「〜〜、こんにちわ、アキトお兄ちゃんいます?」

 

 息せき切ってはしってきたメティがアキトのジャンクに到着した時、

 ガイはぶぅたれるハーリーに付き合ってやっている所だった。

 エリナが「思い出した」どうでもいい用事はすぐに終わったのだが、

 「今日一日は二人っきりにさせてやる事」とクギを刺されてしまい、

 やることもないままにダッシュのジャンクでいじけているのである。

 

「おう、こんちわメティちゃん。アキトは今日は夜まで帰ってこないぜ」

「え〜〜〜〜〜〜? 話があったのに」

「悪いね、ちょっと用事でさ」

 

 ちぇっ、と舌打ちしてから、メティの視線が壁際の箱の上で

 ふくれっつらをしているハーリーの上で止まった。

 

「ハーリーはなんでそんなし、し・・・『シケた面』してるの?」

「・・・そんな言葉どこで教わったんだ」

「ナオのおじちゃん。それよりどうしたの、ハーリー。悩みがあるならメティが聞いてあげるよ?」

「・・・・なんだよ、年下のくせに偉そうに」

「違うよ〜。メティ、ハーリーよりお姉さんだもん」

 

 ふふん、とメティが胸をそびやかす。

 まぁ、年上と言っても二ヶ月と少し程度なのだが。

 

「ほれほれハーリー君、お姉さんに話してごらん?」

「ふん!」

 

 舞歌の真似をしてハーリーに迫るものの、ふくれっつらのままでそっぽを向かれてしまうメティ。

 ここらへんは年季の違いであろう。

 

 

「で、どうしたのハーリー」

「ああ、大したことじゃねぇんだけどな」

 

 見込みなしとわかるやあっさりと矛先を自分に向けてきたメティと、

 すねたハーリーの双方に苦笑しながらガイが答えた。

 

「ん〜、なんつったらいいか。アキトの妹が今日コロニーから降りてきたんだけどな・・・」

「振られたの?」

 

 言葉を選びながら説明しようとしていた珍しいガイの心遣いをあっさりと無視し、

 メティが一切の経過や論理展開を無視して身も蓋もない表現でずばりと正鵠を射抜く。

 ふくれていたハーリーが一瞬息を詰まらせた。

 

「な、なんだよその言い方っ!」

「違うの?」

「うっ・・・・・」

 

 正確には違うのだが、真顔で返され、

 断言できるほどには自信の無かったハーリーが沈黙する。

 

「なんだ、やっぱりそうなんだ。それでシケた面してるんだね」

「・・・・・・・・うるさいな、ほっといてくれよ」

「やーい、シケた面シケた面!」

「うるさーい!」

「シケた面シケた面シケた面〜!」

「うるさいうるさいうるさい!」

「シケた面シケた面シケた面シケた面シケた面シケた面〜!」

「・・・・・・う、うううう、うわぁぁぁぁぁぁぁん!」

 

 調子に乗ってメティが囃したてるのに耐え切れなくなったか、

 遂にハーリーが泣きながら駆け出す。

 取り残されたメティがさすがにバツが悪そうにぺろり、と舌を出した。

 

「・・・・・・ありゃ、苛めすぎたかな?」

「ほっとけほっとけ。男のくせにあれくらいで泣き出すようなハーリーが悪い。

 ところで、なんか話があったんじゃなかったのか? 俺でよければ聞いとくけど」

 

 あ、とメティが口を開け大きく目を見開いた。

 今の今まで忘れていたらしい。

 

「そうだよ、大変なの!」

 

 

 

 

 

 地面につき立てられた丸太に斧の刃が食い込む。

 ネオカナダの宿舎裏。バン・ヒサミがトレーニングを再開していた。

 リョーコと同じく、ナノマシンを駆使した治療により既にその傷は完治している。

 一方ランバーナデシコは彼女以上の重傷だったが、整備班が突貫で整備中だ。

 次のファイトには間に合うだろう。

 

 今ヒサミは治療にかかった時間を取り戻すべく、ようやく傷の癒えた体を激しく動かしていた。

 だが、リョーコ戦の前に比べるとあきらかにその動きは鈍い。

 ブランクだけではない。あきらかに、その技には迷いがあった。

 正面の丸太に斧を打ちこみ、めり込んだ斧から咄嗟に手を離し

 体を捻って側面の丸太に切り付ける。

 だが、体勢が不充分だったのか角度がまずかったのか、斧の刃は丸太に食いこまずにその表面を滑り

 ずれたベクトルに引きずられてヒサミはそのまま転倒する。

 ナデシコファイターとしては失格、と言っていいほどの無様な身のこなしだった。

 

 ヒサミがゆっくりと、うつぶせになった状態から四つんばいに身を起こす。

 いきなり、その右拳が地面に叩き付けられた。

 

「どうして・・・どうして・・・・どうしてっ!

 あいつはお母さんを殺したのに・・・殺した筈なのに・・・

 誰が・・・誰がなんと言ったって! それが真実なのに!」

 

 何度も何度も地面に拳を打ち付ける。

 小石に打ちつけられた皮が破れ、肉が裂けてもその手は止まらなかった。

 

「真実なの! それが真実なの! それが真実なのよっ!

