ここはナデシコのとある一室。

「計画は?」

「はい、準備は順調に進行中ですわ。」

「そうか…」

 部屋の壁一枚そのものをスクリーンとしている特殊衛星通信室である。  此処は元々オモイカネが動かなくなったりした時の緊急連絡用のため、
 防諜対策などが万全になっており、艦内で唯一オモイカネの監視が及ばない場所である。

 其処を使っているのはナデシコブリッジクルー用の制服を着た男。
 そしてスクリーンに映し出されているのは連合軍総司令である。

「ナデシコの戦力は既存の戦艦と比べてどの程度かね?」

「既存の戦艦と宇宙でならば十対一くらいの戦力差でも勝てると思われますわ。
 ただ大気圏内では二隻が限度かと…」

「そうか。では二日後に極東支部のミスマル君を旗艦トビウメに、それと護衛艦クロッカス、パンジーを送ろう。」

「分かりました。それでは此方はそれに合わせて行動いたします。」

「うむ。吉報を待っているぞ、ムネタケ君。」

「はい。」

 総司令の言葉に敬礼を返し、通信は向こうから切られた。
 それを確認して敬礼を解いて今度はコミュニケを使い、
 ナデシコに潜り込んでいる軍人に招集をかける。
 勿論、一般人には分からない日常会話の中に暗号化した単語を混ぜての召集である。

「さて、これであとやっておく事は今は無いわね。」

 各部隊の小隊長全員に連絡を入れ終わり、ムネタケは部屋を後にした。













 混沌の魂
  第二話












 それから二日が経ち、ナデシコブリッジ。
 何時ものように主要なブリッジクルー全員(ムネタケは本来は乗る予定でなかったので除外)が揃っているのを見て、
 プロスが声をあげる。

「ルリさん、レイナードさん。すみませんが通信を全艦に繋げて下さい。」

「分かりました。」

「はい。」

「艦長、暫し場所をお借りいたします。」

「あ、は〜い。」

「プロスさん。通信全艦に繋がりました。」

「有難う御座います。では…」

 メグミの報告に、ユリカがさっきまで立っていた場所に立つプロス。
 それに合わせて何故かプロスの脇にサーチライトが現れてプロスを照らす。

「皆さん。これより重要な発表が御座います。耳だけ傾けて頂ければ結構です。」

 そう前置きして、一つ咳払いしてまた話し始める。

「これまでナデシコの目的地を皆さんに伏せて来たのは、妨害工作を防ぐ為でした。」

「妨害?なんで?」

「はい。ネルガルもそう小さくない会社ですので、
 何かをやろうとすれば嫌がらせやら本格的な妨害やらと、何かと御座いますので。」

 ミナトからの質問にも律儀に返答する。

「さて、ネルガルが戦艦一隻を伊達や酔狂で造った訳では御座いません。提督。」

 そう言ってフクベの方を見る。

我々の目的地は、火星だ!!

「火星、ですか?」

 フクベの言葉をユリカがオウム返しに聞く。

「はい。ナデシコは以後、スキャパレリプロジェクトの一環として火星を目指します。
 目的は火星に残されている残留者の保護です。」

「残留者なんているの?もう火星は木星蜥蜴に占領されちゃってるんでしょ?」

「それは軍の情報操作によって民間に流された情報に過ぎません。
 火星会戦以後、誰も火星には行った事がありません。
 軍は火星に残された人々を隔離し、月も諦め、地球のみに防衛線を敷きましたから。
 …ですからその真偽を確かめに行く意味も御座います。」

「もう全滅しちゃってるんじゃないの?」

「はい、そうかもしれません。
 しかし先ほども申し上げました通り、確かめる価値は御座いますから…」

 プロスは、ミナトの素朴な?疑問に丁寧に答えを返して行く。

待って下さい!地球の現在の状況を見逃すのですか?

 プロスの言葉に異を唱えたのはジュンである。

「でも、地球で戦争するよりは…ねぇ…。」

「そうですね。」

「おう。俺達ゃ戦争屋じゃねぇんだしな。」

「行きたいな。火星…」

「ユ、ユリカァ……ハァ…」(TロT)

 ジュン以外に異を唱える者はおらず、そのジュンもユリカの一言で意見を引っ込めたようだ。

「では宜しいですね?」

 もう一度プロスが周りを見渡す。

「それでは艦長。号令をお願い致します。」

 反論が出ないのを確認してからそう言って場所をユリカに返す。

「では、機動戦艦ナデシコ!火星に向けて「行って貰ってもねぇ…」へ?」

 片手を軽く握ってあげたユリカの声を遮ったのは、
 さっきまでブリッジにいなかったムネタケである。
 手にはサブマシンガンらしき銃を持っており、
 その後ろからは次々と軍服に着替えた男達がブリッジになだれ込んで来てブリッジクルーに銃口を向ける。

血迷ったか!ムネタケ!!

