機動武闘伝
ナデシコ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギターの音が響く。

宇宙に浮かぶネオメキシココロニーの一室。

古びたギターを爪弾く老人と、その孫らしい二人の少女が地球を見下ろしていた。

二人とも五歳くらいか。顔立ちがそっくりだから双子かもしれない。

片方は金色の、もう片方は銀色の髪をしていた。

「ほぅら、丁度今見えてきたあたりが爺ちゃんたちが暮らしていたネオメキシコの海だよ・・。」

「うわぁ・・・。」

「きれい・・・・。」

二人の少女が感嘆の声を上げる。

宇宙から見た地球はいまだ青く、美しかった。

だが老人は孫の感嘆に眉を曇らせる。

「いやいや・・ここから見ると綺麗に見えるが、今じゃ魚も全然取れなくなったらしい・・・。」

「・・・海はしんじゃったの?」

「死んじゃいないさ・・・。海は強い生命で溢れている・・・。

そう・・・お前達が大きくなる頃には、また、魚も沢山取れるようになるだろうて・・・。」

再び、二人が顔を輝かせて地球を見下ろした。

銀髪の少女が夢見る様に呟く。

「いってみたいなぁ・・・。」

「私、決めた!おおきくなったらあの海に行って、おじい様と同じ、漁師になる!

アリサ、一緒に行こう!」

「うん!」

金髪の少女の宣言に、銀髪の姉妹が大きく頷く。

「約束だよ!おおきくなったらいっしょに地球の海にかえるの!二人でいっしょに!」

「うん!二人でいっしょに!」

 

 

 

 

「・・・さて、大自然の溢れる海に魅せられたサラとアリサは

やがて大人となってゆきます。

果たして二人は、夢見る海へと辿り着く事が出来るのでしょうか・・・。

デビルホクシンとともに地球に落ちた妹アイを追ってナデシコファイトを続けるテンカワアキト。

彼との出会いが全ての鍵となるかもしれません・・・。

今日のカードはネオメキシコのテキーラナデシコ!

それでは!

ナデシコファイト・・・

レディィィ!ゴォォォゥ!」

 

 

 

 

 

 

 

第七話

「来るなら来い!

必死の逃亡者」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ネオメキシコ。

砂漠と海に挟まれた、この国の典型的な港町にアキトはいた。

アキトのいる通りから一つ外れた裏通りを身長2m強の巨漢が歩調を合わせて歩いてゆく。

「・・・こちらゴート。ターゲットはメインストリートを西に移動中。」

『・・・よろしくお願いしますよ、ゴートさん。くれぐれもテンカワさんに気が付かれない様。』

「分かっている。・・・・。」

少し考えて、ゴートは前々から使って見たかったセリフを吐いた。

「ゴートにおまかせ、だ。」

 

 

 

「この女を知らないか?」

アキトが露店の老店主に例によって写真を見せて尋ねる。

「・・・いいや。」

「このあたりに、ナデシコファイターがいるらしいと聞いたが。」

その単語にアキトの背後、老人の向かいの店に座っていた

フードを目深に被った人物がぴくり、と体を震わせた。

「・・・知らないね。」

「・・そうか、他を当たろう。」

「無駄だよ。」

老人のそっけない言い草にアキトが振りかえった。

心なしか、表情も険しくなっている。

「そりゃあどう言う事だ?」

「この国は人の出入りに滅法厳しくてね・・・。

みんなよそ者と関わって面倒に巻き込まれたくないんだよ・・・。

あんたも、こんな所に長居は無用だぜ。」

今更の様に、アキトは周囲の人間がちらちらとこちらを見ているのに気が付いた。

風体が物珍しいのだろうと思って気にもしていなかったのだが・・・。

「フン・・・まあいいさ。」

アキトがきびすを返す。

あのフードの人物が、音も無く立ちあがり、後を追って歩き出した。

 

アキトは町外れの方へ歩いて行った。

「あなた、人を捜しているの?」

突然、真後ろから掛けられた声にアキトが慌てて振り向く。

意識を失う寸前、その目に最後に映ったのは唸りを上げて落下してくる消火器だった。

 

