気が付いた時、俺は無明の闇の中にいた。
 そこでは全身の感覚があったが、その時の俺にとってはどうでもいい事だった。
 全てを失い、既に生きる気力も無い俺には…。

「此処は、なんだ?」

 只なんとなく呟いた言葉。
 答えが返ってくる事はない。
 それでも無明の闇に聞く。
 此処は何処だと。

 

 

 

 

 

 



 混沌の魂
  プロローグ後半

 

 

 

 

 

 





(闇よりも尚深きモノ。夜よりも尚暗きモノ。
 混沌の海。まったき虚ろ。
 金色なりし闇の王。)

 しかし答えは帰って来た。
 それに対し俺は驚きはしなかった。
 今考えてみればその時の俺は普通の精神状態とはかけ離れていたんだろう。

「何故、俺を呼んだ。」

 何故、俺はこの時呼ばれたと思ったのだろう。
 偶然に此処に来る事だってある筈なのに…。

(汝、此処に我に誓え。
 我等が前に立ち塞がりし、全ての愚かなるモノに。
 我と汝が力持て、等しく滅びを与えん事を!)

 ソレが言って来た言葉からは何か不思議な力を感じた。
 さらに闇に向かって言葉を紡ぐ。

「闇よりも尚深きモノ。夜よりも尚暗きモノ。
 混沌の海。まったき虚ろ。
 全てを束ねし、金色なりし闇の王。」

 何故俺はこの闇が全てを束ねるモノだと思ったのだろう。
 俺の言葉に反応し闇は一層力を増した気がする。

「我此処に汝に誓う。」

 これは…永遠の盟約。

「我等が前に立ち塞がりし、全ての愚かなるモノに。」

 俺の敵。
 木連中将草壁春樹とその忠臣達。
 そして、尤も愚かなのは。
 この俺、自分自身だ。

「我と汝が力持て、等しく、滅びを、与えん事を!!」

 そう、滅びるべきは、奴等も俺も同じだ。

 言い切った瞬間回りの闇が瞬時に眩い金色の光に代わる。
 そして俺の前にはその光よりもさらに強い光を放つモノがいる。

「汝、我との盟約を護れ。
 汝が我との盟約を護るなら、我は汝に力を与える。」

「俺は、汝との盟約を護り、
 俺の存在を賭け、全ての愚かなるモノに等しく滅びを与えよう。」

「汝、我との盟約を護れ。
 汝が我との盟約を破るなら、我は汝に滅びを与える。」

「俺は、汝との盟約を護り、
 それが叶わぬのなら、俺の存在全てが滅びゆくのを享受しよう。」

 もし俺が滅びを与えるのを止めれば、
 今度は俺の存在が滅びの時を迎えるだろう。
 そして俺はそれを甘んじて享受しよう。

「汝、忘れる事なかれ。
 我の色は闇。我の色は光。」

 そう、奴はこの世の全てを束ねるモノ。

「 汝は  全てを束ねる  全ての母なる存在 」
「 我は  全てを束ねし  全ての母なる存在 」

 ロードオブナイトメア即ち、悪夢を統べるモノ。
 全てを束ねる、金色なりし、闇の母。

「自らの意志で立ち上がれ。
 汝の納得のゆく未来を掴む為。
 汝の存在を賭け、闘い続けるが良い。」

 そう、全てを変える気はない。
 そんな事は出来る訳がない。
 俺が変えたい物は、俺の望む物は。

「誰よりも戦いを望み、誰よりも平和を望む。
 誰よりも矛盾を抱えた者よ。」

 俺の手の届く筈だった範囲の人たちだけで良い。
 俺の手で助けられる範囲の人たちだけでも。

「等しき滅びを、守護の力を欲するが故に求めし者よ。」

 俺は戦う。俺の見える範囲の人々を救う為に。

「今一度問う。
 汝、我の滅びの力を欲するか?」

「俺は…力が欲しい。
 滅びの力だとしても、それで救う事が出来る人がいるのなら。」

 そう、所詮力に善悪など無く。
 あるのは只滅びだけ。
 それならば力の向きを変えれば良いだけだ。

「俺は力が、滅びの力だろうが、構わない!力が、力が欲しい!」 

「ならば今一度。
 力ある言葉を唱えよ。」

 力ある言葉。
 それは力との盟約。

「「闇よりも尚深きモノ。
    夜よりも尚暗きモノ。
      混沌の海。まったき虚ろ。」」

「 汝  全てを束ねし  金色なりし闇の母。」
「 我  全てを束ねし  金色なりし闇の母。」