 ・・・・・・・・なのに・・・・なのに・・・・・」

 

 唐突に拳が止まり、怒声が嗚咽に変わる。

 もはやそこにいるのは一人のファイターではなく、ただ泣き崩れる少女だった。

 

 

 

 

「ニ対二のタッグマッチ・・・・それもリョーコちゃんとヒサミちゃんが組むだって!?」

「うん。私とアキトお兄ちゃん、それにリョーコさんとヒサミさんで、だって」

 

 夕食どき。ダッシュのジャンクでは即席の作戦会議が開かれている。

 ルリと一緒に帰ってきたアキトに掛けられたのがメティの「ダブルバウト」の一言であった。

 アキトが鋭い目でガイの方を見た。こちらも真剣な顔で頷く。

 

「ああ。もうエリナ委員長の方にも話が行ってるのを確認した。

 後わかってるのは今回はビクトリア・ピークでやるらしいって事くらいだな・・・どうするよ」

 

 答えず、アキトが無言のまま視線を更に鋭いものにする。

 ルリが無言のまま唇をかむ。

 経緯はよくわからなかったが、どう見ても喜ばしい話ではないのは明白だ。

 

「大丈夫だよ、お兄ちゃん」

 

 場の雰囲気が沈みかけたその時、明るい声がルリとアキトの思案を破った。

 

「私がお兄ちゃんと組むんだよ? お兄ちゃんがリョーコさんと戦いたいなら、私がヒサミさんの足止めをするよ」

「・・・・大丈夫かい? 相手はリョーコちゃんを圧倒するだけの実力の持ち主なんだよ」

「ノーベルナデシコは機動力に特化した機体だよ。

 あんなゴテゴテの、ダルマストーブみたいなナデシコなんか、軽くあしらえるって」

 

 笑いながらメティがガッツポーズを取る。

 アキトが手を伸ばしてその髪をくしゃくしゃっ、とかき混ぜた。

 その目に苦笑の色がある。

 

「敵わないな、メティちゃんには」

 

 無言のまま、目を細めてアキトの手の感触を楽しむメティ。

 それを見ていたルリの脳裏に、ふと既視感が湧き上がる。

 メティがアイに、かつて同じように兄に撫でられて猫の様に目を細めていた妹に重なって見えた。

 視線に気がついたメティが、アキトの傍らに立つ少女を見つめる。

 アキトもそれに気がつき、メティの頭を撫ぜていた手を止めてルリの方を向く。

 

「ルリちゃん、こっちがネオスウェーデンのメティス・テア。メティちゃんだ。

 で、こっちが俺の妹のルリちゃん。

 ルリちゃん、メティちゃんと仲良くして上げてね」

「ええ。はじめまして、ホシノルリです。よろしくね、メティ」

「うん! ・・・ねえ、ルリさん」

「なんですか?」

「その、ルリ姉、って呼んでもいい?」

「・・・ええ」

 

 再びルリが微笑んだ瞬間、その場がぱぁっ、と華やいだ。

 同性であるメティやディアでさえ見とれるほどの、それは優しい笑顔だった。

 そして、静まり返ったその場を動かすようにアキトが両手を鳴らす。

 

「さて、じゃあ改めてルリちゃんの釈放お祝いパーティといくか!

 今日は朝からテンカワ印の特製料理を仕込んであるからな!」

「やったぁっ!」

「アキトさんの料理、久しぶりです・・・・・私にとって『おふくろの味』ってアキトさんの料理なんですよね」

「シュンさん、料理とか家事はてんでダメだったからな〜」

 

 懐かしそうに目を細めるルリ、苦笑するガイ。

 そして、改めて自己紹介なども交え、その夜は賑やかに更けて行った。

 

 

 

 

「おはようございます・・・アキトさん・・・」

 

 寝惚けた顔でルリがアキトに挨拶する。

 既にダッシュ達は朝食を済ませ、その場にいるのはアキトだけだった。

 

「みなさんは?」

「ダッシュ達は仕事。ハーリー君とメティちゃんは昨日のうちに帰った。

 ガイは何か用事があるって言って出かけて行ったな」

「ふわぁ・・・」

 

 ルリの口から大きなあくびが漏れた。

 アキトが苦笑しながら厨房に下りてゆく。

 

「顔を洗っておいでよ。朝御飯を用意しておくからさ」

「はい・・・」

 

 

 

 

「帰ってっ!」

 

 なかばヒステリックな声と共に、その手元から空を裂いて斧が飛ぶ。

 それはガイの体すれすれをかすめ、大木に突き立ちその身を震わせた。

 それでも微動だにしない視線の先には、殺意に近いものすら込めてこちらを睨むヒサミの姿がある。

 今、ガイはネオカナダの宿舎に来ていた。

 

「・・・・・なぁ、やっぱりまだリョーコを許せねぇのか?」

「当たり前よ! あいつは・・あいつは私の母さんを殺したのよ!」

「あれは事故だったんだろう?!」

「所詮、ネオロシアの報告よ。当てにはならないわ」

 

 訴えかけるガイから目を逸らし、ヒサミが暗い声で呟く。

 

「アイツは私が、私が裁きを与えなきゃいけないのよ」

「だけどよ、キミは彼女に負けたじゃねぇか!?」

「・・・だからアイツとタッグを組めというの? 仲良しごっこをしろとでも言うの!? お断りよ!」

 

「違う!」

 

 叩きつけるように吼えたヒサミが、ガイの発した声の大きさとそこに含まれる真剣さに一瞬硬直する。

 

「俺は、アンタには人殺しになって欲しくないんだ!