 

 

「・・・むう。」

不審なものを感じたゴートが表通りをうかがった時、既にそこにはアキトの姿は無かった。

 

 

 

ゴートがアキトを尾行していた町から遠くない海上に、

一隻のクルーザーが停泊していた。

安定性と居住性に優れた双胴型の、最高級のものだ。

その甲板の上、一人の男がサングラスに海パン一つで日光浴を楽しんでいる。

言わずと知れたネオアメリカのナデシコファイター、ヤガミ・ナオだ。

パラソルの下では上下一体型の水着を着たプロスペクターが算盤を弾き、

その隣ではアロハのカズシが団扇で涼を取っていた。

そして、彼ら以外にも甲板の上には数人の男たちがいた。

「で?ナデシコファイターが逃げたって?」

「国家の威信をかけ闘うナデシコファイターが逃亡・・これは国家への反逆にも等しい行為です。」

男たちはネオメキシコのナデシコファイト委員会のメンバーである。

ナオの嫌いな、いわゆる「小役人」だった。

「ですが、サラ・ファー・ハーテッドは得がたいファイターです。

我々としては、彼女にもう一度チャンスを与えてやりたい。」

「ふ〜ん。」

「ヤガミ・ナオ。是非彼女とナデシコファイトを行っていただきたい。」

デッキチェアに転がっていたナオが身を起こした。

「あいにくだが、そんな腰抜けファイターと戦う気はないな。」

サングラスを外す。

その奥の底光りする目には抑え切れない闘志が宿っていた。

「それに、俺にはなんとしてでも倒さなくちゃならない相手がいる。

この、右腕の借りを返す為にもな。・・・ん?」

プロスペクターの呼び出し音が鳴った。

相変わらずにこやかに通信に出るプロスペクター。

「はい。ああ、ゴートさんですか。え?ああ、それは残念ですなぁ。

・・・・・ヤガミさん。ゴートさんがテンカワアキトを見失ったそうです。」

「かぁーっ!何が『ゴートにおまかせ』だよ?頼むぜ、おい!」

全身で大袈裟に失望を表現するナオ。

ここらへん、日系とは言えやはり彼もアメリカ人である。

だが、どこかユーモラスなその表情を見せるその目が、「小役人」の言葉で再び光った。

「サラの仕業に違いない・・今までも我々の手のものが何人も行方知れずになっている・・。」

「なんだとぉ!?」

 

 

 

 