「「我、此処に汝に誓う。
    我等が前に立ち塞がりし、全ての愚かなるモノに。
      我と汝が力持て、等しき滅びを与えん事を!!」」 

 その後何が起こったのか俺には分からなかった。
 分かっているのは気が付いた時俺は自分の部屋にいた。
 テロリストとして生活していた頃の部屋ではない。
 其処は、まだ親がネルガルによって暗殺される前に住んでいた懐かしい自分の部屋。
 それを確認した時、俺の意識は闇に飲まれていった。



 部屋にあるデジタル時計は、テンカワ・アキトの人生の歯車が狂ったその日を示している。
 宇宙港爆破、アキトの両親がネルガルに殺された日だ。
 窓から外を見れば既に夕暮れに近くなっており、
 窓から見える距離にある宇宙港は未だに紅蓮の炎を上げている。

 ガタッ!

 窓から外を見ていたアキトの耳に何かを落とす音と、
 数人の人間の足音が聞こえてくる。

「ふぅ、ネルガルのシークレットサービスか。
 三流以下が五人か。子供一人に大袈裟な。」

 気配を殺す事もせず、足音も消さない。
 果ては物色でもしていたのか物を落としている。

「火事場泥棒と変わらないな。」

 言いながらも戦う準備をする。
 と言ってもやる事は全身に滅びの力を行き渡らせるだけ。
 だがたったこれだけの事で、十歳にも満たない子供のアキトの体に、
 復讐者として戦っていた頃を凌ぐほどの力が手に入る。
 これから訓練によってさらに力を強くする事が出来るだろう。

「ふう、そろそろ狩るか…。」

 ガチャ。トストストストストストストス……

「おい!小僧!止ま」

 アキトを最初に見つけた男は台詞を最後まで喋る事すら出来ずに滅ぼされる。
 殺したのではない。
 この世界から存在そのものを消したのだ。

「このぉ!」

 また一人アキトに向かってくる奴に滅びを与える。

「ひっ。」

「はぁ!」

「ふん!」

 仲間が目の前で文字通り消えたのを見た残りの三人は恐怖に駆られ逃げ出す者が一人。
 他の二人はコンビを組んで向かってくる。

「消えろ。」

 そう言って腕を一振りして滅びの力を二人の人間に送り込む。
 そして二人の人間が滅んだのを確認し、一息で先ほど逃げた男の前に降り立つ。
 この程度の技量ではアキトが突然目の前に現れたように見えただろう。

「逃がすと、思うのか?」

「ひ、ひぁぁ」

 アキトの言葉に悲鳴を上げて逃げようとしたが既に遅い。
 滅びの力は既に男の腕と足を消している。

 逃げられないと分かったのか、今度は無様に命乞いをし始める。
 無論そんなものに耳を貸す気はアキトには無い。

 少しずつ男の体を消していく。それも内部から。

 それから十数分後。
 男は窒息して死んだ。
 それを確認した後、その死体を放置して家に帰る。

 それを少し離れた電柱の上で見ている男がいた。
 黒縁眼鏡をかけたちょび髭の赤いチョッキを着た、
 一見すれば何処にでもいそうなサラリーマン風の男だ。

「ふぅ、彼は一体何をしたんでしょうねぇ。昨日までは普通の少年だったと言うのに。
 危険ですが私個人として接触してみる必要が在りそうですな。」

 その男の名はプロスペクター。
 裏の世界でその名を知らぬものはいない、ネルガルシークレットサービスを束ねる男。
 そしてテンカワ夫妻の十年来の親友。
 その為アキトとは面識もあり、孤児になったアキトを引き取り育てようとしていたが
 会長はアキトへも暗殺の為の刺客を放ったが、彼の目の前でアキトは全員を消して見せたのだ。
 それも全く理解不能な方法で。

 プロスがそう考えている時、アキトは家の整理をしていた。
 シークレットサービスの連絡が途絶えたのは近くで見ていたプロスによって報告されるはず。
 そう考えたアキトは両親の研究資料を全て破棄し、此処を引っ越す事にしたからだ。
 恐ろしい事に、この時点で気配に関してアキトは穏業を行っているプロスすら見つける程の技量に達していた。
 獣ですら気配を掴む事が出来ないプロスの気配を容易に発見したのだ。