 どうしてもと言うなら・・・せめて、せめてアキトとリョーコのファイトの邪魔だけはして欲しくねぇ」

「な、なに・・・・」

 

 おもむろに、ガイが膝を地面につける。

 そのまま腰をおり、両手を突き、ガイが土下座した。

 額を地面にこすり付け、腹の底から絞り出すような大声で懇願する。

 

「頼む! アキトと、リョーコちゃんに一対一の勝負をさせてやってくれ!」

「やめてよ! あなたに頼まれたって、どうにもならないのよ! どうにも!」

「頼む!」

「お願い! やめて頂戴!」

「頼むっ!」

 

 ぎり、とヒサミの食いしばった奥歯が鳴る。

 ふいと横を向き、その口から忌々しげな言葉が吐き捨てられた。

 

「わかったわよ! あなたの相棒とリョーコが戦っている間は手を出さない。

 でも、決着がついたらその瞬間に私はアイツを殺す! それでいいんでしょう!」

「ああ。それで十分だ。・・・・・・ありがとうよ」

「別に礼を言われる筋合いはないわ。いいからさっさと消えて」

 

 もはやガイのほうを見ようともせず、ヒサミがそっけなく答える。

 立ち上がったガイが再び低い声で口を開く。

 

「最後に一つだけ言わせてくれ。アンタもファイターなら、拳と拳で語ってみな。

 真実が見えるはずだぜ」

「・・・・スバル・リョーコと全く同じことを言うのね。本当に不愉快だわ、あなた」

 

 それには答えず、無言のままガイはきびすを返した。

 その姿が茂みの向こうに消えてからしばらく。

 ヒサミは己の拳をじっと凝視していた。

 

 

 

 

 

 

 

 満天の星空のもと、今夜も街は人の想いを呑みこむ。

 ネオホンコンでも有数の高級レストラン。

 その前で止まった高級リムジンから一組の男女が現れた。

 

「さて、シンデレラ殿。これで魔法が解けるまでは君は美しいお姫様というわけだ」

「てめぇは魔法使いのばぁさん、って訳か?」

「兼、王子様と思ってくれて構わないよ」

「こきゃあがれ」

 

 タキシードを着たサブがリョーコをエスコートしつつぱちり、とウィンクする。

 むっつりと唇を歪めたリョーコの、その頬が心なしか赤い。

 今、彼女はまさしく魔法を掛けられたシンデレラだったから。

 

 短かった髪はウィッグによって増量され、肩に零れ落ちる翡翠色の滝のようだった。

 身につけているのは肩を剥き出しにして背中を大きく空けた、最高級のシルクで仕立てられた真紅のドレス。

 咲き誇る花のような、同色の鍔広の帽子。指先から二の腕までを覆う、これも真紅の長手袋。

 孔雀の羽をかたどった銀の髪留め。胸元までを覆うシンプルなプラチナの首飾り。

 サブロウタの茶目っ気か、赤いハイヒールは毛皮で飾られている。※

 無論、リョーコ自身もごく薄く、目立たぬ程にメイクアップを施されていた。

 裾を僅かに膨らませ、ウェストをキュッと絞ったドレスは全体的に飾り気のない装いによく似合い、

 この海賊上がりのファイターを一幅の絵のような淑女に変身させていた。

 

※「シンデレラ」の原型はロシアの民話。その中では元々シンデレラの靴はガラスではなく毛皮だった。

 

 

 リョーコが、改めてしげしげと自分の姿を見つめる。

 

「なんて言うか・・・その、さ」

「綺麗だよ」

「馬鹿野郎。見え透いた世辞を言うなっての」

「お世辞じゃない。綺麗だよ、リョーコちゃん」

「ば、馬鹿。

 それよりその、こんな高級そうなレストランなのに・・・全然客がいないよな」

 

 うっすらと朱が刷かれているだけだったリョーコの顔が、身に付けているドレスと同じ位赤くなった。

 妙な危機感を感じたリョーコが必死で話を逸らす。

 だが返ってきた答えはまたしてもリョーコの想像を超えた物だった。

 

「ああ、今日の客は俺とリョーコちゃんと二人だけさ」

「・・・・どんな手品を使ったんだ? 考えてみりゃあ、この服だって目玉の飛び出る値段だろ?」

「それは企業秘密」

 

 呆気にとられたリョーコの問いにいたずらっぽい笑みを浮かべ、サブロウタが唇の前に一本、指を立てる。

 その表情を見た瞬間、リョーコはそれ以上の追及を諦めた。

 代わりに負け惜しみが口を突いて出る。

 

「ちっ、ネオロシアなんて貧乏国家の士官風情がよくやるよ」

「階級は関係ないよ。今日の俺はネオロシアの監督じゃなくて、淑女をエスコートする紳士だからね」

 