「そうだ。その人数で何が出来る!」

「そうでもないわ。主要部署は全部あたしの部下が押さえているもの。」

 フクベの言葉を流し、ゴートの言葉に返答する。

「困りましたなぁ…。軍との交渉はもう終わっているんですが…」

「さぁね。とりあえずあたしの知ったこっちゃないわ。
 あたしだって命令されただけなんですから。それに…」

「海中より熱源反応三つ。照合…連合軍極東支部旗艦トビウメ、護衛艦クロッカス、パンジーです。」

 タイミングよくムネタケの言葉に合わせて海中から三隻の戦艦が出て来た。
 出て来た場所は丁度ナデシコを中心として正三角形になるような位置である。

「前方、トビウメより通信が入っています。」

「映像、スクリーンに投影。」

ユ、リ、カァーーー!!!

 メグミとルリの言葉に続いて、スクリーンに投影された通信映像には、
 某サリーちゃんのパパ張りの髪形を披露している初老の男性、ミスマル・コウイチロウが映り、
 次の瞬間にはナデシコ、トビウメ両ブリッジにいたクルーの例外を除く殆どをノックアウトしてしまった。

「ぎゃ!」

「きゃぁ!」

「おわ!」

(相変わらず凄い声だよなぁ…)

 そしてその少ない例外の一人であるジュンは、呑気に場違いな事を考えた。

お父様!!?

「げふぅ!」

 しかしそれに続いてユリカの発した声が耳の間近で炸裂し、他のクルーと同じようにノックアウトしてしまった。

「おお、ユリカ。元気だったか?ご飯はちゃんと食べているか?」

「嫌ですわ、お父様。出発してまだ一週間も経っていないんですから。」

「しかしな…それでもな…」

 両ブリッジクルー達が回復するまでの十数分、親子の会話は延々と続いた。

「ハァ、艦長…」

 それを止めたのは、何とか回復をはたしたプロスであった。

「あ、プロスさん。そうですね。」

 プロスの方を一度振り返り、もう一度コウイチロウの方を見る。
 その視線は一艦の長としての威厳を多少なりとも含んだ視線であった。

「お父様。これはどういう事です?」

「すまんな、ユリカ。パパも辛いんだよぉ〜〜。」

 台詞の前半分は威厳に満ちた声だったが、
 後ろ半分は180度反転した超一流の親ばかぶりを遺憾なく発揮した声であった。

「はてさて、困りましたなぁ…。軍の方とは既に交渉は済んでいますし、契約書のコピーも…」

 そう言いながらプロスは懐から皺一つ無いA3の用紙を出す。
 その紙には上の方にデカデカと契約書と書かれており、
 その内容は、ネルガルが戦艦を造りそれを私的に運用する事を承認するといったものである。
 さらにその下には小さく控えめに軍への特別納付金と称して渡した金額が書かれている。

「む、確かにそれは知っている。
 だがどうも上層部としてはそれだけの力を持つ戦艦ならば、尚の事。
 一隻で敵の勢力下である火星まで行かせる訳に」

「それってナデシコを護衛する代わりに何か良いものよこせ。
 じゃ無かったらナデシコよこせって言ってるのと同じじゃねぇか…。」

 コウイチロウの言葉を遮って声をあげたのは、いましがたブリッジに入ってきたアキトである。

「む、君は?」

「…暫く会わない内に耄碌したようですね、ミスマルの小父さんも。」

「お父様。火星でお隣だったアキトですよ。」

「はて、火星…お隣…アキト……っ!そうか、天河夫妻のところの…」

 そう言ってコウイチロウは渋面になる。

「漸く思い出しましたか。まだ耄碌するのは早すぎですよ?」

「いや、すまんすまん。ところで何故君が其処に?」

「アキトはね。ナデシコのパイロットさんなんだよ。」

「そうか。そう言えばご両親の事はすまなかったな。
 本来なら私も軍人として彼らを守らなければいけなかったのに…」

 そう言ったコウイチロウの顔にはありありと自責の影が見られた。

「別に、小父さんが悪いわけじゃないですよ。
 悪いのは当時のネルガル会長と今の社長ですからね。」

「そうか、君は全て知っているのか…」

「はい。私がお教え致しましたので。」

 そう言って一歩前に出るプロス。

「君が?」

 それを見たコウイチロウは露骨に信じられないと言った表情を出す。
 当然であろう。コウイチロウはプロスがネルガルシークレットサービスの統括役である事を知っているのだから。

