再び・時の流れに
 〜〜〜私が私であるために〜〜〜

サイド・ストーリー。

 ムネタケ育成日記。



 

 

 何とかあの忌々しい戦艦を脱走してきたものの、結局あたしは、二週間の謹慎になってしまった。
 まあ、このぐらいは仕方のないことだと、自分でも分かっていたわ。
 あたしは制服も脱がずにベッドに寝ころんで、手の中のものをもてあそんでいたの。
 ……ナデシコシリーズの設計データ。完全なものではないけど、ディストーションフィールドの発生システムや、エステバリスの基礎データなどが収められているもの。
 不完全だけど相転移エンジンの設計図すら入っていたわ。このデータがあればネルガルにリードされている軍の兵器廠のレベルがぐんと上がることは間違いない。
 けど……何故かアタシは、このデータをその場で上層部に提出することはしなかった。
 (上司が認める手柄なんて、上司が吹っ飛んだらおしまいよ……)
 あの小娘の台詞が、妙に頭に貼りついて取れなかったせいかしら。
 いくらアタシがみんなから無能とか言われていたって、この情報の価値が分からないほど馬鹿じゃないわ。
 これは決定的な切り札になる。うまく使えば、今までの失態を全部取り戻せるくらいの。
 それだけにチャンスは一度きり。データの存在がばれたら、アタシの優位なんか簡単に吹き飛んじゃうもの。
 よく考えるのよ、ムネタケサダアキ……。



 あら、そのまんま寝ちゃったみたいね。
 取りあえず目を覚ましましょう。シャワーを浴びて……。



 ふう、さっぱりしたわ。
 バスローブでくつろいでいるアタシの目に、例のディスクが目に入ったわ。
 ……もう一度見てみましょうかしら。
 端末を立ち上げ、ディスクを……あら? メール? 何かしら。
 謹慎中の軍人宛に、指令が来るわけもなし……って、小娘じゃないの。何よ一体!
 ……取りあえず何書いてきたのかしら。軍人宛のメールは、検閲されるのが当然なのよ。スパイ防止のために。変なこと書いていないでしょうね。
 まあこうして届いているんだから、平気なんでしょうけど。



 やっほ〜、お元気してる、ムネタケさん!
 みんなが何言っても、アタシはあなたのこと『おきに』だからね。
 でもきっと、寂しい思いをしてると思うし、誰も相手にしてくれないんじゃない?
 そこでこのハルナちゃんが、サダアキちゃんの寂しい夜を癒す、お慰めメールをプレゼントしちゃいます。



 ……あの娘の裸を思い出しちゃったわ。若いくせに結構スタイルよくって……って、何考えてんのよ、アタシは!
 とにかく続きは?



 では行きます、ムネタケちゃんのお悩み解決、当たるも八卦当たらぬも八卦、ハルナちゃんの占いコーナーでーす!



 ……そんなもんよね、小娘のやることなんて。



 まずは全体運。ムネタケちゃんの運命は……急いては事をし損じる、でした。
 何かしようとするなら、あわてない方がいいわよ。



 ……謹慎中よ、アタシは。



 続いて家庭運。ムネタケちゃんみたいな軍人の人には、職場運という意味もあるからね。軍隊って、家族みたいなものだし。



 どこが家族よ。



 で、結果は……恩を仇で返す。こりゃよくないね〜。身内は頼らない方がいいよ!



 あら、じゃやっぱりこれを上層部に提出はしない方がいいって事かしら……って、何影響されてんのよ!

 ……でもなんか読みたくなっちゃうわね。ああっ、そうよ、アタシはこう言うのを読み始めると続きが気になっちゃうのよ!
 で、次は?