 どの面下げて、と呟きかけたリョーコがサブロウタの一言を聞きとがめてまた赤くなった。

 

「しゅ、淑女ってなぁ・・・」

「勿論キミのことだけど」

「からかうんじゃねぇよ」

「別にからかってるつもりはないね。

 一時間前までのキミはどうか知らないが、今ここにいるのは紛れもなく立派な淑女さ」

 

 いつものような軽い笑顔を浮かべているが、

 今日のサブロウタの言葉にはいつものいい加減な響きが全くなかった。

 自然、リョーコの顔も赤くなる。

 

「このスケコマシめ!」

「俺がスケコマシだってのは認めるからさ、今の自分が淑女だって言うのも認めてくれよリョーコちゃん」

「ち・・・・わぁったよ、スケコマシの紳士さん」

 

 苦笑しながら、遂にリョーコは白旗を揚げた。

 

 

 

 

 

「さて、何に乾杯しよう」

 

 窓際の席に着き、注がれたワインを片手に持ってサブロウタが楽しげに呟いた。

 店付きの楽団が静かなセレナーデを奏でる中、グラスが月の光を映して煌く。

 見様見真似でグラスを持ち上げたリョーコが僅かに戸惑いを見せた。

 

「何にって・・・適当に乾杯ってやるもんじゃないのか?」

「そういうのもあるけどね。折角二人きりなんだから何か特別なものに乾杯したいじゃないか。

 まぁ、クソッタレなネオロシア本国の屑野郎共に天罰が下る事を祈って、とかでもいいけどな」

 

 不意に、表情を恐ろしく冷たいものに変えてサブロウタが窓の外を指し示す。

 極めて特徴的な、無骨なシルエットの艦がゆっくりと飛んでゆくのが見えた。

 

「ネオロシアの軍用輸送船・・・・・まさか!?」

「ああ、そうだ。連中、本当にネオホンコンに君の仲間を送り込んできた。

 一年間、必死で戦ってきた俺達に対する上層部の信頼なんてこんなもんってわけだ」

「・・・・・・」

「ヤツらにしてみりゃ俺も、君も、君の仲間たちもコマに過ぎないのさ」

 

 静かな怒りを込め、サブロウタが吐き捨てた。

 リョーコの目が底冷えする光を帯びて瞬く。

 

「ふざけやがって・・・・! 人をなんだと思ってやがる!」

「ああ。一寸の虫にも五分の魂はある。ここまでコケにされたら黙ってられないさ。

 リョーコちゃん。明後日のファイト、何がなんでも勝ちに行くよ。

 テンカワアキトもメティステアも、必要ならバン・ヒサミももう一度叩き伏せて勝利を掴むんだ!

 クソッたれの上層部に思い知らせてやるんだ。ナデシコファイトでの勝利は『国家の勝利』なんかじゃない。

 他でもない『俺達の』勝利だってことをね」

「・・・・・・ああ」

 

 目に底冷えする光を湛えた厳しい表情のまま頷いたリョーコが、ふとサブロウタに向き直る。

 

「なあ、サブロウタ」

「なんだい?」

「さっきの乾杯な、『俺達の勝利に』ってとこでどうだい?」

「・・・・悪くないね」

 

 片方の頬だけを動かして、サブロウタが賛意を表明する。

 口元をほころばせてリョーコがグラスを手に取った。

 

「じゃ」

「キミの瞳に乾杯」

 

 一瞬、沈黙があった。

 しれっ、とハンフリー・ボガードの真似をした不埒者をリョーコが三白眼になって睨む。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・おい」

「ごめんごめん。一遍言って見たかったんだ」

 

 笑いながらサブロウタが謝る。

 じゃ、もう一遍、と今度はサブロウタの方からグラスを掲げた。

 

「俺の勝利とキミの勝利に」

「そして『俺達の勝利』に乾杯・・・へへっ」

 

 二人が同時にワインを飲み干し、サブロウタが合図をした所で料理が運ばれてきた。

 しばらくはその料理に無心に舌鼓を打ち、歓談に花を咲かせる。

 ワインのせいか、それともこれも魔法の一部なのか、リョーコはいつになく饒舌だった。

 デザートのシャーベットを平らげた所で、サブロウタが席を立つ。

 リョーコの方に手を差し伸べると共に、楽団の演奏がさざ波のようなワルツに変わった。

 

「さて、一曲どうですかお嬢さん?」

「・・・そう言えば、シンデレラが出たのはお城の舞踏会だったよな」

「そう言うこと」

 

 慣れないハイヒールでのステップも、一曲終える頃にはさほど苦にはならなくなっていた。

 それに、やってみるとこれはこれで案外退屈でもない。

 何曲かをこなし、サブロウタと共に華麗なステップを踏み続ける。

 本当に、自分がお姫様になったような気がした。

 ふと、思い出したようにサブロウタが呟く。

 

「そう言えば、リョーコちゃんには一つ貸しがあったよね」

「え?」

 

 次の瞬間、完全な不意打ちでサブロウタとリョーコ、2つの唇が重なった。

 いつのまにか、リョーコの手を取っていたはずのサブロウタの腕がリョーコを抱きしめている。

 しばらくの間があって――数秒か、それとも数分か――重なっていた影が再び離れた。

 

