再び・時の流れに

 外伝/漆黒の戦神



 第一章 『戦神起動』



 ここは地獄の最前線。
 今日も明日も人が死ぬ。
 明日のおいらはどこにいる。
 臭くて固いが暖かい
 三段ベッドの真ん中か
 敵も味方もありゃしない
 天国の門のその前か



 そんな戯れ歌が、もうすっかり耳についている。
 知った顔も減っていく一方だ。
 顔を覚える間すらない奴もいる。
 下手をすれば名前まで分からなかったりする。
 だがそんな地獄の一丁目にも、たまには景気のいい話が舞い込んでくることもあった。



 俺はオオサキ シュン。
 この地獄の一丁目の道案内人……要するに前線部隊長だ。



 「オオサキ隊長、話がある」

 普段は何もしない部隊司令が、珍しく俺のことを呼びだした。

 「は、なんでしようか」

 気にくわない……どころか顔を見るたび張り倒したくなる奴だったが、一応は俺の上官だ。私情を殺して礼をする。

 「かねてよりの補充の件だが……少々特殊な形でだが、こちらに回してもらった」

 「本当ですか」

 特殊な形、というところが気になったが、今の状況では猫の手の一本でも欲しいところだ。
 俺はこいつを張り倒す時に、2、3発おまけしてやることにした。

 「優秀なパイロット1名と整備士1名。後にネルガルから専属の整備士がもう1名追加される予定だ。同時に最新型のエステバリスが一機配備される」

 「は?」

 本当に猫の手一本じゃないか。しかもパイロット1名に整備士が2名、しかも一人は専属だと?
 なんだそりゃ。ずいぶん贅沢な奴だな。

 「ずいぶん中途半端ですね」

 「軍人じゃないからな」

 「はあ?」

 開いた口がふさがらなかった。じゃ、なんなんですか、一体。

 「名目上はネルガル重工派遣のテストパイロット。新兵器を搭載した次期主力型エステバリスの実戦試験要員となっている。だから建前上は民間の協力者であり、我々にも命令権はない」

 そういうのは普通補充要員とはいいませんよ。

 「ただね、彼を紹介してくれた極東のある提督はこういっていたよ。扱いは難しいが、使いこなせれば一軍に匹敵する援軍になるだろうってね。まあその辺に関して、極東方面で何か一悶着あったらしい。強制的な命令権はないが、原則としてこちらの指示には従ってくれるとのことだ」

 ……ふうむ、だんだん話の筋が俺にも見えてきたな。

 「話によると彼も君と同じ東洋系の人間らしい。そこで同じ東洋系同士ということで、彼の身柄は君の部隊で預かってくれたまえ」

 やっぱりそう来たか。まあ、ネルガルの新型エステを、実戦でテストしようっていうんだ。そこそこに腕は立つんだろう。だがこの話の感じからすると、そうとう扱いづらい男らしいな。で、やっかいごとは俺にってコトか。いつもと同じじゃねえか。
 さっきの割引は無しだな。
 内心そう思いつつ、俺は敬礼した。

 「かしこまりました。ネルガルのテストパイロット及び整備士一名、我が部隊にて引き受けます。……で、名前は?」

 「おっと、そうそう……えーと、東洋系の名前は言いにくいな……テンカワ。テンカワ アキトとテンカワ ハルナ。ブラザーみたいだな」

 「了解……ちょっと待ってください? アキトはいいとして、ハルナ、ですか?」

 そりゃ普通女の名前だぞ。

 「何か不審な点でも?」

 「ハルナって言うのは、東洋じゃ女の名前なんですが。リンダとかアンナみたいな。ずいぶん変わった野郎ですね」

 「何を言っとる。それなら合っとるじゃないか。びっくりさせんでくれたまえ」

 俺は返事をするかわりに奴の手から資料をふんだくった。
 整備士の方を見る。

 テンカワ ハルナ 女 18歳。

 ……女で、おまけに未成年だとおっ!!!

 しかも美人だ。さらにこの健康診断書によると身長163センチ、体重51キロ、スリーサイズが90−58−92だと!
 若くて。
 美人で。
 しかも、伝説のモンロー級ダイナマイトばでぃの女が、このまるで女っ気のない最前線に来るっていうのか!
 はっきりいって、彼女の純潔が一日持つかどうか保証は出来ないぞ。ただでさえ最前線の男はいろいろな意味でいきり立っているからな。下手をすりゃ反乱が起きるぞ、これは。

 ……俺にそれを押さえろっていうのかよ。

 はあ、カズシと相談してどうにかするしかねぇな。
 俺はたったの十分で、心底疲れ果てて司令室を後にした。
 だが、これは俺の不覚だった。
 このとき、パイロットのほうの資料にも目を通しておけば、ああまで驚かずにはすんだのかもしれん。
 漆黒の戦鬼……後には漆黒の戦神とまで呼ばれることになる、あの少年と言ってもいい青年を相手に。
 ある意味、俺はかなり馬鹿な真似をしたもんだ……







 噂の新人達は、その翌日この基地にやってきた。
 新入りの整備士が、美人でグラマーで若い女だっていう話は、あっという間に基地内に広まっていた。こういう情報は押さえること自体が無理ってもんだ。
 おかげで基地内の馬鹿野郎共は大きく2派に別れてしまっていた。
 口説いてモノにしようとする奴等と、力ずくでモノにしようとする奴等だ。

 ……こうなるとは思っていたんだが。ま、俺とカズシでいつまでかばえるかだな。

 ちなみにカズシっていうのは俺の相棒というか腹心だ。この部隊では俺の副官を務めている。ずっと一緒に戦って来た仲だけあって、ほとんどあうんの呼吸で意志の疎通が出来る。
 やがてエステをはじめとする大荷物を山ほど積んだ大型トレーラーが、ロクに補修されていない道路をますます傷めながら進んできた。この基地の周辺は航空機やヘリでは侵入出来ない。すぐにバッタが飛んでくるからだ。おかげでただでさえ不足気味の補給がますます滞る。
 しかしトレーラーからしてネルガルの最新型とは、恐れ入ったね、こりゃ。
 問題の男と美人の妹は、運転席に座っているようだったが、高さの関係でここからはよく見えなかった。
 基地の奥の方から『おおっ』という歓声が上がっているところを見ると、双眼鏡かなんかで覗いてやがったな?
 しかし声が上がるっていうことは、こりゃ本物だな。
 俺は覚悟を決めて二人を出迎えることにした。



 トレーラーが基地内の格納庫に到着した時、その周辺は手の空いている男共で埋め尽くされていた。

 ……ますます頭痛いぞ。よく見ると確か暇じゃなかった奴まで混じっている。そいつと同部隊のいじめて君が何故かいなかったりするが。

 最初に運転手と作業員が降りてきて、手際よく荷物の固定を外していく。
 そうしているうちにカバーが解かれ、積んであったエステが見えた。

 ……漆黒とはまた渋いな。それともテスト用のカラーリングか?