絶壁に荒波が打ちつけていた。

崖の上から海面までは優に20m。

しかも下は尖った岩場である。

まともに落ちれば、ほぼ即死は免れまい。

その崖っぷちに気絶したアキトの体が投げ出された。

アキトを運んできた人物がフードを払って大きく息をついた。

整った顔立ちが日に照らされ、見事な金髪が背中に広がる。

まだ、十代の、子供から女に変わろうとする年頃の少女だった。

「よっ・・・と。しぶといわね、こいつ。でも、今すぐ楽になるからね・・・。」

フードの人物がアキトの体を足蹴にする。

「アディオス・・・」

低く呟き、もう一押しでアキトの体が崖から飛び出そうとしたその時、

か細い女性の声がその足を止めた。

「もうやめて、姉さん!お願い、もうやめて!」

ギョッとして振り返る金髪の少女。

長い銀髪をポニーテールにした自分とよく似た顔立ちの少女が、

息を切らせながら走ってくるのを見て思わず叫ぶ。

「アリサ!?」

アリサと呼ばれた少女が激しく咳き込む。

金髪の少女がその肩を抱いて顔を心配そうにのぞきこむ。

「駄目じゃないの、家で寝てないと!」

「サラが酷い事をするのを、黙って見てられるわけないでしょ!?」

咳き込みながら、切れ切れに姉に訴えるアリサ。

サラが厳しい顔で首を振る。

「違うわ、アリサ。私達が生き延びるには、こうして追っ手を始末してゆくしかないのよ。」

「・・・・誰が追っ手だって?」

「「!」」

「俺は、ネオジャパンのナデシコファイター、テンカワアキトだ!」

アキトが立ちあがる。

信じられない物を見たかのようにサラが呟いた。

「そんな・・・通常人なら即死、良くて半日は動けない筈・・。」

「サラ・ファー・ハーテッド!君にナデシコファイトを申し込む!」

「・・・その必要はないわ!」

消火器が空気を引き裂く。

だが、今度はアキトもそれを予期している。

紙一重で躱し、ふところに間合いを詰めてサラの手元を叩く。

サラの手から消火器が落ちた。

アキトがそのまま身を翻し、背中から体当たりしてサラの体を吹き飛ばす。

追い討ちをかけようとしたその体がにわかにぐらり、と傾いた。

アキトが倒れるのと入れ違いの様にサラが起き上がる。

「体・・が・・。」

「ようやく効いてきたわね・・。脳の運動中枢を強打されたのよ、

そうそう動けるわけがないわ。」

サラが無言で消火器を振り上げる。

アキトはまだ動けない。

 

 

 

アキトは夢を見ていた。

アイの裏切り。倒れるシュン。自分とシュンに背を向けるアイ。

氷の棺に閉じ込められたルリ。

ウリバタケの声が響く。

(だがこのままでいい訳がない・・・お前がナデシコファイターになって奴を・・!)

邪悪な笑いを浮かべるアイ。

その姿がデビルホクシンに変じ、巨大な掌がアキトを握り潰した。

 

自分の絶叫で目が覚めた。

額が汗で濡れている。

裸電球の下がった天井が見えた。

傍らに、あの銀髪の少女がベッドにもたれる様にして眠っている。

その背にそっと掛け布団をかけると、アキトは静かに部屋を出た。

(俺は、あの子に助けられたのか・・・サラは・・出かけたらしいな)

家の中の気配をうかがっていると、通信機が鳴った。

『よ〜う、大丈夫かアキト!可愛い女の子と一緒、両手に花で羨ましいねぇ!』

「ガイか。油断したよ。花と言っても片方は鋼鉄製だな。・・・噂通り結構な凄腕だ。」

『そのサラちゃんなんだけどな、どうもナデシコファイターになったのは

コロニーから地球へ逃げるためだったみたいだな。』

「そんな事をすれば、コロニー本国から追われる事は目に見えているだろうに。」

『・・・あの二人はデビルホクシンとは関係が無さそうだぜ。見逃してやったらどうだ。』

「彼女達がデビルホクシンと接触した可能性がわずかでもある限り、

ナデシコファイトは避けられない。お前も、それはわかっているだろう。」

『・・・・』

 

 

 

アキトは、サラの家の窓枠に腰掛けて地平線の彼方から昇る朝日を眺めていた。

玄関から出てきたアリサがアキトに気が付く。

「もう、大丈夫なんですか?」

「・・・ありがとう、大丈夫だよ。」

アリサが嬉しそうに笑う。

「よかった・・。」

「サラちゃんは・・帰ってこなかったみたいだな。」

すっ、とアリサの表情に影が差す。

「はい・・・あの、姉とは戦わないでいてくださいませんか・・・?」

「・・・それは出来ないよ。」

「何故ですか!?私達は・・・ここで静かに暮らして生きたいだけなのに!」

アキトが窓枠から飛び降りた。

アリサに背を向けたまま、その声に決意がこもる。

「・・・戦わなくてはいけない理由がある。

避けては通れない道だと、君の姉さんも知っているはずだ!」

「聞いて下さい!姉は、私のために・・・・」

「アリサ!」

サラが立っていた。

魚をとるのに使う三つ又の槍を構えている。

「そんな男に話すようなことは何もないわ!