 実際にはネルガルの裏をアキトは初めから知っていたのだが、
 そうだと知られると何かと厄介な状況になると思ったプロスとアキトは、
 裏の世界の情報を持っているのはプロスに教えられたから。という事にしたのだ。
 まぁそれでも十分に厄介な状況にはなってしまっているが…。

「まぁ、いいとしよう。
 とりあえずは連合軍極東支部司令として命ずる。
 ナデシコは軍が徴発する。直ちに停船し、武装解除せよ。」

「とりあえず本社と協議をしたいのですが?」

 プロスのもっともらしい態度での言葉を受け、

「うむ。だが、艦長と副長、それとマスターキーは当方で預かる。」

「それは「駄目ですよ。」…ですはい…。」

 コウイチロウも同じ様な態度で答えるが、
 それに反対を仕掛けたプロスの言葉を遮り、またもアキトが声をあげる。
 その声はさほど大きくは無いはずなのだが、その場にいる全員の耳にしっかりと届いた。

「この海域に一基チューリップが休眠状態で沈黙していますからね。
 大気圏内とは言え現在地球側で最強の防御力を誇るディストーションフィールドを張れなくなるような行為は、
 ネルガルとしては認められないんですよ。小父さん。」

「それは…そうだが。だが有事の際は此方で対応する。」

 アキトの言った事は、ネルガルの社員としては至極もっともなものだろう。
 しかし一介の研究員でしかない社員の言葉ではない事もまた、事実だ。

「無理ですね。現在の軍の戦艦、しかもたった三隻では大気圏内とは言えチューリップは落とせません。」

「む、むぅ…良いだろう。だが艦長と副長の二人は此方に来て貰う。」

「それはしょうが無いでしょうね。」

 アキトの言葉を聞いて、渋々と言った感じで了承するコウイチロウ。

「じゃぁ父さん。後宜しく。」

「分かりましたよ。…それにしてもせっかくの私の見せ場を…

 コウイチロウの言葉を聞いて自分のする事は終わったと言いたげにプロスに声をかける。
 プロスはブツブツと愚痴りながらもブリッジを出て行き、

「じゃ、アキト。私達も行って来るね。行こジュン君。」

「うん、そうだね。」

 何時の間に復活したのか分からないジュンに声をかけてユリカも出て行く。
 勿論そのすぐ後ろにはジュンが背後霊よろしくついて行った。

「は、話は…終わった、かしら…?」

 それを見て壁に手を付いて何とか立っているムネタケが声を絞り出した。
 まだユリカの声で気絶している彼の部下やブリッジクルー達とだけ比較するならば、
 かなり驚異的な回復力と言えよう。

「ああ。終わった。後はあっちの交渉の終了を待つだけだ。」

「そう…。それ、じゃぁ…一応クルー…は、全員…食…堂に集めてあ…る筈…だから、
 保安、上そっち…で待ってて…ちょう…だい…。」

「へぇへぇ。」

 アキトはムネタケの言葉を聞いて、おもむろに懐からどこぞの黒い神官のモーニングスターを取り出すと、
 (そのモーニングスターの取っ手にはしっかりと、
「おはようマイマザー!一番星君グレェェェェト!!

と彫られている)


 それをスッと構え、一気にゴートの脳天に向かって躊躇無く振り下ろす!

