想い

 

 

その少女に会ったのはネルガルの月のプラントでだった。

年の頃は13、4くらい。どこかの学校の制服らしい物を着てた。

なんで声をかける気になったのかは分からない。

とぼとぼ歩いていた姿がみっともなくてからかう気になったのだろうか?

それとも、あまりにもしょげ返っていたので柄にも無く慰める気にでもなったのだろうか?

自分でもわからない。こうして考えていても分からないのだからおかしなものだ。

それはともかく、その子に私が声をかけた時の事。

 

「お嬢ちゃん、どうしたんだい?暇ならお茶でも飲みに行かねぇか?」

 

訂正、私が声をかけようとした時の事。

だらしない格好をした三人組がいつのまにか少女を取り巻いていた。

自然と口元が冷笑にほころぶ。

こう言う奴らは本当にどこにでもいるものだ。

多分、馬鹿な女と同じで馬鹿な男もこの世からいなくなることは無いのだろう。

たとえばこの私の様に・・。

 

 

気が付くと、その子を助けるために体が動いていた。

理由は・・・やっぱりわからない。

 

こちらに無防備な背中を見せているでぶっちょの腰の少し上、腎臓の裏あたりを肘で強打する。

ここは人体の急所のひとつだ。

正確に打てば私のような非力な女でも大の男を悶絶させる事が出来る。

いきなり仲間が倒れたのに驚いて、残りの二人がこちらを振り向く。

あの子もきょとん、とした顔でこちらを見ていた。

馬鹿二人が何やら馬鹿な事を喚いているのを無視して冷笑を浮かべてやる。

案の定、顔を真っ赤にして殴りかかってきた。

猿みたいに手の長い大柄な方の、大振りの拳を軽く躱して素早く脇に回りこみ、

膝の後ろを軽く蹴るとあっさりと倒れる。フン、素人が。

倒れた男の急所を踏み抜くと、みっともない悲鳴をひとつ上げて男は静かになった。

こう言うのを「潰された蛙のような悲鳴」というが、そんなに似ているんだろうか?

まあ、涎を垂らし泡を吹いてぴくぴく震える顔は図鑑で見たヒキガエルに似てない事も無い。

小柄な最後の一人の、今まで真っ赤だった顔が今度は真っ青になる。

逃げるかと思ったが逆に大声で喚きながら殴りかかってきた。

素人どころか、喧嘩慣れもしてないような単調で無茶苦茶な動き。

駄々っ子が手足を振りまわすのとそっくりだ。

それが面白くて躱すのに専念していたら道路の段差に足を取られて倒れてしまった。

男が両手を広げて私に覆い被さろうとする。

その時、思いがけない事に私の体は硬直してしまった。

父の頭を撃ち抜き、母を眉ひとつ動かさずに殺した男。

そいつがまだ十四だった私を押さえ付け、私を・・・・・・。

自分で意識しないままに悲鳴を上げていた。

子供の様におびえ、取り乱す。

尻餅をついたまま後じさって逃げようとする私を捕まえようと男が手を伸ばしてきた。

ごん。

鈍い音がした。

見ると、男の頭の上に一抱えはあるプランターが一輪の花を咲かせていた。

御丁寧に赤いチューリップの花だ。

気が付くと、白目を剥いた男が私の上に倒れこんでくる寸前だった。

再び悲鳴を上げ、慌てて横に転がって身を躱す。

倒れこんだ男の後ろで頬を紅潮させたあの子が荒い息をついていた。

私はと言えば自分でも情けない事に、手足ががたがた震えていて立つ事も出来ない。

まだ、あの記憶は私を苦しめている。

今私は、両親が殺された時の、震えるしか能の無い小娘に戻っていた。

 

「あ、あの、大丈夫ですか?」

 

「あのー、オレンジでよかったですか?」

 

「え、ええ・・・・・。」

 

「もう大丈夫ですか?さっきはとてもひどかったですよ。あ、ひどい汗。」

 

そういってベンチの横に座り、ハンカチで私の額の汗を拭い、プルを引いた缶を私の手に握らせる。

私はされるがままになりながら混乱の収まりつつある頭で考えていた。

どうしてこうなったんだろう。

私の方がこの子を助けたんじゃなかったっけ?

