それはルリがブリッチで放った言葉で始まった。


「あれ?副艦長の姿が見えませんが…」


そう。
副艦長アオイ・ジュンはユリカとプロスにトビウメに置いて行かれたのだった。ある者はその一言でいないことに気付き、またある者は副長っていたのか?と聞きなおす。ナデシコ副艦長アオイ・ジュン存在感皆無であった。





















機動戦艦ナデシコ
Lone Wolf
第三話:永遠あれ






















「ふ〜ん♪ふふ〜ん♪」

ガイはヨウスケに直してもらったガンガー3の人形を自分のエステバリスに飾り付けの真最中だ。ヨウスケの陰の努力によりガイはある程度現実復帰を果すまでに回復した。因みにヨウスケはガイのエステバリスを整備中だ。

「おーい。ちょっとセッティングするから、少しだけ動いてくれ。少しだけだぞ!変な事すんな!」

「解ってるってば!俺様の現場復帰記念として特別に…」

「しなくて良い。しなくて良いから俺の言うことを聞けぇ!」

二人のどたばたを見ながらウリバタケはアキトの乗っている黒いエステバリスカスタム・タイプBに向ってメガホンで話しかける。

「おー!どうだぁ!?調子の方は!」

『凄いですね。俺がプログラム組んだのより随分スムーズに稼動します』

「あたぼうよ!伊達に改造屋やってねぇ」

アキトの駆るエステバリスは器用に手の平を開いたり閉じたりを繰返した。
イメージが確実に反映されスムーズに動くのがわかる。イメージと誤差がなくタイムラグもないに等しい。自分が組んだ時も従来のカスタムに比べ随分と動作が速くなったがウリバタケのプログラムに比べると幾分か見劣りする。

「班長!あのバカ止めてくださいよ!」

ヨウスケの叫び声にウリバタケとアキトのエステがガイの方向を見るとエステバリスがボクシングのシャドーをしているのが見えた。

『何やってんすか?アイツ』

アキトのエステがヨウスケを見るとヨウスケは頭をかきむしり地団駄を踏んだ。

「バランサー調べるからちょっと全身稼動させろって言ったらあんな事始めやがった!」

「ヨウスケ。アイツはお前の親友なんだろ?だったら…」

『そうだ!俺とヨウスケはゲキガンガーで言うならばジョーとケン!明日の○ョーで言うならば…』

一人独説するガイを冷ややかな視線で見ながら整備班の面々はガクンと肩を落した。そして、ウリバタケがヨウスケの肩をぽんっと叩いた。

「責任取れよ」

「はぁ!?なんで俺なんすか!?」

『言わずもがなって奴じゃないっすか…?』

「あんな親切心出すんじゃなかったーーーッ!!」

ヨウスケの魂のシャウトが格納庫に響く中、ブリッチは平和なものだった。
迎撃最中に平和と言う言葉が似つかわしいかどうかは理解に苦しむのだが。




「つまり、副長はトビウメに捨てて来たって事ですかい」

バイツがスルメを食べながら、プロスとユリカをジト目で見る。ユリカは誤魔化すかのようにてへへっと笑う。プロスは眼鏡を直すと「イヤハヤなんともかんとも…」と言葉を濁す。

「バイツさん。ブリッチでの飲食はやめてください」

ルリが冷ややかな視線でバイツを咎めると、バイツは「堅苦しい事言うなよ」と笑いながらルリの頭を撫でる。

「子供扱いしないで下さい」

「はっはっは。まだまだガキンチョだろうが」

「私少女です」

「バカメ。少女とは少ない女と書いて少女と読むのだ。したがって、女っ気が少ない。まだまだガキなのだよ」

思わず眼鏡をズリ下げたプロスが「一体どう言う解釈ですか」と呟いたのは皆の考えを統一していたものなのかもしれない。

「まぁ、それは兎も角として副長はどう致しましょうか。皆さんの意見を聞かせてもらいたいですなぁ」

そう言ってプロスはコホンと小さく咳を突いた。ルリは一瞬考え即時に返答する。

「正直言わせてもらえば、皆さんに気付かれない程、存在感が薄いアオイ副艦長に割く時間はもったいないかと」

ミナトはルリの冷徹な回答に苦笑しながら、ルリに続けて言う。

「概ねルリルリと同じ意見だけどォ…。副長がいなかったら艦長の仕事は増えるって事よね」

「え〜〜〜!!」

ユリカは自分が捨てて来た事など忘れ去り、思わず非難の悲鳴を上げる。彼女の頭に渦巻いたのは「ジュン君がいないとアキトに会えない」といったものである。まあ、その心中はブリッチクルーに見抜かれていたが。

「でもぉ、アオイさんがいなかったら艦長のブレーキかける人いなくなっちゃいます」

メグミがそう言うとユリカ以外のクルーがあわせて手と首を横に振った。

「アレ如きで艦長が止まるとは到底思えん」

「バイツさんと同意見」

「ラピスも」

「いやはや。奇遇ですなぁ。実は私もそう思うのですよ」

「うむ」

そう言ってネルガル軍団がユリカを見た。ユリカはキョトンとして小首を傾げる。そして何を思ったか首を横に振りながらいやんいやんと身体をよじり始めた。

「そ、そんなに見つめないでくださぁ〜い。皆さんがユリカのこと可愛いから見てるのは解ります〜。でも、でもでもユリカにはアキトがいるの〜」

トリップ爆進中のユリカを満場一致で無視する事に決めると論点はまたジュンについてに戻る。しかし、やはりジュンは置いていくべきだと皆は言う。ラピスは喉元をバイツに猫のように擽られており気持ち良さげに膝の上に乗っていた。そんなラピスを見ながらルリはルリでアキトにしてもらう自分を妄想する。