 ブン!クチャ

「う、う〜む…?」

 それを喰らったゴートは、まるで何事も無かったかのようにむっくりと起き上がった。
 頭にはでっかいタンコブが出来ているが、効果音に反して血などは一切出していない。

「あ、な…?」

 それを見たムネタケは開いた口が塞がらないのかゴートとアキトを交互に指差し、大口を開けて立ち尽くしていた。

「おい、ゴート。起きたならクルーを食堂に運ぶのを手伝ってくれ。  俺は爺さん運ぶから、女性三人は頼んだ。」

「ん?あ、ああ。わかった。」

 未だに状況を確りと理解していないゴートは、
 アキトの言葉に素直に従いルリ、ミナト、メグミの三人を両肩と背中を器用に使って担ぎ上げ、
 さっさとブリッジから出て行ったアキトを追ってブリッジから出て行った。



「テンカワ。ミスターは何処に?」

 ブリッジを出てすぐのところでアキトに追い付いたゴートは、
 とりあえず状況確認の為に上司の所在を確認しようとした。

「父さんならトビウメに行った。艦長と副長も一緒だ。」

「そうか…。それで?お前はどうするんだ?」

「俺か?とりあえずは荷物を食堂に置いてから軍人を片付ける。」

「そうか…では俺もそうするとしよう。」

 そう言ってゴートは一旦担いでいた女性三人を降ろして起こしにかかる。

「おい、起きろ!おい!」

 まずはミナトからだ。

ヴ〜ン?…あれ?ここどこ?」

「起きたな。ではホシノとレイナードを起こしてくれ。」

「え?ルリルリとメグミちゃん?」

 何とか状況を確認しようとして首をめぐらして、
 自分の横に壁を背にして気絶しているルリとメグミを見つける。

「流石に起きた直後にむさいおっさんの顔はきつい過ぎるだろ。」

「ま、まぁ確かに…」

「むぅ…」

 そこにアキトの補足説明になっていない説明が入るが、
 それで十分に通じたらしい。
 アキトの隣ではゴートがうなっている。
 指は床にのの字を書いていたりするが、アキトもミナトも丁寧に視界から外してしまう。

「ルリルリ。メグミちゃん。ほら起きて。」

「んん?ミナト…さん?」

「あれ…?私どうしてこんなとこにいるんです?」

 ミナトに体を揺すられて漸く気が付くルリとメグミ。

「起きたか。ではまず食堂にいくぞ。説明はそこでする。」

 やはり自分の状況を確認しようとするルリとメグミに対して、
 ゴートはそう言ってさっさと行こうとする。
 それを見たルリとメグミ、それにミナトは慌てて追いかける。

「アキトは後ろを頼む。提督は俺が担ごう。」

「そうか、じゃ頼む。」

 また先に行っていたアキトに追い付いたゴートは、
 アキトの担いでいる提督を受け取って、そう言って先に進む。

「あ、テンカワさん。ゴートさんは?」

「先に行ったよ。ご老体をさっさと休ませてくるってさ。」

「そう。貴方は?」

 ルリの質問に答えを返すと、その答えに苦笑しながら今度はミナトが質問をする。

「俺はあんたらの護衛。」

「ふ〜ん?」

 ミナトは返って来た答えに曖昧なあいづちをうつ。

「ほれ、さっさと行くぞ。」

「は〜い。」

 言いながら歩き始めるアキトの後に、ミナト、ルリ、メグミの順に付いて行った。

 食堂に着くまでアキトは殆ど喋らず、それに対してその後ろにいた女性三人はなにやらボソボソと喋っていた。



「来たな、テンカワ。まずはどこからだ?」

「とりあえずは機関室と格納庫、ブリッジを制圧する。」

 食堂に入ってきたアキトを見て、早速打ち合わせを始めるゴート。

「人員は?ブリッジはお前一人で十分だろうが・・・。」

「機関室には整備班数名を連れてお前が指揮をとれば問題ないだろう。
 格納庫も同じように制圧しておいてくれ。
 後から俺も行く。」

「わかった。では先に行ってくれ。」

「わかってる。ブリッジの制圧が終わったら連絡する。
 じゃな。」

 そう言ってごく普通に出入り口で待機している二人の軍人に近づく。

「ん?貴様!とま「させるか!!」うっ?!」

 ドス!

 それに気付いた片方がアキトに銃を向けて警告を発しようとするが、
 言い終える前に鳩尾に肘鉄を入れられて昏倒する。

「なにを!「ほうりゃぁ!」ぐふあ!」

 ゴス!ドン!