 

あの後・・・・この子は震える私を連れて公園まで歩き、ベンチに座らせた。

震えはなかなか止まらなかった。

もう、五年も前の事なのにまだ私は呪縛に囚われている。

そして、その呪縛を直接解く機会は永遠に失われてしまった。

この五年間、寝ても覚めても私から全てを奪ったあの顔が目の前にあった。

その顔を靴の裏で踏みにじり、命だけは助けてくれと哀願する声を聞き、

両手両足に銃弾を撃ち込んだ後、じっくり苦痛を味わわせてから額を撃ち抜く。

ただそれだけを思って生き長らえて来た。

ある日、唐突にその機会は失われてしまった。しかも永遠に。

あの男が死んだ。殺されたのだ。

殺されるのは当然だ。あの男はそれだけの事をしてきたのだから。

多分、地獄を三つ四つは掛け持ちできるくらいの事はしていただろう。

だが、殺すのは私でなければいけなかった。

アイツは私に殺されて惨めな最期を遂げるのでなければならなかった。

私に這いつくばり、命乞いをし、その断末魔の声を聞かせなければならなかった!

そうでなければ・・・・・・ならなかった。

 

あの男が死んだ。

その知らせを聞いたとき、私はかなり長い間放心していた。

私に唯一残っていた・・あるいは残されていたものが砕けて消えたのだ。

それとともに私の心までが砕け散ってしまったような気がした。

それは、私の全てだったから。

私が自分を取り戻したのはある事に思い至った時だった。

あの男を直接殺せないならば、あの男を殺し私の邪魔をした奴を殺せばいい。

そうすれば私はあの男から、あの記憶から自由になれるはずだ。

 

テンカワアキト。

この戦争に突然現れた稀代の英雄。

エステバリス単機でチューリップの集団を落とし、

生身でもたった一人で精鋭の戦闘部隊を蹴散らす。

社内の友人に一度だけ戦闘記録を見せてもらった事がある。

英雄なんてレベルのものじゃない。

化物だ。

あの男を殺したのがそのテンカワアキトだと知った時、

それを知って動揺もしなければ恐怖もしない自分に驚いた。

すこし可笑しくなった。

世界最強の英雄と少し訓練を積んだだけの小娘。

普通なら敵う訳が無い。

返り討ちに会うのが関の山だ。

だが、テンカワアキトを殺すことを断念する、なんて考えは露ほども浮かばなかった。

それでいてなお、恐怖は無い。動揺も、迷いも・・・・・後悔も、無い。

改めて気が付く。

自分は、壊れていたのだ。

あの時から、ずっと。

 

 

 

「・・・・もしもし、もしもし!大丈夫ですか!」

 

そして気が付くと、あの子の顔が目の前に、息がかかるくらい近くにあった。

フラッシュバック、次から次へと連鎖的に掘り起こされる記憶の迷路に囚われていたようだ。

 

「ああ、良かった。」

 

真剣に心配してくれていたらしい。

いい子なんだな。

しばらくしてようやく震えも収まり、彼女の話を聞く事になった訳だ。

 

 

「さっきはありがとうございます。あの男たちから助けていただいて。」

 

「いいのよ。私だって、貴方に助けてもらったんだから、これでおあいこね。」

 

笑い合い、ひとしきり他愛も無い話に花を咲かせる。

 

「そう言えば、最初貴方を見た時はとても落ちこんでたわね。何があったの?」

 

「・・・・それは・・・・」

 

