邂  逅

 

 

−真紅の羅刹と漆黒の修羅と−

 

 

 

北斗は、ぬばたまの闇の中に唐突にその存在を認めた。

闇に溶け込む黒い戦闘服。  

北斗の常人離れした感覚さえ遮断するかのように見事に断たれた気配。  

位置を特定させずに放つ強烈なプレッシャー。   間違い無い、と北斗は思った。  

 

テンカワアキト。『漆黒の戦神』と呼ばれる地球圏最強の男。  

 

地球のみならず木連でも、その存在は既に生きた伝説となっている。  

そして北斗にとっては生まれて初めての生き甲斐を与えてくれた男でもある。  

気配を断つのをやめ、無造作にアキトの前にその姿を晒す北斗。  

 

「かくれんぼなんかやめようじゃないか。  

 俺とお前の仲だ、もっと良いやり方があるだろう?」  

 

「・・・確かにな」

 

アキトも応えて気配を断つのをやめる。  

そのまま二人とも動かなくなる。  

一分かそれとも一時間もの間だったか、二人は動かず、   だが漸く互いの『気』は高まりつつあった。      

 

北斗が仕掛けた。   いきなりの大技、上段回し蹴りである。  

無論アキトでなければ影すら見えぬ。  

北辰でも影を捉えるのが精一杯だろう。  

電光の速さで繰り出された北斗の脚が、アキトの髪を数本宙に舞わせた。  

アキトは身を沈めてかわすと同時に北斗の軸足を刈っている。  

アキトの脚払いが決まるより一瞬早く軸足が消え、再びアキトのこめかみを襲う。  

横倒しの竜巻のような空中二段回し蹴り。しかも超低空。  

だがアキトは更に身を沈め、ぺたり、と柔軟体操の様に地に臥せてこれもかわす。  

起き抜けざまにアキトが放った蹴りも、くるり、と   片手をついて一回転しつつ跳んだ北斗には届かない。  

 

両雄は再び対峙した。

 

  しゃっ。

 

北斗の貫手が、まさしく蛇の様にアキトの目を狙う。  

それを逸らし、今度はアキトが貫手で北斗の喉を貫こうとする。  

下からそれを跳ね上げ、北斗が掌底を返す。無数の打撃が、両者の間に交錯する。  

踊るような、舞うような足取りで二人は時に態勢を入れ替え、体を反らし、回転する。  

傍から見れば、美しい光景だったかもしれない。  

だがその放たれる一つ一つの攻撃は、全て致命の威力を秘めた必殺の一撃なのだ。  

時折アキトの頬が裂け、北斗の肩口が弾けたように血を吹き出す。  

それでも、互いに動きが止まることはない。   二人の死の舞踏はまだこれからだった。

 

   ふわり。  

 

北斗の身体が羽根のように宙に浮く。  

気がついた時にはアキトの目の前にいた。  

空気が裂けた。  

アキトが咄嗟にバク転していなければ北斗の膝がアキトの顔面を砕いていたろう。  

しかし、それでも一回転して起き上がったアキトの顔は、右目の上から頬に掛けてざっくりと割れていた。  

北斗の振るった膝は、避け切れずアキトの顔面を裂いていたのである。  

だが北斗も追い討ちを掛けられる状態ではなかった。  

アキトがバク転しながら放った逆立ち蹴りが空中にあった北斗のアバラ数本を砕いていたのだ。

両者ともに気息を整える。  

 

「片目とアバラ数本か・・・少し安かったかな?」  

 

「・・・いや、こんな物だろう。」      

 

アバラの痛みが心地良い・・・。  

永らく連れ添った夫婦程にお互いの事を知り尽くす関係は無いと言うが・・嘘だな。  

何十年ただ顔を付き合わせているより、只一度の命のやり取りの方が相手を余程深く知る事が出来る。  

ましてや、俺にとっては全力を尽くしてさえ倒せるかどうかわからぬ、初めての相手であるならばなおさらの事だ。

テンカワアキト・・・俺と唯一対等に語り合える男。  

やはりその本質は俺と同じ・・・俺が『真紅の羅刹』ならあいつはさしずめ『漆黒の修羅』、と言うところか。  

血に塗れた悪鬼羅刹の友たりえるのは、やはり闇を纏った阿修羅しかいまい。  

・・・「友」?  

・・・くふ、くふははははははっ・・・そうか、「友」か・・!  