・・・・アリサに免じて命は助けてあげる。とっとと消えなさい!」

「・・・駄目だ。俺と勝負してもらいたい!」

「そんなに死に急ぎたいの?」

サラの顔から表情が消える。

構えた槍のその穂先がぴたり、とアキトの心臓を指していた。

アキトも構えを取る。

「姉さんやめて!」

「下がっていなさい!」

何か言い返そうとしたアリサが、激しく咳き込んで倒れた。

「アリサ!」

顔色を変えて妹を抱き上げるサラ。

「その子は医者に見せた方がいい。」

「・・・あなたさえ現れなければ!」

サラが憎々しげにアキトを睨みつけると、アリサの容態を刺激しないよう、

水の一杯に入ったコップを運ぶような足取りで歩み去る。

その背中を見送って、アキトはガイに通信をいれた。

 

 

 

隣に妹を乗せ、サラがトラックのエンジンを掛けようとした時

反対側のドアを開けてアキトが車内に乗りこんできた。

「俺も行くよ。この子には借りがある。」

忌々しげにアキトを睨み、だがそのままサラは車を出した。

 

 

街はさながら戒厳令下だった。

それは大袈裟だが、通りの要所要所を武装した兵士が固め、

油断なく周囲を見張っている。

「これじゃ・・街へは入れないな。」

「でも、このままじゃアリサが・・・」

「儂の所に連れて来なさい。」

彼らの背後から年老いた声が掛けられた。

「あなたは・・・!」

あの、露店の老店主だった。

「お互いに詮索は無用。ついて来なさい。」

一瞬顔を見合わせ、二人は老人の後に続いて歩き出した。

老人の家は裏通りの一角にあった。

客用のベッドにアリサが寝かされる。

「さて、医者を探さずばなるまい。」

「いや、もう俺が手配してある。」

「お前さんが?」

無遠慮なノックの音が響いた。

ノックと言うより扉を殴りつけているような感じである。

「ようアキト!ダイゴウジ・ガイ只今参上!」

「誰よ貴方は!」

目を鋭く細めてサラが誰何する。

「医者だよ。」

「「へ?」」

ガイの肩を叩いてアキトが告げる。

期せずしてガイとサラの声がハモった。

 

 

 

「アリサに変な事をするんじゃないわよ・・・・・!」

「俺は一応医者だぜ?職業倫理と言うものがある!」

「ホントに一応な。」

アキトにガイの、ガイにサラの険悪な視線が突き刺さった。

「・・・私も同席させてもらうわ。」

「はいはい、ど〜ぞ。」

ヤケ気味のガイの顔を見ていたサラの視線がアキトの上に止まる。

「いつまでここにいる気?」

「え?」

「女の子の診察なんだから

男はとっとと出て行きなさい!」

「はっ!はいっ!」

サラの、これまでとは段違いの迫力に、

アキトの姿が瞬時に室内から消えた。

 

 

 

「ふう・・。やっぱり、サラちゃんが国を抜けたのはあの子の為なのかな・・・?」

廊下でアキトが考えこんでいると、重い震動とどよめきが響いてきた。

板戸を細く開け外を見る。

巨大なものが大通りをゆっくりと歩いてくる。

「ナオさんの、ナデシコマックスターか!こんな時に厄介な人が・・・。」

その時ガイの声が聞こえる。

「お〜い、アキト!一段落したからサラちゃん呼んで来てくれ!」

「!・・まさか!」

舌打ちをするとアキトは走り始めた。

 

 

 

「この国のファイターは腰抜けか!?出てきて正々堂々俺と勝負しろぉっ!」

重量物運搬用のキャリアーの上に作った即席のお立ち台で、

まるでプロレスラーの様にマイクアピールをするナオ。

もちろん大袈裟なジェスチャー付きである。

 

 

もちろん、ネオメキシコのナデシコファイト委員会メンバーも同行している。

(よろしいのですか?こんなに派手にやらせて・・・)

(出来れば極秘に捜査したかったが・・・ご時世だからな)

 

 

