショットガンからモードIに行くよ、二人とも!」
 「ね、ハルナ」
 そこにツッコむラピスちゃん。
 「この特Iって、もしかして……」
 「もしかしなくてもそのものずばり! プチショットガン!」
 短めのショットガンで、みんなのエステバリスをかいくぐって取り付いていた敵を一掃、そして。
 
 
 
 「伸びろ、ナデシコソード!!」
 
 
 
 
 
 
 
>KAZUSHI
 
 「なんだありゃ! おいジュン、ナデシコにはあんな武器までついてんのか!」
 「そんな訳ありませんよ! 有ったら火星であんなに苦労しませんでした!」
 まあ、だろうな。いくら何でもありゃむちゃくちゃだ。
 ナデシコ両舷のブレード。そこからオレンジ色に光る棒状のものがギュンとばかりに伸びた。突き進むそれにぶち当たったバッタたちが跳ね飛ばされ、破壊されている。よく見える訳じゃないが、明らかにグラビティブラストで破壊されるのとは違う。俺の知る限り、アレはフィールドアタックで破壊されるときの動きにそっくりだった。車に跳ね飛ばされたようになりながら破壊される敵の様子は、さんざん見ている。この距離でも見間違えたりしない。
 その棒状のものは、ナデシコの全長の10倍近くまで伸びた。ざっと3キロはある。
 そして、それが伸びきるのに合わせて、ゆっくりと回頭するナデシコ。横薙ぎに振るわれた二筋の光の棒は、軌道上にいた無人兵器を文字通り薙ぎ倒していった。
 そして約3分後。ナデシコの前方、約120度の扇形の範囲内にいた敵は、ほとんど壊滅していた。
 アレで上下幅があったら、被害はもっと大きかっただろう。
 「恐ろしい船だぜ。ネルガルはあんなもん作ってたのかよ」
 「違うと思いますけど……」
 ジュンが呆れたように言った。
 
 
 
 だが、真の『化け物』は、この後に現れたのだった。オレもまだまだ甘いな。真打ちを忘れているとは。
 
 
 
 
 
 
 
>LAPIS
 
 「うっわー、マジでイ○オンソード」
 思わずそういっちゃったわ。特I、ね……。
 上を見ると、さすがのユリカも唖然としてる。
 「こんなことも出来るのね……」
 一方ハルナは余裕綽々。
 「ま、さすがにこれでネタ切れだけど……まあ、エネルギー容量とフィールドの制御能力があれば、このくらいは出来るって言うこと。ドリルとショットガンとソード、あと新グラビティブラストに最後の切り札が一つ……これはまだちょっと内緒ね。たぶん後でお兄ちゃんが説明してくれると思う。これが新生ナデシコの戦闘能力だよ。さて、後は……お兄ちゃん、よろしく!」
 ハルナの声に合わせて、アキトが答えた。
 「ああ、任せろ。出撃する!」
 
 
 
 そして、ついに最強の翼は、あたし達の手から飛び立った。







>AKITO

 オレは再びこの操縦席に座っていた。ブラックサレナのそれとよく似たそれに。
 だが実態は大違いだった。
 俺が座席に体を固定し、両の手をコントロールボールに乗せると同時に、何もしていないのに勝手にあちこちのスイッチが入る。
 『機体制御補助、武装システム、オールグリーン』
 無機質な少女のものらしい声が室内に響き渡る。
 『索敵・照準システム、オールグリーン、外部オプションに一部不備あり。例外設定により無視』
 続いて響く、やはり無機質な少年っぽい声。
 そしてその声に、一転して情感が宿る。
 『こちらディア、異常なし。いつでも出れるよ!』
 『こちらブロス、通常戦闘行為に関しては問題なし。周囲に敵影なし、発進に問題はありません!』
 どことなくラピスに似た口調の少女と、ハーリー君に似た少年の姿が、正面モニタの右隅と左隅に映る。
 「よしアキト、カタパルト、行くぞ!」
 ウリバタケさんが最後の合図を俺に送る。そしてオレは自分に言い聞かせるように言う。
 「行くぞ……ブローディア、発進!」
 
 
 
 
 
 
 
>SHUN
 
 さっきから目はまん丸、顎は落ちっぱなしな将官や代表達(木連代表もだ)。その元凶たるナデシコから、とどめの一撃が繰り出された。発進するまでの様子が、わざわざナデシコからの中継で送られてきていたその機体。色は紛れもない漆黒。それは特に俺とグラシス中将に、強い印象を与えていた。
 「漆黒の機動兵器……彼か!」
 思わず叫ぶ中将。俺は小さくうなずくにとどめたが、ガトル大将以下、主立った人が一斉に中将に注目した。
 「しかし彼は先ほどここを出たばかりだ」
 「ナデシコで機動兵器に搭乗するなど不可能では?」
 俺はちらりとアカツキの方を見る……やはり苦笑いを浮かべているか。エリナ嬢はなにやらずいぶん不服そうだ。意外なところが木連組。東代表は平然としているが、そのまわりはきわめて不思議そうな顔をしている。
 「まあ皆さん。アレには私も多少は聞き及んだ、ネルガルの企業秘密が関わっているのですよ。戦時とはいえ、企業の存続の根本にも関わる問題です。今はそれを問題にしている場合じゃありません」
 そう、問題じゃなかった。
 彼が飛び立ったと同時に、戦場に劇的な変化が訪れたからだ。