 そして少し遅れて、問題の二人が姿を現した。
 男のほうはネルガルのマークの入った黄色いジャケットと、標準型の黒いスラックスを身に着けていた。東洋人だということを差し引いても、かなり若く見える。軍隊特有の悪習に染まっている奴数人の唇から、口笛が漏れていた。
 おいおい、そっちの心配もか?
 だがそんなモノは、もう一人が降りてくると同時に吹っ飛んでしまった。
 白いキャンパス地のだぶだぶズボンは、全世界の整備士愛好の一品だ。その上からやはりゆったりとしたキャンパス地のジャケットを羽織っている。薄い色の髪はどことなく青みがかっており、空の色を思い出させる。色も白く、猫のような金色がかった瞳が神秘的だ。
 ゆったりとしたデザインであったが、それでもはち切れんばかりのバストがジャケットの下のTシャツを押し上げ、ゆるゆるズボンもヒップのあたりだけは皺がない。これでもっとボディラインにフィットした服を着たらさらに倍の男が堕ちるだろう。
 これで口にスナックバーをくわえていなければ文句なしの美人なんだが、ぶっといスティックキャンディーみたいなそれを頬張っているせいでエラく子供っぽく見える。
 もっとも妄想逞しい馬鹿共にはそれが別のモノに見えたらしく、ひどく興奮している。まあ色合いといい形といい、そう見えないこともないが。違うのは想像しているモノはキャンディーほどカタくないってコトだ。

 ……いかんいかん、変な妄想がうつるところだった。俺までそんな目であの娘を見ちゃいかん。ほら、そんなことを考えているうちに彼女がトレーラーを降りちまった。

 さて、挨拶に行かんとな……さすがに兄妹。イメージは全然違うが、二人並ぶと顔立ちがそっくりだ。

 「初めまして、テンカワアキト君。私が部隊長のオオサキ シュンだ。一応君の身柄を預かる責任者になる。よろしくな。後こちらは副官のタカバ カズシ。私が忙しい時は、彼が世話をすることになる」

 「よろしく。俺はテンカワ アキト。名目こそテストパイロットだが、まあ実態は傭兵のようなものだ。一応あんたの指示下に入ることになるようだな。だから先に言っておく。仕事はする。契約だからな。ただし、俺に命令するな。指示には従うが、それを決して押しつけるな」

 俺ははっきりいってムカついたが、そこは何とか押さえ込んだ。元々そういう話だ。だがカズシの奴はどこまで抑えが効くかな。意外と温厚な奴なんだが、俺が侮辱されたり貶められるのだけは自分のことより我慢ができん奴だからな……

 「ちょっとお兄ちゃん、そういう言い方はいくら何でも失礼でしょ! あ、ごめんなさい、オオサキ隊長。私、テンカワハルナです。一応こちらのテンカワアキトの妹です。ちょっと複雑なわけが……
 「おい、その辺は別にいいだろ」

 兄貴のほうが妹の自己紹介をぶった切っている。ふむ、なんかありそうだな。けどあの妹、案外口が軽いか?
 おっと、続きが始まった。

 「……ま、ちょっとややこしいんですけど、家庭の事情なんでその辺はパスします。職種は整備士ですけど、オペレーターその他もこなせます。後あたしはこのお兄ちゃんのエステバリスの整備がメインの仕事ですけど、それだけっていう訳じゃありませんから、部隊のみんなのエステもちゃんと整備させていただきます。よろしくっ!」

 その瞬間、物凄い歓声が上がる。さすがにちょっと引いたようだが、改めて今度はカズシの方を向いて『よろしく』と東洋風の挨拶をしている。
 兄貴よりは礼儀正しいようだな、と俺は心のメモ帳に書き加えて、改めて二人の方を向いていった。

 「まあここは最前線の部隊だ。いつ出動がかかるかは分からん。だがそれでも年がら年中出動しっぱなしという訳じゃない。ささやかながら歓迎の用意もしている。荷物の搬出その他が終わったら知らせてくれたまえ」

 「いいだろう」

 兄貴はあくまでも慇懃無礼にそういった。

 「だが歓迎会のほうは断る。特に軍関係のそういう催し物は苦手でな。大概不快な光景を見せつけられて終わるのが相場だ。なら最初からやらない方がいい」

 「貴様あっ! 何様のつもりだ!」

 あ……さすがに切れたか。まあ、仕方あるまい。
 だが手加減しろよ、カズシ。190センチに100キロのお前と、175前後で60キロぐらいしかなさそうなテンカワじゃ、パワーが違いすぎるからな。
 だが次の瞬間、俺は……そして駐屯地の全員が、その場に凍り付いた。
 ボディ1発で、あのタフなカズシが気絶し、しかものしかかってきたその巨躯を、なんと片手で持ち上げやがったんだ。
 そして奴はそのままカズシを投げ捨てると、冷ややかな目を……全身がマジで凍り付きそうな目を、奴は俺に向けた。

 「部下の教育がなってないぞ、隊長」

 それだけ言うと、奴はそのまま平然と荷物の搬出作業を始めた。と、そこに妹が話しかけてくる。

 「隊長さん、早く副官さん、医務室につれてってあげた方がいいですよ」

 ……いかん、そりゃそうだ。

 部下数名がかりでカズシを持ち上げ、何とか医務室へと運び込んだ。



 何者だ、あいつ……それにあの妹、なんかカズシが襲いかかっても平然としていたな……。
 あいつの実力は、それほどのモノなのか?



 ……なんだかんだといっていたが、結局テンカワは歓迎会に出てきた。正確には妹を見守るためっぽかったが。
 何しろ笑わない。芸を見ても乗ってこない。その分妹が馬鹿騒ぎをしているので、座は白けていなかったが。
 俺は多少心配しつつ場の盛り上がりを見ていた。さっきっから口説き派の男達の中でたちの悪い奴等……酔わせて襲っちまうタイプの奴等が彼女を潰そうとひたすら酒を勧めてる。おいおい、未成年に飲ませるんじゃねえ。
 けど彼女は平然とそれを受けている。案外強いな、と半ば酔った頭で見ていたら、カズシが青い顔をしていた。
 ちなみに俺が酒を飲んでいる時は、カズシは一滴もアルコールを口にしない。逆もまた真なりだ。今回は俺は乾杯の音頭を取ったためにカズシはコーヒーしか飲んでいない。

 「おいどうした、飲んでもいないのに青くなるなんて」

 冗談めかして聞いた問いにかえってきたのは、こんな言葉だった。

 「最初から数えているんですけど、彼女、あれでジョッキに57杯目ですよ。あれ……1リットルは入るキングジョッキだっていうのに。しかもビールどころか、さっきはヘンクの野郎の秘蔵のスピリタス、二瓶分丸々一気飲みしやがった」