 続いて仕事運。こちらは……カエサルのものはカエサルに、神のものは神に返しなさい。なんだろね、これ。意味分かんないけど、タケちゃんなら分かるよね。



 ……ことわざかと思ったら、なんでイエス=キリストが出てくるの。結構有名な箴言でしょ。でも……ん?
 このデータを一番ほしがるのって、実はネルガルじゃない?
 冷静に考えなさい、ムネタケ。
 このデータが何らかの形で公開された時、一番損をするのはネルガルよね。だとすれば、このデータを使って利益を引き出せる相手は……ネルガルじゃないの。
 しかもネルガル相手に脅しを掛けるとすれば、データの受け渡し上の危険が全くないわ。ほかのところの場合は、データを渡したが最後、約束を反故にされるおそれがある。上司然り、他の企業然り。だからといってデータを見せずに取引が成立することもない……身代金のジレンマよね。
 けどネルガル相手なら。
 データの秘匿を条件に交渉すれば、こちらが優位に立てるわ。相手も持っているデータなんだから、見せても問題はないし。
 受け渡しの危険もない。
 要求にもよるけど、無茶を言わなければリスクは小さいわ。
 それにこんなデータ、時間が経てば陳腐化するのは分かり切ったこと。けど今公開されたら致命的。
 つまり相手にとっても、時間を金で買う感覚になるわ。普通の脅迫と違って、無限に脅されるおそれはないんだし。
 これなら十分に交渉の成立する余地はあるわ。
 ……ふふん、小娘の戯言からこれだけのことを思いつけるなんて、アタシもまだまだ捨てたもんじゃないわね。



 続いて愛情運で〜す。覆水を盆に返す……あれ、これって『覆水盆に返らず』だよね。変だな〜。誰、こんなの占いソフトに入れたのは。



 どういう占いソフトよ。でも、あえて覆水を盆に返すって言い方をするとしたら、意味は起こってしまったことを元に戻すって意味よね。愛情運なら、復縁とか仲直りって意味じゃないかしら。
 ……!!
 そうよ、ネルガルは今、連合軍にナデシコ問題で真っ向から対立しているはずよ。ネルガルほどの企業にとっては、連合軍はなんだかんだ言ってもお得意さまのはず。この分のシェアを、たとえばオセアニアのクリムゾングループあたりに持って行かれたら、かなりの打撃になるはず。上層部にとっては責任問題になるわ。
 それによくよく考えて見れば、あのナデシコの性能は今の連合軍にとっても貴重よ。そしてネルガルには、それを作れる技術がある……何もナデシコ一隻で終わらせるとは思えないわ。あれだけの戦艦、民間企業であるネルガルにとっては立派な『商品』のはず。
 買い手は……連合軍以外には考えられないわ。
 ということは、長い目で見た場合、ネルガルと連合軍は、仲良くした方がいいのよね……
 今の上の方は、ナデシコ討つべしとか言ってるけど、それで得するのは木星蜥蜴じゃないの。
 そうよ! 脅迫することばっかり考えてたけど、儲けさせてやるとしたら?
 データを握ることによる脅迫と、和解による利益を並べるのよ。
 ネルガルに連合軍との行き違いを謝罪させ、取りあえず軍のメンツを立てる。その上でネルガルから、ナデシコに使われていた各種兵器群を買い付けること約束する。
 性能は抜群なんだから、非難されるいわれはないわ。
 嫌だと言ったらデータをばらすと言えば、間違いなく乗ってくるわね。乗ったなら『損して得取れ』だけど、拒否したら『百害あって一理なし』なんだから。
 ……いけないわね、ことわざが移ったかしら。



 で、金運ですけど、損して得取れ。投資を惜しんじゃいけないって事だね。



 フフフ、その結果はすでに見きっていたわよ。ムネタケちゃん、賢い!



 で、最後にギャンブル運。将を射んと欲せば、まず馬を射よ、でした。
 これは説明いらないね。
 と、まあ、こんな調子でした。
 アタシはこの後火星に行っちゃうから、しばらくメール出来ないと思うけど、
 帰ってきたらまた会いたいね〜。
 ハルナちゃんの癒しメール、でした。



 ふん、結構参考になったから、考えてあげるわよ。
 この場合将はネルガルよね。だとすると馬は? 傘下の会社? いえ、違うわね。
 よくよく考えると、今のあたしではネルガルとの交渉……この話は当然トップクラスとの話し合いになるけど、そこに繋がるコネがないわ。アタシのコネは、あのプロスペクターとかいう変な親爺くらいしかないわけだし。
 だとすると、そのコネを付けられる相手が、馬っていうわけね……。
 誰かいるかしら……って、いい人がいたじゃないの。
 ミスマル提督。極東方面軍では、かなりの実力者よ。この間の騒動でコネも出来たし。
 あの人なら、当然ネルガルのトップにコネがあるはずよ。
 これで方針は決まったわ。
 謹慎明けと共に、ミスマル提督を通して、ネルガルとの和解工作に従事する。
 うまくいけば、軍内部じゃない、ネルガルとの間にもコネが出来るわ。
 これって結構大きいかもね。このコネは軍で異動しても消えることはないわ。
 小娘のいう通りかもしれないけど。
 ま、見ていなさい! このムネタケの華麗なる逆襲を!