「…ぽっ」

もじもじしながら赤面するルリに思わずゴートは頬を赤らめた。それを不幸にも直視してしまったプロスが思わず懐に忍ばしているスローイングナイフを投げかけた事を誰が咎められようか。概ねナデシコブリッチは平和だった。

「しかし、副長には戻ってきてもらいたいな」

バイツがそう言ってラピスの喉元を擽る手を止め、頭に移した。一瞬名残惜しそうな表情を見せたが、ぽむっと置かれたバイツの手の感触を頭に感じラピスは目を細める。

「ほお、何故です?納得の行く答えを聞きたいものですな。副長を迎えに行くとしても経済的にも時間的にも負担がかかります故」

プロスはそう言い電卓をぱちぱち叩く。思わず引き攣ったのは損害を想像したためだろう。今から逆走するとなれば地球側からの攻撃がナデシコに向って雨霰と降り注ぐのが目に見える。

「…駄目です。ネルガルとしては容認しかねますねぇ」

「チョビー。俺もネルガル…」

バイツがそう言うとプロスはそれを手で制し眼鏡を直す。そして、コホンっと一度咳払いをするとネクタイを直し言う。

「兎も角!私は反対です。確かにアオイさんには艦長を補佐する能力は誰よりもあると踏んでおります。その為だけに雇ったと言うことも否定しません!」

「ひ、酷え…」

力一杯言い切ったプロスに流石のバイツも引き攣る。しかしプロスはそんなバイツを意に介さず言葉を続ける。

「ですが、事態は一刻を争います!第一、トビウメに残った…」

「…置いていったの間違い…」

「シャラーップ!いいんです!そんな些細な事は!」

バイツの突込みにプロスは逆切れで返す。思わずバイツも「いや、俺が悪かった」と勢いに負けて謝ってしまう。その後に何故謝ってしまったのかと苦悩するバイツがいたがプロスは気にしなかった。その後もプロスの演説は続き、その喧騒の最中バイツは苦笑しながらブリッチを出ていくのであった。
バイツが向った先はムネタケ達軍人が監禁されている格納庫の一室である。
廊下を歩くバイツに様々な視線が注がれるが、本人は意に介す事なく歩きつづける。

──やれやれ、ムネタケの盆暗息子助けて何の得があるのかねぇ

小さく苦笑しながら、ムネタケの元に向うバイツ。バイツ本人はどうでもよいのだが、逃がせと頼まれたからには仕方がない。そんなバイツを陰から盗み見ているラピスがいた。ラピスはバイツがブリッチを抜け出た後からこうして後をつけている。バイツの行動が不審で不安なのだ。そして、ラピスはとてとてと必死にバイツの後を追いかけるのであった。
二人が出ていったのに気付いたのはルリ一人。ルリはオモイカネに一言、小さく告げた。

「バイツさんから目を離さないで」

<監視するのですか?ルリ>

「…ええ。オモイカネも見た筈です。バイツさんが…」

ルリがオモイカネと会話している時、突然オモイカネが慌しく警戒信号を映し始めた。その様子を見たルリがオモイカネに何事かと確認を取った。

<敵機確認。連合宇宙軍第3防衛ラインからデルフィニウム部隊がナデシコに進路を取っています>

その様子を確認すべくルリはメインモニターに外の様子を映し出すようオモイカネに告げた。ブゥンと映像を映し出すとそこには防衛ラインから数機のデルフィニウムが映し出されていた。通信回線にピピッと信号が走る。メグミは振り向くとユリカに向かって聞いた。

「敵デルフィニウムから通信が入っています。どうしますか艦長?」

「でね〜アキトが私にね「ユリカ…綺麗だよ。もう食べてしまいたいくらいだ」って痺れるような美声で囁きかけるのぉ」


「艦長!」



メグミの大声がユリカの耳に入ってくる。ユリカは一瞬びくっと身体を揺らすと、キョトンとした表情で「なぁ〜に?」と場違いなほどぽややんとした声で聞き返すのだった。

「…敵機から通信です。つ・な・ぎ・ま・す・か?」

「うっ!なんだかメグミさん怖いよぉ?」

心なしかメグミのこめかみがぴくぴくしている。因みにルリの方もなかなかどうして機嫌が悪い。何時もの無表情が更に無表情になっている。だが、目が据わっているのが頂けない。
その鋭い目線で思わずゴートが目を逸らして頬を赤らめた。
後にゴートには□リータ元帥と言う通り名が送られる事になったのだが、それは全くの余談である。通り名がついた以後、ゴートの傍にルリとラピスが近寄らなくなったのは至極当然の結果である。それは兎に角としてユリカはメグミに繋ぐように指示を出した。

<繋ぎます>

オモイカネの文字が出ると同時に映像が出る。そこにはトビウメに置き去りにされたジュンの姿が映し出されていた。

「ジュン君っ!?何してるのそんな所で!?」

ユリカの驚きの声が響き渡る。思わずルリは「覚えていないの?」と冷ややかな視線でユリカを見る。ユリカはジュンの姿を見て本気で驚いているようだ。ジュンも浮かばれない。

『ユリカ。僕はナデシコを止めに来たんだ。無駄な抵抗はして欲しくない。さぁ、一緒に地球に帰ろう』





その頃格納庫では、アキトとウリバタケがエステバリスの動作確認を終え、細かいプログラムを組みながらあーでもないこーでもないと思案しているのだった。因みにガイはヨウスケに卍固めを極められていた。

