ヨウスケの死が一部の人間に様々な思惑、感情を抱かせた。
ある者は死を忘れようといっそう仕事に打ち込み、ある者は戦艦は戦艦であると思いを巡らせ、ある者は悲しみに明け暮れた。
ヨウスケの同室者であるガイは自分の勝手な行動がヨウスケの死を招いたと自分を責めた。頭では直接的には関与していない事だと解る。
だが、結果がああであった以上感情で整理が付けられないでいた。

「…ヨウスケ…」

整備班が慌ただしく動き回る格納庫の天井通路部分の手摺りから自分のエステが整備されるのを何気なく眺めているガイ。つい昨日までは、自分のエステの傍らでヨウスケが整備していた。もうヨウスケがいないという実感がわかない。いつものように寝ぼけ眼をこすりながら出勤してくる。
そんな気が、いや。そう願う。だが、現実は現実であり事実は事実。
ヨウスケという存在はすでにこの世には存在しないのだ。

「…ヨウスケェ…」

情けないと言われようが、せめて今だけは誰にも何も言われずにヨウスケとの今生の別れを悲しみたかった。






















機動戦艦ナデシコ
Lone Wolf
第四話:時間…前編























アキトとルリ、バイツ、ラピスはうまい具合に休憩が重なり食堂で早い昼食をとっていた。
アキトにはいつもの明るさがなく多少沈んだ表情で食事をとる。仕事中にもそんな顔をしていた為、ホウメイに叱られた。



「アキト、悲しいのかどうかわらないけどねぇ。こちとら客商売。
 せっかく来ていただいてるお客さんにそんな顔見せんじゃないよ!
 料理ってのは腹を満たす為だけにあるんじゃない。
 腹を満たすだけならジャンクフードでもシリアルだって良いんだ。
 なんで、私達”料理人”と言う職種があるか。もう一度良く考えるんだね。
 ほら、そんな辛気くさい顔なんか見たかないよ。さっさと休憩に行って来な!」



そして追いやられるようにして休憩に入った。
バイツは今回の事どう思っているのか、アキトはそれをバイツの表情からはかろうとチラリと視線を送った。バイツは普段通り、食事をとっている。
ラピスのラーメンにこっそり大量のコショウを入れようとしてラピスにサミングをかまされている。



あ゛あ゛ッー!?目ェー…目、目ェーーーッ!?」



目を押さえながら地面を転がり回るバイツははっきり言って通行の邪魔だ。
ちょうど歩いてきたエリに苦笑されながら話しかけられていた。

「ちょっと、バイツさん邪魔」

「や、やぁ。ミス・ウエムラ…」

目を押さえ、どうにか座り込むバイツ。エリを確認したラピスが椅子から飛び降りエリに抱きついた。

「エリ。おはよう」

「おはようラピスちゃん」

ラピスは薄く微笑むとエリに頬ずりをする。エリは気恥ずかしいのかくすぐったいのか照れた感じで首をすくめた。
そんな三人を見ながらアキトは小さくため息をついた。アキトのため息に気付いたルリがアキトを見てこちらも少しため息をつく。


---アキトさん…


ルリは少し複雑な心境だ。アキトの事は心配だが、別に自分自身ヨウスケの死に対して特に深い感情はない。非情なようだが一整備士が殺害された。
ルリにとってみればその程度でしかない。それをアキトに知られたらアキトはきっと怒りを押し殺して悲しむだろう。アキトとはそう言う人間だ。
だが、落ち込むアキトを元気づける術を知らない。気の利いた台詞の一つも思い浮かばない。自分の頭に入っているのは情報。人の感情を考えて、それを対処する。そんな事は一つも解らない。