 「おいちょっと待て!」

 俺はさすがにあわてた。スピリタスっていうのは東欧ポーランド地区で伝統的に作られている、史上最強の酒だ。度数96度。ほとんど純粋アルコールに近いしろもんだぞ!
 そんなもん一気飲みしたら、急性アルコール中毒で死ぬぞ……って、57杯だぁ!
 呆けた頭が必死に計算する。57×1リットル=57リットル……
 俺は思わずカズシと顔を合わせた。

 「どこに消えてるんだ、ジョッキの中身」

 「それは俺も常々感じている。あいつ、一日に約30人前の飯を食うんだ。それでいてちっとも太らないのはまあいいとして、食った直後も全然重くならないんだ。謎だよな……」

 「「うわっ!」」

 いつの間にかアキトが俺たちの隣にいた。びっくりさせないでくれよ、全く。
 でもなんか今とんでもないこと言ってなかったか?

 「て、テンカワ……」

 「見ていて気がついたが、使える兵士は1/4くらいだな。あいつと、あいつと、あいつと……」

 その指摘に俺は心底驚いた。
 なぜならテンカワが指さしたのは、全員俺とカズシの部下だったのだから。

 「後の奴等はダメだ。いずれはくたばるな」

 「ずいぶん辛辣だな」

 するとアキトは寂しそうな色を瞳に浮かべていった。

 「何となく、分かっちゃうんですよね。身近な立ち居振る舞いから、こいつが生き残れるかどうかって……」

 こいつ……見た目は坊ちゃんで態度は横柄だが、修羅場の経験値は半端じゃないな。
 そういう感覚はよほどキツい戦いをしないと身に付かないことだぞ。
 そんなこいつの姿に、何故か今は亡き息子の姿が重なった。



 この後は良く覚えていない。さすがに酔っぱらって寝てしまったからだ。







 >KAZUSHI

 「どうやら寝てしまったみたいだな」

 テンカワは寝息を立てている隊長をみてそういった。

 「あんたに何が出来るかは知らないが」

 一応そう前置きしてから本命のことをいう。
 何となくまだ素直になれなくてな。

 「隊長、久しぶりにリラックスして眠れたみたいだ。その点には感謝するぜ」

 実際隊長には心労が多い。ちょっと気になっていたところだ。

 「……前線で戦う者には苦労が多いからな」

 テンカワにもそれは分かっているようだった。
 そうそう後一つ言っておかなければならないことがあったな。

 「あ、後もう一つ、妹さんのことなんだが……」

 「何だ」

 ごく平然と受けるテンカワ。何というか、さっきの変人っぷりをみていると、何となくばからしい気もするのだが、それでも俺は言った。

 「みての通り、この基地は男所帯だ。まあ、そういう施設が隣町にあることはあるが……まあ、そういうわけだ」

 「何だ? 妹を性欲処理に差し出せとでも?」

 おいおい、ずいぶんと冷静だな。それがジョークじゃなかったらどうする。

 「いや、俺も隊長もそんなことは誓っても言わん。部下も押さえる……が、何せこんな所だ。どこまで抑えが効くか、ちょっと心配なところがある。ひどい話だがな」

 だがテンカワは平静であった。

 「心配するな」

 たった一言、そういった。

 「あれはあれで結構身の処し方ぐらい心得ている。前の職場にも恋人はいたしな。だいたいこの駐屯地に、俺とハルナにかなう奴は居ない」

 俺はノされたから文句を言う筋合いはないが、本当か、それ。

 「ああ、ハルナでも飯さえ食っていれば、ここの全員を叩きのめすくらいはするぞ」

 ほんとかよ、それ……

 「ちなみにタカバ副官、あなたも入っていますけど」

 ……さらっと怖いことを言う奴だな。

 「けどいくら心得があっても、男数人に襲われたらどうにもならんぞ。ハルナ君はか弱い女の子なんだから」

 そのとたん、テンカワの奴、鼻で笑いやがった。

 「その台詞、十日後に言えたらおごっていいですよ」

 「???」

 よく分からなかったが、俺は何となくうなずいていた。



 その日の夜。
 俺はかすかに聞こえる物音に目を覚ました。
 やっぱりバカはバカか。
 隣で寝ている隊長を起こさないように、俺はそっと部屋を出た。
 準備しておいた夜戦用スコープで中庭の方をみる。

 「ご苦労様です」

 いきなり背後から声を掛けられて驚いた。そちらを見ると、思った通りの人物がいた。
 「お前も気づいたのか、テンカワ」

 「下手な侵入だ。あれなら、まあ心配はいりませんね。タカバさんも見学していると面白いと思いますよ」

 「大した自信だな……そうそう、俺のことはカズシでいい。もしくは、副官殿、だな。何せこの部隊で俺のことをタカバと呼ぶのは気にくわない司令だけなんでね。そう言われるとどうにも虫酸が走るんだ」

 オレがそう言うと、テンカワは何となくだが、笑ったようだった。

 「分かりました、カズシさんと呼ばせていただきます。じゃ、俺は用があるので……」

 そう言ってテンカワは歩いていったが、おい、そっちにあるのは厨房だぞ?

 「食堂なんか行ってどうする気だ? 今は誰もいないぞ」

 「夜食を作るんですよ。ハルナの奴、さぞかし腹を減らすことになるでしょうからね、今夜」

 さっぱり訳が分からなかったが、取りあえず俺はハルナ君の部屋のほうに集中した。



 ……俺はあきれていた。一人や二人はいると思ったが、どう見ても20人以上のバカがハルナ君の部屋に侵入しているみたいだぞ?

 ここのベッドはそんなにでかくはない。部屋だって1LDKだ。お前ら20人で何を……?

 その時俺は奇妙なことに気がついた。歓迎会の彼女の飲みっぷりではないが、何故あの狭い部屋に、20人以上の男が入っていって、誰も出てこないのに、騒ぎにならないんだ?
 しかも恐ろしいことに、彼女の部屋に侵入していくバカの数はさらに増え続けた。

 ……お前ら、そんなに飢えていたのか?