「ぐあ!ぐあぁっ!ギブゥ!ギィィィィブッ!!」

「喧しい!テメーの所為でまたバランサーがいかれちまったじゃねぇか!」

あの後ガイは、ヨウスケの制止を振り切り「ガイ・スーパー・パワーダンク」なる物を敢行したのだ。前回ほどの被害はなく多少バランサーがいかれただけだったがそれでも整備班からすればたまったものではない。事ある事に一から設定し直しなんて涙を流してもお釣りが来るほどの辛さだ。

「セイヤさん。ここ、もう一寸弄れるんじゃないっすか?」

「ん〜…。あー確かにいじれっけどよ。ここ弄くっちまったらまたプログラムの羅列を変換しなきゃいかんぜ」

「そうっすよねぇ。時間があるんならまだしも今は何時出動してもおかしくないっすからねぇ」

何せ迎撃真最中なのだ。まあ、そんな中で卍固めを極めたりするヨウスケもヨウスケかもしれない。因みにガイは未だに足を骨折したままだ。

「バックアップ取っとくってのも一つの手だけどな。でもやっぱり時間がある時にするに越したこたァねぇしな」

「…ですねぇ」

また画面と睨めっこするウリバタケ、アキトとは対照的にガイは悶絶していた。ヨウスケの卍固めが本格的に極まったようだ。

『ビキッ』

「「「「あ…」」」」

何やらガイの脇腹辺りから嫌な音が鳴り響く。明らかに骨が行きなすった音だ。ガイ、ヨウスケの手により二度目の負傷。戦線離脱を余儀なくされた。


「…哀れな」

ウリバタケが思わず目頭を押さえ天を仰ぐ。

「ヨウスケさん。鬼っすね」

ウリバタケに続き、アキトがヨウスケをジト目で見ながら呟く。

「よくある事だよ。ウン」

そんな二人の行動を冷や汗かきながら言うヨウスケ。こいつはこいつでなかなか酷い。

「ヨ、ヨウスケ〜〜!これが!コレが友に対する仕打ちかぁーーー!!」

ガイは相当痛いのか、目尻に涙を浮かべ非難GOGOの目でヨウスケを見ながら叫ぶ。
それに対してヨウスケは頭を掻きながらはっはっはと乾いた笑い声で無視した。

「イヤーごめんごめん。ついコッテリ」

「俺はコッテリ系よりさっぱり系の方が好きっすね」

「あっさり系も良いがまったり系も捨てがてぇぞ」

「セイヤさん!”あっさり”じゃなくて”さっぱり”ですよ!」

一体なんの会話をしている。と、ガイは突っ込みたかったが腹部から来る激痛でそのまま意識を失った。哀れガイ。戦闘をしていないのにも関わらず負傷ばかりする。そんなガイに皆は一つの通り名を送ることにした。

整備班命名。ガイに奉げる鎮魂歌。
不名誉重傷男&活躍できない現実逃避ジロウ。
全然欲しくない最低の通り名だった。

「お、おい…何やってんだ?お前等」

地面で白目を向いてびくびくがくがく痙攣してるガイを引き攣った表情で見るバイツがいた。しかしバイツもガイを助けようとはせず傍らで様子を興味深そうに見ている。初めは引き攣っていたが、ガイの痙攣が面白いのかどんどん邪に表情が歪む。

「お、おい。アキト…。バイツのヤロー悦入ってるぞ」

「アイツ拷問とかの類、好きっすからねぇ」

「ご、拷問って…」

おもむろにバイツはガイの患部に拳を叩きこんだ。「ミシィ…」と嫌な音が三人の耳に響く。更に
連打連打連打
その度に怪しくバイツの表情が歪む。ガイの痙攣が激しく怪しくなってくる。


「…ストレス堪ってんのかな」

「て言うか止めろーーーー!」

ヨウスケの叫びで弾かれたようにウリバタケとアキトがバイツをガイから引き離す。ヨウスケがガイの傍にかけより激しく体をゆすった。ガイは意識朦朧としながら焦点の合わない視線でヨウスケを見てステキに、無駄に爽やかに微笑んだ。

「オヤッさん…燃え尽きちまった…真白によォ…へヘッ、ヘヘヘッ」

「ガイ!ガイ!!しっかりしろ!」

「やり過ぎだよバイツ」

「…煮詰ってんだ」

…概ね平和だった。バイツは一言「すまん」と謝った後、ムネタケが監禁されているコンテナの方へと向って行く。その後をちょこちょこラピスが追いかけていくのをアキトが見て、声をかけようとした時、艦内全体にエマージェンシーコールが鳴り響いた。

「な、何だぁ!?」

ウリバタケが、アキトが、ヨウスケが慌て、コミュニケを開きブリッチに繋いだ。アキトはルリからのコールに気づきそれに繋ぐ。

『アキトさん!連合宇宙軍のデルフィニウム部隊がナデシコの攻撃を仕掛けてきました!』

ルリはそう言い、その様子を見せた。その様子が流された格納庫は途端に騒がしくなり、アキトは整備したばかりの自機に乗りこむ。手早くエステバリスを起動させるとキッと表情を引き締めた。

「アキトー!ヤマダの馬鹿が出ようとしてやがる!」

ウリバタケが起動したガイのエステバリスから慌てて走り、逃げるとアキトに向って大声で叫ぶ。
ヨウスケもメガホンを持ってガイに何やら叫んでいる。


「ガーーイ!!出てもお前足手まといになっちまうだけだぞっ!」









『オオオオオオッ!!根性!!』






「無理!!」






『無理じゃないもん!
ガイ行けるもん!
 