 それを見たもう片方は驚きで一瞬対応が遅れ、
 その隙を突いて今度はこめかみに飛び膝蹴りを入れられその衝撃で壁に叩きつけられた。

「後始末は任せて先に行ってくれ。」

「ああ。」

 その一言を残して走り出すアキト。

「・・・」

 それを見送ったゴートは無言で倒れている軍人の銃器を取り上げて肘から先を後ろ手にしてグルグル巻きにする。
 そしてアキトの行動に刺激されたウリバタケを始めとした整備班達を引き連れて機関室を目指した。



 プシュゥ

「む、誰!?」

 突然開いたブリッジのドアの音に驚きながらも振り返るムネタケ。

「ボ○ィが!お○守だぜ!?」

 ゴン!ゴン!バキィ!!

「ぐはぁ!」

「○っちだぜ?」

 ゴシュ!

「うが!」

「○らえぇ!!」

 ドン!ドン!ドス!ガガス!!

「あぐぅ!」

「喰ら○や○れぇ!!」

 ゴス!ドガァ!!

「ほふぁ!」

 そんなムネタケが見たのは、どこかで聞いた事のある台詞を言いながらも、
 軍人達を一人ずつ確実に倒して行くアキトだった。
 そしてそれを見たムネタケが茫然自失の状態から脱し、状況を理解するよりも早く、
 ブリッジで立っているのはアキトとムネタケの二人だけになっていた。

 カチャ…

「あ、あんた!一体なんなのよ!」

 多少どもりながらもなんとか自分の優位を保とうと拳銃をアキトの心臓にポイントして喚くムネタケ。

「さぁ?」

 一方のアキトは、そんな状況でも落ち着き払った態度に変わりはない。

 と、言うよりもどう聞いても挑発としか取れない態度をとっている。
 そしてそんなアキトの態度はムネタケの神経をさらに逆撫でし、頭に血の上っていくムネタケ。

「質問に答えなさいよ!!」

 ガァァン!

 喚きながら放たれた銃弾はその一瞬前までアキトのいた空間を通過する。

「な!?」

「○ディが!」

 ドスゥ!

 それに驚いたムネタケの動きが止まり、ムネタケの懐から聞こえて来る声と、
 それに伴なって腹部を襲う鈍い衝撃。
 そしてムネタケの視界を黒一色が包む。

「ぐぅ!」

「ガラ○き!」

 ゴス!ドン!

 腹部の衝撃に耐えられず頭が下がり、数瞬の間を置いて今度は背中に今度は鋭い衝撃が走り、
 体を床に叩き付けられる。

「ごは!」

「だぜぇ!!」

 ドゴス!!

 そしてトドメとばかりにさらに背中に加わる重い衝撃でムネタケは意識が遠のいていった。
 その遠のく意識の中でムネタケは、

「ふん。あんたじゃ○えねぇなぁ。」

 との台詞を聞いていた。



 ピッ!

「こちらブリッジだ。制圧は完了した。
 軍人は縛り上げたから持って行く。」

「了解した。こちらも機関室は制圧した。
 格納庫も時間の問題だろう。」

「それじゃあエステバリスを一機空戦フレームに換装しておいてくれ。
 軍人はコンテナに詰めて返品だな。」

「ああ。まだクーリングオフ可能な期間だろうからな。」

 ピッ!

「さて、チャッチャと終わらせますかね。」

 ゴートとの通信を切ったアキトは一本の超強化ワイヤー(ワイヤードフィスト用)を懐から取り出し、
 それを使って縛り上げた軍人達を、引き摺りながらブリッジを出て行った。
 そしてブリッジを出るまでは普通の顔だったはずの軍人達は、
 格納庫に付く頃にはだるまさんになれるかもしれないほどになっていた。



「ウリバタケさん。空戦フレームの換装終わってます?」

 格納庫に付いたアキトはまずウリバタケの姿を見つけ、
 未だ引き摺っている軍人達をわざわざそこかしこにぶつけながら適当な整備員に渡して彼に声をかける。
 時折「ぎゃ!」とか「いてぇ!」などと聞こえてくるのはあくまでも幻聴の類である。

「おう!バッチリだぜ!」

 そんな幻聴の類が聞こえていないウリバタケは打てば響くと言った感じで答えを返す。

「じゃ、俺の持って来た奴等を詰めたら返品して来ますよ。」

「うむ。…そうだな、ついでに艦長と副長、それにミスターを連れて帰ってきてくれると助かる。」

 そんな二人の会話にゴートが入って来る。

「俺もそのつもり「班長〜!返品準備完了したっす〜!」ふぅ。」

 そしてアキトのゴートに対する答えを遮って、先程アキトに軍人を渡された整備班の声が聞こえた。

「そんじゃま、行ってくるとしますか。」

「一応は気ぃ付けてな。」

「ええ。」

 それだけ言ってアキトは自分の空戦エステに乗り込み起動させ、
 軍人の詰まったコンテナを両手で持ち上げるとカタパルトまで移動してスキージャンプのスタートのような格好をした。 
 と、そこに丁度ウリバタケから通信が入る。