 しかも相変わらず誰も出てこない。
 俺はだんだん彼女の部屋が蜘蛛の巣かアリ地獄の巣にでもなっているかのような幻覚が見え始めてきた。

 ……ヤバいな、これは。

 俺が目をこすっていると、どこからともなくいい匂いがしてきた。そちらを向くと、視界に入ってきたのは、パーティー用の大皿に盛られた、とてつもない高さのチャーハンの山だった。

 「火星ほどひどくはないが、ずいぶん質の悪い食材ばかりだな。ここの調理人は、まるで目利きがなってない」

 テンカワがそれを片手で持っている。器用な奴だ。

 「おい、なんだそりゃ。誰が作ったんだ?」

 俺もずいぶんと間抜けな質問をしたもんだ。ま、信じらんなかったからな。

 「俺に決まってるだろう?」

 テンカワも当然のように答える。

 「料理の出来るパイロットとはねぇ……」

 俺はあきれたように言った。だが、テンカワの答えはもっとぶっ飛んでいた。

 「俺はこっちが本職だ。前の所でもそもそもはコックとして雇われたんだし。ま、なりゆきでパイロットもやってたけどね」

 ……お前、一体ネルガルでどこに勤めていたんだ?

 ちなみに後々、俺はこの点をよく考えなかったコトを後悔した。
 考えてみりゃそんな職場、あそこしかねえだろうに。
 そしてテンカワがその特大盛りチャーハンを持ってどこかへ行こうとした時、向こうの方から誰かが歩いてくるのが見えた。

 「……やっぱりこうなったか」

 テンカワはそう呟いてチャーハン片手にそちらへ向かう。その時俺もやっと向こうから来るのがだぶだぶのロングTシャツを着たハルナ君であることに気がついた。
 しかし何か変だ。全身の動きが緩慢で、ひどく疲れているようだ。
 まさか、全員の男とヤリ倒すような淫乱じゃ……にしてはこざっぱりしている。見た目に乱れたところはない。よく分からないでいると、テンカワが俺に言った。

 「そうそう、カズシさんはこれ、覚えておいてください。ハルナは異常に飯を食うんですけど、同時に消費のほうも激しいんです。ちょっと無理をすると、ああいう風に動きがのろくなって、まともに動けなくなります。前の所では『燃料切れ』と呼んでいました。何か病気みたく見えますけど、これは単に腹を減らしているだけですので、何か食べさせればすぐ元気になりますから」

 何だ、そりゃ。
 そう思ったが、とにかく部下……じゃないんだが……の状態を把握しておくのは上官の勤めだ。ちゃんと覚えておかんとな。
 そしてテンカワがチャーハンの大皿を差し出すと、ハルナ君は大口を開けてがっぱがっぱと飯をかっ込み始めた。
 百年の恋も冷めるな、あれをみると。まあ、ああいうのが好みの奴もいるが。
 お、なんだか動きがしゃっきりしてきた。なるほど。ああなるのか。
 一通り落ち着いたところで、俺はハルナ君に聞いた。

 「あー……少々言いづらいことを聞くが、君の所に男が夜這いを掛けに来なかったかい?」

 「来たよ」

 彼女はあっさりとそう言った。

 「けど何よあれ。せめて浮いた台詞の一つくらい言うかと思ってたら、いきなり抑えつけて突っ込もうなんて、猿以下よ。畳んであげたわ」

 な……なかなか過激なお嬢さんだな。押さえ込まれて突っ込まれ掛けて、なおかつ平然としていられるのかい? いい度胸をしている。

 「しかも一人で終わりかと思ったらゴキブリみたいにぞろぞろと。頭に来たからからかった後で畳んじゃったわ。あたしの部屋に積んであるから、後で引き取っておいてね」

 50人からの男を、平然と叩きのめせる戦闘力の持ち主とは……。
 ちなみに俺は『そんなバカなことが』とは思わなかった。
 戦場でそれをやった奴は必ず死ぬ。どんなあり得ない話でも、確認するまではあり得ると思う。それが長生きの秘訣1だ。

 「けどさ、さすがにあんだけ積むと、畳んであっても寝るとこが無くってさ。お兄ちゃん、泊めてくんない?」

 「ソファしかないぞ」

 「十分。あそこよりましよ。あ、そう言うわけで、医者の手配よろしくお願いします。大半はすぐ直ると思うけど、たちの悪いバカは一生直んないかも知れないから」

 俺はあわててハルナ君の部屋へ向かった。



 大惨事、だった。
 ほとんどの男が両手両足の骨を外され、落とされている。文字通り外された手足がきちんと『畳まれて』いた。
 そして奥の部屋には……手足の骨が無くなっている男が10人ほど転がっていた。
 大腿骨、尺骨、何から何まで、バラバラに砕かれている。両手両足粉砕複雑骨折。はっきりいって死んだ方がましな怪我だ。

 ……一体どうやってこう綺麗に骨だけ砕いたんだ?

 もうこいつらは使い物にならない。ある意味、いい気味だ。
 こいつらは直接俺たちが指揮していたわけではないが、素行の悪さが甚だしく、ここまで流されてきた札付きの男だった。
 よく見ると、娑婆に帰れば犯罪者にしかなれない人間の屑みたいな奴等が根こそぎ、この凄惨な仕置きの犠牲者となっていた。
 そして事態を落ち着いてみられるようになった時、俺の口から出てきたのは、何とも実用的な台詞だった。

 「おい、これじゃ戦える奴ら、俺たちの直属の奴らしか残んないぞ?」







 >SHUN

 久々に気持ちのいい朝を迎えた。特に二日酔いもない。
 隣をみるとカズシがいない。さらになにやら奥の方からカタカタという音がする。
 あれは端末を操作している音だ。
 どういう訳か俺もカズシも、あの手のモノがどうも苦手に出来ている。けれども今時端末の一つも操作出来ないようでは仕事にならない。
 覗いてみると、カズシが目を真っ赤にして隊員リストを操作していた。

 「何やってんだ?」

 俺が聞くと、カズシは恨みがましそうな目で俺の方を見た。

 「昨日ハルナ君に夜這いを掛けたバカがとんでもなく出ましてね」

 「その言い方だと彼女の貞操は無事だったみたいだな」

 聞くまでもなく、無事じゃなかったら、こんなところで書類をいじっているわけがない。

 「行きもいったり50人。全員返り討ちに遭いましたよ」

 「テンカワでも待っていたのか?」

 俺が冗談めかして聞くと、カズシは首を振った。

 「ご本人自らが成敗。10人は一生病院から出てこられませんね。出てきても刑務所行きになる奴らですけど。ただおかげで大変ですよ」

 「何がだ?」

 「全隊の中、50人が怪我で、30人が二日酔い及び急性アルコール中毒で入院中。幸い俺たちの部隊には被害はありませんけどね。しかも怪我人の大半が士官及び現場指揮官です。これじゃあ部隊をまともに運用出来ません。つまり事実上、今動けるのは俺たちの部隊だけです。今敵が来たら……簡単に落ちますよ、この基地」