 

 

 心臓が早鐘のように脈打っていた。

 肺がふいごのようにせわしなく収縮を繰り返している。

 両腕に力が入らない。

 膝がガタガタ震えて今にも倒れそうだ。

 頬を赤らめ、無防備な少女のようにリョーコは立ち尽くしていた。

 

「今のキス、本気だよ」

 

 そう、サブロウタがささやく声も耳に入らない位に。

 

 しばらくして、我に返ったリョーコがまず最初にしたのは

 サブロウタの頬に拳をめり込ませる事だったのだが。

 

「ガラスの靴の代わりに、拳の跡で本人確認をするんだな」

「か、借りておくって言ったのはそっちじゃないか・・・」

「それはそれ。これはこれだ。乙女の唇を気軽に奪いやがって」

「あ、もしかして」

「なんだよ」

「リョーコちゃんって、乙女だったの?」

 

 真顔でそう尋ねた次の瞬間、サブロウタの肉体は壮絶な破壊音と共に夜空に高く舞った。

 

 

 

 

 

 

 

 歓声が響いていた。

 ビクトリアピーク・リング。

 アキト=メティ組とリョーコ=ヒサミ組のタッグマッチが今まさに始まろうとしている。

 だが、他の三チームがいつもどおりにファイトの準備を整える中で

 ネオスウェーデンのクルーのみはいまだにせわしなく動いていた。

 ファイターの体調管理からナデシコの最終調整まで、

 ファイトに関する事実上の実務責任者であった空飛厘博士が失踪してしまったためである。

 メティも口にこそ出さないものの、彼女の失踪によって少なからぬ精神的ダメージを負っているのがわかる。

 当然だろう。彼女は、軍ではほぼ唯一のメティの味方だったのだから。

 

「大丈夫だよ。私は私の役目をちゃんと果たすから、お兄ちゃんもお兄ちゃんの役目を果たして」

 

 だがそうきっぱりと言い切ったとき、メティの声にも表情にもそれを覗わせる物はなかった。

 ならメティちゃんの好意に甘えよう。

 その好意に、応えよう。

 そう、アキトは自分に言い聞かせた。

 

 

 

 リングのもう一方に、先日死闘を繰り広げたボルト、ランバー、両ナデシコが並んで立っている。

 だが、そこに立ちこめた冷たい闘気は、リングの反対側にいる敵に対して放たれているのではなく、

 お互い同士の間でわだかまっているように見えた。

 先日のファイトの時はリョーコがヒサミに通信をつなげもしたが、今回はそれもない。

 ただ、メタンガスのように冷たく暗いものが爆発の時を待っているばかりであった。

 

 

 そしてビクトリアピークの尾根にもう一人、鋭い目で事態の推移を注視するものがいた。

 東方不敗マスターホウメイである。

 今日はメグミの傍らではなく、一般の見物客に混じっての観戦だった。

 傍らに、弟子である薄桃色の髪の少女、”風雲再起”ことラピス・ラズリを伴っている。

 

(メグミめ・・・・いったい何を企んでいる?)

 

 今日は一人で観戦しますから、などと白々しく言っていたからには必ずや何かを仕掛けて来るに違いない。

 そしてそれは、十中八九ファイトと言う行為を汚す策であるはずだった。

 

 

 そして様々な意志が交錯する中、遂にファイト開始の合図であるメグミ首相のホログラフが会場に現れる。

 いつも通りの笑顔、いつも通りの美声でメグミが片手を高く上げる。

 

『それでは、ナデシコファイトスタンバイ!』

 

「「「レディィィィッ!」」」

「「「ゴォッ!」」」

 

 

 

 戦闘開始直後、ノーベルナデシコの手からビームフープが飛んだ。

 狙ったのは、ボルトナデシコとランバーナデシコが並んで立っていたその中間点。

 狙い通りか、はたまたこちらの誘いに乗ったのか、

 二体のナデシコが左右に別れてそれを避けた。

 続けざまにランバーナデシコに向かってビームフープを投擲する。

 その連続攻撃を転がって躱し、ランバーナデシコが二丁斧を抜き放つ。

 ランバーナデシコとの距離を詰めるべく、メティがスラスターを吹かして高速移動する。

 一方のボルトナデシコはメティなど眼中にない、とでも言うかのように

 ノーベルナデシコとすれ違うような軌道を取って突進していた。

 無論、その突進の先にはアキトとゴッドナデシコがいる。

 

 ボルトナデシコと交差する瞬間、一瞬だけ回線を繋いでぱちり、とメティがリョーコにウィンクを送る。

 リョーコの口元が、僅かな笑みの形に歪んだ。

 そして二体が交差して五秒後、疾駆するボルトナデシコの巨体がまばゆい黄金の輝きに包まれる。

 

 

「炸裂!ガイアクラッシャーッ!」

 

 

 世界が縦に揺れた。

 バトルフィールドのみならずクルーデッキ、観客席、そしてビクトリアピークそのものが

 その目覚めた大地の鼓動のごとき震動に揺れる。

 だがバトルフィールドの中では異変はそんなものでは済まなかった。

 