俺と・・・テンカワアキトとは理屈抜きで互いの事を理解しあえる。  

なまなかな友情だの恋慕の情なぞ及びもつかぬ強い絆が、俺とこいつとの間には確かにある。

俺を真に理解する者がいるとしたら、それはこいつを置いて他にはあるまい。  

逆にこいつを真に理解できるのも、俺しかいないはずだ・・・。  

 

なあ、そうだろう?・・・・・・・テンカワアキト!  

 

 

 

「・・・・何故笑う?」  

 

「野暮な事を訊くなよ。わかっているんだろう?」  

 

「・・・・・・」  

 

「俺はお前さ。お前は俺だ。    

 お互いに戦いの中でしか生きて行けぬ、哀れな人外の化生よ。  

 ならばせいぜい、楽しもうじゃないか。」          

 

喉を狙った北斗の手刀をアキトは一寸の見切りで外し、

それでも首の皮が削がれるのをそのまま、間合いを詰めて掌打につなげる。  

北斗は掌打に膝で合わせて弾き、首を抱えて膝蹴りを叩きこもうとするが、アキトは一瞬早く北斗の頭に

自分の頭を撃ちつけ、それで力が緩んだ隙に北斗の腕を力任せに外す。

脳震盪を起こしたのか、両方ともしばらく動かなかった。          

 

アキトが仕掛けた。左右正拳のコンビネーションを放ち、それを北斗が捌く。  

アキトもそれを読んでいたか、間髪いれず右肘で顔面を狙う。  

北斗の目が光った。それを待っていたぞ、とでも言いたげである。  

 

  ずぶり。

 

次の瞬間、アキトの肘は下から逸らされ、北斗の伸ばした指先が第二関節まで深々と、右腕の付け根に

めり込んでいた。  

肘を逸らした動きがそのまま攻撃の動作になる、攻防一体の交差法である。  

鍛え上げた北斗の指は、鉄板にすら穴を穿つ。  

いかに鍛え上げたアキトの身体とは言え、耐えられはしなかった。  

動きの止まったアキトの心臓めがけ、とどめとばかりに北斗の右正拳突きが放たれる。  

 

         みしっ。

 

嫌な音がした。  

アキトが左肘と左膝で北斗の拳を挟み、破壊したのである。  

右拳粉砕骨折。これまた交差法であった。      

動きが止まり、荒い息をつく。  

両者ともに今の攻防で受けたダメージは小さくなかった。  

体力も限界に近づいてきつつある。      

アキトは顔面の右半分を朱に染め、首からも出血している。  

また右腕がだらんとぶら下がっている。北斗の貫手が肩の腱を破壊していたのだ。  

北斗は北斗でアバラ数本と右の拳を砕かれている。  

掌打を弾いた膝も鈍く痛む。骨にひびくらい入っているかも知れなかった。  

お互いに、細かい傷は数える気にもならない。 

 

どちらからともなく動いた。お互いこれが最後の一撃と知っている。

北斗は左の正拳。アキトは同じく左の貫手。  

ともに死力を尽くした無心の一撃が交差する。  

アキトの手は北斗の胸を深く貫き、北斗の拳はアキトの顔面をしたたかに捉えた。  

アキトの首が折れ、北斗の心臓がはぜ割れる音を二人は確かに聞いた・・・・・                  

 

 

 

 

肉体も精神も鍛えた北斗である。常人にありがちなまどろみは一切なく、目覚めた次の瞬間には意識が

明瞭になり、肉体も覚醒する。  

だが今朝は違った。  

まるで情事の余韻の様に(もっともそんな発想が出てくる北斗ではなかったが)、心地よい火照りと気だるさが

全身を弛緩させている。  

北斗はこの心地良さが夢の中でのアキトとの闘い、特に最後の相討ちからくる物である事を理解していた。

気がつくはずもなかったが、北斗が今感じている快感は、惚れあった男と女が心中する時の、死をもって

一つになる快感にも似ていた。  

二人の戦士が同時に、互いにその命を断つ事によりある意味渾然一体となる。  

闘いが、互いを理解する命を賭けた対話であるなら、相討ちとは、その意味で勝負の決着の究極の形とは

言えないだろうか。  

 

(決着は地獄まで持っていく・・・か。それもいいかもな。  

 さぞかし気持ち良かろうが・・・そうは行かないのが残念だな・・・    

 くふふ、まあ良いさ。実際に戦った時・・・勝つのは俺だ・・・。)  