---所詮、私も頭だけ…


思い起こせば、アキトがこんな表情を見せた時をルリは知らない。アキトは感情に素直な人間だから嘘をついたり隠したりする事が下手だ。
アキトにこんな表情を出させると言う事は、それ程今回の事件がショッキングだったのだろう。それに対してルリは感情を表に出す事がない。ネルガルにいた頃、陰口で「人形のようだ」だとか「作り物」だとか「テンカワも厄介な奴を目にかけるものだ」等、言われていた。自分に対しての誹謗中傷など意にも介さなかったがアキトの事を悪く言われたのに対して酷い憤りを感じた。そして、それと同時に自分はアキトとは違うのかと酷い焦失感と絶望感に襲われた。そんなルリを元気づけ、励ましてくれたのはほかでもないアキトだ。未だにその恩を返せないでいる。そんな無力な自分が歯痒い。
ふと、ラピスやバイツはどうだろうかと二人をみる。

「バイツさん。いい加減そのミス・ウエムラはやめてくださいよぉ」

「はて?なぜかね。君はミスではないのか?ま、まさかその歳でミセスかい?」

「違いますっ!」

バイツは確固たる自分の世界を持っている。初めて出会った時からそれを知った。何人たりとも自分の世界を侵す事を許さなかった。例外は、ルリ、ラピス、アキトの三人。良くしてくれた。特にルリやラピスには気を掛けてくれた。初めはアキトとバイツを鬱陶しく感じたものだ。アキトはそんな自分を本気で心配してくれ、その心遣いが嬉しくなった。いつしか一緒にいる事が嬉しくなり楽しくなった。バイツはアキトとは違い、深く踏み込んではこなかったがさり気ない優しさや時折見せた計り知れない深みのある瞳が印象的だった。
距離を置いて、さり気なくサポートしてくれたバイツがいつしか頼りがいのある人物として認識された。バイツはアキトはもとよりルリやラピス以上に人の死や別れに対してドライというか、冷めていた。一度聞いたときバイツはこう言った。



「別れに興味はないね。無論、死もな。生きてきたからには死ぬ。
 それは至極当然の流れだ。人に出会うと言う事も別れがあるのは当然の流れ。
 一々それに対して特別な感傷など必要ない。
 無論、それが自分自身に降りかかろうが関係のない事だ」



自分自身に対しても冷めているのですね。とルリが言うとバイツはフッと笑いながら愉しげに言った。

「それが俺の世界よ」

それを聞いたとき、ルリは「ああ、この人は別の生き物だ」と思った。
研究者もアキトも自分でも死という恐怖から逃れる事は出来ないだろうと思う。それがバイツにはないのだ。飄々と何事もなかったように死ぬだろう。
息をするが如く、当然の事のように死を受け入れる。
真面目に聞けば真面目な返答をするバイツだが、普段にその面影は微塵もない。どこまでが本当のバイツでどこからが造ったバイツなのか。未だにその境界線が見えない。ルリは正体が見えないバイツから一歩引いて接している。バイツもまたそれが心地よいのか踏み込んでこない。だが、ラピスは完全にバイツの世界にのめり込んでいる。ルリがアキトの世界にのめり込んだと同様、ラピスはバイツの世界に足を踏み入れた。

二人きりになった時ルリはラピスと話した。
これ以上バイツに関わるのはやめなさいと遠回しに伝えた。ラピスはそれに対して不思議そうな表情で聞いた。

「バイツいい人。ルリ嫌い?」

嫌いではありませんがと言い淀むとラピスは不思議な台詞を言う。それは今でも刻まれている。
ラピスにバイツの何が見えたかは解らなかったが、本心からラピスを恐ろしいと思ってしまった。