ガイ強いんだよっ!ぷんぷん』








「………え?」

思わずメガホンを落してしまい、呆然とした表情でガイのエステバリスを見上げるヨウスケ。そんなヨウスケを尻目にガイのエステバリスは発進した。





『っおっしゃああああ!
先に行かせてもらうぜアキトォッ!!』







ガイの凶悪無比な台詞で格納庫全体を凍りつかせた後、ガイは凍りつく前にウリバタケがオープンしたハッチから意気揚揚勢い良く飛び立った。

「ヤマダ機、出ます」

ブリッチではルリが事務的にその様子を伝えていた。
因みにオモイカネが気を利かせ映像出力のみにしていたのが幸いして音声は届かなかった為、ブリッチメンバーは格納庫の状態を知る由もなかった。格納庫とブリッチが様々な状態で混乱している頃、バイツはムネタケ達軍人が監禁されているコンテナの中にいた。





「よお、意外に元気そうだな」

「ア、アンタ!何しに来たのよ!」

バイツが不適な笑みを浮かべ後ろ手を縛られたムネタケ達を見下ろす。因みに軍人達が逃げ出さないように手には先日軍人から奪ったブラスターが握られている。

「殺す気!?殺したら後で大変な事になるわよ!」

「別に俺はそれでも構わんが…」

素っ気無く言い放つバイツは本当にどうでもよさそうな表情だった。思わずその飄々とした態度に言葉を失う。

「逃せと言われたんでね。どちらにせよ逃げるつもりだろうから其方にとってみれば好都合だろう」

「そ、それはっ…」

バイツはムネタケの傍に近寄ると中腰になり耳元でぼそぼそなにやら呟く。見る見るムネタケの表情が変って行き驚愕した表情でバイツを見た。

「逃げたら今言った場所に行け。このまま軍に引き渡されて降格させられるよりはマシだろう?それに、お前のパパさんが悲しむぜ」

バイツはそう言うとさも可笑しそうに小さく喉で笑う。ムネタケは対照的に顔を真赤にさせて憤慨していた。

「なによ!何が可笑しいのよ!このコウモリ野郎!」

ムネタケがそう言った瞬間、足元でバヒュッと火花が散る。バイツの持っていたブラスターの引き金がひかれたようだ。足元からは少量ではあるが煙が立ち昇っていた。

「それはちょっと違う。俺は元からどこにも属していない。コウモリ呼ばわりされるのは心外だな」

一言も発せなくなったムネタケを見て、フンッと鼻で笑うと立ち上がり徐に胸ポケットから一枚の小型ディスクをムネタケの目の前に放った。

「指定場所で会った奴にそれを渡せ。後、中は覗かない方が身のためだ」

──まぁ、パスを解析できるとは思わんが

バイツはそう言うと踵を返し格納庫を後にした。
ムネタケは去って行くバイツの背中を見送りながら忌々しげに睨む。不覚にもバイツが銃を撃った時それに気付かなかった。息をするかのような当然の仕草で撃って来たのだ。あの男にとってどうでも良いと言う場合は本当にどうでも良い事なのだろう。
つまり、ムネタケが死のうが本当にどうでも良いと言う事なのだ。
ふとバイツが歩む足を止め頭を掻いた。そしてそのまま出ていく。コンテナが再び閉まりムネタケたちはその場に残された。
バイツは外に出ると丁度コンテナとコンテナの壁の部分になった場所へ歩いて行き、その場で立ち止まった。

「ラピス。怒らないから出ておいで」

「…ウン」

俯いたラピスがゆっくりと出てくる。バイツはラピスの頭にポムッと手を置くとゆっくりと撫でてやった。手が自分に伸びてきた瞬間ラピスはビクッと体を震わせ縮こまったがバイツに撫でられゆっくり体の堅さが抜けて行く。

「ラピス。心配するな」

「…クリムゾンに戻るの?」

「冗談。クリムゾンの下で働く気はない」

「なら、どうして?」

「契約」

バイツはそう言ってラピスを抱え上げ抱きかかえた。ラピスはバイツにしがみ付くとじっと目を見て小さな口を開く。

「ネルガルでは働くの?」

ラピスはバイツを見ながら真剣に聞いた。バイツがネルガルを去ると言うのであれば自分はどうすれば良いのだろう。
アキトについてルリと一緒にネルガルに残るべきなのか。
バイツについて一緒にネルガルから去るべきなのか。

──バイツ。ラピス達から離れたらヤダよ



バイツは慌しく動き回る格納庫の整備班と重力カタパルトに鎮座して発射を待つアキトの黒いエステバリスを見ながら小さく呟いた。

「無論」

そして、アキトのエステバリスがハッチから飛び出して行くと同時に踵を返し格納庫に背を向けて歩いて行く。

「その気もない」

その言葉を聞くと同時にラピスが握るバイツの服がぎゅっとしわを増やした。離れまいと強く握るラピスを見ると、バイツはまだ完治はしていない手でラピスの頭を撫でてやった。


その頃、ガイの操るエステバリスはデルフィニウムと交戦真最中だった。プロスにスカウトされるだけの事はあり腕は良い。
それを証拠に未だ一度として被弾していない。ただ、機体自体には損傷が見られないのだが、コックピットのガイは既に死に体だ。

『か、体がもたねぇ〜』

そうは言いながらも器用に相手側の攻撃を避けるガイはある意味凄かった。だが、攻撃する余裕がないのか避ける事に徹している。徐々にではあるが追い詰められ、ガイの機体はナデシコの範囲内から飛び出す一歩手前まで来ている。

「ヤマダ機。危険です」

冷静に現状報告をするルリ。モニターに映るガイの機体が反撃に転じた。無数に襲いかかるミサイルとデルフィニウムのアームをどうにか避けながら、それでも大声で叫びデルフィニウムを殴る。