群衆の中を、フードを目深に被った人物がナオの立つ台車に少しづつ近づいて行った。

手の中には既に必殺の武器がある。

サラの腕力とロケット推進により時速900kmで飛来する赤い弾丸。

この速度でこの質量をまともに食らえば、ナデシコファイターとて即死は免れまい。

必殺の間合いまで後数歩。

後ろからサラの腕が掴まれた。

「よすんだ、サラちゃん!こんな所で騒ぎを起こす気か!?」

「・・・邪魔しないで!」

もみ合いになった。

カズシがそれを目ざとく見つけた。

「テンカワ・アキト!」

「何!・・・間違いねえ、アキトめ、やっぱり生きてやがったか!」

白い歯を見せたナオの隣で、ネオメキシコのナデシコファイト委員会も叫ぶ。

「サラ・ファー・ハーテッドだ!狙撃隊用意!」

通りの両脇の家々の屋根に忽然と兵士達が姿を現す。

群集が逃げ散る。

数十の銃口が火を吹いた。

「チッ!罠だったか!」

瞬時に身を翻すアキトとサラ。

素早く路地に駆け込み、全速力で走り抜ける。

「二人とも!こっちだ!」

「!」

「助かる!」

あの老人の開けた扉に飛びこむアキトとサラ。

「ふう・・・」

一息つく暇もなく、老人の言葉がサラとアキトを再び緊張させた。

「あの子がいなくなった。」

「なんですって!」

 

 

追跡を指示するメンバーの肩をナオが鷲掴みにする。

「おい・・・!話が違うじゃねえか。

もう一度あいつをナデシコファイターにするんじゃなかったのかよ!?」

「ここはあんたの国じゃないんだ。口出しはせんで貰おうか?」

「・・・最初からそのつもりだったのか!」

 

 

 

老人の家に戻るなり、サラがガイを締め上げる。

「なんで・・なんでアリサから目を離したのよ!?」

アキトがサラの肩に手を置いた。

視線を転じて睨みつけるサラに言葉を継ぐ。

「やめなよ、サラちゃん。」

「うるさい!私達に付きまとうのはもうやめて!」

「俺と戦え!それとも、このままでアリサちゃんが喜ぶのか!?」

唇を噛み、サラがうつむく。

「・・・分かってるわよ!そんな事!それでも・・それでも逃げるしかないのよ!」

「だから何故なんだ!?」

ぽつり、とガイが口を開いた。

「アリサちゃんな、病気なんだ。」

サラの表情が凍りつく。

「・・・コロニー型のウイルスでな、発症する奴は少ないが

まだ、治療法は見つかっていない。」

「・・・・アリサは・・・一年の命って宣告されているの。

残り少ない命の間・・・幼い頃からの私達姉妹の夢だったこの土地で・・・

あの子と一緒にいてあげたいのよ!

だから!どんな手段を使っても・・・どんなに酷い事をしても・・・

なんとしてでも逃げ切らなくちゃいけないのよ!」

「違う!」

初めてアキトが見せた表情にサラが気圧される。

「たとえ、どれほど過酷な運命であろうともそれに正面から立ち向かわなくてどうする!

君は、その運命から逃げているだけだ!」

「貴方なんかに・・・私の気持ちがわかるものですか!」

「辛いのが自分だけだと思っているのか!」

アキトの声に潜む何かがサラを沈黙させた。

見かねた老人が口を挟む。

「二人ともやめんか!軍が動き出しておるぞ!」

老人の声で、二人が我に返る。

「急がんと、妹さんを探しにくくなるぞ!」

「その通りだ。心当たりはないのか?」

「・・・取り敢えず私達の家くらいしか・・・。」

「なら行くぞ!」

 

 

 

 

運悪く、アキト達の乗ったトラックは兵士の一人に発見されていた。

即座に司令部に報告が飛ぶ。

「よし、よくやった!気付かれない様後をつけろ!

・・・・・逃げる先にナデシコがあるはずだ!」

包囲網が動き出す。

獲物は、己が狙われている事にまだ気が付いてない。

 

 

 

「アリサちゃんは自分の命が後一年だって・・・」

「知ってるわ。でも・・・ナデシコファイターは戦い続けなくちゃいけない・・・

あの子のそばにはいてやれないのよ・・・・!」

「でも・・・アリサちゃんはそれでいいと思っているのか?」

唇を噛むと、サラはアクセルを踏み込んだ。

 

 

 