>AKITO

 俺の新しい翼、ブローディア。守護を意味する花より名付けられた機体は、俺の要求するいかなる無謀な動きにも追随する性能を秘めている。その姿は、黒き魔神。エステより一回り大きな、人型に近いシルエットだ。何となくだが、『ブラックサレナが鎧を脱いだ姿』を思わせる。本来の完成型では文字通り鎧に当たる外部ユニット、『ガイア1』が装着されるはずだったが、この接合部のプログラムに不備があり、今回は装着されていない。
 ちなみに装着時はまさにこの機体が鎧を着たような姿になる。背中には特殊兵装『フェザーツール』を装備、またその付け根部にバックパックとラグナランチャーを背負っているため、見た目は完全に武装した黒い天使だ。
 なしにろフェザーツール、見た目は完全に『天使の翼』だからな。羽状のディストーションメタルを200枚近く収納しているため、必然的にそういう外見になるのだ。
 このフェザーツールはディストーションフィールドに反応、ちょうど磁界の中の磁石のような特性を持つ。フィールドの歪みを自己内に吸収、再放出するという特性を生かして、時には剣、時には盾、時には鎧、時には翼となる。いずれ説明する機会もあるだろう。
 だが今回は空飛ぶ軽歩兵でしかない。武装はDFS二本のみ。ただし、いつもの自在制御に加え、いくつかのオートプログラムが付与されている。ただでさえ超高機動のためIFSの作業領域を食いつぶすこの機体では、いくら自在に秘剣・奥義級のフィールド制御が出来ても逆にこういう、無数の雑魚に囲まれるという局面には向かない。ある意味ブラックサレナと対照的なコンセプトの機体でもあるからだ。
 だが、もちろんそのための対策は為されている。
 「ディア、左DFS、ラピッドショットモード。ブロス、ロックオンをマルチプルマックスへ。後は任せる!」
 『『ラジャ!』』
 今までのエステバリスからすれば考えられないような超高速で敵の中を飛び回りながら、俺は左手を体からやや離して固定する。右手はDFSを普通の長剣にして進路状の敵をなぎ払っていく。そして左側面の敵は、DFSから次々と打ち出される光弾によって次々と撃ち落とされていった。命中率は7割前後だが、それでも並のパイロットでは及びもつかない射撃管制である。
 俺はわずか1分足らずのうちに、少なくとも200機以上のバッタたちをたたき落としていた。
 その頃から、バッタたちの動きが変わり始めたのを実感した。ばらばらに動いていたバッタたちが、明らかに特定の敵に対して集中し始めたのだ。俺に4割、ナデシコに3割、みんなのカスタム機に3割……
 派手に暴れた甲斐があった。オレたちは無人兵器のターゲッティングを、自分たちに集中させることに成功したのだ。
 こうなればしめたものだ。事故機や制御不能機以外の敵が市街地に行く恐れはほとんどない。その程度の漏れはほかの仲間が落としてくれる。チューリップも壊し頃だろう。これ以上敵の補給が来るのは鬱陶しいだけだ。
 「さて、もう一丁行くか。DFS、BSZモード」
 俺はDFSの刃を消すと、二本のそれを結合する。一本の長い柄になったDFSが、再びその刃を出現させる。
 ただしその幅は今までの5倍以上、長さに至っては300メートル近い。ナデシコの全長に匹敵する。
 「ええと、このモードの前口上は……」
 俺はラピスと約束した前口上を必死に思い出す。これは短かったような……思い出した。

 「斬艦刀、疾風迅雷!」
 
 超巨大剣の一薙ぎで、百機近くの敵が一瞬にして消滅した。でもまだ敵は山ほどいる。いったい何機出てきているんだ? 確実に万を超えているぞ?
 俺は今初めて、木連の兵器製造能力に疑問を持った。いくらプラントがあるといっても、ちょっと無尽蔵すぎないか?
 だが現実はこの通りだ。オレは愚痴を言う暇もなく戦いに忙殺された。
 
 
 
 
 
 
 
 そして、20分後。
 
 
 敵は一機残らず撃滅。超巨大チューリップも、元の割れ目に墜落していった。
 民間被害、0
 その日の午後は、全世界のメディアが注目する中、ピースランド郊外に着陸したナデシコを取り囲んでのお祭り騒ぎになった。
珍しく儀仗兵以外の仕事をしたピースランド軍がいなかったら、ナデシコは民間人の感謝に溺れて沈んだに違いない。
 そしてそれが、オレたちの知る過去との完全なる決別の始まりだった。



その12