「アキト。言い忘れたがその空戦フレームは解体整備やってたから殆ど素組みの状態に近い。
 だからあんまり無茶な操縦すると空中分解しかねねぇから注意しろよ。
 それじゃ、いくぜ?ゲットレディ、GO!!」

 ボバファ!!

 ウリバタケの掛け声と共に盛大な音を立てながら狭いカタパルトを爆進し始めるエステ。

 突然だがエステのコクピットには当然G緩和装置があるためこの程度のGでパイロットの体に負担がかかる事は殆どない。
 しかしコンテナにはそんな物が付いているはずもなく、
 中に入っている(入れてあるか?)軍人達は緩和されていないGをもろに喰らう事になるわけで…。
 その上ぎゅうぎゅう詰めにされているお陰で衝撃に耐えるために何かを掴む事も出来ない。

 結論を言えば満員電車よりも人口密度の高い電車でジェットコースター以上の動きを行い、それによるGで

「し、死ぬぅぅぅ〜〜〜〜〜!!!!!!」

「出してくれぇぇぇぇぇぇぇ〜〜!!!!!!」

「つ、潰れるぅぅぅぅ〜〜〜〜〜!!!!!!!」

「ウギャァァァァ〜〜〜〜〜!!!!!!」


 となるわけである。

 そんな軍人達が叫び声を上げる原因は、

「こ〜ぶし〜に〜やどぉった〜♪
 いのちのほ〜の〜お〜がぁ〜♪」

 などと、またもどこかで聞いたことのあるネタをだしていた。



 一方その頃トビウメでは、プロスとコウイチロウの交渉は平行線を辿っていた。
 そしてジュンとコウイチロウがなにやらコソコソと話し始めたところでユリカがさっさと輸送ヘリに戻り、
 それに続いたプロスはヘリ内にてナデシコ内の反乱が鎮圧された事をゴートから聞いているところだった。

「そうですか。此方は今から其方に戻りますので少し待っていてください。」

「了解した。」

「では、艦長参りますよ?」

「・・・」

「艦長?」

 通信を切ったプロスは後ろに乗っているユリカに声をかけるが返事がないので振り返る。

「・・・ハァ。」

 溜め息を一つ付いただけでさっさと発進させてしまった。
 そんなプロスの後ろでは、

「あぁ、アキト(以下略)」

 と言ってアッチの世界に逝きっぱなしであった。



 ヘリが発進したのを見たアキトはとりあえずカメラをそこに向けて中に乗っている人間を確認し、
 そこに丁度ゴートからの通信が入ったのでそこにプロス達(ジュン含む)がいると思い通信を入れる。

「父さん。一応軍人のコンテナ詰め持ってきたからヘリポートにでも置いておくよ?」

「そうですな。それでいいでしょうな。」

「了解。じゃ、先に発進してて。あとから追い付くよ。」

「分かりましたけど、無理はしないで下さいよ?」

「わかってるって。…それよりも副長は?」

 プロスと会話しながらもその後ろでトリップしているユリカを見つけたアキトは、
 いつもならそれを止めるか泣いているであろうジュンの姿が見当たらないので、
 一抹の不安を感じながらも聞いてみる。

「………」

 それに返って来たのは痛いほどの沈黙。

「置いて来たのね・・・。」

「かっこうの囮でしたので、つい・・・はい。」

 そう返すプロスのこめかみを一筋の光があった。

「はぁ。」

「で、ではお先に。」

 溜め息を付いたアキトを見たプロスは、通信を切ってさっさと発進してナデシコに向かって行った。
 それを見送ってからつい今までヘリがあったヘリポートにコンテナを置き、
 ヘリと同じようにナデシコに向かおうとした。

 ピピッ!ピピッ!