「ん?この気配はプロスさんだな。何をしに来たんだ?」

 居間を片付けている時、唐突にプロスの気配を感じたアキトは片付けの手を止めて戦闘の準備に入った。
 プロスほどの実力者に対しては手加減など出来はしないのだ。

 ピンポーン、ピンポーン。

 家のチャイムを鳴らすプロスの思惑が分からず、
 とりあえず庭から回り込むアキト。
 それに気付かないプロスはいまだチャイムを鳴らす。

「ふむ、家に帰ってはおられないようですな。しかし一体何処へ?」

「此処ですよ。プロスさん。」

「!?」

 一向に出て来ないアキトを気配で探そうとするが家からは誰の気配も感じなかった為、
 ポツリと口から出た呟きに返事が返って来た事と、その声が自分のすぐ後ろからした事で、
 一瞬恐慌状態に陥りそうになるプロス。
 それが一瞬で戻ったのはプロスのプロスたる所以だろう。

「アキト君。一体どうして…。」

「そんな事より、貴方の用件を聞きましょう。」

「そうですね。今日伺ったのは貴方のこれからの事を聞きたかったからですよ。」

「俺の目的ですか。…そうですね、言うなれば虐殺、になるのかな。
 まずはネルガルの会長と中央研所長とそいつ等の息のかかった奴等を潰す。
 次はクリムゾンの人的資源や研究施設を潰す。
 軍と明日香インダストリーはその後かな。
 それが終わったら次は木星圏の人間のうち、正義は自分にしか無いと思っている奴等と外道どもを潰す。
 後は人体実験だとかをやっている奴等を根絶やしにする。一人残らずね。
 ついでに言っておくと今から人体実験を止めた所で遅いですよ。」

 そう言うアキトからは、長年裏の世界で恐れられてきたプロスをも圧倒する無限とも取れる闇があった。

「では、私も殺す、と?」

 絞り出した声が震えなかったのは驚嘆に値する事だろう。

「プロスさん。貴方はアカツキ・ナガレがそんな裏の道に入らなくても良いようにしてくれませんか?
 アイツの兄貴はもう遅いでしょうから。」

「そう、ですか。分かりました。その件に関しては私の出来うる限りの事をしましょう。
 それともう一つ聞きたい事があります。」

「俺の力の事ですか?」

 アキトはこの事を予想していたのだろうが、プロスの質問は完全に違うものだった。

「いえ、アキト君。私の息子になりませんか?」

「は?」

 プロスの言葉に思わず固まるアキト。
 それを見て満足げな顔をしながら話を続ける。

「テンカワ夫妻とは十年来の親友ですからね。せめて貴方の面倒だけでも見させて貰えませんか?」

 そう言ったプロスの顔は裏の世界を恐れさせているプロスペクターではなく、
 今まで何度もアキトの面倒を見に来て、一緒になって笑っていたプロスだった。

「そうですね、いいですよ。貴方は信頼の置ける人ですから。」

「では、この書類にサインを。」

 そう言って例の如く何処から出したのか皺一つ無い書類が出てくる。
 それに内心戦慄しつつも書類を隅から隅まで読んでサインをするアキト。

「これで私達は親子ですな。」

「そうですね。父さん。」

「敬語は要らないと思いますが?」

「父さんだってそうじゃないですか。」

 書類を役所に提出した後の、二人は住居などの相談を一晩中かけて行った。
 プロスがネルガルの仕事を行わなくてはいけない為にアキトを家に残す事が多い事を考え、
 結局は二人して火星研の一室を完全改装して自宅にしてしまった。
 それから暫くしてアキトは火星研の正式研究員として働き始める。
 そしてイネスと共に、色々な研究に没頭する時間が流れた。




 長年プロスは火星研所長を勤めていたが、会長が代替わりしたことによって一度本社に戻らなくてはいけなくなった。
 その日からアキトはさらに研究に没頭し始め、数日飲まず食わず徹夜をする事も珍しくなく、
 その度に医務室に運ばれイネスの新薬の実験台にされていた。

 それからさらに月日は流れ、アキトが十八歳になった日。
 その日の夜、アキトとイネスはアキトの部屋のベットに寝転がって話をしていた。
 部屋の電気は消しているが、月明かりに照らされたイネスの金髪は綺麗な光を放っている。