「バイツの世界、ラピスは知ってる。バイツの世界大きく狭い。深くて浅い。ルリ、意味解る?んふふ」

ラピスの笑顔を見たのはそれが初めてだった。アキトと話している時よりも、アキトの手料理を食べている時よりも嬉しそうな笑顔だった。
その笑顔の陰にバイツのあの愉しそうな表情が見えた。いつしか、ラピスはバイツに依存していたのだ。確かにラピスは誰も寄せ付けなかった。絶対的な壁を形成しておりルリもアキトも寄せ付けなかった。アキトはそれでもラピスと仲良くしようと骨を折って頑張った。バイツは暇を見てはラピスを可愛がっていた。たった一度、二人の会話を聞いた事がある。それは夜に眠れなく、アキトの部屋に行こうと思っていたときのことだ。ラピスも眠れなかったのか丁度バイツの部屋に入ってゆくのを見かけた。自分でも悪趣味だと思ったが、息を殺して会話を盗み聞きした。他人の会話に興味がわいた自分自身に驚いたが、ラピスは自分の妹のような娘だから気にかかるのだと言い聞かせ耳をつけた。


「バイツ。バイツはラピスの父さんみたい」

「光栄。私は娘を持っていなかったからね」


何を言っているのか、不思議だった。
バイツの経歴では20歳前後。10代ではない事は間違いないだろう。だが、結婚していたという経歴は載っていない。離婚歴もない。それにあの落ち着いた柔らかな物腰のバイツは自分の知る限りでは見た事がない。それにバイツは一人称を「私」と言っている。おかしい。何か変だ。
ルリはじっと息を殺し、さらに会話を聞いた。


「今日はどんな話をしてほしい?ラピス」

「お話より、バイツの手品が見たい」

「良いよ。では、一寸した魔法を見せましょうか」

「…魔法?魔法なんて作り物だよ?」

「ふふ、現実的だね。騙された、と思って見てくれるかね」

「うん!」


嬉しそうなラピスの声が聞こえた。この娘はこんな嬉しそうに話せたのか。そうルリは思った。今までラピスから感情のこもった声を聞いた事は数えるほどしかない。だが、バイツと話している彼女からは無感情な言葉を聞く事がない。そう言えば、ラピスが感情を見せるのはアキトとバイツの話をする時だけだ。アキトの時は嬉しそうに照れくさそうに話すが、バイツの時は自慢するかのように愉しそうに話す。少し妬ける。ラピスに対してではない。バイツに対してだ。バイツは頑なに距離を保っていたラピスの心をあっさり溶かした。
アキトよりも先に、ルリよりも先に。自分の場合、他人に興味などなかった為ラピスが心を開く事などなかっただろうが、それでもラピスに一番近い場所にいるのは自分だと自負していた。だから、バイツに妬いた。


「わー!凄い!バイツ。バイツ!どうやったの」


考え事をしていたルリはラピスの楽しそうな声ではっと我に返った。
どうやら”魔法”と言う名の手品が終わったようだ。


「秘密だよ。謎だからこそ、魔法なのさ。さ、ラピス。もう寝よう」

「うん。バイツ、一緒に寝よ」

「甘えん坊だね。良いよ。来なさい」


ますます、正体が解らなくなった。
バイツの経歴は巧妙にネルガルが偽装していると思ったルリは、時間を見てはバイツの経歴の穴を捜した。だが、不審な点は一つとして見あたらない。バイツが語った通りの経歴で、ネルガル襲撃の事も記載されている。元クリムゾンのSSであった事も、それ以前は裏社会で暗躍していたフリーエージェントであることも記されている。ネルガルの精神鑑定が行われたのか、性格分析の場所にこうも記されていた。



『危険思想の持ち主。束縛される事を嫌う性質。扱いには細心の注意を払う事。
 常に監視下に置く事を義務づける。それ以外は一切解らず。
 鑑定に当たった精神鑑定士が数名精神崩壊を起こした事から監視レベルをSSにする事』



つまり、ネルガルからも信用されていないと言う事なのだろう。クリムゾンに疎まれ捨て駒にされ、寝返ったネルガルには監視される。一体どんな気分なのかと、モニターと睨めっこをしていたところに不意に背後からバイツに話しかけられた。