彼女の兄が事もあろうに彼女の家と先祖代々敵対してきた家の女にたぶらかされ、

何を血迷ったか遂には結婚を決意した。

しかもそのためにその一家との和解の道を歩もうとしているらしい。

天道に照らしても断じて許される事ではない。

そこで彼女は兄を正しい道に引き戻す為、

色香で兄をたぶらかし堕落させた奸婦を天に代わって成敗せんとしたのだが、

不慮の事故で倒れ、よりにもよってその女性に介抱されたらしい。

彼女から聞き出せたのは大体こんな所だった。

聞いてみればそれこそ他愛も無い話だ。

敵対する家や組織に属する者同士の禁断の恋。

ロミオとジュリエットの昔から、いや、それよりもはるか昔から絶える事の無い悲話。

大抵は悲劇、ごく稀にはハッピーエンド。

何も知らなかった昔は憧れもしたが、今はどうでもいい。

ただ、結果がどうあろうとも過程は似たような物だ。

家や組織から裏切り者扱いされるか、心ならずも恋を裏切ってしまうか。

どちらにせよ家族ですら障害になるのは間違いない。

そして、今回はお兄ちゃん子の妹が兄の恋を阻もうとしたわけだ。

だが、どうやら落ちこんでいるのは襲撃が失敗したからではなく、

彼女の兄と恋仲のその女性がとても感じのいい人物だったかららしい。

敵対するその家の人間はすべて悪い人なんだと、子供の頃から教えられていたそうだ。

それもあって色々とショックを受け、ふらふらと歩いていたら・・・と言うわけだ。

子供にそんな事を吹きこむ馬鹿な連中に他人事ながら少し腹が立った。

・・・もっとも、人の事を言えた義理ではない。

馬鹿というなら私のほうがよっぽど馬鹿だろう。

いつまでも死んだ男にこだわって前を見ようとしない私の方が・・・。

年上ぶって少し説教してやった後、別れた。

最初とは打って変って、とても明るい笑顔を残して去っていった。

今時珍しい子だったな。

元気で、素直で、どこまでも真っ直ぐで。

だから・・・・それが私にはまぶしかった。

もう自分には戻れない世界の、もう得る事のできない幸せを見せつけられたような気分だった。

泥に塗れ、血に染まった私の手ではもう掴めないものを。

 

「兄弟なんて言ってもね、所詮は他人なんだよ。

 誰だってね、結局大切なのは自分なんだよ。家族だって最後の最後には見捨てられる。

 自分の為に妻や子供を売る奴、血を分けた肉親を殺して犯す奴だっているんだからね。

 そう、そうだったわ。私が実の兄に犯されたのがちょうど貴女と同じ位の歳だった。」

 

彼女の話を聞きながら、そう言ってやりたくてたまらなかった。

このような醜い真実を知った時、この純情そうな顔がどう歪むのか楽しみですらあった。

だが、私はそれを言い出せなかった。

多分、私の顔は歪んでいたんだろう。

この子が兄について語る時、本当に幸せそうな顔をしていたから。

自分では遂に感じる事のできなかった兄への愛。

それがこの子からは感じられたから。

私は、自分には与えられなかった、あるいは得ようとしなかったものを

当たり前の様に持っているこの子が、羨ましかったのだろうか?

それとも・・・・憎かったのだろうか?

 

ふと、ある男の顔を思い出した。

素直で奥手で不器用で、純情一途でやさしくて、人を疑う事を知らない。

馬鹿が付くほどのお人よし。

でも、そいつは私の愚痴を笑って受けとめてくれた。

仮面でない本当の私、素顔の私を知っても、それでも真っ直ぐな瞳で私を見つめてくれた。

私を死なせはしないと言ってくれた、優しい・・・とても優しいおばかさん。

あの子も・・・私の身の上話を聞いて、それでも真っ直ぐに私を見てくれただろうか?