「姉さん・・・どこ・・・姉さん・・・・?」

アリサは熱に浮かされた目で、海べりの家に続く道を歩いていた。

意識を朦朧とさせながらもふらつく足取りで歩き続ける。

道を半ばまで来たとき、意識を失って遂に倒れた。

車を飛ばしていたサラ達が、倒れたアリサの脇に止まったのは五分後だった。

「アリサッ!」

「・・・早く手当てしないと・・・」

サラがアリサを抱き上げ、ガイが素早く容態を調べる。

『そこまでだ!奪ったテキーラナデシコを返してもらおうか・・・。

そしてサラ・ファー・ハーテッド!国家反逆罪で逮捕する!』

三人が一斉に振り向いた。

ネオメキシコ軍が周囲を包囲していた。

歩兵部隊と軍用車両、戦闘用ヘリが空と地上を固めている。

兵士達がゆっくりと前進してきた。

「くっ・・!」

「ねえ・・さん・・」

うっすらとアリサの瞳が開く。

「アリサ!」

「にげて・・わたしはいいの・・もう・・長くない・・・」

「アリサ・・・・・・・!」

 

背後からアキトが声をかけた。

「どうするんだサラちゃん。今度は、妹を置いて逃げるのかい。」

「!」

アキトを睨んだその目が次第に伏せられる。

アリサの手を握り締め、無理に微笑みを作る。

「アリサ・・・・・!」

ガイに、アリサの体を預けるとサラは海に向かって駆け出した。

『逃がすな!』

指揮車両から命令が飛ぶ。

銃撃をかいくぐって、サラが海に飛びこんだ。

「ねえさん・・・。」

「サラちゃん、まさか!」

「いや違う!・・ナデシコを出す気だ!」

アキトが立ちあがる。

「ガイ!ナデシコを出すぞ!」

「アキト!いくらなんでもアリサの前で・・・!」

「・・・・俺には関係ない!」

 

「来いッ!

シャイニング!ナデシコォォォォッ!」

海が盛り上がり、ネオジャパンのナデシコキャリアが現れる。

モビルトレースシステムを起動させ、

アキトがシャイニングナデシコと一体化したのと、

突如出現した大渦巻きの中からテキーラナデシコが現れたのがほぼ同時だった。

「テキーラナデシコ・・・こんな所に・・・!」

「ねえさん・・・ニ度とナデシコには乗らないって言ってたのに・・・・。」

「ようやく覚悟を決めたか!」

「望み通り、戦ってあげるわ!それで貴方の気が済むならね!」

(ごめんなさいアリサ・・・もう、私には戦う事しか残ってないみたい・・・こんな私を許して・・。)