「おもしろい事でも載っているのかな?」

「あ、あっ、ぃ、いえ!」


激しく動揺したのだろう。ルリの言葉は裏返ってしまっていた。


「何が知りたいかは知らないが、知らないで良い事もあるのだよ。ルリ」


そう言ってくしゃくしゃっと頭を撫で楽しそうに笑うバイツが印象的だった。殴られるか、怒られるかされると思ったルリは思わず身構えたが思いも寄らないバイツの行動に呆気にとられぽかんとした表情でそれを見上げたのを覚えている。
思い過ごしか、それともネルガルをも欺いたのか。
それを計り知る事は出来なかった。ただ、バイツがネルガルに対して忠誠を誓っていないと言う事は事実だろう。そしてクリムゾンにも。バイツが一体何を考え何を望み、何の為に生きているのか。それは今でも解らない。いや、もしかするとこれからも一生解らないかもしれない。


---よくよく考えてみれば、ネルガルが偽装する理由なんてないんですよね…




ふぅっとルリは再び小さくため息をついた。ネルガルがバイツの経歴を偽装する理由など、ないのだ。
だが、何か胸につっかえを感じる。

「はぁ…」

三度ため息。
アキトにヨウスケの死にバイツがそれとなく関与していたと伝える為にどうしたものかと思い悩んでのため息だ。ちらり、とバイツを見ればエリに手品を見せているバイツがいた。
バイツは一流のマジシャン顔負けのテクニックを持っている。何度かラピスと一緒にバイツの手品を堪能したが、未だに種が解らない。

「そうだ。ミス・ウエムラ。君に返さなくてはならないものがある」

手品の一環の流れで、バイツはエリにトランプを一枚渡した。エリは渡されたトランプを不思議そうに見ている。トランプはハートのクイーンで、それを興味深くラピスと一緒に見ているエリにバイツは「じゃあ、それを返してもらおうか」と言い、「不審なところはなかったかい?」と聞いた。
エリとラピスはほぼ同時に頷き、バイツの次の行動を見守った。バイツはそれをトランプの束に戻すと手早くシャッフルする。シャッフル一つをとっても見る者を飽きさせない独特の捌き方だった。

「凄いですねぇ。手品師顔負けですね」

エリは感心しながら、バイツの手の動きを追う。いつの間にか集まったクルーもバイツのカード捌きに見惚れている。

「手品師って言ったら、やっぱり白面のエルリックだよなぁ」

ぽつりとクルーの一人が呟いた。白面のエルリックとは3世紀ほど前からずっと名前を引き継がれている手品師で、いつも白い仮面をつけていた事からそう呼ばれるようになった。ちなみにエルリックとはどこぞのファンタジー小説の主人公の名前を拝借したものだそうだ。
時代を超えて平行宇宙を流れると言ったその主人公と、名前が引き継がれていくマジシャンを面白可笑しくそう呼ぶようになったのだという。初めの頃はエルリックとは呼ばれずゴーストボーイと呼ばれていたそうだ。

「そう言えば、ここ数年姿を見ねぇな」

「そうだな。楽しみにしてたんだけどなぁエルリックの特番。そう言えば、今何代目だったけ?」

「確か、7代目じゃねぇか?最近見ねぇっても後継者でも探してるんじゃないか?もう40越してるだろ」

正体不明の天才マジシャン。仮面で顔が隠されている為どんな人間か解らない。それがまた神秘的だと言う事で、いつしかゴーストボーイより、白面のエルリックの名が先行するようになったそうだ。実際の所エルリックと言うのもその物語に出てくる主人公の一人にすぎないが最も有名な名前がためにそれが付けられたのだろう。因みにエルリックの年齢は、何代目かと言う事から逆算していった物で実際はどうか解らない。

「さて、君が選んだハートのクイーン。見事にシャッフルされてどこにあるか見当もつかないね」

バイツがそう言いトランプ全部をエリに手渡す。そして中にちゃんとハートのクイーンがあるかどうか確認させた。別に変わったところなど無い。そして確かにハートのクイーンは存在する。ほかのクルーもそれを確認した。