 笑い事ではなかった。自業自得とは言え、そりゃ大変だ。
 そして経験からすると、そう言う時に限って敵が来るんだ。

 ヴィーッ、ヴィーッ、ヴィーッ……

 ほら来た。



 「何ですって! 救助に、出るなですって!」

 「出たくても動けるのは君の部隊だけみたいじゃないか。君が出ていったら、基地は丸裸だよ。従って出動は許可できん」

 なんてこった。
 敵が接近してくる進路の上に、一つの街がある。このご時世にも負けることなく、ひっそりとただの人が暮らす街だ。取りあえず民間人の避難と一次防衛線の構築を申請しにいったら……この有様だ。
 こいつは怖いのだ。怖がるのはかまわん。が、それが司令官では困るのだ。
 戦力が今の10倍あっても、こいつは基地から戦力を一兵たりとも出したがらない。他人の犠牲などお構いなし。こいつは全人類を殺したらお前を助けてやろうといわれたら、ためらいなく全人類を殺せる奴なのだ。

 「ではせめて偵察でも……」

 「許可は出来ない。全軍、直ちに……ふぎゃっ!」

 そこで言葉が止まった。いきなりガラスが吹き飛び、司令の後頭部に何かが命中したのだ。
 銃撃にしてはおかしい。ふと見ると、そこにボールが転がっていた。軟式野球の奴だ。

 「きゃ〜っ、やっちゃった〜」

 ワンテンポおいて、ガラスの割れた窓を開けたのは、テンカワ妹であった。

 「あー……大丈夫じゃ、なさそうですね」

 「司令の頭に直撃だ」

 「あれ、それじゃ今誰が最上位の階級者なんですか? 敵が来てるのにまずいよね……」

 いきなり彼女がそんなことを呟いた。待てよ……いわれてみれば、こいつが職務遂行不能になった今、最上位の次席指揮官は……俺だぞ?
 と、テンカワ妹、何故かウィンクをしながら、この場を去っていった。
 まさか……狙った?
 そして俺はボールを拾おうとして、とんでもないことに気がついた。
 確かこの部屋のガラスは、ありもしない狙撃におびえたこいつが、防弾ガラスに変えていなかったか?

 ……落ちているガラスの破片には、何重にも挟み込まれた強化プラスチックの層が覗いていた。

 薄ら寒いモノを感じた俺であるが、この際だ、利用させていただこう。
 俺は司令室の全館一斉放送を接続した。

 「全員に告ぐ。ただいま基地司令殿が一時的に職務遂行が不可能となったため、私が司令任務を代行する。オオサキ部隊は直ちに出動、進路上にある街を救助する!」

 そして俺が駆けつけると、既に準備は整っていた。

 「一時的な職務遂行不能って、ついにやっちまったんですかい?」

 「いや、幸い事故だ。俺の責任じゃない」

 「何だ、残念。ともかく、いつでも行けますぜ」

 「民間人の救助だそうだな。俺も参加させてもらおう」

 テンカワもそう言ってくれた。



 取りあえず街に急ぐ。俺たちの部隊にはエステ5機にエステ用のエネルギー供給システムを積んだトラックが3台、戦車が一応20台と兵員輸送用トラックが10台、物資輸送用トラックが5台、そして俺の乗っている指揮車が1台ある。
 ちなみに戦車は盾にしかならない(泣)。
 はっきりいって、無謀だった。
 後は例の新型トレーラーに積載されているアキトの新型だけである。
 街に着くと、既に被害が出ている。
 隊員達が次々と民間人を救助していく。
 そしてアキトは……

 「こら! 危ないぞ!」

 「いやっ、放して! 中にお父様とお母様が!」

 今にも焼け崩れる寸前の家の中に飛び込もうとしていた金髪の女性を、必死になって止めていた。
 ん……あの家は、確か……
 そう思っていると、女性がアキトのことをひっぱたいた。ふっ、女には甘いようだな。そもそも叩かれるほどうすのろじゃないだろうに。

 「ばかっ! まだお父様もお母様も中にいるのよ! 何で行かせてくれなかったの!」

 「そして君も死ぬ気か。それで君のお父さんとお母さんは喜んでくれるのか」

 「なによ! お父様達を犠牲にしてあたしだけ生き延びろっていうの! そんなことは出来ないわ!」

 おーおー、ずいぶん派手にやり合っているな。
 さて、テンカワ、なんて答える?

 「何見てるんですか、隊長。ここを襲ったバッタは偵察の先発隊らしいですから、すぐに次が来ますぜ。遊んでいる暇はありませんよ」

 こら、邪魔するな、カズシ。

 「まあちょっと待て……テンカワの人間性を見るいい機会なんだよ」

 そしてテンカワは答えた。

 「生きろ……たとえ親を踏み台にしてでも。それが子供の義務であり、親の希望なんだから」

 おっ、結構キツいことをいうな。

 「何でそんなことが言えるのよ!」

 「親は、いつか子供より先に死ぬ。子が親を亡くすより、親は自分の子供が死ぬ方が何倍もつらいんだ。もし君がこの先子供を持てば、きっと分かると思うぞ」

 「……貴方だって私と同じくらいの歳なのに」

 だが、その瞳にはさっきの険はない。ま、親としてみれば子供に先に死なれたくはないよな。
 今はいない息子のことが、また頭をよぎった。
 と、誰かがテンカワのほうに近づいてくる。妹か?

 「準備出来たよ、お兄ちゃん、いつでもいける……あれ?」

 テンカワ妹は、突然両手を耳に当て、半ば崩れた家のほうを凝視した。

 「ね、中にまだ誰かいるの!」

 「え……まだお父様とお母様が……」

 「お兄ちゃん、まだ生きてるよ、二人!」

 ……何で分かるんだ? 超能力じゃあるまいし。

 と、妹はポケットからあのスナックバーを取り出してかじりながら兄と女性の方を見た。

 「お姉さん……気味悪がらないでね」

 「???」

 その言葉の意味は俺にもすぐに分かった。彼女の全身に、奇妙な光の文様が浮かんでいる。そのまま30秒ほどじっとしていたが、やがて壁の一点を凝視する。

 「ここっ!」

 全身を光らせたまま、彼女は燃える炎すらはねのけて、壁の一点にすさまじい勢いで跳び蹴りをぶちかました。
 脆くなっていた壁はあっけなく崩壊する。周りの瓦礫が崩れ……何故かアーチを形成した形でおさまり、人が一人くらい入れる突破口が開いた。

 「お兄ちゃん!」

 「分かった!」

 二人はそのまま家の中に飛び込み……倒れた中年の男女を救出した。
 全身を光らせたまま妹は二人にさわっていたが、やがてその光がおさまった。
 また一本スナックバーをかじりながらいう。