 

「ふふ・・・さて、と・・・・。」  

 

頬を火照らせたまま、たぎる身体を鎮めるために北斗は着替えて鍛錬場へと向かった。  

途中で舞歌とばったり会った。  

 

「・・・どうしたの?今日はやけに機嫌が良いじゃない。   何か良い事でもあったの?」

 

いぶかしげな顔で尋ねる。  

 

「ふ・・わかるか・・・?」  

 

「顔にでかでかと書いてあるわよ。何があったの?」  

 

「ふふ、いくら舞歌でもこれだけは秘密だ・・・じゃあな。」  

 

去って行く北斗を見送り、心なしか足取りも弾んでいる、まるで恋人に会いに行くようだ・・・

そう舞歌は思ったが、さすがに口には出さなかった。  

 

(そう言えば、誰かの事を強く思えば夢の中でその人の所へ会いに行ける、

 というおとぎ話があったわね。・・・・・まさか、ね・・・・・。)      

 

北斗には珍しく、今日は気分の良い一日になりそうだった。                          

 

 

 

北斗と相討ちになった次の瞬間、俺は布団の中にいる自分を認識した。  

 

夢か・・・  

 

昔母さんが話してくれた話の中に、恋焦がれる余り、夢になって恋人に会いに行く男の話があったな。  

夢の中でまで俺は北斗との闘いを望んでいるのか・・?  

だが、自分を偽る事は出来ない。  

俺は確かに奴との闘いを心のどこかで楽しんでいた。  

相討ちになった時は奇妙な満足感すら覚えた。  

結局、俺もまた一人の修羅なのだ・・・  

 

そんな俺の心の闇が顔に出ていたのか、その日は朝から誰一人として俺に話し掛けてこようとはしなかった。  

ホウメイガールズも俺の纏う雰囲気に気圧されてか、隅の方でひそひそやってるだけで

話し掛けてこようとはしない。  

そんな俺を見かねたのか、ホウメイさんが声を掛けてくる。  

 

「・・どうしたんだい、テンカワ?    

 今日のアンタは随分と怖い顔をしてるよ。  

 ・・・・とても料理を作る人間の顔じゃあないね。」  

 

俺は無言だった。こんな事・・どう答えれば良いと言うのだ?  

俺が・・・血に狂った修羅だなどと・・  

だが、そんな俺の心を見透かした様にホウメイさんは言葉を続けた。  

 

「テンカワ・・・あんたが何を悩んでいるかは知らないけどね・・・  

 ここは厨房で・・・あんたはコックだろ・・・?」  

 

躊躇いつつうなずく俺。  

 

「だったらコックの仕事をきっちりとこなしな!

 手を抜いたりしたら許さないからね!」

 

「は、はいっ!」  

 

ホウメイさんの一喝に、わだかまっていた闇が跡形もなく綺麗に吹っ飛ぶ。  

気がつくと思わず直立不動の姿勢を取っていた。  

心の中で苦笑する・・・やはりこの人にはかなわないな。  

 

「・・まあ、あたしが何も言わなくてもあの子達が許しちゃくれないか。」  

 

「へ?」  

 

我ながら間抜けな声を出しつつ振り返った俺に・・・  

 

「アキトのラ「チキンライスお「炒飯いっ「ナポリタ「火星「オ(×10)  

 

もし言葉の一つ一つが銃弾だったら、俺の肉体は二十世紀の有名な男女の銀行強盗の最期の様に、

蜂の巣になっていただろう。  

ユリカにルリちゃん、イネスさん、ラピス、メグミちゃん、リョーコちゃんに、エリナさん、サラちゃん、アリサちゃん、

レイナちゃんがカウンターに押しかけて、かぶりつき状態だ。  

一斉に抜け出してきて・・・勤務シフトはどうなっているんだ。      

そう言えばカウンターではシュン隊長とカズシさん、ジュンとハーリー君が並んで食事を取っていた筈だが・・・?

さすがにシュン隊長とカズシさんはいち早く食事を持って退避したようだがジュンは・・

一瞬遅かったみたいだな。

だが本人は全身靴の跡だらけでも料理を守りきったのは大した物だ。食べ物は大切にしないとな。  

・・・・論点が違うか。  

ハーリー君は・・・・・いた。

女性陣に跳ね飛ばされたらしく、食堂の隅でラーメンの丼に顔を埋めたままピクリとも動かない。  

・・・二人とも生きてると良いが・・・いや、そんな事より!  