 そこにナデシコからの緊急通信が入る。

「ん?なんだ?はい、こちらテンカワ機。」

 通信を開くとメグミのウインドウが開く。

「テンカワさん。海中にあったチューリップから相転移反応増大中。
 艦長の命令を伝えます。
 「ナデシコの体制が整うまで間、チューリップが連合艦隊の艦に危害を加えないように囮をして欲しい。」
 だそうです。」

「了解。」

「気を付けて下さいね。」

 メグミの応援と共に閉じられるウインドウ。

「さて…」

 そしてアキトの視線は海中から出て来ているチューリップに注がれる。

「あの位置だとクロッカスが危ないかな?」

 その位置とはクロッカスのすぐ近くである。
 それを確認した直後、アキトの乗ったエステはそこへ向かって加速する。

「バッテリー稼動可能時間、武器耐久度、機体耐久度を数値で表示。」

 そしてアキトの声(正確には思考)に反応して数個のウインドウが開く。

『バッテリー残り8分』
『ライフル:装填数100/100』
『マイクロミサイル:装填数50/50』
『吸着地雷:装填数12/12』
『イミディエットナイフ2本:耐久度100%
                 100%』
『フレーム耐久度:腕部右「100%」左「100%」
         脚部右「100%」左「100%」
         腰部「100%」
         胸部「100%」
         頭部「100%」
         本体「100%」』


「さて、こんな貧相な武装で何処までいけるか…。
 せめてあれがあったら楽だったんだけど…。
 はぁ、頑張りますかね。」

 それらを見ながらそう呟くアキトの顔は笑顔であった。
 いっそ無邪気と言っていい笑顔である。

「ただの囮じゃクロッカスはヤバイだろうからな。
 急がなけりゃな。
 しかし…まぁまずは内側に衝撃を与えまくってみるか。」

 そんなアキトの考えに従ってエステはさらに加速しながらも開かれたチューリップの口、
 無人兵器が出て来る場所へと向かう。

(まずは小手調べだ。)

 そしてその勢いを利用して初速を上げて威力が増したライフルを撃つ。

『ライフル:装填数85/100』

 しかし手応えがない。

「なんだ?」

 それを疑問に思い、一瞬エステの速度が遅くなる。

 ガン!

「ぐ、なんだ!?」

 そこに横から衝撃が襲う。

『フレーム耐久度:腕部右「 50%」左「 95%」
         脚部右「 78%」左「 98%」
         腰部「 87%」
         頭部「 84%」
         本体「 86%」


 その衝撃によってフレームの耐久度が一気に減った。

 ドン!

 今度は下から。

「ぐあ!」

『フレーム耐久度:腕部右「 41%」左「 84%」
         脚部
右「 32%」左「 56%」
         腰部「 47%」

         頭部「 76%」
         
本体「 67%」

 流石にこれ以上は危険と判断し、口から離れる。
 そのついでに吸着地雷数発を投擲し、それを狙ってライフルを発射する。

『ライフル:装填数70』
『吸着地雷:装填数9/12』


 普通ならそれで結構な爆発が起こるはずである。
 しかしそれが起こらない。

「(やっぱり!あの中に入ったらヤバイだろうな。)
 おい!ブリッジ!父さん!!」

「なんですか?」

 珍しい焦ったようなアキトの声に答えてプロスのウインドウが開かれる。

「この口みたいなのは跳ぶ為のものだ!」

「では、普通に入れば…」

「ああ。やめといた方がいい。」

「わかりました。艦長」

 言いたい事を言い終えたのか通信を終了して意識をもう一度チューリップに向ける。

「(ありゃ触手か?)なるほど、さっきの衝撃はあれのせい、か。」

 そしてさっきの衝撃の正体を知る。

「まずはあれから潰す。」

 そう言って再びエステを加速させ、今度は触手の付け根辺りにライフルを正確に叩き込んでいく。
 そして暫くしてチューリップは生えていた触手は全て断ち切られ直接的な攻撃手段を失った。

『ライフル:装填数50』

「さて、出来ればバッタとかは出さないでくれればいいんだが…やっぱ駄目か。」

 アキトの呟きにまるで答えるかのように今度は赤いどことなく平べったい感じのするフォルムをした無人兵器、ジョロが出てくる。

「クソ!」

 チューリップから出てくるジョロを完全に体が出切る前にライフルで撃墜する。

「アキト!連合艦隊の艦は後退したから退いて!」

 その通信でアキトは漸くクロッカスがチューリップの勢力範囲内から後退したのに気が付いた。

「どうするんだ?!」

「ナデシコで内部から「馬鹿!駄目だ!!」へ?」

 ユリカの言葉を聞いて反射的に声を大きく遮る。

さっき俺が言った事聞いてなかったのか?!
 今のところあの中に一部例外を除いた人間が入ったら確実に死ぬんだよ!!