『ガーーーイッ!スゥゥゥゥパァアアア!バーンナッコー!!』





ドーン!と一機デルフィニウムが墜落する。きっとガイに落されたデルフィニウムのパイロットは泣きたいだろう。いきなり目の前で両手をがばぁっと広げ無意味なポーズを取った後にブースターで急加速。呆気にとられている時にあっさり撃沈されてしまったのだ。

『…情けない…』

デルフィニウムのパイロットの呟きをメグミが拾ってしまい、思わずブリッチクルーは同情してしまった。ガイが一機落した場所で高らかに勝利を宣言しながら馬鹿笑いしていると他のデルフィニウムがそれをアームで捕獲した。

「ヤマダ機を捕獲したデルフィニウムより通信。オープンします」

メグミが通信回線を開くとジュンが映し出された。ジュンはユリカに向かって再度説得を試みるのだった。

『ユリカ!もう良いだろう!?おじさんも待ってる。だから僕と一緒に地球に戻ろう』

ジュンの台詞に真先に反応したのはプロスだ。眉をひそめ眼鏡を直しながらジュンに言う。

「困りますな。アオイさん。貴方ネルガルとの契約がまだ残っているのですよ」

『五月蝿い!僕は地球を守るんだ!ユリカ!地球には大勢、木星蜥蜴の攻撃に怯える人がいるんだ!
 火星なんてそんな生存者がいるかどうかも解らない場所に行くよりもここで、地球を守ろう!』

その言葉に不快感を露にしたのはルリだった。一瞬ザワッと体に光学迷彩パターンが浮かぶ。
ただ、それがあまりに一瞬だった為に誰も気付かなかったがルリの怒りに満ちた視線がジュンに注がれた。

「人を巻込まないで下さい。地球を守りたいのであればお一人でどうぞ。誰も貴方のような自己満足な考えに賛同なんてしません」

『五月蝿い!五月蝿い!!黙れよ!君には聞いていない!僕はユリカに聞いてるんだっ!』

ジュンは怒りに感けて憤慨した。ルリは暫くジュンを睨んだ後、ユリカに言う。

「艦長。返答を」

ルリはアキトの機体がジュンの方向に一直線で向かうのを確認する。取敢えずは安心だ。アキトがジュンに負けるとは到底思えない。ほっと胸を撫で下ろすが先ほどの怒りはどうも静まらない。ルリの行動理念はアキトの為にあるといっても過言ではない。
アキトが火星に行けると言う事を楽しみにしていたのを知っている。だからこそ先ほどのジュンの台詞は許せなかった。今の一言でルリの中で嫌いな人物ベストワンの地位を確保したジュンだった。

「…ゴメンね。ジュン君。私ここから動かない。だってナデシコはユリカが一番ユリカでいれる場所だから。ミスマル家の長女でもなく、お父様の娘でもない。だからここがユリカの居場所なの!…そ、それに、ここにはアキトもいるしぃ…」

最後の台詞でピクッとルリが反応したのは当然と言えば当然かもしれない。この瞬間ルリはユリカを敵と認識した。因みに某通信士も不快そうに眉を顰めたのだったが角度が角度だけにブリッチクルーにはわからなかった。某通信士もユリカを排除すべき敵と認識した様子だ。ここに女性の静かな戦いの火蓋が切って落された。

『……解った。本気なんだねユリカ。でも!最後の台詞は僕には聞こえなかった!否!聞いてなるものかっ!
 ユリカの決心が変わらないと言うんならまずこの機体を破壊するっ!』

ジュンのデルフィニウムの頭部がガイに向かって回転する。ガイはアームに掴まれ身動きが取れない状態ながらも懸命に動こうとし、さらにはジュンの怒りに油を注いだ。

『てめぇ!八当りか!コラァ!!この腐れポンチのヘッぺけペーがぁ!!』

『問答無用っーーーーー!!』

ジュンはそう叫ぶとガイの機体を掴むアームに力を込める。ガイの機体に外部からの負荷がかかり、金属がへこんで行く。

『ぐ、ぐはぁっ!…グ、グッバイ…。○ョー・ヤブキ…』

命の危機だと言うのに全く持って緊張感のないガイの台詞である。ガイに至っては何故か中空を向き悟り切った表情でツゥッと涙をこぼした。壊れてしまったガイの末路なのだろうか。その瞬間、ジュンのアームが一筋の閃光と共に切り裂かれた。
その後から黒い機体が凄まじいスピードで飛んでくる。カノン砲を撃ったと同時にアキトの機体も同時に飛翔したようだ。アキトはガイを救出すると、ジュンに向かってカノン砲の標準を合わせる。

『ジュン。手をひいてくれ。さもなくば…落す』

『テ、テンカワ・アキトォォォォォッ!!』

ジュンは積んであった残りのミサイルを全てアキトに向かって噴出する。アキトはガイを弾き飛ばすとカノン砲で撃ち洩らす事なく全てのミサイルを撃ち抜いて行く。
まるで花火の如く次々に爆発し、大輪の花を咲かすミサイル。それを中央にアキトとジュンは対峙した。因みにアキトに弾き飛ばされたガイは他のデルフィニウムと戦闘をしている。普段の奇行でプロスでさえガイの実力を疑ってしまったが、こうしてみると腕は一流だ。ただし、攻撃ごとに叫びまわる為、被弾の数が増えている。ヨウスケの悲鳴が聞こえそうだ。