 「どうやら気絶していたのが良かったみたい。やけどはしているけど、一酸化炭素中毒とかにはなってないと思う。すぐに直るよ、こんな怪我」

 「本当……ですか」

 「うん。あ、お兄ちゃん、そろそろ次が来るよ」

 俺たちもあわてた。のんびりと見学している場合じゃない。
 去っていこうとするアキト達に、女性は声を掛けた。

 「あの、お名前を……」

 「テンカワアキトだ」

 「あたしはハルナ。兄妹だよ」

 そして今度こそ本当に、アキト達はその場を離れた。

 「て、テンカワ、さん! 私はサラ、サラ・ファー・ハーテッドです!」

 女性が古い映画のように、アキト達の背後から叫んでいた。



 「隊長、敵、本体、来ました! チューリップ4、無人兵器、約800!」

 上空に待機していたエステバリス隊からの報告だった。
 しかし、さすがにキツいな。いつもの1/4しかいないのが堪える。壁にすらなりはしない。
 と、轟音を蹴立てて、あの大型トレーラーが街の中央通りにやってきた。この小さな街では、道幅の8割を占める大きさである。

 「おい、じゃまだぞ! テンカワ!」

 こんな所に陣取られていては、まともに部隊を展開出来ない。
 すると運転台のほうから、何とも間の抜けた声がした。

 「だってたったあれっぽっちの敵でしょ? お兄ちゃん一人で大丈夫だよ」

 「何だって?」

 俺は耳を疑った。すると彼女は、ある意味非常に頭に来る台詞を言った。

 「そんな所じゃ戦場がどうなっているかわかんないでしょ? こっちに上がってきなよ。少なくともその指揮車よりはわかりやすいよ?」

 悪かったな、ボロで。けど何なんだこのトレーラー。指揮車の役目も出来るのか?
 取りあえずいわれた通りに、助手席のほうから上がっていった俺とカズシは……
 文字通り目玉が飛び出るかと思った。
 6人乗り・ベッド付きの大型キャビンは、ちょっとした作戦司令室に変貌していた。至る所にウィンドウが開き、刻一刻と変化する戦場の様子が記号化されている。
 そして運転台の位置に座る少女は、全身を光らせながらダッシュボードの上に手を置き、状況を分析している。
 その両手に、パイロットの物とは違うIFSの印が浮かび上がっていた。
 そう言えば聞いたことがある。ネルガルが作り上げた2隻の戦艦……機動戦艦ナデシコと戦闘母艦コスモスには、マシンチャイルドといわれる遺伝子操作をされた、まだ年若い少年少女が乗っていると……。

 「まさか……マシンチャイルドか?」

 「そだよ。あたしはちょっと特別だけど」

 テンカワ妹はこともなげにいう。

 「お兄ちゃん、出すよ?」

 「ああ、こっちもオールグリーンだ」

 「よし、ハッチオープン! テンカワ機、エステバリス改、発進!」

 そして漆黒の機体は、鮮やかに大空を切り裂いて飛んでいった。



 「凄いな、この施設は」

 テンカワが飛んでいった後、俺たちはオペレーター席に座る妹に話しかけた。

 「うん、まあ、餞別かな? ネルガルの。新型機のテスト兼ねてるのも本当だし。あ、隊長、そこに隊長の持っているパスワード入れてください。それで中央司令室がここに移りますから。後は隊長のお好きなように……って、たぶんすることないと思いますけど」

 そう言うと同時に、俺の目の前にホログラフウィンドウとホログラフキーボードが現れる。俺がパスを入れると、俺の目の前に作戦司令センターが出現した。俺は早速カズシの権限を登録する。
 こりゃ本気で凄いシステムだ。これだけで俺の負担が5割は減る。
 と、そこに通信が入り始めた。

 「わっ、なんだあれは!」

 「後方から黒い物体が高速で通過! 追いつけません!」

 次々とはいるエステバリス隊からの報告。俺はそれに向かって返事を……

 「あれ、トークボタンは?」

 「そのまんまウィンドウに話しかけてください。自動的に繋がります」

 ずいぶん便利だな、おい。とにかく俺は言った。

 「今飛んでったのは味方だ。例のテンカワだよ。安心しろ」

 しかし返ってきた返事は。

 「テンカワ機、敵と接触した模様!」

 「わっ、何だ、あれは!」

 「チューリップが、切れた……?」

 ワンテンポ遅れて、物凄い爆音と閃光が、この街にも届いた。

 「凄いな……あれがネルガルの新型と新兵器の威力か」

 カズシがそう呟く。そこに妹が割り込んできた。

 「残念だけど、あれはお兄ちゃんだから扱えるんだよ。普通の人にはまだ無理。ま、ナデシコのみんなでやっとかな」

 おい、今なんて言った。
 ナデシコ、だと?
 あの極東の切り札、無敵の民間人部隊、最強のエステバリスライダーがいるという、あの『火星帰り』のナデシコか!

 「あれ、知らなかったの?」

 妹は意外そうに言う。

 「お兄ちゃんはナデシコのエースだよ。訳有って出向してきたんだけど。今日の敵くらいなら……後3分で終わるね」

 そして、本当に3分で、敵は全滅していた。
 俺はその様子を、この特等席で眺めさせてもらった。
 どうやっているのかは知らないが、テンカワの戦う様子が、絶妙のアングルで撮影されている。光る剣のような物を片手に、次々と敵を切り伏せていく。

 「今お兄ちゃんが振るっている武器がDFS。ディストーションフィールドを集束させて、武器に転化したもの。持ち運べるグラビティブラストみたいなものね。威力は見ての通り。扱えさえすればチューリップですら輪切りにするわ」

 しかも解説付きだ。

 「ただあれは威力の分防御力が下がるから、素人さんお断り。負担も大きいんで、フィールドジェネレーターとエネルギーコンバーターに新型の物が使われているわ。後、従来型のエネルギー供給フィールドだと他の人に影響が出るので、特別製の指向性型エネルギーライン接続装置を使用しています。今のところ何とかついていけるみたいね」

 それを聞きながら、俺は司令が言っていたことを思いだした。
 使いこなせれば、一軍に匹敵する……
 まさに、文字通りだな。







 基地は初めての大勝利にわきかえっていた。
 アキトには兵士達から、『漆黒の戦鬼』という二つ名がつけられていた。
 例のトレーラーは、あの後いくつか余分な部分を取り外して、そのまま部隊所属の指揮車になった。あのままだと図体が大きすぎて狭いところに入れないしな。
 ただ専属オペレーターであるテンカワ妹……ハルナ君がいないと扱えない。

 「もう一人の整備士さんが来てくれれば、有事の際にあたしはこっちに専念出来るんですけど」

 なるほど、それで整備士が二人だったのか。

 「ま、今後ともよろしく頼む」

 「こちらこそ、隊長さん。後ね、お兄ちゃん、口には出さないけど、かなり隊長のこと気に入ったらしいよ」

 それは光栄だな。

 「自分たちの犠牲を覚悟の上で、何よりも民間の人の救助を優先したでしょ? お兄ちゃん、そう言う人のためには労を惜しまないから。逆に大局だなんだって言って民間の人を見捨てるって言うか、自分たちのことしか考えていない軍人には容赦ないんだよね」

 ふと、司令のことが頭をよぎった。そう言えば大丈夫かな、あの人。



 それから3日後、司令は健康上の理由で異動、また損害(戦闘じゃなかったのは秘密だ)が激しいために部隊規模を縮小。当座の間、俺が司令代理を務めることが正式に決定した。
 まあ、気心の知れた連中だけになって、やりやすくはなったが……。

 「そう言えばテンカワはどうしてる?」

 隣で仕事をしているカズシに聞くと、奴はにやにやと笑いながら言った。

 「あいつなら食堂ですよ。料理の食材を巡って、料理係のリベート問題が発覚しまして。今食堂はあいつに仕切られていますよ」

 「おいおい」

 漆黒の戦鬼が、料理係か?