「ねぇ、なんでアキト君はプロスさんと地球に行かなかったの?」

「ええ、俺はまだこっちでやる事がありますしたしね。それに…」

 言い淀んでイネスの方を見るアキト。

「それに、何かしら?」

「ふぅ、イネスさん。
 俺には貴方を置いては行けないですよ。」

 アキトの言葉を促すイネスを真剣な眼差しで見つめるアキト。
 アキトの言葉を聞いて頬を染めながら嬉しそうな顔をするイネス。

 そんなイネスの顔を見て、アキトがなにやらベットの横にある机に手を伸ばしてゴソゴソと引き出しをあさる。

「イネスさん。これ、受け取って貰えませんか?」

「これ…ねぇアキト君。私が貰っても、いいの?」

「ええ。貴方に、受け取って欲しいんです。」

 アキトがイネスに渡したのは銀色の何の装飾も施されていない指輪。
 しかし、イネスはそれに見覚えがあった。
 恩師であるテンカワ夫妻の左の薬指に在ったもの。
 それはテンカワ夫妻の婚約指輪。
 アキトはそれをあの日家を整理している最中に彼等の部屋で見つけたのだ。
 結婚式の写真の横で、その指輪はガラスケースに収まっていた。

 イネスは無言でそれを指に着ける。
 指輪はイネスの左手の薬指にピッタリと収まる。

「イネスさん。」

 それを見て、アキトが声をかける。
 その声も顔も真剣そのものだった。

「俺と、一緒になって貰えますか?」

「ええ、アキト君。いえ、アキト。喜んで。」

 それから約一ヵ月後、第一次火星会戦が始まった。

 アキトは地球へ跳んだ。
 イネスはアキトの生存を信じ、火星の大地で生き続けた。
 そして、アキトとイネスが作り上げた人に操作出来る許容を完全に超える、
 たった一人を除いて誰にも起動すらできない一体の機動兵器。
 悪夢を統べるモノの名を持つその漆黒の機体は火星極冠遺跡の最深部に静かにその身を置いていた。

 

 

 

 



○あいさつ

 初めまして。初投稿です。愚民と申します。
 話の最初と最後はちゃんと考えたんですが、
 途中はあまり深く考えていないのでノリと勢いだけで行くかもしれません。
 一応の筋書きはありますが確実に予定は未定状態に陥ると思われますので、
 続きを期待してくださる方や、とりあえず読んでみようと思われた方。
 間が開くのは見逃してやって下さい…。(T-T)
 頑張って書いていこうと思いますので、暇な方や伊達や酔狂で読まれた方。
 どうか「生」暖かく見守ってやって下さい。

○あとがき

 前半はたいして説明するべき事は無いでしょう。
 ……きっと。
 一応は主犯格を全て失った火星の後継者残党が自棄になりアキトを逆恨み(かな?)して攻撃をすると言った場面です。
 後半部分は漫画版のスレイヤーズでリナがL様と対面した時の場面をイメージしていますが、
 ちゃんと伝わっただろうか…。

 それはさておき、この話のアキトは別に記憶を持っている訳では在りません。
 その世界の情報を只知ってるだけです。
 空の境界風に言えば『識っている』と言った所でしょうか。
 それも万能ではないですが、アキトに対して危害が及ぶ可能性の高いものほど分かります。
 だからプロスに言った言葉は彼にとっては正当防衛です。
 只、まだ何もされていない(?)から虐殺と言っているんです。

 

 

 

代理人の感想

む〜う。残念ながらいまいち納得力に欠けると言わざるを得ません。

それぞれの行動や展開について、読者にそれを納得させるだけの理由、

あるいは納得させるだけの理由を推測させる手がかりと言った物が殆ど示されていません。

どこかの誰かじゃありませんけれども「わかりやすくコンパクトに」説明する事が非常に重要です。

そしてこれを説明に聞こえないように「さりげなく」説明する事が出来ると「上手い」と言われるわけです。

別にいいんですよ、アキトがL様の力を得ようがプロスの養子になろうがイネスと結婚しようが。

ただ、それに対して読者が「はぁ?」と思ってしまったら作者の負けです。

頑張って下さい。

 

追伸

「行間十行開け」くらいは御自分でやってくださると助かります。