微動だにせず、対峙していたアキトとジュンだったが不意にアキトの機体へジュンからの通信が入る。映し出されたその映像のジュンは表情に怒りが浮かんでいた。

『テンカワ。僕はお前が嫌いだっ!』

ジュンは憎々しげにアキトを睨むと吐き捨てるようにして言い放った。

『いきなりだなぁ』

アキトは思わず苦笑する。だが、カノン砲の標準はジュンから微塵として動いていない。ジュンもそれは解っているのか下手に行動をとろうとしない。

『ユリカと幼馴染かもしれない。でも、ずっとユリカを見てきたのは僕だ。君じゃない!』

『色恋沙汰で、戦争するのか?お前。しかも好きな女が乗ってる船に攻撃しかけて?』

ちょっとむっとしたようにアキトは眉を顰めた。その後ろではガイの怒声が響き渡りデルフィニウムが3機目の墜落をしていた。因みにガイの機体は限界が近い。動きが徐々に低下してきて損傷が激しい。ヨウスケの整備は徹夜になりそうだ。

『違う!好きな女だから敵になるのが堪えられないんじゃないかーーーー!!』

ジュンが背中のバーニアをふかせ、アキトの突進してくる。アキトは上空に飛ぶと、真下に来たジュンのデルフィニウムの頭部に向かって蹴りを撃ちこみその反動を利用してバックに回った。その後ろからコックピットに標準を合わせる。

『仮にユリカを地球に連れ戻したとして、どうするつもりなんだよ?さっきユリカが言ったじゃないか。ここがユリカの場所だって』

『そ、それは僕に対する嫌味かァァァッ!!』

『な、なに言ってんだよ!お前!!』

ジュンは振り向きざまにアームを裏拳式に振りぬいた。アキトは今度は一気に下降すると下からカノン砲でアームを撃ち抜いた。ボゥン!とアームが吹き飛び、その反動でジュンの機体は大きく揺らぎバランスを崩した。

「ジュ、ジュン君…どうして?」

ユリカは二人の戦いを見ながら本当に解らないと言った感じで呟いた。思わずブリッチクルー皆が「はぁっ!?」と言う表情でユリカを見るのだった。
だが、そんなブリッチとは対照的にジュンとアキトの間に流れる雰囲気は更に張り詰めて行く。

『なんで!何でお前じゃないと駄目なんだっ!何で僕じゃ駄目なんだッ!』

ジュンは叫びながら、無茶苦茶にアームを振りまわす。規則性がないだけにアキトも中々に苦労しながら避けているがそれでも掠りすらさせないアキトの腕は見る者を感嘆させた。

『落着け!そんな話する為に追いかけて来たのかよッ!』

アキトのカノン砲が再び火を噴く。閃光は残ったアームを貫きジュンの機体はまたもバランスを崩す。アキトのコックピットに映し出されたジュンの表情が苦痛に歪むが、それでジュンは言葉を紡いだ。

『五月蝿い!お前に何がわかる!僕は、僕はユリカを守りたかっただけだ!でも、それすら出来なかった!憧れた正義の味方にもなれなかった!』

『行動もしてないのに出来るわけないだろ!』

そう言ってアキトは叫んだ。ジュンはムネタケに踊らされるようにして反乱に乗った。それも流されての行為だ。確かに、あの出来事はジュンが理想する行為とはほど遠い出来事だっただろう。それでも、行動しなかった。行動したくなかったのかもしれないが、ムネタケがジュンに言ったとおりユリカを説得しようとしただけだ。今回にしてもユリカを守るという行為にも、正義の味方という行為にも当てはまらない。
アキトにはジュンの行動が理解できなかった。
しかし、ジュンは遂この間まで同じ船で食事をとり同じ空気を吸った仲間。アキトに仲間を傷つけることは出来なかった。

『なぁ、落ち着けよ、ジュン。ユリカはナデシコを降りないって言ってるんだ。だったらお前がナデシコに戻ってくれば良いじゃないか』

アキトは攻撃の意志がないと言わんばかりにジュンに向けられたカノン砲の標準を下げる。その様子をモニターで確認したジュンは一瞬戸惑うと、訝しげな表情でアキトを見た後、自嘲気味に笑うと俯き、言葉を紡いだ。

『…僕にナデシコに戻れって言うのか?どうせ気付いてるんだろ。僕がムネタケ副提督に荷担した事も、さ』

アキトはそれを聞くと、頷き苦笑しながら言う。

『まぁ、ね。でも、契約も残ってるしさぁ…。それに俺達仲間だろ』

『仲…間?』

ジュンは俯いていた顔を上げると不思議そうに聞いた。
信じられなかったというのもある。なんと言っても今の今まで戦っていたのだ。まして、自分は反乱に荷担した身。非難されても仕方がない行為をした筈にも関わらず、アキトは仲間と言ってくれる。にわかには信じがたかったがアキトの目を見れば本心から言っていると思えた。
微笑んで、とは言っても苦笑ではあるが嘘を言っている感じではない。

『そう。仲間だよ。だからナデシコに帰ろう?』

アキトはそう言って今度こそ本当に微笑んだ。ジュンはつられるようにして微笑んだ。だが、寂しそうに表情を歪め苦笑するとアキトに背を向け、言葉を紡いだ。

『そう言ってもらえるのは嬉しい。けど…僕はそれに甘えてしまいそうになる自分が許せない』

『…ジュン』

『君は逃げるんだ。ヤマダも一緒に連れて行け』

アキトが不思議そうな表情で何か言おうと口を動かした瞬間、ナデシコのルリから通信が入る。アキトはスクリーンに映ったルリの切羽詰まった表情を見てただ事ではないという事に気付いた。