 「どうなさいました、会長」

 「いや、あのボケナス提督……思ったより切れるかもしれないな」

 「どういう事ですの?」

 「ナデシコから不正入手したデータを武器に、僕を脅迫してきたよ」

 「なんですって! 操り人形にはちょうどよいと思っていた、アレがですか? なんたる身の程知らずな」

 「まあまあそういきり立たないで。単なる脅迫なら無視するだけだが、僕は受けるつもりだよ」

 「なんですって! ネルガルの会長ともあろうものが、脅迫に屈するというのですか?」

 「言っただろう、単なる脅迫ではないって。それに僕は感心しているんだよ。この状況の中で、ネルガルに和解を提案してくる人物が、今の連合軍にいるとは予想もしていなかったしね。いるとしたら西欧方面軍のグラシス中将か、アフリカのガトル大将だと踏んでいたんだけどね」

 「和解……? 脅迫じゃなくて」

 「そうだよ。見事なもんだ。正確に言えば、和解か脅迫かの二択だね。和解しないなら、ナデシコのデータを軍の兵器開発部やライバルグループに流すと言っている。クリムゾンあたりなら裁判に持ち込んで時間稼ぎも出来るけど、軍に特許権は通じないからね。戦時特例で押し切られたらこっちの負けだ。対して和解してくれるなら、力の及ぶ限りうちの製品を買ってくれるって言っている。ナデシコのおかげで忌々しくとも御社の製品の優秀さは身にしみているってさ。傑作な言い回しだと思わないかい?」

 「……見事にこちらの逃げ場を封じ込めていますね。受ければこっちは頭をちょっと下げるだけで莫大な市場が手にはいる。拒否すれば機密漏洩で丸損……最初っから答えは決まっているじゃないですか」

 「ま、状況的に見て、そろそろ連合軍とは和解しようと思っていた時期だしね。この話、受けようじゃないか」

 「ですけど、これ、本当にあの提督の発想ですか?」

 「僕も裏に誰か軍師がついた、とは思っている。でもその正体が分からない以上、今の彼を敵に回すのは得策じゃない。ま、様子見だな」



 火星にてナデシコ、消息を絶つ。

 ネルガルと連合軍、ムネタケ提督の交渉によって和解。この功績によって、ムネタケ提督昇進。

 西欧及びアフリカの激戦区にエステバリス配備開始。ほんの僅かだが、戦況が好転する。
 ナデシコ二番艦「コスモス」、連合軍と共闘。絶大な戦果を上げる。

 そして……第四次月面攻略戦 開始……



  PS ムネタケさんのラッキーアイテムは「ナデシコ」だそうです。
    また戻ってきてください。



 ふん、なんでアタシが。
 ……でも、アンタくらいなのよね。アタシを歓迎してくれるのは。



 つづく。







 あとがき。

 はっはっは、ラピスとハーリー君を期待した方、ごめんなさい。
 ハルナちゃんのムネタケ育成日記でした。
 この後提督としてナデシコに戻ってくるキノコですが……びっくりしますよ〜!
 ナデシコSS初と言ってもいい、「かっこいいムネタケ!」
 それどころか、「クルーに見直されるムネタケ!」
 ……脚本・演出、テンカワハルナですけど。
 腕の見せ所、って所でしょうか。

 

 

 

代理人の感想

 

むう、お見事です。

 

って、ゴールドアームさんが相手だと別の意味で感想が書きづらいな(苦笑)。

とはいえムネタケ復活とネルガル=軍の和解を絡め、

その上で説得力を与えるこの技量にはやはり感嘆せざるをえないわけで。

 

しかし「タケちゃん」ですか。

あのムネタケが。

 

♪強きを助け、弱きをくじく・・・・・

 

一瞬電波が飛んできましたが・・・・・なんか妙に似合ってるかも(汗)。

 

 

 

 

 

管理人の感想

 

ゴールドアームさんからの投稿です!!

なるほど、ネルガルと軍の和解の影にムネタケあり・・・

信じられない話だな(汗)

まあ、今回は手助けしてくれる娘もいたしね〜

・・・ムネタケにはもったいないぞ、本気で(苦笑)

 

でも、身内って・・・あの参謀のお父さんは出来た人だと思ったけどな〜

そこらへん、どうなんでしょ?

 

 

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