 黄金の拳が突き刺さった地点を中心に大地が波うち、うねる。

 水面に波紋が広がるように同心円状の波が大地を揺れ、

 波が走った部分が激しい震動と共に隆起を始める。

 十数秒後に隆起が収まったときそこにあったのは、

 ボルトナデシコとゴッドナデシコを囲む土と石でできた高い壁。

 バリアの天井にまで届こうかと言うそれはまさに余人の介入を許さぬデスマッチのリングだった。

 

 

「さぁ、舞台の用意はこれくらいでいいだろう。

 始めようじゃねぇか、テンカワ!」

「おおっ!」

 

 岩石のコロシアムの中央、二人の戦士が対峙する。

 互いの視線が火花を散らし、大気が渦巻く。

 

「デビルホクシンを倒す為・・・・そしてルリちゃんの無実を勝ちとる為!」

「囚われた仲間の命と自由の為!」

「「負けるわけにはいかないっ!」」

 

 リョーコが叫び、アキトが吼える。

 その頭上ではネオホンコン当局を初めとするメディアの報道班が、

 二人の闘いをどうにかしてカメラに収めようと必死だった。

 

 ヒサミが通信回線を調整してその映像電波を拾う。

 リョーコ自らの作った壁によってリョーコと隔てられてしまったヒサミにとって、

 それが彼女のファイトを見届ける唯一の手段だった。

 

(貴女は『拳と拳で語り合え』と言った・・・なら、あなたの拳が語るものを見せてもらうわ!)

 

 心の内でそう宣言すると、ヒサミはリョーコの闘いを直接見届けるべく、再び移動を開始した。

 

 

 

 一方、ノーベルナデシコは岩のドームの周囲を必死で探査していた。

 岩のコロシアムを出現させた力の余波でランバーナデシコを見失ってしまったのだ。

 リョーコさんもやるならやるで、こちらを巻き込まないように注意してくれればいいのに。

 そう呟いたとき、メティの精神に何者かが侵入してきた。

 

 忘れていた、あのおぞましい感覚。

 自分が自分でなくなり、作り変えられるあの感触。

 メティが声にならない悲鳴を上げる。

 アキトに、そして飛厘によってそこから救い出されたあの苦痛の檻が、再びメティを飲み込もうとしていた。

 

 

 

「くく・・・くくくくく」

 

 移動椅子に座ったメグミが含み笑いをもらす。

 広大な空間の中、その背に巨大な機械が唸りを上げている。見るものが見ればわかっただろう。

 それはかつて飛厘が開発し、非人道的故に自ら封印した物・・・バーサーカーシステムであった。

 薬物と精神の洗脳によって空飛厘から引き出した、メティの精神をコントロールする波長。

 それが今バーサーカーシステムの中にインプットされ、メティに向けて放射されている。

 

 いま、モニターの中ではサナギが蝶になるように、メティがあの紅の狂戦士へ羽化しようとしていた。

 完全にコントロールするには仕込みが足りないが、今回は問題ない。

 あの狂戦士はそこに存在する者全てを打ち倒して勝利の咆哮を上げるだろう。

 起動実験としてはこれで十分だ。

 

 だがその光景を目にした瞬間。ちくり、とごくわずかにメグミの胸に刺さるものがあった。

 それはメグミ本人も気が付かないほど僅かの間にすぐに溶けて消えてしまい、

 何の痕跡も残しはしなかったものの、確かにメグミの心が作り出したものであった。

 彼女がそのかすかな棘を自覚するのは、もう少し先の話になる。

 

 

 

 一方、それを合図に動き出す者たちもいる。

 戦場に走った紅の光に、腕を組みファイトの行方を凝視していたホウメイの表情が

 獲物を狙う鷹の様に鋭く引き締まった。

 

「・・・始めたね」

 

 傍らのラピスがホウメイを見上げる。

 一つ頷くとホウメイが小さい、だが鋭い声で指示を与えた。

 

「お前はネオジャパンの者共に伝えるんだ。『バーサーカーシステムはアタシが止めにいく』とね!」

 

 こくん、とラピスが頷く。

 次の瞬間、師弟の姿は人ごみの中から風の様に掻き消えていた。

 

 

 

 

「あれは! バーサーカーシステム!?」

 

 ネオジャパン=ネオスウェーデン陣地は混乱の極みに陥っていた。

 エリナがネオスウェーデン側を問い詰め、ネオスウェーデン側がそれに怒鳴り返し、

 上層部サイドで怒号が渦巻いている。

 一方、ガイやハーリー、あるいは飛厘の部下といった実務レベルは必死で状況を把握しようとしていた。

 

「なんでいきなりあんなものを発動させるのよ!」

「ま、待ってくれ! こちらのシステムは作動していない・・・どころか封印状態なんだ!」

「おい! そっちで電波はどこから来てるかわからないか?!」

「ゴッドとの回線回復! ですがやや不安定です!」

「メティスのαメンタル値急激に上昇、まもなくバーサーカーモードに突入します!」

「だったらアレはなによ!」

「ましてやあのシステムを扱えるのは空博士だけだったんだぞ?!」

「すまん、こちらのシステムだけではいかんとも・・・・!」

「ゴッドナデシコ脚部スラスター被弾、なれど損害は軽微! 出力調整してバランスを補います!」

「正直こっちだって訳がわからないんだ!」

 