 

「そ、そんなに一遍に作れないよ!俺は一人しかいないんだから!」  

「じゃあ、あたしのラーメンを最初に作ってくれるよね!?」  

「いいえ、私のチキンライスが先です!」  

「俺のオニギリは作るの簡単だから当然一番先だよな!?」  

「私はすぐに医務室に戻らないといけないから先にお願いね。」  

「そんなの関係ないです!」・・・ぎゃーぎゃー。  

 

・・・・・・とりあえず他の注文を先に・・・はっ!  

・・・厨房の隅から殺気が吹き付けてくる!  

振り返るのが怖いが・・彼女達に間違いない・・・!  

何故だ!?・・俺が何か悪い事をしたのか!?  

空しいと知りつつ俺は心の中で絶叫していた・・・。  

ホウメイさん、ミナトさん、誰でも良いから助けてくれ。  

ついでに信じてもいない神に祈りながら俺はふと気づいた。  

自分が何かとても暖かく安らかなものに包まれている事を。  

奇妙に心が安らいだ。  

ひょっとして皆は・・・悩んでいる俺の事を心配して来てくれたのか?  

何故か無性に恥ずかしく、照れくさかった。  

俺は彼女達を守っているつもりで、逆に守られていたのかもしれない・・・・。  

そう、北斗との戦いを楽しみ、決着をつけたいと望む俺も、皆を守りたいと思い、血を流したくないと望む俺も、

俺には違いない。  

皆がそれを教えに来てくれたような気がした。  

どうなろうと俺は俺だと。皆俺のことを信じてくれているのだと。      

 

「「アキト(テンカワ)(さん)(くん)!!!」」  

「「誰の食事を一番先に作ってくれるんですか(殺気)!?」」(×10)  

「「・・・・・・・・・・(怒)!」」(×5)      

 

・・・・ひょっとしたら本当に気のせいだったかもしれない。  

とりあえずは目の前の問題に集中した方が良さそうだ。  

・・・結果はもうわかっているような気もするけど、な。  

溜息一つついて、俺は絶望的な死地に身を投じた。              

 

 

 

 

 

長いあとがき  

う〜む、夢オチ・・・・・・・。  

とは言っても単なる夢オチではありません(と思ってるだけだったりして)。  

実はアキトと北斗は実際に戦っているんですよ。  

日本の古い考え方に、「夢の中に人が出てくるのはその人に会いたいから」と言うのがあります。  

つまり、アキトと北斗は互いに戦うことを望み、その思いの強さゆえに夢の中で出会って戦ったわけです。

夢というのは、睡眠中に脳が見るイメージ、というだけではありません。  

現実とは違う、もう一つの世界に魂が飛んでいる状態なのです。  

だから別の世界でアキトと北斗の魂が相討ちになっても、現実の肉体には影響がない、と言うわけで・・

やっぱり夢オチか(笑)。  

・・・それにこうでもしないと直接対決物なんて書けませんしね(笑)。  

最初はアキトと北斗の戦いがメインで、夢の覚めた後はほんのおまけの後日談・・位のつもりだったんですが。

ほぼ同量になってしまいました。  

自分でも書きたかったのかも知れません。  

武道に限らず、自分と同等かそれ以上の力量を持つライバルと言うのは非常に親近感の湧く存在だと思いま

す。親友、と言っても良いでしょう。  

ただ、言葉でもなく、心でもなく。  

技と技とで語り合うのがライバル、強敵(とも)という存在だと思います。  

そんな二人の関係を書いて見たくて、この話ができました。  

アキトのオチはアレですが(笑)、ナデシコを描写しようとしたらこうなってしまったんです。  

・・・なんででしょうね(苦笑)。

 

 

 

 

 

 

管理人の感想

 

 

鋼の城さんからの二回目の投稿です!!

何故二回目なのかって?

それは一回目はBenが封印したからさ(爆)

まだ公開するのは、時期が早いと判断しましたからね。

もちろん、鋼の城さんにも了承は得てますよ。

でもね、この二回目の作品が届いたんですよ。

アップをしないと失礼でしょ?

それにしても・・・迫力のある格闘シーンでしたね。

もしかして、鋼の城さんは格闘マニア?(笑)

う〜ん、自分の書く格闘シーンに自信が無くなったよ(苦笑)

 

では、鋼の城さん!! 投稿有難うございました!!

 

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