「よし。では今度は君がシャッフルしてくれるかい?」


エリはトランプを暫くシャッフルするとバイツに渡した。バイツはそれを受け取り、二、三度トランプを「ぽんぽんっ」と叩く。
そしておもむろにカードを扇のようにばっと広げるとそれを裏返しながらを皆に向けて全開させた。
すると、なんとそこにはハートのクイーンがびっしりと詰まっていたのだった。
トランプのカードすべてがハートのクイーン。一様にそれを見た人は息を飲み驚きをあらわにした。
今度はエリにその中から13枚引くように言った。
エリが13枚カードを選ぶと、その13枚のカードを受け取り、皆に向けて全開した。するとそこにはハートのクイーンがびっしりと詰まっていた。
トランプのカードすべてがハートのクイーン。一様にそれを見た人は息を飲み驚きをあらわにした。

「!」

「うおっ!」

「すっげぇ!」

バイツは皆の驚いた顔を見ながらカードを再び元の状態に戻しその中から一枚取り出した。勿論、抜き取ったカードもハートのクイーンだ。

「さて、ミス・ウエムラ。君はクイーンブランドは好きかな?」

数あるブランド会社の中でクイーンはその繊細な持ち味と上品な色合いを絶妙な掛け合わせで世の女性を虜にした有名ブランドだ。

「はい!かっわいいですよね〜」

「ふふ。君も女性だね。セニョリータ」

そう言うとバイツはトランプを両手で包み丸めた。そして一回二回とバーテンのように手を上下に振る。そしてぱっと手を広げるとそこからクイーンブランドのハート模様をあしらった淡い光沢を持つハンカチがひらりと現れた。

「この間ハンカチを借りただろう。汚れてしまって女性に返すには忍びなかったのでね。
 詫びにこれをあげよう」
 
流石に高級ブランドのハンカチをあげると言われ、エリも慌てて断ったが、バイツは少し笑うと手品用のネタだから構わないよとやんわり渡した。これをネタにエリはホウメイガールズに冷やかされる事になったのだった。

「いや〜得したなぁ。まさか戦艦で手品が見れるなんて思いもしなかったぜ」

「ほんとほんと。下手な娯楽より楽しめたな」

「バイツって言ったっけ?なかなかどうして良い奴じゃねぇの。この前の食堂ではカチンと来たけどよ。ま、気障くせえけどな」

クルー達の会話を聞きながらバイツは苦笑した。一部頬をひくつかせた台詞がバイツの耳に聞こえたようだがすぐに戻る。
途端に自分の評価が好転したため苦笑したのだが、大方現金なものだとでも思っているのだろう。
バイツの様子を見ていたラピスはエリから離れると、ぽむっとバイツに飛びついた。バイツも飛びついてきたラピスを抱えると椅子に座り直した。

「アキト。いい加減その辛気くさい面はよせ。ルリが心配するぞ」

バイツがアキトにでこピンしながら苦笑混じりに言う。ルリは「誰の所為だと思ってるんですか」と思いバイツを睨んだ。バイツはルリの視線を受け止めると薄く、愉しそうに頬を歪めた。背中から一気に悪寒が駆け抜けた。オモイカネに見られていた事を知っている。
ルリはそう直感した。すべて知った上でやっていたのだ。それも、恐らくはプロスやゴートにはルリが伝えないと言う事を知っている。ルリもアキト同様自分が仲間と認識した人間に対しては自分が思っているよりも甘いのだ。バイツはそれを知っている。

見透かされている。

バイツと絡み合う視線にルリは堪えきれなくなり、視線をアキトに移した。アキトはぽりぽりと頭をかき、小さく「ごめん」と呟いた。
アキトの事だ。どうせルリに心配をかけた自分を責めているのだろう。ルリはそう思い、アキトの手をきゅっと握った。

「アキトさん。私、何も解らないかもしれません。でも、アキトさんがそんな顔をしているのを見るのは…辛いです。
 アキトさんには何時でも笑っていてほしいです。わがままです。私」