「えぇ?!!」

 カチ!カチ!

『ライフル:装填数0』
 ユリカとのやり取りの間も延々と出てくるジョロを撃墜していたアキトだったが、
 とうとうライフルの弾が切れてしまった。

「ちぃ!」

 それでも今度はナイフを抜いて一部でも出てきた場所をガンガン斬りまくる。

「ユリカ!グラビティブラストは?!」

「え?えぇっと」

 その間にユリカに声をかけるが突然の事に頭が付いて行っていないのか、
 質問に対する答えが返ってこない。

「充填は既に完了しています。」

 そんなユリカに代わって答えたのはルリである。

「なら今から一分丁度経ったらそこから撃て!」

「艦長、どうします?」

 アキトの言葉を聞いてユリカの方を向き、尋ねる。

「…アキト。わかった!一分だね?」

 少し戸惑ったような表情をしたが、
 決心が付いたのか凛とした表情でアキトに聞き返す。

「ああ!それに合わせて俺も離脱する!思いっきりやれ!」

「うん!」

「カウント頼む!」

「分かりました。60、59、58、57、56、55、54、53、52……」

 アキトの言葉に答え、メグミがカウントを始める。

「10、9、8、7、6、5、4、3」

「アキト!退いて!」

「了解!」

「1。」

「グラビティブラスト、発射ぁ!!」

「発射します。」

 轟!!

 ユリカの声に続くルリの声と同時に重力波が黒い柱となってチューリップの口に突き刺さる。

 バシャァァーン!!

 そして一秒とかからずにチューリップは跡形もなく消え去り、
 辺りにはその衝撃による大きめの波が起こっていた。



「追わなくて宜しいので?」

「構わん。足の遅い本艦では追いつけん。帰還する!」

 聞いてくる副官に答えるコウイチロウの顔は軍人の顔である。

「はっ!」

 遥か上空を飛んで行くナデシコを見ながらのトビウメブリッジでのやり取りである。
 副官はコウイチロウの命令を各艦(と言ってもクロッカスとパンジーだけだが)に伝令する。

「僕なんて、僕なんて…」

「ワシだってな、ワシだってな…」


 そんな彼の後ろでは置いて(忘れて)いかれたジュンがのの字を書きながらいじけ、
 その横ではさっきまで厳しい顔をしていたコウイチロウがどうやって持ち込んだのか、
 日本酒をラッパで煽りながらジュン相手にくだをまいていた。





○あとがき

 愚者です。混沌の魂第二話をお送りしました。
 とりあえず、前半の「一番星君グレート」は某○ス○ードからです。
 それと後半のブリッジでのアキトの台詞は某K○Fの草○京、  エステ発進時の歌は同じく某K○Fの○吹○吾のものです。(丸わかりかな?)

 さて、今回は一応TV版第二話を基準にして話を進めてみました。
 全然違うじゃないか!とのご指摘は勘弁してくれるとありがたいです。
 因みにネルガルは既にある程度までボソンジャンプを解明しているので、
 (普通の人がジャンプすると問答無用で死んでしまう事とチューリップの事くらい)
 クロッカスとパンジーをジャンプさせる必要はないとと言う事で助けてみました。

 さて、逆行して来た始めの頃に比べてアキトは弱くなっています。
 プロローグ後半の時のような強さ(?)を発揮するのは本気で切れた時だけです。
 ある程度はL様の力も扱えますが、人一人を消すなんて芸当は出来ません。
 能力にリミッターみたいなものがあるからです。

 一応、そろそろオリキャラが出て来ます。(次か、その次あたりを予定しています。)
 それでは。

 

 

代理人の個人的な感想

んん、ギャグにしろシリアスにしろもうちょっとメリハリの利いた文章が読みたいかなぁ。

ただギャグとシリアスをごちゃごちゃに混ぜるだけではいけないような気がします。

 

>一本の超強化ワイヤー(ワイヤードフィスト用)

ワイヤードフィストのワイヤーって『綱』といっていい太さがありますが、と取合えず突っ込み(笑)。

「ワイヤードフィストに使われているのと同じ材質の超強化ワイヤー」くらいがよかったかも。