その時、水中を影が走った。

テキーラナデシコの足元で爆発し、水柱を上げる。

「何!?」

「あれは・・・ネオメキシコの水中機動兵器"ペスカトーレ"!」

頭が尖ってずんぐりしたナマコに手足をつけたような、

不恰好な巨人数体が水中から立ち上がる。

サラはナデシコファイターとしての教育の中でそれを見た覚えがあった。

「まだ邪魔をする気!?」

サラの目が光る。

次の瞬間、その同じ目が驚愕に見開かれた。

ペスカトーレの一機が後方から撃ち抜かれてボディに風穴を開けた。

振り向こうとした機体を、水中へ退避しようとした機体を、

面白い様に火線が撃ち抜き、沈黙させてゆく。

「Just a moment!Hey、アキト!相手はこの俺だぜ!」

腰に装備した拳銃「PMギガンティック」で恐ろしいほど正確な射撃を見せたのはやはり、

ナオの操るナデシコマックスターだった。

アキトがナオに怒鳴る。

「ナデシコファイトは一対一が原則だ!手出しはするな!」

「おい、そりゃないだろ!?」

喚くナオを無視してアキトがファイトの開始を告げる。

「ナデシコファイト・スタンバイ!・・レディィィィ!」

「Go!」

サラは背中の三叉の槍を、アキトは抜き打ちのビームソードを同時に繰り出す。

二体のナデシコが交差した直後、

断ち切られた槍の片方の端と、テキーラナデシコの左腕が海に落ちた。

「とどめ!」

大上段にビームソードを振りかぶってアキトが跳躍する。

だがアキトは忘れていた。

サラにはまだ必殺の武器があった事を。

下から電光の速度で跳ねあがってきた赤い「何か」が

アキトの顎を強打し、跳ね飛ばした。アキトの剣が落ちる。

直角に突き出た取っ手をトンファーの様に握り、サラが消火器を回転させる。

アキトが自然落下で海面に落ちるより早く、その体を二撃目の赤い稲妻が海に叩き落した。

アキトが立ちあがろうとする所に、右腕一本での連打を繰り出してくる。

技も何も無いでたらめな動きだが、その一撃は鋭く、速い。

そのスピードに任せ、サラがアキトの全身を滅多打ちに乱打し続ける。

既にそれはアキトの目をもってしても赤い残像にしか見えなかった。

辛うじてブロックはしている。

だがそれでも腕のプロテクターが歪み、全身の駆動系が悲鳴を上げる。

既にいくつか内部機構がおしゃかになっていた。

その時、頭部を目掛けて消火器が落ちてくるのが何故かはっきりと見えた。

両腕でブロックしなければそれが頭を砕いてアキトは負ける。

だがこのままでもいつかは受けきれなくなる。

(ならば、選択は一つ!)

ブロックはしない。わずかに右前に踏み出し、素手の間合いにまで踏み込む。

サラの振り下ろした消火器は、アキトがわずかに右前に踏み出した分

頭頂部ではなく、側頭部を削ってアキトの左肩を砕く。

同時に、アキトの抜き打った短めのビームソードがサラの腕を胴体から切り離していた。

二人の動きが止まる。

サラのテキーラナデシコは両腕を失い、

アキトのシャイニングナデシコは左肩を砕かれ全身に深い傷を負っていた。

だが、アキトには必殺のシャイニングフィンガーがある。

「勝負は・・・ついたみたいね・・・。」

「ああ。」

「ならばアキト・・・・とどめを!」

「姉さん!?」

「・・・・・・わかった。」

アキトのシャイニングフィンガーがテキーラナデシコの頭部に食い込んだ。

コックピットの機器が火を吹く。

サラが、吹っ切れたような透き通った笑みを浮かべた。

「アキト・・・アリサの事・・お願いできる・・・?」

「・・・・・・甘ったれてるんじゃない。」

アキトの声はむしろ静かだったが、サラが雷光に撃たれたように体を震わせる。

「!」

「運命をそのまま受け入れてどうする!生きるんだ!アリサとともに!」

「アキト・・・・!」

 

 

 

シャイニングナデシコがテキーラナデシコの頭部を掴みつつ、海底に押しつけてゆく。

爆発が起こり、テキーラナデシコの巨体は水煙の中に消えた。

「姉さんっ!」

アリサが悲痛な声を上げた。

その両目からほろほろと涙がこぼれおちる。

呆然とした顔つきのまま、アリサは砂浜に崩れる様に座りこんだ。

そしてテキーラナデシコが水中に没した直後、シャイニングナデシコの通信機から、ナオの怒鳴り声が響いた。 

「見損なったぜJapanese!何も、あそこまでやらなくてもお前の勝ちだった筈だ!」

「・・・死んだのはサラちゃんじゃない。『ネオメキシコのナデシコファイター』だ。」

一瞬ナオがきょとんとした表情になり、ついで破顔した。

「なぁーるほど!ネオメキシコにすれば死んじまえばもう用は無いって訳だよな!

考えたな、Japanese!は!はははははっ!」

 

ガイが通信機を取り出し、スイッチを入れた。

「ナデシコファイト国際委員会へ報告。ナデシコファイト国際条約第二条補則、

過失によるファイターの殺傷を認めてくれ。

ああ。サラ・ファー・ハーテッドは死亡した。

・・・そうだな、ネオメキシコの人。」

ガイの言葉にネオメキシコ軍の指揮官が頷く。

「サラ・ファー・ハーテッドは祖国の為勇敢に戦い、名誉の戦死を遂げた。

・・・・これでコロニー本国も納得するだろう・・・。」

撤収の指示を出すその背中に、『馬鹿野郎』と怒鳴りつけたくなる衝動を、ガイは辛うじてこらえた。

 

 

 

 

 