「ルリちゃん…」

アキトは一寸微笑むと、ルリの頭を優しく撫でた。ルリは俯いてその感触を味わっている。
そう言えば、アキトに撫でられるのは久しぶりだ。ナデシコが出発した時以来だろう。色々とごたつきがあった為、落ち着いて話をしたり食事をとったりする時間は数えるほどしかなかった。

「解ったよ。ルリちゃん。ありがとう」

「いえ、そんな…」

こうしてみると、いかにアキトとバイツが対極の人間であるか解る。似通っている部分は多少なりともあるとは思うが、だ。
どうして、バイツとアキトは仲がよいのだろう。己にない部分に惹かれあっているのだろうか?だが、バイツからそんな様子を見受ける事は出来ない。
何故なら、バイツは未だにアキトにすら己の深みを見せてはいないからだ。例外は多分ラピスくらいの物だろう。とは言え、そのラピスもバイツの深層を知っているとは到底思えない。だが、ルリやアキトよりも、そしてネルガルよりもバイツの事を知っているのは間違いないだろう。

ルリが俯いてアキトの手の感触を頭に感じながら考え事をしていると、バイツが椅子から立ち上がりラピスを抱え上げる。

「さて、と。そろそろ帰ろうかラピス」

「うん。またねエリ」

「ばいばい。ラピスちゃん、バイツさん」

「またな。ミス・ウエムラ」

バイツとラピスはエリに会釈して食堂から去っていった。
アキトは二人を見送った後に、コップに注がれた麦茶で一息ついた。ルリには笑っていて欲しいと言われたが、しばらくは自分でも無理だと思う。
人が一人死んでしまったのだ。アキトは小さくため息をつくと自分の髪をそっと撫でた。
アキトの手で、銀色の頭髪が光を受け、煌めく。ルリと並んでいるとそれがまた何とも幻想的で映える。

「なんだか、あの二人が並んでると綺麗な絵画って感じだよね」

二人を見ながらポツッとハルミが言う。ミカコもそれを聞いて頷いた。ジュンコはアキトの髪の煌めきを見てほぅっとため息をついている。

「あら、ジュンコ。また恋煩い?」

そんなジュンコを見ながらサユリが口元を押さえクスクス笑った。ジュンコはよく人を好きになる。それと同時に冷めてしまうのも早い為、「また」なのだ。熱しやすく冷めやすい、そんな恋を良くする。エリはそんな四人を見ながらバイツにもらったハンカチを眺めため息をついていた。

「あれ〜?どうしたのエリィ。ため息なんてついちゃって」

うぷぷっと悪戯気に笑いながらミカコがエリをのぞき込んだ。

「こんな高価な物もらっても困るじゃん。だって私がバイツさんに渡したハンカチって安物だったんだよ?」

エリがそう言ってもう一度ため息をつく。事実、本当に困っていた。
あの時、噛みついて強引にバイツについていった。その所為でバイツが怪我を負った。エリはそう思いバイツに謝ったがバイツは笑いながら「別に気にするな」と取り合わなかった。それに謝りはしたがお礼を言っていない。それにハンカチ。血で汚れて、使い物にはならなかった。
医務室にお見舞いに行った時、新しくしてハンカチを返すとバイツは言った。エリも別に気にしなくても良いと言ったがそうもいかないとバイツは言い、今日返してくれた。

「でも、本当困るなぁ…」

「もらっとけば良いじゃん。折角くれたんだからさぁ」

ため息をつくエリを見ながらハルミが言うと他のホウメイガールズも頷いた。

「やれやれ、若いねぇ…」

きゃいきゃい騒いでいるホウメイガールズを見ながら、ホウメイは苦笑したが、思わず呟いた「若いねぇ」の一言に自分で墓穴を掘ってしまったホウメイだった。






機動戦艦ナデシコ。時間を持て余すクルーも大勢いる様子。
強固なディストーションフィールドで守られているおかげで艦内も攻撃に怯えることなく平和な雰囲気が過ぎ去ってゆく。
サツキミドリに到着するまで皆どのように過ごしてゆくのか…。