 

そう言えば、あの子の名前も聞いていない事に気が付いた。

諜報員としては失格かな、私は。

 

「いや、そうじゃない。」

 

首を振って私は一人ごちる。

あんな子はこんな世界の事は知らなくていい。

光の当たる世界で、健やかに幸せに生きていって欲しい。

どのみち、私は長生きできないだろう。

私は彼女とすれ違って、少し話をしただけの赤の他人。

もう会うことは無いだろうし、会ってはいけない。

その方が幸せだ。

それなのに、何故かもう一度あの子と話をしたかった。

あの笑顔を見たかった。

脳裏にあの少女の明るい元気な笑顔を思い浮かべる。

不意に、その笑顔が優しくて気弱そうな男性の物に変わった。

なぜ、この男の顔が浮かぶんだろう。

彼は私にとって敵でしかないはずなのに。

だが、どうやっても、その笑顔は私の脳裏から消えてはくれなかった。

それにしても何故あの子の事からこの男を連想したのだろう。

・・・・・・・・・いや、違う。

私はあの男に会いたいなどと思ってはいない。

あれはテンカワアキトを殺す邪魔をする障害のひとつでしかないのだから。

そう、あの男は私の、私の・・私の・・・・・・・・敵。

 

ぽたり。

膝の上で爪が食い込むほど強く握られていた、その私の拳に水滴が落ちた。

泣いたのは何年ぶりだろう。

自分がまだ泣ける事が驚きだった。

それともまた泣けるようになった、と言うのが正しいのかもしれない。

私は、いつのまにか何かが自分の中で変わっていたのに気が付いていた。

今、私の両の目から溢れる液体がその変化のしるし。

私が変わった理由。

それはあの少女のおかげか、それとも・・・・・。

迷う私は、答えを見つけられぬまま泣きつづけていた。

一人の少女と一人の男性の事を想いながら・・・・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

あとがき

さらさらさら〜とここまで筆が走るのは(いえ、キーボードですけどね)随分と久しぶり。

なにせこれ全部、構想から見直しを含めても日が沈んでから昇るまでの

約10時間ちょいで書き上げてしまいましたからね。

波に乗っている時と言うのはまあ、こういう物なんでしょう。

 

で、ここでクイズです。

この物語の主人公は誰でしょう(笑)。

1、ユキナ

2、チハヤ

3、ホウメイさん(爆)

 

さあ答えはどれ(笑)!

まあ、当然ながら二番のチハヤ嬢です。

この作品、固有名詞はアキト君の名前くらいしか出てこないから

こんな馬鹿なクイズが成立する余地も・・・え?無い?

 

一部では「木連の大家」(「もくれんのおおや」と読まないよーに)と

呼ばれる私ですが(笑)、それは違います。

私はオリキャラを書くのが好きなのです(笑)。特に北斗(笑)。

これまで投稿した十本の内、実に7〜8本がオリキャラの話だし。

実は舞歌が優人部隊の指揮官になった頃の

九十九とゲンの字の話を考えているのですが、

なかなか話が浮かんでこないんですね。

ま、おいおい完成させますか。

閑話休題。

んで、オリキャラを書くのが好きだからこういう話も書いてしまうわけです。

同じオリキャラでも双子やレイナに食指を動かさず、

ナオやらチハヤやら正体不明な頃の北斗やらを選んでしまうあたりが私らしい(爆)。

でも舞歌はもう少し本編で活躍させて欲しいぞ、と。

最近出てこない九十九やゲンの字の方がまだ目立ってる(笑)。

「明日の一番星コンテスト」に乱入してくれないかな〜。

 ・・・・・・・・・・いっそのこと、自分で書いてしまおうか(爆)。

 

 

 

 

 

 

 

 

管理人の感想

 

 

鋼の城さんから十一回目の投稿です!!

う〜ん、ここまで暗いのか(爆)

まあ、生みの親は黙って我が子の成長を見守ろう(笑)

でも、ヘヴィですよね、改めて過去を顧みると(汗)

まあ、彼女も大変ですよね。

狙ってる相手は、アキトだし。

ナデシコにはアレがいるし(爆)

 

では、鋼の城さん!! 投稿有難うございました!!

 

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