 「ちなみに部下達には大好評。士気も上がっています」

 そりゃ結構なことだ。

 「そうそう、そんな話をしている場合じゃなかった。補充人員のほうはどうなっています?」

 「それがな……上が何を考えているのかは知らんが、取りあえず新人1名と、ベテランのエステバリスパイロットが一名補充されることになった。今度来るネルガルの整備士を入れて3名だな」

 「ほう、この時期にはなかなかですね。でも何でそんなに浮かない顔を?」

 「見ろ、これを」

 渡された資料を見て、カズシは目を白黒させた。

 「本当ですか、それ」

 「本当だ」

 俺もため息をついた。よりによって、補充要員が、何故ことごとく女なんだ?
 新人はサラ・ファー・ハーテッド。この間アキトが助けたお嬢さんだ。
 実はこのお嬢さん、この西欧方面軍の重鎮、グラシス中将の孫娘だ。だからこんな無理も効いたんだろう。
 そしてベテランパイロット。まあエステの配備からまだ1年足らずだから、ベテランといってもこの道何十年というコトはない。だが西欧方面で彼女の名を知らぬ者はいない。西欧域における無人兵器撃破数第1位なのだから。
 『白銀の戦乙女』アリサ・ファー・ハーテッド。先ほど言ったサラの双子の妹で、同じくグラシス中将の孫娘。腕前のほうは本物だからありがたいが、気を遣うことは間違いない。戦場で髪の色と同じ白銀カラーのエステバリスに乗り、敵のフィールドを中和する兵器、『フィールドランサー』を愛好するコトからついた二つ名は、その美貌と共に西欧中に鳴り響いている。
 そしてネルガルより派遣されてくる整備士。レイナ・キンジョウ・ウォン。
 彼女のデータはまだない。聞くところによると、ネルガルの会長秘書の妹とか。
 いきなり女が増えて、この部隊、どうなるんだ?



 だが俺は知らなかった。
 今日のこの戦いこそが、後に『漆黒の戦神』と呼ばれることになる男が起動した時であることを。
 そして俺とこいつとの間に生まれる、奇妙な縁を。







 >ANYTIME、ANYWHERE……

 「車を出せ」

 その場から遠ざかる車の中で、彼は考えていた。
 あの男、優秀すぎる……。

 (木連優人部隊。奴らは、ついにネルガルに一歩先んじたわけだ。生体跳躍を、限定的にとはいえ実用化させたわけだからな。この先、戦局は大きく動く。あの戦艦も、あわてるだろう……)

 「例の男の資料は?」

 「届いております」

 機動兵器で戦艦すら落とす男、か……。
 そして先ほど会見した、優人部隊総司令とか言う男……。
 危険だ。あまりにも優秀すぎる。
 彼にはどっちも自分の手駒とするには危険すぎることを、本能的に感じ取っていた。
 機動兵器乗り相手には、今すぐには動けない。あの男でも使って、じっくり確かめよう。そう考えていた。
 彼の見たところ、彼は『兵』である。どんなに強くても、野望無き男ならそれほど恐ろしくはない。利用も出来る。
 だが彼は『ポーン』でもあった。一見弱そうだが、いつ何時『昇級』するか分からない。そうなってからでは遅いであろう。見極めが重要であった。
 それより急がねばならないのは、もう一人のほうだ。
 あの男、一見無害そうな顔をしているが、心の奥に強い意志を秘めていた。
 『慈悲』と……『平和』に対する、強い意志だ。
 そして……今の連合は、あの男にかかったらたちまち説得されてしまうであろう。
 そうなったら今回の取引、丸損に終わる。
 男は計算にはシビアであった。

 「平時には得難い男だが……乱世には不要だ。あの男、取り除け」

 「はっ。直ちに手配します」



 「お逃げください、司令!」

 また一人、かけがえのない仲間が倒れる。
 降りしきる雨の中、男は追いつめられていた。

 「これまで……だな」

 男の、あまりにも優秀すぎる頭脳は、もはや逃げ場のないことを悟っていた。

 「地球側は……それほどまでに贄を求めるのか。けど……何故だ? 今更地球が木連を制圧したとて、得る物は大して無い……ましてあの男は、名誉を求める軍人ではなく、利益を求める企業人だ……」

 その時、逆転の発想が脳裏を閃光のように貫く。

 「いや、違うのか……! それだけの価値があるからこそ、奴らは戦いを望む……そうか、失敗したよ。どんなに優れた推論も、誤った仮定の上に立っていては、その優秀さ故に決して正解にはたどり着け無い……そう見れば、僕の採った戦略は、最悪に近い……せめて、このことだけでも……」

 だが、その思索は、非情の一弾によって中断された。
 胸元に熱い衝撃が走る。
 衝撃で倒れた男は、急坂を転げ落ちていった。

 「ちっ、死体の確認が出来なくなっちまったな」

 「いや、心臓をぶち抜いた。即死だろう」

 雨と闇の中へ、殺人者達は消えていった。



 確かに、彼はこのままなら死亡していただろう。
 胸を貫いた銃弾は、心臓に達してはいなかった。
 誇りある制服の防弾機能と、胸元のネームプレートが、弾丸の勢いを殺していたのだ。だが、流れ出る血は止まらず、意識は朦朧となる。

 「このまま……異国の……いや、故郷か……どちらにしても、土の上で果てることになるとは……」

 その時男は、何者かの気配を感じた。ぼやける網膜に映るのは……魔女?
 おとぎ話の魔女のようなシルエットが、彼の脇に、虹色の光を纏わせながら現れる。
 まさか、その光は……!
 だが、もはや彼は声を発する力を持たなかった。

 「やれやれ、こんな事になってるなんて。思った以上に、歴史が歪んじゃったな。こんな時期にこの人が地球に来るなんて、今までどの歴史でもなかったものね」

 歴史が、歪む……?
 男の脳裏に、その言葉が残る。

 「さて、困ったな……こんな事態は考えてなかったけど、彼に死なれたら、絶対和平なんて成り立たなくなるわね。あの人が復讐の鬼になったら、すべてがぶちこわしになるし」

 和平……?
 男が次に何とか捉えたのは、この言葉だった。
 この人は、和平……地球と木連の和平を望んでいるのか?