後書き


主人公二人組とかほざいておきながら、どんどんとバイツメインにはまっていくド壺の私。
うむぅ、方向修正?(爆)題名からしてもアキトは一匹狼じゃないし、だはは(汗)


今回の登場人物情景描写


主人公二人組


アキト君

ヨウスケ君の死がアキト君にも影響を及ぼしている様子です。死や別れという概念に鋭い人間なのです。
誕生と出会いがあるからには、死や別離があると言う事は解っていますが、それでも割り切れないアキト君です。
益々軍人嫌いに拍車がかかるアキト君。今後どのような影響を及ぼすのでしょーか。


バイツ君

一言で気障。ハンカチ返すだけで手品するなよバイツ君。
それはそうと色々謎々な経歴デスなぁ。ルリちゃんにばれてるのにあの態度。根性悪です(汗)
精神分析員を精神崩壊させるってアンタ。どんな精神状態してるのさ…。



今回の主要登場人物


ルリちゃん

ラピスちゃんとバイツ君の関係が羨ましくもあり、不思議でもあります。
羨ましいと感じるのはアキト君と自分を重ねて見ているからであり、不思議と感じるのは記憶からの思いです。
あの件(バイツ君とラピスちゃんの会話の盗み聞き)以来、バイツ君の事を色々と嗅ぎ回っているのですが不自然な経歴が見あたらない。
実に経歴通りの人間だから逆に不思議だと感じるルリちゃんですが、その違和感がなんなのかわからない様子。


ラピスちゃん

エリさんに少し懐き始めています。休憩時間が重なったりしている場合よく三人でいる事を目撃されています。
ラピスちゃんはエリさんから料理の手ほどきを受ける事にしました。アキト君やルリちゃん、バイツ君を驚かせようと思っての事の様子。
初めての調理戦績は惨敗です。頑張れラピスちゃん。


エリさん

困り中デス。予想もしない物を受け取ったりすると普通は狼狽する物らしいです。
それはそうと、最近はバイツ君に色々と興味がわいてきている模様。それがまたホウメイガールズの冷やかしの種になっている事にまだ気付いていないエリさん。少しお間抜けサンの模様です。



サツキミドリに到着させるまで結構時間かけよっかななんて思ってる私です。
サツキミドリに到着するのって二週間(多分)あったはずだし…。色々話が作れそう。





前回代理人様の突っ込みより抜粋

>コウモリ呼ばわりは心外だな
>バイツ君、コウモリはどちらにもつかなかったからコウモリなんだよ(爆)。


実はニュアンスがちこっと違うのですが、バイツ君もそれらしい台詞言ってるのです。
「ヤー・プリダーチリってか?」と言う台詞なのですが「私は裏切り者」と言う意味だったりするのです。
何処かの国の言葉です。でかくて寒い極寒のイメージがあるとある国。





>地球を守りたいならお一人でどうぞ
>自己満足な考え
>いや、ど〜考えてもジュンの方が正論だと思うけど(爆)。


参りました(ぺこっ) m( _ _;)m

あの時(執筆中&読み直し中)は気にもならなかったんですけど…(爆)まだまだ修行不足だな>なぁ自分よ
よし!次回からは↑の突っ込みを視野に入れて微妙に変化させて行くZoo〜>ファイト僕

 

 

代理人の感想

・・・自分の書いた物を後から読み返すと時々あるんですよね。

「俺って凄い馬鹿じゃなかろうか」

って思う部分が(苦笑)

 

私なんぞは代理人の特権で時々こっそりと自作を修正してたりしますが、

一般の投稿作家の方はなかなかそうもいかないし、難しい物ですねぇ。

(もちろん、「こっそり直して下さい」と言う場合はこっそり直します・・・

 つーか、細かい修正をいちいち更新速報に乗せたりはしませんが(笑))