『アキトさん!アオイさんを連れてナデシコに帰鑑してくださいっ!ミサイル来ますっ』

アキトはそれを聞くとガイに通信を送り、ナデシコに帰鑑するように伝えた。そして、ジュンのデルフィニウムを掴むとナデシコに向かって進路をとり一気にバーニアを噴かせる。

『ジュン!お前死ぬ気だったなッ!?』

ナデシコに向かいながらアキトはジュンに語りかける。ジュンは弱く頷くとアキトを見て弱々しく苦笑した。

『今の僕に出来る事といったら、こんな事しかできないから…』

『馬鹿!死んでも誰も喜ばないよ!ユリカも悲しむぞっ!』

アキトはガイから遅れてナデシコに帰鑑するとハッチに飛び込むと同時にジュンに向かって激高した。それから程なくしてナデシコ全体をディストーションフィールドと呼ばれるバリア波が覆う。ミサイルを弾き、その場で誘爆させそのまま防衛ラインを突っ切った。激しい衝撃がナデシコを襲う。

『誰かの犠牲になって死ぬなんて、そんな馬鹿げた事はよそうよ。な?』

アキトはそう言ってジュンを見た。ジュンは、押し黙ったまま何も言わない。アキトは、小さくため息をつくとゆっくり語りかけるのだった。

『誰だって”今”は何も出来ない。でも、”未来”があるじゃないか。今出来なかった事でも、明日になれば出来るかもしれない。
 答えを望むのは、まだ早いんじゃないのかな?』

ジュンは小さく「そうかもしれないね」と呟き、アキトを見る。

『テンカワ。君は強いな…。僕も強くなれるのかな?』

アキトは「俺だって、強くなんてないよ」と苦笑しながら首を横に振った。

──強かったら、復讐の怨嗟に身を任せたりはしないもんな…
アキトはふと脳裏に浮かんだ自嘲の言葉を苦笑でかき消すと、ジュンに言う。

『なれるさ。ここで、ナデシコで自分を見詰めればいいじゃないか』

アキトが言ったその言葉はアキト自身にも向けられた言葉だ。ジュンは頷くと、照れくさそうに笑った。

『…ありがとう。テンカワ。じゃあ、改めて宜しく、かな?』

『ハハ。宜しく、ジュン』

そんな二人を見ながらガイは感涙していた。目が血走り、『これぞ漢の友情ッ!美しいィィィィィィ!!』と叫んでいる。折角の感動もガイ一人の演出ですべて台無しだ。

『友情ォォォォォォォォォオオオオヲヲヲヲおおぉぉっ!!』




その後、ブリッチに向かったジュンは大した咎めもなかったが、ユリカの一言で少しブルーになったのだった。
その一言とは「ジュン君が帰ってきてくれて嬉しいよ!やっぱりジュン君はユリカの大事な友達だねっ!」というものである。
それを見たバイツが、憐憫の眼差しでジュンを見て呟いた一言が印象的だった。


「…むくわれんな、副長」











そんな事があったその日の深夜。ガイはエステにゲキガンガーのシールを貼りに格納庫に来ていた。そして、貼った後に格納庫を後にしようとしたとき、ヨウスケが歩いてくる。

「よ!」

「ガイ。お前俺の苦労も考えろ?…おかげで徹夜作業だ」

ヨウスケがスタミナドリンクを飲みながらガイのエステを見上げる。それを見て思わずため息をついた。そんなヨウスケを見て、ガイは豪快に笑うとヨウスケの肩をばしばしたたく。

「ため息つくと幸せが逃げるぜ?がっはっはっは!」

「お前の所為だ。お前の」

ヨウスケは苦笑すると、ガイと別れ首の骨をならす。整備士泣かせだが、同時に整備士冥利にも尽きる。

「やれやれ、整備のし甲斐があるってか?」

大きくのびをすると、両頬をぱんぱんと叩き、自らに喝を入れた。整備途中に睡魔に襲われて眠ってしまったら、後で笑いものになってしまう。
とは言っても一人でしようと思う自分も自分だが、とヨウスケは苦笑した。明日はシフトでは休みだし明け方に寝ればいい。
残業手当もでないが、これは自分が好きでする事だ。そんな所は班長のウリバタケに多少にてるかもしれない。



「さて!いっちょやりますか!」


鼻歌交じりにヨウスケは整備を始める。なんだかんだ言っても楽しい事は楽しい。
整備を始めてから暫くたった頃、ヨウスケは一息入れコードにつながったエステを見上げた。中腰になり、そこからのびをするとエステに背を向けてポケットに入れている煙草をくわえた。基本的に禁煙だが、どうせ誰もいないし大丈夫だろうと思い火をつける。

ガサッ…!

「ん…?」





なにやら聞こえ、その方向に目をやると数人の人間が運搬船に乗り込んでいくのを見かけた。ヨウスケは不審に思い、息を殺して近づく。
見覚えのあるメンバーだった。それは捕縛した軍人達。逃げるつもりだと解ったヨウスケはゆっくりと後進する。後少しで軍人達から見えない場所に到達できる場所まで来たとき、ドスンと背中に何かが当たる。それは、人だった。慌てて振り向くと同時に地味な音と眩い閃光が耳と目に飛び込んだ。
そして、胸に激しい違和感と喉を駆け上ってくるクルミの味。






「…え…?」





驚愕した表情を浮かべ、ヨウスケは自身の胸を押さえた。ねとっと掌にあってはならない違和感を感じた。掌が燃えるように熱い。掌を当てた胸が熱く激しく痛い。




──…血?