 

 地上まで10m。クルーデッキの端にある手すりの上。

 ふわり、とそこに立ったその少女は突然虚空から現れたように思えた。

 年の頃は十二、三か。桃色の髪、金の瞳。ゆったりとしたジャンプスーツに白いケープ。

 先ほどまで喧々囂々と大声が飛びかっていた二つのデッキが、一瞬にして沈黙する。

 金色の瞳がそのクルーデッキを見渡し、ガイの上で止まった。

 

「東方不敗マスターホウメイから伝言。『バーサーカーシステムはアタシが止める』」

 

 それだけを言うと、現れた時と同様唐突に少女が身を翻し、手すりから飛びおりた。

 息を呑む暇も有らばこそ。カモシカが急斜面を軽やかに駆け下りる様に

 クルーデッキを支えている可動式アームの凹凸を足場にして危なげなく下まで降り、

 そのまま、少女は人ごみに紛れて姿を消した。

 

 しばらく沈黙していたクルーデッキが、再び騒がしくなる。

 半分は先ほどまでの仕事の続き、もう半分は今の少女の言葉の真偽について。

 

「そう言えば聞いた事があるぜ」

「知っているんですか、ガイさん!」

「多分あの子は”風雲再起”ラピスラズリ・・・アキトの妹弟子だ。となりゃあ、伝言ってのも本当だろうよ」

「じゃあ、マスターホウメイはバーサーカーシステムの存在する場所を知っている・・・?」

「さぁな。どちらにせよ、俺達は俺達にできることをやるだけさ」

 

 

 

 

 そのような状況など知らず、リョーコの作り出した岩のコロシアムは激しく揺れていた。

 比喩ではない。

 リョーコの拳が大地を撃つたびに、大地のあぎとがアキトを貫くべく次々と姿を現す。

 切り払いあるいは砕いても、土に返ったそれらは再びリョーコに従いアキトに牙をむく。

 地面そのものに大穴を空けても、また直ぐに生え変わる。

 壁となった大地を砕き、先に進もうとしても砕いた破断面からまた新たな牙が立ち上がり、

 アキトの足に食らいつくのだ。

 

 上も駄目だった。

 殆ど全てのナデシコはバーニアによるジャンプが可能であるし、

 多くのナデシコは大気圏内での飛行能力すら有している。

 だが、それはあくまで「飛べる」と言うだけの事だ。

 一部の特殊な機体を除けば、ナデシコの空中での機動性は例えばラムジェット攻撃機と言った

 主力空戦兵器に比べて小回りではともかく、速度に関してははっきりと劣る。

 そして、驚愕すべき事にガイアクラッシャーの対空砲火は、

 地上100mを超える高度に回避できないほどの濃密な弾幕を作りだし、

 飛行中のナデシコを完全に捕らえうる恐るべき飽和攻撃を実行する事が可能だったのである。

 ゴッドを含む標準的なナデシコは人間のほぼ9〜10倍、16mの身長と5mの肩幅、3mの厚みを持つ。

 一流の技量を持ってすれば、火線と火線の間に10mの間隔を空けて発射される弾幕も躱すことができよう。

 だが、その間隔が1mもなかったら? そして弾丸の一発一発が完璧な追尾性能を持っていたら?

 いかに超人的な技量を持つといえども、不可能事はあるのだ。

 

 

 正直甘く見ていた、とアキトは認めざるを得ない。

 エリナには「大技はそうそう当たらない」などと言ったが、それは攻撃が単発だった場合の話だ。

 大振りのパンチ一発なら躱してカウンターをいれるまでだが、

 散弾銃が相手では大きく横に避けるしかない。

 そしてそれ以上にここまで連発が効く技だったとは完全に想像外だった。

 ゴッドフィンガーを大地に叩きつけて大地もろともガイアクラッシャーの牙を吹き飛ばし、

 その隙に間合いを詰めようとすれば、間髪を入れずに撃たれた二発目をまともにもらいかける。

 次々に隆起する岩の尖塔を切払いながら進めば切払った端から新たな尖塔が隆起して行方を阻む。

 そして空中を飛べば、四方八方からの集中砲火。

 いまだにアキトはリョーコとの間合いを詰めることすらできずにいた。

 

『そうだ! いいぞ、リョーコちゃん! テンカワを近づけるな!』

「任しときな!」

 

 何気ない通信の合間に、リョーコとサブロウタがアイコンタクトを行なう。

 サブロウタの口元がわずかに歪められた。

 

「くっ・・・切りがない!」

 

 アキトが歯軋りする。

 このままではどう考えてもジリ貧だ。

 とにかく、懐に飛び込まない事には勝てない。

 だが、焦るだけで策が出てこない。

 無限に湧き出るかと思われる攻撃を躱しつつ、ボルトナデシコの周囲を円を描く様に移動しながら、

 アキトは必死で頭を働かせていた。

 

 

 

 赤い光が画面の中に満ちる。

 モニターの中では、遂にバーサーカーシステムがメティを押し潰そうとしていた。

 その目が大きく見開かれ、先ほどから声にならない絶叫を上げ続けている。

 

「抵抗は無駄ですよ」

 