 「ま、幸い死んでないみたいだし。死んじゃってたら、いくら何でも修正出来ないポカになるとこだったわ。あたしだってここじゃ万能無敵じゃないってコト、忘れないようにしないとね」

 男には理解出来なかったが、魔女は彼の胸に手を当てる。そこから、不思議な暖かい光が発生していった。
 意識がはっきりしてくる。

 「君は……」

 やっと、声が出るようになる。

 「さて、困ったな」

 全然困っていない口調で魔女は言う。

 「普通なら記憶を消しちゃう所なんだけど、あなたの記憶は消せないのよね……万が一があったらまずいし。今日のことはしばらく黙っててくれない? 出来れば素性も隠して潜伏した方がいいわ。表向きは死んだことにして、名前も変えて、どっかで大人しくしてなさいな」

 「それは……かまわないが……」

 当然といえば当然のことだ。今は雌伏の時であることぐらい、彼の優秀な頭脳にはすぐに分かる。

 「君は……何者だ」

 「そう言うわよね、普通。まああなたは黙っててくれるとは思うけど。あたしは、魔法使い。電子の魔法使い『ウィザード』……歴史を影から操る、『電子の魔女』ってところかしら」

 「電子の、魔女……。君は、いや、地球側は、既に実用化しているのか。完全な生体跳躍を」

 男の質問に、魔女は表情を隠す仮面の下で、確かに笑ったような気がした。

 「さすがね、もうそこに発想が行くの……教えてあげる。地球で生体跳躍を実現した組織はないわ。ただ、個人はいる。あたしのほかに、もう一人」

 「個人?」

 「そう、個人。そしてその男こそが、あなたにとっての切り札を握る、最強の使者にして戦士。そしてあなたもまた、その男にとっての切り札となる。だから、この先あなたは死んじゃダメよ。もしあなたがこの地球上で命を落とせば……和平は破れるわ。絶対」

 「僕はそんなに重要人物だったかな」

 いくらか余裕が出たのか、男は微笑む。

 「まあ、あなたもそうとうだけど、問題は妹さんなの。あなたが地球で死んだら、あなたの妹さんは復讐の鬼と化すわ。そうなったら、この戦い、どちらかが全滅するまで終わらなくなる。そんなことになったらお互い困るでしょ」

 男は納得し掛け、首をひねる。

 「君は……何故妹のことを? 性格のことまで」

 「この戦いのことで、私の知らないことはないわ。私は『魔女』だから。けどね、どんなに力があったって、予想外のことはあるの。あなたとのこととか。だからあたしもいろいろ頑張っているの。私の目的もかなり利己的なことなんだけど、利己的なその目的を成し遂げようとすると、『木連との完全なる和平』が前提になるのよね。だからあたしはこうして頑張ってるの」

 「なるほど、利己的か……そう言われるとかえって信頼出来るな。人は己の利益に忠実な時は、決して裏切らないものだ。それが何であれ、ね」

 「言えてるわ」

 肩をすくめる彼女。

 「さ……そろそろあたしも行かなくちゃね。こちらの坂を下っていけば街に出るわ。しばらくじっとしていれば、この辺は安全なはずよ。そして覚えておいて。あなたを眠りからさます使者は、『黒を纏うもの』。彼に出会ったら、それが行動の時。彼との接触は、いかなる事があっても切らないこと。ただし、『神』が『鬼』である間は、そして、『神』が『神の国』に戻り、『真なる玉座』に座るまでは、あなたは決して真の名を名乗ってはいけない。それを守れば、あなたは『神の国』から『故郷』へ帰還出来ると思うわ。信じるかどうかは、おまかせするけどね」

 「魔女の予言か……。覚えておこう」

 そして魔女は、文字通り消え失せた。



 「電子の魔女……どこかの組織のエージェントだろうか。どうやら地球の状況も一枚岩とは言えないようだな。しかし、どうやらこの戦い、僕が思っていたものとはまるで様子が違うようだ。何か、巨大な力……地球や木連を揺るがすような、大きな力が絡んでいる。あの男からの話も合わせると、連合軍は傀儡に過ぎない。真の敵はネルガルグループ、そしてクリムゾン……。力を求める、地球の企業体か。危うく引っかかるところだったよ。あのご老人、大した男だ。まあ、僕はこの幸運を、せいぜい利用させていただくとしよう」

 だが彼の幸運も種切れだったようだ。夜、雨、急斜面。そして彼は自他共に認める運動音痴。

 答え……「うわああああああああっ!」

 せっかく助かった命を、彼は危うく投げ捨てる羽目になるところであった。
 幸い死にこそしなかったようであるが……
 そしてこれが、また一つ歴史を歪めていく。








 あとがき。

 西欧編、始まりました。
 いきなりアカツキ、バックアップに入ってるし(笑)。
 まあ、死なれたら元も子もないと言うことですね。



 今回のハルナの行動は、ツッコミどころ満載ですが、基本的にすべて意図された上で書かれています。
 57リットルもの酒を何故飲めるのか。
 器用に骨だけを粉砕出来るのか。
 そして、軟式の野球ボールで、何故防弾ガラスをぶち破れるのか。
 普通そんな勢いでボールをぶつけたら、ボールのほうが破裂するはずですが。
 これらは勘違いではありません。明確な意図の元に書かれています。
 ヒントみたいな所もあるかな。



 でも終盤のANYTIME、ANYEHERE……。
 電波だ。電波が来た。
 何故全く予定になかったこの人が?
 作者にも謎です。
 これで俄然後のお話が分からなくなりました。
 でも、結構ドジだな、この人。男性型癒し系?
 ちなみに将来どうなるか……何となく分かるでしょ?



 次は、サラとアリサのお話。『戦神開始』をお楽しみに。

 

 

代理人の感想

 

 ヒントみたいな所もあるかな。

 

このセリフ・・・読者への挑戦ですか? 挑戦ですね!?

その挑戦、受けたぁッ(爆)!!

 

 

まぁ、勝てるかどうかはこの際置いといて(超爆)

 

 

 

それはともかく・・・・をを、遂にこの人まで復活!?

育ての親(ま、このキャラに関してはそう言ってもバチは当たらんでしょう)としては嬉しさひとしお。

なんかこう、アキト並に香ばしい運命を辿るような気がしないでも無いですが(爆)、

取り敢えず活躍を期待させて頂きます。