「げふっ…っ…」




崩れ落ちるようにして、ヨウスケは自分を撃った軍人の服を掴みながら地面に倒れた。



「ム、ネ…」



ヨウスケが吐血しながら言葉を紡いでいると、無慈悲にも背中に再度銃弾が撃ち込まれた。激しく一度飛び跳ねるようにして痙攣すると二度と動かなくなった。撃った相手は骸になったヨウスケに一瞥くれると運搬船に急いだ。
翌日、格納庫で銃弾に倒れ冷たくなって絶命しているヨウスケと、格納庫のコンテナから姿を消した軍人達。それに盗まれたであろう運搬船が確認された。







「ヨウスケ!嘘だろっ!?ヨウスケェーーーーーー!!






ガイの叫び声が、医務室に響き渡るのだった。
アキトは俯いたまま、拳を握りしめ吐き捨てるようにして呟く。ウリバタケは額を押さえぐっと下唇をかみしめて廊下の壁に寄りすがる。

「…だから、軍人は嫌いなんだよっ…!」

「…」



バイツは珍しく喫煙室で煙草を吹かし、天を仰いで少し嘆息するのだった。


──こりゃ…計算外だったな


まさか、あんな時間に整備をしているとは思わなかった。自分に認識不足もあったかもしれないが終わってしまった事だとバイツは苦笑した。
こうも人の死に対して、何も感じないとはと、バイツは自虐の笑みを浮かべた。別にヨウスケに何の落ち度があったわけでもない。ただそこにいたという理由だけで命を散らせてしまった。自分も関与している。だのに、少しも心が痛まない。


「…外道か。俺もお前と同じかよ。ククッ」


何が可笑しかったは自分でも解らないが、不思議と笑ってしまった。

──いずれは俺もアキトに恨まれるのかねぇ

肺にたまった煙草の紫煙をはき出すと、バイツは頭を乱暴にかいた。それも仕方のない事。それだけの事はやっている。
ルリやラピスにも憎まれ、疎まれる事になるだろう。だが、それもまた良いかもしれない。
それが自分の生きる意味になるのであれば構わない。その時自分がどんな心境か見物だ。



「ヤー・プリダーチリってか?」



クックと喉で笑うとバイツは席を立ちそのままブリッチに向かった。







機動戦艦ナデシコが次に向かうところはサツキミドリと言う宇宙コロニー。それまで時間は暇なほどにある。
それぞれの想いを胸に出発。














後書き


今回は結構シリアスっぽく決まった予感デス。
TV版で何話だったかは忘れてしまいましたが、ルリのピースランド話。レンタルしたときに見てたらとんでもねぇことになってました。
ノイズ走りまくり。画面死んではる…。

「誰じゃ!こればっか中心的に見よった奴はっ!これじゃ目が悪うなるけぇ見れまーがっ!」

と、思わずTVに蹴り入れたのは私だけの秘密(はぁと




今回の登場人物情景描写です。(そろそろ辛くなってきた今日この頃…。でも私負けないっ!)



主人公二人組


アキト君

ジュン君説得に成功。色々青臭い台詞を言って後でちょっぴり恥ずかしかった模様です。
ですが、そんな気分もヨウスケ君の殺害で一気に冷めてしまいました。軍人嫌いに拍車がかかった模様です。裏でバイツ君も関与していると言う事を知ったらどんな反応を示すのか…。余談ですが、これを機にガイ君と仲が良くなって行きます。


バイツ君

ただいま外道街道まっしぐら。完全に人の死に対して冷め切っているようです。ムネタケになにやら手渡してるし…。
なんかいろいろと怪しい言動とりまくりのバイツ君。そろそろばれてるんじゃないでしょうかねぇ?



主要登場人物


ジュン君

ナデシコに返り咲き。アキト君とお話ししましたが、それでもやっぱりアキト君はあまり好きではない様子。
感情の面で譲れないと言ったところです。男の子だね!副長!


ガイ君

親友を失ってしまいました。ただいま放心中デス。ヨウスケ君が殺されたのは自分が機体を大破させてヨウスケ君が徹夜作業していた所為だと自分を責めています。しばらくの間は行動する事が出来ないですが、アキト君にエステの模擬戦を申し込んでから徐々に変わってゆきます。


ラピスちゃん

バイツ君の事を見ていただけに今回の件は酷くショックです。ですが、ラピスちゃん自体もアキト君やバイツ君、ルリちゃん以外の人間に対しては意外にドライなためショッキングな事件を聞いた、見た。といった程度です。ただ、それにバイツ君が関与しているという事が酷くショックなのです。


ルリちゃん

バイツ君の行動をオモイカネを通して監視していた為、バイツ君を疑っています。ですが、信じたくないと言う気持ちと見ていたという事実の間の葛藤で酷く苦しんでいます。後日少なからず、アキトにそのことをほのめかすルリちゃんです。


ヨウスケ君

銃殺。「ム、ネ…」に殺されました。ガイ君に色々与えて散っていきました。


ムネタケ副提督

逃げました。


ゴートさん

□リータ元帥の称号をえました


その他クルー


特筆すべき点なし





…勘弁してください。私は外道じゃないですm(_ _)m 懇願

 

 

代理人の感想

ヨウスケ・・・・ここで死んでしまうとはっ!

・・・・人の死と言うのはまこと大きな影を物語に投げかける物ですね。

まぁ、気をとりなおしてささやかにツッコミでも(おひ)

 

>コウモリ呼ばわりは心外だな

バイツ君、コウモリはどちらにもつかなかったからコウモリなんだよ(爆)。

 

>地球を守りたいならお一人でどうぞ
>自己満足な考え

いや、ど〜考えてもジュンの方が正論だと思うけど(爆)。

 

>最後の科白は僕には聞こえなかった

・・・・くうっ。(貰い泣き)

 

 

追伸

外道かどうかは読者が決めてくれるでしょう。(核爆)