 メグミが呟いた。

 バーサーカーシステムは、モビルトレースシステムのフィードバック機構を介して作動する。

 フィードバック機構は規約で停止できないように定められているし、

 神経にダイレクトに伝わる刺激を無視し続けることのできる人間などいない。

 メグミが微かな憐れみの笑みを浮かべたとき、ホウメイが現れた。

 

「あら、ホウメイさん。どうしたんですか?」

「白々しい事を・・・・・こんな下らないことをして何になるっ! 今すぐシステムを停止させな!」

 

 怒髪天をつく、と言う表現がまさに相応しいホウメイ。

 思いがけない事を言われた、とでも言うような表情でメグミが聞き返した。

 

「言ったでしょう、ホウメイさん。次のファイトでそれを実証してご覧に入れますよ、と」

「貴様っ!」

「ホウメイさん! バーサーカーシステムにより狂戦士となったメティこそ、

 デビルホクシンを操るのに最高のパイロットなのですよ?」

「止める気はないようだね・・・・・なら、力づくでも、止めて見せようじゃないか」

 

 はぐらかしを続けようとしていたメグミが、思わず息を呑み一歩下がった。

 ホウメイから発せられる本気の殺意。

 数々の修羅場をくぐり抜けてきたメグミにとってさえ、それはあらがいがたい恐怖だった。

 

 体が硬直する。

 冷や汗が全身に吹き出た。

 純粋な暴力に対する恐怖。それは野性の肉食獣を目の前にした人間の反応と変わりない。

 

「さぁ! どうする!」

「・・・くっ」

 

 メグミが唇を噛み締めたとき、唐突にバーサーカーシステムの唸りが止まった。

 モニタの中のノーベルナデシコからは赤い光は消え、膝をつき肩で息をしている。

 ホウメイが訝しげにシステムを睨み、メグミが慌てて担当者に回線を繋げた。

 

「・・・・・・ホウメイさん」

「なんだい」

「バーサーカーシステムがショートを起こし、復旧には数日掛かるそうです」

「いっそ爆発して消えてしまえばせいせいしたものをね」

「・・・・かもしれませんね」

 

 なんとはなしに気の抜けた表情でメグミが呟いた。

 そのまま愛用の移動椅子に沈み込む。

 

「どうするつもりだい」

「どうもこうもありませんよ。何もできないんですから。どうせですからこのファイトを楽しみましょう」

「フン」

 

 先ほどホウメイから受けた殺気の反動で緊張の糸が切れてしまったか、

 普段からは考えられないほどぼけっとした表情でメグミが答える。

 思わずホウメイが苦笑を洩らした。

 

 

 

 

 

「おおおおおっ!」

 

 揺れる大地と数十合も渡り合った後、意を決したかアキトが勝負に出た。

 ハイパーモードによって高められた全推力を用い、

 ゴッドフィンガーで次々と盛り上がる大地の牙を砕き、葦原を焼き払うかの様に一直線に突進していく。

 だが何十本目、何百本目かのそれを砕いた直後、折れた牙が瞬時に30mほども隆起した。

 それがまともにみぞおちを貫き、アキトの体がくの字に折れる。

 一瞬動きが止まった隙を狙い、無数の牙がその体に突き立てられた。

 

「が、はっ・・・・!」

 

 ゴッドのボディが軋む。

 アキトの全身の骨が悲鳴を上げていた。

 先日のランバーナデシコ同様、ゴッドはほぼ全身をガイアクラッシャーの拘束に囚われていた。

 丁度、大地の手に鷲掴みにされているような状態である。

 

『一気に決めるんだっ!』

 

 通信から興奮したサブロウタの声が流れて来る。

 それよりもワンテンポ早く、リョーコはグラヴィトンハンマーを旋回させ始めていた。

 瞬時にトップスピードに乗せ、ゴッドの頭部目掛けて叩きこむ。

 

「やったか!」

 

 だがそれがゴッドの首を砕く寸前、大爆発が起こった。

 ゴッドとその周囲の岩がなんの前触れもなく爆散し、

 グラヴィトンハンマーが虚しく目標をすり抜け、主の元へと戻る。

 アキトは、岩の檻に囚われたままで左右のゴッドフィンガーを同時に放ったのだ。

 

 全身に少なからぬ手傷を負いつつも大地のあぎとから逃れ、アキトは大きく飛び下がって距離をとった。

 既にハイパーモードは解け、そのボディのあちこちから白煙が上がり続けている。

 リョーコもガイアクラッシャーの連打を止め、様子をうかがう。

 むろん、こちらは無傷だ。

 

 不意に、アキトの口元が笑みの形に歪む。

 それを感じた瞬間、リョーコの背筋に緊張が走った。

 辛く苦しくとも笑うとき・・・それは尽きぬ闘志の現れに他ならない。

 だが、緊張と共に歓喜が走る。

 そうだ、これでこそだ。

 これでこそ俺が決着を付けるべき相手だ!

 

 そしてリョーコもまた笑みを浮かべた時、アキトの目が鋭く引き締められる。

 

「なんだ、簡単なことじゃないか・・・・・・リョーコちゃんは大地を武器として使った・・・・ならばっ!」

 

 

 

BURNING!