軍が撤収した後も、アリサの涙は止まらなかった。

まるで、体内の水分全てを流し尽くそうとするかのように。

誰かが声をかけた。

「・・・・いいかげん、泣き止みなさいよ・・・・泣き虫なんだから・・・・・」

びくり、とアリサが震えた。そろそろと顔を上げる。

まるで、見てしまえばその声の主が消えてしまうのではないかと恐れているように。

白く細い指が伸びて、そっとその涙をぬぐう。

その指が誰のものだか理解した瞬間、アリサはその胸に飛びこんでいた。

「姉さん・・・・!」

「・・・・アリサ!」

しばしの時が流れ、やがてどちらからともなく抱擁を解いて見詰め合う。

「どうやって・・。」

「アキトのおかげよ。」

二人の視線が、いつのまにか砂浜に降りていたアキトに向けられた。

アキトが照れた様にそっぽを向いて頬を掻く。

サラがアキトに近づいた。

「私・・・私たち、もう逃げなくてもいいんですね。」

「ああ。」

「もう、これからはアリサと地球でずっと一緒に暮らせるんですね。」

「ああ。」

「アキトさん・・・私・・私・・」

後は言葉にならなかった。

サラがアキトの胸に飛びこみ、しがみついて泣きじゃくる。

今まで押さえていたもの、張り詰めていたものが一気に破れたかのようであった。

「姉さんずるい・・・。」

そう言いながら、さっき涙をぬぐったはずのアリサの目もまた潤み始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

夕焼けの色に輝く海に、一艘の船が浮かんでいる。

舳先の方にアリサが座り、後ろでサラが櫓を操っていた。

「ねえ、アリサ。昔おじい様の言った通りだったわ。」

「え・・?」

「『海の中は命で溢れている』・・・私はあの時、海のおかげで生まれ変わったの。」

アリサが舳先の方に向き直り、風になびく髪を手で押さえた。

サラからは背中を向けたアリサがどんな表情をしているのか見えない。

「じゃあ・・・私も海で死ねば生まれ変われるのかな・・・・?」

サラが、溢れそうになる涙を必死で堪える。

「え、ええ・・・・きっと・・きっと生まれ変われるわ・・・きっと・・・。」

 

 

 

 

 

 

 

次回予告

 

皆さんお待ちかねぇ!

ネオカナダのファイター、ヒサミとの闘いで、

アキトはガイを人質に取られてしまいます!

彼を救い出す為ロッキー山脈へ向かうアキト!

しかし、そのアキトの前にリョーコのボルトナデシコが立ちはだかるのです!

次回!機動武闘伝Gナデシコ、

「仇は討つ!復讐の少女ファイター」に

レディィィ、Go!

 

 

 

あとがき

 

今回のテーマは「妹のため必死になるサラちゃん」です。

「姉妹愛」と言い替えてもいいですね。

一部の人達(Benさん含む(^^;)の陰謀により、

普段は「消火器使い」「ナデシコNo2の策士」との認識

(まあ、違うとは言いませんが)しか持たれていないサラですが、

いざと言う時は「お姉さん」の顔が出るんじゃないかな、と思いまして。

「時の流れに」ではアリサちゃんが割と(精神的にも)強いので、

そう言うシーンはほぼ皆無ですけれども、

本当にいざと言う時、大切な人を守らなくてはいけないとなれば

彼女は決して手段を選ばず、容赦もしないでしょう。

そう言うところが怖くもありますが(笑)、可愛らしくもありませんか?

サラが活躍している分アリサが割を食ってるような所もありますが・・・

ま、本編ではアリサがさんざん活躍してるから、これくらいはいいでしょう(笑)。

 

 

 

 

 

管理人の感想

 

 

鋼の城さんから連載第七弾の投稿です!!

あの〜、別に意図的にサラを消火器使いにしたんじゃなんですけど?

でも、面白すぎるよこの話(爆)

時速900Kmの消火器?

そりゃあ、当たれば死ぬって!!

でも、この世界のサラは誰に消火器を勧められたんだ?

すっげ〜不思議だ(苦笑)

 

・・・これで、ますますサラのイメージが偏るよな〜

 

では、鋼の城さん!! 投稿有難うございました!!

 

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